客室は、今まで私が泊まったどんなホテルの部屋よりも立派だった。
調度品も質の良いものが揃っていて、ありがちな薄っぺらい豪奢さは感じない。
「この船、採算とれるのかな。」
ラウンジに降りてきて、恭介に振ってみる。
「お偉いさんを接待して売り込もうって船らしい。単独の採算は計算外じゃないか?」
「そんなの成立するのかなあ。」
「大人の世界は良くわからんな。」
「は〜い、みんな集まったぁ?」
白衣の女性が、ラウンジに声をかける。
折原志乃、明乃の母親にして、今回の企画者兼スポンサー。
「うひゃあ、白衣の下にボディコンスーツかよっ。」
「友則、よだれ拭け」
「出てねぇよっ!」
涎は垂れていないけど、垂れてないだけって表情の早間。無理もない。
血は争えないというと逆だろうが、流石に明乃の母親だけあって、
なんというべきか、その、一言でいえば、私の正反対な体つき。うぅ…
「あらぁ、恭介くんこそ涎が垂れてるんじゃなくて?何かおいしいものでも見たのぉ?」
前開きのゆるい白衣には、ボタンもついていない。
志乃さんが恭介の肩を抱くと、ふわりと翻って恭介の身体に降った。
「そんなことないです。」
いいつつ恭介も頬が緩んでいる。あーあ、あれ、私じゃ絶対無理だなあ
志乃さんは明乃よりも頭半分高く、しかもハイヒール。見た目、恭介とさほど変わらない。
ちなみに私は、シークレットシューズを履いても人並み未満。履かないけど。
「さて、冗談はこれくらいにして、と」
「し、志乃さん、俺にはっ?」
「ようこそ、バシリスク号へ。歓迎するわ。」
早間の台詞は当然のように無視して、説明を始める志乃さん。
そう、彼女は今回の試験航海の責任者にして、開発チームの重要人物。
「現在、バシリスク号は港を出て外洋に向かっているわ、
航海期間は1週間、途中、港には寄らないから、ずっと海の上ね」
血は争えないといったが、それは身体的特徴だけのことで、流々とした話しぶりは、
率直にいって明乃の母親とは思えない。もっとも、言動自体には、確かに母娘と思うふしもある。
基本的な注意事項を聞き流しながら、私は、同行者達に視線をめぐらせた。
明乃、恭介、ちはやちゃん、可憐、珠美、早間、志乃さん、もっぺん恭介。
あまり交友範囲が広くない私には、概ね知り合いだけで居られるこの空間は、とても心地よい。
「ということで、航海終了までは泣いても喚いても陸には帰れないから、覚悟しなさいよお〜。」
志乃さんの台詞に皆が笑う。私も、ちょっと笑う。
楽しい旅に、なるといいな。それと、恭介と、もうちょっと喋れると嬉しいな。
私の旅が、始まった。