ガッ、ガッ、ガッ、ガッ
土煙を舞い上げながら、青年が爆走する。ひたすらに。
運転手の篠崎さんに頼んで、日舞の先生のところまで送ってもらっている途
中。香月君がなんだかがむしゃらに走っているのを見かけた。妙に気になり、
篠崎さんに車を止めてもらい、車の窓から声を掛けてみる。
「あの、どうしたの?」
こちらのほうを向く。額にはすごい汗、前髪が張り付くぐらいの。
「あ、クラスメートの、と、わりい!車で送って欲しいところがあるんだけど」
運転席を見ると、案の定、不審気な視線を香月君に送っている。わたしも
何事かと思ったけれど。
「いいわ、乗って」
とにかく真剣な顔だったから。
「恩に着る!」
慌ただしく乗り込みながら、香月君が叫ぶ。
「すいません、運転手さん、県立病院まで、至急で!」
・・・・・・キキ―――ッ
「着きましたよ」
「ありがとう!」
着くや否や、とんでもない勢いで病院に飛び込んでいく。わたしも成り行きで
後を追う。受付のテーブルに噛り付かんかの形相で香月君は走り寄る。
「あ、えと、友則!友則じゃわかんねえか、あの、ここに早間友則が運び込まれてる
んです。事故とかで。今日、会う約束してて、そしたら事故ってここにいるとかで。
えーと、あいつの血液型はわかんないけど、俺の血でよかったら使ってください!
前、400ccで全然平気だったから、多分2リットルぐらい抜いても大丈夫です!」
そんな、無茶な。多分、受付のお姉さんも同じ気持ちだっただろう。
とにかく、香月君の勢いはすごく、誰も口をはさめない。と、その時。
ビシッ。
香月君の後頭部をチョップしたのは・・・早間君?
「恭介、何やってんだよ」
「わぁっ!友則ぃ、なんでここにいるんだよ!」
「それは・・・俺が言いたい」
早間君は、どう見ても怪我をしているようには見えない。服すら綺麗なものだ。
「俺のバイクに乗ってた内田が目の前でこけやがってさ、付き添いで来てただけ
だよ。奴は足の骨折ってたけど、元気なもんだ」
「あ、そうだったんだ」
へなへなとその場に座り込む香月君に、早間君が上から声を掛ける。
「お袋に伝言頼んどいたんだけどよ、ちゃんと伝わってなかったか、それとも、
お前の早合点か」
「多分、両方」
腰を曲げて、早間君が香月君の顔を覗き込む。
「なんか汗だくだな。まさか、家から走ってきたのか」
「いや、途中で車に乗せてもらったんだよ。クラスメートの」
こちらのほうに頭を向けて、続ける。
「綾小路さんに」
綾之部だよ!私は心の中でつっこんだ。
それにしても・・・私はさっきまでの出来事を思い出す。一生懸命だったな、香月君。
あんなに必死になってたのは早間君が親友だから、なのかな。
とある日曜日。ピクニックに出かけた。珠美と明乃さんと恵さんと香月君とで。
本当にたまたま、流れで。珠美も誘われた。恵さんが言ったから。
『妹さんもご一緒にどうぞ。こちらの大変妹思いのお兄さんも連れてこられるそうだし』
『しょうがないだろ。ちはやがうるさいんだよ』
ふてくされたように香月君が言う。私が今まで見たことの無かった表情で。
原っぱでお弁当。早間君は『飲まねえの?じゃパス』だったそうだけど。ノンアル
コールだって充分楽しい。あ、また。ちはやちゃんと目が合う。私だけじゃなく、恵
さんも、明乃さんも、見比べてるような。やっぱり気になるんだろうか。お兄ちゃんの
女のお友達――もしかしたらお友達以上?って。
でもね。私はチェックの必要ないんじゃないかな。
明乃さんみたいに幼馴染じゃないし、恵さんみたいにウマがあう感じでもないし。
珠美みたいに人懐っこく、趣味が合う訳でもないんだから。
私はただのクラスメートなんだから。
あ、れ。何か胸が痛む。何ダメージ受けてるんだろ、自分の言葉に。
「姉ちゃん。私ら一寸厠へと急ぎたいでの、先に行く」
「ん、わかった」
帰路。珠美が、早々に仲良くなった明乃さんと恵さんと連れ立って、先に下りて
いく。私は何となくゆっくり降りていく。
前に香月君とちはやちゃんがいた。
「―――私、一寸このお花をね」
「じゃ、行ってるぞ」
香月君が先に歩いていく。私は声を掛ける。
「どうしたの。香月君行っちゃたけど」
「ちょっと、このお花見てて・・・お先にどうぞ」
行きかけて、振り返る。足を気にしてる、もしかして。
「靴擦れ?ちょっと見せてみて。簡単な応急処置ぐらいならできるから」
「え、いいです。大丈夫です。」
「あぁ、ほら、靴脱いで、遠慮しないで、えーと、消毒とガーゼと・・・」
「・・・私、新しい靴履いてきちゃって、言ったら、お兄ちゃんに怒られそうで」
「うん、でも、履きたくなる気持ちもわかるわ」
二人でしゃがみ、治療をしていると。
「ちはや!どうした!」
香月君が大声で、駆け寄ってきた。
「うわっ!」
私の声。
「・・・・・・あ」
ちはやちゃんの声。
カコ―――ン カサ カサ コ――ン
崖を落ちていく、ちはやちゃんの靴の音。
「・・・・・・俺、やっちゃった?」
沈黙が、そのまま、肯定を意味して。
「・・・・・・わかった、それじゃあ」
香月君は自分のリュックを下ろし、右手に持ち替え、しゃがみながら言った。
「ほれ、背中貸してやる、おぶされ」
戸惑っているちはやちゃんに香月君が重ねて言う。
「こんな道、裸足で歩かせるわけにはいかないだろうが」
「お兄ちゃん、またシスコンって言われちゃうよ」
「今更だよ」
ちはやちゃんと荷物で流石に重そうな香月君に声を掛ける。
「リュック持つわ」
「いや、悪いよ」
「それこそ今更よ。渡して」
「ありがとう、じゃ、これ」
荷物を持ち、二人の後について歩く。振り返らずに、香月君が言う。
「友則の時といい、また、迷惑かけたね、綾小路さん」
だからさぁ、私は綾之部だってば!
二人の背中を見ながら、思う。
なんだかんだ言って、とっても優しいのは、大事な妹さんだから?
それが私だったら香月君は同じことはしてくれないのかな・・・何で私はそんな事を
考えているんだろう。
帰りのHR。みんながすっかり放課後気分で浮かれる中、担任の先生が言った。
「あー、それと誰か悪いけど、後で一仕事してくれないか」
嘘のように教室が静まり返った。
結局、『目があったから、お前ら二人』なんていう、つまらない理由でプリント
の整理をまかせられた。私と香月君で・・・・・・こっちはつまらなくないかな。
「で、これを次のに挟んどけばいいのかな」
「うわっ、丁寧な仕事してんな。こんなのこうでいいだろ、で、終わりっと」
「ん、ま、いいよね」
てきぱきと言うか、適当というか、とにかく香月君の働きで仕事が早くに終わる。
ちょっと残念なような・・・。私は椅子に座り、教科書やノートをバッグに入れる。
香月君は、中に教科書が入ってるかもあやしい自分のバッグを肩に担ぐと、
私に向かって話し掛ける。
「最近、いろいろ縁があるね、俺と綾小路さん」
ん・・・・・・もういい、つっこまない。
「あんまり、話す機会は無かったけどな、面白そうな人だとは思ってたんだけど」
え、面白そう、私が。香月君が言葉を続ける。
「結構見てて、飽きないし」
「そんな事・・・・・・見てて!?」
わ、私のことを見てて?
「ほら、ピーマン食べるときさ」
「え?」
嫌な予感がする。
「苦手なんだろ。いつも一口目食べる時だけさ、うにゅっとした顔するだろ、で、
あとは、素早く何事も無かったような顔に戻るだろ、あれ、面白いなと思って」
う、見られた!そんな、いつもあれを食べなきゃいけない時は誰の視線も避けて、
素早く口に運んでいたはずだったのに!
「あとさぁ、高谷の英語の時、一寸寝てただろ、微妙に左右に揺れててさ」
「そ、それは」
「で、指された瞬間、何気なく教科書と黒板とノート、見まわしてさ、『あの、
すいません、ここがわからなかったんですけど』って、うまい具合に質問返し。
俺、あの時は拍手送りたかったよ。それに体育の時さ、土慣らし踏んで・・・・・・」
私は、言葉が出ずに、ただ口をパクパクさせる。
「ははっ、酸欠の金魚だ」
「私、そんなにドジして廻ってるつもり無いんだけど」
「うん、いつもは結構、完璧だよな。それなだけに、見っけたら、もうけ!って
いう気分になるんだよ」
「・・・へんなの」
その時の私は、拗ねた子供のような顔をしてたと思う。そんな口調だったから。
「そうかも。でもさ」
香月君が私の前の席の椅子に、またぐように座る。真正面に向かい合う。
「なんか見ちゃうんだよなぁ」
まっすぐ、私のことを見つめてくる。頬を赤らめていないか確かめる勇気なんて
私には無い。
「・・・聞いてる?綾小路さん」
またっ、もう!
「私は、あ・や・の・べ!」
「やっとつっこんでくれた」
ニカッと笑顔を見せる。一瞬、うん、本当に一瞬だけど、その笑顔に見とれる。
「まさか、香月君、今までずっと間違えてたのってわざと?」
「『恭介』」
「え?」
「恭介って呼んでくれよ、友達はみんなそうしてるから、『こうづきくん』じゃ
何か調子が狂う」
「でも」
「そう呼んでくんなきゃこれからも『綾小路さん』って呼ぶぞ」
「あー、もうわかった、恭介!私も可憐でいいから!」
「え、いいの?」
「これ以上、綾小路って言われ続けたらたまんないわよ」
「それなら・・・」
コホン、とわざとらしい咳ばらいを一つした後、こちらを見て言う。
「か・れ・ん」
私は頬杖をついて、まっすぐ、相手の目を見つめて言う。
「なぁに、きょ・う・す・け」
わずかな間の後。
「ぶ・・・ハハハハハ!」
「く・・・おっかしい!駄目、笑っちゃう・・・」
何故か、照れよりおかしさが二人の間を漂い、しばし、私たちは好きなだけ
笑い転げていた。
もし、それが私だったら、こうづ・・・恭介はどうするのか。
私の本当の気持ちはどうなのか。
・・・今は考えなくてもいいか。
ただ、恭介と一緒の時間を、この大切なひとときを今は抱きしめていよう。
おわり