「おとーさん、おしごとやすんじゃだめだよ」
ぼくは、ふとんのなかからいった。
「どうして」
おとうさんは、だいどころからこたえた。
「おしごとやすむひとはえらくなれないんだよ」
って、ともだちがいってた。
「いいんだよ」
おとうさんは、ふとんのそばにきてわらった。
「ずうっと<ひらしゃいん>だよ。おとうさんかわいそうだよ」
「おとうさんはね、えらくなるより、おまえとちはやに会う方が幸せなんだよ」
おとうさんは、だいどころからリンゴをすってもってきてくれた。
「ほれ、あーん」
「じぶんでたべる」
「そっか、えらいな」
のどがいたかったけど、リンゴはつめたくておいしかった。
「じゃ、おとうさんはちはやをねせてくるから、恭介も少し寝なさい」
へやをでていくおとうさん。
「おとうさん」
「なんだい」
「おとうさんは、ぼくとちはやにあえたらしあわせなの?」
「そうだよ」
「ずっと?」
「ずっと」
「いっしょう?」
「いっしょう」
おとうさんは、いりぐちからもどってきて、ぼくのあたまをなでた。
「おとうさん、きょうはしごといかなきゃだめだよ」
ぼくはまた、かぜをひいてしまった。そのせいでおとうさんは、さいきんおやすみばっかり。
「これいじょうやすんだら、おとうさんクビになっちゃうよ」
そういっても、おとうさんはきかないんだけど。
「はいはい、わかったよ」
あれ?きょうはあっさりうなずいたぞ。そして、いえをでていくおとうさん。
ぼくは、おとうさんがしごとをやすまなくてうれしかったけど、
ちょっとさみしくなって、ふとんをかぶった。ちはやがおきたら、どうしよう。
ガチャ。
すこしたって、げんかんのとびらがひらいた。
なんだ、けっきょくおとうさん、もどってくるのか。
ぼくはがっかりしたようなうれしいようなきもちで、ふとんのなかでおとうさんをまった。
ぴたぴたと、スリッパのおとがこっちにくる。
「香月恭介くんだね」
「?」
へんなこえで、はなしかけられた。
ぼくはふとんからかおをだした。
そして、ふきだした。
おとうさんがたっていた。へんなぼうしをかぶって、へんなひげをつけてた。
「おとうさん、なにやってるの?」
「わたしは、おとうさんではない」
まじめなかおで、おとうさんはいった。
「わたしはアンクル・パピィ。お父さんの親友だ」
「仕事で手が離せないお父さんに、子供たちを頼まれたのだ。」
「でも、母さんとちはやには内緒だよ」
ぼくはわらった。
それから、びょうきのときにぼくのめんどうをみるのは、おとうさんでなくアンクル・パピィになった。
「・・うっ・・・うぇっ・・・ひっく・・・ひっ・・・ぐすっ・・うぁあ・・・」
ちはやは、まだないてる。ぼくは、なくのをやめてた。きょうは、おとうさんのおそうしき。
「ちはやちゃん、ほら、なみだふいて」
「う・・・うあああ・・・ぐっ・・」
「ほら、お菓子食べようよ」
「・・・ひっ・・ふ・・・」
<しんせき>のひとたちが、ちはやにこえをかける。
おかあさんは、どこかにいったっきり。おそうしきって、いそがしいんだ。
ちはやは、おとうさんが<れいきゅうしゃ>ではこばれて、
<かそうば>でもやされて、<ほね>になってもどってきても、まだないてた。
おかあさんは、いそがしい。ぼくは、おかあさんに、ようじをたのまれた。
もどってくると、ちはやがいない。
「おばさん?ちはやはどこ?」
「あら恭介ちゃん。ちはやちゃんはね、おそとの空気を吸いにいったわ」
ぼくはくつをはいてにわにおりた。
だれもいない。でも、ちはやがないてる。こえがきこえる。
こえのほうにいってみた。にわのすみっこで、きのかげで、ちはやがないてた。
「ああ、恭介くん。丁度よかった。ちはやちゃんを見ててくれないかな」
<しんせき>のおじさんがいった。ぼくはうなずいた。
「そっとしておいてあげれば、落ち着くと思うから。よろしくね」
おじさんはそういって、いえのなかにはいっていった。
めのまえで、ちはやがないてる。
ぼくは、なにかいおうとした。
「・・・すっ・・・おと・・さん・・・ぐっ・・・ぅっ・・・」
なにもいえなかった。
ちはやがさがしてるのは、ぼくじゃない。でも、なにかいわなきゃ。
「ちはや・・・」
「ぐすっ・・・と・・さ・・・い・・・そぅ・・・」
「ちはや?」
「おとさ・・・か・・・い・・・そ・・・ぐすっ・・・」
おとうさん、かわいそう。ちはやは、そういってないていた。
ぼくは、あたまがあっつくなった。
ぼくは、じぶんがかわいそうでないていた。
ちはやは、おとうさんがかわいそうでないていた。
だから、ぼくじゃだめだとおもった。
だから、はしってうちにはいった。ぼくじゃない、だれかになりたくて。
ぼくは、うちにはいると、おとうさんのへやにいった。
おとうさんのへやは、まだ、おとうさんのへやだった。
ぼくは、タンスをあけて、おとうさんのふくをとりだした。
おっきなせびろと、くろいぼうし。
ぶかぶかのせびろをきて、ぼうしをかぶって、ちはやのところにいった。
ちはやは、まだないていた。
「ちはや。」
ぼくは、こえをかけた。
「えぐっ・・・ぐすっ・・・」
ちはやは、まだないていた。
「ちはや。なくことはない」
「すんっ・・・?」
ちはやがかおをあげた。
「・・・おにいちゃん?」
「おにいちゃんじゃない。」
まじめなかおで、ぼくはつづけた。
「わたしは・・・」
なんっていえばいいんだろう。ぼくはまよった。
「・・・わたしはアンクル・パピィ。」
そして、ぼくしかしらない、もうひとりのかぞくのなまえをなのった。
アンクル・パピィは、ちはやにはなしかける。
「おとうさんに、たのまれてた・・・ていたのだ」
ちはやは、おとうさんっていったとき、すこしびくっとした。
「もしも、こどもたちが、おとうさんのためにないていたら」
ちはやがもういちどぼくをみた。
「おとうさんのために、なくことはないといってくれと。」
ちはやは、じっとみている。
「おまえが、おとうさんにあえてしあわせだったように」
ちはやがぶんっ、とくびをたてにふる。
「おとうさんは、おまえにあえてしあわせだったはず」
ちはやが、ちいさくうなずく。
「だから、かなしいことはない」
ちはやのめに、またなみだがたまる。
「じぶんのぶんをかなしいだら、おとうさんのぶんはなかなくていいんだよ」
ちはやはめをまるくひらく。そこからまた、なみだがおちる。
「いまは・・・もう・・・あえないけど」
ちはやがぼやける。めのまえが、ぼやっとなる。あっつい。
「おとう・・・さん・・・は・・・」
こえがでなくなる。ほほになにかがながれてる。ちはやがどんなかおをしてるのか、ぜんぜんみえない。
「おまえに・・・であえて・・・」
「いっしょう・・・ぶん・・・も・・・しあ・・しあわせ・・・だった・・・ん・・・だから」
まえをみてたのに、じめんがみえた。かおをあげたら、そらがみえた。
そらは、うみみたいになってて、おひさまが、みずのなかみたいに、ゆらゆらしてた。
とんっ。むねがあったくなる。かおをさげると、めのまえにちはやのかみのけ。
ぼくは、ちはやをぎゅっとした。ちはやは、ぼくにぎゅっとくっついた。
アンクル・パピィはなかなくていいっていったけど、ふたりで、ずっとないた。
「じゃあ,お母さんそろそろ出るわね」
「はーい」
「恭介、ちはやの事ちゃんとみてなさいよ」
「わかってるよ」
「なにかあれば私の携帯か、おばさんの家に電話しなさい」
「うん」
「ちはやは,恭介の言うこと聞くのよ」
「うんっ」
「じゃ、いってくるわ」
「「いってらっしゃーい」」
お父さんがしんでから、お母さんはいえにいないことがおおいです。
きょうは日よう日なのに、よるまでおしごと。
「あ、カギしめるからいいよ」
「ありがと、じゃあね」
「きをつけてね」
パタン、カチャリ、かぎをかけてちゃのまにもどる。
「いっちゃった」
こたつにはいって足をのばす。
「・・・なに?」
ちはやがじっとぼくをみている。
「いうこと」
「いうこと?」
「ちはやは、おにいちゃんのいうことをきくんだもん」
「いうこときくってのは・・・」
「えへへー。なんでもめいれいしてー。」
そういってにこーとわらう。
「あのね。いうこときくってのは,ちゅういしたらやめるっていみで
ぼくがちはやにめいれいするわけじゃないの」
「えー、つまんないのー」
なぜかほっぺたをふくらませるちはや。
こたつから足を出してうしろをむいた。
「だから、かってにどっかいったりしなければいいんだよ」
くるっとこちらをむくちはや。あれ、またうれしそうになってる。
「どっかいっちゃだめなんだ?」
「え?うん」
「じゃあ,どっかいっちゃだめっていって」
「なんで?」
「なんでもっ。いわないとどっかいっちゃうもん」
ちはやは立ってあるきだす。
「わかったよ。じゃあ、どっかいっちゃだめ。」
「うんっ」
くるっとふりむいて、とびついてきた。
「うわっ、なにすんだよ」
「どこにもいかないよー」
ぎゅうっとせなかにくっついて、ほっぺをぼくのくびにすりつけるちはや。
ぼくがふりむきかけると、ちはやはななめにおんぶするようにのっかってきて、
そのままコタツとぼくの間にわりこんだ。
ヒザの上で、ペトっとだきついてにこにこうれしそう。
なにかいおうとおもったけど、そのかおをみたらなにもいえなくなった。
うれしくなって、そのままずっと、ちはやをだっこしてすごした。
ちはやのたんじょう日がやってきた。
プレゼントは、おかあさんといっしょにえらんだ。
きれいなパスケースに、ちはやはとてもよろこんだ。
そのあと、ぼくのほうをみた。
「これはお母さんと恭介の二人からよ」
おかあさんがせつめいした。
ほんとうは、ぼくもないしょでプレゼントをかってた。
でも、おこづかいでかったプレゼントは、いかにもちゃっちくて、
それに、こっそりかってたから、おかあさんにわるくて、ぼくはうなずいた。
ちはやもうなずいた。すこし、さびしそうだった。
やっぱり、あとでわたそう。
さんにんだけのたんじょうパーティーがおわった。
ぼくはちはやのへやをたずねた。
コンコン。
へやをノックする。ドアをあけたちはやが、めをまるくした。
「おに・・・」
「おにいちゃんじゃない。アンクル・パピィだ」
ぼくは、おとうさんのせびろと、やまたかぼうをもちだしていた。
「よいこのちはやに、アンクルパピィからのプレゼントだよ」
そういって、ちはやのてに、てのひらくらいのつつみをわたした。
おみせでつつんでもらうのをわすれたので、こうこくがみでつつんだ。かっこわるい。
「たいしたものでなくてすまない。わたしもおかねがなくてね」
ちょっとなさけないアンクルパピィ。ちはやはつつみをあけた。
わたしたのは、ちっちゃなかみどめ。おねだん500円。
ちはやは、ぼくをみた。わらいそうになって、なきそうになって、けっきょく、わらった。
「ありがとう、えっと、あんくるぱぴー?」
はてなマークは、やめてほしい。
「アンクル・パピィは、いっつもどこにいるの?」
「どこにいても、ちはやをみまもっているよ」
「あははっ、せいぎのみかたみたーい」
「そうだな。ちはやのための、せいぎのみかた」
「ピンチのときは、たすけてくれる?」
「もちろん」
プレゼントをわたしたあとは、ちはやのへやで、しばらくアンクル・パピィをやった。
そのうちに、ねむくなったちはやをねかしつけて、タンスのへやにもどった。
「なにやってるのっ!」
こえがした。おかあさん。どうして、こわいこえ?
「こんなもの持ち出して・・・」
アンクル・パピィの、いや、おとうさんのせびろをつかむ。
「えっと、これは・・・」
「いいからさっさと脱ぎなさい!」
おかあさんは、なぜかおこってた。そして、なぜかすこしかわいそうだった。
アンクル・パピィがふくをぬいでぼくにもどると、
おかあさんはせびろをかかえてタンスにしまいなおした。
そのあいだ、おかあさんは、だまったままだった。
ぼくも、だまってそれをみていた。
おかあさんとぼくとちはやは、おとうさんのおはかまいりにでかけた。
お父さんのおはかは、でんしゃとバスをのりついだやまの上。
バスていからさかみちをのぼる。
もりのなかにぽっかりとあいた、うみのみえるおはか。
「おとーさん・・・」
ちはやがおはかにだきつく。
「ほら、お父さん綺麗にしてあげましょう。恭介、お水汲んできて」
「はーい」
三人でおはかにみずをかけて、おはなをあげて、
おせんこうをあげて、おかしをあげた。あげたおかしは、ぼくがたべた。
「じゃあ、もどりましょう」
「・・・・」
ちはやは、おはかのまえからうごかない。
「ほら、このあと事務所に寄らないといけないから、バスの時間に遅れちゃうわ」
おはかの<かんりじむしょ>はさかをおりたバスていのとこ。
「・・・やだぁ」
いつまでもここにいられるわけじゃないけど、ぼくももうすこしお父さんといたかった。
「おかあさん、さきにじむしょにいって。ぼくとちはやはあとからおりるから」
おかあさんは、すこしまよったけど、おはかにくっついてうごかないちはやをみてうなずいた。
「わかったわ、30分くらいで終わるから、事務所の入り口でまってなさいね」
おかあさんは、かけあしでおはかからはなれた。
それからしばらく、ぼくとちはやは、お父さんのところにいた。
「ちはや、もうもどらなきゃ」
「・・・」
「・・・おとーさんには、またあいにこようよ」
「・・・うん」
はんぶんなきべそかきながら、ちはやはうなずいた。
「おそくなっちゃったな、おかあさんまってるな」
たしかじむしょは、こっちのさかをおりたところだから…
「まっすぐいけば、ちかいよね」
おはかのわきに、やまのなかにおりるみちがあった。
きっと、ここはじむしょへのちかみちだ。
「こっちいこう、ちはや」
ちはやは、すなおについてきた。
いつだって、ちはやがぼくのいうことをきかなかったことはない。
ふたりで、やまみちをおりた。じめじめして、あるきにくい。
「ちはや、ぼくにつかまって」
べとっ。
「だきつくんじゃないの、てをつなぐの」
ぎゅう。
おもいっきり、てをにぎられた。
なんだかみちがほそくなってきて、ふあんになってきた。
「おにいちゃん、あれ」
ちはやがなにかをみつけた。
「おはな、きれい」
みちから、すこしはなれたところ、もりがひらけて、
すこしあかるいところに、はながたくさんさいていた。
とっとこと、ちはやがはなのほうにかけよる。
「あぶないよ」
ぼくはあわてておいかけて、ちはやをだっこした。
はなは、ちいさながけの上にさいていた。だからひあたりがいいんだ。
「ふさふさ〜」
ちかくでみると、ちっちゃなはながいっぱいあつまって、
なんだかふわふわした、ちはやのかみのけみたいなはなだった。
ふと、ぼくはおもった。
「おとうさんにもみせてあげようか?」
ちはやも、おなじことをかんがえてた。
「うんっ」
そうして、ぼくたちはおはかにもどった。
もどったらおかあさんがまってて、ものすごくおこられた。
おこられながら、ちはやがこっそり、おはかにおはなをそなえた。
ぼくは、おちゃのまで、ちはやとおるすばんしていた。
テレビがおわったあとで、ちはやがいった。
「ねえねえおにいちゃん」
「なんだ?」
「もうすぐクリスマスだよね」
「そうだね」
ちょっとはずかしそうに、ちはやがななめしたをむく。
「どしたの?」
「あの・・・さ・・・くるかなあ・・・アンクル・パピィ」
「ぶほっっ!」
おちゃをふきだしてちはやを見ると、えへへわらいをしてる。
ちはやのあの目は、おねだりの目。ちょっとはずかしがってる赤いほっぺ。
「・・・」
「・・・」
あのあと、お母さんにおこられたんだよな。
そうおもってだまってたら、ちはやはそのまますこし下をむいた。
「いそがしいから、こないのかな・・・」
さびしそうなこえをきいた。ぼくはとっさにこたえた。
「くるよ。ぜったい。」
「!」
ぱっとあかるくなるちはやの目。
「ありがとうおにいちゃんっ!」
とびだしそうなえがお。よかった。
でもさ、そこでぼくにおれいをいうのは、へんなんだぞちはや。わかってる?
さて、どうしよう。
きょうはクリスマス。タンスのまえで、ぼくはこまっていた。
プレゼントもかって、いざアンクル・パピィになろうとおもったら、
たんじょう日のときにきた、お父さんのせびろとぼうしが、どこかにしまわれていた。
せびろとぼうしだけじゃなく、お父さんのふくが、ほとんどなくなっていた。
お母さん、お父さんのふくどっかにやっちゃったんだ。
でも、あれがないとアンクルパピィになれない。
とりあえず、タンスのひきだしをかたっぱしからあけてみた。
ひきだしは、上からじゅんばんに、お母さんのだん、ぼくのだん、ちはやのだん。
ちはやのだんの下のだん、あまりつかわないふくがはいってるところ、
そのいちばんおくに、まるめられたあかいものがはいっていた。
なんだろこれ、ひっぱりだしてひろげてみた。
「・・・おとーさんサンタさん」
お父さんが、サンタさんにへんそうするときのふくだ。
クリスマスはいつも、これをきてサンタさんになっていた。
なつかしくなった。これがいいかな。
あたまからかぶってみた。うわ、だぶだぶだ。
あるいてみようとして、ふと、かがみにうつったじぶんがみえた。
ぼくがふくをきてるっていうより、ふくのなかにぼくがいる。
ぼくはじぶんが、すごくたよりなくて、かっこわるくみえた。
こんなんじゃ、ちはやにみせられない。
ぼくはへやからはさみをもってきた。ながいすそを、はさみできってみる。
ちょっきん。なんか、ながさがあわない。ちょっきん。
ふとすぎる。きってテープでとめたらほそくなるよね。ちょっきん。
あながあいちゃった。ガムテープ、どこだっけ・・・
そでとか、どうとか、みじかくしようとおもって、いろいろきっているうちに、
サンタのふくは、ぼろぼろになってしまった。
こまったな。どうしよう。
とりあえずふくをしまおうとおもったとき、へやのとがあいた。
「おにーちゃん、なにやってるの?」
「あ、ち、ちはやっ!?」
ぐずぐずしてるうちに、ちはやがおきてしまったみたい。
ぼくはあわててサンタのふくをかくそうとしたけど、おそかった。
「え?」
ちはやが、めをまんまるにして、ぼくのほうをみる。
「あー、えーと、これは・・・」
「おとーさんっ!」
ちはやは、ぼくじゃなくて、サンタのふくにだきついた。
そのままなきだす。
ぼくはどうしたらいいかわからない。
ちはやがないたことはたくさんあったけど、ぼくがちはやをなかせたことはなかったから。
「あさからどうしたの?」
なきごえをききつけて、お母さんがやってきた。
「なにこれ?恭介、なにをして・・・」
お母さんのことばも、とちゅうでとまった。
お母さんもサンタのふくをみた。
そして、お母さんは、いつかとおなじ、こわくてかわいそうなかおをした。
お母さんは、ちはやからサンタのふくをとりあげた。
「やだっ!」
ちはやは、ふくにしがみついた。
「はなしなさいっ!」
お母さんがおこった。お母さんもちょっとないてるみたい。
「みつからないと思ったら、あなたが隠してたのね」
ぼくでもお母さんでもなければ、こたえはひとり。
サンタのふくは、ちはやがじぶんでかくしてたんだ。
たぶん、お父さんのみがわりに。
「うあああああっ!」
ふくをとりあげられたちはやは、すごいこえでなきながら、いっかいにおりていった。
ぼくは、おいかけられなかった。
サンタのふくをとりあげたお母さんは、
ふくがボロボロなのにきがついて、へんなかおをする。
へやにちらばったふくのきれはし。
「恭介?まったく、なにやってるの」
お母さんは、きれはしをあつめて、ふくといっしょにデパートのふくろにいれた。
すてるのかな?でも、お母さんはふくろをタンスの上にあげた。
もしかしたら、せびろとかもそこにおいてるのかもしれない。と、おもった。
ガタン!
そのとき、げんかんのとびらがとじるとおとがした。
「え?」
「誰?」
お母さんと二人で下におりる。げんかんに、ちはやのくつがない。
「ちはや!?」
そとにでたら、ちはやはもういなかった。
ちはやは、そういえば、かくれんぼがうまかった。
ぼくとお母さんは、いちじかんいじょういえのまわりをさがしたけど、みつからなかった。
「寒いから、家に入ってなさい。おかあさんはもう少し探すわ」
「さむくないよ。きっと、ちはやのほうが、さむいよ」
「そうね・・・じゃあ、一度家に戻って、上着をもってきましょ」
「・・・うん」
ちはやは、どこにいったろう。
きんじょにいないとすると、となりのまちに出たんだろうか。
ちはやがいつもかけているパスケースには、Suicaとバスカードがはいってる。
でも、ちはやがひとりでいくところ、いけるところなんて…
あ。
「おかあさん!」
「えっ?ちはやいた!?」
「ううん、でも、もしかしたら…」
お母さんとぼくは、あつぎをしていえをでた。
もしちはやがもどったときのために、となりのおばさんに、いえにいてもらうことにした。
むかいのおばさんも、うらのおじさんも、いえのまわりをさがしてくれるって。
ぼくたちは、えきにむかった。
お母さんが、えきいんさんに、ちはやのしゃしんをみせた。
「自働改札ですから、ちょっとわからないですね…」
けいびいんさんに、おなじことをきいた。
「あ、二時間くらい前に、これくらいの子が一人で改札を通ったかも知れません。
親御さんと待ち合わせかと思ってたんですが…」
「ありがとうございますっ」
ここででんしゃにのれば、おそらくいきさきは、お父さんのところ。
バスていでは、ちはやがきたかどうかわからなかったけど、
とにかくぼくとおかあさんは、バスでお父さんのおはかにむかった。
お父さんのおはか。そこには、おはなのかわりに、ちっちゃなくさがそえてあった。
まちがいない。ちはやはここにきた。
じゃあ、どこにいるんだろ。
「ちはや〜」
「ちはや〜」
ぼくとお母さんは、手わけしておはかのまわりをさがした。でも、いなかった。
かえったのかな。でも、くるとちゅうにあわなかったし・・・
きゅうに、なつにおはかまいりしたときのことをおもいだした。
たしか、ちかみちしようとしてやまのなかで、おはなをみつけた。
あそこにいったんだろうか。
いまはふゆだから、はななんてさいてるわけないのに。
でも、山におりるみちには、ちはやの足あとがあった。
そして、
「・・・ぐすっ・・・ひっ・・・くっ・・・」
下のほうから、ちいさなこえがきこえた。
「ちはやっ!」
ぼくは、かけだした。
お母さんにこえをかけるのも、わすれた。
ぼくは、やまみちを、こえがするほうにはしった。
山のなかは、なつよりもじめじめして、はしりにくかった。
かすかなこえ、ないている。
みみをすまして、おいかけた。
「恭介!どこ!あぶないわよ!ちはや!いるの!」
うるさいなあ。ちはやのこえがきこえないよ。
そして、ちいさながけにでた。
なつにきたとき、はながさいてたところ。
もちろん、はななんてひとっつもさいてない。
がけの下。すこしとおくに、ちはやがたってた。
「すんっ・・・ぐすっ・・・」
ないてる。なぜか、うしろにあとずさってきている。
グルルルルル
うなりごえがきこえた。ちはやのまえに、おっきないぬがいた。
<<野犬出没注意>>
やけんしゅつぼつちゅうい。のらいぬにきをつけましょう。
おはかのいりぐちに、たってたかんばん。おかあさんによんでもらった。
「のらいぬにあったら、おっきなこえで叫びなさい。走っちゃだめよ」
いぬなんておくびょうだ。
おっきなこえをだせば、びっくりしてにげていく。
でも、ちはやのほうがにげだした。せなかをむけて、はしって。
いぬがガウワゥとほえて、ちはやをおいかけだした。
ぼくは、がけをすべりおりた。おしりがいたい。
下におりるまでに、2かいころんだ。
「ちはやっ!」
「おにいちゃん!?」
ちはやがたちどまった。のらいぬがとびかかった。
ぼくは、ちはやといぬのあいだにはいった。
がんっ!
めのまえに火ばながとんだ。
そのまま、ひだりのうでに、かみつかれた。いたい。
そのまま、ぼくはたおれた。めのまえに、いぬのかお。こわい。
けど、ちはやがみえた。なみだめを、まるくして。
だから、ぼくは、まけなかった。
「うわあああああっっ!!」
ぼくは、からだをおこした。よこから、いぬをたたいた。
ぼよん、と、あまりかたくないてごたえ。
うでにかみついたくちをつかんで、ひきはなす、はなれない。うでがあつい。
「わあああああああああああああああ!」
おっきなこえがした。
がんっ!
なにかが、いぬのあたまをたたいた。
かたいおとがした。石だ。ちはやが、石でいぬをたたいた。
ギャン!
いぬがひるむ。ぼくは、石をつかんで、ふりあげて、
「うわあっ!」
たたきおとした。
がきっと、すごくかたいてごたえ。
もういちど。
ごきっと、なにかがこわれるおとがした。
いぬが、うでをはなした。よろっと、ぼくはからはなれる。
きゅうにうでがいたくなって、ぼくはよろけた。
でも、こんどはちはやが、石をりょうてでつかんで、いぬをたたいた。
がちん。
ぼくのてのそばにも、おっきな石があった。ひろって、いぬをたたいた。
ぐちゃ。がちん。ぼこっ。ばきっ。
なんだか、とちゅうでてごたえがなくなった。
なまあたたかいものが、ぼくのかおにかかった。
ちはやのかおにも、あかいのとか、くろいのとかついている。
うでをふりあげると、ひだりうでがいたかった。まっかになってる。
でも、ふたりともやめなかった。
ぼくはむちゅうで、ちはやのてきをたたいた。
ちはやもむちゅうで、ぼくのてきをたたいた。
きがつくと、てきはぐったりして、よこむきにたおれてた。
それで、ようやく、ぼくとちはやはたたくのをやめた。
ふたりとも、かたでいきをした。
ちはやが、ぼくのケガにきづいて、びっくりした。
「おにいちゃん!うでっ!」
「へーきだよ。いたくない」
いたくないのはウソだけど、へーきなのはホント。
「よかった…」
ちはやは、ほっとしたみたい。
「ちはや、かおまっかっか」
ちはやのかおには、いぬのちか、ぼくのちかが、べったりついていた。
「おにいちゃんもまっかだよ」
ぼくはじぶんのからだをみた。あちこちに、あかいものと、なにかネトっとしたものがついてる。
「あかいおはな。サンタさん」
はながあかいのはサンタじゃなくてトナカイ。
「サンタさん、たすけてくれてありがとう」
でも、それよりもいいことがある。
「サンタじゃないよ」
「?」
「アンクル・パピィ」
「ピンチのときにちはやをたすけるのは、アンクル・パピィだよ」
たんじょう日のはなしを、ちはやはおぼえてるかな?
「・・・うん、・・・せいぎのみかた、だもんね・・・」
おぼえてた。
「ありがとう、アンクル・パピィ」
ちはやはべたっとだきついた。おたがい、ちのついたほほを、すりよせた。
「恭介っ!ちはやっ!」
がさがさと足おとがした。お母さんが、はしってきた。
「だいじょう・・・っ!」
ちかくにきて、いっしゅん、ぴたっととまる。
ぼくとちはやをみて、びっくりしたみたい。あわててかけよる。
「だ、だいじょうぶ!ケガ!いたくない!?」
あわててぼくとちはやをだきよせる。
「だいじょうぶだよ。」
「でも、その血まみれで・・・」
「これは、いぬのちだよ」
「犬?」
「ほら」
ぼくは、あしもとにころがるぐったりしたものをゆびさした。
いぬだったかな。なんだか、あたまのあたりがボコボコへこんで、へんなかたち。
めんたまがなくなって、くちから、はがボロボロこぼれてる。
お母さんは、いきをのんだ。
「あたしとおにいちゃ・・・アンクルハ・゚ピィ・・・おにいちゃんでやっつけたんだよ」
ちはやはうれしそう。ぼくもにこにこ。
お母さんは、ホラーえいがをみるときのめで、ちはやとぼくをみた。
そのあと、ぼくのうでのけがにきづいて、あわててハンカチをだした。
かえりみち、お母さんは、なんだかきもちわるそうだった。
けど、ぼくとちはやはきにしなかった。
ぼくは、ちはやといっしょならしあわせだから。
ちはやは、ぼくといっしょならしあわせだから。
もしもこのよに、ふたりぼっちでも。