――なんなんだ、あいつは。
何しろ今は、そのかずさですら小木曽雪菜のことには並々ならぬ関心を持たざるを得ない状況に追い込まれているのだから。
数日前、彼女と初めて会話ともいえないような二言三言を交わしたときのことを思い出す。
小木曽雪菜は・・・・・・やはり、周囲が言うとおりのアイドルだった。
昔から聞いていた評判通り、目にしていたイメージ通りの、かわいい顔、声、仕草から繰り出される明るく爽やかな態度でかずさと、その場にいた彼女のバンド仲間に接していた。
ただ、ほんの少しだけ評判と違っていたのは、その距離感。
それも当然かずさとのではなく、彼女のバンド仲間との・・・・・・
「・・・・・・」
あの時かずさは、絶対に合わないタイプだと直感で悟った。
何もかも自分とは違う、光の、白の、太陽の属性。
いい意味で特別扱いされ続けてきた、正しく強い勇者。
相手に対しての気持ちを正直に顔に出せる、そのまっすぐな心。
だから彼女はかずさにとって、今年に入って二人目の、苦手な奴になった。
他人に関心を持たないかずさには、他人を苦手とする理由などないはずなのに・・・・・・
「あれ、冬馬、どこいくんだ?」
「っ・・・・・・」
なんとなく苛ついた頭を冷やしてこようと席を立ったかずさに、まるでずっと観察していたかのようにすぐに声をかけてきたのは、ついさっきまで騒動の中心にいた、今年に入って一人目な奴だった。
「もうすぐ昼休み終わるぞ? 昼飯食べないのか?」
「・・・・・・委員長ってのはクラスの人間の栄養状態にまで気を配らなくちゃならないのか、そりゃ大変だな」
「そういう訳じゃないけど、きちんと三食摂らないと余計に眠くなるぞ」
「そうだよ。眠いんだから話しかけるな鬱陶しい」
「冬馬・・・・・・」
と、かずさは彼に向かって、いつも以上の冷たい視線と声で歓迎してみせる。
それは間違いなくかずさらしい理不尽な態度だったけれど、彼女にしてみせれば、それくらいの憂さ晴らしはさせてもらえないとやってられないという心境だった。
だって彼こそが、今のかずさの不機嫌の諸悪の根源だったから。
かずさの前に、水と油としか思えない雪菜をつれてきた。
変に興奮した口調で雪菜のことを熱く語った。
雪菜がバンドを、自分を救ってくれたって。
雪菜だけが、自分の味方なんだって。
雪菜、だけ、って・・・・・・
「? 顔色悪いな。冬馬、お前もしかして体調が・・・・・・」
「っ・・・・・・な、なんでもないから寄るな!」
「あ・・・・・・」
こちらを心配してくれたはずの春希の手をふりほどくと、かずさは逃げるように教室を出ていく。
自分の考えていたことが、なんだか変にむず痒くて気持ち悪かったから。
「あ・・・・・・」
少し強く扉を閉めて廊下に出た瞬間、かずさは吐きかけたため息を一瞬で飲み込んだ。
「あ・・・・・・」
目的地である3年E組の教室の手前で、雪菜は息を呑むとともに歩みを止めた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
十歩ほどの距離を置いて、お互い、相手に目を奪われていた。
―冬馬、さん
―小木曽、雪菜
二人とも、相手が自分を見ていることをしっかり意識しながらも、自分の視線が相手を向いてしまっていることには気づかない。
だから自分がさり気なく振る舞えていると信じて、ふたたびゆっくりろ、けれで今度はぎこちなく歩き出す。
相手の方へと、向かって。
――やっぱり、カッコいいなぁ
雪菜は、ついついかずさと自分とを見比べてしまう。
身長があと3センチ高かったらといつも思っていたのに、目の前の同級生は、自分よりも5センチほど高くて。
髪も、自分のはこれ以上伸ばすと先が跳ねてしまうのに、目の前にサラサラと流れる黒髪は、自分よりも10センチは長くて。
そしてあと、せめてもう1サイズ増やしたいと思っているカップは・・・・・・
――可愛い、って、こういうのを言うんだろうな
かずさは、雪菜の立ち振る舞いに、言い知れぬ理不尽さを感じる。
全体的に作りの大きい自分に比べて、黄金比はこういうことだとい言わんばかりの絶妙なバランス。
人をビビらせるしか能のない自分の目つきに比べて、人を惹きつけずにはいられない、ちょっと上目遣い気味の大きく澄んだ瞳。
そして何より、とある情報筋から幾度も聞かされた、見た目だけでは測れない、彼女の本当の魅力・・・・・・
そんな、どう考えても不躾な視線を互いに感じつつ、それでも互いに無関心を装い。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
十秒にも満たない、十時間にも感じる十歩は、過ぎ去った。
すれ違う際、なぜか二人とも、その表情にほんの少しの敗北感を漂わせつつ。
そして、そのままかずさは突き当たりの階段を上り・・・・・・
「・・・・・・はぁ」
雪菜はE組の教室の扉へと手をかけながら・・・・・・
「・・・・・・ん〜」
二人が廊下から消えるほんの一瞬。
最後に振り返った時、相手は自分のことを見ていなかった。
けれどそれは、ほんの少しのタイムラグ。
どちらが先に振り返ったか、どちらが最後まで見ていたのかの、どっちにしても一勝一敗のチキンレース。
なのに、その勝敗を判定する審判がこの場にいないせいで、意味のない敗北感と理由のわからない疲労が、二人同時に、ますます重くのしかかる。
それでも、いつまでもそうやって原因のわからないままもやもやした気持ちを抱え続けるわけにもいかず、二人はほぼ同時に呟く。
「よしっ」
雪菜は、小さく握った拳に力を込めて。
「・・・・・・よし」
かずさは、窓から空を見上げて。
――話しかけてみようっと
――関わり合いになるのはやめよう
お互いに、小さな決意を胸に秘め。