サイレント葉鍵

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66名無しさんだよもん:04/08/14 11:38 ID:MF80XlfZ
 部活があるという名雪と別れて、下校する。こんな事件があった日でも、学校というものは正常に機能するらしい。
気がつけば、再び街は霧に覆われていた。
 この霧が出ると、いつも不可思議な体験をする。もしかしたら、この霧が全ての元凶ではないのだろうか。
 とにかく、もうこれ以上余計な事に関わらないように、俺は家路を急ぐ。
「……何だ?」
 目の前の道路に、犬のような何かがうずくまっている。しかし、犬にしては妙に大きい。
ちょっとした大型犬くらいはありそうだ。
 このまま進んでは、きっと酷い目にあう。そう思って振り向くと。
「なっ、そんな馬鹿な!」
 背後の道路は陥没し、底も見えないような奈落の谷に姿を変えていた。
確かに今歩いてきた場所なのに、そんな馬鹿なことがあるものか。
 背後から、グルル……という唸り声が聞こえる。振り向けば、犬のような何かがこちらを睨みつけ、牙をむいていた。
これ以上、下がる事もできない。逃げ場は無い。
「グワァッ!」
 唐突に飛び掛ってくる何か。その体毛は金色に輝き、まるで狐の化け物かと見紛う。
「ぐっ!」
 牙がかすめ、俺の腕を切り裂く。滴り落ちる血が、道路を濡らす。
 このまま逃げ続ける事にも、限界があるだろう。何しろ唯一の逃げ道は、あの獣に塞がれている。
だとすれば、何とかして排除する以外にない。
 俺はポケットの中の拳銃を手にする。じりじりとにじり寄ってくる獣。
慎重に銃の狙いをつけ、そして獣は飛び掛ってきた。
 パーンッ!
67名無しさんだよもん:04/08/14 11:39 ID:MF80XlfZ
 狙い澄ました弾丸は、真っ直ぐ獣の体内へとめり込んでいった。
「……やったのか?」
 道路にうずくまり、息も絶え絶えといった感じの獣。やがてその体は霧に包まれると、姿を変えた。
「お前は……」
 そこには、あの日商店街で出会った……少女の姿があった。
確か、真琴とかいったはずだ。
「おい、大丈夫か! しっかりしろ!」
 慌てて駆け寄る。しかし彼女の体から溢れ出る血は、大きな血溜まりを作っていく。
「あぅ……祐一……?」
「お前、何で俺の事を……こんな……」
 微かに身じろぎし、俺の腕を掴む。
「あなただけは……許せないんだから……あたしを捨てた、あなただけは……」
 徐々に、霧が晴れていく。それと共に、少女の姿も薄くなっていく。
「許せない……許せないのよぅ! 何で捨てたの! あたしは、祐一と一緒にいたかったのに……」
 俺はそっと消えゆく彼女に手を伸ばす。そっと頬に触れると、少女は……真琴は微かに微笑んだ。
「美汐じゃ、駄目だったの。だから殺しちゃった。やっぱり、祐一じゃ、ない、と……」
 そして掻き消すように、彼女の姿は消えてしまった。辺りは霧も晴れ、いつもの通りに戻っている。
「何だよ、何なんだよ! 俺の見ているものは、何だっていうんだよ!」
 俺はただ、叫ぶ事しかできなかった。
68名無しさんだよもん:04/08/14 11:39 ID:MF80XlfZ
 夜の闇に包まれた街の中を、一人歩く。俺は自分を見失いかけていた。
 信じられないようなことばかりが起こり、俺の精神をずたずたにしていく。
そんな現状に、俺はもう耐えられなかった。
 誰でもいいから、俺を罰して欲しい。北川を殺し、真琴という少女を殺した俺を。
 ポケットから、あの手紙を取り出す。
『雪の降る街で、あなたの事を……。こんな事を言う資格なんて……
それでも、……に会いたいから。あの思い出の……いつまでも待って……』
 手紙の文字が、消えている? 雪で滲んだのかとも思ったが、そうではない。物理的に消えているのだ。
 もしかしたら、これも幻覚なのではないだろうか。俺はまた、夢と現をいったりきたりしているのではなかろうか。
 目の前の道路を、一人の少女がふらふらと歩いている。どこか危なげなその足元。
予想通り、その少女は雪道に倒れこんでしまった。慌てて駆け寄り、抱き起こす。
「大丈夫か?」
「はい、平気です……」
 うちの高校の制服を着ている少女。リボンの色からすると、三年生だろうか。
「佐祐理ったら馬鹿ですから、こんな事で人に迷惑かけちゃうんですね」
 どこか自虐的な言葉。捕まえていないと、どこかに消えてしまいそうなその存在。
「佐祐理は、罰せられなければならないんです。一弥を殺してしまった佐祐理には……」
「よく分からないけど、佐祐理……さん? あまり思いつめるのは、よくない。さぁ、家に帰るんだ」
「帰る家なんて、ありません。もう、佐祐理は生き続けることに疲れたんです」
 ひたすら自分の存在を否定する言葉を続ける彼女。その姿が何だか、自分を見ているようで、胸に痛い。
「舞が来てくれれば……佐祐理も楽になれるのに」
「舞……?」
69名無しさんだよもん:04/08/14 11:40 ID:MF80XlfZ
 ぞわっ!
 背後から、猛烈な殺気が突き刺さってくる。慌てて振り向くと、そこにはあの剣を持った少女の姿。
「あ……うっ!」
 思わず後ずさる。その少女に感じる、本能的な恐怖。毛穴が音を立てて開いていくように感じる。
「ああ、舞……!」
 佐祐理さんは、そんな少女に向かい合う。
「佐祐理を、罰しに来てくれたんですね?」
 舞と呼ばれた少女は、何も答えずに剣を構え、俺に狙いを定める。
「どうして……どうしてこの人なんですか? 佐祐理をこの罪から解き放ってくれないんですか、舞?」
「……その男が、罰を欲しがっているから」
 舞はゆっくりと言葉を紡ぐ。俺が、罰を欲しがっている?
「舞、お願いだから佐祐理を罰して! お願い……」
 ゆっくりと舞は首を振る。佐祐理さんは、がっくりと道路に座り込む。いつの間にか、辺りは霧に覆われていた。
「嫌だ……俺はまだ、死にたくない……」
 じりじりと迫ってくる舞。霧の中のその姿は、どこか幻想的にも思え、そして何よりも恐怖を感じさせる。
 あれほど俺は罰を求めていたのに、死と向き合った今は、それから逃げようとしている。
 そして舞は、一気に距離を詰め、剣を振りかぶった。
「舞っ!」
 スローモーションのように感じる一瞬。佐祐理さんが、俺の前に飛び出してくるのが見える。
 そして彼女は、ざっくりと舞の剣に貫かれていた。
「あ、あはは……ようやく、佐祐理も解放されるんですね。この罪から……」
 どさっと雪の中に崩れ落ちる佐祐理さん。溢れ出る血が、雪を真っ赤に染めていく。
「一弥……お姉ちゃん、今行くからね……」
 俺はただ、その光景を眺めていた。そして舞は面白くもなさそうに剣を引き抜くと、俺の方を向く。
「あなたに、罰を……」
70名無しさんだよもん:04/08/14 11:41 ID:MF80XlfZ
「祐一さん!」
 霧の中に響く、知った声。この声は、栞だ。
「早くこっちへ! もうすぐ霧が晴れます!」
 大慌てで舞の前から逃げ出し、声の方へ走る。ゆっくりと追いかけてくる舞。
 角を曲がったところから、こちらを手招きしている栞。
「栞、お前は……」
「お話は後です。さぁ、逃げましょう!」
 栞に手を引かれ、走り出す。どんどんと離されていく舞。その姿を振り返りながらも、俺は足を止めない。
「あいつは……舞っていうのは、何者なんだ?」
 走りながら、栞に問いかける。
「彼女はあなたの罪の意識が生み出した魔物。クリミナル……」
 やがて舞の姿が消え、俺達は走るのを止めた。
 肩で息をつきながら、栞の姿を眺める。もし香里の言っていた事が真実ならば、ここにいる栞は……。
「栞、お前は一体……」
「私は、私ですよ。美坂栞です」
「でも、お前は死んだって、香里が……」
 栞はふふっと微笑む。
「そうですよ。でも、死んだ人間がここにいちゃいけないなんてこと、ありませんよね?」
 でも、それはおかしな事だ。死人が現世に再び現れるなんてことは、ありえない。
「でも、祐一さんはもうひとり、死んだはずの人間に出会っているはずですよ?」
 死んだはずの人間に、出会っている? 栞以外に、そんな存在がいるとでもいうのだろうか。
 思いつきもしない。そんな事、分からない。
「ここはそういう街なんです。全ての罪と愛が集う街……」
 俺には、罪だけしか存在しない。だから、この街に呼ばれたのだろうか。
あの手紙。あれもこの街という場所そのものが生み出したものなのかもしれない。
 しかし、この俺の罪の記憶は、何処から生まれているものなのだろう。記憶の中に、刻み付けられたかのような傷。
「そろそろ霧が晴れます。また、しばらくお別れですね」
 栞は俺から離れ、笑顔で手を振る。
「さようなら、祐一さん。また霧の中で会いましょう」
 そして霧が晴れると共に、栞の姿は掻き消えた。
71名無しさんだよもん:04/08/14 11:43 ID:MF80XlfZ
 香里の様子は、いつもと変わらないように見えた。北川が死んでから、多少は落ち込んでいるかと思ったのだが。
俺に対する眼差しも、以前のように戻っている。
 その日の昼休み、名雪がうきうきと弁当を広げていた。
「今日もお母さん、私の好物ばかり入れてくれたよー」
「……名雪、あなた……」
 それっきり、香里は黙り込む。
 どこか不自然にも感じたが、特に気にすることもないだろう。
「相沢君、後でちょっと話があるんだけど」
 香里が俺の耳元に口を寄せ、そう囁く。
「ああ、それじゃあ放課後にな」
「祐一、何こそこそお話してるの?」
「名雪には関係のないことだ」
「うー。わたし、お邪魔虫?」
 うーうー唸る名雪は放っておいて、俺達は授業に戻る。
 香里から話か……少々気になる。そして放課後。
「話って、何だ?」
 俺達は屋上に来ていた。風を受けて、香里は目を細める。
「栞の、話か?」
「そうね、それもあるわ」
 香里は俺に振り向き、言葉を続ける。
「相沢君が何で栞の事を知ったのか……それはもういいわ。
でも、もしも栞に会ったというのなら、その方法をあたしにも教えて欲しいの」
「会って、どうするんだ?」
 香里は目を伏せる。どこか悲しげなその表情。
「あたしは、栞が死ぬことから目を背けてきたの。栞の病気を、直視しようとしないで」
 夕焼けが、辺りを照らす。香里の顔も、赤く染まっている。
「謝りたいのよ。あの時、あなたを見てあげられなくて、ごめんなさいって……」
72名無しさんだよもん:04/08/14 11:44 ID:MF80XlfZ
 その香里の気持ちは、痛いほど俺の胸に突き刺さる。大切な人を、見捨てるしかなかった香里。
その気持ちは、どこか俺の中の何かを揺さぶる。
「栞は、霧の時に現れる。それ以外は、よく分からない」
 俺にも、確実に栞と会う方法は分からない。ただ、霧の時にまた会おうという言葉。
それだけが、道しるべとなる。
「そう……それと、こっちが本題なんだけど」
 香里はじっと俺の目を見る。そして。

「名雪は……まだ秋子さんが死んだことを受け入れられないの?」

 俺は、耳を疑った。秋子さんが、死んだ? そんなはずはない。俺は毎日秋子さんと顔を合わせている。
そんな彼女が、死んでいるはずはない。
「死んだって、何の冗談だよ? 言って良い事と、悪い事が……」
「商店街の交差点で、車に跳ねられて死んだのよ。どうしたの、相沢君?」
 そんな馬鹿な……。しかし、香里が冗談を言っているようには見えない。
ならば、俺が見ている秋子さんは何だ? 栞と同じく、死んだ人間だとでもいうのか?
 その時、栞の言葉を思い出す。
『でも、祐一さんはもうひとり、死んだはずの人間に出会っているはずですよ?』
 まさか、そんな……。
「相沢君、名雪のこと、何とかしてあげて。あのまま妄想の中で生きていたら、きっとあの娘壊れちゃうから」
 その言葉を背に、俺は屋上から出る。名雪の心。それを癒す資格が、俺にあるのだろうか。
73名無しさんだよもん:04/08/14 11:44 ID:MF80XlfZ
 水瀬家に帰ると、名雪が台所で料理していた。
「祐一、もうすぐできるから、待っててね?」
「……名雪、秋子さんは?」
「えっと、祐一のお部屋のお掃除してると思うよ?」
 俺は階段を上り、部屋のドアを開ける。そこには、机の上に放り出してあったあの手紙を眺める秋子さんの姿。
「……秋子さん」
「あら、お帰りなさい、祐一さん」
 俺はドアを閉め、秋子さんに向かい合う。
「このお手紙、誰からなのかしら?」
「俺にも、分かりません。それを探すために、この街に来たんですから。それよりも秋子さん、
お話があるんですが」
 秋子さんの瞳を見つめ、言葉を続ける。
「あなたは、死んだんじゃないんですか?」
「……」
 困ったような顔で、秋子さんは俺を見る。そしてゆっくりと口を開いた。
「私は名雪の心の中の姿。あの娘が私を望んだから、霧の海から生まれたの」
「それが、正しい事なんですか?」
「あの娘はまだひとりじゃ生きられないわ。祐一さんがあの娘を守ってくれるなら、それが一番だけど」
 秋子さんはドアを空け、部屋の外に出る。
「その手紙を見て、祐一さんも昔の事を思い出したのかしら?」
 昔の、事……?
 ズキンと、胸の奥が痛んだような気がした。
74名無しさんだよもん:04/08/14 11:45 ID:MF80XlfZ
「月宮あゆちゃん。祐一さんと、とても仲良しだったあの子。思い出した?」
「あゆ……月宮、あゆ……?」
 頭が痛い。何か思い出す事を、必死で体が拒んでいるような。
 朦朧とする意識の中、必死であゆという名前を繰り返す。
『祐一くん!』
「あゆ……なんで、俺は忘れていたんだ?」
 月宮あゆ。昔、俺がこの街にいた頃、よく一緒に遊んだ少女。
 そして俺が引っ越す時に、別れ……別れ? よく思い出せない。
「秋子さん、あゆは今、何をしているんですか?」
 秋子さんは口ごもる。
「秋子さん!」
「……まだ、全部を思い出してはいないのね。あのね祐一さん、あゆちゃんは……」

「はぁっ、はぁっ……」
 俺は病院へ向かって走っていた。目指すのはひとつの病室。
『あゆちゃんは、意識不明なの。あの日、木から落ちて……』
「はぁっ、はぁっ!」
 病院に飛び込み、教えてもらった病室を目指す。
「……あゆ……」
 そこには、真っ白なベッドの上で、瞳を閉じる少女の姿。
 真っ白な肌の色、か細い腕。ベッドの上の生活が長い事を、物語っている。
 そっとその側に寄り、その腕を取る。僅かに体温を感じさせるその腕。
「あゆ、お前が俺を呼んだのか?」
 少女からの返事はない。静かな病室。窓の外は、真っ白な霧に覆われている。
「彼女が呼んだんじゃありませんよ」
75名無しさんだよもん:04/08/14 11:46 ID:MF80XlfZ
 その声に振り向くと、病室の入り口に栞が立っていた。
「この街に祐一さんを呼んだのは、祐一さん自身です」
「……なんだって?」
 ゆっくりと病室の中に入り、俺の隣に腰を下ろす。
「あのお手紙、まだ持っていますか?」
 ポケットの中から、手紙を取り出す。そして開いてみると。
「……?」
 手紙には、何も書いてはおらず、ただ真っ白な紙が広がっていた。
「なんだよ、これ……?」
「祐一さんも、気がつき始めているんです。真実に……」
 真実? あゆのことを思い出した俺に、まだ何か思い出していない事があるのか?
「栞は、何か知っているのか」
 くすすっと栞は微笑む。
「あの場所へ、行ってみたらどうですか? あゆさんと遊んだ、そしてあゆさんが意識を失った、あの場所へ」
76名無しさんだよもん:04/08/14 11:47 ID:MF80XlfZ
 俺は霧の中、栞とふたりであの場所へと向かっていた。
 途中で化け物のいくつもの気配を感じ、そのたびに蹴り殺した。
 どこかそうすることが、喜びとなっている事を感じながら。
 そして、俺達はその場所へと辿り着いた。大きな切り株。そこには、一本の木が立っていたはずだった。
「ここが、あゆの落ちた場所……」
「本当に、落ちたんでしょうか?」
 その栞の言葉に、彼女の顔を見る。
「祐一さんは、まだ思い出してはいないんですね。あの時、ここで何が起こったのか……」
「……何が、起こったんだ?」
 栞はうーんと口元に指を当てて、考え込む。
「祐一さんが私のものになってくれるなら、教えてあげてもいいですよ?」
「……構わない。教えてくれ、栞」
 俺は即答した。この胸の内のざわめくもの。それの正体を知るためならば、俺は……。
 栞はにっこりと微笑む。そして、口を開いた。

「あゆさんは、祐一さんが突き落としたんですよ」
77名無しさんだよもん:04/08/14 11:48 ID:MF80XlfZ
 俺の頭の中が、スパークする。記憶の堰が切れ、怒涛のように溢れ出してくる。
『祐一くん、もういなくなっちゃうんだね』
『仕方がないだろ。親の決めた事なんだから』
『でも、ボクは祐一くんと離れたくないよ……』
『わがまま言うなよ。どうにもならないんだ』
『でも、でも……』
 必死で俺にしがみつくあゆ。俺達は木の上に登っていた。そこで眺める、街の景色が好きだったから。
『嫌だよ、行かないでよ祐一くん!』
『あゆ……』
 いつまでたっても、離れようとしなかったあゆ。俺も深い悲しみを感じていた。分かれるのが辛いならば、
その悲しみを消したいと思っていた。
 そう、あゆがいるから俺は悲しいのだ。だから、彼女がいなくなれば……。
 子供の、幼稚な考え。子供の残虐性。それが、その行動を引き起こしたのだ。
『あゆ、さようならだ』
『えっ、祐一くん……!』
 ゆっくりと木から落ちていくあゆ。俺はその姿を、じっと眺めていた。
 口元に、薄笑いさえ浮かべながら。
78名無しさんだよもん:04/08/14 11:49 ID:MF80XlfZ
「あ……うあぁ……!」
 俺はぼろぼろと涙を流していた。俺が、あゆをあんな酷い目にあわせたんだ。
「祐一さんは、その事をずっと心の中で悔やんでいたんですね。だから、あの手紙が生み出された。
祐一さん、あの手紙はあなたが生み出したものなんですよ? この街に残る後悔を、忘れなかったから」
 俺はポケットから手紙を取り出す。真っ白な、何も書いていないそれ。手に取ると、徐々にその姿はぼやけ、
そして俺の手の中で消えていった。
「街の中の化け物。あれも、祐一さんの心が生み出したものです。祐一さんの中の残虐性の現れ。
その証拠に、他の人には見えないはずですよ」
 俺が叩き潰してきた化け物は、俺自身だったのか。思えば化け物をどこか嬉々として殺してきた俺。
それは、自分自身を痛めつけることを俺が望んでいたからなのか。
「そして、祐一さんは自分が罰せられる事を望みました。その結果生み出されたのが、クリミナル……」
 栞はじっと林の奥を眺める。祐一が振り仰ぐと、林の奥から、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる少女。
「舞……」
 俺はじっと立ち尽くす。彼女が自分を罰してくれるというのならば、それもいいだろう。
 もはや俺には、生きている価値もない。あゆを傷つけてしまった俺には……もう、何もない。
 やがて舞は俺の前に立つ。
「……決心は、ついた?」
「ああ。俺の罪を、罰してくれ」
 舞はゆっくりと剣を振り上げる。俺は目を閉じ、その時を待つ。
 そして舞が剣を振り下ろす音が聞こえ……。
79名無しさんだよもん:04/08/14 11:49 ID:MF80XlfZ
 ……何も起こらない。俺はゆっくりと目を開ける。
 そこには、自らの腹を剣で突き刺し、倒れる舞の姿があった。
「何で、こんな……俺を罰するんじゃなかったのか」
「……祐一、あなたは生きて苦しむの。永遠の責め苦の中に身を置く……それが、あなたの罰……」
 血の海の中、ゆっくりと舞は事切れる。俺を罰するものは、いなくなってしまった。
 もう、俺は永遠の罪の意識の中で生き続けるしかないのだろうか。この命が尽きるまで。
「祐一さん、約束、覚えていますか?」
 栞が俺の前に立ち、そう言う。
「私のものになってくれるって、約束です」
 もう、どうでもいい。何もかも。
「ああ、好きにしてくれ……」
 栞は満面の笑みを浮かべる。
「それでは、行きましょうか」
 栞は俺に顔を寄せ、そっと唇を重ねる。口付けを交わし終えると、俺の体は糸が切れたように、
ゆっくりとその場に崩れ落ちる。
 俺を見下ろす栞。どこか緩んだ唇、風もないのに、ゆったりとたゆたうショートボブの髪、冷たくも潤んだ瞳。
「私のいる場所は、ちょっと暗くて冷たいですけど、祐一さんと一緒ならきっと楽しいですよね」
 次第に、体の力が抜けていく。胸の鼓動も、弱まっていくのが分かる。
「さぁ、行きましょう。祐一さん」
 そして俺は、暗闇の中へと落ちていった。
80名無しさんだよもん:04/08/14 11:50 ID:MF80XlfZ
 その病室の、眠り続けていた少女が目覚めたという事は、病院中の話題になっていた。
 もう何年も意識不明を続けていた少女。それが不意に目覚めたのである。
「祐一くん……どこなの……?」
 彼女が最初に発した言葉。それは、ただひたすらに愛するものを求める言葉。
 しかし、もう彼がその言葉に答えることはない。
 愛も苦しみも、絶望も後悔も。全ては、儚い霧のように消え去っていく。
「祐一くん……ボク、寂しいよ……会いたいよ、祐一くん……」
 たとえ全てが許されるとしても、もう時計の針は戻らない。
 すべては、霧の海の中に……。


 ここは、サイレントヒル…… 全ての罪と愛が集う街……
81名無しさんだよもん:04/08/14 17:27 ID:jtOiT+rd
見事なクロスオーバーです。ちょっと感動した。
82名無しさんだよもん:04/08/14 22:34 ID:6OA0QRQW
GJ!
面白かったです!!
83名無しさんだよもん:04/08/15 00:08 ID:wxUUddvo
久しぶりに良い長編を見たよ。GJだね!
84名無しさんだよもん:04/08/15 02:08 ID:b9kxkwsX
面白かった!!GJ!>>43
85名無しさんだよもん:04/08/15 13:19 ID:5hl2z5R2
うんん・・・GJ!
設定としてはサイレントヒル2かな?
文字が消える手紙とか・・・。

まぁ、なんにせよもう一度GJ!
86名無しさんだよもん:04/08/18 02:21 ID:zxzrUwKo
>>43
面白かったよ。
なんつーか、話の組み立て方がうまい。
また気が向いたら短編でもいいから書いてね。


久々にPS立ち上げて初代サイレントヒルやったけど、
オープニングデモの曲いいよね。
マンドリン(フラメンコギター?)の使い方とか。

2以降はなんか小奇麗すぎて、あんま気分悪くならないので嫌(w
初代の大味なとこが良いのになあ。
(そういやデザイナー変わったんだっけ)
ちょっと前、オカ板でサイレンが良いとかいう話があった。
87名無しさん@初回限定:04/08/23 11:37 ID:VNFaA5Ch
「ここが、サイレントヒル……」
 私は、神岸あかり。ごく普通の高校生。
 今私は、冬休みを利用してとある街へとやってきている。
 サイレントヒルと呼ばれる街。本当の名前は、別にあるらしいけれど、
いつの頃からかそう呼ばれている場所。
 昔は観光地として有名だったらしいけれど、今はちょっと寂れている。
 何故、そんな場所に私が来たのか……。
 私には、好きな人がいた。ずっと小さな頃からの、幼馴染。いつかは私の事を
振り向いてもらいたいと思っていた人。
 どこか不器用だった彼は、私の気持ちには気がついてはくれなかった。けれども、
私は諦めなかった。この思いが届くと信じて、疑わなかった。
 近くて遠いふたりの距離。過ぎてゆく日常。
 しかし、それは唐突に終わりを告げた。
 夏のある日、彼は死んだ。殺されたのだ。
 警察も捜査をしたけれど、結局犯人が見つかる事は無かった。
 いつも隣にいた存在が、ぽっかりと抜け落ちてしまった感覚。私はただ日々を過ごした。
 そして季節は巡り、冬が来て。私はある噂を耳にした。
『失ったものが、見つかる場所 それが、サイレントヒル』
 それに縋るように、私はここに立っている。
88名無しさんだよもん:04/08/23 11:38 ID:VNFaA5Ch
「凄い霧……」
 バスから降り立った私を出迎えたのは、街を覆う乳白色の霧だった。それは幻想的ともいえるのだろうけれど、
どこか吸い込まれてしまいそうな、そんな感覚を受ける。
 さて、これからどうしよう。ここに来れば彼と出会える、そんな淡い期待はあったけれども
具体的にどうすればいいのかまでは考えていなかったから。
 街へと続く小道を歩く。うっそうとした木々に囲まれ、静けさと霧に包まれた道程。
 何だか、ちょっと怖い。どこか別の世界に通じているような、そんな気がして。
 ……どれだけ、歩いただろう。急に目の前に、ぽっかりと広がった広場。
 そこはどうやら教会の敷地のようだった。霧の中にぼやける教会の尖塔と、辺りに立ち並ぶ墓石。
 そこに、ひとりの人影が佇んでいた。
「……誰?」
 こちらを振り向く人影、どうやら私と同じくらいの年頃の女の子みたい。
「あ、ごめんなさい。ちょっと道に迷っちゃって。街へは、この道を行けばいいんですか?」
 私はその娘に尋ねる。
「えっと、そこの道を真っ直ぐ歩けば街に行けるけれど……今は、行かない方がいいと思うよ?」
 何でこの人は、そんな事を言うのだろう。
「今、街は何だか変な事になってるみたいなんだよ」
「変な事?」
「そう。この霧のせいだと思うけれど、ちょっと様子がおかしいんだよ」
 よく分からない。様子がおかしいって、どういうことなのかな。
 それでも、私はあの街に行かなくちゃならない。どうしても、会いたい人がいるから。
 私はその娘の教えてくれた方角へと、歩みを進める。
89名無しさんだよもん:04/08/23 11:38 ID:VNFaA5Ch
「ちょっと待ってよ。本当に変なんだよ?」
「それでも、私は行かなくちゃいけないの。大切な人が、この街にいるかもしれないから……」
 それを聞いた女の子は、どこか悲しげな表情を見せる。
「それじゃあ、私と同じだね。私もこの街に、会いたい人がいるんだよ」
 もしかしたら、彼女も何か大事な人を無くしたのかもしれない。私と同じように。
「私は長森瑞佳だよ。あなたのお名前は?」
「神岸あかりです。ねぇ長森さん、もし迷惑じゃなかったら、一緒に街まで行かない?」
 その私の誘いに、長森さんは首を振る。
「私はもう少し、ここにいるよ。気をつけてね、神岸さん」
 長森さんは、その場で私の事を見送る。霧の中、私は街へ向かって歩き出した。
 どれだけ道を歩いたのだろう。ようやく、市街地らしい所へと辿り着いた。しかし、どこか様子がおかしい。
 季節外れの寂れた観光地だけど、何故かまったく人通りがない。車も、人も、何も通らない静かな街。
 長森さんの言っていた様子がおかしいって、このことなのかな。
 とぼとぼと通りを歩く。霧の中、ひとりで街の中を歩いていると、何だか不思議な気持ちになってくる。
「一体、どうしちゃったのかな……?」
 人の気配がない街って、こんなにも違和感を感じるものなの?
 その時、ふと霧の向こうに誰かの人影が見えたような気がした。
90名無しさんだよもん:04/08/23 11:38 ID:VNFaA5Ch
 誰だか分からないけれど、この変な状況のことを聞いてみた方がいいかもしれない。
 私はその後を追う。しかし、いくら走っても追いつけない。まるで砂漠の蜃気楼のように。
「待って! お願い!」
 私の声も、霧の中に吸い込まれていく。そして気がつくと、私は湖のほとりに辿り着いていた。
 さっきまで追いかけていた人影も、こっちへ来たはずなのに、影も形も姿は見えない。
 他に道なんてないのに。まさか湖の中へ入っていったとも思えないし。
「気のせい……だったのかな」
 霧に覆われた湖を眺める。静かに打ち寄せる波。こうしていると、思い出す。彼と幼い頃、
一緒に海で遊んだ事。
 水を怖がっていた私に、泳ぎを教えてくれたのも、彼だったっけ。口では勝手なことを言っていたけれど、
その心は、本当に誰よりも優しかった。
 忘れることのない、大切な思い出……。
「あれ、人がいる……」
 その声に、振り返る。そこには、一人の女の子が立っていた。
「良かったよー。この街、誰もいないのかと思ってたから」
 トテトテとこちらに駆け寄ってくる。どこか眠そうな瞳をした娘。この街の住人なのかな。
「あなたは誰? どうしてここにいるの?」
 彼女が問いかけてくる。それは、私の方が聞きたいことだけど。
「私は神岸あかり。この街に、人を探しに来たの」
「わたしは水瀬名雪だよ。人を探しに来たんだったら、わたしと同じだね」
 あの長森瑞佳という娘と、この水瀬名雪という娘。私たちは、みんな同じ目的のために、この街に来ているみたい。
91名無しさんだよもん:04/08/23 11:39 ID:VNFaA5Ch
「でも変だよね。何で街の中に誰もいないのかな?」
 水瀬さんが、不思議そうな顔で首をかしげる。彼女にもこの異変の理由は分からないらしい。
「みんなでどこかに出かけてるとか……そんな訳ないよね」
 どんなに考えても、説明がつかない。もしかしたら、これは全部夢で、この街の事も目が覚めれば
消えてなくなってしまうのかもしれない。
 でも、それはありえない事。私は、確かにここに立っているから。
「あかりさん、わたしそろそろ行くね。祐一の事、探さなくちゃ」
 バイバイと手を振って、水瀬さんは去っていく。私も、彼を探さなくちゃ。本当に会える保障はないけれど、
僅かでも、幻影でも、もういちど一目会いたいから。
 彼のはにかんだような笑顔を、見たいから。
 当ても無く、霧の街を歩く。ふと見上げた、道路脇のアパート。その窓に、人影が見えたような気がした。
 その姿には、見覚えがあるような気がして。
 私は、ふらふらとそのアパートに足を踏み入れた。
 薄暗い廊下。僅かに蛍光灯が、辺りを照らしている。
 何だか、ちょっと薄気味悪いと思ってしまう。
 古い造りなのか、歩くたびに床が軋んでいるような気もする。
「何だか、嫌な感じがする……」
 人気のない建物って、こんなにも印象が変わってしまうものなのかな。
 キイィ……
 突如として、目の前の部屋のドアが開く。思わず後ずさってしまうけれど、特に何も起こる様子はない。
 そっと部屋の中を覗き込む。人の気配はないみたい。部屋の中、床の上に鈍く光る何か。
92名無しさんだよもん:04/08/23 11:40 ID:VNFaA5Ch
「何かな……?」
 足を踏み入れ、側に寄ってみる。それは、一本の包丁だった。
 何処にでもあるような、ありふれたもの。ただちょっと違っていたのは、僅かに刃の部分に何かがこびりついている事。
「これって、もしかして血?」
 赤黒く変色したもの。確かにそれは、人の血液に間違いなかった。慌てて部屋の中を見回す。
 もしかしたら、これで誰かが刺されているかもしれない。
 しかし、部屋の中はがらんとして誰の気配も感じられない。ぽつんと包丁が置いてあるだけ。
 包丁を手にとってみる。何故か、ズキンと胸が痛んだ。
 ……知っている。私は、この包丁を、知っている。
 手に馴染む感覚。それは、日常的に使っていた道具に感じられるもの。
 その刃を見ていると、何かを思い出せそうな……でも、思い出してはいけないような……。
 私はその包丁を手に、部屋から出ようとした。その時、背後の古ぼけたテレビが点灯する。
『……ザ……ザザ……』
 砂嵐のような画面。ノイズに混じって、何かが微かに聞こえる。
『……町の……高校生……藤……犯……』
 プツリ。注意深く耳を傾けた時には、再びテレビは消え、ブラウン管には何も映らなくなってしまった。
「今の、何だったのかな」
 今度こそ私は、主のいない部屋から、外へと踏み出した。
93名無しさんだよもん:04/08/23 11:41 ID:VNFaA5Ch
 街を覆う霧は、一層深くなっているように感じる。そういえば、この街に来てからどれだけ時間が経ったのだろう。
 時も、季節も、何もかも関係ないように、霧がたゆたっているこの街。
 私は、何をしているんだろう。当てもなく、ただひとりの幻想を追い求めて。
 うつむいていた顔をあげると、目の前に見知った姿。長森……瑞佳さん。
「長森さん! 探している人には、会えた?」
 私の声に、初めてこちらに気がついたような長森さん。その腕には、ウサギのぬいぐるみを抱えている。
「神岸さん……ううん、まだ会えないよ。でに、見つけたものはあるよ」
 私の視線に気がついたのか、そっとぬいぐるみを差し出す。
「これ、バニ山バニ夫っていうんだよ。私の大切な人が、プレゼントしてくれたんだよ」
 愛嬌のあるぬいぐるみ。それをそっと、愛しむように抱きしめる長森さん。
「私と浩平の、大切な思い出……」
 浩平。それがきっと、彼女の捜し求める人なんだと思う。それはきっと、彼女の恋人……。
「神岸さんは、何か見つけたの?」
 私はそっとポケットを押さえる。その中に収められた、血糊のついた包丁。彼女の宝物に比べて、
それはあまりにも異質なもの。
「ううん、私はまだ何も……見つけてないの」
「見つかるといいね、神岸さんの大切な物」
 私たちは手を振って分かれる。本当に、私は何かを見つけることができるのかな。
94名無しさんだよもん:04/08/23 11:42 ID:VNFaA5Ch
 霧の中、ちらちらと空から何かが舞い降りてきた。そっと手にとってみると、あっという間に手の平で溶けて消える。
「そっか、雪が降ってきたんだ」
 季節は冬。天気予報は見ていないけれど、雪が降ってきてもおかしくない。
 大粒の牡丹雪は、ゆっくりと街を覆っていく。白い霧の中、降りしきる白い結晶。
 さくさくと、降り積もる雪の中を歩く。子供の頃、彼とよく雪合戦をして遊んだっけ。
 いつも雪まみれにされて、泣いてしまった私。慌てて慰めてくれた彼。
 仲直りに雪だるまを作って、次の日には溶けて消えて、また私は悲しくて泣いて……。
 道の向こう、屈みこんで何かをしている青い髪の少女。
「うんしょ、よいしょ……」
 近寄って、声をかける。
「何をしているの、水瀬さん?」
 一生懸命、雪を相手にしていた彼女。私の方を振り仰ぎ、ふにゃっと笑う。
「雪うさぎ、作ってたんだよ」
 その手元には、小さな白いうさぎ。本当に、よくできていると思う。
「わたしね、雪の街に住んでるから、こういうの得意なんだよー」
 そっと手の平に乗せられた雪うさぎ。雪の街に住む少女の、心が込められたもの。
「雪うさぎには、思い出があるの。ちょっと悲しい事だけど、それでも大切な……」
 思い出を、形にして残す事。思えば、私にはそれが無いのかもしれない。
 記憶はたくさん、思い出がたくさん。でも、何一つ形には残っていない。
 それが……私。
「祐一に会ったらね、今度こそこれを渡すんだよ。あの日受け取ってもらえなかった、私の気持ちと一緒に」
「祐一、さん?」
「わたしの幼馴染。ちょっと意地悪だけど、とっても優しいの」
 水瀬さんは、その祐一さんに雪うさぎを渡せるのだろうか。この街に来たって事は、もう普通には会えないってこと。
 失われた何かを手に入れられる場所、それがこの街、サイレントヒルだから……。
95名無しさんだよもん:04/08/23 11:43 ID:VNFaA5Ch
 公園のベンチに座って、舞い降りる雪を眺める。全てが白く覆われていく街。
 白は汚れのない色だけど、それはなんだか私には眩しすぎる。
 誰もいないこの街。いつか私も、この白の中に溶けていきそうで……。
 ぴとっ。
 首筋に、冷たい何かが触れる。慌てて振り向くと、そこには長森さんが缶ジュースを片手に微笑んでいた。
「なんだか元気がないよ、神岸さん?」
 缶ジュースを私に手渡してくる。
「お店に誰もいないから、貰ってきちゃったんだよ」
「それっていけないことだと思うよ? お金払わないと……」
「だ、大丈夫だもん、ちょっとだけだから……怒られないと思うもん」
 私はあたふたと慌てる彼女を前に、微笑んでジュースを受け取る。私の隣に腰掛ける長森さん。
「……神岸さんは、この街に誰を探しに来たの? 大切な人って言ってたけど」
 ジュースに口をつけ、その問いに答える。
「私の一番近くて、そして遠い人。ずっと一緒にいて、けれど何も知らなかった人」
「……好きな人、だったんだ?」
 そうなんだと、思う。幼馴染への感情だと思っていたそれは、失って初めて恋心だと気がついた。
「私も同じだよ。いつも一緒で、世話がかかる相手で、でもいなくなって初めて、気がついたんだよ」
 いなくなった大切な人を求めて、この街に集まった三人。本当は、心の中では分かっているのかもしれない。
 ここに来ても、もう会えはしないって。
 失ったものは、決して帰らない。溶けて消える雪のように、消して掴めない霧のように。
96名無しさんだよもん:04/08/23 11:43 ID:VNFaA5Ch
 再び別れて、街を歩く。もう、諦めた方がいいのかもしれない。届く事のない思い出を胸に、
いつもの街で、いつもの生活に戻って。
 白で覆われた街の中、一際白くその姿をさらす建物。どこか古ぼけた感じの、病院。
 その一室に、ほのかに明かりが灯っている。
 光に誘われるように、私は病院の中へと足を踏み入れる。微かに漂う、消毒液の匂い。
 キンッ!
 急に頭が痛くなる。閉じた瞳の奥に光が走り、ふらふらとその場に崩れ落ちてしまう。
『出血が酷い! すぐに輸血を……』
『脈拍が弱まっています! 心肺蘇生の……』
『駄目です、芹香さん! 入ってきちゃ……』
 今のは、何? 幻聴? でも、どこかで聞いたようなおぼろげな感覚。
 気持ちが……悪い。私の中の何かが、胸から溢れ出してくるようで。
 よろめきながら、明かりの灯っていた病室へと入る。そこには、椅子に腰掛け空っぽのベッドを見つめる
水瀬さんの姿があった。
 ゆっくりとこちらを振り向く。その顔は、悲しみとよく分からない何かの感情で彩られていた。
「わたしね、お母さんと引き換えに祐一を無くしちゃったんだよ……」
 話が、まったく分からない。彼女は何を苦しんでいるのだろう。
「私が現実を受け入れなかったから、せっかく祐一が私の事を見てくれたのに、私は閉じこもって、泣いて……」
 ふらふらと椅子から立ち上がり、部屋の出口へと向かう。
「祐一、ベンチで冷たくなってた。わたし、二度も遅刻しちゃった。だから、今度は遅れないで迎えに行くの。
きっと寒がりの祐一、今でもあの場所で震えながら待ってるから……」
「水瀬さん!」
 彼女の様子は、明らかにおかしかった。何かが彼女の中で壊れてしまった、そんな感じを受ける。
「この街に来て、良かったよ。色々見て、感じて、そして気がついたから。出会える事を期待しないで、
待っているだけじゃなくて、迎えに行ってあげなくちゃ駄目なんだよ……」
 水瀬さんはふにゃっと微笑んだ。
「あかりさんも、見つけてあげてね。あなたの大事な人を」
 そして彼女は、病室から出て行った。
97名無しさんだよもん:04/08/23 11:44 ID:VNFaA5Ch
 しばらく、その場で呆然としちゃっていた。水瀬さんの言葉、それを反芻しながら。
 そして慌てて彼女の後を追う。なんだか、放っておいちゃダメ。そんな気がして。
 病院の外に飛び出すと、もう彼女の姿は何処にも見えなかった。ただ雪道に、点々と足跡が続いている。
 それを追って、走り出す。でも、そんな私の目の前に、もうひとりの少女の姿があった。
「……あなたは、誰?」
 何もない空間に向かって、語りかける彼女。長森瑞佳さん。
「あなたが、浩平を連れていったの? どうして、そんな事をするの?」
「長森さん、しっかりして! 何を言ってるの、長森さん!」
 慌てて彼女の肩を揺さぶる。しかし、その瞳は私を見てくれない。虚空を見つめ、憑かれたように言葉を紡ぐ。
「私、そんな約束してないよ! ただ、苦しんでいる浩平を見ていられなかっただけだよ!」
 ぶんぶんと頭を振り、涙の雫を散らす。
「浩平は約束してくれたんだよ! 私と一緒にいるって! 永遠なんかじゃない、限りはあるけれど、
私がいるこの世界を選んでくれたんだよ! 一緒に……歩いてくれるって……もう離さないって……」
 長森さんは、もう半狂乱になっていた。何か押さえ込んでいた感情が、一気に爆発してしまったかのように。
「痛みの無い世界なんて、嘘だよ! 奇麗事だけの世界なんて、無いんだよ! ……永遠は、そんなものは、妄想だよ!」
 ふと、彼女の前に小さな幼女の姿が見えたような気がした。瞬きをすると、それは消えてしまったけれど。
「返してっ! 私の大切な人を、返してよ!」
 ズキンッ!
 また、頭痛がする。頭の中に、フラッシュバックする何か。
『姉さん、もう泣かないで。そんな姉さんの姿、浩之だって見たくはないわよ』
 嫌。溢れてこないで。そんな記憶、私に見せないで。
 黒縁の写真。泣き崩れるみんな。
 そしてひとり涙を流さない、私。
「いやぁーっ!」
98名無しさんだよもん:04/08/23 11:45 ID:VNFaA5Ch
 雪道に座り込んでしまう私。そして気がつけば、長森さんの姿は消えてしまっていた。
 私の中に渦巻く何か。それは出口を求めて、私の心を突き破ろうとしている。
 このままだと、私は壊れちゃう。
 思い出したくないの? 忘れたままでいたいの? 目を背けたいの?
 分からない、分からないよ……。
 ふと、ポケットの中の包丁を手にする。じっと見ていると、ますます胸の痛みが酷くなってくる。
「あのふたりを、探さなくちゃ……」
 包丁をしまい、私は力なく歩き出した。
 足跡を辿ったその先。駅前の雪の降り積もったベンチ。そこに、彼女は座っていた。
「水瀬……さん……?」
 目を閉じ、眠っているようなその顔。肩にも、頭にも雪は降り積もり、辺りを覆う霧と雪とに包まれて……。
 ……彼女は、死んでいた。
 すっかり冷たくなってしまったその体。もう、動く事はない。
 何故? どうして? さっきまであんなに……生きて、いたのに。
 まるで生きる事を自分から放棄したように、彼女は息を引き取っていた。
 もしかしたら、彼女は雪に呼ばれたのかもしれない。
 真っ白なそれは、きっと何もかも包み込んで、そして無に返すのだ。
 でも、水瀬さんはどこか安らかな顔をしていた。まるで捜し求めていたものに、ようやく出会えたかのように。
 私は彼女の体を、そっとベンチに横たえると、再び歩き始めた。
 もうひとりの彼女を、探すために。

『あなたが……あなたが浩之を! 姉さんの浩之を……!』
 僅かな先も見えない霧の海の中、そんな声が聞こえたような気がした。
99名無しさんだよもん:04/08/23 11:47 ID:VNFaA5Ch
 滑り台も、ブランコも、何もかもが白い霧の中。いつの間にか雪は止んでいた。
 その公園の中で、長森さんは佇んでいた。
「長森さん……」
 力なくうなだれ、じっと足元を見ている長森さん。そして私に気がつかないように、口を開く。
「そっか……全部、私が悪かったんだね……」
 淡い光と共に、彼女の前に幼女の姿が現れる。その姿はどこか、長森さんに似ているような気がする。
「私が約束したんだよね。浩平の悲しみを、取り去りたいって……」
 幼女はにっこりと微笑み、手を伸ばす。その手を取る長森さん。
「いいよ、行こう、私。約束したんだもん、三人で永遠に一緒だよ」
「長森さん!」
 私の叫びに、こちらを振り向くふたり。そして長森さんは微笑んだ。
「浩平に、会えるんだよ。こんなに嬉しいことは、ないよ……」
 その言葉を最後に、ふたりの姿は光に包まれ消えていった。
 訳も無く、悲しい。涙が、とまらない。ぼやける視界の中、いつか見た光景が広がる。
『証拠は、あるんですか? 凶器だって、見つかってないんでしょ?』
『あ、あなた以外の誰が、浩之の事を!』
『私はただの幼馴染。来栖川先輩とのことは、応援していました』
 怒りに彩られた綾香さんの顔を、私は何の感情も無く眺めていた。
100名無しさんだよもん:04/08/23 11:50 ID:VNFaA5Ch
 いつの間にか、あの湖の側へ来ていた。水面は霧に覆われ、その全てを見通すことはできない。
「……あのふたりは、会えたんだ……大切な人に」
 結果はどうあれ、それはあのふたりにとっては幸せな事かもしれない。
 でも、私だけはまだ彼の欠片にも触れられない。
 何が足りないの? あのふたりにあって、私に無いものは何?
 分からない……分からないよ……。
 ポケットから、固い感触のそれを取り出す。血のこびりついた包丁。
 じっと眺める。何かが、手に伝わってくるような感じがする。
 ズブリとした、柔らかい何かの感触。
 ぬらりとした、温かい流れるもの。
 ……ぽたり。
 包丁から、血の一滴が湖の水面に落ちた。
 赤い、赤い血。
 それは私の心の中を塗りつぶし、そして一点に収束する。
『あかり、どう……して……』
『悪いのは……全部……私を見てくれなかった、あんな先輩だけを見ているから……』
 気がつくと、私は笑っていた。涙を流しながら、大声で笑っていた。
 そう、そうなんだ。私が、刺したんだ。この手で、彼の事を。
 どす黒い嫉妬に飲み込まれた、私の手で。彼の胸に包丁を突き立てて……。
 私に足りなかったものは、この罪の意識だったんだ。
 私の周囲を、霧が渦巻く。その時になって、私は初めて理解した。
 同じ道を歩めば、いつかは必ず追いつける。同じ行為を行えば、きっと手が届く。また会える。
 あの二人は、それを知ったんだ。
 だから、私は。
101名無しさんだよもん:04/08/23 11:53 ID:VNFaA5Ch


「浩之ちゃん、今行くね?」



 胸を包丁で貫き、湖の中を漂う少女。その姿も、やがて霧の中に飲み込まれていく。
 霧は、そのものを映す鏡だという。
 心のうちに秘めた後悔。それを映し出し、自分自身に投げかける。
 そしてそれを受け入れた時、新たな道が開ける。
 愛には愛を、憎しみには憎しみを、悲しみには悲しみを。
 彼女たちが受け取ったものは、何だったのだろうか。
 少なくとも、三人の少女は苦しみからは解放されたのだ。
 誰も彼女たちを、責めることはできない。
 霧の街は、ただ静かに佇むだけ……。

 ここは、サイレントヒル…… 全ての罪と愛が集う街……
102名無しさんだよもん:04/08/23 12:24 ID:NEzo47T/
キタ――――(・∀・)――――!!!!
 
GJ!いいもの見せてもらいました!
103名無しさんだよもん:04/08/23 14:19 ID:6YcnNEBY
GJ!
2ベースなのかのう?
激しく好みの出来でしたよ、つぎはUFOエンドとかもねらってくれんじゃろか
104名無しさんだよもん:04/08/23 19:15 ID:FFv+klji
感動した!
105祈原:04/08/23 23:04 ID:5QC0Yp8c
ワハハハハ!!
喜べ、汝らー!
http://www.famitsu.com/game/coming/2004/08/19/104,1092884136,29678,0,0.html

ところで翼人の呪いってそのまま置き換えられないか?
堕辰子→神奈 裏葉→八尾比沙子
昭和72年、高野山周辺がサイレンの音とともに消失、
わずかな生存者にも徐々に犠牲となり、屍人に成り代わってゆく……
106名無しさんだよもん:04/08/29 05:25 ID:MHZ/M1HS
おおすげー
でもあんま難しいのはもう勘弁・・・
なんつうか、純粋に薄気味悪さを味わいたいね
107名無しさんだよもん:04/08/29 18:09 ID:b8zNldKC
おおう、今日SIREN中古で買ったら、こんなネタが
いやぁ1stステージで10分くらい警官と鬼ごっこしてたよ
108名無しさんだよもん:04/08/29 19:15 ID:j/6eVNIB
>>107
このスレッドはサイレントヒルのスレッドだからな。
109名無しさんだよもん:04/08/30 00:40 ID:qMdxRXpd
こんな寂れたスレで潔癖になってどうするよ?
110名無しさんだよもん:04/08/30 01:11 ID:W8iqUnoD
>>108
そのサイレンは初代サイレントヒルのスタッフが作ってるんだよ
どうやらコナミは居心地が悪かったらしいな
111名無しさんだよもん:04/09/05 22:40 ID:Da4Ehoya
うほっ いい葉鍵
112名無しさんだよもん:04/09/16 01:03:58 ID:nfzG9Ouq
サイレントヒルらしくいい廃れっぷりですな。
しかし今の葉鍵版はこんだけ放置しても落ちないんだ。
113名無しさんだよもん:04/09/16 01:12:32 ID:vLvZvnQg
>>112
即死ライン突破したスレッドは圧縮が来ない限り落ちないよ。
114名無しさんだよもん:04/09/16 03:55:05 ID:8NPOEGxH
最近はお姉チャンバラにはまっとる
彩→綾香でうまいことストーリーできそうな気がしないでもない
115名無しさんだよもん
できない。