512 :
名無しさんだよもん:
「河野くん、同好会入ったんだって? 先生が、喜んでたよ。
完全に入部手続きをすませるために、同好会の責任者から、
『課外活動参加届』をもらって来るようにだって」
「ど、同好会って……なんの?」
「へっ?」
「俺は、なんの同好会に入ったってことになってるんだ?」
「……ミ、ミステリ同好会……だよね。 河野くん、推理小説とか読むんだぁ。
そんな趣味があるなんて、全然知らなかったよ」
「意外だよなぁ。俺も全然知らなかったよ」
「事情知ってるお前が言うな! 俺だって知らなかったよ」
「えっ?」
「あ、こっちの話だから。 小牧、その同好会って場所どこかな?」
「えっと、先生が確か体育館の第二用具室に行くように……って河野くん!?」
「小牧、その話は何かの間違いだって、先生に伝えといてよ!」
「えっ、えっ、あの?」
「無駄だと思うけどな」
「えっと、先生が確か体育館の第二用具室に行くように……って!?」
「小牧、その話は何かの間違いだって、先生に伝えといてよ!」
「えっ、えっ、あの?」
「無駄だと思うけどな」
何が起こったのかわからない小牧を置き去りにして、俺はダッシュで走り出した。
事態をこれ以上悪化させる前に、なんとかしないと……
「ぜえ、ぜえ……」
荒い息をつきながら、体育館の中を見回した。
ちょうど授業が終了して、課外活動が始まる直前の時間帯に当たるせいか、
開けっ放しの体育館には人っ子一人みあたらない。
「第二用具室って、確か、バレーボールのネットや卓球台なんかをしまってあるところだよな……」
体育の授業の時なんかは、『体育倉庫』って呼んでいるから、いまいち自信がないけど、たぶんそうだろう。
「とにかく行って、『課外活動参加届』を取り戻さねば……」
自分に確認するようにつぶやくと、体育館の左奥の方に向かった。
「ち、違う……」
10秒もしないうちに間違いに気づく。
いつも使ってる体育倉庫には、無情にも、『第一用具室』とあった。
おまけに鍵までかかっていて、とても誰かと待ち合わせが出来る場所じゃない。
「じゃ、じゃあ、第二用具室って?」
第一用具室のドアノブを、もう一度だけ、がちゃがちゃやってから、周りを見回してみた。
右側にも同じような扉があったけど、確かあっちは放送室で、館内放送用の機材が置いてある部屋だったし……。
「じゃあ、外かな……」
そう思って外に出ようとした、その時だった。
『河野貴明くん、ミステリ研にようこそ!!
部室で待ってるよ!』
どこかで聞いたような声が、ファンファーレと共に、フルボリュームで聞こえた。
「わわわっ」
その場に倒れそうになったのを、なんとかこらえる。
ファンファーレの残響で、きんきんする耳を押さえながら、顔をあげた。
「部室って言われても……どこにあるんだよ」
待てよ。
館内スピーカから聞こえてきたって事は、
「放送室の方か!」
右側のドアに駆け寄ってノブをつかんだ。
あっさりと開いた中には、放送室へ続く小さな階段と……その奥に……。
「あった!」
階段の裏に隠れるようにもう一つドアがあった。
確かに『第二用具室』とある。
ドアを開けて、中に入った。
「ようこそ、ミステリ研究会に!
私がミステリ研の創始者にして初代会長の笹森花梨だよ!」
昨日のアンケート娘が、にこにこと、どちらかと言うと不敵に笑っていた。
どうりで、どこかで聞いた声だと思ったわけだ。
「そして、会員第1号の河野貴明くん」
「は?」
「なんて呼んだらいいかなぁ?
河野くん?
貴明くん?
ううん、何か違うなぁ。
河野くんは、普段は、なんて呼ばれてるのかな?」
「別に河野でいいよ」
特に親しい訳じゃないし……。
「わかった!
じゃあ、『たかちゃん!』
これからは、『たかちゃん』に、とにかく決定!!」
「ちょ、ちょっと……話きいてる?」
「私のことは好きに呼んでいいよ!
あ、でも、会長はちょっと照れるかな……。
だったら代表とかアタマとか総長とか……。
ううん、ここはフレンドリーに接するべきだよね、とにかく好きに呼んでね!
たかちゃんは、何か質問ある?」
「退部届はあるかな?」
「ないよ。どうして?」
笹森花梨と名乗った少女は、天使みたいな笑みを浮かべて即答した。
「どうしてって言われても……」
『無駄だと思うけどな』
なぜか雄二の言葉が思い出されて、俺は小さく身震いした。
悪魔が悪魔の姿をしていれば、どんなに世界は安全なことか……。
なんとなく、もう何をしても無駄な気がした。
いや、あきらめちゃ駄目だ、俺。
「俺は『課外活動参加届』に知らないうちに署名してしまっただけで……。
って、このあたりは、君が一番知ってることだろ!」
「そうだっけ。
昨日のことだよね。
確か……そうそう、たかちゃんは、
とっても期待と情熱に満ち満ちた熱い熱い目で私を見つめて、
『ミステリ研究会と会長に、ボクの短い青春の全てを捧げさせて下さい』って、
泣きながら哀願したんよ」
「だから仕方なく私も……『いいよ』って言ったの。
そしたら、たかちゃんは目を大きく見開いて、私を見つめて……
まつげから小さな涙の雫が光って、瞳をうるませながら、
ありがとうございますありがとうございます……って何度も何度も……」
「人の過去を勝手に作んなよ!
笹森さんって昨日会った時とキャラが全然違うよ!」
「ああ、彼女もうちの会員だったんだけど、さっき死んじゃったの。
いかにも病弱そうだったでしょ?」
「俺が会員第一号じゃなかったのか!?
あんただ、あんたが演じてたんだろ!! 全部!!
とにかく、俺の『課外活動参加届』を返してもらおうか。
まだ提出してないのは、わかってるんだからな!」
強い調子で言ってみると、ちょっとは反省したのか、花梨は、しょんぼりとうつむいてしまった。
「たかちゃん?
本当にミステリに興味ないの?」
「ありません」
「少しも?」
「少しもないです」
「これっぽっちも?」
「これっぽっちもないです」
「ほんのちょっぴりも?」
「ほんのちょっぴりもないです。
それから、これ以上言い方を変えても無駄だから」
「子どもの時とか、ワクワクしなかった?」 伏し目がちに、じっとこちらを見る花梨。
「……えっと……」
うまく説明できないけど、花梨の目にどこか、ひたむきなものを感じて、ちょっとだけ考えてみることにした。
ミステリか。そりゃあ、小さい頃には、学校の図書室なんかで、シャーロック・ホームズとか、アルセーヌ・ルパンとか、怪人20面相とか、子ども用の字の大きい本を読んでたよな。
内容は、あんまり覚えてないけど、確かに、読んでた時はワクワクしてたような気がする。
「……ほんのちょっぴりはワクワクしたかも」
「でしょ?」
花梨は、にっこりと笑った。