ミスズの空、AIRの夏

このエントリーをはてなブックマークに追加
23名無しさんだよもん
どうすればいいんだ。

国崎往人は旅芸人である。自称ではあるが。
元々肝っ玉はでかいほうだと自負していたし、よっぽどのことがなければ動揺などしないタチである。
しかし、それは俺のおいなりさんだHAHAHA!などと切り返す余裕もさすがに今回ばかりは何処へやらだ。
陸に上がった金魚のように口をパクパクさせながらプールサイドに立ち尽くす。

(まずいぞ…状況は刻一刻と悪化している…)
そう、こうしている間も少女の視線は国崎の股間――金といえども光なく玉といえども丸くなし――の部分に突き刺さっているのだ。
少女が突然の変質者登場に悲鳴を上げるのもプール底の塩素を拾って投げつけてくるのも時間の問題だ。
(思考せよ、国崎往人…!今こそ法術の真価を見せる時だ…!)

それは、一瞬の出来事。
脇に抱えたアヒルのおもちゃを掴み、念を込める。おもちゃはふわふわと浮き上がり国崎の股間の前へと移動する。
「完璧だ…」
バスタオルを使うのは邪道だ。湯船にタオルをつけてはいけないのだ。
「わ、すごい…」
目の前の少女も大層驚いたご様子。優越感に浸る国崎。思わず腰を前後に振ってみる。
アヒルのおもちゃもその動きにあわせて前後する。
変質者国崎往人、爆誕の瞬間であった。
24名無しさんだよもん:2005/06/29(水) 00:58:28 ID:Hy84Fbhi0
改めて少女を観察する。
プールサイドに腰掛け、足だけをプールにつっこんでいる。涼しそうだ、と国崎は思った。
少女は所謂スクール水着を着ていたが、国崎はノーマルな男だったので特に感慨はわかなかった。
寧ろ彼女の雰囲気に気を惹かれた。何処か幻想的な雰囲気。
夜の学校。夜のプール。国崎がここに足を踏み入れた時感じたものとはまた違った空気がそこにはあった。

「えっと…」
アヒルから国崎の顔に視線をうつす。
幻想を生きる少女。一体何を言うのだろう。どんな世界を、見せてくれるのだろう。
「アヒル、かわいいですねっ」

「……ああ」
一気に醒めた。
何が幻想的な雰囲気か。国崎は己の詩人の才能を恨んだ。
そりゃそうだ。こんな夜中にプールでわざわざ泳ぎに来るようなやつだ。よっぽどの変人に違いない。
お風呂セットを脇に抱えた男はそう思った。

暫し、言葉もなく見詰め合う二人。
「…泳ぎに来たんだろ。俺のことはいいから泳げよ」
先に沈黙を破ったのは、アヒル男国崎。
泳ぎたかったら泳げばいい。体が洗いたければ洗えばいい。
俺達は、自由なんだ――。
25名無しさんだよもん:2005/06/29(水) 01:13:43 ID:Hy84Fbhi0
恐る恐る、プールに身体を沈ませる少女。危うい動作。
まるで初めてプールに入るようなぎこちなさだ。
…こいつはあれか。深窓のお嬢様か何かか。パンがなければご飯を食べればいいじゃないとか言うやつか。
「……畜生」
世の中は不公平だ。

意識を戻すと、少女の姿が無い。
やはり幻想世界の少女だったか…。いや、妖怪だったのかもしれない。
彼女との出会いは国崎の中にひと夏の思い出として永遠に刻まれるだろう。
「さらば、少年の日々よ…」

改めてプールを見る。
「……ここのプールは泡も出るのか。最近のガキは贅沢…って違う!」
泡めがけて飛び込む。
「おいっ、生きてるか!生きてないなら返事しろっ!」
水を両手でかきわけながら、少女を探す。

プールは浅く、少女は直ぐに見つかった。
腕を掴み身体を引き上げる。羽根のように軽い、身体だった。
「よくこんな浅いプールで溺れられるもんだな…おい、大丈夫か」
26名無しさんだよもん:2005/06/29(水) 01:26:52 ID:Hy84Fbhi0
「うっ…げほっ、げほっ…」
水を吐き出す少女。そこには先程感じた幻想性など、欠片も無かった。
背中をさすってやる国崎。その手が、普通の皮膚とは違う変わった感触を感じた。RRかもしれない。
「…!」
月明かりの下、少女の背中に浮かび上がる痕。

まるで、羽根をもがれたような――傷跡だった。

「何だ、これ……」
思わず問いかけていた。
「はぁっ…はぁっ…」
腕の中で、呼吸を整える少女。その間も国崎の視線はその傷に釘付けだった。
…羽根。羽根があったのだろうか。この少女には。それをもがれ、地上に落ちたのだろうか。

…我が子よ、よくお聞きなさい…
それは、国崎の記憶にこびりついている御伽話。
空には傷ついた羽根を持った少女がいる。それは、ずっと昔から。そして、今このときも。
この少女が、それだと言うのか。

「羽根があったら…ソラと、おそろいだね…」

国崎の腕の中。少女はそっと、呟いた。