「じゃあ……」
「うちは、文芸系じゃないよ。
どちらかと言うと、アウトドア系……。
いや、不思議系かな?」
「?」
「『ミステリ研究会』って名前にしておくと、
『推理小説研究会』と勘違いして、何人かは話を聞いてくれるんだけど。
あ、ここで、『ミステリー』じゃなくて、『ミステリ』にしておくことがポイントね」「はぁ?」
「とにかく、興味はもってくれるんだけど、
クラブ活動の内容まで話すと、みんな、どうしてだかいなくなっちゃって……」
「たかちゃんだけだよ!
活動内容なんか聞かなくても、
『すごく面白そうだね。ワクワクしてきたよ。
僕もぜひ仲間に入れてくれないかな』
って言いながら、春の日差しに真珠みたいな歯をきらりと輝かせて微笑んでくれたのは」
「言ってないし、微笑んでもないし、
俺の歯は真珠みたいに光らないよ。
とにかく、活動内容教えてくれないかな?」
「ええとね、すごく面白くて楽しい活動内容だと思うんだけどなぁ。
たかちゃん、うちは推理小説じゃない方のミステリ研究会なんよ」
花梨はとてもフレンドリーに笑いかけた。 なんというか、
俺はもうクラブの一員に決定してますって意志をひしひしと感じる。
「推理小説じゃない方のミステリー研……不思議系で……」
「そうそう」
「……まさか」
とても不吉な予感が、動かしがたい確信へと変わっていくのを、俺はなすすべもなく見つめていた。
「これって、オカルト?
ははは、今時、そんなの流行らないか」
冗談めかして軽く、あくまでも軽く、聞いてみる。
神様お願いです、どうか、こいつの口から、『冗談だった』と言わせて下さい。
「きゃははっ、今時そんなの流行らない……
けど、すごくオカルトで超科学でミステリちっくだよ!」
「……」
やっぱり悪魔だったな、こいつは。
「それじゃ、帰るから。
さっきの話は聞かなかったということで」
「もう帰っちゃうの……たかちゃん?
いいよ、じゃあ、これは私が先生に出しといてあげるね」
そういうと花梨は胸元に手を突っ込んで、ごそごそと探り出した。
いったいどこに隠してるんだ?
「じゃ〜ん」
自分で声を出しながら、小さくたたまれた紙片を広げる。
どこか見覚えのあるソレは、俺がうっかり署名してしまった、アンケート用紙……。
『課外活動参加届』だ。
そうだ、これを取り戻さない限り、なんの解決にもならないんだっけ。
「オーケー。研究会に入るよ。
それは、俺が責任を持って破棄、じゃなくて今すぐ先生の所に持って行くから……返して……ね?」
「やだ」
「返せ! 今すぐ返せったら!
どうせ、最初から周到に全部仕組んでたんだろ?
このペテン師!」
「ふふっ、敗者の悲鳴ほど、この耳に心地良いものはないよねぇ。
たかちゃん、おとなしくミステリ研に入って。最初は優しくするから」
「最初は優しくって、そんなにハードにこき使うつもりだったのか?
とにかく、返せったら返せ!」
「だめ。これは先生に持って行く物だから」
花梨は紙片を、もう一度小さく折り畳むと、胸元へ戻そうとして、一瞬うつむいた。
今だ! このチャンスに取り返さないと!
「ちょっと、ごめんっ」
ダッシュで花梨に近づいて、紙片を掴んだ右手をはたこうとして、
「うあっ」
がしゃんって音がして、いきなり体が前につんのめった。
しまった、パイプ椅子に足を引っかけた!
「きゃんっ」
花梨の小さな悲鳴がすぐ近くに聞こえたと思ったら、視界が反転した挙げ句、
真っ暗になった。
「つうっ……」
バランスを崩して、派手にすっ転んだみたいだ。
悲鳴を上げたものの、顔面から突っ込んだ割には、あまり痛くなかった。
マットの上に倒れたっぽい。
「うぅぅ……」
車にひかれたカエルみたいな、ぶざまな姿勢から体を起こそうとして、
右手をじたばたさせていると、
ふにゅっと、何かとても柔らかいものを掴んだ。
とにかくこれを支えに身体を起こして……っと。
「たかちゃん……大胆だね」
なぜか俺の下に花梨がいた。
ちょっとびっくりまなこでこちらを見ている。
じゃあ、こ、この右手が掴んでる物は……。
「あ……わ……わ……」
突然のことでパニクってしまい、体が思うように動かない。
こ、これじゃまるで、女の子を……。
「ねぇ、たかちゃん。もしもの話なんだけど……。
してもいいかな?」
「……ど……どうぞ」
「今、私が、
『助けてぇ〜〜〜!!』
とか大きな声で叫んじゃったりしたら……。
たかちゃん、ヒトとして破滅かなぁ」
「……」
会話の無くなった静寂を埋めるように、ざわざわとした部屋の外の音が
聞こえてくるようになった。 体育館で、部活が始まったみたいだ。
いかにも体育会系な教師達の、怒鳴り声なんかも聞こえてくる。
生活指導室・停学・保護者の面談・クラスメイトの冷たい視線等、
不吉な言葉が脳裏をぐるぐるとまわった。
「……何が望みなんだ」
「ミステリ研に入って、たかちゃん」
「……わかった」
俺はついに屈した。
というか、この状況で、他にどんな選択肢があるというんだ!?