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丸ゴシック体の人 ◆GothicfNhE :
2010/01/18(月) 22:13:17 ID:B1KpmGNs0
1月7日。そろそろ正月の浮かれた気分もなくなりかけた頃。 僕達は、寮の僕と真人の部屋で、リトルバスターズ大新年会の準備をしていた。 部屋の床に粘着ローラーをかけて、余分なものをベランダに出して、置いておく。 何せ、この狭い部屋に12人が集まる(しかも半数以上は女子)から、丁寧に掃除しておかないといけない。 「理樹、持って来たぞ」 こたつ一式を脇に抱えた真人が、休憩室から戻ってきた。 「ありがとう、真人」 「掃除はもう終わったから、こたつ、置いていいよ」 「おっけー」 そう言うと真人はこたつ台を置き、電熱器を中央にセットしてからこたつ布団を上にかける。 そして天板を置き、線を延ばして壁際のコンセントにつなげる。 たちまち電熱器が赤く光り、こたつの中を暖め始めた。 「理樹、どんな鍋なんだろうな」 「どうだろうね…」 今、家庭科部室では来ヶ谷さんと葉留佳さんが、鍋の仕込みの真っ最中だった。 「…でも来ヶ谷さんがいるから、とりあえず食べられる鍋にはなると思うけど」 「だよな」 葉留佳さんだけだったら、多分『闇鍋闇鍋ー♪』って感じで、靴下を食べる羽目になりそうだった。
「リキ、井ノ原さん。持って来ました」 家庭科部室から電熱調理器を持って来たクドが、入ってきた。 「あ、クド、ありがとう」 僕達もカセットコンロは持っていたが、大人数の中で火を使うのもどうかと思い、クドにお願いしていたのだ。 「おこたの上に置いちゃって、だいじょうぶですか? リキ」 「うん。もう拭いてあるから、どうぞ」 「お邪魔しますです」 と言いながら、こたつの中央に電熱調理器を据えて、壁のコンセントにつなげた。 「そういやクー公。鍋って、どんな鍋なんだ?」 「クドも見てるんでしょ? よかったら教えてくれないかな」 「ひみつですっ」 クドは笑顔で僕達の質問をいなした。 「じゃ、醤油系か味噌系かだけでも教えてくれよ」 「うーん………………」 「大豆系ですっ」 クドは謎の言葉を残して、ふたたび家庭科部室へと戻っていった。 「大豆系? どういうことだよ、理樹」 「味噌は大豆からできるけど、その事ではなさそうだよね…」 「うぃす」「持って来たぞ」 入れ替わりに恭介と謙吾が、食器類を持って来た。 「理樹。そろそろ料理が到着する」 「紙コップ、確か持って来てたよな」 「あ、うん」 と言って僕は、机のひきだしから紙コップを取り出した。
「第2回リトルバスターズ!チキチキ 一年の計は団欒にあり・新年鍋パーティー!」 いつものように恭介のタイトルコールで、新年会が始まった。 「第1回ではないのですか?」 「去年もやったんだよ。この、新年鍋パーティー」 「毎年恒例なの? 理樹君」 「というわけではないんだけど……」 「小毬。7日は学食だと、七草がゆとか軽いものしか出ねぇだろ?」 「それで真人が去年『肉食いたい!』と駄々をこねはじめて、仕方なく食材を集めて、仕方なく始めたんだ」 「んだよっ、それじゃオレが困ったガキみたいじゃねぇかよっ」 「オレはプロテインだけでもいいんだよよ………オレの筋肉を飢えさせるわけには、いかなかったんだよっ」 「へぇ、あなたの筋肉は直接、ごはんを食べるのね」 「屁理屈こねてんじゃねぇっ、二木っ」 「何を言ってるの。当然の疑問でしょう?」 二木さんと真人が言い争いを始めるそばで、僕は全員を見渡した。 ふたり、足りなかった。 「そういえば、みおちんとささみんがいないですネ」 「あのな、はるか」 「みおは今日、実家からかえってくるっていってた」 「鍋にはまにあうから『全部食べないでくださいね』ってメールがきてた」 「なるほど………じゃ、ささみんは?」 「それは知らない。でも、ま、いいだろ」 と鈴が言うや否や、小毬さんの膝の上にいた黒猫が、ふにゃあー、と鳴いた。
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一度、火から下ろしておとなしくなった鍋だったが、電気調理器の上で再び、くつくつ、と小躍りを始めていた。 さっきからずいぶんクリーミーな匂いがする。 豆乳鍋って、一体、どんな鍋なんだろう………? 「では諸君。披露しよう」 と言いながら左手にミトンをはめた来ヶ谷さんが、鍋の蓋に手をかける。 「おねーさんお手製の豪華豆乳鍋、とくとご覧あれっ」 そして一気に、蓋が開け放たれる。 それまでほのかに漂っていたクリーミーな匂いと共に、ダシの香りが部屋全体へと放たれた。 鍋の中では、色とりどりの野菜や肉が、鍋全体に咲き誇っている。 おおー、と真人と謙吾がため息をもらす。 「みたことない鍋だな」 「豆乳鍋だ、鈴君」 「なにぃっ!?」 「……………来ヶ谷、すまん」 「うん?」 「俺は、豆乳が苦手なんだ……」 「いや、俺もこれ食ったんだけど、豆乳独特の臭みもなくて、すげぇうまいぞ」 ままま、いっぺんどうぞ。と葉留佳さんが言いいながら、小皿に少しスープをとりわけ、謙吾に手渡した。 謙吾は少しためらっていたが、覚悟を決めたのか、えいやっ、と一気にスープを呷る。 「………………」 「……おい、これ本当に豆乳か?」 「すごいうまいじゃないかっ」 謙吾の会心の言葉に、リトルバスターズが歓声をあげた。 「豆乳と同量の出汁を合わせるだけで出来る簡単お鍋だ。諸君らも試してくれたまえ」 そんななかで来ヶ谷さんがあらぬ方向を向いて、訳の分からない事を言っていた。
「早く食おうぜっ」 ウキウキしっぱなしの真人を制して、来ヶ谷さんがひとりひとり、具を取り分けていく。 お菓子ばかり食べ過ぎないようにな、と小毬さんには色の濃い野菜を多めに。 少しでも成長出来ますように、とクドには出汁をとったいわしを何匹か添えて。 キミはどうせ後でたくさん食べるだろう、と真人には残り物の白菜の茎をたくさん入れて。 そして僕はみんなの紙コップにウーロン茶を注いで渡す。 「それではご発声をリーダー、どうぞ」 旧リーダーの恭介が、新リーダーの僕に発言を促した。 僕はとりあえず立ち上がると、無難なあいさつをした。 「去年はバス事故とかいろいろ大変だったけど、今年一年、いい年でありますようにっ」 そして、乾杯! とコップを盛大に合わせて、リトルバスターズの新年会は、めでたく始まったのであった。 しかし騒がしくなったのも束の間、全員いっせいに、各自取り分けられた具を口に入れる。 「………………」 一瞬の静寂の後、真人が吼えた。 「うめえ!」 「これが肉だったらもっとうめえ!」 そう真人は叫ぶと、まだ熱い白菜の茎を口いっぱいにほおばった。 「すごいおいしいよ〜」 小毬さんが至福の表情になる。 「おお、うまいじゃないか。くるがや」 鈴は偉そうに言う。 「こっ、これはおいしいのですっ」 「豆乳を煮込むと、こんなにくりーみーな味になるのですかっ」 「うむ。私も恭介氏から教わった甲斐があるというものだ」
「でもクド公。あの鰹節と昆布でとったダシも、いい仕事してましたヨ」 「そうですか?」 「私も見たけど、びっくりしたわよ」 「家庭科部って、あんな贅沢なものを使ってたのね………」 「…私も使ってみたいわ、あんないい鰹節」 「佳奈多さん。あーちゃん先輩に紹介しましょうか?」 「いっ、いいわよっ」 窓ガラス沿い、一番奥の席に小毬さんと鈴が並んで座っている。 そしてなぜか小毬さんの膝の上には、見たことのない黒猫が座っていた。 いつも僕が寝ているベッドには、葉留佳さんと来ヶ谷さんが腰掛けて、来ヶ谷さんが鍋に具材と豆乳を追加していた。 机の脇には真人と恭介が並んで座っていて、鈴と真人の間に、クドがちょこん、と挟まっていた。 僕も席が取れなかったので、小毬さんと葉留佳さんの間に座っている。 入り口に一番近いところには二木さんと謙吾が座っていた。
「………そういえば、さ」 来ヶ谷さんが追加した具が煮えるのを待つ間、僕は二木さんに話しかけた。 「二木さんもすっかり、リトルバスターズになじんだよね」 「な、何言ってるのよ、直枝っ」 「私はあくまでも葉留佳の保護者としてここにいるのであって………」 そしていつものように、私はリトルバスターズの仲間ではない、ということを顔を真っ赤にしながら、述べた。 「何を言っている。佐々美君も佳奈多君も、すっかりリトルバスターズの一員じゃないか」 「そうだぞ、二木」 二木さんの反論の機会を封じながら、恭介が来ヶ谷さんの援護にまわった。 「こないだのバトルだって、嫌々言いながら一番熱中してただろうが」 「!!…………………」 「………た、確かに熱中してしまいましたけれども、でもそれとこれとは………ごにょごにょ………」 たちまち亀みたいに閉じこもる二木さん。 「でも半年前までは、考えられなかったよ………」 「はるちゃんもかなちゃんも、なかなおりできてよかったねっ」 「それ以前に、はるかとふたきが双子だってことすら、いわれるまで知らなかったぞ」 「…髪のクセ、色、それに同じ髪飾り………怪しいとは思っていましたが………」 「でもどう見ても、風紀委員がつける髪飾りじゃないもんな。これ」 そう言って恭介は、葉留佳さんのほうを見ながら二木さんの髪飾りをちょん、と触る。 うつむいた二木さんの体が、一瞬、ぴくっ、と反応した。 「しかしこうして今、全ての事情を知ったうえで、改めて見直してみると………」 「………より一層、いとおしく見えるよ」 「やっ! やめてくださいっ、来ヶ谷さんも、棗先輩もっ………」
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「でもおまえら、本当に目の色以外、そっくりだよな…」 「そりゃ恭介さん。一卵性双生児ですからして」 「となると双子の定番ネタ、入れ替わりなんてやった事あんのか?」 「!!………………」 「やはは、バレちゃいましたか?」 二木さんは驚いて顔を挙げ、葉留佳さんは頭を掻いていた。 「バレたって………今まで何度か、入れ替わってたの?」 「そんなわけないでしょっ」 「いやだっておねぇちゃん。青と黄色のカラーコンタクト、何枚か持ってるじゃない」 「持ってないわよっ」 「だいたいからして、入れ替わっても分かっちゃうでしょっ」 「うん? 目の色が変わって、髪型も変わったらわかんねぇだろ」 と言う真人を睨みつけて、二木さんが命令した。 「男性陣、耳を塞ぎなさい」 「何だよ、いきなり」 「いいからっ」 何がなんだかよくわからないまま、二木さんの言うとおりにする。 二木さんが顔を真っ赤にしながら、二言三言、つぶやくのが見えた。 たちまち高笑いをする来ヶ谷さん。 胸を張りながらにやりと笑う葉留佳さん。 そしてそんな葉留佳さんに詰め寄る二木さん。 どこからどう見ても、仲良し姉妹がじゃれあっているようにしか、見えなかった。
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来ヶ谷さんが追加した具材もすっかり消費されて、今度は葉留佳さんが鍋奉行になった。 さて天性の閃きだけで生き抜く葉留佳さんは、どんな鍋を僕達に提供してくれるのか。 …でも、靴下は食べたくないなぁ。 「………そろそろ、頃合いですかネ」 豆乳とは違う甘い匂いがたちのぼる僕と真人の部屋。 葉留佳さんがそう言って、右手にミトンを装着した。 「葉留佳さん。今度は何鍋なの?」 「それは見て驚け! 聞いて驚け! 食って驚け! ですヨ」 おりゃっ、と言いながら葉留佳さんが蓋を開くと、さっきまで乳白色だった鍋の色が、少し茶色くなっていた。 取り皿と箸を手に突撃する準備万端整っていた真人と謙吾が、動きを止める。 「なんだ…? この色………」 「はるちゃん、おみそ入れた?」 「うん。豆乳鍋は味噌豆乳鍋にジョブチェンジしましたー!」 そして自分の口でファンファーレを奏でる葉留佳さんだった。 「葉留佳君。味噌なんか入れたらしょっぱくて風味が壊れるんじゃないか?」 「甘めの白味噌を入れましたから、そのヘンは大丈夫ですヨ」 「三枝、入れるなとは言わんが、せめて一言断れ………」 「そうですよ、三枝さん」 と入り口から、別の声が聞こえてきた。 「わたしも豆乳鍋、食べたかったです…」 紙袋を両手にぶら下げた西園さんが、ドアの前に立っていた。 「…みなさん、明けましておめでとうございます」 おめでとう、とみんなが一斉に声をかける。 「西園。大漁だったか?」 恭介が西園さんの袋の中を覗き込みながら言う。 「…いえ、少し足りなかったので、大須に立ち寄ってきました」
「…こちら、よろしいでしょうか」 そう言って西園さんは、二木さんと恭介の間の隅に腰を落ち着けた。 「どうぞ」 「ああ、構わんぞ」 「直枝。取り皿と箸とコップ」 「うん、ちょっと待ってね」 「西園さん、ウーロン茶でよかった?」 「…はい、お願いします」 「濡れるといけないから、袋は理樹の机の下に置いておけ」 「…ありがとうございます」 恭介が僕の机の椅子を引き出し、そこに西園さんの荷物を置いた。 「………………」 あたりに、何とも言えない空気が立ちこめる。 西園さんの趣味───ごにょごにょ、な本───については黙殺するのが、みんなの間で暗黙の了解になっていた。 「………………」 そして周囲の目を気にせず、あたりまえのように本を開きだす西園さん。 「…このへんであれば、二木さんにも受け入れていただけるかと………」 「いっ! いいわよっ」 うわあ、西園さんが二木さんを捕食しようとしてる…。 「………………」 二木さんの抵抗は無視して、ぱら…、とページをめくる西園さん。 「………………」 「………………」 「………………」 僕達は西園さんと二木さんのほうを見ないようにして、おのおの、鍋に集中した。 『………二木さん、さようなら。』
西園さんが参加したことで、鍋の消費ペースはどんどんあがっていく。 3杯目の鍋もあっという間にクリアされ、僕達の目の前では4杯目の鍋がことこと、と準備運動をしていた。 4皿用意していた具材も、あと1枚。おそらく次の5杯目でラストになるだろう。 これならなんとか、食べきれそうだ。 「葉留佳君。締め用のうどんはどこにあるかな?」 と思ったら鍋には『締め』があったんだった! 「あ、すいやせん姉御。家庭科部室に置きっぱなしでした」 「取りに行ってやろうか? 三枝」 入り口に一番近いところにいた謙吾が立ち上がる。 「かたじけのうござりまする、謙吾どの」 「謙吾少年。甘やかすと葉留佳君のためにならんぞ」 「いや、いい。ちょうど外の空気も吸いたかったところなんだ」 「…全く、ダメだな。葉留佳君は」 「すいやせん………」 あまり真剣にわびているようには見えなかった。 「葉留佳君。お詫びに謙吾少年と結婚したまえ」 「なんじゃそりゃ!」 「どんなお詫びだっ、来ヶ谷っ」 そして小毬さんが抱きかかえていた猫が、ふぎゃー、と抗議するように鳴いた。 「あ、それと謙吾少年」 「食後のデザートも冷蔵庫に入ってるから、一緒に持って来てくれるとありがたい」 「わかった」 リトルバスターズジャンパーを羽織り直すと、謙吾が部屋から出て行った。
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「んじゃ、さっそくいただくぜっ」 謙吾が出て行った瞬間、真人が直箸で鍋をつつきだした。しかも取るのは肉、肉、肉。肉ばかり。 「井ノ原さんっ、お肉ばかり取ったらダメですっ」 たちまち真人の取り皿には、肉の山が出来ていた。 「クー公、止めるな。オレは今、猛烈に肉が食べたいんだっ」 「…ほう? 真人少年」 「最初に白菜ばかりオレによこしやがっておかげで筋肉が腹減ったと泣いているじゃないか責任とっておまえの筋肉よこせいやおまえは全然筋肉なんかなかったよな、という事か?」 「い、いや、そ、そういう訳じゃねぇけどよ…」 真人のいいがかりを、来ヶ谷さんが完璧に学習していた。 いっぽう僕は具を追加しようと、皿を探していた。 葉留佳さんが、僕の掛け布団にもたれかかっていた。 「葉留佳さん?」 「朝から働きづめで、ちょっと眠くなっちゃった…」 僕は来ヶ谷さんの後ろに置かれた食材を取ろうと、横たわった葉留佳さんの体の上から腕を伸ばし、皿を手に取る。 それを僕のそばに置き直そう、と思ったら、葉留佳さんが僕の布団をもぞもぞ、と触っていた。 「……何してるの? 葉留佳さん」 「えへへ〜〜……」 眠そうで嬉しそうな顔をして、僕の布団に顔をこすりつけ始める葉留佳さん。 「理樹くんのにおいだぁ〜………」 「え、えっ、ちょ、ちょっとやめてよっ」 しかも顔をうずめて、すーはーすーはー、匂いまで嗅いでいる。 これはやめさせないと。 「や、やめてよっ、変な匂いとかしてるかもしれないし………」 「男が女のフェロモン臭を求めるように、女も男の汗臭さを求めるのが人の世の常なのだよ」 そんな世の常なら僕は世捨て人でいい。 と思った瞬間、扉ががちゃり、と音を立てて開いた。 「………………」 ビニール袋を手にした謙吾が僕達を見て、凍り付いていた。 「は、葉留佳さん。ほら、謙吾がすごい不思議そうな顔でこっち見てるから…ね? やめようね…」 どうにか葉留佳さんを説得して、起き上がってもらった。
葉留佳さんを片付けたら、今度は真人だ。 「ほら真人。ひとりじめしちゃダメでしょっ」 「うん? 理樹。また真人がやらかしたのか」 「そうなんだよ………謙吾が出て行った瞬間、鍋の肉という肉を集め始めてさ………」 「………相変わらずだな、真人」 「ほら真人。取った肉をみんなに返して」 「悪ぃ、理樹」 「というかこの肉はよ、理樹のためにオレがとっておいたんだよ」 「ミエミエのうそをつくなぼけー!」 座ったまま、真人の後頭部に裏拳を打ち込む鈴。 そして真人は自分で盛りつけた肉の山に、おもいっきり顔をつっこんだ。 「うわぁぁぁああぁぁぁぁーーー!! に、肉しか見えねぇーーーーーー!!」 天を仰ぎ頭を抱えた真人の両目に、良い具合に煮込まれた肉がぴたり、と張り付いていた、覆い隠していた。 肉が真人の取り皿から四方八方へと飛び散り、そのうち1枚が小毬さんの抱える猫に、張り付いた。 ふぎゃー! と黒猫は小毬さんの腕を飛び出して、頭を抱えた真人に飛びかかる。 そして真人の頭に登ると、バリバリ、と爪を立ててひっかきだした。 「うおおおぉぉぉーーーっ! ね、猫の爪いてぇーーーーーー!!」 「ほわああぁぁぁぁぁ…」 「こら、食事をしているそばであばれるなっ、毛がおちるだろっ」 「相変わらずだな、真人。おまえは」 「おまえら、オレのことも心配しろよっ」 ふにゃー、にゃー、と声をあげながら、その猫は真人の頭に爪をかけ、抵抗した。 「うむ。さすがの筋肉マスターでも、頭は弱点だったか」 「…その言葉に二重の意味を込めているんですね、来ヶ谷さん」 そして小毬さんと鈴で、どうにか猫をひきはがすことに成功したのだった。
「うぅぅ………」 クドのマントと制服と髪が、飛び散った鍋の汁と具でたいへんなことになっていた。 「…悪ぃ、クー公」 「たいへんな目に遭いましたのです………」 「ほら、クドリャフカ君。これで拭きたまえ」 「すみませんです………」 「………全くロクな事しやがらないなこの独活の唐変木は」 悲しいうめき声をあげながら、頭や制服をペーパータオルでぬぐう。 僕と小毬さんで、周囲に散らばった具や汁も拭いていった。 「もう大丈夫だよ、みんな」 そして元の位置に戻った小毬さんの膝には、さっきまで真人をひっかいていた猫が、さっそく座っていた。 「いきなり飛びかかったら、めっ」 小毬さんは叱りつけていたが、黒猫はどこ吹く風か、にゃー、と鳴いていた。 「こまりちゃん。その猫、どこかへやれないのか?」 「それがね、私の膝の上から動いてくれないの………」 「鈴。おまえ猫の扱いには慣れてるんだろ? なんとかしてやれよ」 「いや、さっき取り上げようとしたら、ものすごい勢いでていこーされた」 「クーちゃんなら、どうかな?」 クドが立ち上がり、小毬さんのところへ移動する。 そして猫を触ると、あっという間になついてしまった。 「この子、人を選ぶのかなぁ………?」 「あたしもみたことないんだ、この猫は」 しっぽに巻き付けられているリボンが、どこかで見たことあるような気がした。
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最後の鍋からは、ずいぶん辛そうな匂いが漂っていた。 これなら鍋を開けるまでもない。最後の鍋はキムチ豆乳鍋だ。 「…あまり辛いのは、苦手だよ………」 といいながら小毬さんは、コップにオレンジジュースをついでいた。 「こまりんっ、食事中にジュースを飲む人がどこにありますかっ」 「…愛媛の人?」 珍しく小毬さんが狙ってボケた。 「エヒメでもシズオカでもワカヤマでもダメなものはダメっ」 そりゃ確かに、愛媛じゃ水道をひねればオレンジジュースが出てくる、っていう都市伝説は聞いたことがあるけどさ。 「三枝さん。このお鍋で最後ですか?」 「ううん、最後にうどんでシメるヨ」 「…ちょっと、おなか一杯かもしれません」 小食な西園さんが、おなかを押さえた。 「確かに、11人で鍋5杯プラスうどんは多いわね」 「でもふたき。野菜もたべたから、あたしはそんなに腹いっぱいじゃないぞ」 「まぁ、そっちは井ノ原真人が肉ばかり食べてたから、そうなるかもね」 「…でも、みなさん」 「うん?」 「鍋のシメはうどんではなくて、おじやではないのですか?」 「えっ………?」 「僕の中では、うどんなんだけど」 「どう? 他のみんなは」 と意見を訊いてみると、おじやの方が優勢みたいだった。 「そうなんだ………」 「まぁ、一概にうどんが良い、という訳でもないぞ、理樹君」 来ヶ谷さんが『又聞きなのだが』と前置きしたうえで、教えてくれた。 「プロの料理人が言うには、あっさりした鍋にはおじや、濃い味の鍋にはうどん、が良いらしい」 「となると、キムチ豆乳鍋にはうどんで正解、ってことですネ」 「うむ」
「ふぅー、食った食った!」 最後のキムチ豆乳鍋とうどんを平らげると、真人が満足げにひっくり返って、言った。 「もうたべきれないよ…」 「これ以上は、無理だ…」 「おや、小毬君、鈴君」 「デザートにプリンを作ってあるんだが、それも無理かね?」 「それはいただきますっ」 「それは別腹だっ」 あっという間に復活した。 「全く、現金ね」 「本当に、現金…」 「僕は、おなかが落ち着いてから食べたいな」 「まだ口の中が辛い辛いなのです………」 薄くなってしまった味を濃くしようとして、葉留佳さんがキムチの素を入れすぎてしまったのだ。 「………………」 西園さんは葉留佳さんのほうをじとーっ、とした目で見つめていた。 「………生物兵器です」 「ひどいよみおちーん!」 「それまでの鍋はおいしいおいしいって言って食べてたくせに!」 「………冗談です」 「なんだ冗談かぁ」 「………おいしい、っていう方が冗談です」 「ええぇぇぇえーっ!?」 「………というのは、全部冗談です」 「どっちなんだよぉーーー!!」
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「みんな、プリン食べる前に、腹ごなしに散歩でもしようか」 「…その方がいいかもしれませんね」 「ところで、来ヶ谷さん」 「うん?」 「プリンのスプーンなんだけど、プラスチック? それとも鉄の?」 「プラスチックの使い捨ての奴だが」 「じゃあさ、外でプリン食べようか」 「そのほうがきっと、楽しいよ」 窓の外は、薄夕暮れの色で世界を覆っていた。 「どこまで散歩に行きましょうか」 「河原でいーんじゃない?」 「それはちょっと遠くないかしら、葉留佳」 「堤防に座ってみんなでプリンを食べるのも、絵になるな」 映像を頭の中に思い浮かべると、その通りだな、と思える事を来ヶ谷さんが言った。 「よしっ」 と謙吾が言い、立ち上がる。 みんなもめいめいに食器を簡単にまとめて、立ち上がった。 「ごめんねー、これからおさんぽいってくるから………」 小毬さんも膝の上の猫にそう告げて、立ち上がった。 猫は素直に膝の上から降りて、小毬さんのあとをにゃーにゃー言いながらついていく。 「誰かプリン持ったー?」 「私が持ってるですよー」 ……… …… …
………………。 『今なら、出ても大丈夫よね………』 ………………。 『これが、キムチ豆乳鍋…』 『ちょっとだけ、頂戴するわよ………』 ぱくり。 『かっ、辛いっ!』 水、水っ! ってこれ、オレンジジュースじゃないのよ! なんでごはんと一緒にオレンジジュースが飲めるのよ! あり得ないわよ! そんな組み合わせ! それに何よあの子! あんな不吉な黒猫なんか膝に抱えちゃって! ………………。 「ははは………」 「どうせあたしは、永遠にリトルバスターズと一緒に遊べない、不憫な子………」 「………………」 「ええそうよあたしみたいなスパイが身をやつした生徒だなんて実際の日本の学校なんかにいやしないのよそんなのはこのキャラを授かってから分かりきってた事なのよ だから今更悲しんだって何も変わりはしないのよこんな運命なんて笑い飛ばしてやるわよ笑うわよ曇り空だって土砂降りだってへっちゃらよ!」 「あーっはっはっはっはっはっ………」 「………ぐす………………」 「あたしもみんなと一緒に、鍋、食べたかったぁーーーーーー!!」
温泉話しへのレスありがとうございます、327です。 ユニコーンのサラウンド聞きながら読みきりました! 鍋5杯は凄いですね。やっぱり揃ったらそのくらいはいきますか。 沙耶は例によってアレな役回りでしたがキャラの掛け合いが面白かったですw
「君に何らかの名誉や誇りがあろうとも知ったことではない」 相当に怒っているらしく、周りの通行人もいつしかギャラリーへと変化して、 一連の一幕を見守っていた。 「すぐに謝るんだ。沙耶君に」 「なぜっすか」 相手は二年生の男子。 沙耶と唯湖が校内バトルをしている最中に侮蔑の野次を飛ばしてきたのだ。 「いいのよ、来ヶ谷さん。あたしはちっとも傷ついてなんていないから」 「いいや、こういうヤカラにはひと言いってやった方がいいんだ。でなければ また同じことで嫌な思いをしないともいいきれないぞ」 「気にしてないわよ。まったくと言ったら嘘になるけど」 沙耶がそれほど怒っていないのを見聞した来ヶ谷は模造刀をかちりと納めた。 「沙耶君は思ったより心が広いのだな」 「べつに……そういうわけでもないわ。野次なんか気にしてても仕方がないって 思うだけよ。来ヶ谷さんもそう思うでしょ?」 「それはそうだな」 来ヶ谷はそれを聞くと、拿捕した二年の手首をひねりかえして突き放した。 「もう邪魔してくれるんじゃないぞ」 「いてぇぇーっ二度とするかーーっ!」 ドラマに出てくる三下のやくざのように、暴言を吐いた二年男子は廊下を疾走して行った。 「で、どうする沙耶君。 まぁ決着こそついていないが…今日のところは私の負けに等しかったかな」 「そうかしら。9回のフルカウントになるまでは分からなかったはずよ」 「ふむ、私を立ててくれる言いまわしだな。それは」 二人に宿っていた熱気もいつしか冷めていた。すなわち、バトルという気分ではなくなっていた。 そこで「せっかくの機会だ。お茶でも飲みに来ないか?」と来ヶ谷唯湖が暇つぶしの誘いをかけた。 朱鷺戸の方もこれといって用事らしい用事などもなかったのでその誘いを受けることにした。 「1階のある空き部屋が英国風ガーデンに造りかえられてるのを知っているわ。そこで?」 来ヶ谷は返事をする代わりに一歩を踏み出して示した。どうやらの予想どおりに1階へと向かった。
棚からティーサーバーをとりだして、茶葉を入れ、ひと注ぎに熱湯を加える。 香り高いお茶を飲むためにティーカップにも同じように熱湯を加えておく。 「砂糖はいくつ入れようか」 「ティースプーン2杯くらいでお願いね。甘い方がおいしいと思うの」 「それじゃあ私も2杯にしようかな」 サーバーに入れたお茶を濾し、陶磁器のティーポットに移す。 それと同時にティーカップに入れておいた熱湯を捨て、ポットからお茶を注ぐ。 上から砂糖を2杯加え、ティースプーンでよくかき混ぜたところでテーブルの上へと置かれた。 「わぁ、ありがとう。……ここが校内だっていうことを忘れちゃいそうだわ」 「おっと、お茶菓子もあるのだが」 用意されていたのは素朴なシフォンケーキ。 「大変じゃない?このケーキ作るって」 「分量さえ間違えなければ意外と簡単に作れるものだよ。あとは慣れだな」 「あっ、感じる!ココアが入ってるのね」 二人は授業時間も忘れたままお菓子を肴に友達トークを繰り広げていた。 普段話し合わない二人だけれどリトルバスターズの話しをすると盛り上がった。 キャッチャーフライを取る理樹の姿がさまになってきているだとか、 鈴のニャットボールはプロを目指せるんじゃないかだとか、 ショート恭介の守備範囲の広さは凄いだとか、そんなことを話していた。 するとそうこうするうちに、キーンコーンと鐘が鳴った。 「いかん、もうこんな時間か。名残惜しいがここらで一度別れるとするか」 「そうさせてもらうわ。それじゃあまた会いましょ、来ヶ谷さん」 夕やみが迫り風も冷たくなる日和、二人は紅茶で体を温めて部屋を後にした。
大降りの雨だった。排水溝へと流れゆく水が渦巻いている。 傘を忘れたという生徒はいなかったが、 午後からは一層はげしく降りつづいていた。 「おーい謙吾っち、なんだか薄暗くて気持ち悪ぃ天気だな」 「そうだな…お前は暑苦しくて気持ち悪いがな」 「おっ?なんだって!」 真人と謙吾がちょっとした揉め事を始めるのはいつものことである。 教室内は一触即発の雰囲気に早変わりしていた。 だがそこに、仲介として鈴が割って入る。 「やめろばかたち。こんな寒い日によく喧嘩していられるな」 「鈴。オレはどちらかと言えば喧嘩を売られた方だぜ。黙ってられるか」 「俺は正直に述べただけだ」 あっという間に鈴は、『オレは俺は』の口論に巻き込まれる。 大男ふたりの間に立ってあれやこれやと言われるのはたまったもの ではないのだろう。鈴は両手で耳をふさいでしまった。 どうやらふたりが静まるまではそうしていようと心に決めた様子であった。 幼馴染を首尾よくおさえる方法を一番よくわかっているのは鈴に違いない。 鈴は自分の席に着くとよその出来事を完全に遮断してしまった。 「むぅ、お前のせいだ」と謙吾が言えば、 「明らかにお前が原因だろ」と真人が言い返す。 ふたりは険悪なムードにつつまれていた。
「あーあ、なんだかチョウザメだぜ」 「キャビアでも取れるのか?」 「あぁ?キャビア??何言ってやがる」 真人は教室を後にしてそのままどこかへと行ってしまった。 すると謙吾の方も無言のまま教室を出て行ってしまった。 謙吾はおそらく道場へと向かったのであろう。 一方、棗鈴は左ひじを机の上に預けてその腕を枕代わりにし始めた。 (「きっとこれでよかったんだ」) 外見上はそうは見えないが、悩んでもいた。 そうこう鈴が思い悩んでいるうちに、教室へ訪問者がやってきた。 鈴の兄棗恭介だ。普段であれば窓から侵入してくるところだが、 あいにくの雨のため今日は普通に戸を開けて入ってきた。 他の学年にもかかわらずクラスの面々も自然に受け入れている。 その所作があまりにも手慣れているからだろうか。 ただ、なにか特別な用事があるわけではないようだった。 妹の意気の上がらなさを見てさとった恭介は気遣いながら声をかけた。 「どうした鈴、ずいぶん暗いじゃないか。 この天気のせいか……?」 見当違いのことを言う恭介だが、鈴はある程度なぐさめられてもいた。 しおしおとしたまま鈴は言う。 「いつものことだ……あたしのことはほっとけ」 歩調を合わせるようにやんわりと天気のことを伝える恭介は、 鈴の机に背をあずけると窓の外の大雨を見下ろした。 「雨のことなら心配するな、放課後には弱くなる」
鈴は無視さながらに無言であいづちを打つ。恭介はそれに納得していた。 だがそれは消えうせてしまう雲をつかむかのように淡い会話だった。 綿雲をひとつ浮かべようとして恭介が言った。 「なぁ鈴、理樹は今いないみたいだが……知らないのか?」 鈴はそれに答えあぐねて硬直した。 「どこ行ったんだ?あいつ?」 「理樹はみおっちと一緒に図書室デートだ」 「へっ、デート?」 「そうだ『今日もまたこころの鐘をうち鳴らし うち鳴らしつつ憧れていく』だ」 「鈴……それは恋の歌か?」 「うっさいぼけ若山牧水だ!」 「ああ、理樹を西園じゃなくて牧水に取られた気分なのか??」 「うざいから帰れ」 「来たばかりなんだからもうちょっといさせてくれてもいいだろ」 兄妹は仲良く一悶着を開始していた。 「西園はつつましいしよく出来たやつだからな、お前が嫉妬する気持ちも… お兄ちゃん、分からなくもないぞ」 「きしょい、おにいちゃん言うな。それにそんなんじゃない」 「自分でも気がついていないだけだな、それは。それかそう思いたくないだけだ」 「……フーッ!!!」 あまり恭介が言いすぎるものだから鈴は威嚇モードに入り込んでしまった。 「済まないな、お節介で」 ちょっとからかいすぎたとでもいった風に鈴の顔色をうかがう恭介。 だが鈴の威嚇はそう簡単には解かれない。
「ちょっと様子を見てこようか、野暮だけどな」 鈴は懸命に引きとめようとする。 「……フカーッ!わかっているならなおさら駄目だ!」 「いいことじゃないか、まったくもって健全なんだし。 そうまで言うんだったらお前が代わりに見てきてくれ」 「なんであたしが……」 「まぁいいだろ。お前の決断ひとつなんだから」 と、そこまで言うとふっと恭介は消えてしまった。 「そんな簡単じゃない……? きょーすけ??」 がばっと体を起こす棗鈴。その勢いに周りの生徒がすこし驚く。 鈴は立ちくらみを起こしたように少しだけふらりとしたが、先程まで の話し相手であった兄の姿をこの教室に見つけ出そうとする。 が、やがて気付いたのか自分の席に腰を下ろすと、どうして忘れていたのか というふうに思い出した。「今の夢だ……」と。 本当の恭介は未だ入院中であることを忘れて寝ぼけていたのだ。 (「あたしくちゃくちゃ恥ずかしいぞ」) 寝ぼけたままの鈴は寝言の一つでも声に出していたかもしれない。 もし声に出していたとしたら、それを聞いた生徒はどう思っただろう。 「おはよう鈴。疲れてたの?だいぶぐっすり眠ってたみたいだけど」 それが理樹本人だったので鈴はどう思うだろうか。 「!!!?」
鈴は思わずのけぞって椅子から転げ落ちてしまう。 「ふにゃ!」と ねこねこしい悲鳴をあげる鈴。 頭をぶつけて痛そうにしている鈴を心配する理樹は 「大丈夫?」と言葉をなげかけた。 鈴は「痛い……」と、背中を気にしながら痛がっている。 無粋にも鈴の頭をなではじめる理樹。 誰に対しても行う優しさで鈴の頭は撫でられた。 突然の出来事だから、とっさに執った判断だった。 「……理樹はあたしじゃなくてもこうしたのか」 鈴はほんのかけらほどの嫉妬を抱きながら理樹に背中をあずけていた。 理樹はやにわに言い出した鈴の言葉の前で手を休めてしまった。 「それは、したと思うけど……ねぇ鈴、どうして怒ってるの?」 「…そうじゃない。怒ってなんかいない」 「僕にはそうは見えないんだけど……」 軽く背に触れていることが原因なのかとも思ったが、 普段ならば手を握ったってなんとも思わないような鈴のことなのにと、 理樹は明らかな疑問を抱いていた。 「怒ってるふうに見えるなら、それはきっとこれのせいだ!!」 捨て鉢な気分だったのだろうか? 鈴は唐突に理樹の首に飛びつくと、 その頬にかすかな痕跡をのこした。 「いきなりなっ……」言葉を口にしようとする理樹にもう一度。 鈴の思い切った行為に理樹の気持ちは置き去りにされたままだった。 それを済ませると鈴は教室を飛び去り、後には理樹だけがのこされた。
鈴にとって幸いだったのは誰も明確な目撃者がいなかったことだ。 誰かに見られていたとしたら、噂が広まったことであろう。 「なななんだ!?……鈴が……僕に??」 理樹はといえば、動揺を隠し切れず、胸をばくばくとさせていた。 理樹にとって初めてのキスだった。 鈴はそのままの勢いで屋上へと駆けていく。 階段を駆け上がる鈴は、注意書きも飛び越えて屋上の扉を開いた。 口のはしには理樹の感触がのこったまま。 一度醒めた夢がたちどころに脳裏をよぎる。 『お前の決断ひとつなんだから』 気が付けば雨も降っていない。 いったいいつから眠りつづけていたのか。 空に浮かぶ夕焼け雲に見守られながら、フェンスにもたれかかる鈴。 夢想の犠牲になって、勢いにまかせてしてしまった接吻に頭を痛める。 「あたしは何してるんだ……」 もっと理にかなった方法もあっただろう。 けれど突発的な情動というものは恐ろしいものである。 まさかまさかの口づけだった。 以来、色気づいたのともまた違う、微妙な空気がふたりを支配し始めた。 このことがあってからというもの、鈴はなんとなく理樹に話し掛けづらくなり、 理樹もまたその空気を読み取って、距離を置くことにするようになってしまった。
左手にはめたグローブに球の重みがずしりと加わる。恭介が打ちはなった硬球を取り 押さえてからファーストの謙吾に返すまでの一連の流れがスムーズに反復される。恭介 は打ち分けができるのでフライだとか、あるいはライナー性の球だとかがバリエーション 豊かにビシバシと飛んでくる。その分僕の疲労も重なってはいたが。 「次はゴロでいくぞ!」 「いいよ」 キィンと甲高い音が鳴ると同時に白球が黄土に舞う。これでおそらく六十球にはなるん じゃないだろうか。僕は捕球をすると謙吾へと送球をした。それこそ汗が飛び散るくらいの 精いっぱいの力で。 「ナイスプレーだ理樹、ファーストミットのど真ん中にきたぞ」 「なかなか頑張るな理樹は。うちの兄貴は調子にのっているみたいだが」 この公園での練習、遠征も今月のうちもう何度目かになる。地理的にはちょっと距離があ るんだけど、校内で他の部活に気を使って練習をするよりも気分転換にもなるという理由で、 恭介が借りたワゴンに乗って、バットやボールをびっしりと詰め込んで、僕らははるばるとや ってくる。 小さな公園は、どの公園も子ども達のものであるし、このご時世、野球・サッカーはたいて い禁止されている。けれど、さすがに出張してまでくる甲斐があるというか、この広さの公園 だったら気兼ねなくキャッチボールすることができる。いわば、最高の環境といえなくもない。 何も起こらないが、僕たちの日常は野球という潤滑油によってゆるりと動いていた。 「これで打ち止めだッ!」 恭介が高々とフライを打ち上げる。ねらいは正確で僕はほとんど走らずに落下点へと滑り込 む。「捕ったっ」逆光で少し見づらくもあったが捕らえることができた。ワンステップを踏むとすぐ さま謙吾へとボールを放る。謙吾も問題なくそれをキャッチしたところで、ひと息がついた。
「おつかれさまーっ」 「理樹くんの勇姿、見させてもらいましたヨっ」 「ホットとアイスに分けて烏龍茶を持ってきました。お弁当もあります」 女の子たちが一緒になって作ってきてくれたお弁当もある。楽しむことを目的に活動している 僕たちにとってはなによりの楽しみのひとつだ。西園さんと小毬さんが中心に作ってきてくれて いるので安全は保証済みだ。 「ほら、たこさんウインナ―ははるちゃん、厚焼き玉子はゆいちゃんが作ってくれたんだよー」 「一応様になっているだろうか。あまり自信がないのだが……」 「ヒーハー!これは美味そうだぜ!」 「なんだ恭介氏のテンションは!」 「うん、僕もおかしいなとしか言えない」 お弁当を囲ってみんなで箸をつついていると、あっという間になくなっていく。 「このから揚げもウマいな。さては片栗と小麦粉が半々だな?かりっとしてやがる」 「残念、違います。片栗粉をもう少し多めに加えました。それとその隣りにあるマッシュポテトは 能美さんが作ったんですよ」 「お芋のゆで加減がポイントなのです!」 クドが作ったマッシュポテトはずいぶん丁寧に作られている気がした。なんだか料理レポーター にでもなったつもりで答えていた。 「シンプルだけどマスタードも効いてるし、なによりべちゃっとしてないから美味しいね」 「リキに誉めてもらえて嬉しいのです」 僕が言った無味乾燥気味なコメントでも喜んでもらえているようだった。と本音をもらしたらきっと がっかりさせてしまうだろう。というよりも、あまり誉め方が分からない語彙に欠ける僕がいた。
「レンタカー代払ってまできた甲斐はあるな」 「いくらぐらいしたの?」 「諭吉の出番だと思った程度だ。あまり気にしないでくれ」 恭介の気前よく返す口振りに唯湖がもらす。 「みんなでシェアすればいくらでもないだろうに」 それに対して、ふところをいささかさびしむかのような遠い目をして恭介は答える、 「この解放の時間が得られるのなら安いものさ」と。 「これはこのばかの見栄だな」 「鈴、言ってやるな」と謙吾がかばう。 正直に言って一人千円も出し合えばお弁当代を含めてもなんとかなる水準に見える。恭介ひとり に支払わせようなんて誰も思っていないんだからレンタカー代も言ってくれればいいのにと思う。恭 介がアルバイトをして貯めたお金をこうして使ってしまうのもなんだかしのびない。 「まぁいつか野球部と試合でもして一杯やろうぜ」 「ノンアルコールドリンクでだな」 「いつかとやらはいつになるのやら」 END --------------------------------------------------- タイトルに恐れ多いですが「スローカーブ」を使わせてもらいました。 なんともいえない人の不在感に……三連投パントマイム状態です。 もっと完成してからお披露目しろと自分に言い聞かせたいしスノビズム気味。
乙
366 :
名無しさんだよもん :2010/01/27(水) 23:19:06 ID:r71fB3qXO
ひとレス先は蝶の霞、乙の灯りが身に染みる…
うあ…上がってしまった…申し訳ありません…
グラウンドから下駄箱へと帰って来たわたしは、靴を脱いだとき、スノコの位置が妙にずれていることに 気付きました。誰でしょう。きちっとしておいて欲しいものです。 視線を上げると箱からはみ出している一通の便箋があります。最初わたしはそれがなんだかわかりま せんでした。アパートの郵便受けに挟まっている広告の類と等しいように見えたからです。悪意こそ感じ ませんでしたが、何かやっかいなことになりそうな気がして、それを直視したくない気持ちでした。ですが 悠然と箱の隙間に納まっているその便箋をさけては通れないことははっきりとしていたのでそれを手に 取ってみることにしました。 『憧れの君へ』 この2年間に重ねた思慕を、今ここに明らかにしようと思います。 始まりは、廊下でのすれ違いに君がかけてくれた優しさにありました。 以前から僕は持病の胸部疾患に悩まされていて、ときおり廊下に伏して呼吸の乱 れを治さなければならないという不自由にさいなまれていました。どこへ行くにも頓服 薬と一緒というありさまです。 生物部というと文化系の部活のなかでも特殊なイメージのある部活ですので、苦痛 に顔をゆがめている、クラスも学年も違う僕に「大丈夫ですか」と声をかけてくれた君は、 まさしくこの世の天使でした。他の娘たちの冷たさとは対照的でした。 (中略) ああ、君に会えるというだけで廊下を歩くことが多くなりました。 この迷える恋の子羊をどうか導いてやってください。貴方が好きです。 返事は気長に待つつもりです。でも出来るなら一週間以内に一度僕に報告を下さい。 開いてみて驚いたのですが、それはざっくばらんに書かれた恋文でした。 普段こういうものをもらう機会もないものですから少し好意的な印象を抱いたのは確かですが、やはりそ れはわたしにとって迷惑なものでした。それに気長に待つといいながら一週間以内に報告して欲しいだな んて、なんだか矛盾している気もしました。でもそういうこともありますよね。
体操着のままここで立ち尽くしていることもできないので、わたしはその手紙を手に持ちながら教室へと 急ぎました。「どうしたらよいでしょうか」と悩みながら。 廊下を歩いて、教室に着いて、他人に見られる前に机の中に手紙をしまってしまうと、いささか気持ちの 昂ぶりが治まったので、みなかったことにしてしまおうかとも思いだしました。けれどそれではあんまりに も人の気持ちを考えなさすぎるので、早いうちに決着をつけてしまおうと思いなおしました。断わりをいれ ましょう。と。気持ちは断固決まっていたのであとはどう接したらいいのかといった問題が残っていました。 教室内はだんだんと整然としはじめていました。そろそろ授業が始まる。とそこへ小毬さんが目敏くわた しに声をかけてきたのです、「みおちゃーん。さっきの封筒なに?」と。小毬さんには敵いそうもなかった。 「後で話しますね」 相談してもいい問題でもなかったとは思うけど、小毬さんに話をする分には何の抵抗もなかった。 「こういうのもらっちゃったんです」 わたしは簡潔に説明するために受け取ったラブレターの全文を見せた。小毬さんは思ってもみなかったと いう様子でした。「……見ちゃいけなかった?」心配げにこちらを窺う小毬さんにわたしは「あなたになら大丈 夫です」と言葉を返した。困っているということは自然と伝わったようでした。それを確かめるように小毬さんが 質問をした。「みおちゃんにその気はないんだよね?」 「そうなんです」 「それにしてもこの手紙……名前が無いね」 「そうなんですよね……でも生物部って書いてありますのでおおよその見当はつきます」 「理樹くんからの手紙だったらよかったのにね」 小毬さんは何を突然言い出すのでしょうか。直枝さんだったら……なんて想像だにしていなかったので少し 驚いてしまいました。「ほわっみおちゃんが動揺してる」傍目から見てもそうなんでしょうか。 「世界の終末の大混乱の只中だったらそんな風に思ったかもしれませんね」 「今そう思ってもいいと思いますよー」 「でもこれは恐らく田中さんからの手紙ですし、実際の直枝さんはこんな遠回りな手を使ったりしないでしょう」
残念な気持ちに陥っているわたしに小毬さんは「逆にみおちゃんから理樹君にアプローチしてみるとか」と 突拍子もないことを言う。「えっ」と、わたしは戸惑ってしまう。 「田中君にはきっちりと断りを入れてさ、それから理樹君の気持ちを聞いてみるの。これは名案だよー?」 「だって小毬さんは直枝さんのことが好きなんじゃないんですか?」 「私はみおちゃんと理樹君だったらお似合いだろうなって思ってるよ」 わたしは小毬さんが直枝さんのことを好きでいると勘違いをしていたのでしょうか。いや、決してそうじゃない。 これは好きな人に幸福になってほしいという小毬さんの気持ちがそうさせているのでしょう。実際の自分の気 持ちとは矛盾しながらも。 「それではきっとわたし、幸せになれません。こういうものって譲ったりするものじゃないじゃないですか。小毬 さんも本当はそう思っているはずじゃないのですか」 この言葉には小毬さんも顔を翳らせた。本音の部分では直枝さんのことが好きなんです。 「そう……だね。変なこと言っちゃってごめんなさい」 「謝らなくてもいいです。わたしが変な手紙を見せてしまったからいけないんです」 ちょっとだけ田中さんに八つ当たりをしてしまいました。すっきりとしない気分を変えるためにわたしは、「ちょっ と来ヶ谷さんに会って、それから田中さんのところへ向かおうかと思います」と告げて教室をあとにしていた。 来ヶ谷さんと会うと、十分前まではサンドペーパーでざらざらになっていたわたしの心が滑らかになっていくの が分かった。「どうかしたのか美魚君」来ヶ谷さんはわたしの不安をすぐに察知してくれたようだった。 「世迷言ならいつでも受けとめるぞ、さて何が原因なのかな」 「原因は……もういいんです。心の中でもう決着がつきましたし」 「そうか、なら私の世話はいらないのだな」 「ええ、来ヶ谷さんひとつだけ聞いてもいいですか?」 「何か」訝しげに聞き返す来ヶ谷さん。 「生物部ってどちらにありますか」 「なんだ、私を道案内に使うのか?」来ヶ谷さんはちょっとつまらなそうに答えながらも、正確な道順を教えてくれ た。 「ありがとうございます。それでは少し勇気を使ってきますね
胸を衝かれるような苦痛はすっかりと消え去って、心に羽が生えたような軽さを感じていました。これから向か う田中さんは決して悪人ではない。だから傷つけないように断われるかどうかがわたしの中の焦点となっていた。 都合のよい断わり方ばかりを考えている……という訳ではありませんでしたが。 来ヶ谷さんに伺った三階の奥まった部屋にある生物室までひと駆けでやってきた。やや息を切らしながら。 扉をノックすると中から枯れた男の声がした。「どうぞ、開いてるよ」 「お邪魔します。西園です」 「あれっ、君は……」 申し合わせたかのように他の部員はいない。田中さんとの一対一だった。 「す、座るところならどこでも空いてるから……どうぞ」 「いえ、このままでお話させていただきます」 「そう」 今日手紙を送って早々、今日中に来るとは思っていなかったのでしょう。田中さんの慌てぶりがありありと伝わ ってきた。なんだかこちらまで緊張してしまいそうです。 「お手紙の件…」「お茶でも…」 と、ふたりとも話の切り出しでかぶってしまった。なのでわたしは田中さんに譲ろうとした。「お先にどうぞ」 「あ、はい、お茶……飲まれますか」 「お茶ですか」飲むとなると少し話が長くなってしまうかなと思ったのでわたしはやんわりと断りを入れた。「結構 です」と言うと田中さんは残念そうな顔をした。 「手紙のことなんですけど……」抑揚を抑えたままの調子でわたしが切り出す。 「ああ、読んでくれたんだ。どう思ってくれた?」 「とても感情的な手紙だと思いました。けどあそこに書かれているのはわたしではないような気がしてしまうのです。 イメージが先行していると言いますか、実際のわたしはそこにいないような気がしてしまいました」 「そうか……ということはもう、答えは出てるんだね」
「……ごめんなさい」 わたしがそう言うと田中さんはどこかすっきりとした笑顔を見せた。 「やっぱり憧れは憧れだったということか……。無理を言ってでも直枝君に代筆を頼むべきだったかな……」 「直枝さん? いえ、そのままの気持ちは嬉しかったです」 「……君はやっぱり……いやなんでもない。無粋だな」 田中さんは口を濁すと肩を落としたまま、小動物を使った実験に取り掛かり始めた。 「それじゃあこれで失礼しますね」 がらがらと扉を閉めるとわたしはその場を去った。 生物部の部室を後にしたわたしは、そのまま来た道を引き返して2階へと降りていきました。なんだかホームに 戻ったような感覚でいるわたしでしたが、何の偶然でしょう。2階に戻るやいなや直枝さんと遭遇してしまったので す。何のやましいことも無いのですが、鼓動が速まるのを感じました。リノリウムの感触が嫌にじっとりと感じられ ました。足が張り付いてしまって動けなくなるような錯覚にとらわれていたのです。 「珍しいところで会うね。3階になにか用事でもあったの?」直枝さんがわたしに問い掛ける。 わたしは正直なところを話していた。 「少し大事な話をしていました」 すると直枝さんは思いもよらないことを言い出す。 「大事な話……恭介に??」 「ええっ、違いますそれは棗さんは魅力的な方ですが……」 「えっ、なんの話?」 わたしの中は未曾有の大混乱の只中に巻き込まれつつありました。まさに地球存亡の危機です。 なぜか言い訳でも口にするかのように田中さんのことを引き合いに出していました。 「生物部の田中さんと話をしていたんです。それも5分くらいです」 「そうなの? 珍しいね」 「そういうこともあるんです!」 先程からそういう話をしてばかりいたものだから、心が浮き上がるような、不安定な存在のまま、直枝さんと対面 していた。いつかこの気持ちに気付いてもらえると信じて、わたしは何も言わずにいた。 END 読了乙です
373 :
1/5 :2010/02/02(火) 21:21:33 ID:/xUjbW+b0
僕の嫌な雨もようの空 「まどろっこしいのとか嫌なんだ」 僕はいつになく苛立ちをまじえながら言い捨てた。 「雨がどれくらい強く降るのかを知りたいのにさ、40%だとか言われても理解できないよ」 僕は文化が違うとでも言って安易にだだをこねる外国人留学生のようだ。 安っぽいトレイに載ったカレーうどんを挟んで、僕の愚痴を聞いているのは真人だった。 こんなアンニュイな気持ちを分かってくれるのは真人しかいない。 「理樹、そんなに心配なら西園みてぇに晴れでも傘さしてりゃいいじゃねぇか」 「いやあれが日傘だってことは分かってるでしょ。僕が言ってるのはそういうことじゃないよ」 6時間刻みの天気予報は正午で二分して、午前が6時から12時、午後が12時から18時と 分割する。今日の予報は午前午後ともに40%だった。40%。曖昧模糊とした響きを持つ、考 えたくもない数値だ。しかもここにひとつ付け加える。6時から18時のように分割せずに天気予 報をすると、なんと降水確率は10パーセントや20パーセントほども上がってしまうんだ。つまり 今日はかなりの確率で雨が降るというわけなんだけど。 「ねぇ教えてよ井ノ原博士。僕が気にしているのは放課後の天気なんだけどさ、 今日の午後はどれくらいの雨が降るっていうのさ、滂沱たる雨が天災のように降り注ぐ っていうわけじゃないってことは確かなんだろうけどさ」 「けっ、そんなのオレに分かりっこねぇし、校内でも興味持つやつはいないんじゃねぇか」 僕の瑣末事は案外あっさりと一蹴された。 「天文部だってあるだろうし、そういうカテゴリーの中で話せよ。オレはカツ食ってるからよ」 「僕は、真人だからこういうことも話せるっていうのもあるんだよ。初対面の人たちとこんな話なんてしないよ」 「オレはよくわかんねぇ面白くもねぇ話は遠慮したいんだが」 話せば話すほど真人は僕の倦怠感から逃れようとするかのようだったが、なんとは無しに僕はその真人を 支配したいと思った。それは具体的には、今日これから天気も省みず、わざわざふたりでジョギングをしに行 くという暴挙の決行という形で思い浮かばれた。希望的観測によれば、きっと真人なら一緒になって走ってく れると、ただ安直に思った。そして僕らはあえて困難にいどむのだ。
374 :
2/5 :2010/02/02(火) 21:30:48 ID:/xUjbW+b0
「じゃあ今日これから走ることにしてさ、一緒にカッパ着てグラウンドを10週しよ」 「マジか、急にも程があるな!!」 「僕は10週くらいが限界だけどさ、もしかして真人の脚力もそれくらいなのかな」 「ちょっと待てよ、そんなこと言われるとオレも少し考えちまうな……」 「いいじゃん、一緒に筋肉しようよ!」 「おっ?ちくしょう、燃えてやがるな」 どうやら作戦は成功のようだった。僕の罠にかかった真人は自分の両腕をふりふりとさせたいというにぎや かな調子をかもし出し始めていた。これで雨のことも、僕と同程度には気になってくれるだろう。 「しっかし今は晴れてるけどよ……」 「だから40%なんだって」 「くっそっだんだんその40%って響きがうっとうしくなってきやがったぜ」 真人はまんまと雨を気にかけるようにはまってしまっていた。僕の胸にはなぜか一陣の風が通り過ぎて、 胸がすっとした。真人と居るとやっぱり、なんか負けてないなっていう気持ちになることがその理由の一端 だった。友達なのに真人のことをこうした見方で見てしてしまうことがあるということは、僕の誠実さのなさが 表れているのだと思う、きっと。ただ真人は僕にとって大事な友達の一人だということは確かなことだった。 「でもさ、真人。そんな記号には意味なんてないよ」 「なんだと?」 「僕たちの前にどんな大粒の雨が立ちはだかろうが、そんなものはかすかなものなんだ。 ふたりで陸上トラックの上を激走する姿を想像してごらんよ。どうだろ?そのときにはもう 僕らの汗による蒸気の方がはるかに強いエネルギーを発しているんだ。きっとどんな激雨 だって逆巻いて、竜のように空へと駆け上っていくに違いないよ」 僕は度外れに空想癖のある子を演じながら真人へと迫っていた。 「……敵さんはオレたちふたりのレボリューションに尾を巻いて退散するってことか」 「そうだね、一種のアニミズムみたいなものだけどね」 ここまで来てようやく真人も本腰を入れたようだった。 「しかたねぇ。これは放課後の約束だな。忘れんなよ」
375 :
3/5 :2010/02/02(火) 21:39:43 ID:/xUjbW+b0
「うん」 授業が始まる間際、僕らの会話を盗み聞きしていたのだろうか(もっとも、僕らは大声で話続けていたが)、 西園さんが僕らに対して注文をつぶやいていた。 「直枝さんたちが龍田川に浮かぶ紅葉のようにうつくしくあらんことを望みます…」 僕には西園さんの言っていることがいまいちよく分からなかった。 はずれがあり、そのまた次もはずれることがある。 ここのところの予報にいらだっていた僕には今、古くて新しいパートナーがいる。 「理樹。走るからにはついて来いよ」 「分かってるよ。ただそのうちにペースが遅れるんじゃないかと思うけど……がんばるよ」 「日ごろの体力測定ってところで面白いんじゃねぇか」 真人はふっと鼻で笑うように笑った。笑い方にもいろいろとあるけれど、それは決してさげすむような 卑しい笑いではなかった。 「いくぜ」 スタートの合図は真人の右足だった。ストライドを大きくとると、一気に速度を速める。虚を付かれた 僕は1メートルほど遅れながら真人の後ろへとついた。併走に持ち込もうと力を振り絞るが、黒人のばね のようにしなやかで躍動感のある走りこみに、僕は差をつけられた。 「うゎ、ふ、う」 先手を取られた僕は真人の背中を拝みながら走り出すこととなった。 「どーした理樹。ぼさっとしてるからだぜ」 やっぱりみんなの中でも恭介や謙吾や真人の基礎体力は並外れているんだろう。僕は改めてそう 思わざるを得なかった。あまり無理なテンポで走りつづけると肺がどうにかなってしまいそうだった。真人 はぬかるんだグラウンドの上なのにすいすいと走っていく。肩甲骨周りの筋肉も強靭だ。一周を過ぎた 頃にはもう、大分差が開いていた。 遠くから真人の声が聞こえる。「おーい、もう少しスピード落としてやってもいいぜー?」 真人の理不尽なほどの走力に反発するように、僕は答えていた。
376 :
4/5 :2010/02/02(火) 21:45:46 ID:/xUjbW+b0
「いいやー、ついていくのはもうあきらめたよ。どうせだったらさ、気持ちのいいと思うペースで走ってみてよ」 「今がそうだぜ、結構身勝手に走らせてもらってるからよ」 「ならいいよ。このまま走ろうーっ」 周回遅れになった僕がすれ違いざまに見た真人は黒豹のようだった。その体躯を疾駆させて飛び弾ける 雨で真人の顔はずぶ濡れだ。僕もずぶ濡れという点では同じだった。 「青春……なんでしょうか」 いつの間にやら見学に来ていた西園さんが僕らの滑稽ともいえる姿をそう形容した。短い言葉だけれど その言葉には温かみが感じられた。僕自身は馬鹿なことやってんなーと思いながら走っているんだけど、西 園さんもそう思っただろうか。 「おっしゃーぁぁああ!!あと一週だぜ!」 真人は走る。走る。僕は俯きながらもそれを追いかける。 すっかりと独走態勢に入っている真人は、こぶしを振り回しながらながらウサイン・ボルトの姿勢に入って いた。僕はこれほどの差がつくとは思っていなかったので、悔しさを通り越して無念さが胸に満ちる。 「僕もそれなりに鍛えてきた上での挑戦だったんだけどな……」でまかせまで口に出る始末だった。 マイペースを守りながら走りつづけている間に、体力の消耗のせいか、それとも雨のせいか、僕の歩幅は ずいぶんと小さくなっていた。体は冷え込んでいた。ただ、予想していたよりも雨は穏やかになっていた。これ は僕たちの神秘の力によるものに違いない。けど異常な肌寒さが肌をひりひりとさせた。 と、そこへ僕たちの観測を続けていた西園さんがいち早く何かに気付いた。 「直枝さーん直枝さん」 トラックを挟んだ、その真向かいで西園さんが手を振っていた。始めは何だろうと思ったけれど、すぐに僕も それに気が付いた。 「あっ……」 いつの間にか、本当にいつの間にか、僕らの顔を叩きつづけていた雨は、雪へと変わり始めていた。 「ヒョーっっ、こりゃ初雪じゃねぇか」 きっちりと十週を走り終えて整理体操の一環としての歩行を続けていた真人が、ひょいと飛び跳ねて空に 舞う雪をつかみとろうとした。
377 :
5/5 :2010/02/02(火) 21:55:19 ID:/xUjbW+b0
「ぜぇ、はぁ、これは僕らの走りに対する神様のご褒美かなーっ!!」 「そんなこともあるかもしれませんねー!!」西園さんが向こう岸から元気よく声を張り上げる。 「終わってみればさ、明日を待って晴れた空の下で走るよりも楽しかったでしょーっ!!」と、 僕は真人に向かって爽快感をあらわに歓声を上げた。が、そのとき。 「直枝さん!」 あまり足元を気にせずに調子に乗りすぎたためか、ぬかるみにやられ、ぐきりと足をひねってしまった。どしゃりと 顔面からトラックの内側に突っ伏した。着ていたものがジャージでよかったものの、枯れた芝生やら泥やらに見事に まみれてしまった。どろどろの泥だらけだ。 「喜びすぎると天罰が下るのかなぁ……」 僕はそんな宗教然とした馬鹿なことを口にしていたが、西園さんがこちらに駆け寄ろうとするのをみて慌てて心配 をした。「危ないって――っっ!!僕みたいに泥まみれになっちゃうよーー!!」 空から舞い降りたぼたん雪がそっと僕の肩に舞い降りる。走りつづけていたから、寒くはあってもある程度の寒さ には耐性がついていた。が、やはり寒い。ジャージの生地に雪と泥が染みわたっていく。でもそれも悪くないように 感じられた。 「ったくよ、別の日にしていればこんなことにはならなかったのによ」 「そうだね、あはは。40%なんて大嘘だったね。雪だし」 僕は屈託なく笑っていた。真人のトレーニングウェアも、傘を差して僕たちを見守っていた西園さんの制服の袖も、 びっしょりと湿っていた。 「もう帰りましょう、無茶をして高熱で倒れてしまっても知りませんから」 「このくらいが丁度いいときがあったっていいと思うんだけどなー」 「シャワーでも浴びて体あっためろよ!」 自分だって同じ状態なのに僕を急かす真人。 僕は「もう少しこの狂態を味わっていたかったかな」と、半ば本気で思ってもいた。 END 美魚insideを丁寧に書ければナァと後悔している372でした。
378 :
1/6 :2010/02/07(日) 00:03:12 ID:DVRLMYMr0
お菓子づくりは難しい 私たちが作ろうとしているお菓子はドラジェというイタリア発祥のお菓子で、砂糖がけ をしたアーモンドのお菓子だ。このお菓子の由来は古く、紀元前177年にはローマの 貴族の家庭であるファビウス家のお祝いごとの際に、町中のひとに振舞われたという 記録が残っている。そしてファビウス家の例になぞった趣旨で、西欧では『幸せのお菓 子』として愛されてもいる。 もっとも、私たちはイタリア式ではなくフランス式の製法でドラジェを作ろうと試みている。 なぜならフランス式の製法は糖衣がけのみならず、アーモンドにチョコレートをコーティン グするという、少し上等な製法だからであり、何よりも、やっぱりチョコレートがなくては2 月14日は始まらないと思うからだ。 「ところで知ってますか」私は出し抜けに言った。「アーモンドって色々な象徴で表わさ れているみたいなんですヨ?」 「それは興味を覚えるよ。教えてはるちゃん」 「いや私も言い出しておいて詳しくはないんですけどネ」 それはギリシャ神話のお話だ。英雄テセウスの息子デモフォンとトラキア王女フィリス の恋物語から、願いがかなうこと、希望の象徴として扱われていること。また、両性具 有だったゼウスの娘キュベレ―の男根からアーモンドの木が生じたことから、生殖器の 象徴とみなされることもある、だとか、はたまた処女神ナナとその息子アッティスの物語 からアーモンドの木は子供の象徴である、といった複数にまたがる話を取り留めもなく 話した。とくにアッティスの話はイエス・キリストの生誕の日とも関わりがあるようなのだ けど、あまり立ち入って調べなかった。というよりも私に、それに関する興味がなかった のだともいえる。 「それから一気に話が飛びますけど、日本に本格的に輸入されるようになったのは1950 年のことみたいなんですヨ。カリフォルニア産のアーモンドが世界シェアの80%も占めて いるらしいです。はい」 「へー、そうなんだー。ものしりだねー」 「誉めて誉めてーくださいな」
379 :
2/6 :2010/02/07(日) 00:25:10 ID:DVRLMYMr0
得意げに長々と話をしたので喉が渇いた。用意してあったペットボトルのお茶を飲み 干すと、言いしれない高揚感につつまれていたことに気づいた。小毬ちゃんにとっては 迷惑だっただろうか。でも勢いに乗ってしまったことは仕方がない。 「ローストするのは10分くらいでいいの?」 話を一区切りして、レシピを調理台の上に置いて尋ねると、今度は逆に小毬ちゃんが 講義をしてくれる。「それはオーブン内の温度によって違います。170℃くらいを保ちま しょうー」小毬ちゃんは虎の巻であるレシピも見ずに調整温度をずばりと指摘してくれた。 私はこのまま彼女の言うなりに事を進めていけば、揶揄されることのないバレンタイ ンを迎えられるだろうナァという確信を得ていた。けど改めてだけど、お菓子作りの経験 と言うものは私には皆無なんだな ということを彼女によって知らされた。 「小毬ちゃーん、これくらいでいいデスか?」 小毬ちゃんはガスオーブンの目盛りを見つめながら「あ、うーん。まだそれほど焼き目が ついてないと思います。もうちょっとだけ待ちましょうー」と注意してくれる。数分後には、こ んがりときつね色に焼き上がったアーモンドをオーブンから取り出しながら、優等生な発言 をした。 「料理は愛情が肝心ですよー↑」 ありきたりな言葉だけど、失敗したときのことを考えて悲観的になっている私にとって その言葉はなによりもの安心をもたらしてくれた。 「それじゃあ次の工程にうつっちゃいましょー。お鍋にグラニュー糖と水を加えて、カラメル 状にならないように気をつけて火にかけましょう」 「ここでいいんだよね」 私は五つに分かれた鍋のそれぞれにビートレッド・スピルリナ・アナトー色素・クロロフ ィル・二酸化チタンといった着色料を分量に気を使いながら加えていく。これで完成時に は鮮やかな赤・青・橙・緑・白の五色のドラジェが出来るはずだと願いながら。
支援
381 :
3/6 :2010/02/07(日) 00:34:28 ID:DVRLMYMr0
「色が鮮やかに出るかどうかが鍵になりそうだね」このときばかりは小毬ちゃんも気を使う。 普段お弁当も満足に作れない私だけど、ここぞとばかりに主張する。 「お菓子作りって分量の条件がシビアだから難しいですネ」 「そうだよねー」 色とりどりの糖衣をまとったナッツは冷蔵庫で冷やされた。五色の色はそれぞれ幸福・ 健康・富・子孫繁栄・長寿を表わす。日本でいえば七福神にちなんで7種類の具材を巻く 恵方巻きのようなものなんだろう。赤・青・橙・緑・白と色が並び、綺麗だった。 「あとはチョコレートでコーティングしてココアパウダーを振っておしまいです」 「小毬ちゃん、チョコは湯煎にかけていい??」 「と〜ぜん、だよ」 十分ほどひやしておいたナッツをチョコレートにからめる。小毬ちゃんによるとこういった 粒状の、コーティングをほどこすタイプのチョコをパンワークチョコというらしい。そのコーテ ィング用のチョコに今回は少し気取ってクーベルチュールチョコレートというものを使用した。 『クーベルチュール』はフランス語でカバーという意味らしい。フランスではカカオの分量に ついて厳格な規格があるそうな。 プロの仕事と比較してしまうとどうにも光沢が足らないような気がしたけど、ひとまずドラ ジェを作り上げることに成功した。着色は気を使っただけあって、なんとも言えない良い色 合いに仕上がった。だが、私たちの手仕事はまだ終わらない。 「これをもう一度冷やしてからラッピングしなくちゃいけませんネ」 「あとひと頑張りだね、専念専念」 私たちは完成したドラジェを一個ずつていねいに透明のフィルムにつつむと、さらにその 上にチュールレースをかぶせて造花用の針金で留めていった。数は膨大で、200個くらい はある。その一つ一つを丹念につつんでいく。 「ひとつずつが一輪のお花みたいだね」私は花屋にでもなってラッピングをしている気分だ った。皮肉を言えば内職のようでもある。 「みんな喜んでくれるかなー」 「苦労の分は報われると思いたい……デス」私はオプティミスティックに答える。「一年に一 度のことだから、みんな喜ぶに決まってるはずっ!」
382 :
4/6 :2010/02/07(日) 00:45:10 ID:DVRLMYMr0
「伝わるものは伝わって、伝わらなければ伝わらないでいいよ。よおし、頑張りましょー↑」 その後の1時間はすみやかに過ぎ去っていった。目標は順調に達成されていた。 家庭科室を出て、長い廊下を歩く。この廊下も今日だけは特別に長く感じる。ちょうど向か い側から来た笹瀬川さんたちと入れ違いになる。彼女たちにとっても今日は特別な日なんだ ろう。家庭科室に用があるようだった。 「ところでさ、小毬ちゃん。聞きづらい話なんだけど」 小毬ちゃんは小首を傾げる。「なぁに??」 「その……本命っているんデスか?」 それとなく尋ねるべきなような内容だったけど、私の口は馬鹿だ。無粋なことを平然と尋ねて いた。 小毬ちゃんは「理樹君……かな」とつぶやいた後で訂正をするように付け加え、「う〜ん、や っぱりごめんなさい。最近自分の気持ちが分からないんだ」とためらって、立ち止まった。 理樹くんがショックを受けるかもしれないナァと思いながらも意外なことを聞いてしまった。と いう気持ちで胸が満たされていくのが分かった。こまりんはぜったい理樹くん派だと思ってい たからだ。全部が全部私の勘違いということもなさそうだけど。 「理樹くんは陰で振られちゃったのでした」 私がそう言うと、「そうなるのかな〜。でも私、このチョコには本命も義理もないつもりで作った んだよ。だから、作ったときの気持ちを大事にしたいかも」と、優しい口調で小毬ちゃんは言った。 私は別の意味でなるほど、という気持ちになった。私自身の中では理樹くん本命っていうのは 樹木の幹のように動かざるものだったのだけど、普段から真面目な理樹くんのことだから、この 贈り物をした後の反応も画一的なものになるような予感がしていた。「ありがとう」とか。 だからこそか、かえって真人くんあたりの反応を見てみたいという気持ちが大きくなっていた。 「とりあえず」 私たちの心配りを見てもらえればそれでいいのかな、とも思い始めた私。「心を 込めて作ったんですよーってところを見てもらいますか」 「理樹君も真人君も一緒だと思うけどね」 「渡すときにさ、恭介さんと謙吾くんも一緒にいてくれるといいですネ」 まとめて渡してしまえば、誰や彼やという選択の余地もなく、まとまって伝わるような気がした。
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384 :
5/6 :2010/02/07(日) 00:55:35 ID:DVRLMYMr0
教室にたどり着くと、理樹くんに真人くんに謙吾くんに恭介さん。4人の姿が見えた。図らずも みんなに同時に渡すことが出来ることとなった。 梱包してシールを貼り付けた4名分のギフトを手に、私たちは声をかけた。 「じゃーんっ、今日は何の日でしょうーっっ!」 「これ、私たちからのプレゼントです」 男子たちは少し反応が鈍い。今日? といった感じだ。 「なにかあったっけか?」 「おう、もしかしてこれはバレンタインデーってやつじゃないのか」 「みんなで作ったのを代表してもってきたの?」理樹くんの問いかけに、私は、 「違いマス。今日は小毬ちゃんとふたりだけで作っちゃいました」と、上機嫌に答えた。そこに、8 割くらいは小毬ちゃんの力によるものなんだけど、とは付け加えずに。 「……綺麗にラッピングしてあるな。みんなで頂戴してもいいのか?」 恭介さんは遠慮気味だ。遠慮することなんてないということを示すために私は、 「OF COURSE!」とイングリッシュで返事をしていた。 4人はそれぞれ梱包をほどこうとする。けどそこで問題が起きた。 「あれっ、なんだこりゃ、くっついているぞ」 「あ、本当だ。ラッピングのフィルムにチョコがくっついちゃってるよ」 教室内はストーブが付いており暖かかった。その温度差のせいだろうか、せっかく一輪一輪つ くり上げたチュールレースのお花とドラジェが、透明なフィルムの花弁にひっついてしまっていた。 「ありゃ、これは失敗してしまいましたかネ」 見れば、2分の1の割合でひっついている。これは私が担当した分の可能性が出てきていた。 でもなんでなんだろう。理由はわからなかった。 「三枝、まぁ気を落とすな」 察しのいい謙吾くんは私が作った分が失敗なのだということに気が付いたようだった。 私は力なく言った。
385 :
6/6 :2010/02/07(日) 01:05:16 ID:DVRLMYMr0
「やはは、まぁはるちんはハズレだと思ってくれて結構ですから」
自分で言っていてずしりと胸に重みが加わった。けど自分の失敗なのだから仕方がない。でも、
こんな私のチョコでも理樹くんは「いや、ほら、剥がれるから心配しないで、成功しているほうとそ
んなに変わりないから」と優しい言葉をかけてくれる。うう、さっきはごめん、という気持ちになる。
「中はアーモンドなんだな、美味い」恭介さんはすでにカリッと音を立てて試食を始めていた。
「天然のサプリメントですヨ。ノンパレルという品種を使いました」
私は失敗を隠すために、アーモンドには十種類以上の栄養素が含まれているんですよ、ととう
とうと述べ立てていた。
私の話は聞いていないのか、真人くんはまだ慰めの言葉をかけてくれる。
「まぁなんだかわかんねぇけどよ、多少いびつになった程度でよかったじゃねぇか」
私はたまらなくなって、製作のうちの8割くらいは小毬ちゃんの力なんだよ、という余計かもしれ
ない一言を言うと、今度は小毬ちゃんが「そんなことないよ。これはふたりの力です」といたわりの
言葉をかけてくれる。ああ、私は友達に恵まれているナァとしみじみと思い入る。
「小毬ちゃんのは成功、私のはハズレ。それでいいんですヨ。みおちんと姉御とクドも用意があるっ
て言ってたし、そっちを楽しみにするのもいいのかもしれませんネ」
もう7時も過ぎているし、放課後の時間は長くない。きっとじきに姉御たちも来るに違いない。私は
自己嫌悪に陥りながらもみんなの慰めによって、心が浮き立つような気持ちになっていた。そしてお
菓子づくりは難しいナァと、しみじみと思ったのであった。
おしまい
雑記:反省できない=大人になれない。勢いで書きました。
>>380 .383支援ありがとうございます!
ネタバレ注意 というより、リトバスの浪費……文章がかなりおかしいかも。 原作のイメージを大事にされたい方はご覧にならないで下さい。
387 :
1/6 :2010/02/11(木) 22:26:04 ID:4PThd7L20
夜道に日は暮れない 僕は季節と季節の狭間を、恋も寂寥もなく生きてきたと思っていた。はたして季節の 繰り返しなんて起こりうるのだろうか? 春色の草花は水のごとくささやかに流れさって いくものだ。夏の日はどこか草笛の音のよう。郷愁をさそいながらおとずれるものだ。 「――本当のことを思い出したい」 僕はぽつりと漏らしていた。隠された意図を闡明にしたい。これは僕の本心でもあった。 「お前が選んだのは『思い出に還ること』だ。それは何度も、何度でも繰り返されてきた。 だがもう時間がない。やがてこの世界は消える。そのときお前の意識は向こう側の世界 で目覚める」 恭介はそこに言葉を付け加えた。決めかねたような素振りを見せた後で、 「あるいは、この世界が消えたとき、お前は目覚めることもなく非業の死を迎える」と。 死。 以前、死をモチーフにした六十号ほどの油絵を目にしたことがある。机の上に頭蓋骨を 乗せて、頬杖をついている青年が描かれた絵だ。そこにメメント・モリを表わす寓意的な 視線を否応なく感じて、胸が重苦しくなるような、逆に勇気づけられもするような気持ちに させられた。その不思議な絵を見たときと同じような気持ちが今、僕を襲っている。
388 :
2/6 :2010/02/11(木) 22:41:24 ID:4PThd7L20
「自分が死ぬなんて考えたこともないよ。それはある日とつぜん居なくなるようなものなの かな。僕はそうじゃないと思うんだ。死には必ずなにがしかの知覚が伴なうんだと思う。 たとえば病の苦しみとか、失望とか、悩みとかさ、あるいは幸せというケースだってあるん じゃないのかな。だけどさ、そういったことが何ひとつなく消え去るということは、死じゃない。 そう思うんだ」 「そうかもな。だが理樹、お前は『死』を意識した。だからお前の『死』、あるいは『目覚め』 は、もう始まりだしている」恭介の口ぶりは鈍重だった。 ある時を境に僕が消失する。その瞬間まで僕は鎖に繋がれた犬のような自由のうちに 生きるのか。いや、今この時を迎えるまではそんな生ではなかった。たった今約束された 将来の喪失が、今のこの生を無に帰してしまったのだ。器には砂がそそがれていく。僕は それに抗うことが出来ない。 「この後の世界は、すべてはお前の心の傾きかた次第だ」 恭介は、なにかを耐え忍んでいるようにも見えた。 「今年の夏は訪れることはない。今年は梅雨で世界がお終いになる。だから夏物の 制服なんて必要ないし、暑さをしのぐために下敷きを団扇がわりにする機会もない。 セミの声を耳にすることもなければ大輪のヒマワリを目にすることも出来ない」 僕は恭介が何を言ったのかよく聞き取れない。 「世界の終末が訪れる前にやりのこしておいたことはないのか? お前が後悔しな いようにと、少しでも時間を引き延ばしてやる」 よどみないもの言いを続ける恭介を見ても、僕はまだ気が抜けたままだ。恭介は まるで僕に挑むように切れ長の凛とした細い目を引き締める。
389 :
3/6 :2010/02/11(木) 23:01:31 ID:4PThd7L20
「もう俺ひとりでは支えきれない。この現実から目覚めたときお前は……俺を置いて いけるか? クラスの連中を救うことが出来るか? ……俺はせめて鈴とお前だけ でも助かって欲しいと願っている」 恭介は力を込めた強い調子で僕をにらみつける。殴られるんじゃないかと思うほど の圧迫感を醸し出している。僕にはまだ訳が分からないけど、恭介が言わんとして いることは本当の出来事のようだ。世界が終わるとはどういうことなんだろう。 「………」 僕が戸惑っている表情を見て取ってくれたためか、恭介は緊迫した中にも緩やかさ を込めて話を始めてくれた。 「あまり時間はない。だけどこれだけは言っておかなくちゃ分からないだろうな。今 お前が見ている現象は全て実体の外の出来事なんだ。お前と俺たちは臨死体験 の半ばにいる。光陰の矢のような一瞬の狭間に生きているんだ。今は理解出来なく てもいい。だがその日――目覚めと混乱の時――はもう間もなくやってくる。お前が その過酷に耐えられるようにと、今まで頑張ってきたつもりだが……とにかくだ。俺は 願っている、いや、信じている。お前が惨劇を乗り越えられるということを」 「僕たちが生死の狭間にいる……。そんなこと……」 驚きをもって受けとめることさえ出来ない。僕は二の句を継げられなかった。だって、 体に痛みを感じることもなければ、意識も正常だ。ただたじろいでしまった。 「これは虚構世界。実際のお前は今、損壊したバスの中で横たわっている」 今ある現実にフィルターを被せられて、むりやりに色違いの映像を見せられているよ うな感覚へと陥る。恭介の言っていることは無茶苦茶だ。……だけど、そのあまりの 剣幕に半ば説得されている僕がいた。 「……嘘だ。……嘘だけど……本当なんだ」 「ああ」
390 :
4/6 :2010/02/11(木) 23:16:03 ID:4PThd7L20
それじゃあ、と僕は思う。 「恭介はどうしてそれを自覚していられるのさ。僕はまだ気がつかないよ? この現実 しか。今以外の現実なんて考えもよらないんだ」 僕は鈴や小毬さんや来ヶ谷さんやクドや西園さん、それに真人や謙吾たちに囲まれ て……教室でのどかに時を過ごしている時を思い浮かべる。それが当然の日常だか らだ。けれど恭介が見ている日常は僕とは違うという。どうしてそんなことがありうるだ ろうか。僕は単純に思った。 「そいつは俺にもよく分からない。しいていえば超常的な力が俺を向こう側の現実に留 めたんだ。火事場の糞力のようなものかな……。だが向こう側の世界での俺はもうぼろ ぼろだ。この世界では顔色さえ悪くはないけどな」 恭介は苦々しく言った後、急に僕から背を向けた。 「恭介……」 その表情が見えなくなって僕はさらに言葉に詰まった。無力感がどっと降りかかって くる。 「お前は覚えていないかもしれないが、もうこの季節だって何度も繰り返しているんだ。 その度にお前は恋をしてきたんだ。けれどお前はその恋の相手すら思い出せない。 俺はお前の成長に一縷の望みを託してきたが、もしかするとお前には何の蓄積もない のかもしれない――けどな、理樹。――俺は、お前にどうしても生きていてもらいたい」 これから都市直下型の大地震が起きるとでもいうくらいの気迫を感じる。恭介の語気 にはそれだけの力が含まれていた。きっと、迫りつつある大学入試など論外なレベルだ というくらいの未曾有の危機が訪れる。困難が待ち受けている。
391 :
5/6 :2010/02/11(木) 23:29:22 ID:4PThd7L20
「僕が鈍いだけなのかな。向こう側の世界……も、恋のことも、恭介のことも、まったく気 づいてあげられない。季節が繰り返されているって言われてもさ、そのことになんとなくは 気付いているんだけども、空疎なんだ。一冊の本を読んだ後に、その物語のことを何も思 い出せない状況とよく似ているんだ」 「お前にはナルコレプシーのこともある。向こう側の世界とつながりにくいのだろうな」 恭介はその言葉をひと区切りにして、窓の外を見やった。外は小降りの雨だが寒気は室 内にも及んでいる。何が異常なのかが分からなかったが、それは具体性をもって顕となり 始めていた。つい一時間前までは、この教室も人で賑わっていたはずだったのに、今や、 おしゃべりをする同級生の姿も、医療用マスクをした同級生の姿もいなくなっていた。もうど こにも見当たらない。 「僕だけが取り残されてしまったの?」 狂乱ともいえる事態の把握に随分と時間がかかってしまっていた。 「でも僕は……」 変わりない日常を過ごしたいと思った。みんながいてくれて、恭介が先頭になって催し物 開いてくれる。第一回チキチキ亜空間サバイバルレースなんて具合にさ。僕は、そんなふう に恭介に頼って生きてきたんだ。 「とにかくだ」 停滞なく恭介は告げた。 「クラス離散ということになるのかな。お互いに生きていたら……その時はまた会おう」 「勝手だよ」 本当は、恭介は勝手なんかじゃないということを分かっていながらも、その責任の所在を 彼に求めるしか僕には術がなかった。
392 :
6/6 :2010/02/11(木) 23:46:05 ID:4PThd7L20
「僕は、この世界がいつ消えてしまうのか分からないけれど、次に会える機会は絶対にある と信じてるよ。今は別れの言葉もなにも思いつかない。だからさ、これが最後だなんて言わ ないでよね。僕たちはまた会える。みんなにいつものように変わりなく声をかけられることを 信じてる。恭介の言うような大災害が起きることが大前提にあるとしても」 恭介の言うことを、理屈では分かっていても、心では否定していた。だってしょうがない、 それが僕の素直な気持ちだからだ。まだ終わりなんて受け入れられない。 「話は……もうお終いだ。理不尽だよな。俺たち……まだ早すぎるよな」 恭介は僕から背を向けているのでその表情はさだかではない。けど、声が震えている。 「もうすぐ夜になるんだね。僕の知らない暗闇の世界が始まるんだ」 「一度だけ言うが、……理樹、すべてはお前次第だ」 窓の外。藤の花の上に、しだいに暮れ色が差し迫る。それは赤と紫とオレンジの混ざりあった 神秘的な空だった。陰影を含んだ雲が細々とたなびいている。僕はその光景を美しいと思った。 「この先どうなろうとも、この夕焼けを見ることが出来るかぎりは、平穏を保つことが出来そう だよ。この平穏の中にさ、混沌にまさる秩序が既にもう存在しているような気がしているよ。 少なくとも僕はそう思うし、死がいつ訪れるかなんて分からない僕たちは、頭の片隅にこの 景色を意識していなければならないんだと思うんだ」 続けて僕は言った。 「だけどさ――恭介たちがいない世の中なんて、僕には選ぶことが出来ないよ。死ぬときは たぶん一緒だ。どうなるか分からないけどさ、精一杯生きるよ」 僕が頑張るということは、恭介の足を引っ張ることになりやしないだろうか。心配だけが胸 に募っていく。いかに分別がある態度でいられるか、それは未来を生きてみなければ分かり ようのないことだ。 「じゃあ『また明日』会えたらいいな」 「『また明日』だね。僕は約束するよ」 靄へとつつまれて、視界が見えなくなっていく。この暗がりの先に僕たちの未来がある。 繰り返されてきた日常というものも実はこの先にあるんだ。と、そう信じて、僕は今を生きる ということを自覚していった。
393 :
1/5 :2010/02/13(土) 17:10:23 ID:Nk5+JJCJ0
自由とたいくつ<R-18?> 浅羽橋で公営バスから降りると、僕は来ヶ谷さんが残してくれた連絡を頼りに、学校と は反対側への道を歩いて行った。公営バスの停留所の前には小さな工場があったが、 人でごったがえしとなっている各甲通りまで来ると、もうそこは立派な商店街だった。 僕は小道に入って左に曲がり、小川に沿った道を進んだ。昔ながらの肉屋や魚屋から、 近年になって展開を始めたチェーン店の薬局やスーパーマーケットなどが入り組んでいる。 行けども行けども人の姿ばかりで、人工物以外のものはといえば、小さなせせらぎを示し ている地上から5mも低い位置を流れる小川だけだった。 やがて、正岡物産と表札の掲げられた建物が見えた。建物は白地で、20坪ほどの敷 地面積を持っていた。今日は休日ということもあって営業時間外なのか、シャッターが閉 められていた。僕は来ヶ谷さんに言われたとおりに敷地の横道を入り、裏口の扉の前へ とやってくると、扉を叩く前に、鞄に入れてきたペットボトルのお茶を取り出して喉をうるお しておいた。そしてこつこつ扉を叩き人を呼んだ。
394 :
2/5 :2010/02/13(土) 17:27:24 ID:Nk5+JJCJ0
「それで理樹君はどうして手ぶらで帰ってきたのかな」 来ヶ谷さんの詰問に僕は答えた。 「あそこの従業員は誰も出てこなかったよ。30分は待った」 「ええい、勝手に入ってしまってよかったのに」 話を聞くところによるとあの事業所は来ヶ谷さんのお父さんの知り合いのお店なのだと いう。裏口も鍵がかかっていないから自由に行き来できるようになっているのだそうだ。 「仕方がない。それじゃあ今日の放課後にふたりで寄ることにしよう」 「そうだよ。僕をパシリに使わないでよ」 ふたりで行くのであれば納得できたので、その約束を受け入れていた。 あちこちに放置された自転車が見えるのに、それを取り締まろうという働きはなかった。 これは区の怠慢だろうか。公営バスの車窓からの眺めをふたりで見ていた。 「人が乗り込むみたいだぞ。もう少しこっちに寄れ」 ステップを踏み上がって人が詰まってくる。それと同時に来ヶ谷さんと僕との距離が縮 まり、手すりに手をかけていた僕の腕の肘が来ヶ谷さんの胸に触れた。 「そうか、理樹君はこういう機会を利用して女の子にパイタッチをするような下劣な輩だった のか。お姉さんはその朴訥、少年然とした表情にだまされていたようだ」 「ち、ちがうよ来ヶ谷さん。今のは事故だっ」 来ヶ谷さんはふふと笑った。どう考えても冗談で言っているようだった。が、僕が胸に触れ てしまったというのは冗談でもなんでもなくてまじだけど。 「次は浅羽橋、浅羽橋へお越しの方はこちらでお降りください」 アナウンスが車内に響きわたったというのに、僕はまだ少しどぎまぎとしていた。
395 :
3/5 :2010/02/13(土) 17:34:11 ID:Nk5+JJCJ0
僕らは公営バスを降りると、記憶を頼りに正岡物産への道をたどる。各甲通りから小道に 入り、この前と同じ道を通り抜ける。すると白地の建物が見えた。 「着いたね」 「うん? 今日もシャッターが閉まっているな。おかしいな、平日だというのに」 「もう倒産してるとかないよね。社会保険もみんな全喪とかさ」 来ヶ谷さんは何も言わずに物産屋の横道に入り込んでいった。僕も後に続く。彼女は一 度だけノックをするとドアノブを掴んでそれをくるりとひとひねりさせた。この間僕が引き返 した扉がいともあっさりと開く。カチャリと音が鳴った。 コーヒーの香りが、扉を開くと同時に僕の鼻へと飛び込んでくる。焙煎された豆やアンテ ィークものの手挽きコーヒーミルが視界に映る。それ以外にもビンに納められた茶葉やショ ーケースに並べられたチョコレートが目を引く。いかにも嗜好品を扱っているといった感じだ。 「……これ、好きなだけ持ち出していいんだっけ」 「お父様からの許可は得ている」 「でも誰もいないと何だか夜盗みたいだよね、暗いし」 そんな僕の不安をかき消したのは、つややかな黒髪をなみうたせる来ヶ谷さんの命令だ。 この事業所に遠慮する必要はないという確証は彼女しか持っていない。いや、目に見える 形では来ヶ谷さんですら何も持ってはいないのかもしれなかったが、僕はこの事業所のオ ーナーと来ヶ谷さんが、せめて顔見知りであることを願って付き添っていた。 僕は喉の渇きをうるおすために鞄からペットボトルの紅茶を取り出してひと口飲もうとした。 が、そのとき、注意をおこたってしまったためだろう。狭い通路には段差があった。それに 気がつかずに引っかかってしまった。いけない、と思ったときにはもう遅かった。 「っ、っと、あ」 ゆっくりとした動作で僕は転んだ。僕は来ヶ谷さんへとのしかかると同時に、カポカポと、 紅茶をこぼした。彼女の上には僕の重みと紅茶の生暖かさが加わった。 「そうか……、理樹君は暗がりに女の子を誘いこんで糖分たっぷりの紅茶をその女の子に ぶっかけて、舐め舐めするような畜生な男の子だったのか」
396 :
4/5 :2010/02/13(土) 17:50:52 ID:Nk5+JJCJ0
「違うって、事故なんだっ。僕は女の子の胸をそれとなく触れたり、暗がりでいきなり襲いか かったりするような男じゃないっ」 来ヶ谷さんは少し残念そうな表情をした後で僕に尋ねた。 「じゃあなんだ、理樹君はホモだったのか。毎夜恭介氏や真人君たちと生物部の発明した バイオアートな生き物たちを退治しているという噂は嘘で、本当は……」 「ちがう。ちがいます。名誉毀損で風紀委員に訴えます」 何を考えているんだろうか。来ヶ谷さんは。僕に馬乗りにされた状態で、制服もびしょびし ょなのに、緊張感が間違った方向に反れている。 「具体的に、もっと分かるようにしてはくれないのか?」 よく見ると染みで出来たブラウスの透明なところにブラジャーがくっきりと見えている。僕 はまごうことなき健康な男子である。柔らかな肢体の感触もあって、思うより先に肉体が反 応をし始めてしまっていた。 「……畜生かも」 来ヶ谷さんは、遠慮がちに、僕の股間を太ももで擦った。 「変態だな、君は」 コーヒーとは違う、甘い香りが広がってくる。来ヶ谷さんのリンスの香りだ。僕はこらえきれ なくなって、思わず、彼女を抱きしめてしまっていた。思春期のあやまちというやつだ。 「はぁ、来ヶ谷さん……体が熱いよ」 「手を握って……理樹」 僕は初めて呼ばれた呼称に昂ぶりを覚えながら、彼女に許されているということに気がつ いた。来ヶ谷さんは前戯のつもりなのだろうか、スラックスの上から愛撫を加えてくれる。僕 は彼女の豊満な胸を壊れ物のように大事に扱いながら、彼女の右頬にキスをしていた。 「何も持ってきてないよ」 僕は避妊具のことを示唆するが、彼女は「今日は大丈夫だから」と、か細い声で言った。 普段の来ヶ谷さんからは想像も出来ない、青く透き通るような声だった。
397 :
5/5 :2010/02/13(土) 17:59:51 ID:Nk5+JJCJ0
帰り道、僕と来ヶ谷さんは無言だった。勢いにまかせての情事だったから、恥ずかしい体 験になってしまったという思いも僕にはある。お互いが殻に閉じこもってしまったようだった。 冷え切った体を温めるために、僕は彼女の手を取った。来ヶ谷さんもそれに応えてくれて、 指を絡めてくれた。彼女と分かち合った自由とたいくつがいつまでも続いているようだった。 優しさを頼りにした不器用な毎日はこれからも続いていくに違いない。 太陽には暈がかかっていた。視半径22度の大きな光輪が混雑する商店街を照らし出す。 通りがかりの雲は五色の円を描いて、とても鮮やかだった。 僕たちは焙煎されたジャマイカ産のコーヒー豆と、ダージリンの茶葉をひと袋ずつ抱えなが ら、公営バスへと乗り込んだ。 END
『倫理用語集』 やまあらしのジレンマ 2匹のやまあらしがたがいに体を暖めあおうとするが、 近寄りすぎると針でたがいを傷つけ、離れすぎると寒くなるというジレンマ (板ばさみ)におちいる。そのように、人間も離れすぎると孤独になり、近寄 りすぎると自我の摩擦や衝突がおこり、人間関係は適度な心理的距離を 保つことが大切であることを意味する。哲学者のショーペンハウアーの話を フロイトが引用したもの。 絶望<青年期> 自分が生きることの意義や意味、将来の目的や希望を見失 って生きる気力を失う状態。青年期は急速な成長にともなって心身がアン バランスになり、感情の揺れが大きくなり、未来への期待に心が高揚する かと思えばささいなことで自己嫌悪や劣等感にとらわれて絶望感におちい る。 悩み 青年は自我意識が高まるに従って、自己の容姿や能力、他者との人 間関係、自分の将来などが気がかりになる。 『wiki』 孤独 他の人々との接触・関係・連絡がない状態を一般に指す。 深山幽谷にたった一人でいる場合だけではなく、大勢の人々の中にいてなお、 自分がたった一人であり、誰からも受け容れられない・理解されていないと感 じているならば、それは孤独である。この主観的な状況においては、たとえ他 人がその人物と交流があると思っていても、当人がそれを感じ得なければ、 孤独といえる。 <類型> 他人から強いられた場合には「隔離」 社会的に周囲から避けられているのであれば「疎外」 単に一人になっているのであれば「孤立」
パーシー・ビッシュ・シェリー 星谷剛一訳 『わがおもいこどくのうちに・・・』 わがおもい こどくのうちに かつうかび かつきえゆく、 おもいよそおう うたもまた きえて さりゆく、 しろじろとあけゆく そらのつきのごと。 いかばかり うつくしく さだかなりしよ、 ほしぞらを しんじゅのごと ちりばめし わがおもい。 『信号』三好達治 小屋の水車 藪かげに一株の椿 新らしい轍に蝶が下りる それは向きをかへ ながら 静かな翼の抑揚に 私の歩みを押しとどめる 「踏切りよ ここは……」私は立ち止まる
400 :
無題 :2010/02/14(日) 22:06:03 ID:8xwNEDCe0
「来ヶ谷さん来ヶ谷さん、これ読めない」 『江雪』柳宗元 千山鳥飛絶 万径人蹤滅… 「どれ……ああ、こんなのは簡単だ」 <書き下し> バレンタインに オレ彼女いない… 「絶対ちがうっ!柳宗元は左遷されて失意の境地にいるって教わったよ!」 「当たらずとも遠からずかな」 「じゃあこっちは?」 『春夜 宴桃李園序』李白 …如詩不成、罰依金谷酒数 「春の夜 桃やすももの咲き誇る庭園の宴で。 …もしチョコをもらえなかったら金谷園の故事にならい罰として酒を飲ます」 「ちがうよねっ!それっ!チョコとかなんで出てくるの」 「半分以上はあっている。足るを知ろうじゃないか」 「そんないい加減なのはいやだっ」 「ちなみにチョコレートは中国語で巧克力だけどな」 「ああ、少年。忘れていた」 来ヶ谷さんはなにげない仕草で赤い包装紙を取り出した。 「ほれっ、ウイスキーボンボンだ。食らいつけ」 「そんな風に渡されても…」 僕は渋々と、しかし受け取るのであった。
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竹刀は握り締めた。心の準備はまだ整っていない。 でもこれはちょっとしたお遊びだ。 私は思い切って振りかぶると猪突猛進した。謙吾くんへと向かって。 「うめーーーーーん!!」 気合だけは充分なつもりだった。 けど謙吾くんは私の竹刀を軽くいなすと、くるりと先革をひるがえし、 私に向かって小手を放った。 「くてーーー!!」 お話にならなかった。一瞬で勝負はついていた。 というより、一瞬で正体がばれてしまった。 「お前……二木じゃないな……」 「手の甲痛いよ……いつもこんなのやってるんだ」 私は精一杯お姉ちゃんのふりをしたつもりだったけど、 熟練者のようにはいかなかった。 謙吾くんは面金の間からじろりと私をにらみつける。 どうやら試合してみるまでは本気で信じていたみたいだった。 「三枝、お前の人格を疑うぞ。入れ替わりとはいい度胸だな」 「私も体験してみたかったんだよーっ、純粋だよ」 「そんな気持ちは知らん!」 謙吾くんはこの若さにしてもう頑固親父みたいだ、 少しくらいは私の遊び心を受け入れてくれてもいいのに。
403 :
2/2 :2010/02/16(火) 23:17:16 ID:77ztKH360
「二木との手合せは久々だから楽しみにしていたんだぞ」 「はるちんとの手合せも楽しんでくださいヨ」 「はっきりと言わせてもらうがな、お前はその域に達していない。 自分でも分かっているだろうに」 それきり言うと面を上げて、素顔の謙吾くんになってしまった。 こういう時、私の心のスイッチが入るのだ。 その隙を見計らって、私はもう一度竹刀を振り上げた。 「めぇえええーーーん!!」 悪ノリが過ぎたのは火を見るより明らかだった。 さすがの謙吾くんも無防備な状態を狙ってくるとは思ってもみなかったようで、 その額をしたたか打ち抜かれる。 すぱーーーーん! 「ぅぅおぉッ!」 「いっぽーんっ!」 私は勇壮におたけびを上げた。やった。 「さぁいぐさぁああああーーーーーーー!!!」 謙吾くんは怒り心頭に発しているご様子。それは無理もない。 「隙ありでしたヨ? ハンデハンデ、OK?」 「いい訳あるかッッ!覚悟はいいか?三枝!!」 「ひぃゃ、目がマジですネ……三十六計逃げるが勝ちーーっっ!!」 私は放課後中、謙吾くんに追われる羽目になったのであった。 END 以上400兼393兼…でした。
404 :
1/5 :2010/02/18(木) 23:23:23 ID:BHV1reAP0
海底の日差し 何分もぐっていられるかなと自分を試しながら、海の底をたゆたっていた。 見たこともない奇抜なデザインの熱帯魚たちが群れをなして僕の周りをめぐった。 魚達はきらびやかな珊瑚礁のそのすれすれを通り過ぎ、深く深く潜水していく。 僕はその様子を眺めながら5分、10分と潜りつづけていた。 フジツボだらけになって錆びた船がある、きっと財宝が眠っているぞ、と直感的に思った。 それくらいの秘密がごろごろと転がっているように思えるほど、海は神秘的だった。 ちっとも息苦しくはないし、水圧も感じない。 なので僕は気付いていた。ああ、これは夢なんだ、と。 交通、運搬の手段としての役目を終えた船は、ほどなく見つかった。 甲板の上に築かれた船楼はいまなお優美だった。 僕はその入り口を探そうとして、接近を試みた。 ひと掻きしては前へ、ひと掻きしては休み、といった具合にのろのろと進んだ。 200メートルは泳いだ。 そのうちに客室や船員室にあたる円い窓までたどり着いたので、そのフジツボ だらけの窓を覗いてみた。あるはずだ、と無意識に願いながら覗いたからだろう。 中は沢山の金塊やコインでびっしりと埋め尽くされていた。まるで窓自体が光を 放っているかのように輝いていた。金銭には疎い僕だけれど、この財宝があれば 一生暮らしに困ることがないということだけは分かった。これは分かち合うことすら 出来ないほどの量があると思った。 だが問題が見つかった。持ち出す方法だ。 麻袋や何かにくるんだとしても重みで体の方が沈んでしまう。 船体ごと持ち上げられるようなサルベージ船などは、もちろん持ち合わせていない。 それにこれは夢だ。夢の中の物質を現実に持ち込むことなんて出来るだろうか。 何一ついい案が浮かばないまま時が過ぎる。すると、根気が尽きてきたのか、だんだん と眠くなっていくのが分かった。海面は荒々しいけれど、海の中は安らぎに満ちている。 ひっそりとうごめく生物たちが歌を歌う。 海の子守唄が聞こえると、世界は遠のいていった。
405 :
2/5 :2010/02/18(木) 23:31:02 ID:BHV1reAP0
頬にひやりとした感触がある。 意識が覚醒していく。周りは薄暗い。 僕は灯りでも点けようと思って、電気スタンドのスイッチを入れた。 かちりと音がすると世界があらわになった。……いや、 僕がノートの上に垂らしたよだれによる世界地図があらわになった。 灯りは半径5センチの世界を照らし出していた。 どうやら僕は机で突っ伏して寝てしまっていたらしい。はずかしい。 机の上には筆記用具と辞書参考書と鉄アレイとが並んでいる。 僕の頬をひやりとさせたものの正体は鉄アレイだ。 ちなみに僕は机の上に余計なものは乗せない。鉄アレイを乗せたのは真人しかいない。 だとすると、メッセージ性のある鉄アレイだなと思った。 僕はノートをしまい込むと辞書と参考書を片付けた。 鉄アレイは(真人の心添えを無碍にするようだが)床に転がしておいた。 僕はうーんとせすじを伸ばすと時間を確かめた。四時。そろそろ夜明けだ。 ぼんやりとした光の中で携帯型デジタル音楽プレイヤーのスイッチを入れた。 オアシスの曲(人に薦められた)に耳を傾けていると、一日に張りが出てきた。 今日が始まるという気がしてくる。 屋上にでも行って日の出を見よう、僕は突飛にもそんな気持ちになった。 ささっと顔を洗い、歯を磨き、制服に着替えると表へと出た。
406 :
3/5 :2010/02/18(木) 23:38:05 ID:BHV1reAP0
コンクリートで造られた階段を上り、立ち入り禁止の立て板を乗り越えた。 天井がいやに低く感じられる。 冷たく重いドアノブに手をかけると、寒風が吹き込むのも構わずに一気に押し開けた。 高いフェンスと薄暗い暁の空が見えた。星は見えない。 うしろを振り返ると、非常灯が緑色に光っていた。 僕は非常灯と街の明りを頼りに闇へとつつまれていった。 それはさながら海の闇だ。街も風も海底のように静かだった。 そのなかで僕は見つけた。 「小毬さん?」 端のフェンスに寄りかかっているように見える。 屋上のフェンスはかなり長い間放置されていて老朽化している。そのため危険だった。 僕は彼女のことが心配になって、かなりの大声で小毬さんを呼んだ。 「ねえーっ!! 小毬さーんっ!! フェンスに寄りかかったら駄目だよーーっ!!」 心配性にもほどがあっただろうか。 僕が走って駆け寄ると、小毬さんの姿がやがてはっきりと見えた。彼女は僕の姿を見 て驚いてはいたものの、フェンスからは1メートル以上も離れていることが確認できた。 「だいじょーぶだよ! 私、寄りかかっていませんー!」 小毬さんは両手を広げて自らが安全であることをアピールしてくれた。 僕は少しほっとした。この場所は脆くて崩れそうな雰囲気がある場所だから。 ほっとしたついでにこの場所にいる理由を尋ねてみることにした。まだ夜明け前だ。 どう考えてもこの時間にいる僕たちは、客観的にちょっとおかしい。 「もしかして、理樹君も日の出を見にきたんですか??」
407 :
4/5 :2010/02/18(木) 23:41:19 ID:BHV1reAP0
僕が尋ねる前に小毬さんの方から切り出していた。 「そうだよ。同じ。だけどちょっと違う」僕は答えた。 「その違い……気になります」小毬さんは僕に尋ねた。 「変な夢を見てさ、それで起こされたんだ」 僕はうろ覚えの夢を言って聞かせた。 「あまり興味のない夢なんだけど。笑わないでよ、僕さ、夢の中では水中で いくらでも呼吸が出来てさ、いくらでも潜ることが出来たんだ。それでだよ、 なんと、沈没船の中に財宝を見つけたんだ」 「カリブの海賊のですか?」 「カリブ海かどうかは分からなかったけど、コバルトブルーっていうのかな、 綺麗な海だったよ。財宝のある部屋は床から天井まで金ぴかだった。 客室か船員室だったと思うんだけど、おかしなくらいに金塊やコインが 山積みに置いてあったよ。僕はそのお宝をどうにかしてもって帰れない かなと思ったんだけど、結局何も思い浮かばなかったんだ。まぁ……、 眺められるだけで充分だったかなぁと思うよ。夢だし。わくわくするような 気持ちにもならなかったなぁ、あまりに非現実な世界だったからかも」 「その夢はきっと理樹君に幸運をもたらしてくれるような夢です」小毬さんは 唐突に言った。 「根拠は?」僕はつまらない聞き方をした。 「穏やかで美しい海だったのなら、それはそれだけで幸福な気持ちになれる、 プライスレスなひとときだったはずです」 これはいわゆる小毬さんの幸せ理論に違いない。
408 :
5/5 :2010/02/18(木) 23:51:49 ID:BHV1reAP0
僕は少しだけ反抗してみたくなっていた。 「いや、それがおおしけでさ、小魚の群れにしがみつきながら必死になって 船までたどり着いたんだ。ポールを伝って潜水していくときなんか、とても 暗くて怖かったなぁ」 さきほどまでの印象とは打って変わっての矛盾した内容を、小毬さんはどう 捉えたんだろうか、大袈裟な妄言を吐く僕の心をほどくようなことを言う。 「それは夢の中で解消されたんです。もしまだもやもやしているのなら、私で よかったら、おはなしを聞いてあげましょう。理樹君、何か困っていることが あるんですか?」 財宝が率直な意味での暗喩だとしたら、まるで僕が潜在的にお金に困って いるかのようだった。母の葬式で出会ったくらいで、面識はないに等しかった けれど、離れているとはいえ、僕には学費を出資してくれる親戚がいた。 毎日学食を食べることも出来るし、私服やCDを買えるくらいのお金は持って いた。だから小毬さんの想像に含まれているニュアンスは、的外れなものだ った。 「心配してくれなくてもいいよ。結局は助かったんだ」僕はあっけらかんとした 口調で言った。「小毬さんは心配性だなー」 僕が小毬さんのことを心配していたはずなのに、いつの間にか、小毬さんが 僕のことを心配してくれていた。なんともおかしい。 「あうぅ、私、真面目に聞いてるんだよ」 小毬さんはいくぶん失望しているみたいだった。 暖かな陽はもう昇っていた。
409 :
6/5 :2010/02/18(木) 23:57:43 ID:BHV1reAP0
時間は六時。もう充分に晴れやかな空が広がっていた。 が、室内はいくらか蒸していて、重苦しい。 「おはよう真人、コーヒーでも淹れようか」 「んんぁあ? まだ六時じゃねぇか……もう少し眠らせてくれ」 「真人が起きてくれないとつまらないんだよ。早く起きすぎちゃってさ」 僕と小毬さんとは屋上で別れた。小毬さんは笹瀬川さんを起こすという大役 があるからだ。彼女たちソフトボール部の朝は早い。 「せっかくだからこれ使いながら起きてよ」 僕は芸人に無茶振りをする素人のように真人に鉄アレイを渡した。 「うぉお」 やっぱり寝起きに鉄アレイは効く。真人でもびっくりしている。 「僕はそれを持ち上げて背伸びをしながら起きたよっ。真人はそれ以上のこと をしてくれるんでしょ」 僕は嘘をつきながら、子供のように真人に期待をした。 「マジかよ……ねみぃ……筋肉筋肉ぅー……ぐぅ……」 「うぐぅ? 起きてよっ、しっかり筋肉してよ」 朝っぱらから何やらせているんだろう、と、思わないでもない。 しかし僕は一度決めたことに対してはしつこかった。 アブシリーズを一式持ち出すと、それを真人へと押し付けていた。 「ほらっ筋肉筋肉ーっ」 「うがっ……うーん……オレは筋肉ロイド(造語)じゃねぇ、恵まれた筋肉を持っ て生まれたわけでもねぇ……筋肉のために生きてるわけでもねぇ……」 真人は僕の勢いに押され、ついにひとりごちていた。あるいは寝言か。 寝言なら寝言でいい、僕は好きに筋肉することにする。真人が起きるまで。 上体を反らして腕をねじり、斬新なポーズを取った。 ポリエステル製のレースのカーテン越しに朝の光が射し込む。 僕はマイケル・ジャクソンの『this is it 』のジャケットのようにライトを浴びた。
410 :
END :2010/02/19(金) 00:33:58 ID:ivVZBHa20
文章が捩れてる、推敲?分かりません。明日も早いので寝ます。
ただいま、は誰か相手がいる場合に使える言葉ですよね。 さびしいもんです。ほんと。 あげるほどの文章ではないけど、誰かに見てもらいたいという衝動に負けて、書いて、 反応のなさと自分の文のつたなさに苦い思いをする、という連鎖が僕の中で続いている。 それが今現在の僕事情です。ここは日記帳じゃ(略
きもいな……
413 :
1/4 :2010/02/20(土) 23:46:08 ID:aQBx70mk0
無題 この時間は英単語をひたすら暗記することにしていた。 physics,principle,explode,substance,nuclear,lead,oxygen, extinct,recyclable,depression,disorder,weary,symptom― trash,scratch,bleed,bandage,ache,heal,organ,cliff,vertical, fetch,cell,organism,instinct,perceive,trap,evolution,flock, species,wildlife,habitat,mammal,bloom,cultivate,soil―― 非効率な学習をしているなとは自覚してはいたが、駆け出し方なんてどうでもよかった。 「My muscles ached from sitting too long in one position」 僕は心境を例文に重ねた。そうすれば少しは体に染み込むだろうと思っての行動だ。 一時間はそうして過ごした。すると疲れてきたので、今度は漢字の書き取りをすることにした。 鼓舞、確信、恐縮、遂行、選択、滞在、沈黙、配慮、容認、 鑑定、収奪、依頼、記載、激励、賛美、辞退、疾走、推薦、 詮索、探求、代弁、提起、負担、没頭、了解、加担、憶測、 慨嘆、看破、観察、脅迫、屈服、言及、攻撃、支援、思案、 推奨、措置、遭難、徴収、追従、卑下、奮闘、撲滅、満喫、 魅了、盲従、目撃、誘惑、立脚、留意、非難、威嚇、格闘、 割愛、看過、訓練、迎合、懐古、吟味、容赦、換言、察知… 人間の行動を表わす用語が並んでいる。普段使いそうな、使わなそうな、といった言葉だ。 「僕はたらこスパゲッティについて言及した。 たらこスパは、たらこと海苔が、イタリア文化であるパスタと出会って完成された 文明論・文化論としても大変に有効な食べ物だ」 僕は言及という言葉を用いるだけの目的で『17歳のための世界と日本の見方』を手にとって末尾の部分を引用した。 宗教と神話を中心にして様々な学問をまたぎ、世界と日本との差異について語っている本だ。 いずれ時間のあるときに見てみようと思いながら積み重ねてある本のひとつだ。 一時間はそんな風に漢字の書き取りをしながら過ごした。するといっそう疲れてきたのだが、 西洋の哲学者の名前でも確認しておくか、という気分になった。
414 :
2/4 :2010/02/20(土) 23:47:50 ID:aQBx70mk0
タレス・ピタゴラス・ヘラクレイトス・デモクリトス・パルメニデス・ゼノン プロタゴラス・ゴルギアス・ソクラテス・プラトン・アリストテレス・ エピクロス・ゼノン・プロティノス・イエス・パウロ・アウグスティヌス… アンセルムス・トマスアクィナス・ベーコン・ロック・バークリ・ヒューム… ベンサム・ミル・パース・ジェームズ・デューイ・ムーア・ウィトゲンシュタイン・ デカルト・スピノザ・ライプニッツ・パスカル・カント・フィヒテ・シェリング・ ヘーゲル・ショーペンハウアー・キルケゴール・ヤスパース・ニーチェ・ フッサール・メルロポンティ・レヴィナス・サルトル・ハイデガー・マルクス・ ソシュール・レヴィストロース・アルチュセール・ドゥルーズ・デリダ・フーコー… 「汝、自身を知れ。私が知っているいっさいは私が何も知らないということである…」 内容が無いよう。これだけの名前=課題があるということになるんだろうか。 僕はソクラテスの無知の知を引用しながら知恵の探求者にでもなったつもりになった。 「太陽は明日も昇るだろうというのは一つの仮説である。 すなわち、われわれは太陽が昇るかどうか、知っているわけではない。 」 今度はウィトゲンシュタインになったつもりで言った。 無目的にもほどがあった。が、これも学習の一面というものか。 「言いうるものは明瞭に言うことができ、語ることのできないものについては、沈黙しなければならない」 うーん、名言だ。 こういったものは楽しい。 詩人や文学者の名言も交えてみたくなる。 「愛の謙虚さは恐ろしい力である。愛は教師である。だが、それを獲得するすべを知らなければいけない。 必要なのは、偶然のものだけを瞬間的に愛することではなく、永続的に愛することなのである。 偶発的に愛するのならば、だれにでもできる。悪人でも愛するだろう―― すべては大洋のようなもので、たえず流れながら触れ合っているのであり、一箇所に触れれば、世界の他の端にまでひびく」 僕はカラマーゾフの兄弟(原卓也訳)を熱っぽく朗読した。
415 :
3/4 :2010/02/20(土) 23:55:17 ID:aQBx70mk0
「わが友よ、神に楽しさを乞うがよい。幼な子のように、心を明るく持つことだ。 そうすれば、仕事にはげむ心を他人の罪が乱すこともあるまい。 他人の罪が仕事を邪魔し、その完成を妨げるなどと案ずることはない―― ――自己を抑えて、人々のいっさいの罪の責任者と見なすことだ―― ところが、自己の怠惰と無力を他人に転嫁すれば、結局はサタンの傲慢さに加担して、神に不平を言うことになるのだ」 僕はのめりこんでいく。 「人間の本性のもっとも強烈な感情や行動のうちの多くは、われわれがこの地上にいる間は理解しえぬものであるから、 それに心をまどわされたり、それが自分の過ちの弁解になると考えたりしてはならない。なぜなら、 永遠の審判者が責任を問うのは、人間が理解しえたことだけであり、理解できなかったことは問わないからである。 そのことはいずれ自分で納得できよう。 なぜと言うに、そのときになればあらゆることを正しく見きわめられ、もはや抗弁しようとしないはずだからだ。 ――この地上では多くのものがわれわれから秘め隠されているが、その代りわれわれには、他の世界、 天上の至高の世界と生きたつながりを有しているという、神秘的な貴い感情が与えられているし、 またわれわれの思考と感情の根はこの世ではなく、他の世界に存するのである。 事物の本質はこの地上では理解できないと哲学者が言うのは、このためにほかならない。 神は他の世界から種子をとって、この地上に播き、自分の園を作られた。 だからこそ、生じうるものはすべて生じたのである」 間をはさんでふぅと息を吸い込む。 「…だが、その育てられたものは、もっぱら神秘的な他の世界と接触しているという感情によって生き、溌剌としているのであって、 もしその感情が弱まったり消えたりすれば、自己の内部に育てられたものも死んでしまうのだ。 そうなれば、人は人生に無関心になり、それを憎むようにさえなるのである。わたしはそう考える」 ゾシマ長老の法話と説教を断片的に読んだ。心に染みてくるような、身に宿っていくような感覚に陥る。 これを酔っている言わずして何を酔っていると言うだろうかというくらいに僕は酔っていた。
416 :
4/4 :2010/02/21(日) 00:05:58 ID:i18rrNuA0
ドストエフスキーはどんな心境でこの文を書いたのか、と気になってくる。 ロシア語も分からなければ、生きた国も時代も違う。 が、クドに聞けばその一端くらいは分かるかも知れない、と僕は思い立ったので、さっそうと部屋を出ると、クドの部屋へと向かった。 コンコン、とドアをノックする。 「あの……僕だけど」 応答がない。僕はもう一度ノックをした。 「おーい、クドー。直枝です。いるなら返事してよ」 今度は人の気配がする。中でごそごそと音がした。 それからクドのくぐもった声が聞こえてきた。 「ガッデム!あたいに触ると痺れるぜ!!」 「クド……?」 「Пока ! Приходите!」 何を言ってるのか聞き取れない。クドとの間に異国の壁を感じる。こんなことは初めてだ。 「ど、どらえもん、じゃなくてドストエフスキーのことで聞きたいことが……」 「Фёдор Михайлович Достоевский??」 駄目だ……もしゃもしゃする。 「に、日本語で喋って。お願いです」 「Вы Японский? Хорошо」 何だか異常な威圧を感じる。負けちゃ駄目だ。僕。 「……今風邪を引いているのです。なので誰とも会いたくないのです」 身構える僕の耳に急にナチュラルな日本語が聞こえてきた。 かぜ。ああ、カゼかぁ。と僕は妙に納得する。 「風邪くらいでナーバスになったら駄目だよ」 僕は勝手に扉を開けようとする。……が、開かない。鍵がかけられている。 しかも返事がない。僕は嫌われているんだろうか。 それとも何者かの意思がこの先へと進ませまいとしているのだろうか。 そんな風に感じられた。 仕方ないか、これはきっと仕様なんだ、アプリオリな形式のうちの悟性的思考の形式が卑小なんだ、と思いこむことにして僕はクドの部屋を後にした。 END
誰かみおちんがメンバーに付ける称号を参考にミステリー小説書いてくれ 探偵役とか殺される役とかあったよな
雰囲気が出るかどうか分からないけどエントリーしてみる。一ヶ月くらい気長に待ってみて。 と、言おうと思ったけど、仕事休んで一日で書いてみた。色々な意味で俺はかなりの馬鹿 だと自覚した。誰か別の人が書いたやつも見てみたいです……。
419 :
1/13 :2010/02/22(月) 22:55:34 ID:CipxRKCb0
ロッジの夜 昔から、この白馬岳山麓の農家の人々は、春になって、黒く露出した山の地肌が 「しろかきウマ」の文様に見えるのを目安として、農作業を始めていました。白馬大橋 から正面に眺めることの出来る白馬を代表する雪形が「しろかきウマ」です。白馬岳 という名は、ここから由来しています。 今日、この白馬岳の名は、天駆けるハクバの姿を連想させ、若者に山への夢をふく らませるに足るイメージを与えてくれています。事実、北アルプスの中では、最も登山 者の多い山となっています。 普通、白馬岳から大雪渓を経て山頂を目指しますが、この大雪渓は針ノ木、剱沢の 大雪渓とともに日本三大雪渓の一つ。色とりどりの服装をした登山者の行列がつづき、 雪渓の割れ目からは澄みきった冷水が岩間を縫ってほとばしる。頂上の少し手前には 日本一とうたわれるお花畑があり、ミヤマキンバイ、シロウマリンドウなどが七月から 八月中旬まで美しく咲き乱れます。 帰路は白馬大池を経るコースをとれば、青い湖水と白い雪、池畔に咲く愛らしい花、 誰しもが求めていた美しい光景を目のあたりにすることができるでしょう。 この白馬岳はその他の山がそうであるように、戦後40〜50年の間に山小屋の設 備がまったく変わり、道も多くの場合よくなり、時にはよくなり過ぎて自動車が山頂近く、 あるいは山頂まで来るようになって、登山の山から観光の山になりました。 わたしたちが宿泊しているロッジはそうした時期に建てられたものであり、木造の家 屋が暖かさを醸し出している。このあたりのツアーコースの中でも屈指の展望を誇って おり、登山者たちの間では広く親しまれていました。
420 :
2/13 :2010/02/22(月) 22:59:55 ID:CipxRKCb0
わたしたちは、遮光ゴーグルをかけていてもまぶしいくらいの雪のなかにいました。 「絶好のお天気だよ。私たちは恵まれています」小毬さんは、いよいよこれからコースへ と駆け出す前の小休止のときに、頬を火照らせて言った。小毬さんは雪景色にうっとり と見入っていました。全然不安をもっていない。そこでわたしは言った。 「空模様は悪くありませんけど、山の天気は変わりやすいですよ」 わたしは小毬さんの昂ぶりを抑えるように言った。 すると来ヶ谷さんもそれに便乗しました。 「この地域は積雪が多い。春とはいえなだれが起こることがあるから気をつけなければ なるまい」 「そうですね」 「今日は俺たち以外にはあまり人がいないから、その分安全なコースと危険なコースの 分別がつきにくい。気をつけないといけないな」 恭介さんもわたしの言いたいことが分かっているといったふうに提言する。 「そんなに心配するようなことなのかなぁ」 直枝さんはどこかのんびりとした様子。 自由に遊ぶほうはそれでいいとしても、監督するほうとしてはそれではすまされないと いうことは明らかでした。わたしや恭介さんはスキーにはかなり気をつかっていた。 「いいから滑っちゃいましょうヨ。私もう我慢できそうにありません」 「だな、これだけの晴天だぜ」 今のうちに滑らないでどうする、といったふうに三枝さんと井ノ原さんが先んじてゲレン デへと乗り出す。ふたりは運動神経がいいのでスキーの腕前は上々でしょう。その分、 余計に危険ともいえたので、見ているほうとしてはなにか背すじに氷嚢をあてられたよう にひやりとさせられました。 「そこの二人、待ちなさい! 少しは他人の意見を聞き入れるべきよ」 二木さんがわたしたちに代わって注意をしてくれる。二人は緊張に身構えてびくりとした が、絶対正義の風紀委員長の言うことです。やがて蛇ににらまれた蛙のようにぴたりと止 まってしまった。
421 :
3/13 :2010/02/22(月) 23:01:17 ID:CipxRKCb0
「はいはい分かりましたよー」 「仕方ねぇな」 効果はてき面でした。 「まずスキーを履く前に準備運動をするのよ。はい、屈伸10回。シュプールを刻むのはそれ からにして」 二木さんは、言い方はともかく、スキー初心者であるわたしたちをリードしてくれた。心得 があるようでした。 「手をついたときに骨折する可能性もあるからな。手首もこうやってブラブラさせておくんだ」 宮沢さんはきっと華麗な滑りを披露してくれるでしょう。そう思えるほど、準備の指導が様 になっていました。 「楽しみなのですーっ!」 「ええ、楽しみですわね」 能美さんと笹瀬川さんは二人でペアになって準備運動をしていました。なかなか馬が合う ようで、どのコースを走ろうか、と吟味しているようでした。 「西園」 わたしは棗さんに名前を呼ばれた。わたしは体力に自信がないので、いつものようにみな さんを見守る立場でいようと心がけようとしている。それを分かっていて尋ねてきたのだろう、 と察知した。 「分かっています。誰かが怪我をしないようにここで見張っていますから」 「頼むな。面倒なことを任せて済まないが、ここを中継地にしようと思う」 「それがよさそうですね」 わたしは恭介さんの意向に従うことにした。 ほどなくして直枝さんがわたしの前を通過して「行ってくるね」と言って、ゲレンデへと走り 出していった。各々の方々がそれに続いて駆け出していった。
422 :
4/13 :2010/02/22(月) 23:07:05 ID:CipxRKCb0
ようやく覚えたボーゲンでなんとか麓のレストハウスまでたどり着き、僕はひと息をついていた。 小毬さんはそんな僕の目の前で、雪をけたてて鮮やかに止まった。ゴーグルが粉雪まみれにな って、何も見えない。 「ほわ、理樹君ゆきだるまみたいだよー」 小毬さんの笑い声が聞こえる。僕はゴーグルをはずしながら、体についた雪を払い落とした。 「どうせ僕は滑るより転がるほうが似合ってるよ」 「そういう意味で言ったんじゃないよ。理樹君、上達早いと思うんだよ」 小毬さんもゴーグルをはずし、笑顔を見せる。数時間ぶりに見るその笑顔は、しばらく前にやっ てきた雲の向こうから顔をのぞかせている太陽のようだ。僕はあらためて小毬さんを見つめた。 白いスキーウェアに長い栗色の髪がよく映えている。 どんな難所も意外にも軽々と滑り降りる彼女は、ゲレンデの中でも輝いていた。誰しもがそのゴ ーグルの下に、美しい顔を期待したはずだと思う。スキー場とはそういうものだ。 小毬さんなら、と僕は思った。小毬さんなら、それほど期待を裏切らないに違いない。さっきから 小毬さんに腕の差をさんざん見せつけられてうんざりしていた僕だったが、今だけは誇らしい気持 ちになっていた。 「もう一回だけ、滑ろうよ?」 「ええっ? また滑るの?」 僕はげんなりして聞き返した。 朝からの猛特訓で、僕はもう、立っているのもやっとという状態 だったのだ。 「あと一回だけですよー?」 小毬さんは拝むように両手を合わせる。 「もう、帰ろうよ。それにほら、雲行きだって怪しいし」 僕はそう言って、空を指差した。 嘘じゃなかった。 さっきまで、雲の後ろを出たり入ったりしていた太陽は、すっかりどこかに姿を隠していた。 空全体が、黒く重くのしかかるように感じられる。 「ほんとうです。今夜は吹雪きそうですね」 小毬さんはかすかに眉をひそめた。 「……じゃあ、今日はもう、戻ろっか」 僕たちは西園さんたちのもとへ戻ると、恭介が借りたキャラバンに乗り込んだ。
423 :
5/13 :2010/02/22(月) 23:30:11 ID:CipxRKCb0
アルペンロードをあえぎあえぎのぼる一台の乗用車が向かった先は、天然温泉つきのロッジだ った。恭介が車を駐車するとみんなはばたばたと降り出した。 「着いたのです」 定員ぎりぎりの12名ぴったりだった。背の低いクドから順に降りていく。 「あ……雪が降り出してるよ」 出発時には晴れやかな顔をのぞかせていた空が、いまはもう完全に厚い雲に被われて、いか にも陰鬱な表情になっていた。いわゆる擬似好天に欺かれた状態だった。 「早めに戻ってきて良かったな。どうやら本格的に降ってきそうだ」と恭介が言った。 サンデー・ドライバーである恭介にとって内心ほっとした面があったに違いない。これだけの人 数を乗せて走るというのも神経がいることだろうと思うからだ。 「恭介、つかれてないか?」 鈴が珍しいことに、恭介を労う。 「カーブの連続だったよね、集中していたから疲れてると思うよ」 「ああ……ちょっとな」恭介はくたくただとでもいうようにアシストトレイからもち出した清涼飲料水を 片手に答えた。「ひとっ風呂浴びれば良くなると思う。なにせ眼精疲労にも効く名湯だそうだからな」 「それじゃあ恭介氏の背中でも流そうか」 来ヶ谷さん言うことは冗談だか本気だか分からない。 「えっ……混浴じゃないよ」 「冗談だ」 「姉御が言うとなんだかえっちぃですネ」 「本当にそんなことを言うはずがないだろう」 当人はそう言うものの、周りとしてはどっちだか受け取りづらいのでちょっと困る。 「水着があればそういうこともあり得たかもしれませんね」西園さんはわりと肯定派のようだ。 「混浴? そんなものは認めないわ」二木さんにはばっさりと斬られる。 「このぼけと混浴だと? そんなことがあり得てたまるか」鈴は拒絶派のようだ。 「別に混浴でも構わないと思うのです」クドは奔放だった。 「そんなこと言ってたら駄目ですよー」小毬さんが引き止める。 「わたくし宮沢さんとでしたら……」笹瀬川さんは積極派だった。 「さ、猥談はもういいかな。談話室でゆっくりコーヒーでも飲もうぜ」恭介はわりと無頓着だった。 「もうクタクタだぜ」 「おう、休むことにしようじゃないか」
424 :
6/13 :2010/02/22(月) 23:39:13 ID:CipxRKCb0
真人と謙吾は休憩したいようだった。僕は考えることをやめていたし、真人や謙吾と一緒に先にロ ッジへと入っていった。外観はログキャビン風で、内装は白を基調としたセンスのいいロッジだった。 僕たちは談話室で一堂に会した。街で入るような喫茶店とあまり変わりのない、コーヒーや洋菓子 とパスタを中心としたメニューが並べられている。おそらく有線と思われるBGMは、60年代の洋楽が かけられていて、まったりとした雰囲気が生じている。オーナーのコバヤシさんが一人で切り盛りを しているので、僕たち以外には宿泊客はいない。満員だった。 だが、一人欠けていた。 「あれっ来ヶ谷さんは?」 「くるがやは湯浴みしてくると言っていたぞ」 「気が早いなぁ」と僕は率直な感想を口にしていた。それからゆるやかで長い黒髪をほどいて露天風 呂に浸かっている来ヶ谷さんの姿態を想像した。湯船に広がったタオルでその体は隠されている。 というより、女体に縁なんてない僕の想像力だから、その範囲でなんかもやもやっと想像していた。 「……理樹君? 聞こえてますかー?」 小毬さんの声ではっと正気に戻される。どうやらぼんやりしていたようだ。 「ボロネーゼとカルボナーラのどっちを注文しますか?」 僕はとっさに答えた。 「ボロネーゼってミートソースだっけ」 「そうです。ボロネーゼ、あんさー?」 「いや、まって。やっぱカルボナーラ。胡椒多め、コーヒー付きで」 お腹のすき具合は良好だった。パスタ一皿くらいはぺろりと平らげられる。 「サラダはどうしますか?」小毬さんが加えて尋ねる。 「ああ、食べる食べる」僕は答える。 「こけももジュースもあるのです」クドが尋ねる。 「へぇ珍しい、飲む飲む」僕は答える。 「モツ煮もあります」西園さんが尋ねる。 「うん、嫌いじゃないよ」僕は答える。 「おしるこもあるみたいだぜ?」真人が尋ねる。 「いやいいや」僕は答える。 真人は少し悲しそうな顔をした。でも仕方ない。食後のデザートを堪能するまでに空腹ではなかった。 時間は6時。僕たちは少し早めのディナーを摂ることとなった。
425 :
7/13 :2010/02/22(月) 23:49:22 ID:CipxRKCb0
7時になった頃、せっかくの露天風呂だから、とお風呂に入ることにした。ちょうど風呂上がりの来ヶ谷 さんと夕食を摂った僕とが入れ違いになる格好だ。女の子たちも何人かが入るようだった。 脱衣所でタオル一丁になった僕と謙吾はヒノキで作られた純和風の風呂へと浸かった。石と木の質感 がやさしい「月夜」と名づけられた浴槽からは野趣あふれる景観がながめられた。 「源泉かけ流しは最高だなぁ理樹」 「そうだね、なんだか肌がつやつやになりそうだけど」 温泉分析と書かれた説明書きを見ると、泉質は塩化物泉――ナトリウムイオンと塩化物イオンを主成分 とする温泉――摂氏64.5度。適応症は慢性関節リウマチ、慢性筋肉リウマチ、神経痛、神経炎、疲労 回復など、と記されている。 「宿泊客は僕たちだけだからホント貸切りだよね」僕は気分を良くして語りかける。「あー、いいお湯。泳ぎ たくなるのは僕だけじゃないよね」 すると、板を挟んだ向こう側から声が聞こえてきた。 「おーい理樹くん謙吾くん。そっちにいるのは分かってるんですヨ」 葉留佳さんの声だ。僕は視線を浴びているような気持ちになって、とっさに身をタオルでくるんだ。 「っっと葉留佳さんっ?」 「やはは、覗いたりはしてませんって」 「やめなさい、葉留佳」 二木さんもいるようだ。というより「やめなさい」とはどういう意味だろう。ちら見されているに違いない。 「覗いてたら怒るよ」 「俺もだ」 「いやー、正直に言うから許してください。背中しか見えませんでしたヨ」 「怒る」 修学旅行の中学生か、と僕は思った。葉留佳さんにはもう少し成熟した人格を期待していた。 「つい情緒の現れ方が強くなってしまったんですヨ」 「姉妹として恥かしいわ……モラトリアム期間だと思って許してあげて」 二木さんに言われたら仕方がないか、と僕は思う。 「わかったよ。じゃあ葉留佳さんの発達課題ということにしておくよ」
426 :
8/13 :2010/02/23(火) 00:00:15 ID:x+r4e1hy0
「むぅ……それじゃあはるちんが育ってないみたいじゃないですか」 無謀にも葉留佳さんが反論してくる。僕はそれをスルーする。 「そっちのお湯加減もいい感じ? 二木さん?」 「いーですわよ」 思った方向より斜め前方から返事がきた。笹瀬川さんの声だ。 「あれ、笹瀬川さんもいるんだ」 「いたらいけませんの?」 そうか、と僕は思った。彼女は謙吾がいる時間に合わせて入浴してきているんだ。 「……つつましいね」 「!? わ、わたくしは育ってますわ!」 どうやら言葉の意味を捉え違えているようだ。日本語はむずかしい。 「直枝理樹。覗いていたら……警察へ突き出します」 二木さんの疑惑が僕にかかる。 「いや、葉留佳さんのは疑惑じゃなかったけどさ、僕は疑惑に過ぎないから。謙吾という証人もいるし」 「そうだ。理樹は覗きをするような奴じゃないぞ」 「そう……宮沢謙吾の日々の励行に感謝することね」 僕のことは信用していないようだ。少しだけむかっとくる。二木さんのいしあたまっ、と言ってしまいた かった。もちろんそんな粗雑なこと言いやしないけど。……だが、 「二木は……考えが堅いんじゃないのか? 理樹のことをもう少し見直してやってはどうだ」と、謙吾が、 めったに見せない顔色で挑戦的な言葉を放っていた。 「何を見直せというの?」 一触即発。話がこじれていきそうだった。 「わあっ、まった、僕の普段の行いはそれほど品行方正じゃないよ。それでいいから」 僕の人格が疑われることも嫌だったけれど、後味が悪くなるのだけは嫌だった。 「直枝さんは悪くないと思いますよ」 いたのか、という感じで西園さんの声が風呂場に響く。心強い助っ人だ。 「………」 二木さんは気を悪くしたままだったけど、どうにか僕の覗き疑惑だけは払拭された。
427 :
9/13 :2010/02/23(火) 00:02:53 ID:x+r4e1hy0
異変が起きたのは午後8時。僕と謙吾が風呂場から出て来てビンの牛乳を手にしていたときのことだ。 「えっ……? 小毬さんとクドがいない?」 真人はいつもと違い、表情を強張らせたままで答えた。 「風呂場にもいなかったんだろ? そしたら、どこにいるっていうんだ」 「お風呂場のことはよくわからないけど……誰か女の子には聞いてみたの?」 「ああ、二木に聞いてみた。同じ時間には入っていなかったってよ」 確かに僕もそれらしい声は耳にしなかった。 「それじゃあ部屋にいるんじゃないの? いないの?」 動揺してしまう。鈴が僕に訴える。 「いなかった。くるがやと恭介と真人と一緒にトランプ……大貧民をしようと思ったんだ。だけどこまりちゃ んもクドもいなかった。それでざざみたちとお風呂に入ってるんだと思った。……だけど」 「居なかった」 来ヶ谷さんまで真剣な表情をしている。これは一大事ではないだろうか。 「どういうことなんですの?」 ささせがわさんが恭介に問いただした。 「俺に聞くな。俺は21じゃない」 「ん?」 「ああ、なんでもない」 恭介は真剣……というより深刻な表情をしている。なぜだろう。 ぼーんぼーんと柱時計が8時の音を打った。僕たちは不気味な沈黙につつまれていく。二人の安否が 気遣われた。いないというからには全ての個所をあたってのことなんだろうか。けしてそうではないような 気がした。 「僕……ガレージでも見てこよっか?」 「ガレージ、ああ、まだ見ていなかったな。でもこんな時間に表に出ようとなんてするか?」 「それはわからないよ。でもまだ見ていないでしょ」 僕は考えるより先に動き出していた。恭介の呼びかけも無視して。 何かにおう。事件になっていなければいい。
428 :
10/13 :2010/02/23(火) 00:04:30 ID:x+r4e1hy0
「……っおい理樹」 僕がガレージの前のシャッターに近づいたとき、追いかけてきた恭介が追いついた。外は吹雪いていて、 とても寒い。僕は歯の根が合わないほどに震えていた。 「……っさ、寒いい。きょうすけ、シャッターの鍵は?」 「これだ。湯冷めで風邪ひくぞ。ここは俺にまかせておけ」 防寒具として分厚いコートを着込んできた恭介は、寒さをもろともしていなかった。氷の塊のような鍵を取 り出すと、それを鍵穴に差込み、がらがらとシャッターを開いた。 そして僕は異様な光景を目にすることになった。 十五坪程の敷地面積のガレージの中は真っ赤に染まり、そこに、小毬さんが倒れていた。 それを見て瞬間的に僕は、貧血のような症状を起こしてしまった。 「…お……りき……」 目の前が真っ暗になっていく。ああ、小毬さん……一体何が……。 僕は赤の情景に吸い取られるようにこの世界から意識が遠のいていった。 回る…まわる…。 完全に意識が途切れた僕が目を覚ましたのは、それから一時間のちのこととなった。 「どういうことなんですの?」 ささせぐぁさんの呼びかけが聞こえた。 「俺にも何がなんだか……」 どうやら恭介に向かって詰問しているようだ。しっかりと耳に響いてくる。 「殺人犯なんかと一緒にいられない。自分の部屋で寝る」 葉留佳さんがとんでもないことを口にする。……殺人? 「小毬は死んでいない。気絶していただけだ。……それに、やったのは俺じゃない」 「みんなで見張りあうんだ。朝になれば警察を呼びにいける」 謙吾も物騒なことを口にしている。……警察? 「……クド公にいたってはまだ見つかってもいねぇじゃねぇか」 真人が事態を物語っている。
429 :
11/13 :2010/02/23(火) 00:09:21 ID:x+r4e1hy0
「とにかく落ち着きましょう。夜明けまでいくらでもあるわ」 このなかで一番落ち着いているのは二木さんに見えた。来ヶ谷さんと西園さんはどこか、諦観の念を抱 いてでもいるように見えた。どういうことなのかは、僕には分からない。 「西園さん……」 僕は目覚めたことを西園さんに知らせる。だが、西園さんと目が合ったのに、反らされた。肩透かしを食 ったようにあれっ、という気持ちになる。 「来ヶ谷さん……」 再度目覚めたということを知らせることに挑戦する。だが、来ヶ谷さんは目も合わさずに僕のことをクッシ ョンで隠そうとする。「もがもが……」と、僕はもがく。その物音を聞いた鈴が言った。 「……なんだ、猫か」と。どう考えても猫の声じゃない。この三人は僕の存在自体を隠そうとしているようだ。 僕は起きるべきじゃないのだろうか、とそう考えて、しばらく様子を見守ることにした。 「とりあえず第一発見者は恭介、お前になる」謙吾が物々しい声で攻め立てる。「お前がやったんだな」 「違う。誰が好き好んで小毬をトマトピューレまみれになんてさせるかよ」 トマトピューレ!? それは犯罪だ! とたとたと階段を駆け上がる音がする。ばたんという音とともにがちゃりと鍵をかける音がする。どうやら先 ほど宣言したとおり、葉留佳さんが部屋にこもってしまったようだ。 「……まだ恭介がやったと決まったわけじゃねぇ」 真人が恭介を擁護している。しかし僕も目撃している。あれはいま考えてみればトマトピューレだったよう に思えてならない。まみれさせるなんて畜生のする行為だ。 「確率から言えば棗先輩がやったという可能性が高いでしょうね。私たちは全員アリバイがあるけれど、あな たにはそれが見当たらない」 この意見には僕が反論しなくてはならない。恭介が行ったとき、もう小毬さんはピューレまみれだった、と。 だがいま起きていいのか、まだ判断がつかない。 「どういうことなんですの?」 ささせがぁさんは今度は二木さんに尋ねていた。二木さんは答えた。 「つまり棗先輩、ガレージの鍵はあなたが管理していたということ。これがあなたが犯人である要因の一つよ」
430 :
12/13 :2010/02/23(火) 00:13:13 ID:x+r4e1hy0
僕は我慢できずに手を揚げた。「ちょっと待った」ざわめきが起きる。僕は鈴と西園さんと来ヶ谷さんを無視し て声をあげた。「恭介と僕が一緒にガレージに向かったとき、彼女…小毬さんはもうピューレにまみれていたよ」 「どういうことなんですの?」ささせささささは今度は僕に尋ねていた。僕は答えた。 「僕はこう考える。コバヤシオーナーがマスターキーを持っているんじゃないかってね。オーナーは僕たちがお 風呂に入っていた時間……そう、7時前後になって、動き始めた。人数が少なくなって、活動をしやすくなる時 間帯を見計らってね。クドと小毬さんを連れ去ってきっと2121したかったに違いない。いや、ピューレによって それは半ば果たされた」 二木さんはぞっとしたのか、哀咽の声を漏らした。「……っ」 「恭介は犯人じゃない」僕は断定した。 だが、 「……残念だが、君の推理は的外れだ。理樹君。コバヤシオーナーは君の知らないうちに、すでにピューレされ ている。私と鈴君が目撃した。……オーナーは地下のワイン貯蔵庫で真っ赤に染まっていたよ」 「えっ」 意外な事実を知らされた。それでは僕たちの中に犯人がいることになってしまう。僕は驚きを隠せなかった。 三人はこの結果になることを予測できたのだろう。だから、僕を伏せたままにしておきたかったのだ。 「そんな馬鹿な……」僕は二の句を継げなかった。 「おそらく……」これはわたしの推測ですけど、と告げた後、西園さんは続けた。「恭介さん自身は手を下してい ません。きっと実行犯は井ノ原さんでしょう。井ノ原さんは、協力しなければ『大きくなったら僕謙吾をお嫁さんに もらう!』と言っていたという過去の噂をばら撒くと恐喝されて、凶行に及んだのです。そして私たちがお風呂に 入っている時間帯を見計らって……」 ダンッと机が大きく叩かれる。「ああ……。もうそれ以上は勘弁してくれ」恭介が力強い声で言った「俺だ。俺が 真人に命令してやった。西園の推理どおりだ……」 「ちょっと恭介……、何言ってるのさ」 目の前がぐにゃりと曲がる。恭介がそんなことするわけない。恭介、嘘だって言って。僕は熱でうなされている ようにクラクラとした。それは立っていられないほどで、41度の高熱でも出たかのようだった。
431 :
13/13 :2010/02/23(火) 00:19:14 ID:x+r4e1hy0
「ブッ殺してやる……!!」 棗さんの叫び声が聞こえる。ああ、棗さん、そんなに力まないで下さい。 「やめて下さい!! そんなことをしても小毬さんは戻ってきませんッッ!!」 「そうだ、落ち着くんだ、恭介氏!!」 わたしと来ヶ谷さんは必死になって止めようとする。けれど男の人の力がこれほど強いとは思いませんでした。 片腕ずつにしがみついているのに、わたしたちは引っ張られる。 「井ノ原さん、宮沢さん、力を貸してください!!」 葉留佳さんと佳奈多さんは部屋に閉じこもってしまった。鈴さんは怯えてしまっている。 「どういうことなんですの!?」 笹瀬川さんはパニックを起こしている。 「お前は一体誰が犯人だと言うんだ。まさか俺たちの中にいるとでもいうのか!? お前は怒りの矛先を誰に向 けている。恭介!!」 「同感だぜ謙吾。……暴れたってどうにもならねぇだろうがよおっ!」 宮沢さんも井ノ原さんも感情的になっている。誰か助けて…… 「……ん…………」 直枝さんっ、意識が戻ったんですね。 「ああ直枝さん、助けて下さいッ!! 棗さんが暴れて……」 体を傾げて起き上がった直枝さんは、わたしの言葉に気付いてくれた。 「西園さん……何」 「小毬さんが……能美さんが……」 わたしは順を追って話をしている。直枝さんの反応は鈍かった。 「恭介……嘘だって言って」 直枝さんは笑いながらピューレだよ、ピューレと、訳のわからないことを言っている。 「直枝さん……」 わたしは正気を保っていられるだろうか。夜は長い。夜はまだ始まったばかりのように思えた。 END
仕事休んでまで乙w 書いてみたいが、肝心のトリックと恭介の犯行動機が思いつかなくて詰んだ…
読書歴と論理的思考力のなさを一挙に披露してしまった。でもいいよね。 不味いもの読んでくれてありがとう。いま読んでる宮本輝の短篇を読み終わったら 『そして誰もいなくなった』か『アクロイド殺し』でも読んでみようかと思います。
まず「かまいたちの夜」をプレイすべきだと思う
4/13はまるきりかまいたちの夜のぱくりです。 かまいたちの夜をプレイしてたころは小学生だったからなぁ… 昔2と3もやったけどなんかグロかったイメージしか残っていない。 そこで、やっぱり活字の力がモノを言うんだと思うんですよ。
て……俺は何を言ってるんだろう。 どうでもいい話だけど、今日本を買ったら777円だった。 何か良いことがあればいいなぁ。
『エジプト十字架の謎』を味解して『猫は知っていた』を書いたという 仁木悦子のようにはいかないな……。ミステリーってなんぞ? 考えるなという啓示を受けた。家族と居酒屋行ってきます。
異次元の真人 細やかな浮き彫りがうつくしいマホガニーのテーブルの上でカップが傾いた。 珈琲の雫はこぼれ落ちかけにきらめいて光り、声を上げる間もなく、絨毯を 敷き詰めた床の上へと広がっていった。 「やっちまった」 「なんてことをしてくれるんだ、君は。手縫いだぞ」 来ヶ谷がオレのことを叱責する。 「君は注意、集中力が散漫だ、精神的に未熟だ、根気が足らない……」 言葉が怒涛のごとく押し寄せてくる。これはもはや凶器だ。だが、オレが悪い。 きっと大事な絨毯だったに違いない。でなければ来ヶ谷がここまでぶつぶつと 文句を言うはずがなかった。 オレは急いでその染みをぬぐおうと、ハンカチを取り出し、必死になって絨毯を こすった。だが、それはもうどうにもならなかった。覆水盆に返らずだ。 オークのチェストに腰掛けていた来ヶ谷は立ち上がり、オレをなじり始めた。 「指先に力が入っていなかったのか? それともどこかよそ見でもしながら手を かけたのか? どうなんだ。事は起きてしまったんだぞ」 オレは全身が震えていくのを感じた。自分が起こしてしまった事実に耐えきれ そうもないことに気がついていた。そこでとっさに起こした行動がデストロイだ。 「そいやッ!!」 ヴェルヴェット製のカーテンを大きく開くと、フランス窓に向かって庭へと飛び出た。 ばりばりぐしゃぐしゃと窓の骨組みが砕ける音が耳をつんざく。 「エ・ビアン(さてと)、ここを離れなくちゃならねぇ。動機も、機会も、手がかりも、 ミザンセーヌ(周囲の状況)も、すべてがオレに不利な状態だ」 正気を失っていたオレは、はだしであることも忘れて駆け出していた。 日がどっぷりと暮れるまで走ったとき、来ヶ谷に嫌われることを恐れていたこと さえ認識できていなかった自分を恥じて、その滑稽さに涙を流していた。オレは 空想癖をもったナイヴテ(純真)な子供のようだった。 続か―ない
439 :
1/4 :2010/03/03(水) 00:31:49 ID:lIXrTkQi0
時間をかけてもいいものが出来る気配がなかったので短時間で気休めものを書いてみました。 探偵風美魚 「美魚さん、たいへんなのです!」 デッキチェアに腰掛けていたわたしのもとに愛すべき友人、能美さんが顔を出して現れた のは午後二時を過ぎたころでした。 わたしは手にしていた同人誌を引き出しのなかにそっとしまい込むと、できるだけ平静を 装って語りかけた。凪のように。 「いけない子ですね。よその方のお部屋を訪ねるときはノックくらいするべきでしょう。違い ますか?能美さん?」 「わふー! ごめんなさいなのです。あの……その……お邪魔でしたでしょうか?」 「いえ」困り顔の友人に対してわたしはひとさし指を立てて答えた。「今後こういうことをされ るのでなければ構いません。そのときは然るべき報いを受けていただきましょう。いったい どうされたのです? そんなに慌てて……?」 雪のような白さの肌を赤く上気させて、能美さんはいった。 「私の知り合いに屋台で今川焼きを焼いているおじさんがいるのですが、その屋台の今川 焼きが盗まれてしまったのです」 「それはいくつですか?」わたしは間髪を入れず質問をしていた。「お店の経営を揺るがす ほどの量なのでしょうか?」 「ひとつです」能美さんは素朴にいった。「たったひとつですけど、屋台のおじさんが丹精を こめて焼いた珠玉の一品なのです!」 わたしは正直いって食指が動かなかった。 「盗人の暇はあれども守り手の暇はなし、という箴言があります」 「どういうことなのですか?」 能美さんのためにわたしは補足をした。
440 :
2/4 :2010/03/03(水) 00:32:20 ID:lIXrTkQi0
「泥棒の方は人のすきを狙って盗むのですから休もうとすればいつでも休めます。ところが、 屋台の方は、泥棒が本気とあれば営業時間中に常ににらみを効かせていなければならな いでしょう。これは容易ではないことです。つまり、盗まれるときには盗まれてしまうのが世 の習いなのではないでしょうか。相手が狡猾であればあるほど守りきることは不可能に思 えます」 わたしは自分の立場を明確に表現した。けれど性根からそう思っているわけではない。 罪を犯したものは法で裁かれるべきであると思っている。すなわちこうした言い回しを用い た本心は、ただ単に厄介ごとに巻き込まれて読書する時間がなくなることを恐れたためで あった。しかし、これで納得してくれる能美さんではありませんでした。 「このままでいいとおっしゃるのですか?」彼女にはわたしに依頼するだけの目的がありま した。「このままでは鈴さんが犯人となってしまうのです。そんなの許せないのです」 「鈴さんが?」ノートの端をなでていたわたしはぴくりと動きを止めた。「それは本当ですか? ……では仕方ありませんね、そうした嫌疑は払拭されるべきでしょう」 わたしは引き出しに鍵をかけ、アレ(では開始しよう)、と答えた。 「まったく近頃でもいるもんだね。昔は地方でタイヤキ屋を営んでいたんだけど、毎度の ように無銭飲食をしていく子がいてさ、おじさんそのときは若かったからね、よくその子を追 い掛け回したもんだよ」 ご主人の証言によると、今川焼きが盗まれたのは午後一時半。鉄板の上から上げて、 次のタネを用意しようとしてふと後ろを向いた瞬間にやられたということらしい。 「ご主人、人影はなかったのですか?」 「そうだねぇ、一瞬のことだったからねぇ……。なんともいえないんだけれども、誰もいなか ったような気がするんだようねぇ……」 氏素性の知れないわたしの問いかけにもなんなく答えてくれる。外見はふっくらとして、 アンパンマンに出てくるジャムおじさんのような、実に人のよさそうな主人であった。
441 :
3/4 :2010/03/03(水) 00:32:48 ID:lIXrTkQi0
「それは残念です。手がかりがまるでないように思えますね」 「ただ」屋台のご主人は何かものいいたそうに付け加えた。「最近になってよく来てくれて いる鈴ちゃんという子がいるんだ。実は僕はその子がちょろまかしたんじゃないかってひそ かに思っているんだ」 ご主人が鈴さんを疑っているというのはどうやら事実のようだった。 「それはなぜなのでしょうか。鈴さんはそういったことをする人柄ではないと断言できますよ。 というよりも、わたしたちの学校でそうした大胆な行為をする人は少ないと思います」わたし はなぜか三枝さんのことを頭にうかべながら話をしていた。「好奇心やいたずら心が動機と いうのは、動機としては弱いと思います。なぜなら、わたしたちはそれなりに誠実に日々を 送って生きているからです。警察沙汰になるような真似は誰だってしないと思いますね」 わたしの全生徒を代弁しての身の潔白の訴えは、しかし、届かなかった。 「そうはいわれてもねぇ……」 どうやらご主人は過去、タイヤキ屋を営んでいたときの出来事を心に引きずっているらしく、 わたしたちのことを頭から疑っている節があった。 「ご主人、ひとつだけお伺いしてもよろしいですか?」 「ああなんだね」 「あなたが後ろを向いていたとき、何か物音はしませんでしたか?」 「そうさね……かさっとした音が鳴ったかな? それくらいだったよ。足音も、呼び声も、何も 聞こえなかったよ」 「わかりました」わたしは真実は実にシンプルなものであろうと見切りをつけた。「では、ご主 人、これからもわたしたちにおいしい今川焼きを提供してくださいね」 わたしはその足で鈴さんのもとへと向かった。
442 :
4/4 :2010/03/03(水) 00:33:34 ID:lIXrTkQi0
校内のイチイの生け垣のすぐそばに鈴さんはいた。いつものようにモンペチを土の上におき、 猫たちに餌付けをしていた。十四、五匹はいるだろうと思われた。 「今日はドルジはいないんですね」 「ああ、あいつはああ見えて神出鬼没だからな」今日の鈴さんは勘が鋭いようだった。「…… なんだ、みお。お前もあたしのことを疑っているのか?」 鈴さんの思惑は外れていました。わたしは鈴さんを疑ってはいませんでした。 「鈴さんわたし猫たちのことを見分けられないのですが……あそこにいるのも猫でしょうか?」 野球部の部室のトタン屋根の上でひっそりとしている一匹の猫のことを示した。 「あの猫か? アリストテレスだ」 わたしは鳶色の瞳を光らせた。 「なにやらもぞもぞと怪しいですね。さっそくですが呼んでいただけますか?」 「見ないなと思ったらあんなところにいるなんて」鈴さんは一声をかけた。「アリストテレス!」 みゃあと鳴きもせず、トタン屋根の上でなにかもぞもぞとうごめいていた。 「はしごありますよね。登ってみましょう」アルミ製の一連はしごを部室の屋根へと立てかけて、 わたしはトタン屋根の上の景観を眺めた。「ああ! 鈴さん。晴れて解決です」 そこには盗品の今川焼きをはぐはぐと食べすすめているアリストテレスの姿があった。 「なにぃ! アリストテレスは困ったやつだな」 「きっと鈴さんの後をつけて、今川焼きを見つけて、それに手を出してしまったのでしょう。無産 のもののしたことです。宥されるのではありませんか」 その後、依頼人の能美さんへことの次第を伝え、一件落着へと至ったのであった。 END
15分後くらいに寄稿しようと思います。またしても連投&コネタですが……
444 :
1/5 :2010/03/06(土) 21:36:14 ID:rOQq3E6J0
容疑者風美魚 机の引出しのなかにしまっておいたデジカメのメモリースティックが なくなっていることに気がついたのは午後3時半のことでした。わたし は懸命になって探しましたがそれは一向に見つかる気配がなかった。 パーソナルタイプのドリップコーヒーを片手にもち、自室に鍵をかけ、 食堂へと出かけたのは4時少し過ぎのことです。頭のなかに、メモリ ーの中身を誰かに見られてしまったのではないかという疑念がよぎり ましたが、仕方ありません。ことはなるようになるのでしょう。 「えっ? 寸法21.5mm×50mm×2.8mmほどの機械の部品を知らな いかだって? ……妙なこと聞くね、西園さん」 「きわめて重要なことなんです」わたしは真面目くさっていった「本当は 人に尋ねずに解決したかったのですが」 「うーん、思い浮かばないよ。何の部品なの? それ?」 「いえ」わたしは直枝さんには分からないように伝えるよう努めた。「動 物の個体識別につかわれるマイクロチップを探しているんですよ」 「マイクロチップ? ひょっとして校内の規則でも変わったの?」 直枝さんが機敏な反応をしめしたので、わたしは嘘をつくことにした。 「そうです。察しが良いのですね。ストレルカやヴェルカに付けることが 義務付けられることになったんです」 「首輪に?」 「ええ」 わたしは給湯器からドリップコーヒーを乗せたカップにお湯をそそぎ、 食堂に常備されている角砂糖をひとつ加えた。 「それにしても残念です交友関係の幅広い直枝さんなら、知らずとも 情報が集まっていることでしょうし、マイクロチップの行方を知っている のではないかと思ったのでしたが……」 「お役に立てなくてごめんね」 どうやら直枝さんは一切のことをご存知ではないようでした。わたし は直枝さんにお礼をいって、その場を後にした。
445 :
2/5 :2010/03/06(土) 21:44:08 ID:rOQq3E6J0
「葉留佳さん今晩は。ご機嫌はいかがですか」 わたしが向かった先は葉留佳さんのところでした。紋切り型の挨拶 をすませると、葉留佳さんではなく、そのルームメイトである能美さん が返事をした。 「今晩はなのです」彼女はドアを開けてくれた。「葉留佳さんはいまお 出かけ中なのですが、お邪魔していかれますか?」 「……そうですか、葉留佳さんはいらっしゃらないのですか。それでは 意味がないのですが……せっかくですので立ち寄らせていただいて も構いませんか?」 「はい、大歓迎なのです!」 わたしはつま先がドアのほうに向くように靴を並び揃えて、部屋のな かへと上がった。部屋の広さは八畳ほどだった。二段ベッドと学習机 が置かれてあるのでやや狭く感じるが、よく整頓されていて、能美さん のきれいずきな性格がうかがわれた。 「コーヒーを飲まれているのですね」能美さんがわたしに尋ねた。 「ええ」わたしは食堂でそそいだコーヒーを片手にしていた。「すこしゆ っくりとお話をしたかったものですから」 「それでは私も紅茶を飲もうかと思います。ジャムを入れて飲むのがロ シア風なんですよ。私の好きな飲み方なのです」 能美さんが紅茶をそそいでいる隙に、わたしはささやかな詮索をした。 わたしは、葉留佳さんに貸したままの本を返してもらいに、ここへきたの だった。机周りをささっと見渡すが、それらしきものはない。となると、ベッ ドの下か机の引出しの中があやしい。もしかすると鞄のなかに入れてそ のままということもありうる。能美さんにことわってでも、その三ヶ所を調 べたくなっていた。 紅茶をそそぎ終えた能美さんがわたしのもとに戻ってきていった。 「あの、わたしではお相手になりませんでしょうか?」 「西園攻め、能美受け……」わたしはぼそりとつぶやいた。 「はい?」 「いえ、なんでもありません。そんな新境地を開拓するつもりはありません から、ご安心下さい」
446 :
3/5 :2010/03/06(土) 21:48:26 ID:rOQq3E6J0
「なにか凄いことをいわれている気分なのです」 「セ・ポシーブル(かもしれません)」 「?? フランス語ですか?」 「そのとおり、プレイスイゼマン(そのとおり)。探偵小説で覚えた言葉です」 「日本語も英語も苦手な私から見ると、うらやましく思えます」 「モナミ(わが友よ)」当惑している能美さんに向かっていった。「これは些細 なことです。能美さんはバカロレアの数学やアビトゥアの物理を解けるので しょう? わたしには不可能なことです。わたしこそうらやましく思っています。 あなたは人よりも優れた、灰色の脳細胞を持っているのですよ」 わたしはミームス劇の奇人のように振舞った。 「はいいろの脳細胞ですか……」 能美さんはあっけに取られてなにもいえないといった様子だった。 「ところで能美さん」わたしは本題を切り出した。「すこしお部屋のなかを調べ させていただいても構いませんでしょうか? その、率直にいいますね。以前 葉留佳さんに貸したご本を見つけ出したいのです」 「でも、あの、葉留佳さんのものはいつも触れないようにしてますので、私から はなんともいえないのです。美魚さんがどうしてもとおっしゃるのでしたら、止 めはしませんが……」 わたしはそれを能美さんの承諾として受けとめて、捜索を開始した。 「この部屋のどこかにネオロマンスが埋もれているのです」 ベッドの下、机の引出しの中、葉留佳さんの鞄……。わたしは次々に目星を つけてがさごそと物色した。捜査を始めて20分ほどしたとき、それは見つかっ た。葉留佳さんの布団の下に隠されていた。 「ありました」 「たいへん薄いご本なのです。私にも拝見させていただけますか」 「ア・バガテル(くだらないものですよ)。能美さんには見せられません」 「そうですか。それは残念なのです」 「知らないままのほうが良いこともあるのですよ」 わたしはそう結論づけて、能美さんから本を遠ざけた。
447 :
4/5 :2010/03/06(土) 21:54:38 ID:rOQq3E6J0
「西園さん。あなたが規約違反をするとは意外です。その手に持っている本は 校則に抵触します。だから没収の対象とさせていただきます」 「二木さん……ここであなたと出会うとは思いもしませんでした。これは希望の 残らないパンドラの箱です。わたしはあなたにこの手の本を読んでいるという ことを知られたくありません。ですので手を引いてはいただけませんでしょうか」 「どう見ても学習参考書には見えないわ。二色刷りのその本はなんなの?」 廊下で出会ったのは風紀委員の二木佳奈多さんだった。運が悪いとしかいい ようがない。幸いにも表紙は文字だけなので、中身がどんな本なのかは、ぱっと 見では分からない。わたしは本を抱え込んで交渉を始めた。 「どうでしょう二木さん。このご本を読んで、それでもまだわたしという人間を信用 してくれるでしょうか。……それが不安でならないのです。わたしは腐女子と呼ば れることが嫌いなんです。二木さんは該博な方ですから、そういう世界があるとい うこともご承知でしょうけれど、実際にそれを目の当たりにして、受け入れてくれる とは、どうしても思えないのです。わたしは少なからずあなたに対して好意をもって います。無碍に嫌われたくはありません」 二木さんは一分ほど間をおいたあと、わたしへの取り締まりを決行した。 「よこしなさい。悪く思いませんから」 わたしの手から本が離れた。二木さんはためらいなく、本の表紙をめくった。その 本の5ページ目から8ページ目にかけては薔薇色の世界が描かれている。彼女は それを目撃してしまったようだった。はっと息を飲むと、健康的な薄橙色の肌をほん のりと赤く染めた。羞恥の心から表れる赤だった。 「いやらしい。男女で性器をこすり合わせているわ。そうね、こういう世界があるとい うことは知ってはいたけれど……西園美魚はとんだ好色家だったのね」 「たったの一冊です」わたしは弁解を試みた。悪あがきともいう。「その本であれば まだいい方なのですよ。この広い世の中には男性同士がまぐわってしまうようなご 本もあるようです。ちょっとしたミステリーではありませんか?」 「あなたまさか……」 「エ・ビヤン(いやはや)、わたしはそこまでではありませんよ」わたしは付け加えた。
448 :
5/5 :2010/03/06(土) 22:11:45 ID:rOQq3E6J0
「けれど、美鳥は分かりません。あの子はときおり行き過ぎてしまうことがあるよう です」 「美鳥……? 誰のことかしら」 「わたしの大切な家族です」 「姉妹かしら? あなたにそうした存在がいるなんてことは知らなかったわ」 「そうでしょうね。知らなくてもいいことです」 結局わたしの本は取り上げられ、わたしたちはその場で別れた。 食堂に戻ってきたわたしは、直枝さんにことの次第を――本の内容には触れず、 まったくの創作話を――話した。直枝さんはわたしの立場に立っていってくれる。 「おかしいね、そういうことは二木さんの方から正していくと思ったのに。でさ、二木 さんが持ってたのに、ストレルカとヴェルカにマイクロチップを付けなくてもいいことに なったんだ?」 「ええ」わたしは空返事をした。 「でもごめんなさい。わたし、直枝さんに謝らなくてはいけないことがあります」 「……突然どうしたのさ」 「あたし、嘘ついてる」抑えきれずにいった「個体識別のためにマイクロチップを取り 付ける必要があるなんていう話は本当は嘘なんだ」 「いきなりどうしたのさ、西園さん……?」 理樹君はあきらかに動揺していた。あたしも心中は穏やかじゃない。 「美魚が本当に探してたのはさ、理樹君のことを一杯写したデジカメのメモリース ティックなんだ。女装した姿だって残ってるよ」 あたしはそういうと制服の胸ポケットのなかからメモリーを取り出した。 「キミは美鳥? そうなんだね」 理樹君の問いかけに、あたしはこくりと頷いた。 「美魚はときどき行き過ぎちゃうことがあるからさ、よく見ていてあげてね。これは」 といってわたしはメモリーを理樹君へと手渡す。「理樹君に返すね。おおげさにいえ ば肖像権の侵害だもんね」 END 力尽きる方向を間違えているかもしれない……
ってよく見たらあきらかな誤字もあった。 「美魚はときどき行き過ぎちゃうことがあるからさ、よく見ていてあげてね。これは」 といって『あたし』はメモリーを理樹君へと手渡す。「理樹君に返すね。おおげさにいえ ば肖像権の侵害だもんね」 『』内です。ショックだ!
450 :
埋め 1/1 :2010/03/08(月) 18:45:12 ID:npkKnilN0
「弱音を吐いたらいけない。疲れたら休息をとる。 痛みが出たらすぐに保健室に行く」 約束事を胸に叩き込んで、グラウンドへと駆け出した。 謙吾と真人はすでに走りこんでいる。 「おお、きやがったな」 「今日は無理しないから、適当に走るよ」僕はいった。 「一週間前は出来たことだろう?」 謙吾のいう一週間前には、たしかに飛んだり、跳ねたり、 オーバーヘッドしたり、と出来た。だけどそのとき無茶した おかげで、ここ一週間、内側側副靭帯のあたりが痛い。 「うんざりなんだよっ…! 損だ 得だ… 金だ 資産だ…… そんな話はもうっ…! そんなことを話せば話すほど… オレたちは浅ましく 醜く 這い回っている…… この釜の底を……!」 僕はぼそりとつぶやいていた。 「なんだそれは」謙吾は訝しげに僕を見つめる。 「え、KAIJI」 ランニングに恭介が加わる 「いまさらKAIJIかよ。それにしてもなんでまた急に……」 「いや、僕の苦境をどうにか表現したかったんだ」 「膝だろ?」真人が気をつかってくれる。「さっきお前も自分で いってたけどよ、無理することはねぇ。ちゃんと完治してから 走ったほうがいいんじゃないか?」 「いや」僕はそのアドバイスを無駄にする。「落ち着かないんだ。 だからちょっとだけ走らせてよ」 「よおぉし、なら走ろうではないか!」謙吾はもう何週しているん だろう。タガが外れているように思えた。 「ま、お前の自由だ」恭介は落ち着き払っていった。 「自由の刑かな」僕はまったく筋違いの愚痴をもらした。
451 :
埋め :2010/03/13(土) 21:19:17 ID:5MAqyNvm0
夜更けのタワー 1/1 一枚…二枚…三枚…… 僕は眠い目をこすりながら、慎重に慎重を期し、トランプの塔を建築していた。 だれかが入ってきようものなら戸を開ける風で、塔はくずれてしまうだろう。 ごくりと喉をならし、指先を震わせながら、モニュメントを築きあげていた。 目標は6段だ。 アメリカの国民的アニメキャラクターの雄ネズミが描かれたトランプが高く積まれていく。 つるつると滑るため、少しでも集中力を切らそうものならたちまち瓦解してしまう。 4段目まで、積み上げていたときだった。 「理樹、はいるぞ」 鈴が部屋に立ち入ってきた。 「Stop the motion!ゆっくりね!!」 僕はさけび声をあげていた。 「うわっ、なんだ理樹。器用なことやってるな」 ナーバスになっている僕を尻目に、鈴は自由だ。 「崩すときが爽快そうだな。もういいか?」 「あ、あと2段なんだから我慢してよ」 僕の震え方といったら、まるでおじいちゃんのようだった。 鈴はそんな僕を使って遊ぼうとする。 「くすぐりの刑」 「やめっ、そんなのされたら一発でアウトだから」 と、鈴に向かって振り返ったそのときだった。 左手がかすかに塔の土台部分に触れてしまったんだ。 ぱらぱらぱらと、崩れ去る塔。 僕は呆然としてそれを眺めた。 「はは……」 「どうやらやってしまったようだな」 僕の耳には鈴の声も届かなかった。 深夜1時のそんな出来事。
夜更けのタワーU 「理樹……グレイトだぜ……」 もう3時になる。普段は10時には寝ている僕なのに、今日はおかしい。 鈴に倒されてしまってからもう2時間が経過するが、あれ以来塔の魔力に取り付かれてしまったようだった。 「ぅく……あと一段……」 トランプを手にした僕は、目一杯背伸びをして頂上へとたどりつこうとする。 10段積みだ。机との接地面が自重でたわんでいる。 「落ち着くんだ、ミッションコンプリートは目前だぞ」 「わかってるよ……恭介。今度はへましたりしないよ」 息を整えてかかる。あせりは禁物だ。 だがバベルの塔は人類の傲慢だ。けしからん。と中断させるべく、神がやってきた。 「なんだおまえら、まだやってたのか」 「り、りん……」 僕はどきりとした。 手のひらのトランプが汗で吸い付くのをひときわ強く感じる。 「ふーしていいか?」 「よくない、よくないよっ!」 と、僕がするどくリアクションをとったその時、後ろから誰かが忍び寄る音がした。 そして「ふーっ」と一陣の風が巻き起こり、ほぼ完成されていた塔が、がしゃりと地に落ちた。 「私だ」 「く、来ヶ谷さん……なぜ……」 「もう寝たほうが良いからな。消灯の合図というわけだ」 「ざんこくなことするな、くるがやは」 「それほどでもない」 僕は立ち尽くしてしまった。指先はぴくりとも動かなかった。 「またいつかチャレンジしたらいい。その時を楽しみにして今日は早く寝るんだ」 衝撃のあまり胸が痛かった。それぐらい、慎重に慎重を期して望んだ塔だった。 「そんな……っ」 思わず哀切の声をもらしてしまう。 「ざんねんだったな」 深夜3時のそんな出来事。
453 :
名無しさんだよもん :2010/06/11(金) 00:01:19 ID:+7XcckZw0
揚げ
454 :
名無しさんだよもん :2010/06/12(土) 00:11:17 ID:8y4TqUXP0
おら、唯一神能美クドリャフカ様の生誕記念につぶやいてこいや ハッシュタグ #kudHBD つぶやかなかったら泣かす。
誰か書かないのか 書いてほしい
はるちんの口調って微妙に難易度高いのな どの位砕けた感じにすればいいのかよくわからん
もう大分前の話だからうろ覚えだけど…30分思い出してみた やはは、とか、ですヨ、あたりの主な口癖は使うけどなるべく控えて、活かしながらもウザすぎないように努力した かたじけのうござるっ!!無念なりー!!しょぼーん的なノリはその場の雰囲気に合わせるようにしてた 料理ネタは割といけるけど科学ネタは知識がないから使いづらかった 「フフフ……はるちんの好奇心は止まらないのだあーっ! 地上最速67億分の1番目の女はるちんは一度走り だしたらタイソン・ゲイよりも速いのですヨ? お姉ちゃんにーげらーれなーい!!」 「やだなぁ恭介せんぱい。はるちんがはるちんじゃなかったみたいなこと言いますネ! ……そう、はるちんに良く似たもう一人のはるちん、どっぺるはるちん! はるちんがどっぺるはるちんを見て しまうとはるちんはどっぺるはるちんに連れ去られて跡形もなくいなくなってしまうのだー!!」 的な冗長な喋りは強調性が強いから少し慎重にやったような気がする。が、なるべく原作に近いノリでコメディしたかった 瞬発力のないタイプだけど猪突猛進して書く時は呪われたかのように延々と書けた…が、 ソースの8割くらいはリトバスやわずかな読書あたりに頼ってたし、カクテル式な創作法だった感じがする あとはギャグセンスに関してはこれでいいのか?とよく悩んだ。否定的な言葉は関係妄想されると嫌だからなるべく避けた。 安易に下ネタに走る自分に技量のなさを感じた。葉留佳自体は自主的なキャラだと思うので自然に動いてもらうように心がけた。 繊細さはきっかけがない限り表には出さないようにしてたように思うが、表に出せることに意義があるように思ってた 今見ると改行や読点にとらわれていて文章が非常に見づらい。今もかな… まぁ大雑把にはこんなところでした。文法・修辞・構文的なことはあまりに乏しい知識なので答えられなくてすみません
ファルチン
誰もいないな・・
461 :
名無しさんだよもん :2011/01/09(日) 05:13:57 ID:42Z8OQEB0
ここに前スレたちの人がもどって来るのを待つ
462 :
名無しさんだよもん :2011/01/27(木) 18:37:08 ID:hnX9rvuL0
誰も来ないな・・
誰もこないな
来てやったぞ
465 :
名無しさんだよもん :2011/04/14(木) 00:34:25.63 ID:dVRK5vBc0
あげ
466 :
名無しさんだよもん :2011/06/01(水) 13:05:07.68 ID:IWWpF9Ae0
1年ぶりに来たけど懐かしいな…
みんなどこへ
沙耶と夜ご飯食べた
雨の中沙耶と2人っきりでゲーセンデートした
沙耶が作ってくれたハンバーグを食べた
沙耶さんと地下迷宮探索中
沙耶とキスした
沙耶とターミネータ2を一緒に見た
漫画買ってきたよ沙耶さん
沙耶と映画館デート
沙耶に勉強を教えた
沙耶さん サッカーをしよう チーム名は
美魚「南葛FC・・・ですね」
沙耶と付き合う
痛いなそれ
,. ‐'' ̄ "' -、 ,. ‐'' ̄ "'' -、 / ヽ/ ヽ l l l l l l ,. ‐'' ̄ "'' 、 ,,. --‐┴─-- 、 / ̄ "'' -、 / ,.-‐''"´ \ _/ ヽ l / ヽ l l / ● l l ヽ l (_人__ノ ● ヽ / そんな事言われても ,,>-‐| ´´ | / , , ,. ‐'' ̄ "' -、/ ウチ ポン・デ・ライオンやし / l ヽ_/ / ゙ヽ l ` 、 l l l ,. ‐'' ̄ "' -、 ,. ‐'' ̄ "'' -、 l l, / ヽ / ヽ, / ヽ、,, l l l,,,___,,,/ "'''l l l ヽ /ヽ / ヽ,___,,,/ ヽ,,___,,,/ / | / |
483 :
名無しさんだよもん :2012/03/15(木) 22:36:31.79 ID:8WnsMZbn0
保守age
484 :
名無しさんだよもん :2012/03/26(月) 04:40:39.19 ID:M9RkAFDwO
age
485 :
名無しさんだよもん :2012/10/17(水) 23:21:48.26 ID:O7Nxx/5t0
上げてみる
ふぅ…
487 :
名無しさんだよもん :2013/04/03(水) 05:35:32.45 ID:3QWzOOu4i
_ |O\ | \ キリキリ ∧|∧ \ キリキリ ググゥ>(;⌒ヽ \ ∪ | (~) ∪∪ γ´⌒`ヽ ) ) {i:i:i:i:i:i:i:i:} ( ( ( ´・ω・)、 (O ⌒ )O ⊂_)∪
てす
あげてみる
あげてみる
491 :
名無しさんだよもん :2013/07/20(土) 20:58:52.67 ID:bFXEucqZ0
過疎やな
だれもいねぇ…