393 :
1/7:
今日は父親と母親が出張の日。
いつもどおり、貴明の家に泊まりに行く予定だ。
授業が終わってからずっと、校門の前で貴明を待ち続けている。
一緒に買い物へ行こうと思ったのだ。
「タカくん、遅いなぁ…」
最近、貴明と一緒に帰ることが少なくなっていると思う。
高校に上がれば毎日一緒に居られると思っていた。
実際は中学校の時よりも一緒の時間が減っている気がする。
気のせいではないと思う。
去年までの貴明は、授業が終われば大方すぐに学校を出ていた。
なのに、最近は夜暗くなるまで帰ってこない。
直帰とはいかないが、毎日毎日寄り道をするという事も無かったはずだ。
雄二に貴明の居場所を尋ねてもみたが、
「ん?貴明の居場所?そういや最近授業が終わるといなくなってるな。何処行ってんだろ」
貴明は何処に居るのだろう。今どうしているのだろう。
どうして自分と一緒に帰ってくれないのだろう。
「本当に…どうしたんだろ」
時計を見る。授業が終わってから既に二時間近くが経っている。
394 :
2/7:05/01/06 14:08:03 ID:uw+CJcxw
「先に帰っちゃったのかな…」
しかし、自分はずっと校門の前に居たのだ。
環や雄二にも会っている。貴明を見逃すという事は無いだろう。
学校から出るには校門を使わないといけない。
塀をよじ登れば出られるだろうが、そこまでする理由は
(理由…)
理由はあるのかもしれない。
最近貴明が一緒に居てくれないのもそのせいかもしれない。
自分は何か貴明に悪い事をしたのだろうか。
していないと思う。していないと思うが。
自分のことは自分でもトロいと思う。
周りから見れば自分が思っている以上にトロいだろうという事もわかっていた。
何か自分が気づかないうちに貴明を怒らせるような事をしたのかもしれない。
(でも…)
自分の姿は校門の塀に隠れて校内からは見えない。
貴明が何らかの理由で自分を避けているとしても、自分の姿が見当たらない校門まで避ける必要があるのだろうか。
無いと思う。
それに、朝起こしに着てくれる貴明は今までと何ら変わり無い。
395 :
3/7:05/01/06 14:09:45 ID:uw+CJcxw
「やっぱり、まだ学校に居るのかな」
そうに違いないと思う。
(探しに行こう。これ以上遅くなったら晩御飯に間に合わなくなっちゃうよ)
そう、自分は今から貴明のために夕食を作るのだ。
月に一度しかないのだ。
無駄に終わらせるわけにはいかない。
(これで見つからなかったらもう帰ろう。きっと私が気づかなかっただけだよ)
下駄箱で靴を脱ぎ、上履きへと履き替える。
とりあえず教室へ向かう。もしかしたら居眠りでもしているのかもしれない。
もしそうなら、思い切り抱きついてやろう。
寝ていた事に、自分のことを待たせたことに文句をいってやろう。
そして買い物をして、夕食を食べて、お風呂に入って、テレビを見て、寝るのだ。
(待たせた罰に、今日もタカくんの布団にもぐりこんじゃお)
少し楽しくなってくる。今日する予定の事をシュミレートしながら教室へ向かうと
(あれ…)
誰も居なかった。それどころか鍵がかかっていた。
オタク市場そのものが縮小してるというより、市場がどんどん腐女子に侵食されて
男のオタク向けのものが全く売れなくなってきてるんだと思う。
ときメモガールズサイドのヒット、銀魂みたいな完全腐女子向け少年漫画のヒット、
ガンダム、ジブリ、ドラクエのような完全に男のための娯楽だったものが
どんどん腐女子に侵食されてる。誰かが止めないとこの傾向これからも続くと思う。
397 :
4/7:05/01/06 14:10:40 ID:uw+CJcxw
何処に居るのだろう。
貴明は部活や委員会に所属していない。他に居そうな場所の見当がなかった。
とりあえず校舎中探してみよう。
自分は元気が取り柄なのだ。考えていても仕方が無い。頭で足りない分は足で探そう。
音楽室。
確か貴明のクラスは音楽室の掃除当番のクラスだった。
掃除が長引いているのかもしれない。
鍵がかかっていた。
体育館。
バスケ部が練習をしていた。部活が使っているのであれば、貴明はここにも居ないだろう。
屋上。
「タカくーん」
名前を呼んでみるが、返事は無い。
(ホント、何処に居るんだろ…それとも帰っちゃったのかな)
周りを見渡す。
空が茜色に染まっていた。
そろそろ帰らないと夕食の準備に間に合わなくなる。
398 :
5/7:05/01/06 14:11:01 ID:uw+CJcxw
下駄箱へ向かう途中、角を曲がったところで遠くの教室の扉が開いた。
(あっ)
中から出てきたのは貴明だった。
出てきたのは図書室。まさかあんな場所に居るとは思いもよらなかった。
何だか嬉しくなり、さっきまでの塞いだ気持ちが嘘のように晴れる。
貴明の元へと走り出そうとする。
思い切り飛び掛って、自分を待たせたことに文句を言ってやるのだ。
「タカく……」
「小牧ー、まだかー?」
足が止まる。貴明が図書室の中に話し掛けている。
「も、もうちょっと待ってくださーい」
聞こえてきたのは女性の声だった。
知らない声だった。
(え?え?)
頭が上手く回らない。
足が震える。貴明の元へ走り寄ることがどうしても出来ない。
「お待たせー」
中から声の主が現れる。自然と自分の目にもその姿が映る。
髪を片側髪留めで留めた女性だった。
貴明に笑いかけている。
(…っ!)
さっきまで動かなかった足が動き出す。
きびすを返し下駄箱へ走り、震える足で何とか靴を履き替え、そのまま家まで走り続ける。
貴明が知らない女性と一緒に居た。楽しそうに笑っていた。自分に向けるのとは別の種類の笑みだった。
それだけで、ただそれだけでその場に居られなくなってしまった。
399 :
6/7:05/01/06 14:11:23 ID:uw+CJcxw
「ただいま…」
家の中へ入り、荷物を部屋へ向かう。
服を着替えないまま、ベッドへと倒れ掛かる。皺など気にしていられなかった。
顔を押し付けたシーツが濡れているのを見て初めて、自分が泣いている事に気がつく。
気がついたら、涙が止まらなくなった。
「う、うぇ、うぇぇ…」
嗚咽が止まらない。
「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―」
貴明は幼馴染。昔からずっと一緒に居る。
これからもずっと一緒だし、今までよりもずっと近くに居たい。
そう思っていた。
しかし、もう貴明は自分と一緒に居てくれないのかもしれない。
そんな予感が頭をよぎる。
予感の原因はさっきの女子生徒だろう。
ベッドから自分の床の部屋を見ると、自分が愛読している占いの本が目に入った。
『やったー 相性最高だよ』
自分がその本に書いた言葉が思い出される。
占いの相性は最高だったのだ。
きっと、いつか、幼馴染からもっと別の関係になれる日が来ると思っていた。
今はまだ貴明が自分の事を妹のようにしか見ていなくても、
よっちにからかわれる度に貴明がそう否定していても、
いつか変われる日が来ると思っていた。
図書室の前での二人の笑顔が思い出される。
自分はこれからずっと貴明のただの幼馴染なのかもしれない。
貴明と自分は、永遠に結ばれないかもしれない。
今まで、自分の中にあった小さな希望が消えてしまったような気がした。
(タカくんのことが好き。好きなのに…)
関係を壊す事を恐れているうちに、取り返しのつかない事になってしまったのかもしれなかった。
400 :
7/7:05/01/06 14:12:05 ID:uw+CJcxw
もう何時間も泣いていたように思う。
泣きはらしたかを冷水で洗い、出かける準備をする。
夕食の買い物へ出かけなければいけない。
(タカくんの晩御飯作ってあげないと。
ほっといたらタカくんインスタントで済ませちゃうし)
きっと、買い物が終わる頃にはいつもの自分に戻れるのだろう。
そして必殺カレーを二人で食べて、テレビを見て、お風呂に入って寝る。
何も変わらない。いつもと同じだ。
ただ、
「あ、タカくん」
玄関を出ると、貴明が丁度帰って来たところだった。
という事は、自分が泣いていたのはほんの2、30分だったのだろう。
「なんだこのみ。今から買い物か?」
「うん。今日は必殺カレーの日だよ。楽しみにしててね。」
「ああ。お前もだんだん料理上手くなってるからな。いい嫁さんになれるんじゃないか?」
何気ない一言に顔が歪みそうになる。
「…どうした?」
「ううん。なんでもないよ。それじゃ、行ってくるね」
「ん?俺は行かなくて良いのか?」
「う、うん。タカくんはお留守番してて。すぐに戻ってくるから」
そう言って駆け出す。
今日は一人で寝ようと思う。