そんな香里が好き

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822SS職人@見習 ◆SSLuvQ3.
香里支援SS 闘病

お断り:栞の病気は慢性腎不全という設定です。

深夜、私は妹―――栞を抱きしめていた。
冷たい身体、泣き濡れた瞳。
栞はただ、ただひたすら泣いていた。
「そう・・・そう・・・」
泣きじゃくりながら話す声に私はうなずく事しか出来なかった。
「わたし・・・本当はっ・・・離れたく・・・ないの・・・に」
2月1日。
栞の誕生日。
そして・・・それは栞と相沢君の約束の日。
別れの日。
「・・・うぁ・・・うぁあああん!」
栞の悲痛な泣き声が、部屋に響いた。
私は、それを受け止める事しか、出来なかった。
姉として、家族として、他に何も出来なかった。
―――子供だから?
いや、そうではない。
大人になっても、出来ない事はあるのだ。
ただ、抱きしめてあげる。
それしか―――出来ないのだ。
823SS職人@見習 ◆SSLuvQ3. :01/12/17 01:43 ID:jsJAqfYE
夜が明けて、栞は病院に搬送された。
今朝方、急に発作が起きたのだ。
救急車に同乗し、必死に栞の名を呼び続けた。
「栞っ!栞っ!」
苦しみ続ける栞の手を握りながら、何度も繰り返し、叫び続ける
事しか出来なかった。
そして―――。
「コーホー・・・コーホー・・・」
ICUに人工呼吸器の音が響いていた。
私は、ベッドの周りに張られたビニールの外から栞を見守ってい
た。
無菌服に身を包んで。
とりあえず発作はなんとか治まった。
でも・・・明らかに悪化している。
どんどん、栞の命が削られていくのが分かる。
そしてそれは・・・緩やかだけど確実に、栞を死に追いやってい
るのだ。
口惜しかった。
出来る事ならば、代わってあげたかった。
しかし、病魔は私にではなく、栞に憑いているのだ。
私は苛立たしげに、栞が生まれてからずっと、ずっと繰り返し、
口にしてきた言葉を口の中で呟いた。
『あの子が何をしたって言うの?何で、あんなに苦しまなければ
いけないの?』
と。
824SS職人@見習 ◆SSLuvQ3. :01/12/17 01:43 ID:jsJAqfYE
1週間後、ようやく容態が落ち着いたので、栞は一般病棟に移る
事になった。
容態が落ち着いたとはいっても、明らかに・・・以前より衰弱し
ていた。
もともと肉付きのよい体とは言えないのに、さらに痩せこけて、
目の周りがくぼんで・・・。
父と母はもはや、諦めたようだった。
なんて薄情な親なのだろう。
正直にそう思った。
でも、それも仕方ないだろう。そう思う自分もいた。
栞が生まれて16年。
生まれた時から、長く生きられないだろう。そう言われて、よく
16年ももったものだ。
そう、思いたくないのに、思ってしまう自分が・・・嫌な人間に
思えた。
「おねぇちゃん・・・」
唇をぼそぼそと動かし、栞が私を呼ぶ。
その声はとてもか細く、消えてしまいそうなほど、小さな声だ。
注意して聞かないと、何を言っているのか分からない。
「ん、なぁに?」
「バニラアイス・・・食べたいです・・・」
手に持っていた、本を取り落としてしまう。それほど動揺した。
「ごめんね。お医者様が駄目だっていうのよ」
出来るなら、いくらでも食べさせてあげたかった。
「・・・そう・・・ですか」
栞は少し、悲しんだような目をして、再び目を閉じた。
825SS職人@見習 ◆SSLuvQ3. :01/12/17 01:44 ID:jsJAqfYE
2月14日。
この日、栞はいつもより、沈んでいた。
「どうしたの?なんでそんなに・・・」
と尋ねても、曖昧に笑って、顔を伏せるばかり。
「何か、欲しいものでもあるの?」
そう尋ねると、栞は壁にかけられていたカレンダーに視線を移
した。
―――そうか、今日は・・・。
「チョコレート・・・相沢君に・・・?」
私がそういうと、栞は少しだけ顔を赤らめ、こくん、と頷いた。
「はぁ・・・でもね・・・」
と諭すように言うと、栞が涙目で、呟いた。
「分かってるんです。自分でも。祐一さんとはもう会わない。
自分でそう決めたから・・・。ただ・・・」
栞が悔しそうに俯いた。
「チョコレートを渡せない自分が・・・悔しい・・・悔しい・
・・悔しい・・・です」
そう言いながら、軽く握った拳をベッドに叩きつける。
何度も、何度も、何度も。
私は、栞の手を握って、否定するように首を振った。
「・・・うぁ・・・ぁああん・・・」
栞はただ、泣いた。
栞の代わりに、相沢君にチョコレートを渡す事が出来た。
でも私がそれをしてしまうと、栞が相沢君に別れを告げた意味
が無くなってしまう。
だから、私には何も出来なかった。
826SS職人@見習 ◆SSLuvQ3. :01/12/17 01:45 ID:jsJAqfYE
2月23日。
ついに恐れていた再発作が起こってしまった。
「くっ・・・はぁっ・・・うくっ・・・」
栞がベッドの上で苦痛に身をよじる。
それに私は慌ててナースコールのボタンを押した。
「栞っ!しっかりなさいっ!」
苦悶の表情を浮かべる栞の手を握り締め、私は叫ぶ。
すると・・・栞は笑った。
苦しいはずなのに。痛くてたまらないはずなのに。
「おねぇちゃ・・・ん」
栞は苦しげに吐き出した息の合間に、そう呟いた。
「な、何っ!?栞っ!」
慌てて、私は問い返す。
「ありがとう」
とだけ言って、栞は瞳を閉じた。
あまりの苦しみの気を失ってしまったのだろうか。
遠くから慌てたような足音が複数、聞えてきた。
「栞っ!栞ぃっ!!」
医師と看護婦が部屋に飛び込んできた時にはもう、私は栞に
すがって泣いていた。
気がつくとICUへの入り口の前で、私は座り込んでいた。
何時、ここへ来たのかも分からなかった。
足音がしたので、そちらへ視線を向けると、両親がこちらへ
走って向っているのが見えた。
827SS職人@見習 ◆SSLuvQ3. :01/12/17 01:45 ID:jsJAqfYE
「香里っ!栞はっ!?」
その父親の言葉に私は無言で答える。
「・・・」
「まさかっ!?」
母親が、声を上げた瞬間、私は叫んだ。
止まらなかった。
止められなかった。
ただ、ひたすらに感情に任せ、叫んだ。
「・・・なんで・・・なんでよっ!貴方達の娘でしょうっ!?
なんで・・・なんでずっとそばについてあげなかったのよっ!
栞は・・・父さんにも、母さんにも、会えないのに、ずっと・
・・ずっと我慢してっ、ひぐ、もう、16年も生きた。充分?
ふざけ・・・ひぎっ・・・ふざけないでよっ!」
そう怒鳴って、わたしは椅子を蹴飛ばした。
「あの子、何の為に・・・うぅあ・・・生まれて・・・きたの
?まだたったの・・・たったの16年しか生きてないのよっ!」
泣きながら、私は叫んだ。
不満があった。怒りがあった。
死に瀕している娘に、決して会おうと足を運ばなかった父。
もう、十分よ、と早々と諦めていた母。
そして、何も出来なかった自分に対して。
全てをぶちまけると、私は泣き崩れてしまった。
828SS職人@見習 ◆SSLuvQ3. :01/12/17 01:46 ID:jsJAqfYE
「いいでしょう?」
父と母に、私はそう問い掛けた。
もう、異論は唱えさせない。
誰にも、文句は言わせない。
そう思いを込めた問いだった。
父も母も、先ほどの私の剣幕に押され、何も言う事が出来ない。
もう、何年も前から医者のほうから提案されていた事だった。
しかし父と母がそれを承諾してくれなかったのだ。
あまりのその成功率の低さに、決してその首を縦に振ってくれ
なかった。
でも、私はもう決心した。
栞に・・・たった一人の妹に私の腎臓を分け与える。
そう、決心したのだ。
「成功確立は・・・かなりの低さです。さすがに、姉妹とはい
っても、そうそう臓器が適合するわけでは・・・」
と説明する医師に向かい、頷く。
「それでも、確立が0ではないのでしょう?」
「それは、そうですが・・・」
「なら、お願いします」
その言葉に、医師はやがて決意を固めるように頷いた。
「最善を、尽くします」
と。
829SS職人@見習 ◆SSLuvQ3. :01/12/17 01:46 ID:jsJAqfYE
数日後、移植手術の為、麻酔を打たれた私は薄れ行く意識の中、
栞の事を考えていた。
栞。
私の妹。
たった一人の妹。
最愛の、妹。
16年をともに過ごした、妹。
いろいろな思い出があった。
二人でいたずらをして、叱られた事。
お母さんの口紅を二人で塗りあって、遊んだ事。
クリスマスに、お互いプレゼントを交換しあった事。
似顔絵を描かれて、落ち込んでしまった事。
もっともっと、たくさんの思い出があった。
でも、それでも、もっともっと、両手に抱えきれないぐらいの、
思い出が欲しい。
栞との思い出がもっと、欲しい。
もっと、もっと、たくさん。
私はあんまり信心深い方じゃないけれど、それでも願う。
『もっと、もっとあの子を生きさせて』
そう、何度も願った。
麻酔を打たれて、どのくらい経っただろうか。意外とまだ数分
かもしれない。
急に意識が、白い靄に包まれていくのが分かった。
麻酔が効いてきたのだろうか。
白い靄の向こうに、白く輝く一枚の羽が、見えた。
そして、聞きなれない、女の子の声が聞えた。

『ボクの―――願いは』
830SS職人@見習 ◆SSLuvQ3. :01/12/17 01:47 ID:jsJAqfYE
季節は巡り、春となった。
私は中庭へと続く昇降口から、その子の背中を押した。
「ほらっ」
「あ・・・えぅー」
とその子は情けない声を上げる。
「ずっと、ずっと会いたかったんでしょ?」
「それは・・・」
顔を真っ赤にして、俯く。
「ずっと、ずっと待ってたのよ?」
そういうと、その子は、栞はやがて頷いた。
「っと、はい、プレゼント」
私は忘れないうちに、栞にそれを手渡した。
「うわぁ・・・バニラアイスですー」
「ずっと、ずっと食べられなかったからね」
と私は微笑んだ。
手にした紙袋一杯のバニラアイスを抱きしめ、栞は少しだけ、
暗い表情になった。
あの、闘病生活を思い出しているのだろうか。
移植手術は、成功した。
今、私の腎臓の一つは、栞の体内にある。
その代わり、私は激しい運動が出来なくなった。
でも、それでもかまわない。栞が生きられるなら。
何時までも暗い表情の栞を見やって、私はため息をついた。
831SS職人@見習 ◆SSLuvQ3. :01/12/17 01:47 ID:jsJAqfYE
「ほらほら、そんな顔しないの。彼に会うのに、そんな表情
してちゃだめよっ」
と栞の頭を小突く。
「うん・・・ありがとう。お姉ちゃん」
小突かれた頭を手で抑え、栞が笑った。
そう。その笑顔でいい。
「ほらっ!いってらっしゃい」
と再び、私は中庭へ、栞を押し出した。
そして、中庭へと続く扉を閉めようとする。
「し、栞っ!!?」
相沢君の慌てたような声が、閉ざされる直前の扉の隙間から
響いた。
それに私は少しだけ、笑った。
笑いながらも、私は泣いた。
でも、それは悲しくて流した涙ではないから、嬉し涙だから。
流れるままにして、教室へと歩み去る。
扉の向こうから、相沢君と、栞の泣き声が聞えた。

―――了