蘇るSSスレ

このエントリーをはてなブックマークに追加
12日目 

「・・・つっ!」
頭が、ずきずきと痛む。無意識に押さえようとした右手が、ガチャリと何かに引っ掛かった。
「手錠?」
俺は、冷たい床の上に、壁に寄りかかるように座っていた。
両手が、頭の上で何か金具のようなものに固定されている。
「・・・はぁ。」
妙に力の抜けたようなため息が聞こえて、俺は顔を上げた。
建物はさっきと同じだろうが、電気は消えている。外はまだ夜だ。
月が出ているかどうかは覚えてないが、天井近くの採光窓からぼやっとした光が差し込んでいる。

そこには、小柄な恵が、俺を見下ろしていた。手にはナイフか何か。

「いきなり殴られるとは思わなかったな」
「それ、本気で言ってる?」
ちょっと呆れたような表情で呟く。
「記憶、戻ってたのか。」
「1週間ほど前に。心当たり、あるでしょ。」
「あのビデオは?」
「岸田に解放された直後に、私が自分の鞄に隠してた。降船する時は意識なかったけど、見つけない警察も警察ね。」
「チャットに画像を上げたのも?」
「あ、恭介も見てたんだ」

こんな状況下で、会話は淀みなく流れた。

「警察に行ったのは、押収資料のなかに映像がないことを知るため?」
「ええ」
「ビデオを見せたのは、俺が知らなかった事を確認したかった?」
「そうね。話が恭介だけで済みそうで良かったわ。」
お互いの認識の確認が終わる。そして、

「俺の事は、信用できないか?」

俺はさらりと口にする。
「ええ、できないわ」
恵は平然と言い放つ。
「そうか、力不足で済まない」
だが、俺の言葉に、恵の顔は急激に歪んだ。
「・・・なんで・・・」
「・・・」
「なんで怒らないのよ!!」
「恭介は何も悪くないんでしょ!船での事も、今まで誰にも言ってないんでしょ!
ビデオの事は、何も知らなかったんでしょ!私が勝手に思い出して、勝手に教えて、
それで、恭介を信用できないって言って!!それでなんで平気なのよ!」
堰を切ったように泣き喚く恵に、俺も頭に血が昇る。

「平気なわけ・・・ねーだろこの大馬鹿野郎っ!」

怒鳴り返されて、恵はビクっと体を震わせ、涙を溜めた目で俺を見る。
俺は深呼吸をひとつ、ふたつ。

「恵・・・お前が取り戻した記憶が、どれ程のものなのか、俺にはわからない。
俺はお前のした事を少し知ったけど、その意味は、それは恵が決める事だ。」

「けど・・・これだけは、理解してくれ。俺は変わらない。」
自分が助かろうなんて思わない。恵を説得しようという気持ちもなかった。
「これからも、俺がお前を守る」
ただ、俺は事実を告げた。
「・・・夜にね」

恵は俯いたまま続ける。
「・・・目が覚めると、泣いていたの」
「この1年、恭介と一緒にいて、抱かれて、幸せなはずなのに、ずっと、何かが壊れてた」
「記憶がないのが不安だったわけじゃない」
「あのことを思い出して変わったわけじゃない」
「今度は、ただ、理由がわかっただけぇ」
声が詰まる。

「・・・さっきの、嘘だよぉ・・・」
恵が顔をあげる。赤子のような泣き顔。

「信じてるよぉ、恭介のこと。見てたもん、この1年も、その前も、初めて会った時から、見てたもん。
わかってるよ、私の事絶対裏切らないって!ずっと、私の事守ってくれるって、信じてるよ!
でもダメなの!同じ世界に、私のこと知ってる人がいるのが、ダメなの!
直らないよ・・・私は、あの時壊れたの・・・私を守るって言うなら、あの時、助けて欲しかった!」
泣きじゃくりながら、床にむかって叫ぶ。

そして顔をあげる。泣き笑いのような表情。
「わたし、呼んだんだよ」
「助け、呼んだんだよ」
「・・・恭介のこと、呼んだんだよ・・・」

「恵」
応えはない。
「今から、じゃ駄目なのか?」
恵はうつむいたまま。

「時間は、いくらでもある筈だ。」
肩を震わせる。
「お前の時間は、もう、動かないのか?」
顔を上げたが、言葉はでない。
ただ、涙を溜めた瞳を見つめて、俺は答えを知った。

好きにしろ、とは言わなかった。ただ、これ以上言葉を探すのを止めた。
恵が、夢遊病のような足取りで近づいてくる・・・

ぐらり、唐突に世界が揺れた。

「地震!?」
かなり強い。恵が、あっさりとよろけ倒れる。
「恵っ!」
俺は叫んだ。両側に積み上げられた鉄骨が、衝撃で崩れかけている。
金属が擦れあうような音に、恵は呆と上を見上げ、しかし動かない。
妙にゆっくりと、巨大な影が降りてくる。

「恵ぃいぃぃぃっっっっっ!!!!」
叫んで俺は弾かれたように立ち上がる。
手錠は、玩具だった。プラスチックの鎖を引きちぎり、恵に駆け寄る。
突き飛ばしても間に合わない。俺は恵を抱きしめて、その小さな躯を、全身で包んだ。
脇腹に鋭い痛み、恵が持ってた刃物が刺さったか。

「き、きょうすけ!?」
顔を出そうとする恵を押さえつける。刹那、轟音。衝撃。激痛。暗転。

それっきり、俺の記憶は途絶えた。