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7月の中旬、渚は明日の期末テストに備え勉強をしていた。
これさえ乗り越えれば後は念願の夏休みである。未だ大した予定など何も決まってないが、
それでもやはり嬉しいものだ。彼女は非常に狡猾で学校では優等生を演じつつ、裏では様々な
悪さを繰り返していた。それが休みの期間となると優等生を演じる必要がなくなるのだから
それだけでも嬉しくなってしまう。
「もう0時になるのね、そろそろ終わりにしてお風呂に入ってこよ」
脱衣所に到着すると、なにやら風呂場で動くモノが見えた。
誰かが入っているのかと思い声をかけてみるが返答は無い。
そもそも電気は消えていたので先に入っている人など居よう筈が無かったのである。
「気のせいかな。そうよね、それに今日は家には誰もいないんだもん。気のせいに決まってるわ」
渚の両親は、夏休み中だと店も多少忙しくなるので(といっても只の口実だが)、その前に旅行に
行くと言って出掛けてしまった。
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「やっぱり誰もいないわね。当たり前か、誰かいたら大変だわ。それにしても夫婦で旅行かぁ、
いいなぁ。私も誰かと二人きりで旅行に……なんて無理ね、そもそも好きな人なんかいないし」
浴槽にお湯を張り終え、頭、顔、体を洗い入浴していると、
バン…バン…バン…バン…と、窓の方から音が聞こえてきた。
「な、なに、何の音?まさか覗きっ!?」
音のする方を見てみるが、窓は閉まっていて特に異常は見当たらない。だが一向に音は鳴り
止まず、立ち上がり窓を開けようとすると音がピタッと止まるのだが、またお湯に浸かると
バン…バン…バン…と音が聞こえてくる。再び立ち上がり恐る恐る窓を開けて外を見るが
そこには誰も居らず、音の原因となるモノも特には見当たらない。
「変ね…、確かにここから音が聞こえてきたのに。気持ち悪いからもう出ようかしら。
はぁ、もっとゆっくり浸かりたかっ………キャーーーーーーーー!!!!!!」
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窓を閉め、浴槽を跨いだその時、片足を浴槽内で無数の手によって掴まれた。渚は慌てて足元を
見るとお湯が真っ赤に染まっていて中が見えない。足を引き抜こうとするが力強く抑えられている
ので全く動かせない。かといって赤く染まった浴槽内に手を入れる勇気もなく途方に暮れていると、
フッと電気が消えてしまった。
「や、な、なに、なんなのよ、何がどうなってるのよ!?…えっ水の音?…あっ!」
余りの恐怖に渚は失禁してしまっていた。すると何故か束縛されていた足は解放され浴槽から
抜け出る事が出来た。しかし慌てて風呂場を出ようとしたものの、どういう訳か扉が開かず
真っ暗の中閉じ込められてしまった。
「何で開かないのよ!私もいつまでお漏らししてるのよ!私何か悪い事した?一応優等生なのよ私。
何でこんな目に逢わなきゃなんないのよ…誰か、助けてよ」
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悲痛な願いも虚しく時間は刻一刻と流れ、次第に暗闇に目が馴染んできた所、
浴槽にひっそりと佇む人影が見えた。そしてその人影は音もなく浴槽から出ると、
一歩、また一歩とゆっくり渚に近づいてきた。
「だ、誰、やめて、来ないで、来ないでよ!お願い、助けて」
逃げようとしても扉は開かず、シャンプーや石鹸など、手当たり次第そのモノに投げつけるが
少しも止まる気配は無い。渚は目を閉じ、洗面器をかぶり身を縮めて座り込んでいると、不意に
何者かによって肩を掴まれた。
「助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて」
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「助けて」と唱え続けていると願いが通じたのか肩を掴んだ者は全く動かなくなった。
渚が目を開き相手の方を見ると、髪の長い裸の女が肩を掴んだまま顔を伏せていた。
その女は渚が自分を見ている事に気づくと、ニヤリと笑い顔をあげた。
そう、彼女は待っていたのだった。そして目が合った瞬間、その女は弾ける様に黒い水と化し
渚に覆い被さってきて、一瞬にして体内へと侵入してきた。
渚はそのまま意識を失ってしまった。
翌々日、両親が帰宅すると浴室内で横たわる渚を発見したが意識は戻らず、そのまま入院する
事となった。数ヶ月が過ぎ、ようやく意識が戻ったがその時の事は覚えておらず、また、彼女は
今までのような粗暴な振る舞いは見せず、まるで別人のようになってしまった。
そう、別人のように…………