うたわれるものの世界に葉鍵キャラがいたら2

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1名無しさんだよもん
―――目を覚ますとそこは完全な「異世界」だった。

逆は良く語られるが、もしも逆に現代で過ごしていたキャラ達が、
「うたわれるもの」の世界に現れたらどうなるだろうか。
辺りを見回せば耳や尻尾のある人々、電気もガスも無く、……そして戦争。

現代に帰る方法を必死に探す人。
全てを忘れて、その世界でまたーりと暮らす人。
進んで戦いを求める人、止めようとする人。

―――そんな彼らを語るスレ。

前スレ
うたわれるものの世界に葉鍵キャラがいたら
http://pie.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1088145530/
2名無しさんだよもん:04/11/17 14:46:57 ID:FBvbdISJ
うぐぅ
3名無しさんだよもん:04/11/17 15:45:02 ID:RmLN43kt
4名無しさんだよもん:04/11/17 15:46:13 ID:RmLN43kt
ごめん、こっちだった↑は支援掲示板だった

まとめページ
http://cgi.f44.aaacafe.ne.jp/~farem/utaware/index.php
5名無しさんだよもん:04/11/17 16:31:21 ID:b6iXDJgk
>>1
乙!
6名無しさんだよもん:04/11/17 18:07:30 ID:U6YR96Ct
刻が未来に進むと 誰が決めたんだ
烙印を消す生命が 歴史をかき直す

美しい剣は 人と人つなげて
巡り来るせつなさ 悲しみを払って

貴方との間に 生命ある形を
この星に捧げる 愛というしるしで
7名無しさんだよもん:04/11/17 19:37:27 ID:HLdDhA9q
刻は巡り戻ると 誰も信じてた
黒くくすんだ暦を 新たにかき直す

星々の瞬き 生き物に微笑み
太陽と月とが この大地あたため

生まれ出る喜び 慈しむ心を
緩やかに育てて 傷口を癒そう
8名無しさんだよもん:04/11/17 21:05:58 ID:b6iXDJgk
保守がてらに。
前スレの投下作品のまとめです。
タイトル―葉鍵キャラ名,場所,時間の順です。

・無題01――相沢祐一 トゥスクル トゥスクル建国以後
・無題02――河島はるか トゥスクル トゥスクル建国以後
・『ふたり。』――国崎往人、神尾観鈴 トゥスクル クンネカムン侵攻
・『二人。』――国崎往人、神尾観鈴、柏木千鶴 トゥスクル クンネカムン侵攻
・『風は吹き抜ける。』――一之瀬ことみ トゥスクル ナ・トゥンク崩壊以後
・もしヌワンギが生きていたら――霧島聖 ケナシコウルペ ケナシコウルペ皇都攻略戦直後
・無題03――一之瀬ことみ、川名みさき トゥスクル ナ・トゥンク崩壊以後
・ネェゴォ様――相沢祐一、水瀬名雪 トゥスクル クッチャ・ケッチャ戦以後
・無題05――千堂和樹、九品仏大志 シケリペチム シケリペチム攻略以前
・無題06――藤井冬弥、七瀬彰・森川由綺 不明 不明
・叛乱軍――光岡悟 ナ・トゥンク ナ・トゥンク進入以前
・無題09――春原芽衣 奴隷船内 トゥスクル建国直後?
・見届ける者――石原麗子 オンカミヤムカイ クンネカムン侵攻後
・自由――少年 クンネカムン ノセシェチカ滅亡直後?
・悪夢の犬猿コンビ――大庭詠美、猪名川由宇 不明 不明
・遭遇――藤井冬弥、七瀬彰、森川由綺、大庭詠美、猪名川由宇 不明 不明
・無題10――藤田浩之、佐藤雅史、神尾晴子 森 不明
・カンホルダリと迷い人――マルチ、柏木初音、高槻 ノセシェチカ ノセシェチカ滅亡以前
・無題12――川澄舞、倉田佐祐理 クンネカムン クンネカムン侵攻以前
・命――天野美汐、沢渡真琴 トゥスクル 大封印以後
・無題13――川名みさき トゥスクル トゥスクル建国以後
・無題14――藤井冬弥、七瀬彰、森川由綺 トゥスクル トゥスクル建国以後
9名無しさんだよもん:04/11/17 21:07:01 ID:b6iXDJgk
続きです。

・非常時における外交および軍事的戦術シナリオ――一之瀬ことみ、大庭詠美、猪名川由宇 トゥスクル ナ・トゥンク崩壊以後
・国境にて――来栖川綾香、セリオ、御堂 シケリペチム國境付近 シケリペチム滅亡以前
・地獄(ディネポクシリ)逝きっぱなしツアーペアパック――木田時紀・須磨寺雪緒 サハラン島 不明
・エージェントと行商人――高井鈴美 ? カルラアツゥレイ建国直後
・鬼姫――折原浩平、長森瑞佳、七瀬留美 シケリペチム/クンネカムン国境付近 ノセシェチカ滅亡以後?
・祐一君とアルルゥちゃんと――相沢祐一、水瀬名雪 トゥスクル クッチャ・ケッチャ戦以後
・偽兄妹の人捜し――木田恵美梨、春原陽平 クッチャ・ケッチャ/トゥスクル国境付近 「橋の上での死闘」後
・母を知らぬ子供、子を持たぬ母――岡崎汐 トゥスクル フミルィルの騒動以後
・扉の向こう――長瀬祐介 ? 不明
・Return――宮田健太郎、スフィー、那須宗一、湯浅皐月 トゥスクル 大封印以後
・801――芳賀玲子 トゥスクル 不明
・森の中の出会い――木田恵美利、春原陽平、霧島聖 クッチャ・ケッチャ 「偽兄妹の人捜し」後
・苦界浄土――木田時紀、須磨寺雪緒、月島瑠璃子 サハラン島 不明
・がんばれ北川君一号――北川潤 クッチャ・ケッチャ クッチャ・ケッチャ滅亡直後
・しーちゃんぶらり旅――榊しのぶ クッチャ・ケッチャ クッチャ・ケッチャ戦中
・居場所が欲しい魔法使い――牧部なつみ ヌンバニ クンネカムン侵攻開始直後
・古河ベーカリー――古河秋生、古河早苗 ケナシコウルペ ヤマユラの集落蜂起以前
・異界滅殺録――月宮あゆ 場所不明(トゥスクル以外) クッチャ・ケッチャ戦以後(祐一登場後)

――以上です。御参考に。
10名無しさんだよもん:04/11/17 21:30:12 ID:PQZOKzOF
>>8-9

保守がてらにカキコ
11名無しさんだよもん:04/11/17 22:29:13 ID:rQRofC3V
>>1 乙。
>>8-9 乙。
12名無しさんだよもん:04/11/18 01:03:40 ID:6NndLRMx
>1、>8-9乙。

しかし、立て替え前に『ディネポクシリ』を『ディネボクシリ』に直しといてくれって言っとくべきだったな……orz←書いたヤシ
13名無しさんだよもん:04/11/18 01:04:58 ID:6NndLRMx
しかもアンカーミス……鬱田氏脳orz
14名無しさんだよもん:04/11/18 11:54:54 ID:3LtiOPjl
保守

しかしアッキーってアフォだなw

早苗さんが倒れるような生活状況に町人全員が置かれていたら
コソ泥天国か警察がそこら中うろついてるかみんな地下組織に入っているか…
とにかく雰囲気が異様だからパン屋建てるときに分かるだろw

街の雰囲気は普通なんだから脱税がデフォなんだろw
15名無しさんだよもん:04/11/18 15:15:29 ID:3LtiOPjl
もっとすごい矛盾点発見

ケナシコウルペの軍は全部で何人だ?
国境をくまなく見張ってるんだから少なくとも五桁のはずだ
そんな数に配るパンを古河ベーカリーでどうやって焼くんだ?
16名無しさんだよもん:04/11/18 16:16:13 ID:ZA0VEqGr
お前アホだなぁ
17名無しさんだよもん:04/11/18 19:07:43 ID:Wg6Q3EX6
サテライトサービスが使える時点で…
18地獄車 ◆Xoa6WeBjxs :04/11/18 20:06:06 ID:Bht/SjtY
うたわれの世界は遠未来だから、
衛星の寿命によっては不可能とは言い切れないな
19名無しさんだよもん:04/11/18 20:13:23 ID:kNoD6/4r
うたわれくらいの文化の発展段階なら、全ての軍隊に等しく食料物資が行き渡ると考えるほうが不自然だと思う。
それに、最初から兵隊全員に対して均等にパンを配るとは書いてないし。
20名無しさんだよもん:04/11/18 20:56:20 ID:khdBxF+X
サテライトサービスの件だけど、
作品中で、アマテラスにアクセスしていると書いているけど……。
21名無しさんだよもん:04/11/18 21:23:24 ID:vBiCZCRk
来栖川や篁のトンデモ技術が使われてるんじゃねーの
22名無しさんだよもん:04/11/19 10:43:10 ID:KSNzH7u6
遅レススマソ

>>19
「ところで、パンは何枚焼けるかにゃも?」
「…………………………200枚です」
「…………………………」
「…………………………」

これじゃコントにゃもw
23FARE-M ◆7HKannaArk :04/11/19 22:44:20 ID:G9y4jbQV
久しぶりに更新。
24名無しさんだよもん:04/11/19 23:32:09 ID:bvgeMlQL
>>23
毎度乙です。
お身体には気を付けてください。
25名無しさんだよもん:04/11/22 18:30:32 ID:Lq/pKXlO
------そこに、少年が一人。
緑の草原が広がっている。
遠くには、火をおこしているだろう煙が見える。
のどかな、どこまでものどかで幸せな場所。
それでも、その世界の何処かでは戦争が起こっている。
彼はそれを『知って』いた。
目覚めた時には他の迷人と同じ、いつの間にかそこにいた。
でも、違う。
「最後の時間を過ごす場所…、『僕の知っている』この世界。このままじゃ、悲しすぎるからね…。」
彼は、『自分の意思』ココに来た。
「僕の思いは、この世界にも届くかな・・・?」
少年は、気付いていた。
自分の体がゆっくりと、本当にゆっくりと薄れて行っている事に。
少年の名は、『氷上 シュン』といった…。
26名無しさんだよもん:04/11/22 21:57:29 ID:VMFUoPbb
迷いこんで、すぐ消えてしまうのか……。
2725:04/11/23 15:49:31 ID:vaqRXDCH
いや、そんなすぐには消えません…。
三ヶ月くらいかけて少しずつ消えていただきます。
28名無しさんだよもん:04/11/26 23:05:58 ID:00al4WA/
保守
29名無しさんだよもん:04/11/28 22:39:33 ID:kNi53VgG
保守age
30名無しさんだよもん:04/11/30 15:21:15 ID:uJa9BXWg
保守sage
31名無しさんだよもん:04/12/04 21:30:00 ID:uxhC7bV+
保守保守。
32名無しさんだよもん:04/12/07 02:09:24 ID:+cH7BkGd
気長に、新作を待とう……。
33名無しさんだよもん:04/12/11 02:33:58 ID:dFiYmsUn
ほす
34Return:04/12/11 14:21:02 ID:b8VPnSJh
休んだ場所からしばらく歩くと巨大な大広間に出た。
が、そこから先には扉もなく、周りは壁ばかりで入ってきた場所からヒューヒューと風の音が聞こえるばかりだった。
足元には先進文明の成れの果てがあちこちに散乱していてその中には人と思われる骸骨も混じっていた。
「ひでえな」
宗一はその骸骨を手でつかんで拾い上げようとした。
が、すでにボロボロに風化していて、持ち上げると音もなく粉と化してしまった。
また、壁や天井などからは時折土埃が振ってきたりといつ崩れてもおかしくはない状態だった。
「ねぇ、けんたろ、これ何かな?」
と、スフィーが壁にあるものを見つけ、指差していた。
「これは…文字、だよな」
よく見てみると文字は風化しつつも確かに壁に刻まれていた。
「ちょっとすみません、えっと…」
エルルゥはその文字を見てみた。
「…だめです。私には読めません」
「エルルゥたちが読めないんじゃな。俺たちには無理か」
「・・・え?ちょっと待って、俺、読める」
「え?」
健太郎はも文字をじっと覗き込んでみる。
「これ・・・日本語じゃないよな」
不思議に思いながらもそこに刻まれた文面を読んでってみる。
「その禍日神、最後は一体となりて再びこの世に災いが起こらぬようにと、その身を自ら封じる」
「それは、某たちと聖上の最後の戦いのことですね」
「それじゃ、やっぱりここはすべてのことが書かれた場所なんですね」
エルルゥは少なからず情報が入るかもしれないということに喜んだ。
「でも、なんで俺には日本語に?」
「けんたろ、ちょっとまって、魔力の波動を感じるよ」
「魔力?」
「うん、強い魔力を感じる。けんたろ持ってるものから魔力が発せられてるみたい」
「持ってるもの・・・」
35Return:04/12/11 14:22:12 ID:b8VPnSJh
健太郎は背負ったバッグを下ろし、中を確認しだした。
「古文書が・・・光ってる」
バッグの中ではこの世界に来るための古文書が強い光を発し続けていた。
「これから魔力を感じたんだね」
「うん、こんなに魔力が強いもの、なかなか五月雨堂でも見たことが無いよ」
「とにかく、このおかげでこの文字が俺に読めるようになってると」
「うん、そう思ったほうが正しいと思うよ」
「おの、健太郎さん。それならば続きをお願いします」
エルルゥは健太郎の袖を握ってそう言った。
「ちょっとまって…ええっと…」
健太郎は再びバッグを背負ってその文字を解読し始めた。
"禍日神、体を再び二つに分けるが、以前のようにうまくいかず、途中で断念。
理由は要らぬプログラムが迷い込み、その部分の分化が思うようにうまくいかなかったため。
故。削除を試みるが失敗。
禍日神、要らぬプログラムを完全に切り離すことで分化活動を再開。
禍日神、その体を二つに分け、一つを地上へと戻す"
「禍日神。あの怪物のことか?」
「おそらくそうでしょう。以前、某たちが最後に聖上を見た姿があの禍日神の姿でしたから」
「それで、その後はいったいどうなると」
「いや、それが…」
健太郎はその下を指差した。
岩や鉄くずが散乱しており、よりいっそう風化がひどくとてもじゃないがその文面は読めるものではなかった。
「そんな…」
36Return:04/12/11 14:22:35 ID:b8VPnSJh
「そんな…」
「ただ、これではっきりしたことは二つある」
「一つはあの怪物は以前のハクオロとは違う、ってことね」
「ああ、そうだ。この文面の通りならばあれはハクオロの心が抜けた心を持たない怪物、ということだ。
 そして二つ目はまだハクオロの心、あるいはハクオロ自身が生きている可能性があるってことだ」
「え…?そ、それは一体」
「その文章によれば要らぬプログラム、とあるけどそれは可能性的にはハクオロ自身かもしれない。
 それが削除されたわけじゃなくて切り離された、とあるからもしかしたら…」
「ハクオロさんは生きている、と」
「ああ。ただし、ハクオロが切り離されたのならそれはどこにいるのかもわからないし、そのプログラムもハクオロじゃない可能性だって十分にある」
「あ…」
エルルゥはしゅんとなって萎縮してしまった。
(ハクオロさん・・・)
『エルルゥ・・・』
「え?!」
エルルゥは周りを見回した。
確かに今ハクオロの声が聞こえた気がしたのだ。
『エルルゥ・・・どこだ・・・』
「ハクオロ・・・さん?」
声は確かに聞こえている。
そちらを向いても壁しか見えない。
でもエルルゥにはしっかりと何度も自分のことを呼ぶ声が聞こえていたのだ。
37Return:04/12/11 14:22:52 ID:b8VPnSJh
「・・・エルルゥ?」
壁の方向へと向かっていくエルルゥのことに皐月は気がついた。
「ハクオロさん・・・」
「ちょ、ちょっとエルルゥ」
エルルゥはまっすぐ壁の方へと歩いていく。
「エルルゥ、どうしたんだ」
「エルルゥ!」
だがエルルゥにはすでにみんなの声は聞こえていなかった。
そうしてそのまま壁へとエルルゥは到達するとその壁に吸い込まれるように通り抜けていった。
「な?!」
「ええっ?!どういうこと?」
「エルルゥ!」
一斉にみんなはその壁に寄って同じように進んだ。
が、エルルゥのように通り抜ける事ができない。
「どういうことだ?!」
「わ、わからないよ。魔力の波長も無いし、全然感じないし」
と、そこで立ち往生していると天井からパラパラと土埃が降ってきた。
「ん・・・?」
その土埃に宗一が気づいたとたん、地面が激しくゆれ、天井が崩れ始めた。
「じ、地震?!」
「まずい、早く洞窟から出るんだ!」
「で、でもエルルゥが」
「このままじゃ俺たちまで死ぬぞ!」
と、逃げ道である一本道が岩に埋まってしまった。
「くっ、このままじゃ・・・」
「みんな、私につかまって!」
スフィーはそう言うと呪文を唱え始めた。
「えい!」
呪文を唱え終わるとみんなのまわりを光が包み、その場から消えた。
38名無しさんだよもん:04/12/11 20:07:37 ID:RJ3T6All
乙〜
続編即刻きぼんぬ。
39名無しさんだよもん:04/12/12 16:16:53 ID:wk/2z0sB
面白そうなスレを見つけた。
SSなんて書いたことないけど、新規投稿していい?
40名無しさんだよもん:04/12/12 16:50:24 ID:si+r4Vmc
かもん
41名無しさんだよもん:04/12/12 16:55:05 ID:wk/2z0sB
じゃあ。

「朝はまだかあぁーッ!」
男は跳ね起きる。ぜぇぜぇと、今まで寝ていたとは思えないほど荒い息をして。
そして、頭を抱え、深く深呼吸する。自分はまだ正気でいられたのだ。
そのことをまず自覚する。…だが、それもいつまで持つのか。その不安と恐怖は、どれほど男を捕えていたのか、
男は、それだけの動作をしている間、自身の不可解たる状況を知覚出来てはいなかった。
男は林の中で寝ていたのだ。草むらを布団に、大木の根を枕にして。

「…ここはどこだ?」
ようやく周囲の異変に気付いた男は、その年齢以上に大人びた印象を与える端整な顔を、
子供のように呆けさせた。
男の名は柳川祐也。日本の片田舎で警邏をしていた者である。
その頭脳と身体能力は、周囲の者を認めさせるに飽き足らず、嫉妬すらかっていた、優秀な青年だった。
その男の頭脳を以ってしても、今この状況を理解することは出来なかった。
…いや、そこで最悪の仮説が頭をよぎる。
「…まさか。」
もう一人の自分がいつの間にか目覚め、自分をこんな所に置き去りにしたのか?
「…そうなのか?」
それにしてはおかしい。もしそうであったとしても、自分に何の記憶もない。
もし体を乗っ取られたとしても、記憶まで奪われるものなのか?
…それに、この林は何というか、日本のそれとは思えない雰囲気があった。
それ故に、この状況は男をここまで呆けさせたのだ。
とりあえず、男は立ち上がった。
草と木の匂いに満ちた空気は、陰湿でかび臭いアパートのそれとは比較にならぬほど清涼であり、
男を照らす木漏れ日は、肉親の抱擁すら思い出させるほど暖かだった。
42名無しさんだよもん:04/12/12 16:56:49 ID:wk/2z0sB
もう日が落ちようとしていた。
にも拘らず、柳川は自分の状況に関して、何の手掛かりも掴んではいなかった。
いや、手掛かりと呼べるものはあるにはある。
その林は、やはり彼の住居の近隣の物ではなく、ましてや日本のそれですらない。
木々の配列は、植林の名残など残してはおらず、まるで自然のままであり、
その種類にしても、自分の馴染みのものからは遠く離れていた。
また、所々傾斜のあることから、どうやら山の中の様であると思われた。
それだけが、この一日林の中を徘徊し続けて得た手掛かりだった。

だが、結論を導けぬ手掛かりなど、まるで役には立たない。
散策している間、アパートの一室と、そこにいる筈の一人の若者の事を考えたことはあった。
その若者は、柳川の助けがなければ生きることも出来ぬほどの状態であり、
自分がここにいる間、彼はどうしているのか不安で仕方なかった。
だが、そこに辿り着けぬ以上は、考えても仕方がない。
彼の為にも、まずは家に帰る方法を見つけねば。

不思議な事に、この状況は柳川にいつも怯えさせていた狂気を忘れさせた。
それ故に、夜が来ることの恐怖など今の彼にはなく、どうやって帰るのか、ただそれだけが彼を支配していた。
これ程の変異の只中にあっても、彼の論理的思考と判断力は、日本に帰れることに疑問を持たせなかった。
その思いは、一種の逃避ではないか、と思えるほどに真摯だった。
43名無しさんだよもん:04/12/12 16:58:39 ID:wk/2z0sB
夜の闇も深くなる中、柳川は山頂近くまで来ていた。
ここからなら、明日の朝になったら、木に登り辺りを見渡すことが出来るだろう。
人里を発見できれば、そこでここの情報を得ることが出来るはずだ。
その思いが、彼を安堵させ、ようやく自分がほぼ一日中山の中を歩いていた事に気付いた。
…疲れはある。だが、まだ十分余力は残っている。今だけは、自分の体に感謝せざるを得なかった。
とにかく、今の内に夜の寒さを凌ぐ為、何らかの行動を起こす必要があった。

「…フッ。」
笑みが漏れる。彼は警官として、どんな非常時にも対応できるように、
ある程度のサバイバル知識も持っていたのだ。そのあまりのこの異常な事態に対する準備の良さに、
思わず漏れた笑みだった。だが、すぐその笑みは消え、真剣な表情になる。
…人の気配を感知した、それも複数。このことに関して、彼の感覚は間違いなかった。
それは、狩猟者が獲物を知覚する為に発達させたものではあるが、今の彼にはありがたかった。
だが、少々様子がおかしい。…その気配は、何か殺気のようなものを孕んでいたのだ。

木々の中を疾走する。その速さは人のそれではなく、一分と経たずしてその気配の場所まで辿り着く。
そこで彼が見たものは、足軽のような鎧に身を包んだ数人の男と、その男達に矢を射られたのか、
血を流し横たわっている若者だった。
「悪いな、俺たちはただ、奪われたものを取り返したいだけなんだ。」
そんな台詞が聞こえた。その意味までは詮索できなかった。ただ、あの若者は今から殺される、
それだけが、今の柳川が知りうることだった。
44名無しさんだよもん:04/12/12 17:01:22 ID:wk/2z0sB
兵士の一人が、横たわる若者に刀を振り下ろす…ことが出来なかった。
彼は、茂みから獣の如き速さで飛び出した一人の男の拳をほほに受け、
そのまま数回空中で縦回転して、数メートル向こうに吹き飛ばされた。
「なっ!?」
他の男たちが身構える。だが、彼らが見た長身の男は、武器など携帯していないにも拘らず、
圧倒的な実力差を感じさせるだけの闘気を身に纏っていた。
「…殺人未遂の現行犯だが。」
「な、何を言ってやがる!?」
「…言葉が理解できるのは幸いだな。だが…お前たちの衣装と行動までは理解できない。」
「お、お前!」
「まあいい、今は非番だ。それより早く救急車を…あるのか?」
「…」
「怪我人がいるんだ!さっさと医者でも呼んでこい!」
「ひ、ひぃぃぃ。」

男達はそのまま、吹き飛ばされた男を担いで逃げていった。
追う気にはなれなかった。確かに彼らを追えば、人里に辿り着くだろうし、ここの情報を得ることが出来るだろう。
それに、やつらは殺人未遂の現行犯だ。追って確保するのは警邏の義務である。
だが、そうすればここに横たわる男は確実に死ぬだろう。
今は、人命優先である。男のそばに跪き、傷を見る。…矢の射られた場所から見れば、致命傷に近い。
45名無しさんだよもん:04/12/12 17:03:07 ID:wk/2z0sB
「意識はあるか?」
一応聞いてみる。
「エ、エルルゥ…」
意味不明の単語を口にする。どうやら意識が朦朧としているらしい。
助かるのか?…警官として、応急手当の仕方は学んでいるが、流石に矢傷の治療法は学んでいない。
それにここには薬などなく、まして今の男たちが医者を呼んでくる可能性も低い。

恐らく助からない。だが、柳川はただ単純に助けたいと思った。それがどうしてかは分からない。
「とはいえ、出来る事は限られている。まず矢を抜き、消毒。そして止血。」
すぐ行動に移す。応急手当は早さが命である。
「消毒は…どうしようか?」
前途は多難であった。


「それにしても…この付け耳と尻尾は趣味が悪いな。」
46名無しさんだよもん:04/12/12 23:42:28 ID:wtLdeCOI
47名無しさんだよもん:04/12/12 23:45:37 ID:wtLdeCOI
誤送信orz

>>41-45
話はかなり面白いし、文も読み易い。
だが残念ながら、ヌワンギは1スレ目のかなり早い段階で聖に救助されている。
詳しくは>>4からまとめサイトに飛んで見てくれ。
48名無しさんだよもん:04/12/13 00:12:28 ID:xzWhCfNd
いや、別にそんなことは深く考えなくていいんじゃないかな?
他の人が書いた話しを考慮するしないもその人の自由ってことで。
4941:04/12/13 01:38:04 ID:dcV7VLFT
もしかして、このスレはリレー形式みたいに、前の人の設定を引きずるんですか?
それならすいませんでした。いろんな人がいろんな題で書いてるみたいだったので、
そういうのは気にしなくていいのかな、と思ったのですが。
パラレルということで、勘弁してくれませんか?
50名無しさんだよもん:04/12/13 01:44:56 ID:RMF7LhmW
前の人の書いた話に登場したキャラと関連付けたりしてるしね。

聖に助けられた後で、また死にかけたと考えればよいのでは?
すいません、パラレルということで勘弁を。

「そんな…不器用だけど純朴で優しいヌワンギが…好きだった。」
あの一言が、自分の信じた幸せが全てまがい物だと気付かせてくれた。
エルルゥだけが側にいれば、それだけで良かった筈なのだ。
だが、それに気付いた時には、全てが遅かった。俺はもうエルルゥの側にはいられず、
そこにいるのは違う男なのだ。…それでも、それでもエルルゥの為に何かしてやりたかった。
それなのに、どうして俺はここで死ぬんだ?
いや、死にたくないんだ!まだ死ねないんだ!俺はまだ、エルルゥの為に何も…

「エルルゥ…」
目を覚ます。視界はぼやけていた。何も定かではなく、何も安心できない。
だから、その名を呼ぶ。ただ唯一彼を安心させる名を。
「エルルゥ…」
「気がついたのか?」
だが、答えたのはむさい男の声だった。
「男に用はねぇよ!」
思わず叫んだ。途端に、胸の辺りに何かが突き刺さるような痛みを感じ、思わず悶える。
「あが、がっがっ!」
「命の恩人に向かって、その物言いはないだろう。」
「う、うるせぇよぉ、い、痛ぇ…」
「助からないかもしれないなどと、杞憂もいいところだったな。あの負傷の後で、よくもそこまで元気でいられるな。」
ヌワンギは、こういう話し方をする男は絶対に好きになれない。だからこそ、状況確認の為の質問よりも先に、
悪態が口から出てくる。
「うるせぇんだよぉ、テメェ、い、痛ぇ!キ、キユウだかなんだかしらねぇが、男が枕元に立ってると、おちおち寝れねぇんだ、俺は!」
「よく寝てたじゃないか。」
「し、しらねぇよそんな事。大体、俺はエルルゥを呼んだんだ!テメェなんて呼んでねぇんだよ!」
「エルルゥ…というのは人の名前なのか。…お前はずっとうわ言でその名前を呼んでたぞ。」
「………」
「察するに…母親か?」
「違うわぁ!あ、あがが…!」
そこで、ようやくヌワンギは今の状況をまるで把握できてない自分に気が付く。
「…よぉ、テメェ。」
「なんだ?」
「俺は…一体ど、どうなってるんだ?何でこんなに痛ぇんだよ!それに、ここは何処なんだよ!?」
「それはな…」
「………」
「俺が聞きたい。」
「ふ、ふざけんじゃねぇ!あ、あいた、痛い!」
「…一気に騒々しくなったな。…まあそれもいいか。」
柳川は、この無礼且つ五月蝿い、正に野蛮を絵に描いたような男と話していて、不思議なほどに和んでいた。
もしかして…この場所に一人、俺は寂しかったのかもしれないな。そう思うと、今までの自分の人生が頭をよぎった。
優秀すぎるが故に、孤立し続けた人生だった。そう、あの気さくな若者だけが、自分と友人として接してくれたのではなかったか。
「俺の事は大体分かったよ、でもよぉ…テメェの事情についちゃあ、俄かには信じられネェな。」
信じられないのも無理はない。自分でも信じ難いことを、他人に信じてもらえるとは思ってはいなかった。
だが、この怪我人…ヌワンギの話は、さらに信じ難いものであった。
やはりここは日本ではない。それどころか…自分の住んでいた世界ですらないのだ。
「そんな事が…」
有り得ない。そんなことは有り得ない。ならば、これは夢ではないのか?
…だが、この一日の出来事は、夢として処理するにはあまりにもリアルだった。それならば、これは一体…

「そ、そういやこんな事してる場合じゃネェんだ!俺は行かないと!行って…ぐあぁ!」
唐突に体を起こそうとしたヌワンギが、傷の痛みの為、また倒れこみのたうちまわる。だが、それでもまた起き上がろうとする。
しかし結果は同じ。この男はこのまませっかく塞がった傷が開くまで同じ事を続けるのか。
まるで起き上がり小法師だな。柳川は呆れる他なかった。その傷で何処に行こうというのか、何をしようというのか、
それは、自分の体より大切なことなのか。
「落ち着け、お前の傷は深いんだ。まずは傷を治すことを考えろ。その後に、したい事をしろ。」
現状を理解しきれず混乱していた柳川だったが、ヌワンギを見て我に返る。そう、今はこの男の容態が第一である。
「う、うるせぇ!俺は、どうしても行かなきゃいけねぇんだ!戦争を…止めねぇと!」
戦争、物騒な言葉がヌワンギの口から飛び出す。そう、彼らは戦争をしているのだ。
ヌワンギの話から、その事だけは知っていたが、戦争を止める、というのは初耳である。
「…止めるというのは、どうやって?」
「…俺の叔父貴が、この国の皇なんだ。それで、だから、何とか説得して、戦争を止めさせなきゃいけねぇんだ。」
「お前が説得したぐらいで、その皇とやらは考えを改めるのか?」
「それは、分からねぇ。でも、俺はこれだけはしなけりゃいけねぇんだ…」
つまり、この男は恐らく無駄でしかない事を、ここまで必死にやろうとしているのだ。
なんとなく、狂気に怯え朝を待っていた自分と、今のヌワンギが重なった。
「…分かった。ならせめてあと一日休め。その後は、好きなようにしろ。」
「この植物の芽か?」
「ああ、確かシゥネと言ったっけな…傷薬になるんだ。」
果物を齧りながらヌワンギが言う。森の植物の種類には、やけに詳しい男だった。
それとなくどうしてか聞いたら、途端に表情を暗くし、黙りこくってしまった。
どうやら詮索してはいけない事だったらしい。
「テメェが助けてくれたのは感謝してるんだよ、これでも。だからあまり変なことを聞くんじゃネェ。」
「感謝してるんなら、そのテメェ呼ばわりを何とかしてくれ。自己紹介は済ませた筈だが。」
「ああ、柳川って名前だったな。変な名前だ。」
「ヌワンギなんて名前の方が、俺にとっては変だが。語呂が悪いと自分でも思わないのか?」
「なんだと!?この俺様の高貴な名前を…」
ここまで言って、また表情を暗くする。見てて飽きないが、それ以上に心配させる男である。

「…まあいい。これで必要なものは集めた。元の場所に戻るぞ。」
「…ああ。」
「それにしても、たいした回復力だ。あの怪我からほぼ半日で、もう歩けるようになるとはな。」
「俺様は体の出来が違うんだよ。」
悪ぶってみせる。本当はまだかなり痛いのだが、この痛みに慣れねばいけない事情がヌワンギにはあった。
「…どうした、いかないのか?」
「すぐ行くよ!ただ…少し一人にしてくれねぇか?」
「…勝手に何処かに行くなよ。お前はまだ怪我人なんだ。」
「分かってるよ!」
柳川が帰っていく。納得はしていないみたいだが、どうやら気を利かせたのだろう。
ヌワンギは違う世界から来たかもしれないという、柳川という男を少しだけ理解したような気がした。
いけ好かねぇが、面倒見はいいアンちゃん。まあこんなところか。ヌワンギは自分が導いたその結論に満足した。
そして、それは確かに、柳川を表すには適当な言葉だった。
ヌワンギは今まで齧っていた果物をじっと見つめた。
この果物は、エルルゥの大好物だった。それを知ったヌワンギは、エルルゥの為に木に登りそれを山ほど手に入れようとした事がある。
エルルゥは、大量の果物を抱えてきたヌワンギを見て、なぜそんな危ないことをしたのか、と声を張り上げて怒り、
段々と言っている事が支離滅裂になった挙句、泣き出した。ヌワンギは自分が悪い事をしたのではないかと感じ、
何度も何度も泣いて謝ったが、そのヌワンギを見てエルルゥは、泣き濡れた顔で、嬉しそうに笑ったのだ。
その後二人で食べた果物の味は、今のヌワンギには思い出せなかった。
それは、藩主の跡取りになってから食べたどのご馳走よりも、美味しかったのではなかったのか。
「俺は…今まで何をしてたんだ?」

ヌワンギはササンテに引き取られてから、森に入った事などなかった。
それは辺境の田舎者のする事だと教わり、それからはその気すらなくなった。
そうやって大切な物をだんだん失くしていった俺を、エルルゥはどんな気持ちで見ていたのだろう。
もし、もしも俺があの時森に入る気を失くしていなかったら、俺はまだエルルゥの側にいられたのだろうか。
薬師になりたいと言って、楽しそうに薬草を摘んでいたエルルゥの顔が、今更ながら克明に脳裏に写る。
「俺は…」
ヌワンギは泣いていた。
56FARE-M ◆7HKannaArk :04/12/13 20:44:38 ID:0ZofH4dX
>>41
ちなみにパラレルの例はありますのでご安心ください。
……格納作業しなきゃね。
57FARE-M ◆7HKannaArk :04/12/13 21:12:27 ID:0ZofH4dX
更新完了。
ここまで格納しました。
58Return作者:04/12/13 22:04:34 ID:XM45wdu7
お疲れ様です

と、言うよりパラレルがだめならそのうちネタがなくなってしまいますよ

ところでクロスオーバーも前例がありましたっけ?
59名無しさんだよもん:04/12/13 22:52:30 ID:620EbA8l
>>ヌワンギパラレル書き手様

上手いっす……。
SS書き始めとは思えない……・。
60名無しさんだよもん:04/12/14 02:40:50 ID:t2MKR7zK
この二、三日でかなり進んでる!欠かさずチェキしてた甲斐があったわ。
Return作者氏&ヌワンギパラレル作者氏、GJ!
前回は所々の文章がRRしてしまいましたが、超先生リスペクトということで。

>>FARE-M氏
保管ありがとうございます。自分の拙い文章が保管されてるのを見ると、なにやらうれしはずかしです。

いつの間にか眠っていたらしい。そういえば、昨日はヌワンギの看病で殆ど眠っていなかった。
そう考えると、柳川は二日は不眠不休で過ごしていた事になる。
防寒対策の為につけた焚き木ももう消えており、今は早朝の肌寒さが、疲労した体からさらに余力を奪おうとしている。
幾つか乾燥した枯れ木を集め、摩擦熱を使い火を熾す。先日は慣れぬ事もあり、火を熾すのにてこずったが、今はもう慣れた物である。
そうして暫くして火が点き、柳川は漸くヌワンギのことが気にかかる。
昨日はあれからちゃんとここに帰ってきたのだろうか?辺りを見回すが、どうやら取り越し苦労だったようだ。
ヌワンギは近くの木の麓で、体を丸めながら眠っていた。
柳川は、注意深く焚き木を動かし、ヌワンギが暖を取れるようにしてやる。
そうしてから、自分があの悪夢を見なかったことに気がついた。
もう一人の自分、狩猟者としての柳川もここでは勝手が違うのか、檻の中から出てこようとしない。
それとも、もしかするとこの環境が、柳川本人の、とある出来事により壊れかけた理性を癒しているのではないか。
そう思えるほどに、この森の空気は柳川にとって心地よかった。それに皮肉にも、あのアパートから開放された事、
つまり、この世界に放り込まれた事が、柳川の理性にプラスに働いていたのである。
思考が明るくなりかけた瞬間、柳川は深刻な表情に戻り、頭を抱えため息をつく。
「…もしそうだとしても、俺はあそこに帰らなくてはならないんだ。」
そう、彼には帰らねばならぬ理由がある。たとえ、そこには悲劇しか待ち受けていなくても。
「この獣道を辿れば、街道に出る。その後は、ただ北に行けばいいだけだ。」
「北…北といってもな。」
そう言ってから柳川は、日が沈んでいた方角を思い出す。北は…この方向か。
「どうでもいいけどよ、やっぱり俺について来ない方がいいんじゃねぇの?」
また同じ事を言ってくる。いや、この男はこの男なりに、自分の事を心配してくれているのだろう。
確かに聞くところによると、このヌワンギは、今や率いる兵を失くしたただの敗将であっても、
反乱軍側にとってはまだ敵も同然で、皇側にしてみても、敗戦の責任を取って処刑されかねない、
微妙な立場にいる。その事は、この男も十分承知しているのだろう。
それでも、いや、それだからこそヌワンギは行くのだ。戦乱を止めるために。

「お前はまだ怪我人だ。手当てした者としては、今見捨てるわけにもいかんしな。」
「…いいよ、もう言わねぇよ!その代わり、戦場でおっちんでもしらねぇからな!」
「お前を助けたのは誰だと思っている?これでもお前と俺自身ぐらいは守れるさ。」
「…いちいちムカつくヤツだな、テメェは。」
「柳川だ。」
「はいはい、分かりましたよ!柳川サン!」
「………」
「どうした?」
「…いや、さんはいらない。柳川とだけ呼べばいい。」
「…いちいち分かんねぇヤツだな、テメ…柳川は。」
そうして男二人は獣道を往く。
「人の気配がする。それもかなりの数だ。」
獣道半ばで、急に立ち止まった柳川が言う。無論ヌワンギにはそんな事は分からない。
「何言ってんだ?何処にもそんな物無ぇじゃねえか。」
「この近くじゃない。それに…ひどい殺気だ。この向こうで…人が殺し合っている。」
淡々と物騒な事を言う。ヌワンギは少し不気味に思う。大体どうしてそんなことが分かるんだ?
だが、もしそれが本当なら一大事である。
「い、急ぐぞ!」
ヌワンギは駆け出す。だが、怪我人のそれはお世辞にも速いと言い難かった。
「飛ばすぞ。」
柳川はヌワンギの襟首を捕まえると、そのまま親猫が子猫を運ぶかのように、ヌワンギを宙にぶら下げたまま走り出す。
「な、何しやが、があああああぁぁ!!」
それは体感した事の無い速さだった。たとえどれほど脚の速い馬で駆けたとしても、ここまでの速さは出ない。
それだけの速さを、この柳川は、大の男一人をぶら下げたまま獣道で出しているのだ。
「木、木にぶつか、ぶつかあああぁぁ!!」
思わず目を閉じたくなるが、それも怖いので閉じれない。結果、紙一重で自分を避けていく木々を涙目で見送ることになる。
(し、信じられねぇ…こいつ、化けモンだ…)
ヌワンギは恐る恐る柳川を見上げる。柳川は、涼しい顔をしていた。
「なんて事だ…反乱軍は、もうここまで来てんのか?」
早い、それはあまりにも早過ぎた。今眼前で行われている戦闘は、まさしく反乱軍と皇軍のものだった。
ここまでの素早い用兵、それは自分の敵でもありエルルゥを奪ったあの男、ハクオロが非凡な将であることを証明している。
いや、そんな事は分かっていた筈だ。倍以上の兵力で攻めた俺が、あそこまで完敗したのだから、
その非凡さは、俺が一番よく知っている筈だったのだ。だが、それでもヌワンギはこの早さに唖然とした。
…もう時間が無い。この早さなら、皇都が落ちるまでそう時間は掛からないだろう。
「…急がねぇと!」

その時、ヌワンギの隣にいた柳川には、ヌワンギの声など届いてはいない。
その顔は蒼白で、ついさっきまで化け物じみた身体能力を披露していた男とはとても思えない程弱弱しい。
そして全ての外界の騒乱は、柳川の中に存在する物の声にかき消され、柳川は、その声の主と対面せざるを得なくなる。

…クククク、ハハハハハ!
…見ろよあれを!お前があれだけ我慢していたことを、あんなに楽しそうにしているじゃないか!

だ、黙れ!なぜ今出てくる!
お前は夜にしか目覚めない!それなのに、なぜ今出て来るんだ!?

…さあどうだかな。俺は昨日の夜は眠ってたんだし、今起きても別にいいじゃないか。
…それより見ろよ、やつらの戦い様を。…笑えるだろ?
…肉を切り裂き、返り血を浴び、目をえぐり、脳漿をぶちまける…
…そのどれもが中途半端。俺の方が、よっぽど上手くやれる。
…一つやつらに教えてやろうじゃないか、人を上手に狩る方法を。
…ほら、何を躊躇ってるんだ?さあ、行こうぜ。とっとと俺を解放しろよ。
…分かっている筈だ。俺は、いや、俺達は…
…ただ人を狩る為に生きている狩猟者なのだから。
「五月蝿い!五月蝿い!五月蝿い!五月蝿い!五月蝿い!」
「や、柳川!?」
急に叫びだす柳川を見て、ヌワンギは漸く柳川の様子が尋常ではない事に気が付く。
「出て来るんじゃない!俺は、お前の言う通りにはならない!」
その場に跪き自分の頭を掻き毟る柳川は、明らかに正気を失っており、その言葉にも何の知性も感じさせない。
禍日神でも憑いたのか?ヌワンギがそう思ってしまうほどに、柳川は壊れていた。
息は荒く、目は血走っており、四股は震えが止まず、口からはただうわ言が出てくるのみ。
「だ、大丈夫かよ…」
いや、どう見ても大丈夫じゃねぇな。そう思ったヌワンギは、柳川に肩を貸し、柳川を引きずる様に森に戻る。
とにかく、ここにこいつを放置しちゃ駄目なような気がする。その思いが、ヌワンギにその行動を促していた。
本当はもう時間が無いのだ。このまま戦争が続けば、きっとエルルゥは辛い思いをする。
だから、一刻も早く皇都に着かねばならなかった。だが、こんな状態の柳川を放っておく訳にもいかない。

「…畜生。また森に逆戻りかよ…」
森から出てきた時と、全く立場が逆だな。そう考えると思わず苦笑いを浮かべたヌワンギだが、
畳み掛けるように訪れる事態の急変に、半ば辟易してもいた。
「勘弁してくれよ…」
思わず弱音が出る。だが、それが聞こえている筈の柳川からは、何の憎まれ口も来ない。
「…畜生。」
傷の痛み、時間が無い事への焦り、柳川の重さと、その症状に対する不安。
その全てが、ヌワンギに残るほんの僅かな体力すらも奪っていく。
「…畜生!諦めねぇ!諦めねぇぞ俺は、エルルゥ!」
ヌワンギは叫ぶ。自身を鼓舞するために。
レスが無いのに続けてしまっていいものだろうか…
とりあえず、空気読むためにこれで少し休憩します。

「大丈夫だ。」
森の中に入ってから数刻、漸く落ち着きを取り戻した柳川は、何を聞いてもそうとしか答えない。
「なぁ、発作かなんかなのか?」
「大丈夫だ。」
「少し横になって休んだらどうだ?」
「大丈夫だ。」
「…おい、大丈夫じゃないのは見れば分かんだよッ!」
「大丈夫だ。」
「他に何か言ってみろよ!」
「…大丈夫だ。」
いい加減嫌になってくる。こいつは俺を馬鹿にしてるのか?ほんの僅かの間だったが、自分の世話を焼いてくれた柳川に、
いけ好かないながらも好意に近い物を感じ始めていたヌワンギだった。
だが、ここまで信用されないとなると、その好意が逆に裏切られた、という感情に取って代わり、
ますますイライラが募っていく。
「…いい加減にしろよ!」
柳川は、落ち着いたとはいえまだ顔面蒼白、その目には普段の知性の光は無く、
ただ木の麓に腰を掛けたまま、微動だにしない。尋常じゃない事は誰の目にも明らかである。
それでも、その理由、今柳川を襲っている”何か”については、何も話そうとしないのである。
漸く柳川が自分から話しかけた。
「…すまないな、大口を叩いておいて悪いが、どうやらお前と一緒には行けないようだ。」
「…何言ってんだ?」
「ここで別れようと言っている。」
「…なんでだよ。」
「お前は急がなくてはならないんだろう?それに元々お前はそのつもりだった筈だ。ちょうどいいじゃないか。」
話をはぐらかしている。そんな事はヌワンギでも分かる。それ故に、余計に不快感が増す。
「テメェ、俺が何にも分かってねぇと思ってんじゃねぇの?」
「………」
「最後に聞くぞ。何で急に調子が悪くなったんだ?」
「…大丈夫だと言っている。」
「ああいいよ!分かったよ!俺は勝手にやらせてもらうよ!」
もう沢山だ!これ以上この男と付き合って不快になる事はない。そもそも、ヌワンギには今火急の用があるのだ。
「あばよ!」
言い捨てて、ヌワンギは一人歩き出す。そうさ、元々こうなる予定だったんだ。ああ、スゲェ時間の無駄だった。
ヌワンギは、急に押し寄せてくる何かを誤魔化す為に、一人心の中で悪態をつく。
「…ふざけるなよ、何でいけ好かねぇ男と別れる時に、こんな気持ちにならなきゃいけネェんだ。」
森の中に夜が訪れる。
柳川は、相変わらず座ったまま微動だにしていなかった。
(…そう、これでよかった、これしかなかった。)
柳川は思う。日が落ちてから、狩猟者としての自分の声は俄然勢いを増し、いまや柳川の理性の檻は風前の灯だった。
情けなくなる。ただ実際の戦場を見ただけで、ここまで理性が揺らぐ自分の心が。

「…フッ」
それは悲しい笑いだった。自嘲とも自虐とも取れる、諦めの笑みだった。
そうだ、元々自分はここに来る前からおかしくなっていたのだ、もう元に戻れぬほどに。
たかが数日調子が良かっただけで、僅かでも希望を抱いた自分のおめでたさが腹立たしくてしょうがない。
…そんな訳はないのに。いまさら、ただの人間として生きていく事など、出来る訳はないのに。
そうだ、やつの言う通りだ。この世界なら、あちらこちらで戦争が起こっている。
狩猟場に不自由することはないのだ。ならば、無駄な抵抗をするよりも、狂気に身を委ね、
思い切り楽しんだ方がいいじゃないか。
「…そうだな、もうそれでいいさ。」
目を閉じ、力を抜く。もう心底疲れていた。
そこでふと、ヌワンギの事を考える。ちゃんと皇都には着いたのか。戦争を止める事は出来たのか。

そこで何かを投げつけられた事に気付く。反射的に右手を上げ、その何かを掴む。
…それは、あの果物だった。
「よぉ…」
それは聞こえる筈の無い声であった。つまり、居る筈の無い男が居るのだ。
「お前…」
柳川の視界には、幾つかの果物を小脇に抱え、自分もその一つに齧りついているヌワンギがいた。
「…どうせ何にも食っちゃいねぇんだろ。」
「お前、どうして…」
「食えよ。旨ぇぞ。」
柳川は、少しの間自分の手の中にある果物を凝視した後、一思いに齧りつく。
「…どうだ。」
「…少々酸味が強い。」
「馬鹿。そこから旨くなるんだよ。」
「…そうなのか。」
二口目を食べる。口が酸味に慣れてきて、今度は甘さの方が強くなる。
「…旨いな。」
「そうだろう。」
ヌワンギは嬉しそうだ。柳川は不思議に思う。別れる時はあれだけ不機嫌だったのに、
同じ食べ物を旨いと思えた、ただそれだけの事で、ヌワンギはこうも機嫌を直していた。
「…皇都に行ったんじゃなかったのか?」
「………」
「…時間が無いんじゃなかったのか?」
「………」
今度は柳川が質問攻めにする番である。だが、ヌワンギは何も答えない。ただ、旨そうに果物に齧りついている。
ヌワンギは自分が持ってきた果物を全て食べ終えた後、静かに答えた。
「…皇都へは行くよ。」
「………」
「…時間も無い訳じゃない。」
「………」
「ただ、一応お尋ね者だしな。腕のいい用心棒がいればいいな、と思ったんだよ。」
「………」
「ほ、本当だぞ!嘘じゃねぇからな!」
柳川は、ヌワンギという男の事が理解出来たような気がした。悪ぶっていて不器用ではあるが、根は純朴で素直、
そして…優しい男なのだ。
「体の方は…大丈夫なのか。」
ヌワンギが唐突に聞いてくる。
「…そういえば…」
あれだけ五月蝿かった狩猟者の声が、今は全く聞こえない。心も今は落ち着いており、
さっきまで狂気に身を委ねようとしていたのが嘘のようである。

「…大丈夫だ。」
その言葉が柳川の本心から出た物である事を悟り、ヌワンギはケラケラと笑う。
「そうかい、なら明日から、用心棒を頼むぜ、柳川!」
「…あ、ああ。」
「…えーと、あの発作は、原因は聞かねぇけどよ、多分戦場に行かなきゃ大丈夫なんだよな。」
「…そうだな、恐らくは…」
本当のことは分からない。今は大丈夫かもしれないが、明日にはまたおかしくなるかもしれない。
「そうか!なら皇都が戦場になる前に行かねぇとな、明日は急ごうぜ!」
柳川の心は、その不安とは裏腹に、ヌワンギと共に行く事を選ぶ。誰の為ではなく、ただ自分の為に。
71名無しさんだよもん:04/12/16 18:32:18 ID:dwoT9w0q
レスはなくても見ている人はいるノシ
頑張れ柳川、ヌワンギの尻をゲットするためnうわなにをするやm
72名無しさんだよもん:04/12/16 20:00:20 ID:ARvrQXFH
かっこいいぜヌワンギ!
73地獄車 ◆Xoa6WeBjxs :04/12/16 20:56:04 ID:3cQzeyHx
こっそり見てるよ…
ヌワンギと柳川で面白い組み合わせになったな…
74ヮ<)ノシ☆:04/12/16 21:35:46 ID:dDn3utSa
 
レスありがとうございます。
どうやら読んで下さってる方がいるみたいですので、
皆さんのご好意に甘え、マイペースに続きを書かせてもらいます。

「ふぅ…」
鍬を動かす手を止め、ため息をつく。そうしてから、ややゆっくりと後ろを振り向く。
「…だいぶ進んだな。」
そう言って首に掛けた手拭いで、額から流れる汗を拭く。農作業の経験は無かったが、やってみると案外楽しい。
自分のやってきた事の成果が一目で分かる、というのは、警官をしていた時には味わえなかった感覚である。
ヌワンギは少し前に飽きてしまったようで、今は日陰で熟睡している。
叩き起こしてやろうとも思ったが、起こしたところで労働力として期待できるとは思えないため、
そのまま放っておく事にした。あの男はまだ、労働の喜びが理解出来ないようである。

今二人は、シケリペチムという國の小さな集落にいる。
ここで路銀が尽きてしまった為に、何とかして仕事を探さなくてはならなくなったのだ。
まあ元々金など碌に持ってなかった二人である。旅立つ前に、何らかの準備はしておくべきだったのだ。
ヌワンギは他の旅人から借りようと言ってきたが、無論言葉通りの意味ではないので、
元警官として却下した。結果、商売っ気のある地主の一人が、耕地を大きくしたいので住み込みの人夫を募集していた話に飛び付き、
今に至るわけである。聞く所によると、この國の皇が、穀物を高く買い上げてくれているらしい。

「…こんなものか。」
日が傾きかけた頃、仕事を切り上げる事を決めた柳川が、ふと木陰を見る。
そこには相変わらず、いびきを掻いて熟睡しているヌワンギがいる。
静かに近づいていって、横腹を蹴り飛ばす。無論手加減はしているが、それでも吹っ飛ばされたヌワンギは、
数回地面にバウンドしてから、肥溜めの中に落ちた。
「ウブッ!な、何だよ、これ?…く、臭ェ!嫌、嫌だ、肥溜めは嫌だぁ!」
気の毒ではあるが、自業自得である。
夕食の時間が訪れる。
人の三倍は働く柳川は、雇い主の覚えも良く、それなりに豪勢な料理を用意してくれる。
それをがっつくヌワンギとは対照的に、柳川は黙々と箸をすすめる。
「…畜生、気分がわりぃ。何で俺様が肥溜めに落ちなきゃならねぇんだ!」
「…さっきも言ったろう。お前の寝相が悪すぎるんだ。眠らずに働けば、そんな事にはならなかったものを。」
「うるせぇよ!…よし、明日はもう少し肥溜めから離れた所で寝るか。」
それならば、もう少し強く蹴るだけである。柳川が明日ヌワンギを蹴る強さを決めた時、
ヌワンギが、さもお約束であるかのように喉を詰まらせる。
「み、水…!」
柳川はため息と共に、液体の入った器を差し出す。ヌワンギはそれを飲み込んだ瞬間
「ブゥゥゥーッ!」
その液体を一気に噴き出した。そしてそのまま、仰向けに豪快に倒れ込んだ。
「…酒臭いな。」
どうやら、気を利かせた雇い主が、水の代わりに酒を用意してくれたようだ。
その好意は嬉しいが、それが仇となってしまう可愛そうな男もいる。
水と勘違いし、それを一気に飲んでしまったヌワンギは、辺りを酒浸しにした挙句、自身も昏倒してしまった。
「急性アルコール中毒は、生命の危険もあるんだが…」
この男なら心配あるまい。そう根拠も無く確信した柳川は、辺りを片付け、雇い主に礼を言った後、
彼らに当てられた寝室までヌワンギを引きずっていく。
「…馬鹿というよりは、阿呆と呼ぶべきか…」
どちらの言葉も、ヌワンギの愚かさを表しきれてないような気がする。…柳川は結構真剣に悩んでいた。

「オンカミヤムカイに行ってみようぜ。」
そう言ったのはヌワンギである。この世界の地理などまるで分からない柳川にとって、
このヌワンギの提案は渡りに船であった。
ヌワンギが言うには、オンカミヤムカイのオンカミヤリューという種族は、
他の種族が知らぬいろんな世界の理を熟知しており、なにやら怪しげな術まで使うという。
「この國には國師がいなかったから、俺もよく分かんねぇんだけどよ。」
そう言ってはいたが、どうやら今の柳川の状況を説明できる可能性が最も高いのは、
そのオンカミヤムカイという國の皇であるらしい。
よく道に迷ったり、無計画故に途中で路銀がなくなったりと、案内役としてはまるで安心できないが、
それでも自分と行動を共にしてくれるヌワンギの存在は、柳川にとって、とても大きなものだった。

もう一方のヌワンギにとっても、この柳川との旅は渡りに船であった。
柳川は確かにいけ好かない男ではあるが、腕は立つし信用も出来る。
ほんの数日一緒に過ごしただけの男ではあったが、それだけは間違いなかった。
それに、ヌワンギにはもう祖國での居場所は無く、彼の生きる理由もまた失くなってしまったのだから。

そう…彼らは皇都に間に合わなかったのだ。
皇都から少し離れた丘の上で、二人は呆然と煙を上げる目的地を眺めていた。
…反乱軍の勝鬨が、ここからでも聞こえる。そう、戦争は、既に終わってしまっていた。
それは、定められた終結であった。自身の贅沢な生活が、民の辛苦の上に成り立っているのも気付かず、
民を蔑ろにし続けていた皇とその國の、当たり前の終局だった。
そんな事はヌワンギにも分かっていた。自分もその民からの収奪を、率先して行ってきたのだから。
だから、國が滅ぶことなどどうでも良かったのだ。むしろ、自分達の行ってきた事を考えれば、
それは必然ですらあるべきだった。
…それでもヌワンギは、この戦争を止めたかった。それは、自身が引き金を引いた、この悲劇とその犠牲者への罪滅ぼしの為でもあったが、
それ以上に、ただ、戦争が続けば、エルルゥが悲しむから。だから、ヌワンギは戦争を出来るだけ早く終わらせたかったのだ。

「すまない…」
柳川が目を伏せて言う。
「俺がお前を心配させて、足止めしてしまったせいで…」
ヌワンギが後ろを振り向く。柳川の表情は、その言葉以上にすまなそうだった。
そして、もう一度前を向く。眼下には、もはや戻れぬ皇都がある。
「…違ぇよ。」
もう空っぽになってしまった心から、無理やり言葉を搾り出す。
「…そんなんじゃネェんだ。」
この場所に立って、落とされた皇都を見た時、ヌワンギはついに気付いてしまった。
「あの男…ハクオロがエルルゥの側にいるから…」
不意に涙が流れる。
「あの男は…俺なんかよりもずっと強くて、賢くて、頼りになって…」
「お…俺なんかよりもずっと人望があって、包容力があって、エ、エルルゥの事を分かってて…」
嗚咽が止まらなくなる。
「う…うっ…そんな奴が…エルルゥの側にいるんだから…ぐ…ううっ、エ、エルルゥをみ、見守ってるんだから…」
もう何も見えない。考えられない。視界は完全にぼやけ、傷の痛みは酷くなり、心は砕けそうになる。
「俺なんかが…俺なんかがエルルゥの為に出来る事なんて…」
「…本当は…もうなンにも無かったんだよ…」
それだけを搾り出す。後はもう言葉にならない。ただ、ただ嗚咽だけが口から溢れる。

柳川はヌワンギの背中をずっと眺めていた。
嗚咽のため震えるその背中は、言葉以上の何かを柳川に伝えていた。
無意識に、柳川はその右手をヌワンギの左肩に乗せる。
振り払われるかとも思ったが、ヌワンギはそうしなかった。…出来なかったのかもしれないが。
同情ではない、柳川がこの時ヌワンギに持った感情は。
それは、共感に近かった。報われぬ思い、叶えられぬ望み、遅すぎた悔恨…
そういったものが、この二人の中を去来していた。
80名無しさんだよもん:04/12/17 20:36:50 ID:Fw1+XQLI
こ、こんなにカコイイヌワンギが過去いたか!?
81名無しさんだよもん:04/12/17 23:17:06 ID:c5chQQ8t
オンカミヤムカイに向かうということは――
ヌワンギ達は、うたわれ世界の出来事を客観的に眺める立場に立てるということだな。
彼らたちの目に、うたわれ世界の歴史がどの様に映るのかが気になる。

……ところで、何気に柳川とヌワンギのラブラブ度が高まっているような気がするのだがw
82名無しさんだよもん:04/12/18 00:36:30 ID:BIXkWyQP
ソレイッチャイケナイw

しかし、本当にこれで書くの初めてか?
かなり洗練されてねぇ……?兵だ。
毎度レスありがとうございます。もうかなりの文章量になってしまいましたが、
どうか暇な時にでも読んでやってください。

「…やはり抵抗があるんだが。」
抵抗というか、恥かしい。警邏としてスーツを普段着にしていた男である。
この世界の衣装の中では、比較的地味な物を仕立ててもらったにも関わらず、いざ袖を通してみれば、
やはり派手なような気がしてならない。
「男がいちいち服に文句言ってんじゃネェよ。」
そういうヌワンギだが、自分が仕立ててもらった服にはひどく細かい注文をつけていたようである。
ヌワンギ曰く、俺様の高貴な雰囲気を殺さない為には、衣服もそれなりの物が必要なんだよ、だそうだ。
高貴…?ヌワンギには最も縁遠い言葉ではないか、と柳川は思うのだが。
そして、案の定ヌワンギの注文に合わせて仕立てられた服は、まるで暴走族の特攻服のような、
高貴のこの字も見られない珍妙な代物であった。…100メートルは離れて歩こう。柳川はそう決めた。

この世界に来た時は、柳川はワイシャツに紺のズボンという出で立ちだった。
眠っている時にこの世界に送り込まれたのだが、寝巻きの類は着ていなかった。
いや、もうずっとそんな物は着ていない柳川は、部屋に居る時は大体いつもその格好だった。
この世界に来てからも、替えの服を持ってきた訳はないので、騙し騙し同じ服を着続けていた。
ただ、人夫として雇われていた頃に、人夫用の粗末な服を支給された事がある。
が、流石にそれで町を歩く事は出来ないため、それからもずっと同じ服を着るしかなかった。
だが長旅の中、それではやはり問題が出てくるため、立ち寄った宿場町で服を仕立てる事にしたのだ。
幸い腕のいい仕立て屋の主人は、二日と掛からずして二人の服を仕立ててくれたが、
仕立て屋としてのプライド故か、ヌワンギの服を仕立てている間は終始不機嫌だった。
このシケリペチムという國は、治安はしっかりしており、大国らしく経済状態も悪くないように見えたが、
なにやら暮らす人々がおどおどしている印象を受けた。
聞くところによると、この國の皇、二ウェは、優秀な統治者で戦上手ではあるが、逆らう者には容赦なく、
そのせいで滅ぼされた種族や、皆殺しの憂き目に会った集落が、結構な数に上るという。
指導者のカリスマと恐怖によって統治されている軍事国家、あながち自分の分析は間違いではないなと、柳川は思った。
それならば、これから行くオンカミヤムカイという國は、いったいどういう所なのか。

一度この世界の風俗や習慣、政治形態などに興味を持ってみると、旅立つ前までの不安は何処へやら、
柳川は結構この旅を楽しんでいた。ヌワンギもそれは同じだったらしく、町に立ち寄る毎にその土地の名産やら名物やらを
食い漁り買い漁る。無駄遣いは控えろといつも言ってはいるのだが、どうも我慢というものが出来ない性質らしい。
…殆ど俺が稼いだような金なんだがな。柳川は多少苛立たしく思うが、それでも旅を楽しめない男に同行されるよりは、
まだこっちの方がいいような気もしたので、あまり強くは言わなかった。
そんなこんなの旅の中、ヌワンギがいつもの様にこの町の名産を食い漁ろうと入った飯屋で、
兵士達が不穏な噂話をしているのを聞いてしまうのである。

シケリペチム皇ニウェ、トゥスクルへの侵攻を企図…
トゥスクルは、元々は辺境に住んでいた稀代の薬師の名前である。
ヌワンギにとっても、縁が無い名前ではなかったが、今は思い出したくはなかった。
生まれ故郷から離れ、旅をする事を決めた一因が、この新しい國名だった。
その國、トゥスクルは内乱が終結したばかりではあっても、新しい皇の元で、復興が急ピッチで進められていた。
新しい律令に公平な税制度、商工業の振興や、造酒、製鉄等の新産業の発展など、
このシケリペチムにいても、新しい皇とその政策に対する良い評判を耳にする事が出来るほどだった。
とはいえ、まだシケリペチムとトゥスクルでは、その軍事力に圧倒的な隔たりがある。
そのシケリペチムが、ほぼ全軍を率いてトゥスクルに侵攻する。
…その噂を聞いたヌワンギは、食欲を完全に失ってしまい、慌てて飯屋を飛び出す。
「な、なんとかしねぇと!」
だが何を?今のヌワンギは、何の力もないただの旅人だ。何かをしなければいけない。
その事が理解でき、その意欲もあるが、何が出来るか、何をしなければいけないかについては、まるで見当がつかない。
「…そうだ!柳川!」
あの異世界から来たという、今の自分の旅の同行者。あの男なら、何かいい案を持っているのではないだろうか?

その頃柳川は、宿屋の一室で静かに休んでいた。
部屋は狭く質素なもので、目に付くものといえば、小さな木枠の窓と、敷きっ放しの布団だけである。
壁にもたりかかり、ゆっくりと目を閉じる。
(…こういうのも、悪くない。)
確かにテレビやラジオなどの文明の機器はないが、窓からの眺めは正に総天然色。自分の住んでいた日本では、
そうそうお目にかかれない景色である。そして耳を澄ませば近くの通りの喧騒が聞こえ、その活力に満ちた音は、
聞いているだけの柳川の心すら躍らせた。…こんなに和んでいていいものだろうか。
まるで自分が長期のバカンスの真っ只中にいるような錯覚にとらわれる。
その柳川の耳を、唐突に大きな雑音が襲う。
それはドスンッ、ともズガンッ、とも表現できる大きな音。
…どうやら誰かが、宿の玄関の戸にしこたまぶつかったらしい。
それから暫くして、ダンッダンッダンッダンッ…と、豪快な足音が近づいてくる。
…廊下は走るなよ。柳川が心の中でつっこむ。
その足音が、柳川の部屋の前で止ま…らない。そのままドスッ!ゴロゴロゴロ…ドガン!と、
急に止まろうとして止まれず、勢いをつけて転んだ挙句、壁に体当たりしたような音が…
「…ヌワンギだ。」
思わず頭を抱える。とりあえず…後で宿の主人に頭を下げねばな。柳川のスケジュールに、不本意な予定が加わる。
なんだかんだ言って、面倒見はいい男である。
「…柳川!」
部屋に飛び込んできた男は、満身創痍だった。

「無理だ。」
ヌワンギの手当てをしながら事情を聞いていた柳川が言う。
「そこを何とかできねぇのかよ!い、いて、痛ぇ!」
…呆れ果てた男である。部屋に飛び込んできたと思ったら、開口一番、
「戦争を出来なくする方法を教えてくれ!」
…ときた。そんなものを知っていれば、俺はとっくにノーベル平和賞受賞者だ。
生まれ故郷が立て続けに戦渦に巻き込まれる、そのことに関して同情は出来るが、
だからといって、これは旅人二人で何とか出来る規模の問題ではない。
…とはいえ、相談に乗ってしまった手前、申し訳程度に戦争を出来なくする方法とやらを考えてみる。
…まず戦争をするには、それ相応の準備が必要である。兵を集め、訓練を施し、敵の情報を集め、戦略を練る。
補給路を確保し、戦場の地理を熟知し、大義名分を作り、優秀な将を揃える…
それになによりも、大軍を動かす場合は、それを適正に運用できるだけの兵糧が必要である。
そこでふと考えが止まる。
…ああ、そういえば、前の仕事の雇い主が言っていたな、皇が穀物を高く買い上げてくれると。
それはこの戦のためだったのか。そうなるとシケリペチムは、現在國庫にある兵糧の備蓄だけでは心許ないため、
民間からも食糧を買い集めていることになる。…つまり、今兵糧を何らかの方法で不足させれば、
侵攻を止めることは無理でも、その規模をかなり縮小させる事が出来るのではないか?

「…兵糧だ。」
ヌワンギの頭に包帯を巻いていた柳川が答える。
「…兵糧?」
そう、兵糧を不足させること。そうすれば、圧倒的な戦力差があるトゥスクルにも、勝機が生まれてくるのではないか。
その結論に辿り着く。
「だけどよ…どうすんだよ?」
ヌワンギにしては鋭い。そう、そこが問題である。一般的な方法は、火を放って燃やしてしまう事だろうが、
二人で燃やせる量などたかが知れている。それに大事な兵糧だ。それなりに警備も厳重だろうし、
放火対策もされていると考える方が現実的だ。すると…輸送中を襲うか。いや、それも二人ではとても無理だ。
それに、柳川は戦場に立てない。もしもう一度戦場を見てしまったら、柳川は自分の中の狩猟者を抑える自信が無い。
もう方法は無いのだろうか…いや、考えろ、手はある筈だ。…そうたとえば、火が駄目なら…

「…水?」
「…あともう少し、といったところだな。」
自分の身の丈の倍はあろうかという大木の幹の一部を、岩の上に積み上げてから柳川が呟く。
ここはシケリペチムを流れる川の上流である。ヌワンギと柳川は、この場所に岩と樹を材料に即席のダムを作っていた。
とはいえ、ヌワンギも頑張ってはいたのだが、却って作業の邪魔にしかならなかった為、ついさっき邪魔だと言い渡したら、
拗ねてどこかに行ってしまった。
つまり柳川は、大人十人で五日は掛かりかねない作業を、ただ一晩、それも殆ど一人で終わらせようとしていたのだ。
鬼の持つ人外の怪力、本領発揮といった所である。

この川の下流に、大きな街道がある。そして、シケリペチムからトゥスクルに侵攻するには、
間違いなくそこを通らなくてはならないのだ。つまり、輸送隊がそこを通る瞬間を狙い、このダムを崩してしまえば…
「…フゥ。こんなものか。」
多少耐久性に問題はあるが、まあ即席の物だし、どうせすぐ壊すものだから問題は無いだろう。
簡易式ダムの完成である。流石の柳川もかなり疲れたようで、川の麓に座り一息入れている。
「よぉ、終わったのか。」
果物を齧りながら、ヌワンギが能天気そうにやってくる。そして、手に持っている果物の一つを、柳川に投げてよこす。
「ああ、こんなもので役目は果たせると思う。」
果物を受け取り、そう返答する。
「そうか…後は、奴らが来るのを待つだけだな。」
ヌワンギは少し嬉しそうだ。こんな男でも、祖國に為に何か出来ることが嬉しいのだろうか…
いや、どうせ祖國にいる女の事でも考えてるに違いない。柳川は思い直す。
「それでだな…ヌワンギ。」
「ん?何だよ。」
「お前にある重要な役目を任せたいんだが。」
ここに来て、漸くヌワンギの出番が回ってくる。
ヌワンギの役目、それは輸送隊が来た事を柳川に知らせること。
まずヌワンギが下流で待機し、輸送隊が来たとき、上流にいる柳川に合図を送る。
その合図と共に、柳川がダムを破壊し、それで発生する鉄砲水で、前線に送られる筈の兵糧を洗い流してしまおう、というのである。
だが、事はそう単純ではない。柳川のある頼み事のせいで、この役目は、単に合図を送るだけの物ではなくなってしまったのだ。
「…被害者の数は、出来る限り減らしたいんだが。」
馬鹿な要求だ、とヌワンギは思う。敵の数など、この機会に減らせるだけ減らしておいた方がいいじゃないか。
そう言って反対したんだが、柳川もこればかりは譲らなかった。
結果、今まで殆ど何もしていなかったヌワンギが逆らえる訳もなく、その頼みを引き受けることになってしまったのだ。
…つまり、ヌワンギは柳川に合図を送ると同時に、敵の輸送隊にも避難を勧告しなければならないのである。

(面倒な事を引き受けちまった。)
川の下流で待機してほぼ一日が経過している。それでもまだヌワンギは不満タラタラだ。
「…大体よぉ、そんなことをしたら、俺の居場所が奴らにバレちまって、今度は俺の方が危険になるじゃねぇか。」
一人ごちる。柳川にもそう言ったのだが、
「侍大将にまで上り詰めたヌワンギ様ともあろうお方が、その程度の危機を乗り切れぬとも思えないが…」
そう言われてしまっては、断れないヌワンギである。…もしかして、俺はあいつにいい様に操られてるんじゃねぇのか?
ふと嫌な考えが頭をよぎるが、すぐに打ち消した。
「いや、そんな訳はネェな。俺様がいい様に操られるなんて、有り得ねぇ話だ。」
そう言って納得する。…相変わらずのヌワンギであった。
ヌワンギが川の下流で待機し始めてから二日が経過した。
一所に留まる事が苦手な男である。もうこれ以上の待ちぼうけは御免だった。
「…ああ〜!早く来いよ!大体よぉ、俺を待たせていいのは…」
その後に続く筈の固有名詞をぐっと飲み込む。…そう、ヌワンギの想い人は、もう彼を待たせる事は無いのだ。
「…なんかもう何もかも嫌になってきちまった…」
エルルゥの事を考えるのはよそうといつも思っているのだが、それは今までずっと続けてきた、いわば習慣のようなものであり、
そう簡単に止めれるものではなかった。

一人陰鬱にしていたヌワンギにとっては幸いというべきか、それとも不幸というべきか、
ヌワンギは、周囲の雰囲気が変わった事に気が付く。木のざわめき、鳥の鳴き声、川が奏でる流水の音、
その全てが一瞬にして止む。…いや、正確には止んだわけではない。それらは、より大きな音にかき消されたのだ。
遂に、シケリペチム軍がヌワンギの待機しているすぐ近くまで行軍してきたのである。
…その数、およそ一万五千。シケリペチムのほぼ全軍である。
(…こんな大軍、見た事もねぇ…)
自身も兵を率いた事があるヌワンギですら驚愕する、シケリペチムの圧倒的な力そのものがそこにあった。
「俺達は、今からこんな奴らにちょっかい出すのかよ…」
急に体が震えだす。三大強國の一つ、シケリペチム。その名を知らぬ者など、この世界には存在しない。
そのヌワンギにとっては、御伽噺に出て来る禍日神に等しき実体の無い悪魔。
その悪魔の凶悪な牙そのものが眼前にあるのである。途端に弱気になる。
(聞いてねぇよ、こんなの。どうすりゃいいんだよ、俺達がどうこうできるシロモンじゃねぇよ…)
思わず逃げ出したくなる。戦意などというものは既に喪失しており、ただ、生命の危機に怯えるヌワンギがそこにいる。
(…い、いや、元々この計画は急造且つ無謀、失敗したって誰も責めやしねぇ。
それなら、このまま何もしないで奴らを見過ごす、っていうのが賢い大人のやり方じゃねぇのか?)
「そ、そう、それがいい、逃げちまおう!」
ヌワンギはコソコソとそこから逃げ出す。
(そ、そうだよな、俺様がこんな無謀な事をしてるのを知ったら、、エルルゥが心配して泣いちまうかもしれねぇし…)
ヌワンギの脳裏に、心配そうに自分を見つめるエルルゥの顔が浮かぶ。そう、今はトゥスクルにいる筈の…
ヌワンギの足が止まる。………ああ、またエルルゥの事を考えちまった!それは今一番しちゃいけねぇ事なのに!
「…しょうがネェなぁ!」
ヌワンギは元居た場所に足早に戻る。そこからは川の下流が全て見渡せた。
そこでじっくりと目を凝らし、輸送隊が来るのを今か今かと待ち構える。
…やっぱこの習慣は直そう。ヌワンギはそう思う。
(…だって、俺様にこんな無謀な事をやらせちまうんだからよぉ。)
そのシケリペチム輸送隊の隊長は、任務に非常に忠実な男だった。そのお陰で、彼はニウェの指揮する軍隊で、
ここまで昇進する事が出来たのだ。
「テメェラァァ!鉄砲水が来るぞぉぉぉ!急いで荷を捨てて川から離れろぉぉぉぉ!」
故に、川を渡っている最中にこの警告を受けたにも拘らず、彼はまず任務を優先させようとした。
近づいてくる地響きのような音、鉄砲水が来ている事は間違いない。
それでも、彼は部下に荷を捨てさせなかった。そのまま急いで川を渡りきろうとしたのだ。
…だが、鉄砲水が目で確認できる段階になると、部下は彼の命令に逆らい、荷物を放棄して一目散に川岸に走り出した。
けしからん、彼は思う。軍隊において、命令は絶対なのだ。にもかかわらず、私の命令に逆らうとは…
彼は上官として部下に範を示すため、荷を捨てずに危機を回避する事に拘った。
…その眼前に、怒涛の如く水流が押し寄せてきていても。

…この鉄砲水で、シケリペチム軍は多くの兵糧と、任務に忠実な一人の軍人を失った。
「畜生、命の恩人に向かって…!」
ヌワンギは林の中を駆けていた。せっかく鉄砲水が来ることを教えてやったのに、シケリペチム軍は恩を仇で返すが如く、
ヌワンギに追っ手を差し向けたのだ。礼儀を弁えない馬鹿野郎ばかりだ!本来なら謝礼を送って感謝すべきこの俺様に…
逃げながら、自分達が犯人である事を棚に上げ、ヌワンギは心の中で敵を非難する。
「ハァ、ハァ…もう大丈夫か…?」
生存本能に任せて、森の中を逃げれるだけ逃げた。…ここまで逃げれば追っ手も撒けただろう。
ヌワンギは木によりかかり呼吸を整える。こんなに走ったのは、生まれて初めてかもしれない。
それも森の中である。足を引っ掛けやすい起伏や、踏んだら滑って転んでしまいかねない草や苔が生い茂る足場を、
ここに来るまで転ばずに走り抜いた。…正に不幸中の幸いである。
…段々と呼吸が落ち着いてくる。…成功した。ヌワンギの中で、大きな達成感のようなものが芽生える。
一世一代の賭けに勝ったのだ。思わず叫びたい衝動に駆られる。…だがそこで、今居る場所に、何故か既視感がある自分に気が付く。
「…まさか。」
そう、ヌワンギは森の中で方向感覚を無くしてしまい、同じ場所をぐるぐると回った挙句、元居た場所に帰ってきたのだ。
…そして案の定、ヌワンギは敵に囲まれてしまっていた。
ヌワンギを囲む敵はどうやら五人。敵の方も、まさか相手が同じ場所に帰ってくるとは思ってなかったようで、
別の場所に多くの追っ手を差し向けていたようである。…それが幸運かどうかは分からない。
どちらにしろ、一対五というのは、かなり分の悪い勝負である。
「…どうすっかな…」
ヌワンギは腰に下げた得物を手に取り、木を背にして兵士達に対峙する。
ヌワンギの武器は、鉈を少し細長くしたような蛮刀である。その重量と切れ難さの為、扱いには多少のコツが要るものの、
力押しには向いているその粗忽な刀を、ヌワンギは愛用していた。
一対一ならば、ヌワンギはこの程度の相手は恐れない。この戦乱の時代に生まれた男として、それなりに武術の心得はある。
だが、一対五では話が違いすぎる。しかも、もう完全に囲まれてしまっている。前後左右を同時に相手に出来る曲芸など、
ヌワンギは身に付けてはいない。
(…あいつなら、こんな奴らは物の数じゃあねぇんだろうな…)
柳川を思い出す。だが、今ここには頼れる用心棒はいないのだ。自分一人で何とかしなければ…

その時、ヌワンギの後ろで剣を構えていた二人の兵士が行動を起こす。
(ヤベェ!)
その気配を感じたヌワンギは、咄嗟に背後の木を蹴りつけ前に飛ぶ。
距離さえ離せば不意打ちは何とかなる、そう思っての行動だった。
しかし、ヌワンギはそこで気がつく。これなら確かの後ろからの不意打ちはかわせる。
…だが、前の敵には無防備の自分の体を投げ出すことになるのだ。
(も、もっとヤバくなっちまった!)
墓穴もここまで綺麗に掘れれば滑稽には見えず、逆に潔さすら感じさせる。
今前の敵に攻撃されれば、一巻の終わりである。…だが、敵はそこから動かない。
ただ、ヌワンギの後ろを見て唖然としていた。ヌワンギもつられて後ろを振り向く。
ヌワンギが見たのは、膝から地に崩れ落ちる兵士達の姿だった。

「…なんだ、まだ生きていたのか…もう少しゆっくり来ればよかったな。」
「テメェ…後で殺すゾ?柳川…!」
「助けられておいて、それはないんじゃないのか。」
男達は、敵の前で不敵に笑い合う。
話も一区切りつきそうなので、これで休憩します。
読んで下さった皆さん、ありがとうございました。

「二人は俺がやる。残り一人ぐらいなら、自分で何とか出来るだろ?」
柳川は事も無げに言う。恐らくこの程度は戦闘の内にも入らないのだろう。そう思うと、ヌワンギに対抗心が芽生える。
「…上等!」
そう言い目の前の敵に集中する。
兵士達の方は、いきなりの敵の助っ人に動揺はしたものの、まだ数の上では優勢を保っており、援軍を呼ぶほどではない、と考えた。
それに、ヌワンギ達の目の前の敵は、勇将の下に弱卒無しの言葉通り、ニウェの下でいくつもの戦場を渡り歩いた剛の者である。
その兵士が剣を構え、じりじりとヌワンギとの間合いを狭めていく。
敵の得物はこの世界の標準的な類の刀であるが、一般的なそれよりもやや長く、
使いこなすには人並み以上の技量が必要となるであろう事が分かる。
(まさか使いこなせネェ、って事はねぇだろうし…そうなると、間合いは敵の方が広ぇよな…)
一撃一撃が致命傷となる真剣勝負の場合、間合いの広い方が主導権を握れる為、この場合ヌワンギが不利である。
その分慎重に戦うべきなのだろうが、ヌワンギは今更間合いの取り合いなんかする気はなかった。
「…来るなら来いよ。」
笑みすら浮かべながら、そううそぶく。
その態度が気に障ったのか、大きな踏み込みと同時に、敵が剣を振り下ろす。
…速い!ヌワンギは咄嗟に避けるも、予想以上の速さで頭上から襲ってくる剣を避けきることが出来ず、ザクリと頬を斬られる。
ヌワンギの視界を、たった今斬られたばかりの髪の毛が舞っている。それは僅かに木漏れ日を受けて光を発し、
ヌワンギと敵の兵士との間に、幻想的な雰囲気を作り出す。
頬から流れる血が、首を伝いうなじに届くのを感じる。傷は深くはない。だが、そうなってもおかしくはない程の鋭い一撃だった。
思わず冷や汗が流れる。無論、敵はヌワンギの動揺が収まるのを待つ気などない。
そのまま刃を切り返し、ヌワンギの首を狙い斬り下ろした時と同等の速さで素早く斬り上げる…!
だが、その刃がヌワンギの喉に届くことはない。ガチッ!と音が響き、兵士の手が宙で止まる。
兵士の剣を止めたのは、何とヌワンギの足。ヌワンギは利き足で敵の剣の柄と手首の間をがっちりと受け止め、
敵の剣撃を未然に防いだのだ。
信じられない、兵士はそういった表情で自分の手首に掛かっている足を見る。
これまで幾多の戦場で戦ってきたが、これほど行儀の悪い剣の止め方は、お目にかかった事がない。

「ハッ!」
ヌワンギはそのまま悪者然と不敵に笑い、思い切り足に体重をかける。
ザクッ。剣先が地を向いていた事が災いし、剣が地面に突き刺さる。
それでもヌワンギは体重をかけるのを止めない。…結局そのままズブズブと、刀身の四割ほどが地面に埋まってしまった。
それを確認すると、ヌワンギはゆっくりと足を下ろす。その態度は横柄もいいところで、とても戦闘中のそれではない。
だが、つまりそれは隙だらけ、という事である。今が好機!ヌワンギの奇計に動揺した兵士も即座に冷静さを取り戻し、
剣を抜き斬りかかろうとした。…だが、出来ない。

…剣が、どうやっても地面から抜けない。必死に抜こうと力を込める。兵士は焦る。
(今が、今が好機なんだ!早くこれを抜いて攻撃しないと…)
そこでふと思い当たる。…戦闘の真っ只中で、地面から剣を抜こうとしている自分の姿を、客観的にイメージしてみる。
(…もしかして、今の俺って…隙だらけ?)
それに気が付いた時、漸く唸りを上げて自分の顎を襲ってくる何かを目に捕える。
それは、ヌワンギの武器の柄の部分。気付くのが遅すぎた。兵士にはもう、それを防ぐ手段などない。
パカァァァン!と妙に軽い音が響く。顎をしたたかにカチ上げられ、哀れ兵士は意識を飛ばされてしまった。
「殺さなかっただけ、ありがたいと思っとけよ!」
勝利の笑みを浮かべ、ヌワンギが言う。殺さなかったのは、柳川の発作に気を遣っての事である。
つまり、それだけの余裕がヌワンギにはあったのだ。勝負は戦う前から決していたのである。

「…なかなかやるものじゃないか。」
あまり感情のこもってない賞賛を、相棒から受け取る。
その相棒、柳川は、戦闘が始まった刹那に、瞬間移動の如き速さで敵の後ろに回りこんで、手刀を一発ずつ打ち込む、
ただそれだけで敵を戦闘不能にしてしまっていた。それはまるで大人と子供の喧嘩であった。
…相変わらず化けモンじみてやがる。ヌワンギは勝利の快感も忘れ、思わず嫌な汗をかく。
「…ぜんぜん褒められてる気がしねぇなぁ。」
つい強がって答える。
「それはそうだ、褒めた気などないからな。」
事務的に柳川が返す。

ムカつく。スゲェムカつく。こんな事なら最初から対抗心など起こさず、全部こいつに任せりゃよかった。
だがその後悔はもう遅い。怒りに任せ、反射的にヌワンギは口喧嘩を始めようとした。だが、柳川が先に口を開く。
「そんな事よりも…だ。とりあえずここから離れないか?」
正論である。最初にシケリペチムの大軍を見たときの恐怖を、ヌワンギは不意に思い出す。
「…畜生!覚えてやがれ!」
二人は我先にとそこから離れる。もうやることはやったのだ。ならば、これ以上の厄介事は御免である。
…結果、ヌワンギ達はたった二人で、大国シケリペチムの兵站に深刻なダメージを与える事に成功したのである。
一万五千の出兵規模を維持することが出来なくなったシケリペチム軍は、この計略による新たな被害を防ぐ為に、
街道の警備を強化せざるを得なくなった事も含めて、その半分以下である六千の兵力での侵攻を已む無くされた。
だがそれでも、トゥスクルの三倍以上の兵力ではあったのだが。しかし、最後まで兵糧の不足への不安を消す事は出来ず、
ハクオロの、占領させた陣ごと自分達を焼き払い、輸送部隊を急襲する奇計により、敗退せざるを得なくなるのである。
まあ、それはまた別の話ではあるのだが。

…閑話休題。
シケリペチムにいるヌワンギ達に話を戻す。今二人は、街道を遥か離れた獣道を彷徨っている。
「…なんかよ、俺達ヤケにこういう道に縁があるよなぁ。」
「…あまり有り難くない縁だな。以前の街道の方が遥かに快適だった。」
「ふざけんな!それもこれも皆テメェのせいだからな!」
「…いや、主犯はお前だぞヌワンギ。記憶障害でも起こしたのか?」
そう、彼らは今街道を使い安全に旅をする事が出来ない状態である。
というのも、追っ手を生かしたまま逃げだしてしまった二人は、シケリペチム軍にその顔を知られてしまったのである。
今は、何処の町に行っても二人の人相書きが貼られている。どうやら賞金まで懸かっているらしい。

…日が落ちる。獣道を歩き続け、疲れ果てた二人を今度は夜の寒さが襲う。
「ああ畜生!!布団!あったけぇ布団をよこせぇ!」
「…五月蝿い。吼えてる暇があったら、火を熾すのを手伝え。」
「もう嫌だ!何で俺様がこんな目に遭うんだよぉ、オイ!」
自分で他人を巻き込んでおいて、無責任な言い草である。もう慣れつつあるとはいえ、
ヌワンギのこの性格には、多少の怒りを感じてしまう柳川であった。
…二人は四苦八苦しつつも、一路目的地オンカミヤムカイを目指す。
99名無しさんだよもん:04/12/20 21:10:31 ID:dOBmHn25
GJ!
面白かったよ。
100名無しさんだよもん:04/12/20 21:49:29 ID:en4I/6ma
この10日間、ほぼ毎日、3000〜4000字ぐらいの分量をコンスタントに維持できていたのが何よりすごい。
しかも、一回一回の質を高い水準で維持したまま。
しっかりとした文体が、シリアスなストーリーに合ってて、格好よかった。

何はともあれ、激しくGJ&乙。
雰囲気としては、第一部終了……といったところ?
101名無しさんだよもん:04/12/24 03:23:55 ID:l4ytWKcu
機体整備
102ポストマン ◆mGZfoq5fBY :04/12/24 17:39:48 ID:d6UR3vaT
1000スレ突破記念火気庫ヽ( ´∀`)ノ ボッ
103名無しさんだよもん:04/12/26 18:55:29 ID:aMrZ70ox
保守
104名無しさんだよもん:04/12/30 19:24:15 ID:GRFoxxNj
保守
あけましておめでとうございます。
正月は意外と暇なので、めでたいついでに続きを書いてみたんだけど、
需要はあるのだろうか…

宗教國家オンカミヤムカイ。それはこの世界で暮らす者にとっての、信仰の中心である。
ウィツァルネミテアを大神とし、その名を借りた宗教は、この世界の文化や習慣等に強い影響を持ち、
冠婚葬祭等の儀式も、この宗教の形式にしたがって行われる。
その大宗教の総本山であるのだから、それはさぞ立派な国で、絶えず巡礼者が訪れ、
その宗教様式に則った芸術、美術品や、建築物に溢れているのだろう。ここに来るまでは、柳川はそう考えていた。
だが、いざ来てみると、思った以上に地味で質素。…これなら、まだシケリペチムの方が賑やかだった。
巡礼者にしても、確かにいるにはいるのだが、そう多い数ではない。
これは、戦乱の収まらぬこの世界では、仕方がないことかもしれないが。
それに、このウィツァルネミテアの社は、確かに他のただの住宅等よりは豪華に造られているのかもしれないが、
それでも、自分たちの世界にある幾多の華美で荘厳な教会や寺社に比べれば、質素もいいところである。
…もしかして、貧乏なのだろうか。柳川は要らぬ心配をする。

とにかく、漸く辿り着いた目的地である。旅の途中では、とにかくいろいろあった。
路銀が無くなり、住み込みでの農作業。同行者の浪費による、心と財布の休まらぬ日々。
そして、シケリペチム軍に対して行った、一種のテロ行為。
…よく考えれば、テロリストの片棒を担がされたことになる。
果たしてこれは、ただの旅の思い出で済ませてしまっていいものか…

どうも、ここに来てから随分アウトローになったような気がする。
日本で警官をしていた頃を思い出すが、今とのギャップに多少げんなりしてしまう柳川であった。
そういった相棒の心情にはまるで興味が無いのだろう、
ヌワンギはシケリペチムからの追っ手から解放された喜びを胸に、勇んで浪費に走ろうとする。
「待て。」
「…なんだよ、柳川。折角目的地に着いたってぇのに、景気のわりぃ顔しやがって。」
「…実際景気は悪いんだ。」
「ん?なんでだ?」
「…金が無い。」
二人は共にげんなりとしながら大通りを歩く。
「兵士が襲ってこなくなったと思ったら、今度は貧乏が襲ってくるのかよ…」
「どちらも責任はお前にあるんだ。他人事の様に言うな。」
「うるせぇよ!テメェも止めなかったじゃネェか!」
「…分かった。次からは力ずくで止める事にする。」
ヌワンギにとっては藪蛇である。
「お、大人げネェぞ、柳川…」
「…はぁ。」
呆れてつっこむ気にもなれない。それよりも…だ。まず最初に何をするべきか。いきなり皇に会いに行く、
というのも無理があるような気がする。まず、今の自分たちの格好は、不本意ながらかなり薄汚く、はっきり言えばみずぼらしい。
シケリペチムでの逃亡生活が終わったばかりである。流石に紳士然としている筈はないのだが、それにしても酷い。
こんな怪しい旅人が会いたいと言ったからといって、皇というのはすぐ会える人物ではないだろう。
それに、柳川も言葉には出さないが、ヌワンギに負けず劣らず疲れきっていた。
まずは宿をとって、少し休まなければならない。…だが、肝心要の金が無い。
…どうしたものか。どこかに住み込みで働ける宿屋などないものだろうか。
「…やはりそう都合良くはないものだ。」
ヌワンギと二人、木陰で休んでいた柳川が呟く。
今日一日歩き回って仕事を探してみたが、そんなものは見つからなかった。
…いや、それ以前の問題だった。薄汚い男二人が仕事を求め町を彷徨っても、
手に入るのは職ではなく、冷ややかな視線のみ。…まあ確かに他所の國では賞金首でもあったわけだから、
身の潔白を証明できるわけもなく、その視線を受けるに任せていた。

「…は、腹が減って、死ぬ…」
ヌワンギは弱音を吐く。いや、お前のしぶとさなら、この程度じゃ絶対死ねないから。そうつっこもうと思った柳川だが、
ここで無駄に口論して、お互いの気力を磨耗させることもない。
「ここが森の中なら、お前にとってはまだ良かったんだろうがな。」
そう、ヌワンギなら森の中で果物だけを食べ続けても、十年は生きていけるだろう。何故か確信を持って言える。
「…いや、もう腹が果物をうけつけねぇ…」
意外に軟弱である。

しかし…本当にどうしたものか。正に万策尽きた状態である。
苦難の果てに辿り着いた町の中で、頼れる者もなく、今日寝る場所もない。
「困った時は…神頼みか。」
日本人らしく、そういう時だけ神に縋ろうと思う柳川だが、生憎この世界の神には面識がなく、頼んでも助けてくれるとは思えない。
「…それだ!神頼み!それでいこうぜ!」
ヌワンギが急に元気になる。…どうやら、この男は神と面識があるようだ。…いや、それはないだろう、おい。
柳川は心の中で自分にツッコミを入れていた。…どうやら柳川もかなり疲れていたようである。
「しかし…トゥスクルからの旅路となると、それはさぞかし大変なものだったでしょうな。」
「ああもう、大変も大変!特にこの男…柳川っていうんだけどよ。こいつが方々で問題を起こすもんだからよ…」
「…すいません。恥ずかしながら私の友人は、恥知らずの恩知らずの大法螺吹き男でして…」
「ハッハッハッ…なかなか面白い御仁ですな。御二人とも。」
質素ながらも美味しい食卓を囲み、男三人が旅の土産話で盛り上がる。

…ここはオンカミヤムカイにある、幾多の社の一つである。
ヌワンギ達は、トゥスクルから来た敬虔な巡礼者を装って、ここに泊めてもらったのである。
幸いここの社の僧正は気さくないい人だったので、トゥスクルから来た巡礼者だ、
と言っただけで、疑うこともなく寝床を提供してくれた。
いやそれどころか、こうやって夕食までご馳走してくれたのである。
柳川は心の中で、この國に来た当初に貧乏宗教じゃないか、と思った自分の非礼さを詫びた。
僧正は、とりわけトゥスクルから来た、という所に興味を持ったようで、トゥスクルの様子などをよく聞いてくる。
そうなると柳川に話せる事はない。ヌワンギにしても、話したくない事ばかりだったようで、言葉を濁してばかりいる。
「ただよ…いい国になってきてるんじゃネェかな。以前が酷すぎただけによぉ…」
「そうですか…そう仰るからには、以前の皇はさぞ酷い人物だったのでしょうな…」
「あ、ああ…」
流石のヌワンギも、その酷い人物が俺の叔父貴です、とは言えない様で、何とも複雑な顔をしている。

柳川も、ヌワンギが実際何をしてきたのかよくは知らない。ヌワンギもそればかりは聞いても答えなかった。
言いたくない程酷い事をしてきたのかもしれないし、人に話すほど大した事をしてこなかっただけ、という事も有り得る。
出来れば後者であって欲しいとは思っているが、ヌワンギが話さない以上は、確認のしようがない。

そうしてその日は暖かい布団で眠ることが出来た二人だった。
「皇はお忙しい御方ですからな…なかなか御会いする事は難しいと思いますぞ。」
僧正がそう教えてくれる。…まあそうだろうな。返ってきた返事は大体予想通りだったので、
柳川は落ち込むはしないが、多少失望はしていた。
今ヌワンギ達は、新しい問題に直面していた。皇に会う方法がない。
なにしろ、オンカミヤムカイに行く事だけを決めて始まった旅である。
着いたはいいが、肝心の皇に会う方法など、今の今まで碌に考えていなかったのだ。

「いや、トゥスクルからわざわざここまでいらしたのだ。その相談事が、とても大切な物だ、というのは拙僧も分かりますぞ。」
「ただ皇は、それこそこの大陸のあらゆる国から、相談事を毎日の様に受けておられる。それ故、なかなか旅人一人一人に時間を割けぬのだ。」
…どうやら、宗教国家の皇というのも大変のようである。…どうしたものか、柳川が悩んでいると、
それを察して、僧正が妥協案を提示してくれた。
「…オホン。もしよろしければ、拙僧に話してみてはいかがかな?」
「…はぁ。」
柳川はいまいちその提案に乗りきれない。この僧正がいい人だという事は分かるのだが、
いきなり異世界から来ました、と言って信用してくれるとも思えない。
「もしそれで私がお答え出来なかった場合は、折を見て私の方から皇に話してみてもよろしいぞ。」
…どうやら、この僧正は底抜けにいい人のようである。こうなったら、この人に賭けるしかない。
「分かりました。実は…」
柳川は語り始める、自身の不可解たる状況を。
「ハァ…」
珍しく柳川が落ち込んでいる。
「…ま、まあそれほど気にするなよ、柳川。」
ヌワンギも柄にもなく気遣う。
「いや、そうは言うが…まさか聖職者にあそこまで疑惑の目を向けられるとは思わなかった。」
その僧正がいい人であっただけに、あの疑惑の目は柳川にはかなり堪えたようだ。
折角こちらが向こうを信用して話したにも拘らず、向こうはこちらを全く信用してくれなかったのである。
そして、いたたまれなくなった二人はそのまま社を飛び出し、また町の中を徘徊する羽目になった。

こんな調子だと、もし皇に会えたとしても、同じような反応しかされないような気がする。
いや、ほぼ間違いなくそうだろう。そうなると…俺はどうやって元の世界に帰るんだ?
柳川の思考はどんどんネガティブに、表情はどんどん暗くなっていく。
ヌワンギとしては何とかしてやりたいと思ってはいるのだが、生憎いい考えなど浮かぶ筈もない。
そうして、いつの間にか柳川の暗い雰囲気が伝染してしまったようで、ヌワンギの思考もネガティブになっていく。
(俺がこんなことやってる間にも…エルルゥはあのハクオロって野郎と仲良くやってるんだろうな…)
(もしかしたら…あんな事やこんな事をやってるって可能性も…)
「ハァ…」
二人同時にため息を出す。ヌワンギに至っては、涙ぐんでさえいた。

「そ、そこの御二方ぁー!」
その時、後ろから誰かの声が聞こえた。あの社の僧正である。
…今更何の用なのか、柳川とヌワンギは怒気を含んだ視線を僧正に向ける。…ヌワンギのは完全に八つ当たりである。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
よほど急いで走ってきたのだろう。ヌワンギ達に追いついた後も、息が切れた僧正は、なかなか用事を言わない。
「…どうしたんですか。」
柳川が、精一杯礼儀正しく聞いてみる。
「ハァ、ハァ…ハァァァ…」
やっと落ち着いたようだ。僧正が二人の顔を見ながら、すわ一大事、といった感じで話を切り出す。
「皇が…お、御二方の話を詳しく聞きたいと…」
111名無しさんだよもん:05/01/01 21:44:14 ID:/CYtnr32
>>105-110
新年早々GJ!!
楽しみに待っててよかった…
新年も早々から長文すいません。
とはいえ、書き始めてしまった以上は、マイペースに続けさせてもらいます。
お付き合い頂ければ嬉しいです。

本を読むのは嫌いではない。むしろ好きな方である。
新しい知識を得るプロセスとしては、読書は最も効率のいい物の一つなので、
警察機関に関わる者の一人として、世間の流れを把握しておきたかった柳川は、
新聞や週刊誌のみならず、流行の小説や犯罪学の論文にまで目を通していた。
結果、雑学だけが増えたような気もするが、読書自体を楽しめていた柳川には些細な問題だった。
その柳川にとって、この本や巻物で埋め尽くされた部屋は宝物庫も同然と言えた。

オンカミヤムカイ皇居の側に存在する巨大な資料室。ここにはオンカミヤムカイ誕生以降の、
この世界の全ての情報が保存されているといわれている。今、柳川とヌワンギはここの資料整理を任されているのだ。
資料整理といっても、そう簡単な仕事ではない。なにしろ、ここ百年以上もきちんと整理されず、
皆が騙し騙し使っていたものである。その間に蓄積された混沌は、とても一日や二日でどうにかなるものではない。
それに、その蔵書にしても、歴史や風俗のみならず、神話、地理、各種学問、軍事、果ては音楽や詩集に至るまで、
ありとあらゆるカテゴリーに属する物が揃っているのだ。それらをきちんと分別して管理するとなると、
その作業量は想像出来ぬほどに膨大である。
…そもそも何故百年以上も整理されずにいたのか。柳川はこの仕事を引き受ける前に聞いてみたが、
返ってきた返事は実に凡庸であった。
「…この資料室は、ただ情報を保存する、という目的で存在してきた側面が強くてだな、整理する必要性が薄かったのだ。」
今はこの國に居ないが、オンカミヤムカイ皇女などはこの資料室の管理の必要性を父親に強く説いていたそうである。
賢明な判断ではなかっただろうか、柳川は資料室の惨状を見てそう思うのだった。
皇への謁見が許されたヌワンギ達は、その謁見の間のあまりの質素さに閉口せざるを得なかった。
それは洞窟を改造してつくられた特に大きくもない部屋だった。
…やっぱり貧乏なのではないのか?一度は否定した事なのだが、こうも状況証拠が揃うと、やはり正しかったような気がしてならない。
ただ、数人の僧正を引き連れて現れたこの國の皇、ワーベは、宗教國家の皇に相応しい威厳の持ち主であった為、
とりあえずこの疑問は頭の隅に引っ込んだ。

ワーベが聞こうとしていた事、それは、柳川が居たという世界の詳細であった。
聞かれるままに答える柳川の話は、今まで側にいたヌワンギですら知らぬ事ばかりで、驚いたり疑ったり忙しかった。
ただ、柳川は嘘をつかない。その事だけはよく知っていたヌワンギだったから、疑いながらも信じざるを得ない柳川の話を、
聞き流さない程度には真剣に聞いていた。
一方のワーベは、柳川の話をヌワンギよりも遥かに真剣に聞いているようだった。
特に科学技術の話などは、何度も何度も詳細を聞き返してきて、柳川がよく知らない事まで答えさせようとするので、
話をしていただけの柳川も、かなり神経をすり減らしてしまった。

(…一通り話し終えたかな。)
ワーベからの質問が止んだので、柳川はやっと一息つくことが出来た。
ワーベの様子を見るに、頭ごなしに疑ってはいない様である。
いや、むしろ、柳川の話をほぼ全て事実だと信じているようで、ここが謁見の間であり、柳川たちが今目の前に居ることも忘れて、
一人深く考え込んでいるようだった。
…もしかして、心当たりがあるのではないだろうか?柳川が思う。
わざわざただの旅人の話を聞きたがったり、その話を疑うことなく信じてしまったりするあたり、
その可能性は高いように思われた。…とすると、日本に帰る方法にも、何かしら思い当たる所があるのではないだろうか?
「…とても興味深い話だった。が…結論から言えば、その世界に帰る方法など、私には心当たりがない。」
ワーベの第一声は、柳川の淡い期待を見事に裏切ってくれた。
「私の知る限りでは、そのような異世界から来たという者はいないし、勿論帰る術もまた分からぬ。」
「…そうですか。」
これでふりだしに戻ってしまった。いや、ふりだしに戻っただけならまだいい。
今は、次に進むべき道すら分からないのだ。これではふりだしで立ち往生するしかない。
柳川が悲嘆にくれているのが見て取れたのか、ワーベは少し考えた後、とある提案をする。
「…だが、もしかしたら私の知らぬ所で同じような事が起こり、元の世界に帰った者がいるかもしれない。…ついて来なさい。」

そして二人が案内された場所こそが、オンカミヤムカイに集められた全ての情報が保存されている資料室であった。
その膨大な巻物や書物の量に圧倒される二人に、ワーベは言った。
「私もここの全ての蔵書に目を通したわけではない。だから、もしかしたらこの中に、何かしら手掛かりがあるかもしれない。」
「しかし…私達のような者がここに入っていいのでしょうか?」
柳川が聞く。
「なあに…構わんよ。僧正以上の位の者は入室を許可されておるし、それほど厳重に管理されている訳ではない。」
「ですが…」
ここに来てから社の一件といい、世話になりっぱなしである。これでは流石に心苦しい。
その柳川の心境を察したのか、
「それならば…一つ頼まれてはくれまいか?」
ワーベは、そう言ってから二人の肩を叩いたのである。
そして二人はここの資料の整理を任されてしまった。
少しでも役に立てればと思い、二つ返事で了解してしまったが、ここまで混沌としてるとは思っていなかった。
それでも、柳川は自分の運命がかかっている事もあり、その混沌の中の書物の一つ一つに目を通し、
自分の世界と、それに帰る方法の手掛かりがないか確認し、もしそれがなかった場合は、
それぞれがあるべき場所に配置し直す、という作業を黙々と続けている。
だが、ヌワンギの方はそのあまりの作業量に音を上げてしまい、今は資料室の奥で昼寝中である。
「…まあ邪魔しないだけマシか。」
柳川はもう既に諦めている。いや、人は誰しも得手不得手、というものがある。
ヌワンギには、こういった作業は向かないだけなのだ。
一応心の中でフォローしてみる。…だが、そうするとヌワンギの得意なもの、というのは何があるのだ…?
…思いつかない。どうやら、無駄なフォローだったようだ。
自分の旅に付き合ってくれたヌワンギには感謝はしているのだが、はっきり言ってあまり役に立たなかったような気がする。
…なぜこんなどうしようもない男と一緒に居る事を不愉快に感じないのだろう?
いや、それどころか今までヌワンギの手助けを何度もしてきたが、いつもそれを面倒だとは感じなかった。

「もしかしたら、俺は俺であいつに助けられているのかもしれないな。」
可笑しいな、そう思った。他人を必要だと感じた経験が殆どない柳川である。
自分に課せられた義務は、誰の助けを借りずとも難なくこなせてきたし、他人に何かを求めようとも思った事は無い。
その自分が、こんな欠点だらけの男に友情を感じているのだ。傑作である。
柳川は一人、声を出さずに笑っていた。
116名無しさんだよもん:05/01/02 22:34:12 ID:3845SdUQ
GJ!!
いいコンビだねぇ〜
117名無しさんだよもん:05/01/03 02:25:13 ID:FZ1i713P
GJ&激しく乙です。
118名無しさんだよもん:05/01/03 02:39:36 ID:OVEbtFGc
GJ!
引き続きマターリよろしく。
119名無しさんだよもん:05/01/03 02:49:37 ID:JmGez+PC
地の文の書き方や、二人の間の空気の描写などの面で、参考になるところが多いです。
頑張って。でも、あまり気負わずに。
レスありがとうございます。
まだ暫くはあまり用事もないみたいなので、
今のペースで続けていけると思います。

柳川にとって、ヌワンギの第一印象は野蛮で粗野、だった。
それは明らかに自分にとって相性の良くないタイプの男である。柳川はそう思っていた。
しかし、長い旅を共にするにつれ、ヌワンギの印象は段々と良くなっていった。
野蛮で粗野は変わらないが、その後に純朴で優しいという言葉が続くようになったのだ。
そのヌワンギの調子が最近良くない。これは柳川にとっても問題であった。

元々資料の整理には無関心だったヌワンギだが、やる事がなくどうしても暇だった時に限り、
柳川が分類した資料を、各々のあるべき所に運ぶ力仕事を手伝う事があった。
だが、今のヌワンギはそれすらもしない。ただ、空を見つめてはため息をつく、等というまるで似合わない仕草を頻繁にするようになった。
気持ちが悪いから止めて欲しい。柳川はそう思うも、原因が分からぬ以上は手の出しようがない。
それに、時折話をすることはあっても、殆ど上の空で、こちらの話を聞いているとも思えなかった。
聞き出せない以上は推測するしかないが…悩みやストレスとは無縁といっていいヌワンギの変調の原因など、分かる筈もない。
そうやって暫く悩んでいた柳川だが、そこでふと、昼間街を散策していた時に会ったトゥスクルからの旅人の事を思い出す。
「…そういえば、今日トゥスクルから来たという旅人に会ったんだが…」
ヌワンギが聞いているとは思えないが、なんとなく世間話の枕詞としてこう切り出してみた。
「な、ななななんて言っていたんだ!?」
途端に反応が変わる。予期していなかった反応が返ってきて、少し面食らう。
(…ああ、そうか。ホームシックに罹っていたのか。)
推測しえなかった原因だが、分かってみると、何というか拍子抜けである。
こんな男でもホームシックになるものなのか。柳川は一つ学習した。
「なんというか…まるで似合ってないな。」
一足先に着替えていた柳川は、つい正直な感想を口にしてしまう。
「う、うるせぇ!服が悪いんだよ、服がっ!」
無駄な抵抗である。似合わないのは服のせいではなく、ヌワンギ自身のせいである。
それに、わざわざ仕立ててくれたオンカミヤリューの正装に、文句を言う事自体無礼である。
「もしよろしければ、お客様の要望に合わせて仕立て直してみますが…」
「いや、結構です。」
柳川はその申し出を即座に断った。ヌワンギの要望通りに仕立てられた服など着ていけば、
到底オンカミヤムカイの使者だとは思ってもらえまい。

二人は今、オンカミヤムカイの使者としてトゥスクルに向かう為の準備中である。
というのも、柳川がたまたま資料室に来たワーベに、ヌワンギの事を相談したところ、
「うむ、ちょうど今、トゥスクルに向かう使者の人選で悩んでいてな。」
と、二人をその使者に推薦してくれたのだ。
難色を示した他の僧正も、ワーベの鶴の一声に逆らえる訳も無く、
そのまま得体の知れない二人が、すんなり責任ある國家間の使者に決まってしまった。
…とはいえ、今回の使者としての仕事は、どちらかというとそう重要なものではなく、
ただ単に、親元から遠く離れた二人の娘を心配していたワーベが、娘達の様子を知りたいが為に送るようなものである。
…という事で、持って行く荷物も、トゥスクル皇への書状などはまだいいが、
他には娘達へ宛てた手紙に、服や装飾品等…公私混同もいいところである。
後、ちゃんと返信を受け取ってくるようにと、何度も念を押された。
(親心というのは、どの世界でも変わらない物なんだな。)
柳川は少し呆れながらも、なんとなく暖かい気持ちになれた。
「いやぁ、今回の旅は快適だな、オイ!」
なにやら饅頭のような物を食べながらヌワンギが嬉しそうにそう言った。恐らくあの饅頭は、ついさっき通り過ぎた町で買ったのだろう。
「馬に乗っている時に何か食べるというのは…危なくないか?」
「俺はテメェと違ってな、馬に乗るのは得意なんだよ!」
実際、この馬…というか大きなトカゲというか、この生き物をヌワンギはそれなりに上手く乗りこなしている。
それとはやや対照的に、車はともかく、馬になど乗った事がない柳川は、少し緊張しつつ手綱を握っている。
ヌワンギは、漸く柳川に勝てる何かが見つかった事が嬉しいらしく、自分の手綱捌きを自慢ばかりしている。
ややムカつきながらも、ヌワンギに一日の長がある事を認めざるを得ない柳川は、聞き流すことでそれに対応していた。

そこでふとヌワンギの馬が止まる。
「ン…?どうしたんだよ。」
馬はヌワンギの方を振り返り、ヌワンギの持っているそれを物欲しそうに見つめる。
「な、何だよ…やらねぇぞ。」
馬の耳に何とやら、である。そんなヌワンギの言葉を全く聞いてない馬は、ヌワンギの手ごとそれに齧り付く。
「が、あがああぁ!」
奇声を上げて痛さを表現したヌワンギは、思わず手綱を放してしまい、後頭部から地面に落ちた。
ガスッ、と鈍い音が鳴り、そのままヌワンギは白目を剥いて倒れてしまった。
「…危ないと言ったんだがな。」
もはやこの程度の事で動じなくなった柳川は、ただ一言そう呟いた。
…ヌワンギの言う通り、今回の旅は、路銀を現地調達したり、
逃亡生活じみたものになってしまったりした前回のそれとは段違いに快適である。
國家間の使者として、最高級の宿に何泊も出来るだけの路銀と、
人間の足とは比較にならぬほどの距離を稼げる馬を支給されており、
一ヶ月以上は掛かったと思われる前回の旅路とほぼ同じ距離なら、一週間程度で踏破出来そうである。
しかもその間に路銀の心配をする必要が無いので、精神的負担も、肉体的負担同様かなり軽減されている。
ただ、トゥスクルへ向かう為の最短ルート上にあるシケリペチムを迂回しなければいけないので、
少し余計に時間が掛かりそうであるが、そんな事はこの二人には些細な問題である。
行く先々で羽目を外して飲み食いしようとするヌワンギと、
オンカミヤムカイの使者として節度ある行動を心がけている柳川の二人は、
それぞれ違うやり方で旅を楽しみつつトゥスクルに向かっていた。
月を見ると心が落ち着く。特に、このような美しい満月は。
その満月に魅せられるがままに、柳川は窓から外に出て、屋根の上で月光浴を楽しんでいた。

ヌワンギ達は今、トゥスクルのすぐ近くの小國にある小さな宿に泊まっていた。
ヌワンギはもっと高級な宿に泊まりたいと文句を言っていたが、この小高い丘の上にある宿を一目見て気に入った柳川は、
ヌワンギの反論を封殺し、この宿で一晩泊まることにした。
宿の主人は、オンカミヤムカイの御使者様が泊まりに来られたと慌てふためきつつも、
その宿で出来る限りの持て成しをしてくれた。その結果、思わぬ豪勢な食事に舌鼓を打ったヌワンギは、
文句を言っていた事も忘れ、今は柳川以上に上機嫌だった。

「…明日にはトゥスクルに入れるな。」
月を見上げながら柳川が呟く。この長いようで短かった旅も、これでひとまずの終わりである。
(元々ヌワンギのホームシックを癒す為の旅だったんだが、俺にとっても良いものだったな。)
オンカミヤムカイにいた時は、町に散策に行く時などはあっても、基本的には資料室で本を読んだり整理したりの繰り返しだった。
それでも、資料室に住む混沌はそう簡単に駆逐できる物ではなかったし、
自分の世界に帰る手掛かりがまるで見つからなかった事による焦りもあった。
それで、気付かない内に柳川にもかなりストレスが溜まっていた様である。
だがこの旅の中で、柳川は随分と自分の心が軽くなったような気がしていた。

そんな事を思っていた時、ふと足元から声が聞こえた。
「よぉ…こんな所に居たのかよ。」
ヌワンギが窓からこちらを見ていた。
「…何の用だ?」
柳川が聞く。人が聞けば、多少冷たい物言いではないか、と思われかねない台詞だが、
ヌワンギは、その言葉の中にある静かな優しさを知っている。
「まあ見ろよ。こんな物が売ってたんだ。」
そういって懐から大きな水筒のような物を取り出す。もう片方の手には、盃が二つ。
「…酒か?」
「見りゃ分かんだろうが。…オイ、これ持ってくれよ。俺が登れネェじゃねぇか。」
柳川がその水筒と盃を受け取ると、ヌワンギはヒョイ、と窓から飛び出し、柳川の近くにまで登ってくる。
「そうだな、月見酒…というもの悪くないか。」
「悪くないどころか、最高じゃねぇか。…ほら、とっとと注いでくれよ。」
急かされるままにヌワンギの盃に酒を注いだ後、自分の盃にもゆっくりと酒を注ぐ。
盃の中の月が、静かに揺れている。空の上のそれとはまた違った美しさである。
その月ごと飲み干すかのように、一気に盃をあおる。
「…旨い。」
「いい飲みっぷりじゃねぇか、柳川。」
ヌワンギはニタニタ笑いつつ、自分も一気に盃を空ける。

そうして二人はかなりの間談笑していた。
酒は途中で尽きてしまったが、いい具合に酔いが回った二人は、そんな事を気にせず思いのままに旅の思い出などを語り合う。
月明かりが照らす中、屋根の上でいつ終わるとも知れぬ騒々しくも暖かい会話。
それは恐らくこの旅の中でも、いや、柳川がこの世界に来てからの、最良の夜であった。
トゥスクルに入る少し前に、ヌワンギがある頼み事をしてきた。
「皇都に行く前に、寄って行って欲しい所があるんだけどよ…」
寄り道、と呼ぶには少し遠い所にあるその辺境の村は、ヌワンギの生まれ育った場所であるらしい。
そういう事なら別に構わない。柳川がそう答える。旅の目的を考えれば、これは当然の選択である。
だが、その後ヌワンギは少し奇妙な事を言い出した。
「ただ…早朝にほんのちょっとだけ寄って行ければいいんだ。本当にそんだけでいいよ。」
久々に戻る故郷だというのに、そうまであっさりした帰郷でいいのだろうか?
それとも…
(…会いたくない者でも居るのだろうか?)
まあ、今こんな邪推をしても仕方が無い。ヌワンギがそれでいいと言うのだから、それでいいのだろう。
柳川はそう納得する事にした。

その辺境の村が近づくにつれ、ヌワンギは落ち着かなくなっていく。
緊張しているようにも、動揺しているようにも見える。…恐らくその両方なのだろうが。
辺りをキョロキョロと見回したり、小さいため息をついたり、何か話そうとして、やっぱいいや、と切り上げたり…
何度か落ち着いたらどうだ、と声をかけたのだが、まるで効果が無い。
どうも普通の帰郷ではないというのは分かるが、それにしても挙動不審すぎる。
柳川は少し心配になった。
(…もしかしたら、その村には寄らない方が、ヌワンギにとっていいのかもしれないが…)
流石に今から引き返そうとは言えない。柳川は、この不安がただの杞憂である事を祈るばかりだった。
「大勢の人の気配と、充満する殺気…」
ここからは見える筈の無い、命が燃え尽きる間際の淡くも美しい光が、幾重も、幾重も柳川の目蓋に映る。
だが、柳川はそれを見て感動など出来ない。その心は今、深い悲しみに支配されている。
自分の肩を掴む両腕にさらに力を入れる、自らの体を押さえつけるかのように。

異常に気付いたのは少し前のことだった。
厚い布と太い木の枝で作った簡易式テントを仕舞い、いざ出かけようとした時に、
そのただならぬ気配を感知したのだった。
まだ夜が明けたばかりで、辺りは薄暗く、薄いながらも霧が立ちこめていた。
ヌワンギは起きたばかりでまだ頭がはっきりしていないようで、柳川が何を言っているのか良く理解していなかった。
「えっと…も、もう一回言ってくれよ。」
「…この近くで…戦闘が…」
ただそれだけを伝えた。
「…この近くって…いうと…」
ヌワンギは漸く現状を理解し始めていた。だが、その理解を阻むもの心の中にがあった。
(…そんな事は有り得ねぇ、有っちゃいけねぇ。…だってよぉ、ここには小さな村とその住人しかいないんだから…)
「…お前には、悪いが…」
「…マジかよ…」
起きてはならない事が起こっている。それを理解するに至った時、体中から熱が奪われていくような、
血の気が引いていく感覚が体を走り抜けた。
ヌワンギは慌てて走り出す。自分の生まれ育った村へ、恐らくは一方的な殺戮が行われているであろう戦場へ。
柳川も追いかけようとした。…だが、出来なかった。
ヌワンギは気付かなかったようだが、柳川が戦闘の気配を感知した時既に、その顔は完全に色を失っており、
その体は震えを止める事で精一杯だった。…すぐ近くで行われているであろう殺戮に、狩猟者が再び目覚めようとしていたのだ。
「…い、行くな…」
やっとその言葉を口に出来た時には、もうヌワンギはそこにいなかった。
「どけぇぇぇぇぇ!」
そう叫び蛮刀を振るう。その剣撃は誰にも当たる事は無かったが、ヌワンギの前に立ちはだかった三人の兵士を
一時的に退ける事には成功した。その隙に兵士達の間を駆け抜ける。息が上がろうが減速など出来ない。
遅れればその分死者が増えるかもしれないのだ。もう既に体力の限界を超えていることも忘れ、必死に走り抜ける。
(早く、早く行かねぇとぉ!)
脳裏に村人達の顔が映る。村を離れてからはすれ違ってばかりだったが、それでも、いや、だからこそ、
今のヌワンギには大切な人々だった。
(間に合え、間に合ってくれぇ!)

「お、俺は、こういう運命なのかよぉ…!!」
村は既に炎に包まれていた。自分の知っていたもの、自分を知っていたものの全てが完全に破壊されていく様を、呆然と見つめるしかなかった。
辺りには骸が並ぶばかりで、生きている者などいないように思われた。
…その骸の幾つかが自分の知己である事を悟った時、ヌワンギの中から憤怒の念が湧き上がる。
ヌワンギは村の中を走る。走りっぱなしでもう力など残ってない筈の体は、憤怒を燃料にまだ動く事を強いられる。
そうしてヌワンギは見つけた。四、五人の兵士が、今将に生存者の女に止めを刺そうとしている様を。

兵士達がヌワンギを認識するよりも早く、その一人が首を飛ばされていた。
血飛沫が辺りに舞い上がる。兵士たちは何が起きたのかも分からぬ内に、その視界を血で染められてしまう。
視界が不明瞭のまま、獣の様に、いや、獣同然の態で襲ってくる男に抵抗など出来なかった。
…いや正確には、彼らが何回か振り回した剣は、ヌワンギの腕や体に幾つかの傷を負わせる事は出来た。
だが、多少の傷では今のヌワンギは止まらなかった。むしろ、手負いになればなるほど、その動きは早くなっていったのだ。
…ヌワンギが兵士達を殺し尽すのに、恐らく一分たりとて掛かっていなかっただろう。
「大丈夫かよ、し、しっかりしてくれよ!」
返り血と涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、倒れている女に話しかける。
女は胸を腹を数ヶ所刺されており、もはや意識など無いように思えた。
…だが、ヌワンギの必死の呼びかけが、女の瞳に僅かの生気を取り戻させた。
「…ヌワンギ…なのかい?」
「…ソ、ソポクねぇさんか?」
ヌワンギはその声を聞くまで、その女が自分の知人である事に気付く事すら出来ていなかった。
「…アンタ…今まで何処に…」
「…お、俺の事はどうでもいいじゃネェか。ねぇさん、大丈夫かよ!?」
ソポクは体の傷を確認するため頭を上げようとした。…が、もうそんな力すら残っていない事に気付いただけだった。
「…どう…だろうねぇ…これじゃ…もう、だ、駄目かもしれないね…」
ヌワンギにも本当は分かっている。ソポクの傷は完全に致命傷である。

「…すまん、すまねぇ、ねぇさん…」
思わず謝罪の言葉が出てくる。
「許してもらえるなんて、思っちゃいねぇ…だ、だけど、だけどよ…俺のせいであんな事になっちまったから…
 だから、こんな時こそ俺が皆を守らなきゃいけなかったのに…」
そう、今血を流すべきは俺の筈だ。それなのに…
「また…また俺は遅すぎだよ、ち、畜生…う、うぅ…本当に…ゴメン、ゴメンよ…」
ソポクの顔に、何滴も、何滴も涙の雫が零れ落ちる。
ソポクは、今目の前にいるヌワンギが、今までの彼とは少し違う事に気が付いた。
…ヌワンギがソポク達にしてきた事は、とても許せるものじゃないのは今も変わらない。
それでも、ずっと昔のヌワンギは、ソポクにとっても可愛い弟分だったのだ。
そのことをふと思い出した。…そして、ソポクは、その涙に応える為にぎこちない笑顔を作ってみせた。
「…いい顔に…なったじゃないか…」
それが最後の力だったのだろう。そう言った後、ソポクの目から生気が消えた。
それはもう辺り中に転がっている骸の一つになってしまったのだ。
その事実を認める事が出来ず、何度も、何度も呼びかける。だが、返ってくる返事など、ある筈がない。
…そうして、ヌワンギは気付く。ソポクに残された僅かな時間を、自分の懺悔の為なんかに使わせてしまった事を。
…そう、またしてもヌワンギは、取り返しがつかなくなってから自分の過ちに気付いてしまったのだ。
「あああああぁぁぁぁ!!」
ヌワンギは哭く。だが、その嘆きは誰にも届かない…

やがてその声を聞きつけたのか、この村に残っていた少数の兵士達が集まってきた。
その数は十に近い。彼らはヌワンギの近くに横たわる自分達の仲間の死体を見て、
今女の屍を抱え嘆いている男が最後の抵抗者である事を知った。
仲間が殺された事に激昂したのか、兵士の一人が周りとの連携も考えずにヌワンギに斬りかかっていった。
…一見隙だらけのヌワンギは、その兵士には楽に命を奪える相手に映ったのだろう。
それが間違いである事に、彼が生きている間に気付く事は無かったが…

目の前で仲間が斬り殺されたにもかかわらず、他の兵士達の誰もが、
ヌワンギがどのように反撃したのか分からなかった。
…何かがおかしい。その事に漸く気付き、心中の油断を捨て去ってヌワンギに対処しようとするも、
「があああああぁぁぁっ!!」
吼えながら鬼の如き形相で襲い掛かってくるヌワンギを相手に、恐怖に駆られ冷静に反撃できなかった。
…かくして殺戮劇は続く事になる。今度は兵士達が殺される側に回って。
131名無しさんだよもん:05/01/04 22:40:54 ID:U/iByrdz
つД`)
前回はレスする前に加筆しすぎたせいか、修正し忘れた箇所が結構ありました。
どうもすいません。これからは気をつけます…

檻をイメージする。ありったけの精神力を動員して、何者にも破壊されないだけの強靭さを持つ鋼の檻を心の奥底に作り出す。
そうして、なんとか柳川が理性を保つ事が出来るようになった時にはもう、戦闘など終わってしまっていた。
「…ヌワンギは…何処だ?」
必死に気配を探る。もはや付近には生きている人間など殆ど残ってはいない。
…戦場に一人飛び込んで行ったヌワンギの安否など、もう絶望的である。
だが、柳川は一つの自分のよく知る気配を感知することが出来た。
(…ヌワンギ!)
爆ぜるように走り出す。途中、何体もの屍を目にする。恐らくそのどれもが、ヌワンギの知人であり、大切な人達だったのだろう。
今ヌワンギは、どれほどの悲しみに打ちのめされているのか。それを思うと、柳川の心すらキリキリと痛み出した。
(…大丈夫か、ヌワンギ…)

大量の屍の中に、その男はポツンと立っていた。
辺り一面がペンキをぶちまけたかの様に赤に染まっており、その男も、返り血故か、それとも自らの出血故か、背中を朱に染めていた。
「ヌワンギ…」
思わず確認しようとしてしまう。…本当に、この男はヌワンギなのか。
男はこちらを振り向かずに、ただ静かに一言呟いた。
「また…間に合わなかったよ…」
その言葉に、以前の情景を思い出す。落とされた皇都に、震える背中。
あの時と同様に、男の背中は静かに震えていた。
「…お前のせいじゃないだろう。」
今のヌワンギにはどのような慰めも効果は無いだろう。そうと分かっていても、言っておかなければいけない事があった。
「これは…お前のせいじゃない。だから…自分を責める必要は無い。」
その言葉はヌワンギにはどう聞こえたのだろう?柳川にそれを知る術は無い。だが、これ以上何かを言う事もまた、出来なかった。

…やがてその場には、ヌワンギの嗚咽以外の一切の音が無くなっていった。
最初は傷の手当てを拒んでいたヌワンギだが、時間が経つにつれ痛みが増していくそれに我慢が出来なくなったようで、
今は大人しく手当てを受けている。普段から、何の理由も無しによく怪我をする男で、
柳川はもう何度ヌワンギの治療をしたのか覚えていない。
だが、最初の一回を除いては、手当てをしている最中、ヌワンギはいつも五月蝿かった。
やれ優しくないだの、包帯がきつ過ぎだの、文句ばかり言ってくるのだが…今のヌワンギにはその力すら残っていない様だった。
改めて見ると、どれも深くは無いものの、ヌワンギの体は刺し傷や切り傷ばかりである。
こんなになるまで必死に戦っていたヌワンギを思うと、その場に居てやれなかった自分が腹立たしい…
柳川はまたしても、自分の中の狩猟者を抑える為とはいえ、肝心な時にヌワンギのお荷物にしかならなかった自分を不甲斐なく思う。

「皆を…弔ってやろう。」
そう提案する。今のヌワンギ達に出来ることは、それ位しかないのもまた確かだった。
「………」
ヌワンギは答えない。今までと同じように、ただうつむいてジッとしている。
だが、元々柳川も返事を期待してはいなかった。ヌワンギの返事など、聞く前から既に分かっている。
柳川はヌワンギの手当ての手を少し休め、辺りを見回す。
地獄絵図、と言っていい、悲惨な状態である。
兵士が放ったであろう火はもう消えてはいるが、それはもう燃やせる物を全て燃やし尽くしてしまったからであり、
辺りには何の生活臭を感じさせる物も無い。昨日までは村人達が普通に生活をしていたなどと、誰が信じれるだろう。
目に付くものは灰と骸のみであり、血の匂いと焦げた木の匂いが混ざり、まるで瘴気のように漂っている。
その廃墟の中を、森からの嫌に爽やかな風が、ビュウビュウと音を立てて吹き抜けていく。
…風を遮る物が殆ど無くなってしまったせいだろう。今はその風音すら不快に聞こえていた。
…そこでふと、ヌワンギが立っていた所を目にする。

そこに積み上げられた屍は、全て敵の兵士のものである。十…いや、十五はあるだろうか。
ヌワンギがその怒りに任せて斬り殺した者達である。…それが戦場での当たり前の光景とはいえ、
自分の友人が行ったであろう殺戮劇を思うと、悲しみばかりが胸に満ちていくのを、柳川は感じるのだ。
…日が傾いてきた。
今までの事が、たった半日程度の内に起こった出来事だという事に思い至る。
とてもそうは思えない程、二人は心身共に磨耗していた。柳川はヌワンギの治療を終えてから、
村の広場があったであろう場所に、一つ一つ静かに穴を掘っていく。
ヌワンギもそれを手伝おうとしたが、傷だらけの体にはきついだろうし、
柳川としても、自分には人並み外れた力があり、たとえそれが五、六十という数になろうと、
ただ穴を掘るだけならそれほど大した仕事ではないので、ヌワンギの手助けを丁寧に断った。
(…こんな時だけ役に立ってもな…)
自責の念は消えない。が、それでも少しでも思考が紛れてくれればと、必要以上に体を酷使するが、
生憎期待したほどの効果は出なかった。

「畜生…!」
まだ怒りが収まらないのか、それとも目の前に並ぶ多くの墓を見て、新たな怒りが湧いてきたのか、
涙ぐんだ目のまま瞬きもせず、ヌワンギはそう吐き捨てるように言った。
「畜生、畜生、畜生…!」
拳を強く握り締める。それがどれ程の強さなのか、その手に巻かれている包帯が紅く滲んでいく。
「もうよせ、ヌワンギ。」
今のヌワンギの姿は、あまりにも悲しかった。
「うるせぇ!俺様に指図すんじゃねぇ!」
…悲しみが深すぎるのだ。今のヌワンギにはどんな言葉も届かないのだろう。
(…どうして…こんな事になったんだ?)
柳川は思う。この兵士達は何処から来たのか、何の為に侵略してきたのか。
分からない事だらけだった。…そして、それを知っている筈の、この村に残っていた僅かな兵士達も、
ヌワンギが全て殺してしまっていた。…思わず天を仰ぐ。空は綺麗な夕焼けである。
だが、それすらも血で染まっているような気がして、柳川の悲しみはさらに深くなっていくのだった。
「何してんだよ、オイ!」
怒りで濁った目のまま、柳川を睨む。
「…奴らもあのままにしてはおけないだろう。」
そう言って、柳川はまた穴を掘り始めた。
村から少し離れた所で、柳川がなにやら始めたのを見たヌワンギは、その行動の意図する所を知って、激しく憤った。
「あ、あんな奴らの墓なんて作るんじゃねぇ!」
「…ヌワンギ、聞け。」
諭すように言う。
「奴らとて、命令に従っただけかもしれない。それに、もう死んでしまっている。報いは受けている筈…」
「そんな事を言ってんじゃねぇよ!」
ヌワンギがそれを遮る。
「あいつ等のせいで、この村は滅茶苦茶になっちまったんだ!俺は奴らを許せねぇ!それに…」
ヌワンギは皇都にいるであろうエルルゥの事を思う。
(俺ですら、こんなに悲しいんだ!エルルゥがこれを知ったら…)
想像したくない。あの泣き顔を見るのは、ヌワンギにとって拷問そのものである。
「奴らは殺しても殺し足りネェんだ!それだけの事をしたんだ!だから、墓なんて作るんじゃネェ!」
ヌワンギは吼える。
「………」
柳川は答える事が出来ない。…ただ、悲しみに満ちた目でヌワンギを見つめていた。
その眼差しが気に障ったのだろう。ヌワンギの怒りの矛先は柳川に向く。
「…なんだよ、その眼は。テ、テメェは何にも出来なかったじゃネェか!」
…きつい一言である。柳川もその事を深く悔やんでいるのだ。
普段のヌワンギなら、その事に気が付けただろうが…今は無理だった。
「テメェは村の皆が殺されてる時に、膝を抱えて震えてただけじゃネェか!」
「…それは…」
「テメェはいつもそうだよ!肝心な時は何もしねぇ癖に、こんな時だけ偉そうにしやがる!」
「………」
「何様だよ、テメェは!何の権利があって、俺様に説教たれてやがるんだ!」
「…ヌワンギ…」
「俺はなぁ!テメェのそういう所が、ずっと前から大嫌いだったんだよ!」
その一言に、柳川の心が揺れる。…友人だと、そう思っていた。そのヌワンギから、聞いてはいけない言葉を聞いてしまった。
「…それは…本心なのか?」
柳川が静かに尋ねる。
「ああ!本心だよ本心!いけ好かねぇ野郎だって、ずううぅぅっと思ってたんだよ!」
「…そうか。」
ここまで聞いてしまった以上、柳川も止まれなかった。

「なら丁度いいじゃないか。」
「ああ!?何がだよ!」
「もう我慢して俺と一緒にいなくてもいいんだぞ?…俺もお前のような野蛮な男と別れられるのなら、願ったり叶ったりだ。」
「…ヘッ!確かにそいつはいいなぁ!…今考えりゃ、あの時からそうすりゃ良かったよ!」
「…そうだな、違いない。」
それを聞くと、ヌワンギは後ろを振り向き歩き出した。柳川も目をそむける。
…別離の言葉すらない。それが二人の別れだった。
本当はその人生が重なる筈がなかった二人には相応しいかもしれない、静かで、悲しい別れだった。
137名無しさんだよもん:05/01/05 19:55:04 ID:3bPSicKg
えぇぇぇ つД`) 別れるのか
138名無しさんだよもん:05/01/05 20:52:58 ID:aN3uHX40
せつねー
139名無しさんだよもん:05/01/05 23:49:04 ID:sOxTFhUe
グッジョブッす・・・!
つД`) ソポクねぇさん…
クッチャ・ケッチャの一方的な侵攻により、この戦いは幕を開けた。
入念に戦備を整えていたクッチャ・ケッチャと違い、トゥスクル軍は碌に戦備も整わぬうちから、
憎しみに任せてクッチャ・ケッチャに反攻する事になる。
そのトゥスクル軍の一翼を担うのが雇兵である。戦場のある所を渡り歩く彼らの存在は、
この世界の誰もが無視出来ぬほどの力の一つだった。
その戦備不足を補うためにトゥスクルに雇われた雇兵の中に、名と姿を変えたヌワンギがいた。

素早く力強い攻撃を身上とするヌワンギは、たとえ戦闘の中であっても、鎧兜を身に纏うことはなかった。
だが、今のヌワンギは雇兵として、そして外見を変える為に、鎧兜にその身を包んでいた。
(邪魔だよなぁ、これ。)
ヌワンギは雇兵の一人から奪ったそれに文句をつける。
確かに防御力は上がるのかもしれないが、そのせいで速度が犠牲になるのであれば、
敵の攻撃が避けにくくなるから本末転倒じゃねぇか。そう思うのだが、今はそれを外す訳にはいかない。

「側面から、敵軍の強襲っ!!」
見張りをしていた兵が叫ぶ。
…またか。これでもう三度目である。トゥスクル軍はこのだだっ広い草原において、常に後手後手の対応を強いられていた。
その機動性を最大限に利用したクッチャ・ケッチャ軍の神出鬼没の攻撃は、縦横無尽に草原を動き回りトゥスクル軍を苦しめる。
その為に、地力で勝る筈のトゥスクル軍は敵を攻めあぐねていた。
…しかし、そんな事はヌワンギには関係ない。後から後から湧いてくる、ヤマユラの集落の皆の仇に対する怒りを糧に、
思う存分暴れられればそれで良かった。
愛刀を抜き軽く振り回してから、その柄を強く握り直す。
「…殺してやるよ。」
溢れる殺気を隠そうともせず、ゆっくりと構えを取って、ヌワンギは敵の襲来に備える。
右肩が痛む。ついさっきの戦闘で、騎兵の槍を捌き切れなかった結果が、この惨めな負傷である。
「畜生…!」
一人を倒したまでは良かった。だが、その後に襲ってきた騎兵はかなりの手練であったようで、
鎧のせいで速度が落ちたヌワンギなどでは、その懐に入る事も叶わなかった。
なんとか敵が退却するまでは攻撃を避け続けたが、その騎兵の最後の一撃が、疲れて力が入らなくなったヌワンギの刀を弾き飛ばし、
そのまま右肩を貫いたのだ。傷はかなり深かった。敵が退却した後、弾かれた刀を拾おうとしたが、
その傷のせいで右手に力が入らなかったので、已む無く左手で拾った。
…いつも自分の手足のように扱っていた愛刀が、この時ばかりは酷く重く感じた。右肩も痛みをじわじわと増していく。
…仇を相手に上手く戦えなかった。しかも、手傷まで負わされてしまった。
「畜生…!」
怒りと悔しさで滅茶苦茶になりそうだった。…その時、ポタリ、と雫が頬に落ちたのを感じた。
涙かと思ったが、そうではなかった。…雨である。
戦場で流れた血を洗い流すかのように、にわか雨が降り始めたのだ。
トゥスクル陣地が慌しくなる。被害の確認と負傷兵の治療を行っている最中に雨が降り出したのだ。
屋根などない野営場では、それは恵みの雨になどならなかった。
…負傷兵の治療もままならなくなったトゥスクル軍は、近くの砦まで一時的に撤退する事になる。

その不名誉な撤退の最中、ヌワンギはふと周りを見回した。…そこにいたのは、ヌワンギに負けず劣らずの負傷兵ばかりだった。
傷を負い、雨に濡れ、意気消沈した兵士達は、そのまま自分の姿でもある。
それに気が付いた時、何故か柳川の事を思い出した。柳川はヌワンギの手当てをしていた間、常に不機嫌そうだった。
旅をしている間に、いろんな理由で怪我をし続けたヌワンギに、文句の一つも言いたかったのだろう。
(…だけど、それを口にした事は一度も無かったな…)
いつしかヌワンギは、変な言い方かもしれないが、傷を負う事への抵抗感が少なくなっていった。
あの面倒見のいい男が、不機嫌そうにしながらも、文句も言わずに手当てをしてくれるのだから。
(…ばかやろう…)
今のヌワンギの頬を濡らすのは、雨だけではなかった。
戦闘はすんでの所で泥沼化を免れていた。
敵の戦闘力の要がその機動力である事を見抜いたハクオロが、戦力を分散させ絶えず移動させる事により、
クッチャ・ケッチャ軍を混乱させ孤立させた後、包囲し退路を塞いでから各個撃破する作戦に出たのだ。
元々少数での奇襲を得意とするクッチャ・ケッチャ軍には、この作戦の効果は絶大だった。
奇襲する相手の位置を見失った挙句、逆に包囲され攻撃されてしまうのである。これでは機動力の生かしようが無い。
…だが、敗色が濃くなってきても、クッチャ・ケッチャ軍の士気が落ちることはなく、エヴェンクルガ族の女の活躍もあって、
クッチャ・ケッチャ軍はまだ頑強に抵抗を続けていた。

傷が痛むのも構わず刀を振るう。傷の痛みなどより、復讐心の方が遥かに強いから。
そう、体の傷など放っておけば治る。だが、心の傷を癒す為には一人でも多くの仇を屠らねばならない。
…そうして、ヌワンギはこの戦闘で三人のクッチャ・ケッチャ兵を殺した。
今度の戦闘も、トゥスクル軍の快勝であった。クッチャ・ケッチャ軍はここのところ、その持ち味を生かす事が出来ず敗れ続けている。
それも当然である。敵はその足を封じられた挙句、包囲されてしまうのだから。
…だがそれでも、クッチャ・ケッチャ軍は果敢に攻撃を仕掛けてくる。
まるで勝敗など無視して、一人でも多くのトゥスクル軍を殺そうとするかのように。

…ヌワンギは形勢が逆転しつつあるのを感じていた。
ハクオロという男は、実に見事な戦略家である。一兵卒としてトゥスクル軍の中にいる今は、それがとてもよく分かる。
歴戦の雇兵達も、自分達の大将の用兵を褒めていた。…トゥスクル軍とだけは戦いたくない、そう言い出す者までいた。
それでも、ヌワンギは自分の心の中に一抹の不安が残っているのを感じていた。
仇である筈のクッチャ・ケッチャ軍の懸命な戦いぶりに、何か、嫌な記憶が呼び起こされそうな気がしていたのだ。

…そんな時である。ヌワンギの所属する部隊の斥候が、戦場から避難するクッチャ・ケッチャ民の集団を見つけたのだ。
都の場所すらも移動させてクッチャ・ケッチャ領全体を戦場にする彼らの戦いぶりから考えれば、
こういった難民の群れが見つかるのは免れぬ事であったのかもしれない。
そして、彼らにとって不幸なことに、今のトゥスクル軍には彼らの持っている筈の情報を、
どんな事をしても欲しがっている輩がいたのである。

このクッチャ・ケッチャ領を自由に動き回る為の橋の存在とその場所。
トゥスクル軍はこの情報に懸賞金すら懸けていた。確かに、これを抑える事が出来れば、戦況は完全にトゥスクル側に傾く。
…その戦況を決するだけの情報を、今目の前にいる難民達は持っているのだ。
雇兵達は、挙って難民の保護を主張した。…それが、保護を名目とする拘束であり、
その後血気盛んな雇兵達が、民を拷問にかけてでもその情報を聞き出そうとする事は目に見えていた。
その為、部隊を率いる隊長は、難民の避難を妨げる事を固く禁じた。
それは確かに賢明な判断であっただろう…全員が素直にその命令に従うのであれば。

体を休めるヌワンギの下に、一人の雇兵がやってきた。
「…儲け話があるんだが、乗ってみないか?」
そう聞いてきたのである。そして、今から数人の雇兵を募り、難民を何人か誘拐してこよう、と言うのである。
橋の情報に賭けれらた懸賞金は、雇兵達にとって数年は遊んで暮らせるほどの金額である。
ならば、この程度の危ない橋は渡って当然、という事らしい。
今のヌワンギは懸賞金になど興味はなかった。だが、その心の中にあるのは、怒りと、復讐。
「…おもしれぇじゃネェか。」
ヌワンギは誘いを受けた。
(…クッチャ・ケッチャの兵士達に、俺と同じ悲しみを味あわせてやる!)
そう、それで復讐の一部は果たせる筈である。そして…この情報があれば、戦争が早く終わる。そしたら…
(エルルゥも…喜ぶにちげぇねぇ!)
その時のヌワンギは、本心からそう信じていた。
「漸く…着いたのか。」
土地勘が無かったせいで、少し迷ってしまったが、なんとかトゥスクル皇都に着いたようである。
以前は遠目に見ただけの皇都だが、あの時は戦争が終わったばかりで、多くの建物が焼かれ、見るも無残な状態だった。
(復興にはかなりの時間が必要だと思っていたんだが…)
今眼前に賑わう皇都は、復興したどころの話ではない。あれからさらに発展していた。
「…大したものだ。」
柳川はこの世界の人達が持つ生命力と、あれからここまで皇都を発展させたこの國の皇の手腕に、素直に感嘆した。

そもそもこの國にはオンカミヤムカイの使者として来たのだ。
ヌワンギはその役目を放棄してしまったようだが、柳川にはそんな事は出来なかった。
その為、なんとか一人で使者としての役目を全うしようとして、この皇都までやって来たのだ。
(あの大馬鹿野郎が…)
途中で自分の任務を放棄するというのは、真面目な警官として生きてきた柳川にとって、許し難い愚行である。
それをその時の感情のままにやってしまったヌワンギに対し、柳川は許せぬものを感じていた。

トゥスクル皇都にある社は、オンカミヤムカイにあったそれと同等、いや、それ以上に美麗な造りであった。
新しい事もその理由の一つなのだろうが、それよりもそのデザインに理由が求められると思われた。
オンカミヤムカイに少しの間滞在して分かった事なのだが、どうもこの世界の社のデザインは、野暮ったいというか、
田舎臭いというか…まあ、それはそれで味があるのだが、美しくは感じ難い物である。
だがこの國の社のデザインには、柳川の世界にあるそれに近い、宗教的な神聖さを想起させる美しさがあった。
その美しさが理由だろうか、ここには近隣の小国からよく巡礼者が訪れているようである。
柳川が着ているオンカミヤムカイの正装を見て、うやうやしく声を掛けてくる旅人が後を絶たない。
その人達に丁寧に応対していた時、オンカミヤムカイから来た使者の話を聞きつけたのだろう、
この國の國師がその美麗な社から現れた。
「…ようこそ御出で下さいました。」
柳川は今まで世間話をしていた若い巡礼者の男も事も忘れ、ポカンとその國師の顔を見つめてしまう。

「…すいません、今カミュを呼んできますね。」
そう言ってゆっくりと立ち上がり、社の奥に歩いていく。
その仕草の一つ一つが、そのまま額縁に填めて絵画に出来てしまいそうな程、上品で美しかった。
(立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花…)
すっかり調子を崩してしまった柳川は、出されたお茶を啜りながら伝統ある美人のたとえ文句を思い出していた。
煌びやかなあのブロンドの髪といい、神々しさすら感じさせる白い翼といい、
あのウルトリィという女性は、正に天使と呼んでも差し支えない美人である。
(…これは巡礼者がやって来るわけだ。)
柳川はこの社の人気の秘密を知ったような思いだった。

「ええと…え、遠路はるばる御苦労様でした。」
暫くしてウルトリィが連れてきた少女は、少し緊張したおもむきでそうお礼を言った。
柳川も立ち上がり礼を返す。このカミュという名の少女も、姉と好対照の明るく可愛い娘のようだった。
この世界に来てからずっと女っ気のなかった柳川には、今の状況は少々酷である。
柳川は、まるで平常心を保てない自分に嫌気がさし、早く使者としての勤めを果たして帰ろうと心に決めた。
トゥスクル皇への書状と、ウルトリィ達へ宛てたワーベの手紙を渡し、その他の荷物も急いで社に運び込んだ。
その中身を察したウルトリィは、苦笑しながらも、すまなそうに柳川に聞いてきた。
「申し訳ありません…このような事の為にここまで来させてしまいまして…」
「…仕事ですので。」
無愛想な返事である。自分でもそう思うのだが、これ以上喋るとぼろが出そうだった。
ウルトリィはその無愛想な返事も、男の誠実な性格故と思ったようで、柳川は計らずしてその好感度を上げてしまった。
「もしよろしければ…今日はこの社に泊まっていって下さいませんか?」
事もあろうにウルトリィはそんな事を言ってきた。
「い、いいいえ、ま、町に宿をとってありますので…」
予期せぬ返事にうろたえてしまい、どもりながらもそう断る。
これ以上はまずい。そう感じた柳川は、翌日手紙の返事を取りに戻る事を早口で伝え、急いで社から立ち去ろうとした。

そうして部屋の出口に目を向けた柳川は、そこに新たな訪問者が居た事に気が付く。
「あの…ウルトリィ様?」
可愛い感じの娘がおずおずと顔を覗かせていた。その娘が、今から立ち去ろうとしていた柳川と目が合う。
「あ…す、すいません。お邪魔しました。」
「…いえ、自分はもう帰りますので。」
慌てて立ち去ろうとした娘を、そう言って引き止めた。
「あ、エルルゥ姉様、どうしたの?」
そのカミュの声を聞いて、柳川の足が止まる。…その娘の名を、柳川は何度も聞かされた事があった。
盃の中で揺れる液体をじっと見つめる。
それは、社からの帰り間際にウルトリィからお礼にと受け取ったお酒である。
以前屋根の上で飲んだ物よりも澄んでいるようであり、恐らくはあれよりもずっと高価な物であると思われた。
だが何故か、柳川はそれを飲むのを躊躇っていた。

「エルルゥ…様ですか?」
「はい?」
エルルゥは思いもかけぬ相手から自分の名前を呼ばれ、不思議そうに視線を向けた。
しまった。柳川は思う。なぜ声を掛けてしまったのだろう。いかに自分が彼女の事をある程度知っているとはいえ、
彼女のとっての柳川は、初対面の得体の知れない男である。
その事を今になって自覚し、そのまま二の句が継げられず、自己紹介も出来ないでいる柳川の困窮を察したのか、
ウルトリィがにこやかな表情で、エルルゥに柳川を紹介してくれた。
…何を話せばいいものか。紹介はされたものの、話題が全く思い浮かばない。
(ヌワンギだったら、どんな事を話すんだろうな…)
そんな事をふと思う。すると、自然に口が動き出した。
「…ここに来る途中、ヤマユラの集落の話を聞きました。」
途端にエルルゥの表情が暗くなる。…それはそうだろう。自分がそう簡単に口にすべきではない事を口にしているのは自覚できる。
だが…
「す、すいません…ですが…」
一言謝っておいて、言葉を続ける。
「貴女の事を心配して、影から支えている人達が今もいます。…だ、だから…元気を出してと…言おうと…」
変な事を言っている、それが自分でも分かる。恥ずかしさと情けなさが混ざり、どんどん語尾が小さくなっていく。
クスッ、と小さく笑う声が聞こえた。
「心配して下さって…ありがとうございます。」
思わずうつむいていた柳川が顔を上げると、そこには笑顔のエルルゥがいた。
「大丈夫です。辛くないと言えば、嘘になりますけど…ウルトリィ様もカミュちゃんもとてもいい人で、私に良くして下さいますから。」
「そうですか…それなら…良かった。」
何が良いのか柳川自身はよく分かっていないのだが、でも何故か、その笑顔を見て何か救われた気持ちになった。
それからウルトリィにお土産として陶器の瓶に入ったお酒を、
エルルゥからは、ウルトリィとカミュに食べてもらうつもりで持ってきたという、
手作りの揚げ菓子を少し貰ってきた。
宿に帰ってきてからも、自分がなぜあんなことを言ったのか、考えが纏まらなかった柳川は、
気分転換に酒でも飲もうとそのお土産のお酒を盃に注いだところで、何故か手が止まってしまった。
(…なぜ救われたと思ったのだろう。)
エルルゥの笑顔が思い浮かぶ。可愛い笑顔だった、素直にそう思える。
(あの笑顔を守るために、ヌワンギの奴は今まで四苦八苦してたんだな。)

何気なくそう思った時、今の自分を悩ませていた疑問の答えが出たような気がした。
…そう、ヌワンギの今までの努力が、柳川が今までずっと側で見てきた、あの不器用な努力が…無駄ではなかった。
それが分かったから、救われた気持ちになれたのだろう。
(ヌワンギ…)
考えないようにしていた、一人の男の事を思う。
恐らくヌワンギは今も、やり方は間違ってるかもしれないが、
それでも必死にあの笑顔を守る為に戦っているのだろう。あの傷だらけの体と心のままで。

…盃をあおる。
(美味しく…ないな。)
そんな事は最初から分かっていた。こんな気持ちのまま一人で飲む酒が…旨い筈がない。
酒の瓶の蓋を閉め、今はこれ以上飲まない事にする。
(二人で飲む方が…美味しいに決まっているからな。)
149名無しさんだよもん:05/01/07 18:28:01 ID:NRsB2g/Q
はぁぁっぁああ
なんかいい話だなぁ
150名無しさんだよもん:05/01/07 19:08:27 ID:/7uK5WAr
柳川カコイイ!
151FARE-M ◆7HKannaArk :05/01/08 00:09:03 ID:fnxFivVz
久しぶりにここまで更新しました。

っていうか、wikiのフォントサイズをちょっと大きくしてみましたので。
多少は前より見やすいかと思います。気のせいかも知れんけどw
152名無しさんだよもん:05/01/08 10:52:22 ID:fUdRG+A7
単純な疑問…
ヌアンギの人以外の職人さんはどうしたんだろうか?
>>FARE-M氏
ご苦労様です。ただ…152を見て思ったんですが、
自分はもしかして投稿し過ぎたりしてないでしょうか?
心配になってきました。一応今日は書いてしまったので投稿しますが…

その話に乗ったのは、ヌワンギを入れて四人。
というか、話を持ちかけた全員が、その計画に賛同したのだ。それだけ雇兵達にとって懸賞金は魅力的だったのだろう。
何の身を守る術を持たない難民を誘拐するだけなのだから、この程度の人数でも十分なのだが…
ヌワンギがとある提案をした為、彼らの計画は少し混乱する事になる。
「分け前なんていらねぇよ…ただ、誘拐すんのは俺一人にやらしてくれ。後は好きにしていいからよ。」
この計画の肝は、橋の情報を知っていると思われる相手を他の難民に気付かれずに誘拐してくる事にある。
その為、雇兵達はこの作業は四人全員で慎重に行おうとしていた。
だが、それをヌワンギが一人でやりたいと言い出したのである。つまり、ヌワンギが一つミスすると、
全ての計画が御破算という事になってしまう。それはあまりいい案ではないのだが…それでもこの案をのんでしまえば、
四等分の筈の分け前が三等分になる。この違いはかなり大きかった。
…結局金目当てに集まった連中である。雇兵達はしぶしぶそのヌワンギの案を受け入れる事にした。

…そうしてヌワンギは一人草原を駆け、難民達が休むテントのすぐ近くまで来ていた。
時は既に深夜、明かりの一つも見えず、皆眠っているようだった。…自分達を狙う復讐者が側まで来ている事も知らずに。
自分一人で行かねばならなかった。復讐の為、難民達を出来る限り殺す…
それは、自分の手で行わなければ意味がないのだ。
ソポク達、ヤマユラの皆の無念を知っているのは、ヌワンギだけなのだから。
だが、その前に橋の事を知っている者を確保しておかねばならない。
…復讐は、それからである。ヌワンギは一番隅の方にあるテントの一つに忍び込んだ。

その中で眠っていたのは、女と赤子だった。いや、眠っていたのは赤子だけだった。
女の方はヌワンギの気配に気が付いたようで、体を起こしこちらを見つめていた。
ここ暫くの逃亡生活で神経質になっており、周りの気配に敏感だった女は、
普段なら気付かないであろうその気配に、気付いてしまったのである。
声を上げられてはまずい。ヌワンギは女が事態をはっきり認識する前に片手で口を塞ぎ、
そのまま後ろに回りこんで女の右手をねじ上げた。
「騒ぐんじゃねぇ…騒ぐと、テメェを殺った後、このガキも殺すぞ。」
その時やっと女はそこにいる男が不審者である事に気が付いたのだろう。
抵抗をしようとはしない。いや、自分はおろか、子供の命まで危険に晒されているのである。出来る筈がない。
だが、死の恐怖をもはっきり認識してしまった女の体は、哀れなほどにガクガクと震えだしていた。
女の口を押さえる手が濡れていくのを感じる。…どうやら、女の目から涙が溢れているようだった。

そこでふとヌワンギは、自分の中にずっとあった、小さな不安が静かに成長していくのを感じた。
…何かが間違っている。なぜか、そんな気がしている。
勝敗が既に決まってしまったような戦闘なのに、果敢に攻撃を仕掛けてきたクッチャ・ケッチャ兵を相手にしていた時も、
同様の不安を感じたが、今は無抵抗の難民を相手にしているせいか、その不安はずっと強くなっていた。
その不安を無理やり押し潰す。復讐の為にここまで来たのだ。
今更こんな迷いなんかの為に、今までの戦いをふいにするのは避けたかった。
(…まず、橋の事を知っているのか聞き出すんだ。知っていればよし…知ってなければこいつ等を殺し、次のテントを調べる。)
その最初の計画通りにことを運ぼうと、女を尋問しようとした。
…その時である。その尋常ではない雰囲気を察したのか、赤子が泣き出したのである。

「アギャァア、アギャァア…」
ヌワンギは真っ青になる。この鳴き声のせいで他の難民が起きてしまえば、
ヌワンギの計画はおじゃんである。
(こ、こうなったら…女も子供も殺してしまうしかねぇ!)
ヌワンギは半ばパニック状態でそう決断し、女を拘束している手に力を入れようとした。
…だが、ヌワンギはその時女が何をしているか見てしまったのである。
女は、自分が唯一自由に使える左手を使って、赤子を撫でてあやそうとしていたのだ。
震える手で、健気に、優しく赤子を撫でる。女の顔を見ることは出来ないが、涙が止まってはいない事は分かる。
自分の命も危ういその時に、赤子が、今自分を拘束している男の不興をかわないように、必死にあやそうとしていた。
(俺…何やってんだ?)
それを見たヌワンギは、我に返っていた。

…ヌワンギは、復讐を果たす事が出来なくなっていた。
自分の中にあった不安の正体に気付いてしまったのである。…それは、今の自分のしている事が、
かつて間違った道を歩んでいた自分のしていた事と、殆ど同じであった事に起因する、ヌワンギの心が発した警告だった。
かつてヌワンギは、命じられるままに幾つもの集落を焼き払い、住民を皆殺しにした。
…あの時も、幾人かの男は、自分の大切な者を守る為、勝ち目など無いにも拘らず必死に抵抗してきた。
…そして抵抗してこなかった者も、やはり大切な者を守る為、自らの身を盾にして死んでいったのである。
それを目にしながら、良心の呵責に悩む事すらなく、興奮すらしていたかつての忌まわしき自分。
…それが、今の自分の姿でもある事に、漸く気付いたのである。
ヌワンギは、結局何も出来ないままだが、今すぐ難民達の寝床から離れる事に決めた。
女を解放してから、早く他の皆も連れて逃げるようにと言っておいて、自分も足早にそこを去った。
最後まで女の顔をよく見る事が出来なかったが、何故か自分の母親に似ていたような気がしていた。
…殺さなくて、良かった。心からそう思っていた。…そう、ヌワンギには、復讐する相手など元から居なかったのだ。
あの難民達を殺して、ヤマユラの皆のどういった無念が晴れるというのだ!
今ならその考えがどれだけ馬鹿げていたのかよく分かる。
そう思いつつ、逃げるようにそこから離れる。もうこんな所には用が無かった。

そのヌワンギの足が止まる。…誰かがいる。闇夜でよく見えないが、それは体格のいい男のようだった。
「…失敗したのかよ。」
唐突にそう聞いてくる。…それは、ヌワンギにこの話を持ちかけた雇兵だった。
(何故こんな所にいるんだ?まだかなり離れた所で待機している筈だぞ!?)
そう、当初の計画では、ここにこの男がいる筈は無いのだ。
「念の為に見張りに来てたんだが…来てよかったぜ、この役立たずが!」
どうやらヌワンギは、あまり信用されてなかったようである。
雇兵はそのままヌワンギを無視し、その横を通り過ぎようとする。だが、ヌワンギがそれを塞ぐ。
「…何のつもりだ?」
雇兵が、どすの利いた声でそう聞いてくる。
「テメェこそ、何しに行くんだよ?」
ヌワンギが雇兵を睨みつつそう聞き返す。
「お前の尻拭いをしに行くんだよ!引っ込んでろ!」
…そんな事をさせる訳にはいかない。ヌワンギは刀を抜き、静かに構える。
流石にそこまでするとは予期していなかったのだろうが、動揺しつつも、雇兵も刀を抜き構えた。
「お前…本気か?」
「うるせぇよ…行くぞ。」
ヌワンギが斬りかかる。そうしてこの悲しき同士討ちは始まった。
雇兵は強かった。ヌワンギは右肩の負傷のせいで本調子ではないが、もし本調子であったとしても勝てるかどうか、それ程の相手だった。
一撃一撃が、速く重い。片手で刀を持った状態では受けきれないと感じたヌワンギは、両手で愛刀をしっかりと握る。
それでも敵の剣撃を受ける毎に、骨が軋み、傷が痛む。
(防御に徹するだけじゃ駄目だ、攻撃しねぇと…!)
そう思うも、体がそれについていかない。それは当然の事だった。今までもずっと無理をしてきたが、
強い復讐の念でそれを誤魔化し続けていたのだ。しかし、今はもうそれが無くなってしまった上に、
無理をし続けてきたツケが体のあちこちに出始めていた。

限界は予想以上に早く訪れた。雇兵の渾身の一打を受け体勢を崩したヌワンギを、次の一撃が襲う。
(駄目だっ!)
ヌワンギは必死に避けたが、ほんの僅か遅かった。ヌワンギの左肘の少し先がすっぱりと斬れ、血が吹き出る。
出血のせいか、左手の手首から先の感覚がどんどん無くなっていく。
これでは両手で刀を握る事が出来ない。仕方なくヌワンギは片手で刀を構え直すも、これでは次の一撃は防げない事は明らかだった。
(これで…終わりか。)
ヌワンギは死を覚悟した。恐れはなかった。それどころか、今まで自分のしてきた事を考えれば、この死はむしろ当然のような気もするので、
素直にそれを受け入れる事にした。
(そうだよ、どうぜもし柳川がいなかったら、俺はあの時死んでいたんだ。)
死ぬ前に謝っておきたかったなと、今になって後悔する。
そうして、最後に自分の後ろで避難の準備をしているであろう難民の事を思い出す。
(ああ、そうか…ただ死ぬ訳にはいかネェんだ…)
どうせもう終わる命である。それなら、せめて彼らを無事避難させる為に使ってやろう…
最後の力を振り絞り、刀を振りかぶり突進する。
「うあああぁぁっ!」
それはまさに特攻だった。防御の事などまるで考えず、雇兵の首を目掛けて刀を振り下ろそうとする…
だが、その前に雇兵の刀がヌワンギの胸に突き刺さった。ヌワンギの動きが…止まる。

「…馬鹿が!」
雇兵が吐き捨てるように言う。勝負は決した…胸を刺したのだ、これで即死だろう…
だが、ヌワンギがもう一度動き出す。
「ああああああ!!」
刀が、雇兵の首に、振り下ろされた。
その最後の一撃こそ、完全なる即死の一撃だった。雇兵は、最後の断末魔も上げる事が出来ず、そのまま後ろに倒れこんだ。
それを見届けたヌワンギも、そのまま静かに倒れ…なかった。
「…あれ?」
胸の傷が…あまり痛くない。自分の胸を見る。そこには確かに刀が刺さっているのだが…
「浅い…?」
刀を抜いて傷口を見る。…そこは、皮と鉄で作られた鎧に守られていた。
その重量でヌワンギを悩ませ続けた鎧は、最後の最後でヌワンギの命を守ったのである。
…闇夜だった事も幸いしたのだろう。雇兵は、ヌワンギが着込んでいた鎧の事を失念していたのである。

…思わず助かった命。だが、全く喜べないヌワンギだった。
折角助かったはいいものの…今のヌワンギにはもう、本当に、生きる理由が無くなってしまっていた。
その上、味方を殺してしまったヌワンギには、もう帰る所も無い…
「柳川…」
思わず出た名前は、少し前まで自分の相棒だった男のものだ。
その男が今自分の側にいないのを、ヌワンギは何故か恐ろしく不自然に感じていた。
159名無しさんだよもん:05/01/08 19:32:39 ID:HDxeu723
投稿しすぎなわけがありません。
毎日読めて幸せですよ。
160Return作者:05/01/08 21:08:41 ID:z/mlL0e8
投稿したいんですがネタと時間が無くて書こうにも書けないのです(涙)
ですが近いうちにまた投稿する予定ですのでマターリ待っててもらえれば幸いです
161Return作者:05/01/09 00:53:21 ID:VZzmJiKU
一体あどれくらい歩いたのだろうか。
いくら歩けども歩けども先は見えない。
漆黒の闇の中、自分の姿だけが無気味にはっきりと見える。
まるで自分が暗い宇宙の中で宛もない旅を続けるひとつの小惑星のようである。
周りの風景が変わるでもなく、時折無駄な徒労を繰り返している感覚に襲われてくる。
おまけに不思議なことにずっと歩いているというのに腹が減らないし疲れもまったく感じない。
だから歩きつかれて生きているという感覚を感じるより精神的に滅入ってくる。
その代わりに希望の光も消えていない。
頬の一滴がある限り、あきらめるわけにいかないし自分がここにいるということを認識させるための活力になっている。
「エルルゥ・・・」
162Return:05/01/09 00:53:54 ID:VZzmJiKU
ここは・・・どこだろう?
気がついたときには洞窟じゃなかった。
真っ暗な暗闇。
だけど自分のことは見える不思議な空間。
肌に伝わる暖かな風や冷ややかな湿気に草のなびく音もまったく感じられない。
言うなれば限りなく無に近い空間。
それを追ってやまない者にとってはまさに理想といった空間でもあるが今はただ悲しいだけ。
壮大な絶望がたたずんでいるようにも感じる。
どうしてこんな空間にたどりついてしまったのだろうか。
瞳の焦点がはっきりしないのか一寸先でさえまったく見えない。
・・・ちがう、ここは何もないんだ。
だから見えなくてあたりまえ。
何もないから何も考えることはない。
何も考える必要もないんなら生きている必要もない。
生きている必要がないなら・・・どうして私はここで存在しているんだろう?
わからない・・・どうしてなんだろう?
どうして?
その感情はどうして湧いてくるのだろうか?
生きているから?
生きているから考える?
考えるから何かがある?
何かが・・・ある?
何があるんだろう?
・・・頭の中がもやもやする。
『何か』が頭の奥底で霧がかかったように白く隠ている。
それは・・・一体なに?
とても大事なもの。
わかるのはそれだけ。
とにかく私がここにやってきたのもこのためだった・・・気がする。
あれ・・・?
どうして何も思い出せないんだろう?
163Return:05/01/09 00:54:30 ID:VZzmJiKU
「エルルゥ・・・」
これで何度目になるだろうか?
もうこの言葉だけで動いているも同然だった。
行けども行けどもあるのは闇ばかり。
小さな光明の筋さえも見当たらない。


「・・・・・・・・・」
頭の霧が晴れないまま、私は歩き出し、どれくらいの時間がかかったのだろう。
どうして自分が歩き出したのかはわからない。
ただ何もせずにその場で考えていたくなかった。
理由はわからない。
けれどもひとつだけわかることがある。
頭の霧は『何か』を探していること。
じゃなければ私はどうしてあたりを見回しながら歩いているのだろう。
大切な『何か』はきっとここにある、そんな確信があったからかもしれない。
今となってはそんなこと考えても仕方がない。
とにかく私は何かを探しながら歩いている、ただそれだけのことだった。
164Return:05/01/09 00:54:59 ID:VZzmJiKU
時折後ろを振り返ってみる。
もちろんそんなことをしても見えるのは前と変わらない闇のみ。
たださっきと違って何かの気配がする。
それもこの気配はどこかで感じたことがあるような懐かしい気配だった。
「誰かいるのか?」
声をあげるが返事は返ってこない。


『誰かいるのか?』
すぐ横で声が聞こえた気がする。
思わずそちらを振り返ってみたが誰がいるわけどもない。
そこはただの闇。
「・・・・・・・・・ハクオロさん?」
無意識のうちにこの言葉が出ていた。
「・・・・・・・・・?」
ハクオロって・・・だれ?
頭痛がする。
このキーワードが頭の中にある霧を揺れ動かしている。
「ハクオロさん・・・ハクオロさん・・・」
何度も口に出して呪文のようにその言葉を繰り返してみる。
そのたびに締め付けられるような頭痛を感じる。
「いたっ・・・」
尋常じゃない・・・この痛みは。
思わず腰の巾着袋に入っている頭痛薬を取り出して口に放り込む。
しばらくすると薬が効きだしてきて痛みが引いてくる。
この薬は特別あつらえでハクオロさんが頭痛になったときでも効くように調合されている。
・・・・・・・・・あれ、どうしてこんな大事なことを忘れていたんだろう?
この薬はハクオロさんのために調合したもの・・・。
もう少し・・・もう少しで霧が晴れるというのに肝心な部分がわからない。
「ハクオロ・・・さん」
165Return:05/01/09 00:55:32 ID:VZzmJiKU
「やはり気のせいだったのか・・・」
内心、もしかしたらと思ったのだが・・・相当気がめいっているようだ。
こんなときにかぎってエルルゥの何気なくいれてくれたお茶がいかにありがたかったのかがよくわかる。
とにかくこんな感じでは何かとよくはない。
体の方は疲れていないがしばらくここで休んでみるか。
着物の裾を踏まないようにとあげてゆっくりと地に腰を下ろした。


しばらく考えてもやはり答えは浮かんでこなかった。
根つめばっかりでは何かとよくない。
少し・・・休んでからもう一回考えよう。
それに・・・よくわからないけどとても眠たい。
腰をおろした後、目をつぶってそのまままどろみの中へと落ちていく。
166Return:05/01/09 00:56:04 ID:VZzmJiKU
しばらく考えてもやはり答えは浮かんでこなかった。
根つめばっかりでは何かとよくない。
少し・・・休んでからもう一回考えよう。
それに・・・よくわからないけどとても眠たい。
腰をおろした後、目をつぶってそのまままどろみの中へと落ちていく。


「・・・ん?」
背中に妙な感覚を覚えて思わず首を回してみる。
だれもいないはずではあるのに誰かに寄りかかられているような重みを感じる。
どういうことだ?
ためしに片手を誰かがいるのであれば肩のあたりになるであろう部分にそっと触れてみる。
そうすると確かにそこには何かがある感触がする。
温かさも感じる。
間違いなくそこには生物が存在している。
振り返って重みを胸にまかせ、触覚を頼りにその生物をたでまわしていってみる。
167Return:05/01/09 00:56:54 ID:VZzmJiKU
・・・なんだろう?
すごく温かみを感じる。
この感じは・・・そう、あのときみたいに・・・。
初めてハクオロさんと契りを結んだときに抱擁されたような体の温かさ。
そうか・・・ハクオロさんは・・・私のそばにいつもいたんですね。
ごめんなさい・・・いままで思い出せなくて・・・。


全身を触ってわかったのは人間のような生物であることだ。
また、胸のふくらみからおそらく女性であるということ。
本来は下腹部を触ってみればわかることなのだが・・・さすがに女性であると思われるならば触るのはいささか抵抗がある。
それと尻尾があり耳が普通と違って獣のような感じになっていること。
引っかかるのはこれがどうしても自分の中にあるエルルゥに重なって仕方がないことである。
いや、おそらく自分の中ではそれをエルルゥであると確信していた。
「エルルゥなのか?」
問い掛けてみるが返事は返ってこない。
「エルルゥ・・・怒っているのか?」
今一度、そう問い掛けて私は見えないエルルゥを後ろから抱きしめた。


目を覚ますと頭の中のうやむやは消えてすべてがわかっていた。
ハクオロさんは・・・すでに私のそばにいたんだって。
『エルルゥ・・・怒っているのか?』
後ろからそんな言葉が聞こえた後、私をやさしく包み込むような腕の感覚を感じた。
私はその腕にそっと手を添えて、
「怒ってなんかいませんよ・・・ハクオロさん」
と、答えた。
168Return:05/01/09 00:58:24 ID:VZzmJiKU
次の瞬間、二人が瞬きをしたかと思うと今まで見えなかった互いの姿がはっきりと映し出された。
「待たせてすまなかった。エルルゥ・・・」
「ハクオロさん・・・」
ハクオロのエルルゥを包み込む腕に無意識に力が入る。
「ハクオロさん・・・一度離してくれませんか」
「えっ・・・?」
「私・・・このままじゃハクオロさんの顔が見れませんよ」
「・・・そうだな、悪かった」
エルルゥは緩められた腕の中で後ろを振り返った。
そこにはあの面をつけてをいないものの、雰囲気や目元からそれがハクオロだということがすぐにわかった。
「ハクオロさん!」
エルルゥは胸元へと抱きつき、何度も何度も名前を連呼した。
「エルルゥ・・・」
その頭をやさしくハクオロはなで続けた。

しばらくそのままでいた後、二人は一度キスを交わした後に立ち上がった。
再開の喜びを交わす言葉はもうない。
いや、ないわけじゃではない。
すでに心で強く結び付けられ、言わなくてももうわかっているという感じだった。
「さて、問題はここからどうすればいいということだが」
「はい・・・。どうすればいいんでしょうか。今まで一筋の光さえも見えませんでしたし」
「ああ、こちらも同じだ。どうすれば・・・」
「・・・あれ?あの、ハクオロさん」
「ん?」
「あそこに見えるのは・・・光じゃないですか?」
「・・・ああ、確かに光だ!」
「行ってみましょう!」
「うむ」
169名無しさんだよもん:05/01/09 11:38:34 ID:qH3kVoma
キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!!!
乙です。
エルルゥ萌え
このスレはもうヌワンギ氏とReturn氏しか居なくなってしまったのかYO!
170Return作者:05/01/09 16:43:59 ID:VZzmJiKU
今さら気づいたんですが修正です。

@165と166の部分がダブってました。
A161の最初に『あ』がはいってますがそこは読み飛ばしてください。
B161の『無気味』→『不気味』
C162の『白く隠ている』→『白く隠れている』
D166の最後の『生物をたでまわしてみる』→『生物をなでまわしてみる』

まとめるときに修正してもらえると助かります
171名無しさんだよもん:05/01/09 18:06:26 ID:UUizjEQi
疑問がある。
シケリペチムで柳川とヌワンギの手配書が国中に出回ったのなら、それがトゥクスルのハクオロたちのところまで流れてくる可能性は?
一応、シケリペチムの兵の数を減らした功労者なんだし、漏れがハクオロだったら、二人を探し出して、褒美を与えたいんだが。
…さすがにヌワンギはまずいだろうが。
>>Return作者様
お待ちしておりました。GJです。エルルゥ可愛いですなぁ…

>>171
流石にたった二人に虚仮にされたなどとは知られたくないでしょうから、
(そんな事が知られようものなら、シケリペチムの死活問題になります。)
あの水害はただの事故で、ヌワンギ達はそれとは別の極悪犯罪者として手配したのでしょう。
そうであれば、トゥスクルまで流れてくる可能性はあっても、ハクオロの目にとまる可能性は少ないかと。
…後付けですが。

「バアちゃん…」
トゥスクルの墓前で、ヌワンギは静かに呟いた。
…本当は、隠密にここに来るために、この村に寄ってもらったのだ。
許されるなどとは全く思っていないが、それでも謝っておきたかった相手が、ここに眠っていた。
あんな事になってしまって、本来の目的も忘れこの村を離れてしまったが、今ヌワンギはまたここに戻ってきていた。
「バアちゃん…俺…」
あの時の事を謝りたかった。…そうしなければ、このまま一歩も前に進めないような気がしていたから。
だが…今ヌワンギがここにいるのは、それだけが理由ではない。
「俺…また間違えちまってたよ。」
謝らねばならない事が、増えていた。

一体何度間違えれば気が済むのだろう。
そして、一体何人の咎無き人々を不幸にすれば満たされるのだろう。
彼らの血にまみれた自分の人生が、酷く禍々しいものだと感じられた。
そして、その上に存在している自分も、もはや禍日神そのものなのではないか、と思わずにはいられなかった。
「何故誰も、俺を呪い殺しに来ねぇんだろうな…」
その事が不思議でならなかった。それとも…
「もう…そんな価値すらねぇのかもな…」
トゥスクルの墓碑は何も語る事は無い。だが、ヌワンギはそれに自分の心境を告白し続ける。
その許される事の無い懺悔は、今のヌワンギには何ももたらさないのだが…
右肩の傷は未だに癒えない。そして、左腕の傷の方は碌に治療もしてない事もあり、癒えるどころか、痛みが増すばかりだった。
この他にも全身に傷を負っており、強い風など吹こうものなら、全身の皮膚がピリピリと痛む。
こんな状態で生き続けるぐらいなら、いっそのこと死んでしまった方がいいと思えるほどに、その体はボロボロだった。
その目からも、殆ど生気というものが感じられない。瞬きをしているかすら怪しい。
墓前に立つそれが、幽霊か何かだと思われても仕方がないような…そんな抜け殻のような男が今のヌワンギだった。

…声がかすれてきた。気が付けば、もう半日近くも懺悔を続けていた。
太陽はもう沈もうとしており、空は茜色に染まっていた。
(…綺麗だな。)
ヌワンギは思う。…そういえば、ソポク達の墓を見ていた時も、こんな夕焼けだった筈である。
…だが、そんな事には全然気付かなかった。あの時の空も、これくらい綺麗だったのだろうか…
(柳川なら…知ってるかもしれねぇな。)
そう、あの時は隣に柳川が居たのだ。その事が、どれだけヌワンギの支えになってきたのか、今ならとてもよく分かる。
(もう…オンカミヤムカイに帰っちまったんだろうな…)
オンカミヤムカイの方向を眺めるが、柳川の姿など見える筈もない。…小さなため息をつく。
(…疲れたなぁ。)
懺悔している間は、ずっと立ちっぱなしだったのだ。もうそろそろ両足が疲労で音を上げる頃であろう。
その場に腰を下ろそうと思った。その後にもう一度立ち上がる事が出来るとは思えなかったが、
そんな事はもうどうでも良くなっていた。

その時、後ろから足音が聞こえてきた。
…もはや廃墟となったその辺境の村には、誰も居ない筈である。
(誰…だ?)
既に意識が朦朧としていたヌワンギだが、なんとか後ろを振り向いた。
…そこには、二頭の馬を引いた長身の男が立っていた。
逆光でその顔が見えないが、それでもその男が誰か、ヌワンギは一瞬にして理解した。
「柳川…」
幻覚だと思った。柳川はもう、オンカミヤムカイに帰っている筈だから。
だが、その柳川は幻覚にも関わらず、そのまま歩を進め、ヌワンギの横に並んだ。
「これは…誰の墓だ?」
声まで発する幻覚など有り得ない…ならば、これは柳川そのものである。
「…聞こえているのか、ヌワンギ?」
返答を急かしてくる。…ああ、柳川だ。ヌワンギは懐かしい思いで胸が熱くなるのを感じた。
「…俺の…バアちゃんの墓だ。」
「…そうか。」
ヌワンギの返答にそう頷くと、懐から揚げ菓子のような物を取り出した。
「残り物ですが…許してください。」
そう言ってそれを墓前に供えてから、手を合わせ数秒ほど祈る。
(ああ、そういえば、供え物持ってくるの忘れちまってたな…)
ヌワンギはその事に気が付いた。そして、自身の傷の事も忘れ、
その自分には到底真似出来ないであろう、柳川の細かい気遣いに感心していた。

祈りがすんだ後、改めてヌワンギの体を確認した柳川は、
「…酷いもんだな。」
そう呟いてから、ヌワンギの承諾も待たずに治療を始めた。
その場に無理やり座らされた後、左腕の傷に酒を掛けられる。
「…い、いてぇぞ、オイ。」
「消毒は痛いものだ。」
ヌワンギの不平をそう言って聞き流し、黙々と傷を縫っていく。
…無性に懐かしかった。二十日程度しか離れていないのだが、もう一年は会ってないように感じていた。
言いたい事は沢山あった。だが、そのどれもがなかなか胸の中から出てこようとしなかった。
その代わりといっては何だが、ヌワンギは柳川が治療している間、ずっと不平を言い続ける事にした。
…柳川は、それでもやはり文句も言わずに治療に専念してくれた。
手当てが一段落した後、柳川は馬の背に乗せてあった食料袋から、適当な物を二、三個見繕って持ってきた。
「まずは食べて体力を取り戻してくれ。でないと、治るものも治らない。」
そう言い、無造作にヌワンギの前にそれを差し出した。
今のヌワンギは空腹ではあるのだが、あまり食欲がなかった。
なかなかその食料を口にしようとしないヌワンギを見てそれを察したのだろう、
柳川は水筒をヌワンギの前に置いた。…どうやら、無理やりにでも流し込めという事らしい。
仕方なく手元にある食べ物を一気に口に押し込んで、水筒の水をがぶ飲みする。
「…調子はどうだ?」
食べ終えたヌワンギに、柳川がそう聞いてくる。
「見た通りだよ。」
そうふてくされて、その場に寝転んだ。
…体の中に、生命力が戻ってきている感じがする。少し前まで死んだ方がいいとすら思っていたヌワンギだが、
今はその事が素直に嬉しかった。

ふと目を覚ますと、そこはテントの中だった。
…どうやら、いつの間にか眠っていたようである。よほど疲れていたのか、眠る前に何をしていたのかまるで覚えていなかった。
辺りを見回すが…柳川は居ない。どうやらテントの外に居るようだ。
ヌワンギも外に出ようと体を起こそうとするが、体中に激痛が走る。
「あががっ!」
もんどりうって倒れこんだ。…この痛みでは、暫くは動けまい。
(こんな事が…前にもあったな。)
柳川と初めて会った時だ。あの時からまるで変わっていない自分達の関係を思うと、少し可笑しくなる。
「ヘヘヘヘ…」
ヌワンギがそう小さな声で笑っていた時、柳川がテントの外から顔を覗かせた。
「…気味が悪いぞ、ヌワンギ。」
「うるせぇよ、テメェがあの頃と全然変わんねぇのが悪いんじゃねぇか。」
そういって、ヌワンギはまたケラケラと笑い続けた。
あれから一日。ヌワンギは漸く体を動かす事が出来るようになっていた。
だが、その時になってもまだ柳川とヌワンギは、自分達が別れてから何をしていたのか話していなかった。
特にヌワンギには、その意味は大きかった。
(謝らねぇと…いけねぇからな。それに…)
これから何をするにしろ、柳川には自分の罪を知っておいて欲しかった。
その事で、柳川がまた自分と別れようとするかもしれない。…その可能性は大きいように思う。
だが、それでもそうしなければいけないような気がしていた。

「よう…」
柳川に声を掛ける。
「まだ寝ていた方がいいんじゃないのか?」
真夜中にテントの中から這い出てきた怪我人を、そう言って気遣う。
「もう大丈夫だよ。」
ヌワンギはそう返答して、柳川の正面に座った。
柳川とヌワンギの間には、小さな焚き火がある。パチッ、パチッと時折火の粉を散らすそれは、夜の闇の中で映え、とても美しい。
ヌワンギは足元に落ちていた薪を拾い、その中に投げ入れる。
ブワッ、と一瞬炎が広がり、幾つもの火の粉が、それに少し遅れて立ち上っていく。
「…柳川。」
ヌワンギは話そうとしていた。自分の過去を、自分の罪を。
…だが、それを遮り柳川が話し始めた。
「あれから…使者としてトゥスクル皇都まで行ってきた。」
「し、使者?」
「…そうだ、お前は忘れていたようだが、そもそもここにはオンカミヤムカイの使者として来たからな。」
「あ…そ、そうだったっけ…?」
予想通りの反応に、柳川は思わずため息をつく。だがその後も、柳川の話は続く。
「そのトゥスクル皇都でな…エルルゥという名の少女に会った。」
「エ、エルルゥ!?」
ヌワンギが驚く。まさか柳川の口からこの名前が出てくるとは、夢にも思っていなかった。
「そうだ。…その娘はな…エルルゥは、笑えていたぞ。」
「………」
「辛くない筈がないだろうが…それでも、大丈夫ですと言って、微笑む事が出来ていたぞ。」
「………」
「ヌワンギ…あの笑顔は、お前が守ったんだ。…お前の努力は…届いていたんだ。」

涙が、流れる。もう止まらない。止める事など出来ない。
もうずっと感じた事のなかった感情が、ヌワンギの中を占拠している。
…嬉しいという想い。報われたという想い。そして…救われたと、いう想い。
ヌワンギは、それから暫く、声を上げて泣き続けた。
178名無しさんだよもん:05/01/09 18:47:52 ID:BQJnBXdO
>>171
ああ、それと…
手配書は、オンカミヤムカイには流れてきませんでした。
…そういう事にしておいて下さい。
179名無しさんだよもん:05/01/09 21:53:27 ID:fsU/5tBx
いい話だ…
180Return:05/01/09 23:44:56 ID:VZzmJiKU
転移魔法で洞窟の外に出た一行達はもう一度洞窟へと入るとの意見も出たが今は一度トゥスクルへと戻った方がいいとの意見にまとまり、
一同は國への帰路についていた。
馬車の中は終始沈痛な感じで誰一人として自ら話そうとするものはいなかった。
こんなときには食べる食事もあまりうまく感じられない。
もちろんそれはエルルゥがいなくなった代わりに皐月が食事を作ったからではない。
むしろ平常時に食べれば皐月の料理だってなかなかいける味ではあるのだがこんな状況じゃさすがに心からうまいと叫ぶことは難しい。
みんな元気が出ないのだ。
特に実の妹であるアルルゥは大好物の蜂の巣が途中で手に入ったというのにまったく食べる気配さえない。
「ヴォフー」
たまにムックルがアルルゥを慰めようと擦り寄ってきてもずっと上の空ですぐに去っていってしまう。
「どうしたものか」
「・・・・・・・・・」
ため息ばっかりだ。
本当によろしくない状況だ。


「みなさん・・・お帰りなさいませ」
戻ってきたときに一番最初に出迎えてくれたのは自分の足でしっかりと立ち、目をぱちりと見開いたユズハだった。
ユズハは少し前までは体が弱く、ずっと床に伏せていたのだがあの大封印以降、なぜだか体が軽くなったように
良好な状態へと向かっていき、今となってはみなと同じように物が見え、自らの足で立ち上がることもできるようになった。
「ベナウィ様がお待ちです。玉座へと向かってくださいませ」
「ああ・・・すまない」
「・・・?どうかなされたのですか?アルちゃんも元気なさそうですし」
「・・・・・・・・・」
おそらくその言葉は心配から出た言葉なのであろうが今のみんなにはその言葉が重くのしかかってくるだけのものになってしまった。
181Return:05/01/09 23:45:48 ID:VZzmJiKU
「・・・・・・・・・なるほど、そういう事になりましたか」
ひとまず玉座でこってりと絞られた後に行き先で起こった事柄を説明すると眉間にしわを寄せて何かを悩んでいるようだった。
「では聖上は生きている可能性が高いと」
「ああ、そうみたいなんだが・・・ただ」
「エルルゥも行方不明になってしまった、と」
「・・・おねーちゃん」
「ふむ・・・」
再び眉間にしわを寄せ、深く考えているようだ。
「とにかくご苦労でした。しばらくはゆっくり休まれた方がいいと思います」
「・・・そうですね」
健太郎は一言そういい残すと同行者の三人とともに玉座を出て行った。
「アルルゥ殿、大丈夫でありますよ。きっと聖上もエルルゥ殿も無事ですよ」
「・・・ん」

「・・・どうする?」
「どうするって言われても・・・ね」
状況が状況だ。
冗談も言えない。
「とりあえず。一回帰ろうか、俺たちの世界へ」
182Return:05/01/09 23:46:30 ID:VZzmJiKU
「ただいま・・・」
「あ、お帰りなさい」
アパートに帰るといつものようにゆかりが二人のことを迎えてくれる。
「ずいぶん疲れてるね、二人とも」
「ああ・・・ちょっとね」
「?・・・あ、そうだ」
ゆかりは不思議そうに見ていたがふと思い出したように話を切り出してきた。
「七海ちゃんから電話があったよ」
「七海から?」
「うん、何でも急用だって言ってたけど・・・」
急用・・・
じじいがいる限りあの七海にとって急用が起こるということはよほどのこと・・・。
「悪い。帰ってきてすぐだけどちょっと行ってくる」

宗一は急いでもうひとつの『本住まい』へと走った。
そっちのほうが本来は豪勢でアパートに比べればずっといい物件のはずなのだが宗一は一行にそちらに住もうとしない。
かと言ってそっちをそのままにしておくだけでも維持費だけで莫大な金が消えていく。
だからそっちの方は賃貸に利用しているのだがその住人たちがものすごい人物たちばかりなのである。
勝手にセキュリティーシステムを改変したり管理人に無理を言いつけたりするのだ。
特にその住人の一人福原庄蔵は特に強気で宗一も手を焼いていたのだった。
だがあるミッションののち、本住まいの管理人が立田七海になってから福原は孫のように大事にしているのだ。
皮肉なことだがそれからというもの住人が文句を言うことなんかはなくなったし住人たち自身が七海を守ってくれる。
だからこそ余計心配だ。
「あいつら・・・大丈夫なのか」
183Return:05/01/09 23:47:31 ID:VZzmJiKU
「七海!」
「あ、そーいちさん」
「遅いぞ、小僧」
すでに部屋には福原と七海が宗一がくるのを首を長くして待っていた。
「何があったんだ。まさかあのトーテムポールがまた何か起こしたから何とかしてほしくて呼んだんじゃないだろうな」
「そんなちゃちなことじゃないわ」
ごおおおおおおおおおおおおおおお。
と、その瞬間、背筋が凍るようなプレッシャーが宗一たちを包んだように見えた。
「い、いや。ちゃちなことじゃないな、うむ」
「そ、そうだな」
とりあえず一呼吸をおいてから話を切り出す。
「まぁ、あながち間違いではないのだが・・・」
「どういうことだ?」
「数時間前のことじゃ―――」
福原の口からは驚くべき話が聞かされた。
「まだ話してないぞ」
「いいから気にしないで話を始めろ」
「まったく、最近の若者は礼儀を知らん。これだから――」
「おい」
「少しは話させんかい。わしはいつものように管理人と今後のことを話し合うために外に出たのじゃが」
「ただ単に七海と散歩がしたかっただけだろ」
「いいかんじに今後のこと話して近場を回りながらここへと戻ってきたのだが」
(無視かよ・・・)
「突然空模様が怪しくなりだしてな。おかしいと思いながらもドアを通ろうとしたときじゃ。
 いきなり例の物に稲妻がいきなり落ちて・・・」
「ま、まさかあれがその衝撃で命を持ったとか?!だったら俺は願いさげだ!冗談じゃない」
「最後まで話を聞かんか。周りが見えなくなるほどの白煙が立ったかと思うとそこには二人の人影があってな。
 男と女だったんじゃが両方和服のような格好だが女が耳がいわゆる『ケモノ耳』とかいうようなものなんじゃよ」
184Return:05/01/09 23:48:35 ID:VZzmJiKU
「!?」
それって、もしかして。
頭の中にとっさにあの二人の顔が思い浮かぶ。
「じじい!その二人はどこにいるんだ?!」
「お、おおう!こ、これ、老人に向かってなにを・・・!」
「どこだっていうんだ!早く答えろ!」
「そ、そーいちさん。落ち着いてください、おじいさんがしんじゃいます」
「あ」
頭を振りつづけて福原は目を回してぐったりとしていた。

「まったく、少しは老人を労わらんか」
「す、すまない」
「ふぅ、まあいいわい。それでなんじゃったか」
「その二人はどうしたかってことだよ」
「ああ、そうじゃったな。その二人なんじゃがその場で倒れこんでしまってな」
「今はそっちのベッドで眠って・・・ってそーいちさん?」
宗一はすぐさまベッドルームへと駆け込んだ。
「・・・間違いない」
顔がほころぶのを感じつつ、すぐにリビングに戻って電話の受話器を取ってダイヤルをプッシュする。
「もしもし!店主ですか?」
185Return作者:05/01/09 23:52:38 ID:VZzmJiKU
再び現世に戻ってます。
Routesの福原庄蔵のしゃべり方や七海の宗一への呼び方を忘れてしまったから思いっきりアバウトな言い方になってます(ぐはっ)
186名無しさんだよもん:05/01/10 00:00:19 ID:GLxs04Tx
こ、こうきたかーーーーーッ!!!
187名無しさんだよもん:05/01/10 00:11:45 ID:JA6HWK/F
本住まい>本邸だったよね?たしか
まあ、なにはともあれGJ!
草原に吹く風は強い。
その風が傷にしみる為、厚めの外套を頭からかぶっているヌワンギだが、
その外套も完全には風を防げないようで、体中所々がピリピリと傷んでいた。

ここは、クッチャ・ケッチャ領のほぼ中央を走る渓谷の近くである。
ヌワンギ達は、クッチャ・ケッチャ兵を追跡してここまでやって来たのだ。
ここまで来たからには間違いないだろう。奴らは、この渓谷に架かっている橋を使って向こう側に移動するつもりなのだ。
…クッチャ・ケッチャの騎兵を追う為には自分達も馬に負けない速度で動けねばならない。
柳川はともかく、ヌワンギは馬より早く走れる筈も無いので、
柳川が引いていた馬の一頭に乗っていた。柳川ももう一頭の馬をなかなか上手く操っている。
その馬は二人がオンカミヤムカイから乗ってきた物であるが、残業手当も無いのに良く働いてくれていた。
ヌワンギは、前を走る柳川を見る。ヌワンギと別れてからは馬には乗らずに、ずっと荷を背に乗せて引いてばかりだったそうだが、
それでも今後ろから見る柳川の騎乗姿は、それなりに様になっていた。
(…もう自慢出来ねぇかな。)
少し悔しく感じているヌワンギだった。

この隠れる場所の少ない草原で敵を追跡するには、柳川の人の気配を感知する能力に頼るしかなかった。
逆に言えば、この能力があるからこそ、この草原でも敵に気付かれる事なく追跡が出来ていた。
普段はただ少し勘がいいだけ、ぐらいに考えていたその柳川の能力が、今はとても素晴らしい物のように思える。
…よく考えれば、この能力は他にもいろいろ使い道があるような気がする。
ヌワンギは、今敵を追跡している事も忘れ、その別の使い道とやらに思索を巡らせていた。
「…今の敵の位置が、渓谷のそれと重なっているな。」
「という事は、そこに橋があるんだな。」
「そういう事に…なるか。」
敵を追って渓谷に辿り着き、暫く経ってからの事である。ヌワンギ達は、橋の位置を知る事に成功していた。
「よし!敵が向こうに行ってから確認しに行こうぜ!」
ヌワンギは喜び勇みそう提案した。この情報があれば、戦局は完全にトゥスクル側に傾く筈である。
これ以上犠牲者を増やさない為にも、その情報を届けるのは早ければ早いほどいい。
だが、柳川はあまり乗り気ではないようである。少し顔をしかめつつ、橋があるであろう方向を見つめている。
「…止めておいた方がいいな。」
「なんでだよ。やっぱり目で確認しておかないといけネェだろうが。」
ここまで来てそれはないだろうと思い、ヌワンギが反論する。
柳川はその反論に、軽く首を振りつつ答えた。
「…四、五人程度だが、見張りと思われる人間の気配がそこに残っている。」
「そう…なのか?」
「ああ、俺達が追っていた気配は、もう渓谷の向こう岸に消えてしまったが、こいつらは動く気配が無いし…警備の兵士と見て間違いないだろうな。」
それならば仕方がない。ここまで来て警備の兵士に見つかってしまうのは、出来る限り避けておきたい。
「まあ、警備の兵士までいるんだ。あそこに橋がある事はほぼ間違いない。それが分かっただけでいいじゃないか。」
柳川の言う事も尤もである。多少詰めが甘いような気もするが、二人だけで出来る事には限りがあるのだし、
これで良しとしておくべきだろう。ヌワンギ達は、結局それ以上渓谷には近づかずに、そこから離れる事にした。
ヌワンギは地図に書き記した×印を見て機嫌を良くする。
…これさえあれば、この不毛な戦争も早く終わるに違いないのだ。そうなれば、エルルゥの苦しみも少しは和らぐだろう。
その脳裏には、エルルゥの笑顔が浮かんでいた。
だが、いざそこから離れようとしたところで、
「ちょっと待て。」
柳川が行動を制した。
「どうした?」
「…変な気配が後ろから近づいて来ている。」
「変な気配?」
柳川は、人間のそれよりは動物のものに近い、妙な気配が後ろから迫って来ているのを感じていた。
馬のようにも思えるが、こんな所に一頭で来る野生の馬もいないだろうし、
特に迷いも無くこちらに近づいている事から考えて、その行動には何か特定の意図があるように思えた。
…ならば、はぐれた騎兵が一騎、仲間を追ってやって来たのだろうか?
もしそうであれば、ここで迂闊な行動をとって発見されるなんて事は御免だった。
柳川は、その事をヌワンギに伝え、この場に穴を掘って暫く身を隠し、その気配をやり過ごそうと提案した。

その妙な気配の正体は…やはり妙なものだった。
大人二人分はあろうかという巨大な白銀の虎…の上に小さな子供が乗っている。
その虎だけでも印象が強いのに、その上に可愛い子供が乗っかっているせいで、それが恐ろしいものなのか、
それとも愛らしいものなのか、一見よく分からない。
この世界に来てからいろいろ不思議な物を見てきたが、今回のそれはとりわけ奇妙である。
「あれ…アルルゥじゃねぇのか?」
柳川と同じ場所でその物体を眺めていたヌワンギがそう言った。
だがそんな事を言われても、柳川はその名前に心当たりなど無い。
「それは、子供の名前なのか?それとも…」
虎の方なのだろうか?いや、両方合わせてアルルゥかもしれない。子供がアルで、虎がルゥ…
あまりに奇妙な物を見たせいか、柳川は少し混乱していた。
「ガキの方に決まってんだろうが、馬鹿か?」
ヌワンギに一番言われたくない事を言われてしまう。柳川は少しカチンときた。
その後ヌワンギから、アルルゥという名の子供について、簡潔な説明をしてもらう。
それによると、アルルゥはエルルゥの妹で、無愛想で生意気なガキだそうだ。
後半の情報にはあまり意味が無いように思えるが、ヌワンギはそれを特に強調していた。
…まあ確かに名前も似てるし、アルルゥという名前を聞いてエルルゥの顔を連想出来なかった事は、確かに柳川にとっては失態である。
ヌワンギに馬鹿呼ばわりされても、今回ばかりは弁明の余地は無い。
それはいいのだが、今のヌワンギの説明には、肝心なものが一つ欠けている。
「子供については分かったが…あの動物は何だ?」
「ああ、ありゃあな…」
「………」
「…俺にも分かんねぇ。」
「…馬鹿か?」
思わず言い返してしまう。この男は相変わらず肝心な事が出来ていない。
あの虎の事が分からなければ、どう対処していいか分からないではないか。柳川は呆れる。
一方のヌワンギも、折角説明してやったのに馬鹿呼ばわりされた事で、かなりムカッときていた。
二人の間に流れる空気が、徐々に穏やかではなくなっていく。

こんな所で口喧嘩をするのも愚かである。
その空気の変化を察した柳川が、唐突に話題を変える。
「それで…あれは何をしにここに来たんだ?」
「…知るかよ。」
機嫌を悪くしながらも、その話題に乗る事にしたヌワンギは、そう言って柳川から目を離し、アルルゥの方を見つめた。
アルルゥは相変わらずの無表情で、何を考えているのかヌワンギにはさっぱり分からない。
それならと動物の方を見る。あれは…
「ムティカパ!?」
そう、話にしか聞いた事はないが、あれは森に住むというムティカパではないだろうか?
辺境の村々を襲い、その後退治されたというムティカパ。それが何故こんな所にいるのか。ヌワンギは訳が分からなかった。
いや、あれがムティカパであるというのは今は問題ではない。
アルルゥ達が何をしようとしているのか、それが今の問題である。
ヌワンギは改めてムティカパを凝視する。
「匂いを…嗅いでいる様だな。」
柳川が言った。ヌワンギにもそう見える。こんな所に餌でも探しに来たのだろうか?
(そういえば…ムティカパは人を喰うんだよな。)
それなら…人を追って来たのだろうか?そんな事を考える。
その時、ヌワンギは今のアルルゥの行動が、今までの自分達の行動に重なる事に気が付いた。
「もしかして…」
そういって柳川の方を見る。柳川もこちらを振り返っていた。どうやら二人は同じ結論に達したようである。
「橋を…探しに来たのか?」

「どうするよ…」
ヌワンギが聞いてきた。
アルルゥが橋を見つけるのはいい。自分達の行動が無駄になってしまうのは少し残念ではあるが、
それでも結果が変わらないのであれば、この際そんな事はどうだっていい。
だが、問題は…
「あの橋には…見張りがいる筈なんだ。」
柳川が呟く。ヌワンギも今その事に気が付いたようで、ハッとしてこちらを振り返る。
あの虎がどれだけ強いのか分からないが…五人もの兵士に見つかったとあっては、アルルゥが無事にすまないような気がする。
「柳川!」
ヌワンギの言おうとしている事は分かっている。無駄な争いは避けたい柳川だが、今回のそれは、どうやら無駄ではなくなりそうだった。
穴の中で伏せていた二人が立ち上がる。アルルゥが橋に辿り着く前に、やらなければならない事が出来たのだ。
193名無しさんだよもん:05/01/10 19:00:19 ID:9xD4HA3j
ああ、そういえば、ヌワンギはムックルと戦った事がありましたな…
この世界では、あの時アルルゥは待機していたという事にしておいて下さい。
…すいません。
194名無しさんだよもん:05/01/10 22:24:52 ID:qzGC7aGF
1つや2つ本編と食い違ったってキニシナイ!
と、言うかそもそもがパラレルってる訳だし。
とりあえず、また話が一段落しましたので、暫く休憩します。
読んで下さった皆さん、改めてありがとうございました。

オンカミヤムカイに帰ってきてから、もう一ヶ月程の時間が経とうとしていた。
ワーベは、ヌワンギ達の帰還が思い切り遅れた件について、何も言わなかった。
そんな事はなかったかのように、娘達からの手紙を受け取って、ご苦労だったとヌワンギ達を労っただけである。
そうしてまた二人は資料室に篭り、その管理人としての仕事に精を出す毎日である。
それは以前と全く変わりない日々のように思えたが、一つだけ違う事があった。
ヌワンギが書庫の整理を真面目にしているのである。
最初の頃は、どうせすぐ飽きるだろうとしか思ってなかった柳川も、
ヌワンギが手伝ってくれる事が当たり前になってしまった今となっては、自分の友人が変わってきている事を認めざるを得なかった。
…そう、何かが変わってきていた。今のヌワンギは、表面的には以前とあまり変わってないのだが、
その内面は今回の旅の中で大きく成長したように思えた。
その事はとても嬉しいのだが、同時に少しだけ寂しいような気もしている柳川だった。

ある朝、柳川がいつもの様に資料室に行くと、先客がなにやら報告書のような物を読んでいた。
その先客がワーベである事に気付いた柳川は、ごく一般的な朝の挨拶をする。
ワーベもにこやかに挨拶を返してから、その報告書に話題を移した。
「トゥスクル皇は、戦後処理もなかなか上手くやっておるようだよ。」
「…そうですか。それは何よりです。」
その報告書はトゥスクルの現状についてのものであるようだ。
ワーベは柳川にその報告書の大まかな内容を教えてくれた。
それによると、互いの怨恨が誤解から生まれたものである事を知ったトゥスクルと旧クッチャ・ケッチャの国民は、
戦後それほど時間が経っておらず、また、大切な人を殺された者も少なくないであろうにもにも関わらず、
戦争の傷痕を癒す為、お互い協力し合っているそうだ。
それが可能となったのも、戦争の発端が誤解であった事が両国民に知らされたのが大きな理由なのだが、
他にもトゥスクル軍が、クッチャ・ケッチャの民からの略奪行為を殆ど行わなかったのと、
クッチャ・ケッチャ領の戦略的拠点を早めに抑える事が出来た為、戦争が早期に決着した事が大きかった。
「ウルトリィ様とカミュ様も、両国の平和と友好の為に尽力なさったのでしょうね。」
ワーベが自分の娘達の事を全く話さないので、柳川がそう切り出した。
それはお世辞でも何でもなく、柳川はあの二人にはその意思があり、またその能力もある事を知っていた。
「…そうであればいいのだがな。」
ワーベは複雑そうな顔でそう返したが、満更でもないようだった。
ワーベが去った後、柳川はあの時の苦労を思い出していた。
…橋を守っていた兵士は五人。柳川なら苦も無く処理出来る人数ではあったが、
あまり時間が無かったので、手刀を使い気絶させるのではなく、手軽なぶん殴って気絶させる方法を選んだ。
少々、いやかなり荒っぽくなったが、その辺は運が悪かったと諦めてもらう事にした。
…まず斬りかかってきた兵士の攻撃を危なげなく避け、顎を一撃。
次に背後から襲ってきた兵士がいたので、振り返る事なく裏拳を打ち込む。
三人目は槍を使い間合いを取りながら戦おうとしていたのだが、一瞬でその間合いを詰め頬をぶん殴る。
これで残りは二人。だが、困った事にその二人は弓兵で、柳川の手の届かない範囲から矢を射ようとしていた。
…その時、少し遅れて馬に乗ったヌワンギがやって来た。ヌワンギは、そのまま足を止める事なく弓兵達に突進する。
それに合わせ、柳川も敵の方へ疾走する。一人だけならともかく、二人同時に攻めてきたヌワンギ達に動揺した弓兵は、
どちらを標的にすればいいか迷った挙句、結局一本の矢も撃つ事無く、一人は殴り飛ばされ、もう一人は馬に撥ねられた。
そうして五人の兵士をあっという間に戦闘不能にした後、、ヌワンギ達は休む間もなく急いでそこから離れた。
このまま橋の近くにいたら、アルルゥに敵と誤認され攻撃されかねないからである。
その時のヌワンギ達は急いでいたため気付いてないのだが、
その二人の連携は、十年来のコンビのそれに等しき見事なものであったのだ。
柳川がそんな事を思い出していると、後ろから資料室の戸が開く音が聞こえた。
誰かが来たようであるが、それは今更確認するまでもない。
最近のあの男は、大体いつもこの時間にやって来るのだ。
「よぉ、柳川。相変わらず早ぇな。」
そう言うと、こちらの返事も待たずに資料室の奥に行ってしまう。
…どうも最近のヌワンギは、本を読む事自体が面白くなってきたらしく、時折柳川にお勧めの本なども聞いてくるのだ。
今朝にしても、昨日から読んでいた本の続きを早く読みたいが為に、挨拶もそこそこに本を読みに行ってしまったのだろう。
(…自分勝手なところだけは、どうあっても変わらないな。)
そう思いつつも、柳川もヌワンギに倣い、資料の整理を始める。
いつも通りの毎日が、こうしていつもの様に続いていく。
そうして夜になり、柳川は自分の部屋に帰っていた。
相変わらず元の世界に帰る手掛かりは全く掴めていない。
だがそれでも、徐々にそれに近づいているような予感が今の柳川にはあった。
(そう…いつか俺はあのアパートに戻るんだろう。)
そこで待つのは、恐らく悲劇以外の何物でもない。…それでも、あそこに残っている者の為に帰らなくてはならない。
…それならばそれでいい。柳川はそう思っていた。悔いが無いといえば嘘になる。
自分がただの殺人鬼に成り果てる事への恐怖もある。…だが、それでも今の自分に与えられたこの状況は、
それを補って余りある程楽しいものである様な気がするのだ。
「…何酒の席で不景気な顔をしてんだよ。飲め、飲めぇ!」
もう完全に出来上がったヌワンギが、そう言ってヌワンギの盃に酒を注いでくる。

予想外というか、ヌワンギの酒癖は決して悪くはない。
自分の酒量を弁えている様で、それ以上は自分から飲もうとしないし、他人にも無理に酒を飲ませない。
ただ、柳川が少しでも暗い顔をすると、こう言って酒を勧めてくる。
ヌワンギなりに気を遣ってくれているのだろう。そう思えば、半ば無理矢理に飲まされる酒も、なかなか美味しかった。
…オンカミヤムカイに帰ってきてから、こうやってヌワンギと酒を飲む事が多くなった。
それはそれで楽しいのだが、その酒の代金は無論ヌワンギ達が支払わねばならない。
だが、資料室の管理者としての報酬は、お世辞にもいいものではなく、
こんなところでも、柳川のウィツァルネミテア貧乏宗教説の信憑性を高めていた。
その少ない賃金の中から、酒代を頑張って捻出しているのだが、
元々倹約癖のある柳川にとって、この出費はあまり嬉しいものではない。
そうはいっても、柳川もヌワンギも、その二人だけの小さな酒宴の回数を減らすつもりは全く無かった。
それは二人にとって、特別な意味があるものだったから。
ヌワンギ達がヤマユラの集落を発とうとしていた当初、柳川はヌワンギを連れてオンカミヤムカイに帰るつもりだった。
だが、その事を察したヌワンギが、柳川にこう聞いてきたのだ。
「力を…貸してくれねぇか?」
「………」
正直、柳川はこれ以上ヌワンギをこの戦争に関わらせるのは嫌だった。
言葉通り、百害あって一理も無い。ヌワンギはこの戦争に巻き込まれてから、その体と心を傷つけてばかりである。
それに、自分の中にいる狩猟者の事もある。戦場に近付けば近付くほど、柳川は自分の理性が削り取られていくような感覚に囚われるのだ。
そして、それは恐らくただの想像の中の出来事ではない。
…だから、ヌワンギがそう頼んできた時も、断ろうと思っていた。
だが、ヌワンギはさらに言葉を続けた。
「発作の事も知ってるし、迷惑なのも分かる。けどよ…柳川。テメェがいれば、この戦争を終わらせる為に、何か出来ると思うんだ。」
「………」
「もう復讐とか馬鹿げた事は考えてねぇ。ただ…守ってやりたい奴が…泣かせたくない女がいるんだ。」
「………」
「だから…頼む、この通りだ!」
そういって頭を下げる。
「…フゥ。」
ヌワンギの意思は固いようである。ならば…それを断る事は出来ない。
「…分かった。だが、一つ条件がある。」
「な、何だ…?」
ヌワンギが少し緊張しつつ柳川を見つめる。恐らくはその条件がどんなものであってもヌワンギは呑むだろう。
それだけの覚悟があり、だからこそそこまで緊張しているのだろう。…そう感じた柳川は、意地悪そうにニヤリと笑った後、条件を伝えた。
「…今度また酒に付き合え。条件はそれだけだ。」
それを聞き、呆気にとられた顔をしたヌワンギを見て、柳川は笑った。そのヌワンギのあまりに予想を裏切らない反応が、
笑えて仕方なかった。ヌワンギもそれを見て自分が笑われている事を悟ったが、不思議と怒る気になれなかった。
それどころか、暫くしてヌワンギ自身も、柳川につられて笑い始めたのだ。何故か、嬉しくて仕方なかった。

…結局、ヌワンギはその条件を律儀に守り、柳川もただそれに応えているだけなのだ。
ならば、止める必要は無い。今は楽しく飲むばかりである。
201名無しさんだよもん:05/01/11 21:26:16 ID:6HFHnBqp
GJ!!!!

一段落もなにも、ここで殆ど完結してはいませんか?!
このあとの話に妄想が広がりんぐ
202Return作者:05/01/11 22:24:25 ID:qV2qgP6m
あいかわらずパラレルヌワンギ作者殿のレベルは高いですなぁ
自分も見習わなければなりませんね

そういや今まで言ってませんでしたがGJですよ!
203ヌワンギパラレル作者:05/01/12 12:44:30 ID:3rYLrHLV
皆さん、レスありがとうございます。
少し暇が出来たので自分の文章を読み返してたんですが、直したい個所が一杯ありますな。
特に後半は私生活が忙しかった事もあり、推敲不足によるミスが多いです。
特に199のこの一文ですが…
>もう完全に出来上がったヌワンギが、そう言ってヌワンギの盃に酒を注いでくる。
正確には
>もう完全に出来上がったヌワンギが、そう言って柳川の盃に酒を注いでくる。
です。
まとめサイトに格納する際に直してもらえると助かります。

他には今後の参考にしたいので、ちょっとした感想なんかを言って頂けると嬉しいのですが。
204名無しさんだよもん:05/01/12 21:28:36 ID:AN3mUvSy
感想といってもGJとしか言いようの無い漏れは……どうするか(w

まだまだ話の広がる余地を残し(シケリペチムの手配書と言いハクオロルート本道とは未接触といい)
本編に全く当たり障り無くこれだけの話を構築してるのは流石だと思う。
そしてほぼ毎日といっても過言ではないレベルでコンスタントに書き上げている辺りは
一、二年に一冊やっとこ本出してる作家とかを見ている分、凄い勢いだなぁと。書き上げる分量の割に誤字とか少ないし。
ヌワパラ氏の書く作品は好きだが、逆に私生活削っちゃ居ないか心配だ(笑)
205名無しさんだよもん:05/01/12 22:16:06 ID:ufSN7iVe
同じくGJとしか言いようがないんですが、
いいものを読ませてもらった感謝の気持ちとして、がんばって感想を。

ヌワンギの立ち直りの物語として読んだのですが、これは優しい小説だなと思いました。
ヌワンギはスタートから心身ともにボロボロだし、故郷が焼き払われたりと
色々と苦難に見舞われますが、それでも最後の一線だけは越えません。
残酷趣味ではないですね。
難民を殺してしまって、あとから気づくとかそういうことはない。
柳川の支えもあって、全編が暖かい雰囲気に包まれています。
ヌワンギは生きる目標と指針を手に入れて、とりあえずもう心配はいらない。

でも、一方柳川の方は確かにヌワンギに救われている部分はあるのだけど、
根本的な解決はまるでなされていない。
このままアパートに戻ったら、大きな流れとしてはバッドエンド確定でしょう。
だからこのSSがまだ書かれるのなら、
今度は柳川に焦点が合わされるのかな。
それで彼が救われるか救われないか、は別として。

……読書感想文になってしまった。
たいへん面白かったし、読んで爽やかな気持ちになれました。ありがとうございます。
206ヌワンギパラレル作者:05/01/13 18:08:40 ID:6Bipw76Q
感想ありがとうございます。

>>204
原作の流れが好きなので、それを極力阻害しないように頑張っております。
後、私生活を削る事は無かったのですが、
もう少しゆっくり投稿した方が、誤字脱字などのミスを減らせたかもしれません。
今後精進します。

>>205
難民が襲われるところは、何回か書き直して今の形になりました。
今回は凄惨な話が多かったので、ここできちんと踏み止まる為に結構気を遣いました。
やはり暗すぎる話は、読んでても書いててもあまり楽しくありませんから。
これからもそうならないように努力します。

皆さんありがとうございました。
また余裕が出来次第続きを書いていきたいです。
207名無しさんだよもん:05/01/17 19:33:17 ID:MPdgiQgs,
保守
208名無しさんだよもん:05/01/19 23:04:08 ID:YT2rA94z
保守
209名無しさんだよもん:05/01/22 14:00:51 ID:izS38b+P
保守
210名無しさんだよもん:05/01/22 18:46:34 ID:pTxge9F6
保守
211名無しさんだよもん:05/01/24 23:35:48 ID:MG8TtxE4
保守
212名無しさんだよもん:05/01/26 16:32:56 ID:+d3e9zUn
保守ヌワンギ
まだ忙しいんですが、なんとか時間を見つけて続きを書いてみました。
またお付き合い頂ければ嬉しいです。
ただ、今回は2、3日に一話ぐらいの頻度で投稿する事になりそうです。

オンカミヤムカイは宗教國家である。が、それは國民全員が僧侶として社で働いている、という事ではない。
この國も収穫時には國民の多くが農作業に専念し、その年の実りを祝い収穫祭を行う。
若い僧侶もこの時ばかりはその体力を買われ、あちこちの農家の助っ人として奔走する事になり、
その多くが日頃の運動不足の為、収穫祭当日には騒ぐ事も出来ず、ただ死んだように眠る。
そうやって、オンカミヤムカイの若い衆は祭りの時にも行儀がいい、という評判が作られていったのだが、
今年の収穫祭は、その評判にそぐわない若い衆が一人だけいた。

その男は、収穫祭中の宴会という宴会を渡り歩き、巡礼者や旅人達とこの日ばかりの無礼講を楽しんでいる。
幾人もの旅人達と盃を交わし、下らぬ世間話に花を咲かせているのだろうか、とても楽しそうだ。
他の若い僧侶達は運動不足が祟り、ここ暫くの過剰労働でそんな体力も残っていないのだが、
この男は、最近は資料室に篭って本を読んでばかりいたようだが、その少し前までは、幾つもの戦場を潜り抜けた体力の持ち主である。
その程度の労働で音を上げる筈が無かった。
その、今二、三人の旅人達と共に馬鹿笑いしている男の名は、無論ヌワンギという。
(…あの酒量と体力には、俺でも敵わないかもしれないな。)
そう思いつつも、柳川はそこから少し離れた社の窓から、その光景を嬉しそうに眺めていた。
今柳川のいる社は、収穫祭の準備で疲れ果てた若い僧侶の休憩所である。
暫く前までは、ここでもささやかな酒宴が開かれていたのだが、今は皆疲れた体を癒す為に熟睡している。
農作業や祭りの準備は体力が物を言う仕事であるから、オンカミヤリュー族の術法もこういう時は役に立たない。
その為、皆慣れない力仕事で体力を使い果たしたようで、酒宴の際も筋肉痛で苦しむ者のうめき声があちらこちらから聞こえてきて、
楽しげ、というよりは少し不気味だった。その酒宴の後も、一人体力が有り余っていたヌワンギはそのまま町に出て、
あちこちの酒宴に顔を出しつつ酒を浴びるように飲んでいる。柳川は祭りの喧騒に少しうんざりしていたので、
ヌワンギの誘いを断り、社で静かに休んでいた。

流石にウィツァルネミテアの総本山での収穫祭は盛大である。
近隣諸國から多くの巡礼者が訪れ、参拝はもちろんの事、出店を回ったり、他國の人達と情報を交換したりと、
誰もが忙しそうである。中には対立中の國から来た巡礼者も混じっているのだろうが、
この時ばかりはウィツァルネミテアの信者同士、世のしがらみを忘れ、盃を酌み交わしているのだろう。
この世界がずっと戦乱続きであるという事は、自身の体験として嫌というほど知っていたし、
資料室で読んだ幾多の歴史書も、その大部分が戦争の記述で埋め尽くされていた。
だからこそ、柳川はこの平安がどんなものよりも大切であるように感じられた。

だが、そんなささやかな平和にも、陰りというものが忍び寄ってきていた。
ただならぬ殺気をはらんだ気配が、感じ取れるだけでも四つ。
今社の周囲には人の気配が多すぎるので、はっきりした事は言えないが、
確かに争いの種がこの地にも蒔かれていた事を、柳川は知ってしまった。
最初はただの喧嘩だと思いこもうとしたが、やはりそうではない。
それどころか、その殺気は、どうもヌワンギに向けられているようなのだ。
だが殺気を向けられている当の本人は、まだ馬鹿騒ぎの真っ最中で、それに気付いているとは到底思えない。
(ヌワンギが狙われる理由なんて…まあ、無い訳ではないんだが。)
そう思うも、何故この収穫祭の日に狙ってくるのか。柳川はその事が理不尽に感じられて仕方なかった。
…それから暫くして、ちょっとした労働を終えた柳川が社に帰ってきた。
とりあえず、ヌワンギを狙っていた者全てを、周りに気付かれないように後ろから手刀を打ち込んで気絶させた後、
縛り付けて納屋に放り込んでおいた。彼らも武芸の心得はあったのだろうが、心得程度では柳川の相手になどならなかった。
(しかし…不自然な襲撃ではあったな。)
何が不自然かといえば、柳川が気絶させた者の多くが、まるで襲撃の準備をしてきた様には見えなかったのだ。
どちらかというと、たまたまヌワンギを見つけたから、仕方なく襲撃しようとした、という様子に思えた。
計画性の無い襲撃。しかも、それぞれが連携して動いていたとは考えづらい。これは何を意味するのか…
柳川がそんな事を考え込んでいると、社の奥から一人の男が声を掛けてきた。

「いや、見事な体術だった。」
深く考え込んでいたせいで、その男の接近に気が付かなかった。柳川が少し驚きつつ、その男の方を振り向く。
社の中は薄暗く、窓から差し込む月明かりがあるだけである。故に、見ただけでは男の正体は分かりかねるが、
その声には聞き覚えがあった。
「賢大僧正様…ですか。」
現れた人影は、賢大僧正ワーベその人である。

その後、柳川はワーベに誘われ、近くにある山道を散歩する事になった。
柳川は、自分が刺客を気絶させていた姿を、何らかの方法で見られてしまった事を知り、ワーベが何を言い出すのか警戒していたのだが、
隣で静かに歩を進めるワーベは、そんな柳川の気苦労を知ってか知らずか、ただ単純に散歩を楽しんでいるようにも見えた。
そうして二人無言のまま、ゆっくりと山道を上る。…それから暫くして、月がよく見える開けた場所に辿り着いた。
そこが目的地であったのだろうか、ワーベは歩を止め、ゆっくりと月を見上げた。
「あの者達は、シケリペチムから来ていたようだ。」
ワーベは月を見つめながら、当たり障りの無い世間話をするかのように、ポツリと言った。
だがそれは世間話などではなく、事の核心である。柳川は、まるで悪戯を咎められた子供のような心境で、
ビクビクしつつも次の言葉を待った。
「…心当たりは、あるかな?」
柳川の方を振り向いて、ワーベはそう言葉を続けた。
「…あります。」
恩人に嘘をつく訳にもいかない。柳川は正直に答えた。
「…そうか。」
ワーベはそう言ってから、また月を見上げた。
暫く沈黙が続く。二人はその心境はどうであれ、ただ、静かに月を眺めていた。
「君達が何をしてきたのか、私は知らないし、また知る必要も無いとも、思っている。」
その穏やかな言葉が沈黙を終わらせた。
「…君達は良く似ている。不器用ではあるが、真面目で、優しい心を持っている。」
「………」
「だから、今回の事も、何かしら深い事情があるのだろう。」
知り合ってそれ程の時間は経っておらず、またその立場も地位も、違い過ぎる程に違うワーベから、
そこまで信用されていた事を知って、柳川は嬉しい気持ちを隠せなかった。だが…
「もし君達がいいと言うのであれば、このまま匿い続ける事も出来るが…」
「…ありがとうございます。ですが…」
「…そうか。」
そう、だからこそ、これ以上迷惑は掛けられなかった。
この心温まる土地、オンカミヤムカイを去る日が、遂に訪れたのである。
まだ朝霧が立ち込める街道を、馬車がゆっくりと通っていく。
手綱を握るは柳川で、馬車の中には少しの荷物と、いびきを掻いて眠っているヌワンギがいる。
馬車はワーベが貸してくれたものである。最初は遠慮して断ろうと思ったのだが、
泥酔して眠っていたヌワンギを発見して、こんなのを連れてすぐ発たねばいけない事を考えれば、
確かに馬車ほどいい交通手段は無いと思い直し、その好意に甘える事にした。
「君達の部屋はそのままにしておくから、ほとぼりが冷めたら帰ってきなさい。」
そういって見送ってくれたワーベの心遣いが、とても嬉しかった。
いつか、この恩を返さなければならない。そう固く心に誓う。
そして、特に目的地も決めていない為、シケリペチムから離れる事をまず第一の目的とし、南へ向けて旅立った。

そうして漸く朝霧が晴れ朝日が昇りはじめた頃に、ヌワンギが目覚めた。
「…やっと起きたか。のんきな男だ。」
柳川が皮肉を言うが、今のヌワンギはそれに返す言葉を持たない。
「き、気持ちわりぃ…」
案の定の二日酔いであった。
「頼むから、馬車の中で吐かないでくれ…」
無性に悲しくなってきた。旅立ったその日にそんな事をされては、流石の柳川も心中穏やかではいられない。
仕方なく馬車を止め、ヌワンギを外に放り出す。ヌワンギはそのまま街道の真ん中に、胃の中の物を吐き出す。
このまま置いていこうかとも思ったが、その気持ちをグッと堪える。
そして、胃の中の物を全て吐き出したヌワンギに水筒を差し出し、
「口をすすげ。」
とだけ伝えた。ヌワンギはその水筒をひったくるように奪い、何回か口をすすいだ後、最後にガラガラガラ…とうがいをして、
口の中の水を吐き出した。それから、辺りを少し見回した後、寝ぼけたような口調で、
「ここ…何処だ?」
と呟いた。
「さあ、何処なんだろうな…」
今まで寝ていたのだから、ヌワンギが事の重大さを理解していないのは仕方がないのだが、
それでもそのあまりに惚けたヌワンギの問に呆れて、答えるのも億劫になった柳川がそこにいた。
218名無しさんだよもん:05/01/29 06:53:03 ID:UmvRnJ4Q
乙です!
久しぶりに受けるそれは、思いのほか冷たい。
まだ海水浴を楽しむには早い、春の半ばを思わせる潮風だった。
だが、どうもこの世界には四季と呼べるものは無い様で、これ以上は暖かくならない可能性が高い。
このメリハリの無い常春に近い気候は、過ごしやすくはあるのだろうが、
この広く綺麗な海岸を無駄に遊ばせてるような気がして、柳川は多少勿体無く感じていた。

南に向けて旅立って数日にして、ヌワンギ達は海岸線に辿り着いた。
そこで二人が目にしたのは、街道に沿って果てしなく長く続いている、綺麗な白浜であった。
ヌワンギは実際に海を目にするのは初めてのようで、さっきから興奮して騒ぎまわっている。
一方の柳川は、これほど綺麗な砂浜を見たのは初めてではあるのだが、海自体は初めて見たわけではないので、
ヌワンギ程喜んではいない。そういう訳で…
「オイ、すげぇぞ!川とか池なんか相手にならねぇくれぇデケェ!」
「…ああ、そうだな。」
「ウオ、聞いた通りだ!水が行ったり来たりしてやがる!」
「…ああ、波の事か。」
「オイ、あれは流れて行ってるのか、流れて来てるのか、どっちなんだ!?」
「…さあ、どっちだろうな。」
終始こんな感じで、二人の間にかなりの温度差が出来ていた。
結局、柳川と喜びを分かち合う事を無理と諦めたヌワンギは、一人で砂浜を走って行ってしまった。
「この寒さで…元気なものだ。」
そう言う柳川は、肌寒い潮風を嫌い、馬車の中でのんびり休む事にした。
暫くして、海水でびしょ濡れになったヌワンギが帰ってきた。
「いやぁ、話には聞いてたんだけどよ、本当に味がするんだよ、海は!」
「…分かったから、乾いてから入って来てくれ。」
「…冷めてんなぁ、柳川。折角の海なんだから、テメェも楽しんできたらどうだ?」
「冷めてるというか…風の方が冷たすぎる。流石にこの寒さでの海水浴は御免だ。お前一人で楽しんできてくれ。」
年寄り臭い男だ。ヌワンギは柳川のその物言いに呆れてしまう。
「分かった、もう誘わネェよ。そこで茶でも飲んでろ。」
「…そうさせてもらう。」
ヌワンギは柳川を誘うのを諦め、きびすを返しまた海へ歩き出す。
「さて…と、それなら俺は魚でも捕まえてくるかな…」
その何気なく出たヌワンギの呟きに、柳川が反応した。
「待て、ヌワンギ。魚がいるのか。」
「…ああ、いるぞ。」
「大きさは?」
「…小せぇのばっかだけど、偶には大きいのも見かけるな。」
柳川は少し思索を巡らせた後、馬車の隅に散乱している荷物の方を見た。
柳川が目に止めたのは薬箱。その中には、治療の為の針と糸が入っている。
「よし、夕食を釣り上げて来るぞ。ヌワンギ、手伝え。」

…その一言が、それから夕方まで行われた、情け無用の浜釣り合戦開始の合図であった。
(何故だろう。ただ単に夕食に、新鮮な海の幸を楽しもうと思っただけなんだが…)
いつの間にかそれは、この白浜を舞台にした男と男の勝負へと変遷し、
最後にはただの足の引っ張り合いに成り果てた。
「そもそもだ、お前が俺の魚籠をひっくり返すからこういう事になったんだ。」
「…だから、あれはわざとじゃねぇって!」
「どうだか…俺が六匹目を釣ってすぐの出来事だ。形勢不利とみての悪あがきだろう。」
「テ、テメェもあの後、俺が大物を釣り上げようとした瞬間を狙って、足を引っ掛けてきたじゃねぇか!」
「…足が滑ったんだ。」
「砂浜でどうやったら足が滑るんだよ!」
今日一日で、二人合わせて十匹以上も釣り上げたにも関わらず、
今二人の眼前で焼かれている魚はたったの二匹。残りはヌワンギ達の文字通りの泥仕合の合間に、再び大海へ逃げ出す事に成功していた。
漁夫の利ならぬ、魚の利である。…とはいえ、魚達にとっては非常に迷惑だった事には変わりないのだろうが。

結局、柳川も計らずして、水遊びを嫌というほど楽しむ羽目になってしまった。
焚き火の側に乾してある二人の服が、それを物語っている。
「…今日は、厄日だった。この寒いのに海水浴はさせられるわ、魚は殆ど逃がしてしまうわ…」
「まあいいじゃネェか。折角海に来たんだから、楽しんでいかねぇと!」
不機嫌な柳川とは対照的に、ヌワンギは随分と嬉しそうだった。
次の日、ヌワンギ達はその砂浜に沿った街道を、東に向けて進んでいた。
「地図だと、もうそろそろ港町が見えてくる頃なんだがな…」
そう呟いてオンカミヤムカイから持ってきたその近隣の地図を広げる。
それによれば、確かにもうそろそろ港町に着いていい筈なのだ。
(…念の為、他の地図も確認しておこう。)
今使っている地図の信頼性に疑問を感じた柳川は、そう考えヌワンギに別の地図を取ってくれるように言った。
「…迷ったわけじゃネェよな。」
地図を探し、荷物をかきあさっているヌワンギがそう言ってきた。
「特に決まった目的地が無いのだから、迷ったとしても状況はそう変わらない。心配するな。」
「…ま、それもそうだな…っと、あった。ほらよっ。」
ヌワンギが地図を放り投げる。それを受け取ると、今まで見ていた地図を折り畳みヌワンギに投げ返す。
そうして新しい地図を広げるが…今度の地図は今まで見ていたものより縮尺がずっと小さい。
「…さっきの方が、良かったな。」
探してもらっておいて悪いが、この地図は今の状況ではあまり役に立ちそうも無い。
そのままそれを返そうとしたが、その地図に描いてある海岸線に何故か目を引かれた。
…見た事があるような気がする。既視感…という訳でもない。いや、というか、見た事があるどころの話ではない。
まだ自分の世界にいた時に、いつも見ていたそれに良く似ているのだ。
(そういえば、今まで内陸地ばかりを旅してきたからな。この世界の陸地の形はまだ知らないのか、俺は。)
柳川はそう思いつつ、地図上の房総半島らしきものを目でなぞっていた。
「世界…地図?」
「まあそうだが、つまり…この世界の陸地の形を教えてくれないか?」
どうしても気になった柳川は、馬車を止めヌワンギにそう聞いてみた。
「…といってもなぁ。俺も大きな地図は、何回かしか見た事ネェぞ。」
「それで構わない。分かる範囲で教えてくれ。」
ヌワンギはどう教えるか少し迷った後、柳川を砂浜に連れてきた。
そして、砂浜に来る途中に拾った木の枝で、おもむろに砂をいじり始める。
「えっと…ここがこうなってだなぁ、そしてこの辺がこんな風に出っ張ってて…」
砂の上にヌワンギ画伯の世界地図が描かれていく。
「…大体こんな感じだな。」
出来上がったそれは、子供の落書きも同様の分かりづらい物ではあるが、なんとなく日本列島の面影を残している。
「もしかして…この辺はこんな感じになってなかったか?」
柳川がそれに描き足していく。
「おお、そうそう、そんな風になってたような気がするな。」
「…それで、この辺に島があるんじゃないのか?」
「…そう言われれば、あったかもしれねぇな。」
大の男二人がブツブツ呟きながら、砂浜に絵を描いている。
端から見れば滑稽、というか不気味なのかもしれないが、ヌワンギ達は真剣である。
「…これで間違いないな、ヌワンギ。」
「ああ、大体合ってると思うぞ…というか、教えなくても知ってたじゃネェか。」
「…いや、今知ったんだ。」
そう、今知ったのだ。今自分たちが立つこの大地が、どうやら日本列島である事を。
それが何を意味するのか、いまいち分かりかねている柳川だが、
この事実は、どうやら次の目的地を決める指標になるであろう事は確かだった。
224名無しさんだよもん:05/01/30 20:52:01 ID:WLoELnXv
(´-`).。oO(身体を縫うための針なんて持ち歩くものか?そんな針で釣り針作れんのかな...
225名無しさんだよもん:05/01/31 19:29:53 ID:ApdYoK/4
医療用の針って釣り針に似てるよね?
それなら大丈夫だろ!
226名無しさんだよもん:05/02/01 15:58:48 ID:BiYTWTXn
返しを作るのが大変そうだけど、加工できなくもないだろう>針
相変わらずゆったりしたSSでいいなぁ
レスありがとうございます。いつもながら嬉しいです。

>>224
一応、ヌワンギがありとあらゆる怪我をするので、一通りの治療道具は持っています。
そういう訳で、17話でも使っています。後、釣り針は…225さんや、226さんが言うように、
作れたんだ、という事で勘弁してください。

漸く辿り着いた港町は、小さいながらも賑やかな所だった。
交易や旅行の為に来た人々や、漁を終えて帰ってきた漁師達が、深夜であるにも関わらず、酒場にたむろし大いに騒いでいる。
その酒場の隅に、遅い夕食を食べているヌワンギ達がいた。
献立は、新鮮な魚の揚げ物にお吸い物。以前の釣りで逃げられた魚への恨みを晴らすかのように、魚づくしである。
そのどちらも特に手間の掛けてない簡素な料理ではあるが、それが逆に素材そのものの味を生かしていて、非常に美味であった。
そうして食事を終えたヌワンギ達は、チビチビと酒を飲みつつ今後の予定を語り合う。
だが、二人とも特にこの旅に目的を見出せないので、話題の中心は自然とこの世界と柳川の世界との差異に移っていった。

「つまり…だ。柳川の世界とこっちの世界が同じだって言うんだな。」
「いや、同じというか…陸地の形が同じなだけだが…いや、待ってくれ。」
今まで当たり前のように感じてきた事が、とても不思議な事のように思えてきた。
…よく考えれば、異世界に来たにも関わらず、言葉は通じるし、文字も読める。
また、その文化、風俗にしても日本のそれと似ている、というレベルではない。
「よく考えてみれば…同じなのかもしれないな。」
異世界で言葉が通じる。この事実を普通に受け止めていた自分がだんだん馬鹿のように思えてきた。
…そう、これには何らかの意味があったのだ。
「もしかすると…だ。」
柳川の中で、一つの仮説が形になってきた。
そう、もしかして自分は…過去から来たのではなかろうか?
つまり、過去にいた自分が何らかの理由でコールドスリープか何かにでもされて、
偶然この時代に目覚めたのだ。そう考えれば、地図が一緒である事も、言葉が通じる事も説明出来るような…
今までファンタジーだと思っていた自分の状況が、途端にSF色を帯びてきたような気がしてきた。
「だとしたら…タイムマシンでも探すか?」
あまりに突拍子も無い仮説に、苦笑いを浮かべながらそう呟く。
「タ、タイム…何だって?」
「いや、気にするな。ただの独り言だ。」
そう、こんな馬鹿げた話は、ただの独り言で終わって欲しいものである。
柳川はそう考えた後、グイッ、と盃をあおった。

それから暫くは、適当に旅の思い出などを語りながら盃を空けていた。
二人とも徐々に口の滑りが良くなってきて、先日の釣りの結果が話題に上ってきた。
結局、あの時は一人一匹づつの引き分けであった。つまり、まだ勝負はついていないのだ。
そして、幸いここは港町である。釣り場は嫌というほどあるのだ。
「明日の勝負で決着をつける、いいな、ヌワンギ。」
ヌワンギはその言葉を受けて大きく高笑いした後、
「後で吠え面かくんじゃねぇぞ!」
大上段から指ならぬ盃を突きつけてそう宣言した。
吠え面かくのは多分ヌワンギの方だろう。そう思うも、それをそのまま言葉にすると、
ヌワンギのこの子供じみた挑発に乗ってしまったように思われそうなので、ただその盃に酒を注いでやる事にした。
ヌワンギは、暫くその盃を持て余した後、妙に行儀良くそれを空けた。
その翌日。その日は狙い済ましたかのように大シケであった。
荒れ狂う海を他人事のように眺めた後、仕方なく二人は酒場に戻り朝から酒を飲む。
「なんか…やる気が削がれちまったなぁ。」
ヌワンギが呆けた顔でそう呟いた。
「そうだな…釣りをする為だけにここに留まり続ける訳にもいかないしな。」
目的が無いのんきな旅とはいえ、お金ものんきに使えるわけではない。
オンカミヤムカイから持ってきた路銀は、明日明後日に尽きるという事はないが、
それでも倹約出来るのなら、するに越した事はないのである。

とはいえ、この天気ではこの町から発つ事も出来ないのは確かである。
ならば丁度いい。この機会に目的地を決めてしまおうと、ヌワンギに相談する。
「とは言っても…何の手掛かりもないこの状況ではな。」
柳川はぼやく。
「結局…オンカミヤムカイの資料室には何の手掛かりも無かったしなぁ。」
そう、ヌワンギの言う通り、まだ資料室の書物の三割程度にしか目を通していないのだが、
その中には異世界からの来訪者の事など、全く書かれてはいなかった。
…いや、そこで柳川は考え直す。今の自分達には、ある手掛かりがあった。
そこで、柳川は資料室で読んだ多くの歴史書の中に、異世界から来た者の記述ではなく、
過去から来た者の記述が無かったか思い出そうとした。
(…そういえば、少し気にかかる事があったな。)
柳川が思い出したのは、新興國家クンネカムンの事である。
新興國家にして三大強国の一つクンネカムン。
その建国の過程を詳しく記した歴史書があった。その中の記述の一つに、少し奇妙なものがあったのだ。
力が弱く差別され続けてきたシャクコポル族が集い、幾つもの國を相手に戦闘を繰り返し、その度に大勝し続けた。
その戦争の中心的役割を果たしたのが、アヴ・カムゥという名の兵器であった。
それは歴史書の記述によれば、武器を持った巨人であるらしいのだ。

それを読んだ当初は、この記述自体が突拍子がないせいであまり信用出来なかったし、
もしこれが真実だとしても、まあ魔法じみたものを使える種族がいるのだし、
巨人を動かせる種族がいても不思議ではないのかもしれないな、と深く考えずに受け入れていた。
だが、この兵器はよくよく考えてみれば、柳川がいた世界の科学技術で造られたロボットのような物と考える事は出来ないか?
そしてもしそうだとすれば、このクンネカムンには、自分と同じように過去からやって来た軍事技術者がいたのではないだろうか。

ここからシケリペチムを迂回してクンネカムンに向かうのは、かなりの長旅ではあるのだが、
もしこの仮説が正しいとすれば、そこには自分の世界に帰る為の手掛かりがあるかもしれないのである。
そこまで考えが及んだ時、ずっと黙ったままだった柳川を訝って、ヌワンギが声を掛けてきた。
「オイ、柳川!何考えてんのか知らねぇけどよぉ、何にも手掛かりが無いっていうのなら、こんなのはどうだ?」
…どうやら、ヌワンギにも何かアイデアがあるようである。
「別によ、本にこの世界の全ての事が書かれてる訳はねぇし、文字書けネェとか、読めネェ奴も結構居るんだよ。
 だから、そういった本とは無縁そうな奴等から、いろんな話を聞いて回れば、何か手掛かりがつかめるんじゃネェか?」
それは、ヌワンギらしい素朴な意見であった。…だが、確かにそれも悪くないように聞こえる。
ただ…
「いい意見だとは思うが…効率が悪すぎる。」
そう、この世界中を回って聞き込みをする。それを終えるのに、一体何年かかるか見当もつかない。
「う…ま、まあそういう考え方もあるよな。」
ヌワンギも気付いたようである。なにしろ、もしそれをするとしても、聞いて回るのは自分達である。
そんな面倒な事は、ヌワンギも御免だった。

その後、柳川はクンネカムン行きの話をヌワンギに伝えようと思った。
だが、自分の意見が通らなかった事で、ヌワンギの機嫌が悪くなるのも嫌だったので、ヌワンギ自身に対してだけ、
その今退けられた案を実行しようとしてみた。
「そういえばヌワンギには聞いてなかったが、何か心当たりはないか?」
「心当たりって…何のだ?」
「そうだな…例えば、奇妙な人に会った事はないか?
 普通の人が知らないような知識を持ってたり、それにしてはこの世界の事について全くの無知だったり…
 それに…そうだ、俺のように大きな耳や尻尾がついてない人。もしそんな人に会った事があるのなら、教えて欲しいのだが…」
(…まあ、ヌワンギがそんな事を知ってる筈は無いんだがな。)
そう、ヌワンギの記憶など、全く当てにはしていない。そもそも、こんな簡単に手掛かりが見つかるようなら、
ここまで苦労はしていないのだ…
そう思い、ヌワンギの返答に全く期待していなかった柳川だが、返ってきた答えは、いい意味でも悪い意味でも、
柳川の予想を大きく裏切っていた。
「あ、あ、あるぞ…!」
「…なんだって?」
「だから、心当たり…あるんだって!」
232名無しさんだよもん:05/02/01 20:17:09 ID:NHcLs3kQ
おお???
233名無しさんだよもん:05/02/01 21:46:41 ID:PeyNzL/u
ついにうたわれメインストーリーに合流するのか?!
234名無しさんだよもん:05/02/04 02:44:14 ID:e7OgGK7p
保守
もうこれで何度目なのだろう。柳川はトゥスクル皇都を視界に収めた時にふとそう思った。
実際は、まだ二、三度といったところなのだが、この世界に来てからこことオンカミヤムカイを往復してばかりだったので、
もう何度もここに来ているような錯覚にとらわれたのだ。
そのトゥスクル皇都は、以前来たとき以上に賑わっているように見える。
基本的に来るもの拒まずのこの都市は、トゥスクル皇の善政の噂を聞きつけた各地の戦乱に苦しむ貧民達がひっきりなしに押し寄せ、
この辺りの國々の中でも最大の都市に成長したのだと、ここに来る前に会った行商中の商人に教えてもらった。

トゥスクル皇ハクオロ。賢帝として知られるこの男の素性は、実は誰もよく知らないらしい。
以前のクッチャ・ケッチャとの戦闘は、この男の過去に原因があったとも言われたが、それも誤解だったようである。
それはそれでいいのだが、そうなると結局、その素性は知れぬままなのだ。
仮にも一國の皇たる者がそんな事でいい、というのはよくよく考えればおかしい筈なのだが、
その事はハクオロの功績の大きさゆえに、皆が口をつぐみ、あまり話題にならないままだった。
その功績。過去に荒れ果てた地を田畑に変え、知り得ぬ筈の鉄の製法を伝え、辺境の村の窮状を支えた。
今は、見た目だけでその種族が分かってしまう故に、その間の軋轢は相当の物であるこの世界で、
どの種族にも公平で差別の無い社会を構築しようとしている。

…ヌワンギから詳しい話を聞かされてみれば、このハクオロという男はおかしい事だらけである。
この世界の常識から逸脱した、種族にとらわれない視点に、この世界の誰もが知っている筈のない農学の知識を持っていたりと。
変な仮面を着けてる、というのが一体どういう事なのかよく分からないが、
柳川と同じ世界から来た男である可能性は高いように思われた。
そのハクオロ皇に会う方法。これについてはなんとかなりそうである。
なんといっても、この國の國師と顔見知りなのだ。そのツテで面会の約束を取り付けてしまえば、
その後は堂々と正面から会いに行けばいい。そう考え、まずこの国の社に向かう事にした。
だが、どうもこの期に及んで同行者の態度が不審極まりなくなってきた。
今までは、これだけ人がいて賑やかだというのに、馬車の中から顔すら出そうとしないのは、
この男の性格に似合わないとは思っていたが、まあそれでも揉め事を起こしているわけではないので、
敢えて無視していた。だが、社に着いてから、一緒に國師に挨拶に行こうと誘っても、
ここで待ってる、外に出たくないなどと言い張り、馬車の中から出て来ようとすらしない。

「…もしかして、エルルゥに会わせる顔がない、などと思ってるんじゃないのか?」
なんとなくそう思ったので聞いてみた。
どうやら図星だったようで、暫く返事に困っていたヌワンギだが、
「…どんな顔して会えばいいか…分かんネェんだ。」
そうボソッと言ってきた。
もうお前の顔なんて忘れてるんじゃないか、などと言って茶化そうかとも思ったが、
ちょっと酷すぎるような気もするので、今は黙っておく事にした。
…ただヌワンギの危惧は別としても、この町でのヌワンギの立場は確かに微妙なのだから、
今回は馬車の中に篭ってもらっていた方が安全なのかもしれない。

そういう訳で、ヌワンギを馬車の中に残し、柳川一人でウルトリィに会いに行く事にした。
…実は、今柳川は結構緊張している。理由は言わずもがな、絶世の美女との再会である。
この時の為に、昨日洗濯したばかりのオンカミヤムカイの正装を着ているのだが、
それでもついつい自分の服装が気になってしまう。とりあえず襟を整え裾のしわを伸ばし、
手櫛で髪を整えてから、ネクタイを締め直す…いや、そんな物は着けていない。
そのおかしな仕草に、周りの人が好奇の目を向けてくる。それを咳払いで強引に誤魔化し、
何とか平静を装い社の中に入った柳川は、とりあえずここの僧侶と思わしき人に、國師への面会を申し出る。
…残念ながらその声は、平静を装おうとする努力も空しく、やや裏返っていた。
その僧侶は、國師ではなく、國師代理を呼んで来ると言って、社の奥に行ってしまった。
何故國師代理なんだろう?そう思うも、今更ここで帰るわけにもいかない。
已む無く社の入り口で待つ事にした。
だがそうしている間、ふと、変な事を思い出した。
昔の話なのだが…美女に会いに来たつもりが、何故か強面のおじさん達に囲まれてしまう、
という美人局のような筋書きのバラエティ企画を、テレビで見た事があった。ドッキリ何とか、といったか?
そこまで思い出せた時、唐突に自分が、そのVTRの登場人物になっているような、嫌な予感が走った。
(…い、いや、考えすぎだ。)
冷や汗を拭いつつ、不安をなんとかして押し殺す。
そう、多分ウルトリィは今忙しいのだ。そうなると、國師代理、というのはあの可愛いカミュ、という名の女の子なのだろう。
…幾分落ち着いてきた。そう、あの子も可愛らしくていい子だったじゃないか。
あの子に会えるのなら、不満などある筈がない。
そう好転しかけた柳川の心を打ち砕く、無慈悲な声が後ろから聞こえてきた。

「遅れて申し訳ありませんな。それで、何用でこの社に来られたのですかな?」
どう聞いてもそれは女の声では有り得ない。恐る恐る後ろを振り向く。
…そこに居たのは、言い方は悪いのだが、髭面のオッサンであった。
ある意味強面の男に囲まれるよりも救われない、悲しい結末がそこにあった。
その髭面の男は、ムントと名乗った。
ウルトリィ達の目付け役としてこの社に居るそうだが…いや、そんな事はどうでもいい。
…こうなったら、目的を果たしてさっさと宿でも捜すべきである。
柳川は、まず簡潔に自分が以前この社に来たオンカミヤムカイの使者である事を伝えた。
ムントは、どうやらウルトリィに柳川の話を聞かされた事があるようで、そういう事なら、と客間でお茶でもご馳走しようと言ってきた。
その申し出は嬉しいのだが、今の柳川は、美女に会えなかった落胆に打ちのめされており、男とのお茶にはあまり乗り気ではなかった。
「ウルトリィ様と、カミュ様は体調でも崩されたのでしょうか?」
まだ未練がある柳川は、とりあえずそう聞いてみる。
…すると、何故かムントが急に焦りだした。
「そ、その…二人とも流行り病を患っておりましてな、今は休んでおられるのだ。」
その態度に不信感を持った柳川は、少し詳しく聞いてみる事にした。

「そうなのですか…お二人とも大丈夫なのでしょうか?」
「う、うむ。そんなに深刻なものでもないのでな。すぐ良くなられるでしょう。」
「ですが…あの責任感の強いウルトリィ様が公務を休まれるほどです。本当に大丈夫なのですか?」
「いやいや、そんなに心配なされるな。た、確かに姫様方の体調はあまりよろしくはないようなのだが…」
「…さっき、深刻なものではないと仰いませんでしたか?」
そのツッコミに、ムントはさらに焦りだした。
「い、いや、その…」
その態度は、何か言い訳を考えているようにも見える。柳川は、少しカマをかけてみる事にした。
「私に秘密にする事はありませんよ?」
「は、はぁ?」
「いえ、実は、以前この國から来た報告書をお読みになった賢大僧正様が、
 その中に少し妙な事が書いてある事に気付かれ、その確認の為に私を使者としてここに遣したのです。」
「な、なんと、そうでありましたか。」
「はい。そういう事ですので、ウルトリィ様達に関する事であれば、包み隠さず私に報告していただかないと、
 賢大僧正様をいたずらに不安にさせるだけ、なのですが…」
このムントという僧正は人がいいのか、柳川の嘘をすっかり信用してしまったようである。
「あの、そ、その…じ、実は…」

下心に従い、美女との面会だけを望んで神職者を罠に嵌めたはいいが、とんでもない情報まで聞き出してしまった。
複雑な表情で、柳川が馬車まで帰ってきた。
「ど、どうだった!?エ、エルルゥは居たのかよ!」
(…そんなに会いたければ、堂々と会いに行けばいいものを。)
柳川はヌワンギの第一声に呆れつつも、とりあえず、報告だけはしておこうと思い、
今知った事実を伝える事にした。
「…誰も居なかった。」
「…何言ってんだ?」
「この町には今、エルルゥもウルトリィもカミュも…さらにハクオロ皇すら居ない。」
「ど、どういう事だよ!?」
本当にどういう事なんだろう。この世界に来てから、どんな物事が簡単に片付いたためしがない。
柳川の嘆きともとれるその言葉が、次の目的地を明示していた。
「皆…隣国の内乱を見物しに行ってるそうだ。」
240名無しさんだよもん:05/02/04 21:28:05 ID:fHGoRrlR
最終決戦まですれ違いを続ける予感
241名無しさんだよもん:05/02/05 01:34:12 ID:V221ilxb
柳川は何故、未来だって思ったの?
一度文明が崩壊したってことに気づいてる様子もないし。
これだけのヒントだと、普通は過去だと思うんじゃないかな?
普通、知識の高いハクオロや、アヴ・カムゥも未来から来たって思うんじゃない?

補完ヨロ
242名無しさんだよもん:05/02/05 04:37:55 ID:yDzIJb59
地球の過去に耳生えた人種がいないのなら、
順当に考えて未来だと見当はつく。猿の惑星とかメジャーだしな。
耳しっぽ生えた連中云々といった表現がここ数回増えているが、
それで自然と連想させるようになっている。

ハクオロの知識がどの程度かを表す出来事(開墾、製鉄)は
現代の技術水準内でわかっていることだし、
アヴ・カムゥはSS内にまだ登場していない。
ハクオロの知識程度については今回わざわざ言及されてるな。
それと、柳川がハクオロが来たのが自分より過去か未来かについて
結論を下している描写はない。

親切に十分説明されているのを読めていないだけだろう。
こんな長文解説しちゃうから、質問するまえにもう一度落ち着いて読め。
243ヌワンギパラレル作者:05/02/05 18:12:59 ID:izD76rIb
>>241
242さんがいろいろと説明してくれたので蛇足になってしまいますが、
もう一つぐらい理由を挙げるなら、日本語の存在でしょうか。
日本語が作られてから柳川のいた現代の日本までの間に、
ヌワンギ達のような文明があった事は無いので、そのあたりで未来ではないか、と思ったのではないかと。
…というか、過去か未来か、というのは今はあまり深い問題じゃないんです。
柳川もそれは仮説の一つぐらいにしか考えてないと思います。

それでも、今までファンタジーだから、と理解しがたい事があってもあまり深く考えず
適当に受け入れてきた柳川の意識が、これはもしかしてSFじゃないか?と思考転換した事により、
そういった事柄に科学的考証を試みるようになった。
このあたりが新しいヒントを得るきっかけになったのではないかと。

…というか、239の最後の方の一文。
>本当にどういう事なんだろう。この世界に来てから、どんな物事が簡単に片付いたためしがない。
正確には、
>本当にどういう事なんだろう。この世界に来てから、どんな物事も簡単に片付いたためしがない。
ですね。他にもいろいろ誤字があるかもしれません。どうもすいません。
ゲーメストを読んだ後のように、暖かい気持ちで許してもらえると嬉しいです。
244名無しさんだよもん:05/02/05 21:16:25 ID:TjfIECmo0
インド人が右にウリアッ上しなければ何でもOKですよ
245名無しさんだよもん:05/02/06 12:02:17 ID:9JLqVn0V0
メッセージソング革命もかなり爆笑した。
いかに雇兵といえども、勝負の見えきった戦いの敗者側に好んで雇われる事はまず無い。
楽に稼ぎたい者は勝者に近い方へ、名を上げたい者は戦力が拮抗している戦いのどちらかへ、それが彼等の鉄則である。
だから、ここナ・トゥンクの叛軍になど、多くの雇兵達が集まる事はない。
そういう訳で、戦力不足をなんとかする為に、トゥスクルからの援助を元手にこれまで何回か雇兵を募ってみたものの、
以前この國の剣奴だったというような、ナ・トゥンクという國自体に恨みのある者が、
ちょくちょくとやって来るだけであった。…これでは戦局を覆せる筈もない。

だから、鎧兜で身を固めた屈強そうな男と、背は高いのだが少し痩せ気味の為、荒事には向かなそうな男という、
少し、いやかなり怪しい二人組が、雇兵と称してこのナ・トゥンクの森の奥にやって来た時も、
怪しまれるどころか、むしろ歓迎されてしまった。
…こうしてヌワンギ達二人は、ナ・トゥンクの内乱に参加する事になったのである。

(…やはり、こんな所に来るべきじゃなかった。)
柳川は目の前にいる大勢の傷痍兵達を見て、ヌワンギの我侭を許してしまった事を深く後悔した。
だがこうなってしまっては、もう彼等を見捨てる事も出来ない。柳川は早速治療を開始する。
この叛軍のアジトでの治療班としての仕事は、確かに大変ではあるものの、柳川の後悔はそれが理由ではない。
こうして柳川が後方で治療を担当している間、前線ではヌワンギが、敵を撹乱する為にその身を危険に晒している。
柳川はそれが心配で仕方ないのだ。今柳川が手当てしている兵士は、彼等自身の自由の為に戦って傷ついたのだから、
名誉の負傷といってもいいだろう。だがヌワンギは違う。今ここでヌワンギが傷つかねばならない理由など何もないのだ。
…無事に帰ってきて欲しい。そう願いながら負傷者たちの治療をする柳川だった。
叛軍は今、まともにナ・トゥンク軍と交戦してはいない。
それだけの戦力が無い事が第一の理由なのだが、とにかく今は時間稼ぎをしなければいけない、
というのも理由の一つである。これまで敵に誘われるままに消耗戦を繰り返してきた叛軍には、
今の戦局を立て直す為の戦力が決定的に欠けている。
その為、まずは時間を稼ぎ、戦力の回復に努めねばならないのだ。

まず兵力を四散させ森の奥深くに隠し、索敵に来たナ・トゥンク軍に少人数での奇襲を仕掛けすぐ撤退する。
それを何度も出来る限り繰り返す事により敵を足止めし、
敵の策的範囲が近付いてきたら、本陣の位置すら変えて本格的な交戦を避け、
その間に兵力の補充と負傷者の治療を速やかに行おうというのである。
…確かに、今戦線を維持する事に固執しては、総崩れは必至であろう。
ならば、ここの地形を生かしたゲリラ戦こそが、叛軍が採るべき戦略には違いなかった。
この作戦は、ほぼ間違いなく戦巧者のハクオロ皇が立案したものなのだろう。

その戦略眼の確かさは認めるが、何もそんなものを他国の内乱なんかで使う事もないだろうに、と柳川は思う。
それとも、この内乱で叛乱軍を勝たせる事により、ここを属國にでもしようというのだろうか。
いや、そんな事の為に皇自らやって来る、というのも考えにくい…
ハクオロ皇が何を考えてこんな所に来たのかよく分からない。いや、もしかしたら…
(案外俺と同じ様に、誰かに無理やり連れてこられただけなのかもしれないな。)
そんなアイデアがふと思い浮かんだ。だが、
(一國の皇ともあろう者が、そんな情けない理由でこんな所に来る筈もないか。)
そう思い直した。結局、ハクオロの意図はその素性同様謎だらけである、という事しか柳川は分からなかった。
その思考と平行して続けていた負傷兵の治療は、今五人目の処置を終えたところである。
流石に、今までずっとヌワンギの治療をしてきただけあって、大抵の負傷の処置は手馴れたものであった。
その手際の良さが目を引いたのか、いつの間にか周りの治療班が、自分達の担当の傷痍兵を放置して、
その柳川の手際をボーッと見学していた。

その見学者達を一睨みして追い返す。のんきというか、何というか…
放置されている怪我人の事も考えて欲しいものである。小さなため息をついてから、六人目の治療を始める。
この兵士の傷はそれ程深くはない様だが、痛みが酷いのか、大きなうめき声をあげ、やや五月蝿かった。
ここで普通の人なら、怪我人の事を気遣い優しく丁寧に手当てをするのかもしれないが、
この兵士にとっては幸か不幸か、柳川は傷の手当ての熟練者ではあったのだが、それと同時に負傷者の不平を聞き流す達人でもあった。
その兵士のうめき声を完全に無視し、消毒と止血をさっさと済ませ、包帯をきつく巻いてやる。
「や、やめっ、も、もっとやさ…がああぁぁぁッ!!」
断末魔の叫びが辺りに響き渡る。無論柳川はそんなものどこ吹く風である。当たり前のように聞き流し、七人目の患者を探す。
その時、聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。
「あの…い、いろんな意味で凄い手際でしたね…思わず見入ってしまいました。」
優しそうな女性の声。それに釣られゆっくりと振り返ると、そこには…
「あ、あれ?貴方は確か、オンカミヤムカイの…」
ヌワンギの想い人、エルルゥその人がいた。
怪我人の治療が一通り終わる。その後柳川が叛軍のアジトの外れで一息ついていると、お茶を持ったエルルゥがやって来た。
「どうぞ、ご苦労様でした。」
エルルゥ自身も治療班の一員として人一倍働いていたにも関わらず、それが終われば周りへの気遣いも怠らない。
良く出来た娘だ、柳川はそう思いつつ、お礼を言ってそのお茶を受け取った。
近頃は酒ばかり飲んでいたので、その久々に飲むお茶が、とても美味しく感じられた。

…さて、さっきの言い訳を信じてもらえたのだろうか。それを確認する為に、エルルゥにいくつか質問してみる事にした。
「あの、ここに自分がいる事を…」
「大丈夫です。ウルトリィ様には言っていません…でも、大変ですね。お忍びでウルトリィ様とカミュちゃんの護衛なんて…」
どうやら、あの咄嗟についた嘘を完全に信じてくれたようである。柳川は少し安心した。
「でも…どうして怪我人の治療なんてしてたんですか?それもあんなに上手に。」
そのエルルゥの質問に答えようとした時に、柳川はふと迷った。
(ヌワンギの事…話してみるべきだろうか…)
いや、やはりこの事はヌワンギ自身が話すべきだろうな。そう考え、ヌワンギの名前を出さない事にした。

「前回会った時は言いませんでしたが、自分には相棒がいるんです。その男がいつもいつも厄介事に首を突っ込んでは
 怪我ばかりしているので、自然と手当てが上手くなってしまいまして…それで折角だからと思い、
 ここでも同じ事をさせて頂きました。お役に立てていればいいのですが。」
「そ、それはもう。みんな大助かりだ、って言ってました。」
ありがとうございます、そう言ってペコリと頭を下げる。
(別にこの娘が頭を下げる事じゃないんだがな…)
そう思うも、別に感謝される事に抵抗があるわけでもない。
「いや…どういたしまして。」
そう答える自分の顔がほころんでいくのを感じる。感謝の言葉というのは、やはりいいものである。
「えっと…皆の所に行かないんですか?」
アジトの外れから動こうとしない柳川の事を不思議に思ったのか、エルルゥがそんな質問をしてきた。
他の治療班の皆は、アジトの中で休憩している。外れにいる者など、柳川一人だった。
「…ここで、相棒を待つ事にします。あいつの事だから、また怪我をして戻って来るでしょうし。」
そう、今の柳川は、ヌワンギの事が心配で皆とくつろぐ事など出来なかった。
それを聞いて、柳川の相棒が前線で戦っているのだ、という事に気が付いたエルルゥは、懐から小さな瓶を取り出した。
「あの…これ、傷薬です。その相棒さんが帰ってきたら、使ってあげて下さい。」
エルルゥは柳川に瓶を渡した後、またペコリと頭を下げてから、皆の所へ戻っていった。

エルルゥが行った後、柳川は手の中の瓶をジッと見つめていた。ヌワンギは、これを受け取って喜ぶのか、それとも…
出来れば喜んでほしい。柳川は思う。ヌワンギ自身がどう思っているのかは知らないが、
柳川は、ヌワンギの想いと努力が、ちゃんとエルルゥに伝わっていない事が不満だった。
今までヌワンギがどんな想いを抱えて戦ってきたか、柳川は誰よりもよく知っている。
だからこそ、それがキチンと報われてくれればいい、そう考えているのだが、
ヌワンギは何故かそれを望んでいないようだった。

柳川は彼方を見つめる。この深い森の何処かで、ヌワンギはまた剣を振るっているのだろうか…
ここからそれを窺い知る事は出来ない。ただ今この空が、日が沈みかけて薄紫の色彩を帯び、
ここが戦火の真っ只中である事も忘れてしまいかねないくらい美しかった。
…今日もまた何事も無かったかのように夜が訪れる。
251名無しさんだよもん:05/02/07 18:58:05 ID:P1quz2Eo0
GJ!!
ヌワンギ、無事に帰ってくるといいんだけど。
252名無しさんだよもん:05/02/07 19:14:22 ID:q6cUnOSn0
こりゃヌワンギ喜ぶだろうなぁ
253名無しさんだよもん:05/02/10 03:35:43 ID:5HBJ6WrGO
保守
254名無しさんだよもん:05/02/10 03:46:34 ID:oY4EqEOW0
>>252
漏れは複雑な顔するにイピョーウ
柳川が知らぬ中ではないとはいえども
自分がいない間にエルルゥに会ってたと言うのは心中穏やかではないだろ

揺れるオトコゴコロw
レスありがとうございます。
かなり忙しいのですが、何とか3日に一回は投稿出来るように頑張っております。
ですが、247に一つ、誤変換を発見。
>敵の策的範囲が近付いてきたら、本陣の位置すら変えて本格的な交戦を避け、
これ、策的じゃなく索敵ですね。格納する際に直してくれると助かります。…どうもすいません。


エルルゥがまたしても戦場にいる。それを聞いて何の行動も起こさないヌワンギではなかった。
ヌワンギ自身も戦争にいい思い出なんかある訳がないし、関わらずに済むものならそうするだろう。
だが、エルルゥがそこにいるとなると話は別である。こうなったら、もうヌワンギにはたった一つの選択肢しか残されていない。
勿論柳川には何度も強硬に反対されたが、半日ほど拝み倒してなんとかナ・トゥンクへ行く約束を取り付けた。
柳川が今回の件を許可する際に出した条件は一つ。
「敗色が濃くなってきたと俺が判断したら、たとえエルルゥが残っていようと、俺達はそこから離れる。いいな!」
その柳川が渋々出した条件を、ヌワンギは喜んで受け入れた。
(負けそうにならないように、俺が頑張りゃいいだけの話だ。)
ヌワンギは、そんな大それた事を大真面目に考えていたのだ。

とはいえ、元々トゥスクルにはハクオロに会いに来たのだから、
このナ・トゥンクに行く、という選択肢は決しておかしくはない。ただ、そこが内乱の真っ只中だというだけである。
…いや、本当はそれこそが大きな問題なのだが。…ともかく、もしハクオロも戦場にいるとなれば、
柳川がハクオロと会って話をする機会を作るのも容易な筈である。その結果柳川が元の世界に帰る手掛かりを掴めるかどうか、
までは分からないが、それでもその可能性があるだけマシだ、とも言える。今までずっと手掛かり零の状態で頑張ってきたのだ。
それに比べれば今の状況は、大きな進展を迎えている、といっても言いすぎではないのだ。
ナ・トゥンクに着いてから叛軍のアジトを見つけるまでは然程苦労しなかった。
柳川の提案で、ここに来る途中に雇兵がよく利用する酒場を探して、仕事の話を聞いてみたのだ。
そうしたら、案の定お勧めしないがこんな話がある、と言って一人の雇兵がいくつかアジトのありそうな場所を教えてくれた。
蛇の道は蛇、という事なのだろう。プロの戦争屋である彼らの情報網は、時折国家のそれをも凌駕する。
ついでに、その雇兵が持っていた中古の鎧を情報量がわり、という事で高値で買い取った。これはヌワンギの変装用である。
そんな事しなくていい、見つかったら見つかったで堂々としてればいい、と柳川は言ってくれたのだが、
まだそんな事が出来る自信は無い。エルルゥに会った時、何を言えばいいか、そして何を言われるのか、
…ヌワンギには全く分からなかった。
「守りたい相手がいて、その為に俺が何か出来るんなら、今はそれでいいんだよ。」
カッコつけてそう言ってみたものの、柳川には無理をしている事を隠せなかったようだった。

あの時の柳川の複雑そうな顔を思い出す。柳川は、言いたい事を我慢する時に決まってそんな顔をする。
気の利く男だから、聞いてはいけない事や、聞いても無駄な事を、そうする前に悟ってしまうのだろう。
だから、本当は何か言いたいのだろうが、あんな顔をして仕方なく堪えているのだ。
…それなりに長い付き合いである。ヌワンギは、そういう柳川の細かい癖を、何となくだが分かるようになっていた。
よく考えれば、そんな事まで分かる程の親しい友人なんか、今までいなかった。
いろいろと紆余曲折はあったが、柳川は、ヌワンギにとっても親友であり相棒である。
だからこそ、
(怪我して帰ってきたら、またあんな顔をさせちまうしな…それもワリィし、とりあえず暫くは慎重に戦っておくか。)
こんな風に、分かりにくい所で不器用ながらも、ヌワンギは柳川に気を遣っているのだった。
ヌワンギ達の仕事は敵の索敵部隊の足止めである。
敵部隊がこちらより少数の場合は戦って追い返し、多数の場合はこちらの気配を知らせてから森の中をグルグルと逃げ回り、
時間を浪費させる。これは、地の利がこちらになければ使えない作戦だが、
この森の中なら、地の利は確かに叛軍の方にあった。
つまり、どちらに転んでも敵を殲滅するまで戦わねばならないという事はないので、
結構気楽なものである。ヌワンギは自分のやっている事が、
ここに来る前に想像していたものとは比較にならぬ程に地味である事に不満があった。
(これ、本当にエルルゥの役に立ってんのかよ…)
そう思ってしまうくらいに簡単である。そもそも敵の索敵部隊自体あまり見かけない。
これまで二度会っただけで、その時は少数だったので追い返したが、あまり強くは感じなかった。
もしこのまま終われば、ヌワンギとしては初の無傷での帰還である。
…喜んでいいのかどうか、少し複雑であった。

だが、やはりそう簡単には終わってくれなかった。
三度目に会った索敵部隊は少々手強く、追い返すのに時間が掛かり過ぎてしまい、あろう事か敵の援軍までやって来てしまった。
当初の作戦では、敵が自軍より多くなったら撤退する筈である。だが、一度戦闘が起きてしまえば、
なかなか撤退という考えは浮かんでこないものである。その戦いはそのままヌワンギ達が休む間も無く延長戦に突入してしまう。

もうヌワンギの頭の中に慎重なんて言葉はない。そもそもヌワンギの戦い方は、思い切りのいい剣さばきが身上の攻撃的なものである。
敵が剣を振るうよりも先にこちらから攻撃する。そして、防御の事は後から考える。それで今まで戦い抜いてきたのだ。
鎧のせいで速さを犠牲にしてはいるが、その剣撃の重さは変わらない。ヌワンギの攻撃を剣で受けようとした敵は、
その予想以上の重さにバランスを崩す。
「くらえぇぇっ!」
その隙を見逃すヌワンギではない。初撃以上の勢いで放った第二撃は、敵の刀を叩き折り、そのまま敵の喉下を切り裂いた。
この戦闘の中では、間違いなくヌワンギは一番強かった。
その戦い方故に無傷とはいかないが、それでも負った傷に見合うだけの敵を屠った。
敵の援軍も自分達が劣勢である事に気付いたか、戦意を無くし我先にと逃げていった。
「…やっと終わった。」
ヌワンギは呟く。やはり無傷の帰還は儚い夢と消えてしまった。腕の何ヶ所かに切り傷、そして右肩には矢が刺さっている。
その矢は鎧の肩当てのお陰で深くは刺さっていないようだが、抜こうとしてもその肩当てが邪魔をしてなかなか難しい。
幸い毒も塗ってはないようだから、このままアジトに帰るまで放置する事にした。
…そう、今の戦闘でこちらもかなり消耗してしまった。これでは今日のところはアジトに帰るしかないだろう。

そうしてヌワンギのいる部隊はアジトに撤退する事になったのだが、
その部隊の中に一人、ヌワンギには不思議と気になる男がいた。
その男はさっきの戦闘でヌワンギ以上に勇敢に戦っていた。残念ながらその剣技が男の勇敢さに追いついていなかったが為に、
必要以上に傷を負う事になったのだが、それでも男は誰の手も借りず、鞘に入れた剣を杖代わりにして何とか歩いていた。
その半ば無謀ともいえる戦いぶりに、以前クッチャ・ケッチャで戦ってきた時の自分を重ねてしまったのだろうか。
ヌワンギはそう思う。…そういえば、確かにこの男はヌワンギに似ている。特に、その耳と尻尾が…
(ああ、そうか…こいつ、多分同郷だ。)
この世界は、その種族で大体何処の國出身か分かってしまう。そう、その男はヌワンギと同じ種族だった。
となれば、恐らく同じトゥスクル出身なのだろう。
(…それなら、同郷のよしみ、ってヤツだな。)
ヌワンギは、矢が刺さってない方の肩をその男に貸してやる事にした。
「…余計なお世話だ。」
その男が肩を貸そうとしたヌワンギに言った言葉がこれだった。
…少なくとも感謝の言葉には聞こえない。ヌワンギはちょっと憤慨しそうになるが、なんとか堪えた。
「ま、まあまあ…テレんなよ、俺達同じトゥスクル出身じゃねぇか。」
そういって無理矢理肩を貸した。男は感謝こそしなかったが、仕方なく、といった感じでヌワンギに体重を掛けてきた。
「トゥスクルから来たって事は、雇兵だよな、テメェは。」
「…別に珍しくもないだろ、お前もそうなんだから。」
その男の返事は相変わらずぶっきらぼうである。…同郷だと思って優しくしたのが間違いだった。
ヌワンギは自分の親切心を後悔し始めていた。

「…で、でも、トゥスクル出身の雇兵はあまり見かけネェな。あそこはいい國だからよ、
 雇兵なんかしなくても仕事はあるしな。」
ヌワンギは、何とか会話を繋ごうとする。
「ならお前はどうして雇兵なんかやってるんだ?」
「お、俺はいろいろあるんだよ。」
「なら俺も同じだ…それに、俺はトゥスクル出身じゃない。」
思いもかけない事を言われた。もしそうなら、ヌワンギの優しさはその理由からして勘違いだった事になる。
「え?で、でもよ…」
「俺は…ケナシコウルペ出身だ。」
それは、既に滅んだ國の名前だった。男が話を続ける。
「お前も知っている筈だ。あそこは酷い國だった…皇の言葉一つで、何の理由も無しに人が殺された。
 …チャヌマウ。それが俺の村だった。皆殺され、焼き尽くされて、俺の帰る場所は無くなってしまった。
 だから雇兵なんかをやっている。誰が好き好んでこんな事をやるものか。…それはお前も同じかも知れんがな。」
ヌワンギは自分の血の気が失せていくのをはっきりと感じていた。
聞いてはならない事だったのか。…それとも、聞かねばならない事だったのか。
その問は既に遅すぎた。何故なら、ヌワンギはもう聞いてしまったのだから。…だが、それは、あまりにも重過ぎた。
肩に掛かる男の重さが、今のヌワンギはもう耐えられなかった。
260名無しさんだよもん:05/02/10 21:52:54 ID:XY1erW6O0
自暴自棄になるヌワンギに柳川が「今のお前が俺にとっては一番大事なんだ」などと吐かしてほしいと思う今日この頃。
261名無しさんだよもん:05/02/10 22:10:51 ID:55qRemdp0
ウホッ…
262名無しさんだよもん:05/02/11 00:19:48 ID:p3gTaFA8O
>>261
それは止めれw
263名無しさんだよもん:05/02/11 01:13:30 ID:aJTjkWnh0
柳川達とカップルになれる可能性が(少しでも)ある女性と言うと
クーヤ・サクヤ以外はオリキャラ出すしかなさそうだからなぁ
ヌワが助けた家族(夫は戦火で死んだとして)がフラグとしては一番?

ヌワにも本当の春が来て欲しい・・・

柳川は骨を埋める事になるのかねぇ
264名無しさんだよもん:05/02/11 11:25:44 ID:RIKKg45m0
ヌワはエルルゥへの想いを隠しつづけたまま、
人知れず戦っていくのもいいかなと、俺は思う。

265名無しさんだよもん:05/02/11 16:53:59 ID:qZijaqFc0
最終的にはエルルゥの前に姿を現せるようになってほしい、
というより、それをできるようにならない限り、ヌワンギは救われないよ
バッドエンドもまぁ、悪くないけどさ
266名無しさんだよもん:05/02/11 20:26:37 ID:MvrHG4Gv0
ヌワンギもういいよ、他のキボンヌ
267名無しさんだよもん:05/02/11 22:03:20 ID:qEsyF8cD0
ならおまいさんが(ry
268名無しさんだよもん:05/02/12 17:25:56 ID:K6UVqPbL0
先が読めない分一日二回此処覗きに来るようになった漏れw

ちなみに、ハカロワの御堂に続く二次創作で株上げたキャラ・ヌワンギ
って香具師挙手。
ノシ
269名無しさんだよもん:05/02/13 10:11:57 ID:I4rwFsrR0
御堂の前に彰もいるぜ!今は紅茶とスコーンと一緒に食われそうになってるが

(´−`)。o0(ヌワンギスレの人気ってこれのお蔭かなぁ
ノシ
レスありがとうございます。いつも励みになっております。
後、確かに暫く自分ばかりが投稿してるような感じになってますので、
他にも誰かSS書いてくれる人がいると嬉しいのですが。
それと…ヌワンギスレは職人さんが面白過ぎるのが理由だと思います。


ヌワンギが怪我をして帰って来るのはいつもの事である。
とはいえ、とにかくヌワンギが戦場から生きて帰って来た事を素直に喜びたかった柳川だが、
どうも今回のヌワンギは少し様子がおかしかった。アジトの外で出迎えた柳川にただ、
「こいつを…手当てしてやってくれよ。」
とこちらの顔も見ずに呟き、肩を貸していた怪我人を柳川に預けてから、そのまま向こうに行ってしまった。
それを心配した柳川は、ヌワンギの様子を見に行きたかったが、今の柳川の仕事は怪我人の治療である。
さらに、ヌワンギから預けられた怪我人の傷はかなり深そうだったので、無視する事も出来なかった。

男の傷は体中のあちこちにあり、その戦闘が凄惨であった事が窺える。
ただ、他にはこれほど深い傷を負った者がいないので、恐らくは彼が一番勇猛に戦ったのだろう。
…とりあえず治療をしながら戦闘の事を聞いてみようとした。
「ひどい怪我だが…前線の様子はどうなんだ?」
「…さあ、元々勝ちの薄い勝負だ。予想は出来るんじゃないのか。」
男はそっけなくそう返してきた。どうもあまり友好的には見えない。
…こういうタイプには、世間話から始めるとかいうまどろっこしい事はしない方がいい。率直に本題を話すのが一番である。
そう思った柳川は、今最も知りたい事を聞いてみた。無論それはヌワンギの事である。
「お前に肩を貸していた男…アイツは俺の友人なんだが、少し様子がおかしいんだ。
 多分戦場で何かあったと思うんだが、何か知ってはいないか?」
それを聞いた男は、今まで一度も柳川の方に向けなかった目を、ギロリ、と向けた。
「…あの男が心配なのか?」
「あ、ああ…」
いきなり怒気を含んだ視線を向けられて、柳川は少したじろぐ。
「心配なら何故戦場について行ってやらないんだ?お前のいない所で何時奴が死ぬのか知れたものじゃないだろう!
 お前は見たところ戦場に立てない歳じゃないし、その体力も十分あるように思うがな。 
 それなのに、何故お前はこんな所でただ待っていたんだ!?」
「そ、それは…」
柳川はいきなりの男の剣幕とその言葉の正しさに、何も言い返す事が出来ない。
「…いいか、大切な人がいるんなら、絶対にそいつの側を離れるな。
 お前がいない間にそいつが死んだら、お前はずっとそれを後悔し続けるんだ。それこそ、地獄に落ちるまでな。
 …そんな生き地獄を味わいたくないのなら、大切な人の側にいて、ずっと守ってやるんだ…」

その男の言葉は誰の事を言っていたのか。そして、誰に対して言っていたのか。
柳川にはなんとなく、男の最後の言葉は彼自身に言っているように聞こえた。
だが、それが柳川自身にも深く突き刺さった事には変わらない。
言葉を失くした柳川は、それでも何事もなかったかのように黙々と男の治療を続けたが、
その心は、ヌワンギの死に対する恐怖にずっと囚われたままだった。
ヌワンギは星を見ていた。
前線にいて怪我をした者は皆アジトの中で治療を受けている。そう、あのチャヌマウ出身の男も柳川に治療を受けているのだろう。
だが、ヌワンギはとても治療を受ける気になんてなれなかった。むしろ、この傷口から体中の血が流れていって欲しい、
そんなことすら考えていた。
ヌワンギの目に映る星は、どれもとても綺麗に見えた。今日流された血も、過去に流れた血も、
この星の美しさに比べたら、本当は取るに足らないものなのだ。戦争など別に珍しくもないし、
毎日戦争で死ぬ人の数以上の命が、毎日生まれている事もまた確かなのだから。
だから、そんな普遍的でありふれたものより、この星の美しさこそが、価値あるものであるべきだ。
…それなのに、ヌワンギの周りで流された血は、そのまま朱色の鎖となってヌワンギの心を雁字搦めに縛り付けていた。

ヌワンギ自身もそれを久しく忘れていた。いや、忘れようとしていた。
だが、それは事実なのだ。ヌワンギは…咎人である。そしてそれは、これからもずっと変わりはしない。
ヌワンギがこれからどう生きようとも、その罪が剥がれ落ちる事はない。
…それこそ、夜空にこの星々が瞬き続ける限りは、ヌワンギはそれを忘れるわけにはいかなかったのだ。

「こんばんは。星…綺麗ですね。」
ヌワンギの後ろから、声が聞こえた。それはとても美しく、そして、優しい、優しすぎる声だった。
ずっと聞きたかった声だった。その声を聞きたくて涙すら流した日もあった。
でも…どうして今、その声がヌワンギに掛けられたのだろう。
「前線で戦ってくれた兵士さんですよね。他の皆さんは今手当てを受けていますし、貴方も手当てさせてもらえませんか?」
今は夜も深く、星明かり以外にこのアジトの外れを照らすものはない。それに、ヌワンギは今鎧兜に身を固めている。
だから後姿からでは、エルルゥはそれがヌワンギだと分からないのだろう。
それ故に少し他人行儀ではあるが、それでもその優しさに満ちた声は以前とまるで変わらずヌワンギの心を捉える。
だが…ヌワンギは振り返る事も、言葉を返す事も出来なかった。
「あの…し、心配しなくてもいいですよ。わたし、これでも薬師なんです。それに…痛くないようにしますから。」
知っている、そんな事は知っている。その娘が薬師である事も、とても優しい事も。
でもヌワンギは、星を見つめたまま微動だにしない、いや、出来ない。

暫くして、エルルゥの足音が聞こえてきた。…ヌワンギに近付いてきているのだ。
いくら声を掛けても返事をしないその兵士は、どう考えても少し怪しい。
これがもしエルルゥでなければ、そのまま放置しておいただろう。
だが、エルルゥは違う。そう、たとえそれがどんな人であろうとも、怪我人を前にして躊躇う事はないのだ。
…手を引いてアジトまで連れて行く気なのだろう。ヌワンギのすぐ後ろに並んだエルルゥは、
「…兵士さん、行きましょう?」
そう言ってヌワンギの手をとろうとした。だがその時、
「エルルゥさーん!傷薬が無くなりましたー!急いで戻って来て下さーい!」
治療班の一人が、大声でエルルゥを呼んだのだ。
その声にびっくりして、ヌワンギの手を掴もうとしていた手を、エルルゥは引っ込めてしまった。
エルルゥはどちらを優先するか迷い、少しあたふたした後、
「すぐ来て下さいね。…来なかったら、また迎えに来ますから。」
ヌワンギにそう告げてから、
「今行きまーす。」
と言ってアジトに戻っていった。
ヌワンギは、それからもずっと星を見ていた。
いや、見ていたのは星ではないのだろう。何故なら、今ヌワンギの視界は完全にぼやけていて、何も見る事など出来ないのだから。
…だから恐らくは、その脳裏に浮かぶ想い人の笑顔を、ヌワンギはずっと見つめていたのだ。
それから暫くして、また別の足音が聞こえてきた。…それだ誰であるか、ヌワンギはなんとなく悟った。
「…本当にいいのか、あれで。」
柳川は盗み見していた事も隠さず、ヌワンギにそう聞いた。
だが、ヌワンギから返ってきた言葉は、その問に対する返答ではなかった。
「あのお前に預けたヤツ、手当ては終わったのか?」
それに釈然としないものを感じつつも、柳川は答える。
「ああ、次はお前の番だが…もし俺よりエルルゥがいいというのなら、呼んで来てやるぞ。」
場を明るくしようとして慣れない軽口をたたいてみたが、何の効果もなかった。

「あの男はな…故郷の村を焼き払われて、家族も、友人も、皆殺されたんだよ。」
ヌワンギはポツリとそう呟いた。
それを聞いて、柳川は合点がいった。あの言葉は、男のそういう事情から来ていたのだ。
そう考えると、さらにあの言葉の重さが増したように思えた。
「そうか、それで…」
「俺なんだよ。」
「…何が…だ?」
「…俺なんだ。村を焼き払ったのも、村人を皆殺しにしたのも。」
柳川は、その告白に何も言えない。
「お…俺…なんだよ…!」
ヌワンギは泣いている。柳川は何度もヌワンギが泣いている姿を見た事があり、その嗚咽も何度も聞いた事がある。
だが、今のヌワンギの後姿は、何故か泣いているようには見えず、聞こえるのも嗚咽ではなく、懺悔の言葉だった。
「会えネェよ、会えるわけネェよ!そんな資格はネェし、会って話せる事もねぇ!」
何も言葉を返せない柳川を尻目に、ヌワンギは嘆き続ける。
「…会えねぇよ、会えねぇよ…でも、会いてぇよ…エルルゥ…」
275名無しさんだよもん:05/02/13 19:15:32 ID:WNMr8QUq0
おいおいカコイイな
276名無しさんだよもん:05/02/13 21:59:31 ID:P49KzH8i0
発展祈願age
277名無しさんだよもん:05/02/13 22:51:24 ID:ssf1QQmt0
おもしろそうですね
僕も近く投稿してよろしいでしょうか?
ちなみに神奈を出す予定。
278RE-BORN:05/02/14 00:23:13 ID:FtbFieEP0
夜…
安普請の、だが温かみのある内装で整えられた一軒屋
ベッドの上からは甘い安らかな息遣いが聞こえてくる。
それは全てを許し認め合った恋人同士の息遣い…だがやがて寝息は悲しみに満ちた吐息へと代わっていく

「観鈴っ!」
燭台に灯を点し、跳ね起きる往人。
ほのかな光の下の観鈴の顔は…涙で塗れていた。
「どうした具合でも悪いのか…もしそうなら」
「ううん…違うの…でもね」

「また私、この頃夢をみるようになったの」
夢…あの空の上にもう1人の自分が…というあれか?
だが、ここに来て以来、その夢は見なくなったと観鈴は言っていた、そればかりではない
観鈴を孤独へと追いやっていた癇癪までもすっかり息を潜めてしまっていた。
だが、その反面、2人は奇妙な喪失感に付きまとわれてもいた、例え帰れずとも充分に幸せなはずなのに
お互いの温もりさえあれば何も必要無いのに…それでも何かが足りない。

「あのね、おかあさんが泣いてるの…浜辺で泣きながら私の名前を何度も呼ぶの…でも私には何も出来なくって」
「私の心は空に消えていくの…そこにいかなくちゃ行けなかったから、でもどうしてなのかわからない
 とにかく大切なことをやらないといけなかったの…でも!」
観鈴の瞳から涙がこぼれる。
「空の上には誰もいなかった!」
「だから私どうしていいのかわからなくなって……あれ?れ…」
279RE-BORN:05/02/14 00:27:38 ID:FtbFieEP0
観鈴の様子がおかしい、
「違う…違う…」
必死で頭を振り、何かを否定しようとしている。
たまらず往人は観鈴の頭を抱きかかえ、そのままキスで観鈴の疑問まで塞いでしまう。
「んっ…ん」
戸惑いと疑問はたちまち甘い吐息に蕩けて消えていく。
唇を離すと、唾液の糸が何本も2人の唇の間から伸びて零れる。
そのままお互いの額を合わせ、ふぅふぅと息を整え、今度は往人が言葉を紡ぎ出す。

「俺も…夢を見た」
「夢の中のお前は凄まじい苦しみと一人で戦っていた…俺は何度も助けようとするんだ
でも…届かない!届かないんだ!!」
往人の瞳からも涙が溢れ出す。
「まるで自分が自分以外のほかの生き物になっちまったみたいで!!何かをしようとしても
 すぐに忘れてしまうんだ!どんなにお前を助けたいと思っても次の瞬間にはそれを
 忘れてしまうんだ!」

2人は本能的に直感していた、この夢は決して思い出してはいけない記憶だ。
全てを思い出してしまえば、その瞬間全てが壊れる。
また2人は、今度は観鈴の方から往人の唇を求める、往人の頬に観鈴の髪が、
その穢れなき心と同じく美しく輝く金髪が触れる、その心地よさの中にも往人は疑問を感じつつあった
何故か、白いリボンの残像が不意に浮かんで消えたのだ。

やや乱雑だが頬の所でカットされた観鈴の髪にリボンは…
「俺が傍にいる…ずっと」
その残像を打ち消すように往人は観鈴を抱きしめる。
「お前をもう1人にはさせない!どんなに辛い夢を見ても…俺がお前を笑わせてやる」
「もっと!もっと強くして!…夢なんてもう見れなくっていい!!往人さんがいればそれでいい!」
観鈴もまた往人の想いに応じるように、背中に爪が突き立つほどに強く、往人を抱きしめる。
そして2人はまた夜の帳へと消えていく。
280RE-BORN:05/02/14 00:29:53 ID:FtbFieEP0
2人の背中に刻まれた爪の刻印は、消えない薔薇のように鮮やかに、
そこから滲み出す赤いものは、まるで媚薬のように妖しい輝きを発しているかの
ようだった。

----了-----
281名無しさんだよもん:05/02/14 00:32:47 ID:FtbFieEP0
神奈は次で出したいな・・・今回は前振りということで
如何でしょうか?
うたわれキャラも世界も関係無い、刹那的な話になってしまいましたが・・・
282名無しさんだよもん:05/02/14 16:55:48 ID:utGc3L5n0
>>278-281
新作GJ!!
偉そうな事は言えないけど、文章も上手いし、内容もSSの書き始めとしてよく出来てると思う。
今後の展開に期待。
283RE-BORN(後編):05/02/16 01:22:22 ID:xcV2A7/10
「おっ!おじさんごめん!!ボクここのお金持ってないんだ!!」
草原を逃げるのは月宮あゆ、その両手には野菜が山のように抱えられている。

あれから…空腹に耐え兼ねたあゆは食べるものを探して、森の中をさ迷っていた。
「うぐぅ…ボク、飢え死にかなぁ」
基本的に暢気なあゆも、誰も知己がいない状況では不安にならざるを得ない。
やがて森が開け、見渡す限りの草原が広がる、とその一角に
「畑?」
あゆはとてとてと畑へと走りよる、そこにはみずみずしい野菜が大量に繁っていた。
ごくりとあゆの喉が鳴る。
あたりに人影はない。
「ううう…ボクは1度もつかまったことは無いんだ…」
あゆはかつてのサバイバル生活を思い出す、他のことはともかく食い逃げには自信があった。
「ほんのちょっとだけ…」
といいつつむせかえるような生物の匂いを嗅いでしまえばもう止まらない。
リュックに、ポケットに、両手に野菜を満載したあゆ
そして抜き足差し足…じっくり呼吸を整え…たその時
カランカランカランカラン
「!!」
足元に妙な感触を覚えると同時に、茂みの中の鳴子がけたたましく鳴り響く
「こらあ!!野菜泥棒が!!」
畑の主とおぼしき男の怒声が響く。
「うっ!うぐうううううっ!」

こうして冒頭の場面に戻る。
結論から言えばあゆはよいランナーだった、よく逃げたと思う
しかし惜しむらくは地の利を得なかったこと
あゆが逃走率100%を誇れたのは、あの雪の街の地理を知り尽くした狡猾な逃走ルート選択が
あればこそ、道すらないこのだだっぴろい草原での体力勝負ではやはり分が悪かった。
こうしてあゆは畑の主である農夫に首根っこを掴まれて抱え上げられてしまう。
だが、農夫は別の意味で怒っているようだった。
「何故金が無いなら無いでわけてくださいと頼めない!!」
284RE-BORN(後編):05/02/16 01:26:37 ID:xcV2A7/10
「へ?」
意外な展開にあゆは戸惑う。
「あんた見なれない服だが旅人かい?」
農夫はあゆの顔を覗きこむ
「うちで…働くか?収穫期で人出が足りないんだ、住みこみで路銀も弾むがどうかな?」
「う…うぐぅ」
悪い人では無さそうだが…
あゆがやや決めかねているときだった。

「これ?そこなものかような場所で何をしておるか」
子供っぽいが凛とした声が背後からかけられる。
みるとそこには何時の間にか巫女のような緋袴にゆったりとした上着を羽織った。
1人の少女が立っていた。

「あんたも見なれない顔だな…最近都にはそういう連中が大挙押し寄せているらしいが?」
「そうそこ!ボクそこ行きたいんだよ!!」
間髪容れずに叫ぶあゆ、何故か先ほどまでのふてぶてしさとは違い、明らかに怯えの色を隠していない。
その目の前には突如現れた少女。
「お、おじさんそういうわけでね、ボク急ぐんだよ!!」
おじさんの手が緩んだスキを見逃すあゆではない。
身体をぶるぶる震わせ、おじさんの手から逃れるとそのままあゆは何かから逃れるように
その場を風の早さで逃げていったのだった。
「?」
呆気に取られるのはおじさんと少女。
気を取りなおしたおじさんが少女に尋ねる
「なぁあんたうちの農場で…」
「余はあんたなどではない、余の名前は神奈備命と申す、折角ではあるが間に合っておる…
 だがその好意はありがたく頂戴しようかの」
「…はぁ」
妙に時代がかった言葉におじさんが気の抜けた返事をしたときには、またその少女、神奈も
いずこかに消えていたのだった。
285RE-BORN(後編):05/02/16 01:28:01 ID:xcV2A7/10
一方あゆだったが…
「なに…何だったんだよ…あれ」
上ずった言葉は紛れも無い恐怖の喘ぎ…、あゆは数年間生霊として街をさ迷い歩いていた経験がある、
そのせいか意識を取り戻した後でも…たまに見えるのだ。
そういう類のものが。
だが、街角で事故現場で墓場でみるそれは、いかに惨い最期を遂げた魂であろうとも
案外と生前の姿を保っているものだ…しかし
あゆは先ほどの少女の姿を思い出す
彼女もかつての自分と同じ、何らかの形でさ迷える魂が仮そめの肉体を得た、といったところだろう
事実、表面上言わば肉体は美しかったが、しかし…その魂は
「…」
あゆは思い出そうとして、途中でやめる。
「どんな目にあったら…あんな痛々しい姿になるんだろう?…怖いよ」
ぶるぶると頭を振って神奈のことを頭から消し去ろうとするあゆだった。

「寒い…」
森の中で神奈は振るえる肩を抱きしめる…
ぐらりと視界が揺れる…ああ、まただ。
神奈の瞳から涙が溢れて止まらない、またあの夢を…あの絶望を
だが…この夢はいつもと様子が違った。
「柳也どの?」
それは神奈の知る柳也とはまるで姿が違う、狼のような鋭い視線と整った容姿こそ同じだが
髪の色は銀色だし、肉体も逞しさとは無縁。
しかしそれでも神奈にはわかった、あれが時を越えた今の柳也だと。
「りゅうやどのっ!りゅうやどのりゅうやどのりゅうやどの!!」
柳也が、最愛の人が生きて目の前で動いている…神奈の頬に涙が伝う。
それは今まで…1000年流しつづけても涸れる事の無い悲しみの涙ではなく、喜びの涙。
神奈は地を走り、柳也の、正確には今の世界の柳也の元へ急ぐ
あの暖かい胸の中に…安らぎの中で今度こそ眠りたい…だが
神奈の歩みが止まる。
286RE-BORN(後編):05/02/16 01:28:49 ID:xcV2A7/10
柳也の傍には既に寄り添う影があった、輝くような金色の髪が印象的な美しい少女だ。
「な…なにをしておる柳也どの」
焦りと疑念で声が震える。
「そのような女子には構わず、はやくこちらに来て余を抱きしめてたもれ」
だが柳也は神奈の方を振り向きもしない、そしてあろうことか…
「嘘…じゃ…」
柳也は金髪の少女を抱きしめ、神奈の目の前でそのまま口付けを交わしたのだ。
神奈にとってそれは今までの惨劇よりも遙に残酷な光景だった。
「嘘じゃ…嘘であろ柳也どの…」
だが嘘でないことはわかる…何故なら神奈も女なのだから
目の前の2人がまさに真の愛を誓った関係だというのは直感で理解した。
2人は至福の表情を浮かべ、そのまま彼方へと消えていく。
後に残るは神奈の慟哭だけだった。
「また余を置いて行くのか!また余を捨てていくのか!一人にするのか!柳也どのっ柳也どの!柳也どの!!」

自らの魂は呪いにより空に留め置かれ、満足な転生も叶わず苦痛と悪夢を受けつづける
己の半身たる数多くの少女たちは全て、絶望と孤独の末に怨嗟の声をあげて悶え死んでいった
その少女たちの断末魔の悲しみと苦しみがまた神奈を苛んでいく。
常人ならとっくに発狂しているほどの絶望を一身に受けながら、それでも神奈は
魂のみの存在とはいえ正気を保ちつづけていた、翼人ゆえの強靭な精神ゆえ狂えないのだ。

そして今…神奈の心を最後まで留め置いていた希望までもが
潰えようとしている。
「何故じゃ…何故…何故に余はここまで苦しまねばならぬ…ただ翼が生えているそれだけのことで…何故」
泣きじゃくる神奈…
「何もかも余は失ったではないか!その上たった1つ残った柳也殿までも余から奪うのか…」
身体を貫く激痛が神奈を襲う、しかもそれは1つではなく恐るべき数の痛みだった。
みるみる間に神奈の服が消えていき、代わりにおびただしい量の鮮血が神奈の肌を染めていく。
287RE-BORN(後編):05/02/16 01:29:48 ID:xcV2A7/10
それはあゆが見た神奈の本来の姿
絶望に傷つき、孤独に狂ったその魂は、あの夏の日の断末魔の姿と同様
無数の矢に肉体を貫かれ、もはや用を成さなくなった翼を背中にぶら下げた…無残な姿だった。

「許さん…ゆるさんぞ…余から柳也殿を奪おうとする者は誰であろうと許さん…」
その憎悪の対象が己の半身とも知らず、恐るべき言葉を呟く神奈
崩れるように倒れこんだ神奈…気絶することで平静を取り戻したのだろう
身体の矢傷がすぅと消えていく。
「りゅうや…どの」
また次の悪夢が神奈を苛み始めたのだろう
その瞳から涙は止まる事を知らなかった。

そしてその日の夕方
「うぐぅあの…農場の件でお話をきかせてもらっていいかなぁ」
周囲をうかがいながら例のおじさんの元を尋ねるあゆがいた。
288名無しさんだよもん:05/02/16 01:31:21 ID:xcV2A7/10
というわけで生臭い話になってしまいましたがいかがでしょう?
あと2・3話分で一段落出来ればな、と思ってます。
289名無しさんだよもん:05/02/16 06:00:23 ID:ReLyMnCn0
状況説明をあえて伏せるテクニックはあまり好きじゃないかな
これだけ長く話についていけないと読む気を失くす
表現はうまいと思うよ
290名無しさんだよもん:05/02/16 11:31:55 ID:5SiA4xH60
い、痛い
でもイイ!!
新作も出てきたみたいで嬉しいです。
確かに少々暗めの話っぽいですが、その分続きが気になりますな。
このままこのスレがもう少し賑やかになってくれるといいのですが。


戦局は変わり始めていた。これ以上の戦力の回復は無理と判断した叛軍が、
これまでのようなゲリラ戦による時間稼ぎを止め、本格的な反攻作戦を展開し始めたのだ。
兵力差はまだ大きいが、これ以上の戦闘の長期化はこちらの方に不利、と読んでの事である。
実際、この叛乱軍はナ・トゥンクの奴隷たちが蜂起したもので、アジトの中には非戦闘員も多い。
彼等をこれ以上この戦闘に巻き込むのは酷である。せめて、早めに戦局を好転させて、彼等の不安を取り除いてやらねばならない。

その為にハクオロが選んだ作戦はこうである。
まず、極少数の兵士を至る所に伏せ、且つ絶え間なく移動させる事により、
兵力を満遍なく広範囲に分散させたように見せかけ、敵兵力の分散を促す。
その間に、兵力を集中した幾つかの部隊を編成し、敵の兵力の薄い部分を攻撃する。こうすれば敵は必要以上に兵力を分散している為、
局地的には兵力差は無くなり、戦術的にも拮抗する。それで小さな戦術的勝利を重ね、
敵の士気と兵力を、逆転が狙える所まで減らそうというのである。
…それは確かに、この兵力差の中で逆転を見出す為の最善の作戦であるかのように思える。
だが結局のところ、これは兵力の少ない方が大きい方に挑んだ消耗戦でしかないのだ。
敵の消耗よりも早くこちらが消耗しきってしまえば、勝ち目そのものが無くなる、非常に危険な賭けなのだ。
…そうして今日も消耗しきってきた男が一人、柳川の治療を受けていた。
あのチャヌマウ出身の男である。勇敢というよりは、無謀といっていい戦い方で、それなりの戦果をあげているそうである。
だがそんな戦い方では、これからもっと激しくなるであろうこの戦争で、命を落とす事は必至であるように思える。
現に今この男は、かなりの数の切り傷を体中に負っており、その幾つかは戦場に送り出すのは憚られるほど深い。
しかし、この男は柳川の言葉を聞いた事など無い。その傷では次の戦闘は無理だ、と何回言った事か。
結局いつも、この男はそれを無視した挙句最前線で戦い、また傷を増やして柳川の前に現れるのだ。
(…まるで誰かさんが二人になったみたいだ。)
この気苦労の前では、もはやため息すら出ない。

「…お前の事情は聞いた。だから、お前がそんな自暴自棄同然の戦い方をするのも仕方ないのかもしれない、と今は思っている。」
柳川が、少し治療の手を止め男にそう聞いた。
「………」
男は相変わらず柳川との会話に興味を示そうとしない。毎度毎度治療してもらっているにも関わらず、
男が自発的に柳川と話そうとしたのは、最初の一回のみである。
「…聞いてくれ。」
そう言ってから小さく息を吸う。
「お前を止める気はない、俺にはそんな資格は無い。…ただ、一つだけ約束してくれないか?」
男はやはり何の反応も示そうとしない。それでも構わない、柳川は言葉を続ける。
「…お前が失ったものに見合うだけの大切なものをまた手に入れる事が出来たら…
 そしたら、もう二度とこんな戦い方をしないでくれ。」
その言葉を聞いて、男は始めて反応を示した。柳川をやや驚いたような顔で見つめる。
だが、その時にはもう柳川は男の方を向いておらず、また黙々と治療を再開していた。
「…そんな事、出来る筈が無い。」
男はそっぽを向いて、誰にも届かぬほど小さな声でそう呟いた。
ヌワンギは陣地の外れで静かに夕焼けを眺めている。
…ここ最近、ヌワンギはこうやって空を眺める時間が増えた。
なんとなく誰とも顔を合わせたくないせいで、こんな風に時間を潰す方法を覚えたのだ。
その体はついさっき治療を終えたばかりで、体中のあらゆる所に包帯が巻かれている。
あれから負った傷の数は、もうあのチャヌマウ出身の男に引けを取らないほど多かった。

そう、あれからヌワンギの戦い方もまた変化したのだ。
よく言えば勇猛果敢、悪く言えば匹夫の勇…正確に言うのなら、ただ単に自暴自棄になっているだけである。
治療している間、その事で柳川が何度も苦言を呈してくるのだが、今のヌワンギにはそれを聞く余裕など無かった。
今のヌワンギは、あの男より勇敢に戦わねば、戦場にいる意味を見出せなくなっていた。
そして、何としてでもあの男が戦場で死ぬ、と言う事態を防がねばならなかった。
でなければ、ヌワンギはまた一人、自らの手で何の罪も無い村人を殺した事になるのだから。
…この戦場に来た理由が、ヌワンギの中で少しずつ変わり始めていた。

「おい。」
唐突に後ろから声が聞こえた。
振り向くと、そこにはその今まで考えていたチャヌマウ出身の男がいた。
最近のその男は、ヌワンギに対してだけは比較的よく声を掛けるようになっていた。
恐らく、ヌワンギが自分を意識して戦場で勇敢に戦っている事に感付いているのだろう。
「…なんだよ。」
ヌワンギもその男同様ぶっきらぼうである。…あまり人と話す気分ではないのだ。特に、この男とは…
「あの男…お前の友人だろう。」
男が柳川の事について聞いているのを悟ったヌワンギは、ああ、と短い返事を返した。
「アイツは…いつもあんな感じで人の心配ばかりしてるのか?」
柳川に変な事でも言われたのか、男はやや奇妙な事を聞いてきた。
少し腑に落ちないものを感じつつも、ヌワンギは答える。
「まあな…アイツは面倒見がいい方だから、困ってそうなのを見ると、放っとけネェんだろぉな。それに…」
「…それに?」
男が聞き返してくるが、ヌワンギは少し考える。柳川の事を柳川自身の居ない所でホイホイ話していいものだろうか?
…だが、別に陰口を叩いているわけでなし、話す事自体はそんなに問題でもなさそうである。
「それにな…アイツは本当はつえぇんだ、メチャクチャに。でも、原因の分かんねぇ発作のせいで、
 戦場で戦う事が出来ねぇんだよ。…それがもどかしくて、戦場で戦ってる俺達を余計心配してるんじゃねぇかな。」
「…そう…なのか。」
なにやら男はそれを聞いて深く考えているようである。…この男の反応から察するに、
柳川は彼に対してもいろいろと小言を言っているのだろう。なんというか…姑のような男である。

ヌワンギがやや呆れていると、そこに幾人かの兵士が通りかかった。
…顔に見覚えがある。という事は、ヌワンギたちと同じ部隊にいた者なのだろう。
ただ、同じ部隊にいるからといっても、特に親しいわけでもない。ヌワンギ達にとっては他人も同然である。
だから、そのまま何の反応も示さずにやり過ごそうとした。
…それなのに、あろう事か向こうからヌワンギ達の方によって来たのだ。
その兵士達がヌワンギ達の前に並ぶ。
(…一体何の用だよ?)
何をしに来たのかさっぱり分からない。特に恨みを買うような事をした覚えなど、ヌワンギには無いのだ。
一種異様な雰囲気が彼等の間に漂う。そう、まるで互いに次の手を探っているような…
だが、そんな事を考えていたのはヌワンギ達だけだったようだ。何故なら兵士達は、ただ少し緊張していただけなのだから。
「あ…ありがとうございます。」
兵士の一人がそう言って頭を下げた。
「…え?」
面食らってしまった。確かに恨みを買うような事はしてないが、感謝されるような事もした覚えがない。
人違いか何かだろうか、とヌワンギが思っていると、もう一人の兵士が話し始めた。
「あの…いつも同じ部隊で戦ってる者です。いつも…僕達正規兵よりも勇敢に戦ってくれているお二人に、
 ずっとありがとう、って言いたかったんです。貴方達のお陰で、僕達のような新兵も今まで戦ってこれました。
 だから…その…ありがとうございます!」
人違いではなかった。彼等は、ヌワンギ達に感謝しているのだ。
ヌワンギは一瞬、頭の中が真っ白になってしまった。…何かが違う。感謝される謂れなど、ある筈が無いのだ。
「…俺達はお前達の為に戦っていたわけじゃない。筋違いだ。」
チャヌマウ出身の男が冷たくそう言った。その人を突き放すような言葉は、ヌワンギの心境を代弁してもいた。
だが、そんな言葉を受けてでも、その新兵達は笑って、
「それでもいいんです。貴方達が誰よりも勇敢に戦っている事も、そのお陰で僕たちが生きていられる事も、
 間違いなく事実なんですから。」
そう返事したのだ。…それから、もう一度一斉に頭を下げて、彼等は陣地の中に戻って行った。

罪を償う、いや、誤魔化そうとして必死に戦場を駆け抜けていたヌワンギ。
大切な者を全て失い、自暴自棄に死地を求め雇兵になったチャヌマウ出身の男。
彼等の凄惨な戦いは、彼等自身から何を奪い、また何を与えようとしていたのか。…今はまだ答えが出ないようだった。
296迷い人異聞録〜榊しのぶ『寂寥』〜:05/02/18 00:37:12 ID:PzHO9xdGO
「ごちそうさまー」
「ありがとうございましたー」
さわやかな朝の挨拶が、物静かな店内にこだまする。
ハクオロ様のお庭に集う迷い人たちが、今日も天使のような───


「なんて、ね」
「どうしたの、しのぶちゃん?」
「いえ、別に。ただのひとりごとです」

お気に入りの小説の冒頭部分が、ふっ、と頭の中に浮かんだ。
この世界に来てから随分経つけど、やっぱりここ(エコーズ)に来ると、望郷の念が強くなる。
元いた世界の“何か”を、思い出さずにはいられなくなる。

この店の人達はみんな私と同じ“迷い人”だけど、お互いが以前からの知り合いらしく、この世界にいる今も支えあって生きていけている。
そしてそれは、この人達だけじゃない。
常連客の水瀬さんと、王宮で働いてる相沢君は面識のある従姉。
たまに来る猪名川さん、大庭さん、芳賀さん達は気の知れた友人。
出入りのパン屋さんに至っては、夫婦でこの世界に「迷い込んで来た」そうだし。
どうもこの國には、固まって迷い人が現れる傾向が強いらしい。
殆どの人達が、完全ではないものの、在りし日の日常を送り続けている。

───私だけが、一人。

私の知り合いは誰一人として、今、私の側にいない。
297迷い人異聞録〜榊しのぶ『寂寥』〜:05/02/18 00:42:10 ID:PzHO9xdGO

1ヶ月程前、木田君と須磨寺さんが消えた。何の前触れも無く。
その事に対して、私は特に何の感慨も抱かなかった──寧ろ木田君に関しては清々したと思ったぐらいだった──けど、
木田君の妹が方々の知人に二人の捜索を頼んでいて、その頼まれた人達の中には、やっぱり透子もいた。

『しーちゃん、お願い……一緒に木田君捜すの手伝って…』

悲しいかな、どれだけ自分が嫌な事でも、透子に頼まれたら私に拒否なんてできる訳が無かった。
結局、私も含めた八、九人程で、みんな少しずつ自分の時間を割いて二人を捜した。
けど、二人の姿は疎か何の手掛かりも見つからないまま日々は過ぎた。

そしてそんな日々の中で、今度は木田君の妹が消えた。

次に、私が消えた。向こうの世界ではそういう事になってるだろう。
私の最後の記憶は透子との通学路だったけど、向こうではそう報じられてるとは限らない。
そもそも、人が突然、文字通り「消えた」なんて事、簡単には誰も信じないだろうから。

最悪……透子も同時にこっちの世界に飛ばされてるかも知れない。
もしそうなってたら………いや、考えたくもない。そんな事。
透子は今も向こうの世界にいて、私達を捜している。
そう思いたい。

そう、信じたい。
298ヌワンギパラレル作者:05/02/21 17:34:47 ID:Xm7YyIbL0
すいません、今日はちょっと忙しいので明日続き投稿します。

後、馴れ合いみたいになるのが嫌なのでこれ以上はあまり話題にしないようにしますが、
投稿されたSSは全部読んでます。
勝機とはいつ訪れるか知れたものではない。知らぬ間に訪れ、知らぬ間に過ぎ去る事もしばしばである。
今のナ・トゥンクの叛軍は、その勝機を掴む為に圧倒的戦力差のあるナ・トゥンクの本軍を相手に、ギリギリの勝負を続けている。
それがどれほどの精神的消耗を強いるのか、アジトで治療をしているだけの柳川にも痛いほど分かる。
…実際のところ、柳川はもうここから立ち去りたかった。叛軍の敗色はもう十分に濃い。
担ぎこまれてくる負傷者の数は日増しに増えており、ヌワンギの負傷ももう看過出来ぬほどになった。
本当は、もうヌワンギを担いででもここから離れたいのだ。
…だが、それももう遅かった。ヌワンギは、もうこの戦いに深く関わり過ぎていたのだ。
これではもう、この戦争が終わらぬ事にはここから離れようとはしないだろう。

(どうして…こんな事になったのか…)
もう後悔しても遅い。ただ、もう柳川はヌワンギの無事を祈り、ただここで待つ事も出来そうに無かった。
あの男に言われた事がずっと心の片隅に残っている。
側にいることは出来ない。それは分かっている。だがそれは…ヌワンギを守る為に何も出来ない、という事では決して無い。
…そう、今はこの状況を好転させる為に自分も何かすべき時である。
一人で出来る事には限界があるのは承知しているが、それでもシケリペチムの時はたった二人で大国に喧嘩を売った事もある。
その気になれば、この叛軍に勝機をもたらす事も決して不可能ではない。
そう無理矢理に信じ込み、これからの作戦を練る。
まず、戦力差はどう考えても二、三倍はある。ひょっとしたらもっと大きいかもしれない。
こんな状態で叛軍は良くやっているが、それもそろそろ限界に近いだろう。
とはいえ、ヌワンギから聞く限りでは、敵の方の消耗も相当なものであるらしい。
…つまり、どう考えたって敵味方のどちらかが、これ以上の戦争の長期化を嫌い総力戦を仕掛けようとする頃だろう。
そして、それは恐らく敵軍の方である。こちら側はまだ勝機が見えない以上、総力戦を仕掛ける事が出来ない。
…つまり、敵軍がその兵力差に任せ、犠牲を恐れずにこの深い森の中に突入してきたその時が、この戦争の終焉となるのだろう。
敵も恐らく既にその事を念頭に入れて戦力を再編成していると考えてしかるべきである。
…となれば、今軍隊そのものに喧嘩を売るのは得策とは言えない。

…ならば、今狙うべきは敵の手足を動かなくする事よりも、一気に敵の頭を打ち砕く事にある。
つまり、敵の総大将である、ナ・トゥンク皇スオンカスを暗殺してしまえばいいのだ。
聞くところによると、この男は特に人望があるというわけではなく、その強さと恐怖によってこの国を支配しているらしい。
それならば、その支配者がいなくなってしまえば、この厭戦感漂う状況下ならそのまま勝利を得る事も可能だろう。
総大将の暗殺、その乾坤一擲のアイデアに、柳川は可能性を見出せたような気がした。
そのスオンカスの強さがどれほどのものかは知らないが、自分であれば勝てぬとしても、相討ちにまで持ち込む事は可能だろう。
問題は…この血なまぐさい作戦にどれだけ柳川の精神が耐えられるか、という事だろうか。
もし皇の前に辿り着く前に見つかって、戦闘行為を強いられる事になれば、そのまま狩猟者が目覚めてしまう事にもなりかねない。
そうなってしまえば、もう二度とヌワンギの前には立てないだろう…

柳川はその考えを振り払う。…やる事は決まったのだ。もはや躊躇う必要など無い。
その結果自分がどうなろうと、ヌワンギがこれ以上傷つくよりはマシではないか。
そして、柳川は行動を開始する。…まずは、敵の所在を知らねばならない。
ここ暫くは前線でも戦闘らしい戦闘は起きてはいない。
敵味方双方が疲労の極みに達している為、意図的に戦闘を避けているのも理由の一つだが、
どうも敵軍の方は戦力の再編成の真っ最中のようで、なかなか兵力を分散してはくれない為、
叛軍から戦闘を仕掛ける事が困難になってきているのだ。
…結果、今日のヌワンギは傷を増やす事なくアジトに帰って来る事が出来た。
だが、少し様子がおかしい。いつもアジトの外で出迎えてくれる柳川が、今日はそうしてくれない。
それどころか、アジトの中にすら居ないようなのだ。…柳川に限って、ここから逃げ出すなんて事は有り得ないだろう。ならば…
「一体…何処に行きやがった?」
…今度はヌワンギが心配する番であった。

ヌワンギが前線で暇を持て余していた頃、柳川はアジトで情報収集に励んでいた。
スオンカスという男の詳細とその居場所。この二つを知る事が必須であったからである。
そうしてとりあえず数人に話を聞いてみたところ、何とか必要最低限の情報は得る事が出来た。
まずその所在であるが、スオンカスは前線で陣頭指揮をとるようなタイプの男ではないので、
十中八九、皇都にある城の中で戦況を見守っているだろう、という事である。
その城の警備は勿論厳重で、とてもじゃないが忍び込む事など不可能、という事もついでに教えてもらった。
そして、スオンカス本人についてもいろいろ聞いてみたのだが…これが少々信じがたい事だらけなのだ。
まずその性格は残忍で、気に入らない事があれば敵味方関係なく殺してしまう。
自身の贅沢の為なら民の窮状など省みず、國内の奴隷の取引で生じた利益の殆どを独占してしまうのだそうだ。
他にも、この國で一、二を争うほどの強さの持ち主で、未だ負けた事がないとかいう話も聞いた。
少なくともその情報のどれもが、一國の皇を表すのに適当ではないような気がしてならない。
…少し不安になってきた柳川だった。
とはいえ、もうここまで来た以上退く事も叶わない。
空はもう暗くなりかけており、もし戦闘が長引いている、という事がなければ、もうそろそろヌワンギが帰ってくる頃である。
ここで待って出迎えてやりたいとは思うが、今はそんな余裕はない。
辺りが完全に闇に包まれてしまう前に、行動を起こさねばならないのだから。

…アジトを離れてからかなりの距離を走りぬいた。情報が正しければ、後一、二時間ほど全速力で走れば、城には辿り着けるらしい。
柳川はその場で腰を下ろし、少し休む事にした。城に着く前に体力を使い果たす、なんて馬鹿げた事は避けたかった。
息を整えつつ、アジトから持ってきた水筒を取り出す。ここまで走り通しだったので、喉もかなり渇いていた。
「…私にも一杯頂けるかしら?」
横から女の声が聞こえた。その声に驚いた柳川は、反射的に水筒をその声の方に投げつけ、自身は素早く跳躍し距離を開ける。
「一杯でよろしかったのに。」
事も無げにその水筒を受け取った女は、柳川の持ってきた水を上品に、だが遠慮無く飲み干してしまった。

(ここに来るまで人の気配は感じなかった…ならば、この女は気配を殺しながらも俺の脚について来た事になる。)
そんな女は、果たして存在するのだろうか。柳川は臨戦態勢をとり、
「…誰だ。」
強い殺気を女に向けつつそう聞いた。
そんな殺気など何処吹く風である。女は飄々とした態度を崩さずに、笑みすら浮かべながら柳川に言った。
「城に忍び込むのであれば…このまま真っ直ぐ行ってはいけませんわ。」
その一言で、完全に主導権を握られてしまった。情けないほどに動揺した柳川は、
「…な、なぜ知っている!?」
と、言わなくていい事まで白状してしまった。
それを聞いた女は、嬉しそうにクスクスと笑う。
「私、いい場所を知ってますの。」
結局、柳川はそのまま逆らう事も出来ないままに、女が指定した場所を探索する事になってしまった。
もちろん罠の可能性も考えたが、たった一人で総大将を暗殺しに来たこの無謀な男に、
こんなまどろっこしい罠を仕掛ける馬鹿もいないだろうと思い直した。
…とすれば、恐らくはこの女も柳川と同じ目的でここに来たか、それともただ単に柳川を使って暇つぶしをしているだけか。
どちらもこの女であれば有り得ない事ではない。…ともかく、女に言われるままにいくつか森の中を探索したところ、
洞窟に流れていく川を発見した。…いや、正確には洞窟から流れて来ている川であった。
…つまり、この中にこの川の源流たる、地底湖か何かがあるという事なのだ。

「…やっぱり、ありましたわ。」
「これが一体なんだというんだ?」
柳川は自分達の見つけた物に一体何の意味があるのかまるで分からなかった。
「…ナ・トゥンクの城はここの地底湖から水を汲み上げてますの。」
「…つまり、ここからなら城に忍び込む事も容易、という訳か。」
柳川の返事を聞いた女は妖艶な笑みと共に、
「ええ。」
と言った。
「…何故そんな事を知っている。」
そう、それは聞いておかねばならぬ疑問であった。
「知っていた訳じゃありませんわ。…さっき、思い出しましたの。」
「思い…出した?」
「ええ。貴方をここまで追ってきて…ここの近くに来た時に、ふと。」
やや信じがたい話だが、女がそう言う以上、これ以上は聞き出す事が出来ないだろう。
「なら…何故追ってきた?」
その問にも、女は飄々と答える。
「こんないい女に追われるなんて、光栄な事ではなくて?」
…答えになってない。どうやら、もうこれ以上語る気はないようである。
それに何か意味があるのか、それとも単にもったいぶってるだけなのか…どっちにしても、厄介そうな女である事に変わりは無かった。
もうこれ以上の会話は時間の無駄であろう。幸い、この女は敵ではない事は確かのようであり、
城への進入路も見つかったのだ。残るは、柳川がここに来た目的を果たすだけである。
「ありがとう、もう助けは必要ない。ここからは…俺一人でやる。」
そういい捨て洞窟の中に入ろうとする。が、女がその前に立ち塞がった。
「…まだ何か用事があるのか?」
それとも…この女もついて来るとでも言うのだろうか?
柳川のその考えをせせら笑うかのように、女が言ってきた。
「貴方は…勘違いをしてますわ。」
「か、勘違い?」
「ええ。私は貴方を助けたつもりはありませんの。むしろ助けられたのは…私。」
女は全く笑みを崩さないままに言葉を続ける。
「貴方はこの洞窟を探すのを助けてくれましたの。だから、これでお仕舞い。」
「…お仕舞いとは、どういう事だ?」
「…だって、洞窟は見つかりましたもの。だから、今日はこれで、お仕舞い。」
「そういう訳にはいかない。お前はそれでいいのかもしれないが、俺にはこれからする事がある。」
「…分かって下さいませんのね。」
女は小さくため息をついてから、柳川に説明する。
まず、総大将の暗殺なんて手段は、一回きりしか使えない奥の手である。
それを、柳川一人に任せる、なんていうのは到底出来ないらしいのだ。

「ですから、後は私に任せて頂けませんかしら?」
女の考えは分かった。だが…
「それは…出来ない相談だな。」
「…何故?」
「俺には…守らねばならない友人がいる。そいつは、この戦いで怪我を負い続けながらも必死に戦っている。
 それを黙って見過ごしていれば…明日にも殺されてしまうかもしれないんだ。だから…ここで退く訳にはいかない。」
それを聞いた女の顔から、漸く笑みが消えた。そして、
「そう…それじゃ、仕方ありませんわね。」
悲しそうな顔のまま、静かに闘気を開放する。
…大切な者を守る為の戦いが、誰に見守られる事もなく始まった。
305名無しさんだよもん:05/02/22 21:00:46 ID:3uRq4qz20
ここでカルラか。
正史通りだと柳川は引っ込むことになるはずだけど、さて、どうなる?

新作ラッシュでこのスレがもっと盛り上がって欲しいところ
306FARE-M ◆7HKannaArk :05/02/26 23:56:27 ID:ZH/G8zSe0
現在>>231あたりまでアップ完了。

……リアルで佳境に入っているのでこんなもんで勘弁を。
307名無しさんだよもん:05/02/27 20:58:23 ID:dLFZlzlL0
うぐぅ保守
308FOX:05/02/28 10:34:14 ID:r6b6Y19w0
ここは専門板ゆえヌワンギしか書かれないようなら
コテスレとみなし削除対象です。

お前らもなんか書け。
309名無しさんだよもん:05/02/28 13:08:21 ID:VDLpVlaI0
>>296-297 が書かれてると思うが。
ここの部分だけだと感想つけがたかったけど。
310名無しさんだよもん:05/02/28 20:36:58 ID:FJXcvQKZ0
RE-BORN書いた者ですが
続きは少し遅くなるかも、一応あと3話で幕の予定。

ちなみに自分的には「敗者復活戦」みたいな感覚で書いてる。
311名無しさんだよもん:05/03/02 21:58:13 ID:cLHEqpeT0
まとめページ読んだんだけど、光岡もデリホウライに加勢してるんだよな
ヌワンギと光岡の共闘も読んでみたいなw
312名無しさんだよもん:05/03/04 16:45:41 ID:/9/VSE7s0
ヌワンギ柳川の人は、それだけで書いてるから
他と絡まないはず
313名無しさんだよもん:05/03/08 10:57:17 ID:iIiLqaLhO
保守
314名無しさんだよもん:05/03/12 23:29:30 ID:RUrjcYci0
保守いるのかな?
315名無しさんだよもん:05/03/13 12:32:35 ID:G1j2KMuG0
age
316ヌワンギパラレル作者:05/03/13 14:39:42 ID:fuVxMGQg0
すいません。長い事休んでました。
今日ようやく私事の忙しさから開放されたので、
もう読んでる人もいないかもしれませんが、とりあえず明日から続きを投稿していきます。
317名無しさんだよもん:05/03/13 18:52:15 ID:pw8d0E1v0
>>316
読んでるよ〜。
楽しみに待ってるから頑張って。
久々に書くとなかなか大変です。
何度か書き直してしまいました。


…結局、それは自己満足以外の何物でもないのだと。
その女と数度拳を交えた刹那に、ふとそう思った。
ヌワンギには償わねばならない事があり、その為に必死に戦っているのだから、
その為に自分も何かしよう、などという考え自体がおこがましいのだと。

この期に及んで晴れぬ迷いがある。
その為か、柳川は女の的確に急所を狙ってくる攻撃に押されていた。
この世界に来てからの初めての苦戦である。
身体能力では決して劣る事はない筈の柳川の攻撃は女の肌を掠める事もないのに、
柳川は女の攻撃をかわす事が出来ず、その重い一撃を防ぎきる事で手一杯になる。
…恐らくは、戦闘経験の差なのだろう。
幸か不幸か、その並外れた身体能力ゆえに戦闘らしき戦闘を経験した事がない柳川は、
敵の行動を予測する事が出来ず、対応が後手後手に回る。
その柳川にまるで稽古をつかるかのように、女はありとあらゆる種類の打撃を繰り出してくる。
…本気で相手にされていないのだ。その事が、酷く悔しかった。
終わりはあっけなく訪れる。
女の蹴りが柳川の横腹を狙う。だが、柳川はそれを防ぐ事もかわす事も出来ずに、
無防備なままの横腹で受け止めた。即座に全身に走る衝撃。普通であればそのまま背骨までへし折られそうな一撃に、
低いうめき声を上げつつ柳川は膝をついた。

これで終わりだろう。これ以上は…肉体も精神も持ちそうになかった。
これ以上戦うのであれば、その意識を狩猟者に乗っ取られてしまう事も覚悟しなければならなかった。
そうなっては本末転倒である。…結局、常に狩猟者に怯えつつ戦わねばならない柳川には、
この、目の前の女を倒す事など出来る筈がなかったのだ。
柳川は地に伏すような格好のまま、親友の為に何も出来ない自分を自嘲する。
ここで終わるのだろうか?このままヌワンギに最悪の事態が訪れるまで、自分には何も出来ないのだろうか?

柳川はその問を無理矢理に押し殺し、自分に残っている力の全てを振り絞って立ち上がった。
…負けるわけにはいかないのだ。失うわけにはいかないのだ。その意思だけが、柳川の全てを支えていた。
霞む視界の中に女の姿を捉える。その姿には傷一つない。戦闘能力の差は圧倒的であった。
ただ…不思議な事にその時女はこちらに注意を払ってはいなかった。何故か…周りの気配を探っていたのだ。
それを見て柳川も漸く今の状況に気が付く。いつの間にか…二人は何十もの獣に囲まれていた。
恐らく、彼等の寝床の近くで騒ぎすぎてしまったのだろう。獣達の機嫌はすこぶる悪そうである。
「観衆が、来てしまいましたわね。」
楽しそうに女は言った。その態度にはまるで怯える様子がない。
「観衆というからには、行儀良く見ているだけにして欲しいんだが…」
柳川も強ぶってみる。
だが…どうやらそういう訳にもいかないらしい。
このままでは獣達は、そう時を経たずして柳川達を襲ってくるだろう。

そこまで考えが及んだ時、一つのアイデアが浮かんだ。
(そう、このままあの女が獣に気を取られている隙に…先に進んでしまうんだ。)
幸いこの体には、人並み外れた回復力が備わっている。
一旦ここから逃げ出し、少し休んで体力を回復すれば、そのままスオンカスを暗殺しに行く事も出来なくはないだろう。
もはやこの手段しかない。女の方もあれだけ強いのだから、獣達に遅れをとる事はないだろう。
心配する必要など無い。安心して置いていける。
考えが纏まったので、獣達に向けていた視線を改めて女の方に向ける。が…女は既にそこにいなかった。

女の拳が死角から襲ってきた。そしてそれはそのまま柳川の頬に突き刺る。
柳川はそのまま糸の切れた操り人形のように空中にだらしなく舞い上がった後、
頭からドサリと地面に落ちた。なんという事はない。獣に気を取られていたのは…柳川の方だったのだ。
柳川はそのまま一昼夜気絶する事になる。
…今ナ・トゥンクは偽りの静けさに包まれている。
戦争が終わらないままに両軍が疲弊の極みに達し、それぞれが現状の打開案を探しているのだ。
叛軍が導き出した最後の作戦、それはこちらから総攻撃を仕掛けて敵の注意を引き付け、
その隙に敵の総大将、ナ・トゥンク皇スオンカスを敵城に直接乗り込んで討ち取る事である。
それはこれまでの長い闘争の果てに手に入れた、確かな勝機であった。
…ただ、無論その事は叛軍の兵士一人一人に知らされてはいない。
それはこの作戦の重要性を考えれば仕方のない事ではあるが、その結果叛軍の兵士達には、
敵軍の再編成が終わる前にこちらから先手を打ち総攻撃を仕掛ける、ただそれだけが命令として伝えられていた。
…勝つにしろ、負けるにしろ、これですべてが終わってしまう、まさに捨て身の作戦である。
当然の如く悲観論がアジト内に蔓延し始め、士気も徐々に下がりつつあった。

そうして深く沈んでいる雰囲気のアジトを、そこから少し離れた高台の上でぼうっと眺めるヌワンギがいた。
その体には幾つもの傷が刻まれてはいるが、歴戦の勇士というよりは、くたびれた負傷兵といった感じだった。
なんというか、悪い意味で人生を悟りきってしまったような厭世的な雰囲気を漂わせたまま、
自分の仲間がいる筈のアジトを冷めた目で眺めていた。
(俺の人生も…この辺で終わりみてぇだな。)
それは果たして長かったのか、それとも短かったのか。今となっては良く分からなかった。
ただ、自分の体には、もうさほどの力が残ってない事を自覚していたヌワンギは、
次の戦いで生き残る自信も意思も失っていた。しかし、それだと…
「結局…アイツは守れずじまいか。」
チャヌマウの生き残り。言わば、ヌワンギがかつて一度殺した男。
その男を結局もう一度見殺しにしか出来ない自分の弱さを、どうしようもなく惨めに感じていた。
こんな時、ヌワンギの側にはいつも柳川がいた。
そして、ヌワンギが困った顔で助けを求めれば、これ見よがしに渋々、といった感じではあるが、
それでも結局最後までヌワンギを見捨てず助けてくれていた。
だが、その柳川もなぜか昨日から姿を見せない。あの男に限って、今この時に逃げ出す、という事は考えられないのだが。
(…って事は、多分他に何か用事があるんだろうな。ヤツだって四六時中俺に構ってるわけはネェからな。)
そう思い納得しようとしたが、やはり胸に去来する寂しさを消す事は出来なかった。

今のヌワンギは、自分の罪滅ぼしの為に戦っているようなものだった。
だから、柳川の助けを求めるつもりは全く無いのだが、それでもこれまで付き合ってくれた事に対して感謝したい気持ちがあった。
折角、今までいろいろ大変な目には遭ったが、それでもそれなりに楽しくやってこれた柳川との二人旅が、
こんな結果で終わる事に少しやるせなさを感じてはいた。だがそれでも、今までの楽しい思い出が消えるわけではない。
だからこそ、会って話がしておきたかった。だが、その肝心の柳川が、今はここにいないのだ。

(もしかして…見捨てられちまったのかもな。)
ヌワンギはふとそう思う。
それも有り得ない話ではないのだ。ヌワンギの過去の悪行を、柳川は既に知ってしまっている。
ならば、そのせいで愛想を尽かされてしまった、という考えも、十分に説得力がある。
柳川の優しさに甘えて、ずっと秘密にしてきたその罪の重さが、ヌワンギにズシリとのしかかって来た。
胸が寂しさで溢れる。死を前にして、ヌワンギはこれ以上ない程に孤独だった。
そうしてヌワンギがたそがれている時、チャヌマウ出身の雇兵は、自分の足元で倒れている男をどうしようか悩んでいた。
最初は寝ているだけだと思っていたが、腫れた頬を見れば、殴られて気絶したと考えるのが妥当なようである。
ただ、この男がどうしてこんな所で倒れているのか、その理由がどうしても分からない。
起こして聞くのが一番なのだろうが、それを躊躇う理由はあった。
…この男の言葉が、あまり好きではなかった。なぜなら、それは時折雇兵の心を酷くかき乱すのだ。

明るいとは言い難い性格のこのチャヌマウ出身の雇兵も、流石にアジト全体が暗い雰囲気に包まれているのに息が詰まり、
そこから離れ、周りをただブラブラとしていた。
来るべき決戦。彼はその最前線で戦うつもりであった。
死ぬかもしれない戦い。普通の者はそれを前にして悲観的になるのかもしれないが、
とうに死ぬ覚悟など完了しているこの男には、もはやどうでもいい事だった。そもそも、死に場所を探してここまで来たのである。
ならば、それは待ち望んでいたものではあっても、恐怖するものではなかったのだ。
そうやって、残された命をただ無為に過ごそうと辺りを散歩していたのだが、そこで、この気絶している男を見つけてしまったのだ。

もう誰の諫言を聞くつもりもなく、ただ過去の幸せだった思い出を抱いて戦場で朽ちると決めたこの男でも、
なぜかこのお節介な治療班の男の言葉に無視出来ぬものを感じる事があった。
だから、今この時にこの男を起こし、死を覚悟した筈の心をかき乱されるのは避けたい。
ならば…このまま何も見なかった事にして、ここから立ち去るべきなのだろうか?

…だが、結局男は懐から水筒を取り出し、柳川の顔に水をかけた。
その水の冷たさに、柳川は小さいうめき声を上げたあと、飛び起きるように体を起こした。
「…ここは…何処だ?」
間抜けな起床時の挨拶である。
雇兵は、混乱していた柳川の要望に応じ、現在の状況を簡潔に説明してやった。
柳川は、今日が総攻撃の前日である事を知って酷く動揺していたようだった。
その様子から、最近の戦況の変化を全く知らない事が見て取れた。そうなると、どうやら一日以上は眠りこけていた事になる。
柳川自身も、その事実に呆れ果てていたようで、
雇兵の状況説明を聞いている間、半ば放心状態であった。

「大体の事情は掴んだ…感謝する。」
雇兵の説明を聞き終えた柳川は、その感謝の言葉で会話を終わらせ、
急いでそこから離れようとした。…その理由はなんとなく分かる。友人を探しに行くのだろう。
「もう何をしても遅いだろうよ。この戦争、叛軍の負けだ。」
柳川の背中に、雇兵はそう声を掛けた。皮肉のつもりである。力無き一兵卒がいくら頑張った所で、何も変える事は出来ない。
戦地で、雇兵に何度も生きる事の大切さを説いたこの偽善者に、その事を思い知らせてやりたかった。
ただ、その時雇兵は、その自分の行動に変な違和感を持った。
故郷の村が無くなってから、雇兵は自分から他人に関わろうとした事などなかった。
その自分が、何故かこの男とその友人には、こうやって皮肉すら言ってしまう…

その雇兵の動揺を知ってか知らずか、柳川は明らかに怒気を含んだ視線を向けてきた。
「そうやって何もかも諦めたような顔をしてれば楽だろうな。」
「…何だと?」
「何故認めない。人は変われる。罪は償える。努力は報われる。自分を信じれば…道は開ける!」
それは、柳川が暗いアパートの一室でずっと信じたいと願った言葉だった。
自分の大切なものの全てが理不尽な理由で略奪された後も、必死に縋ろうとした夢だった。
ここまで言って遂に柳川は気付く。何故自分がヌワンギを放っておけなかったか。
何故自分がこうまでこの雇兵の事を気にするのか。

「叛軍は…勝つんだ。そして、お前も、アイツも、死なせてやるものか!」
そう言って柳川は去って行った。…それを見送る雇兵は、明らかに柳川を起こした事を後悔していた。
柳川の言葉は、予想通りに雇兵の心をかき乱していったのだ。
325名無しさんだよもん:05/03/17 01:46:11 ID:GtVf5m1r0
いやっほーう! 連載さいかーい!
326FARE-M ◆7HKannaArk :05/03/17 14:24:28 ID:eV+nziff0
現在までの分補完完了しました。
ヌワンギの人頑張ってますね。いつもご苦労様です。
327名無しさんだよもん:05/03/18 00:26:39 ID:DmUFYvt3O
>>326
毎度乙です……って、『迷い人異聞録(ry』が後半しか収録されてねーですよ。
328ヌワンギパラレル作者:2005/03/22(火) 17:38:32 ID:oXDu9po90
すいません。書き上げたはいいのですが、どうも無駄に長いような気がして、
まだまだ編集の余地アリです。明日には投稿します。
329FARE-M ◆7HKannaArk :2005/03/22(火) 23:40:12 ID:NhqeEnoR0
訂正かけておきました〜
>>326
いつもご苦労様です。修正もして下さったみたいで助かります。


いつからだろうか、柳川はヌワンギに自分を重ねていたのだ。
いや、正確には、自分の理想の姿を重ねていた。
過酷な運命に流され、全てを失い、償いきれぬ罪を背負い、想い人からも見放された。
それでも、それでもヌワンギは自暴自棄になる事を嫌い、エルルゥの為にと必死に戦ってきた。
その眩しいまでの意志の強さに魅せられ、柳川はまるでおとぎ話の主人公を見守るような目で、
ヌワンギの軌跡をずっと見てきていたのだ。

それは、憧憬であった。柳川自身が果たせずに終わる筈だった贖罪を、
拙いながらも真摯に、全身全霊を賭けて果たそうとするこの若者に、柳川はずっと憧れていたのだ。
その事は、柳川自身も今までまるで自覚出来てはいなかった。
柳川は自分が強い人間であると思っていたし、ヌワンギを弱点の多い人間だとも思っていたからだ。
だが、良く考えてみれば、それは全くの反対である。
柳川は自分一人では正気も保てぬほどに弱く、ヌワンギは迷いながらも正解を見つける事の出来る強さを持っていた。
狩猟者が目を覚まさない訳である。このヌワンギの意思の強さが発する光に照らされている限りは、
そんな子供騙しの狂気など、その存在を保てる筈も無い。
…そして、あのチャヌマウの雇兵。あれはまるで自分の弱い部分を投影したかのような男だった。
他人から理不尽な略奪を受け、全てを失ってしまい、そこから希望を見つける事が出来ないまま、
ただ世界を呪い、自暴自棄になり、人を傷つけ続ける事で自分すらも裁こうとした、愚かな半身であった。
そして、今ヌワンギはそんな悲しくも愚かな男に罪を償う為に、文字通り必死になっている。
ならば、柳川のする事は敵の大将の暗殺などではなかったのだ。
そう、ただ…背中を押してやるだけでいい。ヌワンギには、もう問題を解決出来る強さは備わっているのだから。

何故だろうか。柳川は少し疑問に思ってみた。
何故自分は、今まで気付かなかった多くの事を、こうも一度に理解する事が出来たのだろうか。
無論、あのチャヌマウの男の言った皮肉が引き金である事は確かだろう。
その言葉に抗おうとした時、ふと、狩猟者の言葉に抗っていた自分を見つけたのだ。
そして、恐らくはああも簡単に負けたのも影響しているのだろう。

結局名前を聞く事も出来なかったあの女。外見からは想像も出来ないほどの身体能力を持つあの女は、
恐らく今度の総攻撃の間隙を縫って、手勢を連れてスオンカスの暗殺に向かうのだろう。
それならば心配はない。この戦争、叛軍の勝ちである。
ただ、その為とはいえ思い切りぶん殴られた柳川は、どうしてもその女には好意が持てないのだが…
「こんな事もあるのなら、負けるのもそう悪い事じゃないな。」
そう呟いた。今回の思わぬ敗北によって、自分の弱さもヌワンギの強さも客観的に見る事が出来るようになっていた柳川は、
この土壇場で、ようやく正解に辿り着けたのである。そう思えば、この痛みが増してきた頬も、怪我の功名と我慢が出来よう。

もう迷いは無い。ヌワンギの気配の下に向かう柳川の目には、
以前までの彼には無かった、強い意思の光が宿っていた。
そうして日が暮れ始めた頃、柳川は高台の上にいた。
目の前でしょぼくれていた男は、その柳川の気配に気が付きこちらを振り向いた。
「柳川…か?」
その男は、恐る恐る、といった感じでそう聞いてきた。
「ああ、そうだが…その情けない声は何だ、ヌワンギ。」
アジト全体を覆う暗い雰囲気とは裏腹な、明るく自信に満ちた声が自然に出てきた。
「い、いや…テメェはてっきりもうどっかに行っちまったかと…ってその顔どうしたよ!?」
…いきなり聞かれたくない事を聞かれてしまう。
「…聞くな。」
強引に誤魔化そうとするが、ヌワンギはどうもそれが気になって仕方ないようだった。
「聞くな、というなら聞かねぇけどよ…変だぞ、それ。」
「…お前の言う事はいちいち的を射ない。別に好きで頬を腫らしているわけじゃないんだ。
 感想なんて聞きたくもない。」
その柳川の言葉を聞いて、ヌワンギはふと可笑しくなった。
今のこの土壇場においても、柳川はまるで平常心を崩さない。よく考えれば、今までずっとそうだった。
そして、この柳川の糞度胸に、ヌワンギはいつも励まされてきたのだった。

今まで沈みっぱなしだったヌワンギの心は、こうして柳川に会った事でいつもの調子を取り戻した。
そう、いつもこうやって知らず知らずのうちに助けられてきたのだった。嬉しかった。この男とずっと旅が出来た事が。
だからこそ、ヌワンギは柳川に言わねばならない事があるのを思い出す。
「…じゃあ頬の事はもう言わネェよ。その代わりによ…」
「…なんだ?」
「先に避難してくれねぇか?」
「…どういう事だ?」
表情を硬くして、柳川はそう聞いた。
「もう知ってると思うけどよ。明日…こっちから総攻撃を仕掛けるんだ。言っちゃあ何だけどよ…これ、勝算はあんまりネェんだよ。
 だから…ここが戦場になる前に、どこか安全な場所に避難してくれよ。」
ヌワンギには珍しく、現状を簡潔に説明出来ていた。だが、むしろその事が余計に柳川の機嫌を損ねた。
「そうか。ならばお前も一緒に避難するんだ。ここに来る前の約束を覚えているな?」
柳川は、そうそっけなく返答した。柳川自身も、今のヌワンギがそんな事が出来る筈もない事を知っている。
つまり、これは単なる嫌がらせなのだが、ヌワンギは、その中の約束、という言葉を深刻に受け止めたようだった。
「…すまねぇな。確かにそんな約束したけどよ。今…それどころじゃネェんだ。」
そう言って柳川に謝る。そのヌワンギらしからぬ謙虚な態度に、柳川はさらに機嫌を悪くする。
…なんという事はない。ただ単に、もう既に諦めているヌワンギを見るのが嫌なだけなのだ。

「馬鹿野郎。」
心底呆れた、といった表情で柳川はそう言い捨てた。
「な、な…何だよ、その言い草は!」
ヌワンギも流石にカチンと来たようだ。だが、柳川はそんな事を気にせず、どんどん言いたい事を並べる。
「だいぶ良くなってきたと思ってたんだがな…やはりその馬鹿は治りようがないか。
 大体、お前が逃げないと言うのなら、俺だって逃げる訳には行かないじゃないか。」
「だ、だから言ったじゃねぇか!戦場になるんだよ、ここが!そうなったら、テメェは…」
柳川はハァ…と深いため息をつく。そして、挑発するかのようにやれやれ、といった感じのジェスチャーを返した。
「だから馬鹿と言ったんだよ。要は、ここが戦場にならなきゃいいだけの話じゃないか。」
「え…?」
ヌワンギは気付いた。柳川は…全く諦めてはいない。
「勝つんだ、この勝負。お前なら…それが出来る筈だ。」
「そ、そんな事俺が出来る筈ネェだろう!テメェだって知ってんだろ!
 俺はな…どうしようもない男なんだよ!どうしようもネェくれぇ、今までの人生、ずっと負けてばかりだったんだよ!
 ハクオロに負けて、エルルゥには泣かれて、皇都には間に合わなくて、
 ソポクねぇさんも助けれなくて、そして、今もこの有様だ!こんな俺に…何が出来るってんだよ!」
ヌワンギはそう言って懸命に拒絶しようとする。
柳川はそのヌワンギの情けない告白を軽く笑い飛ばす。
「そうだな。お前は負け続けてきたのかもしれない。だが、それは今回も負ける理由にはならないぞ。
 …陳腐な言い方ですまないが、もう少し自分を信じてみたらどうだ?今なら俺だっている。出来る事はある筈だ。」
「無理だよ、そんな事。俺は兵法ってヤツが全然分からネェんだ。それにテメェは戦場には立てねぇ。
 …大体俺は、三倍近い兵力差があった時にすらボロ負けした事もあるんだよ。それなのに、こんな不利な状況から…」
いや、ちょっと待て。ヌワンギはそこで言葉を止めた。ヌワンギは圧倒的に有利な状況から負けた事があった。
…という事は、あの男、ハクオロは圧倒的に不利な状況から勝った事になる。
(俺は…一体あいつに何をされたんだっけ…?)
徐々に思い出してきた。そう、あの時は確か…
「…どうした、ヌワンギ?」
急に黙り込んだヌワンギを怪訝に思い、柳川は声を掛ける。

その後に柳川が見たのは、遂に希望の手掛かりを掴み、自信を取り戻しつつあったヌワンギであった。
これから二人は身をもって理解する事になる。負け続けの人生でも、報われる事はある。
取り返せない事は、無いのだと。
335名無しさんだよもん:2005/03/24(木) 08:29:17 ID:ZysAvjom0
おおおおお
336名無しさんだよもん:2005/03/29(火) 02:49:09 ID:tJnc0Ebc0
初めて見ましたけど面白いっすね。
337名無しさんだよもん:2005/03/29(火) 22:41:08 ID:p8TYx2M10
ここから読み始めるとは、なんてツイてる人だ。
「何故だ?」
男のその問は、今のヌワンギには酷くおどおどしている様に聞こえた。
不思議なものである。今までは、その男の発する言葉の一つ一つが心に突き刺さっているかのように痛かった。
それなのに、今はしっかりと感じられる。この男もまた、迷っていたのだ。
自分の行動にもう正しさや意義すらも求めずに戦い続けていたにも関わらず、ずっと迷い続けていたのだ。
(多分…怖かったんだろうな。)
ヌワンギの予測は恐らくは正しい。この雇兵はずっと、もう一度希望を持つ事が怖くて仕方なかったのだろう。
大切な者を失う、というのは、それほどまでに人の心を弱くするものだ。ヌワンギは身に染みてそれを知っていた。

ヌワンギが大急ぎでアジトに戻って来てみれば、何故か皆宴会の準備などをしていた。
現金と呼ぶのは悪いのかもしれないが…今までこの世の終わりが来るかのように沈みきっていたアジト内の雰囲気が、
ドンドンと活気に満ちたものに取って代わられていく。
辺りを見渡してみる。…配給所にある人だかりは、多分酒や食料を求める兵士や雇兵達だろう。
その付近では、なにやら賑やかな音楽と、それに合わせてぎこちなく鳴る不揃いの手拍子が聞こえる。
誰かが踊っているのだろうか?手拍子から察するには、あまり上手な踊りではないようだが…

しかし最後の決戦を前に宴会とは、面白い事をする。ヌワンギは思わず感心してしまった。
確かに明日以降はいくら兵糧の備蓄があろうとも意味が無くなるには違いないが、
それでもここまで思い切った事をして士気を上げようとは、なかなか普通の神経では出来ない。
(…となると、叛軍の大将もまだ信じてんだな、まだ勝機はあるって…)
ならば、普段であれば絶対に聞く事など無いであろう、雇兵の助言にも耳を貸すかもしれない。
この土壇場になって天も味方してくれたのか、状況はヌワンギにとって好ましいものとなっていく。
ならば、この機を逃すわけにはいかない。ヌワンギは人ごみを掻き分けながら、叛軍の大将の下へ向かった。
叛軍の大将、デリホウライは少女の酌で酒を飲みながら、随分と朗らかに笑っていた。
戦場で何度か遠目に見た事はあったが、その時のデリホウライの表情からは、
今の、この年齢相応の少年のような笑顔はまるで想像出来ない。
それを見て、今から自分がしようとしている事をやや躊躇ってしまう。
何もこんな時に、戦争の話をする事もないのだろうが…
だが、今はそんな悠長な事を言っていられない。ヌワンギは急ぎ足でデリホウライの下まで向かい、膝を突いて頭を下げた。
「このような席の中、も、申し訳ないのですが、翌日の総攻撃について、わ、私に策が、ご、ござ…いまする!」
慣れぬ敬語を使った為、所々噛んだ挙句、語尾がおかしくなってしまった。

今のこの状況は、デリホウライにとってはやや不可解なものである。
ついさっきまではハクオロと一緒に盃を交わしていたのだが、この少女が来てから、気を利かせたのかハクオロはどこかへ行ってしまった。
今まではこのような気の遣われ方をするのは嫌だったし、この少女の事も、別に何とも思ってなかった。
しかし、不思議なものである。少女の酌に任せて酒を飲んでいる内に、そういった気遣いを拒んでいた自分のプライドが、
矮小で馬鹿馬鹿しいものに思えてきて、自分でも驚くぐらいに、自然に少女に笑みを返す事が出来ていた。
そんな微笑ましい雰囲気をぶち壊すかのように、鎧兜で武装した男がのしのしとやって来て、変な事を言ってきた。
一瞬敵が夜襲でもかけて来たのかとも思ったが、どうやらそうではない。
この男は、なにやらデリホウライに策を持って来たらしい。

「…お前は誰だ?」
この雰囲気を邪魔されたので少し気が立っていたのだろうか、デリホウライはつっけんどんに名を聞いてきた。
ヌワンギは自分の名前を出す事を躊躇い、また偽名を使うなんて機転も持ってはいなかった為、
「…雇兵です。」
と自分の身分を答えた。
「戦場を金で渡り歩く雇兵が、この俺に助言か…」
デリホウライは一喝して下がらせようと思ったが、もう既に雇兵の助言を聞きまくっていた自分を思い出す。
「…今はそんな話をする時ではない。配給所で配っている酒と食料を受け取り、お前も皆の輪に混ざり、盃を酌み交わせばいい。」
と、一応丁寧にだが、助言を聞く意思が無い事を伝えた。
「え、で、でも、ですが…」
言葉が続かない。ほんのちょっと敬語を使っただけなのに、もうこの有様である。
もう止めた。意思が伝えられないのなら、敬語など役立たずである。
「それじゃ駄目なんだよ!総攻撃は明日だろうが!今聞かなくていつ聞くってんだよ!」
もう体裁になど構っていられない。絶対に下がる意思など無いのだと、その言葉と態度で伝えた。
「…分からんのか。聞く必要が無いと言ったんだ。俺にだって策がある。」
「その策が総攻撃だろ、そ…それだけじゃ駄目なんだ!ただ総攻撃するだけじゃ…」
「ただの総攻撃じゃない。これ以上は言えんがな。…犠牲は少なくないかも知れんが、必ず勝利を掴む事が出来る。
 もういいだろう、下がれ。酒が不味くなる。」
でもヌワンギは下がらない。デリホウライの言葉に多少引っかかる事もあった。
「犠牲は少なくないって何だよ!?それじゃ駄目だって言ってんだよ!
 いいか。この戦争じゃなあ、いろんなヤツが戦ってんだよ。いろんな理由があって、いろんな願いがあって…
 そして…そのどれもこれも、絶対に無視しちゃいけねぇものなんだ!
 だから、犠牲は少なくなきゃ駄目なんだ!その犠牲を少なくする策を…やっと見つけたんだ。
 だから、だから…頼む、聞いてくれよ…」
最後はもう涙声になりながら、額を地面に擦り付け、ヌワンギは懇願する。

…その言葉の真意までは分からない。だが、この男の態度を見れば分かる。この言葉は…雇兵自身の為のものじゃない。
誰かの為にこうまで必死になる男。そんな男の言葉をこれ以上拒む事が出来るだろうか…
デリホウライにも迷いが生まれ始める。その時、
「デリ様…」
端で見ていた少女が、縋るような目でデリホウライを見つめる。
それを見て悟る。どうやら、少女は最初から正解を知っていたようだった。
そうだ。俺のつまらないプライドなど、矮小で馬鹿馬鹿しいものだったとついさっき知ったばかりではないか。
ならば…この男の言葉を拒む理由が何処にある。
「分かった…言ってみろ。」
そう言ったデリホウライの表情は、以前の朗らかさを取り戻していた。
ヌワンギは、ついさっき漸く一つの仕事を終えた。
自分が辿り着いた一つの答え。それをこの叛軍の大将に伝える事に成功したのだ。
それだけではない。デリホウライは、その後少ししてやって来た参謀風の初老の男とヌワンギの前で少し話した後、
とんでもない事を言ってきた。
「聞けば…お前の勇敢な戦いぶりはこのアジトの多くの者が知っているそうだな。
 それならば、異論を唱えるものも少ないだろう。次の戦闘、お前が指揮を取ってみろ。」
そんな事を、サラリと言ってきた。この男もやはり王者の器の持ち主なのだろう。並の神経ではない。
そして、ヌワンギは拒まなかった。いや、ここで拒んでしまえば、自分の策に自信が無いと思われることになる。
そう思ったヌワンギは、内心で悲鳴を上げながらも、それを引き受けた。

思いもよらぬ大きな責任。ここでいつも通りの失態を犯せば、本当にとんでもない事になる。
だが、ヌワンギはそれに押し潰されるような軟弱者ではない。それに…
(こんな俺を信じてくれる奴がいるんだ。なら…俺自身が俺を信じなくてどうすんだよ。)
孤独ではないというのは、こういう時に大きな力を発揮する。
それは、今までのヌワンギには無かった力だった。親友の信頼に裏打ちされた自信。この力があれば、何だって出来る。
遂にヌワンギも、過去に囚われるのではなく、それに向き合いつつも、未来を目指す事が出来る様になってきたのである。

そしてヌワンギはアジトを外れ、一路ある目的地に向かう。そこには、とある人物が居る筈だから。
しかし、そのヌワンギの前を、一人の男が塞いだ。
「よう…」
それが誰かを悟り、ヌワンギは親しげに挨拶をする。
そこに居たのは、チャヌマウ出身の雇兵だった。その雇兵は、ヌワンギの挨拶に何の返答もせず、
ただならぬ光をその目に宿したまま、じっとヌワンギを睨んでいた。
「どうしたよ?」
それでもヌワンギの態度は変わらない。親しげに会話を続けようとする。
「…何故だ?」
「は?」
その雇兵の思わぬ返事に、間抜けな声を上げてしまう。
「…何故、お前はそうまでして叛軍を勝たせようとする?
 いや…どうして、そうまでして周りの人間を助けようとする、どうして…」
雇兵はそこで一瞬口を噤んでから、
「どうして…明日死ぬかも知れぬ俺達の為にそこまで必死になれるんだ…?」

どうやら、一部始終を見られていたようである。
少し気恥ずかしくもあったが、それならば堂々と答えておくべきだろう。
「明日死なせない為に俺がいる。そういう事じゃネェかな?」
「ふざけるな!」
「…ふざけてねぇよ。」
雇兵はずっとヌワンギを睨み続ける。…だが、ヌワンギが本心からそう言っている事を認め、
悲しそうに笑った後、フゥ…とため息をついた。
「そうか…でも、俺には無理だ。」
「………」
「俺は…あれから随分と臆病になってしまった。お前が俺の事を心配していろいろしてくれたのはなんとなく分かる。
 でも…俺にはもうそれに応える術が無い。だから…」
「そんな事はネェだろう。」
「…どういう事だ?」
「お前は臆病なんかじゃネェし、俺のやってる事に応える必要もネェ。これは、俺がやらなきゃならねぇ事だからな。」
雇兵がそれに対し何か言おうとする。だが、その時…
「あ、ここに居たんですか、探したんですよ!」
誰かがやって来たようである。
それは、以前ヌワンギ達に感謝してきた叛軍の兵士達だった。
「もう宴もたけなわって感じですよ。でも…お二方が何処にも居なかったので、ずっと探してたんですよ。」
「ああ、そうか。そりゃすまねぇな。…でも、俺はツレが待ってるから、そっちに行かなきゃいけネェんだ。
 だから、こいつだけ連れて行ってくれよ。」
そう言って雇兵を指差す。
「いや、俺は…」
「行けよ。」
雇兵が断ろうとしているのを悟り、そう言って一緒に行く事を促す。
「行きましょうよ。今までの事を感謝したい気持ちもありますし、
 明日の為にも貴方にはここでしっかり息抜きして欲しいんです。」
兵士達もそう言って雇兵の両腕を掴み、ズルズルと引きずっていく。…どうやら、もう結構飲んでいるようである。
それに逆らいきれず引きずられていく雇兵に、ヌワンギが今夜最後の声を掛けた。
「楽しんでこいよ。お前だって何もしてこなかった訳じゃない。
 …そいつらは、お前がずっと守ってきたんだよ!」
そうして一悶着あった後、ヌワンギは元居た高台に戻ってきていた。
そこには、眼下に賑わう宴会に見とれている柳川が居た。
「戻ってくるとは思ってなかったんだがな。」
流石に柳川は、ヌワンギの気配を既に察知していたようだった。
「なんでだよ?お前をほっといて、俺が一人酒でも飲んでると思ったのか?」
「いや…もしかしたら、大将にあったその足で、エルルゥに会いに行くのかと思っていたんだ。」
その名前を聞いて、ヌワンギはややたじろぐ。だが、
「会わねぇよ。」
ヌワンギは、そんな事を言ってきた。
「どういう事だ?」
今度は柳川がたじろぐ。
「決めたんだ…お前が元の世界に帰る方法を見つけるまで…エルルゥには会わない。」
「何故!?」
柳川は納得がいかない。ヌワンギがどんなにエルルゥのことを想っているか知っているからである。
「何故って…なんだかんだ言ってテメェにはずっと助けられてきたからな。
 だから…借りを返すまで、一旦お預けにしておくだけだ。」
「だが…」
尚も反論しようとする柳川を、ヌワンギは無理矢理黙らせる。
「いいっつったらいいんだよ!俺がそう言ったんだ。これ以上…グダグダ言うな!」
そう言って、柳川の横にどすんと座り込む。
…仕方がない。そう言われてしまった以上は、納得していなくても、これ以上何かを言う事は出来ない。
柳川もため息と共にその場に座る。その時に、ふと渡さねばならない物があるのを思い出した。
「そういう事なら…いらないかもしれないが、これを持っておけ。」
そう言って、懐から小さな瓶を取り出した。
「…何だよ、これ?」
「お守り…のような物だな。これに込められた想いは、絶対にお前を守ってくれるだろうから。
 …明日生きて帰って来れたら、その詳細を話してやるよ。」
もったいぶった言い方をして、その小瓶を渡した。
「ちょっと気になるけど…そういう事ならありがたく貰っとくよ。…っとそうだ!
 お礼に俺からはこれやるよ。」
そう言って、ヌワンギが空の盃を差し出してきた。
「…酒でも持ってきたのか?」
「そうだと良かったんだけどよ…まあ飲めよ。」
ヌワンギは懐から出した水筒から液体を注ぐ。柳川は躊躇いもせずにそれに口を付ける。
「これは…」
「そうなんだよ。あれから配給所に行ったんだけどよ。もう酒は売り切れだとさ。
 それで仕方ねぇからさ、水を貰ってきた。」
それを聞いて、柳川は声を上げて笑う。
「何だよ…なんか文句でもあんのか?」
それから暫く笑った後、何とか笑いを堪える事が出来た柳川はその問に答えた。
「いや…盃で水を飲む、というのは、お前らしからぬほどに風流だ。」
「…じゃあ、文句は無いわけだな。」
「そんなものあるものか。水筒をよこせ。お前にも注いでやる。」

二人はそうして、盃で水を飲みながら、特に何も語る事なく静かに眼下の宴会を見つめていた。
言葉には出さなかったが、それはこの世界のどの名酒よりも美味しい水であったのだろう。

そして、朝が訪れた。
ナ・トゥンクの内乱は、いよいよ最後の局面を迎える。
346名無しさんだよもん:2005/03/30(水) 21:41:29 ID:JBXtOlAN0
漢たち
347名無しさんだよもん:正暦1016/04/01(金) 19:29:49 ID:trLWpyR/0
リターンの方は何処行ったんでしょう?
続編待ってます。
もう居ないのかなOTL
348Return:2005/04/05(火) 02:20:09 ID:oZYn9izB0
「・・・・・・・・・ん」
「おおっ、気がついたぞ」
「・・・宗一・・・さん?」
「エルルゥ、大丈夫?」
「皐月さん・・・あれ・・・ここは?」
「ここは俺の家だよ」
「家・・・」
エルルゥはまだ頭の中がはっきりしていないらしく、ベッドに横たわったまま話を聞いていた。
「大丈夫か?」
「多分大丈夫だと思うよ。記憶もしっかりしているみたいだし、もし記憶がなくても私が引き出すから」
「記憶・・・」
と、その言葉を聞いたとたんにベッドから起き上がった。
「そうだ、ハクオロさんは!」
「落ち着いて」
健太郎はエルルゥの肩に手を置いて右親指でもう片方のベッドを指した。
「あ・・・」
その姿を見るとすぐに瞳に涙が浮かんできた。
「夢じゃ・・・なかったんですね」
「こっちの男はやっぱりハクオロだったんだね」
「はい・・・間違いなく・・・ハクオロ・・・さ・・・・・・んで・・・」
涙がぽろぽろとあふれてきてとまらない。
「・・・今はいっぱい泣いたほうがいいよ・・・。好きな人とやっと合えたんだから」
「スフィー・・・」
スフィーはエルルゥに自分の胸を貸してやった。
健太郎と半年間、あうことが許されなかったスフィーだからこそ、エルルゥの気持ちがよーくわかるのだ。
「ありがとう・・・ございます」
「よしよし・・・」
胸で涙を流しつづけているエルルゥの頭にやさしくなで続けてあげる。
「今のスフィーさん、まるで女神みたいですね、店主」
「女神・・・か。今ならわかる気がするな。あの時、そう思ったのが」
349Return:2005/04/05(火) 02:21:21 ID:oZYn9izB0
エルルゥが目覚めてからかれこれ数日の時が過ぎた。
エルルゥも最初の二、三日はほぼベッドに横になりっきりの日々をすごした。
いや、過ごさざるおえなかった。
ベッドから起きた後、すぐに体が動かなくなってしまったからだ。
ただ魔法で体を調べてみて、病気や呪いとかそういうものじゃなくておそらく何かの因果関係でたまった疲労が一気にその体に押し寄せたからだろう、とスフィーは診断した。
その証拠はゆっくり眠った後はまた元のように体は自由に動いた。
ただハクオロに関しては依然として目を覚まさないでいた。
もちろん七海もきちんと看護していたし、エルルゥが起きてからというものの、再び倒れるんじゃないかと心配させるほど突きっきりで看病をしていた。
スフィーやリアンが治癒魔法をかけてもほとんど効果はないようでまるで死んだかのように眠りつづけていた。
「・・・・・・・・・ハクオロさん」
体温を感じられる手を両手でギュッと握り、早く起きてくれるように願いを込める。
その瞳にはじんわりと涙が浮かんでいた。

「・・・・・・・・・エルルゥ、日に日にやつれていってる」
「うん。私が魔法で無理やりにでも寝かせてあげないとずっと起きているつもりだもの」
スフィーも皐月も徐々に心配が募りつつあった。
無論、宗一と健太郎もそうであった。

「・・・・・・・・・だめか」
パスワードをかけてPCをシャットダウンする。
「はぁ・・・」

「文献ですか・・・」
「ええ・・・やっぱりわかりませんか?」
「残念ながら私の知っている限りでは・・・」
「そうですか・・・いえ、ありがとうございます」
350Return:2005/04/05(火) 02:22:31 ID:oZYn9izB0
「はぁ・・・」
五月雨堂へと戻った健太郎はゆっくりと椅子に腰をおろした。
『どうしたのだ?健太郎殿』
と、目の前に飾ってある一枚の皿から声が聞こえる。
曰くつきで健太郎とスフィーが気に入っているもので観賞用として飾ってあるうさぎのお皿である。
すると皿から光があふれ、目の前に現れたのは二人の古風な巫女装束をまとった女性。
中に描かれている白と黒のうさぎ、因幡ましろとしきぶだ
「あまり悩んでばかりいると体によろしくないぞ」
「ええ・・・ただこればっかりは何とかしたいんです」
「へぇ・・・健太郎殿がそんなに悩んでいること、ぜひとも聞きたいものだ」
「うむ、私も聞かせてもらいたい」
「・・・実は―――」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
351Return:2005/04/05(火) 02:23:03 ID:oZYn9izB0
「なるほど。ではその世界に行っていたからよく店の中で消えていたのだな」
「面白そうですわね。私も行ってみたいものだ」
「また私に探させるつもりか?私はもう離れ離れになるのはいやだぞ」
ましろはあちょっと困ったように顔をしかめる。
「・・・・・・はぁ・・・」
頭を抱えている健太郎を見て因幡姉妹は話の道筋を元に戻す。
「して、その者をどうにかして助けたい、と言うことだな」
「ええ・・・仲間がやつれていくのは見ていてすごい心配なんです」
「ふうっ、相変わらず健太郎殿はお人よしね」
「こら、しきぶ」
「でも、それで私たちがあったのもまた事実ですもの」
しきぶは一回息をつくと目を閉じた。
「こういう時はね、愛する人の接吻があれば大抵の者は目を覚ますものだぞ」
「うむ、それは私も同意見だ。古より愛するものによる接吻というものには不思議な力があるものである」
「接吻・・・つまりはキスですか・・・」
「うむ。現代の言葉でいうとそうであるな」
「あの・・・他に何かいい手はないんですか?」
「む、健太郎殿、信用していないな」
「いえ・・・流石に信憑性にかけますから・・・」
なんせそういう話は御伽噺にもあるほどありふれた話だ。
「ならば私の以前の主の話をしてみせよう・・・」
352名無しさんだよもん:2005/04/11(月) 01:49:56 ID:DFX4PI9/0
今の葉鍵板の状況じゃ落ちることほぼないけど保守
連載がんばってください
353ヌワンギパラレル作者:2005/04/17(日) 15:39:40 ID:yNe5sXXX0
>>352

ちょっと前から急に忙しくなって、今も全然時間が取れないんですが、
明日こっそりと投稿する予定…です。遅れてすいません。
354名無しさんだよもん:2005/04/17(日) 20:59:53 ID:0A9AsUre0
お時間のあるときにまったりと書いていきましょう。
自分も何かまた書きたい。
最初の戦闘は、半ば遭遇戦のようにも見えた。
来る総攻撃の為の再編成に思いのほか時間を取られていたナ・トゥンク軍は、
これまでの一時的な休戦期間に、前線に近い部隊の兵力をかなり増強はしていたものの、
指揮系統を纏めるのに手間取っており、攻撃を開始する為にはあと数日は必要だった。
といっても、もう十分に叛軍を圧倒するだけの兵力は揃えており、もはや勝利は秒読みの段階、と誰もが思っていた。
その油断が、この肝心な時に索敵を怠らせたのだろう。叛軍の兵士が目視できる段階になるまで、
誰もその接近に気付いてはいなかったのだ。
とはいえ叛軍の方も、敵の反応があまりにも鈍いので、罠の存在を疑い一気に戦闘を拡大するのを避けた。
その結果、このちぐはぐな状態のまま戦闘は始まり、全軍入り乱れて、とはとても言えない慎ましやかな総力戦が展開された。

しかし一度戦闘が始まってしまえば、それまでの杞憂は吹き飛び、戦線は拡大の一途を辿る。
元々その場には両軍の兵士全てが集まっていたのだ。戦場が開けた草原であった事もあり、戦線の拡大を阻む物は何もない。
罠など無い事に気が付いた叛軍は、敵の先鋒部隊に戦力の全てを叩きつける。
ナ・トゥンク軍も一時的に混乱はしたものの、数で勝っているという心理的優位がその混乱を無理矢理押さえ込む。
だがまだ指揮系統が纏まっていない為、ナ・トゥンク軍の兵士達は応戦準備が出来次第、
誰の命令も待つ事なく各々の防衛本能に任せて戦い始めた。
その良く言っても臨機応変、悪く言うならば出鱈目なナ・トゥンク軍の反撃は、結果的に遊軍を減らす事に成功し、
叛軍の先制攻撃をしっかりと持ちこたえた。こうなっては、数で勝るナ・トゥンク軍が有利である。

そうして戦闘が始まってから半刻もしない内に、叛軍は蜘蛛の子を散らすかのように逃げ始めた。
戦闘の気配を感じる。それは、恐ろしく不快。喩えるならば、体の内部で広がる大火災。腹の中の臓物を全て燃やし尽くされ、
その上どんどん火が体中に広がっていく。それは足を燃やし尽くし、
手を燃やし尽くし、最後にはこの身体全てを燃やしきってしまうのだろう。
だが、それでもここで倒れるわけにはいかない。今は、この場で立ち続けなければならないのだ。
自分を信じる。その陳腐な言葉を笑う事もせず、愚直にその言葉のままに行動し、今は前線で戦っている…
その友人の行動に、今度は自分が応えねばならぬ番である。
「自分を信じる、か…」
呟いてみる。それは、今までは有り得ない夢でしかなかった。だが、今ならそれが実現できる。
少なくとも、そう信じてくれる友人がいる。だから…その男は、己の中の炎に抗い続ける。

戦況は一気にナ・トゥンク軍に傾き始めた。与えた被害、という点であればまだ叛軍の方が上であるのだろうが、
その叛軍も今は追われるばかりである。追うナ・トゥンク軍には、もはや軍規なる物は存在しない。
各々がこれまでの苦戦の鬱憤を晴らすかのように、勢い勇んで叛軍に迫る。
それは、叛軍を全員殺せばこの戦争は終わるといわんばかりであった。
実際、彼らが叛軍に追いついていれば、この戦闘はナ・トゥンク軍の圧倒的勝利に終わったであろう。
だが、このときの彼等は知る由もなかったのだ。その情けないまでの撤退も叛軍の策の一部であり、
追撃をせき止める為の策も、用意されていたという事に。
それは、前日の宴の晩まで遡る。ヌワンギは、デリホウライに直訴しに行く前に、柳川に作戦の説明をしていた。
「…それでは駄目だ。」
だが、ヌワンギが何とか作戦の説明を終えた後、待っていたのは柳川の容赦ない駄目出し。
「で、でもよ…絶対上手くいく筈なんだよ!」
何とか食い下がろうとする。…そう、この策が駄目なら、ヌワンギにはもう打つ手など無い。
「…確かに、お前の作戦自体は悪くないんだ。」
そう一言断っておいた後、柳川はこの策の最大の問題点を突きつける。
「ただ、この作戦は、こちらが守勢に回った時に効果を発揮するものだ。
 だが…今度の作戦は、こちらから攻めて行くんだろう?」
「だから、それは…」
「誘い込む…だったよな。それも難しいだろう。考えてみろ。今の疲労しきった叛軍に、統率された行動を取らせるのは不可能に近いんだ。
 それなのに、敵を誘い込む、なんて高度な用兵が出来るとでも思っているのか?」
「…高度なのか?」
「…そんな事も知らんのか…」
呆れてしまう。だが、崩れかけたヌワンギへの信頼を無理矢理に補強し、こちらから案を出してみる事にした。
そう、ヌワンギは、自分の信頼に十分応えてくれた。それならば、今度はこちらの番である。

「一つだけ…なんとかする方法がある。」
またしても自信を失いかけているヌワンギに、そう優しい言葉をかける。
「な、な、な…なんだよそれ、教えてくれよ!」
「簡単な事だ。敵を誘い込む、というのは難しい用兵ではあるが、時間さえかけられれば、今の叛軍でも十分に可能だろう。
 そう…追ってくる敵をあしらい、時間を十分に稼げるだけの屈強なしんがりさえいれば、この策は成る。」
「屈強な、しんがり…で、でもよ…」
新たな問題にヌワンギは頭を抱える。叛軍は、もう皆疲れきっているのだ。その中から、そんな屈強な部隊を編成出来るとは、
どうしても思えない。
喜んだり悩んだりと、忙しい事この上ない。そんなヌワンギではあったが、
その自分とは対照的な、とても落ち着いた、だが力強い声を、その後確かに聞いたのだ。
「何を悩む必要がある。…そのしんがりは、お前の目の前に居るじゃないか。」
逃げる叛軍を先導していたヌワンギは、ふとその夜の事を思い出していた。
そんな事は不可能だと思った。柳川は…戦場には立てやしない。発作に苦しみ…その本来の力の幾許かも出せやしないだろう。
だが柳川は、心配するな、と少し笑い、こう言ったのだ。
「大丈夫だ。もし作戦が成功していれば…その場には、一人の叛軍の兵士も居はしないだろう。」
それなら…?
「それなら、そこは戦場じゃない。誰も戦っていないその場所は、戦場とは呼べない。」
だったら…?
「だったら、俺は…」

あの言葉を聞いた時、ヌワンギに中の不安は完全に吹き飛んだ。
それほどまでに、自身と誇りに満ちた言葉だった。ヌワンギは思い知る。
(コイツには…多分一生敵わねぇンだろうな。)
不思議と悔しくはない。それどころか、それを嬉しい、とすら思ってしまうくらいだった。

この頼れる味方が居ればこそ、この絶望的な兵力差で、さらに追われている状態の自分達ではあるが、
ヌワンギは何も恐れてはいない。そう…後方で待っている柳川の下へ辿り着くまでに、
敵軍を十分に引き離す事が出来れば、もうそこで勝利は決まったようなものなのだから。
疲労からか足が鈍ってきた兵士達に、ヌワンギは力強く声を掛ける。
「急げぇ!あの場所に着くまでに敵を十分に引き離せれば、後は歩いて逃げたって大丈夫だから!
 だから…今は全力で走れぇ!!」
そのヌワンギの指示が効果があったのかどうかは定かではないが、
叛軍は、追うナ・トゥンク軍の兵士達も呆れ返るぐらいの逃げ足で、どんどんとアジトのある深い森へと逃げていく。
この草原からあの森へと逃げ込むには、まだかなりの距離がある。普通に考えれば、
そんな距離をこの速度で走り抜ける事は不可能である。
それならば、逃げ足が鈍った所に追いつき、疲れきった叛軍を一網打尽にしてしまえばいい。
もう我等の勝利は決定的である!…ナ・トゥンク軍の誰もが、そう思っていた。

だが、その彼等を待ち受けていたのは、疲れ果てた敵ではなく、不可解な状景だった。

戦場に、一人の男が立っている。オンカミヤムカイの正装に身を包んだ、長身痩躯の優男。
ナ・トゥンク軍の追撃が一瞬止まる。それは、戦場には有り得ない場面だったから。
だが、確かにその男は彼等の眼前に立っている。…あまりにも場違い。ここは、旅人が迷い込むような所ではないのだ。
ならば、これは敵なのか?戦場に味方以外の者がいるとすれば、それは敵であるのだろうが…

その迷いは、後からひっきりなしにやってくる兵士達の勢いがかき消してしまった。
そう、結局追撃は一瞬止まっただけ。今更何が居ようとも、ここが戦場である以上は、迷う理由は無い。
たとえそれがどんな不可解な物であっても、壊してしまえばそれは戦場のオブジェに相応しい、ただの残骸になるのだから。
そうして濁流と化した軍勢は、容赦無くその男にも襲い掛かり、その場を元の戦場らしくしてしまうのだろう。

…だが、間違っていたのはナ・トゥンク軍の方である。正確には…少なくとも、その男の意識の中では、そこは戦場ではなかったのだ。
何故なら、そこには一人の敵軍の兵士もいないのだ。誰も戦っていないその場所を、誰が戦場と呼ぶものか。
ならばその男、叛軍のたった一人のしんがりである柳川は、以前ヌワンギに宣言した通りの男である。

「だったら、俺は…今の俺は、誰にも負ける事はないさ。」
360名無しさんだよもん:2005/04/19(火) 11:33:06 ID:qM8N1XpG0
柳川かっけええ
361名無しさんだよもん:2005/04/20(水) 00:10:00 ID:o97QG7ts0
やべえ、惚れそうだ。コレはヤバイ。
さすが男を部屋に囲ってるだけはある。
362名無しさんだよもん:2005/04/20(水) 02:37:16 ID:+67D8FWd0
次回、柳川の鬼神楽!?
363名無しさんだよもん:2005/04/26(火) 02:10:36 ID:VpynZn3v0
あまり下層を漂うのもあれなので上げます。
あがった直後だけどこっそりと投稿。
…というか、やはり推敲する時間が短いと、文章にミスが多々残ってしまいますな。
358の一文、
>それほどまでに、自身と誇りに満ちた言葉だった。ヌワンギは思い知る。
これ、自身ではなく自信でしょうが!…変換ミス、すいません。
他にも、文章がややRR気味になってしまったり、いろいろ直したい所があります。
SSを書いてみて、超先生の偉大さがようやく分かってきました。


それはとても現実とは思えない、夢と現の狭間にあるような…そんな光景だった。
また一人、宙に跳ね飛ばされる。その後を続くように、五、六人が一気に綺麗に回転しながら四方に散っていく。
幾つもの剣がその身を切り裂こうとしても、幾つもの槍がその身を貫こうとしても、
その切っ先は一向にその男の身に届く気配を見せない。
その速度、反応はもはや人外のそれである。本来ならば敵を倒すのに全く不足が無い筈の兵士達の攻撃は、
その男の身を掠る事すら許されない。そして、重厚な鎧でその身を守っている兵士達が、
まるで紙で出来た人形であるかのように、ふわり、ふわりと辺りに舞い上がっていく。
…だが、そんな事はある筈が無いのだ。その身に傷は疎か返り血すら付けずに、ただその体術のみで、
武装した兵士達をまるで箒で木の葉を掃き散らすかのように弄ぶ。そんな男の存在など、現実に許される筈は無いのだ。
だから、その場に居た誰しもが思っていたのではないのだろうか。
…これは、現実ではない。だがかといって夢でもない。だから、これはその狭間の出来事ではないかと。
敵の注意を引きそうだから、そんな理由で戦闘には不向きなオンカミヤムカイの正装を戦装束とした柳川は、
まるで舞っているようにも見えたのかもしれない。
実際、その身を吹き飛ばされる瞬間まで、ぼうっと見とれている者すら居た。
…たしかにそれは洗練された舞と見紛うほどに流麗ではあったが、その実は触れようとする物全てを巻き込み吹き飛ばす、
嵐の如き暴力である。

正面の敵の振り下ろす剣を、避ける事すらせずただ神速の打突を打ち込み弾き飛ばす。
左右から槍の鋒先が迫ろうとも、軽やかにその場で回転し左右の槍を同時に払い、
そのままに繰り出した回し蹴りで二人の兵士を吹き飛ばす。
たとえ他の兵士達が矢を射ようとも法術を打とうとも、その身を捕える事は不可能だった。
柳川は、兵士達の知識も経験も、何もかもが及ばぬ神域の身体能力を駆使し、
雨のように降り注ぐそれらを危なげなくかわしつつも、同時に周りの兵士達に攻撃を加え続ける。
結果、矢も法術も同士討ちを起こしはしたが、それ以外の何も出来はしなかった。

たった一人、たった一人である。その一人に鼻先を抑えられ、ナ・トゥンク軍の追撃の速度は、ほぼゼロにまで落ちていた。
指揮系統の不備が、組織的な攻撃を不可能にした事もあったのだろう。だが、
それにしても、こうまでも戦局がたった一人の武力に弄ばれてしまうのか。
自分の部下がまた一人空中に打ち上げられたのを見て、ナ・トゥンク軍の指揮官の一人は、
何もかも捨ててこの場から逃げ出したい思いに駆られた。
だが、それを実行する事も、そう部下に命令する事も不可能であった。

…勝利は目前。そう思っていた。だが、今眼前にあるのはこの世でも最上の悪夢。
早くその夢が覚める事を願い、ナ・トゥンク軍はひたすらに男を押し潰そうとするしかなかった。
一方の柳川も、今は悪夢のような状況である。
何とか持ちこたえてはいるが、それももうそんなに長く続かないだろう。
これ以上体を酷使すれば、それを引き金にして狩猟者が目を覚ますかもしれず、
だがそれといって一向に止む事が無いナ・トゥンク軍の攻撃は、
柳川に休む事を許さない。
…息が上がってくる。
…心が狂気に蝕まれていく。
そして、敵の攻撃はさらに熾烈を極めてくる…

今までであれば、既にその身を狂気に委ねていたであろう。
だが、今の柳川にはそれを止める力があった。
今までずっと失くしていたそれは、自己への信頼。
ヌワンギのその強き意思に触発され、柳川もまた自分を信じようとしていたのだ。
自分の意思と、自分の力を信じ、それらを目前にいる敵ではなく、自身の中の狩猟者を押さえ込む為に使う。
押さえ込めると信じる、信じ込む!…そうする事で、正気を保ちつつも、その身を敵を倒す為の鋭利な刃と化す。
今までは狩猟者の方が圧倒的だった彼等の力関係は…ここに来て拮抗しつつあったのだ。
「はぁぁぁぁ!!」
自分を取り囲む三人の兵士をその怪力でなぎ払い、柳川は吼える。
そして、時は来る。柳川は、自分の後方にいる叛軍の兵士達が、敵を迎撃する為の準備を整えた事を感知した。
その瞬間、柳川はくるりをその身を翻し、今まで相手にしてきた兵士達を顧みず、脱兎の如く逃げ出した。
ナ・トゥンク軍はそのあまりの変化に一瞬戸惑いつつも、ようやく悪夢が去った事を知り、急いで追いかけ始める。
勿論柳川の速度に追いつけはしないが、それでもまだ敵軍を追い詰めるだけの時間も兵力も残っている筈だった。
…だが、本当にそうなのだろうか?柳川がその身を削って稼いだ幾許かの時間、叛軍は何もせずただ逃げていただけなのだろうか?

答えは、否。追撃を再開してからすぐ、何処からか大きな号令が聞こえてきたのだ。
「鋼のぉ、陣ッ!!」
その妙に耳に残る男の声が響いた後、前方の茂みから叛軍の兵士達が現れた。…伏兵である。
ここに来て立場は逆転する。敵を追い疲れ果てているのはナ・トゥンク軍の方で、
僅かな時間ながらしっかり休息を取った叛軍には、十分の余力が残っている。
さらに、ナ・トゥンク軍はこの伏兵に浮き足立ってしまった。兵力差はまだ十分あるものの、
叛軍の攻勢にまるで太刀打ちできない。そこに、また新たな号令が響き渡る。

「槍のぉ、陣!!」
その号令と共に、新たな伏兵が今度はナ・トゥンク軍の右側背に現れ、鋒矢陣を組んだまま突っ込んできた。
退路を…断たれる!一瞬の間にその恐怖に支配されたナ・トゥンク軍の兵士達は、
上官の命令も無視し、我先にとその場から逃げ始める。
…ここで、遂に勝敗は決した。
不要な犠牲を避ける為、敢えて敵の退路を断たなかった叛軍は、逃げ遅れた兵士達を次々と討ち取っていく。

ナ・トゥンクの大地で繰り広げられた戦乱は、この叛軍の大勝利と、
叛軍の盟主自らがナ・トゥンク皇スオンカスを討ち取った事により、漸く終わる事になる。
…ただ、後の歴史書には、この重要である筈の最後の総力戦についての記述が、実に曖昧に記されている。
誰が指揮したのかも、誰が叛軍のしんがりを勤めたのかも、まるで分かっていなかったからだ。
しかし、その締めの文は判を押したかのようにいつも決まっている。
「…なお、叛軍、後のカルラゥアツゥレイ軍の被害は、非常に軽微」と。
勝鬨がここにも聞こえてくる。
それは、運命に打ち勝った親友への賞賛でなのである。
嬉しくない筈が無かった。
ふと気付けば、頬がぬれている。…勿論、それは汗だけが理由ではない。
(…嬉し涙なんて、生まれて初めて流したかもしれないな…)
そんな思いを胸に、柳川はぼうっと空を眺めていた。

あれからアジトのある森にまで逃げ込んだ柳川は、
そこで体力の全てを使い果たし倒れこんだ。
(ここまで来れば、戦場の気配に心を乱される事もないか…)
その安堵からか、柳川はそこで少し気を失ってしまう。
そして、次に目を覚ました時に柳川の前に広がっていたのは、木漏れ日を受けて綺麗に輝く、露に濡れた森の植物であった。
すぐ近くで戦闘が起こっていたとは思えぬほどに、それは平和な光景だった。
その光景を見た時、柳川は何の根拠もなく、ああ、戦争は終わったのだと理解した。

それから暫くして、体を起こす力も無い事を、何度目かの足掻きの後に漸く受け入れた柳川は、
僅かに聞こえてくる叛軍の勝鬨を子守唄代わりにして、暫く休む事にした。
次に目を覚ました時は、ここには心配そうに自分を見つめるヌワンギが居るのだろう。
そんな事を思いながら、柳川は目を閉じる。

それから静かな寝息が聞こえてくるまで、そんなに時間は掛からなかった。
369名無しさんだよもん:2005/04/26(火) 19:30:34 ID:K3dUqiQ2O
GッッッJッッッ!!
370名無しさんだよもん:2005/04/27(水) 00:28:48 ID:7mgPR5+I0
ヌワパラは読んでて気持ちいいな、なんか
371名無しさんだよもん:2005/04/27(水) 00:30:28 ID:dTwJ0YRt0
すごく、前向きで肯定的な物語だからな。
372名無しさんだよもん:2005/04/27(水) 04:52:58 ID:kc7fWLHc0
素晴らしい鬼神楽を、文章だけで柳川に見事舞わせきったヌワパラ作者に
GoodJob!!
373名無しさんだよもん:2005/04/28(木) 09:29:19 ID:U66n1JXAO
Good Job!

いや、God Job!!
374名無しさんだよもん:2005/04/30(土) 01:01:36 ID:uR/JSkzj0
柳川カコイイヨ柳川
375名無しさんだよもん:2005/05/03(火) 20:14:37 ID:byRZi0l90
ホッシュッシュ
376ヌワンギパラレル作者:2005/05/05(木) 14:06:41 ID:aoZ0KlmL0
書いてた物が停電でおシャカに…
そういう訳で、明日か明後日投稿します。遅れてすいません。

後、毎度の事ながら、ミスが沢山…
367の、
>…ここで、遂に勝敗は決した。
>不要な犠牲を避ける為、敢えて敵の退路を断たなかった叛軍は、逃げ遅れた兵士達を次々と討ち取っていく。

これ、順番が逆でした。正確には、

不要な犠牲を避ける為、敢えて敵の退路を断たなかった叛軍は、逃げ遅れた兵士達を次々と討ち取っていく。
…ここで、遂に勝敗は決した。

です。

後は、368の一文。
>それは、運命に打ち勝った親友への賞賛でなのである。
タイポです、多分。正確には、
それは、運命に打ち勝った親友への賞賛なのである。
です。まとめサイトに載せる際に直してくださると助かります。
いつもながら、どうもすいません。
377名無しさんだよもん:2005/05/05(木) 15:42:42 ID:xO1XbERS0
>>376
GWとは無縁のこのスレに一筋の光が
378名無しさんだよもん:2005/05/07(土) 23:27:17 ID:KL19xncs0
>>ヌワパラ氏
こんだけのクオ維持して書いてるんだから、ミスだって生まれるでしょう。
体壊さない程度に頑張って。

で、余談だが>>373を見て不謹慎だと思ってしまった漏れはガンパレプレイヤー
いつもレスありがとうございます。
やはり文章を書いて、誰かの反応をもらえる、というのは嬉しいです。
一日遅れてしまいましたが、続きを投稿しておきます。
今度はミスが無いと…いいのですが。


戦いは、終わった。
ナ・トゥンクの地はカルラゥアツゥレイとその名を変え、
悪名高き奴隷制度はその終わりを迎え、人々の手に自由が取り戻された。
だが、勿論そこで終わり、という事ではない。人々は新たな平和と秩序をこの地に築こうと、
これからも努力を続けていくのだろう。
つまり、戦いは、これからも続いていくとも言えるのかもしれない。
ただ、それは一介の雇兵にとっては関わりのない事。
戦争が終われば彼等は失業する為、また新しい職場を求めて諸国を流離う事になる。
…無論、中にはそうならない者も居るのだが。

「…そうか。」
ここに残る。その言葉をこの男から聞いた時、柳川の返答はただその一言だった。
とはいえ、その一言には万感の思いが込められている。
…もう一つの決着が、ここについたのだ。自分の過去の全てに決別出来た訳ではないのだろうが、
それでも、新しく出来た大切なものの為に、全てをやり直そうとしているのだろう。
「…良かったな。」
長い沈黙の後、ポツリと、その言葉を付け加えた。
チャヌマウ出身の雇兵は、あの総攻撃の日も、傷ついた体のままで果敢に戦った。
ただその戦い方は、以前のようにがむしゃらなまでに攻撃的なものではなかった。
あの混戦の中で、自分に付き従う兵士達に常に気を遣い、必要であれば攻撃の手を休め、他の兵士の手助けをする事すら厭わない。
元々は死地を求めてここに来た筈だったその男は、出来る限り犠牲を減らす為に生み出されたヌワンギの作戦の意味を知り、
自然と、そういう風に戦い方が変わってしまったのだ。
…不思議と悪い気はしなかった。むしろ、これが自分本来の戦い方ではないか、と思ってしまうほどに違和感が無かった。
だが、それも当然かもしれない。この劣勢続きの戦争の中、共に戦い続けた戦友である他の兵士達を守る戦い方に、違和感などある筈が無い。
そう、もう手に入る事など無いと思っていた大切なものが…気付いてみれば、もう自分の周りにあったのだ。

「アンタにはいろいろ借りがあるし…謝りたい事もあったから…一番最初に教えておこうと、思ったんだ。」
その心遣いは嬉しいのだが、その報せを誰よりも待っていたのは他にいるのだ。
「それは嬉しいが…お前のその言葉をずっと待っていた奴は他にもいる。そいつにも話してやってくれないか?」
だから、柳川はそう頼んでみる事にした。この言葉は、その”奴”にとって何よりの福音になる筈だから。
「…ああ、それなんだが、一つ頼みたい事がある。」
だが、男の返事は柳川にとって意外、というか予想だにしていなかったものだった。
もう戦争は終わり、治療班としての自分もその役目を終えている。だから、今更頼み事などされる理由は無い筈なのだ。
なのに、何故、しかもこの話題の中で頼み事などされるのだろうか?

どうしてなのか、今の柳川の心中には言いようの無い不安や苛立ちがある。
そして、その不安の理由も分からぬままに、ある決断を迫られてしまう事になるのである。
柳川達がそんな事を話している間、ヌワンギは非常に困っていた。
「い、いや、だからよ…」
ヌワンギがいくらその申し出を断ろうと口を開いても、
「お願いします!スオンカスを討ったとはいえ、私達はこの戦乱で多くの仲間を失いました。
 だからこそ、貴方のような才能ある人が、この國には必要なんです!」
こうやって言葉を封じられてしまう。ヌワンギは、退路を塞がれてしまった様な、居心地の悪さを感じていた。

ヌワンギの眼前では、数十、いや、百は超えるかという兵士達が、揃って頭を下げている。
ここまでされてしまえば、誰であろうとも、その申し出を断るのは非常に困難である。
…いや、こんな風に誰かに必要とされる、というのはヌワンギにとって初めての経験である。
あの総攻撃で、一人でも犠牲を減らそうと策を考え、それを実行に移す段階でも、
その迷いの無い指揮によって叛軍の大勝利を演出したヌワンギは、
これ程までに皆の尊敬を集める存在になっていた。
嬉しくない筈は無い。むしろ、嬉しくて涙すら出そうなくらいである。ただ…その申し出の内容が問題なのだ。
このカルラゥアツゥレイに残り、彼等の建國を手伝って欲しい…
それは、明日にもここを発とうとしていたヌワンギには、絶対に無理な注文である。

そもそも、ここには旅の途中で寄ったようなものなのだ。
今までも寄り道ばかりしてきたが、それでも、この旅には目的がある。
…柳川が、元の世界に帰る方法を見つける。そう、その為に、紆余曲折を経てこの地までやってきたのだ。
だから、ヌワンギはこの國に居続ける訳にはいかないのだ。
そうやってヌワンギがどう断ろうかと試行錯誤している所に、
「…引き受けたらどうだ?」
と後ろから声を掛けられた。
…無責任な事を、と思いつつ後ろを振り返ると、そこには、あのチャヌマウ出身の雇兵がいた。
「…よ、よう。」
意表を突かれて、素っ頓狂な返事をする。
「俺からも頼む。一緒に…この國に残らないか?」
「…え?い、一緒にって…」
思わず自分の耳を疑った。だが、確かに今、この男は一緒に残ろうと…
「俺は、この國に残る。そして、大切なものの為に…もう一度頑張ってみる。
 幸い、皆も歓迎してくれるそうだ。だから…もうお前を心配させる事は、無さそうだ。」
「…そ、そりゃいいじゃねぇか!スゲェよ、頑張れよ!」
さも自分の事であるかのように、いや、たとえ自分の事であっても、ここまで喜びはしないだろう。
雇兵がそう思ってしまうくらい、ヌワンギは全身で喜びを表現していた。
そこで雇兵は、自分がどんなにこの男を心配させてきたのか理解した。自然と、この次の言葉に力が入る。

「…全部お前のお陰だよ。お前のお陰で…俺は、自分を取り戻せた。
 だから、今度は俺がお前を手伝いたいんだ。…お前がこの國に残って新しい國造りに関わってくれれば、
 この國は、きっと何処よりも素晴らしい國になる。どんな國よりも人を大事に出来る、そんな理想郷みたいな國になる。
 そう…信じれるんだ。そして、俺はそれを手伝いたい。だから…引き受けて、くれないか?」
その雇兵、いや、新しいカルラゥアツゥレイ兵の言葉は、ヌワンギにとっては何よりも嬉しい賞賛であった。
思わず涙ぐんでしまったヌワンギだが、大勢の前、という事もあり、涙が零れるのをグッと堪えた。

…どうしよう。ここまで言われてしまい、引き受けてしまいたいと思ってしまった自分がいる。
だが、脳裏に柳川の姿も映る。…やはり、柳川との旅を優先させた方がいいのだろうか?
ヌワンギが答えの出ない思考の迷宮に迷い込んでしまったその少し前から、柳川も、その迷宮の奥深くに囚われていた。
「お前の友人がこの國に残ってくれるように、お前からも説得してくれないか?」
それが、男の頼みであった。ヌワンギがここに残る。それは、これからも旅を続けねばならない自分との別離を意味する。
それを聞いた時に、男にどういう返事をしたのか柳川はまるで思い出せない。
承諾したような気もするし、断ったような気もする。…恐らくは、その両方にとれるような、曖昧な返事しか出来なかったのだろう。
ずっと旅を続けてきて、自分の友人が成長していくのを実感する度、嬉しさと同時に、僅かな寂しさがあった事を思い出す。
…多分、ずっと昔に気付いていたのだ。このままずっとヌワンギがいい方向に成長していけば、
それだけ周りの人間に与える影響も大きくなっていくだろう事を。
そしてそれが、自分達の旅の終わり、そして別れの遠因になるであろう事を。

どうすればいいのか分からなかった。ヌワンギがこれだけ成長し、周りから必要とされている事を考えれば、
こんなゴールが見えない、一生を費やしても徒労に終わるかもしれない旅に付き合わせるのは悪いのではないのか?
それでも、まだ二人で旅を続けていたい思いもある。そして結局答えを出せないまま、
柳川は、そのチャヌマウ出身の男の言葉を聞き、大勢のヌワンギを慕う兵士達の姿を見てしまった。

「柳川…」
ヌワンギにとってはやや唐突に思えた柳川の登場。
ヌワンギは自分の迷いを悟られまいと、
「…こんな大変な時に、テメェは一体何処に行ってたんだよ!?」
そう気丈に振舞った。
だが、ヌワンギの迷いになど、柳川はとっくに気付いていた。今まで、自分も同じ事で迷っていたのだから。
柳川は、優しく笑ってから、
「…この國に、残ったらどうだ?」
そう、はっきりと言った。
この場に居た多くの兵士達にとって、柳川はただの治療班の男としてしか認識されていない。
それも無理は無い。あの叛軍のしんがりとして戦った柳川の姿を見た者は、この場には誰も居ないのだから。
勿論、敵軍から戦鬼の如き一人の男の話を聞いた者はいるが、敵軍の兵士達も、あのあまりに現実離れした光景の中、
柳川の容姿を正確に覚えている者は一人もいなかった。その為、ただオンカミヤムカイの正装を着た男が戦った、
ぐらいしか知られていないのが現状である。そして、柳川はそんな物を普段着にはしていない。
だから、その柳川の一言にヌワンギがこうも動揺するとは、誰も思っていなかった。

「…な、なんでだよ!?」
動揺を隠せないまま、ヌワンギは情けない声を出す。
「…理由は、お前も分かっているだろう。」
しかし、それを見ても柳川の態度は変わらない。その優しい声も、まったく、変わらない。
「で、でも、それじゃあテメェは…」
もしそうなれば、これからの元の世界に帰る為の終わりの見えない旅を、柳川は一人孤独に続けていく事になる。
「俺なら一人でも大丈夫だ…それにな…」
ヌワンギの心配を察し、そう強がって見せた後、
「俺も…嬉しいんだ。」
そう言った。
「嬉しい…?」
「ああ、そうだ。お前の努力がこんなにも見事に実を結んだじゃないか。こんなにも多くの人を救ったじゃないか。
 …俺は知っているからな。お前がどんなに悩んできたか。どんなに頑張ってきたか。
 だから、それがちゃんと報われた事を知って、嬉しくない筈が無いだろう?」
「………」
その一言一言が、ヌワンギに今までの自分達の思い出を思い起こさせる。…自然に、無口になっていく。
「…お前は、認められたんだ。」
そう、それだけは確かな事。ヌワンギは遂に、この世界と、その人々に認められたのだ。
「だから…この國に残って、この人達の為に頑張れ。そうしてくれた方が…」
ここまで言って、柳川は少し言葉を止める。そして、その本心の告白の中に、一つの嘘を混ぜる覚悟を決めた。
「俺にとっても、嬉しい。」

それを俯きながら聞いていたヌワンギは、最後の言葉を聞いてから、ゆっくりと顔を上げた。
そして一言、当たり前の感謝の言葉を返した。
「…ありがとう。」
柳川は驚く。ヌワンギの口からその言葉を聞いたのは、もしかして初めてではないだろうか?
それからヌワンギは、自分の返答を待っていた兵士達の方を振り向き、
「…ありがとう。」
そう言って頭を下げた。
その場に、一斉に大きな歓声があがる。

こうしてゆっくりとだが、この地に住む人々の、奴隷として生きる事を強いられた苦しい記憶と、
凄惨な戦争の悲しい記憶は、暖かで、幸せな記憶へと塗り替えられていくのだろうか。
そうであって欲しかった。少なくとも、彼等にはそれこそが相応しいのだから。
ヌワンギも、その事をちゃんと分かっていたのだろう。だからこその、この感謝の言葉である。

…柳川は、自分の考えが正しかった事を理解した。ヌワンギは、こんなにも成長していたのだ。
ただ、そこから先の事を、柳川はあまり覚えてはいなかった。
386名無しさんだよもん:2005/05/08(日) 18:59:56 ID:CGu0OMNrO
GーーーーーーーーーーーーーーーJ!!!

何と云うか、「原作では見れなかったヌワンギの才能と本質」を見た希ガス。
387373:2005/05/09(月) 12:38:37 ID:4IOlZCbnO
いつもながら素晴らしい…
この先新展開になるのだろうか?

>>378
元ネタ知らないんだが、作者様にとって失礼な意味合いだったらスマソ。
388名無しさんだよもん:2005/05/11(水) 03:04:21 ID:syGIGXPM0
あー、そう気にするな単なる小ネタだから(汗)
軍隊とか戦争物でgodは天に召される的な韻を持つから敬遠されるってだけ

つーかこっちこそ不安になるネタ振ってスマソ(;´∀`)
389名無しさんだよもん:2005/05/15(日) 00:24:22 ID:gjgZE0Sq0
新展開期待保守
390FARE-M ◆7HKannaArk :2005/05/15(日) 00:38:37 ID:dYyaspm30
お久しぶりです。
wikiのページでヌワパラだけ独立させました。
現在のところまでのまとめは一応されてるはずですのでヨロ。
391名無しさんだよもん:2005/05/19(木) 09:58:13 ID:lzvSwpuCO
ほっしゅ
392名無しさんだよもん:2005/05/21(土) 11:33:53 ID:drtfbj3D0
ゲンジマル保守
393名無しさんだよもん:2005/05/24(火) 02:58:00 ID:rPFdUSOk0
age
394ヌワンギパラレル作者:2005/05/26(木) 15:29:49 ID:vRlgoZDS0
すいません。ここ最近死ぬほど忙しかったんで休んでました。
明日辺りから何とか再開してみます。

>>390
まとめいつもご苦労様です。修正も感謝です。
何というか、自分のコーナーが出来たみたいで恥ずかしいですが、
これからも何とか頑張ってみます。
395名無しさんだよもん:2005/05/26(木) 20:36:14 ID:BA5JJB410
皆さんお疲れ様です。
396名無しさんだよもん:2005/05/26(木) 21:29:33 ID:Ic3M8OEH0
死ぬほど忙しかったなら書き上げて真っ白になる前にゆっくり休養してくれ。
ここに投下するのは義務でも仕事でもないから、余裕が出来たら投げる位の気概でいいと思う。

まぁ、
397名無しさんだよもん:2005/05/26(木) 21:31:00 ID:Ic3M8OEH0
しくじったorz

まぁ、期待してる身としてはやはり追加投げて貰えると嬉しい訳だがって続く予定だったんだが(´・ω・`)
398名無しさんだよもん:2005/05/30(月) 15:38:34 ID:NTr0Syu10
次回作期待保守
399名無しさんだよもん:2005/06/02(木) 22:28:57 ID:h7xHBNLZ0
期待しつつホス
随分と遅れてしまって、申し訳ないです。
一応これで第3部終了、といった感じです。
ここまで遅れてしまったくせにこう言うのもなんですが、
今後の為にちょっとした感想なんかをくれると嬉しいです。


「…こんなものか。」
身の回りの荷物をまとめ終えた柳川は、そう小さく呟いた。
時刻はまだ日も昇りきらぬ早朝。カルラゥアツゥレイの砦の一つとなった元叛軍のアジトの片隅で、
一人黙々と旅立ちの準備を進めていた柳川の、その日最初の言葉がそれだった。
本当は、少しでも早くこの地から立ち去りたかった筈なのだが、こうしていざ荷物をまとめてみると、
何故か胸の中から形容しようのない寂しさのようなものが溢れてくる。
どうしてかは分からないが、戦争の思い出しかないこの地に、なにやら愛着が出来てしまったようなのだ。
…だが良く考えてみれば、旅というのはそういうものかもしれない。
常に新しい環境に身を置く事を強要されるそれは、自分でも想像だにしていなかった感情を芽生えさせる事がある。
だからこそ、戦いの記憶しかないこの地に愛着を持ってしまったり、粗野で野蛮な男に友情を持ってしまったりするのだろう。
そして…その愛着や友情がどれだけ大切な物であったとしても、旅を続ける以上は、それらとの別れは不可避。
出会いの喜びと、別れの悲しさは表裏一体なのである。

…ただ、それを理解していても、出会いの喜びだけを楽しんでいたいと思うのを、柳川は止められなかった。
それ程に、別れというのは辛い物なのである。

(…いや、よそう。そういう風に考えるのは。)
今回の別れは、以前のような喧嘩別れではないのだ。単に、これからはお互いが違う道を歩む、それだけの話である。
そして、これからヌワンギが歩むであろう道は、希望と喜びに満ちている筈なのだから。
…だから、この別れを辛いと思うのは、自分が我侭なだけなのだ。
「…よしっ!」
少し暗くなりかけた気持ちを盛り上げる為、そう言って気合を入れる。
湿っぽくなるのは良くない。それよりも今は、自分の旅の本当の目的とその成果を鑑みるべきである。
元の世界に…過去か未来か、異次元か平行世界かは分からないが、ともかくそこに帰る方法を見つける。
まだ全く成果の出てない旅ではあるが、手掛かりは徐々に増えてきつつある。
何より、今までこの旅に付き合ってくれたヌワンギの為にも、少しでも早くその方法に近付きたい。
そしてその為には、これ以上この地に留まっていても、何の進展も有り得ないのだ。
だからこの地を去る。そして、新しい手掛かりの下へ歩を進める。

…本当はヌワンギにもう一度会って、別れの言葉を交わすのが礼儀なのかもしれない。
だが、正直何を言っていいのか分からないし、もし会ってしまえば、どうしても湿っぽくなるのは避けられないだろう。
それならば、今は会わない方がいい。このまま、消えるように立ち去った方が、次の再会の日を素直に迎えれると思うのだ。
そう考えた柳川は一人、皆が寝静まった無人のアジトを歩み、馬車の下へと行く。

もしかしたらその行動は、ヌワンギがここに残る事、ヌワンギと別れねばならない事にまだ完全に納得出来ていない柳川の、
最後の抵抗なのかもしれなかった。別れの言葉を交わさない限りは、それは本当の別れではない。
だから、その言葉を預かったままここから去り、別れを有耶無耶にしたいという気持ちが無かった訳ではないのだから。
…だが幸か不幸か、その抵抗は、全くの無駄に終わるのである。
馬車の前まで来た柳川は、難しい表情でそれを凝視している。
馬車の中に、人の気配があるのだ。それも…良く見知った男のものが。
普段はアジトの中で寝泊りしているのに、何故この日ばかりはこの男はこんな所で寝ているのか。
今日旅立つ事など伝えてはいないし、そもそも、昨日のヌワンギは宴会やら何やらに引っ張り凧だったので、
殆ど言葉すら交わしていない。ならば、今日はただの気紛れでここで寝ている、というのが正解か。
それとも…
(もしかして…悟られたか。)
有り得ない話ではない。これまでのヌワンギの成長を思えば、
この早朝の旅立ちを予想されても不思議ではない。

考えているだけでは埒があかない。さて…どうしたものだろう。
このまま連れて行くのは流石に問題があるのだろうし、叩き起こす以外の選択肢が無い事は確か。
だが、こんな形で旅立ちが露見してしまう、というのも些か情けない。
(本当に…人の調子を狂わす事にかけては天才的な男だ。)
別れを前にしてよくよく考えてみれば、今までの旅の間、ずっとこんな感じでヌワンギのペースに引きずられて来たような気がする。
最後もこうだというのであれば、いっそ潔い、と言うべきだろうか。
馬車の中を覗いてみれば、案の定、こちらの悩みはお構い無しで、高鼾を掻いて寝ているヌワンギが居た。
その後は言うまでもない。多少八つ当たりっぽくなってしまったりもしたが、叩き起こして馬車から引き摺り下ろした。
最初は寝ぼけていたヌワンギだが、馬車から引き摺り下ろされる段階に至って、漸く意識がはっきりし始めてきた。
「いつもながら、なんて起こし方しやがる…」
冷えた地面に座ったまま、恨みのこもった視線を向けるヌワンギ。
「悪いが今は愚痴は聞いてやれない。まだ寝足りないのなら、さっさとアジトに戻って寝直す事だ。」
自分の都合で人を叩き起しておきながら、そんな非難は何処吹く風の柳川。
端から見れば、別れという事を意識しないように、必要以上に普段通りに振舞おうとしているようにも感じる。
だが当の本人達にとっては、もうそんな意識は微塵もない。
何故なら、ヌワンギはこれで柳川と別れる、なんて考えが微塵も無く、
柳川もそのヌワンギの雰囲気に引きずられてしまっているのだから。

「アジトに戻れったってよ…そんな必要ネェだろ。」
とぼけた調子で、ヌワンギはそんな事を言ってきた。
その返事に、柳川は怪訝な顔をする。
「…何を言ってる?この國に残って皆の手伝いをするんだろう?」
「ああ、あれはな…断ってきた。」
そして飛び出す爆弾発言。
「は、はぁっ!?」
思わず間抜けな声を上げてしまう柳川。
「いや、だってよ…」
「ちょ、ちょっと待てヌワンギ!お前あの時、彼等の頼みにありがとうって返したじゃないか!」
「だから…嬉しいけど、やっぱゴメンなって続けるつもりで…」
「そんな馬鹿な物言いがあるか!お前はあれだけの人数をぬか喜びさせる気か!?」
「そ、そんな事言ってもよ…約束があるから…仕方ねぇじゃネェか…」
「…約束?」
ヌワンギが時折口にする単語である。
そもそもヌワンギはこう見えて、意外なほどに約束を守る事に固執する。根は多分、真面目な男なのだ。
しかし、一体誰と何の約束があるのか?
「お前が元の世界に帰る方法を見つけるまで…手伝うって約束したじゃねぇか!」
その答えは単純且つ明快だった。普通に考えれば、このカルラゥアツゥレイの人達の頼みを断ってまで果たそうとする約束など、
友人である柳川とのものか、想い人であるエルルゥとのもの以外有り得ない。
(…そうだったか。その為に…って、ちょっと待て。)
「…そんな約束…したか?」
つい雰囲気にのまれて感動しそうになってしまったが、柳川にはそんな約束をした覚えなど無い。
「な、何言ってんだよ!ちゃんとしたじゃ…ねぇ…あれ?」
ヌワンギもここで気が付いた。柳川にはこれまでの旅の中で、返しきれないほどの借りを作ってしまった。
そして、それを出来る限り返す為にも、最後まで柳川の旅に付き合おうと心の中で強く決心してはいたのだ、が…
それが約束という形になって二人の間に存在した事など、よく思い返してみれば、ただの一瞬たりとてなかったのではないか?

「………」
「………」
思わず無言になる二人。…まあつまりは、ヌワンギは在りもしない約束の為に、
カルラゥアツゥレイの戦友達の達ての願いを断ってきた事になるのだ。
思わず漏れてしまうため息。勿論それは、柳川のものである。
もう別れの悲しげな雰囲気なんてあったものじゃない。ここ一番で犯した親友の大ポカを、一体どうフォローすればいいものか。
(いくら成長したとはいえ…やはりヌワンギはヌワンギか。)
二度目のため息と共に漏れたのは、意地の悪い笑みであった。
「こうなったら仕方が無いな…ヌワンギ。」
「な、何だよ…文句なら聞かねぇぞ!」
「いや、そうじゃない…約束しよう、今から。」

こうして、後付の理由は作られた。二人は今交わした約束を果たす為にも、これから旅を続けていく事になる。
そしてその旅は、たとえその終わりには別れが待っているとしても、旅の間は孤独とは無縁に違いないのだ。
405名無しさんだよもん:2005/06/04(土) 09:15:48 ID:m3MU2px30
お、相変わらずうまくまとまってますね!

部の終了ごとに、その後のふたりがどうなったのか
想像することができるのが好きです。

たぶん全編が終わったあとも、
痕の世界に戻った柳川(戻るのかな?)はどう変わっているんだろうか、
柏木家の人とはどーいう出会い方をするのか、そういう想像ができるし、
ヌワンギも……ヌワンギは結局エルルゥを影からストーキングしそうだな。
まあいいや。

わりとぬるいというか、あたたかいというか、やさしいというか、
安心して読めるSSだと思いますので
そのままそのウリを続けていくか
次回で一気に裏切って読者を鬱に叩き込むのか
今から楽しみにしています。

いつも面白いSSをありがとう!
406名無しさんだよもん:2005/06/04(土) 23:03:36 ID:jmS7lV4AO
乙です。
こういった話が好き。男同士の友情ってのはこうでなきゃあね。
ここ最近の少年漫画にはあまり見られないよな、暖まる話。
407名無しさんだよもん:2005/06/05(日) 06:16:00 ID:SMtY+n4v0
男x男のコンビの良さを再認識させられるな。
最近のは大抵男x女 女x女 だから、逆に新鮮だ。
最近はホモゲとかその手のしか出てこないからなぁ……男コンビorz
諸国漫遊記的な雰囲気も好きだなぁ。
408ヌワンギパラレル作者:2005/06/07(火) 16:52:45 ID:Zmtuxu+l0
感想ありがとうございます。

>>405
部の終了毎に話のオチをつけるようにはしているので、
そういう所に好感を持ってもらえて嬉しいです。
本当は、一話毎に起承転結を付けたいと思っているのですが、
これはなかなか難しいです。

>>406
葉鍵板で男同士の友情の話もどうか、と思ってるんですが、
今の所は良く思ってもらえてるみたいで一安心です。
これからも多分こんな感じでいきます。

>>407
これが初めてのSSなんですが、
女性キャラを書くのがどうにも難しいのでこんな事になっております。
もう少し華やかに出来ればいいのですが…

6月の半ばあたりになれば、暫くは暇な日々が続く予定ですので、
4部は一日一話投稿出来ればなぁ…と思っております。
もう30話を超えてしまいましたが、また暇潰しにでも読んでくれれば嬉しいです。
409名無しさんだよもん:2005/06/09(木) 19:10:04 ID:l3K76k1T0
うたわれPS2移植記念保守
410名無しさんだよもん:2005/06/15(水) 16:23:54 ID:CG0koJk50
寂しいね
411名無しさんだよもん:2005/06/16(木) 23:55:38 ID:GR9dlrIH0
まぁ、作家陣が減ってきたのもあるが、板自体のネタも枯渇気味だからなぁ
総じて過疎なんだろうね(´・ω・`)
412名無しさんだよもん:2005/06/20(月) 18:12:01 ID:BGHYZfop0
 
413名無しさんだよもん:2005/06/25(土) 23:21:20 ID:PCTkMZjw0
age
ずいぶんと遅れましたが、こっそりと投稿。
今度もまたマイペースにやっていくつもりですが、
お付き合い頂ければ嬉しいです。


「なぁ…スゲェ綺麗じゃねぇか?」
これでもう五度目。いいかげんうんざりしてきた。

綺麗であるのには異論は無いのだ。このゴミ一つ無い白浜と、果てなく澄んだ海を見れば、
そんな感想を持つのもごく自然の事だ。…それだけなら、まだいい。
だが、この男はどうも海を見ると、水遊びがしたくて仕方が無くなるらしいのだ。
「俺は、寒いのは嫌いだ。」
そんな事に付き合う気などさらさら無い柳川は、こうやって常に先手を打っている。
「…別に、寒くネェだろ?昼だし、晴れてるし。」
「この潮風が冷たすぎるんだ。」
「すぐ気にならなくなるって。」
「無理にでも気にしてやる。」
「…大人気、ねぇぞ。」
こうしてまた会話は途切れる。ただその沈黙も、
ヌワンギがこの街道の傍に広がる砂浜の魅力に我慢が出来なくなるその時までの、短い命である。
今二人は、北側の海岸…柳川の世界で言うところの、日本海側の海岸に沿って西に進んでいる。
目的地はクンネカムン。新興國家でありながら、三大大國の一つに数えられるほどに勢力を拡大した、
シャクコポル族の単一民族國家である。
海岸沿いを行くのは回り道なのだが、カルラゥアツゥレイからクンネカムンへ直進しようとすれば、
いくつもの山を越えねばならなくなるし、何よりも、シケリペチムを通り過ぎねばならなくなる為、
仕方なくこの迂回路を選択した。シケリペチムではお尋ね者である二人には、賢明というか、妥当な選択である。
…ただ、この海に近い街道を選んだのは、ヌワンギの強い要望があっての事である。

…そして、夜。
ヌワンギの十四回にも及ぶ水遊びの誘いを無碍に断り続けた柳川は、半ば辟易としつつも夕食の準備を始めていた。
ヌワンギの方は流石に機嫌を悪くしたのか、少し前に一人で海岸の方へ行ってしまい、なかなか帰ってこない。
(夜の海の…一体何処が楽しいというんだ?)
ただ寒いだけではないか、と柳川などは思うのだが。
いや、夜の海も妙齢の女性と二人で歩けば、ロマンティックにもなるのかもしれないが…
男一人で行って楽しい所では間違い無くない。それに、夕方になって風が止みはしたものの、
やや曇りがちだった空はもう完全に雲に覆われてしまい、今夜は月はおろか、星の一つも見えはしない。
つまり、真っ暗闇なのである。こうなってはもうロマンティックどころの話ではない。
浜辺はもう立派な怪談スポットと成り果てている筈だ。
(そんな所に、一体何をしに行ったのやら。)
友人の奇行に呆れつつも、夕食を作る手を休めない柳川であった。
先日寄った宿場町で買い揃えた干し芋、干し肉の類を適当に鍋に投げ込み、
そこへさらに何種類かの痛みかけた野菜を入れ、少し煮込めばもう今日の夕食は完成である。
所要時間二十分程度の男の料理。名前を付けるのなら…
(干し肉と野菜の煮込み…といったところか?)
あまりといえばあまりにそのまま。
自覚はしていたのだが、どうもこういった命名センス、というものが決定的に欠けている。
そんな自分を少し不憫に思いつつ、味見もしないで作り上げた夕食を前に、柳川は友人の帰りを待つ。

しかし、いつまで経ってもヌワンギは帰ってこない。
なんとなくこうなる事は予想していたとはいえ、せっかくの暖かい鍋が冷めてしまう事を思うと、少し悲しくなる。
こうやって最近のヌワンギは、夜になるとよく一人になりたがる。
…その事を心配している相棒の事など、全く気にもかけずに。

まだ湯気が立ち上る鍋に蓋をする。そして、小さなため息を一つ。
願わくば、これがまだ暖かいうちにヌワンギを連れて戻りたいものだ。
そんな事を思いつつ、柳川はやや億劫に立ち上がり、夜の闇の中を進んでいった。
この視界を封じられたも同然の闇の中では、眼は外を見ようとせず、むしろ中を映そうとする。
今のヌワンギの眼に映っているのは、もはや正確に思い出す事も困難になった少女時代のエルルゥの笑顔だった。
…本当は、今現在の美しく成長したエルルゥを思い浮かべたかったヌワンギだったが、
それが出来ない事はよく理解していた。
藩主の跡取となってから変わり果てていったヌワンギは気付かなかったのだ。
そんな自分の前では、エルルゥは笑顔を見せる事すらなかった事を。
…だから、幸せそうなエルルゥを思い浮かべようとすれば、どうしても、そんな昔の記憶を手繰り寄せねばならなかったのだ。

そんな悲しい事実に気付いた今となっては、楽しかった筈の少年時代を思い出す事すら苦痛になりかねなかっただろう。
だが、その苦痛を和らげるどころか、癒しに変えてしまう薬が、今のヌワンギの手の内にはある。
それは、親友の手を渡ってヌワンギに届けられた質素な作りの小瓶。
砕いてしまわないように気を遣いながらも、気持ちを込めてしっかりとそれを握る。

この小瓶の由来を知らされたのは、トゥスクル行きを半ば強引に中止させ、目的地をクンネカムンに変更させた次の日である。
こんな大事な事を、こんな時に知らせた友人には腹が立ったが、
それよりも、何よりも腹が立ったのが、その後の、
「…やはりトゥスクルに向かった方が良くはないか?」
という友人の提案に揺らぎかけた自分の心であった。
…会わないと…会えないと、決めた筈なのに。
「ヌワンギ。」
ふと、後ろから自分を呼ぶ声が聞こえた。
その声の主は、この小瓶をヌワンギに届けた友人、柳川である。
「…夕食だ、戻るぞ。」
柳川は、そう簡潔に自分の用件だけを伝えた。
「あ、ああ、そうか。済まねぇな。」
ここでようやくヌワンギは、自分がかなり長い時間、この砂浜に佇んでいた事に気付く。そして、
「…ああ、畜生!こんなに暗くちゃ遊べネェ!大体、テメェがグダグダ文句を言うからよぉ!」
やや強引ではあるが、ここで自分の考えていた事を知られたくなかった為、そんな悪態をついた。

「それは結構。…また今度、釣りぐらいなら付き合ってやるさ。」
本当はそんな気など全く無い柳川の、気の入ってない返事が返ってきた。
そして、柳川はついて来いと言わんばかりにその場から離れていく。
ヌワンギは、それを慌てて追いかけていく。

この後、夕食の味を巡ってもう一悶着あるのだが、それを考慮に入れても、この浜辺の話はこれ以上進展しない。
ヌワンギの想いも、柳川の心配も、敢えてお互いが気にかけないように、悟らせないようにしつつ、旅はのんびりと続いていく。
…目的地はクンネカムン。目的はクンネカムンの超兵器、アヴ・カムゥの視察と、その技術の出所の確認である。
419名無しさんだよもん:2005/06/29(水) 22:13:58 ID:pfGX8mt00

続きが読めて嬉しいっス。
本編がSFに突き進んでいく、大きな転の部分ですね。
420名無しさんだよもん:2005/06/30(木) 09:23:07 ID:BVhe7QzjO
おぉ、更新乙です。
クンネカムンということは、下手するとアマテラスであぼーん?

カルラウアツゥレイ直後だから無いとは思いたいですがw
クンネカムンの風俗、習慣、文化等の詳しい記述は、オンカミヤムカイの資料室にあったどの本を見ても、
驚くほど少なかった事を覚えている。新興國であるという事も理由の一つであろうが、
クンネカムンではウィツァルネミテアの教えが信じられてはいない、というのがもっとも大きな原因のようである。
以前僧正の一人にそれとなく聞いた事があるが、シャクコポル族というのは彼ら固有の教えを信じているらしく、
ウィツァルネミテアを敬ってなどおらず、むしろ忌み嫌っているという。
そのせいか、オンカミヤムカイとクンネカムンの間には國交などない。だがそうかといって、特に敵対している訳でもないそうだ。
ただ、元々被差別種族が集まって出来た國であり、その分入國者に対する審査は他の近隣諸國と比べて遥かに厳しく、
オンカミヤリュー族などは見つかり次第追放されてしまうらしい。
そんな國に…はたしてすんなりと入る事が出来るものだろうか?

「意外とさぁ…すんなりと入れるんじゃネェのか?」
相談した相手が悪かった。かなり丁寧にこの問題について説明してから意見を求めてみたのだが、
ヌワンギの答えはたったのこれだけである。
「…いつまでも出たとこ勝負を続けていると、いつか身を滅ぼすぞ。」
自分の気苦労を分かってくれない友人に対して、柳川の少しきつめの忠告。
「そ、そんな事は…ねぇと…思うぞ、多分…」
とりあえずそんな事を言ってはみたが、ヌワンギにとってその忠告は、身に覚えのありすぎるものだったりした。
…どうにも分が悪い。自分の発言に説得力の欠片もない事を自覚させられたヌワンギは、無理矢理に話題をずらそうとする。
「酒の席でそんな辛気臭ぇ事を考えなくたって良いじゃネェか。と、とりあえずそういう事はよ、明日にでも考えようぜ。」
酒瓶に残った最後の酒をコポコポ…と柳川の盃に注ぐ。
…だが、柳川はそれに口を付けない。盃を一瞥した後、機嫌の悪そうな顔でヌワンギを睨む。
「真剣に、考えてくれ。」
「…す、済まん。」
旅の雑務や計画などを任されっぱなしにされてきた柳川には、どうやらかなりのストレスが溜まっていたようで、
その負担の分担を、こうして半ば脅すようにヌワンギに要求してきた。
楽しい筈の酒場での飲み会は、何やら反省会のような雰囲気を呈してきた。
「な、ならこういうのはどうだ?」
元々沈黙が嫌いなヌワンギである。この雰囲気に耐えきれなくなり、とりあえず口を動かしてみる事にした。
「…何かいい考えがあるのか?」
その付き合いの長さから、普段は全く頼りにならないが、
ヌワンギが要所要所ではなかなかいいアイデアを出す事を知っている柳川は、そう言って聞く態勢に入る。
「…シャクコポル族に変装するんだよ、変装。そうすりゃ、誰に文句も言われる事無くすんなりと入れるぞ。」
「変装…か。」
単純ではあるが、そう悪い策でもない。
クンネカムンは、シャクコポル族の保護を第一に考えているような節がある、というような話を聞いた事があるし、
難民のふりをして紛れ込めば、比較的容易に入國出来る可能性も…
そこまで考えて、ふと嫌な想像をしてしまった。
「ちょっと待て。…変装という事は、つまり…」
「ああ、俺は無理だけどよ。お前は耳が小せぇからさ、付け耳を付ければバレねぇって…」
「お断りだ。」
何が悲しくて、この歳になって獣耳の付け物をしなくてはならないのか。
格好がいい悪いの問題ではない。これは、人としての尊厳の問題である。
しかも…シャクコポル族の耳の形は確か…
「バニー…」
絶対に口に出してはいけない事を口にしてしまった。その凄まじいまでの後悔に、思わず意識を失いそうになる。
「ばにい?…なんだ、それ?」
「いい!もういい!…とにかく、変装は駄目だ。」
そう断言して、一気に盃をあけた。

…結局、その日は何の解決策も出せないままに終わってしまうのだった。
明朝にはその宿場町を出た。
問題は山積みなのだが、ここにいても不毛な議論しか出来そうになかった為、
観光がてらに辺りをうろつこうと思っていたらしいヌワンギを無理矢理馬車に放り込み、
さっさと目的地に急ぐ事にした。

(情報が…足りないな。)
柳川はそう思う。クンネカムンの國境がどんなものであるか、二人は想像でしか語る事が出来ないのだ。
こんな状態ではいくら議論しても何も生み出せはしないだろう。
こうなったら、出たとこ勝負という訳ではないが、とにかく一度実際にどの程度入國審査が厳しいか、
その目で確認してから対策を講じた方が良さそうだ。
…これが現時点での柳川の結論である。

する事が決まってしまえば後は素早いものである。
まだクンネカムンの國境に着くには、最短でも五日近くはかかるだろうが…
「七日…といったところか?」
同行者に不満を持たれない程度に急ぐとしたら、大体この位だろうか。
御機嫌取りの為、一日ぐらいは釣りにでも付き合わねばならないだろうが、そのくらいなら特に問題にはならないだろう。
(それなら…次に寄った町で釣り竿でも仕入れた方がいいか。)

観光を邪魔され、馬車の中で不貞腐れているヌワンギとは対照的に、柳川はウキウキとしながら馬車を走らせる。
…釣りは結構好きなのだ。ヌワンギもこれで機嫌を直すだろうし、おまけに食事代も浮く。
この一石二鳥、いや三鳥の名案に、柳川は心躍らせていた。
だが残念ながら、柳川の高揚感は唐突に最悪の形で終わってしまう。
何事も無く走っていた馬車が、急にゆるゆるとスピードを落とし始め、最後には止まってしまったのである。
「おいおい、どうしたんだよ。」
苛立たしげに馬車から顔を覗かせたヌワンギは、冷や汗びっしょりの柳川を見て、即座に何が起こっているのか理解した。
「…この先か?」
「どうやら…そのようだ。」
柳川の大きな長所であり、最大の弱点でもある、広範囲の人の気配を感知する能力。
そのレーダーが、街道の先の戦闘を感知したのである。
「俺が見てこようか?」
心配そうに尋ねるヌワンギ。
「…いや、大丈夫だ。俺も行く。」
柳川は改めて馬車を走らせる。辛くない訳はないのだが、一度抗うと決めた以上、ここから逃げる事は出来ない。
その決意の強さを察したか、ヌワンギも何も言わない。

「…規模は、そう大きくない。少数と多数が小競り合いをしている感じだ。
 この辺で戦争の話など噂でも聞いた事はないし、恐らくは…盗賊か雇兵くずれが商人でも襲っているんだろうな。」
感じられた気配から出来る限りの情報を集め、柳川の出した推論はこうである。
「そうか…なら、急いだ方がいいよな!」
それにいつも全幅の信頼を置いているヌワンギ。その脳裏には、
助けれくれたお礼にと、豪華な夕食を馳走してくれる恰幅のいい商人の姿が映る。
…馬車は速度を上げる。それぞれの思いを込めて、争いのある方へ。
「いや、ありがとうございます。本当に…助かりましたです。」
商人は独特な言い回しで、左腕の矢傷の治療をした柳川にそうお礼を言った。
…だが実際は、柳川達は何もしてはいない。
急いで駆けつけてみれば、もう既にその商人が盗賊達を追い返したところだったのだ。
ただ、生憎と無傷という訳にはいかなかったようで、その物量に押されたか、左腕に矢を受けていた。
「少し前に大きな商談が纏まったのですが、そのせいか少し浮かれてしまっていたようです。
 あんな盗賊に襲われるような不注意も、矢傷を負うような失態も、
 もうずっと犯しては来なかったのですけど…ね。恥ずかしい限りです。」
別に強がるふうでもなく、もし普段通りであれば、盗賊に襲われる事などなく、
手傷すら負わなかっただろうと言ってのけたこの商人は、間違いなく只者ではないだろう。
(ひょっとしたらこの商人、並みの雇兵や武将はもちろん、
 ヌワンギにすらも引けを取らない強さの持ち主かもしれないな。)
友人の名誉の為敢えて明言する事は避けたが、この柳川の推測は、そう間違ってはいないように思われる。
その商人は、治療が終わった後の少し遅めの自己紹介で、チキナロ、と名乗った。
その深くはないが軽視も出来ない矢傷の為、チキナロに手綱を握らせるのは問題だろうと考えた柳川は、
自分達の馬車をヌワンギに任せ、自分はチキナロの馬車を動かすことにした。
チキナロは、かなり大げさに感謝の言葉を述べた後、おとなしく自分の馬車に乗り込み、
今はのんびりと前方を走る柳川達の馬車を眺めている。
「柳川様のお友達…ヌワンギ様と仰いましたよね。」
馬車が走り出してから半刻は経っただろうか。チキナロは馬車の中からそう尋ねてきた。
「…ええ、そうですけど。」
その質問の本意が掴めない柳川は、とりあえず、といった感じでそれを肯定する。

おかしな話だが、柳川はこの初対面の商人に何か油断出来ない印象を持っていた為、
この後に返ってくるであろうチキナロの言葉を、過剰と思えるまでに警戒していた。
…そして皮肉な話だが、その無意味としか思えない警戒感のお陰で、
チキナロの返事を聞いても、動揺を態度で表すのを避ける事が出来たのである。
「…変われば、変わるものですねぇ、ハイ。私の知っている彼とは、似ても似つきません。」
その独特の言い回しも、感情を読みづらい飄々とした雰囲気も一切変えず、商人は言ったのだ。
過去のヌワンギを…知っていると。
427名無しさんだよもん:2005/07/02(土) 15:17:15 ID:rF/gFc0X0
チキナロ!
そんな奴もいたなあ。
428名無しさんだよもん:2005/07/02(土) 17:30:58 ID:ABrk1X5A0
柳川萌えキャラ化と思ってひやひやした…
「思ったよりは…釣れませんですねぇ。」
片手で器用に竿を扱い、六匹目の魚を魚篭に投げ込む。
そのチキナロの魚篭の中身を覗き見て、ヌワンギは少し顔を青くする。
「おい、柳川。お前は何匹…」
「…三匹。」
それを聞いて、ヌワンギの手がこっそりと柳川の魚篭に向かうが…バシッと手首を掴まれてしまう。
「何を…するつもりだ?」
柳川は呆れた表情でヌワンギを睨む。
「な…何でもネェよ!」
柳川の手を振り払って、ヌワンギはもう一度竿を振る。

立ち寄った港町で小船を借りた三人は、それから思い思いに糸を垂らし始めた。
ヌワンギなどは初めての船ということもあり、釣りが始まる前までは五月蝿い事この上なかったのだが、
釣りが始まってしまえばそれまでの陽気は何処へやら、真剣そのものといった感じで釣りに集中していた。
…それもその筈。今回の釣り勝負は、勝者には何も与えられる事はないが、
敗者は竿や餌の代金に、船の借用金まで支払わされる事になる。
チキナロはともかく、柳川とヌワンギは裕福とは口が裂けても言えない為、敗北は許されないのだ。

「…もうそろそろ、切り上げましょうか。」
魚篭にもう入る余地も無いほどの魚を詰めたチキナロは、いつも通りに、飄々と勝利宣言を済ませる。
それを受けて、互いの魚篭を見比べる柳川とヌワンギ。そして…
「ヌワンギ、お前暫く小遣い無しだな。」
「…ちょ、ちょっと待ってくれ!あと、あともう少し…!」
海原に、負け犬の遠吠えが響く。
売るほど魚を釣ったチキナロは、そのまま料亭や宿屋などへ訪問販売に行って、それなりの金額に変えてしまったらしい。
一方の柳川達は、釣った魚を酒場に持っていき、今日の夕食をこしらえてもらう事にした。
柳川が調理する事も出来なくは無いのだが、その調理方法は精々焼くか煮るかのどれかしかなかったので、
ヌワンギは文句の一つも言いたかったらしい。
そんな訳で、ここはプロの出番である。酒場の主人は快く調理を引き受けてくれ、
二人は久々の豪勢な食事を、今か今かと待ちうけていた。

そうして前菜が運ばれてきた丁度その時に、私事の雑務を済ませたチキナロがやって来た。
「…なんだよ、今度は夕食までまきあげるつもりか?」
釣りでの大敗で機嫌を悪くしていたヌワンギは、そう言ってチキナロと夕食を共にする事に対して嫌悪感を示す。
「そう仰ると思いましてですね、こんなものを用意しましたです、ハイ。」
恐らくこの男は人をあしらうのが上手く、その経験も豊富なのだろう。
ヌワンギの嫌悪感露わの発言をサラリと聞き流して、恭しい態度で土産物を献上する。
「この地での最高級の地酒でございますです、ハイ。」
それを見たヌワンギ、前言を当然の如く撤回。それから旬の魚をふんだんに使った料理が一品、また一品と運ばれて来たが、
男三人が美酒の肴としてどんどん平らげてしまった為、持ち込みの魚などはすぐに食べきってしまったのだった。
これが最後の豪華な晩餐。この後は小遣いも止められて買い食いも出来ず、ひもじい思いをするに違いない。
そんな飢餓感が、普段でも良く食べる方のヌワンギを、今夜限りの大食漢に仕立て上げた。
…はっきり言って、見苦しかった。あの時のヌワンギの食いっぷりを思い出すと、胸の辺りがムカムカしてくる。
そのヌワンギは今、部屋で昏倒している。あの滅茶苦茶な暴飲暴食のツケだろうが、吐いた方が楽になると何度も言ったのに、
決してそうしなかったヌワンギに、柳川はある種の尊敬の念すら覚えてしまうのだった。

騒がしいのが一人戦線離脱してしまったので、今は柳川とチキナロ、二人でのんびり静かに盃を交わしている。
商談では饒舌になるであろうチキナロも、こういう時にはあまり喋らないようで、
元々寡黙な柳川と二人、それまでの喧騒が嘘であったかのように、音の無い時間を楽しんでいた。
そして、チキナロが持ってきた酒が全て飲み干され、酒場の客もまばらになってきたその時になって、
チキナロがやはり飄々と沈黙を破った。
「…本当に、いい方向に変わったみたいですねぇ。」
確認せずともヌワンギの事を言っているのは分かる。なぜなら…
「今日一日、注意深く観察した結論がそれだ、というのでしたら、彼の友人としては嬉しい限りですが。」
「…いやはや、ばれていましたか。」
それから、先日馬車で聞いた事をもう一度繰り返し聞いた。
チキナロが語ったヌワンギの過去。…といっても、チキナロ自身は直接の面識は無く、
あの当時、チキナロの扱っている数ある商品の一つである、情報を所望した客がいたらしい。
そこで集めたケナシコウルペの内乱の情報の中に、ヌワンギのものがあったという。
これに関しては、柳川は詳しく聞く事を拒み、チキナロもまた語らなかった。
といっても、事の詳細は只では話せない、などとチキナロが言ったので、柳川が断っただけなのだが。

その後、今度はチキナロが柳川達の旅の事を聞いてきた。
その時に、柳川はかなり困った事に気が付く。
(…よく考えれば、人に語れるような旅では決してなかったな。)
ヌワンギは旅の開始時点でトゥスクルでのお尋ね者であり、
その後は二人仲良くシケリペチムで高額の賞金首に出世。
まともな職を得ていたのはオンカミヤムカイの中だけであり、
最近は雇兵まがいの仕事をずっと続けていた事になる。
(これでは完全に流れのやくざ者だ…)
なんとなく自身が情けなくなってきた柳川だった。

これでは全て包み隠さず話す、なんて事は出来ない。
柳川は何とか人に話せる部分、特にオンカミヤムカイ関連の話を中心に、
話し辛いところはぼかしつつ、簡潔に旅の経緯を説明した。
そして、現在の旅の目的地がクンネカムンである事と、
入國出来るかどうか分からず困っている事を話してみた。
この各地を旅する商人ならば、何らかの方法を知っているのでは、と思っての事である。
「…それでは、こういう物はいかがでしょうか?」
チキナロが手荷物の中から取り出したのは、ウサギの耳を形どった、可愛い…
「お断りです。」
あまり親しくない相手という事もあって、上辺だけは愛想笑いを浮かべてはいるが、その眼は笑っていない。
「それは残念ですね、ハイ。」
もちろんチキナロは、本当に残念などと思ってはいないだろう。単に、からかってるだけなのだ。
(…もう少し強い態度に出た方が、真剣に考えてくれるだろうか?)
そう考えた柳川は、その愛想笑いを崩さずに話を続ける。
「出来れば、もう少し真面目に考えてほしいのですが…」
一応傷の手当てはしたのだし、釣り勝負に負けたとはいえ、釣り竿の代金から船の貸し賃までこちらが払ったのだ。
これくらいは言ってもバチはあたらないだろう。

チキナロはそれを聞いて、初めてその表情と雰囲気を変えた。
だが、別に怒っているような感じではない…むしろ、この柳川の反応を面白がっているように見えた。
「…分かりました。それでは、取引をしてみませんか?」
「取引?」
「ハイ、そうです。」
「…生憎と、そんなにお金は持ってないのですが。」
「イエイエ、今回はお金じゃありませんです。
 …貴方達の旅の話を、包み隠さず話して頂けないでしょうか?
 それと引き換えに、私はクンネカムンに入る方法を考えますです、ハイ。」
どうやら、柳川が肝心なところをぼかして話をしていたのは、バレバレだったようである。
…上手く誤魔化せたと思った旅の話であったが、交渉のプロの前では児戯に等しかったのだろう。
だが、なぜこの商人は、柳川達の旅の話を聞きたがるのだろう?
(嘘を話している限りは…信用しないとでも言いたいのだろうか?)
チキナロの本意は掴めないが…さて、どうしよう。
柳川は考える。このまま話してしまっていいものだろうか?
そして、もし話したとすれば、それはこれからの旅に一体どんな影響を与えるのだろうか?
434名無しさんだよもん:2005/07/08(金) 19:44:26 ID:Ktbcu+3E0
柳川がヌワンギの過去を知ったら、どんな反応を示すのだろうか。
また、知られたくない過去を知られたヌワンギは、どうなるのだろう。
435名無しさんだよもん:2005/07/12(火) 00:02:53 ID:x3oR4PZV0
なんとなく、柳川には知らないまま過去に帰って欲しいと思う
知った方がストーリーとしては深みが増すかな?
436名無しさんだよもん:2005/07/17(日) 03:48:54 ID:0/wx/6c40
hoshu
437扉の向こう・4:2005/07/18(月) 18:03:19 ID:FZS1aTM50
森を抜けて道沿いに歩いていると、巨大な鎧と武装した人たちがたくさん歩いてきた。
ただ、おかしかったのは皆が動物の耳をつけていたということ。
とりあえず、学校はどこにあるのか聞こうと思い近づいていくと、突然彼らは壊れた。
悲鳴をあげて何処かへ走っていく人。
歌を朗々と歌いだす人。
泡を吹いて倒れる人。
その場で震えつづけている人。
周りにいる人を切り刻む鎧。
体を切り刻まれながらも笑いつづける人。
景色が真っ赤になり、悲鳴と狂人の歌と笑い声が辺りに響きだした。
僕は、そんな様子をお腹が空いたなと思いながら見つめていた。
やがて、悲鳴も歌も笑い声も聞こえなくなり、静かになった。

数日後、クンネカムンにアヴ・カムゥを含めた部隊が何者かに全滅させられたという報告があったという。
438名無しさんだよもん:2005/07/20(水) 00:17:04 ID:5Zzofdi40
ついに人間が犠牲に……
祐介……
439名無しさんだよもん:2005/07/25(月) 13:47:14 ID:2lQ5yxVkO
捕手
すいません、いろいろあってだいぶ遅れてしまいました。
この後はもう少しちゃんとした頻度で投稿出来ると思ってますが…
とにかく、すいませんでした。


思えばこの旅の間に、平穏と呼べる日々は数えるほどしかなかったように思えてきた。
…実際はそんな事はない。オンカミヤムカイで書庫の管理人として過ごしてきた日々は、
一ヶ月、二ヶ月はゆうに越えるし、カルラゥアツゥレイからここまでの旅の間も、平穏といって差し支えは無い。
そんな平穏な日々の間に、楽しいと思った事はたくさんあったのだ。もしそうでなければ、こんな旅などとっくに終わっている。
…にも関わらず、である。いざ自分達の旅の出来事を思い出そうとしてみれば、血生臭い出来事ばかりしか思い出せないのだ。
何か、自分が酷く損をしているような、何とも空しい気分になった柳川だった。
「…どうかしましたか?」
黙り込んだままの柳川に、チキナロがそう声をかける。
「いや、なんと言いますか…」
本当になんと言えばいいのか。とっさに言い考えが浮かばなかった柳川は、
「…こうやって話してみれば、血生臭い事ばかりしてきたみたいで…少し、うんざりしてました。」
ただ単に今の心境をそう語った。
「そうですね…いざ聞いてみれば、私も似たような感想しか持てませんでしたです、ハイ。」
…結局、このチキナロの言葉を最後に、今日の宴会は終わりを告げる。
二人が語る言葉を無くしてしまった時と同じくして、酒場が閉店の時を迎えたのだ。
そして二人はそれぞれの部屋に戻る。…明日は、この町を発ちオンカミヤムカイの國境に向かう予定である。
チキナロが何を思って柳川達の旅に興味を持ったのかは分からない。
だが、旅の詳細を聞いた後のチキナロは、柳川達が怪訝に思ってしまうくらい協力的だった。
クンネカムンに入國する際などは、チキナロがクンネカムン皇への献上品がある、と言っただけで何の審査も無く素通りしてしまった。
それまでずっと悩んでいたのが馬鹿だと言わんばかりの、あっけない入國であった。
…そして、そればかりではない。
「クンネカムンのアヴ・カムゥ…を見たいのでしたら、皇にお伺いを立てたほうがよろしいでしょう。」
そう言って、なんとチキナロはクンネカムン皇との面会の約束まで難なく取りつけてしまった。
…後で聞いてみれば、クンネカムン皇家はチキナロのお得意様の一つで、これまでも面会した事は何回かあったそうだ。
「…商人としての信頼というものは、こういうところで役に立つのでございます、ハイ。」
チキナロはそうあっけらかんと言っていたが、仮にも三大大國の一つに数えられるクンネカムンの皇からそれだけの信頼を得ている、
という事は、チキナロという商人はどうも柳川が考えていた以上の大物のようだった。

そうして、あっという間にクンネカムン皇都に着いてしまう。
クンネカムンに入國してからたった二日の出来事だった。
…普段は、新しい國に入るとまずヌワンギが観光紛いの事を始めて、必要以上に時間が掛かってしまうのだが、
今回は流石の楽天家もそういった気分になれないようだった。
なにしろ、シャクコポル族というのは被差別種族であり、ここは彼らの単一民族國家である。
そんな所を、初見ではどうしても野蛮で乱暴そうにしか見えないヌワンギのような男が闊歩しようものなら、
あちらこちらから奇異というか、怪訝というか…とにかく、あまり好ましくない視線を向けられるのだ。
…結局、ヌワンギは欲求不満を全く隠さずに、馬車の中でゴロゴロ転がってばかりいた。
それに対し、チキナロや柳川は物腰が穏やかで礼儀正しいため、第一印象で得をしたのだろうか。
食料や雑貨を買いに店に寄った時も、普通にただの旅人として応対された。
他國からの旅人は珍しいとはいえ、決していない訳ではないので、礼儀正しくしている内はさして問題視されないのだろう。
…それでも、柳川のこの國への印象は決して良くはない。
これまで訪れたどの國とも違う、ここ独特の雰囲気に違和感を持ったのだ。

町に住む人々、大人は勿論子供も含めて、とても楽しそう、幸せそうに見えた。
それ自体は悪い事ではないのだが、この彼等の幸せが、何故か人工的に作られた、いびつなもののように感じたのだ。
そう感じる事自体が彼等に失礼なのは百も承知だが…それでもずっと、柳川は戦争を現実のものとして直視され続けていたのだ。
事実この近隣諸國でも、拡大主義を全く隠さないシケリペチムが、あちらこちらで諍いを起こしているのを聞いている。
…この國に入るまでは、戦争は実体を持って柳川達のすぐ隣にあったのだ。
それが、この国はどうだ?
きな臭い香りが少しもしない。町は平和で、人は幸せで、政局は安定していて…まるで、別世界である。
(…ヌワンギなら、この違和感に対し自分よりももっと敏感だろうな。)
柳川は、ヌワンギがずっと馬車の中で不貞腐れていて、こんな違和感を持たずに済んでいるという事が、
彼にとって良かったのか、それとも悪かったのか…よく分からなかった。
(平和に違和感を持つという事が、これほど気味の悪い事だとは思わなかった。)
その思いを誰にも口に出せぬまま、柳川は皇都に到着してしまったのである。
そうして殆ど何の障害もなく辿り着いたクンネカムン皇城、謁見の間。
その美麗さ、豪華さは形容する事すら困難で、大国の威信、権威、力…その他諸々を誇示するのには十分過ぎるほどの代物であった。
その証拠に、ヌワンギがここに入ってから一言も話さない。
気圧されてそれどころではないのだろう。この男は、自分もそれなりの家の出身だというのに、
権威というものに弱いところがある。後は、荘厳な雰囲気というのも酷く苦手である。
オンカミヤムカイにいた時に知った、ヌワンギの数多き弱点の一つである。

その謁見の間でチキナロと共に待つ事少し、クンネカムン皇がその場に現れた。
その姿が小さく見えるのは、その皇座が柳川達からかなり遠い所にあるのだけが理由ではないのだろう。
まだ若いのは間違いないが…その小柄さから察するに、ひょっとして女性かもしれない。
…だが、それをこの場で確認する勇気は柳川には無い。

柳川が跪きながらそんな事を考えているうちに、チキナロはまず恭しい礼から始めて、
何処から持ってきたのか、高級そうな織物を数点献上し、さらに何かしらの衣服の注文まで承ってしまった。
それから…もののついで、という感じで柳川達を簡単に紹介してくれた。
「この者達はですね、はるばるトゥスクルから、皇にある頼み事があってやって来た者達でございます。」
…言っている事はあまり間違ってはいないのだが、なぜわざわざトゥスクルから来た、なんて事を話すのだろうか。
そんな事を考えつつも、柳川は跪いた状態のまま、深く頭を下げた。
ヌワンギはここで礼をする段取りを忘れていたらしく、柳川にやや遅れて、慌てて頭を下げた。
その時、ゴン、と謁見の間中に大きな低い音が響いた。
…どうやら、誰かが床に頭をぶつけたらしい。
…この際、今の音は無視して話を進めるべきである。
「クンネカムン皇にこうして謁見できた事を光栄に思います。
 …私は歴史の研究と編纂を目的に旅を続けてきた柳川と申します。
 此度、このクンネカムンに来ましたのは、この國の歴史、特に建國戦争に興味を持ちまして、
 その時の証言や資料を集めたいがためにございます。」
「…う、うむ。」
その良く通る声で、畏まった挨拶から謁見の目的まですらりと述べてのけた柳川の、ある種の迫力のお陰で、
とりあえず、さっきの頭突きは謁見の間に居た人々から、なかった事にされた。
「…我が國の歴史が他國の市井の歴史家の興味を引いた、というのも嬉しい話である。
 長期の滞在の許可は出そう。思う存分調べられよ。」
クンネカムン皇は、特に悩むべき案件でもないとばかりに、サラリと長期滞在の許可を出してくれた。
…その事はその事で嬉しいのだが、柳川には別の目的がある。
「ありがとうございます。
 …ただ、クンネカムンの建國戦争を調べるにあたり、一つ皇に頼みたい事があるのです。
 建國戦争でクンネカムンの勝利を導いた、アヴ・カムゥ…なるものを一度拝見したいのです。」

「アヴ・カムゥ…?」
ここで、クンネカムン皇の声質が変わる。謁見の間に居た群臣の間からも、ざわざわとした声が漏れる。
(アヴ・カムゥの名まで出す事はなかったか…?)
柳川の額から冷や汗が流れる。それを拭う事も出来ずに、緊張で体を強張らせたまま、場が静まるのを待つ。
…それから暫くして、クンネカムン皇が口を開く。
「…その事については、後日使者を遣わしお知らせしよう。」
この一言で、この謁見は終わったのだった。
…なお、この時軽い脳震盪を起こして気を失っていた男が一人居た事は、最後までなかった事にされていた。
445名無しさんだよもん:2005/07/30(土) 01:48:47 ID:DH+oVPaD0
ヌワンギはやっぱこうでないとな
すげえ安心した
446名無しさんだよもん:2005/07/30(土) 03:50:52 ID:6uV7vz/z0
クンネカムンの社会を今後、どう描いていくのか気になる。

>…それでも、柳川のこの國への印象は決して良くはない。
>これまで訪れたどの國とも違う、ここ独特の雰囲気に違和感を持ったのだ。
>町に住む人々、大人は勿論子供も含めて、とても楽しそう、幸せそうに見えた。
>それ自体は悪い事ではないのだが、この彼等の幸せが、何故か人工的に作られた、いびつなもののように感じたのだ。

一種の管理国家のイメージだな。
447FARE-M ◆7HKannaArk :2005/08/07(日) 12:34:47 ID:qdb2aPoT0
お久しぶりです。
現在のところまでのログを纏めましたので、報告します。
まあ、仕事のほうが忙しいのと、実家に帰らないとネットにつなげない
ってこともあり、なかなか進みません……
448名無しさんだよもん:2005/08/07(日) 13:58:02 ID:Vn0wbJ3P0
現在のスレの進展具合なら、そんなに急ぐ必要はないと思われ。
>>447
まとめありがとうございます。
こちらはそれほど忙しくは無いのですが、なぜか来客が多かったりして、
なかなか時間が取れません。

>>445 >>446
感想ありがとうございます。
かなりペースは落ちてしまいましたが、完結はさせるつもりでいますので、
のんびり付き合ってくれればうれしいです。


山を歩く。
山道の足場は悪い上、膝の辺りまで名も知れぬ植物が生い茂っている為、
柳川達の歩く速度は、平地を這って進むそれとさして変わらない。
日は燦燦と輝き、その強い日差しは、柳川達の頭上を覆う木々が塞いでくれているとはいえ、
熱波はその自然の屋根を突き抜け、そこが山とは思えぬほどの蒸し暑さを作り出している。
そんなどう考えても山登りには向かないような気候の中、柳川達はとある村を目指して進んでいる。
柳川はふと、ヌワンギの方を振り返る。
ヌワンギはもう前を向いてはいない。猫背のまま顔を項垂れて、とぼとぼと柳川の後ろをついて行っている。
普段は体力が有り余っているこの男も、この異常な蒸し暑さには耐性が無いのだろう。
体は疲れ果て、精神も磨耗し尽くし、今はもう惰性で足を動かしているようである。
これでは、何を言っても返事をしてくれるとは思えない。

柳川は前を向き直る。
なだらかながらも確かに傾斜が存在するその山道は、ようやくその終わりを迎えようとしている。
「ヌワンギ…もうそろそろ山頂だ。それまでは頑張ってくれ。」
返事は期待していない。そもそも、この言葉は自分を鼓舞する意味合いの方が強いのだ。
…正直なところ、柳川自身もこの暑さには勝てず、体力を酷く消耗していたのだった。
「…ヌワンギ、山頂だぞ。」
あれから半刻ほど歩いて、二人は開けた山頂に辿り着く。
眼下に広がるは…思っていたよりは大きな村。
まず目に付くは村の中央付近の街道。往来を行く人々も多く、そこが村の中心地のようだ。
そして、その周りに疎らに広がる住宅は、どれもそれなりの大きさである。
この地に住む人々が、それなりに裕福である事の証左と言えるだろうか。
そして、その周りにさらに広がる大きな田畑。その大きさから見て、
この地で消費する以上の農作物が毎年収穫されている事は想像に難くない。
…となると、この村にはそれを出荷する為の、町に続く大きな交通路がある筈である。

「そうなると…おかしいな。」
「ハァ、ヒィ…な、何が…おかし…んだよ?」
ゼエゼエと息を荒げながら、ヌワンギは柳川の独り言に疑問を呈した。
「…そうだな。」
その疑問に答えるべきかどうか少し悩んだ後、
「この村に来るのに、こんな険しい山道を通らなくてすんだと言えば…どうする?」
少し意地悪く、そう答えた。
その言葉を聞いたヌワンギは、暫くの間放心する。何も言わず、何も言えず、只ずっと虚空を凝視し続ける。
そして、糸が切れた人形のように脱力しその場に倒れ込む。

「あ…あいつ等、騙しやがったなぁ!」
ヌワンギの遠吠えが、辺りに響き渡った。
騙した、とは面白い表現だと柳川は思う。
彼等がこの山道を行く事を薦めたその理由が、何かしら邪なものであったとしたら、
このヌワンギの嘆きは正鵠を射ている事になる。
そして…もしそうだとするなら、これから自分達を待ち受けているのは、出発する前に聞いた通りの歓待ではないのではないのか?

「…民宿…ですか?」
使者の言葉は、柳川達が予想しえなかったものだった。
…まず、アヴ・カムゥを見せる事は特に問題は無いそうだが、何分前例の無い事なので、
手続きなどに少し時間が掛かるという事らしい。
そして、その手続きが終わるまでの間、彼等の紹介する民宿で待っていて欲しい、との事なのだ。

断られるのではないか、とやや悲観的に考えていた柳川には、使者の言葉が信じ難いほど好意的なものだったので、
逆に怪しんでしまったくらいである。ただ、それは別に柳川が疑い深いという事ではない。
なぜなら、その民宿のある村は、クンネカムンの中でも最も歴史の古い村の一つであるらしいのだ。
つまり、建國戦争時の証言も集めやすいだろうと配慮してくれたのである。
…さらにその民宿とは、クンネカムン皇家縁の者も偶に利用するほどの高級な宿であるが、
それにも関わらず、待っている間の宿泊費も気にしなくていい、とまで言ってくれたのである。

…こんな好条件を出されては、誰しもが疑ってしまうというものである。
もっとも、疑いもせずに素直に大喜びした者もいたのだが。
ヌワンギの気楽さを咎める訳にもいかない。
疑わしいからといって、断れる話でもないのだ。
柳川は心中はともかく、うわべだけは喜んで、といった感じでこの話を受けた。
…これで、柳川達は歴史家として一時の安寧の日々を過ごす事になりそうである。

それから柳川は、別室で待機していたチキナロに声を掛けに行く。
しかし、その部屋には誰もおらず、柳川は気配を頼りに暫くチキナロを探す羽目になった。
程なくして、表で馬車に荷物を詰めているチキナロを見つけた。
「…何を、してるんですか?」
その行動の意味をなんとなく察した柳川だが、本人の口から聞こうと思い、そう尋ねてみた。
「おや、柳川様。皇からの返事はどんなものでしたか?」
質問に質問で返された柳川だが、とりあえず簡潔に皇の申し出を教えた。
「…なるほど、それで柳川様の馬車が引かれて行ってしまったのですね。」
「…馬車?」
この言葉で気が付いたのだが、チキナロの馬車の隣に止めていた筈の、柳川達がオンカミヤムカイから使ってきた馬車が…
「無い…」
どうしたことか、とチキナロの方を振り返る。
「柳川様がこれから行く民宿というのはですね…馬車では行かせてもらえない場所にあるのですよ。
 ですから、馬車はそれまでこちらで預からせてもらう、という事だと思います、ハイ。」
…必要な荷物もすぐ返してくれると思いますよ、とも付け加えてくれた。
そして、チキナロは柳川の問いの答えを返す。
「これから注文を受けた品を仕入れに、西の方へ行かねばならないのですよ。」
「という事は…」
「そうですね、ここで、一時のお別れという事になります。」
「…そうですか。」
この商人とは、出会いも唐突であったが、別れもまた、唐突であった。
元々柳川は、チキナロは今回の民宿へは一緒に来ないのではないか、と思っていたのだが、
いざそれを本人の口から聞いてみると、何とも寂しいものである。
なにしろ、トゥスクルの山中からここまでのヌワンギとの旅の中での、初めての同行者だったのである。
期間は短かったが、三人での旅、というのはなかなかに新鮮だった。

だが、そういう事なら仕方ない。今までの感謝の気持ちを込め、深く礼をする。
思えば、偶然出会っただけのチキナロは、柳川達を随分と助けられてくれた。
クンネカムン入國からここまで、こんなに簡単に事が運んだのも、この商人の無償の協力のお陰である。
(…無償、だよな、勿論。)
そうであって欲しいものである。とにかく、後から代金を請求される、
なんて事を避ける為にも、ここはきちんと感謝しておくべきである。
そうして感謝と別れの言葉を告げようとした柳川に、チキナロはこんな事を言ってきた。
「その言葉はまだ早いと思います。…恐らくは、またすぐ再会する事になると思いますので。」
その口調が、何とも人を食ったような、だが、それでいて少し楽しそうなものだったので、
言葉の真意を読む事は出来ずじまいだった。
…結局、別れの言葉を封じられてしまった柳川は、それ以上何を言う事も出来ずに、チキナロの後姿を見送ってしまったのだ。
「おーい、柳川ー…」
クンネカムン皇都に居た時の事を思い出しながら、黙々と歩を進めていた柳川は、
後ろからのやや情けない呼び掛けに、現実に引き戻された。
後ろを振り返れば、柳川の遥か後方に、のらりくらりとこちらに向かっているヌワンギが見えた。
どうやら、柳川の脚について来れなかったようである。

呼び掛けにより足を止めた柳川に、ヌワンギが追い付いた頃には、とっくに日が沈んでしまっていた。
…夜も深くなりつつある中、村から近いとはいえ、一人荒れた山道で立ち尽くしていていれば、
多少は恐怖に怯えてもいいものだが、今夜はなぜかそういう気にならなかった。
その理由は、気付いてしまえば至極単純なものだった。
(月が…明るいのか。)
満月に近い今夜の月は、恐怖を誘う夜の闇を殆ど消し去っていたのだ。柳川は空を見上げる。
今日は雲も無く、空気も澄んでいるせいか、空を埋め尽くす星々が宝石と見紛うばかりに美しい。
(…六等星まではっきりと見えてるな、これは。)
ふと思いつき、北斗七星を探してみる。すると…
(やっぱり…あった。)
もちろん、その形状が自分の世界にあるものと完全に一致している保証は無い。
だが星空の中に、一際目立つ柄杓があったのを、柳川は確かに見たのである。

「…なに空なんて見てんだよ。」
自分が追いついたというのに、前に進もうとしない柳川を、ヌワンギはそう言って急かす。
夜になって涼しくなってきたのもあるのだろう。ヌワンギは、昼に消費した体力をかなり取り戻していた。
「…ヌワンギ。あそこに明るい星が柄杓のような形を作っているのが見えないか?」
「…どれだよ?」
目的地を目前にして、二人は星空を指差しながら星座談義にふける。
…そして、ヌワンギが新しい星座を八つ作ったところで、漸く二人は目的地である村の方へ進むのである。
455名無しさんだよもん:2005/08/09(火) 01:02:25 ID:L2KhPE2F0
おお、現実世界とのリンクが来た。
緩急つけてくるなあ。穏やかにきな臭いのがじわじわと怖い。
456名無しさんだよもん:2005/08/17(水) 03:20:53 ID:6C51toOZO
不定期保守
457名無しさんだよもん:2005/08/23(火) 03:28:06 ID:2gpeQ1Qj0
hoshu
458名無しさんだよもん:2005/08/29(月) 21:48:31 ID:7U38RQIZ0
ほしゅしゅ
459ヌワンギパラレル作者:2005/09/04(日) 16:35:27 ID:ms0TXVcm0
すいません、また随分と休んでました。
とりあえず、漸く夏も終わったので、明日辺りからまた投稿を続けたいと思ってます。

保守してくれた人、ありがとうございます。またのんびりと続けていきます。
460名無しさんだよもん:2005/09/06(火) 00:05:01 ID:abjnsHj7O
応、待ってました!
ヌワンギはイライラしていた。
理由は分かりきっている。この村に着いてからこれで一週間、碌に観光も出来ていないのだ。
それで今も、自分の部屋の中で、半ば軟禁状態である。
…というのも、最初の日に村中あちこち回ってきたら、
村民のほぼ全てからこの民宿に苦情が寄せられたらしいのだ。
ヌワンギ自身は何もしてないのに、である。
そういう訳で、せっかく大変な思いをしてこの村に来たにも関わらず、
その初日以外は宿の中でずっと不貞腐れている。

「すいません、ヌワンギさん。」
ヌワンギがゴロゴロするのに飽きた頃、そんな声が部屋の入り口から聞こえてきた。
「…ご飯ですから、食堂に来てくれませんか?」
「あいよー。」
そういえば、もうそんな時間であった。
(何もしていなくても、腹は減るんだよなぁ…)
大きく伸びをしてから、反動をつけて跳ね起きる。
それから、しわだらけだった服を伸ばし、寝癖が付き放題の髪を、手櫛でバリバリとさらにかき乱す。
…これでいつもの髪形になってしまうので、便利といえば便利である。

それから、ヌワンギはやや大きめの足音を響かせながら、食堂までの廊下を歩いていった。
「…全くさぁ、学者様が来られるって聞いたから結構楽しみにしてたのにねぇ。
 全然そんな風に見えないじゃないのさ。」
「…うるせぇよ。」
ヌワンギはそう返して出された食事をかきこむ。
「そういえば柳川さんは?」
この宿の女将である、姉妹の長女が誰に聞くともなしにそう言った。
「いつも通り。朝から取材で村を回るとかで、弁当持って出て行ったよ。
 …ハツネも案内するとか言ってついて行ったから、さっき教えたじゃないさ。」
長女は、ああ、そうでした、と言ってまた食事に戻る。
「…ごちそうさま。」
…三女がもう食べ終わったようだ。そのまま食器を片付けて、調理場のある奥の方に引っ込んでしまう。
この娘は、ヌワンギが苦手なのだろうか、ここに来てから一言もヌワンギに話し掛けないばかりか、
こうやって皆が集う食卓でも、自分一人さっさと食事を済ませて、こんな風に食堂から出ていってしまう。

…この民宿、高級な宿と聞いてはいたのだが、どうやらその話、嘘とまでは言えないが、誇張が過ぎていたように思える。
あの異常な熱気の中、わざわざ山を越えてここまで来たはいいものの、話に聞いていた民宿は、
確かに建物は立派だったが、普段は民宿として営業すらしていない、四人の姉妹が住むただの民家であった。
それでも、四姉妹の次女が言うところには、ここはクンネカムン皇が政務の疲れを癒す為、偶にお忍びで泊まりに来る事があるそうだ。
…ただ、それを指してここは高級な宿だ、と言い切るのはいかがなものだろうか?
ヌワンギは口には出さないが、そんな事を考えつつも食事を続けるのだった。
「柳川おじさん、おいしい?」
「…ああ。」
せめてお兄さんにして欲しいな、などと思いながら揚げ芋を頬張る。
今柳川は、案内すると言って宿からついて来た、このハツネという少女と一緒に昼食を食べていた。

ここに来てからずっと、こんな風にこの少女と一緒に、村の老人達の話を聞いて回っている。
表向きは歴史家としてこの地に訪れた柳川にとって、それは半ば日課のようになっていた。
この少女も、久々のお客をもてなしたいという心遣いからか、それとも、ただ単に暇潰しをしたいだけなのかは分からないが、
今日はあっちのお爺さんの家、明日はこっちのお婆さんの家と、甲斐甲斐しく案内してくれる。
老人達の昔話は、予想に反しどれも面白く、久々に来た旅人を楽しませようと、事実三割誇張七割ぐらいの割合で、
昔の事を面白おかしく話してくれているようだった。
その為、話としては面白いのだが、資料的な価値となると、少々首を傾げざるを得ない。
(まあ別に…本当に歴史を研究している訳では…無いのだ。)
そう思い彼等の話に妥協している柳川だが、警官をしていた時の癖からか、
正確さを欠く証言には、無意識にイライラしてしまうのだった。
結果、話は面白いのにストレスが溜まってしまうという、どうにも笑えない場面の連続に、少々辟易していた。

とはいえ、これまでの努力で得たものが無いわけではない。
…老人達から回収した話を纏めると、ここはクンネカムンが建國される以前からシャクコポル族が隠れるように住んでいた村の一つで、
建國戦争時は、多くの若者が義勇兵として戦争に参加したのだそうだ。
だが、にも関わらず、その殆どがいわゆる前線に送られた事は無かったという。
義勇兵が行った事は、専ら町々の再建という名の土木作業であったらしい。
その為、年寄りの戦争談とはいえ、血生臭い話は今の所一つとして聞いた事は無い。
とにかく、戦火の名残か荒れ果てた村や町を、もう一度人の住めるように建て直し続けているうちに、
いつの間にか今の大國が出来上がってしまっていた、というのが老人達の素直な感想だった。
まあ聞きようによっては最高に血生臭い話である事も確か。
何しろ、これらの老人達の話から導かれる事実は、
クンネカムン軍は、それまでに住んでいた人々を徹底的に駆逐して領土を拡張していった、というようなものだろうからだ。
…比較対照には相応しくないのかもしれないが、自分達がついこの間まで参加していたカルラゥアツゥレイの軍隊には、
いろんな意味でそんな真似が出来るとは思えない。
という事は、アヴ・カムゥという名の兵器は、それを可能に出来るだけの恐るべき破壊力があり、
さらに…この比較的温和なシャクコポル族がそのような蛮行に及ぶくらい、当時の差別というのは酷かった、
という風に考えられた。なんと言うか…嫌な話である。

深く考え込んでいた柳川がふと気付けば、横に座っていた少女が、心配そうな表情で、覗き込むようにこちらを見上げていた。
…もしかしたら、急に食事の手を止めた自分を見て、お弁当の味付けが合わなかったんじゃないかと気を揉んでいるのかもしれない。
柳川はあわてて食事を再開する。
「これは…君が作ってくれたのか?」
「う…うん。お姉ちゃんほど上手くはないから、あまり美味しくな…」
「美味しいよ、とても。…そっちのも頂けるかな?」
「あ…うん、どうぞ。」
この少女が作ったという野菜の煮付けは、少女の謙遜とは裏腹に、とても美味しかった。
(自分の料理とは比ぶるべくもないか…)
旅の途中で自分の作ってきた男の料理の事を思い、恥じ入ってしまう柳川だった。
「…ごちそうさま。」
そして、間にいろいろな話を挟みつつも、昼食の時間はつつがなく終わった。
「お粗末さまでした。」
少女は、柳川が旅の途中で作った料理の話が殊の外気に入ったようで、弁当の後片付けをしている間も随分と楽しそうだった。

食事中、柳川は彼自慢(?)のレシピを一品一品と紹介していたのだが、
少女はその度、半ば呆れながらも楽しそうに、もっとこうしたら美味しいんじゃないかな、という風に助言をしてくれた。
どうやら、柳川のような大の男が食事当番といった、ヌワンギの母親代行のような仕事をこなしていたのが面白かったのと、
料理指南のような、末っ子であるが為に普段はなかなか出来ない、姉の真似事が出来たのが嬉しかったのだろう。
…結局、食事が終わった後も、食後の休憩を兼ねて少女のお姉さんごっこに付き合う事になった。

柳川のレシピに監修・ハツネの文字が付いた頃には、もう宿に帰る予定の時間を過ぎてしまっていた。
宿の居残り組に心配させるのも嫌だったので、今日はこのまま帰る事になる。
そしてその帰り道、少女がポツリと言ってきた。
「柳川おじさんは…あんまり他所の人って感じ、しないね。」
その言葉に、柳川は少しドキリとする。
「…その言い方だと、もう一人の方は他所の人って感じがするんだろうな。」
「そ、そんな事を言ってるわけじゃ…ないよ。」
少女が慌てたのを見て、自分の言葉が少し意地が悪かったかな、と思い、
「別に気にする必要は無いよ。…ただ、ヌワンギのヤツは見た目で損をしている所があるからなぁ。」
そう言ってから、笑って誤魔化す事にした。
少女も柳川に倣い、傍目には粗暴に見えるが、実はそんなに悪い人ではないもう一人の宿泊客の事を、笑って誤魔化した。

…それにしても、子供の感というものは鋭い。
柳川が、信じ難いほど短い間にこの村に馴染んでしまった不思議に、こんなにも明快に答えを出してしまう。
(そう、恐らくは…)
自分は、よそ者ではないのだ。誰にも言い出せぬこの確信が、柳川には何故か気持ち悪かった。
466名無しさんだよもん:2005/09/07(水) 23:31:59 ID:b0MmVctUO
うはっ、盲点!
そーかー、そーゆーリンクもありかー。
ともかくGJです!
467迷い人異聞録〜木田時紀『再会』〜:2005/09/08(木) 02:09:47 ID:BAYPVzhMO
「まさかこんな形で再会するとは思わなかったな…」
「…同感ね」

馬鹿みたいに明るい満月に照らされた、荒涼とした岩場。
森が遠いのか、この世界にしては珍しく鳥の声が聞こえない。
代わりに僅かばかりの虫の音が辺り一面に響いている。

「やはり知り合いがおったか。トゥスクルにはかなり迷い人がいると聞いていたから、もしやと思っていたぞ」
「知り合いって言うか…なあ?」
「腐れ縁って言うべきかしらね…」

さあ、と冷たい風が吹いて、言葉尻を流す。
宵闇の直中にあって尚黒く長い髪が舞い、月光を受けて映えていた。
この瞬間俺は、かつて元の世界に居た頃には考えられなかった事だが、
初めてコイツの──榊しのぶの事を、少しだけ美しいと思った。
468迷い人異聞録〜木田時紀『再会』〜:2005/09/08(木) 02:12:43 ID:BAYPVzhMO

そもそもどうして俺が今榊と再会しているのかと言うと、事の始まりは数日前に遡る。

俺達が迷い込んだ國、クンネカムンの皇(普段はそう見えないが)であるクーヤの提案で、
クンネカムンと親交のある國、トゥスクルと迷い人を交えての会談が企画された。
親交と言っても、元々クーヤと、トゥスクルの皇──今榊の隣にいるハクオロとか言う男──が公式に会ってた事は無いらしく、
会談と言うよりは、普段の密会に両國の迷い人が付き添っている…と言った方が正しそうだ。

「私はトゥスクル内に知り合いがいないから志願したんだけど……木田君はどうしてここに?
須磨寺さんは一緒じゃないの?」

気付いてやがる。うざってえ。
…けど、別に隠すような事じゃない。

「…須磨寺は一緒だ。ただ、こっちにはお前みたいに独り者の迷い人がいなかったからな。
その中で俺は唯一の男だからな。来るのは当然だろ?」

そう言いながら、出発前にクーヤに持たされた、クンネカムンの迷い人全員の情報が書かれた冊子を榊に渡す。

「…変わったわね、木田君」

榊もまた、手に持っていた冊子を俺に渡す。
ただ、その冊子はこっちのと比べてかなりに分厚く、その表紙には『一之瀬レポート』と銘打たれていた。
469迷い人異聞録〜木田時紀『再会』〜:2005/09/08(木) 02:15:06 ID:BAYPVzhMO

「…確かにそっちは多いみたいだな、迷い人」
「…まあ、ね」

最初、『一之瀬レポート』を開いた俺は、ものの数秒で脱力させられた。
コミカルタッチの自画像付の著者のコメントが、いきなり丸一頁を閉めていたからだ。
正直、ちょっと頭が痛くなった。
だが、次の頁からは見事としか言いようのない出来映えだった。
まず、目次にはトゥスクル在住の迷い人の名前がずらりと並び、
それぞれの頁をめくってみると、各人の精巧な似顔絵と、詳細なプロフィールが書いてあった。
まったく、たいしたものだ。

「相沢祐一……水瀬名雪……」

この二人は見聞きした覚えがある。
相沢の方は名前に、水瀬の方は着ている服にそれぞれ覚えがあった。
ちら、と榊の方を見遣ると、あいつの方も俺の事を見ていた。

「そっちの川澄さんと倉田さんって人の名前は、こっちでも聞き覚えがあるわ」
「ああ。間違い無いみたいだな」
「そうね…」

相沢祐一、水瀬名雪、川澄舞、倉田佐祐理。
どうやらこの4人は同じ高校の生徒で、しかも面識があるらしかった。
470迷い人異聞録〜木田時紀『再会』〜:2005/09/08(木) 02:17:11 ID:BAYPVzhMO

取り敢えず、今回の会談もどきは成功って処だろう。
今後はクンネカムンの迷い人の情報も、トゥスクルを通じて秘密裏に一部の他国へ流れるらしい。
俺や須磨寺は今更元の世界に帰る気は無いが、できれば佐祐理さん達は知り合いに会わせてやりたいし、元の世界に帰してやりたい。
この世界は覚悟の無い人間や、心残りのある人間が居て良い場所じゃない。
…そう思えるようになったのは、やはり須磨寺のおかげだろうか?
エミ公には悪いが、俺には例え死後の世界でも須磨寺が必要だった。

「……そうだ。木田君」
「あん?」

ふいに、榊の呼び声が俺の思考をサルベージする。

「恵美梨ちゃん…だったかしら? 木田君の妹。……たぶん、この世界に来てるわよ」

──何だって?
471名無しさんだよもん:2005/09/08(木) 19:09:11 ID:BAYPVzhMO
訂正orz

×→『一之瀬レポート』
○→『一ノ瀬レポート』
472名無しさんだよもん:2005/09/08(木) 22:07:11 ID:lkgJ4TPc0
ヌワンギパラレル以外のは久々ですな
473老皇は強き獣の夢を見るか:2005/09/19(月) 17:52:56 ID:nm2qEdAwO

シケリペチム皇國西部。外れの集落より更に西に位置する山岳地帯。
切り拓かれた山道を、来るべき戦の為に皇都から派遣された増援部隊が進軍していた。
鎧兜に身を包んだ何百もの歩兵を先頭に、騎兵、弓兵、術兵が続き、
その後ろに武具や兵糧などの物資や、女給等の人足を積んだ馬車、
そして最後尾に再び兵士が連なっていた。
そして、人足を積んだ馬車の中の一つに、およそ戦場には似つかわしくない風体の二人の青年がいた。

「ようやく視認できる位置まで来たか」
「あれが『国境』ってやつか?」
「うむ。文字通りシケリペチムと他國との国境上に建造された砦で、現在目前のそれは、対クンネカムン戦の最重要拠点になっている。
以前は無能な大守のせいで戦況も劣勢で中腹の砦も壊滅し、彼の地に赴いた聖上にも近隣の住民からの苦情が絶えなかった。
だが今では我等と同じ“迷い人”である男が大守の任に就き、戦況も持ち直してきた。
しかも最近、高性能の新兵器を商人から仕入れ、間もなく大規模な反戦に転じる様だ」
「相変わらず情報に疑念が無いな。流石はシケリペチム密偵頭だな」
「なに、そういう同志こそ、今や宮廷筆頭絵師ではないか」
「お互い大した出世だな───大志」
474老皇は強き獣の夢を見るか:2005/09/19(月) 17:56:03 ID:nm2qEdAwO

増援部隊が到着し、人口密度が一気に膨れ上がった『国境』内には、これから始まるであろう戦に気を高揚させた兵士達の喚声が満ちていた。
練兵場では所狭しと怒号が飛び、交えられた槍や刀剣が戟を奏で、
軍幕内では軍師が地形図を取り囲み、戦略や補給路の確保などついて幾重にも意見を交わし、
炊事場や診療所では女給達が大粒の汗を流し、それを拭う間も無く各々の任に従事していた。

──そして、それ等とは対照的に閑散とした謁見の間では、
玉座に座すシケリペチム皇ニウェと、その隣で傲岸不遜に直立する『国境』の大守、御堂を前に、
シケリペチム宮廷筆頭絵師、“迷い人”千堂和樹が恭しく頭を垂れていた。
手には麻紐で括られた紙が存在しており、それをニウェに差し出していた。

「こちらが御用命承りました“迷い人”二名の人相書きになります。
何分伝聞のみの仕事になりましたので不安がありましたが、目撃した兵士に見せた処、瓜二つとの言葉を戴けました」
「ふむ、ご苦労。…ククク、“写真”程ではないにしろ、相変わらず良く描けておるわ」
ニウェが目を落としたその紙には、彼の認めた“獣”──来栖川綾香とセリオの似顔絵が描かれていた。
顔を隠していたとはいえ実物を見たニウェが評するだけあって、その似顔絵からは、
確かな二人の「気迫」や「冷淡さ」というものが漂っているのが、傍目から覗き込む御堂にも充分に感じ取れていた。
尤も、それだけのセンスと画力を有していたからこそ、和樹はニウェに重用され、今現在の地位まで上り詰めれたのだが。

「こやつらとはこれから一戦交える事になる可能性が高い。
千堂よ。直ちにこの似顔絵を持って練兵場に赴き、この者達対しては特に全力で臨むよう伝えて参れ」
「御意」

頭を垂れたままの姿勢でそう答えると、和樹は己の描いた似顔絵を受け取り、謁見の間を後にした。
475老皇は強き獣の夢を見るか:2005/09/19(月) 17:58:41 ID:nm2qEdAwO

「アンタにしちゃあ面白ぇ奴を重宝してるじゃねぇか、皇さんよ」
「クカカ、余にとって力と才のある者はみな獣よ。そしてその獣は狩るか、手駒とするかのみ。
それにあやつの画は、余という存在をを余す所無く描き出せているのでな」
「ゲエーック。解り易い考え方だぜ。………で、だ」

言いながら御堂は懐から拳銃を取り出すと、それを振り向きもせずに自分の背後に突きつけた。


「テメェはいつからそこに居た?」
「いつからとは心外ですな、大守殿。我輩は同志和樹と共にこの謁見の間に足を踏み入れたのですがね。
まあ、その踏み入った場所こそ違いましたが…」

眼前に拳銃を突きつけられても動じる事無く、その人物──九品仏大志はにやりと小さく笑みを浮かべて眼鏡の端を光らせて見せ、
御堂もまた大志の挑発的な態度に対抗するかの様ににやりと笑みを浮かべると、拳銃を懐に仕舞い直して、ニウェの方を向いた。

「皇さんよぉ……アンタもつくづく面白ぇ奴を抱えてやがるなぁ」
「ククク……こと神出鬼没という事にかけては、この國で此奴の右に出る者はおらぬわ」
「勿体無きお言葉──それはそうと聖上。それに大守殿。少々お耳に入れたき事と、その事で提案したき策が…」
「ほぅ。申してみよ」
「は。実は───」

大志は周囲に他の人物の気配が無いのを確認すると、辛うじて聞き取れるぐらいの小声で喋り始めた。
そして大志の話を聞く内に、ニウェと御堂の表情が、愉悦のそれへとゆっくりと変貌してゆく。
476老皇は強き獣の夢を見るか:2005/09/19(月) 18:02:30 ID:nm2qEdAwO

「……確かか?」
「我輩の部下からの情報でありますれば」

その言葉にクカカとニウェが小さく笑みを漏らす。
ちなみに大志の“部下”とは、彼にその地位を追いやられた、元・シケリペチム密偵頭の事を指す。

「ふむ。……御堂よ。今の兵達の士気、どれ程保たせられるか」
「あー、かなり派手に炊き付けたからなぁ…多分良くて二日かそこらだろうな。
増援の到着も併せて今が最高の状態だ。ここで無駄な時間は取れねぇ」

それを訊くと、ニウェは再びふむ、と頷いて顎髭をなで上げて考えた。
僅かして、表情の愉悦が先程よりも濃くなる。

「よかろう。九品仏よ、今から二日以内にその策、しかと実行して見せよ。
ただし、もしそれに失敗した際は、この世界に汝の居場所は無くなると思っておくがよい」
「承知」

ニウェの脅迫じみた言葉に、しかし眉根一つ動かす事無くそう短く答えると大志は、ふっ、とその場から姿を消した。

「御堂よ。此度の戦、実に楽しいものになりそうよな」
「まったく恐れ入るぜ。内でも外でも獣を育ててやがるなアンタは」
(あのガキ共も、もう元の世界──生活には戻れねぇだろうな……)
477名無しさんだよもん:2005/09/19(月) 18:03:21 ID:nm2qEdAwO
すいません。かなりリレーし難い作品になりました…○| ̄|_
478名無しさんだよもん:2005/09/20(火) 02:04:29 ID:CJBcnGUVO
全盛期の復活を願って上げ支援
479名無しさんだよもん:2005/09/20(火) 22:53:09 ID:r9Vh7sRA0
ビリビリした雰囲気だ。
シケリペチムはまさに野望の王国!



人が増えてきた感じがしていいですね、最近。
こちらも頑張ってみます。


「それで…ナ・トゥンクは内乱の末に滅んで、だな…ここにはカルラゥアツゥレイという新しい國が…出来たわけだ。」
そう言って、小枝のチョークで砂地の黒板にいろいろと文字を書き加える。
「…質問があるんだけど。」
そこで姉妹の次女が口を挟む。
「何かな?」
「それだけずっと内乱をしてたんならさ、隣の國とかが隙を付いて攻めて来たりはしてこなかったの?」
「いい質問だ。…この時、近隣で最も大きな國であったトゥスクルは…」
柳川の講釈は続く。それを、三人の女性はほうほうと頷きながら聞いていた。

「もしよろしければ、妹達に歴史を教えてあげてくれませんか?」
そう宿の長女に言われたのがきっかけだった。この村に来てから既に五日程経ち、
宿賃はクンネカムン皇家の方から出ているとはいえ、流石に肩身が狭いと感じ始めてきた矢先の事だったので、
二つ返事で快く引き受けた。
幸い、オンカミヤムカイの資料室で司書紛いの仕事をしながら、本を読み漁っていた時の知識があったので、
その引き出しから適当な物を見繕ってくるだけで、歴史家ぶって講釈を垂れる事が出来た。
とはいえ、教師の仕事はただ知識をひけらかす事ではない。生徒の向学心を刺激する事こそが一番重要である。
そう考えた柳川は、クンネカムン建國からの、比較的新しい歴史を教える事にした。
(自分達に関係のありそうな事なら、興味を持つと思うんだが…どうだろうか?)
幸い柳川の思慮は功を奏し、少女達は時折質問までするような積極性を発揮し、柳川の話に聞き入った。
ただ…
「…何故、貴方まで話を聞いているんですか?」
講義の最中、ふとそう言って、意図していなかった生徒、もう少女とは呼び辛い年齢であろう女性に視線を向ける。
「え、え、えっ?…え、えへっ。」
可愛く笑って誤魔化そうというのだろうか。
(…老婆心ながら、もうそういう歳ではないと思うんだが。)
口には出さないが、そんな失礼な事を考える柳川だった。
「…話の方は、面白かったですか?」
講義が終わった後、そうこの宿の女将に声を掛けてみる。
「…え、ええ。ついつい私も聞き入ってしまって…ご迷惑でした?」
「いや、そういう訳ではないのですが。」
なんとなく、自分と同年代であろう女性に歴史を教えるという貴重な体験に、妙な違和感を持った、というだけの事だった。

そう、柳川の講義を聞いていたのは三人。次女のアズサ、四女のハツネ、そして…長女のチヅル、である。
チヅルは、自分から妹達に歴史を教えて欲しいと言っておいて、
いざ講義を始めるとなると、ちゃっかり自分も参加していたのだ。
…その事自体は、前述の違和感以外に問題は無いのだが、
(最初からそのつもりなら、妹達に、とは言わずに、私達に、と言えばいいのに…)
長女としての体面、というものがあったのだろうか?

それは兎も角、その長女の行動とは裏腹に、三女のカエデは最初っから講義になど興味は無いらしく、
自分の部屋に篭ったまま出てこなかった。
それはそれでいい。こんな事を強制する気はないのだから。
だが…柳川は思うのだ。
(もしかして、彼女が興味を持っていないのは講義ではなく…)
自分達、ではないのかと。
それから数日。部屋に押し込められて一週間以上が経過してしまったヌワンギは、
もうそろそろ部屋でゴロゴロするだけ、というのも限界のようで、
不機嫌を顔に出すどころか、その行動にも出し始め、もはやその鬱憤の解消は急務と言えた。
そこで、柳川は女将を含めた宿の姉妹達と相談し、近日中に宿の全員で海に行く事にした。

そして当日。柳川は、女将が知人から借りたという馬車の手綱を握り、のんびりと港町に続く道を往く。
その横では、日の光を眩しそうにしながらも、遠くを眺め海に想いを馳せる女将がいる。
街道を吹く涼風が、彼女の長く綺麗な黒髪をたなびかせ、時折それが芳しい香りと共に、柳川の肩を撫でる。
…よくよく考えてみれば、ここの女性達は皆かなりの美人である。
ヌワンギは、どうもエルルゥ以外の女性にはあまり興味が無いみたいで、
二人での会話でも彼女達の容姿は全く話題に上らなかった。そういうヌワンギのある意味でのストイックさに引っ張られたせいか、
柳川の方もなかなか彼女達に下心が湧かず、ここまでそういう気は全く起こらなかったのだが…
今の状況なら、そういう気が起こってもいい筈である。何しろ、美人と海に行くのだから。
(美人と海へ…か。戦場をうろつく事に比べれば、まさに天国なんだろうが…)
だが何故か、この一見幸せな状況自体に、何故か説明し難い違和感を持ってしまうのだ。
柳川は思う。その違和感は、ここクンネカムンに入ってから、ずっと心の片隅にしこりの様に残っていたのではなかったのか?

視線を馬車の中に向ける。
ヌワンギが、アズサやハツネとなにやらカードのような物を使ったゲームをしている光景がそこにはある。
そして…やはりカエデはそこには居ない。女将と一緒に誘ってはみたのだが、
静かに二、三度首を横に振り、その申し出を断ったのだ。
もしかしたらそれは、曖昧な遠慮などではなく、はっきりとした拒絶。

…不意に湧き上がってきた嫌な感情を振り払おうと、視線を目的地の方角へ向ける。
「…こんなに…いい天気なのに。」
誰に言うともなしに、柳川はポツリとそう呟いた。
ヌワンギが水の中でもがいている。その犬掻きとも呼べぬ醜態から察するに、どうやら泳ぎは下手らしい。
その様子を、アズサは笑いながらからかい、ハツネは真摯に応援している。
「…楽しそうですね、三人とも。」
姉というよりは、母親のような表情を浮かべて女将がそれを見つめている。
「ヌワンギも…これで機嫌を直すといいのですが。」
その横に座る柳川の表情も、ひょっとしたら手の掛かる子供を持った父親の表情、なのかも知れなかった。

五人は今、海岸で水遊びに興じている。と言っても、実際に遊んでいるのは年少組の三人で、年長組は日陰で休んでいる。
柳川が休んでいるのは、カエデの事があったせいで、水遊びという気になれなかったのが理由なのだが、
果たして、女将も休んでいるのは如何なる理由であろうか。
「…チヅルさんも遊んできたらどうですか?」
それとなく勧めてみる。
「え?…ええと、私は…こうして見ているだけで楽しいですから。」
そう言って曖昧に笑う。それを誤魔化しの笑みだと感じた柳川は、本当の理由を尋ねようと、少しからかってみる事にした。
「…長女の体面、というヤツですか?」
「…どういう意味です?」
柳川の言っている事が分からない、といった感じで女将が聞き返してくる。
「だって…」
柳川はアズサの方を指差す。この世界には柳川の世界でいうところの水着、という物が無い為、
少女達は、水を吸収しにくい素材で編んだ、色気のないワンピースの服を着て水遊びをしているのだが、
アズサはそんな物では隠す事の出来ない程抜群の…
「何が、言いたいん、です…か?」
「ヌワンギー!泳ぎ方を教えてやるぞー!」
急に下がった気温に命の危険を感じた柳川は、急いでその場を離れるのだった。
…宿に帰って来た時にはもう、日は沈みきっていた。
少女達は疲れ切った体を休めようと、就寝の挨拶をヌワンギ達と交わしてすぐ、自分達の部屋に帰っていった。
それを見届けたヌワンギも、
「俺も…眠いから寝るわ。」
そう言って、欠伸をしながら部屋に戻る。そして、
「今日は…ありがとな。」
ヌワンギが入った部屋の中から、そんな台詞が聞こえたような…気がした。
自然に浮かび上がろうとする笑みを、柳川は必死で抑える。
…あれから女将が機嫌を損ねたせいでいろいろあったが…本当に、いろいろあったが…
それでも今日はいい日だった、と今素直に思えた柳川だった。

…だが、そんな幸せな気持ちは、柳川が自分の部屋に戻る頃には、とうに消えて失せる事になる。
悔恨の念で…全てを塗りつぶされてしまったのだ。どうして…こんな愚かな事をしてしまったのかと。
「…よそ者、という事で警戒している気持ちは分かるんだ。
 でも…こっちとしては、カエデちゃんとも仲良くしたいと、思っているから。」
…廊下で鉢合わせた少女に、どうしてそんな事を言ってしまったのか。
「血の匂いが…するんです。」
「…は?」
…少女が、自分達の何を警戒していたのか、何故…察する事が出来なかったのか。

「貴方達から…血の匂いが…するんです。」
「………」
「…おやすみなさい。」
あいだに十分な間を空けて、少女は柳川の横を通り過ぎた。
柳川は、暫く動けずに立ち尽くす。
(何故…こんなにも気付いていない振りが出来たんだ?)
…自分達が、警戒されて当然のよそ者であるという事に。
485名無しさんだよもん:2005/09/21(水) 18:59:52 ID:EkgLffXE0
ハァハァ
486名無しさんだよもん:2005/09/22(木) 04:10:21 ID:en1Xw+pT0
原作と同じシーンなのに、人が違うだけでこうも変わるのか……。
487名無しさんだよもん:2005/09/29(木) 08:59:22 ID:C2K6tdoYO
ほしゅ
488名無しさんだよもん:2005/10/03(月) 22:42:30 ID:OZQU4Nxr0
hoshu
489ヌワンギパラレル作者:2005/10/09(日) 14:26:07 ID:jzZhTA0/0
すいません。今日投稿するつもりがまた忙しくなってしまいました。
明日、投稿できると思います。遅れてすいません。
490名無しさんだよもん:2005/10/09(日) 19:51:48 ID:5Ofou+PsO
>>489
いやいや、焦らずマイペースでやって下さいな。
待つのもまた一興なんでw
491名無しさんだよもん:2005/10/09(日) 23:14:41 ID:oS9rc3lW0
本心としては一日も早く読みたいけどね
492痴態トライアングルとその目撃者:2005/10/10(月) 10:48:19 ID:W2fD1jMrO
「お待たせ」
時間にして2、3分程度。俺が色々かき集めてしたに戻ってくると、どういう訳か妙にリビングがしんとしている。
あれ? 俺はリビングルームを見回した。
どういう訳か、イルファさんがいない。帰ってしまったのか?
いや。
俺はその考えをすぐに否定する。イルファさんは礼儀正しいし、挨拶もなしに帰るとは思えない。
実際、玄関まで行くと、イルファさんの靴がちゃんと揃えて置いてある。帰った訳じゃないようだ。
でも、大豪邸じゃないんだから、迷子とかでもなさそうだし。じゃあ、わざと隠れてるのか?
もしかしたら、イルファさんって実は隠れんぼまでして人を驚かせるような、お茶目な事までしてしまうアンドロイドなんだろうか? その線もなくはないけど……。
そう思って、もう一度、手近な所を覗いたりしてると、不審な場所が一箇所あった。
トイレだ。
普段は電気を消しているはずのトイレに、どういう訳か電気が点いている。なるほど、イルファさんはここか。
だけど、電気を点けてしまっては頭隠して尻隠さず。
そんなおちゃめなところが、なんとなく悪戯心を誘ってしまう。
俺はそっとトイレの扉の横に立ち、ドアノブに手をかけた。中から声とかは聞こえないけど、ここで間違いはないだろう。よし!
俺は1回深呼吸すると、一気に扉を開け放った。
「イルファさ……ん?」
493痴態トライアングルとその目撃者:2005/10/10(月) 10:55:19 ID:W2fD1jMrO

今朝は雨音で目が覚めた。
隣では楓が静かに寝息を立てている。
ここ連日毎夜の出歩きで、流石に疲れてきてるんだろう。
…千鶴姉と初音が相次いでいなくなって以来、一日と欠かさず街中を二人で探し回ってるんだから、当たり前と言えば当たり前なんだけど。
しかもどいうう訳か、二人とシンクロできないのも、楓の精神的な負担になっている。
毎日毎日「まさか」の悪寒を抱きながら探してるんだ。その疲労度はアタシの比じゃないだろう。
起こさないようにそっと布団から出て、身支度を整える。
(早く朝飯作んないとね)
人間、腹が膨れればそれだけでいくらかでも元気は出る。食べた物が美味けりゃもっと出る。
だからアタシは飯を作る。これが今、アタシができる事の中で一番大切な事だと思ってる。

っと、その前に耕一が起きてるかどうか見とかないとな。起きてたらリクエストを訊いときたいし。
こないだみたいに股間おっ立てて寝てたら………放っとこ。

耕一の部屋の障子戸に手をかける。
さて、起きてるといいんだけど…。
「耕一、入るよー」

ガラッ

「………え」
494痴態トライアングルとその目撃者:2005/10/10(月) 11:00:30 ID:W2fD1jMrO
「…ごめんなさい…あたし…あんたの事が好き…」
「…………」
「だから…もうあたしに優しくしないで…。
あたし…バカだからさ…優しくされると勘違いしちゃう…。
これ以上…優しくされちゃ…もう耐えらんなくなるよ…」
「お──…俺はおまえの事──」
「朋也っ…!」
俺の言葉より先に、杏の小さくも鋭い声。
口にしかけた言葉を、喉に引っかけたまま杏を見る。
「朋也……あたしは…藤林杏よ」
「………」
「藤林椋じゃないの…」
「──っ…」
その名前を言葉にされる事で、身体の中を何かが駆け抜けた。
それはまるで高い所から地面に叩きつけられた様な衝撃にも似た──。
血液が沸騰したかの様な、熱さと痛みをはらんだ、どこか冷たい感覚…。
「………」
ゆっくりと腕をほどかれる…。
温もりが消えていく…。
雨がこれ程までに冷たい物だと感じた事は無かった。
身体だけじゃなく、心まで…。
俺の全てを凍り付かせてしまう様な…冷たい冷たい雫…。
背中を向けたまま、杏は一度目を閉じた。
そしてそのまま小さく笑って言う。

「ばいばい…」

495痴態トライアングルとその目撃者:2005/10/10(月) 11:02:27 ID:W2fD1jMrO
俺は──…言葉が出なかった。
言いたい事はあったのに。
声を出したかったのに…。
全て喉の途中で引っかかった…。
全身、雨で塗れているのに、喉だけがカラカラに乾いて張り付く感触。
足が地面に凍り付いてしまった様に動かない。
遠ざかっていく背中を、ただ目で追う事しかできない。
ボタンが杏と俺とを、交互に戸惑いの目で見ていた。
少しして、杏の後を追いかける様に駆け出す。
彼女の姿が、俺の視界から消えた時…。
「…杏…」

漸く、たった一つの言葉が喉を震わせた…。

耳には…いつまでも雨の音だけが、痛く鳴り響いていた…。


…杏の捜索届が警察に出されたのは、その二日後だった。
496痴態トライアングルとその目撃者:2005/10/10(月) 11:03:45 ID:W2fD1jMrO

「「「え………」」」


───さて、よく思い出してみよう。

アタシは朝起きて、最初に軽くシャワーを浴びた。
それから軽く朝食を摂ってから、いつものように木田クン達を探すがてら、コーディリアを散歩に連れに家を出た。
それから……それから………あれ?
なんでアタシ達はこんな森の中にいるの? 住宅街にいたはずなのに。
なんでアタシ達の目の前に、

ぱんつはいてない女の子
と、
寝間着を着て勃たせてる男の子
と、
ずぶ濡れで泣いてる女の子(+うり坊)
がいるの?

「き………きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「う、うわあぁぁぁぁぁぁ!!!」
「え………あれ? …とも……や………は?」
「ぷひ!?」
「……ねえコーディリア。アタシ、どうしたらいいと思う?」
「クゥ〜ン……」
497名無しさんだよもん:2005/10/10(月) 12:46:22 ID:DBy3U3NJ0
久しぶりに増えたー。グッジョビ!
498名無しさんだよもん:2005/10/17(月) 01:29:07 ID:q7AHQaDs0
期待sage
499裏山のガンマン:2005/10/17(月) 02:58:02 ID:qx51pTGA0
「っかしーなぁ、みんな何処にいったんだ……」
昼間だというのに薄暗い森林の中、髪を金色に染めた青年が独り当て所もなく彷徨っていた。
かれこれ3時間は歩いただろうか。幾らなんでもこれだけ直進すれば民家の一つ、道の一つも見えそうな物だと青年は考えたが、目の前には人の手が全く加わっていない苔が幹を覆った木々や花も咲かせていない草が獣道ほどの間もなく生い茂り、彼の行く手を阻んでいた。
「くそぉ、絶対こっちだと思うんだけどなぁ」
既に方向感覚がいかれたとしか考えられない状況だが、彼は敢えてかそれとも本能か、その手の思考を全くしなかった。ただひたすら自分の選んだ道を愚直なまでに突き進む。
「くそぉ……なんで僕ばっかりこんな目にあうんですかねぇ!」
既に半分くらいヤケになって叫ぶ。
周囲からは鳥のさえずりや草葉の風に揺れる音だけが返ってくるだけだ。
「岡崎ぃ〜!杏〜っ!」
ダメ元で知り合いの名前も叫んでみるが、やはり何の返事も無い。ここで山彦でも返って来ようものなら喉が枯れるまで叫んでしまいそうな心境だったが、どうやらそれも叶わないらしい。
青年はさっきまで手に汗握りながら掴んでいた玩具の取っ手を握りしめながらさらに奥へ奥へと進んでいった。
500裏山のガンマン:2005/10/17(月) 03:03:02 ID:qx51pTGA0
「………腹へったなぁ、昼も結局岡崎のせいで食べそびれたから二食抜いてるんだよなぁ」
実際には学校に遅刻しかけた為に朝も抜いており、丸一日何も口にしていないのだが、空腹という事実の前にはそれは些細な事だった。
あれからもひたすら道無き道を突き進んだが無情にも何の成果も無いまま陽は落ち、周囲は冗談抜きに漆黒の闇が支配していた。
陽の光が通らない新緑の屋根を抜けて月明かりが届く筈も無く、既に足元はおろか手元さえもおぼつかない為、手探りで探し当てた木の幹に寄りかかって休息を取っていた。
尻の辺りが地面や落ち葉に染みた湿気を吸い込み下着までべっとりだったが、そんな事を気にする体力が残っている筈もなかった。
「くそぉ、岡崎も杏の奴も絶対僕の事忘れて帰ったな……」
そんな事を呟きながら、山の中を懐中電灯で照らしながら自分のことを探し回るへそ曲がりな親友の姿を想像した。あまりのありえなさにちょっと頭の中がこんがらがる。
「想像の中ぐらいほんの少し希望を持たせてくれてもいいですよねぇっ!」
そんな事を呟きながら体温を少しでも奪われないようにポケットに手を突っ込む。そこには今日一日放課後を共にした相棒が納まっていた。
「あ〜……寮に帰ったら返しに行かないとなぁ」
その相棒を握りながら本来の持ち主である赤毛の男の事を思い出す。
(そういえばあの人は何処の誰なんだ?………まぁ、岡崎にでも聞けば判るか)
その思考を最後に、何処からか響いてくる猛禽類の鳴き声を子守唄に彼はゆっくりと瞼を閉じる。

………その瞬間、違和感を感じた。

目を開いて耳を澄ましてみるが、特に違和感は無い。さっきと同じ薄暗い森の中だ。
しかし、丸一日近く山の中で過ごした彼の耳には、その違和感は幻聴ではないように思えてならなかった。
再び何かが小さく鳴る、何かが爆ぜる音。
再び瞼を開き、自分の手をポケットから出してじっと見る。
目が慣れてきたのか、うっすらとではあるが自分の掌が浮かんで見える。
既に疲労困憊の足腰に鞭を打って彼は立ち上がり、ゆっくりと周囲を見渡してみる。
501裏山のガンマン:2005/10/17(月) 03:06:41 ID:qx51pTGA0
「…………………灯り?」
闇になれた彼の瞳は、その僅かに木々の隙間を抜けてきたか細い光を見逃さなかった。
空からでなく、地上に燈る光は人間を連想させる。人間が居るなら食事や宿にもありつけるかも知れない。
彼は夜露やら地面の湿気やらでずぶ濡れになったズボンを引き摺りながらその明かりに向かって走り出した。
彼の眼前を照らす光は少しずつ強くなり、ようやく人里にたどり着いた喜びと空腹で唸りをあげる胃袋に力を与えた。
目の前の光は段々強くなる。
               強く激しくなる。
目が痛い。
                 眩しい。
もう目を開けていられない。

―――閉じた瞼の裏が希望で真っ赤に染まっていく―――


「…………なんだ、これ」
青年は、ゆっくりと瞼を開いた後に呆然と呟く。
そこに望んだのは明かりの燈る人家、人の温もり。
そこに在ったのは燃える人家。冷えた人型。
目指した先にあったのは、暖かい光と胃袋を充たす食事ではなく、肌を刺す熱線と、胃袋を掻き乱すような吐き気だった。
502名無しさんだよもん:2005/10/17(月) 09:31:19 ID:5qB1sFpTO
陽平もう出てるよもう出てるよ陽平
503名無しさんだよもん:2005/10/17(月) 11:33:04 ID:Ri6kbMB30
リレーってわけじゃないし別にいいんじゃね
504499書いた奴:2005/10/17(月) 12:55:52 ID:qx51pTGA0
劣情と勢いに任せて書いてみた。まだ反省はしてない。
春原NGだったら辞めとく。まだ序盤しかプロットできてないし。

NGの場合、書いて欲しいキャラとかネタなss書けそうなキャラキボンヌ
知らないキャラだった場合は音も無く消えるけど。
505名無しさんだよもん:2005/10/17(月) 13:58:56 ID:JRLiAjic0
各々好き勝手に書いているのでそのまま春原で。
>>499

自分も似たような感じでしたが、続けて書いてますし、別にいいんじゃないですか?
面白そうな話ですし、出来てるプロットの分だけ書いてみるのはどうでしょう?

…後、遅れてすいません。ここ一週間、死ぬほど忙しくてSSどころではありませんでした。
今もまだ忙しいんですが、根性で連投。


その想いを諦めようと思った事は何度もある。
恐らくはもう…彼女の心の中には、ヌワンギの入り込む余地など残ってはいないのだから。
だが…結局ヌワンギは、そんな事など出来ないままに、掌の中で小瓶を転がしながら、彼女の事を想うのだ。
皇都での暮らしに慣れたのだろうか、日々を楽しく過ごせているのだろうか、
薬師の勉強は続けているのだろうか、ハクオロは…優しくしてくれているのだろうか…

…会わないと決めた以上、それを確認する術はないし、
トゥスクルから遠く離れたこの地では、ヌワンギは精々祈る事ぐらいしかできない。
ヌワンギはふと思う。その思慕の強さに比べれば、何と薄い絆なのだろうと。
…昔は切れる事など無いと信じていた、太く強い筈の想い人との絆は、今や辛うじてこの小さな瓶が繋いでいるのみである。

(紐でも付けて、首に掛けておくってのもいいかもな。)
肌身離さず身に着けておこうとするなら、そうした方がいいのかもしれない。
そうすれば…もしかしたら、今までも、そしてこれからも心の片隅を支配し続けていくだろう、
幾許かの寂しさを癒してくれるのではないだろうか?
そうしてヌワンギが荷物袋の中から丈夫な紐を探そうとした矢先、部屋の戸をやや控えめに叩く音が聞こえた。
「…ヌワンギ、ちょっといいか?」
「…で、結局どうなるんだ?」
柳川の言葉が、どうも結論をぼかしている様に聞こえたので、ヌワンギは念を押す。
「…後二、三日はこのまま。その後は、こちらから何とか急いでもらえるように連絡を取ってみよう、と思う。」
…つまり、対策らしい対策は今の所無い、という事らしい。

柳川がヌワンギの部屋に来た理由。それは、旅の間は酒の肴に楽しんでいた、これからの予定の相談である。
ともすれば暗くなってしまいかねない話題だけに、酒を飲みながら冗談交じりでするのが慣例のこの相談…
今日の柳川は、なぜか酒を持って来ていない。普段は嫌味なほどに気の利くこの男にしては、らしくない行動である。
「ハッキリしねぇなぁ…別に、ここにいくら居ても俺達が困る事は何も無いわけだし、
 …そりゃあ、ここにきた目的は別にあるわけだけどさ、それもここで待っていりゃあ済む話だろ。
 それなら、向こうから何か言ってくるまで、こっちから急ぐ必要なんてネェと思うけどな。」
「そうは言ってもだな…」
柳川は、ヌワンギのいつもながらの楽天的な考え方に異論があるようだが、それにしては歯切れが悪い。
おかしい、とヌワンギは思う。
柳川は、いつもハキハキと言いたい事を口にする男で、もし反論があるのであれば、こんな風にグズグズしていない。
(良く考えてみりゃ…ここ暫くは調子が悪そうだったな、コイツ。)
そう…海から帰ってきてからこれまで、なにやら迂闊に人には喋れぬ悩みを抱えているようだった。

「…何考えてんのか分かんねぇけどよ、言いたい事があるんなら、サッサと言っちまったらどうだ?
 さっきかららしくねぇぞ、お前。」
ヌワンギのその発言に、柳川は暫し腕を組み何かを考える。そして…
「…なあ…ヌワンギ。…ここに来てから…いや、クンネカムンに入ってからだ…
 何か、違和感のようなもの…もう少しはっきり言えば、疎外感…だ。そんなものを持った事は…ないか?」
やはり歯切れの悪い口調ながらも、柳川はそう告げた。
もうこの宿に来て半月は過ぎた…だというのに、クンネカムン皇都からは全く音沙汰が無い。
それを不安に思うのは当然の事だ。だが…ここまで来てしまった以上、今は待つしかないのは柳川も分かっている筈である。
それなのに、柳川はただここで待つ事に焦りを感じ始めている。その結果のらしからぬ相談なのだろう。
「…そがいかん、ねぇ…」
庭に面した廊下に腰掛け、ヌワンギは柳川の言葉を反芻する。
(確か…よそ者だと感じる、みたいな意味だったよなぁ…)
…果たしてそれは本当に、柳川の焦りの原因なのだろうか?

「…何をしてるんですか?」
後ろから女性の声が聞こえた。
暫く考え込んでいたからか、その接近に全く気付かなかった事にまず驚く。
この声は…恐らくここの女将である。その声色から優しさと好奇心のようなものを感じたから、
別に不審に思って声を掛けたのではなく、ただ単に、ヌワンギが何をしているのか知りたかったのだろう。
「え、えっと…庭、庭を見てたんだ。」
別にそんな言い訳をする必要は無かったのだが、不意に驚かされてしまった恥ずかしさからか、ヌワンギは咄嗟にそう口にした。
「…綺麗でしょう?この庭は…少し自慢なんです。」
「そ、そうだな…」
どうやら女将はその言い訳を疑っていないようである。そこで、ヌワンギは改めて眼前に広がる庭を見つめる。
今まで考え事に集中していた為、視界には入っていたがまるで気にしていなかったこの庭は、
言われてみれば確かに綺麗である。夕食前のこの時間、夕日が射してやや物悲しくはあるものの、
それが逆にこの庭の自然な美しさを際立たせている。
良く手入れされているであろう、こじんまりとした木々。その根元に生える青々とした苔。
そのやや手前の池は、時折夕風が水面を乱し、夕日の美しい朱でキラキラと輝いている。
そして、そのまた手前からヌワンギの足元まで伸びる砂地は…
(あれ?)
なぜか足跡やら、何かを書いた跡やらでごった返しており、ここだけは…美しくない。
ヌワンギがその砂地に目を向けている事に気が付いたのだろう。
「ここで…お昼過ぎに柳川さんが歴史を教えていたんです。」
女将がそう教えてくれた。
「…ああ、そういえばそんな事もしてたなぁ。」
そう言って、いつの間にか隣に座っていた女将に目を向ける。
その視線に気付いた女将は、悪戯がばれた少女のようにはにかみながら、
「実は…私も教えてもらってるんです。」
と言い小さく舌を出した。

柳川がどのように講義をしているか、どんな風に彼女達と接しているか、
そんな事を、その後のんびりと聞いていた。他人から聞く柳川の姿というのもなかなかに面白くはあった。
(でも…何かおかしいな。)
その柳川の様子が、自分の知っているそれとあまり変わらない事に、ヌワンギは逆に違和感を抱き始めた。
「…なんかさぁ。」
「はい?」
「聞いていると…随分打ち解けてるみてぇだよな。」
「そうですね。妹達も…そういえば、不思議なほど馴染んでますね。」

「…それでか。」
「え?なんですか?」
柳川の言う疎外感の正体も、ああまで焦り始めた理由も、朧げながらも見えてきた。
思えば…器用に見えて不器用な男だった。こんな、ヌワンギにとっては、はっきり言ってどうでもいい事で、
自分から周りと距離を置こうとする。でも…そういう男だから、ずっと信頼してこれたのもまた、確かなのだ。
「あのさ…女将サン。」
何やらヌワンギが急に態度を変えたので、女将はやや焦りながらも、
「えっと、何ですか?」
と答えた。
「どうやったら、皇都に早く戻れると思う?」
その質問に女将がどう思ったかなどヌワンギには分からない。ただ、女将は少し考えるような仕草をした後、
「待つのにも…飽きてしまいましたか?」
と尋ね返してきた。
「ああ、確かに部屋で待つだけってのは結構大変なんだよ。
 …それに、やっぱ俺達みたいなのは、ここにあまりいない方がいいよ。」
「それは、どういう意味ですか?」
「意味っつってもなぁ…」
「自分達が男性だからとか、シャクコポル族ではないからだとか、そういう意味、なんですか?」
「ああ、いや、そういう事じゃネェんだ。ただ…」
「…ただ?」
どうも上手く説明出来ない。柳川ならば上手く言い含める事も出来るのだろうが、ヌワンギはどうもそういうのは苦手である。
結局、散々悩んでから
(上手く説明するのは…無理だな。)
そんな風に諦めて、拙いながらも自分の言葉で何とか説明する事にした。

「あの…あのさ。ここ、平和じゃねぇか。」
「え?ええ…そうですね、争い事なんて殆ど起こりませんし…」
「でもさぁ…俺達の見てきた世界は、こんなんじゃなかったんだよ。」
「…それは、ここの外の話…ですか?」
それならば、女将にも十分に心当たりはある。何しろ、柳川の講義で知ったクンネカムンの外の歴史は、
戦乱や圧政などの不穏当な言葉に満ちていたと言っても過言ではなかったのだから。
「少なくとも…俺の知ってる世界は、どれもこの國とは全く違うな。」
「…それが、理由なんですか?」
女将も、なんとなくヌワンギの言いたい事が分かってきた。
「平和を異質と感じ取ってしまうくらい…戦いに慣れきってしまったんですか?
 …外の世界というのは、そうも過酷なんですか?」
まるで母親に問い詰められるような口調で、そう尋ねられた。
…ヌワンギはその問に答える事は出来ない。その問に答える術など、最初から持っていないのだから。
結局、ヌワンギはその沈黙を破る事の無いまま席を立った。
それで、夕食前の二人の会話は終わったのである。
今日の夕食はなぜか妙な雰囲気だった。
普段は自分達の旅の事や、その時立ち寄った國々の事など、いろいろと聞いてくる女将が、
今日に限ってはだんまりで、妹達もそれに倣ったのか、口数が少なかった。
その上奇妙な事は重なるようで、あの空気を読めない筈のヌワンギまでもが、
その雰囲気に合わせたかのように、まるで言葉を交わそうとはしなかった。

「どうしたんだろうな…」
柳川は、夜道を散歩しつつ、今夜の静かな夕食について考えていた。
…そりゃあ、一日や二日は女将が元気の無い日があっても全くおかしくはない。
ヌワンギも偶には無口になるだろう。そして、今日はたまたまそんな日が重なった…と思えなくもない。
いや、そう思えれば気楽にもなれるのだが、心配性な柳川は、どうしてもそんな風には考えれないのだった。

そうして考え事をしながら散歩を続けていると、見覚えのある街道に辿り着いた。
(ここは…この村に来る際に通った道か。)
あの時は、二人疲れ果てながらも、星を眺めいろいろ楽しく話し合った。
(あれは…刀座、だな。)
本来は北斗七星、大熊座の尻尾に当たるそれは、ヌワンギが
「あれさぁ…俺の刀に似てるじゃねぇか。だから刀座。」
そんな事を言ったから、その日から刀座になった。
…あの日の事を、思い出してみる。
そう、刀座が出来た後だ。
「…そんな物騒な物、空に作るな。」
とつっこんではみたが、気分のいい時のヌワンギは、そんな事は聞きもしない。
「…それでさ、その横のが俺の着てた鎧と兜に似てるから、鎧座と兜座だな。」
「一つはかんむり座だな。惜しいと言えば、惜しい。」
「後は、ヌワンギ座を作れば、完成!…ああ、ついでに柳川座も作ってやるよ。」
「…柳川座は、いらない。」

そんな事を話した後、ヌワンギを相手にも滅多に話した事の無い、自分の世界の話をしてみた。
…柳川の世界では、人類は月に行った事がある、という話を。
勿論最初は、
「…そんな馬鹿な事、いくらなんでも出来るワケネェじゃねぇか。」
と笑いながら聞いていたヌワンギも、本当だ、と念を押すと、どうやら信じ始めたようで、
「それじゃあさ、ヌワンギ座には行ったのか?」
と、星空を指してとんでもない事を言ってきた。
「…ヌワンギ座は、まだまだ遠いな。」
苦笑しながらそう答えた。…まあ、行けたとしても、ヌワンギ座には行きたくない。
「…いつ、行けるんだろうな。」
その呟きを聞き、柳川は星空から一時視線を外し、ヌワンギの方を見た。
そこには、星空を見詰めながら、その時ばかりは歳相応の純粋な青年のような顔をしているヌワンギが居た。
…柳川は、もう一度空を見上げる。

人の気配の絶えた街道に、ポツンと旅人が二人。そして、二人は満天の星空を眺め、
宇宙旅行の夢を見た。地を這うように進む今の旅に比べれば、それは限りなく自由で、限りなく夢に満ちていた。
…そうして過去に想いを巡らせていた柳川だが、不意に現在に引き戻された。
この近くに、自分以外の人の気配を感じたのだ。
…もう夜も深い。いくら治安はいいとはいえ、こんな時間にこんな所を散歩するのはあまり感心できる事ではない。
それに…この気配は覚えがある。…これは、恐らく…
「…あの娘か。」
柳川の脳裏に浮かぶのは、自分を、いや、自分達を血の匂いがすると言って避けている少女。
…そしてその少女は、この闇深き中を全く迷う事なく、柳川の通った道を辿り、柳川の下に近付いている。
それはまるで、この少女も柳川と同じ、人の気配を探知する能力を持っているのかのように。

そして少女は、柳川から十メートル程度離れた場所まで進み、ピタリと立ち止まる。
…そこから先へは進みたくない、と言わんばかりに。
この距離では、会話は辛うじて出来るだろうが、お互いの表情が全く分からない。
「…こんばんは。」
柳川は当たり障りのない夜の挨拶をする。…返事は期待していないが、この距離を保ったまま、
お互い沈黙し続けるのも嫌なので、これが柳川の取り得る最も無難な選択肢と言えた。
だが少女は、柳川の予想を裏切る。
「…こんばんは。」
辛うじて聞き取れる程の細い声で、柳川にそう挨拶を返したのだ。
少し面食らいながらも、もしかしたら、今ならちゃんとした会話が成立するのではないだろうかと期待を抱いた柳川は、
「…何か、用事でもあるのかな?」
そう、優しく言葉を続けた。
表情は見えないが、どうやら少女は迷っているようだった。柳川の問に答える為に、言葉を選んでいるような、そんな印象を受けた。
「…姉さんは、迷っています。」
「ね、姉さん?」
少女の言葉は唐突に過ぎる。この言葉だけでは、まるで意味が掴めない。
(この娘が姉さんと呼ぶのは二人…恐らくは、女将さんの方か。)
とりあえず今分かるのはこれだけ。後は…聞いてみなければ分からない。
「姉さんというと…女将さんの事だよね。」
少女はまず沈黙を以てそれを肯定する。そして、静かに言葉を続ける。

「姉さんの仕事は、判断する事です。」
「…判断?」
「その人が、クンネカムンに害なす者かどうか。それを判断し、皇都に報告する。
 …他國の間者かどうかとか、そんな事を調べる仕事なんです。」
「なんだって!?」
思わず声を荒げてしまう。…が、こんな事を聞かされてしまっては仕方が無い。何故なら…
「…俺達は、監視されて…いたのか?」
…そういう事になる、なってしまうからだ。
よく見えないのだが、どうやら少女は頷いたようだった。
「…ヌワンギさんの素性は直ぐに割れました。…そして姉さんは、今のヌワンギさんなら問題無い、と判断しました。」
「………」
こちらの心の準備などお構い無しに話を進める少女に、柳川は追いつく事が出来ない。
「姉さんは、貴方をどう判断すればいいか迷っています。
 …早く皇都に戻りたいのでしたら、この後姉さんと話をしてみて下さい。」
その言葉を最後に、少女は闇に飲み込まれるようにその場を立ち去った。

…もう柳川の心の中にあるものは、満天の星空と宇宙旅行への夢などではなくなっていた。
騙されていたというドス黒い感情に塗りつぶされた、宿での楽しかった筈の記憶。
そんなどうしようもないものに、柳川は酷く、とても酷く打ちのめされた。
515名無しさんだよもん:2005/10/17(月) 18:48:38 ID:u0GHjEdI0
むぅ
516名無しさんだよもん:2005/10/17(月) 23:45:42 ID:q7AHQaDs0
最後の一レスで一気に暗転させたな……。
517名無しさんだよもん:2005/10/17(月) 23:48:31 ID:SWtf7F1o0
最近俺の脳内でヌワンギの性格がこのスレ準拠になりつつある。
518名無しさんだよもん:2005/10/18(火) 03:26:30 ID:ehuoULEQ0
俺も俺も。
ちょっと設定の見直しにうたわれ最初からやったら違和感がw
519続・裏山のガンマン:2005/10/19(水) 04:08:50 ID:eOirsIEc0
轟々と焼ける建物、それ以外の色を封じ込めるかのような真っ赤な光、立ち昇る煙。
至る所から響き渡る悲鳴や怒声、鋭い剣戟。
住む人を護る使命を帯びていた家屋は今煉獄の檻と化し、空に浮かぶ月の光は黒煙に霞み闇を照らす事も叶わず。
赤々と染まる大地の下、打合の音に併せるかの如く奏でられる嗚咽、嬌声、断末魔。
崩れ落ちるは削れ、斬り獲られた沢山の人型・人形・ヒトガタ。


何だ。
ただのお祭じゃないか。よく出来てるな。
―――なんだそれは。
ほら、よくあるだろう?昔から伝わる祭事って奴だよ。この前皆で祭に行った時に藤林ちゃんが言ってた伝統芸能ってやつさ。
―――訳がわからない。
どっか東北であっただろ?わるいこはいねがぁって刺身包丁もって家に上がりこんで来る奴の親戚さ、何も変な所は無いじゃないか。
―――ならなんで。
大体なんでこんな道端であんな大袈裟な練習してるんだよ、ちょっと行って文句の一つもつけてやらないと。
―――足の震えが止まらない。
うわ、何か噴き出たぜ?凄い演出だよな、ハリウッドも真っ青だぜ?
―――今、後ずさりする人影を狙い澄まし、赤い光を照り返して狂刃が舞った。
もしかして映画の撮影?すげーなぁ、僕もチョイ役で出してもらえないかな?
―――足が動かない。歯の根も合わない。
うわ、小さな子供が出てきた。あんな小ささでもう映画デビューなんてすげーよ。
―――そっちへ行くんじゃない、逃げろ。
あ、悪役が子役に気付いたぞ。なんで棒立ちなんだよ。早く逃げないと。
―――もう遅い。間に合わない。
刀が振り上げられた、あの太刀は一体このあとなにを如何するのだろう。
―――何も起きはしない。僕のはそれが振り下ろされるのを見ているだけなのだから。ただ―――
520続・裏山のガンマン:2005/10/19(水) 04:11:01 ID:eOirsIEc0
ガチガチと歯が耳障りな音を立てている。
だが、当事者である青年はその音はおろか、自分の体の異変にさえ気付いていなかった。
完全に理解の範疇を超えていた。
つい先日まで争いと死が結びつく事さえ稀だった現実と―――
―――今正に、なんの理由も知れぬまま幼子の首だけが地に落ちた事実。
その矛盾が彼の身体の自由を利かなくしていた。
吐き気・悪寒・腹痛・頭痛・腰痛・打ち身に擦過傷・筋肉痛。
おおよそ今まで彼が味わった痛みをどれだけ並べてみてもあの幼子の苦しみには叶わないと気付いた瞬間、彼の体はさながら糸の切れた傀儡の様に崩れ落ち、何も入っていない胃袋をひっくり返した。
直ぐ後ろでは未だ業火は荒れ狂い、その炎に誑かされたように人間が歪な踊りに明け暮れている。
いつの間からか続く体の震えは止まらず、未だ自分の口からは絶え間なく音が鳴り続けている。
昨日まで一緒に居た友人の顔が、教師の顔が、姉の様な寮の管理人の顔が、家族の―――大切な妹の顔が―――頭の中を駆け巡った。
怖かった。
怖くて怖くて怖かった。
自分の吐瀉物がその身に付く事も忘れて彼は蹲った。

彼の願いはただ、悪い夢から一秒でも早く目覚め、あの悪友といつものように言葉を交わす事だった。
521続・裏山のガンマン:2005/10/19(水) 04:14:32 ID:eOirsIEc0
どれだけ時間が経っただろうか。
彼は辺りから一切の喧騒がなくなっている事に気がつき、おずおずと隠れていた草むらの中から顔を出した。
夜空には満天の星と、少し大きくなった―――それでも満月には程遠い―――月の船が浮かんでいた。
そして月光に照らされ、浮かび上がる世界に彼は目を覆う。
(………やっぱり、夢じゃ…ないな)
大半が消し炭と化した家屋の残骸に雑草の様に至る所から生えた矢や武具、そして地面をまるで木石か何かのように転がる遺体を目の当たりにし、彼の中にあった僅かな希望は霧散した。
(夢なんかじゃ、ない)
もう一度、噛み締めるように胸の内で反芻する。そして決して音を立てないように、ゆっくりと草むらから這い出した。

(……僕は一体何をしているんだ)
廃墟となった集落で、月の光から浮かんだ建物の影を縫うように歩きながらそんな事を自問する。
考えてみれば、音がしないと言うだけで敵がいなくなったとは言い切れないのだ。
なんの考えも無く飛び出していって音も無く忍び寄られて後ろからブスリ、なんて笑い話にもならないだろう。
でも、このまま見て見ぬ振りして逃げて帰れたとして。
そのとき自分はまた馬鹿みたいに笑えるだろうか。
(………いくら芽衣でも、そんな兄貴じゃ見捨てられたっておかしくないよな………)
それだけは、御免だった。
(だらしのない………馬鹿な兄貴だけど………それでも、そこまで堕ちちゃないっ)
両の手で頬を叩き、自分を奮い立たせて
(…………って、今思いっきり音立てちゃったんですけどねぇっ(;゜皿゜)
ヒリヒリと痛む頬に手を添えながら、月影からさえその身を眩ませて、彼は独り焼けた廃墟を往く。
522名無しさんだよもん:2005/10/24(月) 00:31:53 ID:TrpDgTQu0
この段階ではまだ何とも言えない……
523名無しさんだよもん:2005/10/24(月) 12:49:54 ID:f05rPKOT0
ちょいと失礼。
今までのとは無関係にこみパネタやっていいでつか?
524名無しさんだよもん:2005/10/24(月) 21:33:20 ID:R/LxabJdO
>>523
いいと思う。
別に一本のストーリーにしなきゃいかん訳じゃないし。
パラレルの前例も幾つかあるし。
何より書き手が増えるのは嬉しい。
525名無しさんだよもん:2005/10/26(水) 05:59:17 ID:qtaDDSVR0
>>522
ハンパな状態で放置して微妙な空気にしてスマソ(;´д`)人
まさか一週間も放置する羽目になるとは思わなかった。今は反省している。
と、言いつつまた微妙な所で切れる訳ですが……


ちりちりと肌が焼ける。
既に真っ黒に炭化し、鎮火した周囲の家屋の成れの果てから放出された熱が、まるで真夏の太陽の如く照りつける。
ざくりざくりと焼けた臭いのする地を踏みしめて、春原は出来るだけ辺りを見ないように歩いていた。
辺りで物音を放つのは自分の両足だけのせいか、否が応にも靴音が耳に付く。
そして不意に、足先へ軽い衝撃とともに体中へ響くコツリという小さな物音に、彼は思わず地面に目をやってしまう。
「うっ………」
呻いて、口を手で覆う。しかし視線はそれからなかなか外れてくれない。
それは先程まで、自分のものと同様に食事を摂ったり、様々な物を作り出したり、きっと誰かと繋がっていただろう、人間の腕の残滓だった。
ようやく視線を空へ向け、出来るだけ思考をクリアにしようとする。だが、頭に浮かぶのは先程から目にした焼け爛れた人の顔であったり、百舌の速贄の如く何本もの槍で胴を貫かれた人の体など、自分の心を更にかき乱すものばかりだった。
「………ちくしょう」
それが何に向かっての憤りなのか、それは吐いた春原自身にも判らなかった。
ただ彼の内には、言葉では表現できない混沌とした感情が渦巻いていた。
足を前に進める。
ゆっくりと、だが大きく足を開いて。
耳をそばだてて、地面をなるたけ見ない様に周囲を見回していく。
何度も倒れた人の体に躓いて、嘔き、歩みを止めながらも春原は自分以外に動く物の無い街中を彷徨う様に歩き続けた。
そうしてどれだけの時間を費やしただろうか。やがて彼の目の前には、丸太の塀で囲われた大きな屋根が入ってきた。
526名無しさんだよもん:2005/10/26(水) 05:59:51 ID:qtaDDSVR0
「あそこで………最後か」
崩れた門の前に立ち、呆然とつぶやく。

自分の中の勇気を振り絞る為に、敢えて口にして重たい足取りに喝を入れて。
春原は観音扉がついていたであろう門をくぐった。
塀を抜けて屋敷をまじまじとみつめると、どうやら火矢を大量に浴びせられたらしく、屋根に当たる部分は骨組み部分を除いてごっそり抜け落ちており、母屋自体もまるで身を食べられた後の魚の骨の様な無残な姿だった。
「だれか………誰か居ないかー!」
あんな中に生きている人なんて居るわけが無いじゃないか。
そう吐き捨てたくなる気持ちを懸命に押さえ、思わず春原は叫んだ。自分の心を打ち消すように。
………………か…ぃ……
春原の耳に、にわかに信じ難い物音が届く。
「人の………人の声だ……!」
人の声がした。ただそれだけで彼は今まで感じた恐れや憎しみも忘れ、まだ熱を帯びた瓦礫の中へ突っ込んだ。
「返事をっ……・もう一度返事をしてくれ〜!」
……んじ………いち……て………
さっきよりもハッキリと、その声は春原の正面から聞こえた。
「今いくぞ!待ってろ!」
炭化した木片を蹴散らして突き進んでいく。
声の主は大丈夫だろうか、傷を負っているかも知れない、それも下手をすれば大怪我では済まない状態かもしれない。逆に無傷で呆然としているかもしれない。
様々な考えが春原の頭を駆け巡る。だが何にせよ今はその声の主に会いたかった。
こんな所で独りきりなのは、怖くて堪らなかったから。
527名無しさんだよもん:2005/10/26(水) 06:02:03 ID:qtaDDSVR0
瓦礫の山を抜け、一気に目の前が開けた気がした。
だがその思いとは裏腹に、そこにはその視界を覆うかのような絶壁が暗闇にうっすらと浮かびあがり、その行く手を塞いでいる。
高さは、ざっと10m位はあるだろうか。壁と空の堺に顔を出している木々の影が爪楊枝ぐらいの太さしかない。
―――まさか、この上に居るのだろうか?
崖下を観察してみるが、洞穴の様なものは見当たらないし、かと言って隠れられそうな岩山や木々がある訳でもない。
「おーい、何処に居るんだ〜」
『んだ〜』
呼び掛けに応じてか、やはり目の前の絶壁から声が聞こえる。
「? 隠れてないで出てこいよ〜」
『こいよ〜』
返事はすぐに返ってきた。
だがどうやら、返事から出てくる気は無いらしい。
「大丈夫、武器なんかも持ってないし怖がらなく……」
『らなく……』
こちらに危害が加える意思が無い事を示そうと、両手を挙げながら声を掛け―――ようとして止めるが、やはり間髪入れずに返事が返ってくる。
何か、嫌な予感がした。

目の前には崖。
人が隠れられそうな物陰は見当たらない。
間髪入れずに返ってくる返事。

―――結論は、彼の頭の中でもすぐに出た。
528名無しさんだよもん:2005/10/26(水) 06:02:48 ID:qtaDDSVR0
「はは……僕ってば馬鹿みたいだな」
へたりと尻餅をつく。
「岡崎の鬼〜!杏の悪魔〜!鬼畜外道〜!」
『…ちくげどう〜っ』
駄目押しとばかりに目の前の崖に叫ぶと、反射された自分の声が返ってくる。
要するに、今までの事は全て一人芝居。
ただ壁から跳ね返ってくるだけの自分の声に一喜一憂していたなんていう、性質の悪い冗談。
「もう……ど〜でもいいかぁ」
ぐったりと手足を投げ出して地面に倒れこむ。視界一杯に広がる夜空は密かに白み、星の光は既に霞み始めていた。
どうせ、もう誰も残っちゃいない。そんな考えが、春原の体を蝕んでいく―――。

ぼんやりと、昔の事を思い出した。
あれはまだ僕が小学生だった頃の話だ。
隣町の夏祭りに芽衣と二人でこっそり遊びに行って、散々遊びまわった挙句に迷子になった。
僕も芽衣も既にへとへとに疲れきっていて、食べ物を買わずに射的や金魚すくいで遊びまわったせいで腹ペコで。
知っている人間も居ない町で二人きりで、不安と寂しさで泣きそうだったのに。
アイツは僕の手を握って笑ってたんだっけ。
お兄ちゃんといっしょだからだいじょうぶだよ、って。
それなのに僕ときたら、兄貴の癖にとんでもなく情けない顔をしていたに違いない。
うろ覚えの道を辿って、途中で舟を漕ぎ始めた芽衣を背負って、ゴム草履で擦れた足の痛みを我慢して、結局家に着いたのが、ちょうどこんな空の時。
親父やらお袋やらに散々怒られて、思いっきりひっぱたかれたけども。
芽衣を家に連れて帰れて良かったって、あの時はそれだけで一杯だったっけ。
当の本人は僕の背中で能天気に眠りこけていたんだけど。

誰も居ない世界に放り出されて、ようやく気付いた。
どうにも僕は、誰も知り合いの居ない世界では生きていけないらしい。
あの学校でだってそうだ。
あの時、岡崎と出会っていなかったら。
僕はきっと何をする事も無くあの学校を出て行った事だろう。
なら、今は。
誰も居ないこの世界で、僕は―――
529名無しさんだよもん:2005/10/26(水) 06:04:02 ID:qtaDDSVR0

ばきりと、何処かで木の枝が折れる音に春原は意識を呼び戻される。
反射的に瓦礫に身を潜めて音のした方へ振り向くと、肩を押さえながらこっちへ駆けてくる小さな影。
その背後を大柄な―――太刀を振りかざした―――男が追いすがる。
小さな人影は疲弊しているらしく、どんどんと男に距離を縮められていく。
「あうっ」
足をもつれさせ、細い悲鳴をあげて影が倒れる。
追いついた男が太刀を上段に構え、振り下ろそうとした寸前に、影は間一髪身を翻して白刃を避け、懐から短刀を取り出し男と切り結び始めた。だが、体躯から見てその力の優劣は明らかだった。懸命に男の凶刃を防ぐが、じりじりと後退を余儀なくされる。
居ても立ってもいられなかった。
いや、実際には膝は笑い、歯は音を立てて鳴り出しそうだった。逃げ出したいと思った。
だが、あの人影が――― 一瞬だけ見えたその顔が―――何かに重なって見えた瞬間に、春原はその全てを押しのけて瓦礫から焼けた木片を引き抜き一直線に男の背後に向かって疾走した。
ついに影の手から短刀が弾け飛ぶ。大きな瞳に映る男の下卑た表情と絶望的な少女の表情が春原の目に焼きついた。
「うわああああああああああっ!」
恐怖を振り払い、己を鼓舞するかの様に肺から怒声が漏れる。
男が振り向いた。だが、その瞬間にはもう春原の手から木片は消えていた。
―――めきり、と。
その身を砕いて木片が春原の意思を体現する。
黒塊は男の鼻っ柱をへし折り、さらには左頬から額に向かって激突し、その身をもって男を昏倒させた。
「早く!」
男の脇を駆け抜けて、春原は呆然としたままの少女の手を取り一目散に駆け出した。
530名無しさんだよもん:2005/10/26(水) 06:35:11 ID:qtaDDSVR0

心臓がバクバクと騒ぎ立てる。
無論それは彼が妹以外の女の子の手を初めて握ったからという訳ではなく―――いやそれもあるだろうが―――、初めて死を予見しながらもその判断に抗ったからだろう。
「はぁ……はぁ……」
「…ふぅ……ふぅ……」
案外、久々に全力で短距離走をやったからかも知れない。あれは我ながら驚くほど早かった。
そんな事を頭の中で考えながら春原は、木の幹を背にして少女と二人林の中に身を潜めていた。
「だ……大丈夫………?怪我とか……してない?」
息も整わないままだが、息が整うまで無言よりはマシだろうと声を掛ける。
「え………あ……」
戸惑いの表情を浮かべたまま、彼女は春原を見た。
深い海の様な群青を称えた大きな二つの瞳が、不安そうにこっちを見つめてくる。
まだそう年端もいかないのだろう。その顔にはまだあどけなさが残り、成長期特有の子供でも大人でも、女でもなければ男でもない柔らかで中性的な魅力を持っていた。
(………いきなり何を考えているんだ僕はっ。しかも手掴んだままだしっ)
まじまじと少女の顔を観察してしまった事に罪悪感を感じ、それを払拭する為にわざとらしい位明るい声で話しかける。
「ああ、ぼ、僕は怪しい者じゃないから怖がらないでね?たしかに絶叫しながら棒切れ振り投げて引っ張ってこられたら驚くかもしれないけれど、僕はいたって善良な一般市民だから〜、ってそんな事言ったら普通余計に怪しまれるじゃないですかねぇっ(;゜皿゜)」
「え……ええと……」
「あ………ゴメン、ちょっと待ってね?」
いきなり捲くし立てられ、当惑してしまったらしい少女を見て気を落ち着けようと、ゆっくり深呼吸を始める。
「(;゜皿゜)ひ〜………(;´皿`)ふ〜……(;゜皿゜)ひ〜………(;´皿`)ふ〜……」
ぶっちゃけ怖かった。
531名無しさんだよもん:2005/10/26(水) 06:36:45 ID:qtaDDSVR0
「―――それで、君以外の人はいないの?」
どうにか気を落ち着け、出来るだけ冷静に言葉を選んで少女に問いかける。が
「は、母様がっ、母様が傷を負ってるんですっ!それで薬を探してきたので急いで行かないと―――」
突如として、堰を切ったかのように慌てて喋りだす少女。いきなり質問がアウトだったらしい。
「とりあえずおちついて……そのお母さんは何処に?」
その問いに彼女は、数瞬春原の目をじっと見つめた後暫し逡巡し、
「向こう側の…渓流近くに洞穴があって……そこに」
そう言って、先程逃げてきた崖の先を示した。つまりは逆方向に逃げてきたという事らしい。
しかし、向こう側にまっすぐ行けば確実に先程の男に見つかるだろう。
先程は不意打ちで撃退できたものの、正面きっての衝突でなら勝てる自信は春原には全く無かった。
(そういえばこの子の短刀、置いてきちゃったな……)
今更考えても後の祭りでしかないが、何も手持ちに無いのはやはり痛かった。
「ともかく、ここから動こう。下手すればもう追いかけて来ているかも―――」
言って立ち上がり―――そして不運にも先程昏倒させた―――鼻っ柱の歪んだ男と目が合う。
「あ、あはは………ごきごんようっ!」
言うが早いか春原は、少女の手を引いて全速力で茂る草木を踏み散らして走り出した。
―――しかし、整備されていない地を走ることに慣れていない春原にこの地形での逃走劇は非常に分が悪かった。
徐々に追い詰められ、ついには木の幹に背をとられ挟み撃ちにされてしまう。
532名無しさんだよもん:2005/10/26(水) 06:37:29 ID:qtaDDSVR0

「……この顔の傷の償い、貴様の命でして貰う!」
八相に刀を構え、じりじりと春原と少女へ迫る男。
周囲を見回すが、武器の代わりになりそうな物も、盾になりそうなものも無い。
「くそうっ」
ダメ元で制服の上着を盾にしようと手を掛けた瞬間に―――懐に固い感触を感じ取る。
春原は、その感触を感じ取ると不敵な笑みを浮かべ始め笑い出した。
「ふ、ふふふふふ……」
「な、何が可笑しい。気でも触れたか?!」
「馬鹿な事言っちゃいけないよオッサン。僕には奥の手があるんだからね!」
言って右手をズボンのポケットに突っ込む。
硬質で、ツルリとした独特の感触。
「さぁ、その刀を捨てろっ!」
そう言って真紅に輝く一艇の拳銃を手にかざす。
「な、なんだそりゃあ?!」
いきなり得体の知れないものを向けられ、男は狼狽した。それに対し春原は精一杯虚勢を張り、胸を反らして公言する。
「赤い稲妻、ゾリオンだっ!」
533名無しさんだよもん:2005/10/27(木) 09:59:05 ID:ci8lrbUYO
かっこいいんだが、春原っぽさ全開だなw
書き手が増えて嬉しい限り。
534名無しさんだよもん:2005/11/02(水) 02:19:04 ID:lw7+NK9h0
ほしゅ
535FARE-M ◆7HKannaArk :2005/11/05(土) 12:19:48 ID:5+T1wYWG0
まとめWIKI更新完了しました。
一杯増えててちょっとうれしいかも。
536ヌワンギパラレル作者:2005/11/11(金) 16:08:28 ID:CUorQZEN0
>>535
いつもご苦労様です。
今日漸く私事の忙しさから開放されました。
明日からはぼちぼち定期的に投稿できると思います。

いつもいつも、遅れてすいません。
537名無しさんだよもん:2005/11/16(水) 05:32:37 ID:1fne/oKb0
期待sage
そろそろ次スレの時期ですな。
遅くなってすいません。
久々に書くと筆(?)が遅い遅い…


思い返せば、いろいろと疑うべき事は多かったのだ。
まず、この村まで来るのに自分達の馬車を使わせてもらえず、またちゃんとした街道があるにも関わらず、
わざわざ山越えを強いられた事。
よくよく考えてみれば、これはこちらの足を奪い、その上でこの村を出るのは大変だと思い込ませる為ではないのか。
そういった、自分達がこの村を出ないようにする為の仕掛け…思い当たりは他にもある。
例えば、今の宿にしたって、その内の一つと考える事が出来るだろう。
…確かに、綺麗な女性だけの宿で表向き歓待されれば、普通はその場を出ようなどと考えまい。
これはもしかしたら、頑丈な牢屋に閉じ込め、屈強な男達に監視させるよりは、遥かに効果があるのかもしれない。
そうして、その綺麗な女性達にさりげなく客人の素性を探らせる。
これも…まあ少し情けないが、強面の男達に尋問させるよりも、自分達にはより効果があっただろう。

(…歴史を教えてくれと言ったのも、本当に歴史家かどうか試すつもりだったのだろうな。)
考えれば考えるほど、自分達が宿の姉妹達の前で、ただ醜態だけ晒してきたような思いに駆られ、
抑える事が出来ぬほどの怒りと情けなさが胸中を渦巻く。
…こちらの素性を探る為だけに講義を頼んだ姉妹に対して、生真面目に歴史を教えようとしていた自分の、何と滑稽な事か。
そして…全てを知ったとはいえ、あんな少女達に対し怒りを抑えられぬ自分の…なんと、惨めな事か。

…いつの間にか宿に着いていた。深く考えながら歩いていた為か、
ここに来るまでに掛かった時間はあやふやで、今がどの程度の時刻なのかすら分からない。
未だ考えは纏まっておらず、どんな顔をして彼女達に会えばいいか、どんな事を話せばいいか…
そこまで考えるには、まだ至っている筈もない。
…だというのに、
「えっと…柳川さんですか?…こんな夜中にどこまで行って来たんです?」
玄関の前に、女将が微笑みながら立っていたのだ。
「…俺達は、いつここを出る事が出来るんですか?」
反射的に出た柳川の一言が、これだった。
その口調は丁寧だった様な気もするし、荒っぽかった様な気もする。
…言った柳川自身がその事を覚えていない。そんな、無意識の内に出た一言だった。

女将はその言葉に少し驚いたような顔をしたが、それでも平常心を崩すほどには動揺していないようだった。
いや…むしろ、柳川のその言葉をある程度予想していたようで、少し寂しそうに微笑んでから…
「…ヌワンギさんと、同じ事を言うんですね。」
そう言った。
「…ヌワンギが、何か?」
女将のその言葉に、柳川はやや冷静さを取り戻す。ヌワンギの名前が出てきた事も予想外であったが、
ヌワンギがここを出たいと女将に言ったというその事実に、まず意表を突かれた為だ。
女将はその寂しげな笑みを保ったまま、
「…少し、お時間取れますか?」
そう伝えて家の中に入っていった。
(確かに…玄関の前で話す事じゃあ、無いからな…)
そう考え、素直にその後に続く柳川。…なんというか、毒気を抜かれた。
言いたい事はいろいろあったし、監視されていた事に対する怒りは消えたわけではない。
だが、まず女将の寂しそうな表情が、柳川に怒りをぶつけさせるのを躊躇わせ、
ヌワンギが自分の予想外の行動をしたという事の驚きが、その怒りの大部分を有耶無耶にしてしまった。
そして二人は庭に面した廊下に並んで座る。それは偶然にも、夕方に女将とヌワンギが話をした時と殆ど同じ状況だったので、
女将は少し面白そうにクスクスと笑ったのだが、その理由が掴めない柳川は、その笑みの意味が掴めない。
「今日の夕食の前、ヌワンギさんとここで話をしたんですよ。」
首をかしげていた柳川に、女将はそう説明する。
なるほど、と小さく呟いた柳川は、
「それで…ヌワンギはここで早くこの村から出たいと、言ったんですか?」
今更話をはぐらかされたくない為、そう単刀直入に聞いた。
「…そうですね。自分達はここに居ない方がいいからと、そんな風に言いました。」
「ヌワンギが…そう言いましたか。」
柳川は考える。…ヌワンギ自身が本当にそんな事を考えるだろうか?
それはつまり、ヌワンギも、柳川が感じていたものと同じ違和感を持っていたという事になる。
(いや…それは違うな。)
相談した時の反応を見れば分かる。ヌワンギは…この環境下でも疎外感など持っていなかった。
悩んでいたのは柳川一人だったわけである。とすれば…
(気を遣わせて…しまったか。)
この宿の女性達と仲良く付き合えていたが故に、なかなか口に出しづらかった柳川の悩みを、
ヌワンギが代弁してくれたのだろう。
それはありがたいのだが…そんなヌワンギの気遣いが、結局あまり意味の無いものになってしまった今の状況に、
申し訳無く思うことしきりの柳川だった。
「…柳川さんも、そんな風に思っているんですか?」
女将の問いが、柳川を現実に引き戻す。そう…まだ大事な話の途中である。柳川は急いで思考を切り替える。
「…まあ、そんなところです。」
何となくはぐらかすように答える。何しろ相手は自分達をずっと秘密裏に監視し続けてきた女性である。
本当の事をホイホイと答える訳にはいかない。
女将は、そうですか…と残念そうに呟いた後、
「それなら…ヌワンギさんがちゃんと答えてくれなかったので、貴方に改めて聞いてみたいんですけど…
 今の平和な環境を逆に大変だと思ってしまうくらい、貴方達は外の世界で戦い続けてきたんですか…?」
と聞いてきた。
(ヌワンギは…確かにこの質問には答えれないだろうな。)
柳川の心境を代弁しただけのヌワンギには、この問にはいとも、いいえとも答えることは難しいだろう。
…柳川はその問に簡潔に答える事も出来たのだが、…警戒しながら聞いてみると、
女将の言葉の一つ一つが自分の過去を探っているような感じがして、柳川の返事は少し刺々しくなってしまった。
「…貴方なら、知っているんじゃないんですか。」
「…え?」
驚きと…焦りがその声に込められていた。
「妹さんが貴方の仕事について教えてくれました。…ついでに、俺達が皇都に戻れない理由も…」
「………」
「こちらからも改めて聞き直していいですか。
 …俺達を、いつ皇都に帰してくれるんですか?」

言ってしまった、と思った。こうまで言ってしまえば、もう今までの関係ではいられまい。
ここに来て不意に芽生えた後悔を振り払い、柳川は厳しい表情で女将を見詰める。
「まだ、旅を続けるつもりなんですか?」
「…え?」
自分の言葉に反発して、きつく言い返してくるのではないか?
女将の次の反応を、柳川はそう予想していたのだが…その声色は優しく、その言葉は慈愛に満ちていた。
「この國の外には…争いが満ちているんでしょう?」
「…そ、それがどうか…」
「これからも旅を続けるのなら、そんな争いとは無縁ではいられないのでしょう?」
「………」
「貴方の心は…それに耐えていけるんですか?」
「…ま、待ってください!」
何とか女将の言葉を遮る。そして…何とか目を逸らそうとするが、出来ない。
今目を逸らせば、認めてしまうことになりかねないからだ。…彼女が、柳川の本質を見抜いていると。
表情は柔らかく、声色は優しいまま。…にも関わらず、女将の持つある種の迫力に、柳川は押されていた。
女将の言葉はさらに続く。
「…これ以上旅を続けるのなら、貴方にとっても、ヌワンギさんにとっても…
 とても…とても悲しい結末が訪れるでしょう。それでも…」

「…何故!貴女が、そんな事を!」
声を荒らげる。女性に対する行為としては、情けないものの極みではあるが、
最早体面など構っていられなくなった。…認めるしかない。今目の前に居るのは…敗北を覚悟せねばならぬほどの強敵なのだと。
武器も智謀も使わず、ただ本心を見透かす事によって、女将は柳川を追い詰めているのだと。

…まず、この旅の目的は元の世界に帰る事である。だが…柳川は思う。
自分はもしかすれば、帰りたい、と思った事などここに来てから無かったのかもしれないのだ。
いつも、帰らなければならない、としか思っていなかったような気がする。
そして…本心では、元の世界になど帰りたくないのかもしれない。…帰ったところで待ち受けているのは、
変わり果てた友人と、殺人鬼としての自分である。
それに比べて…この世界ではどうだろう?
柳川の側には気の知れた友人が居て、狩猟者に怯える事のない夜を過ごす事も出来る。
誰から見ても…この世界で過ごす方が余程幸せだろう。
(そうだ、本心では、俺はずっと…)
この旅の結末を、元の世界に帰る事を、苦痛としか思っていなかったのだ。
全ての責任を投げ出し、アパートで自分を待つ抜け殻のような友人の事も忘れ、この世界で幸せに暮らす事を望んでいたのだ。
だがそんな自分を許せなかった。…だから、その望みを心の奥底に閉じ込め、ここまでひたすらに旅を続けてきたのだ。
そして、そんな柳川だからこそ、ここの平和な環境に耐える事が出来なかった。
この世界で柳川が最も嫌うものの一つが、ここの平和とは対極の、戦争だったからである。
今までずっと、その苛酷な環境に身を置くことで苦しんでいながら、その一方で安心もしていたのだ。
戦場に身を置き続ける限りは、元の世界に帰ろうとする意思も保つ事が出来るから。
…だから、これからも旅を続けるのであれば、柳川はほぼ間違いなく戦争と無縁ではない生活をする事になるだろう。
その結果…ヌワンギが傷つき、自分が正気を保てなくなるとしても。

そして、恐らく女将はこれまでの監視で、柳川のそんな危険な心を見抜いていたのだ。
それ故に、柳川達をこの村から出す事を拒み続けてきたのだろう。
…つまり、柳川が女将を責める理由など、無いも同じだったのだ。それは全て…柳川達の為にしてきた事だったのだから。
(これでは…勝ち目などないじゃないか…)
敗北寸前にまで追い詰められた。…もしここで女将への敗北を認めれば、
恐らくこれ以上旅を続ける事は叶うまい。そして…この村で、その人生の終わりまで過ごす事になるだろう。
それは…確かに幸せなのかもしれない。
(でも…それでも…)
それは、何よりも耐え難い裏切りなのではないのか?

「…それでも、俺は旅を続けなければ、いけないんです。」
…女将に対抗する為に、やっと搾り出した言葉がそれだった。
「…何故ですか?」
女将の言葉に寂しさと悲しさが混じり始める。
女将は理解し始めたのだ。柳川が、敗北を拒んだ事を。
そして、たとえ何を傷つけようとも、この先の茨の道を進むのだという事を。
だからこそ…その理由を聞きたかった。そうまでして争いに身を投じようとする…理由を。
暫くの沈黙の後、柳川は答えた。
「それは…友人達の想いに対する何よりの裏切りだから…です。」
そう…ここで元の世界に帰る事を諦めれば、二人の友の想いを裏切る事になってしまうのだ。
一人は…以前自分を孤独から救ったくれた若者。
柳川が関わらなければ、ああはならなかったであろう友人は、今もずっと…柳川の帰りを待っているかもしれないのだ。
そしてもう一人は…今の自分の旅の同行者。
柳川を元の世界に帰す事を自らの贖罪の一つと考え、それを果たすまで、愛する女性と会う事すら禁じている不器用なあの想いを、
裏切る事など出来るだろうか?

「アヴ・カムゥを見たいというのは、御推察の通り、歴史の研究だけが目的ではありません。
 ですが…クンネカムンに危害が及ぶような目的でも、決してありません。」
「そう…ですか。」
仕方が無い、と女将は思った。
ここまで聞いた以上は、このまま柳川達を宿に泊めておく事も出来ない。
柳川の言う事を信じ、彼等を皇都に帰す以外に、選択の余地は無くなっていた。
「ここもまた…寂しくなりますね。」
しみじみと、女将はそう呟いた。

その後、二人は別れの挨拶を交わし、それぞれ自分の部屋に帰っていった。
部屋に戻ってからは、柳川は黙々と旅支度を始め、
女将は、柳川達に懐いてしまった妹達に、どう彼等の突然の出立を伝えるか迷う事になる。
…平和な日々は終わりを告げ、柳川達の旅は、またその目的に向け続いていく。
545名無しさんだよもん:2005/11/17(木) 04:49:03 ID:b4X5EWqy0
阿部貴之、か。
実を言うと、柳川の目的が「元の世界に帰ること」だったなんて、忘れてました。
それと、私見だけど、この旅館と女将って、何となく某雛見沢に似ている。
546名無しさんだよもん:2005/11/20(日) 10:07:35 ID:0DW7nSf60
素直に白状します。ネトゲのβにうつつを抜かして完璧に忘れててごめんなさい。
こんだけ書いて今だにプロローグもどきでゴメンなさい。
本当はもっと短めに終る筈だったのになぁ……とりあえず、そろそろまともにうたわれます。多分。


額に珠のような汗を浮かべながら、春原は左手に少女の掌を、右手には安っぽいプラスチックの塊を感じながら刀を携えた男と対峙していた。
今の彼の胸中には、先ほど啖呵を切った鋼の様な意思は既に無く、打開策を持たない事に対する焦りと不安に満ちていた。
(ゾリオンに怯んでいた隙にとっとと逃げればよかったんだよなぁ……)
心の中でひとりごちるが実際のところ背後には木の幹が、側面には草木がまるで生垣の様に繁っていて、突き進めない訳ではないだろうが、掻き分けている内に後ろからばっさりと切り伏せられる事は想像に難くない。
ギチリと右手に力を篭められたゾリオンの外殻が軋み音を立てる。
こちらがゾリオンを構えるのと同様、男もその刀を春原に向けたまま微動だにせずこちらを睨んでいる。
「さ……さっさとその刀を捨てないとっゾリオンが火を噴くぞっ!」
こちらの脅し文句も第一声とは異なり、相手に何の効果も及ぼさない。むしろその顔には僅かながら嘲りの色が浮かんでいる。
春原は、そこから男がゾリオンに殺傷力が無い事を勘付いているだろう事を悟った。
ならばゾリオン抜きか、それを囮にしてここから抜け出さなくては―――
そう思った瞬間に、男が一歩前に出た。思わず後退る自分の足に気付いて、春原は心中で舌打ちした。

―――それを見てにやりと、男が嘲笑った。

手中の刀を構え直し、上段に構えてゆっくりと迫ってくる。
どうする、どうする、どうする、どうする―――真っ白になった頭の中で、文字通り壊れたかの様に四文字が踊り―――不意に強く握られた左手の熱に、全てを取り戻す。

「―――ああ、仕方ないよね」
迫る男に向かって不敵に笑い、その右手をゆっくりと折り曲げて―――その先端を自分の胸に突きつける。
今まで相手に向かって突きつけていた物を突如自分に向ける敵に、男は戸惑い、一瞬だが動きを鈍らせた。
左手が痛い位に握り締められて、覚悟が決まる。

―――そのまま、僕は引き金を引く
547名無しさんだよもん:2005/11/20(日) 10:08:50 ID:0DW7nSf60
『ブビビビビビビビビビィィィーーーーーーーー!』
誰の声でもない、何の鳴き声でもない得体の知れない叫びが僕の胸から鳴り響く。
僕は思い切り左手を握る彼女の掌を―――ちょっと残念に思いながら―――振り払い、左胸にあるポケットからゾリオンと同じ、赤い色をした四角い板を引き抜き、男に向かって投げつけた。
「なぁっ?!」
けたたましい異形の叫びを上げながら飛び掛る四角いモノに男は思わずその手にした刀を振るい、板切れをあらぬ方向へ打ち払い―――その隙を突きに駆ける僕に反応しきれずにその腹に思い切り足の裏を叩き込む!

「うらああああああっ!」
少女の手から離れた春原はまさに電光の如き速さで男の懐に潜り込んでいた。
男に蹴りを叩き込む様はかつてのストライカ−として活躍していた彼の様相を容易く想像させる一撃だった。至近距離から目一杯踏み込んだ春原の一撃を食らった男は文字通りボールのように弾かれて木の幹に激突する。
「早く今のうちにっ!」
一瞬後ろを振り返り少女に叫ぶ。そして春原はもう一撃、少しでも時間を稼ぐ為に男に向かって走りだす―――

まだ体制を整え切れていない男に向かって、思いきり足を振りかぶり横腹に叩き込む。
ここに喰らわされると、呼吸もままならなくなるのは自分の身で知っている。確かな反動を足首で感じながらさらに追撃を叩き込む。
次は如何すれば良い。出来るだけ相手にダメージを与えられる場所は―――ケンカとは違う。殺す事も厭わないのなら、守りきりたいのであれば―――手足でも、腹部でもないなら、頭以外に無い。
その現実離れした結論を春原が容認するまでの一瞬のブランクに、男の腕が動く。
その手に意識を向けるのが遅れる事数瞬。その腕にはまだ、刀が握られている。
やばい、そう気付いてその足を刀を握る手に振り上げるが、その刃はとうにその足に向けて振り上げられていた。
548名無しさんだよもん:2005/11/20(日) 10:13:34 ID:0DW7nSf60
―――意識が混乱する。痛い。左足が真っ赤に染まる。痛い。何がどうなった。痛い。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
痛みに耐え切れず絶叫を上げ、地面を転がりまわる。
左の太腿がまるで心臓の様にどくどくと脈打っている。ズボンは真っ赤に染まり今まで感じたモノより数段上の痛みを放つ。
拳とか、蹴りとかの痛みでは比較にならないソレが今自分の太腿を侵食している。痛みで目が開かない。
そして脇腹に衝撃と鈍痛が走る。目が開かない状態で何が起きたのか分からないままひたすら地面を転がった。硬いもので頭を打つ。
どうにか目を見開くと、目の前には既に青く明けた空と、刀を手に持った男の姿があった。どうやら、形勢はまるっきり逆になったらしい。
もう一度、脇腹に激しい痛みが走る。メキリという嫌な音も聞こえた感じ。肺が軋むような痛みで呼吸がまともに出来ない。
苦痛に体を捩ると、目の前の男が口元を歪める。どうやら先程の仕返しのつもりらしい。
(どーも僕は……ここまでっぽいですねぇ)
一体誰に放った言葉か、と、いうか声として放てたのかも分からない状態で無意識に言葉を紡ぐ。
どうにも僕らしいツメの甘い終わり方というかだけど、それでも良いかと思えはじめてきた。多分男がここに居るという事は、あの子はきっと逃げおおせたに違いない。
正直死ぬなんてまっぴらだけど、まぁいいか。頭もロクに回らなくなってきたし。
男が刀を振り上げるのが見える。どうやら未成年にして年貢を納めなければならないらしい。
しかし、目の前にいきなり影が飛び出し、男の手を両手で掴んだ。女の子だ。
549名無しさんだよもん:2005/11/20(日) 10:14:59 ID:0DW7nSf60
ちょっと待ってよ、逃げろって言った僕の言葉はまるっきり無視ですかねぇ!
助けて貰ったにも関わらず僕の頭の中に真っ先に浮かんだのはそれだった。いや普通助けたと思ったのにそれをふいにされたら誰だってそう思うでしょ?というか思わせてください。
男と揉みあうも、明らかな体躯の差からさしたる抵抗も出来ずに女の子はあっさりと跳ね飛ばされる。そして男の視線は僕からその子に向かっていく。
やめろと、叫ぼうとしてさらに脇腹が痛んだ。
待てよおい。まずやるなら順番的に僕だろうと。その子に手を出したらただじゃおかないぞ未知の力にめざめた僕が今に見ていろ邪魔大国だぞこんちくしょう!
再度、今度は少女に向かって刀が振り上げられるのを見て、僕は目を閉じた。
ああ、僕はなんでこうも肝心な時に役に立たないのだろう。いつもそうだ。芽衣の時だってそうだった。
ドスリと、腹に重石が載る。ただでさえ残り少ない肺の中の酸素がさらに少なくなる。まだ僕を嬲る気らしい。
ああ、やるならひとおもいに殺してくれと目の前の男を睨みつけようとして―――

―――開いた瞼の向こう、目の前の男が別人に変わっていた。
550名無しさんだよもん:2005/11/20(日) 10:16:07 ID:0DW7nSf60
「大丈夫か」
かけられた第一声はそんな言葉だった。多分、大丈夫に見えないのだろう。
細身の―――なんだか松の枝葉のような髪型の―――男は、ぶっきらぼうにそう言った。
「……見ての通りすっごく痛いんですけどねぇ」
「そうか、なら大丈夫だな」
飄々と済ました顔でそう言い放つ男。
「何がどう大丈夫なんですかねぇ(;゜皿゜)」
「重症の奴ならそもそも痛覚なんか生き残ってないからな。死にそうな奴を助けても意味が無いだろう?」
「………(;゜皿゜)」
そう言い放つと僕はしげしげと体を眺められた。つられて自分の体を見ると、なにやら腹部に乗っかっている。
………さっきまで戦っていた男の顔だった。どうやら、最後に腹に乗っかったものはこれらしい。
男が無造作に亡骸をぺいっと放り投げる。腹の辺りから重圧が消えて楽になった反面、死者に対してその扱いはどうだろうとか思った。というか喋れてるね僕。
そしてさらに値踏みするかの様に体を眺められる。服の上からとはいえ男に体を見られるというのは気色悪かった。
しかし、突如として視界の外から飛び掛る影に男が体制を崩す
「若様ぁっ!」
「どああああああぁぁぁっ!」
ずべんと足を滑らせた男の顔が視界一杯に広がり―――頭突きをモロに食らって―――僕の意識は一気に落ちる。
最後に辛うじて回った思考は―――レモン味な思い出にならなくて本当に良かった…………。



目が覚めると、僕は足を引きずられて何処かへ運ばれる最中だった。目の前には謎の長毛が生えた毛玉がある。しかも今僕は毛玉に抱きついている。そしてどうやら毛玉に運ばれている。
「………あれ?」
「あ、気が付かれましたか?」
目の前の長い毛の塊が喋りだした。人の後頭部だった。と、いうかさっきの女の子だった。
体の各部分の機能や感覚が戻ってくる。なんか両手があったかい。というか胸の辺りにある。
「ひいいっ(;゜皿゜)ぐあっ」
何故かいつもの癖で飛び退き防御姿勢をとってしまう、きっと杏とか智代とかのせいだと思う。
と、同時に左足が踏ん張った瞬間に激痛に苛まれ奇声を発して尻餅をつく。かなり格好悪い。
「大丈夫ですか?!」
そんな僕にさっと近寄り、再び少女は肩を貸してくれる。
551名無しさんだよもん:2005/11/20(日) 10:27:26 ID:Mh5XuFqt0
>>546
乙です。
ゾリオンなんて出してどうするんだろうと思ってたら、
なるほどこう来るのは予想できなかった。


で、次スレも立てたんで移動よろしく。

うたわれるものの世界に葉鍵キャラがいたら3
http://pie.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1132449845/
552名無しさんだよもん:2005/11/20(日) 10:37:30 ID:0DW7nSf60
「え、あ……うん、大丈夫」
どうにもどぎまぎしてしまい、せっかく肩を貸してくれているというのに妙な返事を返してしまう。
ちなみに、身長にかなりの差が有るので僕の手を肩に回して引っ張っても、僕の左足は脛が地面と擦れている状態だったりする。
流石に引き摺られたままというのは情けないので、彼女の肩を借りて右足だけで歩く事にする。
「えっと、先程は助けて頂いて本当にありがとうございました」
若干俯きながら、お礼を言われる。まだ恐怖がぬぐえないのだろうか、彼女の肩はまだ小刻みに震えているようだった。
「いや〜、結局僕も助けられたんだけどね〜」
頬を掻きながらそんな事を言ってみる。今更ながら凄く照れくさかった。正直色々痛かったけど、今の一言で全部帳消しに出来る位の気分だった。
「………そういえば、助けてくれた男の人は?」
周囲を見回して、あの松のような頭をした男が居ないのを確認して聞いてみる。と、言うか普通に考えたら肩を貸すなら普通彼がするべきなんじゃないだろうか?僕としてはこっちの方が嬉しいけど。
「えっと、若様なら向こうにある隠れ家の方に先に行っておられます」
「隠れ家?って事は他に誰か居るって事?」
若様、と聞いて何か気を失う前に何かあったような気がしたが、思い出せないのでそのまま話を進めた。
「兄弟と母が隠れているはずなのですが……母が深手を負ってしまい、薬を探しに行った際にあの男に見つかってしまって………若様は、見つけた薬を母上に届ける為に先に」
「なるほど……ごめんね、先を急ごう」
彼女も兄弟が診ているとはいえ、一刻も早く母親の安否を知りたいだろうに。
僕は自分が彼女の足を文字通り引っ張っている事が悔しくて足を速めた。
553名無しさんだよもん:2005/11/20(日) 10:39:59 ID:0DW7nSf60
「駄目です、見た目より傷は浅かったですけど無理をすると足が使い物にならなくなる事だってありうるんですよ?!」
グッと腕を掴まれて脅迫じみた注意を受ける。正直歩けなくなるのは嫌だった。
「それに、命の恩人に無理なんてさせられません!」
ギュッと腕を両手で掴まれて睨まれてしまう。しかし下から顔を見られているので睨まれているというよりはお願いされている様な感じだった。何かで見たような理想的な構図…………断れない。
「………は、はい」
ぎこちなく返事を返して、彼女の歩幅に合わせて足を進める。
「そういえば、まだ名前もお聴きしていませんでしたね?」
「ああ、そう言えばそうだったね。僕は陽平、春原陽平」
「ヨウヘイさんですか?不思議なお名前ですね」
深い海の色を湛えた瞳の少女はにこりと微笑みながらこちらを見つめている。
「そうかな?別に変わった名前じゃないと思うんだけど………それで、君の名前は?」
あ、とちろっと舌を出しながら照れたように笑いながら頭を下げた。
「ごめんなさい、自分の名前も名乗る前からお名前を聞いてしまって。僕の名前はグラァっていいます」
可愛らしい笑顔を讃えて、少女はグラァと。そう名乗った―――。


>>551
連投回避dクス。
次からはそっちですね、了解〜
554名無しさんだよもん:2005/11/20(日) 10:50:16 ID:Mh5XuFqt0
>>553
おっと、連投規制だったのね。
途中なのに感想を書いちまった。

しかし、グラァか・・・
勝平の時といい報われない奴だなぁ。



↓以下、埋め立て
555名無しさんだよもん:2005/11/20(日) 10:51:22 ID:Mh5XuFqt0
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        , ' / ,.へヽ−'" へ.ヽ
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      .! /l:Vl, ,. 'ヽ,,,)ii(,,,r''''''´'` ノ ル!
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         !」」 ヽ_} 、`ニニ´r'レ!、| レ    
         >.ゝ`ニ`´ユ    l/              +
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556名無しさんだよもん
  l´ ̄`l                     i'´ ̄ ̄ ̄ ̄!   ,.r‐-、 /⌒ヽ. i´ `ヽ.
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