三時間目・四時間目と考え込んだし、多分一年分くらい頭を使っただろう。
でも俺は何も思い出せずにいた。
これほどまでに自分の頭の中身の不出来さを呪ったことはない。
あかりとつきあい始めて、こんなにもあかりのことで悩むなんてなかった。
そりゃ、付き合うときはいろいろ考えたけど。
走って購買まで行く気にはなれなかった。そうとう考え込んでいたのだろう。
雅史も隣で何も言わない。
「そんなに大切な約束だったの?」
食堂の席に着いた時に初めて雅史が口を開いた。
「わからん」
俺にはそれしか答えられなかった。
食堂で自分への苛つきを誤魔化すように、昼食を掻き込む。
こんなブルーな気分になるのはいつぶりだっただろうか?
あかりとつきあうか悩んでた頃以来だろう。
その時、俺は自分の馬鹿さ加減に気が付いた。
約束は俺から願ったモノだったんじゃないか!!
俺は、思わず席を勢いよく立った。
「雅史、わりぃ、俺!」
「わかってるよ」
慌てた俺を見て、雅史はにっこり笑って了解した。俺のトレイ下げてくれると。
こういう時、親友とは有り難いものだ。意志の疎通によどみがない。
食堂から出た俺は全力で走った。
階段を駆け上がり、屋上の扉の前に立った時はもう、うっすらと汗をかき、
呼吸もかなり乱れていた。少し吐き気もする。
当然だ、食べて直ぐに全速力で走ったのだから。
でも俺には、それをしなきゃいけない義務がある。
意を決して、その扉をあける。
決して狭くはない、屋上をあかりを探してまた走る。足元が少しぐらつく。
「藤田君やないの」
その時、聞き慣れた大阪弁が耳に入った。
「委員長…」
「どないしたん?そないあわてて」
「あかりっ…っあかり見なかったか?」
俺のあまりの剣幕に驚いたのだろう、委員長は吃驚した顔で向こうのベンチにいたと教えてくれた。
俺は短く礼を言って、委員長が教えてくれたベンチまでまた走った。
鼓動と呼吸が痛いくらいだった。
「あかりっ」
「ど、どうしたの?浩之ちゃん…」
あかりも俺の剣幕に驚いて目を丸くする。
「俺…ごめん」
整わない声で謝る。俺が言い出した、約束。それなのに、俺は……
「想い出してくれたんだね?」
あかりが、ちゃんと笑った。
俺はそれを見て安心して、その場に座り込んでしまった。
帰り道は、一緒に、通学路から離れた所まで来たところで手をつないで帰った。
「きっと想い出してくれるって思ってたよ」
夕焼けに、あかりの笑顔が映える。
何でもない日だなんてとんでもない。俺はなんてバカなヤツなんだ。
幸せにおぼれるっていうのはこう言うことだ。身をもって痛感した思いだった。
あかりに、俺は甘えていたんだ、だからこんな大切な約束も忘れた。
「いっつもこうだな…俺」
いつもあかりに我慢させたり、泣かせたり。そんなんばっかりだ。
「もういいよー。そんな顔しないでよー」
あかりが困り笑顔で、でも朝とは違って幸せそうに言った。
「浩之ちゃんついたよ」
あかりが立ち止まった。
あの公園。
俺達の大切な思い出の公園。
かくれんぼの時も、告白の時も。いつもここであかりをこまらせて、泣かせて、
笑わせた、この場所。
「あかり」
向き直ると、あかりが幸せそうに笑う。
いつも夕暮れを過ぎた頃。今もそう。さっきまでの夕焼けはもう沈み書けている。
「好きだ。付き合ってくれ…俺と」
あの時を想い出す。不覚にも目が潤んだ。
「うん」
あかりが、俺の胸に柔らかく飛び込んでくる。その体の酷く柔らかな感触。
俺から、唇に触れる。
約束。
俺からも、ちゃんと告白したいと言った。
あかりにだけ、そうさせたくなかった。俺も、あかりが好きだとわかりきってるから。
だから、今日にしたんだ。
俺が。
去年、あかりが告白してくれた、この場所で、夜ではなく朝の光の中で。
そうしたいと。
なのに俺はそれを忘れた。
「浩之ちゃん…そんな顔しちゃ、いやだよ」
あかりは笑う。辛いときも幸せなときも。どんなときでも。
「あかり」
俺は、胸が締め付けられる思いだった。きつく、抱きしめた。
あかりの柔らかな、その体を。
「い、いたいよ…浩之ちゃん」
俺の胸の中で、あかりはまた困ったように幸せそうに笑った。
「じゃあ、来年はまた、私が告白するね」<BR>あかりが冗談めかしてくすっと笑う。
俺は冗談にするつもりはない。
来年は、忘れだりしない。
「じゃあ、来年朝迎えに来てくれよ」
俺が照れながらそういうと、あかりは
「うん」
と頷いて、また俺に笑いかけた。
全ての思いを込めた笑顔に、俺には見えた。