その日の放課後。
二木佳奈多は他のクラスを訪れていた。
扉の外から教室の中を覗き込む佳奈多。
「あれ? 二木さん?」
そこに声をかけて来たのは、直枝理樹だった。
「直枝理樹… ちょうどよかったわ、こっちのクラスに葉留佳来てないかしら?」
「ううん、今日は来ていないけど…」
「なんだ、三枝のヤツ、また何か騒ぎ起こしたのか」
そう言って理樹の後ろから近づいてきた大柄な男、井ノ原真人。
「今回はそうじゃないわ。ただちょっと用事があるだけよ」
「なら、携帯に電話すれば良かろう」
胴着にジャンパーという奇妙な出で立ちのこれまた大柄な男、宮沢謙吾が言う。
「それは勿論試したわ。けど電源が入っていないみたいなのよ。全く、今日に限って…」
「なんだ、そんなに急ぎの用事なのか?」
学年が違うはずなのに何故か平然とここにいる、棗恭介。
「今日中であればいいからそこまで急ぐことでは無いけど。今日はあの子の… いえ、何でもないわ」
「?」
訝しげな顔をする恭介。
その一方で、理樹が佳奈多に言う。
「今日は野球の練習も休みだから会えるか分からないけど、もし見かけたら二木さんが探していたことを伝えておくよ。それでいいよね?」
「…そうね。それでお願いするわ」
「恭介も真人も謙吾もいいよね?」
「ああ」
「それぐらいならな」
「構わん」
「ありがとう。それでは失礼するわ」
そう言って佳奈多は踵を返した。
「…まて、ふたき」
そこで佳奈多を呼び止めたのは、棗鈴。
「何?」
「はるかは今日、買いたい物があるから街に出てくるとか言ってた」
「買いたい物? 何かしら…」
「そこまでは聞いていない」
少し考えこむ佳奈多。
「そう。ありがとう。邪魔したわね」
そう言って佳奈多は教室から去って行った。
佳奈多は商店街に出てきていた。
…その自分自身の行動に戸惑いながら。
今日中であればいい。
どうせ夜になれば寮に戻ってくるだろう。
その時でいいではないか。
無理に急ぐ必要は無い。
そもそも、葉留佳がいる場所の詳細すら分かっていないのだ。
あてもなく探したところで、見つかるとは限らない。
もしかしたら入れ違いになって、今頃葉留佳は寮に戻っているかも知れない。
なのに、なぜ私は葉留佳を探し続けている?
迷いながらも、佳奈多の足は歩き続けていた。
葉留佳が見つからないまま日が暮れてしまった。
もうそろそろ戻らないと、寮の門限に間に合わない。
風紀委員長である自分から門限破りなどできない。
けれど、もう少し…探したい…
そこにかけられる声があった。
「あれ? お姉ちゃん? こんなところで何やってんの?」
そこには、佳奈多が探し続けた妹、三枝葉留佳の姿があった。
突然の探し人の登場に、佳奈多の口は自然と動いていた。
「何しているのかってのはこっちの台詞よ! 携帯も切ったままで! 心配かけさせないで!」
…心配。
ああそうか、私は葉留佳を心配していたんだ。
携帯も切ったまま、どこかへフラッと出て行った葉留佳を。
だから探し続けていたんだ。
見つけられるかも分からないのに。
私はそれほどまでに葉留佳を心配していたんだ。
そんな佳奈多の心中はお構いなしに、葉留佳は軽い調子で言う。
「いやー、充電切れちゃってるのは気付いてたんですけどネ。急ぎの用だったからそのままにしておいちゃったんですヨ。やはは」
「その急ぎの用って何だったのよ? 下らないことだったら本当に怒るわよ?」
その態度に、佳奈多の機嫌が悪くなっていく。
「んー、下らないことじゃないんだけどなー… ちょっと予定とは違うけど、ここで言わないと本気でヤバそうだし仕方ないか」
そう言って、葉留佳は鞄から小さな包みを取り出す。
「はい、お姉ちゃん。誕生日プレゼントだよ」
誕生日プレゼント?
何故?
わけがわからない。
「葉留佳? どうしてあなたがプレゼントを…」
そう。
今日は葉留佳の誕生日。
プレゼントは、葉留佳が渡すのではなく。
「今日は、あなたの誕生日でしょう? あなたは渡す側じゃなくて貰う側…」
心配だったのも間違いないが、そもそもの理由はそれ。
今、自分の鞄の中にある、葉留佳へのプレゼント。
それを渡すためだったのに、何故…?
葉留佳が、口を開いた。
「は? 何言ってんのお姉ちゃん? 私の誕生日ってことはつまり、お姉ちゃんの誕生日でもあるってことでしょ?」
…ああ、馬鹿か私は。
私たちは双子なんだ。
同じ日に、同じ母親から生まれた…双子なんだ。
こんな当たり前のことに今まで気付かなかったなんて、どうかしてる。
葉留佳が更に言う。
「ね、だからさ、お姉ちゃんも貰う側でしょ? 受け取ってよ」
「え、ええ…」
そう言いながら葉留佳の差し出す包みを受け取る。
その手は、情けないぐらいに震えていた。
しっかりしろ、私は姉なんだ。
こんなみっともない姿を妹に晒してどうする。
「そ、それなら! 葉留佳へのプレゼントも今ここで渡すわ」
必死で絞り出した声は裏返っていた。
左手に葉留佳から受け取った包みを持ち、右手で鞄の中をあさる。
その手はまだ震えていた。
震える手でどうにか葉留佳へのプレゼントを取り出す。
「…はい」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
満面の笑みで受け取る葉留佳。
「ねえ、早速開けてみていい? …いや、せっかくだからいっせーので同時に開けてみない? ね、いいでしょ?」
よほど嬉しかったのか、まくし立てる葉留佳。
「え、ええ、…いいわよ」
それだけ返すのが精一杯だった。
「それじゃ、開けるよ… いっせーの、せっ!」
葉留佳の掛け声にあわせて、包みを開いた。
「「え、これって…」」
二人のプレゼントは、同じものだった。
星を象った、銀色のブローチ。
ただ二つだけ違う点をあげれば…
葉留佳が佳奈多に贈ったものには、中央に青い宝石をあしらい、裏に『H to K』との文字が彫られ。
佳奈多が葉留佳に贈ったものには、中央に黄色い宝石をあしらい、裏に『K to H』との文字が彫られていた。
「それじゃ、葉留佳もあの店でブローチを?」
「うん、前々からお姉ちゃんに似合いそうって目つけてたんだけどさ、いざ買いに行ったらつい一時間前に売れちゃいましたよ、ってさ」
「一時間…」
「それで、次の入荷はいつになるのかって聞いたら、ギリギリ今日だって言うから、それにしたの。まあその代わりにカラー指定して取り置きしてもらえたんだけどね」
「まさか…」
「でも、入荷のトラックが渋滞で遅れて、こんな時間になっちゃった… って、お姉ちゃん? どしたの?」
「葉留佳。私がそれを買ったときのことなんだけど」
「うん?」
「それを買った時、最後の一個だったのよ。そしてこれを逃したら次回の入荷は今日、って聞いて… 慌てて買ったの」
「それじゃあ、私の一時間前に買っていったのは、お姉ちゃんだったってこと?」
「ええ、恐らく…」
「…」
「…ぷっ」
「…あはははははは、何それ!? もう私たち馬鹿みたいじゃないデスカ?」
「…本当ね、もう…馬鹿よ、本当に馬鹿だわ… ふふふっ」
もう笑うしかなかった。
お互いがお互いのことを想い。
佳奈多が葉留佳へのプレゼントを買ったために、葉留佳がプレゼントを手に入れるのが遅れ。
その結果、葉留佳は慌てて携帯の充電もせずに今日ここへ出向き。
それを佳奈多は心配し、追いかけてきた。
どうすればここまで見事にすれ違うことが出来るのか。
これが、今まですれ違い続けてきた、この姉妹らしさなのかもしれない。
でも、二人はもう和解している。
これからは、一緒だ。
「お姉ちゃん…」
「葉留佳…」
「「ハッピー・バースデー」」
二人の声が重なった。
「ようやく戻ってきたか」
校門で二人を待っていたのは、来ヶ谷唯湖その人だった。
「全く、もう門限ギリギリではないか。葉留佳君はともかく、佳奈多君の行動としてはどうなのだ?」
「姉御〜、ともかくは酷くないデスカ〜?」
葉留佳は不満げだが無視される。
「そうね…確かにギリギリですけど」
佳奈多は少し考えた後、葉留佳の方を見、言う。
「まあ、一応は間に合っているし…たまにはこういうのもいいでしょう」
「…ほう」
来ヶ谷は満足そうな声を上げる。
「佳奈多君もずいぶん丸くなったものだな」
不敵な笑みを佳奈多に向ける来ヶ谷。
「おかげさまで、ね」
同じような笑みを返す佳奈多。
この二人、やはりどこか通じる部分があるようだ。
…一方で。
「…いーもんいーもんどーせ私なんか…」
葉留佳は少し離れたところで蹲り、地面に『の』の字を書いていじけていた。
「ほらほら葉留佳君、そんなところでいじけているんじゃない。なぜおねーさんがわざわざこんな時間まで外で待っていたと思ってる? 君達二人に用があるのだよ」
「へ?」
「私たち二人に、ですか?」
「ああ、とりあえず二人とも食堂まで来てくれ」
先にたって歩き出す来ヶ谷。
二人は訝しげに思いながらもそれについていった。
食堂の入り口前に着いた三人。
しかし、食堂の電気は消えていた。
「ねぇ姉御、電気消えてるよ?」
「うむ、しかし構わんから二人一緒に扉を開けてくれ」
「二人一緒に? 別に一人でも開けられるのに何でわざわざ…」
「まあ、これはこれで意味のあることなのでな。なに、悪いようにはせんさ」
「…? うん…」
「来ヶ谷さんがそう言うなら…」
釈然としないながらも、来ヶ谷の言うとおりにする二人。
観音開きの扉の右に葉留佳が、左に佳奈多が、それぞれ立つ。
「それじゃ、いい? 葉留佳」
「うん」
「「せーのっ…!」」
ギィィッ…!
二人の手によって、扉が開いていった。
カッ!
「わ、眩し…っ」
「なっ…?」
突然、二人にスポットライトが当てられる。
「おっと、ようやく主役のご登場かい、こっちは待ちくたびれちまったぜ!」
食堂に、マイクを通した恭介の声が響き渡る。
次の瞬間。
カッ!
今度は二人から離れた場所…食堂の奥にスポットライトが当てられる。
どこから用意してきたのか、そこには1mほどの高さの壇があり。
壇上では、恭介がマイクを手に立っていた。
その恭介がマイクに向かって口を開く。
「レディーーース…アーン…ジェントルメーーーーーーーーン!!
大変長らくお待たせいたしました!
ただいまより『はるちんかなたん仲直り出来てよかったね 二人一緒の誕生日パーティーだよ全員集合』を開催します!
皆さん、本日はどうか心ゆくまで飲んで、食べて、歌って、踊り狂っちゃって下さい!!
はい拍手ー!」
パチパチパチパチパチ…
拍手の音に、そちらに目を向ける。
そこには、笑顔で拍手をするリトルバスターズの面々の姿があった。
「え、ちょっとこれってどういうことデスカ?」
「誕生日のことなんて言ってないのに、どうしてこんなことに…?」
突然、自分達の誕生日パーティー(しかもネーミングセンスが無い)をすると言われ困惑する二人。
「それはだね…」
二人の隣で、来ヶ谷が口を開いた。
遡ること数時間。
「そう。ありがとう。邪魔したわね」
佳奈多は立ち去った。
「…なんだったんだ、二木のヤツ」
「確かに、騒ぎを起こしたわけでもないのに三枝を探す二木、というのも珍しいな」
「でも、もう二人は仲直りしたんだし、おかしいことじゃないよね?」
「まあ、それはそうだな。気になるのは『今日はあの子の…』って台詞か」
「今日? 今日って何かあったっけか?」
「今日…十月…十三日? もしかして…」
「心当たりがあるのか、理樹」
「うん、確か葉留佳さんは十月十三日が誕生日だって言ってたから、それじゃないかと」
「なるほど、誕生日か。多分それだな」
「けど理樹、お前よく三枝の誕生日なんて知ってたな」
「うん、この前女子でなんか誕生日をもとにした占いやってて、葉留佳さんが言ってたんだ。鈴もそのときいたよね?」
「あー…あれな。そう言えばそんなことを言ってた気もするな」
「気もする、かよ…」
「うっさい! お前に言われたくないわ、ぼけー!」
「しかし、三枝の誕生日ということはつまり二木の誕生日でもあるわけだな」
「うん、そうなるね」
「…よし、今回のミッションは決まりだな」
「恭介?」
「俺たちで、三枝と二木の誕生日パーティーを開く。それも盛大なのをだ。…みんな、いいな?」
いつの間にか、葉留佳を除いたリトルバスターズメンバーが勢揃いしていた。
「うむ、いいだろう」
「はるちゃんとかなちゃん、喜んでくれるといいね〜。私、がんばるよ〜」
「はいっ! 私もがんばりますっ!」
「分かりました」
「よし、それじゃあ… ミッションスタートだ!」
-MISSION START!!-
「…と、言うわけだ。食堂の許可は勿論、男女寮長の許可も取った。ついでに佳奈多君以外の風紀委員も抱きこんである」
パーティー開催の経緯を話す来ヶ谷は得意げだ。
「いやそりゃ嬉しいんですけどネ… やはは、ちょっと照れますヨこりゃ」
「ご厚意には感謝しますしその手腕には感服しますけど。よりによってこんな時間に騒がしくして…」
それ自体には喜びながらも戸惑う二人。
特に佳奈多の方は不満も大きいようだ。
それを聞いて恭介は言う。
「甘いぜ二木、こんなのまだまだ序の口、騒がしいのはこれからさ… 理樹」
そして、理樹に合図を送る。
「OK」
合図を受けて理樹がスピーカーのボリュームを上げる。
イィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!
急にボリュームを上げたため、スピーカーがハウリングを起こす。
「わわっ!?」
「きゃっ!」
葉留佳と佳奈多は驚いて耳を塞ぐが、他のメンバーはあらかじめ打ち合わせて耳栓でもしておいたのだろう、平然としている。
寮中に響き渡るであろう音量で、恭介は話しはじめた。
「みんな、聞こえるか?
突然だが、みんなは今日が何の日か、知ってるか?
今日、十月十三日は…三枝葉留佳、そして二木佳奈多の…誕生日なんだぜ!」
「ちょっ、恭介さん!?」
「棗先輩っ、何を…っ!?」
寮中…いや、あるいは近所にまで自分達の誕生日を暴露され、動揺する二人。
しかし、恭介は気にせず続ける。
「これから、食堂で三枝葉留佳、二木佳奈多の両名の誕生日パーティーを執り行う!
既に知っている奴も多いと思うが…
この二人は最近まで、いがみ合っていた。
そうなったのには色々とわけがあるんだが…まあ、それはいいだろう。
とにかく、今はちゃんと仲直りした…双子の姉妹なんだ。
十七年前の今日、二人は共に産まれてきた。
そして一度はすれ違い…再び手を取り合って始めて迎える誕生日が今日なんだ。
以前の過ちを繰り返さないためにも、今日この日を意味のあるものにしたいと思う。
それが俺たち…リトルバスターズの総意だ。
そして、そのために、みんなの力を借りたい。
二人を、祝福してやって欲しいんだ。
お揃いのプレゼントなんかあればなおいいが、突然な話だしな。なくても構わない。
ただ、こっちに来て祝いの言葉をかけてくれるだけでいいんだ。
『誕生日おめでとう』って。
『仲直り出来てよかったな』って。
それだけでいいんだ。
俺の声が届いた全ての人たちに…頼む」
恭介はそこで言葉を切った。
「恭介さん…」
「棗先輩…」
姉妹が、恭介の名を呟く。
それが聞こえたのか、恭介は二人に向けてニヤリと笑い、親指を立てて見せた。
そして、再びマイクに向かい、声を張り上げる。
「おっと、俺としたことがしんみりしちまったぜ!
何事も楽しんで、が俺のモットーだからな!
ここからはテンション上げていくぜぇ!
それじゃあ野郎共、準備はいいか!?
パーティーの…始まりだ!!
イィーーーーーーーーヤッホゥーーーーーーーー!!!」