426 :
sage:
ことみ―Daddy Long Legs―
今でも夢に見る、暗く沈んだ書斎。
ちろちろと舌を這わせるように燃え広がる火、その前で冷たい床に座り込んで、小さな身体を震わせて、軋むような嗚咽をあげる少女。
我々の、私の、罪がそこにあった。
そのほんの数日前、動転していた我々がした行い。
悲しみの淵に沈む彼女を奈落へ叩き落すような所業。
それは、永劫に消えない記憶だった。
「………」
すべてを拒絶するような暗闇に覆われた家。
師事していた、いや、恋焦がれていたと言っても過言ではないほどに憧れていた博士の生家。
無知蒙昧な輩が陥る狭量な色眼鏡で世界をねめつけていた私の、文字通り目を開かせてくれた先生は、もうそこにはいない。
誰もいないのか、そう疑りたくなるような、痛いほどの沈黙。
だが、わかっている。
彼女はそこにいるのだ。
あの日から止まったままの時の中で、今も一人、悲しみの淵に。
「………」
氷が滑り落ちるようなひりつきが胸を苛む。
身を折り、振り払うように咳払いして、そして背を向ける。
本当はそこには何でもない暖かい家庭があって、やんちゃ盛りの娘を寝かしつけた両親が疲れ果てた寝息をたてているのだろう。
だが、暗く沈んだ家は嫌でもあの夜の事を思い出させた。
赤の他人の家を見るだけですら、これほどの自責の念に襲われるのだ。
実際にあの家を前にすれば。情け無い事だと歯噛みする。
世界をねめつけていた頃の自分が抱いていた万能感が、いかに取るに足りないつまらないものであったかを、嫌になるほど思い知らされる。
齢四十にして、ようやくそんな事に気づくとは。
「先生。自分は未熟者です」
博士夫妻が消えた空を見上げる目に、涙がにじんだ。