ようやく、しおらしくなってきた高瀬瑞希スレ7

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244旦那さん、名無しです
 国道沿いのホームセンターは土曜日の夕方過ぎということもあり、多くの家族連れで
賑わっていた。買い物がてら、たまの贅沢に外食…という計画が、恐らくほとんどの
家庭で立てられているのだろう。広々とした店内を、まるで遊び場のようにして
はしゃぎ回る子どもの姿も目立つ。
 そんな活気に満ちているホームセンターから、一組の男女が買い物を済ませてきた。
肩を並べて歩く二人は、誰あろう和樹と瑞希である。
「おい瑞希、せめてひとつ寄こせって!」
「いいからいいからっ!見て回ってる間は和樹にカート押してもらってたでしょ?
それに欲しいもの買っていいって言ってくれたし!ここは好意に甘えなさいって!」
「好意じゃなくってだなぁ…お、おい、瑞希っ!待てってば!」
 他の客達が思わず振り返るほど、二人は仲睦まじくおしゃべりを交わしてゆく。
子ども達の中には無邪気なままに、指をさしてまで囃し立てる子までいるくらいだ。
 とはいえ、二人は公衆の面前で睦言をささやき合っているわけではない。
 スタジャン姿の和樹は、瑞希から買い物袋をひとつ分けてもらおうとしているのだ。
それもそのはずであり、茶色のダッフルコートに身を包んでいる瑞希の両手には
買い物袋がひとつずつ、ずっしり重たげに垂れ下がっている。
 今日の二人は秋から冬にかけての準備として、身の回りで必要となってくるものを
色々と買い出しに来たのだ。同棲生活を送っているからこそ、買い物も倍になって
しまうのだが…そんな大荷物を恋人に持たせてしまっていることが和樹には耐えられ
ないのである。世間体も気になるが、やはり日頃世話になっている瑞希には少しでも
負担をかけたくないのだ。
 それでも、瑞希は素知らぬ顔で和樹の脇をすり抜けてゆく。見ようによっては、
和樹がケンカして無視を決め込まれているように見えなくもない。そう思うだけでも、
和樹の男心は色濃い焦燥感に苛まれてしまう。
 一方で瑞希は手の平に食い込むビニールの痛みもなんのその、すこぶるご機嫌であった。
これというのも、和樹が好きなように買い物をさせてくれたことが嬉しくてならない
からだ。とはいえ、決してあれこれ無駄遣いしたわけではない。自身が立てた家計を
信頼してもらえていることに、ひとりの女として感動を覚えているのである。
245旦那さん、名無しです:01/10/28 22:56 ID:JnRFmqX5
 そんな瑞希であったが、ホームセンターの入り口ゲートを抜ける手前でやにわに
足を止めた。説得しながら後を追っていた和樹は思わずその背中にぶつかってしまう。
「わ…っと、どした、瑞希?」
「和樹、見て〜っ!かぁわいい〜っ!!」
「なんだよ…お、子犬かぁ…」
 嬉々として声を震わせる瑞希の前には、子供用プール大の柵がひとつあった。
 中には茶色や白、黒といった雑種とおぼしき子犬が元気良く走り回ったり、あるいは
隅の方でぬいぐるみとじゃれていたりする。
 この子犬達はホームセンターの計らいで引き取り手を待っている、保健所行き寸前の
哀れな連中だ。キチンとエサは与えられているものの、引き取りたいときはもちろん
無料である。子どもにせがまれて、保護者が折れるのを待っている…という具合だろう。
「ね、ちょっと持ってて!お願いっ!」
「わわわっ…な、なんだよ、だったら最初っから渡せっての…!」
 柵とはいえ屋根があるわけではなく、子犬は手を伸ばせば容易く抱き上げることが
できる。母性をたっぷりとくすぐられた瑞希はたちまち和樹に両手の袋を押しつけ、
おいでおいで〜、などと猫撫で声で子犬を誘い始めた。念願叶っておきながらも、
和樹は重い買い物袋を両手に下げてどこか釈然としない面持ちだ。
「ほらほら、怖くないよぉ…ふふっ!あったかぁい…!」
「…くさいし、毛が付くぞ。そのセーター気に入ってんだろ?」
「大丈夫だもんね〜…やん!こら、くすぐったいよぉ!あんまりペロペロしちゃ…」
 さっそく一匹薄茶の子犬が駆け寄ってきたので、瑞希は優しく両手を差し出し、
セーターの上からでもふくよかな胸に抱き寄せて満足そうに笑った。胸いっぱいの
愛情が溢れ出たかのようで、どこかまばゆく見えるほどに今の瑞希はかわいい。
 和樹はどこかつまらなそうに警告するが、瑞希は気にすることなく頬摺りまで
して子犬のにおいを確かめたりする。買い物袋の重さも相俟って、和樹の男心は
次第に焦れてきた。なんとなくイライラと落ち着かない。
「…おい瑞希、犬なんかかまってないでそろそろ行こうぜ。日も暮れちまうっ。」
246旦那さん、名無しです:01/10/28 22:56 ID:JnRFmqX5
「なによ…あ、もしかして和樹、この子にヤキモチ妬いてたりする?」
「なっ、んなわけあるかっ!バカなこと言ってんじゃねえっ!!」
 図星を突かれた和樹は思わずそっぽを向き、場違いな声でそう怒鳴ってしまった。
たまたまその方向にいた女性客が怪訝な顔をしたので、和樹はますます居心地が
悪くなってしまう。吹き出すのを懸命に堪えている瑞希の様子も伝わってきて、
もう顔が熱くてならない。
「ねえ和樹ぃ…この子、飼えないかな?」
「ダメに決まってるだろ!そ、その、ヤキモチとかそんなんじゃなくって、オレの
部屋ってペット禁止だからっ…」
「そっかぁ…そうだよねえ…。残念だね、ダメだって。」
「お、オレがダメって言ってんじゃねーぞっ?」
 瑞希が予想していた質問をしてきたので、和樹は用意していた返事を寄こした。
動揺のために余計な一言まで付け加えてしまったが、それでも瑞希はからかうわけ
でもなく…胸に抱いた子犬を諭すように、和樹の返事を繰り返した。ばつが悪い
ように感じて、和樹はまたしても一言付け加えてしまう。
 瑞希ももちろん和樹の住宅事情はわきまえている。理性ではなく、感情からついつい
聞いてみただけなのだ。抱き上げたときと同様優しく子犬を柵に戻すと、瑞希は寂しげに
挨拶ひとつ…あらためて和樹に微笑みかけた。ごめんね、と小さく告げたのは、思わぬ
時間を取らせたことと、ヤキモチを妬かせたことへのささやかなお詫びのしるしである。
「…しかしなんだ、お前ってつくづく世話好きだよな。オレだけじゃ足りねえか?」
「あんたもメチャクチャ手がかかるけどさ、やっぱりかわいいもん…。ああゆうの
見ちゃうと、やっぱり弱いのよねえ。」
 再び肩を並べ、バス停へと歩を進めながら二人はそう言葉を交わした。
 日が落ち、風もすっかり冷たくなってきたから自ずと身も寄せ合ってしまう。
買い物袋も和樹の両手に納まって一件落着だ。今さらではあるが、どうせバスに
乗り込むまでのことである。
247旦那さん、名無しです:01/10/28 22:58 ID:JnRFmqX5
「ペットは飼えないけどさ、瑞希…」
「ん?」
「だったらいっそのこと…子ども、つくるか?」
「えっ…?」
 はにかみ、どこか遠慮がちな和樹の言葉を聞いて…瑞希の足と、時間が止まる。
 その横を兄妹らしい男の子と女の子が走り抜けていった。ホームセンターの方からは
彼らの母であろう、長い髪をひとつに結わえた女性が冷たい風に乗せて注意を促してくる。
 女性の側では、長身の高い男性が両手に買い物袋を下げて破顔していた。すると
こちらは父なのだろう。買い物帰りの親子…家族であった。
「あ、あのっ…あ、ま、またそんなこと言って、さては今夜の口実なんでしょ?
本当に和樹ったらスケベなんだからっ!いつもその手には…ほ、本気…なの?」
 和樹の眼差しに、意識もろとも吸い込まれていた瑞希であったが…ふと我に返るなり、
少し軽蔑するような目で彼を睨んだ。街灯の明かりにも分かるほど頬を染め、うつむき
ながら上目遣いで様子を伺っていたのだが…和樹の表情が真摯そのものであることに
気付き、深くうなだれて口ごもる。
「そ…そりゃあね?あたし、あんたと一緒に家庭を築きたいし、家族を持ちたいって
思うよ?でも…でも、あたし達まだ学生じゃないっ…。あんたが今すぐっていうんなら…
べつに、嫌とは言わないけど…」
「…わかってる。悪かった。さっきヤキモチ妬いた腹いせ。言ってみただけだよ。」
 緊張の最中から、瑞希は訥々と心の内を明かしてゆくが…やがて和樹は包み込む
ような暖かい口調でそう言った。火照り顔を上げた瑞希に反省の気持ちを伝えようと、
彼女の正面から身を寄せ…買い物袋を下げたままの右手で背中を抱く。
 それで瑞希は安堵とも失意ともつかない溜息を漏らした。日没後の冷え込みは
日に日に厳しくなっているようで、もうその溜息が白い。
「はぁ…なによ、もう…ビックリさせないでよねっ。真面目な顔して言うんだもん…」
「まだオレ達、それだけの力がねえもんな…。ちゃんとオレ達がマンガを枕にして
眠れるようになるまで、ペットも子どももお預けにしてくれ。」
248旦那さん、名無しです:01/10/28 23:00 ID:JnRFmqX5
「マンガを…枕に…」
 今年の春、和樹はマンガ誌、コミックZで連載を抱えるようになった。
 事実上プロデビューではあるが、これだけで生活するにはあまりに厳しい。ましてや
子どもを養うなど、あまりに非現実的な話だ。
 それでも、和樹には確固たる自信と意志があった。こみパで培ったマンガに対する
自信と…そして、かけがえのない恋人に対する意志。
「ああ、オレはやる。絶対やりとげてみせる。前にも言ったろ?オレは欲張りなんだって。
瑞希もマンガも手に入れたんだ、今度は幸せな家庭だって手に入れてみせるさ。」
「和樹…約束よ…?役立たずかもしんないけど、あたし…精一杯応援するから…」
 そこまで言って、瑞希は和樹の身体にすがりついた。スタジャンの背中に両手をまわし、
どこか駄々をこねる子どものような力で抱き締める。くすん、と鼻をすすったのは…
きっと寒さのためだけではないはずだ。
 そんな瑞希を右手ひとつで抱き寄せていた和樹であるが、ふと腕時計の針に気付いて
彼女の背中をそっと叩いた。弾みでビニールの袋がガサガサ鳴る。穏やかな時間は
その流れを意識させないものだ。