「タカくん、あれ、るーこさんじゃないかな」
「ん? ああ、そうだな」
「あ、いいな、猫さんと遊んでる。このみにも触らせてもらってくるね」
「またひっかかれるぞ」
「む〜、大丈夫だよ」
るーこに向かって走り出したこのみを、歩いて追いかけた。
人気のない公園。
背を向けてベンチに腰かけたるーこ。その前にいつものようににゃーがいる。
るーこの手に触りながら、あまりにも安直なその名前のとおり、
にゃーなおーと甘い声をあげていた。
「こんにちは、るーこさん」
「あんまり学校サボるなよ、るーこ」
るーこはにゃーを見つめたまま返事をしない。
俺たちのことに気がついてないということもないだろうに。
「どうしたの?」
前に回ったこのみがるーこに問いかける。それでも頭をあげようとしない。
「なんかあったのか? 熱でもあるわけじゃないよな」
少し心配になった。腰を落として、るーこを覗き込む。
焦点のあわないわずかに暗い瞳があった。
「おい、本当に大丈夫か。悪い、ちょっと触るぞ」
頭に手を当てる。ほんのすこし熱いかな、と思ったとたん、顔が動いた。
「……うー」
かわらずぽんやりとした瞳で俺を見る。それはかすかに潤んでいるようで、
余計に心配になる。
「少し熱いみたいだな。俺の家に来るか」
「……大丈夫だ。心配するな、うー」
言っているそばから吐息が漏れる。息吹きがわずかに手の周りの空気を暖めた気がした。
「駄目だ、こんなところで。夜はもっと寒くなるんだぞ」
「タカくん、ちょっと手をどけて」
真面目な顔をしたこのみは、しゃがむとるーこの額に自分の額をつけた。
ぴくりと身震いすると、るーこの瞳が左右に動いた。なにかから逃げるように。
すぐに額をはずしたこのみを、視線が追っていた。
「うん、たしかに熱いみたい。タカくん、わたしお布団の用意とかをしておくから、
るーこさんをタカくん家まで連れてきて」
このみの言葉に、るーこは目を背けた。
「ああ、わかった。頼んだぞ、このみ」
「うん!」
「というわけで、いくぞ、るーこ」
「るー……」
弱々しくかぶりを振るるーこを無視して強引に手をとる。
「っ!」
驚いたように手を引くるーこ。顔の赤みが増す。
「あまり意地を張らないでくれ。ほら、立って」
怯えるような顔をして、手を離そうとした。でもその手にはいつもの力はなく、
何よりそのあまりの暖かさと汗ばんだ手のひらはより俺の気を急かさせた。
「立てないのか? ごめんな、急にして」
手を離す。
「あ……」
離れた俺の手を一瞬追いかけたが、ぎゅっと握りこむと胸元に近づけた。
「……うー、駄目だ。るーは行けない。うーこのに謝っておいてくれ」
またかぶりを振って顔を背ける。
頑なさをこんなときにまで発揮させてほしくはないのに。
「謝るんなら、家で謝ってくれ。ほら、大丈夫だから。二度目だろ?」
しゃがみこんで背を向ける。
「……ほんとうに、いいのか」
「当たり前だ。こんなときくらい、頼ってくれよ。
直るまで、ずっといてくれてかまわない。さいわい、明日は休みだからさ。
そばにいられる」
「こんな状態の、るーがそばにいても、いいのか」
「ああ、こんなときはお互い様だ。このみも、俺がそんなふうになったら
そばにいてくれる」
「うーも、か?」
「え?」
「うーこのがこんなふうになったら、うーはそばにいてやるのか?」
「あ、ああ。なるべくな」
微妙に照れくさい。だがここで否定するとるーこは来てくれないだろう。
後ろを向くと、赤くなっているであろう俺の顔をるーこは見つめていた。
「そう、か」
ぐ、と背に重みがかかる。
「よし、じゃあ行くぞ。しっかりつかまれよ」
勢いをつけて立ち上がり、公園を離れた。
持ち上げた時に触れた素肌に感じた湿り気。
振動を与えすぎないように、足を速めた。
公園を出たところで、強く手を回される。背に感じる柔さが圧力を増やす。
「……るー。かまわないか?」
「大丈夫だ。それより、あんまり動くと熱が上がるかもしれないから、じっとしてくれ」
「少しだけ。あとはうーの家までがまんする」
首筋に息がかかる。そのまま、鼻を利かせるような気配がした。
「……いい、匂いがする」
強く聞き取れるほどの吐息。
「うーの、匂いだ」
横を見た。あまりにも近い位置にある火照った頬と溶けるような瞳。そして、唇。
ちらり、と伸びた舌が俺の頬を撫でた。
そして、わずかに腰を伸びあげる動き。その感触は制服の背を貫き、背骨に何かがこすりつけられた。
「……っ」
押し殺した声。
身体がぶるりと震え、かかえた太腿が弛緩するのがわかった。
「なおー」
「にゃおー」
遠くから、にゃーともう一匹の猫の悩ましい鳴き声が聞こえている。