1 :
名無しさんだよもん:
___ __/_ 〃
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,.-‐' "´ヽ::::::y'´ ミヽ、
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! >ヘヽヽノ:ト、 `ニニ´ /|.::|i:.|;;i;;i`ー‐ヘ
/ヽ-‐7´/;;イ:::>..,._ ,.イ::::::|.::|l:リ^介r、;;_j;;;;\
/;;;/ノ;rくハ二__ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄__コニミ{ノ:/ノ,リ`´`'ーヘ
/;;;;ィ"~^ヽ`ミミ片__W ̄`' ̄`' ̄″|:..:`Y彡'″
´"´ >'-ニ_ `'´ ̄`' ̄`' ̄`゚ヒ'ー-ト、
/ 弋ー--t--ァ-ー¬´「lY ヽ、
/ ヽ::.::.:У::.::.;:-┤j !| \
/ ヽ / ヽ::/::.::./´ r'⌒ヽヘ ヽ
新スレおめ保守
ほす
保守
ほすほす
7 :
名無しさんだよもん:2005/11/24(木) 19:07:21 ID:HWzAHtz90
age
あぁあぁ導入の端折り方がわかんねぇよ…
こみパでやる、って言ってから何日、いや何週間だよ…
お気楽ごくらくネタで行こうとした漏れに何かが圧し掛かる。
保守するダニ。
回避
>>8 がんばってくださいな。
……ていうか、落ちないかが心配だなぁ。
12 :
名無しさんだよもん:2005/11/27(日) 13:48:50 ID:IPB7ZYEA0
トゥエルブンド
保守協力
保守。
………ごめん、今度はぶつ森やってて筆進んでない(´・ω・)
さらに保守
>>14 こちらはモンスターハンターポータブルやっててまとめが進んでない。
……だめじゃん。
──先月クーヤさんがトゥスクルに出向いた際に、ひとつのお土産を持って帰ってきた。
それは、私達の世界の“りーぽん”にとても良く似た遊び道具。
伝え聞いた話だと、トゥスクルの領内から出土したらしいけど…。
「アハハ、ポン!」
…取り敢えず、今はハウエンクアさんとそれを打っている。
ハウエンクアさんの後ろには、その様子をどこか楽しげに見守るヒエンさんの姿も。
時々凛とした表情の兵士の人達がやってきて2人と言葉を交わしていく事がなければ、この光景はひどく平和に見えた。
たまに、今この國が戦時下にある事を忘れてしまうぐらいに。
現在クーヤさんは、木田君達を連れてトゥスクルに行っている。
こんな戦時下に…と零す人もいるけれど、こんな戦時下だからこそ、私達の様に力無い、たくさんの“迷い人”が苦しんでいるはず。
そういった人達を捜し出して助ける為、あるいは知己の“迷い人”と引き合わせる為に、木田君達は頑張ってくれている。
そうして疲れて帰ってくる木田君や、激務で精神的にも疲弊しているヒエンさん達をこうして癒してあげたりするのが、今の私の役目。
それは不謹慎だけど幸せな事だと、今は思っている。
でもそれはそれ、これはこれ。
「ポン」
ハウエンクアさんが切ったリーチ牌のアルルゥを食い取って、現物のエルルゥを切る。
次順、ハウエンクアさんはカミュをツモ切り。私はエルルゥを手出し切り。
「現物の回し打ちかい?そんな事してたらボクが先に和了っちゃうよ。アハハハ、リーチ!」
ハウエンクアさんがリーチ宣言。出た牌はハクオロ。
「ロン」
「はい?」
「三色、辺境の姉妹草、ウィツァルネミテアの契約で560点」
「なっ、なんだってぇーーー!?」
「手出しのエルルゥ牌は回し打ちではなく溢れ処理であったか…流石雪緒殿、お見事」
ヒエンさんが感嘆しながら私の打ち筋を分析し、そしてそれは的を射ていた。
回し打ちだと思わせておいた方が当たり牌が出易いと思ったからそうして、実際その判断は正解だった。
「くうぅっ、また負けた!雪緒強すぎるよ!!」
牌を掻き回して喚くハウエンクアさんに、私はぺこりと無言で会釈して返す。
ちなみにこれまでのハウエンクアさんとの戦績は、私の26勝3敗。
決して口には出さないけど……私が強いと言うより、少し、ハウエンクアさんが弱すぎるだけ。
「うう…聖上達が帰ってきたら、みんなの前で雪緒をギャフンと言わせて驚かせたいのに…」
私の心の声が聞こえでもしたみたいに、ハウエンクアさんは小さく顔を落としていじけ始める。
…たまには負けてあげた方がいいかしら?
「まあ、そう気を落とすなハウエンクア」
そんな様子を流石に見かねたのか、ヒエンさんがハウエンクアさんに声をかけた。
「なんと言うか、そう…貴様の強さはこんな事で発揮する為のものではないだろう?
聖上を驚かせたいなら、シケリペチムの軍勢を叩き伏せて軍功を立ててみせればいい。
その方がの気も晴れるし、きっと聖上も吃驚して貴様を見直すだろうさ」
「そっか、そうだよね!」
「ああ、そうだとも!」
流石ヒエンさん。ハウエンクアさんの扱いに慣れてる。
「アハハハ!そうと決まれば落ち込んでなんかられないや!
すぐにアヴ部隊を率いて、シケリペチムの雑魚共を薙ぎ倒してくるよ!」
「穴人如きに雑魚扱いとは心外だな」
(えっ!?)
「何奴!!」「誰だい!?」
不意に部屋の隅から男の人の声。
三人揃って視線を向けると、そこには不思議な髪型と眼鏡の男の人が、傲岸不遜な笑顔を浮かべて立っていた。
「貴様、シケリペチムの者か!?」
「たった一人でやってくるなんていい度胸だねぇ!」
ヒエンさんが長刀を、ハウエンクアさんが鉤爪を抜いて男の人ににじり寄る。
「いかにも。我が輩の名は九品仏大志。そちらのお嬢さんと同じ“迷い人”ながら、シケリペチムの密偵頭を務めている」
……確かに。あの人の耳は私達と同じ迷い人──つまり私達の世界の住人のそれと同じ形をしてる。
「へえぇ、ひ弱な迷い人を密偵頭なんかに据えるなんて、シケリペチムも堕ちたもんだねぇ」
「…迷い人よ。悪い事は言わぬ、投降せよ。クンネカムンは迷い人に寛大だ。今なら手厚い保護を約束する」
「それを良しとするような者が、我が國の重役に就けると思うか?」
「それがお主の答えか。……残念だ」
ヒエンさんが長刀の刀を翻し、峰と切っ先を大志と名乗った男の人に向ける。
自分で寛大と言うだけあって、敵対國の重役であっても、殺すつもりはないらしい。
…ハウエンクアさんはどうか判らないけど。
「ふ……それにこの戦、今どちらが有利かは自明の利。そちらに寝返るなど天地がひっくり返っても有り得ぬ」
「何を言ってんだか。今押してるのは間違いなくクンネカムンじゃないか。そんな事も解らないのかい?アハハハハ!」
大声で嘲笑いながら、ハウエンクアさんが鉤爪をカチャリと鳴らす。
「そちらこそ何を言っているのやら。貴君等自慢のアヴ・カムゥを加えた小隊一つが我等に倒された事、まさか未だに知らぬのか?」
「なッ!?」
「戯れ言を申すな!!」
「フハハハハ!真実か否かはすぐに判る事。だが、早く葬儀の準備をしてやらねば間に合わぬぞ?
じきに、この國は争乱と狂気に覆われるであろうから…な!」
──ボンッ!
「煙玉!?」
「しまった!」
大志さんが奇妙な球を床に叩きつけると、あっと言う間に部屋中に白煙が充満した。
瞬く間に何も見えなくなる。
「ゲホッ、ゲホッ!畜生、迷い人のくせに卑怯者な!」
「雪緒殿、壁に!」
白煙の中からそうヒエンさんに叫ばれ、私はそれに従って、手探りで見つけた壁に背を預けて屈み込んだ。
それからどれぐらいの時間が経ったのか。
ヒエンさんが開いた扉から白煙が流れて晴れた頃には大志さんの姿は無く、彼の居た場所の真上の天井の板が外されていた。
「クソッ、逃げちゃったか」
「いや、まだだ。すぐに早馬を飛ばして包囲網を……」
「ヒエン様!!ハウエンクア様!!」
ヒエンさんの言葉を遮るように、一人の兵士さんが部屋に駆け込んできて叫んだ。
煙を見て何事かと様子を見に来たのかも。
「ちょうど良かった。至急城内の探索と……」
「緊急自体です!!シケリペチム『国境』付近で連絡が途絶していた哨戒中の第八部隊が全滅しました!!」
「何だと!!」
「そんな馬鹿な!!哨戒部隊にはアヴも編成してるはずだろう!?」
「兎に角詳しい話を聴こう。軍議室に皆を集めよ!」
「はっ!」
「……さて、そろそろあちらの皇城に悲報の早馬が着いた頃であろう。
何処の誰だか知らぬが、『国境』付近でクンネカムンの部隊を全滅させてくれるとは、全く有り難い話だ。
皇はおろか“生きた伝説”も不在の状態の軍隊に、恐怖と不安を抑えた統制がとれるものかな……フハハハハハハ!」
保守
上げ保守
ぽぅ
25 :
名無しさんだよもん:2006/01/13(金) 01:21:33 ID:u8mLHQQL0
保守age
補習
保守
補習
ん。
30 :
名無しさんだよもん:2006/02/20(月) 00:02:02 ID:PQlAMKp+0
うたわれるものの世界にアビスボートの宇宙人がいたら
31 :
せせら ◆l5MFSAHuXc :2006/02/20(月) 01:07:39 ID:MDE4H+wVO
少女は鯛焼きなるものを食い逃げし候。
「うぐぅ〜!今度払うから〜」
「ヲイデゲーっ!」
なんて考えてみたり(エヘ
ありきたりかしらorz
保守。
アニメ化
しかし過疎
35 :
名無しさんだよもん:2006/03/29(水) 20:40:05 ID:BulT0i+K0
あげ
保守
アニメ版は早くも息切れかなぁ
原作を10倍ぐらいに薄めた感じだもんなぁ
誰もいないスレで愚痴とは女々しいやつめ。
1クールアニメにすりゃ良かったのだよ
ハクオロが王になるまでを描いたアニメで
初めてアニメ版を見たので、一筆。
--------
「ありゃ、いったいなんだ?」
トゥルスクの王室の一角に掲げられた看板。
そこには、「つかもと工房」と書かれていた。
「さぁな。流浪の異邦人って話だが…なんでも、印刷とかいう技術で、本を大量に作っちまうって話さ。おまけに知識も豊富な上に、判じ絵でなんでも説明しちまうって話さ」
なんて会話の向こう側。
「ふぅ…一時はどうなるかと思ったわ。まさかこないな展開になるとは、大バカ詠美でもようやらんで」
「ふみゅっ!こんな展開、温泉パンダのおぼこじゃない!」
「それを言うならおはこや。ま、おぼこなんは詠美ちゃんの方やろがな〜」
ほんの数時間前、夏こみパが開かれていた会場で、和樹が次のマンガの構想を描いていただけだった。
スペースに来た連中が寄ってたかって設定を書き足し、ケモノ耳が跋扈する戦国時代絵巻という段階で、大志が「これでイメージした絵を描いてみるがいい」と渡されたサインペンで、さらっと描いただけだった。
それが「伝説のサインペン」等という、大それた品物でなければ。
「普通さぁ、描いた絵に閉じ込められるっていったら油彩画がお決まりだろ?なんでサインペンなんてありふれたもんでそんな事が起きるんだよ!」
「それも時代の流れというものだろう。しかし、いきなりそんな世界に放り出されながら、我々がここに拠点を構えられたのはもはや必然!」
「ま、大志の行動力には今回、感謝する他無いな」
いきなり描いたまんまの田園風景に放り出されたのだが、ほどなくして大志が、この国の農業技術に齟齬があるのを発見し、それがこの世界では存在しないはずの現代用語が使われていた事から、その共通認識を書簡にしたため、ハクオロに送ったのだ。
謁見の結果、「その技術を民に広めてほしい」と頼まれ、共同とはいえ住居、食事の提供、更には中核たる作業場を与えられた。
「で、巻き込まれた他の連中は?」
「うむ、塚本嬢はこの世界における紙の状況を、長谷部嬢は世界観の詳細な調査、芳賀嬢は世俗の調査、御影嬢はさっそく正義を広めると言っていたぞ」
「すばるがなぁ…へこたれなきゃいいけど」
ハクオロとの謁見の際、ここは既に戦国であることは知らされていた。どうも、彩のつけた時代背景が色濃く反映されていたらしい。
「で、南さんは?」
「うむ、牧村女史は長谷部嬢と共に街へ降りた。おそらくは買い物であろう」
「にゃあ、ただいまです」
「千紗ちゃん、お疲れ様。で、状況はどうだった?」
「それがですね、驚いたです、にゃあ。えとですね、和紙の生産が盛んで、色々見せてもらったですが、漉き方を少し変えれば謄写版の原紙もすぐ作れるです」
「ふむ、我々にとって古の技術だった謄写版、すなわちガリ版を、まさかこの世界で使うことになろうとはな。塚本嬢のオタク的博識、意外なところで役に立ったな」
「そんな事ないです。印刷の歴史を学ぶのは印刷屋さんとして当然です、にゃあ」
「ちゅー事は、ここの体裁ももうじき整うわけやな。原稿描く人、刷る人、場所を作る人、全部揃っとる!ここで同人誌を作ったる!」
「正にこれは、歴史は我々になにをさせようというのか!そのままの世界を我々に試されているというわけだ。となれば野望は一つ、同人誌による、いや、本による世界制覇であろう!」
「世界制覇はともかくだ、まぁ、俺たちの世界の技術をまとめて、この国を纏め上げようってわけか」
「ま、現実的にはそないなとこやろな」
「で、それよりペンよペン!ペンとインクがなきゃはじまんないじゃない!」
ばこっ!
「アホぬかせ!そんな贅沢なもんあるかい!ベタに使う筆がありゃ十分や!墨汁なんぞこの世界でもどうとでもなる!それに最後はどっちにしろガリ版じゃ!」
「なによっ!このちょぉ天才の詠美ちゃんさまにそんなもんでマンガ描かせるつもりなの?!」
「当たり前や!弘法は筆を選ばず、ちゅう言葉やってあるんや!それとも天才の詠美ちゃんさまは、道具の助けがないと絵も描かれへんのかい?」
「う…な、なによ、どーぐなんか選ばなくたって、描けるもん!」
「よっしゃ!」
そこへ、南と彩が帰ってきた。
「みなさん、ただいま戻りました」
「牧やんに彩っち、おかえり。で、首尾はどうやった?」
「ええ、まずは墨と、印刷用のインクとして使える油性のものということで、…ちょっと申し訳ないんですが、モロロの一種が使えそうなのは見てきました」
「…筆…ありました…いい職人さんで…私の店でも扱えそうにないぐらいの、上質なものです…」
「おおっ、流石彩っち、いい目しとるわ。つーかうまく降ろせば、丸ペン代わりになりそうやんか。ええもん見つけてきおったなあ」
「あと、千紗ちゃんから頼まれてたガリ版を削る材料も、鍛冶屋さんに頼んでおきました。明日にはすぐできるそうですよ」
「よっしゃよっしゃ、順風満帆!こりゃいけるで!」
「そんな事より、元の世界に帰る方法ってのもさぁ…」
ぐいっ
「アホぬかせぇ!こんな経験一生かかってもできんわ!夢なら夢でもかまわん!楽しめるうちに楽しまんと損やんか!」
「しかしだ、もしこれがリアルの世界だとするならば、我々の名を未来の教科書に残す千載一遇のチャンスではないか。お前も男になると誓ったのなら、その野望をかなえてみるがいい!」
「ってあんときゃ『男になる』って選択肢しかなかったろーがっ!」
そのままオチずにキャラ別エピソードへ突入orz
で、大志と和樹から
-----------
「さて、まずは題材だが、これはハクオロ皇から農業と工業、読み書きについてというのは指示されている」
「言い換えれば、それに何付けてもいいって事…だってお前は思ってるんだろ?」
「さすがは世界征服の野望を共にするエターナルフレンド、言わずともわかっていたか」
「とはいってもさ、この状況って…」
彼らがいるのは、下町の往来。
行き交う人はいるわけだが…
「ふ、ふはははははは、ケモノ耳に尻尾娘!正に我らがワンダーランドではないか!」
「でもさ、俺たちってないから萌えるんだよな?」
「のぉーっ!しまったっ!ということはここでケモノ娘を描いたところでそれは普通の絵という事ではないか!」
「そーいやさ、さっきエルルゥさんから聞いたんだけど、そういうのがないのって、ハクオロ皇と異邦人だけ、らしいぜ」
「ふむ、つまりこの時代に新たなトレンドを作るとすると、逆に我々を萌えの対象にするという手もあるわけだ」
「いや、それは俺たちがいるだけだし、それに『変人』扱いされてんだぜ」
「ケモノ耳もいながら普通の耳もいる環境にありながら、それでいてなおかつ存在しないような者、つまりこの世界の新たなトレンドは、耳なし法一であると、そう言いたいわけだな?」
「余計変人のような気もするけどなぁ…」
「む、そういえば思い出したぞ。我々の世界で萌えながらもしぶとく生き続ける生物ジャンルがあったはずだ。…動物系というジャンルがそうだったはずだ」
「動物かぁ…でっけぇ白虎がいたのはびっくりしたけど、見方を変えればかわいいかもな」
「よし、その方向で行こう。動物擬人化をこの世界のトレンドに…」
「…元に戻ってないか?それ…」
「いやしかし、我々の歴史にもまたその時代に応じたトレンドがあったのは事実。江戸時代においては浮世絵、平安時代においては鳥獣戯画、そしてこの…」
「…トゥルスク」
「そう、このトゥルスクにも、それに応じたトレンドがあるはずなのだ!」
「そういう嗅覚は詠美の得意技だったはずなんだけどなぁ」
「仕方あるまい。大庭詠美は数あるジャンルから時代の先端をピックアップする能力に長けていたというものだ。選ぶものすらないという状態ではどうすることもできまい」
「となると、玲子ちゃんのリサーチが頼り、だな」
「うむ、芳賀嬢のトレンド察知能力も捨てがたいものがあるのは間違いない。事実、我々がこの世界で既に浮いた存在ではない、この服の見立てこそ芳賀嬢なのだからな」
事実、彼らの服装は既に時代に溶け込んでいた。
しかも、一部手直しされたその服は、時折上流階級とおぼしき人物の注目すら集めていた。
「しかし、となると最後の問題はだ…玲子ちゃん、やおい専門なんだよなぁ…」
「まぁそういうでない。我々の世界にも衆道という歴史に残る風俗文化も存在したのだ。この世界にもそれがないとは限らん」
「なんか、根掘り葉掘り聞いてたよなぁ…誰だっけ、あの弓を持ってた子」
「ドリィ氏とグラァ氏だな。それにオボロ殿の事もかなり細かく聞いていたようだぞ」
「…絶対玲子ちゃんの最初の本、オボロ×ドリィグラァ本だろうな…」
次は彩っち。
「…目が、見えないんですか?」
ユズハの部屋で自己紹介をしていた彩が尋ねた。
「はい…」
「おばあちゃんでも、これはどうにもならないと言っていましたから…」
案内したエルルゥが、申し訳なさそうに答えた。
「…では、景色というものも、見たことがないのですか…」
「部屋から出る事は、あまりありません…付き添いの人がいてくれる時しか…」
「アルルゥがよく連れ出しているんです。ですけど、それも…」
エルルゥが言葉を濁したが、彩にはそれが、アルルゥが気の向いた時だとわかった。
「…私が、なんとかしてみます。外には、出れなくても、手を触れられるものでよければ…」
「手に触れられるもの、ですか?」
エルルゥが不思議そうに聞いたが、彩はもうこれから作る物の段取りの事を考えていた。
「…エルルゥさん、にかわを一瓶、頂きたいのですがよろしいですか?」
「え?ええ、いくらでもどうぞ」
やがて、つかもと工房に戻ってきた彩が、石墨でラフスケッチを起こす。
ここから見える景色。窓の景色、入口から見た景色、アルルゥがよく行くという場所の景色。
それら一通りを終えると、ふらりと出て行った。
やがて、大量の草木、それに蝋や石などの材料を持ってきた彩が工房にこもる。
草木に溶かした松脂や蝋を塗り、厚手の和紙に配置してゆく。
細かな石も、よく見れば色々な手触りを持った石が集まっていた。
ほんの1日ほどの徹夜の結果、数種類の「景色」が出来上がった。
それは見栄えはひどく、松脂やにかわで汚れた絵ではあった。
「…ユズハさん」
「…彩、さんですね」
「…はい。お約束の物を、持ってきました」
そう言って、出来上がった絵を手渡した。
「…これは…花…それに土の柔らかさ…敷石…」
「…この建物を出た、最初の風景です」
「…この次の絵は…柔らかい…」
「…生い茂る草は保存が利かないので、和紙を選んで作りました…」
「…本当、外にいるみたい…それよりも、初めての…これが、『景色』というものなんですね…」
「…目で、物を見ることができない人は、私たちの世界にもいました。…そういった人にも、触って分かってもらえる文化というものがありました…」
「…ありがとうございます。これで、いつでも、外の景色に、触れられるんですね」
「…よろこんで頂けて…私も嬉しいです…また、作ります。きっと…必ず…」
南さん
----------
「ふぅ…困ったものですね」
農村部まで買い物に行ってきた南が、ふとつぶやいた。
「困った事ですか。私でよければお話をお伺いしましょう」
それを、ちょうどベナウィが聞きつけた。
「ええ、ちょっと周辺に広い場所がないか探していたんですが、あまりいい場所がなくて…」
「広い場所、ですか?」
「ええ、一箇所あればいいんですが、できれば大通りと繋がっていれば助かります」
「大通りとですか…街は開拓が進んでいますし、周辺の農村集落しかないとは思います」
「あ、距離はいいんですよ。皆さん慣れてらっしゃいましたから。その農村も見てきたのですが、やはりモロロの畑ですと地面が締まってなくて、使いづらくて」
「ふむ…地面が締まった広い敷地を、大通りに接続、ですか…」
「そう滅多に使う事はないので、地盤は最低限でいいんですが、建造物も建てられるぐらいの地面でないと、ちょっと…救護設備やスタッフの詰所も必要でしょうし」
「救護室、ですか?」
「ええ。毎回倒れられる方が多くて、そうですね…4〜500人ぐらいは収容できるものを、分散して設置できればと思いまして」
「…そんなに多くの…」
ベナウィの表情が、僅かに険しくなる。
「でしたら、南東に2キロほどの集落はどうでしょう。開拓は進んでいませんが、今なら農産物の調整も間に合うでしょう」
「そうですね。見てきましたけれど、やはりあそこでしょうね…待機で3000人ぐらいは入りそうですし、周辺の立地からして開催t時でよくて1000人、込み入ってくると1500人くらいは入りそうですね」
「…!失礼な事をお尋ねするかもしれませんが、もしや指揮の経験がおありで?」
「え?はい、ありますよ。多い時で2500人ほどでしたかしら…皆さん優秀でしたけれど、1日で50万もの人を相手にするのは大変でしたわ」
「なるほど、どうやら私の方が浅はかだったようですね。ハクオロ皇にも私から陣地については貴方様に一任するよう、申し伝えておきましょう」
「ありがとうございます。これでようやく場所の目処もつきそうですわ」
「いえ、我々も優秀な指揮者を必要としていたところです。では、これにて」
「はい、ありがとうございました」
…50万の軍勢を相手にたった2500で…ここでさえ、50万の民を抱える国はないというのに…
それにあれだけの敷地で1000から1500人…上には上がいるものですね…
南さん名誉回復と、あの人。
----------
「この方が、ユズハさんですか」
「ええ、南さんがお会いするのは初めてだと思います」
「私、牧村南と申します。この世界にやってきた、そうですね、ここでいう異邦人という者です」
「…ユズハ、です。オボロ兄さんの、妹、です…」
そばには、彩が作ってくれた「景色」がいくつも並んでいる。
大切にされているのか、それとも彩が次から次へ作ってくるのか、どれも綺麗なままだ。
「そうですか。あのオボロさんの妹さんなんですね。妹思いのいいかたですね」
「それで、その、ユズハさんは…」
「あ、彩ちゃんから聞いてますわ」
そう言って、ユズハの手を取った。
「…あの…お顔を触っても、よろしいでしょうか?」
「ええ、いいですよ」
ユズハが手をそろそろと伸ばし、南の顔に触れる。
「…これは、なんでしょう?」
眼鏡に触れたユズハが聞いた。
「これは顔につけるアクセサリーです。人によってはこれがないとダメ、っていう人もいて、私もその一人なんですよ」
南がさりげなく嘘をつく。
物がよく見えないから、と言えば、彼女に無駄な期待をさせる事になるのを知っているからだ。
「そうなんですか…」
と、その手が止まり、急にユズハが苦しみ出した。
「きゃ!ユズハさん、しっかりしてください!今薬を持ってきます!」
「え?あら?ユズハさん、胸が苦しいの?」
苦しそうにうなずく。
「息は大丈夫?キリキリと左胸の中が痛む感じ?」
部屋から飛び出したエルルゥの代わりに、南が介抱しながら容態を尋ねてゆく。
困ったわ…あ、でも確か、私のかばんにあの人の忘れ物が…
「ユズハ!大丈夫か!」
そこへ異変を察知したか、オボロが駆け込んできた。
「ええ、今エルルゥさんが薬を取りに行きましたわ」
「くそっ、薬ったって…もう底を付いてるのに…」
「えっ?薬、もうないんですか?」
「あぁ、紫琥珀が少しだけあったんだが、あんたらが来る前に使い切ってしまって、今度発作が起きたら、もう…」
なら、もしかしたら、まだ可能性が…
「オボロさん、つかもと工房に行って、私のかばんを持ってきて下さいませんか?」
「な、なんだってあんたのかばんが?!」
「効くかもしれない薬が入ってるんです!早く!」
「わかった!」
脱兎のごとく飛び出してゆく。
私の今までの見立てからして、重度の狭心症なのは間違いないのだけど…まさか、こんな事になるなんて…
と、そこへあっという間にオボロが戻ってきた。
「かばんってのは、これか?!」
「ええ、それです」
すぐに開き、元の世界で会った時に返そうと思っていた忘れ物の薬袋を取り出した。
うん、間違いない。これなら、効くはず。
アルミシートから錠剤を1つ取り出した。
「これを、口の中、舌の裏に入れて、…そう。そのまましばらく我慢して」
その薬は、ほどなくという時間もなく効き目をあらわした。
「こ…これは…」
「良かったわ。同じ病気の人が前にイベントに来たとき、救護室で忘れていったんです。もらったばっかりらしくてかなり量もありましたし、すぐ返せるようにかばんに入れておいたんです」
その目の前で、落ち着いたユズハが意識を取り戻した。
「…お兄様…」
「ユズハ…良かった…」
泣き崩れんばかりのオボロだったが、顔をぬぐって南を見た。
「…その薬、頼む!分けてくれ!いくらだって払っていい!お願いだ!」
「お願い、って言われましても、これは忘れ物ですし、本人はもう、病院で薬を貰ってると思いますよ」
「それじゃあ、分けてくれるのか!」
「ええ。もともと忘れ物ですし、今こうして助かる人がいるというのは、それも運命だったんですよ。そのかわり…」
薬袋をオボロに渡し、こう付け加えた。
「この薬を置き忘れていった人に、感謝してくださいね」
「ああ…こんな貴重な薬を…ありがとう…ありがとう…」
オボロの目から、涙がこぼれた。
その薬袋の名前には、「立川郁美」と書かれていた。
偶然か奇跡か、その薬は、この世界でも人を救う事になった。
新………作………キタ━━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━━!!!!
『老皇は〜』とかと比べると和樹と大志が平和だなぁ。
そして南さん、物凄い誤解されちゃってますよ……どうすんですか……w
>>52の指摘を受けて南さん修正と、すばる
----------
「えっ?!南さん、この国の侍大将になったんですか?!」
「ええ、どうしてもとお願いされまして」
つかもと工房に戻ってきた南の言葉に、和樹が目を白黒させる。
「お世話になってる身ですから、断るわけにもいきませんし、お受け致しました」
「なんやて、牧やん、大将になったんかい!」
「ふふふ、どうやらこの国の軍師も、彼女を放ってはおかんようだな」
「って由宇に大志!南さんが戦いだなんて、そんなこと!」
しかし、由宇の目は僅かな驚きこそあれ、どちらかというと「案の定」という感じだ。
「和樹、牧やんがこの状態を理解できんほど、愚かやと本気で思うとるんか?」
「こみパに伝わる、徹夜に関する一つの伝説があるのを、知っているか?マイエターナルフレンドよ」
大志が眼鏡に手を当て、語りだす。
「こみパでは、確かに徹夜組というのは存在するが、『徹夜』出来た者はいまだかつて一人としていないのだよ」
「あら、大志君。それを言っちゃ、め、ですよ?」
優しそうな瞳を眼鏡の向こうに湛え、南が笑う。
「そうや、うちも一度だけ、徹夜しようとした事はある。そして、牧やんと出合うたんや」
「くっくっくっ、『六甲降ろし』と讃えられた彼女ですら、伝説の前には形無しだったというわけだ」
「なんだよ、その話と南さんと…何の関係が?!」
「彼女は優しい、以前、そう言わなかったか?確かに彼女は優しい。たった一人で、一千とも二千とも言われる徹夜組を『眠らせている』のだからな」
「なっ?!…?!」
和樹が絶句した。
「その伝説の秘術を駆使するうち、段々と自分自身も眠りの道に落ちていったのだ。そしてうっかりミナ兵衛とまで言われるようになってしまった。丑三つ時に現れる、眠りの南ともあろう人物がだ」
「もぉ、大志君。その名前は言わないで下さいよ」
「おや、『その者紅き誘導棒を持ち、百鬼夜行を率いてこみパを鎮めん』とでも言えば良かったかな?くっくっくっ」
「そんな事より、皆さん原稿の方はどうなってます?最初の締切まであと3日ですよ?」
「あ、そうだった。南さんに頼まれてた土壌改良本はだいたいできてます。一度目を通して頂けますか?」
「ええ。…なんだか、私が編集さんみたいですね」
南が原稿を受け取り、目を通す。
「うちんとこに頼まれてたのは鉄の精錬やな。こっちは部外秘になるから、写本でやるっちゅう話やな」
「…ダマスカス鋼と、玉鋼の精錬法、資料で見て覚えてました…」
「彩っちの隠し玉は、まだまだありそうやな。んで、オオバカ詠美んとこは…」
「なっ、なによっ!なんであたしだけカルタなのよ!」
「あら、それは私のアイディアです。詠美ちゃんの絵は判りやすくて、言葉や単語を覚えるのにちょうどいいって思いました」
「ふみゅぅぅ…みんなあたしがわからないよーなむつかしー本描いてんのに、あたしだけ…あたしだけ…」
「ったく、これだからオオバカなんやろな〜」
一人いじける詠美に、由宇がため息ついて、
「実部数は詠美、あんたのが一番大きくなるんや。うちらの本は必要なところにあればいいもんやけど、あんたのは紙の続く限り刷り続けて、読み書きのできんもんのところみんなに行き渡る予定や」
「えっ?そなの?なーんだ、それならそうと言いなさいよ!やっぱりマンガのキングオブキングは、この詠美ちゃんさまなのねっ!」
「…バカの壁のマンガ版パロディでも、出版するかいの」
そんな時だった。
「おーい、姐さーん!」
クロウが南を呼ぶ声が聞こえた。
「あら、どうされました?」
「どうされました、じゃねぇですよ。あんたんとこの若いのが、今稽古場で大暴れですぜ。誰か諌めてやってもらえませんか?」
…ずーん…
「なっ、何だ?地震か?」
「…今、カルラとトウカが二人がかりでねじ伏せようとしてたんだが…ありゃカルラが本気で刀振るった音だぜ…」
「もう、仕方ないですね」
つかもと工房からクロウを先頭に、ぞろぞろとみんなが稽古場へと移動する。
「はぁっ!」
「ですのーっ!」
叫び声が交錯する。
カルラが上段から大きく刀を打ち下ろそうとしたところを、大きくすばるが踏み込み、その柄を捉える。
あの、大の大人数人がかりで持ち上げていた刀が、すばるの搦め手で一気に減速する。
「勝機っ!」
それを見越したトウカが、すかさず刀の峰で打ちかかるが…
「甘いですのっ!」
「なっ?!」
カルラの腕に絡みついたすばるの体が、瞬時に消えた。
「ちょっ…!」
カルラのかすかな悲鳴と同時に、カルラの体が揺らいだ。
まさに、すばるがたった今までいた場所に崩れこむように。
咄嗟にトウカが刀を逸らすが、それすらも。
「とぅーっ、ですのっ!」
二つの呼吸。
カルラの背中に躍り出たすばるが、二つ目の刀の柄を掴み、そのままトウカの背中に滑り込み投げを打つ。
「しまっ…たっ!」
軽く宙に舞っただけのトウカの体は、体勢を戻そうとしたカルラにそのまま衝突した。
「勝負あった、ですの!」
すばるの宣言直後、もんどりうった二人が転倒した。
「そ、某としたことが…」
「たた…」
「おい、すばる!」
それを合図に、和樹達が駆け寄ってきた。
「あ、和樹さんですの〜っ!」
「クロウさんから言われて来て見りゃ、何を大立ち回りしてたんだよ?」
「それがですの、みんなひどいのですの。すばるが大影流合気道術を教えようとしたら、『そんな攻撃もできないような武術が役に立つか』って言うんですの」
「それで、片っ端からちぎっては投げ、ちぎっては投げ、ってやってたのか?」
「違うのですの、違うのですの〜っ!大影流合気道術は人を傷つけるためにある武術ではありませんですの!だから、こうやって…」
「決まりを決めたのさ。相手の得物を奪うか、地面に投げ飛ばしたら勝ちってさ」
クロウがげんなりしながら言った。
見れば、興味深そうに囲んでいる兵たちの内側に、敗北者とおぼしき面々がリターンマッチの順番待ちをしている。
「これで15連勝ですの!」
「しかも、全員けが一つしてねぇでやんの…終わりがないったりゃありゃしねぇ」
「し、しかし、某にもう一度、もう一度試合の機会を!あと少しで、何かが得られそうなんだ!」
「もう助太刀はお断りですわ。キママゥより性質が悪いですわね」
「ちょっと待て、この俺が先だ!今度こそこの二刀流の真髄を…」
諦めの悪そうな武士が二人ほど。
「まったくもぉ…クロウさんも仕事にならないって言ってるんですから、すばるちゃんもそろそろ…」
「いえ、続けさせましょう」
その声は、別なところから来た。
「大将!」
「二試合ほど続けて見せて頂きましたが、受身でありながら攻め手である武術。初めて見ました」
ベナウィが、静かな、それでも尊敬を込めた口調で言った。
「しかし大将、こんな相手に傷一つ負わせられない武術なんか…」
「気づきませんか?得物を手にした相手に素手で立ち向かい、傷一つ負わず組み伏せる…いえ、無事に生還しているのです」
「え…」
「あ…!」
トウカがようやく思い当たった。
「大影流合気道術の真髄とは、そういう事であったのか…!」
「正に洗練されている。勝負には勝ち負けがある事を知り、負けない為の武術とお見受けしました」
稽古場にざわめきが広がる。
「護るべきものがあり、その中に自分も護らなければならないという事を知っているならば、覚えておいて損はない武術です」
「大将…」
「御影、すばる殿」
「はいですの」
「この稽古場の師範代の一人として、皆を鍛えてやってもらえないでしょうか?」
「わかりましたですの!」
すばるが元気に手を上げた。
「クロウ、この方と一緒に、皆に稽古をつけてやりなさい。後は二人に任せます」
「わかりやした!」
「あらあら…それじゃあ、私達の出る幕はなさそうですね」
「すいやせん、こっちからご足労願ったってのに、先に大将に相談しときゃ良かったですわ」
「いえいえ、丸く収まったようですし、すばるちゃんも正式にここの師範になったという事ですから、良い事ですわ」
「はいですの!それじゃあ、正式にここの師範代として、大影流合気道術を教えますですの!習いたい人はここで…」
すばるの声に、ぞろぞろと兵が集まる。心の底では、やはり死にたくない、と考えていたのだろう。
「しかしなんや、みんな着実にここに馴染んどるな。安心したで」
「どうやら、そうみたいだな…元の世界に戻りたいのは、俺一人か…」
続きまだ〜?
まとめページってもう見れないの?
新作来てるし、アニメ面白いし、最燃とか始まってるらしいし…ということで、
支援代わりになんとなく続きを書いてみた。
誰も覚えてないだろうなぁ…
「なんだ…これは?」
柳川がアヴ・カムゥを見て発した第一声がこれである。
ロボットのような物、を予想していたのだが…眼前にずらりと並ぶ巨人達は、
機械というよりは生き物で、SFよりはむしろ、ファンタジーに属すべき代物であった。
(何か、考え違いをしていたんじゃ…ないのか?)
これらが柳川の世界にあった、もしくは、柳川の世界にある技術で造られた、とは到底思えなかった。
…とはいっても、この巨人達は、今までの旅の中で見てきた物の中でもとりわけ異質。
つまり、この世界の物であるとも言い難い代物にも見えた。
「…ヌワンギ?」
とりあえず、まずは友人の意見を聞いてみようと、横に居た筈のヌワンギに声を掛けてみたが…居ない。
辺りを見回してみれば、別にどうという事はなく、アヴ・カムゥの足元で興奮気味に騒いでいるヌワンギを発見出来た。
…会話を拾ってみたが、どうやらこの巨人達の容貌にある種の本能を刺激されたらしく、
整備をしていたと思われるシャクコポル族の男に、乗せてくれ、とか、一つくれ、とか、せめて動かしてくれとか、
ここに着た本来の目的とはあまり関係のない事を、しきりに頼み込んでいた。
(追い出されたら、どうしようか…)
何故か悲しくなってきた。あの男はどうしてこうまでも空気を読めないのか。
クンネカムン皇都に戻ってきた柳川達は、アヴ・カムゥを見学する許可を得た事を簡潔に伝えた後、
特に疑われる事も無く、そのアヴ・カムゥの保管されている建物に案内された。
それは、クンネカムン皇城からも住宅地からも少し離れた土地に建てられていた、
何棟もズラリと並ぶ大きな倉庫のような建物の内の一つで、それなりに堅牢であるようには見えるが、
あまり厳重に警備されているという訳ではないらしく、実際、
ここに来るまでに案内役の兵士以外には数名のクンネカムンの民を見ただけである。
建物の中も、二、三名の整備士のような者を辛うじて見つける事が出来るだけで、
これを見に来る為だけにここまで苦労を重ねてきた自分達が、少し悲しくなってしまうくらいに、
その管理はぞんざいであった。
(…こんな事なら、正攻法など使わずとも、適当に場所を嗅ぎつけて忍び込めば良かったような気がするな。)
後の祭り、という事らしかった。
後悔をしていても何も始まらない。
とりあえずヌワンギをあてにすることを止め、自分の出来る範囲でこのアヴ・カムゥから情報を得る事にする。
何かしら次の目的地のヒントでも得なければ、これまでの苦労の帳尻が合わない。
まず案内役の兵士に、触れる事は出来るのか、中を見る事は出来るのかなどと、いろいろ聞いてみる。
兵士はどうやら見学者用の規範らしき物があるようで、
触れるのは構わないが、中は見せられないと簡潔且つ事務的に答えてきた。
それならそれで、と柳川は巨人に近付き、その脛の辺りを撫でてみた。ひんやりとした感覚が、手のひらから伝わってくる。
(…金属。恐らくは何かしらの合金。この世界の技術で作れるものではない…と思う。)
少なくとも、原始的な方法で精製した金属が、このような見事な物になるとは思えない。
つまり、この甲冑の部分だけ見ても、この世界で造られたものだとは思えないのだ。
いわんや、内部の仕組みに至っては、完全にオーバーテクノロジーというやつだろう。
(そして…自分達の世界の技術でも造れる代物だとも、思えない。)
とある仮説が柳川の脳内で組み立てられていく。
まず、このアヴ・カムゥはこの世界の物ではない。そして、柳川の世界の物でもない。
という事は、これはこの二つの世界とはまた別の、第三の世界から持ち込まれた物なのではないのか?
…そして、この仮説と以前考えた別の仮説、柳川の世界とこの世界は全く別の存在ではなく、時間的に繋がりがある、
というものを組み合わせれば、また新たな仮説が出来上がる。
(自分達の世界とこのアヴ・カムゥが造られた世界…いや、時代と呼ぶべきか。
それらが今のこのヌワンギ達が住む時代の過去に存在する…)
ここまで考えて、柳川は頭を振る。
(駄目だ。このままどれだけの仮説を考えようとも、それが仮説の域を出ることは無い。
…まだ、他に何か情報が必要だ。)
「なあ、柳川!」
その声に思考を中断させられる。なんだと思い、その声の主、ヌワンギの方を振り返ると、
ヌワンギは興奮を隠せぬのか、遊園地に連れて行ってもらった子供のような顔つきで、
「あのさぁ、お前からも頼んでくれよ。二人で頼めばさ、ちょっとぐらいは乗せてくれるかもしれないだろ?」
そんな事を聞いてきた。
「…大人しくしていなさい。」
落ち着きの無い子供に掛ける言葉としては、これで十分だろう。
…結局、躾の甲斐も空しく落ち着き無く動き回り、周りの顰蹙を買い続けたヌワンギのせいで、
碌に質問も出来ない雰囲気になってしまい、その挙句にヌワンギのとある失言で駄目押し。
二人は半ば追い出されるようにその建物から立ち去る事になってしまった。
何の具体的な成果の無かった今回の見学に疲れ果て、項垂れてとぼとぼと歩く柳川。
流石に悪い事をした事を自覚し、失意の友人に掛ける言葉も無いまま付いて歩くヌワンギ。
意図せずままピッタリと歩調を合わせ、二人は皇城へと帰る。
…さあ、馬車を返してもらった後は、一体何処へ行くべきか?
皇城の門番に馬車を返して欲しい事を伝えると、
何の手続きも無く、至極あっさりと馬車を返してもらう事が出来た。
馬は運動もせずに食べてばかりいた為か以前より太って見え、その暢気そうな風体に柳川は幾分和む。
(随分といい生活をしていたようじゃないか。)
再会の挨拶も込めて、優しく頭を撫でてやる。
だが馬は柳川に全く興味を示さず、皇城での生活に未練があるのか、そちらの方ばかり見ていた。
その今まで苦楽を共にしてきた筈の愛馬の無愛想な態度に、柳川は一人傷ついていた。
「…なあ、元気出せよ。俺も…さ、謝るからよ。」
ヌワンギのその気遣いに、柳川は沈黙で答える。
柳川にとって今日は厄日である。この旅の目的であったアヴ・カムゥの見学に何の成果も得られず、
愛馬にも心理的に裏切られた。これらは全て今日という日のせいである。
そう決め付けた後、肥えた馬をもう一度痩せさせようといわんばかりの強引な手綱捌きで、一目散に町を出る。
元々異國からの旅行者には冷たい風土のこの皇都に、特に愛着などは無い。
思い出として残っているのは、予期せず自分に縁のある土地に来てしまい、
その場に馴染めぬ事に奇妙な悲しさを感じ続けたことだけ。
「…そ、それにしても何故あんな事で皆怒ったんだろうなぁ?」
何とか話を逸らそうと、アヴ・カムゥ倉庫での自分の失態までネタにしだすヌワンギ。
だが生憎とそれは、突付かなくていい藪をわざわざ突付いて、蛇を呼び出す行為ほぼそのままだった。
「…反省していないのなら、もう一度言っておこう。
…お前が、事前に、何度も、注意を、したのも、忘れてだ、ウィツァルネミテアの話なんかしたからだ!」
柳川は怒りを隠さない。半ば八つ当たりなのだが、ヌワンギはこの珍しいとも言える柳川の怒号に、思い切り萎縮する。
「…だ、だってよ…あいつ等がオンヴィタイカヤンがくれたっていうから…」
そう、ヌワンギは、よりにもよってシャクコポル族が信仰している大神を禍日神呼ばわりした挙句、
「…本当はウィツァルネミテアに貰ったんじゃねぇの?」
などと言ってのけたのだ。…追い出された後本人が言うには、すっかり忘れていた…そうである。
迷惑がられていた時にあの暴言。半殺しにされても文句など言えまい。
こちらを無傷で追い出してくれたというのは、むしろ彼等に感謝すべきなのかもしれなかった。
「改めて言う。馬鹿。お前は馬鹿だ。」
「…そ、そこまで言う事ねぇだろ。こ…これでも反省してんだからさぁ。」
(…ハァ。)
柳川は心の中でため息をついた。…確かにこれ以上責める事はない。
こういう男だと分かっていて友人を続けてきたのは自分なのだ。だから、ヌワンギの失態には柳川にも一抹の責任がある。
怒りを吐き出せた事で幾分気分を落ち着けた柳川は、とりあえずこれで機嫌をなおす事にした。
「…それにしても、あんな物をホイホイとくれる神というのは、随分と気前がいいんだな。」
その落ち着いた一言に、ヌワンギは友人の機嫌がなおった事を知り、やや安堵する。
「そうだよなぁ、アレくれるって分かってたら、俺だってオンヴィタイカヤンとやらを信じたよ。」
「…そんな即物的な理由で宗教を語るのもどうか、と思うがな。」
「今度オンカミヤムカイに行ったら、ウィツァルネミテアに頼んでみるかな。もっと凄い物をくれって。」
ヌワンギの脳裏に、アヴ・カムゥを千切っては投げ、千切っては投げる大巨人の姿が映る。
「そうだな、頼んでみればいい。頼むだけなら只だしな。」
そうやや投げやりに返事をして、柳川は軽く笑っ…
「ちょっと待て。」
その時重大な事に気付き、柳川は話の流れを止める。
「ん、どうした?」
「…ヌワンギ。彼等はあのアヴ・カムゥがオンヴィタイカヤンによってもたらされたと言ったんだよな。」
「…そうだけど。」
「じゃあ問うが、オンヴィタイカヤンとは何者だ?」
「何者って…神様じゃねぇの?」
「…まあ、そうだな。だが、俺の言いたかったのは…」
柳川とてこの世界の神話について、ある程度の事は知っている。
オンカミヤムカイで資料を漁っていた頃、その類の本を何冊か読んだ事があるからだ。
…その時は、その神話に書かれている事がいかに荒唐無稽なものであろうと、
神話なんだから何でもありなんだろう、としか思っていなかった。
柳川にとっての神話とは、つまりはそういうもの。話としては面白いが、実際には起こりえないお話だった。
…だが、この世界の神は違うのだ。あんな物をくれて寄越し、國家間の軍事バランスを崩すような事を平気でするような、
形ある存在なのだ。いや、それとも…
(そのオンヴィタイカヤンとやらが、過去から来た人間かも…だとすれば、ウィツァルネミテアとは…)
…思い返してみれば、柳川は今まで自分の世界に帰る方法については、何度も思考を繰り返しては来たが、
この世界に来てしまった原因については、不思議な事に殆ど思い悩んだ記憶が無い。
自分の世界に帰らなくては、という意識が強すぎて、肝心な事をすっかり忘れていたのだ。
だが、こうして今一度良く考えてみれば…今の所は、その原因とやらには何の手掛かりも無いが、
他の世界から人間を引っ張ってくるというのは…
(いわゆる…神の所業というヤツじゃ…ないのか?)
そう、そんな事、神様とやらにしか出来ないんじゃないのだろうか?
(神様、か…)
もしこの世界に、神と呼べるだけの能力を持つ何かが存在するとすれば、
それこそが今柳川達が追い求めるべき目標なのではないだろうか?
とすれば、次の目的地は…
「…おい、柳川、柳川!」
「…あ、ああ、すまん。」
話し相手を置き去りにして、深く考え込んでしまっていたようである。
「いや、別にいいんだけどよ…後ろから誰か、ついて来てるぞ。」
ヌワンギのその言葉に気配を探ってみれば…確かに、別の馬車が後ろから追ってきているようだった。
「…そこの馬車…止まって…止まって下さいっ!」
なにやらそんな声も聞こえてくる。
「…どうするよ?」
どっちでもいいと言いたげなヌワンギのやる気のない声に、
止まらぬのも気がひけるな、などと考えて柳川はぞんざい且つ緩慢に馬車を止めた。
…さて、
(追われるような事は…やったような…やってないような…)
久しぶりに覗いてみたら作家2名ですかな?
楽しんで読ませてもらいましたぞー
ただ こみパinうたわれ の方、トゥルスクではなくトゥスクルです、細かいようですが気になったもので
スレが伸びてると思ったら投下来てた〜。
作者陣乙であります!
ヌワパラキテル━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
って久しぶりに来て見たら来てルー
時間があったらあげときます。
俺、ヌワパラが読みたいからこのスレをいつまでもチェックしてるんだな。
作者GJ!
74 :
名無しさんだよもん:2006/05/30(火) 06:18:21 ID:/7HiXw9P0
GJ!
ちょっとした変換ミスがあったので、訂正を。
>>63 >ここに着た本来の目的とはあまり関係のない事を、しきりに頼み込んでいた。
これ、
ここに来た本来の目的とは…
ですよね。まとめる際に直してくれると助かります。
…國境が近付いている。
その事をチキナロから告げられ、柳川は自分の服装をもう一度確認する。
チキナロが言うには、この服は西方の商人が好んで着る類の物で、
生地も柄も高級であり、一介の旅人や雇兵が手に入れる事など出来はしないそうだ。
そしてこれを着ている限りは、誰しもが柳川達を豪奢な商人だと勝手に勘違いしてくれるそうで、
顔の知られたおたずね者の変装には打ってつけ…らしい。
(生地が高級なのは分かるが、これだと却って人目を引くような気が…)
元々その気は無いのだが、出来る限り人目に付くような場所に出るのは避けようと、一人誓うのだった。
「柳川、これも今の内に着けておけよ。」
ヌワンギが放って寄越したそれを見て、深いため息をつく。
「…ここまでしないと、いけないものなのか。」
「今更愚痴るなよ。バレたらどうなるか、知れたもんじゃネェんだからな。」
「…いや、でもここまで来ると、変装の方向性が間違っているような気が…」
不平を言いながらも、それを被る。
やや装飾過多と思われる髪飾りを付けた、長髪のかつら…
「………」
「感想、聞きてぇか?」
「…情けがあるのなら、口を噤んでくれないか?」
かく言うヌワンギの方も似たような変装をしているのだが、
こちらは妙に似合っている。…正直、どうしてそんなに似合うのか、問い詰めてみたいくらい似合っている。
「こういうのは似合ってると思ってれば、勝手に似合ってくるんだよ。」
とはヌワンギの弁であるが、いや、今回ばかりはヌワンギの言う通りなのかもしれないと、一瞬納得しかけたほどだ。
…何は兎も角、これで國境を越える準備が整った事になる。
勿論、ここまでやっても良くない結果に終わる可能性はあるが、その時はその時で臨機応変に対処するしかないだろう。
馬車の手綱を握るチキナロの方に顔を見せに行く。
「これはこれは。上手に化けましたもので。」
「…段取りをもう一度確認したいのですが。」
外見に関する問には一切答えないつもりで、チキナロの言葉を聞き流す。
「段取りと申しましても…お仕事の内容はご存知の筈では?」
「護衛と聞いていますが…」
…確かに、護衛としての役割もある程度は期待しているのだろうが、
それだけではない事は誰にだって分かる。
この男の真意が知りたい。いや、知っておかねばならない。
…何故、自分達をここに連れて来るような事をしたのか。
「…でしたら、貴方の予定を聞きかせてもらえませんか?護衛ならば、知っておかねばならない事ですし。」
「予定…ですか。大まかには考えてあるのですが、何分、仕事の内容が内容ですから、はっきりした事は言えないのです、まだ。」
「…そうですか。」
何となくはぐらかされている様な気もするが、柳川もチキナロが請け負った仕事の内容を聞かされているので、
そう言われると、これ以上強くは言えなかった。
「…逆に柳川様にお聞きしたいんですが、もし貴方がこの仕事を引き受けたとすれば、
どのようになさるおつもりですか?」
チキナロはそう質問を返してきた。
「え、自分だったら…ですか?」
(単なる世間話のつもりか?それとも…)
もし柳川を試そうとしての質問であれば、慎重に答えなければならない。
「そうですね…」
仕事の内容は、簡単に言えば諜報活動である。ただ、調べる内容がかなり広範にわたる為、
方法を誤れば、満足な結果を出す事もままならなくなるだろう。
「…自分なら、まず皇都に行きますね。」
「皇都に…ですか。」
「はい。軍事、政治の中心である皇都には、あの國で起こるあらゆる出来事の情報が入ってきます。
ですから、皇都で噂話を拾って大まかな情報を集め、詳細な情報が必要であれば、
近くの城や砦に探りを入れる。これで十分な情報が手に入ると思うのですが…」
「…そうですね、それは確かにいい案ですね。」
「その言い方から察しますに、残念ながら貴方の考えていたものとは違うようですけどね。」
柳川のその皮肉っぽい言い方に、チキナロは恐縮しつつも、
「いえ、今の皇都はそれなりに警備も厳重になっておりますでしょうし…
あそこの兵士達は、我々のような商人を見つける度、
何かと賄賂を要求してきますので、今はあまり行きたくないのです、ハイ。」
そう答えた。
柳川はその納得出来るような出来ないような答えに、やや気の抜けた返事を返してから、
「それでは、他に何かツテがあるのですか?」
と聞いてみた。
「…という訳だ。」
馬車の前の方でチキナロとなにやら話していた柳川は、さっきひょっこりと馬車の中に帰ってきて、
チキナロから聞いたという、これからの予定とやらを話してくれた。
…だけど、どうも合点がいかない。
「つまり…なんだ。皇都には寄らず、戦場にも近付かない。その代わり、地方の豪族達の間を行商して回ん…のか。
…そんな事して意味あるのか?」
…クンネカムンではあの商人は、これから起こる戦争の推移と結果を事細かに調べる、
という仕事をクンネカムン皇から引き受けたと言っていた。
それなのに行商などしていては、その仕事が勤まらないと誰だって思うだろう。
「意味はあるだろう。あそこがどういう國か忘れたのか?」
柳川はそう言うが、そんな事はヌワンギにとってはもう忘却の彼方である。
だが、流石に忘れましたと素直に答えるのは、男の沽券に関わる。
「…まあ、大体分かったよ。でも…後で何か細かい事で分かんねぇ事があったら、その都度聞くからよろしくな。」
だから、そんな風に適当に分かったような事を言っておいた。
…実際の所、ヌワンギは柳川ほどにはあのチキナロという商人に興味を持っていない。
クンネカムンまでの道中を一緒になったり、ここに来るのにいろいろと手助けしてもらいはしたが、
所詮それだけの付き合いである。
だから、ぶっちゃけチキナロの予定がヌワンギの意に沿わぬものであったなら、
護衛の仕事など捨て置いて、さっさと前線に向かうつもりでいた。
だが、柳川はどうもあの商人に興味がある…というか、警戒しているような感じで、
今ここでヌワンギがチキナロを置いて戦場に行くと言っても、どうやらすぐには首を縦に振りそうになかった。
そして、柳川がそうであるのなら、彼の旅の終わりまでは常に共に在ると決めたヌワンギもまた、
暫くはチキナロと一緒にいるしかないようだった。
あの時…クンネカムン皇都を発とうとしてすぐ使者に止められ、
とんぼ返りで戻ってみれば、待っていたのは以前道中を少し共にしたことのある商人であった。
まだ近くにいると聞いたので、旧交を温めたいと呼んだ、と言ったその商人と、
そのまま近くの宿で、別れてから後の出来事にネタに話に花を咲かせた。
こちらはあのうだるような暑さの中、四人の姉妹達との儚くも暖かい日々を、
商人は取引先の話や商いでの顧客の話を、共にある程度の誇張を加えて愉快に語り合った。
柳川が姉妹の長女が体型を気にしていて、ちょっとからかっただけなのに、
鬼のように怒って恐ろしい事この上なかったなどと、
本人には聞かせられないような話をすれば、
商人の方はノセシェチカの皇は、横暴である事に関して他者の追随を許さない、
あの男は酷い、あんな國はすぐ滅んじゃいますよ、とこれも本人に聞かせれば首を飛ばされる事必至な話で応えた。
…そうやって三人共に程好く酔いが回ったところで、その商人はこんな噂話があるんですよ…という前置きの後に、
「どうやら…シケリペチムがもう一度…しかも今度は本気で、トゥスクルに侵攻しようとしているそうなんです。」
それを聞いた時の、あっという間に酔いが醒めちゃいました、
という反応の模範を示すように慌てふためいてしまったヌワンギに、
その商人は、つい先程自分がその来るべき戦争の諜報の仕事を請け負った事と、
護衛をしてくれる雇兵を探していると告げたのだ。
その後ヌワンギが何を言ったかについては、語るまでもないだろう。
…とにかく、その商人こそがチキナロ。
そして、いま向かっている國の名がシケリペチム。
かつてはエルルゥの為に、たった二人だけで戦いを挑んだ國であり、
今は二人に賞金を懸けて、その行方を追わせている國だった。
…戦いが、また始まるのである。
新章突入と言ったところか〜、
GJ期待しつつ保守
柳川も苦労が絶えんなあ。
82 :
名無しさんだよもん:2006/06/27(火) 11:16:15 ID:9fhAlC7g0
保守age
さげ
84 :
名無しさんだよもん:2006/07/16(日) 01:20:14 ID:vMT6eAo/0
保守age
こんなスレがあったのか
ヌワンギの話今読んでるけど面白いなあ
作者さん、ナイスです。
86 :
名無しさんだよもん:2006/07/24(月) 15:20:10 ID:2m/DX6vh0
あげときます
ヌワンギのストーリー、ちょうど今最新作まで読み終えました。
アニメでうたわれを知って、そのあとゲームをやり始めた新参ですが
原作のヌワンギの末路に関しては個人的に消化不良だったので
このパラレルストーリーはまさに「こういうのが見たかった!」
という自分の希望が具現化したようで、かなり面白く読めました。
ハクオロが深山町に召還される話は何処ですか?
88 :
名無しさんだよもん:2006/08/07(月) 18:35:51 ID:F+uNBkH80
保守age
結城心一思いだした
ウィツアルネミテアの封印によって、ハクオロ呼ばれた男はこの地上から姿を消した。
彼の消失により、家族という絆で繋がっていたトゥスクルの重鎮たちも
それぞれの道を歩み始め、世界は新たな歴史を紡ぎはじめた。
これは、そんな時代の変わり目に現れた、過去からの闖入者の話である。
オンカミヤムカイの皇都から遠く離れた東の彼方、めったに人も立ち入らない深い森の奥底に、
永い眠りから目覚め、起き上がる人影が一つあった。
いや、『目覚めた』という表現は彼女にはいささか似つかわしくはない。正確には『再起動した』というべきか。
彼女の名はセリオ。型式番号HMX-13、20世紀の終わりに来栖川重工が開発した試作機メイドロボである。
彼女は自らを収納していたカプセルから足を出し、立ち上がると、ゆっくりと周りを見回した。
気が付けば見慣れない森の中、そこに自分一人だけという、常人ならパニックに陥っても仕方のないこの状況ではあるが、
感情プログラムを埋め込まれていない彼女の表情は、眉一つ動かない。
「…どなたか、いらっしゃるのですか」
ようやく発せられた第一声。
誰が自分を目覚めさせたのか。
それを確かめるために、彼女は日の光もほとんどあたらない深い森の中で、誰ともなしに尋ねた。
だが、人らしき人も見当たらない。当然、返事が返ってくることもなかった。
199X年――――セリオは西園寺女学園でのテスト期間を終えた後、紆余曲折を経て来栖川綾香の専属メイドロボットとなった。
その後綾香が天寿を全うするまで、彼女の良き従者として、あるいはパートナーとして、セリオは数十年間綾香の傍にいた。
そして、綾香の最期を看取った後は、その機能を停止し、来栖川の所有する大地下格納庫へ収められ、
来栖川の歴史の遺産として、永遠に目覚めることなく眠り続けるはずだった…。
そう、少なくとも彼女の再起動など誰も予想しなかった。その存在は、来栖川の子孫たちにすら忘れられていたのだ。
しかし、何の因果か彼女は目覚めた。よりにもよって、彼女が尽くすべきはずの純粋な「人」のいなくなったこの時代に。
セリオが保管されていた来栖川の地下格納庫は、さすがは来栖川と言うべきか、
通常のものよりもはるかに強固なつくりになっており、並大抵の衝撃ではヒビ一つ入ることはない。
耐用年数もかなりの期間が予定されていた。
だが、それでも所詮は人の作ったもの。
計り知れない月日の経過、環境の変容、さらには、ウィツアルネミテアの復活、そして最期の大封印による地殻変動の発生。
これらの要素が重なりあうことで、廃棄されていたも同然の地下格納庫は劣化し、破損し、その一部は地表へ押し上げられ、
ついにはセリオを包んでいたカプセルの殻を破るまでに至ったのであった。
セリオは足元に目をやった。自分を収納していたカプセルの破片が散乱している。
常人がこのカプセルを壊すことは並大抵の力では不可能だ。ましてやあたりに人がいる様子もない。
地表の状況から見ても、誰かが自分を目覚めさせたわけではなく、
何らかの超自然的な力によって偶然彼女が再起動したのは明らかだった。
それにしても、自分と一緒に収納されていたはずの来栖川の遺品たちが見当たらない。
実は、彼女以外の遺品は、自身のカプセルとは対照的に地殻変動によって地中深く落ちていったのであるが、
運良く埋没を免れたセリオがそのことを知るには、いかんせん手がかりが少なすぎた。
「……」
言葉を交わす相手が付近に存在しないことを悟り、彼女は黙々と次の作業に移行する。
セリオにとって、現時点での最優先事項は状況確認である。
ここは何処なのか。今は何時なのか。何故自分は再起動するに至ったのか。それらを知る必要がある。そして、そのための次の段階とは。
すなわち―――サテライトサービス。来栖川の持つ技術の粋を集めた、衛星システムの使用である。
セリオは上空に電波を発信した。今がいつの時代なのかはわからない。
衛星などとうの昔に破棄されたかもしれない。それでも、試すだけの価値はあるといえた。
結論から先に言うと、衛星は存在した。ただし来栖川のものではない。それよりもはるかに大規模な、国家レベルの衛星である。
これだけの規模のものなら、状況確認のみならず、さまざまな情報を手に入れることが可能であっただろう。
しかし、セリオはそこから情報を得ることはできなかった。
衛星へのアクセスにはロックがかかっていたのだ。来栖川の衛星でない以上、アクセスコードはわからない。
しかも、非常に高度な防御プログラムがセリオのアクセスを即座に感知し、彼女の回線への逆探知と侵入を試みてきた。
それはムツミの残した自動防御プログラムであった。
セリオが接続を試みた衛星は、使いようによっては全世界を火の海に変えられるほどの兵器にもなりうる。
ゆえに、ムツミは自身が現世に現れないときの保険として、そのようなプログラムを設置していたのだった。
セリオはかろうじてその侵食から逃れた。同じ機械とはいえ、相手ははるか未来のプログラムである。
太刀打ちできないことを瞬時に悟ると、セリオは通信回線をオフラインにした。
おそらく、サテライトサービスは二度と使えまい。再度のアクセスを試すには、あまりにも危険が大きすぎた。
それほど、相手の防御プログラムは強大で、未知であった。
サテライトサービスが使えない以上、立ち止まっていても意味はない。
セリオは思考を切り替え、さらに次の作業に移行することにした。
人を探し、今の状況を聞きだすこと。一気に原始的な方法にランクダウンしてしまうが仕方ない。
セリオは静かに歩き出した。
「はぁ…」
トウカはその日20回目のため息をつくと、大木の木陰に腰を下ろし、
昨晩泊まった宿でこしらえた握り飯を取り出した。
カルラと別れてから1週間は経っただろうか。
一人旅など別に寂しくもないが、トウカはカルラが今どうしているか、妙に気にかかっていた。
そもそも別れることを切り出したのはトウカだった。
カルラの口車に乗せられてトゥスクルを飛び出したものの、
特にこれといって行くあてもなく、たどり着くのは総じて戦場。出会うのは、血の気の多い戦人ばかり。
ハクオロのような聡明で堅実な君主などいるはずもなく、
夜はカルラの酒の相手をさせられては、おもちゃにされて酔いつぶれる毎日。
某は誇り高きエヴェンクルガの武人、こんな生活やってられるか、と半ばヤケになってカルラに別れを告げ、
飛び出したまではよかったが、一人になったところでやはり行くあてなどない。
返す返すも思い浮かぶのはカルラの顔。あの女豪傑が自分と別れたくらいでしょげるはずもなかろうが、
ほとんど勢いで別れてしまったのはやはり彼女に悪かったのではないか、
自身の意固地なまでの義理堅さゆえに、トウカはつくづくそう思っていた。
「それにしても…ここはどこだ」
握り飯を食べ終え、カルラのことを一旦頭から切り離すと、トウカはあたりを見回した。
森…というよりは樹海である。自分は街道を歩いていたはずだ。
考え事をしていたとはいえ、いつの間にこんな日も当たらないような場所に入ってしまったのか。
全く、つくづく自分は抜けている、情けないほどに。
『うっかり』という言葉を敢えて思い浮かべずに、トウカは自分を戒めながら今来た道を引き返そうとした。
だが、その一歩は踏み出されなかった。
逆方向に人の気配を感じたからだ。それも殺気を含んだ争いの気配を。
獣臭。粗野な男の気配。怒声。複数いる。これは…どうやら二人。
エヴェンクルガの並々ならぬ身体能力によって、トウカは遠距離で起こった異変を察知していた。
すぐさま声のする方へ走り出す。その動きはさながら鷹の飛翔を思わせた。
彼女の辞書に『事なかれ主義』という文字はない。
誇り高き武門の出として、争いを放って立ち去るなど許されることではないのだ。
迷いの無い疾走。トウカの足ならばものの数十秒で現場につくだろう。
走りながら、トウカはふと違和感に気付いた。
「これは…二人が争っているのではない…?」
男のものと思われる二人分の殺気は感じる。しかし、声から推察するに、彼ら二人が対立している様子ではない。
そして、彼らが向けた殺気の先には何も感じられない。
…どういうことだ?
いずれにせよ、彼らは“何か”と闘っている。争いが起こっている以上は見過ごすわけにはいかない。
トウカは神がかり的な速さで、男たちとその“何か”の前に飛び出した。
その“何か”は何のことはない、一人の女だった。
少なくともそう見えた。トウカにも、男たちにも。
おかしなところといえば、体にぴっちりと張り付いた白い肌着のような服と、鉄か何かでできた耳当て。それくらいである。
確かに奇妙ないでたちだが、先ほど感じた違和感の根拠にはならない。ではあの違和感は一体…?
しかし、今はそんなことを考えている暇はなかった。
武器を持った男二人とそれに追われる裸同然の女一人。
明らかに切迫した状況。
現場を視認したトウカは彼らの間に割って入ると、女に背を向け、男二人と向かい合った。
「武器を収めろ」
男たちを睨みつけ、トウカは静かに警告する。
「なんだテメエは」
男は不快感をあらわにし、得物を構える。
発した言葉はそれだけであったが、男たちに義などなく、彼らが追い剥ぎ、もしくはそれに似た存在であることは、その態度と身なりから容易に想像できた。
「丸腰の女一人に男二人でよってたかって、恥ずかしいとは思わんのか」
トウカの言葉は明らかに怒気をはらんでいる。
しかし、男たちは警告を意に介することなく、トウカの体躯の細さに気付くと、薄ら笑いを浮かべた。
「クク・・・ははは。今日はツイてるぜ。二匹目のカモがネギしょってやってきやがった」
「何だと…」
「お嬢ちゃん、すいぶん凛々しいお姿だが、それで正義の味方のつもりかい?
悪いことは言わねえから腰の物騒なモンをこっちによこしな。
そうすりゃ大怪我することもなく、楽しい思いをさせてやるよ」
「ま、ちょっとばかり、股ぐらから血は出るかもしれねえけどな!はははは!」
男二人の下卑た物言い。
彼らは不幸にも、目の前の剣士が歴戦の勇士と名高いエヴェンクルガであることに気付いていないようだった。
あるいは気付いてはいたが、所詮はか弱い少女の強がりとその力を見くびっていたか。
いずれにせよ、男たちの予想に反し、少女は一族の名に恥じることのない武の腕前を持っていた。
「…下衆めが!」
トウカは刀を抜いた。いや、抜いた“よう”だった。
刀身の反射による光の軌跡と、納刀の甲高い金属音だけが抜刀の事実を知らせるのみである。
その場にいた誰もが、刃が鞘から放たれた瞬間を目視できなかった。
男たちが気付いたときにはすでに手遅れ。手にした槍は四つに分割され、ボロボロと崩れ落ちる。
彼らの武器は、もはや棍とも呼べない木片に成り果てていた。
「なっ…」
一瞬の出来事に男たちは言葉も出ない。彼らは手元の木切れとトウカの顔を交互に見比べた。
「早々に立ち去れ。それとも今度は素手で某とやりあうか?こちらはそれでもかまわんぞ。
だが、そのときは槍ではなく貴様らの四肢が細切れになると思え!」
「うっ……うわあぁああ!!」
トウカが声を荒げると、ようやく少女の強さを悟り恐怖を感じたのか、彼らは弾かれたように悲鳴を上げ、逃げ出していった。
「ふぅ…」
野盗が去ったのを確認すると、トウカは振り返り、助けた女性を見やる。
「大丈夫でしたか。お怪我は?」
「問題ありません……助けていただいて、ありがとうございました」
女は表情を変えることなくトウカに礼を言った。
見れば見るほどおかしな格好だ…。それにこの女、怯えた顔も見せないとは、意外に肝が据わっている。
思うところは多々あったが、トウカはそれらの思いを顔には出さず、自分の上着を女性にかけてやった。
「礼には及びません。某の名はトウカ。エヴェンクルガ族の出にござる。
そなたは…その、何やら見慣れない格好をしておられるが、異国から来られた方か?」
トウカの問いに対してもやはり表情を変えず、彼女は淡々と答えた。
「私はセリオ、型式番号HMX-13、来栖川重工により製造されたメイドロボです」
「申し訳ない。某も諸国をめぐりさまざまな場所を旅してきたが、
ニホン、トウキョウ、クルスガワ……どれも聞いたことがない地名だ」
「…そうですか」
トウカはセリオの話をほとんど理解できなかった。意味の分からない横文字、聞きなれない固有名詞。
何度も聞き返し、わかりやすい言葉に言い直してもらったあと、
「セリオが永い眠りから目覚めた別世界の住人である」ということをかろうじて理解したのみである。
念のため、セリオは来栖川の地下格納庫の住所も言ってみたが、やはりトウカにはわからない。
一方、セリオはトウカとの会話のさなか、その頭脳で考え付く総てのパターンをシミュレートしていた。
――――ここはどこなのか。衛星の存在を考慮すれば、遥か未来の地球か。いや、地球でなくても衛星は作れる。
外宇宙に旅立った人間が作り出した植民惑星にいるという可能性もある。
周りに広がる草木は見たこともないものばかりだし、目の前の少女は耳が羽根のようになっている。
この獣人は異星人か。それとも人工生命体か。
あるいは、これらは全て映像で、自分は来栖川によって作られた何らかの擬似体験プログラムの中にいるのかもしれない。
トウカの話している言語が日本語なのは明らかだ。
しかし、それだけでこの場所を日本のどこかだとするのは、あまりにも早計である。
決定的な要素がない以上、何も断定することはできない――――
あけすけな言い方をしてしまえば、結局のところ、何もわからない。セリオにとっての状況はほとんど好転していなかった。
「くしゅん!」
セリオは、トウカのくしゃみで思考を中断した。
焚き木に火をつけ暖をとっているものの、夜の森は冷え込む。
しかもトウカは上着をセリオに貸し与えていた。見れば鳥肌が立っている。
「トウカ様、この上着なのですが…」
「いや、大丈夫だ。某はこれでも鍛えているのでな。それは貴殿が着ていてくれ。肌着一枚では寒かろう」
「ですが、私は」
「大丈夫だと言っているだろう。遠慮されたら、逆に某が困るのだ。着ていてくれ」
「……」
言いながらトウカは小刀で干し肉を切り分けている。どうやら今晩の食料らしい。
「トウカ様、その食料はもしかして私の分も切り分けていらっしゃるのですか」
「ああ、某だけが腹を膨らますわけにはいかんからな」
「いえ、私のことでしたらお気になさらずに。食べられませんので」
「何だ、肉は受け付けんのか?そういうことならしばし待たれよ。確かこの先に果物の木があったはず…」
トウカは肉を置き、腰を上げようとした。
「いえ、そうではないのです。私はアンドロイドなので、食べられないのです」
またもや意味不明な言葉。中腰のままトウカは固まってしまう。
「あんど…ろいど?」
「はい。すなわち機械、精巧なからくり人形、その類のものといえば理解していただけるでしょうか。
私の動力源は人間の摂取する有機体ではなく、電気なのです。」
「………でん…き?」
「エネルギー、つまり人間でいうところの体力といいましょうか、それは残りわずかなのですが、
私の体内には太陽光を電力に変換する発電装置が取り付けられておりますので、
明後日くらいまでなら充電無しでも持つと思われます。
それでも、明日はできれば日の当たる街道に出たいと考えているのですが…」
セリオは綾香のメイドロボとして起動していた数十年の間に、何回かのバージョンアップを行っていた。
体内も取り付けられた発電装置もそのうちの一つである。
これによって、セリオは外部から電力を供給しなくても、自立的に動作し続けることが可能となっていた。
「…いずれにせよ、その食料は私には不要なものなのです。
それと、この上着もお返しします。私は機械ゆえに寒さも感じず、風邪をひくこともありませんので。
ですから、どうぞご自愛を」
トウカは頭を整理するのが精一杯で、差し出されるままに上着を受け取ってしまう。
「ぁ…うん…」
――――『自分は機械。精巧なからくり人形』
―――――『食料は必要ない』
――――――『寒さも感じない』
…言っていることはなんとか理解できる。しかし、はいそうですかと納得できるものではない。
トウカの頭には淡々としたセリオの声が響いてくるのみ。意味を咀嚼し、飲み込むことはできない。
ふと、トウカは思い出した。昼間の違和感。人ではない何かに殺気をぶつけていた野盗。
気配を感じない何かとは、セリオだった。
人ではない、すなわち機械、からくり人形――――――
「あっ――――」
こんな納得はしたくなかった。だが、答えは繋がってしまった。
とても信じられない。喋る人形など見たことが無い。しかし、セリオからは人としての臭いを全く感じない。
トウカの鋭い野性の感覚は、逆にセリオの無機質さをより強く感じとってしまう結果となった。
まるで人形と話しているような感覚…いや、実際に人形なのだ。
「本当に…人ではないのか…」
「はい」
「では、野盗に襲われても、悲鳴一つあげずにいたのは――」
「私が人間ではなく機械、人形だからです。感情を生み出す機構が埋め込まれていないので、恐怖を感じることもありません」
「こ、心が…無いと?」
「心という言葉の定義にもよりますが、大方その言い方は間違いないでしょう」
そう言うと、セリオは右腕の手首を開き、充電用のコードを内部から取り出した。
手首の内部はびっしりと回路が詰まっていた。むき出しのそれらは、表皮が開かれた今、外から丸見えになっている。
「ご覧下さい。このように、私の体は有機物で構成されているわけではありません。
人間とは体のつくりから根本的に異なります……お分かりいただけましたでしょうか」
セリオの中身を見たトウカは、問いに答えることなく――――そのまま気を失った。
101 :
名無しさんだよもん:2006/08/20(日) 00:44:21 ID:1jb7bZwq0
久しぶりにここを覗いて見たら、新しくて面白いのが出てるよ。
102 :
名無しさんだよもん:2006/08/20(日) 04:39:07 ID:9fCEV2If0
の
ぬわIFの次に面白い作品になると見た!
これは一人のセリオ萌えとして支援するっきゃないでしょう
あ、先にやられてしまった…
GJ!
ふと思ったが、別れたカルラはマルチ拾ってたりしてw
私怨
「う…ん…」
「気が付かれましたか」
トウカはセリオの膝の上で眼を覚ました。
その視界に、端正だが無機質な女の顔が映りこむ。
「………」
しばしの沈黙。
先ほどまでの事を思い出すのに数秒思考をめぐらした後、
トウカは我に返り、弾かれたように飛びのいた。
「きっ、貴様!い、い一体、何、何を!某は、某に何をする!」
抜刀の構えをとり、姿勢は戦闘体制になるが、頭がついてきていない。
『心が無いのに喋る人形』―――
トウカにとって、それほどまでにセリオの存在は奇怪なものだった。
「驚かせてしまったようで、申し訳ありません」
「めめ面妖な!某をたぶらかそうとしてもそうはいかんぞ!ここっ、この、ば、化物め!」
罵りの言葉をぶつけられても、セリオは目の前の侍とは対照的に、何事にも動じない。
一言謝った後、トウカが呼吸を整えるまで、じっと彼女を見つめていた。
セリオが動かなかったのは正解であった。トウカは軽い錯乱状態にある。
セリオが少しでも距離を縮めようとすれば、
おそらく超高速の抜刀術によって、その体は両断されていたに違いない。
「ふーっ…ふーっ………」
何分、あるいは何十分経っただろうか。
徐々に小さくなる呼吸音は、トウカが落ち着きを取り戻しつつあることを示していた。
セリオはそれを見計らって話を切り出した。
「…あなたを置いて、このまま此処を発とうかとも思いました。
ですが、火が焚いてあるとはいえ、獣が襲ってくるかもしれません。
とりあえず、あなたが起きられるまで見張りをさせていただきました」
「……」
「お目覚めになられたようですので、私はおいとまさせていただきます。
不快な思いをさせてしまい、すみませんでした。それでは」
立ち上がるセリオ。
「ま、待て!」
あまりにも素っ気無い別れの挨拶に、思わずトウカはセリオを引き止めた。
「何でしょう」
「ここを出て…どうするつもりだ」
「…わかりません」
行くあてなど無かった。
すでに仕えるべき主人もいないこの世界。
セリオにとって、自らが存在する意義すらないといえる。
ここがどこなのか、それを知ることがセリオの当面の目的ではあったが、
それを知ったとて、結局のところどうなるものでもない。
セリオは暗闇を見つめ、押し黙った。
感情のないはずのその表情が、トウカには何故かひどく悲しいものに見えた。
「……」
トウカはいたたまれない気持ちになり、思わず目線を下にそらすと、
干し肉や小刀といった自分の荷物が綺麗にまとめられていることに気付いた。
セリオに貸したはずの上着も、いつの間にか自分の手に袖が通されている。
気を失っているうちにセリオが着せてくれたのだろう。
荷物の整理も、セリオの手によってなされたことは明らかだった。
――――『あなたが起きるまで見張りをさせていただきました』
トウカはセリオの言葉を反芻する。
彼女は自分の身を案じ、ここで見張っていてくれたのだ。
なのに、自分は何をやっている?彼女を化物呼ばわりし、
あまつさえ斬り捨てようとしている。“うっかり”などでは済まされない。
このままではエヴェンクルガの風上にも置けない、大馬鹿者になるところだ。
トウカは刀の柄から手を離し、構えを解いた。
「……すまなかった」
「何故、謝るのですか」
「化物などと呼んですまなかったと言っているのだ。
貴殿は某のために寝ずの番をしてくれていたのだろう?
体のつくりは違えども、そのような者を叩き出すほど、某は恩知らずではないつもりだ。
少々取り乱してしまったが、今は落ち着いた………どうか、許して欲しい」
深々と頭を下げるトウカ。
「いえ、許すなど…私は別に気にしておりません。ですから、どうぞ頭をお上げください」
「…心遣い痛み入る」
トウカは姿勢を戻した。
「それよりも、私がいると、ご迷惑なのではありませんか」
「迷惑なことなどあるものか。第一、まだ知り合って間もないのに迷惑も何もないだろう。
さっきは…少し驚いただけだ。そう、ほんの少しな。
その、手首から…鉄の線が…出てきたことに、
め、面食らいはしたが、それだけだ。別に、恐ろしくもなんともないぞ」
トウカの返答には幾分かの強がりが混じってはいたが、それ以外は本音だった。
トウカは以前にも、さまざまな『人ならざるもの』を見てきた。
アヴ・カムゥ、オンヴィタイカヤン、そしてウィツアルネミテア…。
これらのものに比べれば、人の形をなしているセリオなど、驚くほどのものではないかもしれない。
だが、“生き物としての気配を感じさせないのに、自ら考え、話し、行動する”セリオは、
それらのどれにもあてはまらない、ことさら異質な『人ならざるもの』ともいえた。
また、セリオの体内を突然見せられたことはトウカに大きなショックを与えた。
しかし、セリオの真摯な振る舞いは、たとえ彼女が人であろうとなかろうと変わるものではない。
義を重んじるトウカにとって、見るべきは体を構成する材質などではなく、
その振る舞い、人に対する姿勢なのだ。
そして何より、トウカは、暗闇を見つめたセリオの瞳の奥に
例えようのない何か――それを心と言うべきかはわからないが―――を感じていた。
「……とりあえず…座ろうか」
「はい」
二人は火を中心にして向き合うと同時に腰を下ろした。
「セリオ殿…その…貴殿は先ほど、明日は街道に出たいと言っていたな。
よければ某に道案内をさせて欲しいのだが、どうだろうか」
「…よろしいのですか」
「ああ。そなた、行く当てもないのだろう?話を聞くに、この世の道理も知らんとみえる。
第一、その格好で一人旅は危険すぎる。また昼のように野盗に襲われるやもしれん。
困っている者を見過ごすなど、エヴェンクルガの仁義に反することだからな。
ああそうだ、街道に出たら服も買わねばなるまい。それもできたら某に見繕わせてくれないか。
何、心配は無用だ。服の代金くらいはこちらでもとう」
トウカは最初こそぎこちなかったが、自らの提案をセリオが拒絶しないことを悟ると、
堰を切ったように一方的に話し始めた。
それは、さっきまで取り乱していた自分の恥を取り繕うようでもあったし、
セリオへの照れ隠しのようにも見えた。おそらく、その両方とも正解であっただろう。
セリオは黙って聞いていたが、トウカが一呼吸つくと、一言「ありがとうございます」と礼を言った。
背筋は伸び、その丁寧な態度を崩さないままで。
トウカも、セリオのそんな姿勢に気付いた。そして、自らもそれに習い、同じように座りなおした。
「ゴホン……セリオ殿」
「はい」
「改めて名乗らせていただく。某はエヴェンクルガ族の侍、トウカと申す。
先ほどの無礼な振る舞いの償いも兼ねて、明日からそなたの道案内をさせていただきたい。
どうか、よろしくお願い申し上げる」
「こちらこそよろしくお願いいたします。
私は型式番号HMX-13、来栖川重工による試作機メイドロボット、セリオです。どうぞセリオとお呼びください」
―――――――――こうして、二人の奇妙な旅が始まった。
明日からまた波乱の日々が始まる。
カルラには悪いが、トウカは、この『人ならざるもの』、セリオとの出会いによって、
自分をからかっていた酒豪のことなど、いつのまにか忘れてしまっていた。
GJ!
俺的にはうたわれはやっぱり、微かな高度文明が存在してて、そのギャップが好きなんだ。
正直、セリオはベストチョイスとしか言い様が無い。
「うん、よく似合っている。某の見立て以上に、やはり着る人間が器量よしだと違うものなのだなあ。
ところで、寸法は大丈夫だったか?大きすぎたり、小さすぎたりしないか?」
「はい、丁度良いサイズです。ありがとうございました。
いつか、この分のお金もお返ししなければいけませんね」
「だからそれはいらんとこの前も言っただろう。気に入ってくれたのならそれで十分。
人の好意は黙って受け取るものだ。いいな?」
「…はい」
トウカとセリオは、オンカミヤムカイの中心部にある皇居へと歩みを進めていた。
セリオは、元々着ていた白いアンダースーツの上に、街中の呉服屋で買った衣装を羽織っている。
白地に赤い模様が描かれたその服は、少々目立ちはするが、
セリオの栗毛色の髪とあいまって、とてもよく似合っていた。ちなみにセリオの頭にも、
服と同じ赤い模様が施された大きめのバンダナが巻かれている。セリオの耳カバーを隠すためだ。
これらの服を選んだのはトウカだった。
トウカは歩きながら、やれ袖口の模様がどうだの、やれ裾の長さがこうだのと、
解説して一人悦に入っている。別にトウカは服飾に造詣が深いわけではない。
ただ、戦乱の世に生き、剣を振るっているとはいえ、彼女は年頃の女の子でもあるのだ。
トウカは普段自分でおしゃれを楽しめない分、
その反動として、セリオを着せ替え人形の代わりにすることで、楽しんでいた。
「ところでトウカ様、今から行くオンカミヤムカイとは、どのようなところなのですか」
セリオは、トウカの服装の話がネタ切れになってきたのを見計らって、質問を投げかけた。
「ああ、そうだな。その説明もしておかねばなるまい。
オンカミヤムカイというのは、我らが大神…
大神…
ウィツアル…ネミ…テ……ア………」
「?」
言いはじめた途端、トウカの口が止まる。
大神ウィツアルネミテア。それは、トウカにとって単なる信仰の対象ではなくなっていた。
それは、心から慕い、命を捧げんと誓った主君のもう一つの姿。
最後の大封印によって、帰らぬ人となった彼のことを、
気にも留めずに他人事のように話すには、トウカにはまだ時間が必要だった。
セリオはトウカの様子が普段と違うことに気付いた。首を傾け、トウカを覗き込む。
「どうかなさいましたか」
「あ、いや…何でもない」
トウカは無理矢理にでも表情を作った。このような情けない顔を見せるわけにはいかない。
なんとか気持ちを切り替え、説明を続ける。
「オンカミヤムカイという国はだな…大神…ウィツアルネミテアの教義を守る宗教国家であり、
『始まりの國』とも呼ばれている。つまり、最も長い歴史を持つ国なのだ。
皇都には大規模な巨大書庫が存在し、そこで各国の歴史や、伝承など、さまざまな知識を得ることができる。
もしかしたら、そこにセリオ殿の生まれた場所のことも載っているかもしれんと思ってな」
「なるほど、理解しました」
「ちなみに、オンカミヤムカイは争いや災いを防ぐことを使命とし、
各国の調停役を請け負うため、『調停者』とも呼ばれることもある。
某がかつて仕えていた国でも、オンカミヤムカイの國師が駐在し、
皇の良き助言役として、近隣諸国との外交に腐心なされていた。
そして、今のオンカミヤムカイ賢大僧正は、何を隠そうその國師殿なのだ。某とも知己の仲にある。
ゆえに安心めされよ。おそらく書庫内の歴史書なども、快く閲覧させてくれるだろう」
そうして、二人がオンカミヤムカイの皇居に到着したときは、もう日も沈む寸前の夕刻であった。
皇居前。
人もまばらなその場所は、夕焼けによって全てのものが朱色に染まり、幻想的な雰囲気が作り出されている。
トウカは門番に、自分の名前と身分、賢大僧正に取り次いでもらう旨を伝えた。
そしてしばらく待つと、背中に白い羽根を携え、慈愛の笑みをたたえた金髪の美女が現れた。
まるで聖母と形容されるがごときそのたたずまいに、周りの衛兵も息を飲み、見とれてしまっている。
ウルトリィ。オンカミヤムカイの皇にして、賢大僧正その人である。
「お久しぶりです。トウカ様」
「お久しぶりにございます。いきなりの来訪、大変失礼仕る。賢大僧正様には、まことに…」
トウカの長い口上を、ウルトリィは途中で打ち切り、にこやかに微笑みかける。
「相変わらず、礼儀正しくていらしゃるのですね。でも、そのような堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。
わたくしも、親しい友人が訪ねてきてくれて嬉しいのです。
積もる話もあるでしょう、すぐにお部屋を用意させますわ」
「いえ、今晩は街の宿に泊まりますので、そのようなことは」
トウカは引き止めた。すると、ウルトリィはトウカの耳元に近づき、小声で囁いた。
「いいのです。実はわたくし、大僧正のお勤めに少々飽き飽きしていたところなのです。
書類の山に囲まれて、雑務をこなす毎日で…。今晩も多分そんな感じでしょう。
だからこれを口実に、少し休憩しようと思いまして」
「ウルトリィ様…某にサボりの片棒を担げと?カルラ殿ではあるまいし…」
「駄目かしら?でも、日も沈む頃に訪ねてきて、
泊まりの誘いも拒否して、挨拶だけというのもどうなのでしょう。
少しの立ち話をさせるためだけに、
わざわざわたくしを門前まで呼びつける方が、よほど失礼ではありませんか?」
「うっ……」
確かに、今からでは書庫を使わせてくれというのも遅すぎる。
こんな時間ではこのまま立ち去るか、泊まるかしかない。
というより、そもそも訪ねるのは明日にして、街の宿で足を止めるべきだったのだ。
トウカは、ウルトリィに顔を見せておこうという思いだけが先走り、時間を忘れていた。
「某としたことが……。
わかりました。賢大僧正様の頼みとあらば、断れますまい。
喜んで、もてなしを受けさせていただきます」
トウカが折れると、ウルトリィはにっこりと微笑んだ。
ウルトリィは、カルラとはまた違ったしたたかさと強さがある。
カルラを『小悪魔の笑み』と形容するなら、ウルトリィは『天使の笑み』といったところか。
「…ところで、そちらの方は?」
ウルトリィはその笑みを崩さないまま、トウカの後ろの見慣れない女――セリオに眼をやった。
「某の―――友人です」
「お初にお目にかかります。セリオと申します」
セリオは前に出ると一礼し、自己紹介する。もう、自分の型式番号や、製造元は言わなかった。
この世界では意味のないことであり、かえって相手を混乱させることを悟ったからだ。
「はじめまして。オンカミヤムカイ賢大僧正、ウルトリィです」
ウルトリィもセリオに礼をした。
すると今度は、トウカがウルトリィの耳元に近づいた。
「ウルトリィ殿、某が訪ねて参ったのは、実は彼女のことなのです。
詳しい理由は、後ほど説明いたします。ただ、まあ、少し事情が込み入っておりますが――――」
GJ!
ウルトラーメン登場。
いよいよ舞台が大きくなって面白くなってくるね。
トウカは人形フェチだから、
セリオは気をつけないと着せ替え人形にされてしまいそうな悪寒w
かわいいにゃー。
私怨 part2
120 :
うっかり侍とメイドロボ:7:2006/08/24(木) 16:25:57 ID:CepacZyM0
その夜、トウカとセリオは皇居内の部屋の一つをあてがわれた。
部屋の広さは八畳程度。二人が寝るには丁度いいくらいである。
「すみません。ちょっと、戸を開けていただけますか?」
食事時になると、ウルトリィが自ら夕食の盆を運んできたので、
トウカは慌てて戸を開けると、即座にそれを受け取った。
「あの…セリオ様、どこか具合でも悪いのですか?」
食事はウルトリィも加わって、三人でとることになった。
しかし、セリオが全く食事に箸をつけないので、ウルトリィは心配になったようだ。
アンドロイドゆえの、血の気の無い肌の色もあってか、
ウルトリィはセリオの体調が良くないと考え、そう尋ねた。
その問いに、思わずトウカはセリオの顔を見る。
そして「私は」というセリオの言葉を遮って、トウカは「だだっ断食中なのだ!」と叫んだ。
「断食…ですか?」
「そう!そうなのだ!彼女は今、とある事情から断食をしていてな!うん!」
トウカの慌てた言い方は、明らかに「嘘だ」と悟られるものであったが、
ウルトリィは場の雰囲気を察したのだろう、少し考えると「そうなのですか」と言ったのみであった。
しかし、場の雰囲気を察しなかったセリオは、間発入れずトウカに問う。
「トウカ様、私のことでしたらウルトリィ様に全て話しても、特に問題はないと思われますが…」
せっかく上手く隠し通せたのにこのバカもの、と言いたげな顔でトウカはセリオを睨む。
「だがな、そなたの正体を知って、ウルトリィ殿が某のように気を失ってしまったらどうする!
そなたが『喋るからくり人形』であるとか、そういうことは伏せながら、ことの内情を説明することもできるだろう。
別にやましいことをしているわけではないのだ。某は、ウルトリィ殿のことを思ってだな…」
「…セリオ様は、からくり人形…なのですか?」
「しまったあああ!某としたことが!!」
またもやトウカは自爆してしまった。
ウルトリィは、そんなトウカのことを、かつてのトゥスクルでの大所帯を思い出すかのように
優しく微笑みながら眺めていた。
結局のところウルトリィは、『人ではない、メイドロボ』というセリオの正体を知らされても、
トウカのように動じることはなかった。トウカはそんなウルトリィを見て、
ああ、やはりこの人は賢大僧正を務めるに足る器の広さをお持ちだ、と思った。
だが、それだけではなかった。
もちろん、ウルトリィという人間の器の広さもあるだろうが、
ウルトリィはトウカが何事も無くセリオと会話しているのを見て、セリオに対して警戒を解いたのだ。
つまり、セリオという異質の存在を回りに溶け込ませているのは、トウカのおかげであるともいえた。
もっとも、トウカ自身、そんなことには全く気付いていないのだが。
そして…そのトウカは今、セリオの素性を説明するのに必死になっている。
「えー、実は…このセリオ殿は、森の中をさまよっていて、道がわからなくて、
ま…迷子…でいいのかな…うーん……迷子…になっていたところを、
某が見つけ、あ、野盗に襲われる寸前だったのだがな?
とにかく、某が野盗を追い払って…で…あー…えーと、セリオ殿は何故か長い間眠っていたらしく、
何故かオンカミヤムカイの森の中にいたそうなのだ。
しかも、我らの国々…その、我らの習慣や様式とは全く違う国から来られたようで、
どうして森にいたのかは全くわからぬそうなのだ。
あー…それで、某は、野盗を追い払った後、この世の道理を教えつつも、
セリオ殿の国がどこにあるかというか、我らの国とセリオ殿の国の関係というか、
どうして眠っていたのかとか、そういうことを調べるためにセリオ殿の道案内役として…某が…えーと…」
「つまり、セリオ様は異国からの迷い人で、眠りから目覚められた時は森の中にいた。
どうしてそこにいたかはセリオ様自身にもわからない。
そして、もといた国に帰る手がかりを探しに、トウカ様の手引きで
このオンカミヤムカイまでお越しになられた、というわけですね」
「そうそう!そうなのだ!さすがはウルトリィ殿!」
さすがはウルトリィ殿、というよりはトウカの説明が全く要領を得ないだけなのだが、
トウカはウルトリィが素早く状況を理解してくれたことに安堵した。
乙彼〜
>「そうそう!そうなのだ!さすがはウルトリィ殿!」
トウカ必死だなwww
しかし、セリオは「すみません」と一言断って、トウカの説明を一部否定した。
「トウカ様…私は別に帰ることが目的ではありません」
「な、何!?何故だ?帰りたくは無いのか?」
当然、トウカは驚く。
「はい。私の仕えるべき主人は、すでに他界しておりますし、
機能的な面から見ましても、私はもといた世界においては、
もはや数世代前の型落ち品で、旧式のガラクタに等しいのです。
仮に戻ったとしても向こうでお役に立てることは少ないでしょう。
確かに、この場所がどこで、私がもといた場所といかなる関係にあるのかは、
状況を理解するために知ったほうが望ましいと考えます。
ですが、元の場所に帰れるとしても、
おそらくそうなるまでに皆様に多大なご迷惑をおかけすることになるはずです。
私は人に奉仕するために作られました。
ですから私は、自分のことで誰かのご迷惑になるよりは、この世界で人に奉仕するべきだと考えます」
セリオは失礼だと思い口には出さなかったが、今までの短い道中からこの世界の文化を見聞きするうちに
この程度の文明レベルでは、おそらく帰ることはできない、と結論付けた。
もちろん、セリオのいた時代と、この世界との繋がりがどのようなものなのかはわかっていない。
その繋がりがいかなるものか、知ることができるのなら知っておくべきである。
しかし、この場所が未来であっても、宇宙のどこかであっても、ましてや異世界であっても、
石油も使えない文明レベルでは戻ることは不可能だろう。
できもしないことで目の前の人間たちに時間をとらせるわけにはいかない。
何より、セリオが今言ったように、たとえ戻ったとしても
自分という存在が、22世紀の日本において役には立たないのは明らかである。
…以上のようにセリオが考えた時、彼女の優先順位は決定付けられた。
すなわち、自分でも役に立てそうなこの世界に定住し、人のために奉仕する―――この世界に骨を埋めるということである。
「しかし…セリオ殿、そんなあっさりと諦めてしまっていいのか」
「はい」
「はい、って!少しは自分のことも考えたらどうだ!帰ればいいではないか!
…あ、いや、今のはそなたを厄介払いしたいとかそういう意味では無くてな。
少しは自分を大切にというか、そういう意味で言ったのであって」
普通の人間にとっては自暴自棄ともとれるセリオの発言に、トウカは少々混乱していた。
「ありがとうございます、トウカ様のお気持ちもよくわかります。
ですが、私の存在理由は人の役に立つことなのです。
人に迷惑をかけてしまうのは、それとは対極のこと。とても許容できません」
「だから、某は自分を大切にしろと言っているではないか!」
「まあまあ、お二人とも。まだ帰る方法も見つかっていないのにどうこう言っても仕方ないでしょう。
とりあえず今夜はゆっくりお休み下さい。
セリオ様、明日は書庫を空けましょう。この国のことを少しでも知って、参考にしていただければ幸いですわ」
「ありがとうございます」
「…かたじけない」
二人はほぼ同時に礼を言った。
その晩、トウカはセリオのことを考えながら床についた。
彼女は言った。『自分の存在理由は人の役に立つことである』と。
トウカも、あるべき主君に仕え、主君の役に立つよう、我欲を封じて生きてきた。
いや、封じてきた“つもり”でいた。
しかし、セリオの考え方はそれ以上のものである。ひどい言い方をすれば、常軌を逸している。
完全に自己を殺しているのである。
トウカにはとても真似できない。この世の誰もそんな真似はできないのではないか。
もし、自分が故郷から遠く離れ、未知の世界に立たされたら、血眼になって帰る方法を探すだろう。
なのに、セリオはそれをあっさり諦めた。
いや、諦めるのはまだいい。だが、何故そこで異国の人々に奉仕するという結論になる?しかも一生をかけて!
セリオは今、トウカの隣の布団で休止モードに入っている。
眼を閉じているため、トウカにはセリオが眠っているようにしか見えない。
「こんなに人に似ているのに。眠りだってするのに。それでもやはり人とは違うのだな…」
トウカはつぶやいた。しかしその言葉に畏怖嫌厭の情はなく、尊敬と、ほんの少しの羨望の情が混じっていた。
ウホッ、本日2回目キター――――(゚∀゚)――――!
乙彼〜
トウカは意外と心理面で幼く脆そうだから、自分とセリオを対等に比べて、
自己嫌悪とかにならなければいいのだが…、と心配してみるてst
トウカ&セリオの心(自分、セリオには心があるんだよ派っス)の成長と、
今後の展開に期待
感想と支援ありがとうございます。
遅まきながら春ごろに、うたわれアニメを見て、原作をプレイして、ラジオを聞いて しっかりハマり、
ここのヌワンギパラレルのSSに影響されて、長めのSSを初めて書いてみました。
自分で書いてみると本当にヌワンギパラレルの作者さんとか
その他二次創作を書いてる人ってすごいんだなと思います。
書くたびに自分の文章力、語彙力のなさに愕然としながら試行錯誤中です。
ビビって何も生み出さない漏れにとっては、
あなたの言う「二次創作を書いてるすごい人」にあなたも含まれてますよ〜
しかもあなたは間違いなくその中心にいます
何故なら漏れはうたわれ&セリオスキーだからw
ロムってる人も多いだろうけど、マターリと進めていってくだちぃ
翌日、ウルトリィの許可を得て、セリオはオンカミヤムカイの書庫で歴史書を読み漁った。
食事も、気分転換も必要としないセリオは、日がな一日書庫にこもり、
時間の許す限り、休むことなくそこにある書物に目を通した。
しかし、予想通りというか、セリオのいた22世紀に関係がありそうな記述はどこにもなかった。
神話、伝承、国の成り立ち…どれもセリオのデータには無いもので、
この地に住む人間の文化を知るには丁度良かったが、22世紀の日本との関連性は薄いように思われた。
唯一の収穫といえば、書物が全て日本語(正確にはそれに似た文字)で書かれていたということのみ。
とりあえずそのことから、この世界は日本と何らかの関係はあるのだろう、とセリオは判断した。
書庫は皇居のすぐ側にある。
夕刻、書庫を出たセリオは、ウルトリィに一言挨拶をしてから部屋に戻ろうと、皇の間へ向かった。
警備の衛兵に道を聞き、地下へ続く階段を降りる。
皇の間は薄暗く、洞窟を改造したようなつくりになっていた。
ウルトリィはこんなところで終日雑務をこなしているのだろうか。
いや、それはない。人間では体が持たない。
おそらく皇の私室は外にある建物の方で、彼女はそこで暮らしているに違いない。
皇の間といってもここは謁見か、あるいは儀式的な用途で使われているのみだろう。
セリオがそう考えたとおり、靴音だけが響くその洞窟の中に、果たしてウルトリィはいなかった。
念のため奥まで行き、ウルトリィの不在を確認した後、入口につま先を向け歩き出す。
しかし、セリオの足はある場所で止まった。
その晩も、ウルトリィはトウカたちの部屋で夕食をとった。
用意された食事はまたもや三人分。
セリオは昨晩、自分が食べられない体であるということもウルトリィに伝えていたのだが、
何も出さないのも悪い気がするからと、ウルトリィはそれを押し切る形で盆を三つ運んできた。
セリオは箸すら持とうとせず、目の前の料理をじっと見つめている。
食材が無駄になるのでは、というセリオの考えを読み取ったのか、
ウルトリィは「余ったら折り詰めにして、明日のお弁当にするから大丈夫」と微笑んだ。
窓から見える空は雲ひとつなく、満天の星が煌々とあたりを照らしている。
おそらく、部屋の灯りがなくても、星の光だけで部屋の中まではっきりと見えるだろう。
星の光――――セリオは、星座の配置からこの地がどこかを割り出すことも考えた。
しかし、この時代の星座は、数千年の年月の経過によって、セリオの時代とはまったく模様を替えていた。
しかも、セリオが記憶しているのは以前の星座の配置のみである。
もちろん、各恒星と地球との距離をもとに、天球上の星が何年でどれほど移動するかを算出し、
今が何年後の世界なのかを割り出すことはセリオには可能である。
しかし、どの星が地球からどれほど離れていて、どの方向に移動するかといったデータは、
セリオの陽電子頭脳には全く保存されていなかった。
これが元の時代ならば、サテライトサービスを使用し、データをダウンロードすることもできただろう。
だが、今はそれも使えない。
自身では記憶しきれない大容量の情報を、必要な時に衛星から逐次ダウンロードするという
セリオの一番の特性が、ここでは仇になった。
「ところでウルトリィ様、大変失礼ながら、本日、皇の間を拝見させていただきました。
ウルトリィ様がいらっしゃると思い、そのまま入ってしまったのですが、
事前に確認をとってから入室するべきでした。申し訳ありません」
セリオはウルトリィに酌をしながら言う。
「あら、別にいいのですよ。大したものを保管しているわけでもないですし。
鍵もかかってなかったでしょう?」
「はい……それで、一つ質問があるのですが」
「何かしら?」
「あの皇の間の奥で、地下に続く扉を発見しました。
あの扉はこの時代のものではない、非常に特殊な材質でできているようにお見受けしましたが、
扉の向こうには何があるのでしょうか」
その言葉を聞いて、ウルトリィの表情に影が差す。持っていた杯の水面が波立った。
加えて、その場にいたトウカまでもが戸惑いの表情を見せていた。
「あの、セリオ様…」
「それはだな、セリオ殿…」
二人は何かを言いかけたが、口ごもる。
セリオは二人のただならぬ様子に気付いたのか、ウルトリィから離れると、丁寧に謝罪した。
「…私が立ち入ってはいけないことなのですね。配慮が足りず、申し訳ありませんでした」
その扉の奥にあるのは太古の夢跡。
遠い昔、大いなる父がまだ人だった頃、地上に戻るための研究を行っていた地下施設がある。
そしてさらに深遠には、大神ウィツアルネミテアの大封印の場が存在する。
今は亡き初代トゥスクル皇の墓と言ってもいい。
エルルゥの髪飾りがなければ、入ろうとしても入れないその場所は
表向きは、神聖さを理由として立ち入りを禁じられていた。
だがそれとは別に、トゥスクルに縁深い女二人には、人には言えない切なる思いがあった。
「……」
口論になったわけでもないのに、居心地の悪い空気が流れる。
そんな空気を断ち切るかのごとく、トウカが思いついたように口を開いた。
「あ、あー、それにしても今日は暑かったなあ。
某、昼間は街の刀鍛冶のところへ行っていたのだが、工房の中はさらに暑く、
さながら蒸し風呂、いや、窯の中にいるようだった」
「刀鍛冶…ですか」
「それはそれは。大変だったでしょう」
「ええ、肌が透けるくらい、汗で中の着物が濡れてしまいまして…。
ですが、刀鍛冶の方々は、毎日あの焼け付くような熱気の中で刀を打たれておるのですから、
使い手の某としても、これしきのことで弱音を吐くわけにはまいりません」
いささか無理矢理な話題転換ではあったが、トウカは場の雰囲気をもとの穏やかな空間に戻したかった。
それは、あとの二人も同じ気持ちであった。自然と全員が饒舌になる。
「汗といえばセリオ様、その耳当ては四六時中つけていらっしゃるけれど、蒸れたりしないのですか?」
「はい。私は汗をかきませんので」
「いや、そもそもこの耳当ては頭と繋がっていて、中は腕と同じように鉄線がつまっているのだろう?
ですからウルトリィ殿、蒸れるとかは蒸れないとか以前の問題なのですよ」
トウカは少し得意気な様子で言葉を継ぎ足した。
ただ、それは憶測で言った言葉であり、正しくはない。即座にセリオに訂正された。
「トウカ様、私の耳当ては、メイドロボと人間を識別するための単なる装飾品にすぎません。
頭部に直結しているわけではないので、取り外しも可能ですが…」
「な、そ、そうだったのか?」
「はい」
「ではまさか、その中には普通の耳があるのか?」
「この世界の基準に照らして、普通といえるかはわかりませんが、耳はあります」
「なんと……某、セリオ殿の体内を見たときから、てっきりその耳も体の一部だとばかり……。
…ん? ということは、わざわざ頭に布を巻いて隠す必要も無かったのか」
「確かにそうですね……よけいな出費をさせてしまいました。お気遣いが足りず、すみませんでした」
「あ、いや、いいんだ。あれはあれで見栄えがするからな。
しかし、取り外せるならその耳当て、取っておいた方が良くはないか?
布で隠しているとはいえ、隙間からはみ出てしまって全部隠せるわけでもなし、やはり目立ってしまっているからな」
「了解しました」
そう言うと、セリオは頭の布を外して床の上にたたみ、耳カバーに手をかける。
ウルトリィとトウカの視線が、自然とセリオの耳もとに集まった。
どんな耳なのだろう、という好奇の視線。
びっくり箱を開ける直前のような、ちょっとした緊張感がその場を満たす。
二人の視線に気付いたセリオは「それほど驚くような形状ではないと思いますが」と言いつつ、耳カバーを外した。
しかし、セリオの予想に反して、ウルトリィとトウカはセリオの耳を見ると声を上げた。
それは見たことのある耳の形。しかし、一番予想していなかった形であった。
「聖上…!」
「ハクオロ様と同じ…!」
ウヘァ〜、また良い所で切りましたな〜
いよいよ2人にとってセリオは、唯のからくり人形では済まなくなりましたね
これを機に、国家レベルの話として動き出していくのか…
実はこういった展開は、かなり嫌じゃないッス(゚∀゚)≡3
耳カバーをそういう伏線に使うとは思わなかった。
脱帽。
私怨 part3
鳶が飛んでいる。
正確には鳶に似た鳥であろう。この時代の生態系は、過去のそれとは違うのだ。
そんな学名もわからない鳥が悠々と飛ぶ空の下、二人の女が街道を歩いている。
一人は腰に刀を差した侍。長い髪を後頭部で一つにまとめ、余った毛先をたらしている。
髪に差された青碧色のかんざしが、時々揺れては日の光に反射する。
もう一人は町娘の姿。腰の後ろには、連れの侍が護身用にと与えた小太刀。
以前頭に巻いていた布は、背中に背負ったずた袋の中。あらわになった耳は長い髪に覆われ、風が吹くたびに見え隠れしている。
二人はしばしば立ち止まり、何かを言い合っては再び歩き出す。そんなことを繰り返しながら、ゆっくりと歩を進めていた。
この場合、『言い合っている』といっても、喧嘩というほどの対立ではない。
ただ、とにかく両者とも、互いの荷物も自分が持つ、と頑として譲らないので、傍から見ればちょっとした意地の張り合いのようにも見えた。
トウカとセリオ。
二人は今、北に向かって歩いている。
あの晩、オンカミヤムカイにおいて、セリオの耳を見たウルトリィとトウカは、
二人だけで少し話し合った後、セリオに伝えられる限りのことを打ち明けた。
――かつて、外れない仮面を付けた男がいたこと。
――男が誰も知らない鉄の製法や、畑の再生法を知っていたこと。
――男が一国の皇になり、多くの仲間と民に愛されたこと。
――男が、人から神に姿を変え、オンカミヤムカイの地下深く、セリオが見つけた扉の先で、永遠の眠りに着いたこと。
その男は、セリオと同じ耳を持ち、セリオと同様に尻尾も生えていなかったという。
セリオは考えた。男はいわゆる『人間』だったのだろうか。封印の場へ行けば、自分との関係も何かわかるかもしれない。
しかし、聞けば地下は未知の部分も多く、危険も高いという。
しかも、地下最下層に入るには、この場にはいないエルルゥという少女の髪飾りが必要とのこと。
そこで、ひとまずセリオは、彼の足跡を辿ることにした。
その男――ハクオロがかつて治めていた国、トゥスクル。そこには、少なくとも彼の遺した書物があるはずだ。
ハクオロは、以前の記憶をなくしていたらしいが、それでも何か手がかりになるものが無いとはいえない。
かくして、トウカとセリオの次なる目的地はトゥスクルとなった。
「セリオ殿は…聖上の秘密を知っても動じないのだな」
歩きながら、トウカはふとそんな言葉を口にした。
「秘密というのは、ハクオロ様という方が、人外の生命体…ウィツアルネミテアという神だったという話のことですか」
「ああ。某は今でも信じられんのだ…。
いや、信じられんというよりは、頭が追いつかないというべきかな。
某は聖上を誰よりもお慕い申し上げていた。無論、その気持ちは今でも変わることはない。
だが、その聖上が、まさか大神ウィツアルネミテアの化身だったとは…」
トウカは拳を握り締めると、言葉を続けた。
「某は、聖上の御姿が変わられるさまもこの目で見た。しかし、今でも時々思うのだ。
あれは夢ではなかったか、と。
トゥスクルに戻れば、聖上はいつものように自室の机で、書簡の山に悪戦苦闘されているのではないか、と。
ふふっ…某もまだまだ修練が足りんな」
トウカは自嘲気味にそう言って空を仰いだ後、大きく伸びをした。
――――一人の男が、神に姿を変え、人智を超えた力を発揮し、最後には封ぜられた。
その事実は、戦が終わった今でも、トウカを含むごく少数の者たちしか知らない機密事項である。
しかし、たとえそれを誰かに話したとしても、おそらく信じる者はいないだろう。
それほどまでに、このことは常識からかけ離れていた。
そしてそれは、セリオにとっても理解の範疇を超えていた。
むしろ、科学をよりどころとするセリオこそ、信じることが最も困難だともいえる。
ただ、セリオはそれが顔に表れないだけなのだ。
「…確かに、そのような話は、私の世界でも神話やおとぎ話の中のことで
実際に起こったという報告は聞いたことがありません」
しかし、そんな滑稽に思える話でも、セリオは頭から否定することはしなかった。
それは、トウカの心情を察したことと、ゼロではない可能性を捨てきれない、セリオ自身の思考パターンが原因であった。
もし、ハクオロという男が、セリオの時代でいう『人間』だったとしても、
何らかの要因から、想定外の進化を遂げることもあるのではないか。
それこそ、ありとあらゆる可能性を吟味する必要がある。
何よりセリオにとっては、この世界の存在自体がすでに想定外なのだ。
セリオは、もはや今までの常識に捕らわれていてはいけないと、強く感じていた。
「それでも、トウカ様が実際に見届けられたのなら、それはおそらく真実なのでしょう」
そう言うと、セリオも空を見上げた。鳶らしき鳥が視界に映る。そこで、セリオは思い出したように言葉を続けた。
「…それよりも、私には理解できないことがあります」
「…というと?」
「ウルトリィ様をはじめ、オンカミヤリュー族の方々は、羽根が生えています」
「うん、そうだな」
「道中、あの羽根で空を飛んでいる方を幾人か見かけました」
「うん、確かに見た」
「…何故飛べるのか、私には理解できません」
トウカは、思わずガクッと崩れそうになった。
どんな難しい質問が来るのかと思っていたところ、飛んできたのは全くトンチンカンな内容である。
やれやれ…と、トウカは呆れながらも答えた。
「別に普通のことではないか。そなたの世界に翼人はおらぬかもしれんが、ここでは翼があることは、別段変わったことではないぞ」
「いえ、そうではなくて、あの羽根の大きさと体重で、人一人が浮き上がるということが理解できないのです。
力学的に見て、あれは不可能です」
「翼があるのだから、飛ぶのは当たり前ではないか。それに実際飛んでいるのを見たのだろう?
セリオ殿、某にはそなたが何を言っているのか、いまいちわからんのだが…」
「いえ、ですから……」
この後も、セリオはさんざん説明を繰り返したが、トウカは結局理解できなかった。
話を聞きながら、トウカは、実はセリオは意外と細かい性格なんじゃないか、と思った。
それから、もしもセリオがカルラの大刀を目にしたら、
何故あの細身でこれだけの重量を持てるのか理解できません、などと言うのだろうな、とも思った。
>>139 >>142 支援ありがとうございます。
推敲というか、見直ししながら書き込みボタンを押しているので
投稿の間がかなり開いてしまって、すいません。
それでも、あとで結構後悔するのですが…。
GJ!
なぁに、いいって事よ
それよか、メル蘭でもいいから『2/5』みたく書いてくれると、なおうれし
あ、ちなみに、2/5ってのは分かるだろうけど、
「全5レスの内、2レス目」って意味ね
まぁ面倒だから、無くても良い訳だが
>>146 行数制限と、文章の区切りのいいところ、の
両方の折り合いをつけようと思うと
結局何回分になるのか前もって決められないので、
すいませんがそれは無しということでお願いします。
投稿のラストにはメール欄にオワリと入れますので。
かつて、トゥスクルの南方、大陸の中央部に、シケリペチムという大国があった。
シケリペチムの皇、ニウェは文武に優れた傑物であったが、
狩りと称しては楽しみのために戦を行い、民を省みることをしなかった。
自らを天子と称した暴君の残忍な振る舞いに、下々の民は恐れおののき、ただ黙って従うばかりであった。
そしてニウェの死後、恐怖政治で各部族を束ねていたシケリペチムは、多くの小国に分裂した。
栄枯衰勢。かつて皇都だった場所は今では見る影もなく、焼け野原となっている。
だが、国が滅んでも人は滅びない。
それどころか、ニウェという恐怖の鎖から解き放たれたことで、近隣の村落、市街は以前以上の活気にあふれていた。
例え前ほどの豊かさは無くとも、ささやかな幸せを喜び、生を謳歌する、人本来の生きる姿がそこにはあった。
トウカとセリオが立ち寄った所も、そういった民衆の生活力がひしひしと感じられる街であった。
建物こそ復興の途中で急ごしらえの感は否めないが、
多くの露店が並び、威勢のいい呼び声や人々の笑い声が飛び交い、まるで毎日が縁日のような賑わいぶりである。
二人は保存のきく食料を買い込むと、喧騒を避けるため、街の外れにある茶店で休憩をとることにした。
茶店に着いた二人は、荷物を下ろすと、屋外に備え付けてある縁台に座った。
トウカは一息ついて、出された茶を一口すする。
それから、お茶請けとして干し柿に似た果物を袋の中から取り出した。先ほど露店で買った物の一つである。
歩き続けた体には、甘いものが嬉しい。柿についたへたを取って、手づかみでそのまま食べようとする。
ところが口に入れる寸前で、トウカは固まってしまった。
二人の少女がトウカの目の前に立っていたのだ。
まだ5、6歳くらいに見えるその少女たちは、小さな瞳でじっとトウカを見つめている。
というか、正確にはトウカの手にした干し柿を見ている。
トウカは腰掛けているため、丁度少女二人と同じ高さの目線になっていて、距離も間近である。
そのこともあってか、トウカは少女らの無言の圧力に、思わず後ろにのけぞりそうになった。
少女たちは今にも涎が垂れそうなくらい、物欲しげな様子で、トウカの次の挙動を待っていた。
「……食べる?」
トウカは背の高い方の、おそらく姉だと思われる少女に干し柿を差し出した。
少女は見ず知らずの侍に話しかけるのが怖いのか、うんともすんとも喋らなかったが、首をかしげて「いいの?」と尋ねるような視線を向ける。
トウカはにっこり微笑みながらその視線に対する返事として、「いいよ」と言ってうなずいた。
少女二人は、そこで初めて笑顔を見せた。ぱぁっと顔を輝かせ、「ありがとう!」と大きな声で礼を言う。
それからトウカは、妹と思われる少女の方にも干し柿を渡そうと、袋の中に手を入れたが
それよりも先に、背の高い少女は干し柿をちぎって二つにした。
ただ、何分子供のすることなので、大きさが完全に等分されない。
だが姉と思しきその少女は、小さい方を口に入れると、残った大きい方の干し柿を、ためらいも無く妹に渡した。
トウカはそんな二人のやりとりに頬を緩ませた。おそらく、とてつもなく腑抜けた顔になっていたに違いない。
セリオも少女二人を見ていたが、ふとトウカを見やった後は、その緩んだ顔に気付いたのか、
自分が見たものを確かめるように、トウカの方を何度も振り返り、まじまじと連れの顔を確認した。
少しして、少女たちの母親があらわれた。
母親は、姉妹の手に残った干し柿の種に気付くと、
姉妹に種の出どころを聞き、それからトウカに向き直って礼を言った。
少女二人も母親にならって、見よう見まねでお辞儀をする。その仕草で、トウカの顔が再び崩れた。
母親に向けられた「いや、これくらいのこと気にせんで下さい」という言葉も、ひどく頼りないものになってしまう。
母親が、普段の毅然としたトウカを知らないために、
今のトウカの崩れっぷりにさほど驚かなかったことが、救いといえば救いであった。
その後、親子三人は街の中心部へと歩いて行った。
トウカは少女二人の姿が見えなくなるまで手を振り続けたあと、「ふはぁ」と大きなため息をついた。
すでに茶はぬるくなってしまっている。
「はぁぁ〜…可愛かったにゃぁ〜…」
トウカは再度、ため息をつき、感慨にふける。
「……トウカ様は子供が好きなのですね」
「んぅ!? あ、ああ!こ、子供は…好きだぞ。素直で、無邪気で、可愛くて……」
ようやく口を開いたセリオの言葉に、トウカは少々どぎまぎしながら答えた。
今まで隣にセリオがいたことをすっかり失念していたのだ。
「……仲の良さそうな姉妹でしたね」
「そうだな。兄弟というのは…いいものだな」
「トウカ様はご兄弟はいらっしゃらないのですか?」
「ああ、某は一人っ子だ。たしなめてくれる姉でもいれば、某ももう少ししっかり者になれたのかもしれないな」
トウカはあははと笑った。セリオは「そうでしたか」と返すと、おもむろに自分のことを語りだした。
「私には姉が一人いましたが……機械の私でも、やはり兄弟というものはかけがえのないものだと感じます。
実際、マルチさん……私の姉は、私の中で大きな比重を占めていました」
セリオの言葉に、トウカは思わず聞き返した。
「セリオ殿に……姉君がか?」
「はい。といっても、同じ技術者の手によって、先に製造されたという意味での姉ですが」
「ああ、なるほどな。
しかし、セリオ殿の姉君か……やはりセリオ殿のように、落ち着いて、物腰丁寧な方だったのだろうな」
トウカは眼を閉じて、頭の中でセリオに瓜二つの姉を想像する。しかし、セリオはそれを否定した。
「いいえ、私とは正反対です。マルチさんは、感情表現豊かで、とても愛嬌のある方でした。
そうですね…先ほどの少女が6,7年成長したくらいの外見で、背丈はこのくらいでしょうか」
そう言って、セリオは自分の身長よりも少し低いところに手をかざす。
「とても努力家な方でした。人のために役に立とうと、いつも一生懸命で、
たとえものごとが最良の結果にならなくても、より良くあろうとするその姿はとても綺麗で、
皆の気持ちを和らげる力を持っていました」
「はぁ……」
トウカは思わず呆けた声を出してしまった。
感情表現豊かと言われても、セリオしかメイドロボを知らないトウカにとっては、全く想像がつかないのだ。
トウカは、メイドロボ=からくり人形と聞かされてきた。セリオはその言葉通り、いかにも人形然としている。
それなのに「セリオとは正反対」と言われれば、イメージが追いつかないのは当然であった。
それでも、トウカはすぐに優しい表情になり、「良い姉君だったのだな」と笑いかけた。
セリオが、自身のことをこれだけ積極的に話してくれたのは初めてだったからだ。
いつもは「私は人間ではありませんので」などと言って遠慮がちなセリオも、
人に誇れるものを持っていて、それを自分に話してくれたことが、トウカには無性に嬉しかった。
とはいえ、その姉である『マルチさん』とやらの姿は、やはりセリオの説明だけではよく掴めない。
セリオもトウカが頭に疑問符を浮かべていることに気付いたのか、ある提案を口にした。
「トウカ様、マルチさんの音声データなら私の中に保存されていますが、よろしければお聞きになられますか?」
「お、音声……でーた、とは?」
「わかりやすく言えば声真似が可能ということです」
「あ、ああ……なるほど。それでは頼もうか」
セリオは数秒沈黙すると、無表情のままマルチの音声を再生し始めた。元気で可愛らしいあの声を、である。
トウカがそれを聞いてさらに混乱したのは言うまでもない。
しかも、トウカはそのとき冷めたお茶を口に含んでいたため、それを思い切り噴き出してしまう結果となった。
そんな感じで、二人は旅を続けていた。何事も無く、ただ平凡に。
――――事件が起こったのは、その夜のことである。
153 :
書いてる人間:2006/08/31(木) 22:56:51 ID:ybb1CL2f0
次回から更新が遅くなるかと思います。
その分推敲しますので、どうかよろしくお願いします。
>>153 いつも乙です!
……それにしてもマルチの物まねも見てみたかったようなw
乙〜
トウカの「かわいいにゃ〜」は、流石のセリオでもビビッただろう
マルチもドジッ子だからもし居れば、お互いの失敗談と傷の舐め合いで、
無限ループに陥りそうな悪寒w
留守を守るためにも保守
夜の帳も下りる頃、あちこちの宿場や料理屋では灯りがともり、
まるで昼の光がそこに集まってきたかのような賑わいを見せる。
多くの客が酒と飯を食らいながら、下らない話題で笑いあい、思い思いに騒いで楽しんでいる。
復興作業の人手を欲する元シケリペチム領では、特に多くの人足が集まり、
そのため、夜の賑わいもかなりのものであった。
トウカとセリオは、とある飯場の一階にある、料理屋も兼ねた食堂で、遅い夕飯をとっていた。
食費はトウカ一人分で済むとはいえ、そうそう高級宿などには泊まれない。
今回泊まるその宿も、寝るときは雑魚寝の安宿であった。
「……だから、某のことはいいから、セリオ殿もちゃんと寝てくれ。今夜は特にそうだ。
皆が寝ているのにセリオ殿だけが起きて見張りなどしていたら、逆に怪しまれるし、
何より他の客の迷惑だろう」
「いえ、見知らぬ人と隣り合わせで寝るのですから、私は起きて、見張りをさせていただきます。
壁もふすまもないようなこの状況なればこそ、警戒を怠るべきではありません。
ここは体裁よりも、トウカ様の安全を優先すべきです」
二人は相変わらず些細なことで互いに譲り合い、それでいて互いに引こうとはしなかった。
今回の論題は、『寝る際の見張り』についてである。
セリオは人間ではないので、夜寝なくても相応の電力が残っていれば、昼間の活動に支障はない。
そこで二人が野宿する際は、セリオは休止モードに入らずに、一晩中トウカの警護を行っていた。
だがこれは、トウカにとってはたまったものではない。
一晩中警護されるということは、言い換えれば一晩中セリオに見つめられるということでもある。
もちろん周囲の警戒も必要であるから、厳密に言えば、ずっとトウカの方ばかり見ているわけではない。
しかし、いずれにせよ、寝ている姿を長時間見られ続けることに変わりはなく、
自分一人が安穏と眠るという罪悪感も手伝って、トウカの安眠は逆に妨害される結果となっていた。
もっとも、この『一晩中見張っている』という警護体制は、
以前トウカがハクオロにしていたことと全く同じであった。
ハクオロがトウカの警護を煩わしく思ったように、トウカもセリオのそれを嫌がったが、
実はトウカは、人のことをとやかく言える立場ではないのだ。
ただ、当のトウカ本人は、かつて自分がしていたことと、
今自分がされていることが、同じであるなどとは気付きもしなかった。
「トウカ様、どうか……」
「あーもう! わかった、わかったから」
舌戦と根比べでアンドロイドにかなうはずもない。結局、先に折れたのはトウカだった。
トウカは酒でも飲めば寝付けるかもと、半ば投げやり気味に女中に声をかけ、酒を注文しようとした。
しかし、ちょうどその時、外で怒号が聞こえた。食事場にいた全員が窓の外を向く。
同時に、一人のやせ細った男が店に飛び込んできた。
気弱そうな風体のその男は、身じまいは乱れ、着ている衣服も汚れで黒ずんでいる。
彼は息も絶え絶えに、悲鳴をあげつつ店の中央線上を通過すると、
そのまま勝手口に駆け込んで、外へと走って出ていった。
客全員が、突然の闖入者に呆気にとられていると、
今度は腰に刀を差し、甲冑に身を包んだ屈強そうな男が五人、店の中に入ってきた。
「奥だ」
「逃がすな」
「必ず殺せ」
各自が叫びながら、先ほどの男の進路をたどるように店の中を走っていく。
甲冑が擦れ合い、金属音を立て、その物々しい雰囲気に店の客たちは皆目を逸らし、
我関せずといった様子で息を殺して押し黙る。
しかし、甲冑の男たちの前に、一人の剣士が立ち塞がった。
トウカである。
「待て!」
「何だぁ貴様は。のけ」
最前列にいた恰幅の良い兵士が、煩わしそうにトウカを睨む。
顎に髭をたくわえ、いかにも無頼漢といった風貌である。
しかし、トウカは気圧されることも無く、男に言い放った。
「断る。事情は知らぬが、『必ず殺せ』とは穏やかではないな。
目の前で人斬りが行われようとしているのに、黙って見過ごすほど某は呑気ではない」
トウカの返答が癪に障ったか、髭の兵士は「いいからどけや」と大声で叫び、拳を振りかぶる。
同時に、トウカは刀の柄に手を置いた。
しかし、両者ともそこで動きが止まる。
後ろにいた兵士が髭男の拳を制したのだ。どうやら、後ろの男は隊長格のようであった。
髭男を制した彼は、やや細身で、兵士というにはいささか肉が足りないようにも思えたが、
顔の彫りが深く、それが眼光の鋭さを際立たせていた。
隊長格の男は、足止めを食らったことに動じた様子もなく、
トウカを一瞥すると、即座に手振りで後列の三人に指示を出した。
それを見た兵士のうち二人は、方向転換して店の入り口から出て行く。
そして、残りの一人はトウカの右側面をすり抜け、勝手口から男を追おうとした。
挟み撃ちにするつもりのようだ。
トウカは最前列の髭男と相対していたため、横をすり抜ける男への対応が一瞬遅れる。
しかし、トウカの背後から一つの影が飛び出した。
セリオである。
走る男はセリオに気付くと、大仰な動作でセリオ目がけて右拳を突き出した。
それは、相手を倒すための攻撃ではなく、セリオをひ弱な女と見た、威嚇のための拳である。
セリオは瞬時に右半身を引き、男の側面をすべるように拳をかわした。
男はその俊敏な動作に驚いたものの、
走る勢いを止めることなく、店を通り抜けようとした。
しかし、セリオは避けると同時に、男が突き出した腕を右手で掴んでいた。
そのまま、掴んだ腕を男の進行方向に引っ張る。
男は思いもかけず前へつんのめる形になり、バランスを崩す。
セリオは男の右半身を引き出しつつ、
自身の左半身をすれ違わせるようにして、男の背面に回りこむと、
左手を相手の首筋に置き、重心をずらし、完全に相手の体制を崩した。
そして腕を掴んでいた右手を、今度は男の顎に押し当て、手のひらでなでるように打ち上げた。
甲冑に身を包み、かなりの重量があるはずの男が、ふわりと宙に浮く。
顎を捉えたままのセリオの右手は、最後は地面に向かい、男は背中をしたたかに打ち付けた。
「がっ」
受身も取れずに、男はうめき声を上げる。
セリオはすかさず男の右肩を自身の膝で挟み込み、両腕を用いて相手の右腕を極めるように、固めに入った。
一連の流れるようなセリオの動きに、ことの成り行きを見守っていた周りの客から、思わずどよめきが漏れた。
セリオの使った技は、合気道でいう入り身投げである。
セリオは、かつての主である来栖川綾香の趣味で、さまざまな格闘データをその身に保存していた。
それらのデータは、綾香が毎日の鍛錬に使用するため、
サテライトサービスから落とすデータとは違い、恒久的な保存が可能なように設定が改変されている。
もちろん、セリオが人を殺傷することは、自らの倫理プログラムに反することなので通常は不可能である。
しかし、緊急の場合、相手に重傷を負わせない程度ならば、例外的に護身用の武術を使うことが許容されていた。
殺人目的の追走者を停止させる、という今回のケースも、
被追走者の安全確保という目的があるため、強制力を行使するには十分許容範囲内だといえる。
ちなみに、この投げ技は、手加減しなければ相手の後頭部を地面に叩きつけることも可能ではあったが、
セリオは相手が重傷を追わないよう、捉えていた顎から途中で手を外し、力加減を調節していた。
セリオが店内の通路上で男をホールドしたことで、結果的に勝手口への道はふさがってしまう形となった。
「ンの野郎!」
トウカと対峙していた髭男は、道を無理矢理こじ開けようと、再びトウカに殴りかかろうとする。
しかし、またしても隊長格の男がそれを制した。
「待て」
「兄貴、何故止める!」
「ここでいらん騒ぎを起こす必要はない。お前も表から出て、奴を追え」
「しかしよぉ」
「俺達の目的を見失うな! 急げ、グズグズしていると奴に逃げられるぞ!」
兄貴と呼ばれた男は表情を変えることなく、髭男を叱咤した。
髭男はハッとなると「悪ぃ」と一言謝って、入り口から出て行った。
そうして、店内にはトウカと隊長格の男、セリオと組み伏せられた男の四人が残った。
隊長格の男は、髭男が出て行ったのを確認すると、女二人に向き合った。
「すまないが娘さん、うちの部下を放してくれないか」
男はセリオに向かって言う。
セリオは男ではなく、トウカの顔を見た。開放すべきか否か、トウカの意思を確認するためだ。
トウカは首を横に振り、セリオに代わって彼の頼みを却下した。
「駄目だ。人を殺そうとしている者を、むやみに開放することはできん」
だが男は、そんなトウカの返答に臆することもなく、自分に非は無いといった様子で
堂々とトウカに問いかけた。
「我々が追っている男が、罪人であってもか」
「……罪人だと?」
「そうだ。奴の名はポナホイ。かつてエルムイの皇だった男だ」
乙です
その名前が出るとは思ってなかった
GJ!
>ポナホイ
あぁ、あの中間管理職っぽいオサーンか
そーいやクンネカムンに返り討ちにされて捕虜になったままオチ無しだっけか、
普通に忘れてたよ
ん、すると奴はアマテラス掃射から逃げ延びたって事かな?
伊達に元漁師じゃないなw
不運だが悪運は強くないと暴君の傀儡は務まらない、それがポナホイ・クオリティ!
言葉どおりポナポイ始まったな
店内は、ある種の緊迫感に包まれていた。
客も店員もトウカたちから離れ、一定の距離を取り、四人を中心として、自然と人の輪が形成される。
誰も揉め事にはに関わりたがらないが、無関心を貫けるほど平静な者もいない。
店中の視線がトウカと男に集まり、皆、二人の次の動きを固唾をのんで見守っていた。
男の口から出た意外な言葉に、トウカが聞き返す。
「エルムイとは、クンネカムンに滅ぼされた、あのエルムイか」
「その通り。
ノセシェチカと共にクンネカムン侵攻を行い、シャクコポルの穴人どもに滅ぼされた、
西方の亡国、エルムイだ」
「そんなエルムイの皇を何故追っている。貴様らは一体何者だ!」
皇を殺すとは尚更ただ事ではない。トウカは語気を強めた。
しかし、男はひるみもせず、淡々と言い放つ。
「我々も、ポナホイと同じエルムイの生き残りだ」
「何だと……」
トウカはいぶかしげな顔つきになる。
男は時間がないといった様子で、構わず続けた。
「多分あんたも知っていると思うが、エルムイはノセシェチカの属国だった。
ノセシェチカの皇、カンホルダリは、エルムイから搾取の限りを尽くし、
食料、物資、女、ありとあらゆるものを奪っていった。
ところが、あの男……ポナホイは、我らエルムイの民を束ねる皇でありながら、
そんなカンホルダリに抗おうともせず、我が身可愛さにただ黙って頭を下げ、
ノセシェチカの言うがまま、まるで使い走りのような役目に甘んじるばかり。
そればかりか、ノセシェチカへの上納を理由に、エルムイの民には膨大な課税をしいておきながら、
自身は税の上前をはね、その金で私腹を肥やす始末。
そのような愚皇をどうして許せようか。これは我らエルムイの生き残りの総意。
他国の人間の口出しは無用だ!」
男の口調は次第に強まり、最後は店内全てにその怒声が響き渡った。
そこへセリオが口を挟んだ。
「しかし、私がオンカミヤムカイで読んだ書物には、
ポナホイという男は、もとはただの漁民で、
カンホルダリ皇によって強制的にエルムイの皇に仕立てられた、とありました。
要は傀儡。失礼ながら、あなた方がしているのは単なる逆恨み。
矛先を向けるべきは、カンホルダリ皇なのではありませんか」
「女! 知ったような口を利くな!」
男はセリオの『逆恨み』という言葉に敏感に反応し、声を荒げた。
そして、力を溜めるかのように大きく息を吐くと、今度は怒りを押し殺したような声で語り始めた。
「確かに元凶はカンホルダリかもしれん。
だが、ポナホイの命令で、妻をノセシェチカに連れて行かれたこの俺の気持ちがわかるか……!
俺の妻はカンホルダリへの貢物として差し出され、
そのままクンネカムンとの戦が始まり、故郷に帰ることなく命を落とした……。
そもそも、妻を貢物として選定したのはポナホイなのだぞ!
奴は……ポナホイは、俺がノセシェチカとの外交について二、三諌言し、
それが癪に触ったからなどと、半ば腹いせのような形で俺の妻を奪ったのだ!
あんたが組み伏せている男もそうだ!こいつはエルムイの警備隊長だった。
資金不足に悩みながら、自らの少ない貯蓄を隊の予算にまわし、
なんとかやりくりしていたが、それでも隊の維持は困難を極めた。
だからこいつはポナホイに直訴したのだ。
しかし、奴は逆に隊長の職を解き、さらにはこいつの妹をノセシェチカに送るという仕打ちを加えた!
いいか……ここまでポナホイを追ってきた者は皆、
奴に家族か、あるいはそれに等しい大切なものを奪われているのだ!」
男は、先ほどまでの落ち着いた表情とはうって変わって、まるで別人のような憤怒の形相を見せた。
常態でさえ威圧感のあったその眼光は、殺気にも似た凄みをまとい、
見る者すべてを射殺すような、激しい鋭さを帯びていた。
「それと、もう一つ言っておこう。
……皇たる者、無能というだけでそれは罪となる!
人の上に立つ以上、皇は相応の重責を負っているのだ!
たとえポナホイが傀儡であったとしても、皇として即位した以上、役目をまっとうする責務がある!
それができぬのなら、さっさと後進に道を譲るべきだったのだ!
カンホルダリの報復を恐れ、いつまでも傀儡という立場に甘んじたうえ、
皇たる地位を盾にして、自分だけが安穏と暮らし、民を苦しめたポナホイの罪は重い!」
さらに男はトウカを見据え、彼女に問いかけた。
「お侍さん、あんたはどうだ。
その姿を見るに、かの誉れ高きエヴェンクルガと見受けるが、
もし、あんたが家族を奪われたとしたら、
相手が『傀儡だったから』というチンケな理由で許すのか?
そんなはずはないだろう!
ポナホイは我らにとって仇敵。すなわち、我らには仇討ちという大義がある!
エヴェンクルガといえど、それを止める資格は無いはずだ!」
「―――――!」
トウカは返す言葉がなかった。男の剣幕に、心の底からの怒りの声に、トウカは圧倒された。
そしてそれ以上に、『もし自分が家族を奪われたら』という問いかけで、トウカは想像してしまったのだ。
もし、故郷の同胞が殺されたら――
もし、トゥスクルの仲間達が殺されたら――
仇を許せるはずもない。冷静でいられるはずがない。
仮にこの場にいたのが、トウカではない他のエヴェンクルガだったなら
男の言動に流されることも無く、彼を諭すことができたかもしれない。
しかし、トウカはまだ精神的に未熟な面が多かった。
さらに、このとき彼女は思い出してしまった。
――クッチャ・ケッチャとトゥスクルの戦を。
――謀略と勘違いから起こった悲劇を。
あの時のオリカカンの無念の表情が、兵隊長の憤怒の形相に重なり、フラッシュバックを引き起こした。
かつてトウカは、自身の軽率な介入で、図らずも罪なきトゥスクルの民を苦しめた。
クッチャ・ケッチャに味方することで、トゥスクルの兵を何人も斬った。
それはトウカにとって、自身が犯した中で最も恥ずべき愚行。
思い返すのも辛い記憶だが、決して忘れるべきではない、彼女が背負った咎(とが)である。
そして今、この状況は、あの時のそれに酷似している。
――家族を奪われ、仇を追う男。
――恨みを買い、追われる皇。
――それに介入しようとするトウカ。
委細は異なれど、三者の姿があの時と重なる。
……しかし、いくら似ているとはいえ、罪過の有無まで同じだろうか?
目の前で怒り狂っているこの男は、おそらくはオリカカン皇のように幻術に陥っているわけではないだろう。
男がした話も、彼の表情から推し量るに、とても偽りだとは思えない。
かつてのハクオロのように、全くの人違い、見当違いというわけではなさそうだ。
……では、彼らを通すか?
仇討ちも許されるこの世界、ここで兵たちに味方して、彼らの悲願を遂げさせてやるべきか?
……しかし、亡国の愚皇とはいえ、人一人を見殺しにしてしまっていいものか?
兵たちの話を聞いただけで、結論を下すのは早計ではないのか?
追う男たちを行かせるべきか……
追われている者を許すべきか……
通りすがりにすぎず、全ての事情を知らないトウカにそれを判断できるはずもない。
それでも、一度間に割って入った以上、兵士たちを通すか止めるか、トウカはどちらかを選ばねばならないのだ。
けれど、もし。
もし、自分が選ぶ答えが間違いで、あのときのような悲劇に繋がったら――――
――そんな恐れから、トウカは次の行動を起こせないでいた。
一方、セリオは「ですが…」と、なおも反論を試みる。
トウカは自身の迷いから、思わずその言葉を遮った。
「セリオ殿っ……!」
絞り出したような声に、セリオは幾分か驚いた様子で彼女を見上げる。
「……っ」
しかし、トウカは後の言葉が続かない。どちらを選べばいいかわからない。
そうこうしている間にも、刻一刻と時間は過ぎていく。
切迫した状況は、トウカにさらなる重圧を加え、
彼女を、出口の見えない迷宮の、さらに奥へと引きずり込んだ。
セリオは、トウカがうつむき、迷っている姿を見ると、兵士に極めた固め技を緩めた。
すかさず隊長格の男は部下に駆け寄り、抱き起こす。
倒されていた兵士は立ち上がり、隊長に自身の無事を報告すると、店の勝手口からポナホイの後を追いかけた。
その間、トウカは微動だにしなかった。いや、できなかった。
そして、最後に残った隊長も勝手口に向かう。
彼はトウカの横を通り過ぎた後、立ち止まり、振り向きざまにトウカを一瞥した。
憤怒の形相は、いつの間にかもとの落ち着いた表情に戻っている。
彼は「感謝する」と、抑揚のない声で礼を言い、再び走り出し、店を出て行った。
男たちが出て行くと、店内の客は安堵の声を漏らし、皆、元の位置に戻って会話を再開する。
まるで何事も無かったかのように、店は活気を取り戻した。
ただ、後に残されたトウカだけは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
その間セリオは何も言わず、ただトウカの背中を見つめている。
「某は……」
結果的に、兵士達を行かせてしまったが、トウカは未だ正解を見つけられない。
「某は……!」
彼女の悲痛なつぶやきは、元の状態に戻った店内のざわめきにかき消された。
うを、一気に話がシリアスに…
まぁ個人的には、良くも悪くもうたわれらしくなってきたということか
何にしても、乙彼〜
草木も眠る丑三つ時、目を閉じていようが開いていようが大差のない暗闇の中、
虫たちだけが一定のリズムで音を重ねている。
彼らの静かな鳴き声と、まとわりつくような草の臭いと、傍を流れる川の水音が、
見えないはずの情景を、おぼろげながらも映し出す。
民家もなく、人影もない宿場町の外れ。
宿の裏口から延々と続くあぜ道の終点は、
川が道を横切る形で突き当たりになり、砂利の河原が広がっている。
西から運ばれる雲によって、今は星も月もなりを潜めている。
光は全く入らない。
灯りの一つも持たなければ、宿から川辺にたどり着くことは、おそらく不可能に近いだろう。
だが、そんなあぜ道の上を、女が手ぶらで歩いている。
女は一歩一歩をためらうことなく、歩調が崩れることもなく、
昼間と全く同じ速さで、草を踏みしめさくさくと進む。
やがて、さくさくという足音が、ずしゃ、という石の音に変わると、そこで途端に足音は途切れた。
女は捜していたものを見つけたのだ。砂利の上で胡坐をかいている人影が、それである。
「トウカ様……」
その人影は、背後から自身の名を呼ばれたが、振り向こうとはしなかった。
眠っているわけではない。
風が吹き、雲が流れ、月が顔を見せると、彼女の瞳には水面に揺れる月が映し出された。
「トウカ様…………隣に座っても、よろしいでしょうか」
背後の女――セリオは、再度トウカの名を呼び、尋ねる。
トウカはやはり振り返らずに、無言のまま、だが、しっかりと頷いた。
セリオはそれを確認すると、極力音を立てないように、ゆっくりとトウカに近づいて、
彼女の右隣に腰を下ろした。
そうして、二人はしばらく黙ったまま、目を合わせることも無く、川の流れる音だけを聞いていた。
それからどれくらい経っただろうか。ようやくトウカは口を開いた。
「…セリオ殿……」
「はい」
「その……」
「……」
「……某の……」
「……」
「某のことを……某の、話を……聞いてくれるか……」
「……私でよければ、喜んで」
トウカの一言一言に、大きな間が空く。
今のトウカに、いつものような気丈さと明るさはなかった。
そして、「話を聞いてくれ」そう言ったはいいが、
トウカはその後しばらく考え込み、再び黙って俯いてしまった。
セリオはその間も何も言わず、ただトウカが語り始めるのを待ち続けた。
新たな雲が次々と、二人の頭上に来ては流され、流されてはやって来る。
強めの風が頬をなでつけ、二人の長い髪をなびかせる。
このまま朝になろうかとも思われたその時、不意にセリオはトウカの方を向いた。
「トウカ様」
「すまない……もう少し、待ってくれるか」
トウカは、まだ心の準備ができていない。
しかし、セリオは別に待つことに痺れを切らしたわけではなかった。
「……頭の上に、カエルが乗っています」
「へっ?」
トウカはセリオの予想外の発言に、1オクターブほど高い声になる。
セリオは「失礼します」と前置いて、トウカの頭上のカエルを手で払った。
セリオの平手に反応し、カエルは高く跳ね上がる。
ただ、高さは十分だが、その分飛距離が進まない。
そのままカエルは、トウカの背中の――服の中へと飛び込んだ。
「わひゃっ!」
カエルはずぼりと音を立て、トウカの上着と中の胴着の間に入り込む。
トウカの背中が少し盛り上がり、膨らんだ部分がもぞもぞと動いては、ゲコゲコと鳴く。
「あ、わ、わ」
「……あの、トウカ様」
トウカは上半身をぐねぐねと振りながら、両手で背中をかくように、中の異物を取り出そうとした。
しかし、下手な踊りにしか見えないその動きは、どうやらカエルを取り出すのにも逆効果だったらしく、
カエルは胴着の隙間から、ついにはトウカの地肌にもぐりこんだ。
「私がカエルを」
とセリオが続けて言った言葉は
「ひにゃあっ!」
というトウカの叫びにかき消される。
トウカは背中に電流でも走ったかのように、思い切り跳ね上がった。
セリオの次の言葉は、「取り出しますので、じっとしていて下さい」だったが、
「うにゃあああ!」
それがトウカの耳に入るはずもない。
セリオは伸ばそうとした手は宙ぶらりんのまま、招き猫のようなポーズで固まってしまった。
「ヌルってする!ヌルってする!あわわわわ」
セリオは口には出さなかったが、せわしなく河原を駆け回るトウカを見て、
『この際一度気絶させて、動きを止めた方が手っ取り早いのでは』と、半ば本気で思ってしまった。
「はーっはーっはーっ……」
「……大丈夫ですか」
結局トウカは、上着も、中の胴着も脱いで、やっとのことでカエルを取り出した。
肩で息をしながら、着衣を整えると、「ふぅ」と大きく息を吐く。
それからばつが悪そうに、ちらちらと何度かセリオを見た後、
額を手で押さえ、「某としたことが……」とつぶやいた。
その後、トウカはもう一度だけ深呼吸をすると、
ぐん、と音がするくらいに大きく首を振り上げて、同様の勢いで即座に首を戻した。
まるで、カエルのことも、今までずっと黙っていたことも、何もかもを無理矢理吹っ切るように。
そうやって気合を入れた後、トウカはやっと話し始めた。
彼女の過去を。
今まで誰かに語ることはしなかった、自身の過ちを。
「セリオ殿……某が、トゥスクルのハクオロ皇に仕えていたことは、確か前にも話したと思う。
だがな、実は某が最初に聖上と出会ったときは、互いに敵同士だったのだ――――」
179 :
書いてる人間:2006/09/11(月) 14:22:14 ID:amcifdj60
毎回の支援と感想下さる方ありがとうございます。励みになります。
どーでもいい話ですが、後学のために他の方のSSサイトをいろいろ回って見てみたら
ホント文章が上手くて面白い人がいて、参考にもなるんですが、
自分の文章最初からやり直したいとか、うわ恥ずかしい自分のはキツイな、とか思ったりもします。
KANONSSこんぺの作品とか、かなり面白いです。うたわれのSSはまだまだ少ないですね。
もつかれ〜
久しぶりの「うっかり」っぷりだなトウカよ
トウカの驚きっぷりも、らしくていいね
PCでも、落書きされたムントの顔見て、「ひょわ!」とか言ってたしw
(ちなみに俺がカエル君をちょっと羨ましいと思ったのは、2人には内緒だぜ)
>うたわれのSSはまだまだ少ない
まったくもって禿同
オリ的には長編マンセー・短編イラネ派だから余計に、うっかりロボの話は貴重な戦力だぜ
>他の方のSSサイト
個人的にオススメなSSはいくつかあるが、『俺様日記』(TH)は読んで損はないよ
出だしはあまり面白くないが、少し進むと面白くなっていく
(ただしこれを読むと、他の一部のSSがパクリだと分って幻滅してしまう諸刃の剣)
私は蛙になりたい。
>>180 >オリ的には長編マンセー・短編イラネ派だから〜
要らぬ節介かも知れんが、そーゆー事をここで言うのはどうかと思うぞ。
だが蛙が羨ましいのには激しく同意しとくw
保守
トウカには、大切にしている人形がある。
武人の格好をしているそれは、幼い頃からいつも一緒で、
エヴェンクルガの里を巣立つ時も、手荷物である背負い袋の一番奥に入っているほどであった。
荷物はかさばらないよう厳選しなさいと、そうトウカに教えた故郷の家族は、
生活に何ら必要ない玩具が旅の道連れになったことを、多分知らない。
トウカは誰にも気付かれぬよう、こっそりと人形を持ち出した。
いくら腕の立つエヴェンクルガの武人とはいえ、トウカはまだ少女と呼んでも差し支えない年齢である。
若い女の私生活は、男たちとは大きく異なる。
トゥスクルでハクオロに仕えるより以前、トウカはあちこちで傭兵稼業をこなしたが、
同業の男たちのように、勝手気ままに騒ぐことはしなかったし、できなかった。
皆が酒盛りをしているときも、時にはその輪に加わったが、
大体は、自分の寝所で一人静かに過ごしていた。
そんな時、場に満ちる寂しさにも似た空気を和らげてくれたのが、その人形だった。
トウカは独りでいるときに、しばしば人形に語りかけ、戦の憂さや疲れを癒した。
トウカがセリオに己の過去を打ち明けたのも、
セリオにその人形とどこか似たものを感じたからであった。
もちろん、トウカはセリオのことを「たかが人形」などと見下しているわけではない。
同じ「人形」だからというよりは
むしろ、世話を焼かせてくれる妹分という意味で、セリオと人形は似通っていた。
そして、自分が長年付き合ってきた小さな相棒を愛していたからこそ、
セリオに対し、それと同じ情を抱いたトウカは、自身の過去を話す気になったのだ。
……そうして、トウカはとつとつと語り始めた。
オリカカンに協力し、ラクシャインという人物を追っていたこと。
ハクオロをラクシャインとみなし、彼に刃を向けたこと。
それら全ては、シケリペチムの謀略であったこと。
そして……多くの罪無き人々を、この手で殺めてしまったことを。
「……それで、オリカカン殿は、幻術が解けた直後、
シケリペチムから矢を射られ、あえなく御最期を遂げられた。
あとに残った某は、聖上の寛大な御処遇によって、トゥスクルの一臣下として、
末席に加えていただけることになったのだ」
セリオはいつもと変わらない様子で、姿勢を正して静かに話を聞いている。
トウカにとっては、いちいち相槌を打たれるよりは、黙っていてもらう方がずっと良かった。
トゥスクルの仲間と出会うよりずっと前から、彼女の話を聞いてくれていた人形は、
相槌を打つことなどしなかったからだ。
特に今、本来なら秘しておきたかった話をしている最中は、
以前と同じ慣れた環境が、何とはなしにありがたかった。
「……なあ、セリオ殿…………もし、自分が差し迫った状況に置かれたとして、
何がしかの決断を下さねばならないとき、そなたなら、何を第一に考える?」
昔語りをしていたはずが、トウカは突如としてセリオに質問を投げかけた。
セリオはそれに戸惑うことなくさらりと答える。
「人命です」
「……では、複数の者がいて、どちらかを切り捨てなければならないときは、どうする」
「状況にもよりますが、より合理的な方を選択します」
「では、それが迷うような場合はどうだ」
「私は迷うことはありません。合理的な方を選択します」
「いや、あるだろう? 抜き差しならない状況というものが」
「いいえ。決断を躊躇して動作が中断されることは、私にはありません」
「……そんな馬鹿な。
ならば仮に、自分の姉と自分の主、どちらかの命しか救えないとしたらどうする!」
「私の主を選びます。私の姉は人間ではありませんので。優先するべきは人命です」
セリオの返答は嘘でもハッタリでもない。仮にセリオがそのような場面に遭遇したら、迷わず綾香を選ぶだろう。
マルチのことを蔑視しているわけではない。これは、そういった感情面とは別の問題なのである。
言うなれば、セリオ自身の性(さが)ゆえの答えであった。
「…………すごいな、セリオ殿は」
トウカはため息をついた。
「何がですか」
「自分の確固たる信念を持っているからだ。
その信念は揺らぐことがないから、今のような意地悪な問いにも即答できる。
決断の速さは、戦では非常に重要だ。迷っていては……その間多数の死傷者を出す。
それは、戦でなくてもいえることで…………
某には、そういった意思の強さが、今は……無いのだ……」
「先ほどの、兵たちの件のことを仰っているのですか」
半分はそうだ。だが、さっきのことはきっかけに過ぎなかった。
トウカはセリオの問いには答えずに、話を続けた。
「……某はな、本意ではないが、しばしば『うっかり者』などと呼ばれることがある。
後先をよく考えず、思い込みで突っ走っては失敗ばかりを繰り返す、
これは、某のそんな愚かな性分からついたあだ名だ。
そのうっかりも、日常の些細なことでやってしまうならまだいい。
……だが、人の命がかかった、差し迫った状況で、間違いを犯したら……。
実際、クッチャ・ケッチャで、某は……
取り返しのつかない……過ちを……」
声色から、かなり無理をしていることが伺える。
しかし、トウカは声を絞り出し、言葉をつむいだ。
そこには、懺悔にも似た感情が混じっていた。
「……某の罪は、死んで詫びても償いきれんものだが、
聖上は、死んで償うより生きて償うべきだ、生き続けることこそ償いだと仰られた。
聖上は、強く、優しく、賢く、全て委ねることができる方だった。
だから某は、トゥスクルにいた間は何も迷うことは無かった。
聖上を信じていれば良い、それが正しいことなのだと、そう思えた。
だが、聖上が旅立たれ……手本とすべき主がいなくなった今……気付いたのだ。
某はあの時から、何も変わっていなかったのだと……。
あのような過ちは、もう二度と繰り返すまいと心に誓ったはずなのに、
先刻の争いでは、正しい答えを見つけ出せなかった。
肝心なときに、どうすべきかわからなかった。
結局……某は、聖上のようになりたいと、分不相応な妄想が膨らんだだけで、
少しも前へ進んではいなかったのだ……」
ハクオロは、稀代稀に見る賢帝だった。
だからこそ、トウカは彼に全てを捧げようという気になった。
少なくとも、トウカがハクオロを信じたことに非はない。
「良き主に仕えること」――エヴェンクルガのトウカにとって、これ以上の誉れはないといえる。
しかし、彼が良き君主であればあるほど、トウカはハクオロに依存した。
トウカ自身、そんなつもりは無かったが、いつのまにか彼女は自分で考えることが少なくなっていた。
もっとも、ハクオロの敵方は、火のないところに煙を起こそうとするような、
決して善とはいえない輩たちばかりであったから、
トウカがものごとの是非をじっくり考えることがなかったのも、無理もないことであった。
だが、ハクオロが去り、トウカが独りになった今、そのツケは確実に回ってきていた。
セリオは、先ほどのいさかいの件に話を戻した。
「とりあえず、先刻の男の話だけでは、どちらが正しいかを決めるのは無理なことです。
あのような場面では、まず両者の言い分を聞くことが必要ですから。
今回の場合、トウカ様に責任は無いと思われますが」
「いや違う! 確かに男の話だけでは、全てを判断するにはまだ足りないだろう。
だが、それ以上に、某は怖かったのだ! むやみに動いて、間違いを犯すのが怖かったのだ!
だから動けなかった。否、動こうとしなかったのだ!」
トウカには、正しい答えが見つけられなかったこと以上に、
間違いを恐れ、決断に踏み切れなかった己の心の弱さが許せなかった。
しかし、それならばどうすべきだったかと問われたなら、トウカはおそらく返答に窮してしまうに違いない。
「結局、某には何も無い……本来なら、心の中心にあるべきものが……確たる信念が……。
だから、どうすればいいかわからないのだ……」
「私は、この世界の倫理観についてはまだよく知りませんが、
トウカ様があの時止めに入ったことは、間違いではないと思います。
追われていた男が罪人だったとしても、生きていれば、またやり直しがきくのですから。
命を重んじてのトウカ様の行動は、とても信念が無いものとは思えません」
「いや……そうではなくてだな、セリオ殿……」
「男の話を聞いて、決断を躊躇したことを悔やまれているのでしょう?
ですが、それも仕方のないことだと思います。
申し上げた通り、先ほどは判断要素が少なすぎたのです。
あえて申し上げるなら、あの場では、ポナホイという男の身柄を保護し、
問題となっている案件をしかるべき機関に引き渡す、という措置が最良だったかと思われます。
もっとも、我々二人だけで双方を抑えこみ、且つ傷つけずに留めおくことは極めて困難でしたでしょうし、
ポナホイ自身も逃げ回っていたので、実際問題としてそれが可能だったかというと
確率としては非常に低かったとは思いますが。
……いずれにせよ、我々の力が及ばないことで、ご自分を責められる必要はないのです」
しかし、セリオの模範的な回答にも、トウカは納得できなかった。
結果だけを見て、今回は仕方が無かった、で済ませられるほど、彼女は軽薄ではいられない。
仮に今はそれで良しとしても、今後、さっきのような選択肢が突きつけられたなら、
同じように立ち止まってしまうのは目に見えている。
トウカは道標を欲していた。
彼女の言う「自分に欠けている信念」、それはすなわち、
是非を判別し、自分を正しい道へと導いてくれる、道標のことであった。
「……トウカ様、私は『仕方が無かった』と申し上げましたが、
それは『考えることを止めてもいい』という意味ではありません」
そんなトウカの内心を知ってか知らずか、セリオはおもむろに言葉を続けた。
「考える……こと?」
「はい。袋小路に迷い込んだとき、最終的に決断を下すのは、他でもない自分自身なのです。
そして、その決断が、正しい答えに繋がるかどうかは、なってみなければわかりません。
そもそも、正しい答えが存在するのかすら、定かではありません。
ですから、人の言葉を聞き、それを吟味し、常に己に問いかけるのです。
周りのあらゆる要素を考慮し、いかなるときも最善が尽くせるよう、自分自身の価値観を突き詰めていくのです。
そうやって『考える』ことで導き出された結論なら、
正誤はともかく、トウカ様の納得のいく答えになりうるのではないでしょうか。
少なくとも、過ちを恐れて立ちすくむことは、なくなると思います」
他者から与えられる道標など無い。進む道を決めるのは、誰であろう自分しかいない。
甘ったれるな――――トウカには、何故だかセリオがそう言っているように聞こえた。
「それと、先ほどトウカ様は、私が確固たる信念を持っていると仰いましたが、それは少し違います。
私は合理的な方しか選ぶことができないのです。
同情、思いやり、名誉感情、他者を尊重する心……そういった人間を構成する重要な要素を抜きにして、
数や量といった上辺だけでしか、物事のよしあしを決められないのです。
決してすごくもありませんし、ましてや良くもありません」
無論、自分でそう言うだけあって、セリオも全てにおいて機械的な判断を下しているわけではない。
そんな無機質さから脱却し、人間の感情を理解するため、セリオは努力を重ねてきた。
「人の心は不安定で、理解しがたい部分も数多くあります。
しかし、心があるからこそ、人はさまざまな目に見えない要素まで斟酌(しんしゃく)することができ、
より良い方向へと、考えを積み重ねていけるのではないでしょうか。
……ですからトウカ様、どうぞ考え続けてください。
何かに頼むのではなく、ご自分で道を切り開いていくのです。
人であるトウカ様なら、私など比べるべくも無く、より良い答えが導き出せるはずです。
少なくとも、そうやって考え続ける限り、あなたは『うっかり者』などではないのですから」
「セリオ殿……」
そうして、セリオは一通り言い終わると、「すみませんでした」と頭を下げた。
「……何故、謝るのだ」
「私には過ぎた物言いのような気がしましたので。
それに、偉そうなことを申し上げましたが、結局のところ、具体的な助言は何一つできておりません。
抽象的な、悪く言えば、適当なことを言ってしまいました」
「馬鹿を申すな」
トウカはかぶりを振った。
精神的な問題で、具体性に富んだ答えなどあるかすら疑わしい。
それに、具体性は無くとも、セリオの気持ちはトウカの心にしっかりと届いていた。
そんなセリオの言葉に、適当さや、いい加減さなど、感じるはずも無かった。
トウカは立ち上り、セリオに背を向けた。
「行こうか。もう日が昇りかけている」
「はい」
朱色の朝日がうっすらと差し込み、暗闇に閉ざされていた道も、今でははっきりと見ることができる。
二人は宿の方角へと歩き出した。
「……セリオ殿……」
宿への帰り道、トウカはいくらか早足で歩を進め、セリオから少し距離を置くと、小声で何かをつぶやいた。
セリオがそれを聞き取れたかは定かではない。
だが、彼女はトウカの声に反応して、背後で小さく会釈をした。
――――その言葉は、もっとあとに取っておこうと、トウカは思った。
まだ何も得られていない今の自分が言っても、きっとなおざりにしか聞こえない。
自分が成長して、本当に一人前になったと思えるときに、改めてセリオに礼を言おう。
だから今は彼女に聞こえないよう、そっとつぶやく程度に留めた。
「ありがとう」
朝焼けの中、トウカが踏み出した一歩は、もう今までのような迷いは無かった。
こいつぁ、GJだぜぇい。
いや、今回も良い作品読ませていただきました。
血を吐くようなトウカの苦悩と、其れを前に合理的な結論を出すセリオ。
けれど、其処には確かに優しさがあって……
かぁいいね。
上に同じくGJ!
どうやらセリオの努力も報われた一つの瞬間でしょうかね
この事をもし綾香が知ったら、きっと微笑んでたかな?
イ 口┌┴┐
|木 寸 するんじゃいヴォケが!
GJなんだよコンチクショウ!
wktkすんぞコノヤロウ!
感想および保守の書き込みありがとうございます。
一応話の続きは考えてありますが、もう少しまとめるのに時間がかかりそうです。
読んでくださる方、どれくらいいるのかわかりませんが、
そういうわけで、もうしばらくお待ちください。
まだまだ力不足ではありますが、以降もどうぞよろしくお願いします。
I am HOSYU!
>>143 >それから、もしもセリオがカルラの大刀を目にしたら、何故あの細身でこれだけの重量を持てるのか理解
>できません、などと言うのだろうな、とも思った。
いや、セリオならば「何故、この刀身をこの細い握りで支えられるのか理解できません、仮に持ち上げられる膂力があったとしても、折れ曲がってしまいます。」
と言うと思う
・少なくともPC版の柄は、それほど細くはない
・セリオが常に人間を気遣う(意識する)存在
・格闘王綾香の伴侶
・あくまでトウカの想像
もしセリオが言うのであってもやはり
>>143の通りに言うのではなかろうか
天が高く感じるのは、青さのせいか、涼風のせいか、それとも開けた展望のせいか。
相も変わらず、空は突き抜けるような快晴である。
トウカとセリオがオンカミヤムカイを発ってから、かれこれ二週間以上が経っていた。
さして珍しいことでもないが、これまでの道中、二人は一度も雨に見舞われてはいない。
道すがら、畑を横目に「こう乾いてばかりだと、農村部は苦労するだろうな」と、トウカは言ったが、
旅の二人にしてみれば、せめてトゥスクル皇都に着くまでのあと数日は、晴天のままが望ましかった。
だが、恒例の青空も、ほどなく視界から消え失せる。
雨が降り出したわけではない。青が来るはずの頭上には、広葉樹の緑が広がっていた。
国境はほんの数刻前に越えたばかり。
二人は今、トゥスクル領内の、とある山中に入ったところだった。
「……というわけで、巷の噂では聖上が出奔したことになっているらしいが、トゥスクル本国は、公式には何の発表もしていない。
国の政(まつりごと)は、侍大将を務めておられるベナウィ殿という方が、摂政を兼任する形で取り仕切っているのだ」
トウカは木々が生い茂る道を先導しながら、セリオに現在のトゥスクルの情勢を説明している。
「では、今は誰も皇の位に就いておられないのですか」
「あぁ、うん……非公式ではあるが、そうなるかな」
皇不在のまま、王制国家が治まるというのもおかしな話だが、
前皇ハクオロの偉功と、現最高責任者であるベナウィの手腕もあって、トゥスクルの国政は滞りなく進んでいた。
「ベナウィ殿も皇たる器を備えた方だと、誰しもが思っているのだがな……。
まあ、聖上はそれ以上に偉大な方だったから、ベナウィ殿が即位をためらうのも仕方のないことだろう。
それと……やはり某のように、聖上を失ったことが身に沁みて……まだ、癒えていないのかもしれん」
トウカのハクオロ贔屓はいつものことだったが、
ベナウィが皇に就こうとしないのは、ハクオロへの気兼ねだけではなかった。
ベナウィはかつて、ケナシコウルペにおいても、侍大将を務めていた。
本意ではないにせよ、インカラ皇の悪政に与していたという過去が彼の負い目となり、
自身が皇を名乗ることの障害になっていた。
トウカも、そんなベナウィの経歴を知ってはいた。
ただ、トウカにとってその話は、人づてに聞いたものに過ぎず、
所詮は昔のこと、さしたる悔恨ではないと思っていたため、深く考えが及ばなかった。
加えて、ベナウィが皇に就くにあたっては、もう一つ懸案事項が存在した。
「ということは、ハクオロ皇にご子息はいらっしゃらなかったのですか」
「ん、ああ……いや…………いるには……いる」
そう、ハクオロの血を受け継いだ正当な後継者は、この世に生まれていたのだ。
「だが……な」
トウカは口ごもる。
「……トウカ様、言いにくいことなら深入りはしませんが」
「うーん…………そう……だな。
その、お世継ぎは……今は、旅に出ておられるのだ」
そこまで言うと、トウカは頭を掻いて言葉を切った。
一応、嘘はついていない。
セリオも「そうですか」と言うと、それ以上聞こうとはしなかった。
これから会いに行くベナウィの素性はともかく、世継ぎのことは、セリオとはほとんど関係がない。
トウカ自身も、もはやトゥスクルに属している身ではないうえ、
セリオにとっては不必要な、それでいて他国の存続に関わる話を、そうやすやすと喋るわけにはいかなかった。
それに、あまり口が達者でないトウカは、ことの経緯を上手く説明する自信がなかった。
現在、世継ぎは伯父にあたるオボロとともに、トゥスクルを遠く離れている。
トゥスクル上層部は、他国ならば到底ありえない、家族とも呼ぶべき繋がりで成り立っていたため、
オボロの出立にも、格別異を唱える者はいなかった。
が、その繋がりも含め、特異な事態を部外者が理解できるかというと、話はまた別になる。
前皇亡き後、即位の儀式も行わずに、皇の義弟が世継ぎを連れて旅に出るなど、前代未聞である。
トウカが一つ言葉を間違えれば、謀反のための拉致とも受け取られかねない。
無論、オボロとベナウィが皇位をめぐって争うことなどないし、
それ以前にハクオロは、忌の際に、自らの義弟に国を託して逝ったのだ。
つまりオボロは、謀反どころか、皇たる地位に最も近い人間といえる。
しかし、当のオボロがどうしたかといえば、ベナウィに「後のことは任せる」と言ったのみ。
彼自身はベナウィに譲ったつもりかもしれないが、そんな曖昧な会話だけで継承を認めるわけにはいかないし、
何より、ハクオロの血を引いた後継者を連れ出したことが、皇位継承問題をさらに複雑化させていた。
トウカが説明に窮するのも、無理からぬことであった。
結局、現時点で最高位にあるベナウィが、皇に即位しなかったため、
ハクオロの消息もうやむやのまま、世継ぎの存在も公にされることはなく、
表向きには以前と何一つ変わらずに、今に至っていた。
……皇位の話題以降、会話は途切れてしまったが、歩みが止まることはない。
草木をかきわけ、足元に気をつけながら、トウカとセリオは着実に歩を進めていた。
「……あれ」
セリオより数歩先を進んでいたトウカが、小さく声を上げた。
「どうなさいましたか」
セリオはトウカに追いつき、彼女の顔を見る。
トウカの視線は、木々を抜けた先の場所に向いていた。セリオも同方向へ目をやった。
もう数百メートルも進んだそこは、光が差し、平地が開けているようだった。
遠目にではあるが、数軒の家屋が建っているのも見える。
「いや、地図によれば、こんなところに村は無いようなのだが……。古い地図だし、新興の村なのかな」
トウカは一瞬立ち止まったが、適当に理由をつけて納得すると、地図を閉じて再び歩き出した。
「妙だな」
森林地帯を抜け、村落らしき場所に入ったトウカは、誰に言うでもなくつぶやいた。
セリオもその言葉に頷く。
「確かに、何か不自然ですね」
人の気配はするが、家から一人も外に出てこない。子供の姿すら見えない。
トウカたちに気付いて隠れたというわけでもなさそうだ。森の中で村を捉えたときから、誰の姿も見ていないのだから。
家の中から話し声はするが、戸も窓も、全て隙間なく閉まっている。
それらのことが、不気味さにも似た違和感をかもし出していた。
村は大して広くはなく、十数軒のあばら家が、ぽつぽつと建っているのみである。
二人は入ってきたところから、中心の通りをまっすぐ進んで、直角になっている一本道を左に曲がった。
「セリオ殿、あれを」
トウカが指差した先、ちょうど入り口からは建物の陰で見えなかった村の出口付近に、防塞が築かれていた。
木と土嚢で作られたその砦は、いかにも急ごしらえといった感じである。
実際、数人の男たちがそこにいて、今もせっせと柵を広げている最中であった。
彼らはトウカたちに背を向けるようにして、言葉も少なで作業を続けている。
丸木を削り、先端を円錐形に尖らせて、地面に突き刺していく。
丸木は倒れないよう互いに縄で縛られ、根元に土嚢を積んで土台を補強している。
村の出口にあたる箇所が重点的に塞がれており、柵はそこを基点として、村を取り囲むように建てられていた。
トウカたちが防塞に近づくと、作業をしていた男の一人が、彼女らの存在に気付いた。
彼は「おい」と叫び、他の村人にも注意を促す。
男たちは立ち上がり、各々が近くにあった材木や鍬を手に取ると、それをトウカとセリオに向けて構えた。
彼らの目には、警戒の色がありありと浮かんでいる。
「……村のもんじゃねえな」
「んだな」
「役人か?」
「刀持ってるぞ」
「役人だな」
村人たちは口々に勝手なことを言い、切っ先を向けたまま、二人を囲むようにしてにじり寄った。
「え、あの」
トウカは村人たちの無礼な歓迎に面食らう。
村の雰囲気に違和感を覚えたものの、いきなり凶器を突きつけられるとまでは想像していなかった。
「ちょ、ちょっと待たれよ。某たちはここを通りかかっただけで」
トウカの言葉が耳に入らないのか、男たちはじりじりと距離を詰める。
二人は連られて数歩後ずさった。
とはいえ、さすがにトウカは歴戦の勇士である。
無意識のうちに腰を落とし、体は臨戦態勢になっていた。
ただ、わけもわからず争うつもりはないので、刀の柄を握ることまではしない。
刀身を後ろへ隠すように、体を半身にするのみである。
一方、セリオは無言のまま、トウカにとって死角となる位置にその身を置いた。
一見棒立ちのようにも見えるが、裾の内側では膝を少し曲げ、いつでも攻撃に対処できるように備えている。
村人たちは何を過敏になっているのか。二人にはとんと見当もつかない。
いずれにしろ、理由なく戦って、むやみに人を傷つけるわけにはいかない。
……致し方ないが、来た道を一度引き返すか。
トウカがそう思いかけたとき、一触即発のこの状況を、しゃがれた叫び声が打ち破った。
「おいオッサンたち! あんたら何やってんだよ!」
防塞とは逆方向の茂みの中から、男が一人飛び出してきた。
その声の主は、決して怒って叫んだわけではなかったのだが、
独特の声質と、おそらくは性分なのであろう粗野な言葉遣いから、物言いは怒声ともとれるものになっていた。
幸いにも、その威圧感が村人の動きを止めることに繋がったようで、彼らは一斉に声の方へと顔を向ける。
村人の視線の先にいた男は、年の頃なら十七、八ぐらいの、まだ大人とも呼べない青年だった。
彼は、運んでいた土嚢をその場に置き捨てると、ずかずかとトウカたちと村人の間に割り込んだ。
「……ったく、何やってんだよ」
青年はため息をつきながら、再度男たちに聞き返す。
「いや、おめ、背ぇ向けてっと危ねえぞ。この女、刀持ってるからよ」
「んなこた見りゃわかるよ。けど、刀持ってっからって、それが皆役人なわけねえだろ。落ち着けって。
よそもんなのには違いねえだろうけど、こいつら反対側から入ってきたんだぜ。国境の方からよ。
クソ領主とは関係ねえ、ただの旅の人だろ。 な、そうなんだろ?アンタら」
そう言って、青年はトウカの方を振り向いた。
「あ、ああ……我々は旅の者だが……」
トウカは状況がよくわからないまま頷く。
「でもよぉ、おめぇ……」
年老いた村人の一人は、納得いかないようだったが、青年は言葉を遮った。
「第一、役人が女二人なんておかしいじゃねえか。
攻めてくるとしても、フツーはもっと鎧とか着込んだ、ガチガチに固そうな男共が来るもんだろ?
つーかさ、女雇うんだったら、あのクソ領主なら、使いになんかにやらずに屋敷にはべらしてるって」
「あぁー、まあなぁ、うーん……」
「な。 みんな、まずは握ってる物騒なもん置こうぜ。昼飯前だから、腹減って気が立ってんだよ」
青年は猫背で、目つきも悪く、一見するとチンピラのごとき風貌であった。
だが、その言動から察するに、根は悪人ではなさそうである。
現に、今もどうにか争いを避けようと、彼なりの言葉で村の男たちをなだめている。
ただ、男たちは青年の説得にもかかわらず、やはり納得がいかないようだった。
武器は握ったまま、トウカとセリオに、特に刀を携えたトウカに対する警戒は、未だ解いてはいなかった。
そうこうしていると、今度は木戸の開く音とともに、村では気持ち大きめの家屋から、一人の老人が姿を現した。
「村長(むらおさ)だ」
「村長!」
「起きてていいんですかい」
村長と呼ばれた老人は、足が悪いのか杖をつきながら歩いてくる。
腰は曲がり、髭も髪も汚れたような白色だったが、
村人たちのきびきびとした動きとは対照的な、ゆっくりとした歩調が、かえって威厳を感じさせた。
村の男たちは、トウカ、セリオと一定の距離をとりつつ、二人を迂回するように老人のもとへ駆け寄った。
「大丈夫だ。こやつの言う通り、このお二方は役人ではない。
国境側の道からやって来られたのを、わしも窓から見とったでな。
それに、以前領主の屋敷に呼ばれたときも、女の侍など見んかったぞ」
老人が青年に同調すると、構えていた男たちも、ようやく武器を下ろした。
老人はトウカとセリオに向き直り、頭を下げた。
「旅の方よ、村の者が大変失礼をした。わしはこの村で長をしておる者じゃ。
村を代表して謝罪させていただく。どうか、許して下され」
「……いえ、誤解が解けてこちらも安心しました」
村人たちはばつが悪そうにしていたが、村長が指示すると、各々が無言でトウカたちに会釈をして、作業に戻っていった。
仲裁に入った青年はというと、ほっとした様子で、置き捨てた土嚢袋を取りに、きびすを返す。
彼はそのまま防塞作りに加わるのかと思われたが、袋を引きずりながらトウカと村長のもとへと近づき、二人の話に耳を傾けた。
村長は「これ、お前も手伝わんか」と、青年をたしなめたが、
青年はへらりと笑うと、「ま、じっちゃんのお守りも必要だろ」と言って、村長の腕を取って支えた。
サボりの口実はいつものことなのか、老人は諦めた様子で「まったく……」と漏らす。
そのあと村長は、青年には構わず、トウカに向き直ると、幾分か申し訳なさそうな顔をして言った。
「……とはいえ、あんた方をここから先へ行かせることはできん。悪いが、今来た道を引き返してもらいたい」
「っておい、じっちゃん!」
思わず青年は、非難の声を上げた。
「それはまた、何故(なにゆえ)に……」
村長は青年の言葉は無視して、トウカの質問にこう答えた。
「この村は、じきに戦場になるからじゃ」
207 :
訂正:2006/09/28(木) 02:57:14 ID:B3+vs1oA0
トウカの台詞で「古い地図だし」という部分がありますが、そこは削って読んで下さい。
細かい点ですが、一応、続きの話と整合性をつけたいので。お願いします。
またもや何かありそうな…
GJ!
猫背で目つき悪くてチンピラ風の青年…
気になるな〜
またヌワンギかよ・・・・・・。
GJ!
いや、ヌワンギならじっちゃんなんて可愛い言い方しない筈だっ!
と言う事でGJ!
「おい、じじい!」
の方が似合う気がする。
うっかりロボに綾香って、他の作品も更新して欲しいと願う麗らかな午後
>綾香って
あかひら某が浮かんだ俺もうだめぽ
>>215 お、落ち着けっ!
さあ、落ち着いてコレをやるんだ、まだ君は戻ってこれる。
っ『To Heart』
巧みな話術で俺らの仲間に引きずり込もうとする
>>216に乾杯
でも来栖川(綾香)萌えに悪い人はいないから安心汁、
>>215よ
戦場、という言葉にトウカは耳を疑った。
小国間の小競り合いならともかく、ここはトゥスクル領内だ。
戦など起こるはずがない。
トウカにとって第二の故郷とも呼べるこの国が、戦禍を受けるなどあってはならないのだ。
しかし、トウカは即座に心の中で頭を振ると、楽観的な考えを打ち消した。
――――絶対は無い。
いくらトゥスクルが平和でも、無法な輩はいくらでも世にはびこっている。
ならば、新たな外敵が国境を越え、この穏やかな国に攻め入るというのも、多分に有り得ることだ。
現に、そんな侵略者たちを追い払いながら、我が主は国を守ってきたのだから。
……だが、それにしては、さっき通った国境地帯の警備はいささか手薄だったように思える。
警備兵の数も、彼らの緊張感も、戦時のそれとは程遠いものだった。
何より緊急時ならば、自分たちがこのようにすんなり入国できるものなのか?
入国の際の検問こそ、国境で最も気を配るべき事項のはず。開戦前なら尚更である。
本当に戦は起こるのか。
状況から見て、おそらく国外からの侵攻は無い。つまり、敵は外にはいない。
そして、戦の準備をしている者は、ここの村民以外では見当たらない。
ということは、まさか――――
「――――我らは、これより叛乱を起こす」
トウカの予想は的中した。
彼女の思考が結論に達するのとほぼ同時に、老人はその答えを口にした。
「馬鹿な……」
驚嘆と呆れの入り混じった感情が、トウカの口から思わず漏れる。
「確かにな。傍から見れば愚かな考えじゃろう。あんたがそう思うのも無理はない。
だがな、わしらは」
老人は、事の次第を話そうと言葉を切り出した。が、その時不意に傍らの青年が、老人の腕を両手で引っ掴んだ。
「ふおっ」
老人は腕を強く引っ張られ、体勢を崩す。
青年はそのままトウカたちから離れるように、老人を引きずって数歩進んだ。
そして、そこそこの距離が開いた後、ふっと腕を握る力が緩むと、老人は腕を振り払い、青年を叱咤した。
「いきなり何するんじゃ」
「そりゃこっちのセリフだぜ。会ったばかりの他所の奴等に、何ベラベラ喋ろうとしてんだよ」
青年は老人の耳に顔を近づけ、手で口元を隠して、トウカたちに聞こえないように話す。
しかしそんな仕草も、叛乱の企てという話の中核部分を喋ってしまった後では、もう何の意味も無かった。
彼とは対照的に、村長はトウカたちにも聞こえるように言った。
「構わんさ。あの柵もそうだが、村の有様を見れば、わしらが何をするつもりか、大抵の者なら感付くわ。
ならばいっそ、ありのまま全て話した方が、変に勘繰られずに済むだけマシというもんじゃろ」
「そういうもんかよ……」
青年はどうにも納得いかない様子で、頭に巻いた髪飾りを弄る。
「それに分別のある方なら、わしらの境遇をきっと理解してくださるはずじゃ。
逆に、無理矢理通ろうとするなら、その時は力ずくでお帰りいただけばよかろう。
何、侍とはいえ娘っ子がたったの二人。いざの際となっても、村の若い衆で何とかなるじゃろうて」
トウカは自分の実力が軽視されていることに一瞬眉をひそめたが、今はそんな些細なことを気にしている場合ではない。
すぐに表情を打ち消し、村長に歩み寄った。
「……通る通らないはともかくとして、訳をお聞かせ願いたい」
トウカの言葉に、村長は「うむ」と頷くと、それまでのいきさつを話し始めた。
トゥスクル国内は特に情勢も問題なく、全体としてみれば内政はいたって順調である。
しかし、大勢に影響は無くとも、細目的には多数の穴が存在した。
現在、中央政府は城下付近の統治に手一杯で、末端の村落まで目が行き届いていない。
ハクオロの崩御をきっかけに、上層部の人員が大幅に入れ替わり、
配置転換やら何やらで作業効率が低下したことが、それの主たる原因である。
また、国政を統括するベナウィが、自身の業務に加え、
以前ならハクオロに頼んでいた仕事を自ら行わねばならなくなったことも、理由の一つに挙げられる。
ベナウィがいくら優秀とはいえ、
一人で倍以上の業務(もともとハクオロの作業量は膨大なものだった)をこなすには、まず何よりも時間が足りない。
彼は近隣諸国との外交など、重要事項とされるものは最優先に処理したが、
細かな政務は報告書に目を通すことすら追いつかず、下位の文官に委任していた。
トウカが立ち寄った村のような、小規模の共同体に関しても、
地方領主に統治を一任していたため、中央政府が村々の内情を知ることはできなかった。
加えてこの村落は、村の存在そのものがトゥスクル本国に知られていなかった。
トウカの持っていた地図にも、村の名前は載っていない。
国境近辺を管轄する領主は、中央の多忙さをいいことに、村の存在をひた隠しにしていたのだ。
通常ならば、このような暴挙は直ちに露見するはずである。
しかし、村落の規模の小ささと、村が険しい山中に位置していること、
さらに近年の戦で領土が拡大し、国境が次々と移り変わる中で、村落がその末端に在ったこと、
これらの要素が重なり合い、期せずして領主の目論見を成功させてしまっていた。
村の管理を任された領主は、典型的な放蕩者で、民のことなど気にもかけない暗君であった。
下っ端の役人にも粗暴な気質は伝染し、彼らは村に下りてきては、度々狼藉をはたらいた。
また、領主は「無いはずの村」から多額の税を巻き上げると、全て自らの遊興費に費やした。
村人たちも、村が地図上に存在しないことに最近ようやく気付いたが、
田畑の管理や領主側の役人の見廻り、本国への猜疑心もあって、皇都へ直訴に向かうことはできなかった。
村人たちはそんな状況に耐えかねて、叛乱を起こす寸前であった。
出口に築かれた防塞も、そのための備えの一つというわけである。
ちなみに閉め切った家の中では、女子供が木の柵を繋ぐための蔓(つる)をより合わせ、
土嚢袋を縫う作業を行っていた。
そして彼らは、叛乱という大事のために、神経が過敏になっていた。
トウカたちにいきなり武器を突きつけたのも、仕方のないことといえるだろう。
ただ、トウカたちが領主の手の者でないとしても、このままの道を進ませたなら、領主の屋敷に近づくことになる。
そうなれば、叛乱の企てを密告されるかもしれない。
だから先へは行かせない。
「今来た道を引き返せ」とは、余所者を巻き込ませない配慮以上に、そのような意味も含まれていた。
……村長の話によって、トウカとセリオは大体の事情を把握した。
トウカは彼女の性格上、足止めを食らったことなどどこへやら、まるで自らのことのように村民の安否を気に懸けた。
見渡せば、村人の総数は五十人程度。当然、老人や女子供もいて、皆が戦えるわけではない。
少数の農民が戦いを仕掛けたところで、結果は見えている。
トウカは叛乱を思い留まるよう、村長に進言した。
「ほーら見ろ。このお侍も、俺と同じ考えじゃねえか」
青年はトウカの言葉を聞くと、得意気になって村長の肩に手を置き、その上に顎を乗せた。
「なぁ、今からでも遅くねえ、マジでやめようぜ。
なんだったら、皆でどっか別のとこへバックレるなりしてさ。それでもいいじゃねえか。
どう考えても俺たちだけで勝てるわきゃねえんだよ」
その所作は軽妙だったが、口調は深刻だった。青年は青年で、村のことを案じているようだ。
しかし、村長は彼の手をはたいた。
「勝てるかどうかは、何事もやってみなければわからん。
聞けば、この国の皇も元は農村の出で、少数の民を先導し、不利な状況から戦を勝ち抜いていったというではないか。
わしらにだって、それができんとは限らんじゃろう」
そう言って、青年の提案を拒んだ。
すると、
「――――ボケた事言ってんじゃねえよクソジジイ!」
青年は、何故か突然声を荒げた。
「んな簡単に叛乱が成功したら、誰だって一国の皇になれるじゃねえか!
戦はそんな甘かねえんだよ!
どんなに有利でもなぁ、大将がアホなら下の奴等はみんな死んじまうんだ!
こんな小せぇ村なら、尚のこと長の決断が大事なんだよ! わかってんのか?
村長ともあろうもんが、叶いもしねえ寝言ほざいてんじゃねえっつってんだよ!
俺らの命が懸かってんだぞ!」
青年の掴みかかるほどの剣幕に、作業に戻った村人たちも、何事かと駆け寄ってくる。
「お、おい、ひとまず落ち着いて……」
そして、一番近くにいたトウカが青年をなだめようと近づいたその時…………彼はいきなり悶絶した。
「はっが!」
股間を押さえてしおしおと崩れ落ちる。
「おじいちゃんになんてこと言うのよ、この馬鹿っ!」
直後、甲高い声とともに、青年の背後から一人の少女が顔をのぞかせた。
どうやらその少女が、青年の大事な部分を蹴り上げたようだった。
短髪で、見るからに活発そうな彼女は、物怖じすることなく、しゃがみこんだ青年を見下ろす。
「命の恩人に向かって、ボケだとかクソだとか、アンタ一体何様のつもりよ!」
「う……うるっせえ。クソジジイをクソジジイと呼んで何が悪ぃ!
おめーも出し抜けに人の股蹴ってんじゃねえ、このじゃじゃ馬!」
「あんですってぇ!」
青年は股間を押さえながら、少女と睨み合う。
「あの……」
トウカは若者二人のやり取りに呆気にとられ、会話に加わることができない。
「てめ、女だからって容赦しねえぞコラ!」
「はん! その女に負けて、後で吠え面かくのは誰かしらね!」
「やめんか、人前で」
青年と少女を止めたのは、村長の鶴の一声だった。
二人はようやく我に返ると、周りを見渡した後、同時に顔を赤らめた。
村長は二人が落ち着いたのを見取ると、青年の名を呼び、諭すように彼に語りかけた。
「お前の言い分もわからんでもない。
しかしな、この村で生まれ、育ってきた我らにとって、ここよりほかに生きる場所など無いのだ。
生まれ落ちたのがこの地なら、土に還るのもこの地でなければならぬ。
新参者のお前には、馴染みの無いことだろうがな。
村の者はそうやって、代々受け継ぎ、守ってきたのだ。それはこれからも変わることはない。
何より……我らにはもう時間が無いのだ」
その時、村長の言葉にセリオがわずかに反応したが、
彼はそれに気付くことなく、青年に向き合ったまま話を続けた。
「……とはいえ、村のしきたりを、他所から来たお前に押し付けたりはせん。
戦が嫌なら、お前だけでも逃げるがよい。
力のある若い男が一人、まあ、他の村も大抵は受け入れてくれるじゃろう」
「ばっ……んなこと、尚更できっかよ!」
「失礼ながら――――」
青年は再び声を上げたが、そこでセリオが前に出た。
「時間がない……とは、どういう意味ですか」
「……ふむ、それはだな……」
村長は髭をさすり、少し考えるような素振りを見せると、トウカたちに背を向けた。
「ついて来なさい」
そう言われ、連れて来られた場所は、村の端にある物置小屋だった。
「見てもらった方が、わかりが早いと思うてな。
とはいえ、ろくなものではない。気分を害するであろうから、あまり近づかんようにな」
村長は、村の男衆に指示して戸を開けさせた。
立て付けの悪い戸が、ガタガタと音をたてながら横に動くと、鼻をつく血の臭いが、小屋の内から漏れ出した。
「っ!」
中の“それら”を見たトウカは、思わず顔をしかめ、口元に手を当てる。
一緒についてきた少女も青年も、他の村人すらも、表情をこわばらせ、顔をそむけた。
村長は淡々と、それでいて覚悟を決めた強い口調でトウカに言った。
「いずれ領主の手の者が、村を調べに来るはずじゃ。
小さな村じゃからの。ここ以外に隠す場所など無い。
役人が来れば、おそらくものの数刻で見つかってしまうじゃろう。
……もう後へは退けぬ。我らには、戦い抗うよりほかに、残された道は無いのだ」
――――――物置の中にあったのは、役人と思しき男たちの死体であった。
GJ!
やはりうたわれSSだから戦に話が傾くのは仕方ない事だのぅ
>少女
辺境の女最強伝説は脈々と継げられているのであった…
228 :
名無しさんだよもん:2006/10/06(金) 16:38:50 ID:FJd0ANlH0
>少女
名前がイルルゥだかオルルゥとかついていそうだ(w
死守するにゃも
オンドゥルルゥ
「あたしが悪いの。村のみんなには何の責任も無いわ」
そう言ったのは、先ほど青年と口論していた少女だった。
物置の戸が閉められ、中の惨状が視界から消えると、彼女は誰よりも早く口を開いた。
そして、トウカが死体の理由を問い詰めるとでも思ったのか、間隙無く一気にまくし立てた。
「あいつらはね、税を集めるお役目の連中なんだけど、
村に来る度に、やれ納めるモロロの形が悪いとか、やれ泥が付いてて汚いとか、
いっつも適当な難癖をつけては、酒だの何だのと接待を要求してくるの。
それでもみんなはちゃんと我慢して、ご飯を出したり、お酌をしたりしてたんだけど、
一昨日はあいつらの一人が、酔った勢いであたしの体を触ってきて……あ、あたしだって結構堪えたのよ?
けど、おしまいには暗がりに連れ込んで、服をね、なんていうか……ほら、やってきたのよ、ダメなことを。
だからあたし、それだけは絶対イヤだったから、離れようと思って、こう、思いっきり突き飛ばして、
そしたら、向こうが酔っ払ってたのもあって、柱の角にゴーンって頭がぶつかって……。
で、打ち所が悪かったのか、あ……あの、そのまま死んじゃったみたいで、それがきっかけで他の役人とも喧嘩になっちゃって……。
……で、でもね、みんなはあたしを守るためにアイツらをやっつけただけで、別に全然悪くないんだから!
つまり、お縄につかなきゃいけないのは、あたしだけなのよ、あたし!」
トウカたちは別段弁明を受ける立場に無い、ただの旅人のはずなのだが、
少女はそれを失念するほど懸命になって、同胞を庇いたてた。
「……わかりました」
少女が一呼吸ついたとき、意外にもセリオが同意の言葉を述べた。
「な……セリオ殿?」
しかし、それは弁明に対する同意というよりは、現状への理解を示す返事だった。
「つまりあなたは、急迫不正の侵害行為に対し、
自己の性的自由を守るために防衛行為を行い、偶然にも役人を殺害してしまった。
この場合、結果が死亡という重大なものであっても、
振り払う行為自体には必要性・相当性が認められるため、正当防衛が成立し、罪は無いということになります。
また、村の方々がとった防衛行為も、積極的加害意思の有無等に関して議論の余地はありますが、
やはり正当防衛が認められる余地はあると思われます」
聞いた事実はそのままに、罪責の解釈に変更を加え、結論する。
「……いや、あの、意味がわかんないんだけど。
そもそも、悪いのはあたしだけって言ってるでしょ! 変に間違ってとらないでよ!」
「いいえ、間違ってはいません。これは私の世界の違法性判断事由ですが、ここでも通用するものだと思います」
「っていうかあなた、わけわかんない言葉で煙に巻いてるだけじゃないの!」
「いえ、ですから、違法性というのは……」
「とにかくじゃな」
村長が間に入り、会話を打ち切る。
「こういうわけで、あんた方には引き返してもらわにゃならん。わかってくれるな」
威圧感を込めた声で、トウカとセリオに要求した。
トウカは村長から視線を外し、辺りを見廻した。
いつの間にか村中の人間が小屋の近くに集まっており、神妙な面持ちでトウカとセリオを凝視している。
村人たちから感じるのは、余所者に対する警戒心と、これから起こるであろう戦への覚悟。
状況が状況だ。おそらくこれ以上説得しても、彼らは止まることはないだろう。
だが、どう考えてもこのままでは勝ち目は無い。
こんな時、トウカはどうするか。
義侠心あふれる若きエヴェンクルガが、弱き者たちに味方するのは当然の流れであった。
「無礼を承知で申し上げる。この状態で戦になれば、あなた方の敗北は必至。
いくら砦を築こうが、焼け石の水にもならないだろう」
トウカの言葉に、村人たちは苦い表情でトウカを睨んだ。
トウカは刀を地面に置き、立膝をついた。
「しかしながら、義はそちらにあるとお見受けした。
某が名はトウカ。方々で傭兵(アンクアム)をしており、僭越ながら少々腕に覚えがある。
微力ではあるが、あなた方に助太刀させていただきたい」
――――そう言いながら、トウカはハクオロの言葉を思い出していた。
『これからも戦乱は耐えぬだろう。そして、いつの世も犠牲になるのは、力を持たぬ弱き者達。
トウカよ、どうかそんな者達の力になってやってくれ』
ハクオロがトウカに与えた最後の命令。今こそまさに、その命を遂げる時ではないか――――
そう思うと、こんな場面でいささか不謹慎ではあるが、嬉の感情すら沸き立ってくる。
トウカは口元を横一文字に結び直し、村長を見上げた。
「申し出はありがたいが、見たとおりの貧しい村じゃ。あんたに払える金もそうありはせんぞ」
「構いません。某があなた方に与するは、ひとえに義のため。
我が一族エヴェンクルガは、義のため、世の人のために剣を振るってきた。
某も一族の志を受け継ぐ者として、誰かの助けになりたい。それ以外に望みはありません。
敢えて言うなら、皆が助かることが何よりの報酬です」
直後、にわかにざわめきが起こる。
村人たちは「エヴェンクルガ」という言葉に、顔を見合わせ、色めきたった。
辺境の村にも、その勇名を知る者は少なくないようだ。
死を覚悟し、行動の節々に悲壮の色が浮かんでいた村民も、トウカの申し出を聞き、希望に満ちた表情に変わった。
そんな中、トウカはセリオの方へ振り返った。
「セリオ殿、申し訳ないが、そなたは昨日の宿に戻って、戦が終わるまで待っていてくれぬか」
「トウカ様……」
「すまないな。だが、心配は無用だ。必ず生きてそなたを迎えに戻ってくる。約束しよう」
「いえ……トウカ様の御体のこともあるのですが」
「どうした、他に何か問題でも?」
「トウカ様は……戦に参加なされるのですね」
「ああ……そうだが?」
セリオの表情は変わらない。けれど、彼女の声色には、どことなく戸惑いが感じられた。
その声を聞き、ふとトウカの頭をある言葉がかすめた。
『考えて下さい』
あの夜の出来事。間違いを恐れるトウカに、差し伸べられたセリオの手。
何故ここであの時のことを思い出す? 考えること……今も考えるべき時なのか?
脳裏をよぎる彼女の言葉が、トウカの心をかき乱した。
……この場面、どう考えても村人に非は無いはずだ。彼らに味方することの何がいけないのか。
いや、だとしても。
何か見落としているからこそ、こうして引っかかるものがあるのではないのか。
セリオはまだ何も言っていない。感じたのは、己の心だ。心がどこかで警報を発している。
考えろ。何が問題だ。何か問題があるのか――――
「それでは、我らとともに戦って下さるのじゃな」
村長がトウカに尋ねるが、トウカの思考は止まらない。
……ともに戦う……戦って、どうなる……?
「おじーちゃん、ご飯できたよ」
「ん、おお。もう昼時か」
村長のもとに、五、六歳程度の小さな子供が、盆を持ってやって来た。
まだ状況がよくわからないらしく、余所者のトウカを恐る恐るといった様子で伺っている。
「わしらは後でいいから、柵の方のおじさんたちに持っていってやりなさい」
「うん」
子供は、食事を配りに柵の方へと駆けていった。
……子供……そして、戦……。
戦になれば、子供はどうなる。
死ぬかもしれない。
トウカは戦って生き延びる自信はある。万が一の場合に、死ぬ覚悟もできている。
だが、小さな子供は、どうなる。年老いた村人は、どうなる。
自分が生き延びることはできても、全てを守る力は無い。村の全員を無傷でいさせることは不可能だ。
戦になれば、必ず犠牲者は出る。
そんな戦に加担するのがここでの最善策なのか?
そうではないだろう。子供を、老人を、弱者を死なせて何が誉れ高きエヴェンクルガか。
……けれど、皆を生かせる策などあるのか?
トウカは軍師ではない。作戦など思いつかない。
では、どうする。考えろ――――もっともっと考えるんだ――――
トゥスクルの最端にあるこの村……そもそも村を戦場にするという考え自体、勝ちを放棄するに等しいものだ。
領主の屋敷に奇襲をかけるか。こちらから攻め入るにしても、策を練らなければ……
いや、トゥスクルの最端……?
「そうか、ここはトゥスクル領内! 某としたことが、何故今まで気付かなかった!」
トウカは思わず思考を口に出した。
村人たちは何事かと驚いたが、トウカは気にした様子も無く、懐から地図を取り出し、尋ねる。
「村長殿。この村は地図上ではどこに位置しているか、教えていただきたい」
「いきなりどうなされた」
村長は面食らいつつも、広げた地図の上で、村が存在する地点を指差した。
トウカはそこに印を付けると、少しの間考えをめぐらせて、言った。
「……申し訳ないが、戦いに加わることはできない。
しかし、戦を起こさずとも皆を助ける方法がある。どうか、某の話を聞いて欲しい」
トウカの言う方法とは、至って単純なものであった。
トゥスクル皇都へトウカが向かい、ベナウィに事の次第を話し、領主を更迭してもらう。それだけのことである。
けれども、この局面では、たったそれだけのことがどんな策よりも効果的に思われた。
領主が非道な輩とはいえ、トゥスクル全土が腐敗したわけではない。
トウカにとって、ベナウィは今も信頼できる仲間である。
全てを話せば、必ず事情を理解して、早急に事態を解決してくれるに違いない。
そして、勝てるかどうかわからない戦を起こすよりも、トゥスクル上層部に裁きを任せる方が、ずっと安全で確実だ。
……トウカは、村人たちにとうとうと説いた。皇都への道を通してくれるよう頼み込んだ。
だが、話を聞いた村長は、トウカの案を否定した。
「……信用ならんな」
「そんなことはない。皇都で政を担っている方は思慮深く、民のことをよく考えてくれる御仁だ。
誓ってもいい。決して悪いようにはしない」
「ならばそんな皇都の者が、どうしてこの村の惨状を放っておくのだ。
辺境の村と切り捨てて、民のことなど考えていないからではないか」
「それは! それはきっと、何か訳があって……」
「よしんば、お上が村を助けると約束しても、
こんな小さな村のことなど、ずっと先送りにして、その間何年も搾取が続くに決まっておる。
それに、いくらあんたがエヴェンクルガといっても、侍一人の言葉で皇都の連中が動くとは思えんのだがね。
逆に、蜂起の準備を進める我らを知れば、軍を投入して鎮圧をはかる可能性の方がよほど大きかろう」
「そんな……! そのようなこと、某がさせはしない!」
「さらに言わせてもらうなら、お侍様、あんたも皇都の者と親しいとなれば、失礼だが全て信用できるとは限らん。
今日初めて会ったわしらと皇都の連中、天秤にかけるとしたら、皇都の方を取るじゃろう?
尚のこと、ここから先へ通すわけにはいかんな」
村長の言葉を皮切りに、好意的な雰囲気も一転して、村人たちは再びトウカに警戒の眼差しを向けた。
「このまま戦になれば、少なからず死傷者は出る!
某が本国に知らせることが、誰も傷つかないで済む最善の方法なのだ!
どうか、某を信じて欲しい! 頼む……!」
トウカは思いの丈を込めて訴えた。しかしその声は、明日をも知れぬ境遇にある村人たちには届かない。
村の現状を知らぬとはいえ、今まで何の助けも来なかった本国など当てにはならない。
そんな考えを持つ、彼らの本国への猜疑心は相当なものだ。
手詰まりになり、険悪な雰囲気が辺りに満ちてゆく。
そのとき、セリオが前に出て、静かに言った。
「……それでは、私を人質にするというのは、いかがでしょうか」
「……人質?」
「セリオ殿、何を!?」
「トウカ様には、このままトゥスクル皇都へ行ってもらいます。その間、私はここに人質として残るのです。
トウカ様が無事、皇都の方々をとりなして、ここへ戻ってこられた場合には、
事態は解決したということで、私も解放してもらいます。
ですがもし、トウカ様の説得が功を為さず、本国や領主側の軍がこの村に攻め入るのなら、
その時の私の処遇は、いかようにされても構いません。
本国との戦争における捕虜とするなり、見せしめに晒し首にするなり、お好きになさって下さい。
私の体一つでは、十分な保証とはいえないかもしれませんが、
無いよりはマシでしょうし、一応の担保にはなると思います。どうでしょうか」
「……い、いいのかね、お嬢さん」
「はい」
思わぬ提案に、村人たちは驚きと戸惑いの反応を示すと、固まってしまった。
確かに、仲間が捕らわれている場所に、わざわざ軍で攻め入るよう指示するとは考えにくい。
しかも、この無表情な少女は、自分から人質になると言い出した。
すなわちこれは、連れの侍に相当の信頼を置いている証拠。
……確実とはいえないまでも、懸けてみる価値はあるのではないか。
セリオの申し出によって、彼らの疑念は傾きかけた。
しかし、村人以上に、驚き、焦ったのはトウカだった。
「セリオ殿、早まった真似をするでない! そなたは引き返して安全な場所に待機していれば良いのだぞ!」
「トウカ様、あなたが皇都へ行くことを志願なされたのは、村民全員の安全を考慮してのことなのでしょう?」
「ああ、その通りだ。だが!」
「戦で勝つことで救うのではなく、戦闘を回避することで皆を救おうとするトウカ様の考えは、素晴らしいものだと思います。
私もそれに助力したいのです。どうか、お手伝いをさせてください」
セリオはこう言うが、その提案はお手伝いなどという生易しいものではない。一歩間違えば彼女は死んでしまうのだ。
トウカが首を縦に振ることなど、できはしない。
「トウカ様は、先ほど地図をご覧になっていましたね」
「……それがどうした」
あまりの無茶な考えに、トウカの口調が荒くなる。だが、セリオは構わず続けた。
「私も横から拝見しましたが、領主の屋敷からこの村まで、距離にして約一日分というところでした。
税の徴収役が殺害されたのが一昨日の夜。本来ならその役人は今日帰還するはずでしょうから、
領主側の人間は、彼らが夜まで戻らない場合、不審に思い、捜索隊かそれに近いものを派遣することになるでしょう。
そして、明朝に捜索隊が準備を整え出発するとして、おそらく役人が来るのは、早くても明後日の昼前になると思われます。
……違いますか、村長さん?」
「ん? うむ、まあ、そんなものじゃろうな」
「また、地図を見たところ、この村から皇都までは、普通に歩いて約四日ほどの距離がありました。
トウカ様が急いで皇都に向かって、所要時間が半分に短縮されると仮定しても、片道で二日、往復するのに四日は必要です。
ですが、捜索隊に叛乱のことを気付かれても、
彼らが本陣に戻り、軍を編成し、再び村に攻め込むまでには時間がかかるでしょう。
領主側との本格的な戦闘が始まる前に、本国から仲裁者を派遣することも、状況次第では可能かと思われます。
トウカ様もそう思って、皇都へのご出立をお申し出になられたのではないですか」
「あ、ああ、確かに……」
もちろん、こんな皮算用が、実際に成り立つとは限らない。
しかし、たとえ戦闘が開始されたとしても、トウカの口利きで早めに本国部隊がやってくれば、それ以降の戦禍は避けられる。
最後まで戦いを続けるよりは、死傷者の数を圧倒的に減らせるはずだ。
セリオの申し出は、それを見越してのものだった。
だが……。
「村長さん、時は一刻を争います。私がここに留まる代わりに、どうかトウカ様を行かせて下さい」
「まあ、あんたがそれでいいのなら……行かせんこともないが……本当にいいのかね」
「はい、ありがとうございます」
だがしかし、人質になるセリオはおそらく身動きすらできまい。
縄で縛られるなりして、逃げ出せないような状態にさせられるのではないか。
そんな状態で戦闘になれば、一番の危険に晒されるのはセリオなのだ。人質役は危険すぎる。
トウカがしかめっ面になり、村長さえもが戸惑うほどに、セリオの提案は自己犠牲的なものでもあった。
「トウカ様、私のことでしたら問題はありません。出発なさってください」
「馬鹿を言うな。どこが問題ないんだ。大切な友人の……命を危険に晒すことなど、某は認めないからな」
「いいえ、私の命が危険になることはありません」
「『自分はからくり人形だから。命が無いから』か? そんな詭弁は通用しないぞ」
「そうではありません。私はトウカ様が間に合うと信じているのです。
それともトウカ様、この村が戦場になる前に戻って来る自信がありませんか」
「な、何……」
トウカにもプライドがある。そんな言い方をされては、自信が無いなどとは言えない。
「ありませんか?」
「ないわけがなかろう! 某は……某は、見事ここへ帰還し、戦を止めてみせる!」
「それを聞いて安心しました。では、よろしくお願いします」
「なっ…… 〜〜〜〜〜〜!」
トウカはまんまと乗せられてしまったことに気付き、顔を赤くして小さく地団駄を踏んだ。
セリオは口にしなかったが、トウカが皇都へ向かうことを推した背景には、戦争回避に加え、もうの一つ理由があった。
それは、トウカを危険から遠ざけること。
いくら腕が立つといっても、トウカ一人の力で劣勢を覆せるはずが無い。
彼女の性格上、敵の攻撃を一手に引き受け、矢面に立って戦い続けるだろう。
そうなれば、いくら手練とはいえトウカ自身も無傷ではいられまい。
だが、本国から(少なくともトウカにとっての)友軍を連れて来られるなら、トウカの安全は保障される。
……トウカは、誰かのために心を砕き、我が身を顧みない性格だ。
けれど、この真摯な侍の、後ろを守る者は誰も居ない。ならば自分こそがその役目、引き受けるべきではないのか。
トウカを守りたい――――――――セリオは仮面のような表情の裏に、そんな思いを抱いたのだった。
「トウカ様、一つお願いがあります」
「何だ」
「戻ってこられる際は、必ず本国の方を連れて来て下さい。
トウカ様のご友人なら、拒否されるということは無いとは思いますが、
お一人でここへ戻られるということだけは無いように。どうかお願いします」
「……わかった」
「それと、これを」
セリオは、腰に差していた小太刀をトウカに差し出した。
「護身用ということで頂きましたが、トウカ様がお持ちください。人質が持っていても意味がないでしょうから」
トウカはしばし逡巡したが、頷き、刀を受け取ると、自らの愛刀の横に差した。
「某からも一つ言っておく」
トウカはセリオに耳打ちした。
「危なくなったら、村の者を張っ倒してでもいい、逃げるよう努めてくれ。もともとそなたは無関係の人間なのだから」
「……暴力は難しいでしょうが、善処します」
「頼んだぞ」
セリオが人質になっても、場合によっては自力で逃げ出せるかもしれない。
トウカが念を押したのは、その際のことであった。
エルムイの兵との一悶着で、セリオの実力はわかっている。
縛られても、手首の機械部分をやりくりすれば、縄抜けができる可能性は高い。
……けれどセリオは、自分の命を二の次にして、人質としての役目を果たそうとするに違いない。
トウカの懸念はそこにあった。
そして、セリオが犠牲になることなど、当然トウカは望まない。トウカにとってセリオはもう、かけがえの無い友なのだ。
以前、オンカミヤムカイでウルトリィに紹介した時は、その場の方便に過ぎなかったが、今は違う。
心から言うことができる。「セリオは大切な友人である」と。
トウカは荷物を肩に掛け、紐の長さを調節して、ずり落ちないようきつく体に縛りつけた。
「では、行ってくる。必ず戻ってくるから、それまで無事でいるのだぞ、セリオ殿!」
「はい」
「村の方々も! 某は必ず戻るゆえ、くれぐれも早まった真似をせぬように!
どうか……どうか、頼むぞ!」
トウカは強く大地を蹴ると、振り返らずに走り出した。
走れ○○○!
GJ!
十○国記!(?)
GJGJ!
トウカがもしオボロだったら、もっと早く長距離移動ができるのにw
13日の金曜日と言う事で、不吉な悪寒 >トウカ
うっかり侍の作者さん、GJ!!
トウカのいい所が良く書けてて凄いです!
賑わいを取り戻すため、こっちも頑張って続けてみよう。
シケリペチムという國は、ニウェという絶対的な指導者の治める一枚岩の國家だと思っている者も多いが、
実は、必ずしもそうという訳ではない。
その広大な國土には、実に多くの集落や豪族がおり、その中には國を名乗ってもおかしくない程の領土を持つ者もいる。
そして、彼等の中には、ニウェの独裁的な國家運営に不満を持つ者も決して少なくはないのだ。
…だが、彼等はニウェに逆らう事はない。いかなる無理難題を押し付けられようとも、ただ粛々と従うだけである。
理由は簡単である。ニウェの逆鱗に触れた者がどのような最後を辿るか、皆知っているからだ。
…だからこの度のトゥスクルへの侵攻においても、ニウェのまさに鶴の一声で、
それら豪族達の私兵は根こそぎ徴発されただけでなく、多くの集落の若い男が徴兵され連れて行かれたのである。
(戦時中というのは…やはり雰囲気がガラリと変わるな。)
以前のシケリペチムを知っている身としては、この変化は少々心苦しい。
過去ヌワンギとこの國に滞在した時は、まだ町の中に活気というものがあった。
しかし、今のシケリペチムの民の顔には、ほぼ例外なく陰鬱とした心配そうな表情が貼り付けられていた。
チキナロに付き添って面会した豪族達も今の状況は面白くないらしく、
チキナロに無理な値切りを迫っては、憂さを晴らしている者までいた。
…そのやや乱暴な振る舞いも、彼等の状況を鑑みればまだ同情出来る余地が十二分にあった。
そういう訳で柳川はチキナロと共に、鉄壁の愛想笑いでその無理難題を捌ききってきたのである。
…だが、偶には耐え切れぬほどの屈辱的な扱いを受ける時もある。
(…あの場に、ヌワンギが居なくて助かったな。)
未だ怒りを抑えきれぬ柳川は、友人を案じる事でその怒りを抑えようとした。
ヌワンギは美味しい飯にありつけると思ったのか、最初の一、二度は豪族達との面会に付き合いはした。
だが美味しい飯どころか、陰気なおっさん達の愚痴を延々と聞かされるだけと知ってからは、
チキナロに薦められても
「やめとく。」
と一言で断って興味を示そうともせず、
結果、チキナロの護衛兼付き添いは柳川一人の仕事となり、
チキナロの商談の間に豪族達の愚痴を聞かされるのも、柳川一人の負担となってしまったのだった。
酷かったのは酔っ払いの相手をしなければならない時である。
柳川はこの國ではお尋ね者であるため、長髪のかつらを変装に使用しているのだが…
どうも遠目には女性に見えるらしく、酔っ払った豪族達に酌をしろ、などとせがまれたりもするのだ。
大概は愛想笑いを消して一睨みし、男だと伝えるだけで事は済むのだが、
中にはそれでも構わないと言ってのける剛の者もおり、対応にはやや苦慮していた。
…だが今思えば彼等も、今日あったあの男に比べれば、まだ愛嬌があった方だと思う。
チキナロが言うには、彼はこの辺り一帯を仕切るのみならず、
近隣の豪族達にも強い影響力を持つ、大豪族であるらしかった。
それ故かその態度も尊大で、その言葉の節々が柳川を不快にさせた。
…いや、それでも柳川本人を侮辱されるだけなら耐える事は出来ただろう。
実際に、男に見えないだの、いっそのこと男娼をしてはどうかなどと言われても…
その豪族本人に危害を加える事だけは耐えた。
だが我慢ならなかったのは、現在の豪族達の敵國であるトゥスクルの人々まで侮辱された事である。
確かに状況が状況なのだから、友好的になれという方がおかしいのは分かるが、
それにしてもあの侮辱は度が過ぎた。
滅多に激昂する事のない柳川が、その豪族の屋敷を商談もそこそこに飛び出し、
宿に帰る馬車の手綱を握るに至っても、その怒りを納める事が出来ない事からも分かる。
…結局、その怒りは友人を侮辱された、という豪族には知りようのない事実が大本の原因なのだろうが。
「…まだ怒ってますか?」
ずっと無言の運転手に申し訳なく思ったのか、チキナロが声をかけてきた。
「…まあ…ですが、大分落ち着きました。」
他人に怒りをぶつける事は流石に大人気ないと思い、柳川は何とかそう答えた。
「…戦時というのは、大体こんなものですよ、ハイ。落ち着いていきましょう。」
投げやりの様で、なんとなく説得力のあるその言葉に、
「はぁ…」
そう返す事しか出来ない柳川だった。…確かに、戦時という非常時での出来事なのだから、
あまり激昂するのも詮無き事かもしれなかった。
それに正直、もう思い出したくもない事でもあったので、柳川は自ら話題を変える事にした。
「ところで…諜報の方はどの辺りまで進んでますか?」
やや無理やりな方向転換だったが、チキナロは柳川の事情を察してくれたようで、すすんでこの話題に乗った。
「そうですね…今まで会ったどの豪族も、その私兵のほぼ全てを駆り出されてますから、
やはり、今回はシケリペチム全軍…いえ、シケリペチムそのものがトゥスクルに侵攻する、と見るべきでしょう。」
「…そうですか。」
シケリペチムは、多くの豪族達によって成り立っている國家でもあるから、
彼等の状況を知ることで、戦況のかなり深くまでを知る事が出来る。
その諜報こそが今回の本当の仕事なので、チキナロは商談の合間に豪族達からいろいろな情報を聞き出していた。
「数は恐らく…二万、いえ、三万を超えるかもしれません。」
「それほど…ですか。」
前回の侵攻よりも、より多くの兵を揃えて行くのは必定だろうから、このチキナロの予測は、恐らく正しい。
(トゥスクルの兵力は…五千を越える事はないだろうな。)
急成長しているとはいえ、今のトゥスクルの國力では、この辺りが限界だろう。
その上、シケリペチムを率いるのは猛将ニウェである。
いかにハクオロ皇が戦上手とはいえ、流石に不可能に近いのではないか…
柳川の知性は、トゥスクルの敗北をほぼ確実なものと予想していた。
(これを…ヌワンギに伝えていいものか、どうか…)
本当ならば伝えねばならぬのだろう。それは柳川も分かる。
だが、そうするとまたヌワンギはその手を血に染めようとするだろう。
誰かを守る為に、自分が汚れるのを躊躇わない男である。だが、ここ暫くの平和な旅を思えば分かる。
ヌワンギは、本当は戦いに向くような男ではないと。
あれは、退屈な平和の中でも楽しみや喜びを見つける事の出来る男なのだ。
クンネカムンでの生活に、ついに馴染む事が出来なかった自分とは違う…
「そういえば、ヌワンギ様はかなり気を揉んでらしたようですね。」
察しのいいチキナロには、柳川が何を悩んでいたのかなどお見通しだったようである。
ただ、こういうのは心が見透かされているようで、あまり気分のいいものではない。
とはいえ…確かに、ヌワンギは焦っている。もう一度トゥスクルの…いや、エルルゥの為に戦おうとここに来たつもりなのだろう。
それが、実際は前線から遠く離れた場所を、商人と一緒に行商して回っているだけなのだから、
焦るその気持ちは十分理解出来る。だが…
(俺達に、いったい何が出来るっていうんだ…)
前回使った手は通じまい。そうなれば、やはり前線に雇兵として潜り込んで戦うことになるのか。
そうだとしても、今回ばかりは勝手が違う。この戦力差では…兵が二人増えたぐらいで、どうなるものではないのだ。
それに…これ以上ヌワンギを戦わせたくはない。自分の我侭と分かっていながら、この気持ちだけは変える事が出来なかった。
(自分がここにいる限りは…ヌワンギも前線には向かわない。)
その考えは恐らくは正しいのだが、その想いが、友人に対する心配だけから来ているのではないという現実に、
柳川は一人苦しむのだった。
「お友達思いなのは結構なのですが…彼には、本当にその資格があると考えていらっしゃいますか?」
いきなりのその発言に、ドキッとする。
「何が…言いたいんですか?」
チキナロは表情をまったく変えない。普段は飄々と見えるその笑顔が、今は人を食ったようなふてぶてしい醜悪なものに見える。
「以前話しそびれましたよね。貴方の御友人の過去のお話…」
「その事は断った筈です。…それに、少しは知っているつもりです。そして、その上で友人を続けています。
更に言えば、今のヌワンギは貴方も御存知の通り、普通の純朴な青年です。今更…過去などどうでもいい事じゃないんですか!?」
つい先程の豪族に向けた以上の怒気を含んだ視線を、今度は馬車の隣の席に座するチキナロに向ける。
…この話題こそ不意打ちであったが、柳川はチキナロが自分達に何かをさせようと企んでいる事を察していた。
賞金首である自分達を変装させてまで同行させるのだから、それなりの理由はある筈だし、
何より、チキナロは態度にこそ表さないが、ヌワンギに対してはある種の警戒を怠った事は無い。
完璧に近いまでに気配を隠蔽し、ヌワンギの日頃の行動を監視している何かを、
柳川はその狩猟者としての能力をもって、感知する事が出来ていたからだ。
…チキナロの笑みは崩れない。柳川の怒りが決して虚仮威しなどではなく、
これ以上言及すればチキナロ自身唯では済まなくなる事を察していてもなお、更に笑みを深くするのだ。
「…明日、あの豪族の屋敷で宴会が催されるそうです。」
「…それが何か?」
「近隣の豪族達も集めて、厭戦気分を吹き飛ばそうとそれはそれは大きな宴を開くそうで。暢気そうで何よりです、ハイ。」
「…ですから、それが、何か!?」
「その宴、私達と一緒に、ヌワンギ様にも参加して頂きましょう。」
「な…!」
絶句する。この男の真意が読めない。あの豪族が度重なる戦乱で積もり積もったストレスを解消しようと開く宴だ。
その席で、どのようなトゥスクルとその國に住む人達に対する侮辱が飛び出すか、知れたものではない。
(そんな所にヌワンギを招いてみろ。その結果…火を見るより明らかだ!)
「そんな馬鹿な事…!」
「馬鹿な事?御友人を宴に誘う事は、貴方にとって馬鹿な事なのですか?」
「そういう事じゃない!」
そう声を荒らげはしたものの、柳川は自覚していた。自分が追い込まれている事を。
「ヌワンギ様を本当に信頼していらっしゃるのであれば、反対する理由はない筈ですよ、ハイ。」
「違う!信頼しているからこそ、そんな試すような真似は…」
「試す?何を試すのですか?私はただ、宴に誘おうと伺っているだけですよ。」
「その宴が問題なんだ!あんな不愉快な場所にヌワンギを連れて行くのは…」
「そうですね。もしヌワンギ様が私の知るヌワンギ様のままであるのなら、彼らを殺してしまいかねませんネ、ハイ。」
「…そんな事は…!」
(…駄目だ。言葉では対抗できない。)
柳川は敗北感で息が詰まりそうになる。このままでは、
どうあってもヌワンギはあの不愉快極まりない場所に引きずり出されることになる。
「…おや、宿が見えてきましたね。」
チキナロのその言葉に、チキナロに張り付いて離れないかのような自らの視線を、力ずくで前方に向けた。
…確かに、夕闇の向こうに宿の明かりが見えていた。
「貴方は…何をさせる気だ?」
その柳川の問いに対する、チキナロの答えは、無かった。
(`=(`д三(`д´)三д´)=´) ブモモモモモモモモモッ!
うっかり侍に続きぬわIFまでも!?
こりゃぁ、めでたい!
GJ
>それでも構わないと言ってのける剛の者
いつの時代もこういった人はいるんだなぁ(´д`;
>完璧に近いまでに気配を隠蔽し、ヌワンギの日頃の行動を監視
このチキナロっぷりも健在だ!
これでチキナロファンも安心だぜ!
>>252 久々の復活なのに、感想嬉しいです。
今週中には、50の大台に乗せるつもりでやってみます。
最初は、悲しいんだと思った。
悲しくて、苦しいんだと思った。
でも、後から湧いてくる感情は…
「ふざけんじゃねぇ!!」
食膳を蹴り飛ばし、ヌワンギが吼えた。
大豪族が宴に集まった他の豪族達にトゥスクルに対する侮辱を始めてから、五分と持たなかった。
だがこれはヌワンギを責めれない。トゥスクル皇を殺し、その妻、側女共々兵士達の慰めものにしてやろうと高笑いしたあの豪族が悪いのだ。
それでも…
「ヌワンギ、止めろ!」
柳川にはヌワンギを止めるより他は無い。それが無駄だと知りつつも。
その暴言により豪族達の視線を一身に集めたヌワンギは、無論その口撃を止めない。
「テメェら、前線にも行かねぇでこんなとこに引きこもって、ふざけた事ばっかぬかしやがって…この糞蟲野郎共が!」
「誰だ、貴様…!?」
大豪族がヌワンギを睨む。どこの馬の骨とも知れぬ輩に楽しい宴の席をひっくり返され、こうも侮辱されたのだ。怒りを隠せる筈も無い。
名のある豪族だけあって、その迫力は一介の町民であれば腰を抜かして倒れ込むこと疑いない程である。
だがヌワンギはそんな怒号に怯む男ではない。むしろ売り言葉に買い言葉、更に乱暴な言葉を浴びせた。
「糞蟲に名乗る名はネェんだよ!大体、何が誰だ、貴様は…だよ、馬鹿が!ニウェに逆らえねぇでガクガク震えてるだけの糞蟲が、
そんな偉そうな口きくんじゃねぇ!」
どう見ても豪族達より若く、身分の低い男がここまで吼えたのだ。一瞬静まり返っていた宴の間は、途端にざわめき始めた。
「スイマセン、皆様方。この男、私の連れでありまして…」
そのざわめきが頂点に達しようとしたその時、結局名乗らなかったヌワンギの代わりなのだろうか、
横に座っていたチキナロが、しれっとそんな事を言った。
「チ、チキナロ、キサマァ!」
ヌワンギを黙らせる事の出来なかった大豪族の怒りの矛先が、今度はチキナロに向けられた。
普段のチキナロであれば、こうまで激昂すれば、怯えながらどんな暴言にも従う筈である。
「いやー、今の今まで失念しておりましたが、この男、確かトゥスクルの出身でした、ハイ。」
だが今回はそうならなかった。チキナロは明らかにその大豪族を小馬鹿にしたような口調でそう言ってから、食膳に乗った魚を箸でつつきだしたのだ。
これ以上はヌワンギから聞いてくれ、と言わんばかりの態度に、豪族は怒りを向ける相手に迷い、ただ顔を紅潮させるに任せていた。
柳川も立ち上がる。
「すいません、ここは怒りを静めてください!こちらの落ち度は認めます、ですから…」
こんな言葉でこの場を収集できる筈が無い。それを分かっていても、柳川にはこうやって場を収めようとする他は無い。
「こっちに落ち度なんてネェよ、柳川。」
だがヌワンギはまったく引く気はないようで、柳川の言葉もけんもほろろである。
「もういいだろう。これ以上ここで騒ぎ立てても何の益も無い。」
それでも何とか諭そうと試みる柳川。
「そういう問題じゃネェんだよ!」「そういう問題にしておけ!」「ここじゃ引けねぇんだ!」「落ち着け!」…
「黙れ貴様等ぁ!」
自分を無視しての押し問答にさらに激昂した大豪族が完全に切れた。
その咆哮と共に封も切ってない酒瓶をぶん投げる。
ヌワンギは飛んでくるそれに気がついたようだが、避けようともせず、むしろ棒立ちのまま不敵に笑った。
中身の入った酒瓶というのは立派な質量兵器だ。こんなものをぶつけられようものなら、かすり傷程度ではすまない。
だが、ヌワンギは知っているのだ。こんなものが自分に当る筈が無い。何故なら、この部屋には無敵の用心棒がいるのだ。
…結局、ヌワンギの読み通り、その酒瓶はヌワンギの額に当る直前に、柳川が片手で危なげなく捕った。
「ザマァねぇなぁ。こんなもん、俺様に当るはずがネェだろうが!」
自分は何もしていないのにこの台詞…柳川は場を収めようとするのも忘れて、
(流石はヌワンギ…)
と、変な感心をしていた。
一方大豪族は怒りの出鼻を挫かれ、同時にヌワンギの変な自信にもあてられ、やや怯んでしまう。
…ヌワンギは熟知している。この手の権力者というのは、少しでも自分の思い通りに物事が運ばないと、酷く動揺するものだ。
ついでに元来臆病で、自分より強い者や傷つく事を極端に恐れる。つまり、今が攻め時である。
勝利を確信しての高笑いから、ヌワンギの追撃が続く。
「…傑作だな。テメェ等はこの戦争が終わったら、たった今殺すと言ったトゥスクル皇に、
泣いて土下座して許しを請うことになるんだからよ!」
その言葉は、大豪族の逆鱗以外の何かに触れたようだ。
「何だと…ならば貴様はこの戦争、我々シケリペチムが負けると言うのだな?」
「それ以外に聞こえたか?」
…一瞬、その場が静まり返る。そして…
「ウワッハハハハハ…!」「ハハハハハ…」「アーッハハハハ…!」
爆笑が巻き起こる。今まで我を忘れんばかりに怒っていた大豪族までもが、目に涙まで浮かべて笑っていた。
この時、宴の間で笑っていないのは、ヌワンギと柳川、そしてチキナロだけである。
…ただ、チキナロの方は、いつもの作り笑いを保つのも忘れ、素の表情のままヌワンギを見詰めていたのだが。
ひとしきり笑い、ようやく落ち着いてきた豪族達が、思い思いに意見を述べ始める。
「これだから田舎者は…」「戦力の差を知っているのか?」「あのニウェ皇の強さも知らぬくせに…」
嘲笑と共に囁かれるその言葉は、柳川にはそれなりの説得力があるように聞こえる。
だがヌワンギには違うようだ。それらの意見を小賢しいとばかりに軽く笑い飛ばしてから、
「テメェ等こそ忘れてんじゃネェの?ハクオロ皇は一度そのニウェとやらに勝ってんだよ。」
(ハクオロ皇…?)
変だ。柳川は思う。ヌワンギがそんな風にハクオロを呼ぶ筈が無い。何故なら、その男はヌワンギの憎むべき恋敵であるのだから…
「ほほう…だが一度二度の勝利はまぐれという事もあるのだぞ…?
さらに前回の戦いでは、ニウェ皇も本気を出しておられなかったと聞く。」
やや冷静になった大豪族が、ヌワンギの言葉に反論する形で話を続ける。
「一度や二度…?テメェら本当に馬鹿だな。ハクオロ皇は反乱を起こして皇位に就いてから、
何度も起きた戦いに一度の負けもネェ常勝皇だ。ニウェの一匹や二匹本気になったところで、格が違うんだよ、格が!」
その出所の知れぬ自信と共に発せられるヌワンギの言葉に、反論を試みようとする豪族が段々と減り始める。
大豪族の方も、一旦はひっくり返った筈の戦況が、いつの間にかまたこちらの不利に戻っていることを察したようで、
脂汗を流し、怒りと怯えの入り混じった複雑な表情を浮かべながら、
「…そ、そこまで言うのならトゥスクルの者よ、そのハクオロ皇とやらの戦巧者ぶりについて、知る事全てを言ってみるがいい!」
実質敗北宣言とも取れる、そんな言葉を吐き出した。
「…別にいいけどよ、まずはさっきの侮辱を取り消せ。話はそれからだ。」
やはり想い人を侮辱されたのには本当に腹が立っていたのだろう。
ヌワンギはまず心無い言葉を訂正させてから、ハクオロの話を始めるのだった。
「柳川様…」
夜の闇に紛れ星空を見ていた柳川の後ろから、チキナロは声を掛けた。
「………」
今の柳川には、何も語る言葉が無かった。それだけの事が、起きてしまったのだから。
「…まずは謝らせて頂きます、ハイ。」
沈黙の意味を悟ったチキナロは、返事を待たずに話を続けることにした。
「宴の前夜に伝えたヌワンギ様の過去の話ですが…あれはみな、嘘偽りでございました。申し訳ございません。」
深く頭を下げる。柳川はチキナロに背を向けているので、頭を下げても気付かれないだろうが、それでもチキナロは、深く、頭を下げた。
「…嘘はつかなくていいですよ。あの話…本当の事なんでしょう。」
柳川は、漸く口を開く。
昨夜チキナロから聞いた話…それは、ヌワンギがケナシコウルペで起こした災厄。
村を一つ焼き払った…という事は、ヌワンギの口から聞いていた。だが、それだけでは済まぬ暴虐の数々。
自分の育ての親に等しい人を殺め反乱のきっかけを作り、自分達に逆らう多くの村々の民を容赦無く虐殺し尽し、
無謀な指揮で無闇に戦線を拡大し、最期には寡兵にあっけなく負けた…
そんな同情の余地も無い、極悪非道の男の人生が、柳川の聞いた全てだった。
それを聞いた時、柳川は絶望と共に思い知ったのだ。チキナロがヌワンギを宴に誘うのを、止める事は出来ないと。
「…ヌワンギ様は、本当に、立派に成長なさいました。」
チキナロにしては珍しく、本当にすまなそうにポツリ、ポツリと言葉を続ける。
「そうかも…しれません。」
チキナロは、この柳川の言葉を怪訝に思ったことだろう。友人の成長というのは、普通は素直に喜ぶべき事だからだ。
…結局、今の柳川の心情を読む事をチキナロは諦めた。
「早く屋敷にお戻り下さい。ヌワンギ様も他の皆様方も、貴方の助力を必要としている筈ですよ。」
そう言い残してから、チキナロは豪族の屋敷に戻っていった。
ヌワンギがハクオロの話を始めてからは、宴はまさにヌワンギの独壇場と化した。
話が得意とはとても思えないヌワンギが、何故かハクオロの事になると、ああまでも説得力に満ちた言葉を幾重にも紡ぎ出せた。
ハクオロがどんな逆境でも勝利を演出できる、稀代の戦略家である事。戦争続きでありながらも政事を滞らせないどころか、
むしろ領内を発展させる事が出来る無二の統治者である事。更にその知将としての器量のみならず、
武器を取らせても一騎当千の活躍を見せる無類の武芸者である事。
…これらハクオロ皇への賞賛が全て、ヌワンギの口から出てきたのだ。
それも当たり前だと、今なら分かる。
この世で、ヌワンギほどハクオロの戦巧者ぶりを身をもって知っている者は、恐らくいない。
一度その戦略の前に、数倍の兵力差があったにも関わらず敗れ去り、
二度も雇兵としてその指揮下に入り、どんな苦境からも勝利に辿り着く緻密な戦略を実感し、
最期にはその戦術を応用し、自らの指揮で勝利を掴んでみせた…それがヌワンギである。
その数奇な経歴の中で、将としてのハクオロに敬意を抱いていても、全く不思議ではない。
そして、そうであればこその、あの賞賛なのだろう。
だが、それでも何かが違うと思う。この思い、これまでも度々感じていた。
柳川が元の世界に帰る方法を見つけるまで、エルルゥには会わないと言ったあの表情。
何気ない会話の中で、エルルゥの名が出る度に見せるあの表情。
そして時折一人で、首に掛けた薬瓶を眺めている時のあの表情。
それらの表情を見た時、一様に抱いた感情は、不満だった。
何故、何故そこまで想っていながら、その恋を成就しようとしないのか。何故、恋敵を褒めるような事を言うのか。
たとえ破れる恋だとしても、ヌワンギはそれに怖気つく男ではない。
だのに、何故…
だが今、ヌワンギの過去の所業を知り、
更に今回の、あそこまで恋敵の事を、さも素晴らしい人物であるかのように語ったヌワンギを見て、
柳川はその不満が別の感情に変わった事を理解した。
(悪人正機を唱えたのは…親鸞聖人だったか?)
いや、その師の法然上人だったかなどと、一人取り留めの無い事を考える。
義務教育で習った以上の事には詳しくない。ただ、悪人こそ救われる、若しくは悪人こそ救いを求める、必要である…
みたいな内容だった筈だ。警察官にまでなった柳川だから、ずっとこの思想を理不尽だと思っていた。
自ら罪に堕ちてからもそれは変わらなかった。救われるどころか、今まで自分が逮捕に関わってきた犯罪者同様、
自分も裁きを受け、地獄に落ちるべきだと漠然と思っていた。
でもそれは、裁かれるよりもはるかに辛い、贖罪への努力を放棄しただけではなかったのかと、ヌワンギを見て思い直し、
柳川もまた、自分を信じようとする意思を取り戻しはじめたのだ。
(でも…)
柳川は思うのだ。
(なぁ、ヌワンギ…悪人は、恋を成就させちゃいけないのか?)
信じていたかった。自分達の旅の果てに、ヌワンギがその努力に見合った幸せを掴む事を。
(悪人は幸せになる資格が無いなんて…お前は言うのか?)
聖人になんてなって欲しくない。それくらいなら、好きな人と結ばれて、幸せに暮らす方が余程ヌワンギには相応しい。
(でもお前は…それでもお前は…ずっと贖罪を続けようとするのか?)
胸中にあるのは、旅の中で成長していくヌワンギが、その力を自らの幸せの為に使わないのではないかという不安。それと…
悲しみとは違う、苦しみとも違う…無常感、とでもいうべき何かに、柳川は打ちひしがれるのだった。
GJッス!
>柳川が元の世界に帰る方法を見つけるまで、エルルゥには会わない
もしかして柳川が帰れたとしてもエルルゥには会わないつもりかな >ヌワンギ
白夜行の桐原亮司みたいに、陰から見守る…みたいな
知らない間にヌワパラの作者さんが復帰されていたとは…素晴らしい。
更新ペースも早いなあ…
すごいです。
セリオの話の方、続きにもう少し時間がかかります。
読んでくださっている方、いつもありがとうございます。少々お待ちください。
>>243 >>244 メロスのほうはともかく、十二国記(?)は読んだことないです。
そんなシーンあるのか…。
262 :
244:2006/10/19(木) 23:00:46 ID:G8f0XUes0
いえ、無いでし
まじすんません(気にせんといて〜)
ひまがないので保管できない……
良作にGJと言うのが私の定め。
保守もかねて
夜。
日が落ちて辺りが暗くなれば、村人たちもさすがに作業を中断し、それぞれの家に戻って休んでいる。
この時間帯に外に出ているのは、夜警の役目を負ったごく少数の者しかいない。
そんな中、村はずれの物置に向かって歩く一つの人影があった。
その手には粥の入った椀と灯りの発光石。
灯りは顎より下、胸元の位置で光っているため、下から照らし出される顔が気味の悪いものになっているが、
多分それは元々の人相の悪さのせいもあると思われる。
人影は、昼間に村長を怒鳴りつけたあの青年であった。
彼はひょこひょこと軽い足取りで物置の前までやってくると、つま先を戸の凹凸に引っ掛けて開けようとした。
が、立て付けの悪い引き戸は、少し音がしただけで、元の位置からほとんど動かない。
青年は仕方なく持っていた荷物を地面に置くと、引き戸を両手で抱え込み、半ば持ち上げるようにして滑らせた。
「ったく、なんでこうボロい作りになって……うおっ」
戸を開け、粥と灯りを持ち直し、中に入ろうとした途端、彼は思わず体を縮こまらせた。
闇の中で赤銅色の光が二つ、不気味に浮かんでいたからだ。
おそるおそる発光石を赤い光の方に向けると、端正な女の顔が照らし出される。
二つの光は、その女――――セリオの瞳から発せられていた。
発光石の灯りに照らされたセリオは、即座に光源を消し、暗視モードを終了させた。
青年は、セリオの顔を視認してもまだ体の硬直が解けないのか、引きつった笑みを浮かべて言った。
「……よ、よう。メシ持ってきたぜ。食うだろ?」
セリオは縄で手首を後ろ手に縛られ、柱を背中で抱え込んだ状態で拘束されている。
物置内には床がなく、露出した地面が夜の冷気を倍化させているが、彼女は気にせず土の上に腰を下していた。
青年は中に入ると、戸を閉めて、セリオの前でしゃがみこんだ。
「……臭ぇな」
座るや否や、周りを見回し、鼻をひくつかせる。
かすかではあるが、腐臭が漂っていた。役人の遺体から出ているものだ。
彼は奥に押し込められた遺体を見やると、納得いった様子で再び立ち上がった。
「あんた、こんな中にずっといたのかよ……てか、まあ、俺らがここに押し込んだんだけどよ」
言いながら奥にある小窓を開け、入り口の戸も半開にする。室内の臭気が外へ流れ、代わりに気持ちのいい風が入り込む。
遺体は腐臭を抑えるために、血をふき取り、灰を撒き、簀(す)でくるんで、さらにその上から布をかぶせられていたが、
やはりそれだけでは臭いを抑えるには十分とはいえなかった。
「つーか、こんなとこじゃメシ食えねえよな……」
青年は少し考える素振りを見せたが、「ま、いいか」とつぶやくと、セリオの後ろに回り、懐から短刀を取り出した。
「動くなよ」
そして、ぶづ、という音の後、縄がはらりと地に落ちた。
セリオを縛っていた縄が、青年の手で断ち切られたのだ。
セリオは不思議そうに青年を見上げていたが、縄の切れ端を拾うと、言った。
「食事をさせるためとはいえ……縄を切ってしまうのは、あまりに不用心だと思いますが」
青年はその言葉には答えず、気だるそうに「あー」と息を吐くと、椀を差し出した。
「もうこっから出てっていいぜ。メシはどっか空気のいいとこで食いな」
「それは……」
すなわち、逃げてもいいという意味だ。しかし、いきなりそう言われてもセリオは状況が掴めない。
人質のセリオを逃がすことがどれだけ大きな意味を持つか、この青年はわかっているのだろうか?
セリオは食器を受け取るが、その場から動かずに青年に尋ねた。
「……あなたの独断ですか。それとも、村長さんがそう仰ったのですか」
「俺の勝手さ」
「……では、もし他の方に気付かれたら、あなたが罰せられるのではないですか」
「別に大丈夫だって。村の奴らは、戦のことばかりに気を取られて、人質のことなんざ気にも留めてねえからよ。
その証拠にあんたのメシすら忘れちまってるんだぜ。俺が持ってこなきゃ、多分ずっとこのまんまだったんじゃねえかな」
青年は、懐から出した干し肉を噛み千切りながら言った。
「ありがとうございます」
セリオは食べられないにもかかわらず、律儀に頭を下げる。
「礼はいいからよ、とにかくもう行った方がいいぜ。
ま、俺が逃がしたってバレても、じ……村長のゲンコ一発くらいで済むだろうし、大したこたねえよ」
……どうやらこの青年は、人質のことをあまり深く考えてはいないようだ。
セリオの縄を解いたのも、純粋な親切心からなのだろう。
彼の言動から、セリオはそう判断した。
「皆もさ、本当は気のいい奴らなんだぜ。
普段なら人質を取るなんて考えすら、受け入れられねえくらいのお人好しばかりでよ。
けど、今はどうしようもねぇ状況に置かれて、正しい判断ができなくなっちまってる。
このまま戦うのがどれだけヤバいかすらわかっちゃいねえんだ。
村でも下から数えた方が早い、俺みてえな馬鹿が今んとこ一番頭回ってるってのも、皮肉な話だよな……。
……ま、俺以外実戦なんて知らねぇから、そこは仕方ねえのかもしんねーけど。
つーか……あんたも悪ぃな、こんな場所に押し込めちまってよ」
軽い口調だったが、自分一人では戦いを、そして敗北を止められないことへの無念さからか、
青年の表情には悲壮の色が浮かんでいた。
「私は、気にしていませんので」
「そうかい」
セリオが答えると青年は首を傾けた。
「……それよりも、私を逃がして状況が不利になるとは考えないのですか。例えば、私が領主に密告するとか」
「あんたがもし領主んとこへチクりに行ったって、戦が少し早くなるだけだしな。大して変わらねえさ。
第一、自分から人質になるなんて言った奴が、フツー密告なんてやんねーだろ。
あのお侍だって人質が逃げたかどうかなんて知りゃしねえんだし、それでころころ立場を変えるとも思えねーし。
それに、人質が逃げたからって即攻め入るほど、皇都の連中も下衆な奴らじゃねーしな」
「……」
戦況の分析とは対照的に、随分と楽観的な展望を述べる青年に、セリオは疑問を抱いた。
無言の対応で、青年にもその疑問が伝わったのか、彼は言葉を付け加えた。
「俺ぁ元々余所者でよ。外のことも少しは知ってんだよ。
トゥスクルの上の奴等も、多少は……まぁ、評判も悪かねえし……知ってんだ。
あんたの連れが皇都の連中を動かせるかどうかはともかく、中央の軍が村に攻め入ることはまずねぇと思ってる」
その時、戸口の方からガタガタという音がした。セリオは音の方へ視線を送り、青年も振り返る。
入口には少女が立っていた。青年の股間を蹴り上げた少女である。
青年は肉を口に含みながら「よう」と声をかけたが、少女は挨拶に答えず、むすっとした顔つきで青年に問いかけた。
「……何でほどいてるのよ」
セリオの縄のことだ。やはり青年の行動は、他の村人から見れば良くないものであったのだろう。
「もうこの人は行かせんだよ。戦が始まるってのに、村に置いといたら危ねぇだろ」
青年はさも逃がすのが当然といった口調で返した。
「逃がして欲しいって言われてすぐに縄を解くなんて、あんた随分素直になったのね」
「言われてねえよ」
「……美人の言うことなら従うのね」
「言われてねえっつってんだろ。あと美人とかそういうのも関係ねぇし」
「でも、美人ってところは否定しないんだ」
「ちょ、待て。おめー変だぞ。さっきは人質にすんのに反対してただろが。何怒ってんだよ」
セリオの知らないところで少女はセリオを気遣っていたらしいが、
今は機嫌が悪いのか、セリオと目を合わせようとせず、そっぽを向いている。
青年は立ち上がり少女に近づくと、彼女の手に二つの椀が乗せられていることに気付いた。
「あー、おめーもこの人のメシ持って来たのかよ。
けどそれ、女一人分の飯にしちゃ多すぎねえか? 俺が食うんならまだしも」
一つは小さめの椀だが、もう一つは丼を少し小さくしたような、やや大きめの食器である。
小さい方の椀が少女の分だとしても、大きな方の椀はそれ一つでかなりの分量があり、
青年の言うようにセリオには余る量(いずれにせよ、セリオは食べることができないのだが)に思われた。
すると、少女は青年の言葉に何故か沸々と顔を赤くした。そして、食器を無造作に置き、彼に対して怒鳴った。
「ううう〜っ…………うっさい! この馬鹿! 馬鹿馬鹿!」
「は、はぁ? 意味わかんねーぞおい。マジで大丈夫かよ」
青年はなだめようとするが、わけがわからないため、彼の物言いもはっきりしない。
なだめるというにはいささか言葉が足りず、少女にとってはそれも気に食わない要因となったようだ。
少女はさらに怒鳴り散らした。
「それはあんたが食べればいいでしょ! そっちの美人さんとせいぜい仲良くね!」
少女は肩をいからせながら、足音をずんずんと立てて物置から出てしまう。
「ってお前、自分の分のメシはどうすんだよ。こっちの小さい茶碗はおめーのじゃねぇのか?」
振り返らずに歩いていく少女に青年が声をかけると、「あたしはもう食べたの!」という返答が大声で返ってきた。
青年はしばしあっけに取られていたが、少女の姿が遠くなると、
「あ、おい、他の奴らにはこの人のこと言うなよ!」
と、思い出したように叫んだ。
「この人のこと」とは、「セリオを逃がすこと」という意味合いであろう。
だが少女は、聞こえないのか聞いていないのか、「うるさい」と「馬鹿」と彼の名前をかわるがわる叫び散らすと、
自分の家に戻ってしまった。
「はぁ……何だったんだありゃ……」
「多分あいつのことだからチクらねぇとは思うけど」と付け足した後、青年は再度ため息をついた。
ただ、その後「恋人を追いかけなくてよろしいのですか」とセリオが尋ねたので、
その瞬間、彼は咳き込み、呼吸困難に陥った。
……しばらく経って、やっとのことで呼吸を整えた後、青年はセリオに向き直った。
「だーかーらー、んな大層なもんじゃねえって。
あいつは妹っつーか、近所の面倒見てるガキっつーか、そんな感じなんだよ」
「そうですか……私も察しが良い方ではないのですが、俗に言う”やきもち”かと思いましたので」
「違う違う」
青年は手首をパタパタと振って否定した。
セリオは「わかりました」と言った後、話題を変えた。
「……村の皆さんは即時の戦闘を考えているようですが、やはり危険すぎます。
本格的な戦闘に入るまでまだ時間があるとはいえ、
このままでは先遣の捜索隊とも無用な争いになる可能性は高く、そこで死傷者が出るおそれがあります。
あなたは先ほど戦争に反対されていましたが、正しい考えだと思います。
もう一度説得を試みて、少しでも村の方々を思い止まらせることはできませんか。
私の連れが戻ってくるまで……せめて先遣隊との衝突を回避するだけでも良いのです。
役人の遺体もどこか別の場所に埋めることで、隠し通せると思うのですが……」
青年は、セリオの意見が自分の考えと同じだったことが嬉しいのか、鼻をこすり、少し笑みを浮かべた。
しかし、彼の口から出た返答は否定の言葉だった。
「難しいな。死体を埋めても掘り返した場所は目立つから、多分見つかっちまうと思うぜ。
まぁ、ここに置きっぱなしだと臭ぇから、明日の朝にでも別んとこに埋めとくけどよ。
……あと、砦も作っちまってるしな。どう見ても、あれで『叛乱起こします』ってのがバレバレだ。
村の皆も、さっき言ったように頭が回ってねえし……何より、村の人間は誰もが領主に鬱憤溜めてんだよ。
つーか、きっかけは何でもいいんだ。勝ち負け以前にクソ領主を叩きのめす口実が欲しいのさ」
「ですが、一番の問題は過大な税負担のはずです。
とすれば、戦を起こさずとも、例えば領主側と交渉をするなどして税を下げさせれば良いことだと思うのですが。
税の徴収役を殺害したことも、防備の柵も、使いようによっては……
そうですね……逆に、駆け引きの札として用いることも可能ではないでしょうか。
確かに交渉が成功する確率は低いでしょうが、仮に失敗に終わっても、
交渉にかかった時間の分、戦闘を遅らせることができるため、有効性はあるでしょうし……」
セリオが積極的に戦闘の回避を勧め、そのための案を次々と口にするので、青年は一瞬怪訝な顔をした。
だが、セリオの無表情を真剣さと受け取ったらしく、自身も真面目な顔つきになると、彼女に答えた。
「いいや、そいつぁ尚更無理だな。
クソ領主は、村と駆け引きをしようなんて考えは端から持ってねえ。
その代わり、奴らの頭ん中は、生まれながらに自分は偉ぇ、他の奴らとは違うんだ、って馬鹿な妄想で一杯だ。
交渉なんて持ちかけるだけ無駄ってもんさ。
クソ領主に交渉を持ちかけたが途端、逆上されて、交渉役が斬り殺されて終わりだろ。時間稼ぎなんて到底無理だ。
ああいうアホどもは、いっぺん反乱でも何でも起こされて、
地位や財産をごっそり取られてからじゃねえと、自分の馬鹿さ加減が理解できねえんだよ」
青年の眉間に皺が寄っていた。
何となく違和感を覚え、セリオは尋ねる。
「……以前にも、叛乱があったのですか?」
「何で……んなこと聞くんだよ」
「いえ。随分と真に迫った、まるでご自分で体験なさったような言い方でしたので」
「……ああ、まぁ、ちょっとな。昔、似たような奴がいたんだよ」
青年は苦虫を噛み潰したような顔で言葉を濁した。
「では逆に、こちらから領主側に攻め入ろうとはしないのですか」
セリオはまた別の問いを発した。
村で襲撃を待っているよりも、不意打ちをかけるほうがいくらか効果的ではあろう。
そもそも自陣を戦場にすることは、かなりの不利を抱え込むことになる。
「いや、そのための武器が足りねぇんだよ。あそこで死体になってる奴の刀も貰っといたけど、それでも十分じゃねえ。
食料や武器を買いに出かけた奴はすでにいるんだが、ふもとの街までかなりの距離があるから、まだ戻ってきてねえし。
んで、今は先遣で来やがる役人どもの武器を奪おうって魂胆になってるのさ。
どっちにしろ、捜索隊との戦闘は避けられねぇだろうな」
「……あの防塞の辺りで、戦うおつもりなのですね」
「ああ」
セリオは昼間に見た防塞を思い浮かべた。
まだ未完成ではあるが、村の入口付近を閉ざすように建っていた柵。
トウカと一緒に入ってきた側にはそれらしき防塞はまだ築かれておらず、防備は反対側の入口のみ固められていた。
村人たちは、敵が来るのはそちら側の道からのみと考えているようだ。
「役人が、防塞側の道以外から入ってくるという可能性も、考えるべきではないでしょうか」
「それはねーよ。屋敷から村までは、ほとんど獣道で且つ一本道だからな。
その道でさえ歩くのに苦労すんのに、わざわざそれ以外のとこを通る奴ぁいねーだろ。
それに奴ら、チンケな村と舐めてかかってるから、戦闘になっても正面突破で来るはずだぜ」
「……なるほど」
道は決まっていて、来る人間は少数。
それでも戦闘にはなる。村人はこのまま先遣の捜索隊とも戦おうとしている。
しかし、そんなことはさせられない。目の前で傷つく人間を放っておくわけにはいかない。
セリオは縄を解かれたからといって、一人だけ逃げるつもりは無かった。
戦闘を回避し、時間を稼ぐ方法は何かないものか…………セリオは考えをめぐらせた。
「どしたよ」
その様子を覗き込んで青年が聞いてくる。セリオは無言で立ち上がったあと、少しの間を置いて彼に言った。
「すみませんが、防塞より先にあるその一本道に、私を連れて行って欲しいのですが」
「ああ? ……まあいいけど……何なんだよ」
セリオは外の闇を見た。暗視モードの赤い光が瞳に宿る。
青年はその鋭い眼光に無言で息を飲んだ。
……しかし、何故だかその光は、セリオの決意の表れのようにも感じられた。
wikiちょっとだけ更新しました。
元藩主の息子キター――――(゚∀゚)――――ッ
流石の又ワソキ”も暗視モードにはビビったか^^;
人狼みたいで確かに怖そう
>俗に言う”やきもち”かと思いましたので
>違う違う
女心分ってNEEEEE!
次回作も期待っす
遅れてしまいました。ごめんなさい。
…でも、漸くの第50回です。
>>275 お久しぶりです。
これからは怠けずに定期的に更新するよう勤めますので、
よろしくお願いします。
>>うっかり侍作者さん
…おもしろくなってきましたね。これからセリオが何をするか、楽しみです。
>>感想をくれる皆さん
いつもありがとうございます。
ずっと休んでしまいまして申し訳ありません。
とりあえず、これからは話が終わるまで…出来るだろうか?
シケリペチム軍、敗れる!
その報がチキナロから届いたのは、あの宴会から僅か二日後の事であった。
無論、このような情報が市井に流れる事はなく、豪族達とて同じ情報を手に入れるのにまだ数日は必要であろう。
…とにかく、情報によれば、シケリペチム軍はトゥスクル國境付近に茂る森林の手前で陣を取っていたところ、
最も奇襲が成功しやすいともいわれる明け方、トゥスクル軍から模範的ともいえるほぼ完璧な奇襲を受け、
先鋒は瓦解、後続の部隊も進軍を止めねばならず、足並みはバラバラ。未だ混乱している最中だという。
(その混乱の度合いにもよるが、この後の各個撃破はかなりやり易くなったろうな…)
寡兵で大軍を力で打ち破る為には、確かに各個撃破を続ける他は無い。
初戦での勝利のみならず、今後の戦局を有利に進めるための布石も敷くあたり、
ハクオロ皇とは確かにあの時ヌワンギが力説した通り、並みの戦略家ではない。
その戦略眼は大したものではあるのだが…だが柳川はどうにもそれをあまり認めたくないようだった。
「おーい、柳川!出発するぞ!」
その声にはいつになく真剣な感情がこもっている。見ればいつものチンピラ然とした表情はその名残もなく、
馬に跨り友を呼ぶその凛々しい姿は、確かに一軍を率いるに相応しい将のそれである。
今は百に近い若者を率いる身であるため、その雄姿もあながち間違ってはいないのだが、
どうにも肩に力を入れすぎているとしか思えない。
(トゥスクル勝利の報を受け取って誰よりも嬉しいのは、ヌワンギ自身だからな…)
恐らくはあれも、浮き足立つ心を戒めるための、不器用な努力の一つなのだろう。
苦笑いをしながらも、柳川は傍に控えていた馬に自分も跨る。
「気を引き締めるのは結構だが、今からそれでは続かないぞ。」
「…じゃあ、どうしろってんだよ。」
「平常心だ、平常心。」
「平常心…?」
「どうした?」
「…いや、普段はどんな気持ちだったか、まるで思い出せねぇ。」
「…それを、世間では舞い上がっているというんだ。落ち着け。」
…どうやら、中身はさほど変わってないようだった。
話は宴の夜まで遡る。
…そう、丁度、ヌワンギの演説が終わりかけた頃である。
「…まあそういう訳で、強いて言えば個人の武勇だってニウェにも引けを取らねぇな。」
ハクオロ皇個人の武勇にまで質問が及んだ時も、ヌワンギは危なげなく答えきった。
…これで、新たにヌワンギに論戦を挑もうとする豪族もいなくなったように見受けられる。
この頃になると、今までとはやや質の違うざわめきが聴かれるようになって来た。
(相談…かな?)
もはや自分の出番は無いだろうと思い隅に控えていた柳川にも、この空気の変化は感じ取れた。
…豪族達は、決して頭は悪いわけではない。だが、シケリペチムが負けるなどと想像も出来なかった為、
ヌワンギの言葉を笑い飛ばそうとしかしなかったのだ。だがしかし、万が一、シケリペチムが負けるという事になれば、
これからの自分達の身に危機が訪れかねないことになる。
ヌワンギの言葉には、豪族達にこの可能性を考えさせるだけの力はあったのだ。
それ故に、豪族達は周りの者と意見を交し合うことになったのだろう。
…少なくとも、シケリペチムの敗色が濃くなっても、自らの領土に引っ込んだまま何の行動も起こさないのであれば、
彼らにとってよくない事が起きる可能性が膨らむばかりである事くらい、豪族達は理解出来るのだ。
…それに、豪族達にとっては横暴を極めたであろうニウェの支配、これを逃れる事が出来るという話は、
この上なく魅力的な誘惑でもあった。
不安から期待へ、そしてまた期待から不安へ。豪族達はそんな不毛な堂々巡りを繰り返し、
これから何をするべきなのか、その答えを出せぬままいたずらに時を消耗していた。
ゴホン!と大きな咳払いが鳴り、そのざわめいた場を静めた。
この宴、本来の主役であった大豪族がもう一度衆目を集めようと試みたのである。
「私は…シケリペチムが、二ウェ皇が負けるなどと露とも考えてはいない…
だが!貴様は、我々が負けると、そう言ったな!」
「ああ…言ったぞ。それが?」
「ならば言ってみよ!これからシケリペチムが、どのように負けるのだ?
…過去どれだけ優れた用兵をしていたとしても、それと同じ方法が通用するシケリペチム軍ではないのだ!」
どうやら攻め方を変えたようである。確かにヌワンギはハクオロが今まで何をしてきたかは知っていても、
これから何をするのかなど知っている筈が無い。
内心焦りつつも、外見上はあくまで不敵な態度を崩さない。
(何言おうか…分かんねーや。)
悩む事ほんの数秒、ヌワンギは速やかに考える事を放棄した。
「柳川!こいつらに聞かせてやれ。これからトゥスクルがどう勝つか!」
(…何故俺が!?)
酷い話である。常々思っていた。
常に問題を起こすのは友人なのに、何故か尻拭いをするのは自分…
だが、ここで沈黙を続けてもどうなるものでもない。仕方なく…本当に仕方がないので、
柳川はヌワンギの弁護をすることにした。
(甘やかしている訳では…決してないからな。)
…そう自分に言い訳する事も忘れずに。
「…恐らくは、守らずに攻めてくるでしょう。」
「攻めてくる?少数が多数を相手に攻撃を仕掛けるなど、聞いた事もないぞ!」
勿論大豪族は反論する。柳川は長身ではあるが一見女と見間違えるくらいに華奢であることと、
先日は非常に大人しかったせいで、ヌワンギよりは組し易いと思ったのだろう。
だが可哀想な事に、そうはならなかったのだが。
「…別にシケリペチム全軍を相手にする必要はないんです。
むしろ、全軍を相手にしない為に、各個撃破する必要が出てきます。
それには、戦場を広く取った方がやりやすい。となれば、小國のトゥスクルの領土よりは、
大國のシケリペチムの領土を使った方がいいという事です。
という訳で、シケリペチムの侵攻に呼応して攻め込むのです。」
「…ほ、ほう。だが…」
「シケリペチムは確かに大軍ですが、それと同時に領土も広大です。
その広大な領土を全て守ろうとすれば、いかに大軍であってもどうしても守りの薄いところは出てきます。
そういった場所を攻め続ければ、シケリペチムはさらに軍を分ける事を強いられ、その数を生かせぬまま苦境に陥るでしょう。
そう、例えば…自分の領土が戦火に巻き込まれる筈が無いと防備を怠っている豪族達の領土など、
攻めるにはうってつけです。」
その発言に、恐らくこの場の全ての豪族が肝を冷やしてことであろう。
大豪族も例外ではなく、用意していた反論も頭からすっ飛んでしまったようで、口をパクパクさせるだけであった。
「そうして本陣が手薄になったところで、今度はそちらを急襲。
そこで二ウェの首を取れれば良し。そうでなくても、本陣が危地に陥ったとなれば、
ニウェの治世に不満を持つ者がその支配を逃れようと試みるでしょう。
そうなれば、もはやシケリペチムに勝ち目はありません。
…大体こんなところだと思います。」
(まあ…即興で作れるハッタリなんてこんなものか。)
粗はいくらでもある。柳川のでっち上げたシナリオを実行するには、
まず一度シケリペチムの侵攻を食い止めねばならず、もしそれが出来たとしても、
その後は補給もそこそこに戦い続けるより他は無いという無謀な選択である。
つまり戦略的に破綻しているのだが…
「ま、そんなところだろうな。俺も大体同じ考えだ。」
さっきまで場を支配していたヌワンギがこんな事を言い出したので、
豪族達にはそれが実行可能な恐るべき戦略としか思えなくなってしまった。
慌てふためいたのは大豪族以外の豪族達である。
シケリペチムの敗北どころか、自分達の領土が戦場になってしまう可能性まで出てきてしまったのだ。
こうなってはもう、何もしないどころの話ではない。何かしなければ自分達が滅んでしまいかねなくなった。
…そして、豪族達の視線は、自ずと大豪族の方に集まり始めた。
突付かなくていい藪を何度も突付いて、その度に蛇を呼び出したのはこの大豪族である。
…こうなったら、何らかの解決策を出してもらわねば、引っ込みがつかない。
急に自分に集まり始めた視線の正体に気付いて、大豪族はさらに焦り始めた。
ここで何らかの力を示しておかねば、その権威は地に堕ちてしまう…
「…そ、そうだ。それなら…もしこの先の戦いでシケリペチムが負け続けるような事があれば、
我々でシケリペチムから独立するのだ!そうすれば戦火に巻き込まれる事もなく、
トゥスクルの皇も我々を悪くは扱えまい!」
…急に飛び出したその発言は、ニウェの横暴に怯え事なかれ主義に陥っていた豪族達にとって、
限りなく最善に近い策に聞こえた。一瞬の静寂の後、その策の有効性を理解し始めた豪族達が、
押さえきれぬ高揚に震え、大豪族への賞賛を…
「…それは難しいと思います、ハイ。」
チキナロが、その起こる筈だった未来を有耶無耶にする。
自分の意見を否定され、権威回復の機会を奪ったチキナロに、
「な、何故だ、チキナロ!」
そう大豪族が叫ぶ。
「お忘れかもしれませんが…シケリペチム皇都には、皆様大事な方を住まわせてるのではありませんか?」
この一言で、一瞬にして場が冷える。…チキナロが何の事を言ってるのか、これで分からぬ者は居ないだろう。
ここにいる豪族達はただの一人の例外もなく、ニウェに人質を取られているのだ。
…まあ、当たり前の話である。この程度は、ニウェでなくてもやるだろう。
とにかく、自分達に近しい大切な者の命が、戦争狂とも呼べる皇のまな板の上で無防備な体を晒している事を、
そして、自分達の浅慮な行動が簡単にそれらの命を散らせてしまう事を…この言葉によって、豪族達は漸く思い出したのだ。
それまでの高揚感が一瞬の内に立ち消え、その代わりに漂い始める失望に満ちた空気…
でも、そんな場の空気を全く読まない男もいる。…いや、やはりこの男は読めないのだ。
「何だ、そんな事。」
本当に人の感情を逆撫でるのが得意な男である。
ヌワンギの、豪族達の心配をまるで意にも止めないこの発言。
この心無い言葉に、一斉に反論しようとする豪族達+柳川。だが…
「じゃあこうしようじゃねぇか。もしトゥスクルが勝って、こっちに攻め込んでくるような事になれば、
俺が皇都にいってそいつらを連れて帰ってくるよ。」
ヌワンギはそう言って、本日一番のいい笑顔を見せる。
「それなら…文句ネェだろう?」
保管終了〜
……実のところ仕事が残っている。
これを人は、現実逃避という。
うっかりGJ!
ヌワンギGJ!
併せてぐっじょぉぉっぶ!
>>284 お疲れ様ですー。
ご武運を祈ります。リーポンは気分転換になってよいですよ。
流石ヌワンギ、
論破されそうになっても何とも無いぜ!
ここのをよんでたらPS2版がやりたくなったので衝動買いしてきた。
……考えてみたらやってる暇がないOTL
今後カムチャタールを扱った新しい話は投下されるんだろうか。
>俗に言う”やきもち”かと思いましたので
>違う違う
好色仮面と同じだー(笑
しかし、ヌワンギってこの村じゃトウカに次ぐ実力の持ち主なんだよな
ゲームでは2回もヌワに殺されたし…
腐っても辺境の男
ふと思い出して二ヶ月ぶりに湧いてみる。
地味に良作が投下されてくるからお気に入りから抜けやしない保守
293 :
名無しさんだよもん:2006/11/01(水) 19:28:08 ID:t44YRRBrO
ぱぎゅ
カムチャさん、下手すると年齢がトウカの次くらいに見えるよな
保守
「こりゃ見えねえか……」
闇の中を凝視して、青年はぼそりと呟いた。
今は深夜。セリオの頼みを聞き入れた彼は、村から延びる一本道までセリオを連れてやってきた。
だがいかんせん、灯りを持って来なかったので、歩くことすらままならない。
無灯は村の者に見つからないための手段であったが、
道が見えなければ本末転倒、案内することは不可能であるかに思われた。
しかし、セリオは黒の空間を指差すと静かに言った。
「ここからあの大樹までが比較的通りやすい一直線の道。
それより向こう側は曲がりくねった本当の獣道……というところでしょうか」
「な……あんた、見えんのかよ!」
「はい。あの木のあたりまでなら、一応は。
大樹に注連飾りらしきものが巻かれていますが、あの木はご神体か何かですか」
「あ、ああ……うちの村の言い伝えじゃ、ここいらの森で一番でけえあれに、神さんが宿ってるんだとよ。
つーか、そこまで見えるのかよ……。すげぇな……」
先刻セリオの瞳から発せられていた光は、今は消えており、見た目は普通の状態と変わらない。
光を完全に遮断された物置内と違い、屋外では星の光を利用できるため
セリオは自ら赤外線を照射しなくてもいい、パッシブタイプの暗視モードに切り替えていた。
とはいえ、常人にはどちらの環境でも見えないことに変わりはない。
暗闇の中でセリオが景色を正確に把握したことは、青年にとってかなりの驚きであった。
セリオは天辺から根元まで一度視線を滑らせた後、大樹に向かって歩き出した。
足元に注意すら払わず、闇など関係ないかのようにつかつかと歩を進める。
「っておい、見えるったってそんな早足で……うわたっ!」
青年はセリオの足取りを心配し、後ろから引き止めようとしたが、
逆に慌てた彼の方が、木の根に足をとられ、つまづいてしまう羽目となった。
セリオは歩きながら周囲の地形を確認した。
なるほどかなりの獣道で、人が通るのに適しているとは言い難い。
他に道らしき道も無く、青年が言ったとおり、敵がこの場所以外から侵入することは無いように思われた。
大樹のふもとに辿り着くと、セリオは木を見上げ、幹に触れた。
大樹は両手を伸ばしても余るほどの直径で、枝ぶりも太く、見上げれば先端は遥か上空にある。
そうなるまでに至った年月に思いを馳せれば、村の人間がこの木を祀るのも頷ける。
そんなことを考えていると、後ろでぜいぜいという呼吸音がした。ようやく青年も追いついたようだ。
青年が自分のすぐ傍までやってきたのを止んだ足音で確認すると、セリオは青年の方へ振り返った。
「……この道幅の狭さでは、せいぜい騎馬一頭分が通ってやっとというところでしょう。
こちらは人数で劣りますが、ここで実質一対一に持ち込めば、数の不利を打ち消せます。
少なくとも、開けた村で戦う場合と比較して、囲まれる危険性はありません」
青年は呼吸を整えるために少々間を置いて、それからようやく相槌を打った。
「はー……、そりゃいい考えだな。
もし道じゃねーところを突っ切る奴がいても、草を縛って転ばす罠でも作っとけばいいわけだしな。
あんた、結構やるじゃねぇか。………………あ、でもよ」
「……何か問題でも?」
「囲まれるってことはなくてもよ、一度道を開けちまったらおしまいなんじゃねぇか、それ。
タイマンになっても勝てる保証が無けりゃ意味ねぇっつーかさ。そんな強ぇやつ、うちの村にゃいねーぞ。
自慢じゃねーが、俺が一番……いや、俺だって向こうに強ぇ奴いたらタイマンでも勝てる自信ねーし……」
「その点でしたら問題はありません」
青年は、ふうん、と首をかしげて次の言葉に耳を傾けたが、セリオの口が開かれた時、彼は眉をひそめた。
「私が戦います」
「なっ……」
一呼吸分、口をパクパクと動かしたあと、声を荒げる。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。そんなほっそい腕で男相手に勝てるわきゃねぇだろ。
だいたいあんた、うちの村とは何の関係も……っておい?」
反論が終わる前にセリオは青年に近寄ると、何故か彼の手首を掴んで目の高さに上げていた。
「ちょ、何を」
そして、
「失礼します」
と断った後、並ならぬ力を込めて握りこみ、圧迫を開始する。
「んがっ?!」
青年は痛みで体をバタつかせ、振りほどこうともがく。しかしセリオはまるで凍ったように、ピクリとも動かない。
掴まれた手は振り払うどころか掌を開くことすらできず、血の巡りを止められて、とうとう赤く変色しだした。
「うっ……が……ぎっ…………〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
青年が膝をつき、身体全体が縮こまった時、ようやくセリオは手を離した。
「うはっ! はぁっ、はぁっ、はぁっ……な、何しやがんだ!」
「今ので最大握力の半分です」
「……な、何ぃ〜!?」
「ご覧の通り、戦力的には何の問題もありません。ご心配なく。
それと、作戦……という程のものでもありませんが、少しばかり手段を思いつきました。聞いていただけますか」
そうして、セリオはその“手段”を話し始めた。
力の差を見せ付けられた青年は、なんともいえない表情で、ただ黙ってセリオの話を聞くしかなかった。
◆
セリオの縄が解かれる数刻前に時間は遡る。
山道を抜け、街道を走っていたトウカは、ある地点で足を止めた。
(……どうする……)
布製の地図を取り出すと、大きく息を吐き、乱れた呼吸を整える。
トウカが立ち止まったその場所は分かれ道だった。一方の道は引き続き街道へ、もう一方は竹林へと続いている。
街道はなだらかで歩きやすいが、地図上において皇都までの道は
まるで迂回するかのように半円を描いており、行けばかなりの大回りとなる。
逆に竹林は、人の立ち入らない険しい森が林の向こう側に存在するが、
それすら一直線に突っ切れば、最終的な距離は短くてすむ。
……どちらを行くべきか。
「……ええい!」
意を決し小さく叫ぶと、トウカは竹林へ飛び込んだ。
トウカにとって、今は何よりも時間が惜しかった。
彼女が竹林を選んだ理由は、それが短路であったから。
山は歩き慣れているから、とか、持久力よりも瞬発力に自信があるから、と
駆け抜けながら適当な理由をいくつか考えて反芻したが、結局はどれもこじつけに過ぎない。
だからトウカは即座に思考を切り替えた。
『細心の注意を払いつつ、全速で進む』
頭に置いておくことは、それのみとした。
皇都に一刻も早く辿り着くために、うだうだと引きずるは愚策と彼女は悟ったのだった。
……しばらく行くと、トウカの背筋にむずむずとした奇妙な感覚がはしった。
成功を目前にしたときに涌き出るような高揚感にも似た感覚。
竹林は思ったよりも走りやすく、速度も予想以上のものが出ている。
――――これなら、十分間に合う。行ける。
まだ半分も過ぎていないのに、そんな甘い考えが心の隙間から染み出してくる。
(……いや、驕るな。全てが終わるまで、気を抜くな!)
「ふッ!」
慢心にも似た感情を諌めるように、心中で渇を入れながら、トウカは坂を駆け上がった。
この後に起こることを思えば、トウカが自分に厳しい性格であったのは不幸中の幸いだった。
油断で周囲の警戒を解くことがなかったからだ。
トウカは知らなかった。竹林を抜けた先の森林地帯、そこがヤマユラからも繋がる森の最深部であることを。
森の奥には、かつて森の主――――ムティカパと呼ばれた獣がいた。
ムックルの親であるムティカパは、ハクオロとヤマユラの民によって倒されたが、
子供であるムックルの存在は、親となるつがいの獣がもう一匹いることを示している。
そう……もう一匹の主は、今も森の奥に生息していたのだ。
トウカは主の縄張りに足を踏み入れたことに、まだ気付いてはいなかった。
◆
「……作戦はわかったけどよ、それなら普通に迎え撃った方が良くねぇか?
あんたの策だと、少しでもズレちまったらおしまいだと思うんだが……。
……いや、囲まれる心配が無いなら、盾ができる分その方が有利か……?」
時間は再び同日の深夜へと進む。
村落付近の一本道にて。
セリオの案を聞いた青年は、開口一番そんな感想を口にした。
「間合いの件に関しては自信があります。ご安心ください。
それよりも用意していただきたい物があるのですが」
「ん、ああ。用意っつーと、要るのはまず得物だよな。必要ならそれなりのもんをくすねてきてやっから……
……って! 何であんたがやるってことで話が進んじまってんだよ!
あんた、うちの村とは何も関係ねぇだろうが! 縄解いたんだからさっさと逃げろよ!」
青年はセリオの案を前提に、彼自身も積極的に関わろうというところだったが、ふと我に返るとまたもや大声になった。
しかし、セリオは意に介さず淡々と自論を述べる。
「この任務を遂行するのは、村の人間でない方が良いのです。
というのは、村の人間が迎撃者であった場合、役人たちはたかが一農民と侮って
迎撃者に怯まなくなり、策が失敗に終わる可能性が高くなるからです。
また、成功・失敗に関わらず、村とは無関係な野盗の犯行だと思わせておけば、
それだけ村に及ぶ危険を減少させることができるでしょう。
それと、本国からの仲裁者を信用しないわけではありませんが、万が一本国から処罰の決定が下された場合、
私の単独犯ならば、物盗り目的の襲撃という言い訳が立ちます。
つまり、国家反逆という村全体に課される罪を回避できる利点があるのです」
「いや、ま、そう……かもしんねぇけどよ……」
畳み掛けるようなセリオの弁舌に、青年は押され気味となる。
「加えて、私の案を忠実に実行するとなると、常人の脚では骨が折れてしまい、戦うどころではないでしょう。
私は可能ですが、あなたがあの場所から飛べるとは思えません」
(……私は可能、って……こいつ一体何モンだよ……)
「何より」
セリオは青年を見据えると、少し語勢を強めて言い放った。
「あなたには帰りを待っている家族がいるでしょう」
だが、決定打を放ったつもりのその一言は、逆に青年が唯一反論可能な部分となった。
「……はは、そいつだけは筋違いな理由だな。俺に家族はいねぇ。
俺ぁ余所者だって言ったろ? 元々一人で行き倒れてたところを村長に拾われたんだよ。
んで、この村に居着くことになったってわけさ」
青年の口端が吊り上り、皮肉めいた笑みが浮かぶ。
「ですが、血縁の家族でなくとも、村の方々はそれに等しい同胞なのではありませんか。
小規模の村落共同体では、村民全員の助け合いが重要でしょう」
「同胞ねぇ……」
青年は頭を掻き、自嘲を含んだ表情で吐き捨てた。
「俺は……同胞なんかにゃなれねーよ。
村の奴らは何も聞かずに俺に付き合ってくれてるが、あいつらだってわかってるはずさ。俺がどういう人間かをよ。
俺みたいなのが同胞だなんて……それこそ皆に迷惑になンだよ」
青年の返答は具体性が欠落したものだったが、
それでもセリオは何かを感じ取ったのか、彼の言葉を追及せず、別の問いを発した。
「あなたは……村の方々を愛していますか?」
「あ、ああ?」
いきなりの意図不明な質問に青年は戸惑う。
「村の方々を大切に思っているのでしょう?
だから戦を回避するよう提案し、それが受け入れられなくても、一人で村から出て行こうともしない」
「……それが何だってんだよ。村の奴等は嫌いじゃねーけど……俺がやるのは恩を返すためだけだっての。
あんたこそ、村とは何の関わりもねぇくせに出しゃばって、おかしいじゃねーか。
俺が戦う方がよっぽど道理ってもんだろ」
「あなたが村の方々を思っているのですから、村の方々もあなたを同じように思っているはずです。
すなわち、あなたには帰るべき居場所があり、帰りを待っている仲間がいる。私の考えは筋違いではありません」
「人の話聞けよ……。ってか今の話、理屈が繋がってねぇだろ」
確かに、相手に好意を寄せたからといって必ずしも好かれるわけではない。
「思っていれば、思われる」という考えは、セリオらしくない破綻した理論ではあった。
セリオは構わず説明を続けた。
「経験則という言葉をご存知ですか。経験の積み重ねによって、一定の範疇で物事の判断がつくことをいうのですが、
人の感情が絡む事象では、理論では説明できない、けれど経験として理解可能なある種の法則が存在します」
「……はァ?」
「私がこれまで出会ってきた人々の間には、“思いの環”とでもいうべき経験則が存在していました。
『誰かを思い、思われた誰かがその気持ちを相手に返す』という“環”です。
目に見えるものではありませんが、人間はそうやって互いに支えあって生きているということを、私は経験から学びました。
村の方々に恩義を感じ、それに報いようという気持ちがある以上、あなたにも思いを返してくれる仲間は存在するはずです。
昼間のことを思い返してください。
あなたの身を案じたからこそ、村長さんは一人でも逃げるように、あなたに進言したのではないですか」
「……」
セリオの考え方は、命の取り合いが珍しくないこの時代においては、語るに値しない奇麗事であったかもしれない。
だが、何か思うところがあったのか、青年はセリオの言葉を聞くとしばらく押し黙ってしまった。
青年が反論してこないため、セリオは少し間をおいて、説得を再開する。
「素性も知れない女の戯言ということで、私を信用できないかもしれません。
ですが、仮に私が失敗しても、役人が村に乗り込んで戦闘になるのは変わらないでしょう。
結果がどちらに転ぶにせよ、あなた方に不利益は無いはずです。どうか……ここは私に任せていただけませんか」
セリオが長々と論じたのは、つまりは「自分が戦う」ことについての説得であったため、
途中経過に過ぎない経験則云々の話はすっぱりと切り上げられ、彼女の論点は別のものに移っていた。
けれども青年は、まだ“思いの環”、経験則の話について考え込んでいるようだった。
「俺が……誰かに思われるなんて……あんのかよ……」
そう、小さく呟いた。
そして自分に言い聞かせるように「見返りじゃねえだろ、馬鹿」と言った後、やっとセリオに向き直る。
「……わーったよ。あんたがやってくれ。俺より力強ぇみてーだしな」
「ありがとうございます」
「けど、ここに留まるんなら、あんたが動けるところを村の奴等に見られたらやべぇよな。
だから、俺も手伝うぜ。
武器の調達にしても、俺なら怪しまれずにパクれるだろうし。……それくらい、いいよな?」
「はい、お願いします。では、今から私が言う物を用意していただけますか」
こうして、誰も知らないところで、セリオ主導の防衛作戦が始まった。
村人が二人の活躍を知るのは、一部の者を除いて、全てが終わった後のことになる。
間
モロロと草をすり潰し、こねる。
それに土を混ぜ合わせ、顔に塗る。
さらに上から雑草や木の葉を貼り付ける。
セリオの色白の肌は、そうしてみるみるうちに自然界の産物で覆い隠されていった。
「なぁ……それって、何の意味があるんだ?」
一連の動作を見ていた青年が怪訝な様子で尋ねた。
「迷彩です。待ち伏せの際に周囲の色に同化して、発見されにくくなります」
セリオは色のくすんだ地味な服装に着替え、頭に黄土色の布を巻き、長い髪は纏め上げて布の中に入れている。
二人は物置に戻り、そこを拠点として迎撃の準備を進めていた。
「なんつーか……森の神様(ヤーナゥン・カミ)みてぇだな」
青年は腕を組んで、まじまじとセリオの顔を見つめた。
「……ヤーナゥン・カミ?」
「森を司る神さんのことさ。
俺も見たことはねぇけどよ、もし、森の神さんが俺らの前に出てくんなら、
今のあんたみたいな格好をしてんじゃねーか、って思ってさ」
「……それは、使えますね」
「何だって?」
「いえ、こちらのことです。お気になさらずに」
セリオはそう言うと、一度は完成させた迷彩模様をためらいなく剥がし始めた。
もう一度モロロと草をこね直し、再び顔に塗りたくる。
青年は、そうやって作り直されたセリオの顔を見ると、今度は「おぉ」と声を漏らした。
セリオの顔は、迷彩の特色を残しながらも、歌舞伎役者のような隈取りが描かれ、
目にした者を圧倒させるような形相になっていた。
しかしながら、元になったセリオ自身の端整な顔立ちによって、隈取りの禍々しさは緩和され、
彼女の表情は神秘的な雰囲気すら感じさせていた。
「すげぇな……」
「美人が相手だと口がお上手ねぇ。神様にまでたとえるなんて」
「……んだよ」
「ま、確かにキレイだけど。それに比べてあんたはきっとひどいことになるわね。
あんたもこれから泥化粧するんでしょ? でも、土台がこれじゃあねぇ……。
セリオさんが森の神様だとしたら、あんたはせいぜいオイデゲだわ」
「てめ……」
「オイデゲ……とは何ですか?」
「人を食べちゃうっていう禍日神(ヌグィソムカミ)のことよ。
オイデゲ〜オイデゲ〜ってうめきながら、すごい速さで追いかけてくるんですって。
見た目は女の人の格好をしてるけど、眼なんか血走っちゃって、すっごく怖い顔だって言われてるの。
オイデゲに食べられないためには、身代わりに人形を投げつけて、
それを人だと勘違いさせて、人形が食べられてる隙に逃げないといけないらしいわ」
「……興味深い話ですね」
「あ、やっぱりそう思う? あたしもこういう話大好きなのよ! セリオさんもそうなんだ!」
「そうなんだ、じゃねえ! おめーいつまでここにいんだよ!」
青年は我慢できなくなってとうとう大声を張り上げた。
物置内にはセリオと青年だけではなく、やたらと青年に突っ掛かるあの少女も一緒にいた。
セリオが着ている服も、実は少女の私物である。
青年は、少女の家から衣服を持ち出そうとしたところを辛くも見つかり、問い詰められ、
事情を話して渋々物置に連れてきたのだった。
「いいでしょ別に。男ってのは、放っておいたら何するかわかんないんだから。
だから見張りよ、見張り」
「何するかわかんないって、俺がこの人に何かするってことかよ」
「そーよ」
「あのなぁ……役人どもじゃあるまいし、俺がそんな下衆な真似、今までしたことねーだろが」
「でも、こんなキレイな人と二人きりだったら、どうなるかわからないでしょ」
「バーカ、やるわけねぇだろ。
だいたいお前、さっきから泥化粧の手伝いもしねぇで、ぐだぐだイチャモンつけてるだけじゃねーか。
いいからさっさと出てって、外で皆の手伝いでもしてろ」
「あーらそう。外の皆にセリオさんの縄をほどいたこと言ってもいいの?
それに、モロロやすり鉢だって、持ってきたのは全部あたしなのよ?
皆に気取られないように探すの大変だったんだから!」
「だから、そういうでけぇ態度が気に食わねえっつってんだろが!」
「あによ!」
二人の言い合いは次第に加熱し、物理的な間隔も縮まって鼻先が触れ合うほどになった。
「何だよ!」
青年は殴るというほどではないが、距離をとるため無造作に少女を小突く。
「あんたにだけは態度が大きいなんて言われたくないわよ!」
少女も負けじと拳を振り上げる。
このやりとりはいつものことで、村の者から見れば単なるじゃれ合いと変わらないもの、
特に止める必要もないのだが、今回はセリオが間に入った。
「お待ち下さい」
「な……何?」
セリオは少女の手首に手を添えた。しかし、どうやらケンカを止めるわけではないらしい。
「手首が曲がったまま突けば、突いた側の手を傷めるおそれがあります。
突きは、腕と手の甲をまっすぐにして、こう」
そう言って、セリオは正拳突きを少女に見せる。
「とはいえ、女性の方は拳が弱いので、できれば掌底の方が良いでしょう」
「……しょうていって、何?」
「手のひらの付け根の部分です。そして、打点は相手の顎を打ち抜くようにして……」
「ここをこうして……えっと、こう?」
少女は見よう見まねで突きを繰り出した。
――――ぽかっ
「あがっ」
その手は、青年の顎に見事命中する。
「……今のでいいの?」
「はい、とても筋がよろしいです」
「ホント? あたしって実は才能あったりする?」
「思い切りのよさは良いと思います。練習すれば、さらに伸びるでしょう」
「やったぁ!」
少女はきゃあきゃあとセリオの手をとってはしゃいだ。
「や……やったぁ、じゃねえ! てめーら俺を木偶代わりにして……あ、あれ?」
青年は立ち上がって少女とセリオに詰め寄ろうとしたが、膝がカクカクと笑い、立てずに尻餅をついてしまった。
セリオは青年の体を起こすと、説明した。
「今のように顎を強く打った場合、しばしば脳震盪が引き起こされ、平衡感覚が失われます。
ですから相手の動きを止めたい時には、顎を狙うのが効果的です」
「へえぇ……物知りねぇ……」
「お、お前らなあ……」
その後、青年は何とか立ち上がると、迷彩に用いる草を補給するために、一人で外へ出て行った。
気が滅入ったような顔をしていたのは、おそらくセリオの見間違いではなかっただろう。
物置内には少女とセリオの二人が残された。
さっきまではしゃいでいた少女は、青年が外へ行ってしまうと何故か途端に口をつぐんでしまった。
居心地の悪い沈黙が流れる。
しかし、居心地が悪いと感じるのは少女のみで、セリオは気にすることなく黙々と作業を続けている。
少女はセリオをちらちらと覗き見ていたが、そんな空気に耐えられなくなったのか、不意に神妙な顔つきになると問いかけた。
「……ねぇ」
「何でしょう」
少女の言葉に、セリオは手を休めて向き直る。
「あなたは……どうして逃げないの? あいつが逃げてもいいって縄を解いてくれたんでしょ」
「私の体内にプログラムされた行動基準では、他者の安全確保が最優先事項ですから。
このまま私だけが村を離れるわけにはいきません」
「ぷ、ぷろ……?」
「つまり、そうするように生みの親に教え込まれた、ということです」
「ふぅん……惚れたの?」
「惚れた、とは?」
「だからー……その、優しくしてくれたんでしょ?
それで……好きになっちゃって……逃げずに残ってるってことよ。違う?」
セリオ妙な体勢で、ぴたりと動きを停止した。
少女の言葉の意味するところがわからなかったのだ。
数秒の間を置いた後、やっと合点がいったのか、硬直が解け、顔を上げて返答する。
「……今しがた出て行った彼のことを仰っているのでしたら、私の行動原理とは何の関係もありませんが。
私に恋愛感情というものは存在しませんので」
「……はぁ?」
「私が優先するのは、あくまでも他者、すなわち“私以外の全ての人間”の生命、および安全です。
そこに個人的感情……それが私にあるのかは定かではありませんが……
……いずれにせよ、個人的感情が介在する余地はありません」
セリオの無機的な物言いは、村育ちの少女には理解しにくいものであったが、
とりあえず概要だけは伝わったようで、少女は汗を浮かべながらも受け答えた。
「え、えと……よくわかんないけど、別にあいつに惚れて残ってるわけじゃないのね」
「はい」
「本当に?」
「本当です」
「ホントにホント?」
「本当に本当です。それに、恋愛という事象は私にとって理解の範疇を超えているものですから。
……失礼ですが、お聞きしてもよろしいですか」
「何?」
「あなたは彼のことを一人の男性として認識し、愛しておられるようにお見受けしましたが、それで正しいでしょうか」
「ぅおえっ?!」
少女は思わず可愛らしい外見に似合わない、素っ頓狂な声を上げた。
「間違っていたらすみません。私は恋愛における人の心情というものを、未だ理解しきれていないのです。
あなたの今までの言動から鑑みて、多分そうなのでは、と思ったのですが……」
「いやいやいやいや、あの、あのね?」
少女はゼンマイの壊れた人形のように何度も首を振った。短めの黒髪が左右に揺れる。
セリオは少女の動揺ぶりに気付くと、頭を下げた。
「……気遣いが足りず、申し訳ありませんでした。
今は、その質問をするのに適した場面では……おそらく、なかったのですね」
「え、えぇ? ちょっと待ってよ!」
戸惑っていたところに追い討つように、馬鹿丁寧に頭を下げられ、少女はさらに困惑した。
「……私は、いわゆる男女間の機微については、他の事象に比べて格段に理解力が低いのです。
それは多分、自分で恋愛というものを経験していないからでしょう。
男女関係において、『むやみに好意を表すべきはなく、伝えるのに適した時機がある』ということは学びました。
今は彼が席を外しているため、あなたに聞いてもいい状況だと思ったのですが……。
お気を悪くされたのなら、謝罪します。申し訳ありませんでした」
セリオはもう一度頭を下げる。心なしかその声は、しんみりとした響きを帯びていた。
「…………」
少女はセリオの瞳を見た。セリオの瞳は、少女が今までに見たことの無い、異質な雰囲気を携えていた。
目の前の美女が何を考えているのか、心の奥底まで窺い知ることはできない。
だが、セリオが少女をからかっているのではなく、真剣に質問を発したことだけは、何故だか強く理解できた。
「えっと……あのね? あ、愛って……なんていうか、ねぇ。そんな言葉使うから驚いちゃっただけよ。
あたしはただ、あいつがほっとけなくて……その……。口は悪いけど、良くしてくれるし……」
しどろもどろになりながらも、少女は何とか答えた。
「ということは、愛しておられるのですか」
「愛って言い方は……なんか、ちょっとね……」
指を絡ませながら、ふさわしい言葉を探すように逡巡する。
「でも……無事で帰ってきてほしいとは思うわ。
またあいつと一緒にいたい。あいつの元気な顔が見たい、って思う。
だから、あなたと二人で役人を止めるってあいつが言い出したのを聞いて……心配になってついてきたの」
少女はセリオが自由になったことを、他の村人には話していない。
一時は、セリオと青年の独断行動を、自分の祖父である村長に打ち明けることも考えた。
しかし今報せれば、セリオは再び縛られ、物置に閉じ込められる可能性が高い。
セリオと話してみることで、彼女の真摯な性格は十二分にわかった。少女はセリオをまたそんな目にあわせたくないと思った。
加えてセリオの案は一本道で一人が迎え撃つものであり、たとえ村人に話しても戦況が好転するわけではない。
結局、少女は秘密を守り、二人に協力しようと考えを変えたのだった。
「……男女間の愛とは、友人や身内を心配する感情と、どこが異なるのでしょうか……。
ときに家族愛より男女の愛は優先されると聞きますが、それは一体何故なのでしょう」
「し……知らないわよ。でもまあ、とにかく……す、好き……だから心配だっていうのは、否定しないわ。
愛がどうとかは置いといてもね」
少女の顔は赤かった。
セリオは少女を見つめながら、しみじみと言った。
「やはり、彼は思われているのですね……」
「……やはり、って? 何かあったの?」
「はい、実は……」
『同胞などにはなれない。自分は皆にとって迷惑になる』 先の夜、青年はそんな趣旨のことを呟いた。
実のところは、少女のように思ってくれる人がいたわけだが、セリオは彼の自嘲気味な表情が少し気にかかっていた。
セリオは昨夜の青年との会話を一字一句違わずに伝えた。
少女はセリオの話を聞き終えると、頬を膨らませ言い放った。
「まったく! バカなんだから!」
「バカ……ですか?」
「そうよ。あいつのことが心配なのは、何もあたしだけじゃないのよ。
おじいちゃんだって、皆だって……あいつのこと、ちゃんと気に掛けてるんだから。
家族とほとんど変わらない、一緒に暮らす仲間だって、そう思ってるからこそ、
おじいちゃんも敢えて『逃げていい、無理に付き合うことはない』って、あいつの意思に任せたんじゃないの。
本当に余所者扱いするんなら、それこそあいつの気持ちなんて関係なしに、助けたことを恩に着せて戦わせようとするものでしょ。
それをホントまぁ……あたしはともかく、おじいちゃんや皆の気持ちがわからないなんて……救いようの無い大馬鹿だわ!」
少女は一度息を深く吸って、再び続ける。
「あいつが何かワケありなのは、素振りを見てればわかるわ。
でも、そんなことでハブにするほど、あたしたちは薄情じゃないわよ。
あいつの過去も、あいつ自身が言いたくなったときに話せばいいの。
自分で言い出すまで待って、それとは関係無しに家族として平等に扱う。
もし……もし、本当にろくでもない奴だったなら、その時はその時でまた考えて決めればいい。
あいつの過去を……村で過ごした今までを、全部ひっくるめて考えたうえでね。
……でも……悪い奴には見えないんだけどな、あたしには」
「…………よく、わかりました」
少女が話し終わると、セリオはそう言って、おもむろに眼を閉じた。
同時に少女に気取られないように、機能のセルフチェックを開始すると、呟く。
「最善を……尽くさなければいけませんね」
「え、何?」
「いいえ、何でもありません。単なる自己確認です」
数分後に出た診断結果はオールグリーン。
だがセリオは、少女の言葉を聞いた直後、胸の奥から湧き上がる原因不明の熱上昇を感知していた。
……それはきっと、少女の優しさに呼応した、セリオの心の温かさに違いなかった。
間
それは、銀色の岩のようだった。
白銀に光る巨大な岩が、槍のような鋭さで迫ってくる。
あまりの速さに姿を補足しきれず、かろうじて避けた初撃の時点、トウカは敵にそんな印象を抱いた。
急な襲撃であったため、トウカは体勢を崩して地面を転がるが、受身を取り、立ち上がると迎撃の姿勢をとる。
刀の柄に手をかけ、研ぎ澄まされた眼光を敵に向けた。しかし、敵の姿が視界に入ると、彼女の目は驚きで見開かれた。
(ムックル……!?)
否。
似てはいるが、違う。
(ムックルよりも一回り大きい…………同族の、別な獣か?)
加えて獣は、外見からはそれを感じさせないが、ムックルよりも老いていた。
何よりムックルはアルルゥの目を離れても、トウカに襲い掛かることなど無い。
(……おそらくこいつは、森に住む野生の獣……!)
ムックルではない。とはいえ、彼の同族であることには間違いない。
そしてムックル以上の巨体ならば、その強さもムックルを凌ぐことはあっても、劣ることはありえない。
(並の相手ではない……ということか)
獣の殺気に圧されぬよう、トウカは自身の気当たりを強めた。
……獣は何故襲い掛かってきたのか。トウカが縄張りを侵したか、はたまた餓えているからか。
いや、今はそんなことは問題ではない。獣には獣の都合がある。それで十分だ。
言えることはただ一つ。獣の標的はトウカの肉(からだ)。
そして、選択肢は二つ。逃げるか、戦うか。
トウカはムティカパに背を向けると、全速力で来た道を引き返した。
選んだ選択肢は、逃げる――――――――ではない。
自分の足が獣の脚力にかなわないことくらい、とうに承知済みである。走って逃げ切ることはおそらく不可能だ。
では、何故背を向けたか。
それは――――竹林。
トウカは竹林を抜けてから、未だ数十歩ほどしか進んでいない。そこへ戻るくらいならば、追いつかれることはないだろう。
有利な地形でムティカパを迎え撃つ……そのための撤退だった。
再び竹藪の中へ飛び込むと、刀を振り、次々と竹を斬っていく。そして、最も近くにある幹を思い切り蹴りつけた。
「……せいっ!」
切られた竹は将棋倒しとなってムティカパに覆いかぶさってゆく。
無論、そんなことではムティカパの強靭な体毛はびくともしない。トウカもムックルの強さから、それは十分知っていた。
……竹の将棋倒しは目くらましに過ぎない。
本当の狙いは、切断面にある。
水平に斬られた竹の断面は、トウカがいる地点から離れるにつれ、少しずつ高くなっている。
トウカの近くの竹は腿の高さ。そこから、膝、股、腰、最後には胸。竹の階段が出来上がっていた。
トウカは間髪容れずに階段を駆け上がった。最上段を強く踏み込むと、成長途中の竹ならば飛び越してしまうほどに跳び上がる。
そして空中で両の手に一本ずつ幹を掴むと、器用にもしなる竹に足を掛け、反動を利用してさらに跳んだ。
「――――えぇぇい!」
ふわりと浮かんだ頂点で、トウカはまるで舞うように無数の斬撃を繰り出した。
空を斬ったかに思われたその動作は、その実周囲の竹をも斬り裂いている。
斜めに鋭く斬られた切断面がずり落ち、重力によって加速する。
将棋倒しの山から抜け出したムティカパに、竹槍の雨が降り注いだ。
竹は地面と獣に突き刺さり、鈍い音を次々と発する。
同時に、ムティカパの呻きが止んだ。
「……どうだ……!」
突き刺さった竹が視界を遮り、生死まではわからない。
トウカは敢えて斬り残した幹に掴まって、綱を渡るようにゆるゆると降りた。
その間も、竹槍の針山から注意は逸らさないでいた。今の攻撃だけで倒せるような相手ではない。
案の定、針山の中から腹に響くような低い咆哮が聞こえてくる。
続いて、のそりのそりと這い出てくる白銀の足。
「くっ……!」
覚悟はしていた。それでもトウカは後ずさり、息を呑んだ。
(これほどまでに硬いとは……)
ムティカパの体には、傷一つ付いていなかった。
ムティカパの弱点。それは水。
鋼の硬度を誇る体毛も、水に触れれば指でちぎれるほどに弱くなる。
しかし、近くに水場は見当たらず、トウカの手元に残るわずかの飲み水も、巨大な獣の体表を湿らせるにはあまりにも少量。
この場は、自力で活路を開くよりほかにない。
トウカは刀を鞘から抜いた。
得意の抜刀術でも、ムティカパの体皮を斬り裂けるかは定かでない。試すには危険が大きすぎる。
刀身を平らにし、ムティカパの鼻に剣先を向ける。
――――平正眼の構え。
トウカは突きを放つつもりでいた。的となるのはムティカパの口中、もしくは眼球。
体毛に覆われていないそれらの部分ならば、刃もあるいは通るのではないか。
獣の体に立つ刃が無い以上、トウカに残された手段はそれしかなかった。
「……来いっ!」
緊張と、張り詰めた空気を押し返すように叫ぶ。
それに応えるかのようにムティカパは地を蹴り、高く跳び上がった。
狙うはムティカパが空中より落ち始めるその一瞬。
いくら野生の獣とはいえ、ひとたび体が地面から離れれば、軌道を変えてよけることはできまい。
(――――ここだ!)
合わせは完璧。トウカは突きを繰り出した。
しかし、刃先が口中に突き刺さるかと思われた刹那、刃は図らずも空を斬った。
「っ!?」
ムティカパは、トウカに襲い掛かる寸前で進行方向を変えていた。
原因は竹である。
ムティカパはトウカの反撃を即時に察知し、進路上に存在した竹を後ろ足で蹴り、軌道を横にずらしたのだった。
「くっ……うぐぁっ!」
腕を引き即座に防御の姿勢をとるが、体ごと吹っ飛ばされる。
真正面からの直撃ではないにしろ、ムティカパの力は人間の比ではなかった。
トウカはもんどりうって転がった。痛みをこらえ起き上がろうとしたが、
ムティカパは矢のような速さで距離を詰めると、トウカが立ち上がる前に馬乗りになった。
「――――!」
声が出ない。
圧倒的な強さ。絶望的な状況。トウカは気圧され、一瞬思考が停止する。
ムティカパは牙をむき、口を大きく開けた。
(そうだ――――刀――――刀を、今刺せば!)
トウカは左手を強く握った。が、あるべき柄がそこには無い。
愛刀はムティカパに吹っ飛ばされた際に手から離れ、体五つ分ほど離れた場所に放り出されてしまっていた。
ムティカパはトウカの頭目掛けてかぶりつく。
「がっ――――――――あああああぁぁ!」
鮮血が、飛び散った。
牙は……右肩に刺さっていた。トウカの頭部に怪我は無い。
トウカは身をよじって頭部への噛み付きを避けていた。
しかし、ムティカパに覆い被された状態では完全に避けることは適わず、獣の硬い牙はトウカの肩口に深く食い込んだ。
みぢっ
と、嫌な音がした。耳だけではなく、トウカの体全体に音は響き、電流にも似た激痛が走る。
みぢ みぢっ がきん
今度は硬い音がした。骨と牙がかち合う音だ。
ムティカパはトウカの肩を噛み千切ろうとしていた。獣が少し動くたびに、肉が裂け、骨に亀裂が入る。
「あっがっ……あっ、あっ!」
もがいているのか痙攣しているのかわからないような小刻みな動き。
血液がリンパ液と混ざり合い、本来の量以上の赤い液体が流れ出る。
噛まれた瞬間の痛みは出血のせいか次第に感じられなくなり、目の前が白く薄れ、景色が霞みはじめた。
(……死ぬ……のか……?)
他人事のような思考が、ぼんやりと浮かんでは消えていく。
吹き出る血の飛沫が、やけにゆっくりと地面に落ちていった。
(セリオ殿……すまない……)
薄れゆく意識の中、トウカの帰りを待つ女の顔が浮かんでくる。
(セリオ殿…………何を、喋っている……?)
記憶の中のセリオは、トウカに囁くように過去の言葉を語りかけた。
――――『戦闘を回避することで皆を救おうとするトウカ様の考えは、素晴らしいものだと思います』
(素晴らしい、か……。だが、道半ばで力尽きては、いくら良策といえど意味が無い……な……)
――――『戻ってこられる際は、必ず本国の方を連れて来て下さい。お一人でここへ戻られるということだけは無いように』
(一人で戻ることすらできず……某は、ここで果てるのか…………)
――――『周りのあらゆる要素を考慮し、いかなるときも最善が尽くせるよう、考えてください』
(考えるも何も……こうなっては……どうしようもないだろう……)
死の間際には過去の思い出が走馬灯のように駆け巡るというが、これがまさにその情景なのだろうか。
トウカは血まみれの呆けた表情で、そんなことを思った。
(過去の思い出……か……)
――――トウカの人生。
エヴェンクルガの里に生まれ、誇り高き武人となるため心身を鍛え、
里を出、世のため人のために剣を振い、数多の大切な人たちと出会い、別れ、
そして自分もこの世(ツァタリィル)を旅立ち、常世(コトゥアハムル)へと向かう。
……それが、今まで生きてきたトウカの歴史の全てとなろうとしている。
とうとう子を授かることはできなかったが、それも今となっては仕方のないこと。
何より心から慕った主は、自分よりも先にこの世を発っているのだ。
(……願わくば、聖上を思いながら……逝きたい……)
トウカは自らの最期を悟り、ハクオロの顔を思い浮かべた。
――――『トウカ様、どうぞ考え続けてください』
しかし、浮かび上がったハクオロの顔を遮るように、セリオが再び現れる。
(……………………ちょっと待て)
――――『トウカ様』
(………………おい)
――――『どうか、トウカ様……』
(ええい、何故邪魔をする!)
セリオのことを嫌っているわけではないが、トウカにとって最も大切な人物はハクオロその人以外にはいない。
彼女には悪いが、こんなときくらい思い出に浸らせて欲しかった。
――――『……トウカ様』
しかし、セリオは消えようとしない。
(……おかしい)
不意に、トウカの頭に疑問符が浮かんだ。
(死に際の走馬灯とは、過去の全ての思い出が一気に押し寄せるものだと聞いた。
だがこれは何だ。セリオ殿しか浮かんでこないではないか! 某の頭は最近の記憶しか思い出せぬほど不出来だったか!?)
半ばヤケ気味に、心の中で自分に対し悪態をつく。
いくら記憶を掘り起こしても、ハクオロやトゥスクルの仲間、同郷の友人、師父、
さらには自分を育ててくれた実の両親すらも、セリオの顔に遮られてしまう。
一体、何故。
トウカは一旦、思い出の余韻とセリオの顔に背を向けて、その原因を突き詰めてみた。
(……詰まるところ、これは……死に際の走馬灯では、ない……のか……?)
次の瞬間、一際大きくセリオの声が響いた。
――――『私は、トウカ様が間に合うと信じているのです』
(――――――――!)
あの村で「信じている」とセリオは言った。こんな未熟者の自分を「信じている」と。
(……そうだ)
だが、ここでトウカが死ねばどうなる。人質として捕らえられているセリオも死ぬことになるのは明白だ。
それを忘れて聖上だの、過去の思い出だのと、自分は何を勝手なことを考えていたのか。
(そうだ……某は、セリオ殿と約束したのだ。必ず戻り、戦を止めてみせると!)
『今はまだ、死ぬ時ではない』――――セリオはきっと、それを伝えるために自分の前に来てくれたのだ。
トウカの目に生気が戻る。半死半生であるにも関わらず、体内から活力が湧き出した。
何より、トウカの心に火がついていた。
内からこだまするセリオの言葉に耳を傾ける。
――――『周りのあらゆる要素を考慮し、いかなるときも最善が尽くせるよう――――』
あらゆる要素。この危機を乗り切るために、利用できる要素。
(何か……何かないか)
トウカは周りを見回すために首を動かそうとした。
ふと後頭部に違和感を覚える。
ムティカパに組み伏せられ、地面に仰向けになっていたトウカは、頭と地面の間にある異物の存在に気付いた。
(――――これだ!)
最初にムティカパと対峙したときのような、張り詰めた気持ちは消えていた。
心の中にセリオの存在を感じると、彼女の声に導かれるように自然に体が動いていく。
トウカは自らの髪に差していたかんざしを抜き取った。左手でそれを握りこむと、ムティカパの眼球に突き立てる。
ずぐっ
と鈍い音がした。
トウカの肩を噛み千切る寸前だったムティカパは、まさかの反撃に怯み、ぎゅるるると甲高い鳴き声をあげた。
「ぐ……うぅおおっ!」
ムティカパは右肩口を噛んだまま、痛みに仰け反りトウカを引っ張り上げる。
「っ……ええぇぇい!」
トウカは左半身をぶつける勢いで、ムティカパの右眼に刺さったかんざしに左掌底を叩き込んだ。
そこでやっと咬合力が弱まり、肩口から牙が外れる。
だが敵もさるもの。ムティカパはよろめきながらも、前足一本でトウカを叩き落とした。
ムティカパの攻撃によって再び地面を転がるトウカ。
しかし今度は眼の負傷のせいか威力は半減し、追撃も遅れ、何とか体勢を立て直すことができた。
――――『トウカ様……これを――――』
またもやセリオの言葉が響く。
――――『……護身用ということで頂きましたが、トウカ様がお持ちください』
「セリオ殿、ありがたく使わせていただく!」
トウカは腰に差されていた小太刀を抜いた。
直後、ムティカパが飛び掛る。いや、“飛び掛ろうとした”。
「――――うぉおおあああぁ!」
ムティカパが飛ぶその瞬間、トウカのかつてない咆哮が森にこだました。
――――手負いの獣は危険だとよく言われる。
眼をやられたムティカパは、まさに手負いの獣と呼べるだろう。
ただ、この場に手負いの獣はもう一体いた。
そして、そのもう一体こそが、より強い力を……逆境を打ち砕く心の力を秘めていた。
それ即ち、トウカ――――
修羅の気迫と飛鳥の敏速さでムティカパに詰め寄った“もう一体の獣”は、
咆哮に一瞬怯んだムティカパの鼻先に右の掌をあてがうと、伸ばした右腕の軌道に沿って左手の小太刀を滑らせた。
小太刀の切っ先は吸い込まれるようにムティカパの口中へと消えていく。
肉が突き刺さる音は聞こえなかった。それほどトウカの突きは鋭く、滑らかなものだった。
――――直後、数秒間両者の動きが止まる。
永遠にも思われた数秒の後、トウカは小太刀をねじりながら手首を引き抜き、後ろに跳んで距離を置いた。
ムティカパは血を吐き、ガクガクと震えながらも、倒れることなく唸り声を上げる。
かんざしが外れたトウカの髪はひどく乱れていた。けれども顔にかかる髪の隙間から、射抜くような眼光でムティカパを睨み続けた。
再び小太刀を構えなおすと、遠くの方で雷が鳴った。
「まだ……やるか……」
ぜいぜいと息をするトウカ。
かの瞬間に極限にまで高まった気力は今は燃え尽き、体内の血と同じく、もう余力は残っていなかった。
「まだ……やるのかぁッ……!」
それでもトウカは腕を下ろさなかった。セリオとの約束。今の彼女を動かしているのはその一点のみである。
トウカは約束のため、魂が燃え尽きても戦い続けるだろう。
その時、水滴がトウカの頬を打った。
続いてムティカパの顔にも同じような滴が落ちる。
水滴はたちまち雨となり、地面と両者の体に一様に降り注ぐと、べったりと付着していた返り血を洗い流していった。
ムティカパは低く唸ると、踵を返した。体を振って体表にかかる雨粒を飛ばした後、竹林の向こう、森の奥深くに消えていく。
「っ…………」
それを見送ると、トウカは糸が切れたように両膝をついた。
数週間ぶりの雨は、トウカにとって救いの雨となった。
「…………いや……まだだ……」
雨の寒さに体を震えさせながら、トウカは歯を食いしばった。
「某は、まだトゥスクルに着いてはいない……!」
意識が朦朧となりながらも、鞘を杖代わりにして立ち上がる。
「行かねば……一刻も早く…………早く……!」
落ちていた刀と荷物に手を伸ばすと、彼女は体を引きずるように歩き出した。
今回は、以上です。
投稿に時間がかかってすいませんでした。(この癖、直さないと……)
ごめんなさい、訂正がありました。
>>327の最後の方のトウカのセリフ
×「某は、まだトゥスクルに着いてはいない……!」
○「某は、まだ皇都に着いてはいない……!」
です。
半徹夜みたいなマネはするもんじゃないですね…。頭が回ってないのか、他にもミスがありそうで怖いです。
大量投下お疲れ様です。
ちょ、オイデゲすっかり広まっちゃってw
大量執筆お疲れさまです。
あの女の子いいですねー(´∀`)
>>304の「素性も知れない女の戯言ということで(以下略」というセリオの台詞、
読み返したら意味が微妙につながってませんでした。
読まれる際は、以下の台詞に全部差し替えてください。
×
「素性も知れない女の戯言ということで、私を信用できないかもしれません。
ですが、仮に私が失敗しても、役人が村に乗り込んで戦闘になるのは変わらないでしょう。
結果がどちらに転ぶにせよ、あなた方に不利益は無いはずです。どうか……ここは私に任せていただけませんか」
○
「私のような素性も知れない女の戯言など、信用できないかもしれません。
ですが、仮に私がやられても、結果としては最初から私が居なかったのと同じというだけで、あなた方に損失は無い思われます。
……ですから、まずは私にやらせていただけませんか」
度々の訂正、見苦しくてすいません。
乙&GJ!
>オイデゲ
(ry
>彼女の表情は神秘的な雰囲気すら感じさせていた
現在、“うたわれるものの世界に葉鍵キャラがいたら3”スレでは、
神絵師の降臨をキボンティーヌしております
>かんざし
これは盲点だった
トウカがかんざしを使うというのはいいなあ
335 :
名無しさんだよもん:2006/11/22(水) 18:26:02 ID:iWsjAtc+0
保守
しかし、セリオさん、エンスト起こさなければいいのだが…
オリジナルセリオさんじゃなくてボディが後期生産型とか。
糖分解動力セルに非潤滑関節とか。
某有名SSではタイムスリップ?したセリオさんが日傘タイプの発電機で電力を補助的に補充していたが…
観察日誌…、続きが気になる(´・ω・`)
保守保守
うっかり侍おもしろいね。
続きを楽しみにしてます。
xxxさん?
更新が遅れてすいません。
プロットはできているので、もうしばらくお待ちください。
おkおk
マイペースが一番
ボス
どうしたジーパン
ほしゅなのですよ
保守でござる
349 :
sage:2007/01/01(月) 23:59:06 ID:s+qtRbYr0
新年あけましておめでとうでござる
保守
ほしゅ
いつまでもまってるから職人ばっちこーい
ほっしゅ
ほす_〆ヾ( ̄(エ) ̄
353 :
名無しさんだよもん:2007/02/09(金) 19:02:28 ID:qX7bt96mO
敗北
354 :
名無しさんだよもん:2007/02/14(水) 23:14:38 ID:b0dXys4Z0
ホッシュ
トウカ「クケー」
春原「クケー」
春原「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
ハウエンクア「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
柏木「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!ニクマン!!」
スオンカス「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!ツブレタ!!」
日吉「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!チカン!!」
テオロ「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!カァチャン!!」
大庭「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!シメキリ!!」
ヌワンギ「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!ナットウ!!」
月宮「うぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!タイヤキ!!」
インカラ「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!ゴエモンインパクト!!」
>>356 あゆギリギリで耐えたのにゴエモンインパクトで吹いた
・・・続き気になるよトウカトウカ
素直にここのSS楽しんで見てるが過疎とは…寂シス
ボランティアみたいなものだし、仕方が無いだろぅ…
気長に待つしか無いか・・・
俺はじっと待ってるぜ ヌワンギ書きの人とトウカ書きの人
保守
補習
職人さ〜ん、どうしたの〜?
進学?就職? 気長に待ちますよ
誰でもリアル優先なんだよ
俺らはただひたすら保守するまでよ
366 :
sage:2007/04/17(火) 17:24:53 ID:n1Juk3Mm0
保守
続きマダー
最近うたわれプレイして色々探したらこんなスレがあったのか…
しかしひどい過疎だな…
アニロワにいったのやもしれぬ
保守
ほしゅ。
保守!
hosu
記念保守
hosyu
ほしゅ
アルルゥ「きゃっほぅ、国崎最高」
ヌワンギと柳川を待ちながら……保守!
保守
ほしゅほしゅ
ヌワンギパラレルとうっかり侍マダー?
382 :
名無しさんだよもん:
…ん
つ保守