国崎往人のAIRの夏が始まったのは、今を遡ること八ヶ月程前の、六月二十四日である。
スレ放置してごめんなさい、とも言う。としか言わない。
国崎往人がこの辛気臭い田舎町に着いたのは、梅雨真っ只中の六月中頃。
詳しくは覚えていない。旅を始めた時からずっとカレンダアという文明の利器とは無縁だった。
持ち前の超・法術で近所の高校に忍び込み、持ち前の図太さと無神経さでその屋上に居座った。
屋上からの眺めもまた辛気臭く、俺が老けたらこの町に損害賠償を請求してやると国崎往人は考えた。
そんなある日、国崎往人は屋上で一人の少女と出会った。
容姿端麗頭脳明晰田舎町に咲く一輪の花…と自称する変人、遠野美凪その人である。
自称の癖に割と真実だったりするのだが。
某騎士王ばりの空腹キャラであった国崎往人は遠野が提供した重箱五段弁当(内四段は白米)に三秒で篭絡。
ついでに生徒でもないのに、天文部という看板を掲げた電波ゆんゆん部に強制入部させられるハメとなった。
部員構成は電波部長・遠野美凪、常識人気取りのキチガイ・霧島佳乃、そしてウホッと肉体労働専門・国崎往人の三人となった。
町でガキんちょを脅して金をせびりつつ、天文部の怪しげな活動に勤しむ国崎往人。
部活はその活動内容の殆どが電波部長遠野美凪の電波受信具合…つまり超きまぐれで決定され、哀れな部員がそれに振り回されるという形であった。
国崎往人初日の活動内容はお米と星の関係調査であり、一日中こんぺいとうを食べ続けるハメになった。
次の日はお米と梅雨の関係調査であり、一日中雨の中半裸でサッカーをし続けるハメになった。
その次の日はお米と武田商店の関係調査であったが、国崎往人は39℃の熱を出して寝込んでいたので参加しなかった。
遠野美凪の身体は米でできている――。
国崎往人がそう思う、いや確信するようになってきたある日のこと。
今日も今日とて天文部、というか屋上に遠野美凪が姿を現した。
「今日はなんだ。お米とカラスの関係調査でもやるのか」
先手必勝。適当に言った割には意外と当たってるんじゃないか、と国崎往人は思った。
「……?」
そこに遠野必殺のカウンター。スルーともいう。
「? じゃねえ! どうせまたお米だろお米星人! さっさと星に帰れ!」
しまった…うっかり本音が出てしまった。正体がバレた宇宙人なんて何をしでかすか分かったもんじゃない。
国崎往人は思わず腹を押さえた。まだ今朝食ったアンパンが未消化だ。今ミューティられるとヤバい。
「……お米…」
「ああそうだよお米だよオコメオコメ! いいからさっさと言えよテリーマ」
「お米……?」
こいつには逆加速装置か、新手のスタンドがついてるに違いない。でなきゃ本物のピーだ。ピーはピーだ。追求不可。
「部長のことだから、またお米と〜の関係調査をするんじゃないのって往人君は言いたいんだよね〜」
霧島佳乃はいつも馴れ馴れしい。いや、いつも以上に馴れ馴れしい。やはりスタンド攻撃か。
遠野美凪はアホな部員二人の奇行にも眉一つ動かさず、静かな物腰で屋上の縁へと歩いていく。
振り返り、アホ部員に指まで指して、
「おっくれてるぅーー……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
長く息を吐いた。
どうにかならんのかアレはと国崎は佳乃に目配せするが、佳乃は何を勘違いしているのか頬を赤らめ腰をくねくね曲げた。
MPを吸い取って法術を封じる策か。最近の女子高生は恐ろしいな。エンコーとかするらしいぞ。
「………国崎さん、霧島さん」
某角刈り米兵も真っ青なクソ長い溜めの後、遠野は手下Aと手下Bの名を口にした。
「六月二十四日は……何の日でしょう…?」
出たよ遠野お得意のでっち上げクイズ。正解は解答者が答えてから考えるという、思いつく限りでは最悪のクイズ。
お姉ちゃんの誕生日、金龍ラーメン焼き討ちの日、と解答者Aと解答者Bはいつものように適当に答えた。
「ぶーーっ……残念…没収……ちゃらっちゃらっちゃ〜」
「おい、俺の人形返せ!」
ボロがボロを着てると遠野の妹に評されたそれを、白魚のような指で弄びながら(この指を見て淫らな妄想を抱く男子生徒も多い。寧ろ過半数)
遠野は答えを告げる。
「六月二十四日は……全世界的AIRの日………えっへん」
哀れな愚民に叡智を授けた神にでもなったかのような得意顔で、遠野はその豊満な胸を反らした。
しかし哀れな愚民が悟ったのは“こいつのことは一生かかっても理解できない”ということだけだった。
「あのぉ〜…」
佳乃がおずおずと手を挙げる。腕に巻かれたバンダナが揺れた。
「……はい、はらたいらさん」
「AIRの日って、なに?」
もっともな疑問だ。
国崎往人脳内における霧島佳乃ランクが、変人からちょっと頭のいい変人にアップした。ダウンしたかもしれない。
「AIRの日は……AIRの日」
「そっかぁ〜」
ざんねん。きみはきょうからあたまのわるいへんじんだ。
くにさきゆきとのうないのきりしまかのらんくがぐーっとさがった!
「……と、言うわけで」
手に持っていたボロ人形を国崎のズボンにねじこみながら、遠野が続ける。
「うおっ…修繕されている…」
「霧島さんは……炊き出し…お米……」
「ぶ、ラジャー!」
いくらなんでも古すぎる。つうか古い古くない以前に高校生が使っていいネタじゃないぞ霧島佳乃。
「国崎さんは………裏山」
裏山。タイムカプセル埋めたり鉄人兵団組み立てたりするあそこだ。
「私と……極秘調査…」
ああ、ついに人類対機械軍団の開戦が近づいているのだ。こんなことならラーメンのツユ、飲んでおくんだった。
「………嫌?」
「嫌…だが、男にはやらなきゃならないときが、立たなきゃならないときがあるんだろ。それくらいは分かるつもりだ」
男の美学。俺の法術が…世界を救うのだ。
「ところで、どうして裏山なの?」
「AIRと言ったら……裏山」
おいおい、意味わかんねえよ。海じゃねえのかよ。神社じゃねえのかよ。高野山じゃねえのかよ。つうか鉄人兵団はどうした。
国崎往人の不平不満疑問全て飲み込んで、AIRの夏はやって来た。