葉鍵的SSコンペスレ15

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596趣味と実益の狭間で ◆DFPMjwTAag :2005/03/27(日) 13:51:07 ID:Ypp4oNSS0
「和樹ぃ、電話、鳴ってるぅ…」
「瑞希が出てくれ。多分担当者からだ。『もう半分は描き終えました』『進捗状況は順調です』
と言ってくれればそれでいい」
「ん〜っ、もう〜」
 私はふらつく足取りでしつこく鳴り続ける電話機に向かい、受話器を取った。
「はい。高瀬です」
『あ、私は千堂さんを担当させて頂いてもらってる者ですが、千堂さんはいらっしゃいますか?』
 相手の少し焦りを含んだ慇懃丁寧な話し振りも、今の私には子守唄にしか聞こえない。
 勿論、何故和樹に電話してくるのか、そして何故和樹が電話に出るのを嫌がるのか
そして、どう贔屓目に見ても半分も描き上がったとは言えないにも関わらず、私に対し
『半分は描き終えたと言え』と強要する理由を想像することは、今の私の脳にとっては
無理な相談だった。
「和樹は…いますがぁ…、本人はなんだか電話に出たくない様子でしてぇ…」
『じゃあどこまで書き上げたかはご存知ですか?』
「さあ…。ただ、かなり煮詰まった様子なのはわかります…」
『そうですか。では失れぃι…』
 一際大きい睡魔の波が私に襲い掛かり、電話口から聞こえてくる声がぷつりと途絶える。
 結局、既に電話が切られていたことを知るのは、和樹が私がいないことに気付き、電話台に
寄りかかるようにして眠っているのを叩き起こした時だった。
 そのとき和樹は『寝るな! 寝ると起きられなくなるぞ!』と大声で叫んでいたっけ。
 雪山で遭難した二人じゃあるまいし。
 さすがに自分のしていることの愚かさに気付いたのか、和樹は私が買ってきたブルマから
自分のズボンに履き替えていたのがせめてもの救いだった。
 目覚めにあんな紙一重の格好を見せられたのではたまらない。
597趣味と実益の狭間で ◆DFPMjwTAag :2005/03/27(日) 13:51:58 ID:Ypp4oNSS0
 締切日が近づくにつれて、和樹は奇妙な行動を取るようになった。
 それに初めて気付いたのは、私の頭が猪脅しよろしくカクン…カクンとのめりこんだり
戻ったりを繰り返した挙句、額を机にごちんとぶつけた時だった。
「ん…」
 覚醒した頭に『原稿は無事か』という不安が広がる。
 焦点の定まった眼で、机上の原稿に何ら変わったところのないのを確かめ、安堵の息を漏らした。
 以前、私が居眠りして原稿に倒れこんだときは、私の睡眠不足を心配する前に原稿に
インク擦れが生じてないか、トーンがずれてないかを心配した挙句、ものすごい剣幕で
私に詰め寄ったものだった。
 血相を変えて私の襟首をむんずと掴み上げ
『もし締め切りに間に合わなくなったならコロスぞ!』
という脅しのおまけ付きで。
 そっと和樹の方を見ると、別に私の居眠りを咎める様子は見受けられない。
 原稿にのめりこんでいる姿勢は相変わらず…ではなかった。
 机に上で次々とストーリーを生み出しているハズの和樹の右腕が下腹部の辺りにあり
腕と上半身とが小刻みに震えているのが窺い知れる。
『ちょ…ちょっと…これって…』
 知識としては知っていたが、後姿とはいえ実際にそれを見るのは初めてだった。
 女ではなく、男が自分で自分を慰める行為を。
 不潔感よりも、むしろ好奇心の方が刺激され『ナニを考えてそういう行為に浸っているのか』
という疑問の答えを見出した私は複雑な気分になった。
 私をモデルにしたヒロインが登場するHな漫画をオカズにしているのだから、和樹の頭の中は
当然、私で一杯になっているのだろう。
 今までに仕上げた原稿を見る限りでは、女のキャラクターは一人しか登場していないし
『浮気』している可能性はかなり低い筈だ。
 尤も、頭の中は『私の知らない誰か』で埋め尽くされているのかも知れないが…。
598趣味と実益の狭間で ◆DFPMjwTAag :2005/03/27(日) 13:59:50 ID:Ypp4oNSS0
 デビュー作である漫画を描き始めて以来、傍から見るとロクな思い出がないようにも思えるが、
私は和樹のことが嫌いになったわけではない。
 同人活動に打ち込む、漫画を描くことに力を注ぐ和樹の姿を見て、友達付き合いから
男と女の付き合いへと変わるのにさほどかからなかった。
 漫画を描くのはオタクっぽいという偏見も、気に入らないものにレッテルを貼って
自らを正当化しようとしていただけに過ぎなかったのではないかとも思い始めるに至った。
 そして自分の好きなこと―漫画を描くこと―で生計を立てる、プロとして生きていくという
今の和樹の姿勢をも含めて、好きになったのである。
 とはいえ、私の心の奥底にある女としての心情を一言で表すとこうだ。
『和樹のバカ…』
 同じ部屋に、紙の上に描かれた『瑞希をモデルにしたヒロイン』ではなく、和樹の身の回りの
世話をするのみならず原稿をも手伝っている『本物の瑞希』がいるにも関わらず、
『そのような行為』に浸られてはどうしても嫉妬心が芽生えるのを押さえきれない。
 私は、思考が迷走し始める前に、意識を眼の前にある紙切れに戻した。
599趣味と実益の狭間で ◆DFPMjwTAag :2005/03/27(日) 14:00:36 ID:Ypp4oNSS0
 俺が、自分で描いた瑞希に欲情し、それをネタにしてカク…なんて行為を始めたのは
ある事に気付いた時だった。
 そう、漫画の最初の読者は他ならぬ自分自身であるということに。
 今の仕事を初めて以来、俺は顔も知らないどころか何人いるのかもわからない読者を
勝手に想像し、その期待に応えるべく色々試行錯誤していた。
 が、絶賛や酷評、叱咤激励の葉書や手紙・メールといった『眼に見える形』で読者の
反応が返ってくるわけではない。
 それも当然だろう。まだ読者そのものが存在しないのだから、読者の反応を期待すること自体
お門違いというものだ。
 初めてこみパに参加すべく、原稿に向かっていたあのときは、会場で感じた熱気と
美大に入れなかった悔しさとが作品を生む上での原動力となっていた。
 特に見返りなど望まず、ただ自分が好きなように漫画を描くことで自分を満足させるように。
 言ってみれば、漫画を描くこと自体に楽しみを見出し、趣味で済ませることが出来たのだ。
 今の仕事は、そういう気の赴くままに書けばよい趣味の延長ではない。
 不特定多数の読者を満足させなければならないゆえ、決して自己満足に浸ってはならない。
 読者を置いてきぼりにしないように。
 だが、必要以上に読者を意識して『最初の読者である自分』を蔑ろにした漫画をかいてよいものだろうか。
 他人に迎合することそのものを目的化してよいのだろうか。
 自分さえ納得できないものを、他人である読者が喜んで読んでくれるのだろうか。
 もし仮に、『読者受けしたが、自分では納得しない作品』と『読者受けしなかったが
自分では納得した作品』のどちらを選ぶと問われれば、今はまだ、後者を選ぶ気持ちの方が
幾分強い。
 今の俺は、商業雑誌に掲載されているという点ではプロではあるが、その雑誌の読者や
俺の担当者に作品を読まれてすらいないという意味ではアマと変わらない。
 プロに限りなく近いアマ、というのが今の俺の姿だろう。
 ならば尚更のこと、自分を信じるほかないわけだし、自信という根拠のない原稿を
編集者に託すわけにはいかない。
 そこで、俺は、ある基準を設けることにした。
『自分で満足できる、すなわち抜ける作品であれば、読者も大いに満足できるはずだ』
600趣味と実益の狭間で ◆DFPMjwTAag :2005/03/27(日) 14:01:38 ID:Ypp4oNSS0
 数日後。
 締め切りを間近に控えてはいるものの、俺は以前に比べて筆の進みが格段に早くなって
いるのではないかと思えるようになっていた。
 執筆開始から締め切りまでの中間点まではほんの数ページしか進まなかったものの
今ではもうページ数も残りわずかになるまでに描き終えている。
 日程的に決して余裕が生まれているわけではないが、それでも原稿を進める手がスピードアップ
したのは目に見えて明らかだ。
 これも、『自分で抜けるかどうか』という基準を設けた賜物だろう。
 だが、執筆のスピードアップと引き換えに、俺の自慰の頻度もそれ以上に激増していた。
 ゴミ箱の中には、くちゃくちゃに丸まったケント紙の他に、ぱりぱりに乾いたティッシュペーパーが
不自然なまでに山盛りになっている。
 そんな中、俺はひたすら頭に浮かぶ瑞希の痴態を眼の前の紙に表現してゆく。
 俺の頭に浮かぶ要求にも素直に応じ、その身体で受け入れる瑞希。
 だが、新しい場面で、先程と同じシチュエーションにしたのでは、ただのストーリーの
使いまわし以外の何者でもなく、当然読者も『ああ、またこのパターンか』という感想を
抱くのは間違いないだろう。
 マンネリ化だけはなんとしてでも避けなければならない。
 読者も満足できないだろうが、瑞希を描いて、それでカイている俺も満足できないからだ。
 いきおい、エロ漫画という特性上、『紙の上に描かれる瑞希』に無茶なプレイを強いることとなる。
 場面も、俺の部屋から人気のなくなった学校…という風に変わっていく。
 次回作があるとすれば、白昼堂々とテニスコートで、海水浴場、夏祭り、仮病を使う
瑞希の部屋に押し入り、挙句の果てには若い二人は並みの刺激では満足できず夕暮れの公園で…
というふうにエスカレートしていくことは間違いなさそうだ。
601趣味と実益の狭間で ◆DFPMjwTAag :2005/03/27(日) 14:02:11 ID:Ypp4oNSS0
「瑞希。コーヒーをくれ」
「新しく作んなきゃ。もうないし…」
「インスタントでいいから」
「どっちにしろ、お湯が必要じゃない…」
 ぶつぶつ言う瑞希から、インスタントコーヒーの粉が入ったビンを受け取り、口を天井に向ける。
 インスタントコーヒーの粉がザザザザッと音を立てて俺の口一杯に納まった。
 咀嚼するたびにジャリ…ジャリ…という砂を噛むような音がしていたが、唾液と交じり合ううちに
グッチャ…グッチャ…ニチャ…ニチャ…という粘着質な音へと変わる。
「うぷっ…」
 そんな俺の眠気覚ましの様子を見ていた瑞希が口元を押さえる。
 今日は締切日。
 なんとしても今日中に原稿を仕上げ、雑誌社に持ち込まなければならない。
 勿論、一部手直しや、ひょっとしたら全面的に書き直しの憂き目に遭うかもしれないが
とりあえず最初の関門はスケジュール通りにクリアできそうだ。
 原稿を書き上げるのに間に合うか間に合わないかの瀬戸際だった先程が一番大変だった。
 深夜にいきなり瑞希に『数日間寝ないでも疲れない薬を買って来てくれ』と頼むと
『お願いだから犯罪者だけにはならないで!』と泣きながら懇願されたり、俺が
『今から雑誌社に爆破予告を送りつけるか、放火して編集者を皆殺しにしよう。
そうすれば締め切りは延びるだろう』と言うと『和樹の漫画を本にしてくれる所を
無くしてどうすんのよ!』と一喝されたのも今となってはいい思い出だ。
602趣味と実益の狭間で ◆DFPMjwTAag :2005/03/27(日) 14:02:43 ID:Ypp4oNSS0
 が、商業用の漫画を描いていくに当たって、最初からこんな調子ではずいぶん先が
思いやられる。
 そんなことを思いつつも、俺は最後のコマを仕上げ、久々の開放感に浸りつつ立ち上がり
座りっぱなしで痛くなった腰を伸ばした。
 机に丸く覆い被さるような姿勢を余儀なくされていたのを取り返すように、四肢を
思う存分四方へと伸ばす。
「じゃあ瑞希、俺はこれから原稿を雑誌社に出してくるから。留守番を頼む」
 先程までの修羅場での瑞希に対する態度からの豹変振りに我ながら驚く。
 口ぶりや表情も自然に柔らかくなっているのも、何とか締め切りに原稿を間に合わせた賜物だろう。
「うん。気をつけて」
 瑞希もそんな俺の様子に気付いたのか、げっそりした顔から満面の笑顔を浮かべる。
 眼の下にクマを浮かべつつも。
「帰ったら…瑞希の好きなことに付き合うから」
「和樹…」
 瞳を潤ませる瑞希に背を向け、俺は新たな修羅場が用意されているであろう雑誌社へと
歩みを進め始めた。
603趣味と実益の狭間で ◆DFPMjwTAag :2005/03/27(日) 14:12:54 ID:Ypp4oNSS0
 夜。
 睡眠という概念が全くなかった先日までとは違い、俺は思う存分布団の中で安眠を貪っていた。
 寝返りを打つと、ムニュリとした柔らかい感触が俺の胸や腹一杯に広がる。
 俺と同じようにゆっくり眠っている瑞希の感触。
 俺は、つい先程まで、瑞希と一緒に過ごしていた時間を反芻していた。
 雑誌社から帰ってきた俺は、まず始めに『今回の原稿はOK』と言われたと瑞希に伝えた。
 尤も、重労働から解放されたばかりの瑞希に次の仕事に関することを言うのはあまりにも酷なので
『数日後に次回作について担当と打ち合わせますので構想だけは練っておいてください』
と言われたことは伏せておいたが。
 そして俺と瑞希はショッピングに映画、ちょっと贅沢な夕食と共にするという、ごく当たり前の
男と女の付き合いを存分に愉しんできた。
 当の瑞希はテニスにも行きたがってはいたようだが、さすがに俺の体が持たないので
またの機会に譲ってもらった。
『だったら和樹が自分で描いたヒロインではなく、ここにいるあたしを…その…愛して…』
 という瑞希の言葉通りに、俺はテニスではなく夜のスポーツに励むハメになったわけである。
 俺も瑞希も数日間徹夜が続き、ずいぶんハイになっていたせいか、くんずほぐれつの
絡み合いとなったわけだが、その最中にも、俺は心の片隅にあった小さなものが
少しずつ大きくなるのを自覚していた。
 ティッシュペーパーに滴った一滴のインクが大きな染みを彩るように。
604趣味と実益の狭間で ◆DFPMjwTAag :2005/03/27(日) 14:19:32 ID:Ypp4oNSS0
 今、ここにいる瑞希よりも、俺が漫画の中で動かしている『瑞希』の方が、はるかに都合がよい。
 俺の無茶な要望にも何ら反抗することなく、ただ俺の思うままに動く『瑞希』。
『瑞希』は、俺のなすがままでいるだけではなく、漫画という媒体の中で俺の意思を
見ず知らずの読者に伝えるという役割をも果たしているのである。
 俺のとなりで寝息を立てている瑞希は、こみパで売り子をするのにも少なからず
躊躇していた思い出がある。
 漫画の中の『瑞希』は、決してそんなことはない。
 俺の思うがままの『瑞希』をネタにしてカク自慰行為で生計を立てることになった俺だが
これからは雑誌社の意向に左右されるケースも増えるはずだ。
 締め切りなどはまだ可愛い方で、ページ数に話を合わせるのではなく、話をページ数に
あわせざるを得ないこともあるかもしれない。
 いや、それ以前に読者のアンケート葉書により、編集者から『参考という名の強制』を
強いられるかもしれない。
 勿論打ち切りに戦々恐々とする日々を送るようになる可能性も残されている。
 仮にそういった制約を受けずにプロとして漫画を描き続けることが出来たとしても
俺自身が漫画を描くことを『工業製品を生み出すように』し始めないという保証はどこにもない。
 慣れはマンネリでもあるからだ。
 とはいえ、たっぷり時間をかけて自分が納得ゆくまで満足するまで創作活動に励むのは
理想的ではあるが、結局は趣味の延長に過ぎず、アマチュア的な姿勢でしかないだろう。
 まして、自分がカクために作中で『瑞希』を描いている今の俺の漫画に対する姿勢は
自己満足以外の何者でもない。
 いくら自分が好きでやっているからとはいえ、果たしてネタがいつまで続くのか
俺の自慰行為に読者がいつまで付き合ってくれるのか。
 空転する思考にくさびを無理矢理打ち込み、俺は目を閉じた。
 新しい朝が来るまではまだ時間がある。
 一眠りすれば、俺の頭の中にいる『瑞希』も、新たな一面を見せてくれるようになるかもしれない。
 それを待つまでもなく、夢の中に『瑞希』が現れるかもしれない。
「瑞希を描きたかった俺だが…、『瑞希』でカクようになるとはなあ…」
 そう一人ごちた俺は、再びまどろみの中へと落ちていった。
605趣味と実益の狭間で ◆DFPMjwTAag :2005/03/27(日) 14:21:17 ID:Ypp4oNSS0
>587-604 趣味と実益の狭間で
以上。
606人には言えない趣味:2005/03/27(日) 23:51:35 ID:ExkM+t+y0
投下させて戴きます。

題名『人には言えない趣味』
20スレくらい
題材『痕』
主人公『初音』
18禁
607人には言えない趣味 その1:2005/03/27(日) 23:55:08 ID:ExkM+t+y0
人には言えない趣味

 我慢が出来なくて。
 あんまり良くないって判ってるけど………。
 止まんない。
 机に向かいつつ。
 ノートを広げつつ。
 ダメだよね。
 本当はこんなことしちゃ、イケないよね。
 でも、指が………。
 下着の中へと勝手に。
 ……ちゅく……。
「っん!」
 体がぴくりとケイレンする。
 やだな、最近敏感になってきちゃった。
 毎日、こんなこと、やってるから。
 ………耕一お兄ちゃんのせぇだよぉ……。
 わたし、前はこんなにエッチじゃなかったもん。
 耕一お兄ちゃんが、いっぱい気持ちいいことするから………。
 お兄ちゃんが帰った後も、わたし…。
「楓、初音ぇ。夕ご飯出来たわよぉ」
「ひゃいっ!」
 ガンッ!!
「っい!」
 い、痛ぁ〜い。
 膝、机の柱に、思い切りぶつけちゃったよぉ。
「早く降りて来ないと冷めちゃうわよぉ〜」
「い、今降りるからっ!」
 急ぎ下着を上げ、扉に手をかける。
 廊下に出た瞬間、楓お姉ちゃんと目があった。
608人には言えない趣味 その2:2005/03/27(日) 23:56:54 ID:ExkM+t+y0
 思わず目を逸らす。
 別に悪い事しているわけじゃないけど。
 ついでに頬も熱くなった。


「いただきます」
 机の上には湯気と共に、美味しそうな匂いが立ち上る。
「悪いね、今日は品数が少なくて」
 梓お姉ちゃんがすまなそうな顔をしつつ呟いた。
「しょうがないじゃない。みんな中間テストで忙しいんだから」
 千鶴お姉ちゃんが優しくフォローを入れた。
「もし良かったら、明日から私が料理を…」
「千鶴姉、今は掻き入れ時で忙しい時期じゃないの?」
 すかさず突っ込みを入れる梓お姉ちゃん。
「そ、そうだよね。丁度、紅葉のシーズンだし、千鶴お姉ちゃんもお仕事大変だから、
わたし達でなんとかするよ」
「あら……、そう?」
 シュンと落ち込む千鶴お姉ちゃん。
 ごめんねと心の中で謝った。
 千鶴お姉ちゃんの気持ちはありがたいけど、さすがにテスト前は………ちょっと………。
「三人とも勉強はすすんでいるの?」
 千鶴お姉ちゃんの声に、ピタリと箸が止まる。
 ごめん……実は全然すすんでいない。
 だって、ひとりで部屋にいると……。
 ……………ついつい、しちゃうんだもん。
「千鶴姉。心配しなくても、ウチはみんなちゃんと勉強しているから。その辺は
心配しなくても大丈夫さ」
 梓お姉ちゃんがチラリと視線を向けてきた。
 うぅ、そんな目でわたしを見て欲しくない。
「……耕一さん、勉強しているかしら」
 千鶴お姉ちゃんの声に、静かにご飯を食べていた楓お姉ちゃんが顔を上げた。
「耕一の事だから、アルバイトに精を出しているかもね」
609人には言えない趣味 その3:2005/03/27(日) 23:58:04 ID:ExkM+t+y0
 湯飲みにお茶を入れつつ、梓お姉ちゃんが答えた。
「ねぇ、千鶴お姉ちゃん」
「何かしら、初音」
「確か来月の連休、耕一お兄ちゃんが来るんだよね」
「えぇ、確かその筈よ」
 千鶴お姉ちゃんの顔がほころんだ。
「どうせ飯をたかりに来るだけだろ?」
 口ではあーいう梓お姉ちゃんも、どこか嬉しそう。
「楓お姉ちゃん。耕一お兄ちゃんが来たら、どこか遊びに行こうよ」
「………」
 無言の視線。
 わたしの方を向いたまま。
 無表情なまま。
 わたしを見ていた。
「………そうね」
 一言呟くと、楓は席を立った。
「ごちそうさま」
 脇目もふらず部屋から出ていった。


 わたしの名前は柏木初音。
 昔の名前はリネット……らしい。
 私を好きだと言ってくれた耕一お兄ちゃん。昔の名前は次郎衛門……だったらしい。
 前世では、お兄ちゃんとは夫婦だった……らしい。
 でも次郎衛門は、死に別れたエディフェルのことが、本当は好きだった……らしい。
 そしてエディフェルの現世の姿は、楓ちゃんお姉ちゃん……だと思う。
 あくまで『らしい』『だと思う』でしかない。
 何故なら、あの洞窟……九死に一生を得て、耕一お兄ちゃんと結ばれた洞窟で得た知識は、
どれもこれも真実なのかどうか、確かめようのないものだから。
 だから、わたしは『らしい』としかいえない。
610人には言えない趣味 その4:2005/03/27(日) 23:58:55 ID:ExkM+t+y0
 でも、ひとつ気になることがある。
 それは………。
 楓お姉ちゃんのこと。
 もし、わたしと同じ知識を有していたら……。
 複雑な気分。
 わたしは耕一お兄ちゃんのことが大好き。
 耕一お兄ちゃんも、わたしのことを好きだと言ってくれた。
 幸せだけど、それは確かに幸せなことだけど………。
 楓お姉ちゃん。あの日から笑わなくなった。
 もともと感情を顔に出さないほうだけど。
 そして………わたしを見る目が少し変わった。
 どこか悲しげな目で、わたしを避けるようになった。
 やっぱり、わたしと耕一お兄ちゃんが恋人同士になったから……。
 お姉ちゃん達には何も話していないけど、勘の鋭い楓お姉ちゃんのことだから気付いたのかもしれない。
 きっと間違いなく、楓お姉ちゃんも耕一お兄ちゃんのことが好きなんだろう。
 教科書を広げたまま。
 ノートを広げたまま。
 さっきから勉強が手につかない。
 机に座ってから、悲しげな楓お姉ちゃんの視線が頭に浮かんで。
 悩んでも、結論なんて出ないのは判っているのに………。
 あの日から出口のない迷路をさまよっているわたし。
「試験勉強、すすまないよぉ………」
 溜息をついた。
 そうだ。
 いいこと思いついた。
 梓お姉ちゃんと一緒に勉強をすればいいんだ。
 ひとりでするよりは集中できそう。
 わたしは早速勉強道具一式を手に持ち、隣の部屋へ向かった。
 コンコン。
 扉を軽くノックしてからノブに手を掛けた。
611人には言えない趣味 その5:2005/03/28(月) 00:00:08 ID:ExkM+t+y0
「梓お姉ちゃん、一緒に勉強し…よ………ぅ」
 真っ暗な部屋。
 電気が消え窓にはカーテンが引かれていた。
「………ん、はつね?」
 眠そうな梓お姉ちゃんの声。
「ごめんなさい。もう……寝ていたの、梓お姉ちゃん」
「う、うん。あたし、夜よりも早朝のほうが勉強はかどるから……」
「そ、そうなんだ。お休み梓お姉ちゃん」
「うん、お休み初音」
 わたしは静かに扉を閉めた。
 梓お姉ちゃんて、前から朝起きるの早かったよね。
 じゃぁ、どうしよ。
 楓お姉ちゃんとは……………。
 今は、やめたほうがいいかも。
 暫く廊下で悩んだ後、結局自分の部屋へと戻った。
 わたしも早く寝て、明日の朝に梓お姉ちゃんと一緒に勉強しよう。
 上着を脱ぎ、寝間着に着替えた。


 ………………。
 時計の音がカチコチと気になる。
 眠れないよぉ……。
 普段より2時間は早いから。
 遠くで鳴く虫の声。
 私は毛布を深く被った。
 ……………。
 …………ん。
 ………ぁっ。
 いつの間にか、右手がショーツの中へ。
 眠れないから。
 寂しいから。
 気持ち…いいから。
612人には言えない趣味 その6:2005/03/28(月) 00:00:49 ID:zB7k0l7k0
 一回すれば、疲れて眠くなるかな。
 きっと眠くなるから。
 そう自分に言い訳しつつアソコへと指を沈める。
 …………いつも思う。
 何か足りない。
 気持ちいいんだけど。
 やっぱり、耕一お兄ちゃんのアレが………。
 でも、他に代わりになるモノなんて………。
「うぅ、ぁふぅ」
 もう、ぬるぬるになってる。
 敏感になってる。
 お兄ちゃん。
 耕一お兄ちゃん。
 おにい…ちゃ……ん………………。


「初音、おはよう」
「……おはよう、梓お姉ちゃん」
「昨日はごめんね」
「う、うん。わたしこそ、起こしちゃってごめんなさい」
 わたしは目蓋を擦りつつ答えた。
「寝不足なの初音? 勉強も大事だけど体壊したら意味ないよ」
 思わず返事につまる。
 勉強……してたわけじゃないから。
 昨夜、止まんなくなって。
 一晩中エッチなこと、してたから。
 激しく自己嫌悪。
「梓お姉ちゃん、私も朝ごはん手伝うね」
「悪いね。サラダ作るから、そこのニンジン皮を剥いて細く切ってくれる?」
「うん。コレね」
613人には言えない趣味 その7:2005/03/28(月) 00:01:42 ID:zB7k0l7k0
 寝不足でふらつきながら、わたしは野菜籠から赤いニンジンを一本取り出した。
 細くて丸くて長い棒。
 ………ちょうどいいかも。
「初音。それ、どうかしたの?」
 お鍋を掻き混ぜつつ、梓お姉ちゃんが不思議そうな目でわたしを見ていた。
「うん。ひとりでエ………」
 わたしはハッとして口を手で塞いだ。
 な、な、な、な、なに言っているんだろ、わたしっ!?
「ひとりで……え?」
 梓お姉ちゃんが、わたしの顔を見つめる。
「ニンジンで何をするの? 初音」
「え……」
「え?」
「え…」
「え?」
「え、絵を最近、趣味で描いてるのっ!」
 背中に冷たい汗をかきながら。
 顔を引きつらせながら。
 わたしは咄嗟にウソをついた。
「あら、初音ったらそんな趣味があったの?」
 振り向くと、後ろに千鶴お姉ちゃんが。
 さらにその後ろに楓お姉ちゃんが。
 3人の視線がわたしと、わたしの握るニンジンに集まっている。
「そ、そうなの。最近、わたし絵に、め、めざめて、その、美術の時間に、先生に……ほめられて」
 ウソに、ウソを重ねるわたし。
「そうなんだ。画けたら、あたしにも見せてよ」
「う、うん」
 どんどん自分のクビがしまってくる……。
 それにもまして、無言でたたずむ楓お姉ちゃんの視線が痛かった。


「一応、ニンジンとっておいたから。あと適当に他の野菜も」
614人には言えない趣味 その8:2005/03/28(月) 00:02:43 ID:zB7k0l7k0
「あ、ありがとう梓お姉ちゃん」
 学校から帰宅すると、籠に盛られた幾種類の野菜がわたしを出迎えた。
「これ、お父さんが昔買ったまま、使わなかったスケッチブックよ」
「大事に使うね、千鶴お姉ちゃん」
 二人の姉に礼を述べながら、内心青くなっていた。
 夕ごはんを終えると、わたしは自分の部屋に籠もった。
 野菜とスケッチブックをたずさえて。
 真っ白な紙を前にして、頭を抱えた。
 試験勉強もすすんでいないのにぃっ!
 でも、絵を描かないとみんなに………。
 自業自得とはいえ泣きたくなった。
 とりあえずニンジンを手に取る。
 やっぱり、アソコに入れるのは……そうじゃなくてっ!
 しっかりしてよ、わたしぃ!
 もう…全部、耕一お兄ちゃんが悪いんだ。
 前はこんなにエッチじゃなかったもん………。
 でも、それを受け入れたわたしが一番悪いんだけど。
 …………わたし、あまり絵を描いたことない。
 この際だから、試験勉強が忙しかったということにしようかな。
 それでも、テストが終わったら描かなくちゃいけないだろうけど。
 コンコン。
 突然叩かれる扉。
「初音。お風呂沸いたわよ」
 楓お姉ちゃんの声。
「う、うん。わかっ……きゃっ!」
 腰掛けたベッドから立ち上がった瞬間、歩こうとして椅子に足を取られた。
 倒れまいと伸ばした手が野菜の籠に当たり。
 絨毯の上に大根や玉葱と共に転がった。
「どうしたの、初音」
 ガチャリと開かれる扉。
「な、なんでもない」
615人には言えない趣味 その9:2005/03/28(月) 00:03:31 ID:zB7k0l7k0
 床にぺたりと座りながら、わたしは答えた。
「…………初音。ニンジン、役に立ちそう?」
 冷ややかな視線と言葉。
「え………」
 楓お姉ちゃんの見ている場所。
 まくれたスカート……と、そこから覗くように股の間に転がったニンジン。
「あっ!」
 ニンジンがまるで、わたしの下着から………。
「ち、ちが、違うの、コレは…」
「早くお風呂に入りなさい」
 ガチャンッ!
 とりつくしまもなく閉じられる扉。
 ………………。
 うわぁ─────っ!
 楓お姉ちゃん、完璧に誤解してるよぉっ!
 どうしよぉっ!
 どうしよぉっ!
 どうしよぉ───っ!
 多分、楓お姉ちゃんのことだから、他の人には言わないと思うけど。
 でも、でもぉ……。
 ………………お風呂入りながら考えよ。


 体に湯を掛け、足を浴槽へ。
 あ、ちょうどいい温度。
 体を湯船に沈め一息ついた。
 頭に巻いたタオルを直しつつ天井を見上げた。
 …………なんて楓お姉ちゃんに説明しようかな。
 普通に転んだだけと言うしかないけど………。
 信じてくれたらいいけど。
616人には言えない趣味 その10:2005/03/28(月) 00:04:41 ID:zB7k0l7k0
 突然、ガララと脱衣所が開く音。
 誰だろう。
 布の擦れる音。
 服を脱ぐ様子が磨りガラス越しに見えた。
 わたしがお風呂に入ってるの知らないとか。
 でも、脱ぎ終えた衣服が脱衣所に残ったままだから、普通気がつくはず。
 そう思っていると、今度は浴槽の扉が開かれた。
「か、楓お姉ちゃん……」
 わたしは目を丸くした。
「初音。たまには一緒に入っても………良いでしょ?」
「……うん」
 特に断る理由もなかった。
 湯を体に浴びせ、楓お姉ちゃんも湯船の中へ足を入れた。
 ウチのお風呂は広いから、二人でも楽に入ることが出来るけど………。
 わたしと正対する形で楓お姉ちゃんは座った。
 どうやって話せばいいんだろうか。
 いきなりだから心の準備が…………。
「ねぇ、初音」
「な、なぁに楓お姉ちゃん」
「勉強、すすんでる?」
 う…………。
 あぅう………。
「あ、あんまり」
 正直に答えた。
 ウソをついてもしょうがないから。
「多分、そうだと思ったわ」
 え、多分……て?
「だって、初音。毎晩あんな事してるから」
 ふぇっ!?
 思わず、湯船の中でひっくり返りそうになった。
「あ、あ、あんなこと………って?」
617人には言えない趣味 その11:2005/03/28(月) 00:05:28 ID:zB7k0l7k0
 心臓が破裂しそうなくらいドキドキし始めた。
「初音。私達の一族には不思議な力がある事………知っているわね」
「うん……」
 怖ず怖ずと頷いた。
「私、何となく判るの」
「な、なにが?」
 嫌な予感がしてきた。
「家族の感情よ」
「感情?」
「そう、強い感情」
「た、たとえば……」
「怒っていたり、笑っていたりすると、家の中だったら何となく判るの」
「そ、そうなんだ……」
 それって……もしかして。
「おかげで、私も勉強がすすんでいないの」
「え?」
 まさか、まさか………。
「誰かさんが毎晩、エッチなこと考えているから」
 うわぁ─────っ!
 やっぱりぃっ!!
「ご、ごめんなさいっ!」
 あまりの恥ずかしさに楓お姉ちゃんの顔を見る事が出来ない。
「どうして謝るの?」
「そ、それは……」
「どうして?」
「わ、わたしが、毎晩エッチな事して………」
 恥ずかしいよぉ……。
「楓お姉ちゃんの、べ、勉強の邪魔を……」
「ウソよ」
 …………う、そ?
 今、楓お姉ちゃん、なんて……。
618人には言えない趣味 その12:2005/03/28(月) 00:06:11 ID:zB7k0l7k0
「私にそんな便利な能力、あるわけないでしょ」
「え?」
 え?
 まじ?
 うそ?
 うそぉっ!?
「初音。あなた毎晩エッチにな事してたのね」
 うぁわぁわぁあああっ!!
 バシャ。
 お湯の中に顔を沈めた。
 恥ずかしい。
 本当に恥ずかしいよぉっ!
「ニンジンもあんな事に使っていたのね」
「ち、違うのっ!」
 お湯から顔を上げ、慌てて否定した。
「使っていないの?」
「使ってなんか、ないっ!」
「どうして?」
「だって、大きく…て……」
 あぅ。
 か、楓お姉ちゃんの目が………吊り上がってる。
「何と比べて、大きくないの?」
「それ……は……」
 墓穴を掘っちゃった………。
「何が、ニンジンと比べて小さいの?」
「…………」
 あぅぅぅ………。
「黙っていても判らないわよ」
「ご、ごめんなさい」
 再び謝罪の言葉を、わたしは口にした。
619人には言えない趣味 その13:2005/03/28(月) 00:07:10 ID:zB7k0l7k0
「何を謝っているの?」
「……………」
 どうしよ。
 どぅしよぉ……。
 返答の代わりに涙が溢れた。
「初音。別に泣かなくて良いのよ」
 わたしの頬を流れる涙。楓お姉ちゃんが指ですくった。
「ニンジンの件は黙っていてあげるから。その代わり……」
「その代わり?」
「私に見せて」
「み、見せる?」
 何を?
 わたしは首をかしげた。
「初音が毎晩していることを」
「ぇええっ!」
 それって。
 まさか………。
「お風呂上がったら、私の部屋に来て」
 そう言うと楓お姉ちゃんは湯船から立ち上がった。
「楽しみに……待ってるから」
 ガラリと音を立てる扉。楓お姉ちゃんは脱衣所へと姿を消した。
 ジャボンッ!!
 全身をお湯の中に沈めた。
 頭ごと。
 このまま、深く沈んでしまいたかった…………。


「本当に、やらなきゃダメ?」
 椅子に座ったまま、無言で頷く楓お姉ちゃん。
 恥ずかしぃよぉ………。
 私は楓お姉ちゃんのベッドに腰掛けショーツを降ろした。
620人には言えない趣味 その14:2005/03/28(月) 00:07:50 ID:zB7k0l7k0
「電気、消してもいい?」
「………暗くしたら、良く見えないでしょ?」
 楓お姉ちゃん、目がマジだ………。
 私は観念して、ネグリジェの端をゆっくりたぐりあげた。
 露わになるわたしの性器。
 こんな明るい所では、耕一お兄ちゃんにも見せたことがないのに………。
「まず、どうするの?」
 低い楓お姉ちゃんの声。
「指で……」
「してみせて」
「ぅ……うん」
 頷きつつ、アソコに指を這わせた。
 顔は火が出るくらい熱くなって。
 ついでに………。
「んっ!」
 アソコも、かなり濡れてる……。
 恥ずかしいから。
 いつもより、なんだか……。
 …くちゅ。
 にちゅ。
 エッチな音。
 いつもより、ぬるぬるになってる。
「初音、足を広げて」
 楓お姉ちゃんが椅子から降り、わたしに近づいて来た。
「う、うん」
 太股をゆっくり広げる。
「もっとよ」
「はんっ!」
 太股を当てられた手が、わたしの足を強引に広げた。
 …にちゃぁ……。
 パックリと開かれる私のアソコ。
「み、みないで……」
621人には言えない趣味 その15:2005/03/28(月) 00:08:44 ID:zB7k0l7k0
 羞恥心で頭がカーッとしてくる。
 何も考えられないくらい。
「続けて、初音」
「うぅ……」
 もう嫌……。
 視線が食い込むなか、再び指を動かす。
 ………なんか、いつもと違う。
 いつもより敏感で。
 いつもより糸を引くくらい濡れて……。
 にちゃっ!
「ひぃっ!」
 ゆ、ゆびが…。
 楓お姉ちゃんのゆびが…。
「んぁ。だ、だめぇ…」
 ぴちゃ。
 にちゅぴち。
「はんっ! くふぅっ! そんな…ぁんっ!」
「初音。ココ、気持ちいい?」
「ふぁ…はぁっ!」
 おまめの部分、撫でられ…んんっ!
「こっちに、指とか入れるの?」
「こ……こっち?」
 ずりゅ…。
「ふぁああ!」
 楓お姉ちゃんの指が、わたしの中に……。
「一本じゃ物足りない?」
 ぢゅり…。
「ひんっ!」
 じゅちゅり…。
「はぁああっ!」
「三本も入れば十分かしら?」
622人には言えない趣味 その16:2005/03/28(月) 00:09:30 ID:zB7k0l7k0
 ずちゅ。
 ずりゅるる……。
 掻き回されてる。
 わたしの中を、掻き回せれて……る。
「この後は、どうするの?」
「どうする……って」
「いつも耕一さんに、どんな事をされているの?」
「それは……」
 ちゅぷっ!
 ずちゅっ!
 ぢゃくっ!
「ひぃっ! やめて、そんなに強く…はぁっ!」
「ねぇ答えてよ、初音」
 やっぱり、楓お姉ちゃんは………。
「許して……」
「ゆるす?」
「許して、楓お姉ちゃんっ!」
「何の事?」
 執拗にわたしを攻め続ける三本の指。
「お願いだから…ゆるして………」
 哀願した。
 目から涙がこぼれた。
「さっきから何を謝っているの。私は初音が、どんなふうに愛されているのか
知りたいだけよ。それなのに、どうして謝り続けるの?」
 許して、もらえないんだ………。
 悲しかった。
 とても、悲しかった。
「いつもは………」
「いつもは?」
「口で……」
「口でどうするの?」
623人には言えない趣味 その17:2005/03/28(月) 00:10:08 ID:zB7k0l7k0
「アソコを、舐めて……」
 にゅろ…。
「あっ!」
 ぴちゃ。
 ぢゅるるぅ。
「ふぁああああっ!」
 アソコが。
 敏感な部分に。
 楓お姉ちゃんの唇が、舌が。
 ぴちゃる。
 ちゅりっ!
「くはぁっ!」
 吸われて。
 揉まれて。
 アソコの中も、指が、動き続け……って!!
「ひぃっ! はぁあ!」
 刺激がっ!
 気持ち良すぎてっ!
「かえ、で、おねぇ…ぁあああっ!」
 あんっ!!。
 ひぁああああああああああああっ!!!
 んぁあああ…………………。
 ふぁあ……………。
 はぁ………。
 ………。
 …。
「初音。イッたの?」
「…………」
 わたしは顔を手で覆いながら、首を縦に振った。
「耕一さんと、こんなふうにエッチしているの?」
 返す言葉なんて頭に浮かばなかった。
624人には言えない趣味 その18:2005/03/28(月) 00:10:52 ID:zB7k0l7k0
「……………私にもしてよ。初音」
「…ぇ?」
 服を脱ぐ音。
 パジャマのズボン。
 水色のショーツ。
 わたしの目の前で、楓お姉ちゃんの下半身を覆う布が消えていく。
「私にも、気持ち良い事、してよ………」
「う、うん」
 ベッドの上で横になる楓お姉ちゃん。
 両足の膝を立てた状態で。
 気怠い体を起こし、わたしは白い太股の間に顔を近づけた。
 ………こんなふうなんだ。
 楓お姉ちゃんの性器。
 間近で見るのは初めてだった。
 自分のすら、あまり見たことないから。
 …にちゅ。
 人差し指でそっと触る。
 ピクリと細い足が震えた。
 濡れていた。
 ピンクの割れ目は、ぬるぬるになっていた。
 楓お姉ちゃんも興奮していたんだ………。
 口をアソコに近づける。
 変な臭い。
 わたしのも同じ臭いがしたのかな……。
 れろ…。
「ふぅっ!」
 楓お姉ちゃんのあえぎ声。
 ぺろぺろと舐めて上げた。
「ぁあ、んんっ!」
 さっきのわたしと同じ……。
 なんとも表現しがたい味がした。
 耕一お兄ちゃんもわたしとする時、舌で同じ味覚を感じているのだろうか。
625人には言えない趣味 その19:2005/03/28(月) 00:11:32 ID:zB7k0l7k0
 ちろ。
 にちゅ。
 ちゅる。
 楓お姉ちゃんのアソコを。
 なるべく感じるところを。
 女の子同士だから。
 楓お姉ちゃんの気持ちいいところも、多分わたしと一緒だろう。
 おまめの部分。
 指で皮の部分を引っ張って。
 プリッと現れた真珠のような肉の芽を。
 わたしは丹念に愛撫した。
 感じているのは聞こえる声と、震える腰の動きから容易に想像できた。
 気持ちいい?
 楓お姉ちゃん気持ちいい?
 さっきのお返しとばかりに、わたしは舌で攻め続けた。
「あふっ! ふぁあああああああああっ!」
 激しくケイレンする体。
 楓お姉ちゃんは、あっけなくイッてしまった。
「ふぁ、はぁ、ふぅ」
 顔を上気しつつ甘い吐息を吐き出していた。
「ふぁ…。はぁ、ふぁあああ……」
 鼻をすする音。
「うぅ、うぁあぁ……」
 目に当てられた指。
 その間から流れ落ちる雫。
 いくつも、いくつもこぼれ落ち、シーツを濡らしていった。
 押し殺した嗚咽と共に。
 やっぱり………。
 楓お姉ちゃんは耕一さんを愛しているんだ。
 深く、とても深く。こんなに苦しむくらい。
 その姿を見て、わたしの目頭も熱くなった。
 胸がギュッと苦しくなった。
626人には言えない趣味 その20:2005/03/28(月) 00:12:33 ID:zB7k0l7k0
 これと似た光景を、遠い昔に見たような気がして………。
 わたしはベッドに手をつき四つんばいの格好で、泣きじゃくる姉の耳元へと這っていった。
「楓お姉ちゃん。今度の週末、ふたりで耕一お兄ちゃんの所で行こぅ」
「……はつね……」
「耕一お兄ちゃんに、愛してもらいに行こぅよ」
 ずっと、考えていた。
「わたし、ひとりだけ幸せになることなんて、できない…………」
 幸せを独り占めすることなんて、できないから。
「大人になったら、ふたりで耕一お兄ちゃんの赤ちゃんを産もうよ」
 わたしは笑った。
「ふたりで、耕一お兄ちゃんの子供を育てようよ」
 楓お姉ちゃんに笑って欲しくて、わたしは笑顔を一生懸命つくった。
「きっと、そのほうが楽しいと思うから………」
「良いの? 本当に良いの初音」
 わたしは微笑みながら首を縦に振った。
 そっと向けられる二本の腕。
 わたしを包み込み、やさしく抱きしめてくれた。
 これでいいんだ。
 これで。
 向かい合う唇。
 自然に重なり合った。
 心が、とても安らいだ。
 そして、長い間抱き合い続けた………。
 静かな時が流れた。
 優しい時間が流れた。
 もう、いいかな………。
 目を合わせる。
 いつもの楓お姉ちゃんがそこにいた。
「わたし、そろそろ自分の部屋に……」
 離れようとするわたしを、楓お姉ちゃんが離すまいと引き留めた。
627人には言えない趣味 その21:2005/03/28(月) 00:14:31 ID:zB7k0l7k0
「ねぇ、初音……」
「なぁに、楓お姉ちゃん」
「もう少し、しない?」
「え?」
 …くちゅ。
「…んっ!」
 わたしのアソコへと、一本の指がするりと入り込んだ。
「とても、気持ちよかったから……」
「もう一回するの?」
 はにかかみながら楓お姉ちゃんは頷くと、わたしにキスをした。
「んん……」
 舌がお互いの口の中で重なり合う。
 なんか気恥ずかしいけど、気持ちいい……。
 わたしも楓お姉ちゃんの太股の間に指を割り入れた。
「んふっ!」
 ぴくりと楓お姉ちゃんの背中が震えた………。


(終わり)
628人には言えない趣味:2005/03/28(月) 00:18:26 ID:zB7k0l7k0
以上、21スレ
『人には言えない趣味』でした

今書いている野師、ラストスパートがんがれ(=゚ω゚)ノ
629人には言えない趣味:2005/03/28(月) 00:23:27 ID:zB7k0l7k0
>>607

冒頭の部分、題名に『』をつけ忘れていました………_| ̄|○
630名無しさんだよもん:2005/03/28(月) 00:33:43 ID:NK1MNDZj0
短いものですが、一個投下します。
タイトルは『考え事』で、ToHeart2の愛佳。
4レス予定です。
631『考え事』 1/4:2005/03/28(月) 00:34:36 ID:NK1MNDZj0
 どんなものにも必ず終わりがやってくる。
 古い書物と塵埃の積み重なった書庫で、俺と愛佳が過ごした時間にも。
 いろいろな事情も重なったけど、それでも終わりのやって来るのは、
 予想していたよりずっと早かった――。

「……たかあきくん、たかあきくん」
 感慨に浸っていたところを、いきなり脇腹をつつかれて我に返る。
 そうだ、今、後片付けの最中だったっけ。
 もう書庫で作業することもないからと、備品を引き上げているんだった。
 振り向くと、ダンボールの箱を抱えた愛佳が立っていた。
 どうやらキッチンの一角を整理してきたところらしく、箱の中身をガチャガチャ言わせている。
「サボっちゃだめですよぉ」
「サボってないサボってない」
「む〜」
 あからさまな疑いの視線を向けられる俺。
「嘘は良くないですよ? ちゃんと分かってるんですから」
 俺の言い訳などお見通しといわんばかりに、愛佳は薄い胸を張る。
「だからサボってないって。ちょっと休息をとっていただけ。
 休息をとることはサボリとは違うんだ。そう、最高能率を達成するためあらかじめ科学的計算によって合理的に定められた計画的行動なんだ」
「む〜」
「そういうわけで納得した……?」
「するかぁ〜、この屁理屈ぅ〜」
「いたいいたいっ!」
 愛佳が、手に持ったダンボール箱の角でがしがし俺を叩く。
 これは結構痛かった。
「……悪かった」
 素直に頭を下げる俺。いたずらは引き際が肝心だ。
「これ持ってってやるから」
 俺は愛佳の手からダンボール箱をもぎ取る。よし、武器奪取。
632『考え事』 2/4:2005/03/28(月) 00:35:48 ID:NK1MNDZj0
 ん? キッチンから持ってきたって事は、この中身って食器類だよな?
 壊れ物が入っているかもしれないな……。
 中身を確認すべく俺はダンボールの上蓋をぺらりとめくる。
「あ、開けちゃ駄目!」
 愛佳の静止よりも、俺が箱の中を覗き込むほうがほんの少しばかり早かった。
「え〜と、飴玉の詰まったガラス瓶に、チョコレートの箱折、クッキーにビスケット……」
「わーっわーっわーっ」
 愛佳が得体の知れない奇声を上げ、素晴らしい速さで箱を取り返した。
 そして一歩引き下がり、俺のほうを上目づかいで見る。
「……あたしのじゃないですよ?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
 あからさまな疑いの視線を向ける俺。
「だってあたし、つまみ食いなんかしませんてば〜」
 ……この期におよんでいい根性してるな、こいつ。
 愛佳の言い訳などお見通しといわんばかりに、俺は無い胸を張る。
 ついでに一発デコピンを決めてやる。ばちん。
「嘘は良くないぜ。ちゃんと分かってるんだから」
「はぅ……」
633『考え事』 3/4:2005/03/28(月) 00:37:00 ID:NK1MNDZj0
 そんな他愛ない会話を繰り返しているうちに、作業はどんどん片付いて、やるべきことが本当になくなってしまう。
 そろそろ切り上げ時だろうか。
「あの、たかあきくん?」
 ふと見ると、愛佳が困惑したような顔で俺を見ていた。
「あたし、このあと部のほうに顔を出さなきゃいけないから」
 ……部? ああ、愛佳は文芸部にも入ってたんだっけ。
 あとクラス委員会と郁乃担当委員……は違うけど。
「だから……ごめん」
 愛佳が頭を下げる。
 ごめんっていうのは、一緒に帰れない……て意味だよな。
 愛佳の事情だから仕方ないけど、やっぱり寂しい……な。
 なんとなく思い沈黙が二人の間に流れる。
「たかあきくんも、何かクラブ活動すればいいのに」
 場の空気を察したのか、愛佳が口を開いた。
「そうは言ってもな……」
 俺は首をひねった。
 せっかく愛佳の出してくれた助け舟だけど。
「スポーツ系統はダメだし、これといって文化的趣味もないし」
 体育倉庫に呼び出されていた気もするが、それはこのさい忘れることにする。
 そうすると、マジで何にも思いつかない。
 ほとほと無趣味だな、俺。
 まぁ、今まではバーコード貼りが趣味みたいなもんだったからな。
「う〜ん、急に言われてもなあ……。愛佳は何か趣味持ってるの?」
「へ、あたしの趣味? あるよ」
 急に話を振られてきょとんとした愛佳だが、すぐ頭の中を整理したのか、自身ありげな笑みを浮かべる。

「それはね――」
「買い食い」
「ち、違うよ〜」
「つまみ食い」
「それも違う〜〜っ」
634『考え事』 4/4:2005/03/28(月) 00:38:14 ID:NK1MNDZj0
 ……何をやってるんだ俺は。
 愛佳の趣味を聞くのが怖くて、冗談にしてしまった。
 なぜだろう、聞いてしまったら、俺と愛佳の距離が一層離れてしまう気がしたからだろうか。
 愛佳も苦笑して、それ以上何も言わなかった。

 書庫を出たところで右と左。特に何をするでもなく俺たちは別れる。
 愛佳は文芸部へ。俺は一直線の帰り道へ。
 この書庫も今日が最後だと思うと、なんだか後ろ髪を引かれる思いだった。
 明日から俺は何をすればいいだろう?
 俺たちは、何を共有できるんだろう?
 5月の夕暮れ、茜色に染まった帰り道で俺はずっと、そんなことを考えていた――
635名無しさんだよもん:2005/03/28(月) 00:41:30 ID:NK1MNDZj0
>>631-634 『考え事』でした。
636名無しさんだよもん:2005/03/28(月) 00:53:47 ID:QD1xNy1u0
最終日だから見に来たら間違ってる…。

すいません、保管サイトに収録する際、>>578の11行目の
「カッター」を「カラー」に修正頂けませんでしょうか?
よろしくお願いします。
637名無しさんだよもん:2005/03/28(月) 06:13:21 ID:Q3XLDrUh0
AIRのないの?
638名無しさんだよもん:2005/03/28(月) 07:52:49 ID:NxwJ303q0
投下します。
ToHeart2でタイトルは「音楽鑑賞」
草壁優季についてのネタバレあります。ご注意。
639音楽鑑賞1:2005/03/28(月) 07:53:29 ID:NxwJ303q0

 うとうとと夢を見ていた。
 ずっと昔、幼い僕たちが知り合ったばかりのころの夢……

『音楽鑑賞』

 とても綺麗な海の中だった。
 水の色はどこまでも青く、たくさんの魚たちが自由気ままに泳ぎまわっていた。
 上を見上げれば、僕の背丈ほどもある大きなヒレを広げたエイが、頭の上をゆっくりと通り過ぎていく。
 その傍らでいろんな色や形の小魚が舞い、横を振り返ればマグロの群れがキラキラと金属質の輝きを放ちながら僕に近寄ってきたりして……
 僕は、まるで幻を見ているかのようなぼんやりした瞳で光景に見とれていた。

 そうして気がつかないうちに、ずいぶん時間が過ぎていたんだろう。
 いつのまにか僕は一人ぼっちだった。
 さっきまで確かにみんなと一緒にいたはずなのに……
 ぐるぐると周りを見回してみても、見知った顔のひとつも見つからなかった。
 右も左も、青い青い水の輝きと大きなぎょろ目を剥いた魚ばっかりで、僕は異世界に一人迷い込んでしまったような気分になる。
 少し心細くなりはじめた、その時だった。
640音楽鑑賞2:2005/03/28(月) 07:54:10 ID:NxwJ303q0
 突然、手を引っ張られた。
 びっくりして振り向くと、そこに草壁さんがいた。
 目が合うとにっこり笑って、
「こっちだよ」
 と、通路の一角を指差した。
 僕は、まるで救いの女神さまが現れたように思って、草壁さんの手を握った。
 と、草壁さんはいきなり僕の手を引いて歩き出そうとする。
「ちょ、ちょっと待ってよ草壁さん」
 いきなりどこへ連れて行こうとするのさ、と文句を言おうとすると、草壁さんはびっくり顔をして唇を尖らせた。
「河野くん。私、草壁って名前じゃないよ」
「え?」
「……草壁は私のお母さんの名字」
 あれれ、そうだっけ?
 僕は目の前の女の子を見つめなおす。
 僕と同じクラスの、僕も良く知っている女の子。黒くて長い髪の毛と、頭の上のほうについたかわいい髪飾りが彼女の目印だ。
 ちょっと人見知りするけど、優しくて良く気が付いて、それからおとぎ話が好きで……。
 名前は……ええと、高城さんだ。高城優季。僕は何を勘違いしていたんだろう。

「……高城さん」
「うん!」
 高城さんは納得したような表情で、また歩き始めた。
 エイやマグロの泳いでいる水槽を離れ、回廊のように曲がっている通路の奥へ。
 高城さんに手を引かれながら、僕は疑問を口にした。
「ねえねえ、僕をどこへ連れて行くの」
「さぁ? どこだと思う?」
 高城さんの答えはそっけなかった。
 僕は真剣な気持ちで聞いているのに、彼女はとてもいたずらそうな目で僕を困らせるばかりだ。
「イジワルしないで教えてよ」
「だ・め。河野くん私の名前間違えたから教えてあげない」
 ぴしゃりと言われてしまった。
 本気で怒っているわけじゃないんだろうけど……。
 仕方なく、僕は黙りこくって高城さんの後を付いて行った。
641音楽鑑賞3:2005/03/28(月) 07:54:51 ID:NxwJ303q0
 そのうち通路はどんどんうす暗くなってきて、周りの水槽を泳いでいる魚もさっきのみたいにきらきらしたものではなく、青白くて不気味なものばかりになってきた。
 枯れ草みたいにひょろ長いウミヘビとか、耳元まで口が裂けたアンコウとか……。
 高城さんは先に立ってずんずん歩いていくけれど、僕はなんだか異次元へ誘い込まれているかのような錯覚で恐怖さえ感じてしまう。
「ね高城さん? 本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。任せて」
 何も心配していないような高城さんの態度が、かえって僕を不安にさせる。
 いったいどこへ連れて行かれるんだろうか……。
 僕は落ち着きなく、目をきょろきょろ動かしながら、通路の奥へ奥へと進んでいった。
 そのとき僕はあることを思い出した。
 そうだ。今の僕の状況と同じように、海の底へ連れて行かれて……っていう話があったじゃないか。
 その通りなら行き着く先はべつに恐いところじゃないはずだ。
 僕の心の中に、一筋の希望の光が差し込んだみたいだった。
「ねえ高城さん」
 思いきって聞いてみた。
「ひょっとして、高城さんの連れて行ってくれるところって……竜宮城?」
「……!?」
 高城さんは、俺のほうを見て目をぱちくりさせると、次の瞬間、とても大げさに笑い出した。
642音楽鑑賞4:2005/03/28(月) 07:55:51 ID:NxwJ303q0
「ごめんごめん……」
 しばらく経ったけど。
 いまだに虫が治まらないのか、高城さんは目に涙の粒さえ浮かべて笑いをかみ殺している。
 普段おとなしい彼女があんまり笑うもんだから、僕のささやかな怒りもどこかへ吹っ飛んでしまったくらいだ。
 笑うなんてひどいよ、とすっかり毒気を抜かれた文句を言うと、
「そうだね、ごめん……。海の底といえば竜宮城だよね」
 高城さんはまるで可愛い子供を見るような目で、僕を見た。
 僕はいまさらになって恥ずかしくなる。
 良く考えたら竜宮城なわけがないじゃないか。仮にもここは水族館の中なんだぞ。
 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、高城さんは一層ご機嫌だった。
 彼女はこういうおとぎ話の類が大好きだったから。
「どうぞ浦島太郎さま」
 すっかり乙姫さまに成り切ったかのような高城さん。
「竜宮城へようこそいらっしゃいました。おもてなしに歌でもお聞かせ致しましょうか」
 大人びた口調で口上を述べると、優雅に膝を折る。
 つられて僕もお辞儀をしてしまう。ほんのちょっとした真似事なのに。
 けれど、そういうのは嫌いじゃなかった。
「ぜひ聞かせてよ。でも、どうして歌なの?」
 僕がそう訊いたのは、乙姫様ならもてなすべきはご馳走じゃないかと思ったからだ。
「ご馳走なんて用意できないでしょ」
 そりゃそうだ。
643音楽鑑賞5:2005/03/28(月) 08:02:31 ID:NxwJ303q0
 ゆらゆら揺れる光が、まるで特設のステージライトのよう。
 やわらかく幾重にも帯を巻いて、上質の天鵞絨のような美しさを輝かせる。
 その真ん中に立った高城さんは、さながら高貴なドレスを纏ったお姫様だ。
 僕がそのことを褒めると、彼女は心なしか頬を紅く染めて、今までに見たことがないくらいの笑顔を浮かべて……。
 それがまた、どんな手の込んだお化粧よりも彼女に似合っているように思うのだった。

 そして、たった一人の観客のために、彼女のコンサートが始まった。
 決して上手くはないけれど、誠実で、どこか暖かみのある歌声が僕の耳に届いてくる。
 僕は静かに目を閉じた。
 目を閉じると、本当に竜宮城の舞台で乙姫さまの歌声を聴いている気分だった。
 
 乙姫さまの歌は、とても優しかった。
 僕の中にすうっと入ってきて、不安で震えていた心を陽だまりのような暖かさの中に包み込んでしまう。
 まるで、僕の体全部が、高城さんの温かい手のひらに包まれたみたい。
 これは高城さんの優しさなんだろうか?
 心細くないよ、寂しくないよって、励まされているようだ。
 なんだかひとりでに涙が零れてきそうになって、僕は唇をぐっとかみ締めた。

 歌が終わっても、僕はなんだか頭がぼんやりして、夢の中を漂っているような気分だった。
 高城さんは礼儀正しく深々とお辞儀をすると、僕のほうを見て言った。
「えと、どうだった……?」
 その言葉に僕はきょとんとしてしまう。
 あとから考えれば、高城さんは感想を聞きたかったのだと思うけれど……。
 そのときの僕はぼんやりしていたので、彼女が何のことを聞いたのか分からなかった。
 僕があやふやな返事をしたせいだろう、彼女はその可愛い眉をひそめた。
「河野くん、歌好きだよね……? 趣味は音楽かん賞だったよね?」
 え……っ!?
644音楽鑑賞6:2005/03/28(月) 08:04:59 ID:NxwJ303q0
 僕たちの学校の通知票には特技や趣味を記入する欄があって、学期の終わりにはその欄を埋めて先生に見せなければならなかった。
 けれど幼い僕たちのことだから、趣味なんて聞かれてもよく分からなくて、大抵の子は思いついたものを適当に書いて済ませていた。
 むろん、まじめに書いている子もいたろうけど……。僕もご多分に漏れず、適当に書いていたうちの一人だった。
 そのときも、誰かが「音楽かんしょう」と言い出して、僕はそれを真似しただけだった。
 だいたい僕は、音楽鑑賞の正確な意味さえ分かっていなかった。
 ただ、音楽っていうのが、どっちかっていうと女の子っぽい趣味だな、と思っていた程度だ。

 だからこのとき、高城さんが趣味の話を持ち出したとき、僕は本当にびっくりしたと思う。
 どうして彼女は僕の書いた内容を知ったのか。
 通知票に適当に音楽鑑賞と書いたのは事実だけど、それを肯定したくはなかった。
 女の子っぽい趣味の持ち主だと思われるのは真っ平ごめんだった。
 そんな趣味の持ち主を、彼女はきっと軽蔑すると思ったから。
 幼ごころに僕は高城さんのことが好きだった。
 軽蔑されたくなかった。嫌われたくなかった。

 僕の体の中を渦巻いていたいくつもの感情を、幼い僕は幼い少女にどう伝えれば良かったんだろう。
 混乱する頭を抱えて、僕は、口を開いた。
「僕……音楽好きじゃないんだ」
「え……!?」
「音楽かん賞とか、趣味じゃないから……。だから、高城さんの歌もつまらなかったよ」

 高城さんの顔が、急に曇ってゆく。
 きゅっと唇を噛んで、瞳をうるうるに潤ませて下を向いてしまう。
 さっきまでの笑顔なんかかき消されてしまって。
 しまった、何か声をかけなきゃと思ったけれど、僕の頭の中はもうぐちゃぐちゃで……。
 とても気まずい雰囲気の中で、今にも泣き出しそうな高城さんを見て、
 僕はその場にいたたまれなくなって、駆け足で逃げ出したんだった。
645音楽鑑賞7
 そのあとどうなったのか、僕は覚えていない。
 覚えていないってことは、特に問題もなくて出口に辿り着いたんだろう。
 そしてクラスメートの群れに混ざって、何食わぬふりで学校へ戻ったはずだ。
 高城さんにはちゃんと謝れたんだろうか。それとも……。

 夢は、そこで終わる。
 ……。

「あ……起こしてしまいましたか?」
 夢から覚めると、目の前に草壁さんの顔があった。
 思わず名前を呼びそうになって、慌てて口をつぐむ。
 えとえと……今度こそ間違いないよな。正真正銘の草壁さんだ。
 昔の高城さんと同一人物だけど、今の名前は草壁さんで、俺の学校の同級生で、黒髪が綺麗で、スタイルが良くて、ちょっとメルヘンチックで、とても優しく笑ってくれる今の俺の恋しい人だ。
「ごめん、俺……」
「いえ。私もうとうとしていましたし……それに、退屈はしませんでしたから」
 草壁さんは静かに笑って、頭上を見上げた。
 俺たちは水族館デートの途中で、通路脇のソファーにもたれて休憩していたところだった。
「ここは、水槽のいちばん底の部分にあたるんですね。青い青い海の底。きらきら輝く水の色が綺麗でまるで夢の世界を見ているよう。こんな美しい光景を目にしながらのんびりした時間を過ごせるなんて、ふふっ、とても素敵だとは思いませんか?」
 草壁さんにつられるようにして、俺も上を見上げる。
 大きな水槽の青い色と、その中を悠然と泳いでゆくジンベイザメ。
 俺が夢の中で見た大きなエイは、どこを探してみても見つからなかった。
 ふいに、俺は思い当たる。
「草壁さん、いま歌……歌ってたでしょ?」
 聞かれて、草壁さんは目をぱちくりさせた。
「え……あの……? どうして分かったんですか? 貴明さん、実は狸ねむりだったとか、もしくはエスパー……? ああ、貴明さんにそんな力があったなんて私ぜんぜん……。あ、それじゃ、あの……とか……の事も……」
 なんだかおろおろしている草壁さんはそれはそれで可愛らしかったけど、その反応で俺の知りたかったことは分かってしまった。
 どおりで、夢の中の高城さん、あの歳にしては歌が上手すぎると思ったよ……。
 ……なんて言えないよな。恥ずかしいし。
「……あの時はごめん」