■SS投稿スレcheese3

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第十八話 アラタナル邂逅、そして

「ここは…」
「私たちの学校、だよね」
「見た目はそうだけどな」
 門をくぐった俺たちを待っていたのは、俺たちが元からいた場所によく似ている所だった。
 今いるのは生徒会室か。
 ちょうど、入った方向の逆に向いている。
「場所を間違えたのかな」
 ナユキが壁を調べながら呟く。
 俺も、近くにあったガラス戸に手を触れる。
 それはもといた場所の感触によく似ている。
「けどな…」
 だが、俺はこの感触に確信する。
 この場所は…。
「よく似ているってことは、それは偽物だからだ。ここは前の場所の類似品らしい」
「偽物か…」
 ガラスを二枚通した向こうには空が見える。
 前にいた場所の空は偽物だったから、あれは偽物の偽物ということになるのだろうか。
 …それは、偽物でもなんでもない。
 独立した、別の何かだ。
 不意に、ガラスが一枚になる。
 カオリがガラス戸をあけたからだ。
 視線だけを外に出して辺りを確認する。
「…誰もいないわね」
 安全を確認したカオリは、部屋から廊下に飛び出した。
 カオリが合図する。
 それに合わせて。俺とナユキも廊下に出た。
344Капоп:2001/03/26(月) 06:00
 まず感じたことは、やはりここが偽物だということ。
 空気に流れがない。そのくせ、全くよどんでいない。
 穏やかでも、苦しくもない。
「ここは…何もない所ね」
 カオリが言う。
「自分達以外の存在は皆一つ…世界を構成しているものがまるで一枚岩のようにつながりあっているわ」
「根拠は?」
「ただの感想よ」
 しれっと言い放された。
「とにかく、ここから進まないとな」
「それもそうだ」
 とは言うものの、一体どちらにいけばいいのか見当がつかない。
 道は左右両方に広がっているのだ。
「たぶん…、こっちだよ」
 ナユキが左の方向を指す。
 そこには上に向かう階段があった。
「なんでかわからないけど、そういう気がするの。直感的に」
「…ですって。どうする? アイザワ君」
「特に否定する理由はないな。肯定する理由もないけど」
「そうね」
「というわけで、お前の言う通り左に進むぞ。このせいで何かあってもそれはお前の責任だな」
「変なこといってプレッシャーかけないでよ…」
345Капоп:2001/03/26(月) 06:00
―――――

  来る。

 階段を登る。
 何もない踊り場に足音が満ちていく。

  その波動が私には聞こえる。

 そして。
 俺たちははじめて他の誰かに出会った。

―――――
346Капоп:2001/03/26(月) 06:01
「お待ちしておりました」
 一つ上の階。
 そこには何もなかった。
 見渡す限りの床、壁、天井。それだけ。
 人一人がいるにはあまりに広すぎる空間。
 そんなところにに人が一人いた。
 その人影は恭しく一礼すると、自己紹介をはじめた。
 声が深い底に反響するからか、言葉を聞くのと理解するのには僅かな時間差があった。
「はじめまして。私は機関のTAC、ミシオ・アマノと言います。以後よろしく」
「TAC?」
「Tactical Armed Citizens…組織の計画によって作られた者たちよ」
「…それが、ゴーストの力を持っているというのか?」
「簡単に言ってしまえばね」
 俺達の会話を聞いてか聞かずか、ナユキが律儀に自己紹介をする。
「あ…、えっと、はじめまして。わたしは」
「ナユキ・ミナセ様ですね。そちらはユーイチ・アイザワ様」
「……」
「それと、カオリ・ミサカ様で、よろしいですね」
「…お気遣い感謝するわ」
「いえ」
 人影…アマノは緩やかに首を振った。
「…それはいいが、さっきのお待ちしておりましたっていうのはなんなんだ?」
「言葉のとおりです。機関の人がこの先にてあなた方の到着を待っておられるのです」
 先ほどから言葉に上る機関というものは、俺達の言うところの組織なのだろうか。
 …まあ、それをなんと呼ぼうとあまり関係のないことだが。
「私は、そこまであなた方を案内する役目を承っております。それから先は…私の出番ではありませんから」
347Капоп:2001/03/26(月) 06:01
「ユーイチ…、どう思う?」
「何が?」
「罠かもしれないよ、これ」
「ああ、罠だろうな」
 俺は何気なく答える。
「でしょ…」
「状況は俺たちにとって不利だってことだ。本拠地に潜入しているんだから、有利なんてことはありえないがな」
「要するに、進むしかないってことなんだね」
「そういうことだ。虎穴に入らずんば虎子を得ず。前任地の諺だ」
「今は彼女についていって、それからどうするかを決めましょう」
「そうだな」
 俺たちが結論を出したところで、アマノは目の動きで俺たちを促した。
「…こちらです」
 アマノはまるで浮遊しているかのように滑らかに床を歩いていった。
 その影が暗い闇に融けて消えてしまわないように、俺たちはその後についていった。
348Капоп:2001/03/26(月) 06:13
「けして私の姿を見失わないようにしてくださいね」
 道中、アマノが呟いた。
「道標が無くなると最後、もう進むことも戻ることも出来なくなります」
「一応方向感覚ぐらいはあるんだけど」
「いえ…、そうではないのです」
「というと」
「この場所は、迷っているという意識がこの…願いの世界を作り変えるからです」
「え?」
「それだけでなく…およそ全ての意識がこの世界を毎瞬作り変えています。そういう場所なのです。ここは」
「じゃあ、ためしにこの場所は夏のように暑いと思えば…」
「…暑くなってきたでしょう?」
「…そうだな」
 言葉の通り、体がじっとりと汗ばんでくる。
 皮膚が感じる暑さはあまりにリアルだった。
「同じように、寒いと思えば寒くなりますし、嵐のように風が吹いていると思えば、そうなります」
 アマノが言葉を変えるごとに、世界はその様相を変化させていった。
「元に戻しますよ」
 そういうが早いか、世界は元の空気を取りもどした。
 元の、何もない世界に…。
「理解していただけたでしょうか」
「まあな」
 俺は首肯した。
 というか、もう肯定せざるを得ない。
 実感として体が理解していたからだ。
349Капоп:2001/03/26(月) 06:13
「ここが、目的の場所です」
 俺たちは目的の場所についたらしい。
 思ってたよりも早かった。
「…あれ?」
「ここは…」
「校庭、だよな」
「そのとおりですが」
「なんで四階にいたはずなのにいつの間にか外にいるんだ?」
「簡単なことですよ」
 アマノは少し笑った。
「私が世界をそういう風に作り変えたからです」
「なるほど」
 つまり、アマノは来る途中で世界を少し捻じ曲げ、道をショートカットしてきたというわけだ。
「それでは、あちらに見えます建物までお進み下さい」
「え? アマノさんは?」
「私の役目はここまでです」
 アマノは即答する。
「ここから先は、私ではどうにもなりませんから」
「……」
 ほんの一瞬だけ、アマノは表情を変えた。
 それは、笑顔…だったのだろうか。
「最善を尽くしてくださいね。これからも」
「…それは、意外な言葉だね」
「どうしてですか?」
「一応俺たちは敵同士なのに、励ましの言葉をくれるなんてな」
「敵同士…という言葉が適当なのかどうかはわかりませんが、少なくとも私はそうではないと思います」
「どうして?」
「私はあなた達に危害を加えるつもりはありませんし、あなた方もそれは同様のようだからです」
「…思い込みかもしれないぞ」
「思い込みだからこそ信じる気になれたのです。そういう場所ですから」
 アマノはそこで少し微笑んだ。
350Капоп:2001/03/26(月) 06:14
「だから、私が激励の言葉を与えたとしても、それは不自然なことではないと思います」
「そういうことか」
 俺は、アマノの頭にぽんと手を置いた。
 その年下らしい少女の体躯は、見た目よりもずっと華奢で、弱々しかった。
「あの…」
「ありがとうな」
「え…」
 少女は途惑いを見せる。
「俺は全力を尽くすから。だからお前は…」
「それ以上は言わなくてもわかります」
 少女は伏せ目がちに言った。
「多分、そういうことなんだろうってことは、最初からわかっていました」
「……」
「…繭は、生まれ変わるために用意されるのですからね」
 俺は、この少女の状況を理解していた。
 ナユキの言葉を借りるなら、直感的としか言い様のない感覚で。
 それは、後ろの二人も同様らしい。
351Капоп:2001/03/26(月) 06:14
「でも、生まれ変わっても、罪はきっと私の羽に重くのしかかってくると思います」
「そんなことは…」
「いいんです。それが罰なんでしょうから」
「でも、お前は…」
 無実じゃないか、と言おうとして、少女の手がそれを止めた。
「言わないで下さい。そうなってしまうから」
「……」
 暖かい手が俺の口を塞ぐ。
「この世界では、言葉は非常に重要な意味を持ちます。本来なら、意識だけでは世界は殆ど変わらないのですが、先ほどのアイザワさんの言葉のように、世界に刻み込まれた言葉が局地的にそれを作り変えてしまうのです」
「……」
「これが、私から送ることが出来る最後のヒントです」
 アマノは俺の口から手を離した。
「私のことはもう大丈夫ですから、あなた達は、それぞれの目的を遂行してください」
「わかった」
「それでは、私はここで失礼します」
 その言葉が世界を揺らがせるとともに、アマノの姿が消えていく。
「――さようなら」
 俺たちは止めることも出来ずに、ただそれを見つめることしか出来なかった。
 アマノは、最後の光を残して、完全に見えなくなってしまった。
「…そうか」
 俺は天を見上げた。

「繭に、還ったんだな」