「このみ風呂空いたぞー」
髪をタオルで拭きながらリビングに向かって叫ぶ。
テレビの声がするからこのみはまだリビングにいるだろう。
「うんー、わかったよー」
案の定返事が返ってくる。
何でこんな夜遅くにこのみが居るかというと、
今回も月の一度のおじさん達の出張で家に泊まる事になっていた。
と言うわけで家にいる。
以上説明終わりっ。
「アホか俺は……」
何かを誤魔化すように自身に言い聞かせる自分へ呟きながら、なんとなく鏡を見る。
そこに映る顔は真っ赤だった。
いや、風呂上がりだからだな、きっとそうに違いない。
このみが彼女になって初めて泊まりに来るからとか断じて関係ないからな。
断じて。
「あれ? タカくんまだ上がってなかったの?」
背後から声をかけられる
「うわぁっ!?」
「きゃっ!」
驚く俺に、もう一つの驚いた声が重なる。
「びっくりしたー。急に声出さないでよー。どうかしたの?」
振り返るとちょっと口をとがらせ非難するような顔をしているこのみ。
その手には着替えを持っている。
風呂に入りに来たのだろう。
「いや、なんでもない。ごめん」
若干目を逸らしつつ答える。
というか今の精神状況ではまともに見られない。
「あー。駄目だよタカくん。ちゃんと頭拭かないと」
俺の未だ乾ききってない髪を見咎めるとこのみは首に掛かったタオルを取る。
そして、ちょっと背伸びをすると、俺の頭をごしごしと拭き始める。
「い、いいって自分で出来る」
誰も見てないからといってこんな事されるのは流石に恥ずかしい。
しかしこのみは俺の言葉を気にする事もなく。
「いいから、いいから」
と言ってご機嫌で続ける。
うう、恥ずかしい……。
「はいっ、かんりょーう」
ふぅ……やっと解放される。
「じゃ、俺、部屋行ってるから。ごゆっくり」
「あ、うん」
このみから受け取ったタオルを洗濯機放り込むと、風呂場を後にする。
俺はそのまま客間へ行き、押入からだした布団を敷く。
これで大丈夫だろ……。
「このみー。客間に布団敷いといたからな」
リビングの電気を消した後、階段をのぼりながら風呂場に向かってそう声をかける。
そして、そのまま返事を聞かぬまま二階へ上がり自分の部屋へとはいる。
うん、完璧だ。
恐ろしいほど上手くいった。
流石に今回ばかりは自分が信用ならない。
だから一緒に寝るのは非常にまずい。
おじさん達の信頼を裏切るわけにはいかないし、何よりまだ早すぎるだろう。
付き合って一ヶ月もたってないわけだし。
本当のところは色々と期待してしまってしょうがない自分に、何度もした言い訳を改めてまたし直して、なりっぱなしの心臓を何とか落ち着ける。
「さ、さっさと寝るか」
このまま起きていても、自分には辛いだけだろう。
今夜一晩明ければどうにでもなるに違いない。
そんな事を考えながら電気を消し布団にはいると目をつぶる。
ちっちっちっち。
静かな部屋に秒針の音が鳴り響く。
ね、眠れない……。
何時もならすぐにでも眠りに落ちる事が出来るのに今日に限ってやけに目が冴える。
トントントン。
そんな折階段を上る音。
ま、まさか……。
ガチャッ。
ドアが開く
「むー。タカくん寝ちゃってる」
不満そうな声。
な、なんでくるんだよー、このみー。
心の中で情けない叫び声をあげながら、必死で寝たふりを決め込む。
そうすれば、諦めて戻るだろう。
「……」
布団越しの背中に感じる視線。
部屋を支配する静寂と無言の息づかいがやけに痛い。
「……い、いいよね?」
なにがぁっ!?
「んしょっ」
ぽすっと頭の後ろに柔らかい何かが置かれる。
それと同時に捲られる背中側の布団。
そして、ベットに入ってくる気配。
「えへ〜」
俺のベットに入ってきたこのみは嬉しそうな声を出すと背中越しにぴったりと抱きついてくる。
(うわぁぁぁぁぁ)
背中越しに伝わる、柔らかい感触に頭も心臓も激しいパニックに陥りながら声にならない叫びをあげる。
「……あ」
何かに気付いたような声を上げるこのみ。
だが、今はそんな事はどうでも良い。
必死で寝たふりがばれないように寝息等の演技を続ける。
一方、このみの方にはその後動きはない、寝てくれたようだ。
な、なんとかギリギリセーフ。
助かった……。
そう悟ると一気に肩の力が抜ける。
それと同時に今までの疲労感が襲い、急激に眠気が押し寄せてくる。
これなら何とか眠れそうだ。
そう考え、改めて寝に入る。
まぶたを閉じると、すぐ薄れてゆく意識。
そして、何とか危機を乗り切った達成感の中で眠りに落ちる瞬間、背後から呟き声がぼそっと聞こえた。
「タカくんの意気地なし……」
ら、来月どうしよう……。