こんな時間にささらSSです。
さっき思いついて勢いで書きました。
ドラマCD2巻「ラブラブパニックライブラリー」の後、という設定なので
諸々ご注意ください。
放課後。
陽は傾いて、窓からはオレンジ色の光が長く差し込んでいる。
俺の少し前を、書類の束の入った箱を抱えて歩く久寿川先輩。
両手でなんとか抱え込めるサイズの箱にギッシリと紙が詰まっているだけに、
ちょっと重そうでフラフラしている。
支えるか、運ぶのを変わってあげなくちゃと声をかけようとするんだけど――言葉に詰まる。
まるで声の出し方を忘れてしまったように。
そう、今の俺は、先輩に呼びかけることすら出来ないんだ。
* * * * * * * * *
異性に慣れるため、二人きりのときはお互いを名前で呼び合う。
俺と小牧さんでやっていた秘密練習が何故か生徒会室でも取り入れられて数日。
俺の羞恥心ゲージはそろそろ限界を迎えていた。
「あの、くす……さ、ささら?」
思わず久寿川先輩、と言い掛けて慌てて訂正するけど、やっぱり声が上ずる。
「な、なにかしら? た、た、貴明さん?」
先輩も負けじと声が上ずってる。
やっぱりダメだ、俺には無理だ。
「その、この呼び方、やっぱりやめにしません?」
「え?」
「だ、だって、その、恥ずかしいですし……」
「……」
「それに、仕事だって前の方がやりやすかったような…」
「……私のこと、名前で呼ぶのが嫌なの……?」
「そ、そういうわけじゃ!」
「嫌なのね……嫌なんだ……」
先輩の表情が途端に曇り、半ば泣きそうな状態になる。
慌てて俺は先輩に呼びかける。
「せ、先輩!」
俺の呼びかけにビクッとしたあと、久寿川先輩は悲しそうに少し笑って答えた。
「いいの、そうやって前みたいに『久寿川先輩』って呼んでくれれば」
地雷は俺の足の下で、しっかりと踏み込まれていた。
そんなわけで、それから三日。
俺は相変わらず生徒会室に通っているのだけど、一度も先輩の名前を呼んでいない。
もちろん下の名前だけでなく、「久寿川先輩」とすら。
どうしても必要なときも「あの――」とか、「えっと――」とか、そんな
あいまいな呼びかけでごまかしながらなんとかやり過ごしてきた。
まるでそれがお互いの距離を表しているかのように、先輩の態度も余所余所しい。
今までなら俺に頼んでいたであろう雑用も、出来るだけ一人でやろうとしているみたいだ。
だけど、いまさら名前で呼びかけるなんてできるわけもないし、かといってまた「先輩」なんて
呼んでしまうと今以上に大変なことになりかねない。
でもやっぱり、名前を呼ぶことが出来ないというのは問題だ。
名前をごまかしながら伝えるような言葉には、どうしても重みがないように感じる。
手伝いの手を差し伸べようとしても、どこかしら嘘っぽくなってしまいそうで、
それが怖くて俺は声をかけられずにいる。
名前ってのは、意外に重要なもんなんだなぁ……。
物思いに耽っていたら、知らない間に階段に着いていた。
そうか、あの書類、3階の教室まで運ぶんだっけ。
久寿川先輩は箱を抱えて、さっきよりもフラフラしながら階段を上っている。
と、その瞬間、先輩がグラリとバランスを崩して、こちらに倒れてくる。
危ない!
思った瞬間、身体が動くと同時に思わぬ言葉が口から飛び出ていた。
「ささらっ!」
保健室へ向かう廊下、背中には久寿川先輩。
階段から落ちそうになったところを間一髪で抱きとめたものの、足を挫いてしまったらしい。
顔を真っ赤にしてしきりに遠慮する先輩をなんとかなだめすかして、おんぶ状態で保健室へと連れて行く。
「こ、河野さん……」
耳元で先輩の声がする。
「な、なんですか……?」
「あの、さっき……」
「さっき?」
「私のこと……その、ささら、って……呼んでくれた?」
俺はそのことに今更気がついて、恥ずかしくなって、真っ赤になった。
「い、いや、その、あれは、だから、咄嗟に……!」
「咄嗟に、名前で呼んでくれたの?」
ぐうの音も出ない。
「……た、貴明さん?」
耳元でなければ聞こえないぐらいの大きさで先輩が囁く。
「……さ、ささら……」
俺も、心臓の鼓動でかき消されそうなぐらいに小さな声で答える。
背中で先輩の気配が少し揺れる。
なんだか、先輩の身体が暖かくなったような気がする。
これが名前で呼ぶ力なのかな。
「貴明さん……」
さっきよりも大きな声で、先輩は俺の名前を呼んだ。
俺も先輩の名前を、さっきよりも大きな声で呼ぶ。
「ささら」
顔が赤い理由は、照れているからか、それとも夕日の光に照らされてか。
オレンジ色の光が長く差し込む廊下。
間違いなく、ルール通りに、俺たちは二人きりだった。
コンパクトかつキレイにまとめようとしすぎて失敗しました。
ささらの魅力がまったく出ていない罠です。
もうちょい精進します…。