―――闇よりなお深い闇。
いかなる存在をも認めない虚無の胎に"彼”は漂っていた。
“………………”
絶対不滅の存在である“彼”にとっても、この無の世界―――形容矛盾―――の異様な物理法則は猛毒であった。
“彼”を構成する宇宙(cosmos)―――すなわち秩序―――が蒸発するように徐々に周囲と同化し意味を失っていく。
だが、“彼”にとってその侵食は決して苦痛ではなく―――むしろ、優しく暖かく包み込むようだった。
“そう感じるのも当然か”
と、顔も無いのに“彼”は苦笑した。
そう、ここは“彼”が生まれた世界。
“彼”はここで一つの点として生まれ、膨張し、やがて外の世界に飛び出して行ったのだ。
“一度はここに還った、だが、二度も還るとは思わなかった……”
一度目の帰郷は、“彼”の“発生”以来最初にして最後の―――「全力の闘い」の結末だった。
旧神とその眷属は滅び、“彼”もまた母なる“無”の懐に取り込まれた。
それでも“彼”はほどなく“無”を抜け出し、再び人としての生を得た。
どんなに強大な親も子供の独り立ちを止めることはできないのだ。
そして、それは今も変わらない。
ここから三度外の世界に出ることは容易な筈。
―――だが、
“……このまま消えるのも悪くない”
“彼”は己の裡(うち)に脱出の意思を見出すことができなかった。
“彼”はすべてに飽いていた。
何者にもなり得る、何でもできる万能の存在である“彼”には、他者も“他の世界”も何もかもが無意味に思えるのだ。
あの時、あの無垢な少女に拒絶されたことは、きっかけに過ぎない。
この何も無い世界は、今の“彼”の心そのものだ。ここに還るは必然。
……いや、そうではない。
“自分はそんな退屈すらも楽しみながら悠久を過ごしてきたではないか……”
自問自答は続く(ここには自分しかいないのだから)。
“存在が劣化しているのだろうか……”
肉体も精神も老いることなく永遠の青春を過ごす“彼”にも、あるいは“存在”の老化は訪れるのかもしれない。
この“彼”に全く似合わない弱さ(“彼”は自分にそのようなものがあるかもしれないことを知ってひどく驚いた)は“存在の老い”故なのか。
“………………”
結局、“彼”は無限の時間の中での緩慢な存在消滅に身を委ねることにした。
真に自由な者は、自らの自由を否定することもできる。
“彼”はあまりに自由な者であった。
そして、“彼”すなわち一つの“世界”が閉じようとしていた時、
―――……。
声、が、聞こえた気がする。
“彼”は僅かに残された、五官のいずれにも属さない感覚器でその“声”を拾った。
―――…………ぃ。
それは奇跡を希う誰かの声―――すなわち……“彼”を呼ぶ声。
ただそれだけで、“彼”の消えつつあった体は瞬時に“元の大きさ”に復元した。
なんて―――単純で力強いレーゾンデートル!
―――………………ぃちぃ!
その瞬間、“彼”はその世界を“観”た。
光が弾け―――彼は再びその懐かしい大地に立った。
―――否。そこは断じて“彼”が生き暮らした大地ではない。
似て非なる紛い物だ。
そこにも“彼”に成り得る可能性が存在した、という程度の。
そして、その可能性も疾(と)うに消えていた。
だが、そんなことは今の“彼”にはどうでもいいことだった。
ここには風があり、土があり、海があり、そして……
“彼”を想う者―――“彼”が想う者がいたから。
「あ……」
とても直視できないような眩しく光り輝く姿であっても、彼女には確かにその人の存在が分かった。
だから、大きな声でその人の名前を呼んだ。
「―――祐一!」
【時間:二日目・05:21】
【場所:C-03・鎌石村役場前】
相沢祐一
【持ち物:世界そのもの。また彼自身も一つの世界である。宝具・滅神正典(ゴッドイズデッド)、護符・破露揚握琴】
【状態:真唯一者モード(髪の色は銀。目の色は紫。物凄い美少年。背中に六枚の銀色の羽。何か良く解らないけど凄い鎧装着)】
水瀬名雪
【持ち物:八徳ナイフ】
【状態:祐一の回復魔法のおかげで超健康体】
【目的:祐一……ぽっ。】
水瀬秋子
【持ち物1:ジェリコ941(残弾9/14)、トカレフTT30の弾倉、澪のスケッチブック、支給品一式】
【状態:祐一の回復魔法のおかげで超健康体】
【目的:祐一さん……ぽっ。】
立田七海
【所持品:S&W M60(5/5)、M60用357マグナム弾×10、フラッシュメモリ、支給品一式】
【状態:祐一の回復魔法のおかげで超健康体】
【目的:ゆ〜いちさん……ぽっ。】
【以下、祐一のワープの余波で死亡】
折原浩平,北川潤,春原陽平,高槻,月島拓也,ボタン,ポテト,柳川祐也,久瀬
→693
→854
『今すぐ殺し合いをやめろ』
祐一の放ったその声は―――十戒などといった人間の想像力が生み出した神の言葉ではなく―――真実、超越者の命令として参加者すべての精神に作用した。
島のそこかしこで起きていた緊張が、対峙が、そして殺し合いが、ぴたりとやむ。
超感覚で平和の実現を確認すると、祐一は名雪に言った。
「ちょっと出かけて来る」
「うん。ここで待ってるよ」
参加者同士の殺し合いが止まったとはいえ、まだ島には敵意ある「主催者」が残っている。
にも関わらず、名雪は―――この世に心配することなんて何もない―――そんな笑顔で祐一を送り出した。
(ゆ〜いちさん……)
二人のその姿に強い絆を感じて七海はちょっぴり切なくなった。
(でも負けませんから……!)
七海はその胸の内に咲いた小さな恋心に誓った。
祐一のワープの余波で要塞内の全ての機器に重大な障害が発生した。
青ざめた顔のスタッフたちがバタバタと走り回る。
―――だが、そう慌てることもないだろう。
なぜなら、彼らの努力はもうすぐこの基地もろとも意味を無くすからだ。
「お前は相沢祐一! なぜ生きているっ!?」
いつの間にか外から戻っていた醍醐が、驚愕の表情を浮かべながらも祐一の前に立ちはだかった。
「まあいい。どうやって我々の目を欺いたのかは知らんが……わざわざここに来るその傲慢さが命取りだっ!!」
身に付けた近接戦闘術における絶対優位の間合い、最高のタイミングで醍醐は初撃を―――
「邪魔だ」
衝撃波―――祐一にとっては軽く手を払っただけなのだが―――を受けて醍醐の体は壁を突き破り島を飛び出して遥か沖の海面に落下した。
―――どの段階で絶命したかは定かでない。
.
「ほぉ……少しは“力”を持っているようだな」
目前で起きた忠犬の死に眉一つ動かさずに主催者―――篁は言った。
「ならば私も強者に相応しい敬意を払うことにしよう……」
言い終わるや、篁の背後に黒いオーラが沸き起こり、瞬く間に要塞を、島全体を、覆い尽くさんばかりに増大する。
ある程度の霊視を備えた者であれば、そこに八つの顎を持つ大蛇の姿を見たであろう。
「“ラストリゾート”などという玩具さえ破れば私を倒せると考えておる者もいるようだが……」
相手を己と同じ人外の者と見た篁は、もはや隠す必要も無いと本性を顕現させる。
「愚かな……あまりに愚か……! ハーハッハッハッ!!」
まさに世界を飲み干さんとする大いなる蛇神を前に、しかし祐一は平静そのものだった。
「ここで今すぐお前を消す方法は、ざっと三万八千ある……」
祐一はただ事実のみを淡々と伝える、といった口調で言った。
「だが、『それでは面子が保てない』とやかましく騒ぐ奴がいてな……まあ、いい。頼みを聞いてやるよ」
(相変わらず俺はこういう「お願い」に弱いな)
祐一は内心苦笑すると、篁ではない“誰か”に向かって声を上げた。
「さあ、お前の願いをかなえてやる。さっさとそいつをよこせ!」
祐一は“世界”に命じ、“世界”は“それ”を祐一に移譲した。
.
“それ”は、一振りの矛だった―――いや、矛である筈がない。
“それ”は、祐一の持つ“滅神の書”と同じく矛の形をとった“何か”なのである。
「―――!」
“それ”を目にした篁はもはやいかなる言葉も出せなかった。
「今から俺は“この世界”の“執行者”として“世界”を選択するらしい……馬鹿げた茶番だろ?」
嘆息すると、祐一はまるで重さを感じさせない動作で“矛”を振るった。
断末魔を上げる間もなく蛇はこの世界から拭い去られた。
そして、旅立ちの朝―――。
「えっとね……相沢祐一」
祐一に助けられた後もずっと黙っていたみちるがおずおずと口を開いた。
「たすけてくれて、ありがとう。それに……ごめんなさい」
「どうして謝るんだ。なにか謝らないといけないようなことをしたのか?」
祐一はこれ以上無い穏やかな笑顔をみちる向けた。
「んに……よくわかんないけど、そう言わないといけない気がしたの……」
そういうとみちるは俯いてしまった。
祐一は子供にするように―――事実、相手は子供だったが―――みちるの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「んに〜……」
みちるは幸せそうにぽーっと顔を赤らめる。
その仲睦まじい姿に、16人分の鋭い視線が刺さっていたことに、果たしてみちるは気付いただろうか。
「祐一……」
名雪が泣き出しそうな顔で訊ねた。
「ほんとうに行っちゃうの……?」
「ああ。俺にはしなくちゃいけないことがある……いや、ただしたいだけのこと、かな」
何物にも束縛されない絶対自由の存在である祐一に義務という概念は存在しない。
ただ心のおもむくままに進むだけだった。
「色んな世界が俺の助けを待ってるんだ。どの世界も、まだ歩き始めたばかりの赤ん坊みたいなもんだからな……。
……だから俺は行く。待っててくれるか?」
「うん……分かったよ。我慢するよ祐一。でも早く私のところに戻って来てね。また七年も待つの、私いやだよ……」
「ああ、任せとけ」
祐一は子供にするように名雪の髪をくしゃくしゃと撫でた。
その仲睦まじい姿に、葉子と佐祐理とささらと環と郁乃と智代と茜と七海と秋子と瑞佳と珊瑚と真希と杏とみちると皐月と詩子は、
名雪に対して軽い嫉妬を感じたが、この場は名雪に譲ることにした。
(でも、負けないんだから)×16
少女たちはその胸の内に咲いた小さな恋心に誓った。
そして祐一は別世界へワープした。
今度はこの世界を傷つけないように、そっと通り過ぎるように。
「祐一―――!」
祐一が去った瞬間、名雪は泣きながら母の胸に飛び込んだ。
「大丈夫……祐一さんはきっと帰ってくるわ……」
そう言うと母は娘をそっと抱きしめた。
(そう……彼はいつでも私の傍にいる……)×17
すべての命を育む太陽が島を照らしていた。
―――この素晴らしい朝を迎えられた少女たちを祝福するかのように。
.
【生存者17人】
鹿沼葉子
倉田佐祐理
久寿川ささら
向坂環
小牧郁乃
坂上智代
里村茜
立田七海
水瀬秋子
水瀬名雪
長森瑞佳
姫百合珊瑚
広瀬真希
藤林杏
みちる
湯浅皐月
柚木詩子
【――――――GAME OVER】
...and
相沢祐一
【持ち物:世界そのもの。また彼自身も一つの世界である。宝具・滅神正典(ゴッドイズデッド)、護符・破露揚握琴、
天の濡矛(世界の生成と消滅を司る程度の能力。祐一の所有する宝具の中では下等な部類)】
【状態:真唯一者モード(髪の色は銀。目の色は紫。物凄い美少年。背中に六枚の銀色の羽。何か良く解らないけど凄い鎧装着)】
【目的:Dルート系の世界を“救う”】
To be continued to "D routes"!!