「すまん、遅れた」
「ううん、全然待ってないよ」
「37分」
「そうか、俺は待たれていなかったのか」
「あわわ、そういう意味じゃないってばあ!」
「冗談冗談、バスが遅れてさ。でもいい天気で良かったな」
「絶好の行楽日和で…だよねっ」
「ちょっと風が強くない?」
「愛佳今ですます語で喋ろうとしなかった?」
「ええっ?そんなことないよぉ」
「昨夜から妙にハイテンションだから…」
「そっかあ、俺の気のせいかな」
「…わざとらしく無視すんなぁ!」
「…見たくないから無視してたのに」
「その歳で現実逃避?」
「お前には悪いが逃避したくなるほど苦労はしてないな」
「ふん、自堕落な人間はこれから苦労するから楽しみにしてなさい」
「目の前に苦労の種がいるし」
「ふ、ふたりともぉ〜いきなり喧嘩しないでよぉ〜(><)」
「ただの」
「単なる」
「「言葉遊び」」
「だ」
「よ」
ここまでの台詞上から順番に
俺、愛佳、雑音、俺、愛佳、俺、愛佳、雑音、俺、愛佳、雑音、俺、
雑音、俺、雑音、俺、雑音、俺。愛佳、俺、雑音、俺と雑音、俺、雑音
俺こと河野貴明、愛佳こと小牧愛佳(まんまだ)。同級生。
面識自体は入学当初から会ったが、2ヶ月ほど前にひょんな事から親しくなり、
色々あって今では学園のほぼ全生徒公認(バ)カップルになってしまった。
…ついカッとなってやった。別に反省はしていない。むしろ良くヤった俺。
雑音こと小牧郁乃。歳は俺達のひとつ下。小さい頃から難病持ち。
愛佳の妹だけあって根は結構素直なのだが、長い闘病生活のせいか幹と枝葉が歪みまくっている。
「ふん、誰のお陰で姉を連れ出せると思ってるのよ」
「つ、連れ出すって誘拐じゃないんだからぁ」
きっかけは、デパートのくじ引きだった。
「からんころ〜ん、大当たり2等賞〜温泉旅行ペアチケット〜っ!」
ベルが壊れたのか、抽選所のおっさんが口で効果音を出していた。
そんなことはどうでもいい。問題は、賞品への対処だ。
温泉旅行お?、ペアチケットお〜?
「う〜〜〜む」
「うああああ………どうしようどうしよう………どう、する?」
なんか上目づかいでこっちをみる愛佳。頬ちょっと赤い。あ、もう完全に意識してる。
「…どうするって言われても…」
いや、二人で買い物して当てたペア旅行券、そりゃ二人で使いたい。
っつーか愛佳と温泉旅行、そりゃあ、行きたい、けど。
「……由真に頼んで…でも…」
俺が何も言わないのに既に親の目を誤魔化す算段をしている愛佳。誉めるところか悩む。
だがしかし、我らは哀しい学生身分、俺はともかく両親同居の愛佳を泊まりがけに連れ出すのは現実的には難しい。
友達の家に〜ってのが常套手段だろうが、愛佳の友達一番手である由真は、この手の事には全く向いてないと来た。
愛佳は、親しい友人は少ないが交友関係自体は極めて広いので、探せば協力者の一人や二人は見つかりそうだが、
もとより他人に面倒をかけるのを良しとしない性格、加えて親を騙すのも気が引けるだろう。
俺の方のツテは…あてにならないか、頼んだら一生ネタにされそうな面子ばかりだ…
諸般の事情を考慮して、
「愛佳の家で使いなよ。両親にプレゼントするとか」
苦渋の決断。
誘えば悩むのが目に見えているから、敢えて誘わなかった。
「う、うん…」
愛佳も、俺が誘わない以上はこれ以上追及もできずに頷く。ああ俺って意気地なし。
「あ、でも二人で買ったレシートなんだから分けないと悪いよ、金券ショップで換金…」
「いいからいいから」
そんなわけで、とりあえず諦めた旅行だったのだが、共犯者は意外な所に現れた。
その夜、河野家、っても俺しかいない。
プルルルルルルル
「はい、河野です」
「ああ、お兄ちゃん?(はぁと)」
ガチャ。
い、いかん、鳥肌が立って思わず電話切っちまった。
プルルルルルルル
「気色悪い単語で話をはじめんなっ!」
「わわっ、ごめんなさいごめんなさいっ!」
「…あ、愛佳か。悪い、また郁乃だと思った」
「郁乃、後ろで泣いてるよぉ。いきなり切られたって」
「涙が出るのは体調がいい証拠だろ。おめでとうと伝えておいてくれ」
郁乃の無数にある病状のひとつに、涙が出なくなるってのがある。
「くすっ」
そのわかったような笑みはなんだ愛佳。まあいいけど。
「で、用件なんだったの?」
「あ、じゃ、じゃあ替わるね」
替わらなくていいのに。
「(別に替わらなくていいのに…)あ、もしもし」
「じゃあ替わるな」
「うっさい。照れ屋な姉を持つと苦労すんのよ」
「?」
「用件その1、ありがと」
「???」
「旅行券、使わせてもらうから」
「ああ、あれか。ってお前が使うのか?」
「姉のものは私のもの。私のものは以下省略」
「勝手にしろ。でもなんで愛佳が照れるんだ?」
「ペアチケットでしょ。姉も一緒よ」
「そうか。そりゃよかった。」
この姉妹は仲は良いけど色々複雑なので、一緒に旅行というのは貴重な経験だろう。
「親御さんも一緒?」
「仕事が忙しいって。だからこっちにお鉢が回ってきたのよ」
「っつーことは二人だけ?大丈夫かおい?」
ここんとこ体調良好で入院もしていないとはいえ郁乃は外では車椅子だし、愛佳は学園屈指の非力娘、二人で旅行というのはかなり不安なものがある。
「用件その2、土曜の午後3時、S駅前集合」
「は?」
「ふーん、お姉ちゃん、貴明は行きたくないって」
「(え、あ、そ、そう…急だし…仕方ない…かな…)」
「待てこらっ!!!とりあえず説明しろっ!」
「説明もなにも、聞いたまんまよ。姉に替わるわ、ほい」
「え、ええっ?、あ、あのねっ、せっかく貰ったチケットだからってお父さんとお母さんに見せたんだけど、
二人とも仕事が忙しくて日程が取れそうになくって、最近郁乃が調子良くて、お医者さんに遠出OKが出たから、
滅多にない機会だから郁乃と二人で行って来なさいって事になってね、でも私腕力ないしちょっと不安だし、
貴明くんにこんな事頼むのもなんだか悪いんだけど、できれば一緒に…来てほしいなあ…
………なんて………ダメ?」
愛佳の妙に長い説明を聞いているうちに、俺は落ち着いて事情を理解した。
………ダメなわけあるかこのバカ愛佳。
「郁乃に替わってくれ」
「え?」
「とりあえず替わってくれ」
「う、うん…」
落ち着かない様子で電話を替わる愛佳
「なによ。」
「郁乃」
「ん?」
「グッジョッ(キラン)!」
ガチャ。
電話切られた。
言葉の隅々まで感謝の意を込めて誉めてやったのに、失礼な奴だ。
ともかくリダイヤル。
プルルルルル、プルルルル、プルルルル、プルルルル…あれ、出ない?
「はい、小牧です」
母親が出たぞおい。
「あ、あのっ、私、小牧さんの同級生の河野と申します。いつもお世話になっております。
えーっと、連絡網の担当が不在だったので直接お電話しました、愛佳さんいらっしゃいますでしょうか?」
咄嗟に口から出任せる。
「お待ちください」
特に不審がられた様子はなかったが。
チャ〜ラ〜ララ〜ラ〜ララ〜♪チャラ〜ラ〜ララ〜♪
チャララ〜ラ〜ララ〜ラ〜ラ〜♪ラ〜ラ〜ララ〜♪
ラ〜ラ〜ララ〜ラ〜ラ〜ラ〜ララ〜ラ〜♪
保留の音楽は、とても長く感じた。
「ご、ごめんなさいっ!郁乃がうっかり受話器外したまんまだったみたいでっ!」
それは明らかに故意、わざとであります隊長。
「お母さん、なんか言ってた?」
「えーっと、クラスの連絡ってことにしたから適当にでっちあげておいて」
今まで掛けた事ないからバレないだろう。二度目はわからんが。
「うん…ごめんね」
「いや、安易に掛け直したこっちが迂闊だった」
「連絡手段、考えなきゃね」
「ポケベルでも買うか」
「(ちょっと貸して…)今どき売ってないわよそんなもん」
「いきなり電話を奪うな。人の電話には出ろ、そもそも、突然切るな」
「自分の事を棚に上げて。あんたが気色悪い声出すからでしょ」
それはお前も一緒だろうが。
「ま、ともかく、OKね。じゃあ宿教えるから自分の予約取って」
「ペアチケットをお前が使って、俺は自腹か…」
「なにか不満でも」
「全くない」
それは本心だ。
「結構。ちなみに一泊1万8千円からだってさ」
「ぐっ。っつーか、今からで予約取れるかな…」
「取れなきゃ近くのビジネスホテルでもいいわよ」
「それは俺が嫌だ」
無事、予約は取れた。一泊2食付き2万円だった。
<続く>
ほ、本当に来ちゃったよ〜
新幹線とは違って窓の外の景色がゆっくり流れる在来線。行き先は、とある温泉旅館
ボックス席の向かいには妹の郁乃、あ、車椅子は畳んで席の脇にくくりつけてます。
そして、そしてそして、私の隣には…貴明くんがいます…どうしよう…
家族旅行も数少ない我が家だけど、郁乃と二人で旅行するのは今回が初めて。
「うーん、荷物も結構多いなあ…」
「男手が欲しいわよね」
「お父さん仕事だから仕方ないよ」
楽しみだけど、不安と緊張も同居していた準備中、郁乃が突拍子も無いことを言い出しました。
「あのさ」
「なあに?」
「貴明呼ぼうか」
「え、ええええ〜っ!?」
「そんなに驚くこと?お姉ちゃんは元々アイツと行きたかったんでしょ?」
「そんなこと…」
「変な気は遣わなくていいわ。電話番号教えて。念のため言っとくけど、母さんには内緒よ」
「そ、それは、もちろん、うん、ないしょ。」
ああっ神様、悪い子の私をお許しください。
それから、郁乃が貴明くんの家に電話かけて約束を取り付けて、
学校のみんなに見られないように、3つ先の駅で待ち合わせして、
貴明くんが遅刻したので電車の予定を2本遅らせて、幸いボックス席を3人で占領できて、
とりあえず落ち着いたのはいいんだけど、ぜんぜん落ち着かないのは私の気持ち。
なにを喋ったらいいかわからずに、気が付けば手はお菓子の袋へ…
「3箱目だぞそのトッボ」
「う゛っ、けほけほっ」
いやだなぁ、そんなの冷静に数えたらダメですよタカアキクン
ピピピピ、ピピピピ
「あれ?アラーム」
「薬の時間。お姉ちゃん水くれる?」
「あ、うん」
郁乃はポーチから薬の袋を取り出します。
「多少は薬も減ったか?」
「入院してた時とはダンチね。でも症状が良くなったから無くせるって薬でもないから」
郁乃の薬は、一度飲み始めたら急に減らす事はできないんです。
会話の間に、私は水筒のフタを開けて水を注いで郁乃に手渡しました。
「んぐっ、んぐっ」
こくこくと薬と水を飲む郁乃。
こういう時の郁乃って、仕草が子供っぽくて可愛い。
あっ、普段も可愛いんですよ。ただちょおっと手厳しい発言が多くて大変大変。
「つくづく難儀な奴だな。食事も制限あるんだろ」
「まあ、誰かさんみたいにお菓子食べ放題ってわけにはいかないわね」
ほら、さっそく。
「う…ごめんなさい」
あ、いけない、また怒られる。反射的に謝ったって。
「直す気もないことで謝らないでよね」
やっぱり。
「別に直す必要もないし」
口調はきついけど、これがたぶんフォロー。
「ブタになっても知らないけどね」
これは追い討ちぃ。
「顔は、郁乃の方が丸いんだけどな」
「む、これは半分生まれつき、半分薬の副作用」
「子供の時からほっぺぷにぷにだったよねぇ」
「否定はしないけど、お姉ちゃんに言われたくもない」
「うーむ、そういえば愛佳も結構」
ぷにっ
「あひゃぁ?」
突然、ほっぺをつままれました。びっくり。ちょっとどきどき。
ぷにぷに、続けて私の頬をつっつく貴明くん。
「心なしか、最近とくに膨らんできたような…」
え゛。
「それは顔?それとも体?」
え゛、え゛。
「両方かな」
え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛
そ、そういえば最近貴明くんが私を触るとき以前より力が入ってるような気がしたんだけど、
あれがもしかして私のお肉が、でも体重は増えてない筈だけど、ああでも最近体重計に乗ってないし、
やっぱりカロリーはE=MC~2なわけで、ここが我慢の腹八分目!
「た、たかあき、くん」
「ん?」
「これ・・・もう食べないから・・・あげる・・・」
母猿断腸、私は震える手で、貴明くんに食べていたトッボを差し出しました。
「いや、だから3箱目の最後の3本を寄越されても」
「無駄だと思うけど」
二人揃って、適切なツッコミです。
「そ、それもそうかな。じゃあ、食べちゃおうっと」
「「まだ食うんかいっ!」」
もぐもぐ。
「お、おろ、あれ?」
「あれ?じゃないっ、人を殺す気っ!」
「わかってるよ。でもなんか車道に向かっていく…」
気づいてない人も多いけど、歩道って大概車道に向かって傾いてる。
車道っていうよりも、側溝に向かって、なんだけどね。雨水が流れるように。
だから、たかが車椅子を押すのでも慣れてないと、今の貴明みたいに…
「だから車道に寄るなあっ!」
「おっかっしいなあ」
「あはは。きっと貴明くんの潜在意識が郁乃を車に轢かせようとしてるんだよ」
わかってる癖に嬉しそうなのは姉の愛佳。
初めて外で車椅子を持ったとき、そのまま側溝にあたしを落っことした人間の台詞かねそれが。
まあ、その時姉は自分も一緒に落っこちて、体で庇ってくれたんだけど。
「うーん、そうなのか。それなら納得できるけど」
「納得するな」
「そんなんじゃダメダメ、替わるよ貴明くん♪」
「嫌だ。愛佳より下手だってのは、納得できん〜!」
「だああっ、車椅子押して走るなあ!」
「た、貴明くん待って待ってえ〜」
そんなこんなで、姉と貴明は荷物持ちと私持ちを交代しながら、駅から宿までの道をぎゃあぎゃあ進んでいった。
・・・ちなみにぎゃあぎゃあ言ってたのは、主にあたしだ。悪いか。
「うわあ、おっきぃ」
懸賞の賞品になるだけあって、宿は立派なもの。
病院は建物自体は大きいけど内部にはなんとなく閉塞感があるので、
こういう天井の高いところを見ると、
「郁乃、なにぼへ〜っと見上げてるんだ?」
「うっさいバカ。なんでもないわよっ」
ちょっと圧倒されてただけ、とは言いたくない。
「ほえ〜天井たか〜い」
素直に圧倒されている人、約1名。上ばっか見て歩いてるとひっくり返るよ、姉。
「わきゃっ!?」
「おっと」
言ってるそばからコケた姉を、貴明が支える。
「あ、ありがとう」
以前の姉なら必ず謝罪の言葉が出ていたんだけど、少しは性格改善しつつあるみたい。
「………重かった?」
「………そうでもない」
「い、今の間は(涙目)」
前言撤回。やっぱバカ姉。
「うわあ、広い」
あたしの姉って、文学少女の割に語彙が少ないのかしらね。
チケットで取った部屋は、いわゆる特別室ってやつらしく、
寝室と茶の間が別々になった畳の部屋に、窓際にもしっかり洋室。
洗面所も広そうで、部屋のお風呂もユニットでない普通の風呂桶だった。
しかも、
「えええ、露天風呂ぉぉぉぉおおお」
「なんだって!」
くるくると部屋を巡っていた姉の声に貴明もお風呂場へ。
いちおーここは女の子二人の部屋なんだけど…
とか思いつつ、あたしも移動。車椅子は入り口に置いてあるので、座ったままズリズリと。
立って立てないことはないんだけど、部屋の中ならこの移動方法が早い。見てくれなんか、気にしない。
「これは凄い」
うわー、本当だ。風呂場から外に出られる作りになっていて、
竹の囲いの中で湯気がもうもう。しかも4,5人は入れそうな、ごく普通の露天風呂。
「よし、愛佳さっそく一緒に入ろうかっっ痛てっ!」
「ええっとそれはぁぅぁ貴明くんだいじょうぶっ!?」
今のは貴明が言い終わる前に、あたしの投げた石鹸入れが命中しただけ。
その短時間で驚いて赤面してもっぺん驚いて心配する忙しい姉。
「なんだ郁乃、三人で一緒に入りたいならぅぉぇぃもういいませんっ!」
よろしい。あたしは右手に掴んだ洗面器を床に戻した。いそいそと部屋に戻る。
「あれ、い、郁乃?なんか怒った?」
そんなことない。姉は人の機嫌を気にしすぎ。
急いだ理由?単にタイルでお尻が冷えたから。
「ふぇっ?あ、あんっ、やだっ、ひゃう」
肌を這い回る10本の指。身をよじっても、上から手で押さえても
泡にぬめった手は押さえきれずにあたしの弱い所に到達してしまう。
「やっ、そこはダメっ」
「くくっ、ふふふふふっ」
狼狽したあたしに、背後からいやらしい笑みをふきかける指の主。
「うふふっ、きれいにしてあげるよぉ〜郁乃ぉ〜」
「だあっ!背中だけ流してくれればいいのっ!」
「遠慮しな〜いのお〜♪ほら、ほら、この辺?それともココ?」
「ちょっと、こら、抱きつくな、うひゃあ、腋はダメ、ってくすぐるなぁひゃあ!」
今は湿疹が収まってるけど、あたしは皮膚が弱い。
なので、傷をつけないようにタオルやスポンジは使わずに体は手で洗う事が多い。
だから、姉が妙に可愛い笑顔で「背中洗ったげるね?」などど言い出した時点で、いろいろ警戒すべきだったのだけど。
「くひゅうっ!そこは洗わなくてっうぁんっ、やめっ、あんっ」
「郁乃は細いねー」
「そりゃお姉ちゃんに比べれば誰だってふゃっ!?」
「うんうん♪」
「人の身体弄って納得するなあ」
「いや、それでもおっぱいおっきくなってきたかなあって」
「う、うるさーいっ!」
さっきから背中にぐにぐに当たってる物体の持ち主には言われたかないやい(涙)
おかしい、普段ならあたしの方が絶対優位な筈なのに、立場が逆転している。
女ってのは、男が出来ると裸のつきあいに強くなるんだろうか…って
「どこ洗う気だ姉ーっ!」
「いいからいいから♪」
「良くない、ちょ、ちょっと、や、ふひゃ」
「いいからいいから♪」
「い、いい加減にしろーっ!」
狼狽のあまり、思わず大声をあげて振り向いたあたし。
ちょっとした無敵状態だった姉も、驚いて動きを止める。
「あ、嫌だった?」
「え」
「ごめんなさい、調子に乗ったかも…」
途端にしゅんとする姉。
え、えーっと、その、
「べ、別にいやじゃあ、ない…」
下を向いた姉に思わずそう答えた、が、失策だった。
「郁乃」
「な、なによ…」
「かわいぃいいいいいいい〜〜〜〜〜〜!!!」
いきなりむぎゅううううっと抱きついてくる姉。
非力な姉など振りほどくのは容易い筈なんだけど、何故かそうする気は起きなかった。
…いや、あたしも姉に負けないくらい非力なんだけどさ。そういう事じゃないような。
かっぽーん
「ふああ〜〜〜あ〜〜あ」
「気持ちいいよねえ〜〜〜ええ〜〜〜え」
大騒ぎの数分後、あたしと姉はまだ明るさの残る空の下で、温泉を二人占める幸せを満喫していた。
「貴明くんは大浴場に行ったのかなあ」
「自分の部屋で少し休むっていってたから、寝てるんじゃないの?」
「うーん、少し可哀想かな」
「一緒に入りたかった?」
「いやそれはそんなことはその…」
真っ赤になりつつ、否定はしない姉。
「お邪魔虫だったかな、あたしは」
「そんなことないっ!」
予想通りのリアクションありがとう。
「冗談よ」
「冗談でも言わないのっ」
そんな会話をしながら、湯煙に浸る時間はあっという間に過ぎた。おそらく、楽しかったからだろう。
「今、何時?」
「あ、もう6時半だ、あがろうか」
「ん」
隣りに寄ってきた姉に支えられて縁にあがる。姉はそのままあたしの腋に肩を入れ、二人で立ち上がる。
身体が温まっているので、そんなに痛くないし足に力も入る。そのまま部屋まで歩いてこられた。
あたしが部屋まで戻ると、姉は一度風呂場に戻った。
露天風呂の岩で皮膚が傷つかないようにと、縁石や底に敷いたバスタオルを回収してくる。
「んしょ、んしょ、ととっ」
水を吸ったバスタオルを抱えてふらふら風呂場を歩いてくる姉。
かようにいささか非力な姉では、そう重くはない…と思う…私を支えるのも大変だろう。
それでも、肩を貸してくれる姉の真剣な顔を見ると、いつも不思議な信頼感が湧いた。
…ただし、倒れないというより、倒れても一連託生で納得できる、って部類の信頼かも知れない。
<続く>
水色のブラジャーちらちら。けっこう谷間。
考えてみれば、食事は部屋に運んでもらう方が明らかに勝ったのだけど、
二人には食事場所も個室が用意され、俺もフロントに頼んで同席することができた。
食事の内容も同じ、ただ二人にはソフトドリンク飲み放題。俺も便乗。
「酒買ってくれば良かったかなー」
「貴明くんが酔っぱらったら止める人がいないから却下です」
「息の根なら止めてあげるけど?」
それは御免被りたい。
「はい、ジュースで悪いけど」
愛佳がオレンジジュースの瓶を傾けてお酌してくれる。
「いつもお世話になっております」
「いえいえこちらこそ」
「ふふっ」
お辞儀した格好で顔だけあげてにっこり笑う愛佳。
ありそうで無い不思議な光景に和む。けど、
白地に藍染めの浴衣に、濃緑の半纏を羽織った格好、
胸元はもう少し気を付けた方がいいんじゃないか、愛佳。
「郁乃も、お疲れさま」
「姉、胸元」
ちっ、冷静に指摘しやがったか。
「へ?あ、あぅ…」
今更こっちにそんな視線を向けられましても。はい、もうしっかと目に納めました。
裸を見たことも一度ではない仲だけど、こういうのは雰囲気というか、チラリズム万歳というか。
ちなみに郁乃の方は浴衣の上にトレーナーを被っている。
対策するような胸はないから、保温のためだろう。
「…なんか失礼な目つきをされた気がする」
「気のせいだろ」
「まあいいわ、ごちそうさま」
「おいしかったねー」
愛佳がちょこまかと動き回っていたが、席は二人が並んで向かいが俺。
二人並んで箸を置き、ちょっと行儀悪く座椅子にもたれて足を伸ばした。
性格が似てなくても姉妹は姉妹というべきか、姿勢がなんとなく似ている。
お膳の下からすらりと伸びた4本の脚。
「今日はあんまりむくんでないねえ」
「歩いてないから」
「でも遠出したのに。調子いい?」
「悪くはないわ」
「ふーん」
にこにこ嬉しそうにしながら、愛佳は足で郁乃の足をつっつく。
「やめなよくすぐったい」
「えへへ、なんとなくぅ」
浴衣の裾はそんなに長くない。愛佳が脚を動かす度に、膝の内側から太股の浅い部分あたりがちらほら。
不覚にもちょっと意識してしまい、視線を外しながら照れ隠しを呟いた。
「ったく、仲の良いことで」
「あ、妬いた妬いた?」
妙にテンションが上がった愛佳が、座椅子を離れて隣りにやってくる。
「なんでそうなるかな」
「そんな照れなくてもお」
「ジュースで酔っぱらったのかしら?」
まさか隠れて酒飲んでたわけじゃないよな…
ついた勢いか、愛佳は俺の肩に手を回してしなだれかかってきた。
「貴明くーん」
顔を寄せてくる愛佳。本当に酔ってるのかと思ったが、目を見ると冗談っぽい。が、
ちゅっ
いやねえ、こーんな至近距離に主観的的に見て世界一可愛い唇があったら、ちゅーしたくなると思いませんか?
「!!!」
人をゆーわくしておきながら、キスに固まったのは愛佳の方。
みるみるうちに顔中真っ赤に染まり、そのまま俯いてしまう。
何度となくしている行為でも、不意打ちされると耐性がない性質らしい。
いや、俺もかなり赤面してるだろうけど。
「〜〜〜」
横から視線を感じて、郁乃の存在を思い出す。
やべ、郁乃の面前で愛佳に手をだしちまった、これは殺される?
と思いきや、
「・・・うぁ」
こっちも頬を赤くして硬直している。ここでも姉妹そっくりな反応。
二人とも可愛いんだが、揃って時間停止されてしまったため、なんだか収まりの悪い状況に陥ってしまった。
困ったな。ここはひとつ定番のギャグでも…
「なんだ郁乃、うらやましいのか?じゃあ郁乃にも」
わざとらしく前に出て郁乃の方に動いた瞬間。
スパーンッと気持ちよい音と後頭部に衝撃。
…物理的なツッコミは予測していなかった。
後ろを振り向くとスリッパ握りしめた愛佳。
「い、痛かった?」
「痛くはないけど、それ、どっから出した?」
「こ、こんなこともあろうかと袖の下に…」
ホントかよ。
「うーん、部屋まで歩こうかな」
食事を終えて戻る時、郁乃がそんなことを言い出した。
「疲れてるから今日はやめなよ」
「動ける時には動いておきたいから」
郁乃の病状はその日の体調によって変動するので、炎症の状態を見ながらリハビリする事になる。
筋肉は使わなければ衰えるだけなので、体調が良い時は無理しない範囲で歩いた方がいいことはいい。
とはいえ、今日は慣れない遠出で体力を消耗しているので愛佳の心配ももっともではある。
「たいした距離じゃないでしょ」
どっちにしろ、言い出したらきかない郁乃、壁に手を付いて立ち上がる。
「っ」
小さく顔が歪む。こればっかりは本人にしかわからないが、相当痛いらしい。
心配そうに見守る愛佳の肩に軽くつかまり、郁乃はスリッパを引っかけて廊下に出た。
俺は空の車椅子を押して後を追う。エレベーターまでのごく短い道のりを、極めてゆっくりと歩く三人。
「い、いいよ」
エレベータが昇り出す時の負荷で転ばないよう、愛佳が少し強く郁乃を支えて、俺達は客室フロアに戻る。
廊下は結構長い、すれ違う人達は、悪意や憐憫にならぬように気を遣った目でちらっと郁乃に視線を向ける。
「い、郁乃、もういいよ。乗って乗って」
「すぐそこじゃない。今更ばからしい」
とはいえ、僅かな距離でさっきより速度が落ちている。表情も辛そうだ。
勝ち気な性格からは意外だが、郁乃は無理に辛いのを隠す方ではないようだ。
隠すとかえって愛佳が心配する事を経験しているのだろうか。
支える愛佳の方は、真剣な表情で郁乃を見つめている。
「そんな顔するようなことじゃないわ」
「そう…だけど…」
「青い顔してなに言ってんだよ」
「む、そんな顔してない」
このへんまでは、ほのぼのとしていた。
急転直下、というか、一寸先は闇、というか。
「毎回こんな感じなのか?」
俺は深く考えて話を振ったわけでもない。
「うん…できれば替わってあげたい…」
愛佳も自然に答えた。
その、なんでもないように見えた一言に、郁乃の態度が急変した。
「できもしないこと言わないでよ。」
悪態をつかれ慣れている俺にも向けられたことがないような冷たい声。
「あ、ご、ごめん」
愛佳が青ざめているのも、言葉よりはその温度のせいだろう。
「そんなつもりじゃ…」
郁乃は答えない。愛佳の肩から手を離して、壁に沿って歩き出す。
「いく、の…」
今にも泣き出しそうな姉に、歯を食いしばって歩く妹。
なんでこんな事になるかなあ。
「郁乃〜」
つとめて、のんびりした声を掛けてみる。
「〜っ、別になんでもないからっ」
郁乃はようやく愛佳を振り返ると、そのままドアを開けて部屋に入っていった。
って、ここ俺の部屋!?
「郁乃の部屋はあっち…」
「寝る」
バタン。ガチャ。
「鍵閉めたよ…」
「いくのぉ〜」
涙目の愛佳と廊下に取り残された俺。
郁乃の言動はよくわからん、というのが正解かな。
<続く>
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。郁乃を怒らせちゃったよぉ…
いい加減な事いうなっていつも怒られてるのに、
「自分が犠牲になれば他人が救われるって発想やめたら」
そんなのも言われた事あるのに。成長のない私ぃ。
「あー、ここで突っ立ってても仕方ないか」
貴明くんの言葉に、とりあえず私たちの部屋に移動移動。
「えっと、お茶淹れるね。お菓子食べる?」
「いや、今メシ食ったばかりだし。。。ってか風呂入ってないんだよな…あちゃ、荷物俺の部屋だ」
「あ、浴衣ならLサイズのあったよ。タオルとかも使ってないし」
郁乃の肌に合わないとまずいのでタオルとアメニティは一通り持参です。
私は押し入れを開けて備え付けの入浴セットを貴明くんに渡しました。
「あ、ごめん、んじゃ借りる。下着は…まあいいか」
入浴セットを抱えて、立ち上がり、ちょっと考え込む貴明くん
「あのさ…せっかくだからここの風呂借りていい?」
「え?あ、うん、どぞどぞ」
部屋に一人になると、、ますますさっきの事が思い出されます。
なんであんなに怒ったんだろう。そりゃ良くない発言だったけど、機嫌も悪かったような。
ああ、食事の時はしゃぎすぎたかなぁ、三人で食事なんて初めてだったからついつい、
でも郁乃も結構楽しそうだったのに、やっぱりお風呂の時の事を根に持ってたのかな、
ああ、でも「できもしない」って言ってたから電車でお菓子を我慢できなかったのが悪かったんじゃ…
貴明くんは気にすることないっていうけど。ああ、落ち着かないぃいい。
思わずお菓子袋に手が伸びるけど、ダメダメ、それじゃ進歩ないと思い直す。
かうなる上はお風呂にでも入って気を紛らわす…あああ貴明くんが入ってるんだった。
大浴場の方に…でも部屋開けちゃうし、郁乃から電話でもあったら困るし…
私はなんとなく窓の外を見遣りました。露天風呂は、竹囲いに遮られて見えません。
入ってるんだよね、貴明くん…
「一緒に入りたかった?」
郁乃の言葉を思い出す。否定はしなかった。
以前に一緒に温泉でも行こうって言われた時は、冗談にしたけど嬉しかったし…
せっかくだから…
私は、再度お風呂に入る準備を始めてしまいました。
ああ、郁乃の怒られたばっかりなのに貴明くんの事優先なんて、ちょっと自己嫌悪。
身体はさっき洗ったから、シャワーで汗流すだけでいいかな…やっぱりもっぺん洗おう。
貴明くんが外から戻ってきたらどうしようとか、部屋の電話が鳴ったら聞こえるかなとか考えながら、
手早く内風呂で身体を洗った後、そーっと引き戸を開けて、外に出ます。
わわ、入ってる。貴明くんは、風呂の真ん中で、こっちに背を向けていました。
何故だか私は、音をたてないようにお湯に入り、静かに貴明くんの背中に…
「振り向いてもいい?」
「うきゃあっ!」
気づいてたよお。
「え、ええっと、あの、ちょっと恥ずかしいからとりあえずそのままで」
「…残念だけど、わかった」
私はそっと貴明くんの背中に寄りかかりました。
どきどきどきどきどきどきどき
背中合わせだと心音はわからないけど、貴明くんの呼吸は伝わってきます。
どきどき、どきどき、とくん、とくん、とくん…。
黙ってお湯に浸っているうちにどきどきが収まってきました。
そうしたら、またさっきの事が頭に浮かびます。郁乃…
ああ、郁乃に怒られたら貴明くんの事考えて、貴明くんの隣りに来たら郁乃の事考えて、
ほんっと、私っていい加減な人間だぁ…
「郁乃の事は、気にしなくていいと思うぞ」
「ふあっ!?」
見透かしたように貴明くん。たしかに、見え見えだったかもしれないけど。
「本人も気にするなっていってたし、別に悪い事言ったわけじゃない」
「でも、貴明くんの部屋に閉じこもっちゃったよ」
「あれは、半分ふて寝で、半分は策略だろう」
「策略?」
「俺と愛佳を同じ部屋に泊めようって」
「あ゛」
収まった動悸がまたどきどき。
「でも、少なくともあの時はすごく怒ってた…」
「…」
貴明くんは、少し考え込んだようでした。
「愛佳さ、郁乃にああいう事言ったの、初めて?」
「ああいう事?」
「自分が替われればって」
「うん…そういえば…」
「そっか、本人や家族に言う台詞じゃないもんな」
今まで、郁乃と話すときは二人きりかお父さんお母さんとだから、
自分が替わって病気になるなんて言葉は出るわけなかったんだ。
「た、貴明くんを他人と言うつもりはないんだけど…」
「いや、むしろ嬉しいよ。家族でもないのに、そこまで入り込んでるってのはね」
「そう言ってくれると…けど、なんであんなに…」
私の呟きに、貴明くんは少し考え込みました。そして、ぽつんと話し出しました。
「前に、病院で待ち合わせして、愛佳が遅れた事あったよな」
「?うん。ごめんね、あの日は確かバスが渋滞してて」
「あの時も散々謝られたから今更謝らなくていいって。それよりあの時…」
ちょっと間をおいて、貴明くんは続けます。
「病室入ったら郁乃がずいぶんうなされててさ、心配して見てたんだが、
目を覚まして言った言葉が「良かった。指が痛い」って。」
「え?」
「変な台詞だよな。俺もそう思って、寝ボケてるうちに郁乃に聞いてみた」
「なんって?」
「夢を見たんだってさ」
郁乃が見た夢の内容は、こういうものでした。
「朝起きたら、突然身体が軽くなって、歩いても痛くない。走っても息があがらない
自分は死んだのかなと思ったけど、普通に学校に通ってるみたい。
家に帰って、食事制限もなくて、薬も飲まなくて良くて、景色もはっきり見える。」
「病気が治る夢…」
「まあ、ある意味悪夢かも知れないな」
現実には、治ってないんだから。
「でも、どうして?」
それなら目を覚まして良い事はないと思うのに。
「夢には続きがあってね」
再度、貴明くん。
「全然元気なのに、親が病院に行くからって言い出して、不審に思いながらついていった。
到着したのはいつもの病院。お医者さんと両親がなにやら話しをしてから病室へ、
やっぱり治ってないのかなって思ってドアを開けたら…」
「開けたら?」
「いつも自分が寝てるベッドに、愛佳が寝ていたんだって」
「!」
「そっから先は詳しく話してくれなかったけど、まあ、夢の中でぎゃあぎゃあ喚いてたら目が覚めたらしい」
「…」
「で、目が覚めたら普段どおり自分が病気のままだったから、「良かった」ってさ」
「郁乃…」
涙が出そうになって、私はタオルで顔を覆いました。
「郁乃は強いな…それに比べて私は…」
「そうかな?」
「そうだよ」
「俺から見たらさ」
ジャバッと水音、貴明くんがタオルで顔を拭いた音でしょうか。
「郁乃は、愛佳にガッチリ甘えてると思うぞ」
「そ、そんなことないよ」
「あるよ。いつも気分に任せて言いたい放題だろ」
「それは私が…」
「さっきも言ったが、なにも悪くない。今日だって。それは郁乃も良くわかってる筈だ」
「そうなのかな…」
「そうだよ。ま、郁乃にとってはいいストレス解消なんだろ」
「だったら…嬉しいなあ」
「ん?」
「郁乃が私に甘えてくれるんだったら、めいっぱい甘やかしてあげたい…」
「本人のためにならなくても?」
「そういう教育は、他の人にお願いしたいな。貴明くん、どう?」
「俺も郁乃には甘いからなあ…」
確かに、いつも口喧嘩してるけど、貴明くんは郁乃に優しいです。
「可愛いもんねー」
「まあ、な」
「ふふふっ」
背中越しに、貴明くんも笑ってる雰囲気が伝わってきます。
貴明くんと郁乃の話ができて、なんだかやっと落ち着いてきました。
あ…安心したら、なんだか…眠く…
すぅ。
<続く>
「愛佳?」
「すぅ…くぅ…」
おいおい。ここは風呂の中だぞ?
背中で寝息を立て始めた愛佳に心の中でツッコむ。
まあ、郁乃の言葉にヘコんでたようだったから、寝られるくらい安心したならいいことだけど。
後で夢の話を郁乃に言わないように釘刺しておかないと…無駄か。今度は俺が郁乃に怒られるなあ。黙ってる約束だったのに。
「くひゅー、すぴゅー」
おいおい、本格的だよ。
がくん。
「とっ」
唐突に、愛佳の背中が俺の背中から滑り落ちる感触。
俺は慌てて振り向いて愛佳の肩を支え、愛佳の顔面がお湯に落下するのを防いだ。
「ふひゃあっ、あれ、わたし、寝てた?」
「ほっといたら完全にお湯に沈没してたな」
「あ、ごめんなさい。なんだかホッとしちゃって…」
うーん、良い事なんだろうけど…
「な、なに?」
「一緒に風呂入ってて、安心して寝られてしまうってのは男としてどうかなーと」
っつーかさ、ずっと背中併せだったから我慢していたけど、今や愛佳の裸体が思いっきり目の前にあるわけで。
俺は肩を支えた腕を、そのまま愛佳の体に回して、後ろからそっと頬を寄せた。
「へ、た、たかあきくん?…」
「一緒に風呂入るの、はじめてだな」
「そ、そうだね…」
「愛佳、あったかい」
「…貴明くんも…火照ってる…」
左手を愛佳の首を抱きかかえ、右手で頭を撫でる。
愛佳がこちらにもたれかかってくると、少し後傾した愛佳の体の前面が、俺の位置からも見えてくる。
ここの温泉は濁り湯ではないので、お湯の中にゆらめく乳房と、お腹のライン、
足を伸ばして座っていたので、前方に伸びる両脚が、光の加減で屈折して見える。但し、脚の根元までは見えてない。
俺は頭を撫でた手で愛佳の頬をこちらにむけて、そっと口づけた。
「んっ…」
食事の時はちょっとついばむ程度のキスだったけど、今度はもう少し深く。
この姿勢だとあまり自由は利かないのだが、舌を差し入れると、愛佳は素直にそれを受け入れた。
「んふぅ、ぅ、ちゅ…く…んん…」
口腔を嬲りながら、左手を首から下に降ろして手前の乳房に触れる。
瞬間、びくっと唇が震えたが、上から俺の唇を擦りあわせるように被せると、また体から力が抜ける。
結構久しく感じていなかった愛佳の柔らかさに、俺は我を忘れて左手を動かし始めた。
「あっ、やあっ…ふあ…んっ…たかあきく…んんんぅっ…!」
いつのまにか離してしまった愛佳の唇から可愛い声が零れる。
左の胸から右の胸、なだらかな麓から既に固く尖った頂、五指全てで愛佳を感じた。
「やっ、ちょっと早っ、あん…んあっ、いま摘まれるとっ…っぅ!」
悲鳴に似た喘ぎに、俺は少し手を休めた。右手で崩れ落ちそうな体を支える。
「あ…たかあきくんに、おっぱいさわられるの、ひさしぶり…きもち…い…ふああんっ!」
少し優しくしようと思った矢先の愛佳の発言に再びキレた俺。
ぐっと抱き寄せて体を密着させると、右手も乳房に届かせて、両手の指で二つの乳首を弾く。
「ひゃっ!あうっんっ、そんなのっ…ちくび…びりびりして…んっ!んんぁぁん!」
上体を反らしてよがる愛佳。このまま胸だけでイきそうな勢いだが、それも勿体ない。
「はあ…はぁ…あぁ…あ…?…あ…それは…」
今度は完全に愛佳の背後に回って後ろから抱きすくめ、両脇から手を入れて、
左手は引き続き上半身を弄り、右手を腰からお腹を滑らせて愛佳の最も敏感な部分に伸ばす。
お湯の中では良くわからないが、そこはぬめっているように感じた。秘裂を押し広げると、指は簡単に奥に侵入する。
「ああ…はぁっ、ここ…弄られてる…んんっ」
「こっちも、久しぶりだな」
「ふあっ?うん…うんっ!、ん、あ、ああっ!」
後ろから覗き込んでも湯中では良く見えない。完全に手探りだが、これでも愛佳のは大体把握しているつもり。
人差し指を深く挿しこみ、中指で入り口を振動させる。左手も動員して肉襞を嬲りあげ、隆起した肉芽を押さえた。
「あ…あ…そんなっ、やあっ、ひゃうぅ、きちゃ…んうぅ!」
こうも素直に反応されると、ちょっと苛めたくなる。
「気持ちいい?」
「あっ、はふぅっ、うんっ、うんっ、気持ちいい…ひゃっ!」
「俺としてない時、自分でしたりする?」
「そ、そんなこと…ああっ…はんっ!」
挿入する指を二本にして、内壁を激しく擦る。愛佳は俺の腕の中で激しく身をよじる。頭が当たりそうになって慌てて避ける。
「そんなこと?」
少しペースダウンして、再び聞き返す。後で怒られそうだが、ちょっと興味あるし。
「えっ、いや…そんなの…あっ、あのっ…」
「正直に応えたら、続けてあげる」
「うぅ…んん…その…だって…たかあきくん、帰り道とか良く触るし…その…途中な時もあるし…」
うわ、そんな事情ですかごめんなさい…ってかつまりそれは回答としては、
「それで?」
「………してます……きゃうっ!?あんっ!」
もう辛抱たまらん。俺はもう全力で愛佳の欲求不満を解消にかかった。
右の中指を愛佳の内部で前後運動させながら、左で秘所全体を激しくまさぐる。左右に振られる愛佳の首筋に口をつけて強く吸いあげる。
「ひゃあっ!んあっ!あぁあぁ!もうっ、たか、たかあきくんっ!わたしっ!あっ!ふあっ!うああああああんっっ!!」
がくんと身体が前後に揺れて、愛佳は果てた。ふらりと前方につんのめるのを抱き留めて、顔面をお湯から救う。二度目か。
「はあっ…はあっ…はぁ…ぁ…」
「可愛い」
「あうぅ…」
俯く愛佳。ふと、背中にあたっている俺の感触に気付く。
「あっ、た、貴明くん全然気持ちよくなってないよねっ!?」
「いや、愛佳が良ければ俺も気持ちいいんだけど」
「だ、だめだよそれじゃあ」
何がダメなのか良くわからないが、愛佳には愛佳なりの考え方があるらしい。
くるっと正面を向くと、お湯の中で俺のモノに触れ、お湯面を見つめて…
「あ、あのね、ちょっとそこに座って?」
俺を風呂の縁まで押しやって、縁石に座らせると、脚の間に身体を入れてくる。
外気に触れて少し冷めかけた一物を両手で包んで撫で回す。うあ、お風呂でふやけた愛佳の手がなんとも微妙な感触。
すぐに最高潮クラスに育った物体を上目遣いに見つめる愛佳。すうっと顔を近づけて…
ペロッ。可愛い舌で舐めあげた。しかもいきなりカリ。
「うっ」
「へへっ」
俺の反応に満足気に笑うと、愛佳はかぷっと肉棒をくわえこむ。横笛というか、ハーモニカというか、そういう態勢。
そのまま左右に首を動かす。口の中では、舌をぴったりと巻き付かせて棒の下半分を舐め回す。
愛佳の顔の動きに合わせてびくびくっと震える俺のアレ。既にかなりやばい状況
それに気づいてか、愛佳は横往復運動を収めると、今度は正面に向いて先端部を銜え、
そのまま自分の口腔内に男を挿入させた。じゅくっと唾液に包まれる俺の怒張。
ぐちゅ、くちゃ、くちゅ、ぐちゃ。
わざと音を立ててるのか、愛佳の口から怒張が出入りする度にいやらしい水音が鳴る。
唇から零れた唾液が、糸を引いて袋の部分まで流れる。それを掬い取るように手を添えて、ふにふにとこね出す愛佳の両手。
「ま、愛佳、ちょっと、もう、ヤバイ…」
「ふん、ひふへほひひよ」
愛佳はを離さずに応えると、さらに勢い良く前後に棒をしごく。
口奥に入る時には喉まで達し、唇付近まで戻された時には舌が激しく絡みつく亀頭は、痺れるような快感に限界を迎えた。
びくんっ、と迸りの予兆が来た瞬間、愛佳は思い切り奥まで肉棒に吸い付いた。
「うあっ、愛佳っ!」
びゅくっ、どくっ、どくっ、びくっ…
暫くぶりの射精は、結構な量が出たが、愛佳はこくこくと飲み干してゆく。
「おいしくはないんだけど…貴明くんが嬉しそうだったから…」
以前に精液を飲んで貰った時の愛佳の言葉が思い出される。
全然意味ない行為だし、美味しくないっていうより気持ち悪いだろうし、無理強いはしてないつもりなんだけど、
何故か愛佳のこういう姿に喜びを感じてしまう俺。それは、愛佳にとっては強制されてるのと同じなのかも知れない。
「…すごく…気持ち良かった」
だから素直に感謝。
「えへへ…どういたしましてっ♪」
そして、物凄く満足そうな愛佳の表情。もうね、可愛過ぎ。
しかし攻守交代が一巡したからには次は…
「へくしっ」
「あ、寒かったよね…ってほああ」
「そっちは茹だってるぞ」
俺はさっきから脚しかお湯に浸かってないし、愛佳は入りっぱなしだし。
「続きは部屋で…いいかな?」
「は、はい…」
あがる前に、二人で身体を洗いっこしたのはいうまでもない。
「ちょっとだけ、郁乃の様子を見てくるね、貴明くん、部屋の鍵貸してくれる?」
浴衣に着替えた所で、愛佳がそう言い出した。
「ああ」
お預けを食った気分で、俺は愛佳に鍵を渡す。
部屋の入口まで歩いていって愛佳、ふと振り返る。
「あれ?鍵?」
「さっきは声掛ける雰囲気じゃなかっただろ」
「ああ、そっか」
至極簡単に納得してくれるな。
深く考えると俺がこっちの部屋に来る理由もない事になりかねないんだが。
えーと、あの、そう、既成事実は作ったもん勝ちってことで。
睡眠中寝苦しくなって、半分目が覚めた。ぼうっと意識が開く。
見慣れない天井に、いつもと違うベッド。
「ああ、こっちは洋室だったんだっけ…」
ちょっと頭を動かすと、鈍い痛みが頭蓋骨の中に響く。
経験上、自分がどういう状態なのかは概ねわかる。
熱出しちゃったなあ。
大した事はなさそうだけど。やっぱりはしゃぎ過ぎたかも知れない。
解熱剤が必要な程の発熱ではないと思うので、そのまま寝ることにする。
姉には「なんで言わなかったの!」って怒られるんだろうけど。
明日の朝に下がってるかも知れないし。せっかく貴明と二人になれただろうに邪魔したくないし。
なんとはなしに部屋を見渡す。例の特別室ほどじゃないけど、シングルにしては広い部類。
点けっぱなしのフットライトで薄暗く照らされた部屋。
病室で相部屋の人がいない時もそうだけど、体調が悪い時って、一人だと圧迫感を感じる。
「寝よ」
とにかく目を閉じる。穏やかな睡眠とは言い難いが、熱で薄れた意識がぼうっと消えてゆく。
どれくらい微睡んだだろうか。
ガチガチャと扉の鍵を開ける音。
貴明が荷物でも取りに来たのか…にしてもノックくらいして入りなさいよ。って元々アイツの部屋だけどね。
ひたひたと近づいてくる足音。
あ、この静かにしようとして何故か気配が全然静かでない感じは…
「いくの、寝てるよね?」
姉だ。
「えへへ、今日はごめんね」
別に謝る必要はない。
「それと、ありがとう。」
ん?
「気を遣ってくれたでしょ。私と貴明くんに」
別に…
「まったく、困った子なんだから」
半分くらいは、アンタのせいだ。
「いい子いい子…」
頭に添えられる柔らかい手。あ、冷たくて気持ちいい…
「あれ?郁乃、熱い!?」
バレた。
額に手を当てて体温を測る姉。
「ど、どうしよう、と、とりあえず救急車っ!?」
とりあえずで救急車なんて呼ばれたらかなわないので、あたしは目を開けた。
「たいしたこと…ないわよ」
「あ、起こした、ごめん。そっか、じゃないや、えっと、タオルタオル、体温計体温計…」
姉はあたしの荷物を取りに行こうと、慌てて部屋を出ていく。
「座薬座薬」
いらん。
バタンと扉が閉じた瞬間、また一人になって、ふと不安になる。我ながら情けない。
でも、意外な位早く、今度はバタバタと騒がしく、部屋の人数が増える。
「で、どれが病気用具なんだ?」
病気用具なんて単語があるだろうか。貴明まで呼ばなくてもいいのに。
「え〜っと、確か…あ、それは下着のバッグっ」
おい。
ピピピピッ、ピピピピッ
「8度1分」
「ん、そんなもんかもね」
「ほい、洗面器」
「ありがとう」
貴明が洗面器に水を入れて持ってくると、姉はタオルを絞って額に乗せてくれた。
すーっと、額から体温が奪われていく感覚。なんとなく、安心する。
「やっぱり遠出で疲れたんだね」
「はしゃいでたしな」
「うー、否定はしないわ。まあ、一晩寝れば治るわよ」
「うん、ついててあげるから、安心して寝ててね」
「ごめん…せっかく二人でイチャついてたのに」
「ええええーっ?な、なななななんのことお?」
「やっぱりイチャついてたんだ」
「う゛」
「そっちが仕向けたんだろうが」
「だからごめんって言ってんじゃない」
「そ、そんな事どうでもいいんだよぉ」
「そうか、俺の事はそんな事なのか…」
「ああっ、そういう意味じゃなくてねっ?」
「いーよーだ。そのうち埋め合わせて貰うから」
「なんか…その言い方怖いよ貴明くん」
「ぷっ」
「ぶぅ〜、郁乃が笑うぅ〜」
「くくくっ…っつつつ」
痛たたた。思わず笑ったら頭痛がぶり返した。
「ああっ、大丈夫?汗かいた?シーツ替えようか?」
「そんなでもないからいい」
「なんなら俺が着替えさせてやるぞ」
「死ね」
「遠慮するな。どうせさっき腋を拭くときに結構見えた」
「死ねっ!死ねっ!今ここでっ!」
「ああっ、郁乃の顔が真っ赤に!興奮させちゃダメだよ貴明くん」
「ああ、悪い、ついつい」
こういう時でも普段どおりなのは有り難いと言えば有り難いけど。
「えっ〜と、それで座薬の入れ方は…」
だからそれもいらんっ!
翌日になっても、郁乃の熱は下がらなかった。
よって観光の予定は中止。朝食もそこそこに、早めの電車で帰宅することにする。
「タクシー呼んで貰ったから、すぐ来るってさ」
「ありがとう。こっちも家に電話入れたから、とりあえず帰ろ」
「ごめん。あたしのせいで」
「ふふっ、私と郁乃に「ごめん」は無しでしょ?」
そんな約束あったのか。愛佳はいつも謝っているように見えるが。
「う、でも二人じゃないし」
「愛佳と郁乃の間でそうなら、俺にもそれは無しだ」
「…ありがと」
「そうそう、それでいいの♪」
いつも自分が言われている事を言って得意そうな愛佳であった。
来るときは歩いた道のりをタクシーで駅まで。帰りの電車も、無事ボックスを占領できた。
熱で寒気がするという郁乃に、愛佳と俺の上着をかける。
「くしゅん」
「ぶるるっ」
くしゃみをしたのは愛佳。身震いしたのも郁乃じゃなくて俺。
車内は、ちょっと冷房が効きすぎていた。郁乃でなくとも肌寒い。
「冷房効きすぎ、かな?」
「ちょっと車掌に言ってくる」
〜ただいま、空調機の故障のため、車内の温度が若干低くなっております〜
クレーム阻止を狙ったようなタイミングで、アナウンスが流れた。
「故障か」
「止めたら暑いだろうし、仕方ないかな」
「こんなにいらないわよ」
そんな俺達の様子に、上着を返そうとする郁乃。
「あ、全然平気」
「なんなら上半身裸でもいいぜ」
「それはやだぁ」
「あんたらねぇ…そっちが風邪ひいたらあたしに移るでしょ」
郁乃も言い出したらきかない性質だ。無理にでも愛佳に上着を戻す。
当然押し返そうとする愛佳、膠着状態に陥るかと思われた瞬間、
「じゃあ、一緒にかぶろ?」
名案か迷案か、愛佳が郁乃の左隣りに移動して、二人まとめて自分の上着にくるまる。
「ちょ、ちょっと、恥ずかしいよ」
「でも、これならあったかいでしょ?」
「う…まあ…」
いやはや、なんとも微笑ましい光景ではないか。
「貴明くんも」
「ああ…っておいっ!」
「だって上着ひとつじゃ小さいし、貴明くん寒いでしょ?」
そうは言うがな愛佳。俺は男だし他人だし。そもそも郁乃が怒るだろう。
「…はい」
が、郁乃は、少し愛佳の方に身を寄せて、狭いながらも俺が座るスペースを空けた。
「あんたが来ないと姉も出るって言うでしょ」
確かに予測できる行動だ。こうなると、俺一人で意地を張るのも居心地が悪い。俺は覚悟を決めて、郁乃の右隣に移動した。
愛佳の上着を郁乃と愛佳に、俺の上着を郁乃と俺に、それぞれ掛け直す。
小柄な郁乃が真ん中とはいえ、二人用の席に三人座るのはかなり狭く、
必然的にお互いの体が密着する姿勢。郁乃は、やはり熱っぽい。
「郁乃、暑くないか?」
「…あったかい」
どきっとするくらい素直な口調。
「うん、あったかいね」
愛佳は、上着の下で郁乃の手を握っているようだ。
郁乃の右手が、俺の左手に触れた。手を引っ込めかけて、しかし相手が逃げないのでこちらもそのまま留まる。
やや間をおいて、俺はそっと郁乃の手を握った。かなりの覚悟が必要だった。
郁乃は、そのまま背もたれに深くよりかかって目を閉じた。
向こう側の愛佳が見える。顔を見合わせて、なんとなく頬が緩む。
短い時間、三人、穏やかに過ごした。
「気をつけて帰ってね」
「ああ。そっちもな。帰ったらちゃんと寝ろよ、郁乃」
「ガキじゃないんだから余計なお世話よ」
「旅行ではしゃいで発熱なんて、どう見てもガキだ」
「うるさいっ」
「ああ、喧嘩しないの〜」
帰りもまた3駅前で降車して、姉妹はタクシー、俺はバス。
まあ、俺はそのまま電車でも良かったんだが、やはり名残惜しかったのでお見送り。
車椅子と荷物をトランクに放り込む。来るときも感心たくらい結構な量だが、
先ほど電話を入れたお陰で、小牧家には母親が待機している筈、まあ大丈夫だろう。
郁乃と愛佳はまたも二人で上着を被って車に乗り込む。
服の下では、まだ手をつないでいるようだ。
色々面倒な二人だが、こういう時にはつくづく仲の良い姉妹だ。
「…色々ありがと。楽しかった」
車の中から呟く郁乃。
「突然素直になるな。気色悪い」
「ふん、結構嬉しいくせに、こういうの」
「いつも素直ならもっと嬉しいぜ、お兄ちゃんは」
「うわ、気色悪い」
「結構嬉しいくせ…」
「嬉しくないっ!」
「はいはいそこまでそこまで、じゃ、じゃあ、またね〜!」
ブロロロロロロロ…
タクシーが走り去ってから、気が付いた。
愛佳ーっ!俺の上着上着!
大丈夫だったんだろうか。
郁乃の体調も、愛佳が持っていった俺の上着の処遇も気になる。
連絡しようにも、愛佳携帯持ってないしなあ。
旅行の翌日、俺はそんな事を考えながらリビングでぼんやりしていた。
カチャカチャ
ん?なんか玄関の方で音がする?
気になって玄関に出てみたが、誰もいなかった。あ、そういえばチャイム壊れてたっけ。
セールスでも来て、諦めたかな?リビングに戻った俺は、そこで窓の外に奇妙なものを見た。
愛佳だ。いや愛佳が奇妙とは言わない…ちょっと変な時も多いけど。奇妙なのは仕草で、
なんか上の方を見上げて、真剣な表情。右手を握りしめて、それをがばっと振り上げて、
へろっ、と小石かなにかを投げた。コケンっと庇にあたって跳ね返る。
「う〜〜〜っ」
納得のいかない様子の愛佳。なにやらひとしきり唸った後、
再び地面を探して石を見つける。また、大仰に振りかぶって、投擲!
ぶんっ、今度は庇には当たらない。というか、投げたものを見失って左右を見渡す愛佳
すけん。
「ふえ〜〜〜〜ん」
人間が、自分の投げた石に脳天を直撃される場面というのは、なかなか見られるものでもないな。
しばらく地面にしゃがみこんで凹んでいた愛佳。気を取り直して、再び…おい。
今度は握り拳二つくらいの石を両手で抱えている。なんか重さでよろよろと。
流石非力娘。いやそうじゃなくて、そんなん投げたらガラス割れるって。
「うー、せー、のぉ!」
「なにやってんだ愛佳」
「わきゃあっ!」
慌てて窓を開けて声をかけると、それ以上に慌てた愛佳は、バランスを崩して盛大に後ろに尻餅をついた。
私服の巻きスカートが遠慮なくめくれ上がって、今日は白か、素晴らしい。
「げ、玄関のチャイムが鳴らないから、部屋にいると思って、石投げて気づいてもらおうと思って、それで」
リビングでソファーに座るなり言い訳を始める愛佳。
「ノックくらいしてくれればいいのに。まあ、俺も悪かった」
お茶を出す。お茶菓子もまあ適当に。
「郁乃、大丈夫か?」
「うん、熱も下がって、一応今日病院にいったけど」
「そっか」
「今日はその報告と、これを返却に」
スポーツバッグから取り出したのは、昨日持って行かれた俺の上着
「それ…見つからなかった?」
「タクシー降りる前に気づいて隠したから大丈夫だと思う」
それは愛佳にしては上出来だ。郁乃が気づいたのかも知れないが。
「いずれ、愛佳のご両親とも会いたいな」
「そうだね…もう少し落ち着いたら…」
郁乃が学校に復帰したらそっちでも接点できるし、機会があるかもな。
卒業前には、きちんと話をしておきたい。
「それとそろそろ携帯電話」
「欲しいよねぇ」
「俺の家は一人だからいいんだけどさ」
「うん…だんだん悪いコになっていくなぁ私」
苦笑する愛佳。笑い事でもない気もしないでもないが。
「今日時間ある?街にでも行くか?」
「そ、それなんだけど」
「ん?」
「その…もし…時間あったら…」
急にモジモジしだす愛佳。
「おとついの埋め合わせ、したいな…」
ああもうっ!ほんんっとうに悪いコになりましたね委員ちょさんはっ!
ザーッ
一昨日のやり直し、ってわけでもないのだが、とりあえず二人でお風呂場へ、
体が冷えないようにシャワーをかけながら、お互いの身体を手洗いする。
「あ、あははっ」
「なに?」
「おととい郁乃を洗った時に散々騒がれたんだけど、気持ち分かるかも」
「恥ずかしい?」
「なんか照れるよぉ…うひゃっ!」
郁乃、なにされたか知らないが安心しろ、仇は俺が取ってやる。
「あっ、貴明くん、それは、洗ってるんじゃなくって…あんっ」
石鹸を塗りたくった手で愛佳の体中を撫で回す。
肩から背中、腰、お尻まで満遍なく触った後、無抵抗なのを良いことにお尻の間から前に手を回した。
「ひゃあっ!そんなのっ!」
体の下から腹部に手を伸ばされて、愛佳は腰を浮かす。
俺は愛佳が転ばないように左手で支えながら、股間を腕で持ち上げて、四つん這いの姿勢にさせた。
「ど、どう…するの?」
肘を風呂場の床につけてお尻を突き出す格好で振り向く愛佳。不安そうな表情がまた可愛い。
逆向きに腰を抱きかかえ、太股を開くと、お尻を覗き込むようにして後ろから秘所をまさぐる。
「ふえっ…あ…やぅ…んっ!…んっ…っはぁ!」
身をくねらせる愛佳。露天風呂と違って狭い風呂場では体が密着して肌が擦れ合う。
「とっ」
滑った拍子に体勢が入れ替わり、愛佳の目の前に俺の股間が来る。
シャワーで石鹸を洗い流すと、ごく自然にそれを口に含もうとする愛佳だが、
「今日はいいや」
「ん?」
「それより…」
再び四つ足愛佳の後ろに回りこんで、後ろから腰を抱く。
「早く、愛佳に入りたい」
「あ…、わたしも…貴明くんが…欲しい…」
同意の言葉に、俺は風呂場のドアを開けて、用意しておいたゴムを手にとった。
ちなみに、持ってきたのは愛佳の方だ。
それを愛佳が受け取ると、既に張りつめた怒張に丁寧に被せてくれた。
俺のモノを見つめる目つきが、ちょっと物欲しそうだったのは気のせいだろうか。
「後ろ、向いて」
「…はい」
三度四つん這った愛佳のそこを触って確かめる。もう完全に準備完了の雰囲気。
「あああっ!」
俺は、ゆっくりと愛佳に入った。往復はさせずに根元まで楔を打ち込む。
うっ、ヤバイかも知れない。愛佳の内部は、熱くぬめってあまりにも快い。
一度抜いて貰わなかった事を、俺はかなり後悔した。これは長持ちしそうにない。
「た、た、たかあき、くぅんぅ」
切なそうな愛佳の声に意識を戻す。
俺は、ちょっと卑怯だが、動かずに背中に覆い被さり、胸に手を伸ばそうとする。
「や、やぁ…お願いです…もう…わたし…」
が、愛佳の哀願に手が止まる。
「いじわる…しないでぇ…」
あまりにもいじらしい声に、俺は覚悟を決めた。愛佳の腰を両手で押さえると、いきなり強く動き出す。
「ひゃうっ!ああんっ!ありが…と…ううんっ!ふあっ!あっ!いいっ!ひあんっ!」
律動に合わせて絡みつく愛佳の内壁、強烈な快感に、あっというまに射精感を覚える。
ごめん、愛佳。情けない俺を許しておくれっ!
「ああっ、はうっ、やだっ!もうきちゃうっ!あんっっ!あ!ごめんなさいっ!わたしっ!わたしぃい!」
だが、愛佳の方も予想以上に早く絶頂を迎えようとしていた。やはり貯まってるものがあったのだろうか。
「くっ、まなかっ、まなかっ!」
「たかあきく…ああ…ああああああんっっっっ!」
どくっ、びくっ、どくんっ、びゅくびゅくっ
なんというか、男としては哀しいくらい早かった今回の俺だが、時間以上に強烈な交渉だった。
愛佳の方も急激に上り詰めたせいか、半ば意識を飛ばした虚ろな目で俺を振り向く。
「こ、こんなに早くイッちゃったの…はじめて…ごめんね…で、出た?」
いや、思いっきりフィニッシュしてるんだが、気づかないくらい乱れてたのか…
「出た。っつーか、俺の方こそヤバかった」
「よかった…あはは、久しぶりだったから…あ…また…おっきく…」
挿入したままの俺の一物は、不本意な一戦のリベンジを果たすべく再度起動を開始していた。
「ん…んぁん…なんだか…」
愛佳の女の部分も、まだ満足できないとばかりに俺を締め付けている。
「まだ…いけるよね?」
「うん…こんどは…もう少しがんばる…」
「それは俺の台詞」
事実、俺は頑張った。愛佳も、頑張った。
紅い日差しが、リビングを染めている。
眩しさに目を開けた俺は、心地よい疲労に毛布にくるまったまましばし微睡む。
夕日から顔を守ろうと右腕を上げると、毛布に新しい空気が入り、肌を直接撫でる。
あ、裸で寝ちまったんだっけ。俺は右手を下ろし、左半身に触れる体温を意識する。
「くぅー、すぅー」
俺の左腕を枕に、生まれたままの姿で愛佳が眠っている。
「うふふふひぃー」
なんだか間抜けな寝息、顔には何が幸せなんだろうってくらい腑抜けた笑みが浮かんでいる。
俺も、何がこんなに幸せなんだろうってくらいの幸せを感じて、愛佳の髪に唇を寄せた。
「んふぅ〜、あ、たかあひふん?」
「起こした?悪い」
「ううん〜、大好きぃ〜」
明らかに寝ぼけて、べとっと抱きついてくる愛佳。俺の胸に顔をスリスリ。
う、俺の下半身が反応してる。あれだけヤった後なのに。
結局風呂場で二発、脱衣所で散々乳繰り合った後、リビングの台所で立ちバック、最後はソファで…
俺も相当グロッキー、一戦ごとに気絶寸前だった愛佳は、後始末の途中で早くも寝息を立てていた。
それでも裸の愛佳に抱きつかれると元気になりかかるのは若さ故。
とはいえ、さすがにこれ以上はヤバイ。ここで手を出したら絶対に家に帰したくなくなるし。
…あれ?愛佳、帰らなくていいのか?
「愛佳?」
俺は愛佳をつっついた。
「うう〜ん、もう…」
「食べられないのはいいけど、時間大丈夫か?」
「ん〜、ん、んんぅ〜」
やっと目が覚めてきたのか、むくっと起きあがり大きく伸びをする愛佳。
すとんと両手を下ろすと、なんの防備も無く突き出された乳房がぷるんと揺れる。
思わずじっと見つめる俺。愛佳はきょとんとした様子で、左右をきょろきょろ。
「あ、あれっ?私っ?えっ?えええ〜っ!?」
「いや今更驚かれても」
「はううぅ…」
毛布を胸に巻いて、というより抱きかかえて縮こまる愛佳。
「ああ、寝ちゃたんだっけか」
「そらもう盛大に」
「うぅ…なんだかかなり恥ずかしい事をしてたような記憶がないでもないぃ〜」
「それも今更」
「うん…そうだね…あははっ」
愛佳にしては意外と照れもなく、むしろ屈託なく笑う。俺も同じ。
そう、幸せな事を恥ずかしがる必要は、どこにもないんだから。
「服、着ないと…って、あれ?今何時?」
「だから最初にそう聞いた」
時計を指さす俺。顔を向ける愛佳。
「へっ?もうろくじぃ〜っ!?」
ベタなギャグかと思ったが、愛佳は本気で焦っているらしい。
「お父さんもお母さんも夜出かけるから、郁乃についてあげないといけないんだった。
というか買い物頼まれてたんだけどもう時間ないい〜。それ以前にバスの時間がぁ〜!」
「いいから暴れる前に服を着ろっ!」
裸のまま外に出ていきそうな勢いで慌てる愛佳。
ドタバタと着替えて、身づくろいもそこそこに飛び出す姿を見て思った。
やっぱり、愛佳は悪事には向いてないな、と。