蘇るSSスレ

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「めぐみ、めぐみぃ〜」
とびっきり間の抜けたのんきな声が掛かる。
「あのね、あのねえ〜、8月の予定あいてない〜?」
「8月のいつよ。期間と用向きは?」
「ふえ、ふえぇ?そんないっぱい聞かれても〜?」
極めて基本事項だと思う。

この子は折原明乃、私のクラスメート。
近頃じゃ珍しいくらいに邪気ってものが皆無な娘だが、
今の会話のとおり、その知能は率直にいって1,2,の次がたくさん、なレベル。
その代償、かどうかはわからないけど、ルックスはかなりのもので、
顔も十分に可愛いが、少しぽっちゃりした身体は、最近とみに女づき、
クラスの内外問わず、男子生徒の視線を、主に胸と腰に集めている。
ちなみに本人には全く自覚がない。忠告しても、理解できないだろうし。

もちろんその辺を気にしてるのは男子だけではなく、
女子からは羨望と嫉妬の眼差しを向けられているのだが、当然そっちにも自覚がない。
私も、自分の体型には少し…いささかコンプレックスを感じている一員であり、
影で明乃のことを「エロ豚」などと呼ぶ連中とおつきあいはしていないが、
時と場合によっては、ちょっと共感してしまったりもする。

「ええっとねえ〜、一週間くらい〜、お船に乗らない〜?」
こういう時とか、ね#
「志乃さんとこで開発してる高速巡洋船の実験航海があるんだとさ、
で、乗客用の設備が勿体ないから良ければ便乗しないかって。」
良かった、日本語だ。
「ふうん、いつ?」
「10日から一週間。洋上回って帰港するだけだと。」
「今の所メンツは?」
「明乃と俺とちはやと友則。他に予定では綾之部姉妹
料金無料。ただし食事は自炊。」
「・・・行く。」
我ながら、あっさり答えてしまったものだ。
「即決かよ。親に相談しなくていいのか?」
「お金かからないんでしょ。問題ないわ。」

会話の相手、香月恭介とは話がしやすい。波長が合うのかな。
だから、なんとなくできた流れに乗ってしまった。

私が恭介と良く話すようになったのは、共通の友人として明乃がいたことだけじゃない。
同じクラスになったあたりから、似た者同士という感覚があった。たぶん、お互いに。

生き方が似てるという程、恭介の事は知らない。
ただ、少なくとも、周囲に対するスタンスは近いと思う。
私は人と接するとき、とかく正対して構えてしまう性質で、それでよく壁を作ってしまうけど
恭介と話している時だけは、肩を並べて同じ方向を向いているように思える。

「あのね、あのね、船、すごいんだよ、こーんなおっきいの!
きっと楽しいよ、恭ちゃんもちはやちゃんもいるし、あ、えと、早間君も、
あと可憐ちゃんと珠美ちゃんも呼ぶつもりだから、ね、恵もいこう?」

まあ、世の中には壁とか気にしない性質の人間もいるけどさ。
しゃべった努力は認めてあげたいけど、話きいてないのね明乃。

「もうOKとったぞ明乃」
「ふぇ?わっ、恭ちゃん女たらし」
「いきなり何をいいさらすかこいつは…」
あ、たぶん今、「明乃の体型の方が…」とか心に浮かんだ、っぽい。

「そうなの?」
なんか悔しいのでちょっとカマを掛けてみる。
「そうかも知れないぞ?」

うーん、この手のやりとりならもうちょっと続けたい気もしたけど、
万一止まらないと進退に窮するのは私の方なのでやめておいた。
・・・こういうのは、そのうち機会を見て試してみよう。

「じゃ、集合場所決まったら連絡頂戴。」
「うんっ♪」
「できれば恭介から。」
「わ、恵ちゃん積極的。」
「お前は待ち合わせ場所を異次元に指定しかねんだろ」
「ぶ〜、よくわかんないけど悪口言われた気がするぅ〜」

恭介達と船旅、か。ちょっと楽しみかな。
83名無しさんだよもん:2005/12/21(水) 14:24:22 ID:g9LSogLF0
GJ、事件前だとなんて楽しそうな…
「お、おはようございます。」
場所は港の駐車場。
おずおずと挨拶をすませると、彼女は恭介の背中に引っ込んだ。
「こら、隠れるな。」
恭介が彼女を叱る。
「う、うん…」

「こいつ見るからに堅物だもんな、ちはやちゃん、こっちおいでよ」
早間に声を掛けられて、彼女、香月ちはやは、早間とは逆方向に出てきた。
つまり、私の正面に立ってるわけで。

「そんな硬くならなくていいわ。」
「あ、はい…」
うわ、可愛い。早間が惚れているというのも納得。まあ、釣り合わないだろけど。
恭介の妹である彼女は、当然私や明乃よりも年下だが、年以上に幼い印象を受ける。
これは生まれつきじゃない。近くに守ってくれる相手がいて育った、そういう幼さだ。

とにかく、せっかくなので情報収集。
「ねえ、家での恭介ってどんなの?」
「恵、それ禁止」
ちっ。
「…明乃」
「なぁに〜」
「恭介持ってっていいわよ」
「わぁい〜恭ちゃん貰った〜」
「ちょ、ちょっとまて、お前こら、引っ張るな!」
なんのかんのいって、恭介がこういうのに逆らえないのは織り込み済み。
「い、家で、ですか・・・」
恭介が離れて、急に不安なそぶりを見せる。
ちょっと媚びたような目線。なんか、この子反則っぽい。
幼い顔つきなのに、明乃よりも女らしい雰囲気、独特の媚びがある。
しかも私より胸が…思考停止。

「学校での兄を知らないので、比較はできないですけれど、
平日は本読んでる事が多いですね。なんだか判らない数学とか科学の本たくさん持ってます。」
時々見せる妙に役立たずな博識ぶりはそのせいか。
「あ、私の部屋で少女漫画読んでることもありますよ。
私の方が遅く帰ってきたら、床に座って電気も付けずに読み耽ってたことが。」
「・・・出禁にしたら」
「でも、私も兄の部屋に勝手に入ってますし・・・」
そこでどうして頬を赤らめるのかな。

「それから、毎日通販で買ったトレーニングマシンで運動してますね。」
「ガタイ良いわよね」
「はい、って他の男の人の裸は普段見ないからわかりませんけど…」
妹って兄の裸を普段見るものだろうか
「えっ、あ、いや、そういうわけじゃ。」
思わず声に出していたようで、回答が返ってくる。
「べ、べつに見ようと思ってるわけじゃなくて、その、まあ日常的に、
洗濯物もいっしょだし、あ、そういえばこの前お風呂・・・あひゃぁ!」
なんだかボロボロと凄い事実が発覚しそうなところで、
明乃から脱出した恭介が彼女の脇腹をつっついた。
「なにを不穏当な発言をしてるんだこら。」
「え、えーと、いや家庭の環境を・・・あうっ、や、やめてお兄ちゃんやめてぇ」
訂正、つっついたのではなく、恭介は妹の脇腹、肋骨のあたりを指で擦っている。
・・・これは一般的な兄妹のコミュニケーションの範疇なのかなあぁ・・・

「たいしたことは聞いてないわ」
「ちはやちゃんがお兄ちゃんっ子だって事はわかったけど」
「え、えっと…ふぇっ…んっ…な、なにも言わないよぉ」
「まあ、否定はしない」
恭介がちはやから手を離す。
「うぅ・・・それじゃ、また」
ちろっと恭介に視線を向けて、彼女は明乃の方に歩き出す。
怨みがましいというより、名残惜しい感じの視線だったと思う。

「いい子じゃない。ちはやちゃん」
「ん、ああ。」
びくぅ
わざと彼女に聞こえるように恭介に振ってみたら、彼女の背中があからさまに緊張した。
お兄ちゃんっこ、ね。

「仲良さそうね」
「親父が死んだのが早かったからな。」
「可愛いわよね。」
「まあ、否定はしない。」
「血が繋がってて残念ね。」
「ああ・・・って何を言わすんだっ!」

あんまり冗談にも聞こえなかった、今の。
「ほお」
「うわぁ、凄い」
「すっげぇ…」
「ふぅん」
「えっへん!」
「お前が威張るな」
「えぇ〜」

「す、凄いわね・・・ってどこに昇ってるのよ!」
「おおおぉぉぉおおぉぉ、やっほーーーーぉぅっ!」

「・・・猿となんとかは。」
「高い所が好きなのは猫だがな。」
「猫も登りそうよ、ほら。」

高速巡洋船バジリスク号。
クルーズ船としては最小の部類に入るんだろうけど、
客船なんか縁のない私たちには、とてつもなく豪華にみえる。
みんなの言葉は、それぞれ字面は違えど、驚きと感動を表現している

で、驚きと感動を煙突に昇って身体で表現しているのが約一匹、もとい、約1名。
それを何故か追いかけている赤のワンピース、と、黄色の下着。
「こ、こら、さっさと降りなさい!危険でしょ!」
「ねーちゃんの方があぶないぞ!しかも下からパンツ丸見えだぞ!」
「へ、あ、こ、こら、早間!覗くな!、って、きゃあ!」

ハシゴを昇ってる最中にスカート押さえるのは危ないと思う。
「あいたた・・・」
煙突を登りかけて途中で落っこちたのは綾之部可憐。旧家のお嬢様。
私たちのクラスメートで、恭介や明乃とはなにかと行動を共にする間柄。
私とも、教室でのお上品な仕草が地でない事を知っている位には交友がある。
外見は背が高くて清楚な美人。スレンダーというには肉付きが良すぎるか。
緩やかなワンピースの上からでもはっきりと主張する胸のラインは・・・やめやめ。

「姉ちゃん、だいじょーぶか?」
大した高さじゃなかったけれど、心配そうに降りてきたのは綾之部珠美。可憐の妹。
ちんまい、という言葉がぴったりだが、身長は私と大差ない。はいはい、私が低いだけ。
可憐と遊びに出かけるともれなくオプションとしてついてくる。オプションだけあって、くるくると良く動く。
姉のパンツをどうこういっていたけど、妹も黄色のワンピース、しかもミニなので

「水色っては色気がないよな、恭介」
「あの色ならストライプの方がいいな」
「うぉっ、縞パン好きかお前」
男って、下賤。
・・・ストライプの下着、あったかな・・・

「うう…」
屈んだまま動かない可憐に、珠美が近づく。
「まさかうちどころが悪・・・わきゃっ!」
射程距離に入った瞬間、可憐の手が珠美を捕まえる。
「あんたは少し大人しくできないのっ!」
「わー、わー、姉ちゃん卑怯っ…じゃなくて勘弁、かんべんっー!」
「まったく、少しは大人しく…きゃっ!」
頭を押さえつけて説教態勢に入った可憐のスカートを、珠美が思いきりまくりあげた。
慌てた隙に、機関室の天井から飛び降りてこっちに駆け寄ってくる。
「こ、こら!待て!」
走り寄る黄色。追いかけてくる赤は、階段経由で遠回り中。
「きょーすけかくまえ…ぷぎゃ」
恭介にすがりつこうとして、逆に脳天チョップで撃墜される珠美。
まあ、いつもの光景
「さっさと荷物置いてこい」
「やだ、まだ走り足りない」
「じゃあ、どれだけ走れば気が済むんだ?」
「それは勿論、夕日をバックにキックの応酬・・・ぺぎゃっ」
そんなやりとりの間に、息を切らして可憐が追いついてきた。
珠美は恭介から離れると、何故か私の後ろに隠れた。

「ふっ!姉ちゃん!これを見ろ!」
そういって私の首になにやら突きつける。玩具のナイフ・・・本物!?
「この娘の命が惜しくば、そこでストリップだぁ!」
「馬鹿、危ないからやめろ」
どこで持ってきたのかナントカに刃物を振り回す珠美から、恭介がナイフを奪う。
「ほれ、可憐」
頭をつかんで姉に引き渡そうとする恭介に、珠美は私に抱きついて抵抗した。
「いやじゃいやじゃあ…、お?」
「・・・」
抱きついた珠美の手が、私の胸を掴んだ。
「んー、んーむ、むーう」
掴んだ、というか、掴むところがなくて彷徨ってる、というか、そう言いげな手つき。
私は振り向いて珠美に正対した。
「・・・・・・・・・なにか?」
「・・・・・・・・・正直、すまんかった」

背中に抱きついてた珠美のも、大きくはないんだけど・・・
・・・イツカコロソウ
客室は、今まで私が泊まったどんなホテルの部屋よりも立派だった。
調度品も質の良いものが揃っていて、ありがちな薄っぺらい豪奢さは感じない。

「この船、採算とれるのかな。」
ラウンジに降りてきて、恭介に振ってみる。
「お偉いさんを接待して売り込もうって船らしい。単独の採算は計算外じゃないか?」
「そんなの成立するのかなあ。」
「大人の世界は良くわからんな。」

「は〜い、みんな集まったぁ?」
白衣の女性が、ラウンジに声をかける。
折原志乃、明乃の母親にして、今回の企画者兼スポンサー。
「うひゃあ、白衣の下にボディコンスーツかよっ。」
「友則、よだれ拭け」
「出てねぇよっ!」
涎は垂れていないけど、垂れてないだけって表情の早間。無理もない。
血は争えないというと逆だろうが、流石に明乃の母親だけあって、
なんというべきか、その、一言でいえば、私の正反対な体つき。うぅ…

「あらぁ、恭介くんこそ涎が垂れてるんじゃなくて?何かおいしいものでも見たのぉ?」
前開きのゆるい白衣には、ボタンもついていない。
志乃さんが恭介の肩を抱くと、ふわりと翻って恭介の身体に降った。
「そんなことないです。」
いいつつ恭介も頬が緩んでいる。あーあ、あれ、私じゃ絶対無理だなあ
志乃さんは明乃よりも頭半分高く、しかもハイヒール。見た目、恭介とさほど変わらない。
ちなみに私は、シークレットシューズを履いても人並み未満。履かないけど。
「さて、冗談はこれくらいにして、と」
「し、志乃さん、俺にはっ?」
「ようこそ、バシリスク号へ。歓迎するわ。」
早間の台詞は当然のように無視して、説明を始める志乃さん。
そう、彼女は今回の試験航海の責任者にして、開発チームの重要人物。

「現在、バシリスク号は港を出て外洋に向かっているわ、
航海期間は1週間、途中、港には寄らないから、ずっと海の上ね」
血は争えないといったが、それは身体的特徴だけのことで、流々とした話しぶりは、
率直にいって明乃の母親とは思えない。もっとも、言動自体には、確かに母娘と思うふしもある。

基本的な注意事項を聞き流しながら、私は、同行者達に視線をめぐらせた。
明乃、恭介、ちはやちゃん、可憐、珠美、早間、志乃さん、もっぺん恭介。
あまり交友範囲が広くない私には、概ね知り合いだけで居られるこの空間は、とても心地よい。

「ということで、航海終了までは泣いても喚いても陸には帰れないから、覚悟しなさいよお〜。」

志乃さんの台詞に皆が笑う。私も、ちょっと笑う。
楽しい旅に、なるといいな。それと、恭介と、もうちょっと喋れると嬉しいな。

私の旅が、始まった。