あれから5年、『好きこそものの・・・』じゃないが俺は映画評や、その
周辺よろず請負のライターになっていた。
今日は、原稿の受け渡しのために喫茶店にきたところ。
「ありゃ、待たせたか――あぁ、私はレスカで」
約束の相手がきた。珠美だ。高校在学中の頃から、映画情報系の編集
部にバイト半分に出入りしていて、見事、編集部員となった。映画への
情熱は俺より勝ってると思う。
「あぁ、ちょっとだけ、でも、他のとこの原稿やってたから。じゃ、これな」
俺はテーブルの上に封筒を置く――手渡しではなく。珠美もいつものこと
と、それを手にして、原稿のチェックを始める。
「・・・なぁ、可憐、元気か」
「うん。この間も、子供の顔見せにきとったよ。旦那は相変わらずいい人して
るようじゃな・・・ちはやちゃんは?」
「あぁ、大学のサークルとかで今、合宿行ってる、元気してるよ」
「そうか・・・」
あの事件以来、俺は女を抱けないでいた。珠美相手ですら、指さえ触れら
れない。それは多分、自分の中にも又、岸田のような獣がいるかもしれないと
いう恐れから――いわば奴の呪い。
原稿の確認を珠美は終え、丁寧に封筒にしまう。こちらに顔を向け、たずねる。
「そう言えば、連絡先が変わるかもって聞いたが、なんでさ?」
「あぁ、言ってなかったか。俺、アメリカ行くんだ、1年ぐらい。テーマは
ハリウッドで頑張る日本人の職人たちって奴でさ、ぎりぎりの滞在費と、すずめの
涙ぐらいの取材費を何とか援助してもらえることになってさ」
「ふーん、よかったじゃないか、それじゃ」
ストローをかみながら、こちらに向かって笑って見せ、言った。
「旅立ちの記念に日本の女でも抱いていくかの?」
ホテルで珠美の後にシャワーを浴びる。夢みたいだ、とは言わない。ただ、現実
とも思えない、風景。
なんとなく、シャツとパンツを着なおして、浴室を出る。
「あれ、また、パンツはいてきたのか。二度手間なんだから、脱いでくれば良かっ
たろうに。私も、もう脱ぐよ」
羽織っていたバスローブを、ためらいも無く脱ぎ捨てる。俺はしばし目を奪われる。
外回りの仕事も多いはずなのに、相変わらず、きめ細かい白い肌。普段は隠されて
いる箇所の、例えば、綺麗に上がった尻や、緩やかなくびれを見せる腰の辺は、さな
がら雪像を俺に思いださせた。
乳房はけして大きいわけじゃないが、それでも、俺を誘惑するには充分な形良い
ふくらみをみせる。
不意に珠美がこちらを向き直り、言う。
「どうした。手伝わなきゃ脱げない?」
「い、いや、自分で脱ぐよ」
期待のあまり、半勃ちになってる自分のを見られるのが恥ずかしく、背を向ける。
と、珠美はすばしっこく俺の前に回り込んでくる。
「なにゆえこちらを見ないのかの。ふふん、臨戦態勢までには、後もう少し?」
股間を覗き込まれ、不甲斐なくも、羞恥のために身動きできない俺を尻目に、
珠美は中途半端な状態の俺のものをいきなり咥えると、そのまま吸い上げてきた。
所々に舌を絡ませてくる。カリに、中央の割れ目に丁寧に舌を這わせてくる。
ぞわぞわした感触が俺の背筋までも震わせる、もちろん快感で。
右手は逃げようとする俺の足にしっかりとしがみつき、左手は優しく、俺のフクロ
をもみほぐす。
たちまち、おれの肉棒は高まる欲望のままに形相を変えていく。珠美を容赦なく
貫ける形に。
「う・・・あ・・・珠美、こんなの、やり方知ってたんだ」
そうでなくても積極的な珠美に戸惑っていた俺は、思わず呟く。
珠美は俺の先端に軽くキスすると、あやしげに笑い、つと、俺から離れた。
それから、ベッドに寝転び、言った。
「処女だと思ってた?お生憎、初めてなんかじゃないさ。もしかして恭介は
まだだった?おいでよ、可愛がってあげる」
「え・・・」
俺の戸惑いに、小馬鹿にしたように片頬で笑いながら言う。
「どうしたの、私が怖い?――それとも女が怖いのかな?」
「――そんな訳あるかよ」
お笑い種だ。俺は多分信じてたんだ。珠美も同じ思いだと。異性とのセックス
どころか、わずかな触れあいすら――例えそれが戦友とのであっても―――恐れる
気持ちを共感できていたと。
「ねぇ、明かりは全部消して」
「あぁ」
「お願いだから、乱暴にしてよ。そのほうが感じるんだ」
「あぁ!」
――言われなくたって。頭の中が朱一色に染まる。胸への愛撫すらせずに、珠美の
両足首をつかみ、持ち上げ、V字に広げると、中への侵入を試みる。俺は怒りの
ためにか、欲望のためにかもわからずに、赤黒く、痛みを感じるほどに猛り狂う、
自分の分身を入り口にあてがい、予告も無く、一息に突っ込む。わずかな抵抗を感
じながら、当然か。さほど濡れてもいないところに無理に割り込んだのだから。
「くぅ・・・・・・」
くぐもった声が耳に届く。構わずに律動を続ける。徐々に珠美は濡れてくる。
頑なに感じられたそこが、俺の肉棒の形に馴染んでいくのがわかる。だが、それが
俺にはわずらわしい。俺を包み込み、時には締め付けてくる快感すら。
「――いいよ、もっとして、好きに動いて」
もっとか、いいさ、嫌というほどやってやる。射精の寸前まで突いてやるさ。
手を足首から放し、珠美を四つん這いにさせ、腰をつかむ。半ば破壊願望にとら
われながら突き上げる。
「・・・・・・そう、かき回して、私を中から壊して!」
「まだ、足りないのかよ、いやらしい女だな!じゃあ逃げるなよ。尻を突き出せ!」
「ん・・・うん」
さらに激しく、子宮の入り口を感じるほどにまで、さらに奥まで届くように、
肉棒を押し込む。ぐちゅぐちゅとぬかるみの音を闇に響かせてやる。
時折、珠美が痙攣するように震える。――さぁ、早く言えよ『もう、駄目』って、
『許して』って――珠美は言った。
「ねぇ、もっと、もっと私を・・・・・・」
喘ぐような声に、俺の黒い炎は煽られる。
バックで繋がったまま珠美を抱き上げる。珠美の太腿を抱え込む。それから、
俺は胡座をかき、珠美を揺すり、動かす、欲望の高まりに忠実に。昔、遊びすぎ
て壊した、おもちゃのように自分勝手に、上下に動かす。珠美の耳朶を舐りながら。
「あうっ!・・・んっ!・・・ん――!」
珠美がうめき声を上げる。
俺は更に支配欲を満たすために、強引に唇を奪おうと、顎に手を掛ける。指先に
頬が触れる。湿った感触、濡れてる・・・思わず、明かりのスイッチに手をのばす。
気配を感じ、珠美が叫ぶ。
「駄目だ!点けたりしたら!」
構わず、つける。珠美の泣き濡れた顔が照らされる。下を見ると、控えめながら
もシーツに赤いしみがあるのを見つける。
俺は体を放し、二人は向かい合わせで座り込む格好になる。両手で珠美の頬を
はさみ、こちらに顔を向けさせる。
「お前、慣れてるなんて、嘘ついて・・・・・・初めてだったのかよ」
困ったように、俺の手に自分の手を重ね、呟く。
「もう、ばれちゃったか。演技が下手だな私は――でも、良いだろ、続けてほしい」
何もできずにいる俺に、珠美が哀願する。
「怖気づいちゃったの?私なんか、もっと、痛くしていいんだ。私はもっと痛い思い
しなくちゃいけないんだ、お願いだから、恭介、ねぇ」
俺だけじゃなかったんだ。呪いを受けていたのは。鎖に縛られていたのは。
何も言わずに、俺は頬に口づける。それから、首筋に、少しとがった乳首に。珠美は
たまらず甘い息を漏らす。
「あ・・・ん、駄目だよ、私を感じさせたら。それじゃ罰にならない」
胸元への、耳元への、軽い口づけを続けながら、俺は言う。
「感じることがいけないなら、罪になるのなら、二人で落ちればいい、地獄でもどこでも」
俺の背に手をのばす。とても回しきれないが、それでも精一杯、しがみつく。俺の胸
に自分の顔を押し付ける。嗚咽が漏れる。
「ごめんなさい・・・罰を受ける気なんか、本当はなかったんだ・・・だって、処女を乱暴に
捨てる機会なんていくらでもあったはずなんだ・・・だけどできなかった・・・恭介以外の
人にされるのなんて、やだったんだ・・・」
懺悔の言葉。あの時に乗船していたみんなへの。俺もまた両腕を珠美の背に回し、
しっかりと抱きしめる。
「――俺もだよ。女を抱くのが怖かったんじゃないんだ。本当は、お前をこうして
抱きしめたかったんだ。それが怖かったんだ。傷つけてしまいそうで、壊してしま
いそうで」
やっと、俺たちは口付けを交わす――やさしく、柔らかな唇にそっと触れ合うだけの。
二人はそれから眠りについた。
鎖が解けたわけじゃない。それでも、その重さを互いに感じ取れた安堵から。
あれから二月経った今日、俺はちはやに見送られ、日本を発つ。珠美は外せない
仕事があるとかで空港には来られなかったけれど。
そっと、ジーンズのポケットに手を触れる。中には昨日珠美と見た映画の半券。
儚いようで、頼もしいような、絆の証。俺は少し微笑み、飛行機へと乗り込んだ。
席を探す。無論エコノミー。えーと、もう三つ前の席。あれ、先客か。そこ、俺の
席なのに。座ってるのは・・・この見慣れた、こちらに向かって笑いかけて、小さく手を
振ってる、ちんまい奴は・・・・・・え、夢?本物?
とりあえず確認。
バシン!
「あぅ、いたい。いきなり頭を叩くでない」
「こらっ、小猿は許可無く機内に入ってたら、怖いところに連れてかれるぞ」
「あのねぇ。まぁよい、隣に座りたまえ、遠慮せずともよい」
「・・・・・・てか、俺の席はそこだ」
「細かいこと、気にするでない。時に恭介、君によいニュースと、悪いニュースが
ある。まずは悪いニュースから」
「そこは普通、俺に選ばせるんじゃないのかっ!」
「実はだな・・・」
「無視かよ」
「おぬしのスポンサーになってた出版社、先日倒産したそうな、な、訳で君への援助は
そこからは一切、出ない」
「嘘っ!」
ベタながらも、俺は思わず叫ぶ。
「本当。で、いいニュース。色々あってだな、恭介の企画、うちの出版社が引き受ける
ことになった」
「まじっ?」
「まじ。んで、だな、とりあえずサポートしてこいと、一ヶ月ほど。若いのが、本場を
見てくるのもいい経験だろうとな、ほれ、切符もある」
俺に搭乗券を見せびらかす。
「やだ、雇用側の意見に逆らうでない」
「・・・・・・」
「あまり、経費は出なそうでな、通訳として役に立ってやってもよいぞ、伊達に字幕
無しの洋画のシャワー攻撃は受けておらん。住む所も・・・一緒のほうがいいかも、な。
あ、ほれ、けいひさくげんで」
顔を赤らめ、両手をパタパタさせる。――じゃあ、もしかして。
「お前、ここ一ヶ月ほど、やたらと忙しそうにしてたのって、俺のために、ずっと
動いてくれてたのか」
珠美は赤い顔のままで、俺から目をそらし、頬を人差し指で掻きながら言う。
「ん、まぁ、そんなとこ」
「昨日、お別れの日だってのに、変に元気で。シャワー浴びてる時も上機嫌で、
『Over the rainbow』歌ってたのも。ベッドで・・・」
慌てて、俺の口をふさぐ、珠美。
「わぁ、そんなディテールはいいから、と、ほらアナウンス、聞かなきゃ・・・」
アナウンスの流れる中、俺はぎゅっと自分の右手で、珠美の左手を握り締める。
「飛行機は苦手だったかの」
「違うって」
目を閉じる。右手に伝わる暖かさをより、感じるために。
「私はここにいるよ」
珠美が囁く。きっと、俺と同じように目を閉じている。飛行機が滑走を始める。
それにしても。
「あほらしいぐらいの、ハリウッドエンディングだな」
「おや、ロシア映画のほうが好みだったかの?」
「何だっていいさ、『俺たちに明日はある』んだから」
〜 fin 〜
118 :
111:2006/03/05(日) 08:37:56 ID:YF2y+exy0
どじった。
117の先頭 「あ、俺の隣の席。ってお前、通路側じゃん、席を返せ」
一行抜け かっこわる。