葉鍵的SSコンペスレ14,1

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260何時の日か
今から投下します。
タイトルは『何時の日か』
題材は『痕』
5スレです
261何時の日か その1:04/08/24 01:03 ID:FPF9gLDt
 「楓お姉ちゃんも、一緒にお料理作ろうよ」
 初音に頼まれて、近所のスーパーに寄った帰り路。
 私は両手一杯の食材を抱えていた。
「え、料理?」
 すっとんきょな声を思わずあげた。
「うん。きっと楽しいよ」
 楽しい……か…………。
「ちょっと無理だと思う」
「どうして?」
「あの台所に、私と初音と梓姉さん、3人もいたら狭いでしょ」
「そうかなぁ」
「それに、私がいても梓姉さんの邪魔になるだけだし………」
 突然、目の前を木枯らしが吹き抜けた。
 初音が驚いて、小さな声を上げる。
 枯れ葉が土埃と共に舞い上がり、潮風に乗って遠くへと運ばれていく。
 冬の足音が、ひたひたと近づいていた。
「明日の夕飯、わたしと楓お姉ちゃんだけで作ろうよ」
「明日?」
「うん。たまには、梓お姉ちゃんに楽をさせてあげたいし、二人で作れば問題ないでしょ?」
「う、うん。別に、いいけど」
 そう、答えつつ、私の頭に不安が過ぎった。
 ここ暫く、家庭科の授業以外に、料理をした記憶があまりない。
 上手く、出来るかな。
「初音。今日は鶏肉で唐揚げを作るって言っていたわね」
「そうだよ。明日はお魚の料理にしようか」
 魚の方が難しいような気がした。
 私、綺麗に魚を3枚におろす自信がない。
 一体どうなる事になるやら。
 オレンジ色に染まりゆく、天高き空を見上げながら、私は溜息を一つついた。
262何時の日か その2:04/08/24 01:04 ID:FPF9gLDt
 翌日。
 私は魚屋で買った食材を手にして、家の門をくぐった。
 台所に入ると、ピンクのエプロンをした初音が、お釜にご飯をセットしている所だった。
「ただいま」
「ごめんね楓お姉ちゃん、一緒に買いに行けなくて」
「いいのよ初音、別に気にしなくても」
「どんな、お魚買ってきたの?」
 私は買ってきた魚を見せた。
 一瞬にして、目を丸くする初音。
 何か変だろうか?
 私は首を傾げた。
「……楓お姉ちゃん、ブリを一本買ってきたの……」
「大きいほうが三枚におろしやすいと思って」
「楓お姉ちゃん、あそこの魚屋さんは、頼めばどんな魚でも三枚におろしてくれるよ」
「え……」
「それに、最初から骨を取った調理済みのお魚でも良かったんだけど」
 廊下から、梓姉さんの押し殺した笑い声が聞こえてきた。
 どうやら、ちょうど今帰って来たところらしい。
「わたし、こんなに大きなお魚、おろすのは初めてだよ……」
「大丈夫よ。多分、なんとかなると思う」
 まったく根拠の無い言葉を口にしながら、私は六十センチほどのブリを、マナ板の上に載せた。
 やっぱり、ちょっと大きかったかな………。
 包丁を手に持ち、魚に手を添えた。
 梓姉さんに頼む気は、最初からなかった。
「楓お姉ちゃん、まず頭をおとさなきゃ」
 私は初音の言葉に頷きつつ、ブリのカマに包丁を入れた。
 ……………あれ?
「大丈夫?」
 初音が不安そうに私を見つめる。
 思ったより、固い。
 ある程度切れ目を入れ、魚を裏返し、再び反対のエラから包丁を入れる。
263何時の日か その3:04/08/24 01:05 ID:FPF9gLDt
「多分、これで…………」
 上手く行かない。
 力を入れようにも、包丁が欠けてしまいそうで怖かった。
 いたずらに時間ばかりが、過ぎ去ってゆく。
「楓。包丁を貸して。あたしが見本を見せてあげる」
 廊下からコチラを見ていた梓姉さんが、我慢しきれずツカツカと台所に入ってきた。
 私から包丁を受け取ると、手慣れた手つきで刃を魚の中に入れていく。
「ここの辺りのスジを切ればいいのよ」
 ものの数秒で、見事にブリの頭を切り落とした。
「後は出来るよね」
 そういうと、梓姉さんは包丁を私に手渡し、再び後ろで傍観し始めた。
 なんだかまるで、姑に品定めされている新妻の気分だった。
 私は梓姉さんに礼を述べると、一呼吸置き、ブリの尾びれに包丁を入れた。
 とりあえず、三枚におろす。
 そこから先は、思ったほど難しくはなかった。
「楓お姉ちゃん、お刺身と、焼き物と、ブリ大根も作ろうか」
 初音がテキパキと他の調理を手際よくすすめる。
「ブリ大根だと、時間かからない?」
「多分、晩ごはんまで時間があるから、大丈夫だと思う」  
 そういうと初音は、私が取り分けたアラをざるに取り、臭みを取るため先ほどから
沸かしていたお湯に、それをくぐらせた。
「ねえ、楓お姉ちゃん」
「ん?」
「耕一お兄ちゃんがいれば良かったのにね」
 少し寂しそうに呟いた。
「そうね………」
 私は都会に戻った耕一さんの事を思い浮かべた。
264何時の日か その4:04/08/24 01:06 ID:FPF9gLDt
 今頃何しているのだろう。
 ちゃんとご飯食べているのかな。
 逢いたい………。
 逢いたいな………。
 耕一さんの側に行きたい。
 別に、何が出来るわけでもないけど。
 でも…、
「イタッ!!」
 突然、鋭い痛みが走った。
 カラン。
 私の持っていた包丁が、まな板の上に転がる。
「楓お姉ちゃん?!」
 初音が腕を止め、私のほうに走り寄る。
 私は自分の指を見て、思わず固唾を飲んだ。
「血が、出てるよ………」
「だ、大丈夫。ちょっと考え事していただけ」
 傷が深いらしく、血がみるみる溢れ出てきた。
「楓、刃物を扱っている時は、料理に集中しないとダメよ」
 梓姉さんが、居間の方に駆けだしていった。おそらく救急箱を取りに行ったのだろう。
 まな板の上に、ポタポタと私の血痕が垂れていく。
 初音が青い顔をしながら、キッチンペーパーで患部を包んだ。
 鋭い痛みが、断続的に襲ってくる。
 赤く染まっていく紙を見つつ、私は………、
(私が死んだら、耕一さんはあの時のように、泣いてくれるのだろうか)
 ふと、そんな事を思った。
 愚かな考えだと自覚しつつ…………。
 
 
「いただきます」
 四姉妹揃っての夕ご飯。
265何時の日か その5:04/08/24 01:10 ID:FPF9gLDt
 テーブルの上には各種、多様な魚料理が並び、炊きたてのほかほかご飯が、
食欲をそそった。
「あら、美味しいわね。このお刺身」
「千鶴お姉ちゃん、ブリのカマも美味しいよ」
 皆、競うように箸を動かす。
 どのオカズも、スコブル評判が良い。
 もっとも、指を怪我した後、私は見ていただけで、初音と梓姉さんがほとんどの
料理を作りあげた。
「あら、楓。その指どうしたの?」
 経緯を知らない千鶴姉さんが、包帯が巻かれた私の指に目を留めた。
「ちょっと、怪我しただけ」
 あまり、触れて欲しくなかった。
「あぁ、千鶴姉。包丁で切っただけだよ。料理しててね」
 余分な事を言わなくてもいいのに………。
 ちょっぴり梓姉さんを恨めしく思った。
「珍しいわね。楓が料理をするなんて」
「でも、上手だったよ千鶴姉。包丁の裁きかたとか。楓の選んできた魚も鮮度が良くて、
物を見る目はあると思うよ」
「そうだよ、わたしあんなに大きなお魚おろせないもん。きっと、やらないだけで、
楓お姉ちゃん、料理の素質あるよ」
 思いがけず二人に褒められ、私は恥ずかしくなり、目を伏せた。
「ねぇ楓。年末に耕一が来た時は、楓が料理を作ってあげたら?」
 思いがない提案に、箸が止まる。
 梓姉さんは本気で言っているのだろうか。それとも単にからかっているだけだろうか。
 私は梓姉さんの真意を測りかねた。
「考えとく…………」
 当たり障りのない解答しつつ、食後の日本茶をゆっくり啜った。
266何時の日か:04/08/24 01:13 ID:FPF9gLDt
以上5スレでした

まだ書いている方々、挫けずガンバッテください。
267美談:04/08/24 06:02 ID:HYLTj8hp
投下します。
タイトルは美談。AIRで5レスです。
268美談1/5:04/08/24 06:03 ID:HYLTj8hp
 往人は道を歩く。ひたすら、歩く。何のために?
 飯を食うために。
 往人は今日で断食三日目に入った。彼は坊さんでは無い。
親は方術士であったが、先祖が高野山でどんぱちやっちゃった以来坊さんとは仲が悪いら。
というより、つても何にもない他人だから、という方が近いからだが、
「俺も葬式にお経読むだけでうん百万もらいたい。」
 そんな仏教に対する偏見のかかった呪い文句を言いながら、今日も霧島聖に言われた雑貨の買い付けにでる往人であった。
 そして夜になった。
269美談2/5:04/08/24 06:04 ID:HYLTj8hp
「お姉ちゃん。三国志って面白いねー。今日図書館で借りてきたんだけど、今、劉備って人が近くの村に立ち寄って、ご馳走振る舞われてるとこなんだ。中国の村人って親切だね。」
「なんだか、渋いもの読んでるな・・・どれどれどんなことが書いてあるんだ。・・・凄いな。佳乃」
 彼女が読んでいたのは白文であった。当然医大を卒業した頭がいい(?)聖でもさすがにこれは読めない。すさまじい成長をする妹に、聖は尊敬したくなった。
「さすが、我が妹だ。」
「帰ってきたぞー。ほれほれ、医療器具。まさかあんな風に仕入れてるとは・・・」
「お、居候が帰ってきたな。ちゃんと全部あるか確かめよう。たぶんお金はぽっきりその分しか渡してないから、どれか一つくらい無いはずだ。」
「ちゃんと全部買ってきたって、夕飯があるんだから、そんなことはせん。」
 我慢ができない男、往人だが、この二日間、何も食っていないのはかなり効いているらしい。あまりの空腹に脳のねじがはずれたのか、善人のような振る舞いをしてしまっていた。
 しかし、不幸なことはこの女性に対して、そんな善行をしてしまったことだ。彼女は鬼であった。
「何言ってるんだ?今日も昨日も患者は来てないんだ。佳乃と私が食べるのも困ってるのにお前にやる飯などない。」
「そ、そんなばかな!?」
「いいではないか。ここに居させてやってるんだ。雨ざらしにならないだけありがたく思え。」
「お、おい!佳乃。この変なTシャツ来た極道になんとか言ってくれよ!おれぁ三日も飯食ってねぇんだ。佳乃!?」
 佳乃は読書に夢中で全く往人の話を聞いていない。
「んな馬鹿なぁあああああ。こんな酷い話あるか!?こんな家出て行ってやる!」
「勝手にしろ。同情はするがな。」
「同情するなら飯をくれ!」
「嫌」
 涙を流した往人はバタンと扉から外へ行き、家無き子になってしまいました。
270美談3/5:04/08/24 06:05 ID:HYLTj8hp
「くっそう・・・あいつら。」
 恨みつらみが彼の周りを覆う貧弱コジキオーラを増長させています。
 端から見ると、かなり惨めですが、風体がでかいので周りの人々は皆避けていくばかりでした。
 道を歩いていた彼。前からポテトが近寄ってきます。たぶん霧島診療所に帰る途上なのでしょう。しかし、ポテトはビクッと震えると、反対車線の道に移動し始めました。
 そう、往人の貧弱コジキオーラに動物であるポテトですら、避けてったのです。
往人さんは切れました。
「てめぇ」
 往人は地を蹴り、ものすごいスピードでポテトに向かっていきました。
 ポテトの頭を片手で掴みます。空中でじたばた動くポテトに彼はこう言いました。
「ポシンタン。じゅる」
 ポシンタン。朝鮮半島の料理で、トウガラシベースの辛いスープに、サツマイモの茎、エゴマの葉っぱや実が、入っている鍋のことである。
ポシンタン以外の呼び名として、サチョルタン、ヨヤンタン、モンモンタンなどの呼び名がある。
 主に犬肉を使用する食材としても有名。
 ちなみに韓国では飼い犬も、正月に食べる習慣があるそうです。
「うまー。」
 1時間後、浜辺に美味しそうな鍋をつつく往人さんがいました。
 彼はゴミ捨て場に捨ててあった鍋を拾ってきて、縄文人のごとく、木で火をおこしました。後はちょっと放送禁止な映像なので割愛。
とにもかくにも、往人さんは一日を生きながらえました。
「生きてるってスバラシイ。」
 そして、お腹が一杯になった往人さんは、浜辺でぐっすりと眠ってしまいました。
271美談4/5:04/08/24 06:06 ID:HYLTj8hp
 朝、往人さんは頭垂れていました。
「やっちまった・・・やばい、絶対人を治すよりばらすのが得意なブラックジャックに殺される。」
 霧島聖のことです。
 こんな小さな町、浜辺でこんなことをしていたら、すぐにばれてしまいます。
 現に、昨日の晩に何人かの子供に、ポテトをピーしているところを見られてしまいました。
その子供はインターネットでグロ画像を見られているおかげで、あまり騒ぎませんず、往人はビバIT革命などと思っていましたが、冷静に考えると、うわさ話として広がるのは確実。やつに知られるのは時間の問題でした。
「逃げるか?しかし、バスに乗る金なんてない。やばいって・・・」
 進退窮まったことを悟った往人さんは、霧島診療所に行って謝ることにしました。
もし、ここで逃げれば、確実に殺されます。ただ、少しでも罪を軽くする、そんな邪心が彼に良心をする気を起こさせました。
それに、彼の頭には佳乃の顔がちらほらでてきました。いくらあの非道な姉が原因であったとはいえ、佳乃のペットをピーしたことには代わりありません。せめて、謝って、その罪を償おうと彼は思ったのです。
「よし、俺はいくぞ。」
その時、声が響きました。
「往人さぁん!どこにいるのー!?」
 佳乃です。
「な、佳乃!?なんでここにいるんだ!?」
「外、暑いでしょ?うちならクーラーはなくても扇風機があるから。だからさ。早く帰ろ?」
 そんな無垢な彼女がいました。
 往人さんは浜辺にあった鍋のことは決して言えず、彼女の家へと一緒に帰って行きました。
272美談5/5:04/08/24 06:07 ID:HYLTj8hp
「これは・・・鍋。」
 彼が彼女の家に着いた時、すごい大きな鍋がありました。
「えへへ、往人さん。お腹空いたんでしょ?私が腕によりをかけて作ったんだから。おいしいって言わないとパンチしちゃうぞ。これは毎日の感謝の印」
 本当に無垢な言葉。往人さんは、胸のずっと奥が痛くなりました。
 なんで、俺は食っちまったんだろう。
 3日の断食なんてよくあったことじゃないか。なのに、あんな人のペットを食うなんて、酷いことをやっちまうなんて、それを知らない彼女は俺に笑いかけてくれる。
 気が付くと往人は、胸に隠していた真実を、苦しい現実を彼女に伝えていました。
しかし、彼女は少し悲しそうにしましたが、すぐに往人さんに笑いかけてくれました。
「しょうがないよ。往人さんは死ぬほどお腹が空いてたんでしょ?
ポテトとの思い出はいっぱい。本当にいっぱいあった。だけど、往人さんが飢え死にしちゃったら、やだよ。
どっちを選ぶとか私にはできなかったし、往人さんが生きてくれただけでいいと思う。それに私たちは、豚さんとか鶏さんとか、よく知らない生き物を食べちゃう。
よく知っている生き物だけ食べないなんて、やっぱり人間の歪み。エゴだよ。生き物として生まれたからには食べる権利があると思う。」
 最初笑っていた佳乃。だんだんと顔がくしゃくしゃに、最後には涙を流していました。
「ごめん。本当にごめんな。」
 往人さんはただ、ただ、佳乃を抱きしめてあげるしかありませんでした。
ぐー
ぐー
「あ。お腹が鳴っている音がする。」
「ああ、食おう。鶏さんや豚さんに感謝して、」
「・・・?」
 往人さんと佳乃は仲良く大きな鍋を平らげましたとさ。
273美談:04/08/24 06:21 ID:HYLTj8hp
異常です。
>>268-272
274 ◆2tK.Ocgon2 :04/08/24 07:56 ID:/kpaYBck
延長希望の方はいらっしゃいますか〜
275 ◆UfvmaInork :04/08/24 07:58 ID:Q2yh9OfU
ギリギリだー。投稿します。
タイトルは『料理対決・極』。
予定レス数はちょっと数える暇が無くて失礼します。
276料理対決・極(1):04/08/24 07:59 ID:Q2yh9OfU
 某月某日、快晴吉日。
 夕凪町スポーツ・アリーナを貸し切り、ある壮大な催し物が開かれることになった。
 広々としたスタジアムの客席は、今日という日を待ちに待った招待客で満員御礼。
 ざわめきが蒼天に響く中、一人の老人がスタジアムの中央に進み出る。それに気づいた客が、次々に沈黙する。
 そんな沈黙の中、六十をとうに超えているはずの年齢を感じさせない迫力で、その人物は声を張り上げた。
「諸君! 美味いものが食べたいか!?」
 完備されているはずの音響設備を一切使わず、広大なフィールドの隅々まで声が響き渡らせる。
 その声の見えない圧力に、一瞬ぐ、と言葉に詰まる観客たちだったが、言葉の内容が理解できた瞬間に一斉に吼えた。
『おおおおおおおおおおおおおおっ!!』
「私も! 私もだ諸君! そして、特に強い想いの詰まった料理は……格別だ!」
 熱狂の歓声の中でも、掻き消されることなく老人の声がすべての観客の耳に届く。
 その老人――今回のイベントの主催者たる篁総帥の言葉に、スタジアムが揺れに揺れる。咆吼に、足踏みに、魂に。
 『頂上料理人決定戦』と銘打たれたこの大会は、篁財閥主催の権威ある料理大会である。
 全国各地、いや世界各地で繰り広げられた予選を勝ち抜いた超一流の料理人達が、惜しみなく腕を振るい料理を作る。
 それを観客が食べ、最終的な勝者を決定する形式になっている。観客はまさに垂涎の的を射止めた幸運な者たちなのだ。
「では紹介しよう! 今回君たちの舌と胃袋を満足させてくれるだろう、超一流の料理人たちを!」
 そう言って篁が指を鳴らすと、メイン・モニターに光が入り、大勢の出場者が映し出された。
 BGMの演奏が始まり、新進気鋭の女性MC、DJナガオカこと長岡志保のノリにノった声が、スピーカーから流れ出す。
「この世で一番美味いものは何か! 洋の東西、和洋中! 懐石、フレンチ、満漢全席! あるいはあるいはエスニック!
いやいや各種ファーストフード! そうでなくても定番の、カレー、ラーメン、ハンバーグ! なんでもいいから美味いもの!
集めて集めて競わせて、ここに残った超一流の料理人! 食事は抜いてきたか! ベルトは緩めたか! 期待に胃を膨らませて――」

「――選手入場!」
277料理対決・極(2):04/08/24 08:00 ID:Q2yh9OfU
「鬼殺しは生きていた! 更なる研鑽を積み、殺人料理が甦った!
 柏木家長女! 柏木千鶴だァー!」

 モニターに彼女の姿が映った瞬間、観客席から我先にと逃亡を試みる人々の阿鼻叫喚の騒ぎが巻き起こった。
「退けーっ! 俺は帰る! 後生だから帰らせてくれッ!」
「嫌ァァァッ! キノコは嫌ァァァッ!」
「ええぇぇぇぇいぃぃっ! 往生際が悪いぞぉぉ、貴様らぁぁぁぁっ!」
 単なる料理大会の警備にしては、銃刀法をぶっちぎった物々し過ぎる装備が、出入口に立ち塞がる。
 妙に語尾を延ばす白衣の変人の一喝と、パニックを起こした観客に向けられた刃先と銃口が、強引に事態を沈静へと向かわせた。
 渋々と、肩をがっくりと落として席に戻る招待客たち。

 一方で、アナウンス席の志保は志保で、片手を硬質化させた当の千鶴に詰め寄られていた。
「長岡さん、殺人料理ってどういう意味かしら?」
「あまりの美味しさに、昇天してしまいそうになるってことです」
「ならよし♪」

「……どういうことだ! 予選を勝ち抜いたのはあの女ではなく、柏木梓ではなかったのか!」
 そして、いつの間にか舞台裏に姿を消した篁も、腹心の部下である醍醐にことの次第を問い質していた。
 いつもの制服に身を包んだ醍醐は、雇い主の剣幕に冷や汗を流しながら答えを返す。
「そ、それがその……柏木梓が急病で倒れたとかで、その代わりに出るんだ、と強引に押し通しまして……」
「く……まあよい。多少予定に狂いがあったところで、この程度であれば最終的な結果は変わるまい」

 そして、次々と選手たちがアナウンスと共に入場、モニターにその姿が映されてゆく。
278料理対決・極(3):04/08/24 08:01 ID:Q2yh9OfU
「アルバイトで屋台料理は既に我々が完成している!
 炎の悪魔、イビルだァー!」
「何でもいいから作りまくってやる!
 霧島診療所代表 霧島佳乃だァッ!」
「素材の仕留め合いなら我々の経験がものを言う!
 異世界の勇者・光の神の子、ティリア・フレイ!」
「真の節約料理を知らしめたい!
 台所のヌシ、雛山理緒だァ!」
「手抜き料理なら絶対に敗けん!
 料理をするのも面倒くさい! 我慢してよね……河島はるかだ!」
「エスペランサから炎の合成屋が登場だ!
 鍛冶職人、マーカー!」
「冥土の土産にアイスクリームとはよくいったもの!
 バニラエッセンスが今、電子レンジでバクハツする!
 氷菓子愛好家、美坂栞だー!」
「俺たちは屋台最高ではない! 料理で最高なのだ!
 ご存じ食い逃げ被害者、鯛焼き屋の親父!」
「甘ァァァァァいッ! 説明不要!
 糖分240%! 甘さ310%! 里村茜だ!」
279料理対決・極(4):04/08/24 08:01 ID:Q2yh9OfU
「料理は修羅場で食えてナンボのモン!」
 超実戦料理! 本格旅館から猪名川由宇の登場だ!」
「料理は私のもの、邪魔するやつには目もくれず、思い切り食うだけ!
 早食い&大食い王者、川名みさき!」
「強化兵五十年の料理が今、ベールを脱ぐ!
 深海から岩切花枝だ!」
「お客の前でならオレはいつでも料理人だ!
 燃える店主、江藤泰久! 娘を差し置いて登場だ!」
「執事の仕事はどうした! 戦後の炎未だに消えず!
 すべてはお嬢様の思いのまま! 長瀬源四郎!」
「特に理由はないッ! フランス料理が美味いのはあたりまえ!
 高級フレンチ、シェ・オガワ! 小川さんが来てくれたー!」
「己の舌で磨いた実戦料理!
 味音痴のデンジャラス・タヌキ、伏見ゆかりだ!」
「家庭料理だったらこの人を外せない!
 超A級主婦、水瀬秋子だ!」
「超一流芸人の超一流の料理だ!
 生で囓ってオドロキやがれッ! 現代の旅芸人! 国崎往人!」
「薬膳料理はこの女が完成させた!
 親の職場から持ち込んだ切り札! 月島瑠璃子!」
280料理対決・極(5):04/08/24 08:02 ID:Q2yh9OfU

 ――頭を抱えていた。
 こんなハズではない、それがその場にいた人間の、半ば以上統一された想いだった。
 美味しいものを腹一杯食べられるはずじゃなかったのか。
 自分たちは、高倍率を切り抜けてこの場に座っている、幸運の持ち主じゃなかったのか。
 柏木梓が、神岸あかりが、高瀬瑞希が、江藤結花が、倉田佐祐理が、あるいはその他の料理自慢が。
 腕を振るい、味を競う、その場に居合わせてご相伴に預かるという至福はどこへ行ったのか。

 ――頭を抱えていた。
「醍醐」
「は、はっ!?」
「……これは一体、どういうことか説明してもらおうか」
 地の底から絞り出すような篁の声に呼応するように、ごごごごと大地が鳴動する。
 拭けども拭けどもあふれ出す汗を垂れ流しつつ、醍醐はそれでも己の職務に忠実に従って報告する。
「ほ、ほとんどが本来の出場者の代理、あるいはリザーバーとして用意された者たちです。
本来の出場者はいずれも、事故や急病で出場ができなくなったと……」
「料理人ならキッチンで死ね! 愚か者共が!」
 正式な出場者も確かに僅かながら残っている。残っているが、予定していたレベルにはほど遠い。
 奥歯を割れそうなほどに噛み締めると、篁は目の前のモニターを睨みつける。
 20人の出場者がずらりと並んだその様子に、篁は己の計画が、既に修復不可能なまでに狂ったことを確認する。

『美味い、心のこもった料理で増幅された幸福感、その心の力を平らげたあと、観客を絶望に落とし込んで負の心の力も得る』
 その計画は既に潰えた。が、不幸中の幸いで、前半部分こそ消失したものの、既に後半部分は達成されつつある。
「ならばもう一つ――別の類の心の力を生み出してもらうしかあるまいよ」
 呟いて、近くのマイクのスイッチをオンにする。
281料理対決・極(6):04/08/24 08:11 ID:Q2yh9OfU

「それでは、決勝における勝負の方法を発表する――」
 本来であれば、観客を相手に料理を振る舞い、その投票によって勝負を決する形式であったはずだ。
 少なくとも、本来の出場者にはそう伝えられていた。だから、次の瞬間に告げられた言葉は、完全に予定外の決定であった。
「闘え! ただし……料理で闘うのだ! 最後まで立ち、生き残っていた一名を勝者とする! ――試合、開始!」
 完全に油断しきっていた唯一の『本来の出場者』、高級フランス料理店『シェ・オガワ』のオーナー兼シェフ、小川氏は――。
 次の瞬間、口の中に放り込まれたヤキソバのあまりの不味さに、一瞬で気を失った。

【残り19人】
282料理対決・極(7):04/08/24 08:12 ID:Q2yh9OfU

「やったねぇ、あまりの美味しさに一撃KOだよぉ!」
 黄色いバンダナを巻き付けた右腕をぶんぶんと振り回し、左手に山盛りのヤキソバを抱え、佳乃は跳び上がって喜んだ。
 足下に倒れているのは、真っ白くていかにも『コックさん』という雰囲気だった男の人。
 自分の料理は、こんな人にまで感動を撒き散らすのだ、と傍迷惑な勘違いをしたまま、佳乃は次の目標を求めた。
 だが、次の瞬間。
「いただきます」
 そんな声と、ぺろりという効果音と共に、左手に持っていたはずの山盛りのヤキソバが消失した。
 重みの喪失感、そして自分の自信作であるヤキソバを一口に呑み込んで、平然としている目の前の女の人は一体――。
 一瞬の混乱は、致命的な隙となった。口の中に、目の前の女性が持っていた弁当箱の中身が突き込まれる。
「ごちそうさまでした。あ、これ、お返しです。あと、ヤキソバはもっと苦いほうが好みです」
 舌に届いた鮮烈な感触――激辛と激甘を合わせて煮詰めたような――に、佳乃の意識は闇に沈んだ。

【残り18人】
283料理対決・極(8):04/08/24 08:13 ID:Q2yh9OfU

「なんやねん! なんやっちゅーねん! 瑞希っちゃんの代理っちゅーから来てみたら、これはあっ!」
 周囲で次々と、前代未聞の料理バトルが勃発していた。見るからに危険な匂いのする料理が、あちこちで飛び交っている。
 由宇は必死で逃げ回りながら、己の手にある紙製の舟をちらりと確認した。
 16個入りのたこ焼きは、決して彼女――由宇の自信作ではない。いや、むしろ人に食わせては拙い類のものではないだろうか。
 そもそも、旅館の次期女将といっても、旅館の料理を作るのは板前であって、彼女には関係はないのだ――。
「!」
「!」
 背中と背中がぶつかり合う。ラーメンセットを後生大事に抱えた男が、油断なく由宇を睨みつけている。
「――お前も、このラーメンセットを食うつもりか!」
「いいや、ウチはやばそうな料理を食わせようとするのから逃げとるだけや」
 その男、国崎往人は、由宇の持つたこ焼きに視線を移すと、よし、と一つ頷いた。
「ならばひとまず協力しないか。そのたこ焼きを食わせてくれれば、俺がお前を守ってやろう」
「それは構わんけど……このたこ焼き、作ったウチが言うのもアレやけど、やばいかもしれんで?」
「問題ない。俺の空腹は多少の不出来は凌駕する」
 言うが早いか、楊枝を舞わせ、生地に突き立てて口の中に放り込む往人。もむもむと咀嚼し、ごくりと呑み込む。驚く由宇。
「……うむ、美味い。それでは、一人撃退するごとにそのたこ焼きを一つ頂く。いいな?」
 しかし、その言葉に返事はなかった。
 目の前の男があまりに美味そうにたこ焼きを食ってしまったため、由宇は、思わず自分のたこ焼きを口にしてしまったのだ。
 その味は、由宇が己で危惧したように、かなりやばい代物だったのである。彼女はその場に倒れ伏していた。

【残り17人】
284料理対決・極(9):04/08/24 08:14 ID:Q2yh9OfU

 一つ、また一つと料理が消し炭に変えられて行く。
 あるいは反則ではないのかと思えるその行動は、それでも一応ルールには抵触していない。
「ぜんっぜん、火力が足りねえよッ!」
 時々、料理を持った選手ごと焼き尽くしているが、それがあくまで料理の一環であれば反則ではない。
 そんな手段で鯛焼き屋の親父を屋台ごとリタイヤさせた彼女、イビルは、手に持った焼きトウモロコシで目前の敵と切り結ぶ。
「キサマの炎、これ以上出させはしないっ!」
「ち……面倒くせえなッ!」
 目の前でサンマを二刀流で持つ女、岩切花枝の妨害で、イビルは思うように炎を出せずにいた。
 丁々発止を繰り返し、進路を妨害した男の持つカレー鍋を蹴り飛ばす。なんとか持ちこたえたようだが、その隙を突いて、
また別の女が一瞬にしてカレーを平らげてしまっていた。料理が無くなった以上、戦いを続けるには新しいものを作るしかないが――。
 さらに次の瞬間には、ものすごい速度でリゾットを口に放り込まれて卒倒したその男、マーカーのことなどすぐに意識から外す。
 今は、眼前の敵を排除せねば。
 魚肉を砕き、焦げ目が裂けるその戦いは、場所を移しながらも続いていく。

【残り15人】
285料理対決・極(10):04/08/24 08:14 ID:Q2yh9OfU

 ――何が、起こったの?
 その料理を口にしたのは、決して過信からではない。安全だ、と己の勘がはっきりと告げたからだ。
 勘? いや、違う。そんな曖昧なものではなく、安全であるという確信が、頭の中に焼き込まれたような――。
 不覚だった。動かない体、遠ざかる意識。そんなティリアの目の前で、また一人参加者が倒れるのが見えた。
 川名みさき。他人の料理を食べ尽くすことで無力化していたようだが、ここで堕ちた。
「くすくす……みんな、私のお料理を食べてくれるよ。体によく効く、いいお料理」
 月島瑠璃子。実家が病院の院長、という彼女の特製薬膳料理――というよりは薬漬け料理。
 それを食べたものは、強制的に行動不能へと追いやられる。
 さらに一人。雛山理緒が食べて倒れた。ここまで来れば、料理が危険なことぐらい判るはずなのに。
 ――そうか、電波――。
 ティリアの脳裏に浮かんだ、絶対安全、という確証のない確信。それを以てすれば、他人に料理を食べさせるなどまさに朝飯前――。
「次のお客さん、いらっしゃ――あれ?」
 がつん、と衝撃音がした。ゆっくりと崩れ落ちる瑠璃子の体。
 その後頭部には、一匹のサンマが突き刺さっていた。
 流れ弾だろうか。なんにしても不覚なことだ、自分も、彼女も。
 そんなことを考えながら、ティリアの意識も断ち切れた。

【残り11人】
286料理対決・極(11):04/08/24 08:15 ID:Q2yh9OfU

「料理を粗末にするでなぁぁぁぁぁぁいッ!」
 一喝、激拳。吹き飛ばされるイビルと岩切。が、共に腕には覚えがある身、すぐに体勢を整える。
 苦無の如くサンマを飛ばし、ヌンチャクの如く焼きトウモロコシを振るっていた彼女たちの前に、一人の男が立ちはだかった。
 筋骨隆々としたその肉体をタキシードに包み、メガネを掛けた顔は、気迫も迫力も満点だ。
 手にはかんぴょうが巻かれており、その拳によって殴りつけられたのだと知れた。
 強敵だ。一瞬で理解したイビルと岩切は、互いに目を交わすと、警戒こそ解かないものの、揃って男に向き直った。
 大男――セバスチャンの顔が、不敵に歪んだ。イビルと岩切の顔も、同じように歪む。
「行くぜェ!」
「行くぞッ!」
「行くぞォ!」
 三者が同時に飛びかかり――。

 次の瞬間、その場に立っていた者は誰一人としていなかった。

【残り8人】
287料理対決・極(12):04/08/24 08:16 ID:Q2yh9OfU

 ちりんちりーん。
 やる気のない自転車のベルが、会場をあちこちを駆け巡る。
「人、減ってきたねえ」
「そうですね」
「どうする? そろそろやる?」
「めんどくさいから嫌です」
「そだね。もう少し逃げてようか」
「はい」
 河島はるかが持ち込んだ自転車。後ろには里村茜の姿がある。
 普通に美味しいサンドイッチと、規格外に甘いワッフルを手に提げながら――。
 オレンジ色のジャムで沈黙した、江藤泰久というバンダナの男性が卒倒するのを尻目に、二人揃って逃げていく。
 闘うのは、めんどくさいから一回か二回でいいや。
 意見が一致した二人の、やる気のない逃走劇はもう少し続く。

【残り7人】
288料理対決・極(13):04/08/24 08:23 ID:Q2yh9OfU

「アイスクリームは飲み物ですよ?」
「う……嘘です! そんなこと、信じられません!」
 栞が後生大事に抱えていた、バケツサイズのバニラアイス。
 その中身が、一瞬のうちに目の前の女の胃に消え去ったことがどうしても信じられず、栞は青ざめて後ずさった。
 そんな栞ににじり寄るゆかり。
「ごちそうさまでした。それでは、アイスのお返しに私のお弁当を――」
「し……信じませんッ! アイスが……アイスが飲み物なんて!」
 一目散に逃げ出す栞。目標は、本来の料理勝負のために用意された食材のコーナー。アイスクリームの在庫場。
「そうだな、アイスは飲み物じゃない。アイスは立派な主食の一つだ」
「ひっ!?」
 地面に散らばったアイス容器の残骸。ラーメン用のレンゲで掻き出されたものだろうか。
 目の前に立ちはだかった男、国崎往人が空になった最後のアイス容器を投げ捨てた。
「ち、違います……アイスは……アイスはおやつなんです……おやつ……」
 そう言って栞は意識を失った。その場に残る影、二つ。
「こんにちは。そのラーメンセット、いただきます。お返しに私のお弁当を差し上げます」
「命に替えてもこれだけは渡せん。そして俺の勘は、その弁当が危険だと囁いている」
 二人の間を、風が吹いた。

【残り6人】
289料理対決・極(14):04/08/24 08:23 ID:Q2yh9OfU
 絶体絶命。それはまさにそんな状況だった。
「ありゃー。これはちょっとまずいかな」
「脱出不能、ですね」
 足下には、原形をとどめないほど歪んで壊れた自転車の残骸。
 目の前には、リゾットを手ににじり寄る柏木千鶴。
 背後には、背中合わせの里村茜。そして彼女の目の前に、オレンジ色のジャムを手にした水瀬秋子。
「前門のジャム、後門のリゾット、ですか」
「私から見ると逆かなあ」
 そうしている間にも、彼我の距離はじわじわと縮まってゆく。
 逃げ場所もなく、一歩たりと動けないはるかと茜。そしてまた一歩、一歩。
「あなたを――倒します」
「甘くないジャムですよ?」
 ほぼ同時に、ほぼ同じ体格の二人が、まっすぐ、目の前の相手に得物の料理を突きだした。
 それは、狙い違わず口の中に吸い込まれる。……崩れ落ちる二人。
 千鶴のリゾットは秋子の口に、秋子のジャムは千鶴の口に突き込まれていた。

「……理由は簡単」
「腰が抜けただけです……」

【残り4人】
290料理対決・極(15):04/08/24 08:23 ID:Q2yh9OfU

 往人は、苦しんでいた。
 何を苦しんでいたかって、一人でアイスを大量に平らげたら普通お腹を壊すに決まっている。
 が、その常識が通じない相手の一人が目の前にいる。今は往人が持っていたラーメンセットをパクついているが。
「ぐ……」
「ごちそうさま」
 ゆかりが、伸びきったラーメンと、冷めたライスをきれいに平らげた。
 あとは『お返し』と称した危険物が、己の口に突き込まれるのを待つだけか――。
 いいや。まだだ。虎の子のラーメンセットは失ったが、まだ往人には切り札が残っていた。
 ポケットに忍ばせた、どろり濃厚ピーチ味。
 目の前の女は、なんだかんだで大量に食べている。佳乃のヤキソバを食べたのも見た。
 いくら無尽蔵に見えても、限界はあるはず。このどろりで、その限界を突破させることができれば――!
「……食後の一杯だ。飲め」
「あ、わざわざありがとうございます」
 ぢゅうううう、と半固形物を吸い込む音が聞こえる。どうだ。限界か、限界なら俺の勝ちだ。そうでなければ――。
 ううう……。と、音が途切れた。飲み終わったのか、それとも限界か。どっちだ!?
「ごちそうさまでした!」
 笑顔でそう言うゆかり。賭に負けたか、と覚悟を決めた往人のまえで、その体がゆっくりと傾ぎ、ぱたりと倒れた。
 ――限界が来たのだ。
「はは……ははは、やった、俺は……勝ったぞ!」
「お疲れ様です。ワッフルどうぞ」

 ――あまりの甘さに、往人の意識は一瞬で灼き切れた。

【残り2人】
291料理対決・極(16):04/08/24 08:25 ID:Q2yh9OfU

「さて……決着をつけましょうか」
 最後に残ったはるかと茜。
 往人にトドメを刺した茜が振り返ると、そこには既に誰も立ってはいなかった。
 茜が怪訝に思うと、メモが落ちているのに気づいた。
 メモにはこう書かれていた。

『お腹が空いたので、自分で自分のサンドイッチを食べた。
 お腹が一杯になったら眠くなったので、昼寝することにする。起こさないでね』


 こうしてここに、世にも馬鹿馬鹿しい料理対決は決着を迎えたのである。

【残り1人】
292料理対決・極(17):04/08/24 08:26 ID:Q2yh9OfU

「決ッ着ゥ〜ッ! いずれも強豪二十名! その頂点に立ったのは、甘味の女王、里村茜でしたぁッ!」
 志保の声が響くと、いつ自分たちの身に同じことが降りかかるかハラハラしていた観客の、歓声が響き渡った。
 ありがとう! ありがとう里村茜! おめでとう! おめでとう自分たち!
 生命の尊さを謳う、そのシュプレヒコールは、いつまでも、いつまでも続くのであった。


 そして、すべての黒幕たる篁はというと、シュプレヒコールの声が聞こえる中、呆れた表情を隠しもせずにいた。
 集めるはずだった心の力、闘争心や絶望の心など、既にどこかに消え去ってしまっている。
「醍醐」
「……はい」
「今回の計画はすべて白紙に戻す」
「……御意」


 こうして、悪の篁総帥の計画は未然に防がれ、二度とこのような料理大会が開催されることはなかったという。
 ありがとう里村茜! ありがとう河島はるか!
 僕たちは、君たちの活躍をきっと忘れないだろう!

293 ◆UfvmaInork :04/08/24 08:27 ID:Q2yh9OfU
>>276-292
以上、『料理対決・極』総計17レスでした。
294 ◆2tK.Ocgon2 :04/08/24 08:33 ID:/kpaYBck
引き続き、延長希望の方はいらっしゃいますでしょうか〜
295 ◆2tK.Ocgon2 :04/08/24 08:51 ID:/kpaYBck
いらっしゃらないようなので、終了宣言〜
296 ◆2tK.Ocgon2 :04/08/24 08:52 ID:/kpaYBck
【告知】

ただ今をもって、投稿期間を終了させていただきます。
参加された書き手の皆様、どうもご苦労さまでした。

それでは、これから感想期間に入ります。
投稿された SS について感想、討論などをご自由に行ってください。
期限は 9 月 3 日の午前 8:00 までとさせていただきます。

以下が、今回投稿された作品一覧です。

>>237-243 sweet lemonade(栞)
>>246-256 おべんとう(椋)
>>261-265 何時の日か(楓)
>>268-272 美談(佳乃・聖)
>>276-292  料理対決・極(色々)

なお、今回投稿された作品一覧は
http://sscompe.at.infoseek.co.jp/
http://sscompe.at.infoseek.co.jp/ss/28/index.html
から見ることができる予定です。今夜までには。

*次回のテーマは『家族』で、開催は 9 月上旬になる予定です。
*早くに書き始めてもらっても構いませんが、投稿は次回の募集開始までお待ちください。
297名無しさんだよもん:04/08/25 12:38 ID:ZaHKnoQo
メンテ
298名無しさんだよもん:04/08/26 00:34 ID:4IQoz4hG
今回は人少ないね…
みんなオリンピック見てるのか?
299名無しさんだよもん:04/08/26 01:14 ID:7aTe3SWI
コミケもあったしね。
300名無しさんだよもん:04/08/26 02:08 ID:MSUBrAQr
テーマ自体はわりと書きやすそうではあるよな?
それとも書きやすいが故に、既にSSやアンソロで食べ物ネタをやり尽くされているのか……?
301名無しさんだよもん:04/08/26 07:31 ID:WfHGRTcg
なに思い付いても大抵既出なのかもね
302名無しさんだよもん:04/08/27 07:46 ID:rtC8od5t
ほしゅ
303名無しさんだよもん:04/08/28 12:29 ID:61rHjn6N
書きやすかった…と思う。
五輪見てて間に合わなかった。
304名無しさんだよもん:04/08/29 21:28 ID:PumxMFuw
どうでもいいがクラナドssスレ復活してるな
・・・荒れてるが
305名無しさんだよもん:04/08/30 20:45 ID:GJqr7Hlc
感想マダー(AA略
306名無しさんだよもん:04/09/01 09:50 ID:fRMtD4t/
HOSYU
307 ◆2tK.Ocgon2 :04/09/02 12:43 ID:9g3Db7KB
【告知】

現在、葉鍵的 SS コンペスレは投稿期間を終え、感想期間に入っています。
今回投稿された作品の一覧は >>296 となっています。また、
http://sscompe.at.infoseek.co.jp/ss/28/index.html
からでも投稿された作品を見ることができます。

感想期間は 9 月 3 日の午前 8:00 までとなっていますので、
まだの方はお早めにお願いいたします。

*次回のテーマは『家族』で、開催は 9 月上旬になる予定です。
*早くに書き始めてもらっても構いませんが、投稿は次回の募集開始までお待ちください。
308名無しくん、、、(以下略:04/09/03 00:34 ID:mhi8oBc9
うーん、結局1個しか書けなかったですよ。
いちおう投下しておくけど、最優秀とかは無しの方向で。

「何時の日か」
真面目に料理をやっているのが至極好印象。
他ではあまり見られない種類のSSというか、今回のテーマならではというところですね。
姉妹のやりとりがほのぼのしていていい感じで書けてると思います。
柏木姉妹は皆、善い人ですなあ…
ラストの「考えとく……」という台詞に、作者さんの楓像を見た気がします。

ところでこの作者さん、
ものすごーくベテランな印象を受けますが、どうでしょうか?
どこでそう思ったかというと、もろもろの省略具合。
痕SSが好きな人ならこのくらい当たり前でしょ、と言わんばかりの。
例えば、
>「いただきます」
> 四姉妹揃っての夕ご飯。
こういう描写とか、たった2行なのに上手く情景が想像できる。
よほど原作を掴んでいないことには書けない文章かと思います。
もちろんこの書き方には功罪の両方があって、上の例では原作をやっていない人には十分伝わらないだろうし、他にも、
>私は都会に戻った耕一さんの事を思い浮かべた。
>今頃何しているのだろう。
>ちゃんとご飯食べているのかな。
>逢いたい………。
この辺りの描写を含め、このSSでも楓の心情は、読者の側で相当に補完してやらないと追い切れないものになっている気がします。
私は楓SSは良く読んでいるので問題ないんだけど、一般的にはどうかと。
309名無しさんだよもん:04/09/03 00:35 ID:mhi8oBc9
で、他のSSだけど。
まずクラナドはやってないんで申し訳ないけれどパス。
その他の壊れギャグ系には、書くべき言葉が見つからなかったです。
私自身がそーゆーのあんまり好きじゃないこともあって、まぁ面白くないわけではなくはなかったという気もしないようだけど、感想文として纏められなかった。

まぁ早い話が、他の感想人さんは何処〜??(゚Д゚≡゚Д゚)??
310名無しさんだよもん:04/09/03 01:20 ID:Dmldi+Hm
さすがにあんまりなので感想。

>>237-243 sweet lemonade
テンポよく読めた。三段アイスは予想できたが笑える。
6レス目の終わり方が良く、地の文の丁寧語とも合っていたので、ここで終わった方が良かったかも。
7レス目はちょっとシャレにならん。

>>246-256 おべんとう(椋)
前半は椋の理屈が理解できんつうか、弁当作ってもらっておいてその思考かよ、とオモタ。
その分、杏がいい子で泣けるなー。8レス目の台詞には胸を突かれたよ。
で、「愛してあげる」とか言ってる椋はやっぱり引っかかるものが…。

>>261-265 何時の日か(楓)
料理ネタというとたいてい他の3人なので、楓の料理というのは新鮮だった。
料理シーンがきちんと書かれ、かつ話から浮いてないのがグー。
オチがもう一ひねりほしい。え、終わり?という感じ。

>>268-272 美談(佳乃・聖)
犬食か!<`∀´>
往人の切迫感は伝わってきたので、食ったこと自体に抵抗はないけど、さすがに美談にしちゃうのはちょっと…。
佳乃りんはいいキャラに描けてた。
誤字が多い。

>>276-292  料理対決・極(色々)
半分くらい知らないキャラなので、あまり正当な評価はできんが。
アイデアは面白いし、バトルにも工夫が見られた。たださすがに長すぎてダレた。
バキネタもちょっと見飽きたかなー。
311名無しさんだよもん:04/09/03 01:44 ID:y0Tt2xow
>犬食か!<`∀´>

突っ込みどころはそこよりむしろ……。
312名無しさんだよもん:04/09/03 02:46 ID:GG4bWK0Y
 ざっとではありますが、感想を書かせて戴きます。

○sweet lemonade

 栞ってこういう性格でしたっけ?(^^;
 ……っというのが、読んだときに受けた第一印象。

 誤字脱字を注意しましょう。
> 頬を赤く染めながら彼氏の背中をを見つめます。

 全体的に文章が読みづらいです。
 もう少し、句読点増やした方が良いと思います。
 特に下記の文章とか。
> まさか彼氏が激辛ブームなんていう天魔外道の作り出した流行に
流される自分の意思を持たぬ若者代表みたいになるなんて。

 作者が栞の行動を逐一解説するという書き方になっていますが、
この方法の場合、もう少しキャラの動きなどを増やさないと、
読んでいて非常に諄(くど)い印象を受けます。
 ネタ的にも、もう少し話を短くした方が面白いと思います。
313名無しさんだよもん:04/09/03 02:46 ID:GG4bWK0Y
○おべんとう

 私はクラナドをプレイしていません。
 よって、二次創作としてではなく、創作小説として読んだことを
最初にお断りいたします。

 文章的には、書き慣れた印象を受けるのですが………ちょっと心情を
語る部分が多いかも。
 
 1人称で小説を書く時に、私自身、たまにやってしまう失敗ですが、
キャラクターの心情をそのまま書きすぎると『だからどうしたの?』
という印象を読者に与えてしまいます。
 手品を見ている横で、手品のタネを耳元で囁かれているような感じ
といえば良いでしょうか?
 例えば、『私はAさんのことがとても嫌いだった』と書くより
『Aさん後ろ姿を知らず知らずに睨みつけていた』とか『Aさんの言葉に、
私はただ沈黙したままだった』など、行動でキャラクターの心情を伝えた方が、
読む側にとって想像がいろいろと膨らみます。
 キャラクターの心情を書くときは、なるべく短く、印象深い単語を
選んだ方が良いと思います。
 まあ、この辺りは、人によって好きずきがあるので、一概には言えませんが。


○何時の日か

 全体的にそつなく仕上がっていると思う。
 ただ、欠点をあえて言うとすれば、他の感想人も書いているように、
『痕』をプレイしていないと、このSSは楽しめないかも。
 まぁ、最初から二次小説として応募されたものなので、問題ないとも言えますが。
314名無しさんだよもん:04/09/03 02:50 ID:GG4bWK0Y
○美談

 まずは軽いツッコミを。
『仲が悪いら』ってどういう意味ですか(笑)
 読み始めて数行で誤字が見つかるというのは…………読み直す時間すら無かったのでしょうか?

 基本的に『〜ね。」』という書き方は一般的ではありません。
『。』を取って『〜ね」』と書いた方が良いと思います。

 話の内容に関しては、ノーコメントとさせて戴きます。

 個人的には「うまー。」 は「うまー(゚д゚)」 の方が嬉しかったかな(爆)


○料理対決・極

 久しぶりにコメントに困るSSを見たと言いましょうか………。
 お約束ネタを羅列する場合でも、起承転結や、最後のオチを上手くまとめないと
読んでいてかなり辛いです。
 もう少し、キャラクターの人数を絞って、短めにした方が良いかなぁ。

>「前門のジャム、後門のリゾット、ですか」

 この部分は笑わせて戴きました。


 以上です。
 ちょっと辛口の感想になってしまいました。
 次会のコンペも皆様ガンバッテください。期待しています。
315名無しさんだよもん:04/09/03 07:35 ID:j5hmGqQU
ほしゅ



316名無しさんだよもん :04/09/03 07:42 ID:xA6utJlG
sweet lemonade
読みやすく、面白いんだけど、栞が何か違うものになってます。
時々ほのかに栞らしい発言をして、いい雰囲気になりそうだったんですが、
前後の彼女があまりにもうるさすぎて・・・キャラをもう少し踏襲してください。
ギャクとかは、ラブ値→血糖値 の一連の流れは随分感嘆しました。
いや、ギャグ物って話のつながりが無茶苦茶になりやすいので、
きちんとオチにもっていくのは中々手練れだなっと。

おべんとう

椋が主人公なんだけど、なんてか、非常に性格が黒い。

>>「なによう。バカにしているわね?」
>>「ううん。全然」
>> 慌てて言う。言うけど、それが答えなら、──お姉ちゃんはウソツキだ。
とか、笑いながら、こんなこと考えてるんだよね?

> どうか、
> お姉ちゃんの想いと、
> お姉ちゃんのお弁当を、
> 私に託してください。

> 私、幸せになりますから。

杏が自分のために朋也から引いてるのに、勝手に幸せになるからって、自己中心的すぎだろう・・・

これは椋SSに見せかけた、杏SSだしょ?
杏の魅力が良く書かれているし、
その反対に椋の一途なところを使って椋を逆に貶めている感じがする。
もし、椋に愛情があるなら、もう少し椋を良く書いてくれ。
本編でも酷い扱いなんだからTT 
と藤林椋再生計画に賛同している自分としては思た。
317名無しさんだよもん :04/09/03 07:43 ID:xA6utJlG
何時の日か

家族団らんの雰囲気が良く書けていたと思う。
惜しむらくは、それだけって感じがするところかなあ・・・
全体的に落ち着いて、話もしっかりしていたが、ただ、よく聞く話であったのが悲しいところ。
やっぱり、痕自体、時が過ぎて、飽きてきたのかもしれない。

美談

・・・こわいな。
というか誤字があまりにも多すぎる。
なんというかかんというか。

料理対決・極

すさまじい(笑
はたして、ここまで葉鍵キャラを出演させたSSってあるのだろうか、いやない。
キャラも立ってる。動きも良い。ただめちゃ長い。
何か一つのテーマ性を設ければ、この長さも飽きずに読めたかと。
でも、ギャグに関してはこの中で一番面白かったと思います。

最優秀は料理対決・極に一票を入れます。
318 ◆2tK.Ocgon2 :04/09/03 08:15 ID:BuHrEKWq
【告知】

ただ今をもちまして、感想期間を終了させていただきます。
投稿された書き手の皆さん、感想をつけてくださった読み手の皆さん、
そして生温かく見守ってくれていた ROM の皆さん、どうもご苦労様でした。

引き続きこのスレでは、今回の運営への意見、書き手の挨拶、
次々回のテーマの決定などを行いたいと思います。

上記のものやそれ以外にも意見が何かありましたら、書きこんでください。

※次回のテーマは『家族』に決定しており、開催時期は 9 月上旬になる予定です。
※今回決めるのは次々回のテーマです。お間違いのないように。
319 ◆2tK.Ocgon2 :04/09/03 08:22 ID:BuHrEKWq
感想の中で、評価が高かった作品は以下のとおりです。

『料理対決・極』 >>317

え〜これだけで最優秀を決定するのは流石にあんまりかと思いますんで……
第二十八回の最優秀作品は「該当なし」とします。
320名無しさんだよもん:04/09/03 12:33 ID:7Z0cdW8x
一時はどうなることかと……
321◇Z7PNhdRDb2 :04/09/03 14:17 ID:j5hmGqQU
「おべんとう」の作者です。投稿は初めてです。
読んで頂きありがとうございます。
感想ナシの完全スルーになるかと思いドキドキしておりました。

>>310さん
>前半は椋の理屈が理解できん
 当たり前の事に、慣れてしまっているという理屈。

>その分、杏がいい子で泣けるなー。8レス目の台詞には胸を突かれたよ。
 確かに杏がいい子に見える。(汗

>>313さん
>手品を見ている横で、手品のタネを耳元で囁かれているような感じ
>といえば良いでしょうか?
 ありがとうございます。自分では全く気づいていませんでした。
 いい勉強になりました。投稿して良かったです。

>>316さん
>これは椋SSに見せかけた、杏SSだしょ?
>椋の一途なところを使って椋を逆に貶めている感じがする。
 自分、椋命です。杏から独立して幸せになる為に書いたつもりです。

>もし、椋に愛情があるなら、もう少し椋を良く書いてくれ。
>本編でも酷い扱いなんだからTT 
 だからこそ、ウワベでない完全決着型リアル風味にしたのですが、無茶でしたか?
322名無しさんだよもん :04/09/03 17:01 ID:xA6utJlG
>>321
うぇ、そうだったのか。めんご。
いや、全く個人的な意見だったから。感情的になりすぎたかもしれん。俺自体、リアル風味がそんなに好きじゃないから・・・鍵作品に求めるのは心温まるファンタジーなので、みんなは友達、姉妹は仲良くが好きなのです。
 だから、本編のあの殺伐とした流れと同じだとどうしても・・・好きになれない。
全く個人的な意見だから。もいっかいめんご。
323◇Z7PNhdRDb2 :04/09/03 17:07 ID:OvNG2/9j
>>322さん

いえいえ。感想大歓迎ですよ。こちらこそエラそうにゴメンなさい。
もう少し勉強してホンワカ系書けるようにガンバリマス。
324名無しさんだよもん:04/09/04 02:50 ID:C4G2V6d4
ところでさ。投稿時から気になってたんだけど、それ、トリップでないのは意図的なもの?
325◇Z7PNhdRDb2 :04/09/04 08:37 ID:vR4/9Nx4
>>324さん
ガチでトリップ付け方わかってません。スレ違いですが教えてPLZ
326名無しさんだよもん:04/09/04 09:03 ID:SjacrkoA
>>325
>こ れ だ け は 絶 対 に 読 ん で お こ う !
説明書を読まないタイプの人間ですか?
327名無しさんだよもん:04/09/04 11:17 ID:tJyfqme9
328『何時の日か』作者挨拶:04/09/04 11:31 ID:tJyfqme9
 『何時の日か』を投下した如風といいます。
 実はこのSS、1年前に楓スレの『楓の日記』と称して投下した文章を
若干加筆したものです。
 今回、予定は無かったのですが、投下作品が少なかったため、急遽捏ち上げ
久方ぶりに参加した次第です。

 ここ数年、私は『平凡な日常生活で、どこまで面白い文章が作れるか』
という事をテーマに、作品を書いています(たまに、違う物も書きますが)。
 よって、この作品も例にもれず、人が死ぬことも、鬼の力も出てきません。
 どこにでもありふれた話。でも、読んだ人の心に、何か思うことや感動を
与えることが出来れば幸いです。
 もっとも、切った貼ったという、ダイナミックな話や、非日常的な物語を
求める人には、不満が残りやすい内容かもしれません。

 この作品は『痕』を知っている人を対象として書いてあるという指摘を
受けましたが………その通りであります。
 例えば、楓が耕一の事を想うシーンがあります。丁寧に書くとするならば、
前世から現世まで説明が必要なのですが、話が間延びし、テンポが悪くなるため、
あえて、その辺りの件は全てカットしました。
 あと『痕』はもう見飽きたという意見もありますが、これにつきましては、
私の技術力が未熟なだけだと思います。良い文章は、題材が何であっても、
やはり面白いのですから。

 以上です。
 最後に、感想を書いて戴いた皆様に篤く御礼申し上げます。
329 ◆Z7PNhdRDb2 :04/09/04 12:25 ID:Di5c0Ffk
>>325さん
ありがとう。ようやく理解できました。すいません。
330美談を書いた人:04/09/04 19:28 ID:X4xgkony
美談を書いた人です。

 これを書いた動機は、今回あまりにも出品数が少ないので、小生の作品で少しでもスレを潤せれば、
と思った理由からです。
 制限時間ぎりぎりの3時間前に書き始めたのは、少し無謀であったとは思います。
 そのせいか、誤字がそこらかしこに噴出してしまいました。
 えっと、内容に関しては、分かってると思いますけど、テーマは人食です。
佳乃が三国志の本を読んで、妻を料理として出された話を真に受けて、
すごい大きな鍋に聖を入れて、往人さんに差し出しちゃうというホラー物。
 佳乃がしたことに比べりゃ、往人さんの犬食なんて、
カスみたいなもんだと言うことを言いたかったんですが、
 本当は他の登場人物達も同じように食べさせたら、
ホラーとしてすごく盛り上がったのになぁと勝手に後悔してます。
 
331名無しさんだよもん:04/09/04 23:13 ID:UpxDeHTR
> 分かってると思いますけど
わかんねえよっ!Σ( ̄д ̄;
聖鍋だったのか…。三国志の細かいエピソードなんか覚えてないって。
332名無しさんだよもん:04/09/05 05:05 ID:X8RK7/7N
「ししまい」「sweet lemonade」を書いたものです。
遅ればせながら感想に対するレスを。

●「ししまい」の感想レス

>>164さん
>典型的
意外性を念頭においているはずなのですが、いつもオチを読まれます。
悩みどころです。

>>173さん
>こんなこと
著作権上の問題で差し替えておりますってあぁもうそうだよ天然だよ畜生。割腹。
お楽しみいただけたのなら嬉しいです。

>>184さん
高評価ありがとうございます。
オチの形式を工夫してみたのですが、付け焼刃では力及びませんでした。努力します。
>どこらへんにラブコメ
なんだかんだで他人ちの風呂に入るバカップルにラブコメを見た。
そんな残暑。

>>192さん
諸事情で情景を読み手に補完してもらう形式のオチを試みてみました。
見事失敗でした。反省します。

>>204さん
>酷いオチ
あの文は自分でも蛇足だったと反省しております。
期間的にあれで限界だったという言い訳でごまかさせてくださいな。
地の文についてはいろいろ試行錯誤してみたいと思います。
333名無しさんだよもん:04/09/05 05:06 ID:X8RK7/7N
●「sweet lemonade」の感想レス

>>310さん
>ここで終わったほうが
やっぱりギャグと銘打ったからにはオチがなければ。
しかしこういわれるからにはオチが駄目だったということでしょう。反省。

>>312さん
>こういう性格でしたっけ?
本編でもきっと家で吠えてます。たぶん。少なくとも自分の中では。ラブラブ内弁慶。
>誤字脱字
毎回毎回やってます。注意します。
>文章が読みづらい
自分では文章に句読点が多いかな、とか思い込んでました。
他にもいろいろと具体的な改善案ばかりで本当に嬉しいです。
参考にさせていただきます。貴重な意見ありがとうございます。

>>316さん
本来とのギャップを狙ったのですが、本来の持ち味を殺してしまったようです。精進します。
お褒めの言葉、ありがとうございました。


最後に、拙作に感想を下さった皆様、本当にありがとうございました。
334名無しさんだよもん:04/09/07 22:07 ID:Z/0cMNqw
そういや、次々回のテーマ、まだ誰も書き込んでいないなぁ
335名無しさんだよもん:04/09/09 06:26 ID:HpOh/015
「趣味」ってテーマはどうでしょうか?
336名無しさんだよもん:04/09/09 08:42 ID:ZT7g8I5p
直球勝負で「恋人」!
337名無しさんだよもん:04/09/09 21:58 ID:DOplZ3mg
次々回は30回目なので、何か特別なことやりたいなあ。
338 ◆UfvmaInork :04/09/09 23:12 ID:1nO38Nh9
今回『料理対決・極』を書かせて頂きました。

葉鍵といえば、達人級の料理人&殺人級の料理人。
お約束もとうに使い古された感のあるネタをいかに料理するか。
そんな心持ちで書いてみましたがいかがだったでしょうか。

さすがに新旧取り混ぜ――と言うよりは、古今東西?
といった感じのキャラは、いくらか多すぎたようで長めになってしまいました。
そもそもテネレッツァの合成屋なぞ出して、いったい誰が喜ぶというのか。

バトルは、誰が勝つか決めていない状態で書いてました。
だから突然敗退したり、見せ場もなく敗退したり、理不尽に敗退したりしてます。
各対決末の【残り○人】は、先日最終巻が刊行されたハカロワより拝借しました。

完読・感想など重ねてありがとうございました。
今回の作品も拙作HPにUPしておきますので、気が向きましたら検索などしていただければ嬉しいです。
では、また次の機会に。
339名無しさんだよもん:04/09/10 02:05 ID:JiqNk3Gu
三十回目ということで「30」とか考えたが、気温が三度低下しそうなのでやめとくw
さりげなく>>227おもろい。
340名無しさんだよもん:04/09/10 03:15 ID:RGCJ+Okm
次々回で30回か。なんだか感慨深いです。
クラナドも出たことだし、「過去のテーマ・再び」とかどうですかね?
341名無しさんだよもん:04/09/11 03:46:20 ID:yii8nZJM
>>336
>直球勝負で「恋人」!

それ、直球だけど、チェンジアップに近い
在り来たりすぎて、ちょっと書きにくいかな
342名無しさんだよもん:04/09/11 11:01:30 ID:GWS55O+J
過去ログ見てみたら、意外にまだ出てなかったので、
「魔法」
343 ◆2tK.Ocgon2 :04/09/11 21:32:06 ID:DAUyxaBj
総括期間も1週間経過しましたましたので、週明け 9 月 13 日から次回開催を始めましょうか。

>次々回テーマ
現在のところ、
「趣味」「過去のテーマ・再び」「恋人」「魔法」
が挙げられています。

作者挨拶・テーマ投票などを予定されている方は、お早めに。
344名無しさんだよもん:04/09/11 22:37:23 ID:0N/nZ99a
>>343
じゃあ「過去のテーマ・再び」で。
345名無しさんだよもん:04/09/11 23:58:57 ID:pWNmrPoH
もう一回は過去のテーマがあってもよいかな。
346名無しさんだよもん:04/09/12 01:17:20 ID:pJlCEEBk
「失恋」はどうか?
あゆED後の名雪など結構書きやすいと思うが…
347名無しさんだよもん:04/09/12 01:21:24 ID:0ond9sbr
>>346
なんかその手の物ばかりになりそうな予感が。
あゆが失恋とかの逆パターンとかあれば面白いんだが。
348名無しさんだよもん:04/09/12 15:55:17 ID:WtSrHqFI
次回締め切りはいつ?
9月13日から2週間でいいの?
349 ◆2tK.Ocgon2 :04/09/12 20:37:56 ID:iJ2Yg1ag
業務連絡です。

>次々回のテーマ
「趣味」「過去のテーマ・再び」「恋人」「魔法」
が挙げられています。
現在のところ、 「過去のテーマ」への支持が多いようです。

特に問題がなければ、今夜いっぱいでテーマ投票を締め切り、
明日 9 月 13 日の午前 8:00 より、第二十九回『家族』を開催したいと思います。

>348
その通りです。9 月 27 日朝が締切になります。
350名無しさんだよもん:04/09/13 07:18:06 ID:lwKfZzUQ
やっぱり節目の回だし、過去のテーマを推しておこう
351 ◆2tK.Ocgon2 :04/09/13 08:02:59 ID:F9G1EL/H
【告知】

第二十九回投稿テーマ:『家族』

投稿期間: 9 月 13 日の午前 8:00 から 9 月 27 日の午前 8:00 まで。

テーマを見て、思いついたネタがあればどんどん投稿してみましょう。
面白い作品だったら、感想がたくさんついてきて(・∀・)イイ!!
もちろん、その逆もあるだろうけど……(;´Д`)

※投稿される方は >>4-6 にある投稿ルール、FAQ をよく読んでください。
※特に重要なのが

・テーマに沿った SS を*匿名*で投稿する
・投稿期間中は作品に対して一切感想をつけない

※の二点です。他の各種 SS スレとは異なりますのでご注意を。

それでは、投稿開始っ!
352 ◆2tK.Ocgon2 :04/09/13 08:03:23 ID:F9G1EL/H
また、次回のテーマは『過去のテーマ・再び』への支持が多いようなので、『過去のテーマ・再び』に決定します。
開催時期は 10 月上旬になる予定です。
「二週間じゃ短すぎて書けない」「テーマが難しい」という方はこちらの執筆に力を
注いでもらっても構いません。ただし、投稿は次回の募集開始までお待ちください。
353名無しさんだよもん:04/09/15 00:19:10 ID:0MV/f8cl
保守でもしとくか
354名無しさんだよもん:04/09/16 08:13:11 ID:uf6+cGkm
投稿期間中
355名無しさんだよもん:04/09/16 21:12:21 ID:WXYkZ4va
今回のテーマへの投稿があるまでは、
前期投稿作品への感想も大歓迎。
356名無しさんだよもん:04/09/17 05:42:04 ID:EGJWrYs9
完全体へ……
357名無しさんだよもん:04/09/17 07:49:43 ID:qiHp9ZkJ
投下待ち
358名無しさんだよもん:04/09/17 11:13:26 ID:JFfe0Rvj
次回の為に過去のテーマを並べとくかな。
まあ「なんでもあり」の回があったんで、実質制限なしだけど。
それともそれだけ外しとく?いくらか枷があったほうがやりがいがあるだろうし。
359名無しさんだよもん:04/09/18 19:05:06 ID:hLSnmGiR
外しとくべきでしょ
でないと、「過去のテーマ」で縛る意味がなくなる
360名無しさんだよもん:04/09/20 12:58:40 ID:hSoZSCyI
ほしゅ
361名無しさんだよもん:04/09/23 05:11:57 ID:dHBk1aET
保守
362名無しさんだよもん:04/09/24 11:51:01 ID:w0Q1n3vX
そろそろ投下が始まる頃かな。

明日からかな。
363 ◆2tK.Ocgon2 :04/09/25 07:51:49 ID:ISj6dNUP
【告知】

締め切りまであと2日くらいです。
作品の執筆は計画的に。
今回のテーマは『家族』で、締め切りは 9 月 27 日の午前 8:00 です。

また、次回のテーマは『過去のテーマ・再び』で、開催時期は 10 月上旬になる予定です。
「二週間じゃ短すぎて書けない」「テーマが難しい」という方はこちらの執筆に
力を注いでもらっても構いません。ただし、投稿は次回の募集開始までお待ちください。
364名無しさんだよもん:04/09/26 00:29:53 ID:BWPfr99j
みんながんばれ保守
365名無しさんだよもん:04/09/26 04:04:14 ID:ERkox5J+
身辺の事情でかけなかった。
明日は500kmぐらい遠方に行くことになるかもしれん……
あとはたのんだ
366名無しさんだよもん:04/09/26 21:11:33 ID:Cy3bBKis
駄目だ、予備マシンのCDドライブの不調で
ゲームがインストールできない……。
こまごまと詰めたいところがあるのに。
メインマシンは三週間ばかりたつのに修理工場から帰ってこないし
今回は見送って次回にするしかないか……。
367名無しさんだよもん:04/09/27 07:57:08 ID:GT1hn6Or
激しくコンペにはならない気がしますが、投下します。
13レス。クラナドSS。一応野球ED後です。
368金のない話(1/13):04/09/27 07:59:00 ID:GT1hn6Or
 人生最後の学生生活も終わりに近づいた、三学期の土曜日。
俺は午前中の授業(というか補修)を終え家に戻ると、居間で放心したようにテレビを見ていた親父に話しかけた。
「親父」
「うん?なんだい、朋也くん」
 前に口をきいたのはいつだったか憶えていない。少なくとも数ヶ月前である。
親父はそんな俺を不審がることもなく、人の良さそうな顔で、どこか嬉しそうに俺に応えた。
が、そんな息子の用件など、大抵決まっていた。
「金、貸してくれねぇか」
「……いくらだい?」
「五千円」
 金の無心。親父の顔に困惑の色が浮かぶ。俺は早くも後悔していた。
「今すぐ、要るのかい?何に使うんだね?」
「……別に。無ぇならいいよ」
 わざわざ説明する気にもならなかった。
「明後日にはお金が入るから、それまで待てるかな」
「いいって」
 俺は早々に立ち去ろうとする。会話が苦痛だった。金の話なら尚更だった。
「あぁ、待ちなさい」
 親父は立ち上がって俺を引き留めると、ズボンのポケットをまさぐって、手のひらを広げた。
夏目のオッサンが一枚と、小銭が少々。俺は親父の顔を見た。
親父はその金を一瞬、名残惜しそうに見つめると、少し恥ずかしそうに笑って、手を差し出した。
「これじゃ、足しにはならないかな」
 手のひらには、1527円。
 俺は激しい憎悪を感じて、自分の顔が紅潮していくのがわかった。
369金のない話(2/13):04/09/27 07:59:37 ID:GT1hn6Or
吐き気と目眩を憶えた。
 いや、金の無いことは何も悪くない。他人の経済状況がどうだろうと、俺が口を挟む事じゃない。
許せないのは、俺がこの男を他人だと割り切っていたにもかかわらず、まるで父親にするように金をせびった俺自身なのだ。
 高校に入ってこれまで極力、とりわけ金に関しては断じて父親を頼らずに来たというのに、就職も決まって、もうじきこの家を出ていくことで、浮かれていたのだ。
今まで続けてきた努力が音を立てて崩れた気がしたと同時に、俺がどれだけこの男を疎んでいるのかを再認識した。
 俺は無言で背を向けると、家を出るなり、電柱を殴りつけた。

 それから俺は、駅前のベンチに腰掛けて、空を見ていた。
羞恥。
憎悪を通り越して、哀れにすら思えてくる。俺と親父の関係は、もはや滑稽なくらいだった。
せめてあの男が憎むに足る悪人だったら、どれほどましだったか、なんてことを考える。
無能で小心なああいう人間にとって、優しいだとか善人であるとかは、むしろ悪徳なのだ。
俺への他人のような接し方が、良い例である。
これから先、まだ幾度となくこういう事があるかと思うと、俺とあいつが親子であるという世の不条理を呪わずにはおれなかった。
「やっほー、朋也ー」
 うなだれた俺の上から、脳天気な声。……面倒な奴に見つかった。
「なに鬱になってんの。明日、忘れてないわよね。会費五千円、今のうち払っといて」
 杏はやたら楽しそうに手を出した。
「あぁ、俺、行かね」
「今更何言ってんの。もう人数分、予約入れちゃったわよ」
「一人くらいキャンセルできんだろ。コンパだか飲み会だか知らねぇが、五千円は高すぎだろ」
370金のない話(3/13):04/09/27 08:00:01 ID:GT1hn6Or
 高校最後の思い出に、などと乗せられたが、そもそも、俺のガラじゃなかったのだ。
「あんたねぇ、焼き肉食べ放題とカラオケよ?高校最後なんだから、せこいこと言ってんじゃないわよ」
「カラオケなんぞ興味ないし、焼き肉だって二千円で食い放題もあるだろ……。お前、ピンハネしてんじゃねぇの?」
「失礼ね、そんなことしないわよ。男の中じゃあんたが一番安いんだから、感謝して払いなさい」
「はっ?会費だろ?一律じゃねぇの?」
「なに、女の子に払わせる気?」
 杏の衝撃発言。
「ちなみに陽平は1万ね。それでも飛びついてきたけどね」
「あいつこそ、そんな金ねぇだろ……」
「なんとかするって」
「カツアゲか……」
「さあ。あたしの知ったことじゃないけど。……なに、あんたまさか、お金ないの?」
「ねぇ」
「だってあんた、貯金10万くらいあったじゃない」
「ここ2週間、遊んでたら速攻でなくなった」
「バカねー」
「お前もタカってただろっ」
「そんなの奢る方の勝手でしょ。本当、甲斐性なしねぇ」
 甲斐性なし、という言葉からあの親父が連想されて、ますます鬱になった。
「しょーがないわねぇ。あたしが貸したげよっか?特別に無利子でいいわ」
 ちなみに、杏に奢った金額は五千円をゆうに超える。
「いいよ。借金してまで行きたくもねぇ」
「ほら、高校最後だし、コクられちゃうかもしれないわよ?」
371金のない話(4/13):04/09/27 08:00:29 ID:GT1hn6Or
「……春原はそれで飛びついたかもしれねぇけどな」
 話が見えてきた。それを見て取った杏は、とうとう開き直った。
「あーもう、いいから来るのよ!」
「行かねーよ!」
 しばし、睨み合う。やがて、杏がため息をついた。
「ふぅ……。要するに、借金しなければいいんでしょ?いらない漫画とかゲームとかCDとか、中古ショップに売りなさいよ」
「んなこと言っても、家には雑誌しかねぇな。音楽はあまり聴かねぇし、ゲームはやらねぇし、漫画は春原の部屋で読むし」
「……」
「哀れむような目で見るなっ。興味がねえだけで、そこまで貧乏じゃねえっ」
「うーん、でも雑誌じゃねぇ……。あんたは、陽平みたいにカツアゲとかしないのよね」
「俺はアイツみてぇに他人から巻き上げた金で楽しめるほど、図太い神経してねぇよ」
「ま、アイツのは図太いんじゃなくて神経無いんだけどね」
「お前はピアノ線みてえに丈夫な神経でいいな」
「あん!?」
「いや、何も」
「あたしの神経は蜘蛛の糸よりもデリケートなんだから、言葉に気を付けなさい」
「ああ、だからすぐブチキレるのか」
「……地獄に堕ちたいようね」
「……すまん」
 目がマジだ。鉄拳を覚悟したとき、杏が閃いたように口を開いた。
「あ、だったら陽平の物を売れば?」
「……杏、ナイスアイディアだ」
372金のない話(5/13):04/09/27 08:07:58 ID:GT1hn6Or
 早速寮に足を運んで、春原の部屋を物色する。今頃カツアゲに精を出しているのだろう、春原はいなかった。
「このギターなんか、五千円にはなるんじゃない?」
「ああ、そりゃ借り物だからな。勝手に売るのはちょっとな」
「でもそうすると、ロクなものないわよ?」
 売れそうな物は、CDと漫画の他にはせいぜい安物のラジカセくらいだった。
「朋也ー、ベッドの下からエッチな本、発見」
「でかした、杏」
 一通り漁った後、戦利品を確認していく。主にエロ本。
「……しかしコイツ、結構エグいもん持ってんな」
「うわ……これ、普通じゃないわよ。変態ね、あいつ……」
 杏は素で引いていた。
いくつかは俺も借りてお世話になったこともあるので、多少後ろめたい気がしないでもない。
「こっちは……ええっ、ちょっと、これ、絶対ヤバイわよ。今のうちに息の根止めた方がいいわアイツ」
 物騒なことを言っていた。
「ね、あんたも、こういう趣味なの?」
「いや、俺はもっと普通のが……ってなに言わせんだよ。あいつが帰ってくると面倒だから、さっさと行くぞ」

 それから駅前の商店街に出て、古本屋、中古CD店、質屋と巡っていく。
総額4400円。エロ本が予想以上に高値で売れた。これで俺の所持金と合わせて、なんとか五千円は超えた。
「じゃ、五千円、預かっておくわ」
「ああ……」
 その時、杏の後方に見知った人影。駅の方へ向かって歩いていた。
373金のない話(6/13):04/09/27 08:08:35 ID:GT1hn6Or
(金も無ぇのに、どこ行くんだよ……)
 嫌な予感がして、俺は親父の後を追った。
 ………。
 駅を抜け、線路を挟んで反対側へと出る。
ラブホテルや風俗など、いかがわしい店が目立ってきた。
俺は見失わないギリギリの距離を保ち、息を潜めて尾行を続ける。
「朋也っ、あんたどこに連れてく気よっ」
 振り向くと、杏が狼狽していた。
「あ?お前まだいたのかよ」
「あんたが黙っていきなり歩き出すから、何事かと思うじゃない。怪しいわね、何の用よ?
……なに、あそこ歩いてるオジサンがどうかしたの?」
「お前には関係ねぇよ」
「ますます怪しいわね。……はっ、あんたまさか、お金欲しさにあのオジサンと……ホテルで……」
 とんでもないことを想像し始めた。
「気持ち悪いこと言うなっ、ありゃ俺の親父だっ」
 言って、しまった、と思った。
「えっ、あれ、あんたの父親?……あはは、最初に言いなさいよ。で、何してんの、あんたのお父さん、こんなところで」
 案の定、杏は興味津々の様子で俺の脇に並んで尾行体勢をとった。
「さぁな」
 とは言いながらも、俺は親父の行き先を薄々勘づいていた。
「愛人かしら……。朋也、お母さん亡くしてるのよね。だったら、こういうところで遊ぶのも、ほら、ねぇ」
 俺に気を使っているのか、言葉を濁して、一人で照れ笑いしていた。
「そこから離れろっ。あいつにそんな金も甲斐性もねぇっ」
「……あんたそっくりね」
374金のない話(7/13):04/09/27 08:09:04 ID:GT1hn6Or
「お前、帰れよ」
「いいじゃない、ここまで付き合ってあげたんだから。言いふらしたりしないわよ」
 どうして女はこういう話に目がないのだろう。
 やがて親父は、派手な店の間にある、古びた雑居ビルの前で足を止めた。
金のない人間がこんなところに来る理由など決まっていたのだ。
サラ金。
それも見るからに胡散臭い。
親父は頼りない動作で吸い込まれるように足を進めた。同時に、俺はたまらず飛び出した。
「親父っ!何してんだよ!」
 親父は少し面食らった様子だったが、それでも、まるで単なる顔見知りに会ったように俺に返事をした。
「……おや、朋也君、どうしたんだい、こんなところで」
「そりゃこっちのセリフだ!テメェ正気かよ!?金なんざ借りても、返すあてなんぞねぇだろうが!」
 親父は困ったような表情で口ごもった。だが実際、もし俺の就職先にも取り立ての電話がかかってくるようなことがあったら、シャレにならなかった。
「……ああ、うん、でもね……朋也君も、お金、要るんだろう?」
 まるでガキの言い訳だった。その言葉に、というよりもその顔に、俺はキレた。
「テメェ」
 胸ぐらを掴んで拳を振り上げる。その時。
「朋也!止めなさいよ!」
 振り向くと、杏が睨んでいた。コイツがいたことを忘れていた。
見られた。
俺は反射的に親父から手を放すと、踵を返して顔も上げずに杏の横を通り過ぎた。
「ちょっと、待ちなさいよっ」
「ウルセェ!ついて来んな!」
375金のない話(8/13):04/09/27 08:09:35 ID:GT1hn6Or
 マジギレだった。自分でも驚いた俺の剣幕に怯んだ杏を見て、俺はばつが悪くなって、そのまま走り去った。

(はぁ……)
 どこに行くともなく、夕暮れを背にトボトボと町をさまよい歩く。
こと親父が絡むと、すぐにタガの外れる自分の理性を恨めしく思いながら。
(……明日、杏に殴られるかな)
 憂鬱になる。
そんな俺に追い打ちをかけるように、腹が鳴った。
(そういや、朝から何も食ってねぇ……)
 財布を見る。総額112円。頭を抱えてその場にうずくまりたくなってくる。
なんとか耐えて顔を上げると、目の前に『古河パン』という看板があった。
(……パンなら買えるか)
「あ、岡崎さんです」
「よぉ、小僧じゃねえか。そうか、早苗のパンが食いてぇか。そうか」
 オッサンと古河に声をかけられた。会うのはあの時の野球以来だった。 
「古河……ここ、お前の家か。最近見ねぇけど、ちゃんと学校行ってるか?」
 俺も人のことを言えた義理ではないが。するとオッサンが割って入った。
「テメェ、俺を無視すんじゃねぇ!」
「うおっ、なんなんだよ、あんたはっ」
 相変わらずよくわからん人だ。その横で、古河は言いづらそうに口を開いた。
「わたし、学校休んでるんです。身体が弱いですから」
「そうなのか。……大丈夫なのかよ、外出てて」
「はい、今日は調子がいいので、お父さんに演劇を見てもらってました」
「演劇?」
376金のない話(9/13):04/09/27 08:10:01 ID:GT1hn6Or
 そういや、演劇部に入りたいんだったな、こいつは。それよりも、俺の目が行ったのはオッサンの方だった。
「……なんだよ」
「アンタ、演劇なんてわかるのか」
 そんな繊細な芸術眼があるようには思えないのだが。
「お父さん、昔は役者だったんです」
「……もう、昔の話だぜ」
 遠い目をしていた。
「それがなんで、今はパン屋なんだよ」
「早苗がパン屋をやりてぇって言うからな。……愛の力だ」
 格好つけていた。
「あんた、何でもできるんだな……」
「尊敬しやがれ。今日から秋生様と呼べ」
 その顔をじっと見る。若い。
俺の親父と歳は大して変わらないだろうに、二十代後半に見える。
野球は社会人レベル、ゾリオンはヒットマン顔負け。才能とは、残酷だと思った。
「はぁ……大した親父だな、古河」
「はいっ、自慢のお父さんですっ」
 嬉しそうだった。一方、オッサンは拍子抜けしていた。
「なんでぇ、気持ち悪ぃな。変なモンでも拾って食ったかよ」
「……むしろ食ってねぇ。オッサン、パン売ってくれ」
「なんだよ、腹減ってんのかよ。しゃあねぇ、早苗のメシを食わせてやる、感謝しな」
 そこまでは、と俺が断るよりも早く、
「では、お母さんに伝えてきます」
 古河が小走りに行ってしまっていた。
377金のない話(10/13):04/09/27 08:10:49 ID:GT1hn6Or
体が弱くても、陰鬱さを微塵も感じさせない後ろ姿は、俺に家庭の円満を思わせた。
またため息が出る。
「さっきから辛気臭ぇな。そうか、俺との実力の差を知って世の中が嫌になったかよ」
「俺の、っていうか、親父のな」
「あん?テメェ、親父と喧嘩でもしたのか」
「別に、喧嘩にもならねぇよ。ろくでもねぇ仕事に手ぇ出して失敗するわ、あげくにサラ金に手ぇ出そうとするわ。……無能なんだ」
 思わず、愚痴ってしまっていた。
「けっ、金なんざ俺だってねぇや。そんなもんで人を判断するたぁ、俺と引き分けた男、岡崎朋也も底が知れたな」
 そう言われるだろうことはわかっていた。俺とて、金が云々というのは、建前である。
「……オッサンにゃわかんねえよ」
「わかりたくもねぇや、そんなもん。……だけどな、俺が大した親父だってのは、間違いだ」
 苛ついたような仕草で、煙草に火を付ける。古河の行った先をじっと見るオッサンの表情から、俺は家庭の事情のようなものを感じ取った。
(どの家も、少なからず問題は抱えてんだろうな……)
 それはオッサンと同じように、俺にとってもわかりたくもないことだったので、何も聞かなかった。
多分それは、ただ親子であるというところから、必然的に派生するような問題なのだろう。
こういう考えはますます俺を暗澹とした気持ちにさせた。
……………。

「岡崎、大変だ!泥棒に入られた!」
 古河の家を辞して、いつものように時間をつぶすために寮に行くと、春原が慌てていた。
「落ち着け、何を盗られたんだ」
「ラジカセとCDと漫画とエロ本だ。僕の推理だと、犯人はボンバヘッのファンでスケベな奴だが、岡崎、誰か心当たりはないか?」
378金のない話(11/13):04/09/27 08:26:07 ID:GT1hn6Or
 そんな奴、お前しか知らない。
「あのさ、春原、俺たち、もう卒業で、お前もこの寮を出なくちゃいけないだろ?」
「ああ。だけど、なんだよ、突然」
「荷造りとか、大変だろ?」
「まぁね」
「だから、俺と杏で手伝ってやることにしたんだ」
「……へっ?」
「処分しといてやった。厚意でやったことだし、礼なんていいからさ」
「……はは、嘘だろ?」
「4400円にしかならなかったけどな。ちなみに、ボンバヘッは50円にしかならなかった」
「ふざけんなよっ、買い戻して来いよ!」
「そうしようにも、金がない」
「売った金があるだろっ」
「杏にとられた」
「…………」
 固まった。
「お前、金あんだろ。買い戻して来いよ。俺の借りでいいからさ」
「うっ、でもこの金は……。仕方ないな、あきらめるよ。明日のことがあるから、藤林杏には文句言えないし。ボンバヘッが聴けないのは辛いけど、彼女ができたらエロ本も必要ないしねっ」
 相当浮かれているようだ。
「それはいいけど、杏のやつ、お前のエロ本見てめちゃくちゃ引いてたぞ」
「え?……何か言われちゃうかな?」
「むしろ口きいてくれないかもな。もう情報が回ってたり」
 本当は息の根を止められようとしているのだが。
「……へ、へへ」
379金のない話(12/13):04/09/27 08:26:55 ID:GT1hn6Or
 また固まった。
「春原、ヒマだ」
「あんたらが色々売ったからでしょっ!」

 深夜を過ぎてから、家に戻った。居間に明かりがついているのが見えて、俺は躊躇した。
案の定、居間では親父がパック入りの豆腐をツマミに、チビチビと大事そうに酒をすすっていた。
「まだ、起きてたのかよ」
「ああ、おかえり。朋也君を、待っていたんだ」
 ……つくづく嫌になる。
「朋也君、もうすぐ卒業なんだってね」
 この男がそんなこと知るはずがなかった。……杏がしゃべったのかもしれない。
心の中で、チッ、と舌打ちした。
「卒業したら、朋也君は、この家を出ていくつもりかい?」
「ああ。仕事先も、もう決まってる」
「そう……寂しくなるね。朋也君は、いい話し相手だったからね。……今日一緒にいたのは、朋也君の彼女かい?」
「……関係ないだろ。話ってそんなことかよ」
 部屋に戻ろうとした俺を、親父が呼び止めた。
「まぁ、もう少し話をしようじゃないか。ほら、これを渡そうと思ったんだ」
 親父が差し出したのは、五千円札。
「どうしたんだよ、これ。まさか……」
「知り合いが貸してくれたんだよ。昔の、仕事の仲間がね」
 照れたように微笑んでいた。俺は頭痛がして、頭を抱えた。
「はぁっ、みっともねぇ真似すんなよ……。もういらねぇよ」
「うん、でもこれは、朋也君のお金だから、朋也君が使いなさい」
380金のない話(13/13):04/09/27 08:28:24 ID:GT1hn6Or
「あんただって金、ねぇだろ」
「おれのことは、いいんだ。朋也君、ご飯もろくに食べてないんじゃないのかい?」
「……食ってるよ」
 俺は全身の力が抜けるような感覚で、力無く応えた。もうどうでもよくなってきた。
「そうか……ご飯は、しっかり食べないと、いけないよ。人間、健康がなければ、何にもならないからね……」
 それは到底親子のする会話だとは、俺には思われなかった。
 が、親父の方は、自分が親らしいことをしたと思っているのか、ひどく満足した様子で、酒で顔を紅潮させ、目を細めて一人で頷いていた。
 お互い、悪意があるわけではないのだろう。ただひたすら、噛み合っていなかった。
(はぁ、父親らしいなんてのは、ねぇよそんなもん……)
「……ありがと」
 俺は何とかそれだけ言葉にして、稲造をつまみ上げると部屋に引き返した。
親父は赤い顔のまま軽く頷くと、相変わらず酒をチビチビとすすり始めた。
相変わらずの、頼りない顔だった。
381名無しさんだよもん:04/09/27 08:29:36 ID:GT1hn6Or
以上です。失礼しました。
382 ◆2tK.Ocgon2 :04/09/27 08:33:55 ID:7ECV3Xxp
お疲れ様でした。
他に延長希望の方はいらっしゃいますか〜?
383名無しさんだよもん:04/09/27 08:34:04 ID:i3U5/6Ui
2時位まで待ってくれないか。そしたら上げるかもわからない。
まにあわないかもしれないが。
384 ◆2tK.Ocgon2 :04/09/27 08:38:02 ID:7ECV3Xxp
2時?
申し訳ないですが、無理です……
385名無しさんだよもん:04/09/27 08:40:31 ID:i3U5/6Ui
そうか。んじゃ辞退するわ。
386 ◆2tK.Ocgon2 :04/09/27 08:46:25 ID:7ECV3Xxp
他にいらっしゃいませんでしょうか?
それでは終了宣言〜
387 ◆2tK.Ocgon2 :04/09/27 09:06:31 ID:7ECV3Xxp
【告知】

ただ今をもって、投稿期間を終了させていただきます。
参加された書き手の皆様、どうもご苦労さまでした。

>>368-380 金のない話(CLANNAD)

えー、1作しか投稿されませんでした……

さてどうしましょうか。

正直この状態ではどうしようもない。
いっそのこと今回のコンペはお流れとし、
次回のテーマが「なんでもあり」ですので、この作品は次回の投稿作として扱ってはどうでしょうか。
もちろん、作者さんの意見を第一に尊重しなければいけませんが。
他の人も、なにか意見があればお聞かせください。

もう1つ、コンペスレそのものの存立についても話し合わなければいけないと思いますが、
まずは上記の問題を早々に。
処遇が決まるまで、感想期間には入らないことにします。
388 ◆2tK.Ocgon2 :04/09/27 09:18:47 ID:7ECV3Xxp
ゴメン、次回のテーマは「過去のテーマ・再び」でした。
なにをトチ狂ったんだか……
389名無しさんだよもん:04/09/27 12:39:05 ID:3P7wsK44
困ったねえ……
一回、このスレをいま見てる人間が
実際何人いるか点呼でもしてみようか?(´・ω・`)ノ
390名無しさんだよもん:04/09/27 13:30:34 ID:DwwfRNCu
391名無しさんだよもん:04/09/27 14:07:12 ID:N+9tywcA
ノシ
392名無しさんだよもん:04/09/27 15:20:11 ID:tiQcU7ZS

393名無しさんだよもん:04/09/27 16:21:09 ID:HHhKjfhP
もちつけー
存続とか点呼とかは次回の後にしようぜ
次もこんなだったらさすがにヤバげだけど…
394名無しさんだよもん:04/09/27 22:17:37 ID:Gasb63dj
私も前回、今回と休んだのであまり大きなことは言えませんが…かなり危機的状況ですね。
下手をすれば次回の「過去のテーマ」をもって最終回になる可能性も…?
いや、そんなこと言っちゃいかんな。
395名無しさんだよもん:04/09/27 23:56:25 ID:FXZCbac5
とはいえ最近感想も少ないし、無理に続けるよりは次回大団円でもいい気がする。テーマ的にも。
396名無しさんたよもん:04/09/28 00:34:26 ID:SdOHPRFB
>>367
面白かった。
俺、こういうの好き。
>>395
でも、終了したらしたで寂しいね。
今の状態で終わらせるのが、一番いいのかもしれないけど。
397名無しさんだよもん:04/09/28 01:17:34 ID:NhZVJKT7
まあ、今回のみについていうなら、
次回でフォローがきくから、と
緊張感が少なかったのは事実。
というか、最終的に落としたし。
次回まで様子を見てほしいかな。
398名無しさんだよもん:04/09/28 02:10:08 ID:UOLgrwuj
このスレが荒み気味+かのんこんぺで書き手いなくなったかなあ?

>>367
 とても良い話だった。こんな状態に出すのは勿体無いくらいでしたよ。>感想書いちゃダメだった?
 ただお題の「家族」というよりは「親子」のイメージが強かった気が……。
 
 良い作品を書く人もこの現状で投稿する気が無くなるんだろうなあ。
399名無しさんだよもん:04/09/28 03:04:52 ID:dieevE1F
今回ネタは用意してあったが、見事にイベントの原稿とバッティングした(´・ω・`)

>>387
>次回のテーマが「なんでもあり」ですので、この作品は次回の投稿作として扱ってはどうでしょうか。

書いた人の意見を聞いた方がよいかも
400367:04/09/28 09:41:56 ID:fan5EbfW
>次回の投稿作として扱ってはどうでしょうか。

問題なければ、そうしていただければ。
1作というのはそこはかとなく切ないですので。
401名無しさんだよもん:04/09/28 11:44:40 ID:yfRgWAKl
>>383で間に合わなかった人も次で出品してほしいな
402 ◆2tK.Ocgon2 :04/09/28 21:10:13 ID:vlRgUqVm
業務連絡〜

>>368-380 金のない話(CLANNAD)
では、次回「過去のテーマ・再び」の投稿作として扱います。
次回投稿期間終了までは、この作品への感想は禁止の方向でお願いします。
403名無しさんだよもん:04/09/28 21:27:38 ID:Vgjzusr8
>>402
つーたら、つまり今は総括期間になる、ってことかね?
404 ◆2tK.Ocgon2 :04/09/28 21:48:19 ID:vlRgUqVm
>403
はい、そういうつもりでお願いします。
今回の感想期間はありません。

次回開催は、いつもどおりの総括期間(1週間くらい?)を取った後に始めようかと思います。
それまでの時間を利用して、ちょっと意見を集めてみようかと。
自論のある方は是非にお聞かせくださいませ。

>今回のこと
投稿作が減ってしまったわけですが、直接の原因としては、
・次が「過去のテーマ」だから無理に仕上げなかった
・かのんこんぺと締日が重なった
・学生さんが新学期前で忙しい
辺りですかね。テーマが難しかったとも思えませんが……

>次回のこと
普通に開催する予定です。
今回感想期間がなくなったぶん、投稿開始が早まりますが、よろしいでしょうか。
投稿期間を長く取るのも手かな〜と考えられます。
405 ◆2tK.Ocgon2 :04/09/28 22:12:49 ID:vlRgUqVm
>次回以降のこと
本来なら、「次々回テーマ募集!」といきたいところですが、
次回三十回の節目で区切りをつけてはどうか、という意見も出ていますのでちょっと反応を見てからにします。

他の皆さんの意見はどんなもんでしょうか〜。
406名無しさんだよもん:04/09/28 23:49:12 ID:fT/xmHUQ
感想期間がなくなった分は投稿期間に上乗せって方向に一票
次は盛り上がってくれるさ、きっと
407名無しさんだよもん:04/09/29 00:53:56 ID:6S4J5Wh5
そうだな。次回一回は通常進行で様子見でいいんじゃないって人も
けっこういるんだね。
次回もダメだったら検討してみよう。
408名無しさんだよもん:04/09/29 23:15:06 ID:je4yFlcy
うーん、お世話になったスレだし無くなったら残念だ。
次回も駄目だったら終了というのは悲しい。
でも、次回だけ危機的状況を回避しようと職人さんが頑張っても、
問題は持続性になるんだろうね。
SSトレの方を覗くことあるけど、あちらも閑散としてるしね。
でも、大多数の人が気軽にSSを発表を出来る場所を手に入れた、と思えば、
大団円になるのも構わないかもしんないな。
30回というのは単純計算二年半もこのスレ続けて来たと言うことだしね。
始まりあれば、終わりあり。けど、いつでも再開もありってことで。
少し休んでみるのもSS活性化のひとつの手段かな。
409名無しさんだよもん:04/09/29 23:37:36 ID:UyG9VYGj
止めてしまうんではなくて、形態を変えて続けるのはどうかな。
例えばテーマ縛りを止めてみるとか、毎月開催を隔月開催にしてみるとか、
感想期間を取っ払って即時感想を可能にするとか、SS未満の小ネタの参加を認めてみるとか……
いずれにせよ今のコンペスレとはまた違ったものになるだろうけど、せっかくの共有財産なんだし何とかして引き継ぎたいと思う。

>・次が「過去のテーマ」だから無理に仕上げなかった
(´・ω・`)ノ
進捗度75%の仕掛品が2作ほど手元に。

>投稿期間を長く取るのも手かな〜と考えられます。
かのんこんぺの感想期間を回避するにもいいかも。
ただ、24日間は長すぎると思う。適当な長さで。
410名無しさんだよもん:04/09/30 00:31:14 ID:LWiNWkPb
すみません、勢いで始めたFateの連載SS+AIRの連載SSが最近特に忙しくて前回今回と参加できませんでした。
以前はほぼ毎回参加出来ていたのに……。
大学も忙しくなってきたし、次回で引退するかもしれません私。
最近のコンペが段々と盛り下がってきているのは私としても心配なんですけどね。

とりあえず次々回のテーマは保留にしておいて、次回の結果次第で終わらせるか存続させるか決めてみるとか。
411名無しさんだよもん:04/09/30 03:17:52 ID:TJ8MsvtW
つーかこれだけ人がいるんだから続けてもいいんじゃないかと
ここんとこ下降気味だったのは確かだけど、
あんまりネガティブに考えるのはよくないよー
412名無しさんだよもん:04/09/30 03:50:51 ID:AXUyU8wz
たしかに「SSを書く」「感想を書く」以外のことでは
ぞろぞろ人が集まってくるよな、このスレw

>大多数の人が気軽にSSを発表を出来る場所を手に入れた

「みんながここじゃないどこかでSSを書いている」という前提ですか。
それはどうでしょう……。どう?>みんな

>テーマ縛り
これは逆に書くためのきっかけとなり、投稿衝動を促す仕掛けとして
機能していたと思います。
「締め切り日の設定」「縛りワード」「これは競争である、という競技性」
とかが具体的に目前あったほうが人には、なんとなく
書く作品を考え始めたり意欲が湧いてくるワナ。
当時過疎化していたSS投稿スレと比べ物にならないほど
開始当初、短期間に作品数が集まったのがご存知の通り。
(SS投稿スレの活性化、が当初の1さんの目的でした)

「新鮮な面白み」が「おっ、参加してみようかな」という
動機につながってたんだよな。
ひとつ、最近投稿してない、という人もなんかあらたに
「おっ、参加してみようかな」と思うような
新しいアイディアを考えてみるのも手かもしれませんね。
あまり参加するのに面倒くさくないやつ。
で、新鮮で面白いやつ。

>SS未満の小ネタの参加を認めてみる

これは、第一回からいままでずーっとOKですよ。過去ログ参照。

一度「記名こんぺ」をやってみるのも面白いかな……
いや、匿名ルールは最後まで貫き通したほうが、美しいかな。
413名無しさんだよもん:04/09/30 04:17:44 ID:TQbI1KlP
記名といわれてもなぁ。
コテ持ちじゃない人は、予め今までの発表作や、お気に入り自作SSを上げたりするのだろうか。
414名無しさんだよもん:04/09/30 15:04:10 ID:NmEu6x3h
それもいいかもね。
415名無しさんだよもん:04/10/01 00:37:02 ID:8OpS7Pw+
>412
確かに以前あったSS投稿スレに比べると、このスレの敷居はかなり低いわな。
416名無しさんだよもん:04/10/01 01:13:09 ID:vPAdJ7hV
投稿スレは、そこで発表する意義みたいなものが、薄かったんだよね。
俺も当時、SS書いてもキャラスレとかネタスレとかに直接落としていたし。
などと蚕、いやさ懐古してみる。
417名無しさんだよもん:04/10/01 02:56:02 ID:D27RXqSl
あと、SSスレは敷居がめちゃくちゃ高かったというのもある。
卓絶した文章力は勿論、プラスアルファの何かがなければレスすらつかないという風潮が出来上がってたし。
418名無しさんだよもん:04/10/01 20:13:09 ID:AWiS+vB6
ヘボイの投稿して、
叩きながらもどこをどう直せばいいのかまで教えてくれるのは
ここくらいのものだからね。
敷居の低さは、爽快感を覚えるほど(笑)
文字書き初級者としては、
本当にありがたいスレだよね、ここ。
419名無しさんだよもん:04/10/01 21:07:32 ID:3vhSwnig
もうちょっと頑張りましょう
420名無しさんだよもん:04/10/01 22:37:03 ID:DTQtpXuR
そういうのが増えて、感想人が気合いの入った感想書く気になれなくなっていったのかもしれないね
どっちに非があるとかは思わないけど

作者と感想人がガチで向き合える、
そういう空気がちょっと薄くなったかな、とは思う
421名無しさんだよもん:04/10/02 12:23:13 ID:ABlVZamh
今後のことを話し合うのに昔のことばかりを話しているような気がした
422名無しさんだよもん:04/10/02 12:40:53 ID:qo0SL8L7
だってとりあえず次回やって様子を見ようって事になってるし。
423名無しさんだよもん:04/10/02 15:27:53 ID:+/kPlfEr
確かに昔のSS投稿スレでは、一人の書き手がスレのレベルを上げていたという印象があった。
で、同等の物が書けない書き手が排除されて過疎化したのが事実だろう。
424名無しさんだよもん:04/10/02 21:31:39 ID:dO1Qryyx
またか
425名無しさんだよもん:04/10/03 01:23:47 ID:/t1dFfw7
ん〜、次回の「過去のテーマ」にはある程度人が集まるだろうからそのまま開始するとして、
その次のこんぺであまりにも人の集まりが悪かったらやめるなり形式を変えるなり
考えるってのはどうかな?

とにかくこの宙ぶらりんの状態なままなのが一番良くないと思う。
討論するにしてもいつまでなのか期間をきっちり決めないと。執筆する人も座りが悪いだろうし。
426 ◆2tK.Ocgon2 :04/10/03 09:12:26 ID:52Ky56F8
ん。業務連絡。

まだ語り足りないという方もいらっしゃるかもしれませんが、そろそろ1週間になりますので、
総括期間は本日いっぱいをもって終了とし、10/4日の午前 8:00 より第三十回「過去のテーマ・再び」を開催したいと思います。

>次回投稿期間
>>406>>409あたりの意見に特に反対もないようですので、3週間に設定したいと思います。
10/4〜10/25 ということでよろしいでしょうか。

>次々回以降
様子見を希望する方も多数いらっしゃるので、次回終了後に改めて考えることにしましょう。
次回開催の間に、意見や提案を温めておくと(・∀・)イインチョ!
427名無しさんだよもん:04/10/03 14:29:52 ID:/52FeMkP
まぁ投稿がないタイミングなら、保守も兼ねてここで少々語り合ってもいいし
428名無しさんだよもん:04/10/03 17:34:27 ID:QKUk8wQG
投稿最終日や感想最終日を土日や休日に限定したらどうかな。
回によって日数に差が出るけど、平日はきついよ。
429名無しさんだよもん:04/10/04 01:08:37 ID:E8ab1aVX
曜日を固定するのは、一部の人に有利な状態を固定することだという反論が以前あった。
実際、皆が土日休みとは限らないわけだから。
けど、駆け込み投稿を増やすぶんには有効かもしれないし、
感想最終日だけ土日指定にするというのはアリかも。
430 ◆2tK.Ocgon2 :04/10/04 08:07:20 ID:E8ab1aVX
【告知】

第三十回投稿テーマ:『過去のテーマ・再び』
(過去にテーマとして取り上げられたものの中から1つ以上を自由選択)

投稿期間: 10 月 4 日の午前 8:00 から 10 月 25 日の午前 8:00 まで。

テーマを見て、思いついたネタがあればどんどん投稿してみましょう。
面白い作品だったら、感想がたくさんついてきて(・∀・)イイ!!
もちろん、その逆もあるだろうけど……(;´Д`)

※投稿される方は >>4-6 にある投稿ルール、FAQ をよく読んでください。
※特に重要なのが

・テーマに沿った SS を*匿名*で投稿する
・投稿期間中は作品に対して一切感想をつけない

※の二点です。他の各種 SS スレとは異なりますのでご注意を。

それでは、投稿開始っ!
431 ◆2tK.Ocgon2 :04/10/04 08:07:44 ID:E8ab1aVX
今回のテーマとして使用できる過去のテーマ一覧です。

『花』『走る』『雨』『サッカー』『夏だ!外でエッチだ!』
『嘘』『絶体絶命』『夢』『キス』『旅』『初め』『プレゼント』
『耳』『桜』『風』『結婚』『海』『復讐』『動物』『友達』
『戦い』『卒業』『お願い』『相談』『えっちのある生活』『If』
『料理・食べ物』『家族』

※第二十一回『なんでもあり』は含まれないのでご注意を。
432名無しさんだよもん:04/10/05 01:53:42 ID:oaIRblLy
投稿時には、「テーマ○○を使っています」って宣言したほうがいいのかな?
433名無しさんだよもん:04/10/05 07:01:04 ID:jGxuz07C
テーマ処理のしかたの力量込みで感想書く人には
そうじゃないと伝わんないかと
434名無しさんだよもん:04/10/05 12:46:19 ID:CpmSmB4E
前回の過去のテーマ時は最初に書き手が宣言していましたね。
「○○」を使いますって。複合テーマの人もいたかな?
あえて書かないで読み手の意表をつくやり方もありますが。
435名無しさんだよもん:04/10/06 05:20:56 ID:UkJTibSh
いろいろやり方はありそうだな。
でも自己満足にもなりやすそうだけど。
436名無しさんだよもん:04/10/06 05:24:29 ID:7xiae7o7
>>435は自慰
437名無しさんだよもん:04/10/07 07:48:56 ID:STv5UTQY
自慰子
438名無しさんだよもん:04/10/08 07:44:16 ID:hCOHtTol
 
439名無しさんだよもん:04/10/09 07:34:17 ID:I7VM5JkD
こうも人がいなくなると、またすこし不安もある。
440名無しさんだよもん:04/10/09 09:58:31 ID:gePSrSKG
今回は感想側に参加します。
書き手と読み手のみなさん、よろしくお願いします。
441名無しさんだよもん:04/10/10 08:44:00 ID:UFIAmsjo
保守。
442名無しさんだよもん:04/10/11 02:43:34 ID:5DpZ1MOT
うーむ……。
むかーし、2年くらい前に書き上げたSSでも出してみようかなぁ。。
443名無しさんだよもん:04/10/11 02:58:39 ID:imkV8fAV
>442
そのSS、エロが足りないよ。乳も。
444送る言葉:04/10/11 14:20:19 ID:vEvXo7VC
保守側に、以前書きかけで間に合わなかった奴を投下します。

題材は『痕』

テーマは『旅』

全部で3レスです
445送る言葉 その1:04/10/11 14:21:55 ID:vEvXo7VC
 祈る。
 それしか方法がないから。
 頼る神様なんていないのに、私は祈り続けた。
 車のエンジン音が聞こえる。
 あの人が帰ってきた。
 私は立ち上がると、玄関へと急いだ。
「ただいま、千鶴」
 暗い玄関に佇む叔父様。
 私は『おかえりなさい』と言おうとしたが、口から出たのは別の言葉だった。
「叔父様、その腕は……」
「うん、これか?」
 叔父様は、自分の左腕に刺さったナイフをチラリと見やった。
「意識を乗っ取られそうになったんでな」
 白い長袖のワイシャツが、傷口から流れ出た血により、赤く染まっていた。
「今日、死ぬことにした」
 まるで、他人事のような気軽さで、叔父様は自分の死を告げた。
「もう、俺の意識はもたん。車の運転中ですら、鬼になりかけた。だから今日、死ぬことにした」
 私は黙って聞く他なかった。
 精神の浸食を止める方法がないことは、父親を看取った経験からも判っていた。
 いつか、この日が来ることも………。
「………すぐに、逝くのですか?」
「ああ、今すぐ逝く。時間が経つと決心が鈍るからな」
 そういうと、叔父様は私に背を向け、玄関から外へと出ていった。
 私は、急いでサンダルを履くと叔父の背中を追った。
 車のエンジンは付けたままになっていた。
 すぐに出発する気なのだろう。
 叔父様は私が家から出てくるのを、車の側で待っていた。
「千鶴、おまえには迷惑をかけるな」
 私は首を横に振った。
446送る言葉 その2:04/10/11 14:22:40 ID:vEvXo7VC
 鶴来屋グループの社長である両親が死んだ時、叔父様は真っ先に駆けつけたくれた。もし、来てくれなかったら、
今の私は多分ここにいないだろう。
 むしろ、迷惑をかけてきたのは私達姉妹だった。
 激務である、父に代わり引き継い仕事が、肉体と精神を疲弊させ、寿命を縮めたのは間違いないのだから。
「本当は、黙って逝くつもりだったが、お前には会っておきたくてな」
 ドアを開け、車の中に乗り込む叔父様。
 止めたい。
 愛しい背中に抱きついて、引き留めたい。
 それが駄目なら。
 私も連れて行って欲しい…………。
 そんな思いを。
 口から飛び出しそうな言葉を。
 私はぐっと噛み締めた。
「後を、頼む」
 窓を開け、私を見つめる瞳。
 ゆっくりと頷いた。
「叔父様……」
「なんだい? 千鶴」
「あの………」
 言葉に詰まった。
 こんな時、何て声をかければ良いのだろう。
 普段ならば『気をつけて』とか『行ってらっしゃい』と言えば良い。
 でも、叔父様は二度と帰って来ないのだ。
「どうした、千鶴」
「……………」
 言葉が浮かばない。
 代わりに涙ばかり、ぽろぽろと溢れ出た。
447送る言葉 その3:04/10/11 14:24:47 ID:vEvXo7VC
「千鶴。こういう時はな、『GODSPEED!』って言えばいいのさ」
「……グットスピード?」
「英語で『楽しい旅を』とか『旅に神の祝福があらん事』をという意味さ」
 そう言いつつ、握った拳に親指を立てながら、にこやかに笑った。
 私に向けた笑顔。
 とても、優しくて。
 涙で、叔父様の顔が見えなくなって。
「千鶴っ! 笑えっ!!」
 今、私が成すべき事。
 私に、与えられた役目。
 涙を拭き、私は笑った。
 心の中で泣きながら、私は精一杯の笑顔を作った。
 拳を作り。
 親指を立てながら、私は叫んだ。
「GODSPEED 叔父様!!」
 その声を合図に車は、死出の旅へと飛び出した。
 運転席からつき出しだ拳。
 闇に解けて消えるまで、何時までも、何時までも見続けた。
448送る言葉:04/10/11 14:26:47 ID:vEvXo7VC
以上です

そういや、トップバッターで投下したのは、もしかしたら初めてかも…………。
449送る言葉:04/10/11 14:29:27 ID:vEvXo7VC
ちなみに、
私は>>442ではありません(^^;
450名無しさんだよもん:04/10/11 23:48:23 ID:36p7g+QI
>442
そのSS、野球のゲームシーンをメインに持ってきたほうが良かったと思う。
451名無しさんだよもん:04/10/12 18:26:54 ID:mad3qwSu
>442
戦車兵の日常も入れてくれるとさらによくなるはず
452名無しさんだよもん:04/10/12 22:15:32 ID:chLaAcZJ
>442
>>450>>451に騙されるな。ただ俺ももう少し祐一の必殺技は強いほうがいいと思った。
453名無しさんだよもん:04/10/12 22:24:19 ID:ie/JvVo4
>>450-452
お、悪いね。442です。
俺個人としては、中盤のウオクイコウモリのセックスをもっと詳しく描写したかったんだけど、ちょっと本筋から離れるよね。
君らの意見を参考にして、最高のSSを書き上げたいと思います。
454名無しさんだよもん:04/10/12 22:26:52 ID:ie/JvVo4
追記。>>443
乳に関しては、充分足りてるはず。エロエロだよ。
455名無しさんだよもん:04/10/13 06:09:29 ID:X2zn+P8b
期待してる。ヒロインが一度も出てこないのに
ヒロイン萌え萌えだったSSなんて、あの時初めて読んだからねぇ。
456名無しさんだよもん:04/10/13 07:14:53 ID:EZAFlcgo
うん。「サラマンダー殲滅」ってタイトルからは全く想像できないSSようなだった。
457名無しさんだよもん:04/10/13 13:07:22 ID:ZOU8Htj9
>>454
逆に品乳分が足りていない
あまり乳を強調しすぎると逆効果になることもあるよん
458名無しさんだよもん:04/10/14 09:01:02 ID:/IGT/NaI
お楽しみのところ無粋でスマンが、投稿期間も半ばを過ぎたんで貼っとくよ。

【告知】

現在、葉鍵的 SS コンペスレでは投稿作品を募集しています。
今回のテーマは『過去のテーマ・再び』(過去にテーマとして取り上げられたものの中から1つ以上を自由選択)です。
過去のテーマの一覧は>>431にあります。第二十一回『なんでもあり』は含まれないのでご注意を。
投稿の締め切りは 10 月 25 日の午前 8:00 までとなっています。
思いつくネタがあればどんどん参加してみましょう。
その際に >>4-6 のルール、FAQ に一度お目通しを。
459名無しさんだよもん:04/10/14 22:16:18 ID:lkCs+9UA
┌──________________________──┐
│  \..  2CHバニラ  アイスたっぷり、うまさ大満足age!!.  /  │
│  /.                                .  \ .│
│  \            ____   . _    ___ . . /  │
│  /.  ∧_∧      |      | __| |_  |      |  \.....│
│  \.  ( ´∀`)      ̄| | ̄ ̄ |      |  ̄|  | ̄   ./....│
│  /.  (    )     | ̄   ̄ ̄|  ̄ ̄|  | ̄ | ̄   ̄|  \  │
│  \.  | | |       ̄| | ̄ ̄    / /    ̄|  | ̄ . ./. ..│
│  /.  (__)_)      |  ̄ ̄|   / /   | ̄    ̄ |  \  │
│  \               ̄ ̄ ̄     ̄     ̄ ̄ ̄ ̄  ./. .│
│  /. 希望小売価格<税別>100円 種類別ラクトアイス     ..\ ..│
│  \..                                  /.. .│
└── ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄──┘
460名無しさんだよもん:04/10/15 07:50:27 ID:mZzEvVwh
 
461名無しさんだよもん:04/10/15 10:09:23 ID:4h03dR6L
一本しか来てないな
462名無しさんだよもん:04/10/16 00:12:38 ID:Ca97USAj
ネイティブアルター最強最速の粋で往なせな兄貴が浮かんだ
ハイパーグッドスピード
463名無しさんだよもん:04/10/16 00:54:30 ID:6GgN/cdD
>>462
ジェシー?
464名無しさんだよもん:04/10/17 00:17:28 ID:nn4HRzde
ほしゅっとく
465名無しさんだよもん:04/10/17 08:09:34 ID:BBiij1+I
保守り。
466名無しさんだよもん:04/10/18 23:15:13 ID:hSERzzI4
>464
IDがなにか主張してる。
467名無しさんだよもん:04/10/19 06:00:05 ID:l516qLXN
 
468名無しさんだよもん:04/10/19 07:15:28 ID:HYzW3tO8
久し振りに参加します。
『ambling in the umbllera』、6レスです。
469『ambling in the umbrella』:04/10/19 07:16:57 ID:HYzW3tO8

「冬弥?」
「え?」
 背後からいきなり名前を呼ばれて、慌てて振り返る。
 そこにはよく見知った顔があった。
「なんだ、はるかか」
「びっくりしたよ」
 全然そういう感じには見えないが、驚いているらしかった。
「どうして?」
「冬弥がいたから」
 俺が図書館にいたら変なのか…?
 って、はるかこそそうじゃないか。
「…まあいいや。それで、これからどうするんだ?」
 んー、と手をあごに当てて考えるはるか。
「帰るけど、帰る?」
「ああ、こっちも今用事を済ませた所だし」
「じゃ、行こっか」
470『ambling in the umbrella』:04/10/19 07:17:54 ID:HYzW3tO8

 はるかがいつものように自転車置き場に向かっていくので、
 なんとなく俺もそれに付き合う。
 キーチェーンが外れて、台車からメルセデスのMTBが滑り出てくる。
 はるかには勿体ないくらい、いい自転車だと思う。
「なに?」
「なんでもない。ほら、行くぞ」
「うん」

 電車で数駅の距離を、ふたり並んでの帰り道だ。
 はるかは自転車を横手に押しながら、俺の隣を歩いている。
 最近流行の海外ドラマなんかじゃ、これは結構いいシチュエーションなんだろう。
 帰り道で一緒になった男女が他愛もないことを話し合いながら見慣れた景色の中を歩き、
 そんなことを繰り返しているうちに二人の間に芽生える淡い恋心…
 駄目だ、自分で恥ずかしくなってきた。
 ま、そんな事は天地がひっくり返っても起こりえないことだ。
 第一、俺の隣にいるのははるかなんだ。
 こいつにヘンな気を起こすなんてあり得ない。きっと。
「暇?」
 俺の視線に気がついたのかどうか、果たしてはるかは俺に話しかけてきた。
「そりゃ暇だろ、こうしてるんだから」
「んだね」
 これで間が持つんだから、気が楽なことこの上ない。
 向こうも向こうで、別に気を使おうとかそういうのがないし。
471名無しさんだよもん:04/10/19 07:18:27 ID:HYzW3tO8

「あ」
 唐突にはるかが立ち止まる。
 どうしたと言いかけた俺を制して、はるかは上を向いた。つられて俺も空を見上げる。
 と、錫色の空が視界を覆いつくし、冷たいものが顔に当たった。
「雨か…」
「傘、持ってる?」
「いや、持ってないけど…」
 迂闊だった。
 家を出る前に天気予報くらいチェックしておけばよかった。
 こうしている間にも、雨はだんだん強くなっていく。
 今から駅に戻るのと近くのコンビニで傘を買うのと、どっちがいいだろうか。
 そんなことを考えていた時。
「はい」
「え?」
 突然、俺の目の前に紺色の折り畳み傘が差し出された。
「いらない?」
「あ、ああ…ありがと、入れてくれ」
 はるかは俺に傘を手渡すと、そのまま自転車を漕ぎ出した。
「じゃ、先行ってるから」
472『ambling in the umbrella』:04/10/19 07:19:07 ID:HYzW3tO8

「…って、おい!」
 慌てて呼び止める。
 10メートルくらい行った先で、はるかは立ち止まってこっちを見ている。
 どうかしたの?とでも言いたげな顔だ。
「早く差さないと濡れちゃうよ?」
「そうじゃなくて!」
 俺ははるかの側まで近付き、傘を開いた。
 そして、自転車を支える体を庇うようにそれを差し出した。
「ほら、はるかも入れよ」
 はるかはきょとん、とした目で俺を眺めている。
 こうしている間にも雨は強くなり、はるかは自転車を持ったまま雨足に晒されている。
「ほら、入れって」
「…うん」
 俺の説得にようやく折れ、渋々という感じではるかが傘の中に入ってきた。
 結局、この状況では他の選択肢はなく、一緒に歩いて家まで帰る事になったのだが、
 はるかの持ってきた折り畳み傘では二人が入るには巾が少し足りない。
 案の定、俺の左肩とはるかの右肩は次第に強まる雨のせいで
 みるみるうちに濡れていった。
473『ambling in the umbrella』:04/10/19 07:20:02 ID:HYzW3tO8

「冬弥、濡れるよ」
「別にいいよ、そっちこそ濡れてるだろ」
「構わないよ」
「いや、俺が構うから」
 それでも終始こんな調子で、お互いに傘を押し付け合い続けた。
 こっちは別に濡れても構わなかったんだが、はるかも何故かそこは譲らなかった。
 まあ、こいつは変に強情なところとかあるからな。
 そんな感じでやり合いながら、いつしか風景は見慣れたそれに変わっていった。

 ようやく家にたどり着いた頃には、雨足こそ若干弱まっていたが、
 すっかり俺もはるかも濡れねずみになっていた。
 それでもなんとか右半身だけでも濡れずに帰れたのは、はるかの傘のおかげだ。
 この際、最初から電車に乗っていれば良かった、なんてことは忘れよう。
「今日は本当にありがとな、はるか」
「ううん、何もしてないよ」
 マンションのエントランスの中で、俺ははるかに礼を言った。
 はるかはこう言っているが、こいつもかなり濡れてしまっていた。
「上がってくか?温かいものくらい出すけど」
 しかしはるかは、俺の提案に首を横に振った。
「もったいないからいいよ」
474『ambling in the umbrella』:04/10/19 07:31:52 ID:9VtsOVFw

 もったいない?何が?
 …俺、何か渡したりしたっけ?
 あ、そうだ。傘返さないと。
「はるか、これ返すよ。本当に助かった」
「うん、嬉しいよ」
 はるかは俺から受け取った傘を畳むと、バッグの中に無造作に放り込んだ。
「差さなくていいのか?まだ降ってるけど」
「いいんだ。自転車乗るときは傘差さないから」
「ふーん…ま、それならいいや。それじゃ今日はありがとな、はるか」
「風邪引かないでね」
「それはこっちの台詞だ…。ま、とにかく気をつけて帰れよ?」
「ん、今日はありがと」
 今度は『ありがと』?俺、はるかに何かしたか?
 傘譲ろうとしたくらいしかしてないはずなんだが…
「…とにかく、じゃあな。また明日」
「うん、じゃあね、冬弥」
 はるかは言葉通り、傘を差さずに自転車に乗って雨の中に突っ込んだ。
 とても雨の日とは思えない加速度で、後ろ姿は消え去っていった。

 …やっぱり、あいつの考えることはいまいち理解しきれないな。
 さ、シャワー浴びよ。
475 ◆0rMe0lGccM :04/10/19 07:34:54 ID:9VtsOVFw
以上です。
最初のレスでタイトル間違えてしまいました。
『ambling in the umbrella』でした。
よろしくお願いします。
476名無しさんだよもん:04/10/22 02:37:58 ID:82QT0tUe
保守り。
あと三日だぞー。がんばれー。
477名無しさんだよもん:04/10/23 08:26:19 ID:IjsNvDA2
 
478 ◆gPxws95vYs :04/10/24 02:28:42 ID:ETeJ6sR2

タイトルは『りょうてにはなを』
CLANNADの椋と朋也のその後のSSです。
お題は『花』『お願い』『キス』を少しずつ入れました。
よろしくおねがいします。
479りょうてにはなを_1:04/10/24 02:30:02 ID:ETeJ6sR2

 玄関のドアのノックで目が覚めました。

「あ、はいっ」
 私は慌ててベッドから飛び出しました。まだ寝ぼけています。
 コンコン……。 
 パジャマのまま玄関走って行きます。そしてドアの覗き窓で確認をするとロックを外して開けました。
「よう。おねぼうさん」
 朋也くんは笑いながら自分の腕時計を私に見せました。

 ──もうすぐ10時。
 デートの待ち合わせ時間でした。

「ご、ごめんなさいっ」
 慌てて謝ると朋也くんは「外で待ってるぞ」とドアを閉めてくれました。
 パニックになってしまいました。目覚まし時計が鳴った事すら気付きませんでしたから。
 取り敢えずテレビをつけます。天気予報を見るつもりでした。
 しばらくベットの上で呆然としていたのですが、寝汗の匂いが気になりました。
 シャワーを浴びる為に着替えを取り出そうとタンスを開けた時でした。
 テレビのアナウンサーが清清しい声で挨拶をしたのです。

「おはようございます。8時のニュースです」

 ……目覚まし時計も壁掛け時計もしっかり8時でした。
 私はまた玄関まで走りドアを開けます。──朋也くんは私の顔を見てニヤニヤしました。
「おはよう。椋」
「〜〜〜〜」
 子供みたいな悪戯する朋也くんは、やっぱり子供のような笑顔でした。

480りょうてにはなを_2:04/10/24 02:30:52 ID:ETeJ6sR2

 私達は高校を卒業して1年半程経っていましたが、今でもお付き合いを続けています。
 私は隣町にある看護士の専門学校に通っています。場所が遠いのでこうして一人暮らしをしています。
 一人暮らしは両親には反対されました。ですがお姉ちゃんが応援してくれたのでなんとか実現しました。
 朋也くんは町に残って就職しました。ですから、デートはいつも週末です。
 一人暮らしを応援してくれたお姉ちゃんですが、朋也くんが平日の夜に私の部屋に来ることはきつく禁じました。
 私は、その、構わないのですが、朋也くんは卒業してもお姉ちゃんには頭が上がらないようで律儀にそれを守っていました。
 だから今でも一番長く二人で過ごせるのは休日なのです。ちなみに休日の夜に関しては……秘密です。

 そんな生活のリズムを私と朋也くんは楽しんでいました。

481りょうてにはなを_3:04/10/24 02:31:52 ID:ETeJ6sR2

「おまたせしました、でしょうか?」
 支度を終えた私はバイクをいじっている朋也くんに、ちょっとだけ怒ったふりをして言いました。
「やあ椋。おはよう」
 気にもしない朋也くん。ずるいです、そんな笑顔をされたら──何も言えないじゃないですか。
「さあ、行こう。今日はいい天気だから気持ちいいぞ」
 そう言うとヘルメットを渡してくれました。

 朋也くんは半年前からバイクに乗っています。職場の先輩のお下がりだそうです。
 バイクに乗る朋也くんは高校時代の朋也くんよりも子供っぽくなりました。本当に楽そうで嬉しそうな子供の顔をするのです。
 このバイクですが、今日に至るまで大変でした。
 二人乗りができませんでした。私が乗ると曲がりたい方向に曲がらないのです。
 バイクを乗り始めた頃は夕方になると誰も居ない川原で、二人、練習をしていました。
「右だからな」
 朋也くんはゆっくりと右に身体を傾けます。私もそうするのですが、怖くなって反対方向に身体を傾けてしまうのです。
 そうするとバイクは──ほぼまっすぐに進みます。そんな時、朋也くんはあの子供っぽい笑顔で私を見てくれます。
「ゆっくりでいいから俺と同じように傾けてみて」
 私は何度目かの練習でようやくそれができました。──フワっと曲がれたのです。
「ひゃっほーう!」
 朋也くんの声が背中の振動でわかります。嬉しくてぎゅっと抱きつく力を強めました。
「なあ、椋!」
「はい!」
 背中で大きく響きました。
「やったな!」
「はい!」
 今でもこの時の事は忘れられません。
 あの瞬間にようやく朋也くんと一緒になれたという実感が持てたのですから。

482りょうてにはなを_4:04/10/24 02:32:56 ID:ETeJ6sR2

 デートのスタートはいつも決まっていました。

 私は5冊目のノートに印字された占いの結果を貼り付けます。
「今日も良い結果でした」
 嬉しそうに言うと朋也くんも喜びます。
「そうだな」
「悪い日はがっかりですから……」
「これからは悪い日はなかったことにしちゃおうぜ」
 朋也くんの悪戯っぽい顔。
「ダメです。全部残したいんです」
 今日の運勢をもう一度見ます。

 願い事──叶う。

 私は朋也くんの手を引いて機械の中から出ます。
「さあ、行きましょう。欲しいアクセサリーがあるのですけど──できたらプレゼントしてくれませんか?」
「ああ。いいとも」
 腕を組んでアクセサリーショップに行きました。

 プレゼントが願いではありません。
 何時間でも何分でもこんな幸せな時間を過ごしたい。それが私の願いでした。

 ──いつまでも、いつまでも、幸せでいられますように。そう願っていました。

483りょうてにはなを_5:04/10/24 02:33:52 ID:ETeJ6sR2

 次の目的地に着くと、朋也くんはこれ以上ない落ち込みようでした。

 公園のベンチで私達は途方に暮れていました。
「食い物ってイメージして期待している分、ショックでかいんだよなあ」
 朋也くんのおおげさな嘆きの声にちょっとだけおかしくなってしまいました。
「椋」
「なんですか?」
「今……笑ったな?」
 私が笑顔で否定すると、朋也くんは、むぅ、と唸ってしまいました。

 原因はお店が辞めてしまった事でした。
 私達が大好きなハヤシライスのおいしいお店がつい先日で閉店していたのです。
 朋也くんはそのハヤシライスの大ファンでした。私もあの優しい味が大好きでした。
 そしてそのお店で食べた後は、近くにあるこの大きな公園でキスするのがちょっとしたお約束でした。

 私も残念ですが朋也くんに言いました。
「他のお店をさがしましょう」
 落込んでもしょうがないと思ったのでしょうか、朋也くんはおどけて見せました。
「しょうがない。ここキスしたかったけどな」
「これで我慢してください」
 頬に軽くキスをしてあげました。

484りょうてにはなを_6:04/10/24 02:35:46 ID:ETeJ6sR2

 確かに「実用的だけどいいか?」とは訊かれました。
 ですがちょっと実用的過ぎると思います。

 街道沿いのラーメン屋さん。私達はそこに居ました。

「ここのトンコツ最高なんだぜ?」
 無邪気な朋也くん。
「トンコツ味のキスはちょっとイヤです」
 私は一応の抵抗をしながらも、肩に手を回されてそのままお店に入ってしまいました。

「おいしいです」
 あまりのおいしさに大きさで声を出してしまいました。恥ずかしいです。
「でしょ?」
 店員さんが私の声に反応しました。その光景を朋也くんは笑って見ています。
「〜〜〜〜」
 私は黙って食べ続けました。
 朋也くんはそんな私を見て、「これを入れないと」と小瓶を渡しました。
「朋也くん」
「なに?」
「入れました?」
「いや、これから」
 ノンキにそんな事を言うので、私は小瓶を没収してふるふると顔を振りました。
 意図が伝わったようです。
「……だめか?」
 ダメに決まっています。
 私は「ニンニク」と書いてある小瓶をそっと遠くに置きました。

485りょうてにはなを_7:04/10/24 02:36:36 ID:ETeJ6sR2

 最近のデートはバイクで移動します。
 ですから、せっかくのデートでもとっておきの服を着ることができません。
 排気ガスが凄い事を知りませんでした。
 以前、私の白いスカートが真っ黒になった時、思わず涙ぐんでしまいました。
 その時は朋也くんが「ごめん、ごめん」と謝ってくれました。──嬉しかったですが、笑っていました。

 朋也くんはデートの度に「楽しいんだ。本当に楽しいんだ」と言います。
 その言葉通り朋也くんはいつも笑顔でした。学校の頃よりも子供のように見えます。
 肩の力が抜けたようなリラックスした笑顔。
 私はそれが一番嬉しくて大好きでした。

 最後の目的地に向かいます。
「なあ椋!」
 抱きついている背中から音と振動が伝わります。
「はい!」
 エンジンと風の音に負けないように大きな声を出しました。
 私達は同じように右に傾くと、バイクは右に曲がります。
 そして、姿勢を元に戻すと大声で言ってくれました。
「─────!」
 言葉は聞き取れませんが私には伝わっていました。
「─────!」
 もう一度同じ音と振動を私に伝えられます。今度は言葉としても受け取れました。

 私は朋也くんのバイクに乗って知りました。大切なのは言葉ではありませんでした。
 大切なのは朋也くんの背中から私の胸の中に響く想いの音なのでした。
 その音を言葉にすると「大好きだあ!」になるのだと思います。

486りょうてにはなを_8:04/10/24 02:37:13 ID:ETeJ6sR2

 今日のデートの最後の場所はお花屋さんでした。
 たまに部屋に飾る花を買うお店で、店員の一人が私の知り合いなのです。

「いらっしゃいませ」
 お店に入るとその店員さんは笑顔で迎えてくれました。
「あらあら」
 悪戯っぽい視線を私達に向けまています。
「ども」
 男の子──年齢的にはおかしいのでしょうが朋也くんにはぴったりな言葉──ですから居心地が悪いようです。
 そっぽを向いて店内をうろうろし始めました。
「ねえ」
 店員さんは朋也くんの方を見て言いました。
「彼氏?」
 私は恥ずかしかったのですが、はい、と答えます。
「いい男じゃない」
 笑顔で私の肩をポンポンと叩いてそう言いました。
「また部屋に飾るお花を見に来ました」
 嬉しいのですが、店員さんの恋愛談義はかなり長くなる事を知っていましたので話を変えます。

 朋也くんはうろうろするのをやめて、お店の奥でじっと何かを見ていました。
 それを見ていた店員さんは私の方を向きます。
「ねえ。一番素敵な花を選ぶ方法って知ってる?」
「……いいえ」
 店員さんは、それはね、とまた悪戯っぽい笑みを浮かべていました。

「好きな人が見ている花を選んであげるの」

487りょうてにはなを_9:04/10/24 02:38:26 ID:ETeJ6sR2

 朋也くんには私達の会話は聞こえていませんでした。
「好きな人が見ている花を選んであげるの」
 店員さんは繰り返し言いました。
 なんとなく恥ずかしかったのですが、そうしたくなりました。
「さあ、行って来なさいな」
 私の背中を優しく押してくれました。そして──
「彼、いいセンスしていると思うわよ」
 と笑ってくれました。なんだかくすぐったいような気持ちになりました。

 ゆっくりと朋也くんの方に向かいます。
 朋也くんは気付いていないようです。じっとその花を見ています。
 やがて朋也くんの傍に行くと、私に気が付いた朋也くんは言いました。
「椋」
 そして、あの笑顔。
「この花ってさ。おまえの笑顔にそっくりでいいと思うんだ」
 私は店員さんが見ているのを知っていましたが、朋也くんに──キスをしてしまいました。
 その言葉とその花を選んでくれたことがたまらなく嬉しかったのです。

「あらあら彼氏さん。まさに両手に花ね」
 さっきのキスを見ないふりをしてくれた店員さんが、からかうように声を掛けてくれました。

 私達はレジに向かいます。
 朋也くんの右手には私の左手。
 そして、
 朋也くん左手には──ひまわりの花。

 とてもとても素敵で楽しかったデートでした。

488 ◆gPxws95vYs :04/10/24 02:39:42 ID:ETeJ6sR2
以上です。
よろしくおねがいします。
489 ◆gPxws95vYs :04/10/24 02:52:02 ID:ETeJ6sR2

誤字訂正です。

りょうてにはなを_9の最後から2行目。

朋也くん「の」左手には──ひまわりの花。

失礼しました。
490 ◆ONQMpCMtqI :04/10/24 23:02:03 ID:iydkEh2d
なんとか間に合いました。
投下します。CLANNADの風子SS。タイトルは「Signs Of Life」
ほのぼのとシリアスの中間くらいで、15〜6レス予定。
テーマは『結婚』がメインで、『嘘』『卒業』『家族』も少し入っています。
491Signs Of Life1:04/10/24 23:04:31 ID:iydkEh2d
 それは、俺が就職して二年目の夏のことであり、風子と付き合いだして二年目の夏のことだった。

「岡崎さん、風子と結婚してください」

 週に一度の休日。いつものように俺のアパートに遊びに来た風子がいきなりそんなことを言い出したので、俺は自分の正気を疑った。

「……はい?」
「あっ、今『はい』と言いましたね。それは肯定という意味ですね。当然です。風子の魅力にメロメロの岡崎さんが、風子と結婚したくないなんてことはありえません」
「いや、そうじゃなくて……今なんて言ったんだお前」
 風子は靴を脱ぎ、勝手知ったる俺のアパートに上がりこむ。風子には似合わない、やけに大型のスポーツバックを重そうに担ぎながら居間に入ると、ぺたん、と座布団の上に勝手に座った。
 いや、風子の突拍子もない言動は今に始まったことじゃないからいい。しかし問題は、風子の口から『結婚』などというこいつにおよそ似合わない単語が突然出て来た事だ。
 きっと俺の聞き間違いだったんだろう。最近も暑い中、路上での仕事が多かったし疲れてるんだろうな俺。だからきっと風子は『決闘してください』とか、『血痕してください』とか言ったに違いない。……ん?それはそれでなんかヘンだな。ともかく落ち着こう。

「いきなりの風子の登場に目を奪われてよく聞こえなかったんですか。仕方がありません。もう一度だけ言います。岡崎さん、風子と結婚してください」
 どうやら俺の耳と頭は正常らしい。
「……結婚って、あれか? 男と女が夫婦になるやつか?」
 すると、もしかしておかしいのは風子の方か? また何か変わったものに影響されたとか、あるいは結婚の意味を取り違えているとか……って、我ながらありえない仮説だとは思うがどうしてもそう思わざるを得ない。
「もちろんです。風子、今日から岡崎風子になります。ふつつかものですが、これからよろしくお願いします」
 ぺこり、と風子が小さな頭を小さく下げる。つられて気がつくと俺も風子の正面に座り、お辞儀を返していた。
「あ、これはどうもご丁寧に…………ってちょっと待て!!」

492Signs Of Life2:04/10/24 23:06:53 ID:iydkEh2d
 つまり、これはあれか。
 俺も風子も正常で、お互い何も間違っていなくて。
 間違いなく、風子は俺にプロポーズして、俺と風子が結婚することになっているってことか?

「……? 岡崎さん、顔色悪いです。もしかして風邪でも引きましたか」
「いや、ちょっと頭が混乱しつつあるだけだから気にするな」
 間違いなく、今日という日は俺が今まで二十年生きてきて一番慌しい日になるような予感がした。


「いいか、確認するぞ風子。お前は今日から俺と結婚して、このアパートに住むつもりだ」
「そうです」
 とりあえず用意したのは麦茶。頭を冷やせば少しは会話も冷静に出来るだろう。
「結婚するってことは、相手と一生添い遂げるってことだぞ。その相手が俺でいいのか?」
「もちろんです。風子は岡崎さん以外にこんなこと言いません。というか岡崎さんは甲斐性がありません。普通、こういうことを女性に言わせたりしないです」
 そりゃそうだ。普通は男が女にプロポーズするものだ。いきなり女が男の家に押しかけてプロポーズなんて、世間ではあまり聞かない。……まあ、風子が俺以外と結婚したくないって言ってくれたのは素直に嬉しいが。
 確かに、俺は風子と結婚したいのかしたくないのかと聞かれたら、したいと答えるに決まっている。と言うか、実は風子が高校を卒業したら俺からプロポーズしようと密かに計画していたりもする。指輪を買う金も少しずつ貯めていたりもする。
 その計画が台無しになったのは残念だが、しかしなんだって風子は突然こんなことを言い出したんだ。
 というか、何気に風子は今すごいこと言ってくれたよな。俺としてはもちろん嬉しいが。

 ……と、不意に頭の中にある単語が湧き上がった。
 ”できちゃった結婚”
 もちろん、俺には一生縁がないから一生使う事はない言葉だと思っていた。しかし女がいきなり男に結婚を申し込むのならこの単語ほどその状況に符合する単語はそうはない。
 頭の中で風子と俺の今までの生活を振り返ってみる。
 ……思い当たる節がないわけでもなかった。
 まさかとは思うが、今朝伊吹家ではこんな会話が繰り広げられていたのではないだろうか。
493Signs Of Life3:04/10/24 23:08:39 ID:iydkEh2d
「お姉ちゃん、ユウスケさん、今朝は風子から重大発表があります」
「あら、何かなふぅちゃん?」
「風子、最近あれが来なくなったので昨日こっそり産婦人科に行ってきました」
「…………えっと……え? え? 」
 風子の言葉の意味を理解しきれずフリーズ寸前の公子さんの理性。
「……三ヶ月だそうです。風子はどうやら岡崎さんの子どもが出来てしまいました」
 顔を赤くしての風子の告白。それが公子さんにトドメをさした。 
「……ええ――――っ!?」
「というわけで、風子は岡崎さんに責任を取ってもらいます。風子は今日から岡崎風子になります。お姉ちゃん、今までお世話になりました」
 そう言って、バック一つに嫁入り道具(そのうち半分はヒトデグッズ)を詰めて、伊吹家を後にする風子。
 残された公子さんと芳野さんは、あまりのショックに風子を引き止めるのも忘れ、真っ白に……。

 ……うわ、すっげえリアルすぎて怖い。

「ふ、風子……もしかして、出来たのか?」
 動揺をなんとか表に出さないようにして、麦茶を一口飲んでから風子に尋ねた。意外にもというか予想通りというか、風子はよく分かっていないように小首を傾げた。
「出来たって、何がですか?」
「だ、だからその……もしかして、赤ちゃん……が出来たから、責任とって俺に結婚しろと言ってるのか?」
 赤ちゃん、の部分だけかなり小声になってしまったが、こんな近くで話しているのだから風子にも当然聞こえたはずだ。
 もし風子が『はい。出来てしまいました』と答えたら俺はどうすればいいのだろう。
 決まっている。俺も男だ。そして今は学生じゃなく、社会にでた一人の人間だ。責任はきちんと取る。堕ろせ、なんて風子を傷つける無責任な発言は絶対にするつもりはない。
 できれば風子が卒業してからの方がよかったが、このままでは風子が卒業する前にお腹が目立ってしまうだろう。風子には本当に悪いことをしたが、一年学校を休んでもらって……そうか、すると学生結婚になるんだなぁ。
 気がつくと俺の想像はかなり未来にまで先走っていた。ううむ、俺も最近風子の影響を受けて妄想する癖が強くなっているのかもしれない。
494Signs Of Life4:04/10/24 23:11:03 ID:iydkEh2d
「ち、違います。岡崎さんとの赤ちゃんなんて風子は出来ていません。……あっ、ご、誤解しないで下さい。別に風子は岡崎さんとの赤ちゃんが欲しくないと言っている訳ではありませんっ」
 しかし風子の口から出た返事は予想外のものだった。柔らかそうな頬を真っ赤にしながら慌てて否定する風子は相変わらず可愛かった。
 ……けど、ならなんで風子はこんな急に結婚しようなんて言い出したんだ?

「なあ風子」
「今度はなんですか?」
 確かに俺だって風子と結婚するつもりはある。けど、やっぱりこんな唐突に風子から言い出すというのは何かありそうだ。それを確認するまでは、簡単にOKしないほうがいいと思う。
「俺はともかく、お前まだ学生だろ? 少し早いんじゃないのか。第一なんでこんな突然結婚しようなんて言うんだ」
「大丈夫です。学校にはここから通います。突然来たのは、突然岡崎さんと結婚したいと思ったからです。というわけで問題はありません」
 全然問題ありまくりだった。
 だが、風子の顔は予想していた以上に真面目だ。冗談や単なる思い付きでこんなことを言っているとは思えない。
 きっと風子は何か隠している。けれど、俺と結婚したいという気持ちは確かに本物なのだろうと思うと、それでも男としては嬉しくなってくる。

「風子の気持ちは嬉しい。けど、公子さんはいいって言ってくれたのか?」
 問題は公子さんだ。まあ、公子さんなら風子と俺の関係はずっと前から了承してくれているので今更ダメとは言わないが、公子さんも元教師だ。さすがに何の理由もなく学生結婚なんてことを許すとは思えない。
 場合によっては、後で公子さんに電話をしておいた方がいいかもしれない。
 ……などと考えを回していた思考はすぐに断ち切られた。風子が、公子さんの名前を出したとたんに視線を泳がせ、そわそわとしだしたからだ。明らかに不自然な態度だった。
「も、もちろんです。お姉ちゃんは快く風子を祝福してくれました」
「そうか。じゃあ、公子さんに電話して俺たちの結婚が決まったことを伝えないとな」
 胸ポケットに手を入れて携帯電話を取り出した。
「わぁ――――っ! そ、それはいいですっ!」
 それを風子は素早く奪い取った。元バスケ経験者の俺ですら見えないほどに素早い動きだった。何者だこいつ。
495名無しさんだよもん:04/10/24 23:13:58 ID:iydkEh2d
「いいって、なんで」
「お姉ちゃんは……そう、色々と今日は忙しいはずです。ですから、後で風子が電話しておきます」
 ……明らかに怪しかった。嘘をついているかどうかまでは分からないけど、どうも公子さんの話題に触れて欲しくないように頑張っているように見える。
「風子、俺の目を見て正直に言え。もしかして公子さんと喧嘩とかして、家出してきたんじゃないだろうな?」
 となると、考えうるのはそれだった。風子と公子さんに限ってそんなことはないとは思う。この姉妹の仲のよさは俺も芳野さんも保証できる。しかし、風子の態度からするともしやとも思ってしまう。
「違います。どちらかというと風子とお姉ちゃんは仲良しです。近所でもあの姉妹の絆はダイヤモンドより固いと評判です」
 さっきまで泳がせていた目を、今度は逸らすことなく正面から俺に向けてきた。風子の大きめの瞳が二つ、真っ直ぐに俺の視界に飛び込む。
 その目は、俺と付き合いだしてからいつも一生懸命風子がヒトデを彫っていたときの表情と同じで真剣そのもの。それを嘘と言えるだけの疑い深さは俺には持ち合わせていなかった。

「……分かった」
「分かってくれましたか」
 自信満々、だけどちょっとだけホッとしたように風子が満足そうに息を吐く。しかし今更ながら、これってプロポーズの場の雰囲気じゃないよな絶対。
「お前は本当にいいんだな?」
「もちろんです。風子は岡崎さんが好きです。……そういう岡崎さんはどうなんですか」
 少しだけ、俺を見上げる風子の目に不安の色が見えたような気がした。
 風子にしてみれば、おそらく俺が二つ返事でOKしてくれるものだと思っていたのだろう。それが俺がこんな質問ばっかりしている態度だと、自分の決断に自信が持てなくなっても無理はない。
「もちろん、俺も風子が好きだ。俺も風子となら結婚してもいいと思う」
「ありがとうございます。風子この年で結婚ですか。社会の荒波に出て行く勇気ある大人の女です。ドキドキします」
 風子が嬉しそうに微笑んだ。
496Signs Of Life6:04/10/24 23:15:10 ID:iydkEh2d
「けど、結婚式とか婚姻届とか、そういうのはお前が卒業してからにしよう。それまではここに住んでいいから」
「……分かりました。ここに置いてもらえるのなら風子はそれで構いません。……はっ! ということは、まだ籍を入れないのに同居ですか。同棲ですかっ。んー、風子一気に大人の階段を二段飛ばしで駆け上がってしまいました」
 勝手に盛り上がる風子。確かに形式上は大人の階段を上っているようにも見えなくはないが、こういう仕草や体つきはまだまだ十分子どもだと少しは自覚して欲しいものだが。

「言っとくけど、このアパートは狭いから風子の部屋なんて用意できない。居間も寝室も俺と一緒だ。いいんだなそれで?」
「仕方ないです。早くお金を貯めて広いところに引っ越せるように頑張って風子を養ってください」

 風子らしいといえばらしい言い方だったが、俺と一緒に住むのを嫌がらないのは嬉しかった。
 明日から、俺は自分のためだけじゃなくて風子のためにも働くことになるのか。
 たぶん、今まで以上に働かないと風子のまで稼ぐのは大変だろう。けど、それはきっと辛いだけじゃなくやり甲斐のあるものになるはずだ。
 家に帰っても、一人じゃない。待っててくれる誰かがいる。それはきっと、今まで以上に幸せなものになってくれるに違いない。
 とりあえずやれる所までやってみよう。さあ、まずは二人での最初の仕事、風子の荷物の整理からだな。

 ……ん? ということはもしかして、今日から一つ屋根の下で風子と眠るのか?

 ……俺、明日から仕事に遅刻せずに行けるのだろうか……?
 


「おはようございます」
 昨夜の疲れも残らず、いつも通りの出勤。俺より早く来ていた人たちが挨拶を返してくれた。もうすっかりお馴染みの風景だが、今朝はなんだかいつもより新鮮な気がした。
 しかし風子が俺より早く起きたのはちょっと意外だったな。なんだかんだでいつの間にか朝食も作れるようになっていたし。自分以外の誰かが作った朝食を食べて出勤というのは初めてだった。
 今日は世界がいつもと違って見える。きっと今日の仕事も、今までとはどこか違ったものになるのだろう。
497Signs Of Life7:04/10/24 23:17:33 ID:iydkEh2d
「あ、おはようございます芳野さん」
「……岡崎か。おはよう」
 芳野さんは俺のちょっと前に来たのだろう。丁度着替えをしている最中だった。いつも通りの朝の挨拶。けれど、どこか今朝の芳野さんは疲れているように見えたのは気のせいだろうか。
「岡崎」
 横目で芳野さんの様子を窺いながら着替えていると、着替えを済ませた芳野さんから話しかけられた。
 作業着から首を出して応える。芳野さんは両腕を組み、何か考えるような体勢で俺を見る。
「はい?」
「今日の仕事は一昨日の続きだから早めに終わる予定なんだが、仕事が終わったらちょっといいか?」
「え? あ、はい。別に構わないっすけど」
 芳野さんが俺を誘うとは珍しかった。飲みに行くとかだろうか? しかしそれにしては雰囲気が妙に真剣だったというか、何かすがって来るものがあったと言うか……芳野さんが疲れているように見えるのに関係あるのだろうか?
 風子には予備の鍵を持たせてあるから心配はないし、いざとなったらアパートにも電話はある。遅くなりそうなら連絡すればいいから大丈夫だろう。


「ここって……」
 だが、早めに仕事が終わり芳野さんが俺を連れてきた場所は予想外の場所だった。
 いや、知らない所と言うわけではない。俺もよく訪ねていた家だ。今では俺のもう一つの家とも言える。けど、芳野さんが仕事帰りに俺を連れてくるなんてことは今までになかった。
「公子さんの……あ、いえ。芳野さんと公子さんの家ですよね。どうしたんですか?」
 結婚した後芳野さんはここに住んでいる。つまり、ここは伊吹家でありながら芳野家でもある。もちろん、風子も昨日まではここに住んでいた。
 芳野さんはなにやら腕を組み、考えるように目を一度閉じた。それから目を開けて言った。
「実は、お前に聞きたいことがあってな」
 公子さんの名前を出したとき、一瞬だけ優しそうになった瞳。それで、直感的に風子の話なのだろうと思った。
 インターホンを押す芳野さんに続いて、俺も何度訪れたか分からない伊吹家の玄関をくぐった
498Signs Of Life8:04/10/24 23:23:01 ID:iydkEh2d
「どうぞ」
「あ、どうもっす」
 公子さんはいつもと変わらない笑顔で迎えてくれた。いつものように手際よくお茶を出してくれる。だが、今朝の芳野さんと同じく、公子さんもどこか疲れているように思えた。
「それで、聞きたいことってなんですか?」
 半ば風子のことだろうと予想はついていたがいちおう聞いてみることにした。俺の正面の席には公子さん。その隣には芳野さんが座っている。本来なら俺の席には風子がいつも座っていたんだよな、とふとなんともいえない気持ちになった。
「はい。あの、もしかしてふぅちゃんがそちらにお邪魔してないでしょうか?」
 少し疲れたように、けれど相手に決して警戒心というものを抱かせないような柔らかい声で公子さんが尋ねてきた。
 正直、予想外の質問だった。
「え? あ……はい。確かに俺のアパートに昨日きてそのまま泊まりましたが……」
「そうでしたか……」
 困ったように眉を寄せ、それでも微笑みを崩すことなく公子さんは呟いた。
「それで、ふぅちゃんは何か言ってましたか?」
「え? 何かって……うちに来るなりいきなり『結婚してください』って言ってきて、そのまま勢いに負けてうちに置くことになったんすけど」
「け……結婚――っ!?」
 公子さんがこれだけ声を上げて驚いたのを、俺は初めて見た。芳野さんですらこんな公子さんはあまり見ないんじゃないかと思って芳野さんのほうを見ると、芳野さんも口をパクパクさせながら驚いたように目を見開いていた。
 なんだろう。なんだか、食い違いというか、話がうまくかみ合わないような気がしてきた。
「ちょっと待ってください。もしかして、風子は俺のところに住むって言ってなかったんですか?」
 確か風子は、俺のところに来るのは公子さんに言ってきたようなことを言っていたはず。それどころか、まさか風子は俺と結婚することすら言ってないんじゃないかと思えてきた。あいつ、いったい何をしたんだ?
499Signs Of Life9:04/10/24 23:24:56 ID:iydkEh2d
「…………あ、はい。実は昨日、岡崎さんのところに行くと言っていたふぅちゃんが夜になっても帰ってこなかったんです。
 岡崎さんのところにお泊りするのはたまにあることですので私たちもあまり心配はしていませんでした。そしてゆうべ、ふぅちゃんの部屋のベッドカバーを代えようと思ってふぅちゃんの部屋に入ったんです。
 そしたら、部屋がかなり散らかっていて、ふぅちゃんの服や教科書、以前海に行ったときに使った大きなカバンがなくなっていました。そして机の上にこんなものが置かれていまして」
 ようやく我に返った公子さんが説明してくれた。話が進んでいくごとに公子さんの声のトーンも若干下がっていく。
 公子さんが胸ポケットから一枚の髪を取り出した淡い水色の薄い紙には正しい間隔ごとに線が引かれており、それが手紙用の便箋だとすぐに分かった。
 そこには、お世辞にも達筆とは言えない字で、

『お姉ちゃんとユウスケさんへ
 
 風子はもう十分に大人です。というわけで、今日から風子はお姉ちゃんたちに頼ることなくやっていきます。
 ですから、二人とも風子のことは気にしないで幸せになってください
                                  風子』

 と書かれていた。間違いなく風子の筆跡だった。

「……それで、さすがに心配になったんですね?」
「はい。岡崎さんのところにいる可能性が高い以上、本当ならゆうべのうちに岡崎さんの家に電話を差し上げるべきだったのでしょうけど。
 ただ、手紙に気がついたのがけっこう夜遅くでしたから岡崎さんにご迷惑かと思いまして。それに岡崎さんならあまり心配はいらないとつい甘えてしまいまして。
 でも結局今朝になってもふぅちゃんは帰ってきませんでしたので、さすがに事態を把握しないといけないと思いまして」
500Signs Of Life10:04/10/24 23:26:28 ID:iydkEh2d
 それで謎が解けた。公子さんと芳野さんが疲れていたように見えたのも、突然家を飛び出した風子のことが心配でなかなか眠れなかったんだろう。
 俺は昨日、風子に『公子さんと喧嘩して家出してきたのか?』と聞いた。風子はそれを否定したから俺も安心していたが、風子は喧嘩どころか黙って家出してきたわけだ。確かに、公子さんと喧嘩などしてない以上はそれを否定したことは嘘にはならない。
 それにしても、公子さんは優しい。というより優しすぎる感じがある。こういう緊急時くらい、俺を叩き起こすくらいしてくれても俺としては一向に構わないんだから。
 ……まあ、俺のことを信頼してくれていたのはちょっと照れくさいくらい嬉しいが。
 けど風子の奴どういうつもりだ。確かに公子さんと喧嘩して家出したわけではなさそうだが、こんなことしたら公子さんが心配することくらい分かりそうなものだろうに。
 いつの間にか、いつも笑顔を崩さないはずの公子さんの顔が不安で曇りかけていた。それほど風子は公子さんにとっても大切な存在なんだ。
 とりあえず、俺がすべきことは俺の知っていることを全て話して公子さんたちの不安を和らげることだろう。
「そちらの事情は大体分かりました。それじゃあ、今度はこっちの事情を話します」
 なるべく詳細に思い出しながら、俺は昨日風子が家に来た事情を話した。今朝は俺の家から学校に向かったことも。公子さんは、『それで学校から欠席の連絡が来なかったんですね』と一言呟いた。

「岡崎さん、ふうちゃんがご迷惑をおかけしました」
 説明が終わるなり公子さんは申し訳なさそうに頭を下げてきた。しかし、それは俺としては困る。
「い、いえ。こちらこそ結果的に公子さんたちに心配をかけてしまって」
 そう。むしろ謝るべきは俺のほうだ。風子の勢いに押されたとは言え、公子さんになにも連絡をせずに風子を家に置いて公子さんに心配をかけたのだから。
501Signs Of Life11:04/10/24 23:27:57 ID:iydkEh2d
「それにしても結婚か……。確かに結婚とは人生の一つの分岐点だ。共に進むべき人生の伴侶を得るというその神聖な儀式は、単に男女が一緒になるというだけじゃない。
 それまで全く違う道を歩んできた二人が共に一つの道を歩むようになるということ。そう、二つの道がどこまでも続く一つの道になる、人生で最大の分岐点……」
 ……芳野さんのいつもの癖が出てきたようだ。この人にかかると風子の家出も一つの詩にされてしまうからな。とりあえず落ち着いてくれ芳野さん。
「それで、その……岡崎さんは、ふぅちゃんと結婚するつもりなんですか」
 風子が無事でいると分かっただけでもとりあえず大きな支えになったのだろうか。公子さんもだいぶ落ち着いたように尋ねてきた。
 というか、その問いはいきなり直球すぎます公子さん。今の風子の保護者が公子さんである以上、その質問に答えることは『お義父さん、娘さんを僕に下さい』と言うようなものですよ。まあ、父親はどちらかというと芳野さんだけど。
 けど、この人たちの前で嘘はつけない。何より俺が昨夜風子をうちに泊めたことが判明した時点で、半分その質問に答えているも同然だった。
「はい。風子の奴が高校を卒業したら、正式に結婚を申し込むつもりでした」
 公子さんは嬉しそうに頷いた。やっぱりこの人にはちゃんとお見通しだったのだろう。
「ありがとうございます。今回はふぅちゃんがその計画を台無しにしちゃったみたいですけど、それでもよかったらふぅちゃんを貰って下さい」
「……ふっ。結婚には、金も地位も必要ない。二人の愛。それさえあればどこでだって結婚は出来る。そして結婚には愛がある。お前と風子ちゃんの結婚も、やがて世界を包む大きな愛の一つになって……」
 公子さんは、娘を嫁に出す母親のような慈愛に満ちた笑顔で了承してくれた。
 芳野さんは、あまり娘を嫁に出す父親というイメージではなかったけれど、俺と風子のことは認めてくれたようだ。俺は二人に出来る限りの感謝をしながら、テーブルにくっつかんとするほどに頭を下げた。
 ……しかし、ということは分かってはいたことだが、俺と風子が結婚すれば芳野さんとは義兄弟になるのか。考えてみればすごいことだよな……。 
 
502Signs Of Life12:04/10/24 23:30:58 ID:iydkEh2d
 居間の時計が四時を知らせる音楽を鳴らした。気がつけばいつの間にか結構長い時間話しこんでいたようだ。
「もうこんな時間ですね。どうしますか?」
 おそらく風子は学校が終わってそろそろ帰ってくる頃だろう。あいつは大学進学の予定もないから、早く家に帰ってヒトデでも彫ってるのかもしれない。
 俺が言外に込めた意味を、公子さんも読み取ってくれたようだ。
「あ、はい。あの……もしご迷惑でなければ、一つお願いしてよろしいですか?」
 公子さんは立ち上がると、テーブルの上を片付け始めた。


「ただいま」
 アパートの鍵は開いていた。玄関には、サイズの小さな女の子用の靴が一つ。風子は帰ってきているようだ。と、奥からパタパタと軽快な足音が迫ってきた。
「あっ。岡崎さん、お帰りなさい」
 尻尾があったら思いっきり振っていただろう、と思えるほどに勢いよく風子が飛び出してきた。俺と目が合うと、仔犬のような笑顔を浮かべる。新婚さんというより、なんだか俺のペットみたいだな、などと少し危険な想像をしてしまいそうになる。
「岡崎さん、冷蔵庫の中がほとんど空でしたので、これから買い物に行きましょう。風子はまだこの辺りのスーパーを知らな……」
 俺に抱きつきそうなほどに寄りながら、嬉しそうにこれからの予定を話そうとする風子。
 その気体に満ちた笑顔が、俺の後ろにいる二人を見て固まった。
「……すまん風子。お客さんだ」
「お、お姉ちゃん、ユウスケさん……」


「どうぞ」
 今度は立場が逆になったので俺が公子さんたちに麦茶を出す。けれど、よく冷えたそれに口をつける者はいなかった。
 公子さんと再会していらい、風子はまだ一言も話そうとしない。やはり何か風子なりの事情があるのかもしれない。今の風子はさしずめ、初めて外の世界に出て戸惑っている仔犬のようだった。
503Signs Of Life13:04/10/24 23:33:36 ID:iydkEh2d
「ふぅちゃん、元気だった?」
 公子さんの第一声は、怒るでも叱るでも問いただすでもない。姉として妹を心配する、慈愛に満ちた優しい声だった。何を言われるかと恐る恐る公子さんの顔色をうかがっていた風子の緊張もそれでいくらか和らいだのが、隣の俺にも分かる。
「はい。風子はここで元気にやっています。新しい生活は色々と大変ですが大丈夫です。ですからお姉ちゃんも風子のことは心配しないで下さい」
 言葉を選ぶかのように、ゆっくりと風子が応える。どこかその様子には、必要以上に公子さんに気を遣っているようにも見えた。
「しかし風子ちゃん。理由はどうあれ、いきなり出て行くというのはあまり感心できることじゃない。相手が岡崎だったから大事にはならなかったが、それでも公子さんは最初とても心配したんだ」
 芳野さんも、仕事で俺を叱るときとは違う。保護者として、兄として優しく諭すように風子に言葉を伝えていく。
「……ごめんなさい。お姉ちゃんなら、分かってくれると思いました。心配をかけてしまいました。でも、風子は悪いことをするつもりじゃありませんでした。それだけは本当です」
 だから、今度は俺の番だ。
 俺も公子さんや芳野さんと同じく、風子の保護者であり、家族になろうとしている身だ。
 家族の問題は、俺も一緒になって解決していかなければ本当の家族になんてなれない。
「違うぞ風子。分かるとか分からないとか、そういう問題とはちょっと違う。風子ももう立派な……いや、もうそろそろ……違うな。そこはかとなく大人になろうとしているんだ。風子が決めたことにそれなりの意味があることくらいみんな知ってる。
 ただ、公子さんも芳野さんも俺も、理由が知りたいだけなんだ。どうして突然家を飛び出して俺のとこに来るなんていう、みんなを驚かせるようなことをしたのか。
 それは悪いこととか悪くないこととかじゃなく、風子がそうしようと思った深い事情があったんなら、一人でそれをやろうとしないで俺たちに相談してほしいと思っただけなんだ。
 公子さんも芳野さんも、そして俺も風子の大切な家族だ。だから、何か悩んでいることがあったらちゃんと俺たちに教えてくれないか?」
504Signs Of Life14:04/10/24 23:35:27 ID:iydkEh2d
 意外そうな顔で俺を見上げる風子。悪かったな、どうせこういう説得は俺には似合わないっての。
 けど、こいつだってきっと分かってくれるはず。公子さんや芳野さんが心配することは、すなわち俺だって心配するようなことだってことを。
「分かりました。岡崎さんがそこまで言うのでしたら本当のことをお話します」
 風子はややバツの悪そうな顔をすると、正面に座る公子さんへと向き直った。

「風子は、これ以上お姉ちゃんたちの重荷になるのが嫌でした。それで、風子はお姉ちゃんたちから離れて、岡崎さんのところで頑張っていこうと思いました」
 風子がポツリ、と口を開いた。その予想外の無いように、公子さんは一瞬呆気に取られたように口をぽかん、と開く。
「ふぅちゃん、どうしてそんなこと思ったの? 私も祐くんも、ふぅちゃんのことを重荷だなんて思ってないよ」
 それは当然の疑問だ。一緒に暮らしている風子を公子さんが少しでも重荷だなんて思っていたなら、伊吹家はあんなに温かい空気になんてならない。
「それは分かっています。風子も悪い意味でそう思ったりしていません。
 お姉ちゃんはユウスケさんと結婚して幸せになれました。でも、風子が目覚めてからはお姉ちゃんはユウスケさんより風子の方を大事にしてくれています。
 それに、二人が結婚してもう二年以上になるのにまだお姉ちゃんとユウスケさんには子どもがいません。さすがの風子も、これはおかしいと思いました。きっと風子がまだ一人立ちできていないからだと思いました。
 二人とも、せっかく幸せになれたのに風子に遠慮しています。このまま風子がお姉ちゃんに守ってもらってばかりでは、お姉ちゃんもユウスケさんも本当に幸せにはなれないと思いました」

 それには俺たち三人も完全に言葉を失った。
 何も考えていないと言えば失礼だが、風子がそこまで周りを見て、風子なりに現状を考えていたとは思っても見なかった。
 それが単なる風子の思い込みという可能性もある。だが、押し黙ってしまった公子さんの様子を見ているとあながち風子の言っていることは間違ってはいないのではないかと思えてしまう。
「そうなんですか、公子さん?」
 公子さんは遠慮がちに小さく頷いた。
505Signs Of Life15:04/10/24 23:38:28 ID:iydkEh2d
「確かに、否定は出来ません。ふぅちゃんがちゃんと一人前になれるように、ふぅちゃんが学校を卒業するまでは子どもは作らないようにしよう、って祐くんと話し合って決めたのは事実です」
 それには芳野さんも頷いた。確かに、結婚してから二年経つのに一向に子どもを作ろうとしないのはどうしてかと俺も疑問に思ったことはあった。公子さんの年齢なら、子どもは早い方がよかったはず。
 けれど風子と赤ちゃん、二人の面倒を見るのはさすがの公子さんでも楽ではない。だから二人は風子のために、ずっと出産を遅らせていたのか。
 それは二人の性格を考えれば、確かに風子を重荷と考えることは絶対に無いだろう。だが、その風子がそのことに気付いてしまったら。
 自分のせいで二人に迷惑をかけている、と思っても仕方がないかもしれないことだった。

「……じゃあ風子。お前は、自分が家を出て公子さんの世話にならなくてもやっていけると証明すれば、二人はお前に気兼ねなく幸せな夫婦生活を送れる、とそう考えたんだな?」
「はい。そうすれば二人だけの時間もたくさん作れます。二人の子どもを育てる余裕も出来ます。これこそ風子の考えた理想のアイデアでした。
 だけど、やっぱり風子は一人だけで生きていく自信はありませんでした。ですから岡崎さんのところに来ました。風子が岡崎さんと結婚すれば、お姉ちゃんも負けずにユウスケさんと夫婦になれると思いました」

 やっぱり、この姉妹はどこまで言っても最高の姉妹だった。
 お互いがお互い、自分のこと以上に相手のことを思いやっていた。
 そしてこいつは。その妹の方は。
 どこかやることがズレていて、時には空回りすることもあって、世間知らずで、危なっかしくて。
 それでも、いつも姉の幸せを一番に考えて、真っ直ぐに純粋で、一生懸命で、一人で頑張って、放っておけなくて。
 いつまでも性格も外見も成長しない、子どものような風子。だけど、それは決して悪いことじゃない。俺たちがどこかで無くしてきたものをこいつはずっと持っていて、俺たちの進む道に確かな光をくれる。
 そんなやつだから俺も好きになったんだ、と改めて思うことが出来た。
506名無しさんだよもん:04/10/24 23:40:42 ID:iydkEh2d
「ごめんねふぅちゃん。私、気付かないうちにふぅちゃんを子ども扱いしていたみたい」
「いえ。認めざるを得ませんが風子はやっぱりまだ子どもです。お姉ちゃんのおかげで、風子はここまで来ることが出来たんです」
 様々な感情が交じり合ったような公子さんの声。風子はぶんぶんと首を横に振る。
「ありがとう。でもねふぅちゃん。私もユウスケくんも、ふぅちゃんが思っていたほど幸せが足りなくなんてなかった。ううん、むしろ今までの二年間は今まで生きてきて一番幸せだったよ。
 私にとっては、私と祐くんの子どもも、ふぅちゃんも、どちらが大切かなんて選べないくらいに大切な家族なの。だから、子どもなんていなくても、ふぅちゃんと祐くんと、それに岡崎さんもいてくれた今の生活は本当に幸せだった。
 だからね、ふぅちゃんの気持ちはすごく嬉しいけど、私にとってはふぅちゃんがいきなりいなくなる方がずっと寂しいな」
「…………」
 風子は応えない。
 それは、きっと自分が間違っていたことを突きつけられたからではないだろう。
 迷惑をかけ続けたと思っていた姉が、自分のことを本当に大切にしてくれていると分かったからこそ、それにどれほどの言葉で応えていいのか分からず、言葉が出てこないのだろう。 
 泣きそうなのか笑い出しそうなのか分からない表情で風子はじっと公子さんを見ていた。
「――ったく」
 手を伸ばすと、手ごろな場所にあった風子の頭を右手でくしゃくしゃに撫でた。柔らかい髪の手触りが心地よかった。
「わっ!? 何するんですか岡崎さん。姉妹の世界に無断で立ち入るなんてやっぱり岡崎さんは最悪です」
 乱れてしまった髪に手を伸ばし、涙目で風子が訴える。
「お前のやり方って、本当いつもズレてるよな」
 気のせいか、風子と出会うはずの前にもこんなことを思った気がする。けど、それは決して可笑しなことではなくて。
 風子のひた向きさが理解されにくいことへのもどかしさの方が強くて。
 なんとかして、こいつの真っ直ぐな思いをみんなに分かって欲しいと思っていたような気がする。
507Signs Of Life17:04/10/24 23:43:35 ID:iydkEh2d
「むっ。岡崎さんに言われたくありません。岡崎さんだって風子と結婚出切るということで満更でもなかったはずです。昨日の夜だって……あ、いえ」
 昨日の夜を思い出した風子と、その言葉の意味を想像してか公子さんまでが顔を真っ赤に染める。こういうところはやっぱり姉妹だ。

 だけど、今なら風子の想いはみんな分かってくれる。
 風子の思いは伝わる。
 だから俺たちの想いを今度は風子に伝わって欲しいと、心から今そう思う。

「そうか。俺は本当に風子と結婚できると思って嬉しかったんだけどな。でも、俺のところに来たのが一人立ちできるように見せるための芝居ってことは、風子は俺と本気で結婚する気じゃなかったのかー。
 これじゃ、風子と公子さんの問題は解決できても俺は寂しいぞー」
 見事な棒読みだったが、これに引っかからない風子ではないことくらい俺はちゃんと知っている。
「そ、それは違います。確かに風子は岡崎さんに黙っていたこともありますが、風子は嘘は言っていません。風子は岡崎さん以外のお嫁になんて行きたくないですっ」
「よし、だったら風子が卒業したら本当に結婚しよう」
「はい。……ってやられましたっ! 風子見事に岡崎さんの誘導尋問に引っかかってしまいました!」
 さっきまでのしんみりとしたムードはどこへやら。風子の表情も、場の空気も、一瞬にしてほのぼのとしたものに戻る。
 今度はそっと、風子の頭に手を載せる。優しく、ゆっくりと頭を撫でると風子の頬に赤みが差す。
「今回ので分かったろ。公子さんも芳野さんも今が幸せで、お前だって重荷だと思っていようがなんだろうが、その空間にいることは幸せだったはずだ。なら今はそれでいい。
 それを無理してまで変える必要は無いんだよ。時が来れば自然と人も変わっていく。けど、今はまだその時じゃなくていいんだ。
 どうせ卒業したら今までのようには甘えられなくなるんだ。その……お、俺と結婚するんだからな。だから、今のうちに思いっきり甘えておけよ」 
508Signs Of Life18:04/10/24 23:47:16 ID:iydkEh2d
「岡崎にしては気の利いたことを言うじゃないか。そうだぞ風子ちゃん。確かに君の事を保護すべき対象として見てしまった事は君に負担をかけてしまったかも知れんが、少なくとも俺も公子さんも一瞬でも君の存在を不必要だと思ったことなんて無い。
 今回だって、君がどれだけ公子さんのことを想っていたかを知ることが出来て俺は嬉しかった。
 だから君さえよければ、君の翼が巣立ちのときを迎えるまでの残り僅かな時間を公子さんのために使って欲しい」
 俺の後を芳野さんが引き継ぐ。
 風子は小動物のように黙ってコクコクと頷いた。それから立ち上がると、トテトテとテーブルを迂回して公子さんの元へと向かう。
 しかし、俺もなんだか芳野さんの影響を受けてきたんじゃないかとマジで心配になってきた。今のセリフは俺も芳野さんも恥ずかしさで言えば大差ないんじゃないだろうか。
 風子はそのまま、公子さんの胸に飛び込む。仔犬のように抱きついてきた風子を公子さんは優しく包み込む。
「……お姉ちゃん。少しだけこのままでいてもいいですか」
「……うん。久しぶりだね。ふぅちゃんをこうやって抱きしめるのって」
 笑いながら、公子さんが風子の頭を優しく撫でる。
 風子も頭を撫でられながら、公子さんと同じ日向のような笑顔を浮かべていた。




 そして、それからどうなったかというと。
509Signs Of Life19:04/10/24 23:48:46 ID:iydkEh2d
「風子、今度はどうしたんだその手?」
「なんでもありません」
「さてはまた新しい料理を教わっていて包丁で切ったな?」
「違いますっ。包丁で切るほど風子不器用じゃないです。唐揚を教わっていたらちょっと火傷しただけです……って、また岡崎さんの狡猾な誘導尋問に引っかかってしまいましたっ」
「よしよし、今度作ってくれるのを楽しみにしているからな」

 風子は伊吹家…いや、芳野&伊吹家に戻った。やっぱり俺のアパートから学校に通うのはもし見つかったらまずいだろうということもあってのことだ。
 それでも毎週金曜の夜から日曜の夜までの二日間は俺の家で過ごす。風子曰く、卒業後の本番に備えての練習だそうだ。
 最近は公子さんに本格的に料理を教わっているらしく、俺の家に来るたびに両手に絆創膏が絶えないのが風子の努力を語っている。
 俺はまた平日は一人の生活に戻ってしまったわけだが、やっぱり風子がいないとこの狭いアパートでもなぜか広く感じてしまってやっぱり寂しい。
 
 婚姻届は風子が卒業した翌日に出すつもりだ。
 指輪を買うだけの金はもうすぐ溜まる。前に公子さんにこっそり連れて行ってもらった宝石店にあるヒトデ型の指輪には予約札がかかっている。

 もしかしたら、俺も芳野さんも風子の卒業と同時に子作りに精を出すかもしれない。
 そうなると、風子の子どもと公子さんの子どもはいとこ同士になるわけだから、同い年のいとこが誕生するかもしれないな、と半ば本気で芳野さんと語り合ったこともあった。
 俺と風子も、きっと子どもが出来たらその子を連れて毎週のように公子さんのところに遊びに行くことだろう。
 名前はどうしようか。風子のことだから変わった名前をつけそうでちょっとだけ不安だ。風子とよく話し合う必要がありそうだ。って、よく考えたら気の早い話だな。

 俺たちの知らないところで世界は変わっていく。
 街も、人も、心も。
 それでも俺たちは、変わらないものを知っている。
 
「それは、俺たちは今幸せってことだよな」
「突然岡崎さんが何を言い出したのかよく分かりませんが、たぶんそうだと思います」

 完
510 ◆ONQMpCMtqI :04/10/24 23:51:49 ID:iydkEh2d
>>490-509

以上です。
長くなってしまってすみません。予想以上に『本文が長すぎます』エラーが出てきてしまいました。
511 ◆B2AgOro306 :04/10/24 23:52:16 ID:n7uf3puz
ONE & CLANNADのSSを投下します。
15レスくらい。お題は『戦い』
512乙女対決!七瀬VS智代 1:04/10/24 23:52:50 ID:n7uf3puz
「それでは、この件はこの方針で進めることにする」
 今日も働く生徒会。会長のリーダーシップで会議は滞りなく終わり、役員たちから賞賛の声が上がる。
「さすが坂上だ。どんな懸案もすぐ片づくぜ」
「坂上万歳!」
「ジーク坂上!」
(私の女の子らしさはどこへ行ってしまうんだろう…)
 責務を全うすることに異論はないが、女の子らしい女の子からどんどん離れていくような気がして憂鬱な智代である。
 溜息をつきながら帰り支度をしていると、生徒会室の扉が開いて女生徒が顔を出した。
「坂上さん、大変ですよー」
「どうした宮沢さん。というか、もう少し大変そうな顔をしてくれ」
「すみませんー。でも坂上さんに勝負を挑みたいという人が、校門に来てるんです」
「何っ!」
 うんざりだが、放っておくわけにもいかない。沈痛な面もちで、早足で廊下に出る。
「まだこんなことが続くのか…。私の過去は消えないんだな」
「違いますよ。坂上さんが女の子らしいと聞いて、乙女勝負を挑みに来たそうです」
 足が止まった。
 ぎぎぎ、と機械のように有紀寧の方を向いて、そのまま壁際まで飛びすさる。
「う、ウソだっ! そうやって私をかついで笑い物にする気なんだろう!」
「そう疑心暗鬼にならないでください。わたしの兄も言っていました。坂上智代の蹴りは巨象をも倒すが、そこには女の子らしさが秘められていると…」
「全然誉められた気がしないぞ…」
「でも乙女勝負は本当ですよ。ほら」
 有紀寧の指さす方を見ると、確かに窓の向こうの校門に見えるのはいかつい不良ではなく、両側に垂らした髪を大きなリボンで留めた女の子だった。
 頬をつねるとちゃんと痛い。智代はにやける顔を押さえながら、とにかく急いで校門へ向かった。
513乙女対決!七瀬VS智代 2:04/10/24 23:53:18 ID:n7uf3puz
 一方の校門では、他校の制服を着た女生徒が不敵に校舎を見上げていた。
「ふふ…早く来なさい坂上智代。今こそ誰が本当の乙女かを証明してみせるわ!」
 彼女の名は七瀬留美。乙女を目指し乙女の道を進む一介の少女である。
「で、なんで瑞佳がついてきてるのよ」
「だって乙女勝負だなんて心配だよ…。
 いつものようにドジってボロ負けして落ち込むんじゃないかって心配だよー。
 いつだって七瀬さんのことが心配だよー!」
「だーっ! 親切なのかコケにしてるのかどっちよっ!」
 そうこうしているうちに、智代が駆け足で到着する。
「!」
 一陣の風が吹く中、二人の自称乙女が対峙した。
「おまえが挑戦者か。私がこの蔵等高校の生徒会長である坂上智代だ」
「その安直な学校名やめましょうよ…」
 堂々と名乗る相手に、留美も負けじと胸を反らす。
「自己紹介どうも。あたしは椀加賀谷九鬼瀬杖高校の七瀬留美よ」
「そんな名前だったんだうちの学校…」
「坂上さん! あなたが女の子の中の女の子と聞いてはるばるやって来たわ。どちらが真の乙女に相応しいか勝負よ!」
「……」
「どしたの?」
「いや、ちょっと感動が…」
 そっと涙を拭い、爽やかな笑顔を見せる智代。
「いいだろう、だが私は手強いぞ。何しろとっても女の子らしいからなっ!」
「望むところよ。あたしの乙女ぶりを見て驚くことね!」
「それで勝負方法は何だ?」
「え? ええっとー」
「それくらい考えてこようよ…」
「う、うるさいわねっ。この計算と打算のなさがピュアな乙女の証なのよ」
「話はわかりました」
 と、いつの間にか二人の間に小柄な少女が割り込んでいる。
「ここはこの唐突に参上した風子に任せてもらいましょう」
514乙女対決!七瀬VS智代 3:04/10/24 23:53:40 ID:n7uf3puz
「何? このちっこいのは」
「子供には危険だぞ。下がっていなさい」
「わーっ、二人とも失礼ですっ! とても乙女の態度とは思えませんっ」
「な、なかなか可愛い女の子よね」
「うん、小さくて女の子らしいぞ。私の身長をあげたいくらいだ」
「欲しいのはやまやまですが、それより勝負です。二人にはこれを使ってもらいます」
 そう言って風子が掲げたのは、立方体の木片である。
「芸術対決ですっ! この木を彫って、どちらが可愛いものを作れるかを競ってください」
(芸術…!)
(可愛い…!)
「ちなみにお奨めはヒトデです」
「ヒトデ…! 確かにオトメと似ているような気がするわ…!」
「トしか合ってないぞ」
 とりあえず渡された木片を手に、二人はセコンドとともに美術室へ移る。
「七瀬さん、彫刻できるの?」
「あ、当たり前じゃない。いいわ、あたしがこれから彫る『高原で帽子を押さえて佇む乙女・プロヴァンス風』を見て腰を抜かしなさいよ」
「そのタイトルだけで腰を抜かしそうだよ…」
 一方で、彫刻刀を握ったまま固まる智代。
「宮沢さん。私は何を彫ればいいんだろう…」
「それは自分で考えないと意味がないですよ」
「そうは言っても、木刀くらいしか思いつかないんだっ!」
「荒んだ人生を送ってきたんですねー。でもほら、この木片の大きさでは木刀は無理ですし、心に浮かぶ通りに彫ればいいのではないでしょうか」
「そ、そうか?」
 そして三十分後。
「そこまで!」
515乙女対決!七瀬VS智代 4:04/10/24 23:53:56 ID:n7uf3puz
 風子の号令と同時に、智代は手の中の物体を見て肩を落としていた。
「し、手裏剣になってしまった…」
「ドンマイですよー」
「すごいですっ!」
「え…」
「んーっ、この肌触りはまさにヒトデですっ! 足が一本少ないのがそこはかとなく斬新です」
「そ…そう?」
「10点満点をあげますっ!」
 一方の留美は…
「……」
「これ、何だか聞いてもいいですか?」
「…高原で帽子を押さえて佇む乙女・プロヴァンス風…」
「謎の物体Xにしか見えないのは仕様ですか?」
「ひんっ…」
「評価不能、0点です。それでは風子でした。ヒトデ・グッドバイ」
 風子が文字通り風のように去った後には、床に両手をついた留美が残った。
「負け…? こうもあっさりあたしの負けなの? フフ、フフフ…」
「ち、ちょっと待ってくれ」
 さすがに手裏剣で勝っても嬉しくないので、慌てて止めに入る智代。
「こういうものは、やはり三番勝負が定番ではないだろうか」
「え…」
「私たちの戦いはこれからだ!」
「あ…ありがとう! 次は負けないわよ!」
「すごく男らしい人だよ〜」
「それ、本人には言わないでくださいね」
516乙女対決!七瀬VS智代 5:04/10/24 23:54:14 ID:n7uf3puz
 次なる勝負の場を求め、一同は学生寮へ移動した。
「はぁ…いきなりそんなこと言われてもねぇ」
「頼む美佐枝さん。あなたのような理想の女性にこそ勝負方法を決めてほしい」
「確かに、その胸は乙女に相応しいわね」
「どこ見てんのよっ! まあ、料理対決でもすればいいんじゃないの? 安直だけどさ」
(料理…!)
 自信に満ちた智代の表情に対し、七瀬の額を冷や汗が落ちる。が、ここはハッタリをかましておく。
「フフ…坂上さん、降参するなら今のうちよ? こう見えてもあたしはクマさんクッキーを作るほどの実力者なのよ!」
「く、クマさんクッキーだと…! 呼び方からしてラブリーだぞっ!」
「じゃ、寮の台所使っていいから」
 台所の端と端に別れ、2つのグループはさっそく作業に取りかかる。
「どうしよう宮沢さん…。私は料理は得意だが、クッキーとかは作れないんだ」
「そう深く考えなくても、普通の料理でも十分女の子らしいと思いますよ?」
「そういうものか」
 留美はといえばやっぱりクッキー。
「そういえば、どうしてクマさんなの?」
「え!? ほ、ほら、乙女といえばテディベアじゃない?」
「そうなんだ。女の子らしいね」
(言えない…。初めて作った日にたまたま履いてたのがクマさんパンツだったからだなんて…)
 そして料理が完成。美佐枝さんが舌鼓を打つ。
「んー、どっちもまあまあねぇ」
「そんな淡泊な」
「もっとこう、『材料の風味と調理技術が見事なハーモニーを!』みたいな評はないの?」
「あたしゃ料理漫画の審査員かいっ。まあ味は似たようなもんだから、品数の多さで坂上さんの勝ち」
「えええー!?」
 2連敗…! 意気揚々と乗り込んできておいて、この結果はあまりにも惨め…!
 だが…
517乙女対決!七瀬VS智代 6:04/10/24 23:54:36 ID:n7uf3puz
「待つんだよもん!」
 持つべきものは友達だった。
「実は七瀬さんは、クッキーしか作れないんだよ」
「って、なに追い打ちかけてるのよっ!」
「ううん、それこそが乙女にしか為せない技なんだよっ。ただ乙女になりたいがために、不器用な七瀬さんがひたすらクッキーの練習だけを重ねてきたんだよ…。このクッキーにはそんな想いがこもってるんだよっ!」
「そ…そうだったのかー!」
 暴露された事実に、智代は衝撃のあまりうち震える。
「ま、負けた…。私は料理とは、空腹を満たすものとしか考えていなかった…!」
「いやそれが普通なんじゃ」
「見事だ七瀬さん。この場は潔く負けを認めよう」
「そ、そう…。瑞佳、なんか複雑だけどお礼言っとくわ」
「うんっ」
 かくして勝負は一勝一敗。最終戦に持ち込まれた。
518乙女対決!七瀬VS智代 7:04/10/24 23:57:44 ID:qKHIAaeL
「次はどうするんですか?」
「こう間接的じゃなくて、直接乙女できるものがいいわね」
「そうだな。お姫さまなんて女の子らしくていいぞ」
「そんなの無茶だよ…」
「それなら演劇部がいいよ〜」
 間延びした声に振り向くと、黒髪の上級生がにこにこと立っている。
「みさき先輩!? どうしてここに」
「雪ちゃんがここの演劇部の指導をするっていうから、手伝いにきたんだよ」
「この学校に演劇部なんてありましたっけ?」
「そういえば、設立したいという要望だけ出ていたな」
 みさきに案内されてぞろぞろと空き教室に向かうと、中から厳しい声が聞こえる。
「何をやっているの古河さん! その程度で演劇部を作れると思うの!?」
「ううっ…すびばせん〜」
「泣いてる暇はないわよ。発生練習千回!」
「あえいうえおあおー」
「な、なんか怖い雰囲気ね…」
「大丈夫だよ。雪ちゃんはちょっと鬼部長だけど、心の底は…やっぱり鬼なんだよ」
「聞こえてるわよ、みさきっ!」
「わあっ、冗談だよ〜」
 扉が開き、中には鬼部長と本日の教え子、そして小柄なスケッチブック少女がいた。
『いらっしゃいなの』
「三人とも、実はかくかくしかじかなんだよ」
「そ、それは素晴らしいことですっ。坂上さん、七瀬さん、どうぞ演劇部の舞台で思う存分対決してください」
「それはいいけど、何の劇をやるのよ」
519乙女対決!七瀬VS智代 8:04/10/24 23:58:04 ID:qKHIAaeL
「そうですね。シンデレラなんてどうでしょうか」
「初心者向けには丁度いいわね」
『王道なの』
(シンデレラ…!)
 その内容を思い出し、途端に二人の間に火花が散る。
「当然シンデレラはあたしよね」
「何を言ってるんだ。私に決まっているだろう」
「うーん、ちょっとヒロインが一人の劇は無理ではないでしょうか」
 有紀寧が困り笑顔を浮かべていると、七瀬の腕がちょいちょいと引かれる。
「何よ瑞佳。あたしにカボチャの馬車をやれって言いたいわけ?」
「誰もそんなこと言わないよ。それよりいいアイデアがあるんだよ」
「え、何? ふんふん、なるほど…」
 瑞佳に耳打ちされ頷く留美。納得したように顔を上げ、シンデレラ役を智代に譲った。
 不思議そうな顔の智代だが、とにかくヒロインをできるということで断る理由もない。演劇部員たちも動きだし、即席の劇の準備が始まった。
520乙女対決!七瀬VS智代 9:04/10/24 23:58:23 ID:qKHIAaeL
「とりあえず人手として通りすがりの天才少女ほかに来てもらったわ」
「いじめる? いじめる?」
『こんにちはなの』
「こんにちはなの」
『なの』
「なの」
「わけわかんない会話してるんじゃないっ!」
 衣装はかつての演劇部が使ったものを引っぱり出し、いよいよ舞台が幕を開ける。
『はじまりはじまり』
「昔々あるところにシンデレラがいて、継母や姉にいじめられていたの」
「どうしてあんたなのよ…! 喧嘩が強いだけの…!」
「えっと、占いをします…。シンデレラさんに彼氏なんかできません」
「ああ、なんて可哀想なこの私」(棒読み)
 その様子を部屋の端で、審査員の雪見とみさきが細かくチェックする。
「ちょっと智代ちゃんは演技が固いね」
「それは初めてなんだから仕方ないわ。それよりみさきには見えないの? あの坂上さんのぎこちなさに表現される女の子らしさが…」
「見えないよ〜」
「坂上さん、恐ろしい子…!」
 雪見がわなないている間にも劇は進む。
「お屋敷にお城への招待状が届けられたの」
『たの』
「あんた留守番ね♪」
「留守番です♪」
「理不尽だ! だんこ抗議するぞ」
「坂上さん。役、役」
「はっ。なんて可哀想なこの私」
 一人残されたシンデレラが憤然と箒を動かす中、場面は次へ。そういえば魔法使い誰だったっけ…と皆が考えた時である。
 突如始まったBGMとともに、それは華麗に舞台へ舞い降りた。
「魔法少女プリティルミー! お呼びでなくても参上よ!」
521乙女対決!七瀬VS智代 10:04/10/24 23:58:37 ID:qKHIAaeL
「ま…魔法少女だとぉぉぉぉ!!」
 ミニスカートに大きなステッキ、可愛い髪飾りでポーズを決める留美の姿は、智代に打撃を与えるのに十分だった。
(や、やられた…。シンデレラよりよっぽどインパクトが強いじゃないかっ。
 しかし悔しいが私にこの役はできん! プリティトミーなんて語呂が悪いし!)
「よくわからないけど、乙女らしい気がするよ〜」
「恐ろしい子ー!」
 審査員たちにも受けて、瑞佳は嬉しそうに声援を送る。
「七瀬さん、頑張れ〜」
「ううっ…。好評なのはいいけど、この衣装は恥ずかしいわよっ」
 赤面しながらも、やけくそ気味にステッキを振る魔法少女留美。
「シンデレラ、あなたにドレスと馬車をあげるわよっ。エロイムエッサイムー」
 即席の劇なので衣装が替わる仕組みなどはなく、智代は部屋の端へ行ってドレスを羽織る。
 念願のドレスの筈なのに落ち込み気味の智代を見て…有紀寧がそっと、その両手を取った。
「坂上さん、諦めてしまうのですか?」
「宮沢さん、それは…」
「まだ勝負は始まったばかりじゃないですか」
「…うん、そうだな」
 吹っ切った顔で戻る智代。留美も油断は出来ないと気を引き締める。
 ドレスを着た智代と魔法少女は、微妙な緊張感を漂わせながらお城へ向かった。
『さてさて、お城にたどりついたシンデレラと魔法少女』
「そこでは王子様が結婚相手を探していたの」
「は、はいっ。わたしですっ」
 ぶかぶかの王子服を着た渚が、転びそうになりながら前に出る。
522乙女対決!七瀬VS智代 11:04/10/24 23:58:54 ID:qKHIAaeL
「ああ…でもわたしなんかが王子様役でいいんでしょうか。もっと相応しい人がいるような気がします。わたしなんて勉強もスポーツもダメですしっ。可愛くもありませんしっ。生まれてきてすみませんすみませんっ」
「そこまで卑屈だとかえってイヤミよ…」
「そうだぞ、産んでくれたご両親に失礼じゃないか」
「はっ、確かにその通りです。えーと、わたしは神に選ばれた人間です。わたし以外はミジンコです。って、すごく傲慢なことを言ってしまった気がしますっ」
「頼むから演技をしてくれ…」
 と言われても、ヒロインが二人では王子もどちらと踊ればいいのかわからない。
「どうしましょう…。こんなのわたし、選べないです」
『そこで王様の出番なの』
「ふむ…ここはどちらかに辞退してもらうしかないの」
「な、なんだってー!」
 二人の間の緊張感は膨張し、一気に破裂した。
 互いにジト目を向けながら、刺々しい言葉を交わす。
「シンデレラ、誰のお陰で城に入れたかわかってるわよねぇ? 少しは遠慮したら?」
「何を言う恩着せがましい。お前の目当てはこの招待状だったんだろうが」
「…この場で決着をつけるしかないようね」
「勝負ということだな」
「いや、劇自体が勝負だったんじゃ…」
「名前対決! あたしの名前の方が何となく可愛い!」
「家族対決! 私は家族思いのいい長女だっ!」
「友人対決! 瑞佳は可愛くて優しくて折原のバカすら許すほど心が広いのよ!」
「宮沢さんだって美少女だし人当たりがいいし不良に慕われるほどの人格者だぞ!」
「話がずれていってますよー」
 もはや口では埒があかぬと、二人は距離を取って身構えた。
523乙女対決!七瀬VS智代 12:04/10/25 00:00:50 ID:e5K/ENHH
「やはり、直接拳を交えるしかないようだな!」
「ふっ、望むところよ」
「ええー!? お、落ち着いてよ。ど、どうしよう宮沢さんっ」
「困りましたねえ」
「この人だけ落ち着いてるよっ。ね、七瀬さん。深呼吸した方がいいよ。はぁーってしてよ」
「はぁぁーーー!!」
「なんか違うー!!」
「くっ、なんという気合いだ。相手にとって不足はないな!」
 もはや誰にも止められず、ついに魔法少女対シンデレラの激闘が始まった。
 拳と拳、蹴りと蹴りが交錯する中、雪見が悲しそうな瞳で呟く。
「空しいものね…。けど、いつかはこうなる展開だった気がするわ」
「雪ちゃん、それシンデレラじゃないよ」
 しかし留美の拳は、しょせんは浩平に血反吐を吐かせる程度である。
 幾多の不良たちをなぎ倒し、春原の顔面を変形させる智代の蹴りには及ばなかった。
「きゃぁぁぁーー!!」
 車田正美風に吹っ飛び、頭から床に激突する留美。
「がはっ…。ど、どうやらあたしの時代もこれまでのようね…」
「すまない…。これも時代の流れと思って諦めてくれ」
「はっ! でも喧嘩が弱いってことは、あたしの方が乙女らしいんじゃあ?」
「し、しまった! 試合に勝って勝負に負けるとはこのことかぁっ!」
「やった! 最強ヒロインとかストリートファイターとか色々つけられた汚名も、これであんたにプレゼントよっ!」
「そんなぁっ! 待ってくれもう一度戦おう! わざと負けるから!」
「醜い争いだよ…」
「あのー、ちょっといいですか?」
 収拾がつかなくなっている中を、有紀寧が軽く手を挙げる。
「最初から気になってたんですけど、七瀬さんはどこで話を聞いたんですか? 坂上さんが女の子らしいって」
「どういう意味だ宮沢さん…」
「いえ、少し気になっただけですよー」
 留美はきょとんとして、起き上がりながら答えた。
524乙女対決!七瀬VS智代 13:04/10/25 00:01:54 ID:e5K/ENHH
「そりゃあインターネットよ。乙女が集まる乙女のサイトに書き込まれてたのよ。『蔵等高校の坂上智代は宇宙一女の子らしいぞ』って」
「そうなんですかー」
「誰がそんなこと書いたんだろうね」
 誰がそんな大ウソ書いたんだろうね、とは誰も言わなかったが、そんな雰囲気が場に漂う。
 その沈黙に耐えかねたように、智代がゆっくりと崩れ落ちた。
「す、すまないっ…。つい出来心でっ…!」
「自作自演かい!」
「だって…だって誰も私のことを女の子らしいって言ってくれないんだもん!」
『だもん、じゃねーよ。なの』
「実際女の子らしくないんだから仕方ないじゃない」
「雪ちゃん、本当のこと言っちゃ悪いよ」
「うわぁぁぁぁぁん!!」
「あ、坂上さん!」
 ドレスを翻して泣きながら駆け去る智代。
 それを、留美は必死で追いかけた。自分の姿を重ね合わせるように。
525乙女対決!七瀬VS智代 14:04/10/25 00:02:09 ID:e5K/ENHH
 ドレス姿のシンデレラは、屋上の隅にうずくまっていた。
 瑞佳や有紀寧たちが扉の影から見守る中、留美はゆっくりと近づいていく。
「笑え、笑ってくれ…。私はもう坂上智代であることに疲れてしまったんだ…」
「あほっ、笑ったりするわけないでしょ。あたしにも気持ちはわかるもの…」
「え…」
「世間の偏見って悲しいわよね…。あたしもお淑やかで優しい女の子なのに、なぜか世間では漢女なんて根も葉もないことを言われてるわ…」
「……」
「何よ瑞佳その顔はっ!」
「な、何も言ってないよ〜」
 こほんと咳払いして、留美は智代の肩に手を添える。
「だけどあたしは諦めないわよ! リボンをつけて、本当の乙女になるんだって決めたんだから。こんなところで立ち止まってられないわよ」
「七瀬さん…」
「だから…さ、あんたも泣き言いわないで、もう少しだけ頑張ろうよ」
「ありがとう…。あなたのその根拠のない自信が羨ましいぞ…」
「誉めとらんわっ!」
 智代は立ち上がり、とても女の子らしい顔で留美と握手した。
「もう、勝負をする意味はないな」
「そうね。そもそも戦うこと自体乙女らしくないような気もするわ」
「そんなの最初から気付いとけっちゅーねんー」
 ことみのツッコミはとりあえずスルーされる。
「悲しいの…」
「わかってもらえたようですね。二人とも」
526乙女対決!七瀬VS智代 15:04/10/25 00:02:31 ID:e5K/ENHH
 そしていつもの柔らかな笑顔で、二人の近くへ歩いていく有紀寧。
「二人は誰よりも女の子らしい女の子です。だって、女の子らしくなろうと努力するその姿こそが、真の乙女の証なんですから…」
「そ、そうか?」
「そう言われればそんなような気が」
「そうですよー。お二人の素晴らしさはわたしが一番よく知っています。ですから二人とも、今のままのあなたたちでいいんですよ」
 後光の差すような有紀寧の笑顔に、感激の涙を流す乙女たち。
「ああ…!」
「ゆきねぇ様…!」
「なんか洗脳されてるー!」
「くすくす…これで二人ともゆきねぇ教の信者です」
【ゆきねぇ教】もっともらしい説教とまったりした雰囲気で、不良共すら虜にする宗教。危険度A。
「な、七瀬さんもう帰ろうよっ! それじゃお邪魔しましたー!」
「あたしは乙女〜、あたしは乙女よ〜フフフ」
「また来てくださいねー」
 ゆきねぇ様がハンカチを振る中、かくして遠方からの来客は元の学校へ帰っていった。
527乙女対決!七瀬VS智代 16:04/10/25 00:03:25 ID:e5K/ENHH
 そして…

「というわけで、あたしの乙女修行の旅は終わったのよ」
「みゅ?」
「ね、前より少し変わったと思わない?」
「うー…たくましくなった」
「そんなこと言うのはこの口かぁっ!」
「みゃーーーっ!!」
「七瀬さん七瀬さんっ」

 一方生徒会室では。
「どうだみんな、七瀬さんと同じ髪型にしてみたんだ。とても女の子らしいとは思わないか?」
『こわっ!』
「…もう一度…言ってみろ…」
『ひぃぃぃーーっ!!』
 真の乙女への道は、どちらも険しいようだった。

(完)
528 ◆B2AgOro306 :04/10/25 00:04:47 ID:e5K/ENHH
>>512-527
「乙女対決!七瀬VS智代」でした。
529 ◆7Xjdwjg9Ts :04/10/25 01:25:00 ID:ks0j0odv
えー、今から投稿します。
Kanonで、『戦い』がお題の11レス予定。
タイトルは「サラマンダー殲滅」。
530サラマンダー殲滅 1:04/10/25 01:26:44 ID:ks0j0odv
 健全なる男子高校生といえども、風吹きすさぶ真冬の昼休みには、暖房の効いた教室でダラダラ過ごすのが自然である。
 なおかつ、健全なる男子高校生ともなれば、会話の内容は女と乳と尻に集約されるのが道理である。
 時に解り合い、時に高め合い、彼らは共に成長していくものだ。
 だがしかし。時にそれは、譲れないテーゼの衝突にも繋がるのであった。

 まぁ、よーするに。
 舞と香里の乳の大きさで揉めた祐一と北川が、どうにかして優劣を決さんと校庭に立っているだけ。



「マジありえねぇ……」
 気の毒なのは、たまたまその場に居たという理由で連れ出された斉藤だった。
 どちらの胸が大きいかなんて、どっちも大きいんならそれでいいじゃん、大人になろうよ、と彼からすれば至極真っ当な意見を述べていたつもりだった。
 ああそれなのに、お前の目は節穴かとか、いやいやトップとアンダーの差は美坂が、とか、じゃあお前あの胸で挟めると思うのかとか、それどころか胸で肩たたきされたことあるぞとか、こっちなんか横になると余りの重さに横にずれてくんだとか、それもう垂れてんだよとか。
 あっという間に議論の方向はぶっ飛んで、じゃあ勝負に勝った方のが美乳かつ大きいってことで、と2人納得していたのであった。
 空っ風が体にしみる。本格的に寒い。だいたい勝負って意味わかんねぇ。
 斉藤は何度も心の中で叫んだのだが、ドーパミンの放出過多な血走った眼を前にしては、遠慮がちに吐息を漏らしてみるのが精一杯。
 対峙する二人の周りで、健気にホームベースと一塁ベースとバットとグローブとボールを用意していた。
531サラマンダー殲滅 2:04/10/25 01:27:43 ID:ks0j0odv
 太陽が頂点に達する。
 ホームベース付近で入念にストレッチする北川と、のんびり歩いて塁間を往復する祐一。果たして、この時勝負は既に決していたのであった。
「規則正しい呼吸、飛び散る汗、跳ねる双乳。アグレッシブな舞にしか生じ得ないこの健康美も理解できないなんてな。残念だよ」
「……もう俺達に言葉は不要と言ったはずだ」
 北川はバットを構える。とうに心は静寂。ただ香里の豊胸だけが頭を占めている。
「勝負あるのみか。それも良かろう」
 グローブとボールを持って、祐一はマウンドに向かう。愛すべき不器用な剣士への想いにかけて、負けられない試合だった。
「ルールをもう一度確認しようか。審判!」
 己の運命をなし崩し的に受け入れた斉藤が、ホームベースの後ろに立って、厳かに宣言する。
「相沢の投げた球を、北川が打つ。カウント2−3からの一球勝負。一塁でセーフになれば北川の勝ち。アウトになれば相沢の勝ち。細かいルールは通常の野球規則に準ずる。いいな?」
「ああ、俺に不満はない」
「こっちもいいぜ」
 一見、バッター側が明らかに有利なように思えるルールだったが、祐一には勝算があった。
 つまり、北川はアホの子なので、どんなクソボールでも目一杯フルスイングすることだ。たぶん、頭の高さに投げてもバットが動くのではなかろうか。
 対戦相手を正確に把握していたがゆえに、持ちかけた野球ルール。死角は無い。
532サラマンダー殲滅 3:04/10/25 01:28:24 ID:ks0j0odv
 一陣の風が、つとマウンド上に舞う。それに合わせるようにして、祐一はボールを握る。あとは適当なところに投げれば勝ちだ。勝利を確信した瞬間になって初めて、祐一は北川の顔を直視した。
 それこそが、祐一の落ち度であった。
 十の机上の論理は、一の実戦によって覆される。そんなことは百も承知していたはずなのに。
 北川は、笑っていた。嘲笑するように、堪えきれぬように、満面の笑みが顔中に広がっていた。
「な、なぜだ……」
 どうしてあいつは笑っているのだ。思わず祐一の口から呟きが漏れる。自分の作戦は完璧なはずだ。あいつはどうしようもない扇風機バッターで、どんな球でも全部振る――全部、振るだと?
「ま、まて、ちょっとタイムだ」
「ふざけるな!」すかさず北川が吼える。闇に息を潜めていた獣が、勇躍して襲い掛かる獰猛さに似ていた。若干顎も長くなった気がする。「勝負に入ってからの中断を認めるのか審判・・・っ!?」
「勝負を宣言してからの中断は一切認められない」黒服の斉藤が無表情に言う。
「待て、何も勝負をしないなんて言ってない。ただ、」
「中断は、一切認められない」
 ザワザワ・・・ザワザワ・・・と樹々がざわめく。祐一は自分の犯した大きなミスに、殴られるような思いだった。
「ふふふ、そうさ相沢。この勝負は野球ルール。振り逃げも当然オーケーってことだ」
「ばかな、ばかな・・・っ。そんなものが許されるわけあるか・・・っ!」
「ここにいる黒服がなにも言ってこないってのが、何よりの証拠・・・。つまり、奨励はしないが、禁じられてはいないってこと・・・っ。この勝負は気付いた者勝ちってわけだ・・・っ!」
 祐一の目から、ボロボロと涙がこぼれる。
 振り逃げありだなんて、最初から一塁が約束されたようなものではないか。こんなのは、あんまりだ。こんなのは、フェアな勝負じゃない。こんなのは、こんなのは……。
533サラマンダー殲滅 4:04/10/25 01:29:07 ID:ks0j0odv
 その時だった。それまで黒子に徹していた斉藤が、不意に歩き出した。戸惑う二人を尻目に、悠然と体育倉庫からグローブを取ってくる。
「……斉藤?」
 北川の声が、初めて揺れた。舞台への乱入者に、どう対処すれば良いのか解らなかったのだ。
「斉藤……?」
 祐一の声も震えている。だが、それは歓喜を予感してのものである。
「ふふ」ホームベースの後ろに腰を落ち着けて、斉藤は微かに笑った。「投げてこいよ、相沢――俺も川澄先輩持ちだ」

「斉藤っ!」
 孤独な漂流者が船影を見つけた時のように、祐一は両腕を空に投げ上げて感情を爆発させた。状況は、ここに一変したのである。
「そんな、嘘だ……」
 対する北川は、未だ目の前の現実を呑み込めない。認めたくないという意識が、彼の理性をストップさせていた。
「ははは、時代の風は舞に吹いているんだよ!」
 祐一の高笑いで、彼の呪縛はようやく解ける。しかしそれは、彼の体をグラウンドに投げ出すものでしかなかった。
「お、おんどぅる……裏切ったのかーっ!」
「ふん。裏切るも何も、俺はお前の味方だと言った覚えはないがな」
「う、う、う、嘘だどんどこどーん!」
 舌が思うように動かない。ロレツの回らない自分の台詞を、北川はまるで遠い世界で発せられた異界の言葉のように感じた。
「さあ、立て北川。ここまで俺を追い詰めた貴様に敬意を表して、最高の必殺技で葬ってやろう」
 泥のような風の唸りを引き摺って、祐一が振りかぶる。それに追い立てられるようにして、北川はのろのろとバットを振り上げる。

 再び静寂。もはや誰の目にも勝負は明らかであるようだった。斉藤は敵であるはずの北川の、哀愁漂う後姿に憐憫すらも覚えた。
「いくぞ――魔速竜覇球!」
 神の如き力が体中に漲るのを知覚しながら、祐一は己の必殺技を斉藤のミット目掛けて叩き込む。
 次の瞬間。
 軽い金属音と共に、ボールは、緩やかに、しかし遥かな高さをもって空に舞い上がっていった。
534サラマンダー殲滅 5:04/10/25 01:30:05 ID:ks0j0odv

 さて、一方その頃。ドゥルガー静香(82・♂)さん宅にて。
 閑静な住宅街に佇む瀟洒な一戸建て。独り暮らしの彼は、本日も居間で午睡に揺蕩っていた。
 夢に見るのはいつも同じだ。太陽の熱射線。ジャングルに時たま静謐が訪れると、決まって不気味な怪鳥の影が現れた。そして、銃声音。
 まるでタイプライターみたいだな。俺物書きだからこの音懐かしいよ。
 そう笑った同胞は、真っ先に撃たれて死んだ。戦車を奪おうとした日本軍とたった一人で戦って、手も、足も、ゴミクズのようになった。一緒に生きて帰るんだと誓った自分は、振り返ることもせずに逃げたというのに。

 ――1944年、夏。その年、彼は戦車兵だった。
 中米から移民してきた日系3世であったがために差別され、カリフォルニアでは収容所に送られる寸前であった。星条旗に生きる矜持を見せようとして軍隊に入営した彼だったが、なんのことはない、そこでも扱いは同じだった。
 それでも、いつか日系の汚名を晴らせる日が来るだろうと、訓練に励んだ。ようやく念願叶い、激戦区であった東南アジアの最前線に派遣されたけれど、彼が属する小隊に与えられた旧式戦車は一週間もしないうちにスクラップになった。
 もとより戦力になど計算されていなかった。日系ばかりが揃った己の部隊が、大隊からは「エンプティ・セット」――「空集合」と呼ばれていたことを知ったのは、ジャングルで散り散りになる折、同僚が捨て鉢気味に呟いたときだった。
「そう呼ばれたってしょうがないよな、所詮俺らはコウモリなんだしさ」
 それでは。
 今まで、自分がやってきたことは全て無駄だったのか。教練も反吐も傷痕も、同胞の死も、全て空っぽだったのか。
 そうして、彼の心の中の、何かが折れた。理想を失った彼は亡羊とジャングルを彷徨い、一ヵ月後に味方に保護された。小隊で生き残ったのは、彼だけだった。
535サラマンダー殲滅 6:04/10/25 01:30:55 ID:ks0j0odv
 今でも、夢に見る。いつも同じだ。
 終戦後アメリカに住まなかったのは、彼なりの同胞に対する墓標であったのかもしれない。肉親も存命しておらず、未練はなかった。
 彼はうっすらと目を開ける。代わり映えのしない天井。安穏とソファーに横たわっている自分を認識する。

 ふと、窓の外から聴こえた何かの羽音が、少年時代を過ごしたコスタリカで見た、ウオクイコウモリを思い出させる。飛ぶ哺乳類であり、なおかつコウモリでありながら魚を食す半端者の種。
 それにも拘らず、彼らはまるで自分達のレーゾンデートルを信じて疑わないかのようで、そのセックスはひどく原始的で荒々しかった。
 あの頃、彼らの傍らで釣りをしていた自分には、彼らが半端であるという意識などなかったはずだ。それが今や、自分の出生を自嘲するまで堕ちた。
 ならば、一体どうすればいいのだ? 一体何をすれば、当時のような誇りを持てるというのだ? 誰でもいいから教えてほしい。
 節くれ立った手で顔を覆い、呻き声を洩らす彼の耳に、なんだか若干大きくなった羽音、というか何かが風をかき分けてくる飛翔音。

 まぁ要するに。野球ボールが、窓ガラスぶち破って突っ込んできましたとさ。

536サラマンダー殲滅 7:04/10/25 01:31:33 ID:ks0j0odv

 話は戻る。
 しばらく3人は呆然と球の行方を見守っていたが、やがて、北川の瞳に光が戻った。
「や、やったーっ!」
 稚児のように飛び跳ねて、まだ見ぬ香里の胸の名誉を守った祝福のダンスを舞う。
「嘘だろ……」
 祐一と斉藤はぽつりと呟くが、その意味合いは大きく異なっていた。
「つーか、両手投げってどうなのよ」
 斉藤は脱力してホームベースにへたり込む。祐一は割合ショックを受けているようだが、あの投げ方で本当に勝つつもりでいたらしいことの方がショックである。あとネーミングセンス。
 死角はない、とかぶつぶつ言っていたけれど、あいつが死角なのではないだろうか。
 昼休みの無為に過ぎていった時間を斉藤は呪ったが、途中ノリノリだったのであまり文句も言えない。
 とりあえず、共に戦った仲間として慰めの言葉でもかけてやろうかと、マウンドに立ち尽くす祐一に歩み寄る。うなだれた背中を叩き、顔を覗きこんで斉藤はぎょっとした。
 そこに、悪魔がいた。

 祐一はにたりと醜悪な笑みをこぼしていた。肩を落としていたのは、そのためだったのか。しかし何故、今になって? 勝負の行方は誰の目にも明らかなのでは――。
「ルールを思い出してみろ」悪魔がそっと囁いた。
 斉藤は言われるままに反芻する。
「カウント2−3からの一球勝負、相沢が投げて北川が打つ、野球ルールに準じる」
「違うな。一つ、大事な要素が抜けている」
「……一塁でセーフになったら北川の勝ち?」
「そうだ。一塁でセーフになったら、だ」
 祐一は依然チェシャ猫笑いを崩さない。そんなことを言ってもボールはなくなってしまったのだし、後は悠々北川がベースを踏むだけではないか? 斉藤は訳が解らず、振り返る。
 そうして、異変に気がついた。
537サラマンダー殲滅 8:04/10/25 01:32:16 ID:ks0j0odv
 ベースラインを歩く北川の肩が目に見えるほどに左右に震えている。彼から流れ出た脂汗で地面に染みができていた。一塁まで残り半歩。だが、その半歩こそが、ゼノンのパラドックス、決して詰められない半歩だった。
「くくく……我が必殺技は球にあらず!」ついに祐一の抑えきれぬ哄笑が風に乗って響き渡る。「貴様が柔軟運動など馬鹿げたものをやっている間に、勝負はついていたのだよ」
「ど、どうしたというんだ!?」
 慌てて斉藤が北川に駆け寄り、そこで彼は全てを悟った。

 ベースには全面香里の写真が貼られていた。微笑む香里、照れる香里、悲しそうな香里、ふくれた香里。もっともそれは北川ビジョンの話であって、斉藤からすれば全部仏頂面の、被写体となることに明らかに嫌悪を催している顔にしか見えないのだけれど、ともかく。
「大変だったなぁ、それ全部貼るのは」
「この偏執狂め……」
 勝ち誇った祐一の声が北川の自尊心を刺激する。けれど、彼は反発することはできない。

 これはただの写真に過ぎない――付け加えるなら、胸の大きさを比較するために彼らが無理やりポロライドで撮った写真である――。そんなことは先刻より理解している。
 だが、香里の写真であるという一点のみで、北川にとってそれはただの写真ではなくなる。
 こんな愛くるしい香里を、自分の足で汚していい法があろうか? そもそもこの勝負は香里の名望を保つために始まったものである。ここで写真を踏みにじるようなことがあっては、それこそ本末転倒。
 そう、たとえ世界を敵にまわしても、自分だけは香里を守ってみせる! 彼女の笑顔のために!
 血の涙を流しながら、北川は仁王立つ。自身のプライドを捨ててまで、彼女のために生きる。それこそが真実の愛。学名ストーカー。

「俺には踏めない……」
 祐一の笑い声を背景に、北川は静かに天を仰ぎ、
「俺の、負ぶぐわぁ!?」
 体ごと吹っ飛んだ。
538サラマンダー殲滅 9:04/10/25 01:33:45 ID:ks0j0odv
「――え?」
 事態の急変についていけず、祐一は息を呑んだ。当然、彼の発声器官は音など発していない。それなのに、未だ止まぬこの笑い声は一体どこから。
「ダメだぜ北川、漢の勝負にギブアップはないんだ」
「……どういうことだ、斉藤」
 答えは一つしかなかった。北川を蹴り出した斉藤が、にこやかにコンサートを引き継いでいた。
 祐一の目がすっと細まる。
「いやいや、俺は感動したんだぜ。相沢と北川、お前らの戦いに。だからさ、俺も、譲れないもんを思い出した」
「巨乳アンド美乳認定権を俺と争うと言うのか? ……ふ、ふふふふ」
「何がおかしい」
 祐一は、内ポケットからゆっくりと写真を取り出すと、一塁ベース上に置いた。
「胸の大きさを比較するのには、当然両者の写真が必要だよな。馬鹿め、俺が所有しているのが香里のものだけだとでも思っていたのか」
 舞の写真を、屋外、しかもベースの上に放置することは、彼女を守るためだとはいえ断腸の思いである。祐一は傍目には平静を装っていたが、その実、先程の北川に勝るとも劣らない苦しさを味わっていた。
「なるほどな、それでこの余裕か」
「香里よりも大きいことが判明した今、我らが高校における巨美乳最優秀候補であるところの舞の、しかもこの秘蔵裸Yシャツ写真はとても踏めまい」
「って既成事実にすな!」北川が顔だけ勢い良く跳ね起きる。
「負けただろ」
「まだ勝負は終わってないっ」
 想い人の写真を挟んで戦う2人のやり取りに顔をしかめて、斉藤はため息をつく。
「ふぅむ。どうやら根本的なズレがあるようだ」
 その、祐一と北川の熱き思いが収束している一塁ベースを、ぐしゃり、と。
 斉藤は何の躊躇いもなく、踏みにじった。
539サラマンダー殲滅 10:04/10/25 01:34:37 ID:ks0j0odv
「バカなーっ!」
 今度こそ本心からの悲鳴の二重奏があがる。ぐしゃりぐしゃりと斉藤が足を動かすたびに、彼らには自身の血管が切れていくように思えた。
「お前、ま、舞で、舞が、舞を、なんてことをーっ!」
「かかかかか香里の顔が、顔がぁぁっ!!」
「くだらん。全くもってくだらない」
 阿鼻叫喚の地獄絵図を心底不愉快そうに眺めながら、斉藤は吐き捨てるように言う。
「胸の大きさ? そんなもの、どっちだって大きいんだからいいじゃないか。五十歩百歩なんだ。もっと大人になれよ」
 語尾に含まれた微妙なニュアンスを、まず祐一が察知し、次いで北川もその意味を感じ取った。
「お前、まさか――」
「掌に全部入ってしまうくらい小さな胸を、女の子自身が小さいって気にしてる胸を、こう、こう、こうするのが楽しいんじゃないか」
「ひんぬー派だったのかっ!」
「俺が相沢を支持したのは、単に川澄先輩の胸をよく知らなかったからだ。写真を見た今となっては吐き気がするな」
「ぐ……な、なんたる侮辱」
 地団太を踏む祐一と、さっきの勝負がウヤムヤになりそうで復活しかけの北川、それに第三軸な概念を颯爽と顕現させた自分に陶酔中の斉藤。

 彼らはこれから始まるはずの大いなる戦いの予兆に意識が奪われて、誰一人として気付いていなかった。
 例えば、斉藤が未だ一塁ベース上に足を置いていること。
 例えば、教室であんな大声で勝負勝負と騒いでいたら、みんな注目するに決まっていること。
 ていうか、そもそもポロライド写真いきなり撮った時点で虎の尾の上でタップダンスを踊っていたこと。
 ずーっと前から、コールタールのようにどす黒いオーラが辺りを渦巻いていること。

「こうなりゃバトルロイヤルだ、香里のバスト85をかけて!」
「そんなないだろ、せいぜい83だ」
「どっちにしろ気持ち悪い!」
 これっぽっちも気付いていなかった。3人ともバカなので。
540サラマンダー殲滅 11:04/10/25 01:35:18 ID:ks0j0odv

後に目撃者が語ったところによると、まるでハリウッド映画のサラマンダーを、リアルタイムに見ているような感じだったとか。

 ついでに。
「て、敵襲じゃあああああっ!」
 ボールの真珠湾奇襲攻撃にボルテージが上がっていたドゥルガー静香さん、庭に着弾した3体のボロキレのようなものに、久方ぶりにハッスル。
 彼は自分の生き甲斐(復讐)を発見できたようです。
 めでたしめでたし。










「……あのさ、舞。いやね、こういう文章をね、インターネットに流すのはどうかと思うんだけど。ほら、一応公共な場だから。うん。――いやマジホントごめん反省してますだから目ん玉抉るのはやめて痛いっ」


541 ◆7Xjdwjg9Ts :04/10/25 01:37:17 ID:ks0j0odv
以上、>>530-540、「サラマンダー殲滅」でした。
全ての人に感謝を。
542 ◆DCFkmekmYQ :04/10/25 03:22:10 ID:oVDWcO4Z
今から投稿させて頂きます。
ONE
『雨』と『友達』がお題。11レスです。
タイトルは「夕焼けロマンチック同盟」です。
543夕焼けロマンチック同盟 1/11:04/10/25 03:23:27 ID:oVDWcO4Z
「私は、そうですね。……雨が、嫌いでした」
 たぶんそれは、懐かしむような声だった。
 低いわりにはっきりとして聞きとりやすい。かといって明るすぎず、早すぎず、遅すぎずの。つまり言うなれば、まったりとしてコクのある、こう、まるで大人しい雪ちゃんのような声だった。
 あっ。べつに雪ちゃんが大人しくないなんて言っているわけじゃないんだよ? と、胸の裡で言い訳しておく。地獄耳だなんて思ってないからー。読心術が使えるんじゃないかって思うことはあるけど。
 って、それはさておき。えーと。
 名前なんだったっけ、なんてようやくすこしだけ考える。わたしはこんだけ話していて今さらながら、思い出した。
 そうそう。茜ちゃんだ。浩平君と一緒にいたときに挨拶をした憶えがある。

 今、わたしたちは、燃えるような夕焼け空の下、屋上でふたりっきりなのだ。
 キスはしない。女の子同士だから。
 でもロマンチックな雰囲気が醸し出されたなら、流されるのも楽しいような気がしないでもない。
 さて。どうしてこんな状況になったのか、遡ってみよう。
544夕焼けロマンチック同盟 2/11:04/10/25 03:24:05 ID:oVDWcO4Z
 いつものように。放課後、夕焼け空の下にいた、そのとき。
 屋上のドアがあまり騒がしくなく開いた。浩平君じゃないな、とわたしは気付いて、控えめな、錆ついた音色に耳を傾けていた。きぃぃ。いったい誰だろう。今日は……雪ちゃんに追っかけられるようなことはしてないはずだ。たぶん。
 ドアの開く音。性格はこんなところにも出るものだ。なにも足音だけじゃなくて。
 数歩、近づいてきた。わたしに向けて、ぺこりと礼をしたらしい。そのあとに声をかけてくる。
「――すみません、こちらに浩平来てませんか」
「うん? 浩平君のお友達?」
「……はい」
「それで、浩平は」
 一瞬躊躇ったのは、なんだったんだろう。友達じゃない、って否定じゃないし。いやいや友達どころか、彼女が浩平君の恋人だったりしたら……あ、ちょっと嬉しいかもしれない。
 変かな、わたし。
 ま、いっか。類は友を呼ぶ、とよく言うのだし。
 彼女は(わたしも、この時点ではまだ名前を思い出してないんだけど)とりあえず浩平君と親しい誰かみたいだったから、友達の友達。友達の友達はやっぱり友達。というわけで、わたしも友達ということになるんじゃないかと思うのだった。まる。
 にこにこしながら答えた。
「たぶん来てないと思うよ。そこらへんに隠れてなければ」
「そこらへんというと」
「たとえば……ドアの裏とか、パイプにしがみついているとか、かな」
「いないみたいです。……ありがとうございました」
 まあ、これだけで終わる話ではあったのだ。
 わたしが引き留めなければの話、だったんだけど。
545夕焼けロマンチック同盟 3/11:04/10/25 03:24:45 ID:oVDWcO4Z
 ちなみに放課後であるからして、もちろん、さっさと浩平君が帰ってしまった可能性は否定できない。
 だけど、今日は来そうな予感がしていたのだ。こんな良い風が吹いている。ちょっとだけ寒いけど、だからきっと素晴らしい夕焼け日和なのだ。浩平君がそれを見たなら、来ないわけがないくらいの。そしてわたしのカンはよく当たる。浩平君のことなら特に。
 よく当たるから、今日もきっと屋上に来る。
 彼がここに来るってことは、この子はこの場所で待っていたほうが、浩平君を探すにもすれ違わなくて効率が良いと思う。
 とまあ、こんなふうに、雪ちゃんばりに明確な理屈をつらつらと語ってみる。だけど、なんだか、あまり信用していない雰囲気が漂ってきた。
 そう思って、雪ちゃんの極悪さもそれに手振り身振りを交えて語ってみる。彼女はくすりと声を漏らして笑ってくれた。ちょっとほっとした。
 ごめん雪ちゃん。演劇部部長の真の姿を、またひとり罪もない女の子に伝えちゃったよ……。でも、許してくれるに違いない。
 何故なら、雪ちゃんは雪ちゃんだからだ。
 ――あれ?
「よく分かりました」
「分かってくれたんだ。良かった」
「はい。雪ちゃんという方のことが、すごく好きなんだと、とても」
「うん。雪ちゃんのことは好きだけど、……ってそうじゃなくって!」
「羨ましいです」
「えっと。何がかな?」
 ふふっ。
 聞こえてきた彼女の笑い方をあえて表現しようとすると、こんな感じだった。楽しそうな声。何気ない、いたずらっぽい微笑みといった風。
「そうやって、素直に好きって言えることが」
546夕焼けロマンチック同盟 4/11:04/10/25 03:25:26 ID:oVDWcO4Z
「どうして?」
「私にも友達がいるんです。けど――」
 滔々と語る彼女。その友達というのは、なかなか奔放な子のようだった。説明というか、その武勇伝を聞いた感じ、浩平君女の子版。
 んん……えと。この学校の生徒じゃないのに、入り込んでいる、と。
 人物像が形になってくると、その子とは、一昨日くらいに話したような気がしないでもなかった。たぶん澪ちゃんと食堂で偶然出会したときだろう。わたしはカレー。澪ちゃんはうどん。一緒のテーブルについて食べていたのだ。
 途中に誰も介してないから、会話を成立させるのにも一苦労だった。うんうん。大変だったけど、これも良い思い出になると思えば、悪くない。
「もしかして、詩子ちゃん?」
「知ってるんですか」
 聞き返す瞬間、凄い勢いで空気が凍り付いた。
「詩子、何かご迷惑をおかけしませんでしたか」
 労せず思い出せる。柚木詩子と名乗ったあの子は、澪ちゃんとわたしの通訳係を買って出てくれたのだ。まあ、まともな会話が成立したかどうかはともかく。
「ううん。それどころか、ちょっと大変だったことを手伝ってもらっちゃったよ。詩子ちゃんって実は良い子だね」
「……良かった」
 そう呟いてから、また、固まった。一呼吸、間が空いた。
「あの。今言った、実は、っていうのは」
「……えっと」
 わたしも一呼吸。置いて。考えて。
「なんとなく、浩平君みたいな子だったよ」
 主に行動などなど。
「やっぱり何かしたんですね……ごめんなさい。詩子、決して悪気はないんですが」
 呆れのような信頼のような、不思議な感情の混じった声。それでだろう。さっきの彼女の話にも、なるほどなるほど、とわたしはひどく納得する。
 何故なら、その口調は、よく耳にする誰かさんの言い方にそっくりなのだった。
547夕焼けロマンチック同盟 5/11:04/10/25 03:26:12 ID:oVDWcO4Z
「そういえば、浩平君。遅いね」
「来るんでしょうか」
「大丈夫。それは安心していいと思うよ。いつ来るのかまでは分からないんだけどね。そうそう。ところで、浩平君にどんな用なのかな」
「昨日、見知らぬ路地を抜けたら、とんでもなく美味しいパフェを出す喫茶店を見つけた、と」
「とんでもなく?」
「はい。とんでもなく、だそうです」
「つまり……デートかな」
「違います」
 即答だった。きっぱり。
「じゃあ、浩平君が連れていってくれるって約束してくれた?」
「そういうわけでもないです」
「そうなんだ」
「はい」
 そこで一端、会話がとぎれる。
 沈黙。風がびゅうびゅうと空から降りてきて、わたしたちの真ん中あたりを吹き抜けてゆく。やっぱり肌寒いかもしれない。時期的には、そろそろ暖かくなりはじめのころなのに。
 しばらくこうしてぼけっと突っ立っていると、寒かった風が弱まっていくのを感じられた。彼女も目の前あたりで動かないまま、考えていた以上に付き合いが良かったようだった。
「……ね」
 先に近づきながら口を開いたのは、わたしの方だった。喋っているほうが楽しいからと。
「浩平君の話でもしよっか」
 でも、よく分からない会話の糸口を見つけてしまったっぽい。
548夕焼けロマンチック同盟 6/11:04/10/25 03:32:21 ID:oVDWcO4Z
 しかし。浩平君について、かよわい女の子ふたりがこんなふうに屋上でふたりきり。頭を突きつけ合わせて、あーでもない、こーでもないと語るというのは……
 と思ったけど、それはそれで楽しいかも、などと思い直す。
 ちなみに、いつの間にか、頑張ればキスできる距離になってたりする。それに気付くと、もうひとつのことに気付いた。彼女、風よけになってくれる位置に移動していた。
 それでつい口をついて出たのは、
「なぜかは分かんないんだけどね、浩平君の知り合いって、みんな優しいんだよ」
「浩平は変ですから」
 わたしたちも変なんだけど、と続けてしまいそうになって、ぐっとこらえる。
 すごく言いたかったけど。がまんがまん。
「まあ、浩平君が変だってことは否定できない、かな」
「……私たちもきっと、どこか変です」
 わたしは、何秒か、言葉に詰まった。
 答えに窮していると、彼女は真摯な声で先を続ける。歌うように、そっと。
「でも、普通です。やっぱり、どこにでもいる女の子なんです」
「そうかもしれないね。……だけど」
「だけど?」
 さっきと違い、今度はすっと言葉が出てきた。
「みんな、変だからこそ……ひとと話すのが、こんなにも面白く感じるんだって思うよ」
 誰もが普通なのだ。どんな苦しみであっても、自分だけの苦しさなんてもの、誰もがそれぞれに持っているのだ。それこそ変な気分だった。忘れていたわけじゃないのに。分かっていたはずなのに。
 自分と他人という存在が同じものではないという、ただそれだけのこと。
 それを悲しいと思わなくてもよかった。孤独を感じる必要なんて、なかったんだ。人間はみんな、だからこそ、ひたすらに触れ合うことを求めるんだから。
 さみしさは、理解できる。
 言葉を交わすことから。手を繋ぐことから。ぬくもりを知ることから。すべてはそこから始まるのだ。
549夕焼けロマンチック同盟 7/11:04/10/25 03:33:49 ID:oVDWcO4Z
「ね。変なもの同士、仲良くしよう?」
「そうですね。……それも、いいかもしれません」
「じゃあ、新しい友人に」
「乾杯、しますか?」
「飲み物はないんだけどね」
「持ってます」
 がさごそと、四次元ポケットならぬ学生鞄から、ひとつの魔法瓶が出てきたらしい。なんともノリが良い。用意も良い。きっと詩子ちゃんに鍛えられたのだろう。動揺の無い様子が頼もしいくらいだった。
「お昼の残りなので、量はそんなにありませんが。どうぞ」
「お茶かな」
「十分です」
「うん、そうだね。それじゃ――」
 そこで、乾杯、とやりたかったのだけれど。
 とりあえずカップというか、魔法瓶の蓋がひとつしかないので、代わりばんこに飲むことになった。
「……盃を交わしてるような気がするよ」
「気にしないほうがいいです」
 というわけで、気にしたら負けらしい。
 のどを鳴らしてこくこくと盃を――もとい、蓋コップを干す。彼女が仕舞うのを見計らって、お願いしてみた。
「とっくに気付いてたと思うけど、わたし、目が見えないんだ」
「はい。気付いてました」
「それでね、もし良かったら、顔をさわらせてくれないかな」
「かまいません」
 浩平君にもやったことだけれど。彼女に触れて、知りたかった。
 こうして知ることが、わたしには、きっと何より大切なことだった。
550夕焼けロマンチック同盟 8/11:04/10/25 03:35:29 ID:oVDWcO4Z
 快諾を受けて、ゆっくりと手を伸ばす。……これじゃ本当にキスするみたいだ。妙なことを考えてしまい、がらにもなく、わたしのほうが恥ずかしさに顔を赤らめてしう。でもしっかり堪能した。
 思った以上に、素敵な顔だった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 さらりとした受け答え。こういうお願いにも慣れているようだ。そのせいか、詩子ちゃんに親近感が。でもまあ、心配する側される側は異なるかもしれないけれど。
「そうだ。今日の夕焼け、綺麗かな?」
「そうですね。……とても」
「どのくらい?」
「泣きたくなるくらいに」
 淡々とした答え方。微笑ましいくらいに、正直な声。
「そっか。ロマンチックだね」
「……どうでしょう」
「いのち短し、恋せよ乙女。なーんて歌、思い出しちゃったよ」
 そのとき。バタン、とドアが思いっきり開かれた。
「あのっ、ここに折原きてませんか!?」
 ほら。こんなに違う。ドアの開き方。足音。その他もろもろ。
「……七瀬さん」
「あ。里村さん。どうも。それで……折原は、ここにはいないのよね?」
「はい」
「ありがと。それじゃ、お邪魔しましたっ」
 だだだだだ。と激しい足音。また凄い勢いで閉まるドア。鉄扉だから余計に音が響き渡った。
 遠ざかっていく七瀬さんとやら。やがて気配が階下へと消えて、もう何も聞こえなくなる。
551夕焼けロマンチック同盟 9/11:04/10/25 03:36:27 ID:oVDWcO4Z
「――浩平がなかなか現れない理由が分かりました」
「彼女に追われてる?」
「みたいです」
「うーん、困ったね」
「そうでもないです。とりあえず、まだ校内にいることだけは分かりましたから」
「えっと。どうしてかな」
「七瀬さんのことだから、靴箱くらいは確認しているはずです」
「外には出てないってことだね」
「はい。たぶん、逃げるのに疲れたか、落ち着いたらここに来ると思います」
 もう少し時間が経つと暗くなってしまって、夕焼けが見られなくなる。
 もったいないなあ、って思う。
 仕方ないから、話を続けることにした。
「……ねえ、乙女といえばさ。浩平君は白馬の王子様、って感じじゃないよね」
「子供です」
「だけど好き?」
「……さあ。どうでしょう」
 はぐらかされた。
 これもまた、素直に好きと言えない、ということなのかもしれない。
 案外、本人には率直に言えちゃったりもするのかもしれない。
 乙女心は難しい。
 わたしにだって、乙女心は分からないのだから、これはもう相当に難しいに違いないのだ。
552夕焼けロマンチック同盟 10/11:04/10/25 03:37:29 ID:oVDWcO4Z
「あの……」
 わたしは先を促した。彼女が先に口を開いたから、邪魔したくなかった。
「夕焼け、好きなんですか」
「うん。すごく、好きなんだ」
 それこそ、泣きたくなるくらいに。
 何も映らない目を向けた。空は焼けているのだろう。真っ赤な光をほんの少し感じることが出来る。赤い世界。オレンジ色の高い空。雲は色鮮やかに染まっている。赤に紫、橙に加えて、夜の紺も混じり始める時刻。
 彼女は好きなものを挙げようとして、口籠もった。やがて、おずおずと言葉にした。
「私は、そうですね。……雨が、嫌いでした」
 そして、冒頭へと戻り。彼女の名前を思い出す。
 茜色の空を想像しながら、茜ちゃんへ、ゆっくりと問いかけた。
「雨が?」
「はい。長いあいだ、傘を差し続けていたんです。もうすぐ晴れると信じながら」
 深いところは分からなかった。
 分からないように、話しているのだ。お互いに事情は知らない。誰もが自分だけの苦しみを持っていて、それは簡単に他人に見せびらかすようなものではないのだ。
 いつか話してくれる日がくるのかもしれない。なんて、思いながら、聞いていた。
「でも、最近になって、雨のことがそんなに嫌いじゃなくなったんです」
 で、理由。思い当たるフシ。ひとり。ピーンと来た。
「もしかして浩平君のせい?」
「もしかしなくても、浩平のせいです」
 浩平君のおかげと言わないあたりが、言い得て妙だった。
 ふと気付けば、茜ちゃんの抑揚のなかった口調も、どこかあたたかいものに変化していた。
553夕焼けロマンチック同盟 11/11:04/10/25 03:38:38 ID:oVDWcO4Z
「わたしも、あんまり好きじゃなかったかもしれない」
「雨が、ですか。どうして」
「雨の日は夕焼けが見られないから。……目が見えなくても、嫌なものは、理屈じゃなく嫌なんだろうね。そういうふうに感じちゃうってことは、不思議かもしれないけど」
「なるほど」
「嫌いなものって、どういうキッカケがあれば好きになれるのかな」
「好きになった気がすれば、もう大丈夫です」
「気のせい?」
「かもしれませんけど」
 そんな会話をしていたおかげだろうか。
 もうちょっとの時間だけ、陽が落ちきらないといった夕焼け空のこちら側で、いきなり雫が落ちてきた。息をのむ音。身じろぎひとつしない茜ちゃん。
 雨の音色。それはたしかに雨だった。でも、夕陽はそのまま、真っ赤に輝いているのだ。
「お天気雨…。なんだか、嘘みたいなタイミングです」
 見上げると顔を叩く雨粒たち。いくつも、いくつも。濡れることもかまわずに、わたしたちはここでぼうっと立ちすくんでいた。少しくらい濡れるのは、もう気にならなかったのだ。
「どうです? 好きになれそうですか?」
「……うん、そうだね」
 まったくもって不似合いな組み合わせだ。たった一瞬の出来事だったらしく、あの雨は、すぐに向こうの方へと通り過ぎていってしまった。だけどわたしたちはちゃんと知っている。覚えたし、忘れることもないだろう。雨の中でも、やっぱり夕焼けは綺麗なのだ、と。
 雨も去り、ちょうど夕陽も沈みきったころ、階段を駆け上ってくる浩平君の足音が聞こえてきた。
 それを聞いているだけで楽しかった。茜ちゃんも、吹き出すのをこらえているみたいだった。耐えられたのは何秒くらいだったんだろう。
 ふたりして、大きく声を上げて、目に涙すら溜めて、笑った。嬉しくて、あんまり嬉しかったから。
 そして力一杯ドアを開けた浩平君の、きょとんとしたその顔が、ただ、たまらなく愛おしかった。
554名無しさんだよもん:04/10/25 03:46:23 ID:fm3AwZW+
えっと、終了報告がありませんが、投稿させていただいてもよろしいでしょうか…?
555 ◆DCFkmekmYQ :04/10/25 03:47:36 ID:oVDWcO4Z
以上です。
>>543-553
「夕焼けロマンチック同盟」でした。では、ありがとうございましたー!
556名無しさんだよもん:04/10/25 03:48:10 ID:oVDWcO4Z
連投規制かかってたんです……ごめんなさいです。
では。
557 ◆EPMRh7KTQY :04/10/25 03:50:20 ID:fm3AwZW+
あ、そうだったんですか。
こちらこそ自分の都合で無茶言って申し訳ないです…。

えっと、それでは今から投稿させていただきます。
ONEの長森END後のSSで、テーマが『もしも』。
タイトルは「Ifにもならない可能性」です。
558Ifにもならない可能性 1/10:04/10/25 03:52:05 ID:fm3AwZW+
「なあ」
「うん」
「オレ、帰ってもいいか?」
「だめ」
「そこをなんとか」
「なんともならないよ。というかこれ、浩平の仕事だよ?」
「オレは承諾した覚えはない!」
 だんっ、と強く机を叩いて主張する。このままの勢いで押しきれば、あるいは…
「でも、決まっちゃったことだし」
 しかし瑞佳は冷静だった。オレとの付き合いが長いせいか、全く動じた気配がない。
「それに稲城はどうしたんだ? あいつ、確かオレの相方だったはずだぞ」
「それは…」
 言いよどむ瑞佳。最初は理由も聞かずに流したが、なにか事情でもあったのか?
「二人のほうがいいでしょ、って気を回してくれて…」
「…そうか」
「…」
「…」
 以前のオレならここで否定の言葉なりなんなり出てきたのだろうが、今は違う。
 実際オレと瑞佳は、まあ、その、なんだ。
 世間一般で言う所による友達の数ランク上の関係な訳で、オレとしても長森と二人っきりになるのはやぶさかでもない。
 むしろ歓迎する気持ちも少なからず存在するのは認める必要があるのだろうが、それとこれとは話が別だ。
559Ifにもならない可能性 2/10:04/10/25 03:53:38 ID:fm3AwZW+
「いや、長森。それは稲城に…」
「浩平」
 咎めるような声と視線。ああ、そうか。オレは一つ咳払いして言い直す。
「いや、瑞佳。それは稲城にごまかされてるだけで…って、人の顔見て笑うとは失礼な奴だな」
 恐らく憮然とした表情を浮かべているであろうオレに対し、軽く頭を下げながらもますます笑みを深くする瑞佳。
「ごめんね。照れた浩平があまりにも可愛くって」
「くっ」
 名前を呼んだぐらいで照れるはずないだろう。中学生でもあるまいし。お前、一体オレをいくつだと思ってるんだ?
 そう突っ込みたいのはやまやまだなんだが、あまり強く言うのも大人気ない。今日の所は勘弁しておいてやろう。
 と思って近くにあった紙束を掴んだのだが、
「浩平、顔が赤いよ?」
「夕日が目に染みたんだよ!」
 少しからかうような瑞佳の口調に、ついムキになって反論してしまう。
 …むう、おかしい。あのときは普通に呼んでいられたのに、何で今はこんなにこっぱずかしいんだ?
 クール&ビューティーを地で行くオレが台無しである。とりあえず今は話題を変えないと。
「それで、そっちは人数分揃ってたのか?」
「うん。枚数もちゃんとあったよ」
 内心、あからさま過ぎるかとも思ったのだが、瑞佳もそれ以上続ける気はなかったのか、すぐさまオレの話しに乗ってくれた。
「浩平の方は?」
「オレのほうも一応、な」
 とんとんとん、と手に持った紙束を打ちつけて整え、机の上に投げ出す。
 まあ数のチェックだけは早々に終わってたからな。問題はその後だ。
560Ifにもならない可能性 3/10:04/10/25 03:55:26 ID:fm3AwZW+
「しっかし未だに納得できん。オレがなんで卒業文集の編集なんざしなきゃならんのだ?」
「そういう決まりなんだから仕方がないよ」
 オレの激昂を苦笑いしてやんわりとたしなめる。でもオレには納得できない。
「クラス全員が一年間で必ずなにかしらの委員につく義務がある。これはわかる。
 卒業文集制作委員は稲城だけだった。まあこれもわかる。だからってついこの間帰ってきたばかりのオレを任命するか?」
 そう。オレはあちらの世界から帰還してまだ一ヶ月も経ってない。
 なのに髭の奴がHR中に「んあー、折原はなんの委員にも就いてなかったな?」とか余計なことを言い出し、その後の民主主義に疑問を呈したくなるような数の暴力に押し切られ、オレは強制労働へと駆り出されることになったのだ。
「だけど佐織、浩平が来るまで一人で頑張ってたんだよ?」
「その間は瑞佳が手伝ってやってたんだろ?」
「うん、だから今度は浩平の番。これで二人とも同じだよ」
 なら一番損をしているのは瑞佳じゃないか。お前はもう別の委員をしてたのに。そう言おうと思い、途中でそれが意味を成さないことに気付いてやめた。
 コイツは昔からこういう奴だったんだ。なんの特にもなりゃあしないことを嬉しそうにやって。一時期ずっとオレから嫌がらせされてたのに、それでも変わらず世話を焼いて。
「…変なミシンとかツボは買うなよな」
「買わないよっ」
 オレの優しさに溢れかえった忠告を、瑞佳は力いっぱい否定してみせた。
561Ifにもならない可能性 4/10:04/10/25 03:57:18 ID:fm3AwZW+
「だけど今時『もしも〜』なんてお題もないよな」
 机に置いた原稿用紙をぱんぱん叩きながら、瑞佳に問いかける。
「そうかな? 書きやすくて良い題目だと思うけど」
 困った目でオレを見ていた瑞佳は、オレの手にそっと自分の手を重ね、原稿用紙から遠ざけた。
「瑞佳はなにを書いたんだ?」
 実はもう知っていたりするのだが、瑞佳がどう答えるか興味があったので、知らない振りをして聞いてみる。
「えーっと、『もしも動物が話せたら』だったかな」
 迷うそぶりも見せずにあっさりと答えられた。…少しは隠すと思ったんだが。こうも普通に返されると、面白くも何ともないな。
「中身には全然自信がないんだけどね」
 そう続けて、はにかむように笑う。でも見た感じ、読み手を意識した面白い読み物だったとは思うけどな。卒業文集としては少し違う気もするが。
「浩平は?」
「オレ?」
 …しまった。人に聞いたら聞き返されるのは当たり前じゃないか。マズい、非常にマズいぞ。
「企業秘密だな。配布当日まで期待に胸を膨らませて待ってるがいい。きっと驚くこと受け合いだぞ」
 うむ。それだけは自信が持てる。しかし瑞佳はオレの台詞に頬を膨らませると、
「そんなのずるいよ。わたしは答えてるのに…。いいもん。勝手に探して読むから」
 こんなときだけ有限実行、すぐさまオレが担当した原稿の束を探り始めてしまった。
 やばい。このままではバレてしまう。何とかしないと――
 そうだ!
「なあ、瑞佳」
「…」
 無言。でもこちらに注意を払っている様子は感じられる。
562Ifにもならない可能性 5/10:04/10/25 03:59:16 ID:fm3AwZW+
「七瀬がなに書いたか知りたくないか?」
「七瀬さん?」
 答え、しまったとばかりに顔を背ける。
「おう、七瀬。あいつ隠しながら書いてただろ? たぶん瑞佳も内容知らないんじゃないか?」
「そうだけど…」
 戸惑うような気配。お、揺れてるか?
「でも、本人が隠してるのに聞くのは悪いよ。それに、配布当日わかることだし」
「オレの分は悪くないのか?」
「だって、浩平だもん」
 理由にならない理由を答え、再び紙の束に向き直る瑞佳。
 こうなったらこいつはテコでも動かない。後は時間の問題か。
 オレは瑞佳を懐柔するのを諦め、手近にあった原稿用紙をぱらぱらとめくる。
 物語仕立てのもの。自分の体験談。将来への展望を交えたもの。
 様々な世界がそこにはあった。そしてそのうちの一つ。一見なんでもないようなタイトルのものが、不思議とオレの目を惹いた。
『もしも、あの人が居てくれたら』
 執筆者は里村。本人の人柄を反映させるような硬質で、流麗な文体。
 だがそれだけだ。特筆すべき点はなにもない、はず。なのに何だ?
 この奇妙な胸騒ぎは――
563Ifにもならない可能性 6/10:04/10/25 04:10:00 ID:Eevn672V
「浩平」
「おわっ」
 目と鼻の先にまで迫った瑞佳の顔に、驚いてのけぞる。どうやら知らず知らずのうちに入り込んでいたらしい。
「それ、里村さんの?」
「…ああ」
 さりげなさを装って放り出したのだが、あっさり見つかったようだ。隠すと余計に怪しまれそうな気がしたので、素直に認めておく。
「ふーん、そうなんだぁ」
 何故だか少し不満そうだ。勝手に里村の文集を読んだことを責めているのか?
「なんだ、お前も読みたかったのか。なら最初っから言えばいいのに」
「ううん、違うもん」
「ほら、『もしも動物が話せたら』。編集前だから破ったりするなよ」
「これ、わたしが書いたやつだよっ」
 そんなやり取りをしながらもオレは、得体の知れない焦燥感に駆られていた。
 こんなことを聞いても仕方がないのはわかっている。わかってはいるのだが…
「なあ、瑞佳」
「ん?」
「これからちょっとヘンなことを聞くけど、いいか?」
「浩平はいっつもへんだよ」
 瑞佳はそう答えながらも、オレの声色が変わったことに気付いたのだろう。
 佇まいを正し、オレの言葉を聞く姿勢に入った。
564Ifにもならない可能性 7/10:04/10/25 04:12:15 ID:Eevn672V
「もしオレが…」
「うん」
「オレが…」
「浩平が?」
 途中、やっぱり別の話にしようかとも思ったが、瑞佳の真剣な視線に後押しされ、そのまま先を続ける。
「もしオレが…帰ってこなかったら、瑞佳はどうするつもりだったんだ?」
 オレの言葉に、瑞佳は一瞬体を硬直させ、そして、微笑みながら――微笑みながら?
 答えた。
「考えてないよ」
 いや、考えてないってお前。
「だって浩平、帰ってきてくれたよね?」
「それはそうなんだが…」
 オレが聞きたかったのはそういうのではなくて、
「それとも、帰ってこないつもりだった?」
「それは絶対違うっ」
 即座に否定する。
「だよね。だから考えてなかった。戻ってくるって知ってたから。それがいつになるかはわからなかったけど」
 …あー、まいった。自分で聞いといてなんだが、こういう時ってどう反応すればいいんだ?
「浩平、だらしない顔してるー」
「幻覚だっ」
565Ifにもならない可能性 8/10:04/10/25 04:14:01 ID:Eevn672V
 知らず知らずのうちに顔が緩んでいたらしい。意識して顔を引き締める。
 元よりオレと瑞佳は好き放題言い合える間柄だったが、瑞佳側からオレに対してはどこかしら遠慮のようなものがあった。
 最近はそれが徐々に薄まってきているようだ。喜ぶべきかどうか悩むところだが。
「浩平こそ」
「ん?」
 悪戯っぽい瑞佳の顔。あれはまたろくでもないことを聞くつもりだな。
「もしわたしが彼氏作ってたら、どうしてた?」
「それはないな」
 明らかに冗談とわかる口調。だがオレは一刀のもとに切り捨てる。
「どうして?」
「なんせ瑞佳はオレにベタ惚れだからな」
 それだけは自信がある。
「浩平、しょってるんだー」
「違うのか?」
 真顔で聞き返すオレに、
「違わないよ」
 オレの目を見つめて、瑞佳が答えた。
566Ifにもならない可能性 9/10:04/10/25 04:16:07 ID:Eevn672V
 がらがらがらっ
「あんたたち、差し入れ持ってきたわよ〜…って、あれ? お邪魔だった?」
 と、コンビニの袋を提げて飛び込んできた稲城が、室内の微妙な空気を読み取ってか引きつった表情を浮かべる。
「邪魔だな」
「浩平っ」
 思った通り口にしたのだが、瑞佳にそれを咎められた。
「でも折角だから手伝っていってくれ」
「折原らしいわね。もちろんそのつもりよ」
 苦笑しながら、机の上に袋の中身を並べ始める。
「あ、そうだ」
 その途中で何かを思い出したのか、ペットボトルを握ったままオレに向かって指を突きつけてきた。
「なかなか器用だな」
「どういたしまして…じゃなくてっ。折原、あんた卒業文集出してないでしょ」
「そうだっけ?」
「そうなのよっ」
 とぼけてみたが無駄だったようだ。先ほどのやり取りですっかりそのことを忘れていた瑞佳も、一緒になって非難の視線を向けてくる。
「浩平、それはまずいよと思うよぉ…」
「ほら、髭からあたしまで注意されてるんだからねっ。まだ書いてないのならここで書きなさい!」
 完成するまで帰さない、との決意がひしひしと伝わってくる。となるとここは、
567Ifにもならない可能性 10/10:04/10/25 04:18:28 ID:Eevn672V
「おお、そうだ」
「なによ」
「昨日家で書き上げたような気がする。ちょっと見に行ってくるな」
「あ、待ちなさいっ」
 逃げの一手しかあるまい。
 答え、教室から駆け出そうとしたのだが…
「折原、どこに行くんだ?」
「髭っ」
 まるで計ったかのようなタイミングで髭が現れた。
 …もしかしてこれは?
 瞬間的に頭に浮かんだ人物に振り返ると、案の定してやったりとの表情を浮かべてほくそ笑んでいた。
 こいつ、さっき思い出したフリをしてたのは演技だったんだな!
「こら稲城、卑怯だぞっ」
「はいはい、わかったからさっさと書きなさい」
「瑞佳からもなんとか言ってくれっ」
「浩平、頑張ってね」
「んあー、ちょうど進路指導室が空いてたからそっちでやってみるか?」
 オレたちのやり取りをどこ吹く風、髭はマイペースに言い放つと、オレの首根っこを掴んでズルズルと引きずり始めた。
568 ◆EPMRh7KTQY :04/10/25 04:20:38 ID:Eevn672V
>>558-567
以上、「Ifにもならない可能性」でした。
569名無しさんだよもん:04/10/25 04:57:37 ID:lbdFES2w
間に合わねえ……(;´Д`)
570 ◆D3JBuEbNhA :04/10/25 05:02:13 ID:+zfHETfx
今から投稿致します。
『You never need me.』
To Heartの志保メインです。
571『You never need me.』1:04/10/25 05:03:33 ID:+zfHETfx

 突然、寂しくなった。
 ベッドの上からあたしは目覚し時計を引き寄せる。
 午前2時47分、真夜中だ。
 眠いのにあくびも出やしない。
 頭の中がぐるぐる回り続けて、おかしくなってしまいそうだった。
 枕を抱えて縮こまって、毛布を頭からかぶり直して、
 それでも考えつくのはやっぱりあいつの事…。

 あたしがあいつと出会った頃から、もう何年も経ってる。
 その時は別に意識しなかったし、友達が一人増えたくらいにしか思わなかった。
 でも、今ならついさっき起こった事のように思い出せる。
 耳を澄ませば、そこにあいつが――

 今ここにあいつがいたら、なんて言うかな…。
 笑うかな、まず。

『なにやってんだ?また新しいギャグでも考えたのか?』
『なーに真剣な顔してんだよ、変なもんでも食ったか?』

 …こんなとこね。
572『You never need me.』2:04/10/25 05:04:47 ID:+zfHETfx

 そのあと絶対、

『お前らしくねーぞ、そんなの』

 って来るのよね。
 ふふ、その位の推理なんてあたしにしたら軽いもんよ!

 …そうだよね、あたしらしくないよね、こんなの。
 あたしはいつも笑ってて、バカなことやってみんなも笑わせて。
 うるさいとかやかましいとか、悪く言われても構わなかったわ。
 だって、そうやって今までやって来たんだから。
 それであたしは満足できたし、みんなもとりあえず喜んでくれたから。

 でも。

 あたしを憎からず思ってくれたのは、長い付き合いだもん、分かってた。
 でも、あたしをあいつは必要だと思ってくれてた?
573『You never need me.』3:04/10/25 05:06:07 ID:+zfHETfx

 『必要』って難しいから、あたしはいつもそれが出来なかった。
 自分のやり方じゃそうなれないのは、なんとなく分かってたのに。

 もしあたしがいなかったら、あいつは寂しい日々を過ごしてたの?
 きっと、それはない。
 それならそれで、どうにかやって来たはずだし。
 …じゃ、あいつにとってあたしって、なんだったんだろうね。

 ――わかってる。あたしは、あかりにはなれない。
 あいつの腕の中で眠るには、あたしは……

 あたしは……

 あたしは……
574『You never need me.』4:04/10/25 05:06:55 ID:+zfHETfx

 だから、忘れてやるんだ。
 この気持ちを…そうね、ガラスの瓶にでも詰めちゃおうかな?
 それで、海に流してやるんだ。
 図書室で助けてくれたときも、二人でカラオケに行ったときも、
 一緒にゲーセンに行ったときも、…あいつの家に行ったときも、
 あたしの中に生まれた気持ちをみんな、捨ててやるんだ。
 あたしの中のあいつを、捨ててやるんだ。

 そして、明日から何もなかったみたいにまた学校に行って。
 いつものように騒いでやるんだ。
 みんなを集めて、その中心にあいつを巻き込んでやるんだ。

 あたしの中のあいつを、捨ててやるんだ。

 あいつが別にそんなことどうでもよくても。
575 ◆D3JBuEbNhA :04/10/25 05:11:43 ID:29SjT94R
>>591-594
以上です。ありがとうございます。
576 ◆jOtDSOdEMQ :04/10/25 07:13:21 ID:31sG+ktS
CLANNADのSSです。
春原×風子という反体制的なボンバヘッなので注意。
テーマは無理やり全部突っ込みました。
タイトルは「北風と太陽」 
577北風と太陽1:04/10/25 07:14:51 ID:31sG+ktS
〜プロローグ〜『If』『友達』『相談』『キス』

 もしも、あの時、「友達」でなく「恋人」と言えていたなら。
 もしかしたら、岡崎さんの横に立っているのは、渚さんでなく風子だったのかもしれないのでしょうか?
 でも、いいんです。 風子は我慢の出来る子です。
 大好きな二人が幸せになるんです。
 風子はもう、そういうのには慣れてます。
 おねぇちゃんのときとは違って、少しだけ心が痛みましたが、大丈夫です。
 でも、たった一つだけ心配なんです。

「風子はいつもみたいに笑えているでしょうか?」

 二人に気づかれてはいないでしょうか?
 二人の幸せを邪魔していないでしょうか?
 それだけが、心配なんです。

「いつもより頭悪そうな笑い方だと思う」
「最悪ですっ」
 相談する人間を完膚なきまでに間違えました。
 いくら他所には仲良し四人組で通っているとはいえ、実際は仲良し3人組+1ヘタレ(岡崎さん談)。
 気の迷いとはいえ、組外のヘタレに相談するなんて、つまらない時間を過ごしてしまいました。 
 あかんべぇをくれて立ち去ってあげようとすしましたが。
「で、ナニ悩んでるわけ?」
 面倒そうに、そう言いました。
 気の迷いとはいえ、それでも相談したのは。
 こういうふうに本気の相談には真剣に考えようとしてくれるからだと思います。
「あ、まさか、生理が今頃来たとか?」
「最悪ですっ」
 でも基本的に馬鹿です。
578北風と太陽2:04/10/25 07:16:01 ID:31sG+ktS
「ふぅん、あの二人がキスしてるとこを見ちゃった、かぁ…ってキスぅぅぅ!? 岡崎と渚ちゅわぁんが!?」
 結局話してしまう風子も風子だと思いますが、それでも頭の悪い反応にため息をつきます。
「そんな馬鹿な! 渚ちゃんは僕のほうに心を傾けていたはずじゃぁ!? 岡崎と僕とじゃあ曙とエスパー伊東を乗せた天秤ぐらい圧倒的な差があったはずだよ!?」
「後半部分は風子もまったくもって同意です」
「だろ!?」
 あまりにも噛みあいません。
「ま、友達二人がくっついちゃうってのはお子様にはショックだよな、元気出せよ」
 自分は足に来るほどショックをうけてるくせに、そんなことを言います。
 そっくりそのままお返しする上に、見当違いです。
「いいんです、風子は大人ですから、我慢するんですっ」
「…そっか」
 言い切る風子に対して、何故か春原さんは頭を撫でようと手を伸ばしてきました。
 うざいので払いのけます。
 ちょっとむっとしたかと思うと、すぐにへらっと表情を緩め、わけのわからないことを口から垂れ流しました。
「ちなみに僕、今フリーなんだけど」
「断じてお断りですっ」
 あまりの即答に春原さんが一瞬停止します。
「そ…そんな!? 人がせっかく勇気を出して幼女趣味まで暴露したのにっ!?」
「最悪ですっ!!」
 すこーん。
 放り投げたヒトデが春原さんの頭部に刺さります。
 悶絶する春原さんを置いて風子は立ち去りました。

 
 でも。
 ヒトデはお礼に置いていく事にしました。
 ちょっとだけですが、言い争ってたら、気も晴れましたから。
 きっと、本当に笑って二人を祝えるはずです。
 嘘でも、強がりでも、できるはずです、風子はそうしたいんです。
 どうか、お姉ちゃんたちみたいに二人も幸せになりますように。
579北風と太陽3:04/10/25 07:20:04 ID:31sG+ktS
〜幸せな二人〜『花』『プレゼント』『嘘』

 赤い薔薇が100本。
 他の人間がやっても笑い話のタネにしかならないであろうそんな贈り物も、芳野祐介という男にはよく似合った。
「ありがとう、ございますっ」
 期待以上の満面の笑顔を浮かべる妻に、少々照れながら呟く。 
「いや、なんだ、そんなに喜んでもらえるとは正直思ってなかった」
「そんなことないです、女の子なら、みんなこういうのには憧れるとおもいます」
 微笑む彼女の台詞に、祐介の動きが止まる。
「いま、なんていった?」
「え、そんなことないって…」
「いいや、その後」
「女の子ならみんなこういうのに憧れる、ってとろこですか?」

 取り落とされた。
 薔薇が。
 地に。
 広がる。

 祐介は叫ぶ。

「う、嘘だっ! こんな可愛い人が女の子のはずがないッ!」

 
580北風と太陽4:04/10/25 07:20:37 ID:31sG+ktS
 芸能人時代の思い出、美しい低年齢アイドルのほとんど、いや、全ては女装美少年だった事実。 
 水色の時代は彼の価値観に多大なる歪を与えていたのだろう。
 ツッコミを通り越して同情の涙すら零れそうになる。
「で、でも生えてるんだろう?」
「それは、大人ですから」
 セクハラもいいところな質問にも対応。 まさに大人の女性。
 祐介はほっと胸をなでおろす。
「じゃあ、大丈夫だ! 付いてるならいける!」
 公子はきょとんとした表情を浮かべたかと思うと、全てを悟り、ため息とともに告げる。
「付いてません」
「!?」
 膝から崩れ落ちる祐介。
 立ち直れないほどのショック。

 公子はそんなにもショックを受ける夫が、もっとショックだった。

 後日。
 追い討ちをかけるかのように彼を待っていたのは。
 彼の一番愛した花の名を持つ雑誌の廃刊のお知らせ。

 芳野祐介は自分の部屋へ行き2時間ねむった…
 そして……
 目をさましてからしばらくして愛読書が死んだことを思い出し……
 泣いた…

 公子はそんな下衆な涙を流す夫に、もっと泣けた。

581北風と太陽5:04/10/25 07:21:38 ID:31sG+ktS
〜津軽海峡冬景色〜『雨』『海』『旅』

 彼女の心象風景を例えるなら。
 
 土砂降りの風雨を呼ぶ台風。
 断崖絶壁に荒れ狂う北の海。
 
 絶望の二文字が良く似合う彼女ではあったが。 
 それでも彼女は彼を愛していたから。
 だから。


 気がつくと、おねぇちゃんがカバンに荷物を積めていました。
「んーっ、おねぇちゃん、なにしてるんですか?」
「…ちょっと、旅に出ようかと思ったの」
「どこですかっ?」
 するとおねぇちゃんは、ちょっとだけ困ったような顔をして言いました。
「タイか、モロッコ、かな」
 意外です。おねぇちゃんはもっとよーろっぱとかそういうところに興味があると思っていました。
「なんでタイとモロッコなんですか?」
「安いところと、有名なところだからね」
 何故か疲れた顔で微笑むおねぇちゃん。
 心配ですが、でも大丈夫。
 きっと旅行で元気になってくれるはずですっ!
 だから風子は笑顔で見送りました。
「いってらっしゃいですっ!」
582北風と太陽6:04/10/25 07:38:42 ID:31sG+ktS
〜仁義無き戦い〜『サッカー』『戦い』『風』

「あれ、誰ですか?」
「春原」
 脳が、理性が、岡崎さんの答えを受け付けません。 
 もう一度聞いてしまいます。
「あれ、誰ですか?」
「春原」 
 目の前にいるのは、きらきらした爽やかな笑顔で無邪気にボールを蹴る男の子。
「おかしいですっ!」
「春原がおかしいのは今に始まったことじゃないだろ」
「それはそうですがっ」
 思わず納得しかけますが、それでも目の前の現実が信じられません。
「春原さんは、もっとこう、なんていうか、ドブ川が腐ったような色の目をしてるはずですっ!」
「いつもどーりしてるだろ」
「岡崎さんの目は節穴ですっ」
 確かに、サッカーボールを蹴る春原さんの目は輝いています。 きらきらと、つい魅入ってしまいそうになるほどに。
 あれです、風子、昔聞いたことがあります。
 いつも元気で明るいいい子の北風と、ぎらぎらとうざったいだけの太陽が、旅人の好感度で勝負する話です。
 がんばった北風ですが、いつもは駄目駄目な太陽がふと見せた温かみという意外性だけで旅人を騙しきるっていうお話です!
 うろおぼえですが、たぶんそんなのだったと思います。
 奇しくも春腹さんは名前に「陽」の字。
 そして風子は名前に「風」の字。

 きっと、これは北風と太陽の代理戦争で雪辱戦。
 ガチでステゴロなんですっ!
 負けません!
 風子はナイフを握り締めました。
583北風と太陽7:04/10/25 07:42:52 ID:31sG+ktS
 ナイフを後手に、決意を胸に、ゴール傍に待機します。
 春原さんがシュートを決めて自分酔いしている隙に。
 てててと駆け寄り。 えい。 ぐさ。 ぷしゅう。 サッカーボールがみるみるうちにしぼみます。
 しばしの沈黙ののちに。
「あ…アンタなにしてるんですかぁぁぁっ!?」
 いつものヘタレ口調で春原さんが叫びました。
 よかった、ボールがないといつものドブ川が腐ったような色の目に戻りましたっ。
「安心ですっ」
「アンタわけわかんないっすよぉっ!」
「あぁあ、学校の備品を。 弁償だな春原」
「僕がっすか!?」
「お前が悪いし」
「どこがだよっ!?」
「頭」

 膝から崩れ落ちるいつもの春原さんに心から安心してしまう風子でした。
584北風と太陽8:04/10/25 07:43:33 ID:31sG+ktS
〜ガムテープが生んだ奇跡〜『料理・食べ物』『耳』『卒業』『お願い』『初め』『桜』

「美味しいです、美味しいですっ」
 お母さんの新作パンが、こういってなんですが、珍しくとても美味しかったのでついつい食が進みます。
「ん、渚、美味そうなもん食ってるな」
 と、お父さんも横から一つつまむと、難しい顔をして「…美味い」と呟きます。
 その呟きとほぼ同時に、お父さんからは見えない場所にお母さんが顔を覗かせました。
 声が聞こえたのか、とても嬉しそうな顔をしています。
「なぁ、渚、どこで買ってきたんだ、コレ?」
 お母さんがこけました。
「違います、これはお母さんが焼いたんですよ」
「む?」と、お父さんはカレンダーを睨むと。
「渚、今日は4月1日じゃないぞ?」

 いつものように駆け出していくお母さんとお父さん。 
 一人残された私は、こっそりとその新作パンをもうひとつだけつまむことにしました。
 とても美味しい、特に耳のところが美味しいそのパン。
 それは、パイ生地みたいなサクサクした食パンでした。
 だから、きっと名前は。
585北風と太陽9:04/10/25 07:44:04 ID:31sG+ktS
「パイパンっ」

 渚が時を止めた。
「渚、いまなんてった」
「ぱいぱんですっ」
「俺、今一番食べたいものを言って元気出せっていったよな」
「はい、だからぱいぱんですっ」
 真剣な顔をして言った渚は、止める暇もなく坂を上っていったわけで。
 俺は途方にくれるわけで。

「春原、協力してくれ」
「で、そこでなんで僕なんすかっ!?」
「大丈夫、ちょっと下の毛を剃ってガムテで一物を尻側に張るだけだ! 男という醜い殻からの卒業だ!」
「あんた熱でもあるんじゃないですかっ!?」
「ハッピーバースデー春原子!」
「あんた悪魔っすかっ!?」
 まぁ、なんといわれようが女装をさせるわけで。

「おおい、渚ぁ、連れてきたぞ!」
「? 誰ですか、その女の子は?」
「よし、下を脱げ春原子!」
「あんたド外道っすかぁ?!」
「早くしろや! こちとら剃毛は初めてなんでちょっとドキドキしてるんだぞ!?」
「ひぃぃぃ! なんで息が荒いんだぁぁぁぁ!!」
「脱げーーー!!」
「と、朋也くん、なにしてるんですかーーー!?」
586北風と太陽10:04/10/25 07:44:30 ID:31sG+ktS
「あはは、そっか、勘違いかー」
「もうっ、朋也くんはうっかりさんです」
 あっさりと誤解は解けた。 おかしいと思ったんだよな、最初から。
「あんたら、ほんとに、ほんとーに、鬼っすか…」
 ズラはおろか、女子制服まで着せられて泣き崩れる春原はこのさい放置である。

 と、風子が通りかかる。
 春原を認識すると。
 手で口を押さえ、おもいっきり指差して。
 大爆笑。

 と、おもいきや。

「か…可愛いですっ!」

 意外すぎる台詞だった。
「お前、やっぱ趣味変な」
 こっちのツッコミも聞こえないのか、風子は呟いた。
「…ま、負けません!」
 なんにだ。

 女装っ子の、匂いがする――
 芳野祐介は、学校の前で足を止めたが、頭を振り、すぐに立ち去る。
 一瞬とはいえ足を止めたのは、愛する人が傍にいなくて寂しかったからかもしれない。
587北風と太陽11:04/10/25 07:44:56 ID:31sG+ktS
〜人生は長い長い道を行くが如く〜『走る』『夏だ!外でエッチだ!』『えっちのある生活』
 
 そのころ古河夫妻は。
 町内を駆け回り、その距離もなんと20kmを超えようとしていた。
 
 ハーフマラソンのある生活っていいね!
「良くありませぇぇん!!」
 夏だ!外でハーフマラソンだ!
「誰に向かって叫んでるんだ早苗ーーー!!」


588北風と太陽12:04/10/25 07:51:21 ID:31sG+ktS
〜春と修羅〜『復讐』『動物』『絶体絶命』

 両手一杯のおみやげと一緒に、おねぇちゃんが町に帰ってきました。
 ので、ユウスケさんと一緒に空港まで迎えにいったのですが。
「生やしてきました」
 それがおねぇちゃんの帰国第一声でした。
 なにを、と聞いてもおねぇちゃんは微笑むだけで答えてくれません。
 ユウスケさんは鼻血を流しながらケダモノのように狂喜乱舞するばかりです。
 んーっ、風子、蚊帳の外ですっ。
「で、次は祐くんの番だね」
 ユウスケさんの乱舞が止まりました。
「祐くんのことは好きだけど、わたしも男の子より女の子のほうが好きなの」
 おねぇちゃんは微笑みながら淡々と続けます。
「いってらっしゃい、タイかモロッコ」
 真っ赤だったユウスケさんの顔が面白いほど鮮やかに青に染まっていきます。
 困っているユウスケさんにお姉ちゃんは微笑みながら助け舟を出します。
「まぁ、それはともかく、とりあえず祐くん」
 本当は風子にはよくわかりませんがおねぇちゃんは優しいですから、それはきっと助け舟だったんだと思います。

「お尻、出しなさい」

 んーっ、やっぱり風子よくわかりませんっ! 
 もっと大人になればわかるんでしょうか?
 いつかはきっと知りたいと思います。
 大人の恋というものを。
 

 ――そして時が流れる。
589北風と太陽13:04/10/25 07:55:00 ID:31sG+ktS
〜エピローグ〜『家族』『夢』『結婚』

「もっと家族がほしいですっ」
 唐突な、嫁の爆弾発言。汐を撫でる手を止める。
 しばし考えた後。
「――それはなんだ、つまり浮気して来いってことか」
「絶対駄目です」
 頬を膨らませて言う渚がちょっと可愛い。
「まぁ、でも、ほら、アレだしなぁ」
「でも、でもですね、家族がたくさんいたほうがやっぱり楽しいですっ」
「だからってアレだしなぁ」
 言葉を濁す。 言葉にしなくても渚も自分の体のことはわかっているのだろう。
 更なる爆弾発言を重ねる。
「だから、しおちゃんは早く結婚しましょう!」
 汐がきょとんとした顔で母を見る。
 それ以上に俺の顔は呆然としていることだろう。
「…お前はどこまでアホの子なんだ」
「失礼ですっ! きちんと計画しました! 準備も万端ですっ!」
「準備ってなんだよ」
「無論、しおちゃんの結婚相手です!」
 そう言って、玄関へと手を向ける。そこに立っていたのは。
「渚、ちょっと正座しろ」
「え、え?」
「お前は冗談でも気の迷いでも発作でもなんでもいいけど、なんでよりにもよって汐にアレを宛がおうなんぞ考えるんだええ?」
「と、朋也くん、久しぶりに本気で怒ってますね!」
「あたりまえだぁ! このアホの子っアホの子っ!」
「ひ、酷いですっ! 他に頼めそうな男性がいなかっただけなのに!」
「じゃあお前は他に頼めそうな男がいなかったらアレに古河パンのレジをまかせるのか!?」
「そんな、お店が潰れます!」
590北風と太陽14:04/10/25 07:55:30 ID:31sG+ktS
 言い争う俺たちに向けて、ソレはそっと呟いた。
「あの、僕、もう帰っていいっすかね?」
 そもそもこんな用で来るなよこのロリコン。
 と、勢い良くドアが開く。
 その乱入者は荒げた息を整えると、堂々と宣言した。
「し、しおちゃんは風子のですっ!」
 アホの子が増殖してしまった。
「わぁ、ふぅちゃんが家族になってくれるのは嬉しいです! しおちゃんをよろしくお願いします!」
 アホ嫁が加速していく。
「日本の法律を忘れるな、このアホっ」
「じ、じゃあ春原さんの名義を借りて仮面夫婦を」
「戸籍上俺があいつの父親になるっていうのか? 死んでも御免だ」
「あんたら本人目の前にしてよくそれだけ言えますねぇ…」
 泣きそうな目で春原が呟くがスルー。
 
「名案を思いつきました!!」
 アホ毛を逆立てんばかりに叫ぶ嫁。
 どんなアホ意見が飛び出すことやら、見守ることにした。
「じゃあ間を取って、春原さんとふぅちゃんが結婚しちゃえばいいんですよ」
 本末転倒も生易しい素敵論理展開。
 さも名案だと誇らしげに胸を張る我が嫁に、暖かく声をかける。
「ナホ」
「な…なほ?」
「渚のアホ、略してナホ」
「ひ、酷いです朋也くんっ!?」
「お前の頭がな」
591北風と太陽15:04/10/25 07:55:59 ID:31sG+ktS
 渚のアホ提案に、思わず顔を見合わせる二人。
 しかし、それも一瞬。 気まずさに顔を背けると、同時に叫ぶ。

「ろ…ロリータに欲情できるか!」
「最悪です、最悪ですっ、最悪ですっっ!」


 その後の収拾が付くはずもなく。 
 投擲されるヒトデ。
 他人から見たらイチャついているとしか思えない生ぬるい夫婦喧嘩。
 叫ぶヘタレ。
 更に飛ぶヒトデ。

 喧騒の中。
 汐だけがその呟きを聞いていた。
 太陽の光のように優しい、北風のように切ない囁きを。

「…ぷち最悪ですっ」


 きっと明日も明るく楽しいいい天気。
 きっと太陽は暖かく。
 きっと優しい風が吹く。
592 ◆jOtDSOdEMQ :04/10/25 07:57:20 ID:31sG+ktS
>>577-591
以上です。
593名無しさんだよもん:04/10/25 07:58:01 ID:ZgsvQjcv
すみません、十五分ほどもらえますか。
594 ◆2tK.Ocgon2 :04/10/25 08:04:21 ID:ldxS7xKD
>>593
了解しました。
595 ◆W5yE9iXLz2 :04/10/25 08:13:47 ID:ZgsvQjcv
すみません、お待たせしました。タイトルは、「一枚の思い出」。結構長いです。
イビルとエビルの話です。どっちかというと、イビルよりな話です。
なんか連続でいくつもイビエビと書いてあるので、ややこしいです。
エビルは海老だから赤い方。イビルはイビだから青い方と憶えると、分かりやすいそうです。
それでは、投稿します。


596「一枚の思い出」 1  ◆W5yE9iXLz2 :04/10/25 08:14:54 ID:ZgsvQjcv
 その少女には名前がなかった。
 少女、と言うにはもしかしたら語弊があるかも知れない。
 何しろ胸は平らで、言動はがさつで、おまけに実年齢は不詳で少女と呼んでいい歳なのか分からない。
 ついでに悪魔だった。
悪魔の少女は孤独だったが、魔界を彷徨ううちに、イービルリングという一種の共同体に拾われる。
 普通なら、食い扶持が増えるだけの子供など、見捨てられるか弄ばれるかするだけだが、ここは数少ない例外だった。
 少女は服を与えられ、食物を与えられ、居場所と仲間を与えられた。
 戸惑う少女をよそに、仲間達は遠慮なく、やや乱暴気味な暖かさをプレゼントする。
 そしてもう一つ。
 少女はイビルという名前を与えられた。
「てきとー」
 少女は真っ先に、その名前に文句を付けた。

 もう一人、似たような境遇の少女が、大分遅れて入ってきた。
 イビルよりも胸はあり、物静かで、年の頃はイビルと同じように見えたが、いつも一人きりだった。
 少女は死神だった。
 死神は死と魂を司るものとして、魔界でも忌み嫌われている。
 本来なら死神は、同族だけの小集団で行動するのだが、なぜかその少女は集団から離れ、この共同体にいた。
 あるいはその集団そのものが、死の手に絡め取られてしまったのだろうか。
 死神の少女の名はエビルといった。

 イービルリングと名前は格好を付けてはいるが、ならず者の集団である側面に、代わりはなかった。
 縄張りを巡って他の共同体と争い、時に勝利し、時に敗北して放浪し、時には傭兵となる。
 拡大すれば、国になることもある。あるいは国に飲み込まれ、あるいは滅ぼされる。
 そんな、典型的な魔界での生き方を実践していた。
 イビルは闘えるようになったと判断される前から、勝手に戦場に飛び出しては暴れ回っていた。
 最初こそ窮地に陥りもしたが、一度手柄を立てると、次の戦いからは正式に戦列にくわえられた。
 炎と槍と、それらを組み合わせた力を持って、イビルは暴れ回った。
597「一枚の思い出」 2:04/10/25 08:16:03 ID:ZgsvQjcv
 エビルは静かなものだった。  
 なんで戦わないんだと問い詰めても、「命を奪うのは好きじゃない」と、
 およそ魔族らしくも、死神らしくもないことを口にした。
 真面目に働きはするので誰も文句は言わなかったが、イビルにはそれが気にくわなかった。
 ――が、ある日、主戦力が戦いの場に出ている隙をつかれ、後方に残された非戦闘員達が襲撃された。
 僅かな護衛が蹴散らされ、誰もが死を覚悟したとき、初めて彼女はその刃をかざした。
 冷たい輝きを放つ大鎌が、静かな軌跡を描き、いくつもの死をその場に積み上げた。
 主戦力が帰還したとき、エビルは数多の屍を背景に、朱色の髪を返り血で、いっそう赤く染めて立っていた。
 喝采と感謝をその身に浴びながら、なお、彼女は無言でいた。

 そんなことが起こっても、エビルは相変わらずだった。
 その日も一人で、木の根に寄りかかりながら、果実の皮を剥いていた。
 誰かと協力してなにかするよりも、一人でできる仕事を任せた方が、効率がよかった。
 刃物の扱いはさすがに大したもので、瞬く間に裸になった果実が山になっていく。
 次のを籠から取ろうとしたところで、別の手が、横からそれをかすめ取った。
 皮も剥かずにそれにかぶりついたのは、イビルだった。たちまち顔をしかめる。
「……すっぺぇ」
「砂糖漬けにするんだ。そのままでは食べるのに向かない」
「先に言えよ」
「言う暇がなかった」
 イビルはかじりかけの果実を投げ捨て、エビルを見下ろした。
 エビルは気にせず、ひたすら皮を剥き続ける。と、うつむいていた視界が、急に明るくなった。
 訝しげに見上げると、炎の線が、イビルの胸の前に水平に伸びていて、その中から鋼鉄の槍が現れる。
 慣れた調子でイビルはその槍を軽く回すと、エビルの喉元に突きつけた。
「なぁ、あたいと勝負しろよ」
「……なぜだ?」
「弱い奴が戦わないのはしょうがねぇさ。だけどな、強いくせに、そのことを隠していたっていうのが気にいらねぇ。
 ついでに、お前が本当に強いかどうか、確かめたい。それだけだ」
598「一枚の思い出」 3:04/10/25 08:17:24 ID:ZgsvQjcv
 もう一つ。
 イビルとエビルはどこか似ていた。
 時に比較され、女の魅力の差でからかわれ、少なからず意識している相手ではあった。
 だが、ライバル意識のようなものを自分が感じているのに、エビルは気にしている様子もない。
 それがまた、腹立たしい。
 無視されるのは嫌いだし、無視することもできない相手だった。
 だから、喧嘩という、イビルにとって一番分かりやすいコミュニケーションを持ちかけた。
 本気で殺したいとか、叩きのめしたいとかいうわけではない。
 認めるためには、それなりの儀式が必要というだけだ。
 儀式を行うためには、先の騒動は、イビルにとってはちょうどいいきっかけだった。
 なのに、エビルは手にしたナイフの先で、槍の穂先をのける。
「そんな理由では、戦えない」
 相も変わらずの、何を考えているのか分からない、気のない表情で。
「はぁ? ただの喧嘩だろ、つき合えよ」
「無理だ」
「なにが」
 エビルはじっと、手の中の短い刃物を見つめた。そこに映った自分の顔は、髪も、瞳も、血の色をしていた。
 嫌になるほど、赤い。
「私は、殺すことしかできない」
 口調に込められたものがあまりにも頑なで、敵意以外の興味がイビルの中に生まれる。
「それってどういう――」
 不意に、衝撃がイビルの頭上を襲った。
「ったーーーーっ!」
「こらイビル。エビルに妙な因縁つけているんじゃないよ。困ってるだろ」
 イビルに拳をお見舞いしたのは、恰幅のいい、見た目は中年の女性。
 絶え間なく動いている両腕に巻き付いた入れ墨以外は、人間となんら変わらない。
 が、生死をかけた戦闘ならともかく、日常生活において、彼女に逆らおうとする者はここにはいない。
 彼女はイービルリングの家事全般を取り仕切り、『姐さん』と呼ばれ、敬われ、恐れられている人物なのだから。
 拾われた頃からさんざん世話になっているイビルにしても、頭の上がらない相手であった。
599「一枚の思い出」 4:04/10/25 08:18:31 ID:ZgsvQjcv
「因縁じゃねーよ、ちょっと喧嘩しようぜって言っただけでよ」
「それが因縁だって言うんだよ。大体エビルは仕事しているんだから、邪魔すんじゃないよ。
 どうやら元気が有り余っているようだから、あんたもちっとは女らしいことを憶えな」
「あたいはそんなの必要ねーって――いた、いたいた、耳引っ張るなって!」
「今ちょうど洗濯の手が足りなくってねぇ。あんたでも手伝いくらいの役にはたつだろ」
 彼女は問答無用で、イビルをずんずんと引っ張っていく。
「あたいに洗濯なんか任したら、全部燃やしちまうって!」
「だから加減を憶えなって話だろ」
 喧騒が遠ざかっていき、後にはぽつんと、エビル一人が残された。
 また作業に戻ろうとして、耳を引っ張られるイビルの顔を思いだし、ほんの少しだけ、微笑んだ。

「あー、ひでぇ目にあった……」
 洗濯だの料理だの、慣れないことに担ぎ出され、失敗をする度に拳を落とされ、
 逃げだそうとしては耳を引っ張られ、何とか一日を終え、ようやく夕食の時間となった。
 いや、何よりも閉口したのは、イビルの落ち着きのなさに呆れた姐さんが思わずこぼした、
「恋人でもできれば、この子も少しは女らしくなるかねぇ」
 などという一言から始まった、騒動に巻き込まれたことだった。
 イビルにしてみれば、興味ないの一言で片づく問題だが、総じてこういう話題には、誰もが首を突っ込んでくる。
 身体的には……まぁ、微妙なところもあるが、十分子供を作れる年にはなっている。
 今まで浮いた噂の一つもないだけに、話は逆に、盛り上がっていった。あらぬ方向へ暴走気味に。
 見合いなどというすっとぼけた習慣はないが、それでも余計な御世話に熱心になる人物はいるものだ。
 あいつはどうだ、今誰それはフリーだから、いや、この前誰かに交際を申し込んだとか、
 彼ならイビルとも合うんじゃないかとか、まるで興味の持てない情報を吹き込んで煽ろうとする。
 あたいはそんなつもりは毛頭ない、と言い逃れようとしても、聞く耳を持ってもらえない。
 圧倒的なおばさん方のパワーの前に、さすがのイビルも翻弄されるばかりだった。
 こんなことなら、殴って終わる喧嘩の方が百倍ましだと思う。
600「一枚の思い出」 5:04/10/25 08:19:49 ID:ZgsvQjcv
 困惑と疲労を骨の髄まで叩き込まれ、イビルは食堂のカウンターに力無い声を飛ばした。
「おっちゃーん、大盛り」
「おう、でっかくなれよ」
「うるせー」
 いつものやり取りにも元気がない。
 食事を受け取ったイビルは食堂を見回し、無言で食事しているエビルの対面に座った。
 しばらくは、かたややかましく、かたや静かに食事を詰め込んでいる音だけが響いた。
 遅れてスタートしたイビルが、エビルとちょうど同量を平らげた頃、
「……なぁ」
 ようやくイビルが口を開いた。エビルが少し、警戒した視線を返す、が。
「おまえさぁ、彼氏とか欲しいと思ったことあるか?」
 こちらも不意を突かれ、目を丸くした。
「……考えたこともない」
「じゃあ考えてみろよ。理想の男性像とか」
 エビルはしばらく悩んでみたが、あっさりと諦める。
「想像しがたいな」
「あたいもー」
 自分から持ちかけてきた話題の割には、ずいぶんといいかげんな態度だった。
 エビルは少し考え――少し、飛躍した。
「結婚でもするのか?」
「しねーよっ!」
 と、否定の声が響く前に、ざわりと場が揺らめく。
 結婚? 誰が? イビルが? エビルが? ……物好きなやつもいたもんだ。
「聞こえたぞ、こらあっ!」
 十五分ほどが、騒がしく経過した。
 ようやく喧嘩も一段落付いた頃、何発かいいのをもらって顔を腫らしたイビルが戻ってきた。
601「一枚の思い出」 6:04/10/25 08:21:01 ID:ZgsvQjcv
「ってー」
「冷やしておけ」
 避難していたエビルも戻ってきて、イビルにおしぼりを手渡した。
「おう、サンキュ」
「あまり変形しては、相手がかわいそうだからな」
 相手、という謎の単語にイビルの思考が五秒ほど空回りする。
「……ちょっと待て。相手って何の話だ」
「結婚するんじゃないのか?」
「しねーっつってんだろ!」
「そうなのか」
 相も変わらず、エビルは淡々としたものだった。そのくせ、どこかずれている。
 ほとんど元凶のくせに、今の喧嘩の原因も理由も分かってないことに、馬鹿馬鹿しくなって肩を落とした。
「……お前、変な奴だな」
 イビルはすっかり冷えた食事を詰め込みながら、行儀悪く話しかける。
「そうか?」
 エビルはきちんと口の中のものを飲み込んでから、短く返事した。
「さっきも喧嘩に参加しようとしねぇし」
「喧嘩も戦うも、私には一緒だ」
 イビルの脳裏に、昼間のやり取りが思い出される。
 明らかに普通と違う反応なのは、エビルが死神だからなのか、違う理由からなのか。
 どこか似ているのに、決定的に違うところがある相手に、イビルは興味を持ち始めていた。
「じゃあ、なんで戦かわねぇんだ?」
「必要ならば、戦うこともある」
「はっ、天使様じゃあるめぇし。必要がなくても戦うのが、魔界ってもんだ」
 今もどこかで、大きな戦から小さな喧嘩まで、様々な争いがこの世界で起きている。
 この食堂でも、ついさっきまでは喧嘩が巻起こっていた。
 それが今では、調子外れの歌や下品なジョークなどに取って代わられている。
 喧騒は、この世界の日常そのもので、起こったことに誰も驚きはしないのだ。
602「一枚の思い出」 7:04/10/25 08:21:56 ID:ZgsvQjcv
「お前には、そういうのが向いているな」
「あ?」
「激しくて、強く、熱く、綺麗な魂だ」
 エビルは食事をする手を止め、じっとイビルを見つめた。
 全てを見透かすような静かな視線に晒され、聞き慣れない誉め言葉を受け、イビルの心拍数が跳ね上がる。
「な、なに言ってんだ、おまえ」
 エビルは少し笑った。
「ここの人達は、暖かい魂が多くて、安らぐ」
 エビルの言葉と仲間達のイメージが重ならずに、イビルが首をひねる。 
「喧嘩ばっかりしているぜ」
「喧嘩できるのは、心やすいからだ」
「……よくわかんねぇ」
「気心の知れない相手と争うときは、大抵殺し合いになる。だけど、ここの人達はそうはならない。いいことだ」
 ここの住人とて、当然聖人君子でもないし、荒っぽく、時に残虐でもある。 
 ただ、どこか義賊めいたところがあるのは確かだ。陰湿でも冷酷でもない。
 エビルが変わり者というなら、イービルリングとて、十分変わり者の集団だった。
 だから、合うのだろう。
「あのよ……」
「なんだ?」
「やっぱ変な奴だ、お前」
「そうか」
 なぜかエビルは、嬉しそうにしていた。
603「一枚の思い出」 8:04/10/25 08:31:55 ID:6nV5bfFk
 そんなことがあってから、二人は親密になっていった。
 大抵の場合、イビルがエビルにちょっかいをかけるという形で。
 話をしていて盛り上がるわけではない。気があって大騒ぎするというわけでもない。
 ただ、互いにどこか気にかかる。
 時折エビルが口にする哲学めいた話は、イビルの耳には新鮮だった。
 子守歌にもちょうどいいらしく、聞きながら眠ってしまうことも多々あったが。
 妙な噂が流れるようになったのは、そのころからだ。
 顔立ちにそれほど差はない。耳もお揃いで尖っている。やや浅黒い肌に、貧弱気味なプロポーションも似てる。
 おまけに名前まで似ているとあっては、
「生き別れの兄妹かなんかか?」
 という説が流布されるのも仕方ないだろう。
「ちょっと待て、誰が兄だっ!」
「あぁ、弟だったか?」
「あたいは、女だーーっ!」
 こんなやり取りが定番化するのも、そう時間はかからなかった。
 あげく、恋人だの、禁断の愛だの、よからぬ噂が流れまくるとあっては、イビルの心が穏やかでいられるはずもない。
 だから、男に興味を持たないのだとまで言われる始末だ。
 毎日のようにからかわれては、ムキになって暴れ回り、余計に噂を煽る結果となった。
 対照的に、エビルは相変わらずだった。
 例の一件以来、仲間内での評判も良く、彼女は彼女で、この共同体の中でのポジションを確立しつつあった。
 そんな風に、二人が異色のコンビとして認知されきった頃――風変わりな旅人が訪れた。
604「一枚の思い出」 9:04/10/25 08:32:58 ID:6nV5bfFk
「画家?」
「そうらしい」
 イビルがエビルに誘われ、様子を見に行ってみると、すでに画家の周りは人だかりで一杯だった。
 大人も子供も、珍しいものが見られるとあって、仕事もほっぽりだして集まっている。
 その中心で、ごく小さな画板を手にした画家が、筆を滑らせていた。
 意外なことに、女性だった。
 手頃な石に腰掛けて、その正面に座ってかしこまっている子供達を、目の覚めるような早さで描いてゆく。
 好奇心旺盛な、そしてモデルから外れた子供達が後ろから覗き込んでいたが、その顔は一様に驚きと尊敬に満ちていた。
「ほい、できたわよ」
 差し出された絵に、モデルになっていた子供達がわっと群がり、その上から大人達が覗き込む。
 二十センチ四方ほどの小さな紙の上に、人数分の個性が、暖かいタッチで見事に描き出されていた。
「こらこら、引っ張ると破れちゃうわよ。順番に見なさい」
 そして、新たな紙を画板に重ねた。空中から、音もなく取りだして。
 たちまち次のモデル志望が、七人ほど彼女の正面に陣取った。
 ほんの少しじっとしていれば、たちまち彼女の筆は、生き生きとモデル達を描き出す。
 どこまでが画家としての力量で、どこからが魔法か分からないほどに、彼女の筆捌きは魔法じみていた。
 だが、ただ写すだけでは描き出せない、ある意味単純な魔法とは違うものが、絵から伝わってきた。
 あらかた周囲の人物を描き終わったところで、
「ほら、次のこっち来なさいよ」
「え、あたい?」
 画家に指名され、イビルが戸惑う。
「横の赤いのもね」
 イビルは戸惑いつつも興味深げに、エビルは興味はないけど拒みもしないというような感じで、正面に座り込む。
 その背後にも何人か立ったところで、画家が筆を動かし始めた。
605「一枚の思い出」 10:04/10/25 08:34:28 ID:6nV5bfFk
 エビルが横からイビルを覗き込む。
「顔が引きつっているぞ」
「え、そ、そうか?」
「そーね、青いのもっと自然にしてなさいよ。大丈夫よ。魂を吸い取ったりしないから」
 画家も苦笑して、そういった。
 たまに絵の中の人物が動くのは、その中に魂を封じられてしまったからだ、などという噂もある。
 泣き出したり、呻いたり、笑ったりする絵画は、ここではそれほど珍しくもない。
「別に、んなの怖がってるわけじゃねーよっ」
「んじゃ、もっと笑いなさいな。せっかくの記念なんだから、もったいないわよ」
「お、おう」
 そしてイビルは思い切り引きつった笑みを作り――大爆笑が起きた。
 危うく画板ごと燃やされるところだった。
 
 それから数日後――。
 縄張りの境界線近く、崖の上にイビルは一人立っていた。
 暴れ回るのが大好きな性分のイビルには向いていない、見張り役。
 退屈のあまりにあくびを噛み殺しながら、時折、懐から紙片を取りだし、眺める。
 端っこが焼け焦げてしまったので、ほとんど完成間近だったが失敗作とされた、先日の絵だ。
 その後もう一回、新しい紙にきちんとしたものを描かれたが、イビルはせっかくだからともらい受けたのだった。
 引きつっていたはずの自分の顔が、いかにも楽しげな、いたずら小僧っぽい笑顔に変わっている。
 見ている自分にまで、にやけが移りそうな笑顔だった。
 隣のエビルも、いつもより柔らかいが、らしい笑顔を浮かべていた。
 周りを囲む面々も、一様に暖かく笑い、なんだかくすぐったいような気分になる。
 絵のことなどさっぱり分からないし、興味もなかったが、あの画家は大したものだと、素直に感心した。
 今も、別の村かどこかで、他の人々の笑顔を描いているのだろうか。
 ――別の村と言えば。
 噂だと、近隣の村や共同体が潰されているという話がある。
 攻め落とすのではなく、潰す。そこにかつて村があったことが嘘のような、徹底さで。
 この近くでそれほどの非常識な力を持っているといえば――まず、デュラル家。
 今のところは一度も衝突していなかったが、このあたりではもっとも大きな勢力を誇り、
 強力なヴァンパイヤが率いる不死の軍団は、敵対する者を容赦なく滅ぼすという。
606「一枚の思い出」 11:04/10/25 08:35:48 ID:6nV5bfFk
 さすがのイビルも「ちっと手に余るかもな」と、やや消極的な考えに支配される。
 噂では、上層部は手を結びたがっているようだが、ここ魔界でそんな甘い考えが通じるものか、はなはだ疑わしい。
 同盟締結の席で刺される方が、まだ確率が高いのではないだろうか。
 いよいよそのデュラル家が、ここいらの制圧に乗り出したのか、それとも別の勢力か――。
 そんなことを考えていたイビルの背後に、人影が一つ降り立った。
「食事だ」
「おう、サンキュ」
 すっかり公認となったエビルが、名指しで指名され、差し入れを届けに来たのだった。
 二人で並んで崖の下に足をぶら下げ、昼食を取りながら、考えていた事を話す。
「……驚いた」
「なにがだよ」
「少しはものを考えていたのだな」
「……おめーも言うようになったじゃねーか」
「冗談のつもりだったのだが」
「笑えねーよっ!」
 姐さん譲りの耳引っ張り攻撃を行うが、エビルはほとんど表情を変えない。
 頭を抱え込んで首を絞めたが、やはり無反応なことに、イビルはムキになる。
 こんな風にじゃれあっているから、色々と誤解を招くのだが。
 さておき。話題を戻した。
「だが、デュラル家というのも、敵対する者には容赦ないが、身内には意外に甘いそうだ」
「本当かぁ?」
「噂だが。ここもそういう傾向があるから、手を組むのも悪くないかもしれない」
「しかしよぉ、領土に差がありすぎるぜ。下手に同盟なんか組んだら、吸収されちまいそうだ」
「そういうこともあるかもしれないな」
「って、しれっと言うなよ。あたいはごめんだぞ、そんなの」
 イビルは物心付いてからの時間のほとんどを、ここで過ごしてきた。
 住人達はがさつで荒っぽく、時に本気で殴り合ったりもするが、全員気のいい仲間だった。
 今のまま、それなりに暴れて暮らしていければ、イビルはそれで満足だった。
 自覚はしていないが、何よりも大切な場所だと言うことは、言葉にしなくても分かっていた。
 ふと、あの絵を思い出す。
 あの絵がみんなの心をあれほど打ったのは、そういう親しさや暖かさを、描いていたからかもしれない。
 家族ではないが、家族に等しい絆で結ばれていることを。
607「一枚の思い出」 12:04/10/25 08:37:25 ID:6nV5bfFk
「……そうだな」
 エビルも頷く。
 途中から加わったとはいえ、ここの空気がエビルは好きだった。
 事情を詮索もされず、真面目に働きさえすれば、無愛想な自分でも認めてくれた。
 一度だけ本性をかいま見せたときも、恐れられることはなかった。
 強さが絶対の基準だからかもしれない。だけど、それ以上に懐の深さというものがあるように思える。
 それに、今、横にいる人物。
 噂を肯定するわけではないが、たぶん、自分はこの人物が好きなのだと思う。
 あまりにも率直な物言いは、時に鋭すぎるが、心地いいものを感じた。
「なに、じろじろ見てるんだよ」
「いや、なんでもない」
「……お前、まさか」
「ん?」
 イビルの脳裏に嫌な想像が浮かぶ。
 けして嫌いな相手ではないが、こと男女関係に関しては、イビルはまだまだ子供っぽさを残していた。
「い、いや、なんでもねぇ!」
 見つめ返してきたエビルの視線に耐えきれず、慌てて目と話を逸らす。少し前のエビルと同じセリフで。
 なぜか早まる動悸を押さえていると、逸らした視線の先に、土煙が立っていることに気づいた。
「……なんだ、ありゃあ」
 立ち上がって、目を凝らす。普通の乗用生物なら、この距離から土煙など見えない。
 つまりそれは、その物体の巨大さを表していた。
 煙の隙間に、ごつごつとした、岩のような物体――巻き貝が見える。
 そして、そこを依代とした生物が、下に収まっていた。
 いわゆるヤドカリだが、そう呼ぶには足の数が際限なく多く、なにより、呆れるほど大きかった。 
 大きいと言っても、五メートルとか、十メートルとか、そういうレベルではない。
 その上の巻き貝を、砦として兼用できるほどの。
 貝殻にぽつぽつと開けられた穴は、窓であり、そこから武装した兵士達が乗り込んでいるのが見えた。
 先端はイビル達が立つ、崖の上よりもさらに上にまで届く。まさにそれは、動く要塞だった。
 巨大ヤドカリは、無数の足で地面を引っ掻きながら、半ば掘り返すようにして突き進んでくる。
 轟音と砂埃を巻き上げながら、真っ直ぐこちらに向けて、突進してくる。
608「一枚の思い出」 13:04/10/25 08:39:05 ID:6nV5bfFk
 冗談のような理不尽な存在に、唖然と見送ることしかできないイビルの頭上に、光るものが見えた。
 それが砦から放たれた矢であることを察知して、とっさにエビルはイビルの身体を岩場の影に引きずり込む。
 さらには魔法の攻撃なども加えられたが、正気に戻ったイビルとエビルは、その攻撃を何とかやり過ごす。
 見張り退治に時間をかけるつもりはないらしく、ヤドカリは二人の目の前を、恐ろしいスピードで駆け抜けていった。
 嘲るような笑いが、その中に紛れていた。
 狭い峡谷を固い殻で削りながら、本来、侵攻の障害となるべきそこを、容易くくぐり抜けてゆく。
 そこでようやく、二人はその行く先に何があるのかを思い出す。
 彼女らの、家だ。

 現在のイービルリングの拠点は、峡谷を抜けた先、盆地の中央に設けられている。
 そこまでの道のりは、途中まで上り坂になっていて、イビル達の前に悪意があるかのように立ちふさがる。
 全力で走っているのに、後ろに飛んでいく風景が、苛立つほどのろい。
 敵襲の合図は送った。だが、あの襲撃速度では、ろくな迎撃準備も取れないだろう。
 遠くに煙が上がっているのが見える。明らかに炊事のものとは違う、黒く澱んだ煙。
 せめて自分たちが着くまでは持ちこたえていてくれと、祈るような思いで走り続ける。
 息が乱れる、足が崩れそうになる、鼓動がやかましいほどに響いている。
 それでも疲労で倒れそうになる身体にむち打って、全力疾走を続ける。
 エビルも汗を飛ばしながら、イビルの後を付いてきていた。
 ひたすら走り続けて、拠点を望める崖の上にまで、ようやく辿り着いた。
 丸太組みの簡単な小屋が数十軒。住居から倉庫、穀物庫、食堂兼酒場に長の館。
 しばらくここに定住するつもりで作られた、小屋のほとんどが――倒壊し、炎上していた。
 そしてその数倍に及ぶ数の死体が、周りに散らばっていた。
 敵のものも味方のものもある。だけど数は、味方のものの方が圧倒的に多かった。
 その上に無遠慮に、あの巨大なヤドカリが、我が物顔で居座っている。
 もはや組織的な抵抗はできず、散発的に反撃する人々が、狩られ、蹴散らされ、踏みつぶされる。
 つい今朝まで笑い合っていた仲間達が、物言わぬ肉片と化してゆく。
609「一枚の思い出」 14:04/10/25 08:45:46 ID:zW2EdaaJ
 その肉片の中に、誰のものかはっきりと分かる、腕があった。刻まれた入れ墨は、主同様、動きを止めている。
 血が逆巻くような想いがした。
 無意識に絶叫し、崖から飛び降りていた。ひたすらに身体が滾るのは、全身を包んでいる炎のせいか。
 足が触れた先からなにもかも炎上し、駆けた後ろに炎の道筋を作る。
 砦から下りて殺戮と略奪と陵辱に興じていた連中に、槍を突き立て、そのまま炭にする。返り血すら、熱で瞬く間に蒸発した。
 周囲すらろくに認識できず、わけのわからないまま、見たことのない動く者を、殺し、燃やし、灰にする。
 時折叩き伏せられたが、その接触すらも反撃の炎となって、敵の武器にまとわりついて、本体まで焼き殺す。
 疲労など感じなかった。ただ怒りだけで頭が染められて。
 無尽蔵に力が湧いてくるようなのに、まだ足りないと思う。もっと強く、もっと激しく、全てを焼き尽くす力をと。
 だが、意識していなくても限界は来る。
 また一人殺し、次の敵を捜そうと振り向いた拍子に、膝が崩れ、足が滑る。
 膝をついたところに、魔法と矢が一斉に放たれた。
 矢は燃えたが、魔法までは防ぎきれず、氷塊が、電撃が、風刃が、イビルの身体を貫いた。
 噴きだした血が、蒸発せずに、地面に染みを作る。イビルの身体を包んでいる、炎が尽きていた。
 体力と魔力の最後の一滴までも、使い尽くした証拠。それを合図に、スイッチが切れたように、意識が暗くなる。
 こらえようとする意識さえ、さらに追撃を喰らって断ち切られる。
 闇に閉ざされる前に、自分を呼ぶ声が微かに聞こえた。
 炎のような赤い髪が、遮られてゆく視界の向こうで、翻っていた。

 パチパチと、薪の燃える音が、耳に優しく響く。
 いつの間にか夜になっていたのか、視界が暗い。その片隅が、揺らめく炎で赤く癒される。
 その赤さも暖かさも、イビルにとってはなじみ深いものだから。
 やけに眠い。体の芯まで疲労が残っている感じがする。このまま休みたいという思いを、意識のどこかが拒絶する。
 やらなければならないことがあるような気がする。だけど、それはなんだっただろう。
 身じろぎした拍子に走った痛みが、イビルを覚醒させた。
「つっ……くぅーーっ……」
610「一枚の思い出」 15:04/10/25 08:46:44 ID:zW2EdaaJ
 痛みに体を折った瞬間、別の所が痛む。どこが、とはっきり認識できないほど、あちこちが痛んだ。
「まだ動くな」
 もう一つの赤が、視界に割り込む。
「……エビル?」
 痛みと混濁に掻き回された意識に、少しずつ記憶が甦る。何があったのか、何をしたのか。
 気力も体力も尽きたせいか、怒りすら湧かない。ただ重苦しさだけがのしかかる。
 もっと怒るべきだと、思ってはいるのに。
 だから、無理矢理に身を起こした。
「イビル」
 咎める口調を無視して、近くにあった木の幹に爪を立て、えぐるように掴みながら、それを支えに起きあがる。
 痛みはあった。気力はなかった。だけど、無理矢理奮い起こした。
 ここで怒ることすらできなければ、自分の大切だったものが、大したものでなかったと認めてしまう。
 荒い息をつきながら、痛みを怒りの糧として、立ち上がる。崩れそうな膝を、木によりかかって支える。
 心の中を殺意一色で染めていく。空っぽになっている力を、無理矢理かき集める。
 炎が右拳を包んだ。たったそれだけ。でも、それだけで十分だった。――戦える。殺せる。
 軽く手を振って、火を散らす。ここで力を無駄遣いするわけにはいかない。
 力を振るうべき場所へと、一歩踏み出した。
「どうする気だ」
 エビルも立ち上がっていた。やはり傷だらけだが、イビルよりははるかに軽傷だった。
 表情がいつもの硬さに覆われていないのは、なんの感情に支配されているためか。
 だけど、少なくとも自分と同じ感情ではないと、イビルは感じた。それが疑念となって口に出る。
「お前が、あたいをここまで連れてきたのか?」
 エビルは頷く。
「なんで戦わなかった」
 責める口調と鋭い目つきに、エビルが戸惑う。  
「逃げ道を作るために、何人かは倒した」
「それだけか」
「……それだけだ」
 戸惑いを見せながらも、口調は相変わらず淡々としたものだった。
 その冷静さを見て、また、血がざわめいた。
 敵に抱くのと同じような、あるいはそれ以上の怒りが、エビルに対して湧き上がる。
611「一枚の思い出」 16:04/10/25 08:48:23 ID:zW2EdaaJ
「だから、なんでだっ!」
 胸ぐらを掴んで、引き寄せる。目の前にある顔が自分に似ていることを、初めて嫌悪した。
「お前を助けるためだ」
「そうじゃねぇだろっ! 仲間を殺されて、なんで怒らねぇっ! あたいを助けるより先に、やることがあるだろっ!」
「お前も私も、犬死にするだけだ」
「尻尾たたんで、負け犬人生送るよりましだっ!」
「だが……」
 この期に及んで、なおためらいを見せている。 
 自分と同じ憎悪に狩られないのが、不満だったし、ふがいないと思った。大切な人達を目の前で殺されたのに。
 ましてや、この感情をぶつける唯一の行為を犬死になどと、侮蔑されるとは。
「もういい」
 エビルの胸を、強く突き飛ばす。よろめいたエビルが、地面にへたり込んだ。
「お前があの時戦ったのも、みんなを助けるためじゃなくって、自分が助かりたかっただけかよ。
 お前みたいな薄情者、もう仲間でもなんでもねぇ」
 仲間でない、どうでもいい存在だと思ったら、殺意すら冷めた。
「一人で惨めに生きていろ」
 視界に入れるのも汚らわしいと、背を向けて立ち去る。
 と、腕が強く引かれた。まだつきまとうつもりかと振り向くと、破裂するような高い音が、耳元で鳴った。
 頬を叩かれたのだと理解するのに、少しの間があった。
「お前こそ……」
 痛みよりも怒りよりも、強く睨みつけてくる目の端から、流れている涙に目を引きつけられて。
「お前こそっ、なんで分からないっ! 同じ目にあったというのなら、お前だって、私と同じ思いに、なぜならないっ!」
 初めて聞いた、エビルの感情のこもった声。
 口調は明らかに怒りに満ちているのに、その向こうに透けて見えるのは、悲しみだった。
 逆に胸ぐらを掴まれたが、エビルはむしろ、すがるようにして、叫ぶ。
「私があの時、お前が一人で突っ込んでいったとき、どんな思いをしたのか知っているのか!?
 置き去りにされた私が、血の気の引くような思いで後を追って、倒されたお前を救い出して、
 お前が生きていたと、二人で生き延びられたと分かったとき、どれだけほっとしたか……。
 死んだ人達のことは、悲しい。悲しいけれど、もうどうしようもない。
 だけど、お前と私は生きているじゃないか……。なんで、死に急ごうとするんだ」
612「一枚の思い出」 17:04/10/25 08:50:32 ID:zW2EdaaJ
 エビルは、駄々をこねるように首を振った。
 まるで彼女らしくない。らしくないけれど、それだけに、彼女の本質が現れているようにも思う。
 触れている手から、震えが伝わってくる。思わず手を重ねると、驚くほど冷え切っていた。
 背はほとんど同じなのに、自分よりも細い肩。この細い身体で、自分を助け、逃げのびるのに、どんな苦労をしたか。
 それだけのことをする原動力となった、彼女の思い。
 エビルがどんな思いをしていたか、なんてイビルには分からない。あまりにも思考のベクトルが違いすぎる。
 だけど、痛みは伝わってくる。その痛みを上手く言葉にできず、髪に触れた。
 赤い髪は、所々血で固まっていた。
「もう、一人はいやなんだ……」
 慰めるような仕草に誘われ、呟いたエビルの言葉はか細く、不安に揺れて、迷子を思わせる。
 イビルは黙ったまま、固まった髪を揉みほぐした。
 血の塊がすりつぶされ、髪が解かれてゆくと共に、エビルの言葉が零れ出てゆく。 
「この世界は、いつも戦いに満ちていて、当たり前のように誰かが死んでいって……。
 大切な人が死ぬのは悲しいから、大切な人なんか、作りたくなかった。
 だけど、誰もいないのは、もっと寂しいんだ。結局一人でいられなくって、ここに来てしまった。
 お前が、みんながいてくれることが、嬉しくて、だけど、恐くて……。
 いつかこうなるかもしれないって、ずっと怯えながら生きていた。
 私は、それだけのことをしてきたから……」
「それだけのこと?」
 聞かないほうがいいかとも思ったが、エビルはむしろ、語ることを望んでいるようだった。
 ずっと彼女の表情を閉ざしていた呪縛から、逃れたがっているような。
「……私は死神だ。誰かを殺し、魂を奪うのが役割だと教えられ、そうして生きてきた。
 命を狩れば両親も仲間も喜んでくれたし、私もそうするのが正しいと思っていた。
 殺して、殺し続けて、いつしか戦いの場に立てば、敵と認識した全てをほぼ無意識に殺してしまえるようになった。
 殺した分だけ、誰かに悲しみや怒りを与えていると、想像することすらできずに。
 産まれたときから染まりすぎていて、自分のいる場所が狂気に満ちているなんて、思いもしなかったんだ。
 そして、当然のように、私の部族は報復を受けた。まるで……」
613「一枚の思い出」 18:04/10/25 08:51:42 ID:zW2EdaaJ
 エビルの語尾が乱れ、喉が詰まる。
「まるで、イービルリングのように、何もかも燃やされ、殺し尽くされて」
 震えを静めようと、エビルがイビルに身体を押しつけてくる。
「私が気が付いたときには、全てが終わっていた。そして、全てが失われていた。
 ただただ、真っ赤になった大地と人々と、そして私自身だけが残されて。
 何もかも失って始めて、私は自分がしてきた行為の意味に気が付いた。
 大切なものを奪われるということが、どれだけ悲しい事なのか……。
 あんな狂った場所でも、異常な人々でも、あそこは私のただ一つの居場所だったんだっ」
 吐き出し終えて、しばらく荒い息だけが響いていた。
 嗚咽の混じる息に、どう声をかけていいか分からず、髪を指で梳き続ける。
 そうしていると、少し気が落ち着いたのか、また語り始めた。
「それから、ずっと長い間、一人で生きていて、でも、一度寂しいということを知ってしまったら、
 もうそれに耐えることが出来なくって、ここの人達の優しさに、甘えてしまった。
 ずっと、このままならいいと願ったし、流れていく穏やかな時間にほっとしていたのに、
 やっぱり私は、戦いの場になると何もかも殺して、そして、みんなを、死に引き込んでしまうんだ……」 
 ようやく、エビルは顔を上げた。あまりにも真っ直ぐに見つめられて、目をそらせない。
「でも、お前は生きている……。お前だけは、死なないで欲しい。
 臆病者と呼ばれようが、薄情者と蔑まれようが構わない。
 これが私のエゴだって言うことは分かっている。でもっ……」
 また崩れそうになる紅玉の瞳を、見つめ返しながら、イビルは答えた。
「だめだ」
 けれど、突き放すのではなく、抱え込む。エビルが砕け散ってしまわないように。
 頬を触れあわせながら、耳元に強く囁く。
「お前の言い分は分かったけど……あたいはだめだ。
 あそこはあたいにとって、かけがえのない場所だ。
 イービルリングから名前を与えられたあたいには……恩とか、借りとか、そんな言葉では言い尽くせない思いがあって、
 その分、同じだけの量の、恨みや怒りがある。
 あいつらをこのままにしておいたら、あたいはあたいでなくなっちまう。
 自分自身を失って生きるのなら、死んで何もかもなくなっちまったほうが、マシだ」
614「一枚の思い出」 19:04/10/25 08:53:34 ID:zW2EdaaJ
 今度は、エビルがなにも言えなくなった。
 二人の考えは合わない。全くの正反対と言ってもいいほどに。
 だけどこの上なく、理解はできる。
 止められない。イビルはきっと死んでしまう。どうしようもない未来に、胸が締め付けられる。
 また涙が流れ出しそうになるところを、イビルの声が救った。
「だから、一緒に来いよ」
 え? と顔を上げた先に、表情の選択に困って、苦笑したようなイビルの顔があった。
「寂しい顔して一生泣きながら生きるくらいなら、一緒に来い。
 そんな思いをするくらいなら、死んで何もかもなくしちまえ。
 一緒に、死んでやるから」
「イビル……」
 空っぽになっていた胸が、熱くなった。ぶっきらぼうでも、乱暴でも、やはり、熱い魂の色。
 その熱さは、ただそばにいるだけで、いつも自分を暖めてくれていた。
 言われたことは思いもよらなかったが、答えるのに迷いはなかった。
「お前と、一緒に行く」
「いいのか? お前、本当は誰も殺したくなんかないんだろ?」
「誰かを守るためなら戦える。それに……もう、こんな風に泣くのは嫌だ」
「あたいも、こんな思いをするのは、二度とごめんだ……」
 最後に、一つだけ。
「一日だけ、待ってくれ。今日は、戦えない。心も、身体も……」
「……分かったよ」
 イビルは妥協した。
 たった一日。それくらい弔いが遅れるのは、勘弁してくれるだろう。
 そうと決めると、一気に疲労がぶり返して、イビルは木を背にしたままずり落ち、
 しがみついているエビルも、それに倣った。
 手を離したら、勝手に死んでしまうとでも思っているのだろうか。
 エビルはよほど安心したのか、そのまま眠り込んでしまう。
 ――怪我人の上で寝るか、普通? 
 そうは思ったが、この空の下で、仲間と呼べるものが互いだけなら、こうして一つでいることが自然なようにも思えた。
 やがてイビルも、エビルの体重を感じながら、心地良い眠りに落ちていった。
615「一枚の思い出」 20:04/10/25 09:08:06 ID:jhWmbiK0
 翌日。再び夜。
 森の木々に身を潜ませながら、例の要塞が望める位置に、二人はいた。
「少し、考えてみた」
 エビルはやっぱりそれが素なのか、いつも通りの淡々とした表情と口調に戻っていた。
「私達のように、運良く生き延びた仲間はおそらくいるだろうし、捕まっているものもいるだろう。
 それらを探すのもいいが、血気盛んな連中だ。派手に一暴れすれば、この機に乗じようと、寄ってくると思う。
 砦自体は堅固で倒すのは難しいだろうが、兵士の質は、あまり良くない。
 私がイビルを連れても、なんとか突破できたくらいだ。
 まずはあの砦に潜入し、内部から火を点け、騒ぎを起こす。仲間が捕まっていたら、解放し、一緒に戦う。
 上手く混乱に乗じれば、砦を落とせるかもしれない」
 イビルは呆れたように呟いた。
「……昨日のお前は、どこいっちまったんだ?」
「あ、あれは……」
 途端、赤面する。どこもかしこも真っ赤になったエビルが、平静を装おうとする様は妙におかしい。
「まー、そんな感じのお前の方が、頼りになるな。あたいは突っ込んで玉砕しか考えていなかったし」
「それは困る」
「わーってる。あたいだって死にたいわけじゃねーからな」
 ただ、死んでも叶えたいことがあるだけだ。
 あの要塞は、未だ彼らの家の上に鎮座している。それを見るだけで、抑えようのない怒りが沸き立つ。
 殺された人々の顔を思いだし、胸に刻み込む。死ぬ最期の一瞬まで忘れないように。
 今にも飛び出したい衝動を抑え続け、細い三日月が、ようやく真上に上った。
「よし、いこうぜ」
「ああ」
 二人は静かに、駆けだした。
616「一枚の思い出」 21:04/10/25 09:08:50 ID:jhWmbiK0
 その三日月が、照らす別の影。
 二つは長身の女性。一つは小柄な少女。もう一つは、岩の塊のような老人。
 イビル達とは逆側の崖の上に立って、例の要塞を見下ろしていた。
「あらま、困ったもんねぇ」
 紫色の長髪が、ゆるい風になびいていた。
「どうします? もう同盟とか、無意味っぽくなっちゃいましたけど」
 その傍らに立っているのは、例の画家だった。
「でもね、私の領地の目と鼻の先で好き勝手されて、放っておくのも度量が狭いと思わない? ねぇ?」
 少女は同意するどころか、返事すらしない。ただじっと、眼下を見つめている。
「あんなデカブツ、ただの山賊が持つにしては、分不相応だし、どこかの国が、嫌がらせに送り込んだものね。
 ちょうどいいから、同盟相手を潰した敵として、処理するわ」
「それで晴れて、ここも領地に組み込もうって寸法ですか」 
「まぁ、遠からず、そうなる運命だったわけだし。大義名分もあるわ、名声も上がるわで、一石二鳥よね」
 そこで初めて、老人が口を開いた。
「では、領地に戻って、戦力を整えますか?」
「そうねぇ……」
 僅かに逡巡すると、状況の方が変化した。
 砦の各所から、火の手が上がったのだ。
「どうもそんな暇はないみたいね。せっかくだから、便乗しましょ」
「御意」
「はいはい」
「……」
 三者三様の返事が返ってくる。
 紫の女性が軽く手を翻すと、闇の色をしたマントが広がり、四人を包み込んだ。
 女性が軽く地を蹴ると、もう空には一つ分の影しかない。
 やがてその影も、闇の中へと落ちて溶け込んでいった。
617「一枚の思い出」 22:04/10/25 09:09:38 ID:jhWmbiK0
 二人の襲撃は、予想外に、順調に進んでいた。
 エビルの鎌は、音もなく見張りを無力化し、イビルの炎は、騒ぎの中に混乱を引きだしてゆく。
 狭い通路の中で炎が渦巻けば、大概のものは狼狽する。
 その隙をついて、二人の槍が、鎌が、敵を蹴散らしてゆく。
 弧を描くエビルの鎌が、周りを薙ぎ倒し、イビルの槍が、急所を見つけてそこを貫く。
 共に戦うのは初めてなのに、まるで生まれて以来の戦友であるかのように、二人の息は合っていた。
 そして予想以上に、敵は弱かった。こんな奴らごときに、と悔しく思うほど。
 内部を攪乱すれば、脆いだろうという、エビルの予想は当たっていた。
 また、火を点けたことで宿主であるヤドカリが暴れ出したことも、混乱に一役買っていた。
 だが期待していたような、援軍は来ない。囚われている仲間も見つからない。あるいは捕らえられてなどいないのか。
 弱くても数はいる。中の構造も掴めず、闇雲に移動しているせいで、焦りと疲労が、刻一刻と募ってゆく。
 イビルのふさがっていない傷から、血と痛みがにじみ出始めているのが分かった。
「ちぃっ……」
「イビル、こっちだ」
 煙に紛れ、物陰に潜んで息を整える。
 何人殺したか憶えていないほど、たくさん殺した。鎌が血で濡れて重くなるほどに。
 たった二人でやったにしては十分すぎる戦果だが、イビルは満足していない。
 全て殺すか、殺されるか。それが終わりだと分かってはいるが。
「よし、いくぞ」
 僅かに休んだだけで、またイビルは飛び出そうとする。
「あ、イビル、まだ……」
 もしかしたら、エビルは少しだけ、生きたいと思ってしまったかもしれない。
 その躊躇いが、エビルから鋭さを僅かに奪っていた。普段なら気づいていたかもしれないのに。
 イビルの足が、床に沈んだ。
「わっ!?」
 エビルは逃れようとしたが、遅かった。
「っ!!」
 床がそのまま泥土のようになって、二人の足を飲み込んで、捕らえた。束縛魔法の一種。
 いまさら背後から詠唱が聞こえた。冷たい戦慄が背中を走る。
 二人の中央で光球が膨らみ、弾けた雷が、二人の全身を引き裂いた。
618「一枚の思い出」 23:04/10/25 09:10:43 ID:jhWmbiK0
 一度崩れると、後はどうしようもなかった。溜まっていた疲労と、傷と、新たに与えられた傷が、力を奪う。
「っくしょう……」 
 自分で思っていたよりも、はるかに弱々しい声だったことに、イビルは舌打ちしたくなる。
 まだこんなにいたのかと呆れるほど、ぞろぞろと敵が出てくる。
 自分もろとも全員焼き尽くしてやりたいのに、首を掴んで持ち上げられても、炎の欠片すら出なかった。
 下卑た顔が、笑っている。腹の傷をえぐられても、痛みに呻くのが精一杯で、唾を吐きかけてやる体力もない。
 こんな奴に殺されるのか……と睨みつけた男の顔が、怪訝な、そしていやらしい笑いに変わる。
「おい、こいつ、女だぞ」
 嘲るような歓声が起こった。言葉の意味に気づいて暴れようとするが、力がまるで入らない。
 無遠慮な腕が、胸元から一気に服を引き裂こうとしたとき、
「ええーっ、それほんとぉ?」
 心底残念そうな、場違いな女の声が聞こえた。
「あー、もうっ。ちょっと小生意気そうな男の子を調教できる楽しみにありつけるなら、
 こんなむさ苦しいところに来た甲斐もあったかな、って思っていたところだったのに……どーいうこと、それ!?」
 いつの間にか現れた四つの影に、誰も手を出せず遠巻きにしている。
 絵筆を抱えた画家に老人、無垢な少女に、美貌の女性。
 かなり奇妙な取り合わせだが、不思議と威圧感があった。
「ルミラ様。目的見失ってるって」
「だって、戦場にも一輪の花って必要じゃないの」
 そう力説している女の名に、周囲がざわめく。
 ルミラという名前は、このならず者達にも聞き覚えがあった。
「ルミラ・ディ・デュラル……?」
 誰かが呟いた。
「ご名答」
 ウインクついでに軽く返ってきた返事に、戦慄が湧き起こった。
 この地一帯を支配している、デュラル家の当主、ルミラの名は、遠くまで知れ渡っている。
 名門、デュラル家の名もさることながら、主に美貌と美少年好きと、恐るべきヴァンパイヤとしての戦闘力と。
 そのルミラが、なぜここに?
「それじゃ、他の適当に始末しちゃって」
 それが答えだった。
619「一枚の思い出」 24:04/10/25 09:12:45 ID:jhWmbiK0
 まるでちょっとそこのゴミ拾っておいて、と言うような軽い口調に、唖然とする間もなく三人が動き出す。
「フンッ!」
 老人が全身の筋肉に力を込めた。ミシミシと音を立てて、固い筋肉がふくらんでゆく。
 はち切れんばかりの園両腕を目の前に突き刺し、空間を割り開くと、その狭間から、騎士の鎧が現れた。
 ガシャリと擦れる音を立てて展開した鎧は、扉を閉ざすような勢いで、老人をその中に飲み込んだ。
 分厚い金属の塊が、瞬く間に分厚い老人の筋肉を覆い尽くした。
 ほんの一瞬で、重装の鎧騎士と化した老人は、軽く腕を一振りした。
 その一撃は、体格だけなら老人の一・五倍ほどある熊によく似た獣人を、身体ごと壁にめり込ませ、
 拳がめり込んだ分の血反吐と内臓を空中にばらまかせた。
「バベルはそのまま、この暴れている生き物、止めてきてね。歩きにくいったら」
「御意」
 バベルと呼ばれた老人は、重々しい音を立てて歩き出す。
 向かってくるのは主に、彼より体格の大きな、無謀で知能の足りない魔物だったが、
 それらをことごとく、その拳で粉砕しながら、真っ直ぐに進んでいく。
 遮る者は、敵であろうと壁であろうと、例外なく砕かれて。
 歩みはゆっくりとしたものであるのに、誰もその後を追おうとはしなかった。
 対照的に、この場に残ったのはひ弱そうな女性三人。
 中でも小柄な朴訥な少女は、いかにも与しやすそうに見えた。
 ルミラの部下の一人とはいえ、これならばと、一人が巨大な斧を振りかざして撃ちかかる。
 はたしてその一撃は、あっけないほど簡単に、その少女を粉砕した。
 木片とバネと細い鋼線が飛び散った。
 人形の少女を砕いて、その男は意気を上げるが、だが、その木片が浮き上がった。
 ばらまかれた無数の鋭い部品が、唖然とする男の周囲で回転する。
 小型の竜巻が生じた後には、元通りに組上がった人形の少女が男のいた場所に組み上がり、
 肉片と骨と血液とが、代わりに周囲にばらまかれた。
 きりりと首を軋ませて、少女が次の対象を探す。次の呪詛返しの対象を。
「さて、お次は私の番かしらね」
 画家が当然のように、絵筆とパレットを手に取った。
620「一枚の思い出」 25
 あまりに違和感のあるその態度は、戸惑いと戦慄を呼び覚ます。
 彼女は赤と紫をその筆に乗せて、パレットの上で混ぜ合わせた。
 不気味に彩られた色彩が、あるグロテスクなものを描いてゆく。
「ほいと」
 そこに画家は手を突っ込んだ。パレットを貫通しているほど深く。
 だが、手の先は抜けてなどいない。ちゃんと、赤と紫の中に潜り込んでいる。
 そして、なにかを引きずり出した。
 途端、苦悶の叫びが周囲に満ちる。彼女を囲んだ兵達が、胸を押さえて苦しんでいた。
 彼女がそれを投げ捨てると同時に、兵達の身体が地にくずおれた。
 血にまみれたその物体は、赤と紫の混じり合った心の臓。
 兵士達は血の一滴も出していないのに事切れて、画家の右手だけが無傷なのに血にまみれていた。
 さすがのルミラも顔をしかめる。
「えぐいわねー」
「芸術ですよ、芸術」
「これがぁ?」
 と、二人が談笑している傍らで、残った兵士達が殺し合いをしていた。
 魅了の瞳に覗かれて、誰が敵とも味方とも分からずに。
 軽く二十人以上が、ほんの一瞬でルミラに支配され、操られていた。
 なにげなくやってはいるが、これ以上ないほど効果的に、しかも効率のよい、殺戮。
 イビル達とは異なる次元の、力がそこにあった。
 明らかに異質な戦場を、散歩するような気楽な表情で二人が歩いてきた。
「赤いのに青いのじゃない。久しぶり」
 画家が軽く手を振った。
「あらメイフィア、知り合い?」
「前に下見に行ったじゃないですか……同盟組むのに信用できる相手か、調査するためにって」
「あぁ、そういえば」
 ぽんとルミラが手を打った。
 自分たちが血反吐を吐いて倒れているのに、なんでこんなに簡単にと、悔しく、情けなく思う。
 格が違うのが分かってはいても、許せなかった。何よりも、無様な自分自身が。
「余計なこと……するんじゃねぇ」