志保バレンタインSS『チョコ』 1/5
何で、現国の授業はこうも退屈なのかしら。
寝ている人の方が起きている人よりも多い。
当然、あたしもいつもなら寝ている方のグループ。
でも今日は何だか眠れない。
たぶん、こいつのせいよね。
あたしは自分の鞄の中を見やる。
そこにあるのは・・・・・・バレンタインチョコ。
丁寧に包装してあるばかりか、『愛する人へ』なんていうカードが付いている。
昨日、デパートで二時間かけて選んだ物だ。
あんなところで真剣に悩んでいるあたしをヒロが見たら、どう思うかな。
しかも、ヒロのために選んでいたと知ったら。
今年も普通のチョコにするはずだった。
適当に選んで、適当に渡す。
『はい、チョコ。義理よ、義理。勘違いしないでね』
そう言うと、ヒロはきっと
『頼まれても勘違いするか』
と言い返し、また口喧嘩が始まる。
それが毎年のパターン。
・・・・・・何でそうしなかったのか、あたしにもよく分からない。
3月になったら卒業だ。
もう二度とこんなバレンタインは来ないんだろうなぁ。
そう思ったら、チョコ売り場の前から足が動かなくなってしまった。
三年間、温めていた想いが抑えきれなくなったのかのかもしれない。
気持ちを伝えておかないと後悔するわよ、と。
『チョコ』 2/5
今さらうじうじ言っていても仕方がない。
とりあえず、ヒロに渡そう。
話はそこからね。
次の時間は昼休み。
チョコを渡すのには最適の時間かも知れない。
自然に教室に入り、ヒロの机まで行き、渡す。
そして、告白……。
『あたしはヒロのことが好きよ』
た、単刀直入すぎるわよね。
『ヒロ、大事な話があるんだけど』
いつもの志保ちゃんニュースか、と流されちゃうかも。
『ヒロはあたしの事どう思ってる?』
却下。結果が見えているわ。
う〜ん……言葉じゃ伝わらないな。
あ、いきなりキスして抱きしめるのは?
ヒロも分かってくれてキスを仕返したりして。
そのまま昼休みの教室であんなことやこんなことを……
「って、そんなHなことが出来るわけないでしょ!!!!!」
…………。
……。
教室が静寂に包まれた。
「あはは……え〜っと何でもないです」
教師の冷たい視線に愛想笑いを返しながら着席する。
まあ、告白なんてアドリブでいいか。
要は渡せばいいのだ。
『チョコ』 3/5
キーンコーンカーンコーン……
やっとチャイムが鳴り、授業が終わった。
確かヒロは学食派のはずだから急いで行かないと間に合わないわね。
チョコを掴んで、あいつの教室に向かう。
心臓の鼓動が速くなるのが分かる。
顔が赤くなってなければいいのだけれど。
ドアの前で深呼吸。
よし。行こう!
「ヒロ、いる〜?」
最初にあたしの目に入ったのはあかりだった。
チョコをヒロに渡しているあかり。
次にヒロが目に入る。
鼻の頭を掻きながら照れくさそうに受け取っているヒロ。
『チョコ』 4/5
……あたしは何を勘違いしていたのだろう?
どんなにがんばってもあの2人の間には立ち入れないことは分かっていたのに。
持ってきたチョコを握り締め、後ろ手に隠す。
「相変わらずラブラブねぇ、あんたたちは」
そして、笑って話し掛ける。
気持ちを隠す事には慣れているから。
「……志保? どうした?」
「どうしたもこうしたも、オシドリ夫婦をひやかしに来たのよ」
「そうじゃない。何で、お前は……?」
慣れている筈なのに。
頬を何かが流れる。
「あれれ……ひくっ……おかしいな……」
「具合悪いの? 志保、大丈夫?」
「保健室に行った方がいいんじゃないのか?」
二人が近づいてくる。
「ちょ、ちょっと頭が痛いみたい……。保健室に行ってくるわね」
あたしは歩き出す。
この場から離れたくて。
あかりとヒロがいる、この場に。
『チョコ』 5/5
適当に歩いて着いた先は屋上だった。
せきをきったように涙が流れ出す。
ヒロ、ヒロ、ヒロ……。
チョコを渡すことさえ出来なかった。
言葉も出ずに、ただただ泣き続ける。
ふと、右手に生暖かい感触が伝わる。
強く握り締めていたせいだろう、手を開くと溶け始めているチョコがあった。
……きっとこれはあたしだ。
食べられることもされずに溶けてていくだけで。
あたしとチョコは昼休み中、泣いていた。