ミスズの空、AIRの夏

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8名無しさんだよもん
滅茶苦茶気持ちいいぞと、誰かが言っていた。
だから、自分もやろうと思った。
山篭りからの帰り道、学校のプールに忍び込んで泳いでやろうと、国崎往人は思った。

愛用のズタ袋を肩から下げ、不気味なまでに静まりかえった校舎を横目にプールへと向かう。
今頃、宿直のオヤジは自分の巣で眠りこけているはずだ。
去年50を過ぎた、だらしないを絵に描いたようなあの男は週末はいつも酒を必要以上にかっくらうのだ。
この学校のことは生徒よりもよく知っている自信があった。
伊達に長い間学校から学校を転々としていない。
「旅芸人をなめるなよ」

首尾よくグラウンドの外れにあるプールまで辿りついた。
入り口の扉に手をかけるが、開く気配は無い。
いくら田舎とはいえ、学校の施設。施錠されているのは当然のことだった。
「…ふっ」
だが、こと鍵に関しては国崎往人の前では何の意味も成さない。
扉に軽く手を当て念を込める。微かに国崎の手が光ったように見えた。
数秒後、暑気のたちこめる大気に鍵の外れる音が響いた。
9名無しさんだよもん:2005/06/24(金) 17:21:56 ID:WwEPuNnC0
黴と塩素の匂いが漂う更衣室。
何度入ってもここは異質な場所だと国崎は思った。
学校の中なのに、学校でない。
ある種神聖な場所だということだろう。サンクチュアリーだ。
「詩人の才能もあるな、俺」
暗闇の中、黒い男は不気味に笑った。

ふと外に気をやると、サイレンの音が遠くで鳴っていた。
どうせまたどっかのルンペンが万引きでもしたんだろう。
「こう暑い日が続くとな…分からなくもない」
自称旅芸人、実体はルンペンその名は国崎往人。他人事ではない。

「さて、と…」
軽く準備体操を済ませ、一張羅を脱ぎ捨てる。
籠など使うのは女子供だけだ。
いそいそと海パンに履き替え…ようとして止まる。
何かを思い出したように愛用のズタ袋を漁る。
「……海パンなんて、あるわけないよな」
出てきたのは日用品ばかり。用途が限定される海パンなど、あるはずもなかった。
10名無しさんだよもん:2005/06/24(金) 17:29:59 ID:WwEPuNnC0
「まあ…誰か見てるわけでもないしな」
誰か見ていたら大問題だ。
細かいことは気にしない。ご飯のおかわりは3杯まで、がモットーの国崎往人。
何も穿かずに泳ぐことにした。こつえーに対するリスペクト精神が旺盛なのだ。
「風に揺られて、ぶ〜ら、ぶ〜ら、と…」
妙に開放的な気分になった国崎往人。しばし自らの痴態に酔った。

「おっと、こいつを忘れるところだった」
取り出したるは、石鹸、バスタオル、アヒルのおもちゃ。
天文部部長の私物である。
美人度は学校でも1,2を争う天文部部長の私物、バスタオル。バスタオルからはほのかに少女の香り。
年頃の青少年ならば、一嗅ぎで昇天間違いなしだ。
…ハングリー旅芸人にはどうでもいい話だった。

それにしても、何とあつかましい男であろう。
学校のプールを無断で使用するだけでは飽き足らず、まさか体まで洗おうというのか。
フルチンで。
「ハングリーだったころを思いだすな…」
今でも充分ハングリーだ。しかも関係ない。
11名無しさんだよもん:2005/06/24(金) 17:37:18 ID:WwEPuNnC0
洗面用具一式を脇に抱えプールサイドに立つ。
生温い風が国崎の裸体を舐め上げる。
年頃の青少年ならば、一吹きで昇天間違いなしだ。
断っておくが、国崎は別に露出狂ではない。単純なだけだ。

ざらついていて、ぬめぬめした独特の感触を足の裏に感じながら、プールへと足を進める。
気分はもうオリンピック選手でイルカでシャチだ。
思わずその場で屈伸。

…そこで、止まった。停止した。ストップした。
全裸男の視線の先。

先客が居たのだ。
夜のプールに。

「でっかい、おむすびですね」

その日。
運命に出会う。