うたわれるものの世界に葉鍵キャラがいたら2

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「…で、結局どうなるんだ?」
柳川の言葉が、どうも結論をぼかしている様に聞こえたので、ヌワンギは念を押す。
「…後二、三日はこのまま。その後は、こちらから何とか急いでもらえるように連絡を取ってみよう、と思う。」
…つまり、対策らしい対策は今の所無い、という事らしい。

柳川がヌワンギの部屋に来た理由。それは、旅の間は酒の肴に楽しんでいた、これからの予定の相談である。
ともすれば暗くなってしまいかねない話題だけに、酒を飲みながら冗談交じりでするのが慣例のこの相談…
今日の柳川は、なぜか酒を持って来ていない。普段は嫌味なほどに気の利くこの男にしては、らしくない行動である。
「ハッキリしねぇなぁ…別に、ここにいくら居ても俺達が困る事は何も無いわけだし、
 …そりゃあ、ここにきた目的は別にあるわけだけどさ、それもここで待っていりゃあ済む話だろ。
 それなら、向こうから何か言ってくるまで、こっちから急ぐ必要なんてネェと思うけどな。」
「そうは言ってもだな…」
柳川は、ヌワンギのいつもながらの楽天的な考え方に異論があるようだが、それにしては歯切れが悪い。
おかしい、とヌワンギは思う。
柳川は、いつもハキハキと言いたい事を口にする男で、もし反論があるのであれば、こんな風にグズグズしていない。
(良く考えてみりゃ…ここ暫くは調子が悪そうだったな、コイツ。)
そう…海から帰ってきてからこれまで、なにやら迂闊に人には喋れぬ悩みを抱えているようだった。

「…何考えてんのか分かんねぇけどよ、言いたい事があるんなら、サッサと言っちまったらどうだ?
 さっきかららしくねぇぞ、お前。」
ヌワンギのその発言に、柳川は暫し腕を組み何かを考える。そして…
「…なあ…ヌワンギ。…ここに来てから…いや、クンネカムンに入ってからだ…
 何か、違和感のようなもの…もう少しはっきり言えば、疎外感…だ。そんなものを持った事は…ないか?」
やはり歯切れの悪い口調ながらも、柳川はそう告げた。
もうこの宿に来て半月は過ぎた…だというのに、クンネカムン皇都からは全く音沙汰が無い。
それを不安に思うのは当然の事だ。だが…ここまで来てしまった以上、今は待つしかないのは柳川も分かっている筈である。
それなのに、柳川はただここで待つ事に焦りを感じ始めている。その結果のらしからぬ相談なのだろう。
「…そがいかん、ねぇ…」
庭に面した廊下に腰掛け、ヌワンギは柳川の言葉を反芻する。
(確か…よそ者だと感じる、みたいな意味だったよなぁ…)
…果たしてそれは本当に、柳川の焦りの原因なのだろうか?

「…何をしてるんですか?」
後ろから女性の声が聞こえた。
暫く考え込んでいたからか、その接近に全く気付かなかった事にまず驚く。
この声は…恐らくここの女将である。その声色から優しさと好奇心のようなものを感じたから、
別に不審に思って声を掛けたのではなく、ただ単に、ヌワンギが何をしているのか知りたかったのだろう。
「え、えっと…庭、庭を見てたんだ。」
別にそんな言い訳をする必要は無かったのだが、不意に驚かされてしまった恥ずかしさからか、ヌワンギは咄嗟にそう口にした。
「…綺麗でしょう?この庭は…少し自慢なんです。」
「そ、そうだな…」
どうやら女将はその言い訳を疑っていないようである。そこで、ヌワンギは改めて眼前に広がる庭を見つめる。
今まで考え事に集中していた為、視界には入っていたがまるで気にしていなかったこの庭は、
言われてみれば確かに綺麗である。夕食前のこの時間、夕日が射してやや物悲しくはあるものの、
それが逆にこの庭の自然な美しさを際立たせている。
良く手入れされているであろう、こじんまりとした木々。その根元に生える青々とした苔。
そのやや手前の池は、時折夕風が水面を乱し、夕日の美しい朱でキラキラと輝いている。
そして、そのまた手前からヌワンギの足元まで伸びる砂地は…
(あれ?)
なぜか足跡やら、何かを書いた跡やらでごった返しており、ここだけは…美しくない。
ヌワンギがその砂地に目を向けている事に気が付いたのだろう。
「ここで…お昼過ぎに柳川さんが歴史を教えていたんです。」
女将がそう教えてくれた。
「…ああ、そういえばそんな事もしてたなぁ。」
そう言って、いつの間にか隣に座っていた女将に目を向ける。
その視線に気付いた女将は、悪戯がばれた少女のようにはにかみながら、
「実は…私も教えてもらってるんです。」
と言い小さく舌を出した。

柳川がどのように講義をしているか、どんな風に彼女達と接しているか、
そんな事を、その後のんびりと聞いていた。他人から聞く柳川の姿というのもなかなかに面白くはあった。
(でも…何かおかしいな。)
その柳川の様子が、自分の知っているそれとあまり変わらない事に、ヌワンギは逆に違和感を抱き始めた。
「…なんかさぁ。」
「はい?」
「聞いていると…随分打ち解けてるみてぇだよな。」
「そうですね。妹達も…そういえば、不思議なほど馴染んでますね。」

「…それでか。」
「え?なんですか?」
柳川の言う疎外感の正体も、ああまで焦り始めた理由も、朧げながらも見えてきた。
思えば…器用に見えて不器用な男だった。こんな、ヌワンギにとっては、はっきり言ってどうでもいい事で、
自分から周りと距離を置こうとする。でも…そういう男だから、ずっと信頼してこれたのもまた、確かなのだ。
「あのさ…女将サン。」
何やらヌワンギが急に態度を変えたので、女将はやや焦りながらも、
「えっと、何ですか?」
と答えた。
「どうやったら、皇都に早く戻れると思う?」
その質問に女将がどう思ったかなどヌワンギには分からない。ただ、女将は少し考えるような仕草をした後、
「待つのにも…飽きてしまいましたか?」
と尋ね返してきた。
「ああ、確かに部屋で待つだけってのは結構大変なんだよ。
 …それに、やっぱ俺達みたいなのは、ここにあまりいない方がいいよ。」
「それは、どういう意味ですか?」
「意味っつってもなぁ…」
「自分達が男性だからとか、シャクコポル族ではないからだとか、そういう意味、なんですか?」
「ああ、いや、そういう事じゃネェんだ。ただ…」
「…ただ?」
どうも上手く説明出来ない。柳川ならば上手く言い含める事も出来るのだろうが、ヌワンギはどうもそういうのは苦手である。
結局、散々悩んでから
(上手く説明するのは…無理だな。)
そんな風に諦めて、拙いながらも自分の言葉で何とか説明する事にした。

「あの…あのさ。ここ、平和じゃねぇか。」
「え?ええ…そうですね、争い事なんて殆ど起こりませんし…」
「でもさぁ…俺達の見てきた世界は、こんなんじゃなかったんだよ。」
「…それは、ここの外の話…ですか?」
それならば、女将にも十分に心当たりはある。何しろ、柳川の講義で知ったクンネカムンの外の歴史は、
戦乱や圧政などの不穏当な言葉に満ちていたと言っても過言ではなかったのだから。
「少なくとも…俺の知ってる世界は、どれもこの國とは全く違うな。」
「…それが、理由なんですか?」
女将も、なんとなくヌワンギの言いたい事が分かってきた。
「平和を異質と感じ取ってしまうくらい…戦いに慣れきってしまったんですか?
 …外の世界というのは、そうも過酷なんですか?」
まるで母親に問い詰められるような口調で、そう尋ねられた。
…ヌワンギはその問に答える事は出来ない。その問に答える術など、最初から持っていないのだから。
結局、ヌワンギはその沈黙を破る事の無いまま席を立った。
それで、夕食前の二人の会話は終わったのである。
今日の夕食はなぜか妙な雰囲気だった。
普段は自分達の旅の事や、その時立ち寄った國々の事など、いろいろと聞いてくる女将が、
今日に限ってはだんまりで、妹達もそれに倣ったのか、口数が少なかった。
その上奇妙な事は重なるようで、あの空気を読めない筈のヌワンギまでもが、
その雰囲気に合わせたかのように、まるで言葉を交わそうとはしなかった。

「どうしたんだろうな…」
柳川は、夜道を散歩しつつ、今夜の静かな夕食について考えていた。
…そりゃあ、一日や二日は女将が元気の無い日があっても全くおかしくはない。
ヌワンギも偶には無口になるだろう。そして、今日はたまたまそんな日が重なった…と思えなくもない。
いや、そう思えれば気楽にもなれるのだが、心配性な柳川は、どうしてもそんな風には考えれないのだった。

そうして考え事をしながら散歩を続けていると、見覚えのある街道に辿り着いた。
(ここは…この村に来る際に通った道か。)
あの時は、二人疲れ果てながらも、星を眺めいろいろ楽しく話し合った。
(あれは…刀座、だな。)
本来は北斗七星、大熊座の尻尾に当たるそれは、ヌワンギが
「あれさぁ…俺の刀に似てるじゃねぇか。だから刀座。」
そんな事を言ったから、その日から刀座になった。
…あの日の事を、思い出してみる。
そう、刀座が出来た後だ。
「…そんな物騒な物、空に作るな。」
とつっこんではみたが、気分のいい時のヌワンギは、そんな事は聞きもしない。
「…それでさ、その横のが俺の着てた鎧と兜に似てるから、鎧座と兜座だな。」
「一つはかんむり座だな。惜しいと言えば、惜しい。」
「後は、ヌワンギ座を作れば、完成!…ああ、ついでに柳川座も作ってやるよ。」
「…柳川座は、いらない。」

そんな事を話した後、ヌワンギを相手にも滅多に話した事の無い、自分の世界の話をしてみた。
…柳川の世界では、人類は月に行った事がある、という話を。
勿論最初は、
「…そんな馬鹿な事、いくらなんでも出来るワケネェじゃねぇか。」
と笑いながら聞いていたヌワンギも、本当だ、と念を押すと、どうやら信じ始めたようで、
「それじゃあさ、ヌワンギ座には行ったのか?」
と、星空を指してとんでもない事を言ってきた。
「…ヌワンギ座は、まだまだ遠いな。」
苦笑しながらそう答えた。…まあ、行けたとしても、ヌワンギ座には行きたくない。
「…いつ、行けるんだろうな。」
その呟きを聞き、柳川は星空から一時視線を外し、ヌワンギの方を見た。
そこには、星空を見詰めながら、その時ばかりは歳相応の純粋な青年のような顔をしているヌワンギが居た。
…柳川は、もう一度空を見上げる。

人の気配の絶えた街道に、ポツンと旅人が二人。そして、二人は満天の星空を眺め、
宇宙旅行の夢を見た。地を這うように進む今の旅に比べれば、それは限りなく自由で、限りなく夢に満ちていた。
…そうして過去に想いを巡らせていた柳川だが、不意に現在に引き戻された。
この近くに、自分以外の人の気配を感じたのだ。
…もう夜も深い。いくら治安はいいとはいえ、こんな時間にこんな所を散歩するのはあまり感心できる事ではない。
それに…この気配は覚えがある。…これは、恐らく…
「…あの娘か。」
柳川の脳裏に浮かぶのは、自分を、いや、自分達を血の匂いがすると言って避けている少女。
…そしてその少女は、この闇深き中を全く迷う事なく、柳川の通った道を辿り、柳川の下に近付いている。
それはまるで、この少女も柳川と同じ、人の気配を探知する能力を持っているのかのように。

そして少女は、柳川から十メートル程度離れた場所まで進み、ピタリと立ち止まる。
…そこから先へは進みたくない、と言わんばかりに。
この距離では、会話は辛うじて出来るだろうが、お互いの表情が全く分からない。
「…こんばんは。」
柳川は当たり障りのない夜の挨拶をする。…返事は期待していないが、この距離を保ったまま、
お互い沈黙し続けるのも嫌なので、これが柳川の取り得る最も無難な選択肢と言えた。
だが少女は、柳川の予想を裏切る。
「…こんばんは。」
辛うじて聞き取れる程の細い声で、柳川にそう挨拶を返したのだ。
少し面食らいながらも、もしかしたら、今ならちゃんとした会話が成立するのではないだろうかと期待を抱いた柳川は、
「…何か、用事でもあるのかな?」
そう、優しく言葉を続けた。
表情は見えないが、どうやら少女は迷っているようだった。柳川の問に答える為に、言葉を選んでいるような、そんな印象を受けた。
「…姉さんは、迷っています。」
「ね、姉さん?」
少女の言葉は唐突に過ぎる。この言葉だけでは、まるで意味が掴めない。
(この娘が姉さんと呼ぶのは二人…恐らくは、女将さんの方か。)
とりあえず今分かるのはこれだけ。後は…聞いてみなければ分からない。
「姉さんというと…女将さんの事だよね。」
少女はまず沈黙を以てそれを肯定する。そして、静かに言葉を続ける。

「姉さんの仕事は、判断する事です。」
「…判断?」
「その人が、クンネカムンに害なす者かどうか。それを判断し、皇都に報告する。
 …他國の間者かどうかとか、そんな事を調べる仕事なんです。」
「なんだって!?」
思わず声を荒げてしまう。…が、こんな事を聞かされてしまっては仕方が無い。何故なら…
「…俺達は、監視されて…いたのか?」
…そういう事になる、なってしまうからだ。
よく見えないのだが、どうやら少女は頷いたようだった。
「…ヌワンギさんの素性は直ぐに割れました。…そして姉さんは、今のヌワンギさんなら問題無い、と判断しました。」
「………」
こちらの心の準備などお構い無しに話を進める少女に、柳川は追いつく事が出来ない。
「姉さんは、貴方をどう判断すればいいか迷っています。
 …早く皇都に戻りたいのでしたら、この後姉さんと話をしてみて下さい。」
その言葉を最後に、少女は闇に飲み込まれるようにその場を立ち去った。

…もう柳川の心の中にあるものは、満天の星空と宇宙旅行への夢などではなくなっていた。
騙されていたというドス黒い感情に塗りつぶされた、宿での楽しかった筈の記憶。
そんなどうしようもないものに、柳川は酷く、とても酷く打ちのめされた。
515名無しさんだよもん:2005/10/17(月) 18:48:38 ID:u0GHjEdI0
むぅ
516名無しさんだよもん:2005/10/17(月) 23:45:42 ID:q7AHQaDs0
最後の一レスで一気に暗転させたな……。
517名無しさんだよもん:2005/10/17(月) 23:48:31 ID:SWtf7F1o0
最近俺の脳内でヌワンギの性格がこのスレ準拠になりつつある。
518名無しさんだよもん:2005/10/18(火) 03:26:30 ID:ehuoULEQ0
俺も俺も。
ちょっと設定の見直しにうたわれ最初からやったら違和感がw
519続・裏山のガンマン:2005/10/19(水) 04:08:50 ID:eOirsIEc0
轟々と焼ける建物、それ以外の色を封じ込めるかのような真っ赤な光、立ち昇る煙。
至る所から響き渡る悲鳴や怒声、鋭い剣戟。
住む人を護る使命を帯びていた家屋は今煉獄の檻と化し、空に浮かぶ月の光は黒煙に霞み闇を照らす事も叶わず。
赤々と染まる大地の下、打合の音に併せるかの如く奏でられる嗚咽、嬌声、断末魔。
崩れ落ちるは削れ、斬り獲られた沢山の人型・人形・ヒトガタ。


何だ。
ただのお祭じゃないか。よく出来てるな。
―――なんだそれは。
ほら、よくあるだろう?昔から伝わる祭事って奴だよ。この前皆で祭に行った時に藤林ちゃんが言ってた伝統芸能ってやつさ。
―――訳がわからない。
どっか東北であっただろ?わるいこはいねがぁって刺身包丁もって家に上がりこんで来る奴の親戚さ、何も変な所は無いじゃないか。
―――ならなんで。
大体なんでこんな道端であんな大袈裟な練習してるんだよ、ちょっと行って文句の一つもつけてやらないと。
―――足の震えが止まらない。
うわ、何か噴き出たぜ?凄い演出だよな、ハリウッドも真っ青だぜ?
―――今、後ずさりする人影を狙い澄まし、赤い光を照り返して狂刃が舞った。
もしかして映画の撮影?すげーなぁ、僕もチョイ役で出してもらえないかな?
―――足が動かない。歯の根も合わない。
うわ、小さな子供が出てきた。あんな小ささでもう映画デビューなんてすげーよ。
―――そっちへ行くんじゃない、逃げろ。
あ、悪役が子役に気付いたぞ。なんで棒立ちなんだよ。早く逃げないと。
―――もう遅い。間に合わない。
刀が振り上げられた、あの太刀は一体このあとなにを如何するのだろう。
―――何も起きはしない。僕のはそれが振り下ろされるのを見ているだけなのだから。ただ―――
520続・裏山のガンマン:2005/10/19(水) 04:11:01 ID:eOirsIEc0
ガチガチと歯が耳障りな音を立てている。
だが、当事者である青年はその音はおろか、自分の体の異変にさえ気付いていなかった。
完全に理解の範疇を超えていた。
つい先日まで争いと死が結びつく事さえ稀だった現実と―――
―――今正に、なんの理由も知れぬまま幼子の首だけが地に落ちた事実。
その矛盾が彼の身体の自由を利かなくしていた。
吐き気・悪寒・腹痛・頭痛・腰痛・打ち身に擦過傷・筋肉痛。
おおよそ今まで彼が味わった痛みをどれだけ並べてみてもあの幼子の苦しみには叶わないと気付いた瞬間、彼の体はさながら糸の切れた傀儡の様に崩れ落ち、何も入っていない胃袋をひっくり返した。
直ぐ後ろでは未だ業火は荒れ狂い、その炎に誑かされたように人間が歪な踊りに明け暮れている。
いつの間からか続く体の震えは止まらず、未だ自分の口からは絶え間なく音が鳴り続けている。
昨日まで一緒に居た友人の顔が、教師の顔が、姉の様な寮の管理人の顔が、家族の―――大切な妹の顔が―――頭の中を駆け巡った。
怖かった。
怖くて怖くて怖かった。
自分の吐瀉物がその身に付く事も忘れて彼は蹲った。

彼の願いはただ、悪い夢から一秒でも早く目覚め、あの悪友といつものように言葉を交わす事だった。
521続・裏山のガンマン:2005/10/19(水) 04:14:32 ID:eOirsIEc0
どれだけ時間が経っただろうか。
彼は辺りから一切の喧騒がなくなっている事に気がつき、おずおずと隠れていた草むらの中から顔を出した。
夜空には満天の星と、少し大きくなった―――それでも満月には程遠い―――月の船が浮かんでいた。
そして月光に照らされ、浮かび上がる世界に彼は目を覆う。
(………やっぱり、夢じゃ…ないな)
大半が消し炭と化した家屋の残骸に雑草の様に至る所から生えた矢や武具、そして地面をまるで木石か何かのように転がる遺体を目の当たりにし、彼の中にあった僅かな希望は霧散した。
(夢なんかじゃ、ない)
もう一度、噛み締めるように胸の内で反芻する。そして決して音を立てないように、ゆっくりと草むらから這い出した。

(……僕は一体何をしているんだ)
廃墟となった集落で、月の光から浮かんだ建物の影を縫うように歩きながらそんな事を自問する。
考えてみれば、音がしないと言うだけで敵がいなくなったとは言い切れないのだ。
なんの考えも無く飛び出していって音も無く忍び寄られて後ろからブスリ、なんて笑い話にもならないだろう。
でも、このまま見て見ぬ振りして逃げて帰れたとして。
そのとき自分はまた馬鹿みたいに笑えるだろうか。
(………いくら芽衣でも、そんな兄貴じゃ見捨てられたっておかしくないよな………)
それだけは、御免だった。
(だらしのない………馬鹿な兄貴だけど………それでも、そこまで堕ちちゃないっ)
両の手で頬を叩き、自分を奮い立たせて
(…………って、今思いっきり音立てちゃったんですけどねぇっ(;゜皿゜)
ヒリヒリと痛む頬に手を添えながら、月影からさえその身を眩ませて、彼は独り焼けた廃墟を往く。
522名無しさんだよもん:2005/10/24(月) 00:31:53 ID:TrpDgTQu0
この段階ではまだ何とも言えない……
523名無しさんだよもん:2005/10/24(月) 12:49:54 ID:f05rPKOT0
ちょいと失礼。
今までのとは無関係にこみパネタやっていいでつか?
524名無しさんだよもん:2005/10/24(月) 21:33:20 ID:R/LxabJdO
>>523
いいと思う。
別に一本のストーリーにしなきゃいかん訳じゃないし。
パラレルの前例も幾つかあるし。
何より書き手が増えるのは嬉しい。
525名無しさんだよもん:2005/10/26(水) 05:59:17 ID:qtaDDSVR0
>>522
ハンパな状態で放置して微妙な空気にしてスマソ(;´д`)人
まさか一週間も放置する羽目になるとは思わなかった。今は反省している。
と、言いつつまた微妙な所で切れる訳ですが……


ちりちりと肌が焼ける。
既に真っ黒に炭化し、鎮火した周囲の家屋の成れの果てから放出された熱が、まるで真夏の太陽の如く照りつける。
ざくりざくりと焼けた臭いのする地を踏みしめて、春原は出来るだけ辺りを見ないように歩いていた。
辺りで物音を放つのは自分の両足だけのせいか、否が応にも靴音が耳に付く。
そして不意に、足先へ軽い衝撃とともに体中へ響くコツリという小さな物音に、彼は思わず地面に目をやってしまう。
「うっ………」
呻いて、口を手で覆う。しかし視線はそれからなかなか外れてくれない。
それは先程まで、自分のものと同様に食事を摂ったり、様々な物を作り出したり、きっと誰かと繋がっていただろう、人間の腕の残滓だった。
ようやく視線を空へ向け、出来るだけ思考をクリアにしようとする。だが、頭に浮かぶのは先程から目にした焼け爛れた人の顔であったり、百舌の速贄の如く何本もの槍で胴を貫かれた人の体など、自分の心を更にかき乱すものばかりだった。
「………ちくしょう」
それが何に向かっての憤りなのか、それは吐いた春原自身にも判らなかった。
ただ彼の内には、言葉では表現できない混沌とした感情が渦巻いていた。
足を前に進める。
ゆっくりと、だが大きく足を開いて。
耳をそばだてて、地面をなるたけ見ない様に周囲を見回していく。
何度も倒れた人の体に躓いて、嘔き、歩みを止めながらも春原は自分以外に動く物の無い街中を彷徨う様に歩き続けた。
そうしてどれだけの時間を費やしただろうか。やがて彼の目の前には、丸太の塀で囲われた大きな屋根が入ってきた。
526名無しさんだよもん:2005/10/26(水) 05:59:51 ID:qtaDDSVR0
「あそこで………最後か」
崩れた門の前に立ち、呆然とつぶやく。

自分の中の勇気を振り絞る為に、敢えて口にして重たい足取りに喝を入れて。
春原は観音扉がついていたであろう門をくぐった。
塀を抜けて屋敷をまじまじとみつめると、どうやら火矢を大量に浴びせられたらしく、屋根に当たる部分は骨組み部分を除いてごっそり抜け落ちており、母屋自体もまるで身を食べられた後の魚の骨の様な無残な姿だった。
「だれか………誰か居ないかー!」
あんな中に生きている人なんて居るわけが無いじゃないか。
そう吐き捨てたくなる気持ちを懸命に押さえ、思わず春原は叫んだ。自分の心を打ち消すように。
………………か…ぃ……
春原の耳に、にわかに信じ難い物音が届く。
「人の………人の声だ……!」
人の声がした。ただそれだけで彼は今まで感じた恐れや憎しみも忘れ、まだ熱を帯びた瓦礫の中へ突っ込んだ。
「返事をっ……・もう一度返事をしてくれ〜!」
……んじ………いち……て………
さっきよりもハッキリと、その声は春原の正面から聞こえた。
「今いくぞ!待ってろ!」
炭化した木片を蹴散らして突き進んでいく。
声の主は大丈夫だろうか、傷を負っているかも知れない、それも下手をすれば大怪我では済まない状態かもしれない。逆に無傷で呆然としているかもしれない。
様々な考えが春原の頭を駆け巡る。だが何にせよ今はその声の主に会いたかった。
こんな所で独りきりなのは、怖くて堪らなかったから。
527名無しさんだよもん:2005/10/26(水) 06:02:03 ID:qtaDDSVR0
瓦礫の山を抜け、一気に目の前が開けた気がした。
だがその思いとは裏腹に、そこにはその視界を覆うかのような絶壁が暗闇にうっすらと浮かびあがり、その行く手を塞いでいる。
高さは、ざっと10m位はあるだろうか。壁と空の堺に顔を出している木々の影が爪楊枝ぐらいの太さしかない。
―――まさか、この上に居るのだろうか?
崖下を観察してみるが、洞穴の様なものは見当たらないし、かと言って隠れられそうな岩山や木々がある訳でもない。
「おーい、何処に居るんだ〜」
『んだ〜』
呼び掛けに応じてか、やはり目の前の絶壁から声が聞こえる。
「? 隠れてないで出てこいよ〜」
『こいよ〜』
返事はすぐに返ってきた。
だがどうやら、返事から出てくる気は無いらしい。
「大丈夫、武器なんかも持ってないし怖がらなく……」
『らなく……』
こちらに危害が加える意思が無い事を示そうと、両手を挙げながら声を掛け―――ようとして止めるが、やはり間髪入れずに返事が返ってくる。
何か、嫌な予感がした。

目の前には崖。
人が隠れられそうな物陰は見当たらない。
間髪入れずに返ってくる返事。

―――結論は、彼の頭の中でもすぐに出た。
528名無しさんだよもん:2005/10/26(水) 06:02:48 ID:qtaDDSVR0
「はは……僕ってば馬鹿みたいだな」
へたりと尻餅をつく。
「岡崎の鬼〜!杏の悪魔〜!鬼畜外道〜!」
『…ちくげどう〜っ』
駄目押しとばかりに目の前の崖に叫ぶと、反射された自分の声が返ってくる。
要するに、今までの事は全て一人芝居。
ただ壁から跳ね返ってくるだけの自分の声に一喜一憂していたなんていう、性質の悪い冗談。
「もう……ど〜でもいいかぁ」
ぐったりと手足を投げ出して地面に倒れこむ。視界一杯に広がる夜空は密かに白み、星の光は既に霞み始めていた。
どうせ、もう誰も残っちゃいない。そんな考えが、春原の体を蝕んでいく―――。

ぼんやりと、昔の事を思い出した。
あれはまだ僕が小学生だった頃の話だ。
隣町の夏祭りに芽衣と二人でこっそり遊びに行って、散々遊びまわった挙句に迷子になった。
僕も芽衣も既にへとへとに疲れきっていて、食べ物を買わずに射的や金魚すくいで遊びまわったせいで腹ペコで。
知っている人間も居ない町で二人きりで、不安と寂しさで泣きそうだったのに。
アイツは僕の手を握って笑ってたんだっけ。
お兄ちゃんといっしょだからだいじょうぶだよ、って。
それなのに僕ときたら、兄貴の癖にとんでもなく情けない顔をしていたに違いない。
うろ覚えの道を辿って、途中で舟を漕ぎ始めた芽衣を背負って、ゴム草履で擦れた足の痛みを我慢して、結局家に着いたのが、ちょうどこんな空の時。
親父やらお袋やらに散々怒られて、思いっきりひっぱたかれたけども。
芽衣を家に連れて帰れて良かったって、あの時はそれだけで一杯だったっけ。
当の本人は僕の背中で能天気に眠りこけていたんだけど。

誰も居ない世界に放り出されて、ようやく気付いた。
どうにも僕は、誰も知り合いの居ない世界では生きていけないらしい。
あの学校でだってそうだ。
あの時、岡崎と出会っていなかったら。
僕はきっと何をする事も無くあの学校を出て行った事だろう。
なら、今は。
誰も居ないこの世界で、僕は―――
529名無しさんだよもん:2005/10/26(水) 06:04:02 ID:qtaDDSVR0

ばきりと、何処かで木の枝が折れる音に春原は意識を呼び戻される。
反射的に瓦礫に身を潜めて音のした方へ振り向くと、肩を押さえながらこっちへ駆けてくる小さな影。
その背後を大柄な―――太刀を振りかざした―――男が追いすがる。
小さな人影は疲弊しているらしく、どんどんと男に距離を縮められていく。
「あうっ」
足をもつれさせ、細い悲鳴をあげて影が倒れる。
追いついた男が太刀を上段に構え、振り下ろそうとした寸前に、影は間一髪身を翻して白刃を避け、懐から短刀を取り出し男と切り結び始めた。だが、体躯から見てその力の優劣は明らかだった。懸命に男の凶刃を防ぐが、じりじりと後退を余儀なくされる。
居ても立ってもいられなかった。
いや、実際には膝は笑い、歯は音を立てて鳴り出しそうだった。逃げ出したいと思った。
だが、あの人影が――― 一瞬だけ見えたその顔が―――何かに重なって見えた瞬間に、春原はその全てを押しのけて瓦礫から焼けた木片を引き抜き一直線に男の背後に向かって疾走した。
ついに影の手から短刀が弾け飛ぶ。大きな瞳に映る男の下卑た表情と絶望的な少女の表情が春原の目に焼きついた。
「うわああああああああああっ!」
恐怖を振り払い、己を鼓舞するかの様に肺から怒声が漏れる。
男が振り向いた。だが、その瞬間にはもう春原の手から木片は消えていた。
―――めきり、と。
その身を砕いて木片が春原の意思を体現する。
黒塊は男の鼻っ柱をへし折り、さらには左頬から額に向かって激突し、その身をもって男を昏倒させた。
「早く!」
男の脇を駆け抜けて、春原は呆然としたままの少女の手を取り一目散に駆け出した。
530名無しさんだよもん:2005/10/26(水) 06:35:11 ID:qtaDDSVR0

心臓がバクバクと騒ぎ立てる。
無論それは彼が妹以外の女の子の手を初めて握ったからという訳ではなく―――いやそれもあるだろうが―――、初めて死を予見しながらもその判断に抗ったからだろう。
「はぁ……はぁ……」
「…ふぅ……ふぅ……」
案外、久々に全力で短距離走をやったからかも知れない。あれは我ながら驚くほど早かった。
そんな事を頭の中で考えながら春原は、木の幹を背にして少女と二人林の中に身を潜めていた。
「だ……大丈夫………?怪我とか……してない?」
息も整わないままだが、息が整うまで無言よりはマシだろうと声を掛ける。
「え………あ……」
戸惑いの表情を浮かべたまま、彼女は春原を見た。
深い海の様な群青を称えた大きな二つの瞳が、不安そうにこっちを見つめてくる。
まだそう年端もいかないのだろう。その顔にはまだあどけなさが残り、成長期特有の子供でも大人でも、女でもなければ男でもない柔らかで中性的な魅力を持っていた。
(………いきなり何を考えているんだ僕はっ。しかも手掴んだままだしっ)
まじまじと少女の顔を観察してしまった事に罪悪感を感じ、それを払拭する為にわざとらしい位明るい声で話しかける。
「ああ、ぼ、僕は怪しい者じゃないから怖がらないでね?たしかに絶叫しながら棒切れ振り投げて引っ張ってこられたら驚くかもしれないけれど、僕はいたって善良な一般市民だから〜、ってそんな事言ったら普通余計に怪しまれるじゃないですかねぇっ(;゜皿゜)」
「え……ええと……」
「あ………ゴメン、ちょっと待ってね?」
いきなり捲くし立てられ、当惑してしまったらしい少女を見て気を落ち着けようと、ゆっくり深呼吸を始める。
「(;゜皿゜)ひ〜………(;´皿`)ふ〜……(;゜皿゜)ひ〜………(;´皿`)ふ〜……」
ぶっちゃけ怖かった。
531名無しさんだよもん:2005/10/26(水) 06:36:45 ID:qtaDDSVR0
「―――それで、君以外の人はいないの?」
どうにか気を落ち着け、出来るだけ冷静に言葉を選んで少女に問いかける。が
「は、母様がっ、母様が傷を負ってるんですっ!それで薬を探してきたので急いで行かないと―――」
突如として、堰を切ったかのように慌てて喋りだす少女。いきなり質問がアウトだったらしい。
「とりあえずおちついて……そのお母さんは何処に?」
その問いに彼女は、数瞬春原の目をじっと見つめた後暫し逡巡し、
「向こう側の…渓流近くに洞穴があって……そこに」
そう言って、先程逃げてきた崖の先を示した。つまりは逆方向に逃げてきたという事らしい。
しかし、向こう側にまっすぐ行けば確実に先程の男に見つかるだろう。
先程は不意打ちで撃退できたものの、正面きっての衝突でなら勝てる自信は春原には全く無かった。
(そういえばこの子の短刀、置いてきちゃったな……)
今更考えても後の祭りでしかないが、何も手持ちに無いのはやはり痛かった。
「ともかく、ここから動こう。下手すればもう追いかけて来ているかも―――」
言って立ち上がり―――そして不運にも先程昏倒させた―――鼻っ柱の歪んだ男と目が合う。
「あ、あはは………ごきごんようっ!」
言うが早いか春原は、少女の手を引いて全速力で茂る草木を踏み散らして走り出した。
―――しかし、整備されていない地を走ることに慣れていない春原にこの地形での逃走劇は非常に分が悪かった。
徐々に追い詰められ、ついには木の幹に背をとられ挟み撃ちにされてしまう。
532名無しさんだよもん:2005/10/26(水) 06:37:29 ID:qtaDDSVR0

「……この顔の傷の償い、貴様の命でして貰う!」
八相に刀を構え、じりじりと春原と少女へ迫る男。
周囲を見回すが、武器の代わりになりそうな物も、盾になりそうなものも無い。
「くそうっ」
ダメ元で制服の上着を盾にしようと手を掛けた瞬間に―――懐に固い感触を感じ取る。
春原は、その感触を感じ取ると不敵な笑みを浮かべ始め笑い出した。
「ふ、ふふふふふ……」
「な、何が可笑しい。気でも触れたか?!」
「馬鹿な事言っちゃいけないよオッサン。僕には奥の手があるんだからね!」
言って右手をズボンのポケットに突っ込む。
硬質で、ツルリとした独特の感触。
「さぁ、その刀を捨てろっ!」
そう言って真紅に輝く一艇の拳銃を手にかざす。
「な、なんだそりゃあ?!」
いきなり得体の知れないものを向けられ、男は狼狽した。それに対し春原は精一杯虚勢を張り、胸を反らして公言する。
「赤い稲妻、ゾリオンだっ!」
533名無しさんだよもん:2005/10/27(木) 09:59:05 ID:ci8lrbUYO
かっこいいんだが、春原っぽさ全開だなw
書き手が増えて嬉しい限り。
534名無しさんだよもん:2005/11/02(水) 02:19:04 ID:lw7+NK9h0
ほしゅ
535FARE-M ◆7HKannaArk :2005/11/05(土) 12:19:48 ID:5+T1wYWG0
まとめWIKI更新完了しました。
一杯増えててちょっとうれしいかも。
536ヌワンギパラレル作者:2005/11/11(金) 16:08:28 ID:CUorQZEN0
>>535
いつもご苦労様です。
今日漸く私事の忙しさから開放されました。
明日からはぼちぼち定期的に投稿できると思います。

いつもいつも、遅れてすいません。
537名無しさんだよもん:2005/11/16(水) 05:32:37 ID:1fne/oKb0
期待sage
そろそろ次スレの時期ですな。
遅くなってすいません。
久々に書くと筆(?)が遅い遅い…


思い返せば、いろいろと疑うべき事は多かったのだ。
まず、この村まで来るのに自分達の馬車を使わせてもらえず、またちゃんとした街道があるにも関わらず、
わざわざ山越えを強いられた事。
よくよく考えてみれば、これはこちらの足を奪い、その上でこの村を出るのは大変だと思い込ませる為ではないのか。
そういった、自分達がこの村を出ないようにする為の仕掛け…思い当たりは他にもある。
例えば、今の宿にしたって、その内の一つと考える事が出来るだろう。
…確かに、綺麗な女性だけの宿で表向き歓待されれば、普通はその場を出ようなどと考えまい。
これはもしかしたら、頑丈な牢屋に閉じ込め、屈強な男達に監視させるよりは、遥かに効果があるのかもしれない。
そうして、その綺麗な女性達にさりげなく客人の素性を探らせる。
これも…まあ少し情けないが、強面の男達に尋問させるよりも、自分達にはより効果があっただろう。

(…歴史を教えてくれと言ったのも、本当に歴史家かどうか試すつもりだったのだろうな。)
考えれば考えるほど、自分達が宿の姉妹達の前で、ただ醜態だけ晒してきたような思いに駆られ、
抑える事が出来ぬほどの怒りと情けなさが胸中を渦巻く。
…こちらの素性を探る為だけに講義を頼んだ姉妹に対して、生真面目に歴史を教えようとしていた自分の、何と滑稽な事か。
そして…全てを知ったとはいえ、あんな少女達に対し怒りを抑えられぬ自分の…なんと、惨めな事か。

…いつの間にか宿に着いていた。深く考えながら歩いていた為か、
ここに来るまでに掛かった時間はあやふやで、今がどの程度の時刻なのかすら分からない。
未だ考えは纏まっておらず、どんな顔をして彼女達に会えばいいか、どんな事を話せばいいか…
そこまで考えるには、まだ至っている筈もない。
…だというのに、
「えっと…柳川さんですか?…こんな夜中にどこまで行って来たんです?」
玄関の前に、女将が微笑みながら立っていたのだ。
「…俺達は、いつここを出る事が出来るんですか?」
反射的に出た柳川の一言が、これだった。
その口調は丁寧だった様な気もするし、荒っぽかった様な気もする。
…言った柳川自身がその事を覚えていない。そんな、無意識の内に出た一言だった。

女将はその言葉に少し驚いたような顔をしたが、それでも平常心を崩すほどには動揺していないようだった。
いや…むしろ、柳川のその言葉をある程度予想していたようで、少し寂しそうに微笑んでから…
「…ヌワンギさんと、同じ事を言うんですね。」
そう言った。
「…ヌワンギが、何か?」
女将のその言葉に、柳川はやや冷静さを取り戻す。ヌワンギの名前が出てきた事も予想外であったが、
ヌワンギがここを出たいと女将に言ったというその事実に、まず意表を突かれた為だ。
女将はその寂しげな笑みを保ったまま、
「…少し、お時間取れますか?」
そう伝えて家の中に入っていった。
(確かに…玄関の前で話す事じゃあ、無いからな…)
そう考え、素直にその後に続く柳川。…なんというか、毒気を抜かれた。
言いたい事はいろいろあったし、監視されていた事に対する怒りは消えたわけではない。
だが、まず女将の寂しそうな表情が、柳川に怒りをぶつけさせるのを躊躇わせ、
ヌワンギが自分の予想外の行動をしたという事の驚きが、その怒りの大部分を有耶無耶にしてしまった。
そして二人は庭に面した廊下に並んで座る。それは偶然にも、夕方に女将とヌワンギが話をした時と殆ど同じ状況だったので、
女将は少し面白そうにクスクスと笑ったのだが、その理由が掴めない柳川は、その笑みの意味が掴めない。
「今日の夕食の前、ヌワンギさんとここで話をしたんですよ。」
首をかしげていた柳川に、女将はそう説明する。
なるほど、と小さく呟いた柳川は、
「それで…ヌワンギはここで早くこの村から出たいと、言ったんですか?」
今更話をはぐらかされたくない為、そう単刀直入に聞いた。
「…そうですね。自分達はここに居ない方がいいからと、そんな風に言いました。」
「ヌワンギが…そう言いましたか。」
柳川は考える。…ヌワンギ自身が本当にそんな事を考えるだろうか?
それはつまり、ヌワンギも、柳川が感じていたものと同じ違和感を持っていたという事になる。
(いや…それは違うな。)
相談した時の反応を見れば分かる。ヌワンギは…この環境下でも疎外感など持っていなかった。
悩んでいたのは柳川一人だったわけである。とすれば…
(気を遣わせて…しまったか。)
この宿の女性達と仲良く付き合えていたが故に、なかなか口に出しづらかった柳川の悩みを、
ヌワンギが代弁してくれたのだろう。
それはありがたいのだが…そんなヌワンギの気遣いが、結局あまり意味の無いものになってしまった今の状況に、
申し訳無く思うことしきりの柳川だった。
「…柳川さんも、そんな風に思っているんですか?」
女将の問いが、柳川を現実に引き戻す。そう…まだ大事な話の途中である。柳川は急いで思考を切り替える。
「…まあ、そんなところです。」
何となくはぐらかすように答える。何しろ相手は自分達をずっと秘密裏に監視し続けてきた女性である。
本当の事をホイホイと答える訳にはいかない。
女将は、そうですか…と残念そうに呟いた後、
「それなら…ヌワンギさんがちゃんと答えてくれなかったので、貴方に改めて聞いてみたいんですけど…
 今の平和な環境を逆に大変だと思ってしまうくらい、貴方達は外の世界で戦い続けてきたんですか…?」
と聞いてきた。
(ヌワンギは…確かにこの質問には答えれないだろうな。)
柳川の心境を代弁しただけのヌワンギには、この問にはいとも、いいえとも答えることは難しいだろう。
…柳川はその問に簡潔に答える事も出来たのだが、…警戒しながら聞いてみると、
女将の言葉の一つ一つが自分の過去を探っているような感じがして、柳川の返事は少し刺々しくなってしまった。
「…貴方なら、知っているんじゃないんですか。」
「…え?」
驚きと…焦りがその声に込められていた。
「妹さんが貴方の仕事について教えてくれました。…ついでに、俺達が皇都に戻れない理由も…」
「………」
「こちらからも改めて聞き直していいですか。
 …俺達を、いつ皇都に帰してくれるんですか?」

言ってしまった、と思った。こうまで言ってしまえば、もう今までの関係ではいられまい。
ここに来て不意に芽生えた後悔を振り払い、柳川は厳しい表情で女将を見詰める。
「まだ、旅を続けるつもりなんですか?」
「…え?」
自分の言葉に反発して、きつく言い返してくるのではないか?
女将の次の反応を、柳川はそう予想していたのだが…その声色は優しく、その言葉は慈愛に満ちていた。
「この國の外には…争いが満ちているんでしょう?」
「…そ、それがどうか…」
「これからも旅を続けるのなら、そんな争いとは無縁ではいられないのでしょう?」
「………」
「貴方の心は…それに耐えていけるんですか?」
「…ま、待ってください!」
何とか女将の言葉を遮る。そして…何とか目を逸らそうとするが、出来ない。
今目を逸らせば、認めてしまうことになりかねないからだ。…彼女が、柳川の本質を見抜いていると。
表情は柔らかく、声色は優しいまま。…にも関わらず、女将の持つある種の迫力に、柳川は押されていた。
女将の言葉はさらに続く。
「…これ以上旅を続けるのなら、貴方にとっても、ヌワンギさんにとっても…
 とても…とても悲しい結末が訪れるでしょう。それでも…」

「…何故!貴女が、そんな事を!」
声を荒らげる。女性に対する行為としては、情けないものの極みではあるが、
最早体面など構っていられなくなった。…認めるしかない。今目の前に居るのは…敗北を覚悟せねばならぬほどの強敵なのだと。
武器も智謀も使わず、ただ本心を見透かす事によって、女将は柳川を追い詰めているのだと。

…まず、この旅の目的は元の世界に帰る事である。だが…柳川は思う。
自分はもしかすれば、帰りたい、と思った事などここに来てから無かったのかもしれないのだ。
いつも、帰らなければならない、としか思っていなかったような気がする。
そして…本心では、元の世界になど帰りたくないのかもしれない。…帰ったところで待ち受けているのは、
変わり果てた友人と、殺人鬼としての自分である。
それに比べて…この世界ではどうだろう?
柳川の側には気の知れた友人が居て、狩猟者に怯える事のない夜を過ごす事も出来る。
誰から見ても…この世界で過ごす方が余程幸せだろう。
(そうだ、本心では、俺はずっと…)
この旅の結末を、元の世界に帰る事を、苦痛としか思っていなかったのだ。
全ての責任を投げ出し、アパートで自分を待つ抜け殻のような友人の事も忘れ、この世界で幸せに暮らす事を望んでいたのだ。
だがそんな自分を許せなかった。…だから、その望みを心の奥底に閉じ込め、ここまでひたすらに旅を続けてきたのだ。
そして、そんな柳川だからこそ、ここの平和な環境に耐える事が出来なかった。
この世界で柳川が最も嫌うものの一つが、ここの平和とは対極の、戦争だったからである。
今までずっと、その苛酷な環境に身を置くことで苦しんでいながら、その一方で安心もしていたのだ。
戦場に身を置き続ける限りは、元の世界に帰ろうとする意思も保つ事が出来るから。
…だから、これからも旅を続けるのであれば、柳川はほぼ間違いなく戦争と無縁ではない生活をする事になるだろう。
その結果…ヌワンギが傷つき、自分が正気を保てなくなるとしても。

そして、恐らく女将はこれまでの監視で、柳川のそんな危険な心を見抜いていたのだ。
それ故に、柳川達をこの村から出す事を拒み続けてきたのだろう。
…つまり、柳川が女将を責める理由など、無いも同じだったのだ。それは全て…柳川達の為にしてきた事だったのだから。
(これでは…勝ち目などないじゃないか…)
敗北寸前にまで追い詰められた。…もしここで女将への敗北を認めれば、
恐らくこれ以上旅を続ける事は叶うまい。そして…この村で、その人生の終わりまで過ごす事になるだろう。
それは…確かに幸せなのかもしれない。
(でも…それでも…)
それは、何よりも耐え難い裏切りなのではないのか?

「…それでも、俺は旅を続けなければ、いけないんです。」
…女将に対抗する為に、やっと搾り出した言葉がそれだった。
「…何故ですか?」
女将の言葉に寂しさと悲しさが混じり始める。
女将は理解し始めたのだ。柳川が、敗北を拒んだ事を。
そして、たとえ何を傷つけようとも、この先の茨の道を進むのだという事を。
だからこそ…その理由を聞きたかった。そうまでして争いに身を投じようとする…理由を。
暫くの沈黙の後、柳川は答えた。
「それは…友人達の想いに対する何よりの裏切りだから…です。」
そう…ここで元の世界に帰る事を諦めれば、二人の友の想いを裏切る事になってしまうのだ。
一人は…以前自分を孤独から救ったくれた若者。
柳川が関わらなければ、ああはならなかったであろう友人は、今もずっと…柳川の帰りを待っているかもしれないのだ。
そしてもう一人は…今の自分の旅の同行者。
柳川を元の世界に帰す事を自らの贖罪の一つと考え、それを果たすまで、愛する女性と会う事すら禁じている不器用なあの想いを、
裏切る事など出来るだろうか?

「アヴ・カムゥを見たいというのは、御推察の通り、歴史の研究だけが目的ではありません。
 ですが…クンネカムンに危害が及ぶような目的でも、決してありません。」
「そう…ですか。」
仕方が無い、と女将は思った。
ここまで聞いた以上は、このまま柳川達を宿に泊めておく事も出来ない。
柳川の言う事を信じ、彼等を皇都に帰す以外に、選択の余地は無くなっていた。
「ここもまた…寂しくなりますね。」
しみじみと、女将はそう呟いた。

その後、二人は別れの挨拶を交わし、それぞれ自分の部屋に帰っていった。
部屋に戻ってからは、柳川は黙々と旅支度を始め、
女将は、柳川達に懐いてしまった妹達に、どう彼等の突然の出立を伝えるか迷う事になる。
…平和な日々は終わりを告げ、柳川達の旅は、またその目的に向け続いていく。
545名無しさんだよもん:2005/11/17(木) 04:49:03 ID:b4X5EWqy0
阿部貴之、か。
実を言うと、柳川の目的が「元の世界に帰ること」だったなんて、忘れてました。
それと、私見だけど、この旅館と女将って、何となく某雛見沢に似ている。
546名無しさんだよもん:2005/11/20(日) 10:07:35 ID:0DW7nSf60
素直に白状します。ネトゲのβにうつつを抜かして完璧に忘れててごめんなさい。
こんだけ書いて今だにプロローグもどきでゴメンなさい。
本当はもっと短めに終る筈だったのになぁ……とりあえず、そろそろまともにうたわれます。多分。


額に珠のような汗を浮かべながら、春原は左手に少女の掌を、右手には安っぽいプラスチックの塊を感じながら刀を携えた男と対峙していた。
今の彼の胸中には、先ほど啖呵を切った鋼の様な意思は既に無く、打開策を持たない事に対する焦りと不安に満ちていた。
(ゾリオンに怯んでいた隙にとっとと逃げればよかったんだよなぁ……)
心の中でひとりごちるが実際のところ背後には木の幹が、側面には草木がまるで生垣の様に繁っていて、突き進めない訳ではないだろうが、掻き分けている内に後ろからばっさりと切り伏せられる事は想像に難くない。
ギチリと右手に力を篭められたゾリオンの外殻が軋み音を立てる。
こちらがゾリオンを構えるのと同様、男もその刀を春原に向けたまま微動だにせずこちらを睨んでいる。
「さ……さっさとその刀を捨てないとっゾリオンが火を噴くぞっ!」
こちらの脅し文句も第一声とは異なり、相手に何の効果も及ぼさない。むしろその顔には僅かながら嘲りの色が浮かんでいる。
春原は、そこから男がゾリオンに殺傷力が無い事を勘付いているだろう事を悟った。
ならばゾリオン抜きか、それを囮にしてここから抜け出さなくては―――
そう思った瞬間に、男が一歩前に出た。思わず後退る自分の足に気付いて、春原は心中で舌打ちした。

―――それを見てにやりと、男が嘲笑った。

手中の刀を構え直し、上段に構えてゆっくりと迫ってくる。
どうする、どうする、どうする、どうする―――真っ白になった頭の中で、文字通り壊れたかの様に四文字が踊り―――不意に強く握られた左手の熱に、全てを取り戻す。

「―――ああ、仕方ないよね」
迫る男に向かって不敵に笑い、その右手をゆっくりと折り曲げて―――その先端を自分の胸に突きつける。
今まで相手に向かって突きつけていた物を突如自分に向ける敵に、男は戸惑い、一瞬だが動きを鈍らせた。
左手が痛い位に握り締められて、覚悟が決まる。

―――そのまま、僕は引き金を引く
547名無しさんだよもん:2005/11/20(日) 10:08:50 ID:0DW7nSf60
『ブビビビビビビビビビィィィーーーーーーーー!』
誰の声でもない、何の鳴き声でもない得体の知れない叫びが僕の胸から鳴り響く。
僕は思い切り左手を握る彼女の掌を―――ちょっと残念に思いながら―――振り払い、左胸にあるポケットからゾリオンと同じ、赤い色をした四角い板を引き抜き、男に向かって投げつけた。
「なぁっ?!」
けたたましい異形の叫びを上げながら飛び掛る四角いモノに男は思わずその手にした刀を振るい、板切れをあらぬ方向へ打ち払い―――その隙を突きに駆ける僕に反応しきれずにその腹に思い切り足の裏を叩き込む!

「うらああああああっ!」
少女の手から離れた春原はまさに電光の如き速さで男の懐に潜り込んでいた。
男に蹴りを叩き込む様はかつてのストライカ−として活躍していた彼の様相を容易く想像させる一撃だった。至近距離から目一杯踏み込んだ春原の一撃を食らった男は文字通りボールのように弾かれて木の幹に激突する。
「早く今のうちにっ!」
一瞬後ろを振り返り少女に叫ぶ。そして春原はもう一撃、少しでも時間を稼ぐ為に男に向かって走りだす―――

まだ体制を整え切れていない男に向かって、思いきり足を振りかぶり横腹に叩き込む。
ここに喰らわされると、呼吸もままならなくなるのは自分の身で知っている。確かな反動を足首で感じながらさらに追撃を叩き込む。
次は如何すれば良い。出来るだけ相手にダメージを与えられる場所は―――ケンカとは違う。殺す事も厭わないのなら、守りきりたいのであれば―――手足でも、腹部でもないなら、頭以外に無い。
その現実離れした結論を春原が容認するまでの一瞬のブランクに、男の腕が動く。
その手に意識を向けるのが遅れる事数瞬。その腕にはまだ、刀が握られている。
やばい、そう気付いてその足を刀を握る手に振り上げるが、その刃はとうにその足に向けて振り上げられていた。
548名無しさんだよもん:2005/11/20(日) 10:13:34 ID:0DW7nSf60
―――意識が混乱する。痛い。左足が真っ赤に染まる。痛い。何がどうなった。痛い。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
痛みに耐え切れず絶叫を上げ、地面を転がりまわる。
左の太腿がまるで心臓の様にどくどくと脈打っている。ズボンは真っ赤に染まり今まで感じたモノより数段上の痛みを放つ。
拳とか、蹴りとかの痛みでは比較にならないソレが今自分の太腿を侵食している。痛みで目が開かない。
そして脇腹に衝撃と鈍痛が走る。目が開かない状態で何が起きたのか分からないままひたすら地面を転がった。硬いもので頭を打つ。
どうにか目を見開くと、目の前には既に青く明けた空と、刀を手に持った男の姿があった。どうやら、形勢はまるっきり逆になったらしい。
もう一度、脇腹に激しい痛みが走る。メキリという嫌な音も聞こえた感じ。肺が軋むような痛みで呼吸がまともに出来ない。
苦痛に体を捩ると、目の前の男が口元を歪める。どうやら先程の仕返しのつもりらしい。
(どーも僕は……ここまでっぽいですねぇ)
一体誰に放った言葉か、と、いうか声として放てたのかも分からない状態で無意識に言葉を紡ぐ。
どうにも僕らしいツメの甘い終わり方というかだけど、それでも良いかと思えはじめてきた。多分男がここに居るという事は、あの子はきっと逃げおおせたに違いない。
正直死ぬなんてまっぴらだけど、まぁいいか。頭もロクに回らなくなってきたし。
男が刀を振り上げるのが見える。どうやら未成年にして年貢を納めなければならないらしい。
しかし、目の前にいきなり影が飛び出し、男の手を両手で掴んだ。女の子だ。
549名無しさんだよもん:2005/11/20(日) 10:14:59 ID:0DW7nSf60
ちょっと待ってよ、逃げろって言った僕の言葉はまるっきり無視ですかねぇ!
助けて貰ったにも関わらず僕の頭の中に真っ先に浮かんだのはそれだった。いや普通助けたと思ったのにそれをふいにされたら誰だってそう思うでしょ?というか思わせてください。
男と揉みあうも、明らかな体躯の差からさしたる抵抗も出来ずに女の子はあっさりと跳ね飛ばされる。そして男の視線は僕からその子に向かっていく。
やめろと、叫ぼうとしてさらに脇腹が痛んだ。
待てよおい。まずやるなら順番的に僕だろうと。その子に手を出したらただじゃおかないぞ未知の力にめざめた僕が今に見ていろ邪魔大国だぞこんちくしょう!
再度、今度は少女に向かって刀が振り上げられるのを見て、僕は目を閉じた。
ああ、僕はなんでこうも肝心な時に役に立たないのだろう。いつもそうだ。芽衣の時だってそうだった。
ドスリと、腹に重石が載る。ただでさえ残り少ない肺の中の酸素がさらに少なくなる。まだ僕を嬲る気らしい。
ああ、やるならひとおもいに殺してくれと目の前の男を睨みつけようとして―――

―――開いた瞼の向こう、目の前の男が別人に変わっていた。
550名無しさんだよもん:2005/11/20(日) 10:16:07 ID:0DW7nSf60
「大丈夫か」
かけられた第一声はそんな言葉だった。多分、大丈夫に見えないのだろう。
細身の―――なんだか松の枝葉のような髪型の―――男は、ぶっきらぼうにそう言った。
「……見ての通りすっごく痛いんですけどねぇ」
「そうか、なら大丈夫だな」
飄々と済ました顔でそう言い放つ男。
「何がどう大丈夫なんですかねぇ(;゜皿゜)」
「重症の奴ならそもそも痛覚なんか生き残ってないからな。死にそうな奴を助けても意味が無いだろう?」
「………(;゜皿゜)」
そう言い放つと僕はしげしげと体を眺められた。つられて自分の体を見ると、なにやら腹部に乗っかっている。
………さっきまで戦っていた男の顔だった。どうやら、最後に腹に乗っかったものはこれらしい。
男が無造作に亡骸をぺいっと放り投げる。腹の辺りから重圧が消えて楽になった反面、死者に対してその扱いはどうだろうとか思った。というか喋れてるね僕。
そしてさらに値踏みするかの様に体を眺められる。服の上からとはいえ男に体を見られるというのは気色悪かった。
しかし、突如として視界の外から飛び掛る影に男が体制を崩す
「若様ぁっ!」
「どああああああぁぁぁっ!」
ずべんと足を滑らせた男の顔が視界一杯に広がり―――頭突きをモロに食らって―――僕の意識は一気に落ちる。
最後に辛うじて回った思考は―――レモン味な思い出にならなくて本当に良かった…………。



目が覚めると、僕は足を引きずられて何処かへ運ばれる最中だった。目の前には謎の長毛が生えた毛玉がある。しかも今僕は毛玉に抱きついている。そしてどうやら毛玉に運ばれている。
「………あれ?」
「あ、気が付かれましたか?」
目の前の長い毛の塊が喋りだした。人の後頭部だった。と、いうかさっきの女の子だった。
体の各部分の機能や感覚が戻ってくる。なんか両手があったかい。というか胸の辺りにある。
「ひいいっ(;゜皿゜)ぐあっ」
何故かいつもの癖で飛び退き防御姿勢をとってしまう、きっと杏とか智代とかのせいだと思う。
と、同時に左足が踏ん張った瞬間に激痛に苛まれ奇声を発して尻餅をつく。かなり格好悪い。
「大丈夫ですか?!」
そんな僕にさっと近寄り、再び少女は肩を貸してくれる。
551名無しさんだよもん:2005/11/20(日) 10:27:26 ID:Mh5XuFqt0
>>546
乙です。
ゾリオンなんて出してどうするんだろうと思ってたら、
なるほどこう来るのは予想できなかった。


で、次スレも立てたんで移動よろしく。

うたわれるものの世界に葉鍵キャラがいたら3
http://pie.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1132449845/
552名無しさんだよもん:2005/11/20(日) 10:37:30 ID:0DW7nSf60
「え、あ……うん、大丈夫」
どうにもどぎまぎしてしまい、せっかく肩を貸してくれているというのに妙な返事を返してしまう。
ちなみに、身長にかなりの差が有るので僕の手を肩に回して引っ張っても、僕の左足は脛が地面と擦れている状態だったりする。
流石に引き摺られたままというのは情けないので、彼女の肩を借りて右足だけで歩く事にする。
「えっと、先程は助けて頂いて本当にありがとうございました」
若干俯きながら、お礼を言われる。まだ恐怖がぬぐえないのだろうか、彼女の肩はまだ小刻みに震えているようだった。
「いや〜、結局僕も助けられたんだけどね〜」
頬を掻きながらそんな事を言ってみる。今更ながら凄く照れくさかった。正直色々痛かったけど、今の一言で全部帳消しに出来る位の気分だった。
「………そういえば、助けてくれた男の人は?」
周囲を見回して、あの松のような頭をした男が居ないのを確認して聞いてみる。と、言うか普通に考えたら肩を貸すなら普通彼がするべきなんじゃないだろうか?僕としてはこっちの方が嬉しいけど。
「えっと、若様なら向こうにある隠れ家の方に先に行っておられます」
「隠れ家?って事は他に誰か居るって事?」
若様、と聞いて何か気を失う前に何かあったような気がしたが、思い出せないのでそのまま話を進めた。
「兄弟と母が隠れているはずなのですが……母が深手を負ってしまい、薬を探しに行った際にあの男に見つかってしまって………若様は、見つけた薬を母上に届ける為に先に」
「なるほど……ごめんね、先を急ごう」
彼女も兄弟が診ているとはいえ、一刻も早く母親の安否を知りたいだろうに。
僕は自分が彼女の足を文字通り引っ張っている事が悔しくて足を速めた。
553名無しさんだよもん:2005/11/20(日) 10:39:59 ID:0DW7nSf60
「駄目です、見た目より傷は浅かったですけど無理をすると足が使い物にならなくなる事だってありうるんですよ?!」
グッと腕を掴まれて脅迫じみた注意を受ける。正直歩けなくなるのは嫌だった。
「それに、命の恩人に無理なんてさせられません!」
ギュッと腕を両手で掴まれて睨まれてしまう。しかし下から顔を見られているので睨まれているというよりはお願いされている様な感じだった。何かで見たような理想的な構図…………断れない。
「………は、はい」
ぎこちなく返事を返して、彼女の歩幅に合わせて足を進める。
「そういえば、まだ名前もお聴きしていませんでしたね?」
「ああ、そう言えばそうだったね。僕は陽平、春原陽平」
「ヨウヘイさんですか?不思議なお名前ですね」
深い海の色を湛えた瞳の少女はにこりと微笑みながらこちらを見つめている。
「そうかな?別に変わった名前じゃないと思うんだけど………それで、君の名前は?」
あ、とちろっと舌を出しながら照れたように笑いながら頭を下げた。
「ごめんなさい、自分の名前も名乗る前からお名前を聞いてしまって。僕の名前はグラァっていいます」
可愛らしい笑顔を讃えて、少女はグラァと。そう名乗った―――。


>>551
連投回避dクス。
次からはそっちですね、了解〜
554名無しさんだよもん:2005/11/20(日) 10:50:16 ID:Mh5XuFqt0
>>553
おっと、連投規制だったのね。
途中なのに感想を書いちまった。

しかし、グラァか・・・
勝平の時といい報われない奴だなぁ。



↓以下、埋め立て
555名無しさんだよもん:2005/11/20(日) 10:51:22 ID:Mh5XuFqt0
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     イ    /―――  \ノ   \    /  /  ̄/       /
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       ! ! l ,|ィ''フノ`| /!l ノト!、} } l |. !
      .! /l:Vl, ,. 'ヽ,,,)ii(,,,r''''''´'` ノ ル!
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         !」」 ヽ_} 、`ニニ´r'レ!、| レ    
         >.ゝ`ニ`´ユ    l/              +
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      ,<丶、   \ ` ´ |  >,.、     
    /`` ‐、 ミ `‐-、_\ .!_,. 彡 '" `
556名無しさんだよもん
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