岡崎朋也と汐〜父子家庭の日々〜

このエントリーをはてなブックマークに追加
62名無しさんだよもん
何故この事態が予想できなかったんだろう。
幼稚園で忘れた汐の帽子を届けに来てくれたのは、とてもありがたいことだ。
しかし今だけは、一番やっかいな来客だった。
「お茶でも飲んで行けよ」
それでも帽子だけ受け取って、はいサヨナラは拙いだろうな。
「…うん」
部屋の奥を見ながら、杏は靴を脱ぎ、風子の靴の横に奇麗に並べた。
「狭いから開いてるとこに座ってくれ」
「うん…」
「あっ、せんせーっ」
汐が駆け寄る。
「汐ちゃん、こんにちわっ」
「こんにちわーーーっ」
汐の頭を撫でる。
あぁ、いい先生してるんだな。
少しほっと感じた。

−−−−

お茶一式を持ってテーブルに置く。
コポコポ。
知らんふりをしてお茶を入れる。
「朋也、……汐ちゃんのお友達?」
さっそく来たか。
風子は部屋の隅で背中を向けて「うーん」と唸っていた。
「あぁ。風子っ」
「なんですか? わたしは今汐ちゃんといいところなんです。じゃましないでください」
風子の手札は明らかに汐より多い。
来客にも気づいてなかったようだ。
6362:04/06/03 22:23 ID:OkwtmUPs
「七並べなんか放っといて、紹介してやるから、こっち向け」
公子さんからあれだけ頼まれたんだ。ちょっとした訓練になるだろう。
「もう、朋也さんはわがままです」
と言いつつ朋也の方を向き、杏を見つけ、はっとして汐をぎゅっと抱き寄せた。
「風子、こちらは汐の幼稚園の先生だ」
風子は半分汐に隠れるように、半分顔を出して杏を見つめた。
杏は風子を嘗め回すように見て、
「藤林杏です。汐ちゃんの担当をさせて頂いてます」
見事な挨拶だった。学生時代や普段のやり取りからは想像もつかない。
ちょっと棘があったような気がするのは気のせいか。
「こっちは、、、」
なんと言ったものか……。
「な、渚の恩師の妹さんだ。ほら風子挨拶しろ」
「風子です。汐ちゃんのお姉さんです」
「こらっ、見知らぬ他人にとんでもないことぬかすなっ!」
杏だからいいようなものを、事情を知らない人にあれこれ言われたらたまったものではない。
「渚さんの先生の妹……、って、ずいぶん年の離れた妹さんねぇぇ」
杏はジト目でオレを見る。あきらかに『ごまかすんじゃないわよ』と言ってる目だ。
「多少は離れてるな。でもな、風子は俺たちとタメだぞ」
「はぁ? しょ……学生さん、…じゃないの?」
「失礼です。風子は朋也さんより大人です」
「朋也ぁ」
「うそじゃないって」
見た目は小学生に見えなくもないが、着ている物とかはそれなりに上等な物だ。
「……」
杏はしばらく何か思いにふけっていた。
そしてお茶を一口すすり、ポツリと、
「そういや、渚さんも小柄だったもんね……」
小さな声でつぶやいた。
6462:04/06/03 22:24 ID:OkwtmUPs
オレは思わず渚の写真を見上げた。
しんみりとした空気が漂う。
そう。
そうだな、渚もちっちゃかったな。
あんな小さな体で、誰よりも強かったんだ。
なぁ、渚……。
………。
……。
…。

って、ちがーーーーうっ!
「こらこらこらっ、杏っ、何考えてるっ」
「何って……、その、馴染んでたし……。つきあってるんじゃ、ないの?」
「違う!」
「違いますっ!」
見事にハモる。
「あ、そうっ。ご、ゴメンね、アハハッ」
「んーっ、そんな誤解されるなんて最悪です」
やっぱこいつ、追い出してやろうか。
「それに、朋也さんが風子に一方的にまとわりついてるんすっ」
「はぁ?」
「朋也さんは風子としおちゃんのじゃまをする極悪人ですっ」
「おまえなぁ」
ポカッ、と少し強めに小突いてやった。
「んーっ、可愛い風子を虐めたくなるのはわかりますが、やめてください」

コンコン。
ノックの音がして、ドアノブの回る音がした。
「朋也さん、おじゃまします。ちょっと近くまで来たものですから…」
あぁ、この事態も予測すべきだった。
6562:04/06/03 22:25 ID:OkwtmUPs
「さなえさーんっ」
汐が駆け寄って抱きつく。
「あら、お客様がいらしてたんですか。ふぅちゃんと……、藤林先生…」
早苗さんはちょっと首をかしげて、
「おじゃまの様なので、またにしますね」
早苗さんは汐の頭を撫でて、
「またね、しおちゃん」
「バイバイ」
バタン。
オレは汐の後ろ姿を見つめた。

……。
…。
やばいっ!
「ちょっと待っててくれ」
ふたりにそう告げて、オレは飛び出した。

「早苗さーーーーんっ」
追いついた。
「ハァハァッ」
「朋也さん……」
「早苗さん、えっと……、誤解してませんよね……?」
「えっ? いえ……、その……。ちょっと驚いてしまっただけです」
何を驚いたんだ?
早苗さんは胸の前で手をグッと握って、
「朋也さん、頑張ってくださいねっ」
にっこりと笑って言った。
やっぱり誤解しているっ!
「ち、違いますっ! 誤解ですっ」

……。
…。
6662:04/06/03 22:26 ID:OkwtmUPs
「はぁ」
今晩にでも古河ん家に行って誤解を解かないとな。
説明を尽くしたつもりだったけど、早苗さんに正確に伝わったかどうか自信がなかった。
オッサンにどう伝わるやら。
ブルッ。
今は考えないようにしよう。

「ただいま」
我が家のドアを開ける。
「すまなかったな……」
と言いかけたが、嬌声にかき消された。
「でさぁ、あの時の朋也の顔ったらなかったわよぉ」
「見てみたかったです」
「だから朋也に奢らせたいときはね、そんな感じで……、あら」
ようやくオレに気がついたようだ。
「おい、……」
何を話してたんだ? と聞きたかったが、恐くて聞けなかった。
「朋也ぁ、お義母さんと何を話してたのかなぁ? そんなに焦って」
ニヤニヤと笑いながら言う。
こいつ変わってねぇっ!
「今日は朋也さんの意外な一面を知りました」
「何を知ったんだっ!」
「そんなの秘密ですっ」
オレは顔を手で覆った。
何でこんなややこしいことになったんだろう。
「せんせー、なんかきょうはヘン!」
風子に抱きつかれたままの汐が言う。
「え? あ、ちょっと飛ばし過ぎちゃったかなー? 汐ちゃんごめんねー」
「ううん、きょうのきょうせんせーおもしろーいっ」
「あ、そう? アハハッ」
6762:04/06/03 22:28 ID:OkwtmUPs
……。
…。

オレは窓から抜けるような青空を見上げた。
あぁ、汐との楽しくも平穏な生活は何時まで続けられるんだろう。
汐はもう5歳だ。渚は18歳でオレと出会った。
貴重な貴重なオレたちの時間を、こいつらはっ!

「でねー、汐ちゃんを迎えに来る朋也の顔がね、またおかしーのーっ」
「んーっ、見てみたいですっ」
「パパかっこいいもん」

「はぁ」
まぁ、汐が笑ってるからいいか。
神様、できれば、ただただ平穏な日々を。
オレはそう願わずにはいられなかった。