■SS投稿スレcheese3

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165大食いへの道
 オレは『ある事』を真剣に考えていた。
 それはつい先程の出来事。みさき先輩の食べっぷりを見てオレの中で何かが変わったの
だ。
 それはまるで蝉の幼虫がさなぎになり大空に舞い上がる成虫に生まれ変わる如く、オレ
の脳内にある指令を下す。
 曰くみさき先輩に負けない大食いになれと。
 大体大食いというのは本来男のテリトリーなのだ。なのに先輩はあんなほっそりとした
ボディに関わらず人知を超えた量を一瞬でたいらげる。
 何よりも、あの美しい身体が何らかの間違いによって子錦のようになってしまうのがオ
レには耐えられなかった。
 ころころした玉のような姿で校内をピンボールのように跳ね回るみさき先輩。
 地響きを立てながら屋上への階段を「ブふーブふー」言いながら登って行くみさき先輩。
 ひえええええええ。
 そんな姿、絶対に見たくない。
 だからオレはここに決意する。
 みさき先輩に大食い勝負を仕掛け、オレが勝利するのだ。
 そうすればみさき先輩も多少なりともあの悪癖を改めてくれるだろう。
 うん、そうに違いない。いや、絶対にそうだ。
 と、なるともう猶予がない。
 オレは手下共を掻き集め、すかさず計画を実行した。
166大食いへの道:2001/03/14(水) 00:58
「…と、言う訳だ手下2号。早速精の尽く物をじゃんじゃん作ってくれ」
 バキィッ!
 オレの鳩尾に2号の強烈なミドルキックが叩き込まれる。
「まあまあ、七瀬さん。浩平も悪気はないんだろうし…」
「なお、悪いわ!」
 1号のなだめを無視するかのように2号が鬼のような形相を浮かべながらオレを睨み付
ける。
 曜日は土曜日。時刻は午後二時過ぎ。学校が終わる間際にオレが二人を自宅に誘ったの
だ。タイミングの良い事にこの二人、今日は遊ぶ約束をしていたらしい。
「何を息巻いてるんだ2号。オレはお前をそんな風に育てた覚えはないぞ?」
「あんたに育てられた覚えそのものがないわよッ!」
「…全く聞き分けのないヤツだ…。親御さんが泣くぞ?」
「あんたねえ…」
 オレのいたわりの心に逆らうように2号は捲くし立てる。困った。これでは計画を速や
かに進行出来ないではないか。
「大体何であたし達があんたの家で料理作ってやらなきゃいけないのよ! 今日は瑞佳と
商店街を見て回る約束してたのに」
「ゴメンね七瀬さん…。ただ浩平がどうしても家に来てくれって言うから…」
「…まあ、瑞佳がいいのならあたしも構わないけど」
「うむ。オレも全然構わないぞ」
「あんたは諸悪の根源でしょーが!」
「まあ、落ち着け2号。料理だぞ料理。しかも男の為に作ってやるんだぞ。乙女になるの
にこれ以上の近道はあるか?」
「…う」
 オレのその言葉と共に黙り込む2号。よしよし、計算通りだ。オレはこの計画の成功に
自信を持つ。
 オレはこの勢いを持続させる為にすかさずおっとり型の1号に話し掛ける。
167大食いへの道:2001/03/14(水) 00:59
「…よし。んじゃあ、1号。何でもいいから食い物をじゃんじゃん持って来てくれ」
「…それはいいんだけど。とりあえずさ浩平。その1号や2号ってのはやめた方がいいん
じゃない?」
「ん? 何でだ? こっちの方が短くていいじゃないか?」
「はあッ…。長森も四文字なら1号も四文字でしょ。全然短くなってないよ」
「そうよ、2号だって七瀬と同じ字数でしょ。…全く小学校からやり直した方がいいんじ
ゃないの、あんた?」
 1号と2号が呆れ顔でオレにそう問い掛けて来る。致し方ない。いつもの呼び方でいく
か。二人とも短い方がいいっていってるしな。
「んじゃあ留美。お茶」
 バキィッ!
 七瀬の裏拳がオレの顔面に直撃する。
「…何故だ? 短い方がいいって言ってたじゃないか?」
「そのまま死んでろ!」
 2号の怒声を耳に残しながら、オレは徐々に意識を失った。
168大食いへの道:2001/03/14(水) 00:59
「…とりあえずだ」
 復活したオレは自宅の台所にあるテーブルに二人を座らせてこれからの作戦を語る。
「オレの計画は先程語った通りだ。さあ、オペレーションスタート!」
 オレはハリウッド映画の俳優のような華麗な英語で二人を促す。だが、二人が動く気配
が一向に感じられない。
「…どうしたんだ? オレの発音がそんなに不服か?」
「そうじゃなくて、大体あんた何であたし達に料理を作って欲しいのよ? その辺りから
教えなさいよ。昼飯ならさっき食べてたじゃないの」
 七瀬が不満そうにオレにそう話し掛けて来る。全く勘の悪いヤツだ。オレは七瀬にも解
るように簡単に説明する。
「…つまりはそう言う事だ。はい、七瀬。作った、作った」
「だから、何がそう言う事なのよ!」
「…それくらい気配で感じろよ。剣道部員だったんだろ?」
「剣道部はエスパー養成施設じゃない!」
「まあまあ、二人とも」
 長森がそんなオレ達の間に割って入る。
「要は川名先輩に勝てるくらいの大食いになりたいんだよね、浩平。それでわたし達に料
理を作って欲しいと…」
「まあ、要約するとそう言う事だな」
「要約も何も、そのまんまじゃないの。…に、しても瑞佳。良く解ったわね」
「まあ、何となく…」
「どうだ七瀬。これが長森の特殊能力だ。まいったか」
「…何いばってんのよ、あんたは」
 七瀬が冷めたツッコミを返して来る。
「ちなみにこのジョブを得ようと思ったら、四六時中猫と戯れなくてはならない。お前に
それだけの根性はあるか?」
「そもそもそんなジョブいらないっつの…」
「ハア…。また馬鹿な事言って。で、浩平。材料は何処にあるの?」
 長森がいつもの溜息と共にそうオレに話し掛けて来る。さすがは長年の幼馴染。オレの
ノリを完全に掌握している。『折原浩平研究家』としてデビューしたらあっというまに一
世風靡する事間違いないだろう。
「任せてくれティーチャー。材料は既に揃っているよ」
「…あんたはどこぞのエセ外人か…」
 七瀬の呆れ声を無視してオレはこの日の為に取っておいた材料をテーブルに取り出す。
 それを見て言葉を止める長森と七瀬。ただひたすらに神妙な表情でこちらを見据えてい
る。
169大食いへの道:2001/03/14(水) 01:00
「どうしたんだ二人とも? ポカンとした顔をして」
「…あんたどういうつもりよ?」
「どういう事って…。このらっきょに何か不審な点でも?」
「だから、何でらっきょなのよ?」
「よくぞ聞いてくれた。実はみさき先輩が唯一苦手とするのがこの食べ物なんだ」
「…で?」
「つまりこいつで先輩に大食い勝負を仕掛ければ、間違いなく勝てると踏んだ訳さあ」
「…………」
 オレは七瀬にそう語りながら、己の立てた計画に身震いする。
 正に完璧な作戦。隙一つない勝利の方程式。
 人はオレを平成の諸葛亮公明と呼ぶだろう。
「…まあ、そう言う訳だ。さあ二人とも料理に掛かってくれ。オレはその間、テレビでも
…」
 ドバシィッ!
 そう返しながらクールに去り行くオレに七瀬のウエスタンラリアットが決まる。
「…何だ七瀬。もう出来たのか? 早いな」
「んな事いってんじゃない! 一体こんな物でどんな料理が作れるってのよ!」
「ふ…。怖気ついたか七瀬…。まさかお前がこの程度の人間だったとは…」
「あんたねえ…」
「…と、とりあえず水洗いしようか?」
 長森がオレの持って来た大量のらっきょを手に掴みながら水洗いを始める。
「見ろ、長森のこの迅速な行動を。お前も見習え」
「見習いたくないわよ。そんな事…」
「…でもどうやって料理しようか? 七瀬さん、何かいいアイデアない?」
「アイデアって…。瑞佳、ホントに料理する気なの!?」
「うん。やりようによっては何とかなると思うんだよ」
「やりようって…。らっきょはらっきょと思うんだけど…」
 そう言いながら七瀬も水洗いを始める。オレはその光景を見て計画が順調に推移して居
る事に満足する。
170大食いへの道:2001/03/14(水) 01:00
「うむ、順調、順調」
「ボケーと突っ立ってないであんたも何か手伝いなさいよ!」
「何を言う。古来より料理とは女のテリトリーなのだ。男のオレが手伝ったら天罰が下る」
「…あんた世界中の料理人にボコしばきにされるわよ」
「そん時はそん時だ」
「はあ…」
 七瀬が長森ばりの溜息をオレにつく。そして黙々と何かをやり始める二人。
「もう、どうなっても知らないわよ!」
 七瀬の怒声が耳をうつ。まあ、なるようになるだろう。オレの心は打倒先輩を目指して
燃え上がっていた。
 確かにらっきょと言えど先輩に勝つのは難しいかも知れない。
 だが、ここで引く訳にはいかない。
 先輩のナイスバデーを守れるのは自分だけなのだ。
 オレは新たな思いを胸にして、二人の料理を待ち続ける。
 そして待つ事数十分。
171大食いへの道:2001/03/14(水) 01:01
「はい、浩平出来たよ〜」
 長森が相変わらずの能天気な声で何か料理らしきものを持って来る。
「お、出来たのか? よーし、何の料理なのか当ててやろう」
 オレはそう言いながら、鼻を犬のように効かせる。そして頭を貫く閃光のようなひらめ
き。
「解った! らっきょだ!」
「ピンポーン♪」
「…って、当たり前でしょ」
 七瀬がそんなオレ達に無粋なツッコミを掛けて来る。
「まあ、そう言うな。料理法によってはらっきょが特大ステーキに変わる可能性だってあ
るんだから」
「あるか!」
 そんな七瀬の言葉をまろやかにパスして、オレは長森の持って来た料理に目を移す。
 正直な話オレとてらっきょをどう料理する事に関しては全く解らない。
 それはオレだけでなく七瀬とて同じ思いだろう。案の定七瀬も長森の料理が気になるの
か、横目でチラチラと覗いている。
 だが、そんなオレ達の杞憂を一瞬で消し飛ばす光景が目の前に広がっていた。
「こ…。これは…」
 そしてオレは感嘆の声をあげる。確かにこれはらっきょだ。だが、らっきょには見えな
い。敢えて言うならば…ピラフ? あの大量のらっきょを細かくみじん切りにしてケチャ
ップやソースで見事に味付けしてある。そのかぐわしい香りがオレの食欲をそそる。
 それを見て口をあんぐりと開けている七瀬。
「さすがは長森だな。よし、早速頂くか」
「うん、どうぞ」
 オレはとりあえずスプーンに軽くさらい一口目を食して見る。
 その瞬間、オレの中を駆け巡る強烈な。それは一瞬にして大きな波となり、オレの脳内
を覆い尽くす。
172大食いへの道:2001/03/14(水) 01:02
「うまい!」
「わあ、良かった」
 何て事だ。まさからっきょがこのようなシロモノになるとは…。オレは満面の笑みを浮
かべる幼馴染に大いなる賛辞の言葉を送る。
「さすがは長森だな。お前料理学校の先生にでもなった方がいいんじゃないか?」
「もう、浩平ったら褒め過ぎだよ〜」
 ガチャッ! ガチャガチャガガチャ! ドスン! バタン!
 そんなやり取りをする中。七瀬が台所の引き出しを開けたり閉めたりしている。
 何をやってるんだ、あいつは?
 長森のらっきょ料理は一瞬の内に胃の中に溶けていった。
「いや〜満足満足。んじゃ、次は七瀬の方だな」
 オレのその声と共に動きをピタッと止める七瀬。そして訪れる沈黙。
「お〜い、七瀬?」
「…な? 何よ! 何か用!?」    
「いや、だから料理…」
「う…うるさいわね! ちょっと待ってなさいよ!」
 そう怒鳴りながらまたもや台所を行ったり来たりする七瀬。
 …まあ、いいや。大人しく待っていよう。
 オレはそう判断し。隣の部屋でテレビ鑑賞にいそしむ。
 それにしても先程のらっきょ料理は素晴らしかった。
 あんな料理を食べ続けたらオレもたちまち大食いになり、みさき先輩に勝てる確率も少
しは上がるってもんだ。
 全く良い幼馴染を持ったもんだ。オレはこの幸運を神様に感謝する。
173大食いへの道:2001/03/14(水) 01:02
 時刻は既に3時半過ぎ。
 だが、さっきから待てども待てども、七瀬からのお呼びの声がかからない。
 痺れを切らしたオレは台所の方に顔を出す。
「お〜い、七瀬まだか〜」
 だが、七瀬はそんなオレの声を無視して、ひたすら調理機材をテーブルの上に置いて行
く。
「おいおい、何やってるんだ、七瀬?」
「うッ! うるさいわね! さっさとあっちで待ってなさいよ!」
「…つーてもなあ、もうあれから1時間は経ってるぞ」
 オレは台所に掛かってる時計を見ながらそう呟く。
「あ、あたしは料理に時間が掛かるタイプなのよ!」
「つーか、さっきから料理機材を出したり入れたりしてるようにしか見えないんだが…」
 オレはテーブルに隙なく埋められた数々の料理機材を見つめながら七瀬に答える。
「き、気のせいよ! 気のせい! 後、もうちょっとで出来るんだから邪魔しないでよね! 料理は女の仕事なんでしょ!」
「へいへい」
 オレはそう呟きながら再び応接間の方に移動する。
 ったく、ちょっとした冗談にそんなにこだわらんでも…。
 まあ、あれがあいつの『乙女』に対する考え方なのかも知れないが。
 オレは七瀬の言いつけ通り、ソファーに座って野球中継を鑑賞する。
 窓から差し込むオレンジ色の光がモニターに反射して眩しかった。
174大食いへの道:2001/03/14(水) 01:02
「出来たわよ〜。折原」
 そしてそれから数十分後。やっとこさ七瀬の呼ぶ声が部屋に響く。
「おう、出来たか」
 オレは多少なりともウキウキしながら台所へ向かう。七瀬とて乙女を目指す(見た目は)
普通の女の子だ。
 きっとオレの度肝を抜く料理を作っているに違いない。
 しかもあれだけ時間が掛かっているのだ。恐らくこの料理は七瀬最大の自信作となって
いる事、疑い様がない。
 オレはそう確信し、テーブルの椅子に座る。
 そんなオレの姿を見た七瀬が満面の笑みを浮かべながらトレーに置いた料理を持って来
る。
「はい♪ らっきょスープ七瀬風味よ」
 ドンッ!
 そんな弾けた声とテーブルに置いた音と共に丼に入った怪しげな液体がオレの前に置か
れる。
「…………」
「ほら、折原食べなさいよ」
「食べるも何も…。これは飲む物だろう?」
「だったら、飲みなさいよ。苦労して作ったんだからね」
「…らっきょの匂いがするぞ」
「そりゃ、らっきょで作ったんだもん。当たり前でしょ」
「ってお前、これらっきょをただ単にミキサーに掛けただけだろ…。何でこんなモノ作る
のにあれだけ時間が…」
「何よう。瑞佳のは食えて、あたしのは食えないっての?」
「…………」
 オレはこの突然訪れた未曾有の事態にどう対処すべきか頭をフル回転させる。
 確かに度肝を抜く料理だ。それは間違いない。ただ、そのベクトルが著しく間違ってい
るだけだ。
 落ち着け、落ち着くんだ、折原浩平。
 お前はあの七瀬の攻撃を幾度も交わし続けた男ではないか。
 何か打開策があるはずだ。何か…。
 そうだ。
 こんな時の長森だ。
 長森にちょっと味見をしてもらって「七瀬さん、ちょっとコレは…」と言ってもらおう。
 そうすればさすがの七瀬も諦めてくれる事だろう。
 よし、コレだ。コレしかない。
 そう判断したオレはすかさず長森に話を振る。
175大食いへの道:2001/03/14(水) 01:05
「長森、お前はこの料理の味見はしたのか?」
「うん、したよ。凄い独創的な料理だと思った。わたしにはとても真似出来ないよ」
 をい。
 こいつはわざと言ってるのか?
 それとも普段オレにからかわれている腹いせをしているとか…。
 ひええ、やめてくれ。もしホントにそうだったとしたら命がいくつあっても足りないぞ。
 いや、既に一つ落とし掛けてると言っても過言ではない。
 オレはこのような事態を招いた神様を必死に恨む。
「折原、何してるのよ! さっさと食べなさいよ!」
 オレは七瀬のその言葉を聞いて覚悟を決める。長森も味見したそうだが、いたって平気
そうだ。
 もしかしたら物凄く美味しいのかも知れない。
 そうだ。
 そうに違いない。
 それにこれくらいの難関をクリアしなければみさき先輩に勝つのは不可能だ。
 オレはそう判断し、丼を手に持つ。
 つーんと匂ってくるらっきょの香り。
176大食いへの道:2001/03/14(水) 01:06
 大丈夫。
 大丈夫だ。
 きっとこれはフェイク。ひとたび口に付ければ極上の味が待っているに違いないのだ。
 オレは意を決してらっきょスープを一気に流し込む。
 ずずずずずずず…。
「…………」
「どう? 折原」
「……………………」
「美味しい?」
「………………………………」
「ちょっと、折原…!」
 バターーーーーーーーーーーーーーンッ!
「あ、あれ? 折原?」
「きゃーーーーーーー!? 浩平―――――ッ!」
 七瀬と長森の声が聞こえる。だがそんな二人の声も徐々に遠くなっていくのをオレは薄
れて行く意識の中で感じ取る。
 さすがは七瀬だ。
 只者じゃない。
 これほどのダメージは生まれて初めてだと言ってもいいだろう。
 ただ、一言言わせてくれ。
 まず、自分でちゃんと味見をしてから出すか出さないか判断してくれ。
 それが乙女への近道だ。
 解ったか、七瀬?
 おーーーーーーーーーーーい…。
 消え行く意識の中で、オレはただひたすらにそんな事を考えていた…。
177大食いへの道:2001/03/14(水) 01:06
 後日。
 学食で先輩と一緒になったオレは先輩の食いっぷりを呆然と見つめていた。
「おいしいね」
「え? う、うん、そうだな」
「…どしたの浩平君? 何か元気なさげだけど…?」
「そ、そうでもないさ。オレはいつも通りだよ」
「そう?」
「そう」
「良かった♪」
 先輩の眩しい笑顔を見つめながら、オレはあの日の悪夢の事を思い返す。
 結局あの後救急車に運ばれたオレは三日間の入院を余儀なくされた。
 何でも胃腸が激しくやられてしまったらしい。
 と言う訳で例の計画も見事に頓挫。
 正直悔しいが致し方ない。
 そしてそんなオレの前で楽しげに食事を続けるみさき先輩。
178大食いへの道:2001/03/14(水) 01:07
「ごめん、浩平君。またおかわり頼めるかな?」
 オレはそんな先輩が太ったりしないようにただ神様に祈り続ける事しか出来なかった。
「…ああいいぜ、で、今度は何頼むんだ先輩」
「今度はね。カレーライス大盛りをお願いするよ」
「…らっきょも大盛りにしてやろうか?」
 オレは微笑を浮かべながらそう問い掛ける。
「うん、いいよ。じゃあ、らっきょ大盛りで」
 だが、先輩から返って来る意外な言葉。オレは慌てふためきながらすかさず先輩に問い
掛ける。
「え? …先輩、らっきょ苦手だったはずじゃ…?」
「前はそうだったんだけど、やっぱ好き嫌いがあるのは良くないからね。この間頑張って
克服したんだよ」
 そして先輩から帰って来る意外な答え。
 何てこったい。
 んじゃ、オレがやったあの日の行動は全くの徒労…。
 あああああ…。
 オレはへなへなとその場に座り込む。
「浩平君は? らっきょ嫌い?」
「…前は結構好きだったけど。つい最近嫌いになった」
「そうなんだ? 何で?」
「いや、まあ、ちょっとした事件が…」
「ふーん…」
 先輩が不思議そうな顔でこちらを見つめている。
 オレは余りの自分の馬鹿さ加減にその身を萎え切りながら何とかトレーを持って受け渡
し口に向かう。
179大食いへの道:2001/03/14(水) 01:08
 そしてその後、オレは更にある事に気付く。
 よくよく考えたら先輩は目が見えないのだ。
 そんな先輩に仮に大食いで勝ったとして誰が証明してくれるのだろうか?
 そもそもそんならっきょ大食い勝負など先輩が喜んでOKする訳がない。
 オレは机にうっ潰しながらそんな事をひたすら考える。
「どうしたの折原? 元気ないわね」
「…お前に言われたくねーよ」
「まだ、あの日の事、根に持ってるの? あんたも案外しつこいわねー」
「うるへー」
 結局、オレに残されたのはらっきょが嫌いになったという事実のみ。
(呼ばなきゃ良かった…)
 オレは2号の後ろ姿を見ながら、そう心の中で呟くだけだった。