やはりあなたも長森瑞佳が大好きですか!♯3

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68のんきな父さん
 商店街の噴水広場。ここの住人が待ち合わせ場所に利用するこの広場は、今日が一年で最も人で
溢れる日なのだろう。あちこちで落ち着かない様子で腕時計を見たり、携帯電話を掛けている人達
がいる。オレもその一員として、噴水前の石段に腰を下ろして人を待っていた。
「ったく… 自分から時間を決めてきておいて遅れんなよな」
 毒づきながら、腕時計に目を遣る。待ち合わせ時間の30分前に広場に来ていたオレの体は冷え切っ
てしまい、指先に刺すような痛みを感じていた。手にはぁはぁと息を吐きかけ、少しでも寒さをしの
ごうとする。
「オレは待たせるのは平気だけど、待つのは嫌いなんだよ…」
 手前勝手な理屈を呟いて、空を見上げる。灰色のベールに覆われた空は今にも泣き出しそうだっ
た。天気予報によれば、寒波が押し寄せてきており、今日から明日にかけて一気に寒くなるらしい。
69ぼくらがここにいる不思議:2000/12/19(火) 20:41
 コートのポケットに手を突っ込んで、立ち上がる。これだけ人がいっぱいいるんだ。もしかした
らオレがどこにいるか分からないで探しているのかもしれない。そんなことを考えて辺りを見回す。
オレの名前を呼ぶ声が近くでした。人が駆け寄ってくる気配を感じる。
「ったく、遅いぞ。なにやってたんだよ、ながも…」
 そう言おうとして、オレは息を呑んだ。
 足首の近くまで丈のあるブラックのロングコート。腰のベルトがアクセントになって、引き締ま
った印象を与える。赤いヒールを履いているせいだろうか、いつもよりオレを見る目線が少し高い。
首に巻いたベージュのマフラーがコートの黒に映える。唇にはうっすらと紅く口紅が塗られている。
シックな印象を与えつつも、気取っては全くいない。服に着せられている感じもせず、見事に着こ
なしている。なんというか、つま先からてっぺんまで大人の女性そのものだ。
「お、お前本当に長森か?」
 オレは目の前に立っている女の人が本当にオレの知っているあの長森瑞佳なのだろうか、と思い
そんなことを口走ってしまう。目の前の女性はそれを聞くと、頬を膨らませてオレに文句を言ってきた。
「もーっ、何馬鹿なこと言ってるのっ。わたしはわたしだよっ」
 確かに聞き慣れた長森の声だが、まだ信じられない。
「なら誕生日と血液型、身長と体重を言ってみろ」 
「9月26日生まれ、血液型は0型。身長160cmで、体重はよんじゅう…って何でこんなことまで言わな
きゃいけないんだよっ」
「いや、宇宙人が長森に化けてオレを捕獲しようとしてるんじゃないかって思って」
「はぁっ… そんな馬鹿なことを考えるの浩平だけだよ。折角のクリスマスなのにどうしてそんな
ことばっかり言うんだよっ」
 怒られっぱなしでこちらもムッとしてきた。思わず言い返す。
「仕方ないだろっ、お前があんまりきれいだったから分からなかったんだよっ」
 言ってしまった後で、オレはとんでもなく恥ずかしいことを口走ってしまったことに気付く。
「え、え、えぇ〜っ。何言ってるんだよっ、浩平っ。変な事言わないでよっ」
 顔を真っ赤にして、手を振り回しながら長森が慌てふためく。その様子を見て、オレは何故か
ほっとした。見た目こそいつもと全然違うけど、やっぱり長森だ。後ろ髪に結ばれたリボンも
いつもの長森のものだ。
「うるさい、細かいことをいちいち気にするな。こんな所にいつまでも突っ立っていても仕方
ないだろう、早く行くぞ」
 オレは自分の顔を長森に見られないようにして、早足で歩き出す。
「わぁっ、待ってよっ」
 長森がオレの背中を追ってくる。冷たい空気が早くオレの顔の火照りを冷ましてくれること
を願うばかりだった。
70ぼくらがここにいる不思議:2000/12/19(火) 20:41
通いなれた商店街。いつも見ていた景色のはずなのに、なぜか初めて訪れた場所のように感じる。
通りには鮮やかに輝くイルミネーションが立ち並ぶ。おもちゃ屋の前に置かれたもみの木に飾り付
けられた電飾がきらきらと明滅を繰り返す。女性シンガーの歌声に乗せて送られる聴き慣れたクリ
スマス・ソング。
 なんだか、外国に来たみたいだな。そんなことを思いながら、隣を歩く長森を見る。オレの目線
からだと、まず最初に長森の頭のつむじが目に入る。うっすらと栗色のかかった長い髪。後ろ髪
に結ばれたオレンジのリボン。
 そのまま視線を落し、長森の顔を眺めてみる。相変わらずの特徴のない顔立ち。整っていると言え
ば聞こえはいいが、要はどのパーツも平均点だということだ。そう思っていたのだが、今日は勝手
が違った。薄く施された化粧のせいだろうか、見ていてこちらがどぎまぎしてしまうような色気が
ある。バランスは取れていて、無難に平均点でまとまってはいるのだがその平均点がものすごく高
い。ファッション・モデルでも今日の長森なら通用するのではないだろうか。
「なにじろじろ見てるんだよ。恥ずかしいよ、浩平」
 オレの視線に気付いた長森がそんなことを言う。
「いや、いつもと雰囲気違うなって思って」
「そうかな? 自分ではあんまり分からないけど、ちょっとおめかししてきたからかな」
 髪をかきあげながら、照れたように言う。
「そうかもな。よく似合っているよ。これでオレも安心だ。胸を張ってお前を嫁に出せる」
「いつから浩平はわたしのお父さんになったんだよっ。もうっ…」
 ため息を付く長森を更にからかってみる。どうも今日は長森に翻弄されっ放しだ。ここらでお返
しをしておかなければ、今日一日長森にやられっ放しになる恐れがある。
「いや、あんまりお前が男に縁がなさそうで心配だったんだよ。もしどうしょうもなかったらオレ
が責任を持って引き取るしかない、と思っていたんだがな」
「はぁっ… 何馬鹿な事言ってるんだよ。大体本当に男の子と縁がなかったら浩平が引き取ってくれ
るの?」
「あぁ、友人としての義務だ」
「じゃぁ、ずっとわたしは独りでいるからね。責任取ってよっ」
「分かってるよ。任せとけ」
 オレはコートのポケットに両手を突っ込んで、空を見上げながら言った。こうなったらヤケだ。
こちらも徹底的に恥ずかしい奴になって、長森を困らせてやる。
「寒いな、手でも繋ぐか」
 そう言ってポケットから右手を出す。その手を長森の手がぎゅっと握ってくる。伝わる暖かい体温
が心地好かった。
「浩平って、手冷たいよね」
「あぁ、末端冷え性なんだ。冬は地獄だ。基本的に寒さに弱いんだな」
「じゃぁさ、こうすればもっと暖かいよ」
 オレの右腕を取り、強引に腕を組んで来る。突然近づいた長森の顔に、思わず心拍数が上がる。
鼻腔をくすぐる甘い香り。石鹸の匂いとはまた違った、香りのエッセンスを凝縮したような匂いだ。
「お前、香水付けてる?」
「うん、初めて付けてみたんだけど、どうかな? 変な匂いしない?」
「いや、結構いい感じだと思うぞ。牛乳臭くもないし」
「一言余計だよっ」
 そんなことを言い合いながら、オレ達は商店街を腕を組みながら歩く。 
71ぼくらがここにいる不思議:2000/12/19(火) 20:42
長森の格好はいつもとは全く違っていたし、オレだって普段着ているようなパーカーにジーンズ
みたいな格好じゃなくて、少しは気を遣った服を着てきていた。端から見るとやっぱりクリスマス・
イブにデートをしている恋人同士に見えるんじゃないだろうか、と思う。
 でもやっぱりオレ達のする事は代わり映えのしないものだった。店で買ったクレープをお互いに
かじり合ったり、ゲーセンに行ってシューティング・ゲームをしたりした。長森はゲームとは無縁
の人間だったが、元々勘がよいのだろう、数回のプレイ後には相当な難関面をクリアしていた。
「お前、才能あるよ。もっと本腰を入れてやってみろ。すぐにこの界隈で頂点を取れる」
 ゲーセンを出たところで、オレは若干の嫉妬と期待を込めてそんなことを言う。
「でも、浩平の方が上手だったよ。あんなに難しい面まで、わたし行けないもん」
「当たり前だ、オレがあの筐体にどれだけの金を注ぎ込んだと思っている。お前がオレ位熱心に
練習したら、あっという間にスーパースターだ」
「でもお金勿体無いよ。だからわたしはいいよ」
「まぁ本人がやる気ないんじゃ、しょうがないよな」
 呟いて、ため息を付く。本当にとりとめのない、日常の延長だった。とてもクリスマスという特別
な日だとは思えない。だがそれがいいのだろう。些細な日常の積み重ねこそが大切な宝物だ、という
ことをかってそれを粉々に失ってしまったオレ達は実感として理解していたのだから。
72ぼくらがここにいる不思議:2000/12/19(火) 20:43
 そんな感じで商店街をうろつきながら、書店でエロ本を立ち読みしようとして長森に怒られたり、
洋服店で長森に似合いそうな服を一緒に探したりした。
 時間の経つのは早く、気が付くと既に太陽は沈んでいた。薄墨のような雲のベールに隠れて月
がその境界を曖昧にさせながら輝いている。地上を照らす人工の光の眩しさに比べると、いかにも
遠慮がちではあったが、それでも見上げた夜空はどこか心に刻まれるものがあった。
 腕時計を見る。もう予約していた時間まで殆んど無かった。オレは長森にそう言って、予約して
いたレストランへと向かった。

 店内はやはり男女のカップルで一杯だった。クリスマスに独り身の人間が外食しようとすること
の危険性について、大学の友人達と議論を交わしたことがあったが、オレはこんな日に独りで外出
すること自体が余りにもお寒い行為だと思った。だが今日は長森と一緒だ。そうでもなければこん
な店に入ることもなかっただろう。
 食事はおいしかった。オレにそんな金があるはずもなかったので、特に高級料理という訳でもな
かったのだが、それでもクリスマスという特別な一日を祝う食事としては充分だった。
 長森も本心からおいしいと思ってくれているようだった。長森が喜んでくれた事が嬉しかった。
 長森の食べるスピードに合わせて、オレは意識してゆっくりとナイフとフォークを動かした。
 やがて食事も終わり、食後の紅茶をオレ達は飲んでいた。本当はワインでも頼みたかったのだが、
長森の強固な反対に遭い、断念した。
「すごくおいしかったよ。ありがとう、浩平」
「あぁ確かにうまかった。初めて来る店だったんで心配だったんだが、オレの選択眼もまだまだ捨て
たもんじゃないな」
「ふふ、そうだね。これからもいいお店を見つけて、一緒に食べに行こうね」
 笑顔で、そんなことを言ってくれる。コートを脱いだ長森はその下に白のセーターとプリーツの
入った白のロングスカートを着ていた。コートの黒とその白で統一された姿が良く映える。
コートを着ている時はアダルトな雰囲気を感じさせたが、今の長森はどこかのお嬢様みたいだ。
どちらにせよ予想外だ。長森がまさかここまで化けるとは思っても見なかった。今まで一体オレは
長森の何を見てきたのだというのだろう。
73ぼくらがここにいる不思議:2000/12/19(火) 20:43
「あ、そうだ。はい、これ」
 グレーのショルダー・バッグから長森ががさごそと紙袋を取り出す。飾り気のない紙袋をオレの
目の前に差し出す。オレはそれを手に取り、中身を取り出してみる。
「クリスマス・プレゼントだよ。自分で編んだんだよ」
 オレの手にはブラウンとベージュの中間色のような色をしたセーターが掲げられていた。胸に
縫い付けられた猫のアップリケが、長森の趣味をよく表している気がする。
「すごいな、よく手編みなんて出来るな。めちゃくちゃ手間掛かっただろ?」
 感嘆すると同時に、心配になって、思わず聞いてしまう。
「そうでもないよ。やり方の載った本とかがちゃんとあるから、それを見ながらやればそんなに
大変でもないよ」
 事も無げに言うが、オレにとっては神の領域だ。
「暖かい生地で作ったから、寒い日とかも大丈夫だと思うよ」
「あぁ、ありがとう。大学に行く時とかに着させて貰うよ」
「うんっ、そうしてくれると嬉しいよ」
 ふと脳裏を危険な発想が横切る。杞憂だとは思うが、長森なら可能性は否定できない。杞憂である
ことを祈りつつ、オレは質問してみる。
「まさか、長森も同じセーターを持ってるってことはないよな…」
「あ、よく分かったね。お揃いでわたしのセーターもあるよ」
 悪い予感は当たるものだ。
「だから、お揃いのセーターで学校に行けるよ」
 嬉しそうに言う。長森とお揃いのセーターを着て大学構内を歩く光景を想像する。
(……恥ずかしいとかのレベルでは済まされないぞ。そんな姿を大学の連中に見られたら、切腹モノ
だ。いや、腹も切らせてくれないだろう。間違いなく打ち首獄門だ)
 頼むからそれは止めてくれ、と言いたかったが、長森の嬉しそうな様子を見ているとそんなこと
を言う勇気が持てない。
「来年学校が始まったら一緒に着て行こうね」
 笑顔でそんなことを言う。どうやらオレは来年度大学内恥ずかしい男ランキングの上位に入賞する
ことが確定したらしい。 
74ぼくらがここにいる不思議:2000/12/19(火) 20:44
 食事を食べ終えて、外に出たオレ達は吹きすさぶ冷たい風に思わず身を固めてしまった。吐く
息が白い。寒さは外界と自分との境界を嫌でもはっきりと自覚させる。外気と皮膚との温度差が、
曖昧さを拒絶する。
 オレ達は冷気をはじき出すかのように腕を組み、身を寄せ合って歩いた。
 見上げると薄墨のカーテンに覆われた空から白い結晶が舞い降りて来ていた。どうりで寒い訳だ。
「見て見てっ、浩平。雪が降ってるよっ」
 嬉しそうに長森が言う。手のひらを天に向け、舞い落ちる氷晶を包むように受け止めている。
「寒くなるって天気予報で言ってたけどまさか雪が降るとはなぁ。なんていうか、出来すぎだよな」
「でも、きれいだよね。わたしホワイト・クリスマスなんて生まれて初めてだよ」
 オレから腕を離し、雪の中を踊るようにしてくるくると回る長森の姿が月明かりに照らされている。
そんな長森には陳腐で、気恥ずかしいフレーズだけれど『雪の妖精』という言葉が一番ぴったりと当
て嵌まる気がした。

「なぁ、長森。行きたい所があるんだけど、一緒に来てくれないか?」
「え、構わないけど、どこに行くの?」
「行けば分かるよ。あんまり遅くならないうちに行こうぜ」
 そう言って、オレは歩き出す。再び腕を組んできた長森の体温を右腕に感じながら雪に覆われ始め
た地面を踏みしめていく。長森と一緒に。
75ぼくらがここにいる不思議:2000/12/19(火) 20:45
 予想通り、オレ達の昔通っていた高校の門は開いていた。その無用心さも、3年前と同じだった。
 校内に入り、中庭へと向かう。空から舞い降りる雪の結晶は絶えることなく降り続け、大地を白く
覆っていく。木々の枝には、もううっすらと雪化粧が施され始めている。しんしんと降り積もる雪
が全ての音を吸い込んでしまったかのように、辺りには物音一つしない。
 オレはベンチの上の雪を払って、腰を下ろす。長森もオレの隣に座る。腕を絡めて、オレにもたれ
掛かってくる。オレ達は天空を見上げた。白い花びらをまき散らしたような夜空に、月が冷たい光
を放つ。月光が氷晶に反射され、きらきらと輝く。
「すごくきれいだよね」
 長森が頬を赤く染め、月を眺めながらそんなことを呟く。今日という日を長森と一緒に過ごせた
ことをオレは本当に嬉しく思った。オレにとって今日は始まりだった。今まで長森にしてやれなか
ったこと、叶えてやれなかった想い、共有できなかった時間。壊れた幸せの欠片を少しずつ、少し
ずつ集めて、孤独という日常の隙間を二人で埋めていく。そんな日々の始まりにしたかった。
 オレはコートの内ポケットから小さな箱を取り出し、長森の手に乗せた。
「これ、オレからのプレゼント。食事の後に渡してもよかったんだけど、ここで渡したくってな」
「本当に? ねぇ、今開けてもいい?」
「あぁ、そのつもりでここで渡したんだ」
 長森はガラス細工を扱うようにそっと蓋を開け、銀の指輪を取り出す。まるで眩しいもののように
空にかざす。月の光が指輪に反射し、くっきりとした輪郭が映しだされる。しばらく指輪を見詰めて
いた長森は、やがてゆっくりと左手の薬指にそれをはめた。長森の白い手に指輪の銀色が月明かりを
浴びて輝く。月の光は冷たく、生命の脈動を感じさせはしない。だが、それに照らされた長森は暖か
く、優しく、美しかった。

 オレは探し求めていたものがそこにあることを知った。
もう月をねだって涙を流すことなどない。
探していたものは、ここにあったのだ。
そばにいてくれる長森。長森と過ごした時間、重ねた想い、共有した記憶。
例えそれがいつかは壊れるものだとしても、オレはそれこそが幸せであることを知っているのだから。
そのことを、迷い無く知っているのだから。
だから、オレはこの自分自身の腕で、長森を抱きしめた。
76ぼくらがここにいる不思議:2000/12/19(火) 20:45
「あ…」
 長森がオレの腕の中で驚いたように声を上げる。抱きしめた腕越しに長森を感じる。伝わる体温に、
心臓の律動が早まる。オレは長森の耳元でそっと囁いた。
「ごめんな、待たせちまって」
 長森はオレの胸に頭を預けたまま、俯いて呟く。
「うぅん…いいんだよ。今浩平はこうしてわたしのそばにいてくれている。それだけで、いいよ」
「もう、無理して笑わなくってもいいからな。悲しい時は悲しいって言っていいし、寂しい時は寂し
いって言ってくれていい。お前さえ構わなければ、オレがそばにいるから。オレは、お前のそばに
いたいからな。ずっと、一緒にいたいからな」
「浩平っ…」
 顔を上げ、オレを見詰める。大きな紅い瞳に白い雪が映っている。オレの目を見詰めたまま、口を開く。
「もう…置いて行かないよね… わたしのことを置いて、どこかに行っちゃわないよね… もう…
待たなくてもいいんだよね…」
「長森…」
「怖かったんだよ… 浩平がまたいなくなっちゃうんじゃないかって。また皆が浩平のことを忘れて、
わたしも段々浩平のことを思い出せなくなって、どこにも浩平がいなくなっちゃうんじゃないかって、
ずっと、怖かったんだよ…」
 世界にはオレ達二人しかいないようだった。二人だけの世界を、月が見下ろしていた。
「もう、どこにも行かないよね… ずっと… 一緒だよね」
「あぁ、約束する。お前のことを放って、逃げ出したりしない。もう、どこにも行かない」
「約束だよ…」
 その言葉に応えようとしたオレの口を、長森の唇が塞ぐ。オレは長森を抱きしめる腕により力を込
め、長森をより近くに感じようとする。直接心に届きそうな長森の熱い吐息を感じながら、オレ達は、
体を寄せ合いつづけた。