どんなものにも必ず終わりがやってくる。
古い書物と塵埃の積み重なった書庫で、俺と愛佳が過ごした時間にも。
いろいろな事情も重なったけど、それでも終わりのやって来るのは、
予想していたよりずっと早かった――。
「……たかあきくん、たかあきくん」
感慨に浸っていたところを、いきなり脇腹をつつかれて我に返る。
そうだ、今、後片付けの最中だったっけ。
もう書庫で作業することもないからと、備品を引き上げているんだった。
振り向くと、ダンボールの箱を抱えた愛佳が立っていた。
どうやらキッチンの一角を整理してきたところらしく、箱の中身をガチャガチャ言わせている。
「サボっちゃだめですよぉ」
「サボってないサボってない」
「む〜」
あからさまな疑いの視線を向けられる俺。
「嘘は良くないですよ? ちゃんと分かってるんですから」
俺の言い訳などお見通しといわんばかりに、愛佳は薄い胸を張る。
「だからサボってないって。ちょっと休息をとっていただけ。
休息をとることはサボリとは違うんだ。そう、最高能率を達成するためあらかじめ科学的計算によって合理的に定められた計画的行動なんだ」
「む〜」
「そういうわけで納得した……?」
「するかぁ〜、この屁理屈ぅ〜」
「いたいいたいっ!」
愛佳が、手に持ったダンボール箱の角でがしがし俺を叩く。
これは結構痛かった。
「……悪かった」
素直に頭を下げる俺。いたずらは引き際が肝心だ。
「これ持ってってやるから」
俺は愛佳の手からダンボール箱をもぎ取る。よし、武器奪取。
ん? キッチンから持ってきたって事は、この中身って食器類だよな?
壊れ物が入っているかもしれないな……。
中身を確認すべく俺はダンボールの上蓋をぺらりとめくる。
「あ、開けちゃ駄目!」
愛佳の静止よりも、俺が箱の中を覗き込むほうがほんの少しばかり早かった。
「え〜と、飴玉の詰まったガラス瓶に、チョコレートの箱折、クッキーにビスケット……」
「わーっわーっわーっ」
愛佳が得体の知れない奇声を上げ、素晴らしい速さで箱を取り返した。
そして一歩引き下がり、俺のほうを上目づかいで見る。
「……あたしのじゃないですよ?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
あからさまな疑いの視線を向ける俺。
「だってあたし、つまみ食いなんかしませんてば〜」
……この期におよんでいい根性してるな、こいつ。
愛佳の言い訳などお見通しといわんばかりに、俺は無い胸を張る。
ついでに一発デコピンを決めてやる。ばちん。
「嘘は良くないぜ。ちゃんと分かってるんだから」
「はぅ……」
そんな他愛ない会話を繰り返しているうちに、作業はどんどん片付いて、やるべきことが本当になくなってしまう。
そろそろ切り上げ時だろうか。
「あの、たかあきくん?」
ふと見ると、愛佳が困惑したような顔で俺を見ていた。
「あたし、このあと部のほうに顔を出さなきゃいけないから」
……部? ああ、愛佳は文芸部にも入ってたんだっけ。
あとクラス委員会と郁乃担当委員……は違うけど。
「だから……ごめん」
愛佳が頭を下げる。
ごめんっていうのは、一緒に帰れない……て意味だよな。
愛佳の事情だから仕方ないけど、やっぱり寂しい……な。
なんとなく思い沈黙が二人の間に流れる。
「たかあきくんも、何かクラブ活動すればいいのに」
場の空気を察したのか、愛佳が口を開いた。
「そうは言ってもな……」
俺は首をひねった。
せっかく愛佳の出してくれた助け舟だけど。
「スポーツ系統はダメだし、これといって文化的趣味もないし」
体育倉庫に呼び出されていた気もするが、それはこのさい忘れることにする。
そうすると、マジで何にも思いつかない。
ほとほと無趣味だな、俺。
まぁ、今まではバーコード貼りが趣味みたいなもんだったからな。
「う〜ん、急に言われてもなあ……。愛佳は何か趣味持ってるの?」
「へ、あたしの趣味? あるよ」
急に話を振られてきょとんとした愛佳だが、すぐ頭の中を整理したのか、自身ありげな笑みを浮かべる。
「それはね――」
「買い食い」
「ち、違うよ〜」
「つまみ食い」
「それも違う〜〜っ」
……何をやってるんだ俺は。
愛佳の趣味を聞くのが怖くて、冗談にしてしまった。
なぜだろう、聞いてしまったら、俺と愛佳の距離が一層離れてしまう気がしたからだろうか。
愛佳も苦笑して、それ以上何も言わなかった。
書庫を出たところで右と左。特に何をするでもなく俺たちは別れる。
愛佳は文芸部へ。俺は一直線の帰り道へ。
この書庫も今日が最後だと思うと、なんだか後ろ髪を引かれる思いだった。
明日から俺は何をすればいいだろう?
俺たちは、何を共有できるんだろう?
5月の夕暮れ、茜色に染まった帰り道で俺はずっと、そんなことを考えていた――