「おとーさん、おしごとやすんじゃだめだよ」
ぼくは、ふとんのなかからいった。
「どうして」
おとうさんは、だいどころからこたえた。
「おしごとやすむひとはえらくなれないんだよ」
って、ともだちがいってた。
「いいんだよ」
おとうさんは、ふとんのそばにきてわらった。
「ずうっと<ひらしゃいん>だよ。おとうさんかわいそうだよ」
「おとうさんはね、えらくなるより、おまえとちはやに会う方が幸せなんだよ」
おとうさんは、だいどころからリンゴをすってもってきてくれた。
「ほれ、あーん」
「じぶんでたべる」
「そっか、えらいな」
のどがいたかったけど、リンゴはつめたくておいしかった。
「じゃ、おとうさんはちはやをねせてくるから、恭介も少し寝なさい」
へやをでていくおとうさん。
「おとうさん」
「なんだい」
「おとうさんは、ぼくとちはやにあえたらしあわせなの?」
「そうだよ」
「ずっと?」
「ずっと」
「いっしょう?」
「いっしょう」
おとうさんは、いりぐちからもどってきて、ぼくのあたまをなでた。
「おとうさん、きょうはしごといかなきゃだめだよ」
ぼくはまた、かぜをひいてしまった。そのせいでおとうさんは、さいきんおやすみばっかり。
「これいじょうやすんだら、おとうさんクビになっちゃうよ」
そういっても、おとうさんはきかないんだけど。
「はいはい、わかったよ」
あれ?きょうはあっさりうなずいたぞ。そして、いえをでていくおとうさん。
ぼくは、おとうさんがしごとをやすまなくてうれしかったけど、
ちょっとさみしくなって、ふとんをかぶった。ちはやがおきたら、どうしよう。
ガチャ。
すこしたって、げんかんのとびらがひらいた。
なんだ、けっきょくおとうさん、もどってくるのか。
ぼくはがっかりしたようなうれしいようなきもちで、ふとんのなかでおとうさんをまった。
ぴたぴたと、スリッパのおとがこっちにくる。
「香月恭介くんだね」
「?」
へんなこえで、はなしかけられた。
ぼくはふとんからかおをだした。
そして、ふきだした。
おとうさんがたっていた。へんなぼうしをかぶって、へんなひげをつけてた。
「おとうさん、なにやってるの?」
「わたしは、おとうさんではない」
まじめなかおで、おとうさんはいった。
「わたしはアンクル・パピィ。お父さんの親友だ」
「仕事で手が離せないお父さんに、子供たちを頼まれたのだ。」
「でも、母さんとちはやには内緒だよ」
ぼくはわらった。
それから、びょうきのときにぼくのめんどうをみるのは、おとうさんでなくアンクル・パピィになった。
「・・うっ・・・うぇっ・・・ひっく・・・ひっ・・・ぐすっ・・うぁあ・・・」
ちはやは、まだないてる。ぼくは、なくのをやめてた。きょうは、おとうさんのおそうしき。
「ちはやちゃん、ほら、なみだふいて」
「う・・・うあああ・・・ぐっ・・」
「ほら、お菓子食べようよ」
「・・・ひっ・・ふ・・・」
<しんせき>のひとたちが、ちはやにこえをかける。
おかあさんは、どこかにいったっきり。おそうしきって、いそがしいんだ。
ちはやは、おとうさんが<れいきゅうしゃ>ではこばれて、
<かそうば>でもやされて、<ほね>になってもどってきても、まだないてた。
おかあさんは、いそがしい。ぼくは、おかあさんに、ようじをたのまれた。
もどってくると、ちはやがいない。
「おばさん?ちはやはどこ?」
「あら恭介ちゃん。ちはやちゃんはね、おそとの空気を吸いにいったわ」
ぼくはくつをはいてにわにおりた。
だれもいない。でも、ちはやがないてる。こえがきこえる。
こえのほうにいってみた。にわのすみっこで、きのかげで、ちはやがないてた。
「ああ、恭介くん。丁度よかった。ちはやちゃんを見ててくれないかな」
<しんせき>のおじさんがいった。ぼくはうなずいた。
「そっとしておいてあげれば、落ち着くと思うから。よろしくね」
おじさんはそういって、いえのなかにはいっていった。
めのまえで、ちはやがないてる。
ぼくは、なにかいおうとした。
「・・・すっ・・・おと・・さん・・・ぐっ・・・ぅっ・・・」
なにもいえなかった。
ちはやがさがしてるのは、ぼくじゃない。でも、なにかいわなきゃ。
「ちはや・・・」
「ぐすっ・・・と・・さ・・・い・・・そぅ・・・」
「ちはや?」
「おとさ・・・か・・・い・・・そ・・・ぐすっ・・・」
おとうさん、かわいそう。ちはやは、そういってないていた。
ぼくは、あたまがあっつくなった。
ぼくは、じぶんがかわいそうでないていた。
ちはやは、おとうさんがかわいそうでないていた。
だから、ぼくじゃだめだとおもった。
だから、はしってうちにはいった。ぼくじゃない、だれかになりたくて。
ぼくは、うちにはいると、おとうさんのへやにいった。
おとうさんのへやは、まだ、おとうさんのへやだった。
ぼくは、タンスをあけて、おとうさんのふくをとりだした。
おっきなせびろと、くろいぼうし。
ぶかぶかのせびろをきて、ぼうしをかぶって、ちはやのところにいった。
ちはやは、まだないていた。
「ちはや。」
ぼくは、こえをかけた。
「えぐっ・・・ぐすっ・・・」
ちはやは、まだないていた。
「ちはや。なくことはない」
「すんっ・・・?」
ちはやがかおをあげた。
「・・・おにいちゃん?」
「おにいちゃんじゃない。」
まじめなかおで、ぼくはつづけた。
「わたしは・・・」
なんっていえばいいんだろう。ぼくはまよった。
「・・・わたしはアンクル・パピィ。」
そして、ぼくしかしらない、もうひとりのかぞくのなまえをなのった。
アンクル・パピィは、ちはやにはなしかける。
「おとうさんに、たのまれてた・・・ていたのだ」
ちはやは、おとうさんっていったとき、すこしびくっとした。
「もしも、こどもたちが、おとうさんのためにないていたら」
ちはやがもういちどぼくをみた。
「おとうさんのために、なくことはないといってくれと。」
ちはやは、じっとみている。
「おまえが、おとうさんにあえてしあわせだったように」
ちはやがぶんっ、とくびをたてにふる。
「おとうさんは、おまえにあえてしあわせだったはず」
ちはやが、ちいさくうなずく。
「だから、かなしいことはない」
ちはやのめに、またなみだがたまる。
「じぶんのぶんをかなしいだら、おとうさんのぶんはなかなくていいんだよ」
ちはやはめをまるくひらく。そこからまた、なみだがおちる。
「いまは・・・もう・・・あえないけど」
ちはやがぼやける。めのまえが、ぼやっとなる。あっつい。
「おとう・・・さん・・・は・・・」
こえがでなくなる。ほほになにかがながれてる。ちはやがどんなかおをしてるのか、ぜんぜんみえない。
「おまえに・・・であえて・・・」
「いっしょう・・・ぶん・・・も・・・しあ・・しあわせ・・・だった・・・ん・・・だから」
まえをみてたのに、じめんがみえた。かおをあげたら、そらがみえた。
そらは、うみみたいになってて、おひさまが、みずのなかみたいに、ゆらゆらしてた。
とんっ。むねがあったくなる。かおをさげると、めのまえにちはやのかみのけ。
ぼくは、ちはやをぎゅっとした。ちはやは、ぼくにぎゅっとくっついた。
アンクル・パピィはなかなくていいっていったけど、ふたりで、ずっとないた。