寒い。地下鉄の階段を上がるごとに増す冷気に、ささらはミトンの手をすり合わせて息をはきかけた。
路地脇の排水溝から立ち上る水煙と、スチームから漏れる湯気に身を浸しながら、ストリートを行きかう人々。空を区切るように聳え立つ高層ビルの向こうから挿し込む夕日は、もう彼女たちの頭上まで光を降らせてはくれなかった。
「今日は、河野君が来るんだったわね」
隣りを歩く母親が、首にマフラーを巻きなおしながら言う。
「うん」
「大学はどうなの? 早く終わりそう?」
「ううん、わからない。先生の講義って、いつも伸びるから」
「そう」
何だったら、今日は休んでも構わないのよ? とでも言いたげな口調の母親に、彼女は微笑んで言った。
「貴明さんは夏休みを返上して頑張ってくれたんだもの。私だけさぼるわけにはいかないわ」
「ささら……」
でしょう? と小首を傾げる娘の頭をそっと撫でてやり、母親も微笑んだ。