「でも、それとこれとは別の話だから。
それにガキの頃の話だし」
「そう……」
とたんに、またうなだれてしまう花梨。
「あのね、会員が一人は必要なの。
放課後にちょっと来てくれるだけじゃだめかな?」
「だめだって!」
「だめ……なの?」
「だから! わ、ええ! ちょっと!」
しくしくと泣き出した花梨を見て、すっかり慌ててしまう俺。
どうしよう、べ、別に『課外活動参加届』さえ返してくれたら、それで良かったのに。
「ちょ、ちょっと、泣くなよ。
そんなつもりじゃ」
「……あのね、ミステリ研究会って、まだ研究会じゃなくて、本当は同好会なの……」
「知ってるよ」
「同好会はね……昔よりは規則も緩やかになったんだけど……。
それでも、二人以上の正会員と、他のクラブとかけ持ちしてる準会員が一人以上の、
最低三人以上いないと成立しないんよ……。
特に、正会員が二人以上っていうのは絶対に守らないと駄目だって、
課外活動の規則で決まってるから……。
だから……たかちゃんが正会員で入ってくれないと、
ミステリ同好会って、始まる前に終わっちゃうの……。
せっかく先生にお願いして、ここも借りたのに……」
「……」
うつむいて、しゃくりあげている花梨から目をそらすように、俺は、
黙って第二用具室を見わたした。古くなって使われなくなった運動用具や、
体育祭なんかで使う備品が、ところ狭しと置いてある。年代物の飛び箱や、
くたびれたマットレスに、玉入れ用のかごや、綱引き用の太い綱や、
紅白にペインティングされた竹の棒や、段ボールを強引に丸めて作った
巨大な紅白の玉なんか……。とにかく、もう二度と使わないか、普段は
めったに使わないような物ばかりがつめこまれた倉庫だ。その前に、
これだけはたぶん、花梨が運びこんだっぽい、机やパイプ椅子といった、
なじみのある備品がちょこんと置いてある。その他は、俺にもよくわからない、
たぶん隣にある放送室の機材なんかが少し。
「これが部室ね……」
花梨には聞こえないようにつぶやいた。
同好会程度の小規模な課外活動は、放課後の教室を使うのが普通だ。
まず専用の部室なんかが提供されないから、そう言う意味で、専用の
部室を確保してきた花梨は偉いと言えば偉いけど……やっぱり、
どう見ても、部室には見えないよな。小さな窓から光が射して、
古びた室内としゃくりあげてる女の子を照らしているさまは、なんだかとてもわびしかった。
「笹森さん、俺、べ、別に……」
あ、あれ……俺、何を言おうとしてるんだろう?
「たかちゃん?」
花梨が目をうるませて、こちらを見ている。
「……そ、その……詳しくないし。
小さい頃興味あったくらいで……。
海外の有名なのとか、ほら、最近の日本の本格的なのとか全然知らないから……。
だから、活動とか、そういうのは無理だけど……
同好会の正会員がどうしても必要なんだったら……
そ、その……ちゃんとした人が入ってくるまでのつなぎで良かったら……」
「ミステリ研に入ってくれるの?」
「ま、まあね」
「やったぁ! ありがとう!!
たかちゃん!!」
いきなり元気になる花梨。
腕をめいっぱい広げて、こちらに急接近してくる。
「わ、よせ!」
大喜びで抱きついてこようとするのを、寸前でかわした。
突然何しやがる、この女!
「?」
腕の中が空っぽなのに気づいた花梨が、けげんな目でこちらを見ている。
「別に活動に参加するわけじゃなくて、あくまでも名前を貸すだけだから。
そ、そんな大げさに喜ぶのは、よしてほしいかな……なんて。
ははははは……」
顔を引きつらせながらも懸命に笑って、なんとかごまかしてみる。
さすがに、女の子が苦手なんて、あまり知られたくないし。
「あははっ、たかちゃんってケンキョなんだ。
それに照れ屋さん?」
「そ、そうかもね。
ところで、いきなり明るくなってたりするけど、さっきのは、泣きまね……だったりしないよね」
「さぁてと」
俺から目をそらすと、どこか遠い場所を見つめ出す花梨。
図星か。
「新入会員はゲットしたし、その意外な一面も発見したことだし……」
「じゃあ、今日はこのへんでおしまいに……」 いいかげん、こいつに付き合うのも疲れてきたし。
そろそろ切り上げ時だよな。
「じゃあ、行こっか」
花梨は、にこにこと笑いながら、あっさりと俺の発言を聞き流した。
「……行くってどこに?」
仕方なく聞いてみる。
「クラブ活動に。
一緒にやろ、たかちゃん」
「だから! 活動には参加しないし、名前を貸すだけだって言っただろ!
俺は、せいぜい、子どもむけのシャーロック・ホームズ全集を読んだくらいで、
最近の本格的なのは、全く読んでないんだから!!」
「たかちゃん、何の話してるの?」
「何の話って!? クラブ活動の話だろ!
だから、俺はミステリとか推理小説とかいっさい読まないんだってば!」
「私、たかちゃんに、新書のくせに人が殺せそうなくらい分厚い推理小説を読めなんて、
一度も言ってないよ」
「……ちょっと今のは怖かったかな。
とりあえず、あやまっとこうな。
若気のいたりでした。すみません」
「え、え、どして?」
「とにかく、推理小説を読まなくっていいっていうんなら、クラブ活動って何するんだ?
文芸系のクラブがすることって言ったら、本を読んで感想を書いたり、評論したり、
議論したり……そんなところじゃないのか?」
「ちっちっちっ……。
それが違うんだなぁ、たかちゃん」
「じゃあ、何を……。
ま、まさか! 創作文芸系!?
俺に小説を書かせようとか、まさかそんなことを考えてるんじゃ。
自慢じゃないけど作文でほめられたことなんか一度も」
「ちっちっちっ……。
さらに間違ってるよ、たかちゃん」