【続編とか】うたわれるものSS【過去編とか】

このエントリーをはてなブックマークに追加
976−6:2007/12/01(土) 08:12:08 ID:m/Ptr0SI0

 心休まる昼餉のため、某は心の膝を屈した。
 荷から盆と食器をもう一組とりだし、同じ膳を配していく。
 揃えられていく食事を前に、ムックルはうろつくのをやめていた。母と称する少女を前に置いて。
「手を洗ってこい」
「ん」
 食前の作法に関してだけは妙に素直だった。
アルルゥは小走りに河へと向かうと、そそくさと手を洗ってまた急いで戻ってきた。
奇妙なもので、そんな些細な事が妙にほほえましく、心の澱が晴らされたような気がする。

 整えた膳を無言で差し出してやると、受け取ったアルルゥは静かに目を閉じ祈りの言葉を口にした。
「森の神(ヤーナゥン・カミ)さま、いつも恵みをありがとうございます。
 大神(オンカミ)ウィツァルネミテアに感謝を」
 ……某への感謝はなかったが。
 アルルゥはおもむろに、木匙(きさじ)で掬った山モロロを口へと運ぶ。
「……おおー」
 発した言葉はそれ一つだけ。後は飢えた獣のように、ひたすらに食を進めていった。
 椀が空になればずいと差し出し、皿があけば催促して。
 もう文句を言う気力もない。某は無言で促されるまま、モロロを盛り魚を供じてやる。
 多めに作ったつもりの食事は、あっという間にきれいさっぱり消えていた。
986−7:2007/12/01(土) 08:13:01 ID:m/Ptr0SI0

「んふー。ごちそうさま」
「はいはい、おそまつさま」
 思わず憮然とした声を返していたが、満足げなアルルゥの声は決して不快なものではなかった。
「ごはん、じょうず」
「そりゃどうも」
「剣よりじょうず」
「うるさいっ」
 無論、語る内容にもよるが。
 
 
 
 食後の腹ごなしに二人分の食器を洗う。
剣の腕は一向に上がらないのに、こんな手際だけはよくなっていた。
小さな溜息がもれるが、汚れが落ちてきれいになっていく様は見ていて心地よい。
 水気を落とし荷をまとめる。一人と二匹の視線を浴びながら。
目的は果たしただろうに、アルルゥはまだその場でくつろいでいた。
 某が気にかけることではないか。
996−8:2007/12/01(土) 08:13:52 ID:m/Ptr0SI0

「それじゃあな。あまり人に迷惑をかけるなよ」
 別れを告げ川原から道へと戻る。
思わず余計な時間を使ってしまった。少し急がなければならない。

 のだが。
「……まだなにか用か」
 後ろにはまだムックルがついてきていた。頭にアルルゥを貼りつけて。
あまり期待はしていなかったのだが、問いかけにはちゃんと返事が返ってきた。
「アルルゥ、女の子の一人旅。きっと危ない」
「……どこが」
 あからさまな嘘に目が平む。
視線の先ではムックルが「こっちを見るな」とでも言いたげに唸っていた。

 しばしの睨みあいを不毛に思ったのか。頭上からアルルゥが言葉を足してきた。
「街まで遠い。おいしいゴハン、たべたい」
 きっとそれが本音なのだろう。尚更(なおさら)に腹立たしい。
「某はエヴェンクルガの武士だぞ。それを、給仕の代わりに使おうというつもりか」
「エヴェンクルガの人、優しい。弱い人の味方」
 思わず剥いていた怒りを前に、しかしアルルゥは動じなかった。
1006−9:2007/12/01(土) 08:14:51 ID:m/Ptr0SI0

「あ……?」
「武の才に恵まれ、孤高な精神をもち、例え自らの命を失おうとも決して義に反することはしない」
「そ、その通りだ。わかってるじゃないか」
「エヴェンクルガの武士だったら、女の子を一人で行かせたりしない」
「む、う……」
 アルルゥは立て続けに痛いところをついてくる。
抑揚の少ない棒読みの言葉ではあったが、その内容に某の心は小さく揺らされていた。

 だから、だろう。
「……アルルゥといっしょ。や?」
 一瞬、上目遣いでそう呟いたアルルゥを、かわいいなどと思ってしまい。
 頭の中は真っ白のまま、知らず言葉を返していた。
「つ、次の街までだぞ」
「きゃっほう」
 嬉しそうに笑う。初めて見るアルルゥの笑顔は、名の花に相応しいものだった。

 もっとも、喜びの声は束の間だけのことだったが。
「それじゃ、いく」
 それまでのやり取りなど全て忘れたような潔さで、
アルルゥはムックルに歩を進ませ始めていた。
こちらを顧みることもなく、己の道を迷いなく。
1016−10:2007/12/01(土) 08:15:42 ID:m/Ptr0SI0

「お、おい」
「たいがー、はやくくる」
「某はタイガだっ」
 掛けてくる声がやたらとぞんざいに聞こえた。恐らく気のせいではあるまい。
「言っとくが、食事番はやらないぞ」
「ん」
「追剥めいた悪事も認めないからな。某まで加担しているなどと思われたら迷惑だ」
「わかった」
「ちゃんと聞け。いいか、エヴェンクルガと共に歩く者として、
もっと名誉と品格というものを自覚してもらう……」
「むー、うるさい」
「う、うるさいとはなんだ。おい、こら。人の話を……!」
「ムックル」
『ヴォ』
「ぐあ!? き、貴様っ、武士を足蹴にするとは……」
「ガチャタラ」
『キュ』
「し、しびびびびびび!?」
 ムックルに踏まれながら、ガチャタラの奇声に脳をかき回され、引きずられて道を行く。
 
 
 これがアルルゥという少女との最初の出会いであった。
102名無しさんだよもん:2007/12/01(土) 15:43:50 ID:+sCqN4mn0
へー、ふーん、ほー、愛娘が能動的に強盗を行い、死人の屍を汚し、
その上弔いもしない鬼畜に育ったと知れば、きっとハクオロは泣くで
しょうなあ、死ねば良いのに。

兄や姉同然の、同郷の人達を悲しい勘違いで失った人は「悪い人にしか
しない」なんつう超絶主観で人を断罪する糞ったれに成り下がるんですね、
激死ねば良いのに。

たどたどしい言葉遣いは変化しないのに、都合よく人見知りなとこだけは
変わったんですね、初対面の人に甘える程に。超死ねば良いのに。

全体的に話の都合の為によく考えもしないでキャラを汚してるようにしか
思えないなあ、糞死ねば良いのに。
103名無しさんだよもん:2007/12/02(日) 07:26:11 ID:A7dSaMeS0
言われてみれば死者の扱いはあんまりだな。考慮しますわ。
話の都合で、と言われるのはやむをえないかな。
今後の展開で馴染んでもらえるよう努力します。
104名無しさんだよもん:2007/12/03(月) 12:03:02 ID:GQ2agzjq0
フォローになってないかもしれんが、うたわれ原作でもアルルゥはムックルに
敵とはいえ人間の死体を食わせるのに抵抗ないんだよな。
ムックル、ごはん!だもんで、あれはちょっと引いたわ。
絵がないから生々しくないけど、実際は頭ガキっと噛みわって脳味噌出てたり
内臓ズルズルひっぱってクチャクチャ食べたりしてんだろ。

一応ムックルは雑食でモロロ食ってても満足するみたいだが、
人の味を覚えたペットであの大きさ。ヤバすぎる。
105名無しさんだよもん:2007/12/03(月) 20:54:35 ID:mmtDMAdc0
アルルゥにはエルルゥとは違って外敵に対する残虐性というか
容赦のなさみたいなものは感じたんだけど、
ごはん代わりに食わすようなシーンがあったっけ?
1067−1:2007/12/05(水) 06:12:49 ID:3fUIJdm90
 
「これはユナギナ。葉っぱは熱冷まし、茎はおひたしになる」
「へえ」
「こっちはコネリ。実の中身は体にいい。ちょっと苦い」
「ほう」

 山を行き、日も暮れ始めた時刻になり、
某達は夕餉の食材探しに森へと足を踏み入れていた。
 目の前でアルルゥが手際よく次々と山菜や野草を集めていく。
わざわざ解説つきなのは、つまり調理しろということなのだろう。

「サンカトマの実は乾燥させてから粉にする。ぴりっと辛いのが刺激的」
「なるほど」
 正直見直した。森へ入る前の祈りも某のように一般的な簡略されたものではなく、
古い言葉による格式の高いものだった。まるで巫(カムナギ)か医師のようだ。
某も旅の心得として野草薬草に関する知識は多少もっているが、
アルルゥのそれは比べ物にならない深さだった。
1077−2:2007/12/05(水) 06:13:28 ID:3fUIJdm90
 
「くわしいな。どこで覚えたんだ?」
「おねーちゃんが教えてくれた」
「おねーちゃん……姉上がいるのか」
「ん。おねーちゃん、薬師。おばーちゃんと同じぐらいえらい」

 振り返ったアルルゥは少しだけ嬉しそうだった。
「おねーちゃん、ゴハン作るの好き。
お洗濯も、お掃除も好き。怒ると怖いけど、いつもは優しい」
 語る声も楽しげに、表情も和らげて。
気持ちはよくわかる。良いところも悪いところも含め、
兄弟姉妹という存在は特別なものだ。

「姉上のことを慕っているのだな」
「ん……だいすき。おとーさんと同じぐらい、すき」
 なぜかその答えには、計り知れない重さを感じさせられた。
決して穢すことのできぬ、神聖な誓いにも似た想いを。
未熟な某では想像も出来ぬような悲しみを、この少女は越えてきたのだろう……。
1087−3:2007/12/05(水) 06:14:12 ID:3fUIJdm90
 
 少し沈んだ雰囲気を引きずることもなく、
アルルゥは自慢を続けるように楽しげな声を取り戻していた。
「あと、森も教えてくれた」
「森?」
「ん。ヤマユラのカカエラユラの森、ムックルの森」
「ムックルの……そうか、森の主(ムティカパ)か」

 古き森には神の使いたる獣が棲み、その地を護っているという。
森の主(ムティカパ)と呼ばれる巨大な獣が。
対峙したときに感じた威圧、力、存在感。
この目で見るのは初めてだが、言われてみれば納得だ。

 思わず、後ろのムックルを振り返る。
不機嫌そうな青い目が「こっちを見るな」と語っているように見えた。
1097−4:2007/12/05(水) 06:14:55 ID:3fUIJdm90
 
「それじゃアルルゥは、森の母(ヤーナマゥナ)なのか……」
「んー? アルルゥはムックルとガチャタラのおかーさん」
 森の母(ヤーナマゥナ)とは森の主(ムティカパ)の意思を代弁する者だ。
森の声を聞く、ということもあるのだろう。
首を傾げるその仕草からは、とても自覚があるようには見えなかったが。

「そうか。ふむ、人は見かけによらないというが、まさか森の母(ヤーナマゥナ)とは……」
「お。たいがー、足元」
「あのな、何度言ったらわかる。某の名はタイ、ガ!?」
 考えながら歩いていた足元が、突然なくなった。

「サンカトマは森の水辺に生える。たいてい底なし沼」
「そういうことは、先に言え! うおわわわ。く、の」
1107−5:2007/12/05(水) 06:15:44 ID:3fUIJdm90
 
 沈みかける体を支えるため、手に触れた蔓へと手を伸ばした。
 落ちかけた体が辛うじて止まる。
「あ」
「な、なんだ」
「それ、テクノレクノ。根っこが食べられる」
「今は、それどころじゃ……」
「でも、蔓はすごく臭い」
「ふぐぉ!」
 力をこめて握り締めた途端、腐肉にも似た悪臭に襲われた。
 頭を鉄槌で殴られたような衝撃に耐えながら、かろうじて姿勢を保つ。
「おー」
「み、見てないで、助けろお」
「えー、くさい」
「おいい!」
 
 ……けっきょく、落ちた。
 匂いを流し落とすまでアルルゥが近づこうともしなかったことだけは、
しっかりと覚えておくことにしよう。
1118−1:2007/12/09(日) 07:00:24 ID:UkIKWn040

「むふー。ごちそうさま」
「……おそまつさま」
 夕食を終え満足そうなアルルゥの声に、某は低い声で答えていた。
上機嫌でいる方がおかしいだろう。沼にはまったせいだけではない。
汚れを落とした河では足をとられ、洗おうとした服は流され、
食材を探す最中には見つけた猪に襲われ、あげくそれをムックルに仕留められたのでは。

「むー。まだ気にしてる」
「別に、気になどしていない。この程度の不運はいつものことだ」
「んむう?」
 そう、いつものことだ。釣った魚を鳥にさらわれるのも、置いていた荷が流されるのも、
キノコを取り間違えて腹を下すのも、崖から滑り落ちるのも。
 ちなみに、後片付けの当番決めも負けた。
1128−2:2007/12/09(日) 07:01:19 ID:UkIKWn040

「おー。……トゥラミュラ?」
「エヴェンクルガの武士を禍日神(ヌグィソムカミ)呼ばわりするな」
 それじゃ不幸の神じゃないか。それも、人に空回りな努力をさせるという。
 ……適切すぎて泣けてくる。
「気にしない。トラ、料理じょうず」
「誰がトラだ、誰が」

 慰めにもなっていない。アルルゥは背をムックルの腹に預けたまま、
手元でガチャタラを撫であげていた。よほど慣れているのだろう。
母であるというだけあって、そこには団欒にも似たゆったりとした雰囲気が満ちている。
 それでもなぜか、アルルゥの表情は少しだけ寂しげに見えた。
 
「おねーちゃんと同じぐらい、じょうず」
「姉上、か。里で待っているのだろう? 
追剥めいたことなどやめて郷里に戻ったらどうだ」
「……おねーちゃん、いなくなった」
 束の間、森の音がぴたりと止む。
 アルルゥは囲む火を虚ろな眼差しで眺めていた。
1138−3:2007/12/09(日) 07:02:20 ID:UkIKWn040

「そ、そう、なのか」
「おとーさんと同じ。アルルゥをおいて、いなくなった……」
 抑揚のない声が静かな木々の合間に染みこんでいく。
響きに含まれた冷たさが、想いの深さを物語っていた。
今にも泣きだしそうな幼子を思わせながら、しかしアルルゥは表情を崩さない。
ただ虚ろな瞳のまま、静かに炎を見つめているばかり。
 
「アルルゥ……あの、な……」
「……おねーちゃん探す。見つかるまで、アルルゥ帰らない」
 だが、短い沈黙の間に、その目は力をとりもどしていた。
黒い瞳には力強く、深い決意が宿っている。
 某が余計な事を言う必要などなにもないようだ。
1148−4:2007/12/09(日) 07:03:28 ID:UkIKWn040

「そうか」
「ん」
 一瞬だけ微笑んでから、アルルゥは大きくあくびをこぼしてした。
小さな手で眠たげな目をこすりながら、ムックルの腹に沈んでいく。
「きっと見つける。おねーちゃんと一緒に、ヤマユラに帰る……。
いっぱい、おいしーもの食べる……」
 いつの間にか、森は音を取り戻していた。小さく響く虫の声に、
アルルゥの呟きが溶けていく。
寝言と変わったその声は次第に小さくなり、やがて消えた。

 あどけない寝顔を見る。
小さな寝息をたてながら、その顔は幸せそうだった。
「……早く見つかるといいな」
 おやすみの代わりにそう呟いてから、
音を立てぬように汚れた食器をまとめていった。
1159−1:2007/12/12(水) 00:20:53 ID:M1i4FRZ10

 エヴェンクルガの朝は早い。
昇り始めた日の光を朝靄の向こうに感じながら、某は目を閉じた。
 全ての意識を集中させる。振り上げ止めた刃へと。

 河の縁に立ちながら、水の音も次第に離れていく。
目も、耳も、五感すら、今この時だけは必要ない。
 意識はただ剣にだけ。自らを一振りの刃と化すように。
 無明の中に軌跡を描く。緩やかな弧を描く、力と速さを備えた道を。
 それこそが、己が掴むべき剣の道だと信じて。

 幾度となく軌跡を刻み、その軌道を確かなものとする。
 長く閉ざしていた目を開いても、それは心に刻まれたままでいた。
 鮮明に映る現世(うつしよ)に思念の軌跡を重ねたまま、
それをなぞるように剣を進めていく。
 蟻が進むほどの速さで、ただひたすらにゆっくりと。
1169−2:2007/12/12(水) 00:21:28 ID:M1i4FRZ10

 伸びる筋、縮む肉。力は踏みしめる地から生まれ、動きと共に上りくる。
 それは足裏から踝、脚膝腿へと通り、腰で回され背、肩、腕へ。
動きと共に力は練り上げられ、ただ一太刀にへと収束していく。
 切先は思い描いた軌跡から一寸の狂いもなく宙を進み、
 狙い違わず、軌跡の終端で静止した。

 しばしの、残心。

「ふう……」
 吐き出した息と共に、額に浮かんだ汗が流れる。
ただの一太刀ではあるが、全身の筋肉が内から熱を発していた。
1179−3:2007/12/12(水) 00:22:17 ID:M1i4FRZ10

 足と剣を引く時も緊張は同様に。
姿勢を元に戻した後、刃の軌跡をもう一度見定め、
同じだけの時をかけて二度目の剣を振る。
 もう一度。
 もう一度。
 心身を刃に重ねたまま一心不乱に、ただ静かに、正確に。

 幾度剣を振っただろう。
「……ふうう」
 大きく息を吐き、力を弛緩させたとき、朝靄はすっかり晴れていた。
1189−4:2007/12/12(水) 00:23:03 ID:M1i4FRZ10

「あちち」
 爽やかな朝日を浴びながら、汗にまみれた身を川の流れにさらす。
水の冷たさが心地よい。だが、心までは晴れなかった。
日々の鍛錬は苦ではない。問題は己にこそある。
 いつまでも成長しない非力さに。

「はぁ……ん?」
 体を清め身の支度を整えたとき、遠くから足音が聞こえてきた。
近づいてくるその音は、石を蹴るように慌しい。
「なん、だ?」
「おー、トラ」
 それはアルルゥだった。自分の頭ほどもある大きさの壷を抱えながら、
それを感じさせない軽やかさで駆け寄ってくる。
1199−5:2007/12/12(水) 00:24:04 ID:M1i4FRZ10

「あのな、トラはやめろって……」
「がんばれー」
 かと思えば、そのまま走り去っていった。
 振り返らず勢いもそのままに、姿はすぐに見えなくなる。
「がんばれって、なにを……?」
 考える前に体が動いていた。

 小さくも確かな殺気に、体が勝手に後ろに反り返る。
 同時にその点を打つ右の掌。
 それは僅かな手応えを残し、河原の端に転がり落ちた。
「なんだこれ。蜂、か……? まさか……!?」
 聞こえてくる羽の音、近づいてくる群れの気配に、
気がつくなという方が無理だ。
 アルルゥの駆けてきた方向からは、
蜂の大群が黒煙のような勢いで向かってきていた。
1209−6:2007/12/12(水) 00:39:56 ID:M1i4FRZ10

「く、の……」
 思わず剣を抜く。かつて姉上に付き合わされた訓練が脳裏をよぎった。
 エヴェンクルガの伝説的な武士ゲンジマルは百の敵兵を相手にたった一人で立ち向かい、
その全てを斬り伏せたという。その逸話を参考に、百匹の蛇塚に叩き落された記憶が。

 あの時は動転するばかりで咬まれるがままだった。
 だが、今は違う。
 燃える覚悟を滾(たぎ)らせて剣を振った。
1219−7:2007/12/12(水) 00:41:05 ID:M1i4FRZ10

 縦に、横に、円を描き、止まらずに。
 軌跡に触れた蜂達が力を失い落ちていく。
呼吸を三つつく間に、数え切れぬほどの命が散っていた。
 無論、それで黒煙めいた群れが潰えるわけもなかったが。

 蟲の意思は無慈悲に、無遠慮に、正確に、針を敵へと向けてくる。
 それは、未熟な某に捌ききれるものでは到底なく。
「う、あ、うわあああ……!」
 上げた情けない悲鳴の声は、その羽音に掻き消されていた。
122名無しさんだよもん:2007/12/15(土) 03:19:25 ID:/CP7mejf0
あんさ、>>1よ。

もう誰も相手してないみたいだしさ、ここでの投稿は諦めたらどうだい?
お前さんがやりたいっていうなら止めないけど、正直反応ないとこに投下
してもつまらないでそ。

たたかれて伸びたい、手直しや軌道修正しつつ自分を磨きたいって人は、
2ちゃんよりも、某理想郷とかの投稿掲示板のほうが向いてる気がするん
だよね。
123名無しさんだよもん:2007/12/15(土) 15:33:59 ID:d8+EYjBu0
まぁスレ立てた意地と責任もあると思うので
まったりやらせていただきます。
ペースは年明けたらまた考えますが。
投稿とかはどうも活発なところが見つからんというか。
情報あれば教えていただきたいぐらいで。
とりあえずぐぐってみますわ。
12410−1:2007/12/16(日) 07:25:58 ID:pMbzESOG0

 今日用意した昼食は昨日のものにも増して完璧だった。
 採れたモロロは質がよく、蒸し上げただけでほっくりとやわらかい。
 多めに釣れた魚は燻製にした。保存も効き数日は楽ができるが、
出来立てはまた別の味わいが楽しめる。
 野生のキュウルは冷水で冷やして塩だけで。漬物も悪くはないが、
新鮮な野菜のみずみずしさもよいものだ。
 汁物も作った。炙った小魚で出汁をとり、根菜を煮て味噌で味付けて。
久しぶりに香る熟成された温かい匂いは食の場を和みの空間に変える。
 それも、時と場合によるが。
 表情の険しさを自覚しながら、某は黙々と箸を進めていた。
 無数の蜂に刺された痛みを無視して。

「んむー……」
 膳を挟んで前に座るアルルゥも、昨日に比べて箸の進みが鈍い。
表情からは判りにくいが、少しは気にしているのだろう。
「トラー」
「トラ言うな」
「怒ってる?」
「別に」
「むー、怒ってる」
「怒ってない。あの程度、捌けない某が未熟なだけだ」
 返した言葉に偽りはないが、心中の苛立ちは隠しきれなかったようだ。
12510−2:2007/12/16(日) 07:27:10 ID:pMbzESOG0

「うー」
 アルルゥは不満げに小さく唸りながら昼食の残りを進めていた。
そんな母に、ムックルとガチャタラは心配げな眼差しを向けていた。
時折、こちらを殺意交じりの視線で威嚇しながら。
 なんだと言うのだ。某はまったく悪くないというのに。むしろ完全な被害者だ。
引け目を感じる必要など微塵もなく、アルルゥが反省するのはむしろ当然のことだろう。
 だろう、が。
 食事を用意した者として、そんな沈んだ顔で食べられるのは不本意でもあった。

「さっきの壷」
「んむ?」
「蜂の巣だろ。貸してみろ」
「……うー」
 唸りのまま上目遣いを見せながらも、アルルゥはしぶしぶと傍らの壷をよこしてきた。
 蓋をとり中を見る。子供の頭ほどもあるその中には、美しく輝く黄金色の蜜に、
割れた蜂の巣が漬かっていた。想像していたよりもずいぶんと大きい。
腫れた跡が小さく痛んだが、気にしないことにする。
12610−3:2007/12/16(日) 07:28:00 ID:pMbzESOG0

 自分の荷の奥から袋を取り出し、別の器に掻きだした。
小さく山となる薄灰色の粉に、アルルゥの表情が不思議と好奇の相へと変わる。
「それ、なに?」
「モロロを乾燥させて粉にしたものだ。これに、水と蜂蜜を混ぜてよくこねる」
 汲んでおいた水を一掬いと、蜂蜜を同じぐらい注ぐ。
最初は素早く、次第に力をこめて混ぜていくと、
それは徐々に弾力をもつ生地へと変化していった。
餅のように柔らかでありながら、手に張りつくこともない。

 まとまった生地をそのまましばし置いておく間に、平鍋に菜種の油を厚めに張る。
強めの火にかけたそれは、やがてぱちぱちと音を立て始めた。頃合だろう。
「で、生地を団子状にして、多目の油で揚げる」
 待つこと、しばし。
 アルルゥの期待を込めた眼差しに見守られる中、
それは大きく膨らみながら、きれいな狐色に変わっていった。
12710−4:2007/12/16(日) 07:28:56 ID:pMbzESOG0

「少し冷ませば完成だ。モロロの練り団子揚げ、とでも言えばいいか」
「おおー、トラ焼き」
「妙な名前をつけるな。ほら。蜂蜜つけても美味いぞ」
「ん!」
 揚げ団子を差し出してやると、アルルゥは嬉しそうに手にとっていた。
割って立ち上る湯気と匂いに顔を綻ばせ、頬張りますます上機嫌になる。

「はふはふ……ほいひい」
 頬をいっぱいに膨らませたその表情は幼い子供そのもので、
某も自然と笑みをつくっていた。
「蜂の巣が欲しいんだったらちゃんと言え。
心の準備ができていればあの程度の蜂の群れはだな……」
「んふー。ムックルにもあげる。ガチャタラも」

 機嫌をよくしたアルルゥは某の言葉などまるで聞いてはいなかった。
幸せをわけるように、二人の子らに割った団子を分け与えている。
少しはその気遣いをこちらにも向けてほしいものだが……。
 まあ、いいか。
12810−5:2007/12/16(日) 07:30:05 ID:pMbzESOG0

 苦笑と共に溜息をついた後、目を開けたその前に、アルルゥが手を差し出していた。
 蜜にまみれた白い塊を持って。
「ん」
「え?」
「アルルゥも、トラにあげる」
「いや、だからトラは……まあいい、が……」
 注意する言葉も一瞬忘れさせられていた。
 差し出されたもの、蜂の巣の欠片を前にして。
 よく見れば金色の蜜の中、白い何かが蠢いている。
 蜂の子である幼虫が、うぞむぞと、のたうつように。

「食える、のか? これ……」
 食欲を促すものではない。いや、正直に言えば気色が悪かった。
食事の席でこれが出てきたなら、即座に膳をひっくり返していたかもしれない。
 だが。
 きらきらと輝くアルルゥの目を見ると拒否するのは気がひける。
悪ふざけや冗談ではなく、本当の誠意だと知れたから。
12910−6:2007/12/16(日) 08:16:51 ID:pMbzESOG0

 蜂の巣とアルルゥ。アルルゥと蜂の巣。
 蜂の巣、アルルゥ、蜂の巣、アルルゥ……。
 しばし視線を彷徨わせた後、覚悟を決めた。
「む、ぐっ……」
 受け取った巣を躊躇いなく、開いた口へと放りこみ。
 そのまま勢いよく咀嚼した。
 
 もきゅ、もきゅ、もきゅ、もきゅ……。

 口の中に甘さが満ち、ぷちっとした歯ごたえと共に
別の甘味と仄かな苦味が混ざる。それはまったくの異質ながら、
奇妙な統一感を持った風味と味わいを口の中に広げていた。
柔らかな巣の歯ごたえと共に、噛めば噛むほど深まるその味は。
「……うまい、な。うん。これは、いける」
 正直な感想に、アルルゥは一際嬉しそうに微笑んでいた。
13010−7:2007/12/16(日) 08:17:22 ID:pMbzESOG0

「んふー。もういっこ、あげる」
「ああ、ありがとう」
 今までにない和やかな雰囲気を感じながら、差し出された蜂の巣に手を伸ばした。
 途端、
『ヴォ』
「ぎゅむ!?」
 唸るムックルに踏み潰された。青い目に、嫉妬のような揺らぎが見える。
「こ、この、なにすんだ!」
「こら、ムックル。めっ」
『ヴォヴォウ』
「ぐああ!? や、やめ、乗るな、このバカ!」
 某の言うことはもちろん、アルルゥの言葉すら聞きいれず。
 ムックルはしばしの間、そのまま足踏みを続けていた。
13111−1:2007/12/19(水) 00:55:44 ID:fqSrZgXr0

 洗い終えた食器を一つずつ乾布で拭い、重ねまとめて荷をこしらえる。
里にいたときよりも、こういった雑務にばかり長けてしまった。
悩みとするにはあまりに意味のないことだが。

「よし、っと。さて、行くか……?」
 荷を担ぎ上げたところで、アルルゥたちがいないことに気がついた。
右にも左にも上にも下にも、どこを見渡しても尾も見えない。
「あいつは、また勝手に……」
 溜息一つついてから、気配を探して歩き出す。
とりあえずは川下の方から行ってみるか。

 ここまでの道中でも、こういったことはたびたびあった。
何度注意しても聞き入れやしない。戻ってくるとその手には、
果物やら卵やら奇怪な石やらの有象無象が握られていた。
得意満面な笑顔をみせられると怒る気も失せてしまう。
まったく、なりは某とさほど変わらぬというのに、中身はまるっきり子供か獣だ。
姉上殿とやらもさぞかし苦労したに違いない。
13211−2:2007/12/19(水) 00:56:18 ID:fqSrZgXr0

 そんな事を考えているうちに、求める気配がようやく見つかった。
 曲がりゆく川の先、大きな岩の向こうから、楽しげな声が聞こえてくる。
『キュイー』
「ん、ガチャタラいいこ。ムックルもちゃんと体洗う」
『ヴオウン』
 中身は子供そのもののクセに、二匹の獣に対してはしっかり者の母親のように振る舞う。
 知らず苦笑しながら、声を遮る岩を登っていた。

「おい、アルルゥ。勝手にいなくなるなとあれほど……」
「お?」
 そして声を掛けようとして、頭の中が真っ白になった。
 そこに、振り向いたアルルゥの姿が焼き付けられる。

 流れる水と戯(たわむ)れるその姿は、一糸まとわぬ生まれたままのものだった。
13311−3:2007/12/19(水) 00:57:50 ID:fqSrZgXr0

 クセのある黒髪は水に濡れ、首筋や肌に張りついている。
 大きな耳を下げた表情、軽い驚きを浮かべた頬を、髪からの水が伝い落ちていった。
 伸びる腕はしなやかで、張りのある足はみずみずしい。
 華奢な体は起伏に恵まれてはいなかったが、歳相応の女らしさを宿しはじめていた。
      
 などと、冷静に観察している場合ではない。
「うー。トラ、すけべー」
 腕で体を隠すアルルゥの非難の声に、ようやく我に返った。

「だ、ち、違っ!?」
 瞬間、岩から転がり落ちる。飛び散る荷物も打ち付けた痛みも、なにも感じはしなかった。
「み、水浴びしてるとは知らなくてだな、事故、そう、事故なんだ、これはっ」
「のぞき。へんたいー」
「のっ、覗き? 馬鹿な、エヴェンクルガの武士である某が、そんな破廉恥なマネをするか!」
「アルルゥのはだか、のぞいた。ちかんー」
「だ、誰が好きこのんでお前の裸なんか見るか」
13411−4:2007/12/19(水) 00:59:19 ID:fqSrZgXr0

 低く不機嫌に聞こえるアルルゥの声に反発するがまま、
考えもなしに言葉が飛び出していく。
その意味すら考えず、もたらす結果も鑑(かんが)みず。
「……むー?」
「そんな洗濯板みたいな胸やら寸胴な腰なんて見たがる奴がいるか。
そういう心配はもう少し育ってからすればいいことで……」
「……ムックル」
 言葉を途中で遮った、低く短い呟きの後。
『ヴオオン』
「ぐがっ!?」
 某は上から降ってきたムックルに潰されていた。

「ガチャタラ」
『キュイー』
「ど、ばっばばっばばっばばばばっ?」
 続けて脳を揺さぶる音に。
「むー、もっとやる」
『ヴオウ』
『キュ』
「どぅあーーーーーー!!?」
 
 
 攪拌(かくはん)された意識が蘇ったとき、日はすでに落ちた後で。
 その日、アルルゥに生まれた静かな怒りは、
三品増やした夕食を終えるまで消えなかった。
13512−1:2007/12/23(日) 07:30:12 ID:4VPKJldd0

 数日を要した慌しい道程もようやく終わりを迎え、某達はようやくムルオイの町に辿りついた。
新興の町に相応しく、居並ぶ家々も真新しい。某達のような旅人も多いのだろう。
行き交う人々の表情もまた、どこか生気に満ちて見える。
ウペキエの国最初の町は、乱世の時代には似合わぬ和やかな賑わいに溢れていた。
 それを驚きで乱すのはなんとも心苦しい。いや、決して某に非があるわけではないのだが。

「……なあアルルゥ。今までもその調子で町を行き来していたのか?」
「んむう?」

 問いかけに返された不思議そうな表情は、そうだと答えたようなもの。
アルルゥは某の隣で悠々と歩みを進めている。
 ムックルの背に乗ったまま。

「アルルゥ、いつもムックルといっしょ。ヘンなの近づいてこないし、みんな親切になる」

 それはまあ、そうだろう。人を一口で飲みこみそうな巨獣を前に、萎縮しない方がどうかしている。
そういえば某も、町に現れる白い虎と不思議な少女の噂を耳にしたことがあった。
まさかと思い本気にしたことはなかったのだが、実物を前には納得せざるをえない。
 しかし、集まるこの好奇の視線は、武士としては耐え難いシロモノだった。
だからといって、文句を聞き入れるようなアルルゥでないことはここ数日で嫌というほど思い知らされている。
町中で踏み潰されるような不名誉よりはマシと、通りを進む足を早めた。
13612−2:2007/12/23(日) 07:30:57 ID:4VPKJldd0

 途中、通り過ぎる店先で動かなくなるアルルゥ(が乗ったムックル)を何度も何度も説得し、
ようやく目的に叶う場所へと辿りついた。
 他に比べても大きな、造りのしっかりした宿に。ここならば一人旅をする女性を預けても安心だろう。
まったく無駄な心配だとは自覚しているが。

「ここなら食事も上等なものがでてくるだろう。路銀は十分にあるな」
「ん。もらったの、ある」

 言いながら、アルルゥは懐から袋を取り出した。
出会った日に動かなくなった賊どもの懐から回収した、血に黒ずんだ重たげな袋を。
 なにか言おうと思ったが、やめた。これ以上関わらない方が我が身のためだと本能が警告している。
 それでも。

「んむ?」

 なぜかほんの少しだけ、この騒ぎの元凶との別れが惜しいと思ってしまった。
 気の、迷いだろう。
13712−3:2007/12/23(日) 07:31:38 ID:4VPKJldd0

「それじゃあ、な。あまり非常識なことは……」

 するんじゃないぞ、と言葉を締めようとして、宿の騒がしさに意識を奪われた。
ムックルが原因ではない、最初からの喧騒に。
 何事かと訝しみながら戸を開ける。
 途端、期待の眼差しに迎えられた。

「お客様!」
「な、なんだ?」
「その腰の剣、お客様は、お侍様ではありませぬか?」
「そう、だが……」
「「おお」」

 某の答えに、周囲の客達が声を上げた。着ているものから察するに近隣の村人か。
内の一人が涙を潤ませた顔を近づけてきた。
妙齢の女性ならともかく、頭の禿げ上がった男に迫られても心臓に悪い。
13812−4:2007/12/23(日) 07:32:24 ID:4VPKJldd0

「お侍様、お願いします。我らが村の危機を、どうかお救いください」
「お、落ち着け。一体どういうことだ。まずは話を聞かせろ。そして縋りつくな」

 押し寄せようとする一行をなんとかなだめ、ようやく話を聞きだすことができた。
 そう珍しい話ではない。山から溢れたキママゥが、農村の田畑を荒らしているというものだった。
最近では知恵をつけ、町へと運ぶ最中の荷を狙ってくるらしい。
戦乱の中でようやく実った作物をと訴える声は切実かつ悲壮なもので、
なるほど、涙を浮かべるのも無理はない。

「……かわいそう」

 なにか思うところがあるのか、後ろから聞こえてきたアルルゥの呟きには
胸が痛くなるほどの実感がこもっていた。
村人達と交わす視線には、某には理解の出来ぬ連帯感のようなものがある。
 だが。
13912−5:2007/12/23(日) 07:33:08 ID:4VPKJldd0

「相手がキママゥ風情ではな……」

 正直食指が動かない。獣の相手は狩人の役目であって、
武士が務めるべきはもっと誉れの高きものだからだ。

「それは、わかっております。しかし、近年のキママゥは凶暴さを増しておりまして、
村の狩人ではとても手に負えず、他のお侍様がたもまるで話を聞いてくださらず……」
「当然だろう。獣など斬っては刀が穢れる。武士の刀は自らの歴史を重ねていく己の一部。
不浄な血で汚したがる者などいるわけがない」

 それは某とて同じこと。放つ言葉の言外には、自然とその響きが混ざる。
村人の間に同様と落胆が広がるが、こればかりはしかたがない。
 名のある主に仕え、誉れを受け授かることこそ、武士の本懐であるのだから。
 村の民達は気落ちしながらも、諦めの表情で応じていた。
 ただ一人、いつの間にか某と向かいあう位置に立っていたアルルゥを除いて。
14012−6:2007/12/23(日) 08:32:06 ID:4VPKJldd0

「トラ、助けてあげないの?」
「聞いていただろう。武士のやる仕事じゃない」
「そんなの、しらない」

 頬を膨らまし睨みあげる表情は、それまでに見せたことのない強い怒りのものだった。

「みんなでがんばって作ったたべもの。
それを横取りするキママゥ、わるい。わるいの、放っておくの、ダメ」

 語る言葉には強い想いが込められていた。そういえばアルルゥも村里の出、
彼らの立場を自らに重ねているのか。
それにしても勢いが普通ではない。同じような経験があるのかもしれない。
 だが、つまりはそれだけ当たり前の出来事であり、逐一同情してもいられない。

「悪いのはわかるけどな、しょせんは獣だ。斬っても名誉にもならないし、むしろ名に傷がつく」
「……おとーさんなら、そんなこと言わない」
「あのな。お前の父上がどのような人物だったか知らないが、某は武士だ。
相応しい戦いでなければ刀を抜くことはできない」
14112−7:2007/12/23(日) 08:33:27 ID:4VPKJldd0

 戦の最中に限らず、自らを律してことの侍だ。
力を振るう者として、だからこそ守らねばならぬ誇りがある。
 それが、アルルゥには理解できないのだろう。

「んむぅ、やぁ……トラのばかぁ」
「バ、バカとはなんだ。お、おい、アルルゥ……」

 子供のわがままめいた言い分は、遂に涙となって流れていた。
突然の事に思わず動揺してしまう。

「おやおや。なにをもめてるんだい?」

 そこに、横から声が割りこんできた。艶のある声の主は、やはり艶のある女性だった。
乱れ髪に派手な簪を刺し、華やかな着物を肩も露に着崩している。
豊かな胸を強調するようないでたちだが、どういうわけか不快さを感じないのは、
その笑顔が奇妙なほどに爽やかであるからだろう。
 それでも、見られて楽しい光景ではない。
14212−8:2007/12/23(日) 08:34:41 ID:4VPKJldd0

「な、なんでもない。放っておいてくれ」
「あらら。お侍様が女の子を泣かしちゃダメじゃないか」
「某に非があるわけではない。これは、アルルゥのわがままであってだな」
「んむーう」

 呼ばれた名に反応してか、アルルゥが不機嫌そうな声をあげた。
いつの間にか涙は止まっている。眼差しが、先までとは異なる非難の色を見せていた。
べ、別に某にはやましい気持ちなど微塵もない。
ただ、目の前で揺れるものを勝手に追ってしまうだけだ。
 それを自覚しているだろうに、女は笑みを変えぬまま、背に負っていた布袋を前に持ち直した。
僅かに湾曲した長い棒状のそれは弓だろう。
 傾き者、という奴か。

「キママゥ退治だそうだけど、アンタらもやるのかい?」
「いや、某は……」
「トラはやんない。ヘタっぴだから」

 否定で返そうとした言葉を遮り、アルルゥがそんなことを言っていた。
こちらと目を合わせもせず、ぶっきらぼうに投げ捨てるように。
14312−9:2007/12/23(日) 08:35:28 ID:4VPKJldd0

「な、なんだと?」
「キママゥこわいから、やんないって」
「ア、アルルゥ、お前、なにを言い出す……」
「おや、そうなのかい」
「そう」
「違う! だ、誰が怖がってる、誰が」
「ん」

 アルルゥの半眼と伸ばした指は、まっすぐ某に向けられていた。

「お、お前な……」
「そんな風には見えないけど。キママゥぐらい、どうってことないよねえ」
「当たり前だ! あんな下衆な獣ごとき、エヴェンクルガの敵ではない!」
「へえ、エヴェンクルガか……。だったら楽勝だね」
「もちろんだ。サルが何匹群れようが某の敵になるものか」
「えー」
「……なんだ、アルルゥ。その顔は」
「ムリしないほうがいい。怖いこと怖いっていうの、はずかしくない」
「こん、の。……やる、やってやる! 案内しろ。サルはどこだ、サルはあ!」
「お、お引き受けいただけますか。ありがとうございます。
今、囮の荷を用意しておるところですので……。
あ、お、お待ちください、お侍様。そちらではありません……!」

 熱くなった頭の中は茹(ゆだ)ったように赤く染まっていた。
なにを考えることもなく、ただ侮辱を晴らすことだけを思い、足の向くままに進むだけ。
 熱が自然と冷めるまで、延々と町を歩いていた。
14412−10:2007/12/23(日) 08:39:19 ID:4VPKJldd0

「むふー」
 タイガの反応がよほどお気に召したのだろう。彼の立ち去った後の宿で、
アルルゥは満足げな笑みを浮かべていた。
 不意に、その肩が叩かれる。
「ん?」
「なかなかやるね、お嬢ちゃん」
 見れば、事の経緯に貢献してくれた女性。その爽やかな笑顔には、
どこか共犯者の親しみが込められていた。
 それが心からの笑みだと知れて。
 アルルゥも自然と言葉を返していた。
「アルルゥ」
「ん?」
「お嬢ちゃんじゃないよ。アルルゥ。こっちはムックルで、この子はガチャタラ」
 唐突な自己と家族の紹介にも、一瞬の驚きを示しただけで素直に受け入れてくれた。
親指を立てるその仕草も、笑顔に相応しく潔い。
「アタシはティティカだ。よろしく、アルルゥ」
「……ん」
 アルルゥもまた、力強く親指を立て返していた。
145名無しさんだよもん:2007/12/23(日) 16:24:03 ID:aL5tI2LZ0
Arcadiaって二重投稿おkだっけ?

それと読者を意識してるならちゃんと引越し先は書きましょう。
してないなら駄文うpしてないでチラシの裏にでも(ry
146名無しさんだよもん
ここでサイト名だしてもいいもんかちょいと迷ったのですが、
一応報告はしとくべきでしたかね。すみません。
Arcadiaさんに投稿させていただいております。
まとまっているので多少は読みやすいと思いますので、
よければ見てやってください。

こちらの方はキリのいいところまでで終わらせることにします。