葉鍵ロワイアルII 作品投稿スレ! 4

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128UnON9d+E:04/05/30 14:12 ID:GaADUX5T
嵐は成功したか
129戦士:04/05/30 19:25 ID:QyQiOuLZ

桜井あさひは揺らがない。
泣いたり笑ったり、そういうことをするためにたいせつな色々なものはぜんぶ、
胸の奥の虚ろな洞に棄ててしまった。
そうして空いたがらんどうの心に、少年の遺した冷たい銃と鉛の玉を一杯に詰め込んで、
ただひとつの命を消し去るために歩いているあさひは、もう揺らがない。
だから、

『46番、少年』

その声も、その笑顔も、その最期も。
もはや霞むことなく。
老人の声の如きに絶望できる少女の欠片は、きっとずっと、彼に抱かれて泣いている。

桜井あさひは揺らがない。


【042 桜井あさひ キーホルダー 双眼鏡 十徳ナイフ ノートとペン 食料六日分 眼鏡 ハンカチ
   S&W M36(残り弾数5)予備弾19発 腕時計 カセットウォークマン 二人分の毛布 『短髪』】
130名無しさんだよもん:04/05/30 19:26 ID:QyQiOuLZ
【時刻は第3回定時放送直後】
131いつか、また:04/05/30 21:03 ID:8vxHP5WE
 夜。あの忌まわしい定時放送が終って数時間後。
 木田時紀は神尾観鈴、宮路沙耶とともに住宅街の中のとある十字路に立っていた。

「ここでお別れだな」
 時紀は二人にそう告た。
 今までバラバラだった三人がこの時ばかりは円を囲んで向かい合っている。それがどことなく滑稽でもあり、微笑ましくもあった。
「時紀さん、どうしても別れなくちゃいけないの?」
 観鈴が気弱な表情を浮かべた。
「ああ」
 木田は観鈴の迷いを断ち切るようにはっきりと頷いた。
「どうしてなのかな……、せっかく仲良くなれたのに……」
「神尾」
 言い聞かせるように、観鈴の名を呼んだ。
「この島に来てから俺達は何をした?」
「え? えっと……」
 観鈴は言葉に詰まる。
「俺達はこの島に来てから何もしてこなかった。何もせず、ただ状況に流されていただけだ」
 そしてそのせいで、麻生春秋は死んだ。それだけではなかった。功も、真帆も、須磨寺も、栗原も殺された。
 そして……。
(エミ公……)
 妹の恵美梨まで殺された。
「俺達はずっと立ち止まっていた。けどな、俺達が立ち止まっている間にも、この島では誰かが誰かに殺されているんだ」
 時折、思ってしまう。
 もし自分が積極的に行動していたら、恵美梨は死なずに済んだのではないのかと。
 あんな風に立ち止まっていなかったなら、あいつらを助ける事ができたのではないのかと。
 その考えは、まるで重い鎖のように時紀に絡みつく。
132いつか、また:04/05/30 21:04 ID:8vxHP5WE
「だから――」
 それを断ち切るように、時紀は観鈴と、そして相変らず無表情な沙耶をはっきりと見た。
「だから、俺達は歩き出さなくちゃいけない。前へ進まないといけないんだ」
「でも……、みんなで歩く事はできないのかな?」
「神尾、俺達は道が違う。無理して三人で歩いても、望む場所には辿り着けない」
 あいつらを殺した奴ら、このゲームに乗った連中、あいつらの死に関わったありとあらゆる者達に償いを。
 それこそが、時紀の選んだ道。
「俺は俺の道を行く。お前達はお前達の道を行くんだ」
 観鈴は俯いた。
 しばらくして。
「うん……」
 と言った。そして顔を上げる。その顔はもう迷っていない。
「神尾、母親を見つけろよ」 
「うん。時紀さんも頑張って」
「宮路、無茶はするなよ」
「あんたもね」
 時紀は一つ、息を吸った。 
「じゃあ、ここでさよならだ」
「違うよ」
 観鈴がはっきりとした口調で否定した。
「さよならじゃなくて、またね。別れても、また会えるから。また、会おうよ」
 観鈴は、にははと笑った。
133名無しさんたよもん:04/05/30 21:05 ID:8vxHP5WE
「ああ……」
 こいつは、こんな時でもこんな風に笑えるのか。
「そうだな。じゃあ、また三人で会おう」
 それは約束。かつての時紀なら馬鹿にしてしまいそうなそれを、今ははっきりと言うことができた。
「うん。またね」
「……また」
「またな」
 そこで時紀は二人に背を向けた。
 振り返る事はしない。二人もきっとそうだから。
 ただ二人の無事を静かに祈る。
(二人とも、死ぬな)
 そしてまた、生きて会おう。

 
 そして時紀は、暗い道を一人歩いていくのだった。


【031木田時紀 鎌 朋也・宗一・芳野の写真】
【094宮路沙耶 南部十四年式(残弾9)】
【023神尾観鈴 けろぴーのぬいぐるみ ボウガン(残弾5)】
【三人は別れ、それぞれの目的の為に行動する】
134驚愕:04/05/30 22:09 ID:7tHLUFCp
 そいつとはたった数時間のつき合いだった。

「邦博!」

 さん付けで呼ばなくていいと言ったら、遠慮なく年上の俺を呼び捨てで呼びやがった。

「お兄ぃかと思った…」

 全く、俺と間違えるとは相当なごろつきなんだろうよ。一度そのツラを拝んでみたいぜ。

「ばいばい…お兄ぃ」

 さんざん引っかき回しておいて、勝手に死にやがった。たった、数時間だぜ?

「風子…参上」

 アイツはいかれてた。殺したと思ったら死体を切り刻み初めて……体が動かなかった。どうかしてるぜ…。
135驚愕:04/05/30 22:13 ID:7tHLUFCp
「結局、そのままアイツはどっかへ行っちまった…」
 つらつらと、今まであったことを話す。あれから、休憩がてらお互いのことを話し合っている。大分、日が暮れてきた。
「今考えれば迷惑な話だぜ…勝手に付いてきて、引っかき回して」
 さっき呟いたセリフをもう一度反復する。すると、しばらく黙って話を聞いていたリサが口を開いた。
「フーン。…そのエミリって子はどうでもいい子だったわけ?」
「あぁ、勝手に付いてきただけの厄介者だ。それで勝手に死んだだけだ」
 リサはそのセリフをかみしめた後、
「ソウ…だったら何で」
 一拍間をおく。
「そんな、悲しい顔をしているの?」
 感情のこもった、妙に流暢な日本語でリサが邦博の顔を見つめる。
「………さぁな」
 思わずリサから顔を逸らした。
「クニヒロ、貴方は…」
 返事はない。
「自分が思っているほど、冷酷な人間じゃない。もちろん、この島に来る前のことはわからない。だけど、今の貴方は…」
「なっ…!」
 何か反論しようと言葉を模索する。だが、何も出てこない。
(……俺は、変わっちまったのか?)
 妙な沈黙が流れる。すると、耳障りな声が二人の耳に入ってきた。

『生き残りの諸君、聞こえるか?』

 思わず、たたずまいを直す二人。

『今回も大盛況、3回目の定時放送の時間だ。3番、麻生春秋。8番、伊吹風子…』

 その二人の名は邦博を驚愕させるには十分な名前だった。

【001 浅見邦博 身体能力増強剤(効果30秒 激しいリバウンド 2回使うと死ぬらしい) レーダー(25mまで)】
【100 リサ・ヴィクセン パソコン、草薙の剣】
【定時放送中】
136忘却:04/05/30 23:04 ID:hyXRlcJN
 第3回定時放送が流れた時点で息をしている者に限った場合、「伊吹風子」(もしくは「風子」)という『意識が正常な』人間の顔と名前が一致するのは、浅見邦博、岡崎朋也、榊しのぶ、古河渚、以上の四名である。
 伊吹風子との関係を挙げるなら、『連れを殺された敵』『キスをしたことがある相手』『殺した相手』『恩師の妹』ということになる。
 問題。
 前述の四名のうち、もっとも伊吹風子に対する印象が薄く、もっとも伊吹風子と最後に出会った時間が早く、もっとも伊吹風子との『直接的な』関わりが薄いのは、誰か。


 ――知り合いの名前があった。
 第1回、第2回の両方を聞き逃した自分が初めて聞いた放送で、北川潤以外にも知り合いの名前があった。
 見上げた空に、その人の笑顔が浮かぶ。
 直接その人とどうこうということはなかったけれど、岡崎朋也を通して知り合った人だった。
 本人達は決して口に出さなくても、多分凄く良いコンビだった。
 とても陽気で、いつも笑ってる人だった。
 時々目を見開いて朋也にツッコミをいれる顔が印象的だった。
 いい人だった。
 とてもいい人だった。


 放送で流れた、古河渚という人間の知り合いの名前は。

 48番、春原陽平。

 ただ一人。

【072 広瀬真希 所持品:『超』『魁』ライター 便座カバー バッグ 食料と水多めに所持】
【011 エルルゥ 所持品:乳鉢セット 薬草類 バッグ 食料と水多めに所持】
【081 古河渚 所持品:バッグ 食料と水多めに (ワッフルとジャムは海の家に置き去り) 少し熱っぽい】
【087 美坂香里 所持品:なし 気絶中】
【第三回定時放送直後】
137名無しさんだよもん:04/05/30 23:18 ID:wG4dkWxj
岡崎朋也が森の中をさまよっていると、
「……!っ」
10m程離れたところに芳野祐介がいた。朋也のことは気付いていない。
そして、それは数秒間での出来事だった。
「芳野ーーーーっ」
「!?」
武器を片手に勢いよくせまってくる朋也。
芳野祐介はその方向へ振り向いたが、反応が遅すぎた。
芳野の頭部を思いっきり強打する。
ズカッ!!
「……くっ」
「…やったか?」
「……」
「…フッ…さすがゴッグだ。何ともないぜ!!」
芳野は顔を上げ、不敵な笑みで朋也を見据えていた。
http://www.geocities.jp/know_ka/gok.asf
【 芳野祐介 所持品:ゴッグ】

138かたきうた:04/05/31 02:07 ID:wE0/nmvZ

木にもたれ、膝を抱えて、ずっと空を眺めていた。
空を染め上げた朱がやがて闇に追われ、駆逐されていく。
木々の間から見える小さな空は、そうして夜を謳い上げる。
ただそうやって時間が過ぎるまま、このまま朽ちていければいいと、
そんなことを考えていた。

わたしはもはや生というものに、唯の一片すら価値を見出せなかった。
枝で首をくくれば、銃でこめかみを打ち抜けば、ナイフで喉を突けば、私は死ぬ。
だけど透子は、私の見ていないところで、私の知らない死に方をした。
だから死ねなかった。
私がどんな死に方をすれば、透子と同じ痛みを、苦しみを、恐怖を絶望を後悔を、
味わえるのだろう。それがわからなかった。
139かたきうた:04/05/31 02:08 ID:wE0/nmvZ

首筋に冷たい感触。
ぼんやりと目を向ける。
大きな刀。
ぽつりぽつりと、闇に溶け込んでいる色を纏ってなお鈍色の、人を殺すという、
ただそのためだけに作られたもの。
目線を、やはりぼんやりと空へと戻す。
言葉が自然と口をついた。

「―――早く、殺してよ」

それは自分でも驚くほどに、昏い声だった。
応えるように、真横に立つ人物が呟いた。

「……つくづく、運がありませんわね」

それを聞いて、わたしは笑おうと努めたらしい。
口の端が、ゆらりと持ち上がる。
だけど、それが限界。
今のわたしはさぞかし奇妙な顔をしていることだろう。
中途半端に歪んだ表情をそのままに、

「違うわね。運が、良かったのよ」

わたしに刀を突きつけている誰かは、戸惑っているに違いない。
或いは狂人を相手にしていると思われたか。
いずれ大差は無いが。
140かたきうた:04/05/31 02:10 ID:wE0/nmvZ
「こんなに早く死ねるとは思わなかったわ、ありがとう。
 ……さぁ、早くわたしを殺して」

それを聞くと影は大きく溜息をつき、意外な言葉を口にした。

「……本当に運がありませんわ、私は。
 始めに出会った誰かが命のやり取りをする覚悟を持った方であれば、ベナウィとの
約束など反故にして、存分に狩りを楽しもうと思ってましたのに」

何を言っているのか、わけがわからない。
とりあえず、わたしが無抵抗のまま死ぬ気なのが気に入らないらしい。

「貴女は覇気に欠け過ぎですわ。かといって逃げるそぶりも見せない。命乞いもしない」

とつとつと、実に面白くなさそうに続けている。

「これでは興も失せるというもの。ベナウィの言うとおりにするのも癪ですけど……
見逃してさしあげますわ。命冥加なこと」

首筋に当たっていた、冷たい金属の感触が消える。

「―――そう」

よくわからないが、どうやら殺してはくれないらしい。
ならばもう、興味は無かった。
結局一度も顔を見ることのなかった誰かの気配が、次第に薄くなる。

「ご期待に添えなくて残念でしたわね。生き延びなさいな、お嬢さん。
 ―――キダクンだか、シーチャンだかは知らないけれど」

時が、凍りついた。
141かたきうた:04/05/31 02:12 ID:wE0/nmvZ

ともすれば鳴り出しそうになる歯を噛み締め、やっとのことで言葉を搾り出す。

「その名前を、どこで聞いたの……?」

声が、揺れている。

「―――?」

一度は消えかけた気配が、再び輪郭をあらわにしだす。

「……答えなさい。 木田君と、……しーちゃんと、そういう言葉を耳にしたのね……?」

「あら、やはりお知り合いでしたのね。同じ誂えの服を着ていたから、そうだと思いましたわ」

輪郭が、徐々にはっきりとしたかたちを結ぶ。
わたしはゆらりと立ち上がる。

「―――透子を……その子を、どうしたの」

眼を、向けた。

「……あら貴女、良い顔もできるんですわね。
 始めからその顔でいてくだされば、また違いましたのに」

月光届かぬ夜の森。
暗がりに姿を見せたのは、異様な風体の女。
闇を吸ったような黒髪を編み下ろしたその頭に生えるのは、獣の如き耳。
首には無骨な拘束具。
左手に大太刀を下げ、隙無く立つその女は―――嗤っていた。
142かたきうた:04/05/31 02:14 ID:wE0/nmvZ

笑みを浮かべたその顔のまま、女はゆっくりと口を開く。

「教えてさしあげますわ、命冥加なお嬢さん。
 貴女のお友達のトウコさんは―――」

ああ、と理解する。
あの大刀が纏う闇色の正体。
違う、そんなことではない。
そうだ、わたしは本当に運が良かったのだ。
わたしは、わたしがこの世界で果たすべき唯一の目的を、存在意義を見失うところだった。

「―――このカルラが、狩ってさしあげました」

右手を差し入れたポケットから、ブローニングを抜き放つ。
正面に構え、引き金に指をかけた時には、既にその姿は夜の森に溶けていた。
どこからともなく、声が響く。

「私たちはほんとうに似ていますわ、お嬢さん!
 たいせつな方を喪って、なお生き恥を晒している……!」

木々に響く声。
それはわたしをいざなう唄。

「私を追ってきなさい、お嬢さん。その手を誰かの血で染めながら」

どこか愉快げなその声が、遠ざかっていく。

「もう一度会えたら、そのときには―――楽しく、踊りましょう」
143かたきうた:04/05/31 02:15 ID:wE0/nmvZ

暗い森の闇に包まれて立ち尽くしていた。
手の中で冷たい感触と重みを放つ拳銃、ブローニングをじっと眺める。

この、最後の弾があの女を撃ち貫いたら―――透子、そのときにはわたしを、迎え入れてね。
それまで、ほんの少しの辛抱だから。
泣かないで、待っていて。

制服はもう、乾いていた。


【039 榊しのぶ ブローニングM1910(残弾1)、ナイフ、缶切3つ、12本綴りの紙マッチ3つ、護身用スタンガン】
【026 カルラ 自分の大刀、右手首負傷、握力半分以下】
【時刻は19時】
144名無しさんだよもん:04/05/31 03:20 ID:JEVvEFN5
 
145PK(プレイヤーキラー):04/05/31 17:44 ID:i14Y4UZ5
 あれから一時間。
 春原芽衣はまだ決断を下していなかった。
 あれ以来、神岸あかりも亮に一言も話しかけてこない。
 それでいいと思う。
 悩めるのは今の内だけだ。
 少なくとも、悩む時間すら与えられなかった者達に比べればそれだけでも恵まれている。
 亮自身もこれからどうするのかを考える時間が欲しかった。
(……修二、俺はどうすればいい?)
 しかしその玩具から答えが返ってくるはずもなく。

『最後はお前が決めるんだ』

 修二の言葉。
 後悔しない為に、後悔させない為に、芽衣にはかつて友の言った言葉をそのまま投げかけた。

 修二ならこの状況ではどうしただろうか?
 修二なら───彼なら戦う力のない人間を守る事を選ぶだろう。

 ならば自分は?
 今の亮はエゴが使えない只の一般人でしかない。
 そんな亮に出来ることと言えば……

『生き残りの諸君、聞こえるか? 』
 忌まわしい声。
 いつの間にか定時放送の時間が訪れていた。

『3番、麻生春秋……』
 一番最初に聞こえてきたのは亮の知った名。
 いかなる時でも冷静に状況を見極める春秋の判断力を持ってしても生き残る事は出来なかったらしい。
146PK(プレイヤーキラー):04/05/31 17:46 ID:i14Y4UZ5
(………)
 ますますどうしていいか分からなくなる。

『48番、春原陽平……』
 その名を聞いた芽衣は泣いてはいなかった。
 だがその目にあったのは涙ではなく強い決意。

 そして。

『74番、藤田浩之……』
「えっ……?」
『……以上22名、残りは48人となる。
 いよいよ残り半数を切ったが、二枠の優勝目指して更に頑張ってもらいたい』
 あかりの呟きを無視して無情にも放送は終わりを告げる。
「嘘…だよね……浩之ちゃんが…勝手にいなくなる訳ないもんね……
 そうだよね……松浦さん、芽衣ちゃん、浩之ちゃんを探しに行こう?」
「神岸」
「浩之ちゃんは……どっかに行ったり…な……んか……」
 あかりの目には亮の姿も芽衣の姿も映っていない。
 虚空だけが映っていた。
(……駄目か)
 こうなってしまってはあかりは足手纏いでしかない。
 今の状態のあかりを連れて行くことは亮達の死を意味している。
(これ以上苦しむ前にいっその事───)
 今の亮があかりに唯一出来る事。
 高速で修二のエゴのギアが回転を始める。

 射線上に何かが立ち塞がった。

「……春原……分かってるんだろう? このままだとどの道神岸は」
「松浦さん、私決めました」
 亮の言葉を途中で遮ると芽衣はあかりに向き直る。
147PK(プレイヤーキラー):04/05/31 17:47 ID:i14Y4UZ5
「お兄ちゃんが言ってた事。これ以上誰も死なせない為に、主催者との戦い……やろうと思います」

(……そうか)

 この少女は

「手伝って欲しいんです。松浦さんにも、神岸さんにも」

 亮から逃げるのでもなく

「神岸さん……つらいのは分かるつもりです。でも……」

 亮に守られるでもなく

「立ち上がらないと、生き延びないと藤田さんの命が無駄になっちゃう気がするんです」

 自分自身で道を決めた。


「芽衣ちゃんは……強いね」
「……お兄ちゃんとの約束ですから」
 悲しそうに、しかし誇らしげに芽衣は笑った。
「わたしも……強くなれるかな? 浩之ちゃんにもう一度会った時に怒られないくらい強く」
148PK(プレイヤーキラー):04/05/31 17:48 ID:i14Y4UZ5
 芽衣は絶対なれますよと言って微笑んだ。

 手の中にある友の心の形をしたもの。
 亮はそれをじっと見つめる。
(修二、俺も自分で決める。別に俺がやる必要はないのかもしれない。
 でも俺がやるんだ。俺がこの子達を守る。俺は今から───)

(このゲームに乗った参加者──プレイヤーからこの2人を守る、PKだ)


【024 神岸あかり 木彫りの熊 きよみの銃の予備弾丸6発】
【047 春原芽衣 筆記用具】
【084 松浦亮 修二のエゴのレプリカ 予備食料の缶詰が残り5つ】
149笑いは百薬の長:04/05/31 20:07 ID:/NSUtV6M

 足音が二つ。アパートのそばまでかけてきて、止まった。
「…………」
 河島はるか(027)は顔を上げた。こんな時まで冷静な自分が少しだけ嫌になるが、今はそれどころじゃない。
 あの時に思い知っている。世間は人の悲しみなど知った事じゃない。誰が死のうと誰が悲しもうと
問答無用に時を流し、人の生活を進めていくって事を。
 悲しんでいるだけの者は取り残されるのだ。そして、この島では「取り残される」とは死を意味する。
 それを知っている自分が、この場は何とかすべきだろう。
 猪名川由宇(007)とアルルゥ(004)はまだ泣いていた。外の足音は、その泣き声を聞きつけたに違いない。
「ごめん、ちょっと外の風を浴びてくる」
 そう言ってはるかはアルルゥの手を優しくほどき、立ち上がる。
「……ひ……っく……おね〜ちゃん……」
「大丈夫だよ」
 涙でぐしゃぐしゃの顔にそう言葉をかけると、はるかは扉へ向かった。
 由宇は何も言わなかった。多分気づいているとは思うけど。

 さて、どうやって接触したものか。
 岡崎朋也(014)は、泣き声の聞こえる窓を見上げながら思案していた。
 自分たちに敵意がない事をはっきりさせておかねばならない。しかし、今のあちらは冷静な会話ができる
状況とは思えないし、何より泣いている女の子にどうやって話しかければいいのかなんて、普段の生活でも
難題中の難題だ。
 下手な誤解やすれ違いは取り返しがつかない結果も招きかねない。隣にいる水瀬名雪(090)を一度は
殺しかけてしまった朋也としては、二度と同じ失敗を繰り返したくなかった。
 その名雪は、窓を見据えて涙を浮かべている。両手は胸の前で堅く握られていた。
 それはそうだ、彼女だとて友人を失ったばかりなのだから。顔も名も知らないが同じ悲しみを抱く者
同士、共感するのはある意味必然だろう。
「ん?」
 その時、アパートの扉がゆっくり開いた。
 とっさに朋也は名雪の前に出て、包丁を構える。それは、この島の現状から見てきわめて正常な反応。
しかし、彼らの目的から考えると間違いかもしれない反応でもあった。
 名雪が我に返って、半ば条件反射的に朋也の後ろに隠れた。
150笑いは百薬の長:04/05/31 20:08 ID:/NSUtV6M

 距離にして10メートルぐらい離れていただろうか。
 そこにいたのは高校生ぐらいと思われる男女の二人組だった。
 女の子をかばうように男の子が立っていて、包丁を胸の前に構えていた。
 一方のはるかは丸腰。何の武器も防具も無い。理由は簡単。足音を消さなかった事から、初めから
殺すつもりはあまりないだろうと考えたのと……いきなり殺されるならそれもいいか、と思ったから。
その時には悲鳴の一つでもあげれば、由宇への警告になるだろう。それができれば十分だ。
 冬弥と彰が死んだ今、はるかが生きている理由は前にも増して希薄になっていた。それ故になし得る
のは、無謀とも言えるほどの無防備と、死に直面してもなお冷静さを失わぬ余裕。そして、自分の命を
平然とチップに差し出す事で手に入れられる、警戒心に囚われた相手に対する精神的優位である。
 意識した結果かはともかく、今のはるかは己の無力、己の無防備を最大の武器にしていた。
 現に、二人はまるで無防備なはるかを目にして一瞬呆気に取られたようだった。
「お、岡崎君……」
 後ろの女の子の何かを訴えるような声に、前の男の子ははっとした顔をして、そして包丁をおろす。
 意志の強そうな男の子と、優しそうな女の子。なぜか段ボールを持っているのが気にかかるけど、
それはとりあえず後回し。
 どうやら、やる気まんまんというわけでは無いみたい。だけど、ちょっと分からない。
 もし彼らがその気だったら、今の由宇やアルルゥは逃げられないだろう。かといって、はるかに
二人を止める力はない。
 だから、多少強引にでも、由宇に現実に戻ってきてもらわなければならなかった。
 ちょっと卑怯かも知れないけど、やってみるかな。
 はるかは3歩ほど二人の方に出ると、少し大きめの……二階に十分届くぐらいの声で、言った。

「わたし達を殺しに来たの?」

 二階で、がたん! という音がした。泣き声が一瞬で止まった。
 ん、どうやら成功。
151笑いは百薬の長:04/05/31 20:09 ID:/NSUtV6M

「なっ……」
 近づいてきたショートカットの女がいきなり放った一言は、朋也の意表を突いた。と同時に、殺戮者では
ないだろうと判断して接触を試みた相手からそう言われたのが、妙にカチンと来た。だから、
「ふざけるな! 俺を殺人鬼と一緒にするな!」
 半分条件反射でそう叫んでいた。
 と、女は一瞬「お」という感じの顔をして、すぐにくすっと笑った。
「だって包丁持ってるし」
「うっ」
 確かにその通りだった。名雪につつかれて構えを解いたとは言え、これでは警戒されても無理はない。
けど仕方ないじゃないか、こっちだって油断したら殺されるかも知れないんだから。
「す、すまない。けどな……」
「冗談」
「……は?」
「ごめんね。ま、とりあえず上がって」
 あっさり言って背を向ける女に、朋也の思考回路はかなり混乱した。
「あの……?」
「包丁あるなら夕食作るの手伝ってね」
「おい」

 ついて行けない。何がなんだか分からないが、どうも振り回されてるっぽい。
 生命の危険に対する警戒はとりあえず解けたものの、朋也は違う意味で警戒態勢に入ってしまった。
 このノリは……あの一ノ瀬ことみに通じるものがあるかも知れない。しかし、この島でなおこれとは
とんでもないボケ役なのか、相当な大物なのか? いずれにしろ、これはペースを握られたら負ける。
何がどう負けるのか分からないがとにかく負ける気がする。耐えろ、俺。自分を見失うな。
「よかったね」
 背後では名雪が無邪気に喜んでいた。まだ目尻に涙が少し残っているが、元気さは取り戻したようだ。
 こいつ……あのペースに疑問も抱かずついて行けるのか?
 今までがシリアスだらけだったから気づかなかったが、名雪も警戒に値するかも知れなかった。
152笑いは百薬の長:04/05/31 20:09 ID:/NSUtV6M

 と。
 がたがたがた。アパートの中からなにやら物音が聞こえてきた。そして、

 ばたん! ごすっ! 「ぶっ」どしゃ。

「あ!?」
 もの凄い勢いでロッドを持った由宇が飛び出してきた……のだが、その際にもの凄い勢いで
開けられた扉にはるかがモロにぶつかって、もの凄い勢いで地面に吹っ飛んだ。
「か、河島さん! 生きとるか!」
「……ん……なんとか」

「……俺は吉本新喜劇でも見てるのか?」
「さ、さあ……」
 それを見ていた朋也と名雪は、当然ながら唖然呆然。
「っとすまん、介抱は後や! そこな二人! 何しに来た!」
 それでも由宇ははるかをかばうように前へ出て、びしい! とロッドを二人に向け構えをとった。
目が泣きはらして赤いが、まだ涙が残ってもいるが、真剣そのものだ。
 殺してやる、ではなく、これ以上死なせてたまるか、という覚悟に満ちた表情をしていた。なまじ
涙の跡があるだけに、その姿はある種の悲壮感すら漂わせている。
 ああ、この人達は『乗って』いない。朋也はそう思い、安心した。
 ただ……その姿は既に、ここではとっても場違いっぽいのが微妙といえば微妙である。
「そうだな……何しに来たかと言えば……」
 あごに手を当てて少し朋也は考えると、にやりと笑って言った。
 このシチュエーションには乗ってやるのが筋というものだろう。
「そこで死んでる河島さんとやらに夕食に呼ばれたから、ご相伴にあずかろうかと」
「…………は?」
 気合い満載だった由宇の目が点になり、頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ。
153笑いは百薬の長:04/05/31 20:10 ID:/NSUtV6M

「ん。つまりそういう事」
 むくりと上半身を起こすはるか。智代に蹴られた春原にも負けない勢いで吹っ飛んだように
見えたが、彼女は無傷だった。案外タフな人だ、と場違いな感慨を抱く朋也であった。
「わたしは河島はるか。で、こっちの暴走機関車は猪名川由宇さん」
「誰が暴走機関車や。ってかいきなり自己紹介かい」
「まずはお互いを知る事」
「……正しい事のはずなのに、アンタがやると何かずれてるような気がするのはうちだけか?」
「で、あとアルルゥって女の子がいるから」
「また無視かっ!」
 直前まで泣き崩れていても、関西人はやっぱり関西人。
 はるかのボケめいた応対に思わずツッコミを入れざるを得ない由宇であった。
 この島で出会って以来、二人の間で何度繰り返されたか分からない漫才。即席コンビの割には
絶妙な掛け合いに、朋也と名雪は思わず吹き出した。と同時に、この人達は信用できる、と
理屈ではない何かで確信した。
「うー……なんでアンタと話すとこうなるねんな……」
 笑う二人を見て、由宇はポリポリと鼻をかく。こちらもまた、朋也と名雪に対する警戒感は
雲散霧消していた。
「それが猪名川さんの定め」
「……いつかアンタとは決着つけたらなあかんな」

「で、そっちは?」
 はるかが視線を向けてくる。それはこの島に似合わぬ、普通の日々に普通に交わされる
言葉と視線。忘れかけていた日常が、ここにはあった。
「俺は岡崎朋也だ。で……」
「わたしは水瀬名雪だよ」
 とにもかくにも、二人の目的である情報収集は前向きに進みそうだった。

 そんな一行を見守るかのように、暗さを増す空には一番星が光を放ち始めていた。
154笑いは百薬の長:04/05/31 20:11 ID:/NSUtV6M

【007 猪名川由宇 所持品:ロッド(三節棍にもなる)、手帳サイズのスケブ】
【027 河島はるか 所持品:懐中電灯、ビニールシート、果物ナイフ、救急セット】
【004 アルルゥ 所持品:なし】
【014 岡崎朋也 包丁 英和辞典 ビームサーベル×2(充電器に収納)、シールド(ダンボール製)】
【090 水瀬名雪 所持品なし】
【食料と水(飲み物)はアパート内に確保済み、量はお好きに】
【定時放送後、黄昏時】
155「決裂の序曲」 ◆U2dbpJmxQs :04/05/31 23:16 ID:iGzZwuZW
 クーヤ、耕一、晴子、明日菜の四人が戻り、ベナウィが無事に目覚めたことを喜んだのもつかの間。
 七人の上に篁の声が届き、そして、22の名前が呼ばれた。
 古河夫妻は、空を見上げていた。
「なぁ、早苗――」
「……はい」
 秋生は乱れた思考を振り払うように、乱暴に頭を掻いた。
「今の放送。俺は見知った名前をいくつか聞いたことよりも、
 その中に渚の名前がないことに、ほっとしちまっている。……ひでぇ話だよな」
「そんなこと……当たり前じゃないですか」
 早苗は笑っていた。
「この空の下で、渚が生きている。それが分かっただけで、わたしは嬉しいです。
 だって、親ですから……実の子の無事を願うのなんて、当たり前じゃないですか。
 渚が、無事って聞いて、わたし、どんなに……」
 笑顔の端から、涙がこぼれ、崩れてゆく。
「わたし、嬉しいです。でも……でも、やっぱり……やっぱり、わたし……」
 ついには両手で顔を覆った。
「早苗」
「ごめんなさい……、春原さん、風子ちゃん……ごめんなさい、ごめんなさい……」
 罪悪感に震える肩を、秋生が抱き寄せる。
「いいんだ。いいんだ、早苗。どうしようもなかったんだ、俺たちには……」
 秋生は空の果てを見上げた。夕陽がやけに赤かった。にじんで見えるほどに、赤く、巨大だった。
156「決裂の序曲」 ◆U2dbpJmxQs :04/05/31 23:18 ID:iGzZwuZW

 透子に雪緒、それに真帆。ついでといってはなんだが、詠美とゲンジマル。
(ずいぶんたくさん逝っちゃったもんね……あの二人もせっかく見のがしてあげたのに)
 明日菜が手を下すまでもなく、ライバルが大量に脱落した。
 それはそれでよいことかも知れないが、やはり幾ばくかの寂寥感は拭えない。
 雪緒はバイト先での後輩でもある。少し変なところはあるが、有能だったし、嫌いではなかった。
(帰ったら、てんてこ舞いだろうなぁ……おじさま、怒ってないかしら?
 まぁそれより、あたしも、みんなみたいにならないようにしないと。
 時紀君も今のとこ無事みたいなのはいいけど……やっと半分かぁ。結構ハードな展開ね)
 聞かれてはならない呟きを、胸の内で響かせる。
 そういえば、神尾観鈴の名前もなかった。
 晴子もほっとしているだろうと思いきや、表情は暗い。というか、苛ついている。
 先ほど、あさひにあしらわれたのが、それほど気に入らなかったのか、それ以外の理由か。
(ま、ここの人達も、放送メモったりしてないんだもんねー。なんのために合流したのやら。
 時紀君も、観鈴さんも、無事は確定していない……まだまだ楽観はできないか)
 そして明日菜は、生じた僅かな動揺を瞬く間に鎮め、次はいかに立ち回るべきかを考えていた。
157「決裂の序曲」 ◆U2dbpJmxQs :04/05/31 23:20 ID:iGzZwuZW
 
 クーヤは大地に立っていた。ぐっと力を入れて踏ん張り、僅かなりとも揺るがないように。
 その背中を、耕一とベナウィが見つめている。
「ゲンジマルは……余には過ぎた忠臣であった」
 握った拳が細かく震えている。
「ゲンジマルが、今ここにいたら……ふふっ、怒鳴りつけていたであろうな。
 立ち止まっている暇など、ありはしませぬ、と。
 あの者は、余の家臣であるのに、時に余よりえらそうであった。
 それはそれで腹が立ったが、また頼もしくもあった。未熟な余を叱咤激励し、導いてくれていたのだ。
 だが、ゲンジマルなき今、余は自分で考え、行動しなくてはならぬ……」
「……クーヤ皇。私は死の淵にいたとき、聖上と出会いました。それは夢であったかも知れませぬ。
 ですが私には、それが聖上の、最後のご意志であったと思えるのです。
 聖上は、私にクーヤ皇を頼むとおっしゃいました。
 ゲンジマル殿には及ばないでしょうが、私も、クーヤ皇のための力になります」
「そうか……ハクオロが」
 死してなお、自分を気遣ってくれるハクオロを思うと、涙が出そうになる。
 この世界に来て、近しい者は全員去ってしまった。
 新しく知り合った者はいても、それは彼らの代わりにはならない。
「う……」
 またほろりと来そうになり、背けた顔を、拳でぐしぐしと拭うクーヤ。
 一生懸命、皇であろうと背伸びするクーヤが、耕一には微笑ましく――いじらしく思えた。
158「決裂の序曲」 ◆U2dbpJmxQs :04/05/31 23:21 ID:iGzZwuZW
「クーヤ、無理しなくていいから」 
「無理などしておらぬっ」
「分かった分かった。ほら、落ち着いて。これでも飲んで」
「子供扱いするなというのに……」
 が、言い返す声は弱い。クーヤが肩に掛けていた水筒から、紅茶を注いで手渡す。
 手にしたカップから、湯気が立った。
「……なんだ? まだ暖かいとは奇妙な……どのようなからくりだ?」
「そうか、クーヤは魔法瓶も知らないのか」
「まほうびんとは何だ?」
 そして、またレクチャーが始まった。まずは魔法=術法みたいなものであるところから。
 あまり本質的なところとは関係ないが。
「……まあよい。とにかく便利な道具であることは分かった。暖かいな。暖かくて、旨い。胸に染み渡るようだ」
「クーヤ皇、それは……」
 ベナウィが、水筒を見咎める。
「む? ああ、これはそなたの荷物だったな。
 あの時、そなたが倒れたごたごたで、いつの間にか余が預かっていたようだ。
 勝手に飲んですまぬな、許せ。が……もしも責めるなら、勝手に開けたコウイチの方にせよ」
「え、俺!?」
「冗談だ」
 ともかくも、冗談を言える程度には、クーヤは回復したようだ。
「甘いお茶というのも珍しいが、なかなか美味だ。これは何というお茶だ? ベナウィが入れたのか?」
「いえ……そこの所も含めて、クーヤ皇、それから他の方々にも、
 相談したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「む?」
159「決裂の序曲」 ◆U2dbpJmxQs :04/05/31 23:24 ID:iGzZwuZW
 ベナウィの呼びかけに応え、皆が集まった。
 議題は、陽が落ちてきたが、これからどうするべきかというもの。
 このまま森の中で野宿という手もあるが、根本的に食料が乏しい。
 ここぞとばかりに、秋生がクーヤと耕一にもパンを勧め、二人で半分ずつ囓り、会議は十分中断した。
 明日菜と晴子は危険を察知したか、遠慮していたのはさすがである。
 なお、体も大きく、この手の料理には慣れている耕一の方が、復帰は早かった。
 古河ベーカリー・クンネカムン支店の夢が断たれたのはさておき、
 どこか泊まれそうな場所を知っているか、各々に聞く。
「あー、あたしたちは昨日スタート地点のホールに泊まったんですけど、あそこはちょっとやばそうですねぇ」
 明日菜はホールの辺りで爆発が起こったことを告げ、
 主催者の膝元でもあるし、あまりいい気持ちはしないと告げる。
「俺とクーヤは、野宿だったしなぁ」
「贅沢は言ってはおれぬが、せめて屋根のあるところで寝たいものだ。湯浴みもしたいぞ」
「いやそりゃ贅沢だろ……と言いたいが、俺たちもそろそろ文明の香りが恋しいぜ」
「ハイキングみたいで、ちょっと楽しいですけど」
「で、あんたは?」
 聞き手に回っていたベナウィに、晴子が問う。
「一つ、心当たりがあるにはありますが」
「なんや、せやったらはよいわんかい」
「北北西の海岸に、二階建ての館があります。
 私は昨日、そこで牧村南殿と、立田七海殿の二人と会い、僅かの間、歓談しました。
 ですが――先ほど、お二人の名前が呼ばれたのです」
 その言葉の意味を察し、一同が押し黙る。
 かなりの確率で、そこには、あるいはその近くには、殺人者がいるということだ。
160「決裂の序曲」 ◆U2dbpJmxQs :04/05/31 23:26 ID:iGzZwuZW
「ベナウィ。もしかして、この紅茶とやらも……」
「は、七海殿からいただいた物です」
「そうか……」
 く、とカップの底に残っていた紅茶を飲み干す。
「暖かく、優しい味がするな。きっと入れた者の心がこもっておるのだろう」
「……は」
「して、そなたはどうしたいのだ?」
「私は、クーヤ皇のご指示に従います。それがハクオロ皇のご意志でありますれば」
「ゲンジマルの後を継ぐというのであれば、余が間違っているときには正さねばならぬ。
 余の命令を、ただ聞くだけの者ではダメなのだ。だから、そなたがどうしたいのか、それが聞きたい」
 再度問われ、目を伏せて、考えた。ほんの一時ではあったが、この島で得られた、数少ない安らいだ時間だった。
 ただ平和な時を願っていた二人が、無惨な目に遭わされたかと思うと、静かな怒りが胸の内に湧き上がる。
「私は、今、その館に犯人がいるかどうかは分かりませぬが、できれば仇を討ち、弔ってあげたいと思います」
「そうだな。それに、余らの一晩の宿を手に入れたいという願いとも一致する。
 余も、七海殿にこの茶の礼をせねばならぬしな……」
「あえて、危険な橋を渡ることになりますが……」
「確かに危険ではあるが、この島で今さら危険に怯えていても始まらぬ。その館、落としに行くぞ!」
「御意!」
 と、意気上がりかけた刹那――。
「冗談やないわ」
 神尾晴子が冷たい声で遮った。

【33番 クーヤ 所持品:ハクオロの鉄扇、サランラップ25m 短刀】
【18番 柏木耕一 所持品:ショートソード(明日菜より返還)『左腕負傷中』】
【79番 古河秋生 所持品:金属バット、硬式ボール8球、かんしゃく玉1袋(20個入り)】
【80番 古河早苗 所持品:早苗のバッグ、古河早苗特製パン2個、トゥスクル製解毒剤、カッター】
【82番 ベナウィ 所持品:ベナウィの槍、水筒(紅茶入り)(双方とも、返還)、ワイヤータイプのカーテンレール】
【02番 麻生明日菜 所持品:ナイフ、ケーキ】
【22番 神尾晴子 所持品:千枚通し、歪んだマイクロUZI(残弾20発)20発入り予備マガジン×1】
【時刻:二日目午後六時すぎ】
161長い夜の始まり1:04/05/31 23:59 ID:yanvP+rJ
 その放送を、橘敬介(055)と三井寺月代(085)は学校の中で聞いていた。
 有紀寧の埋葬から幾分時間がたっている。その間、二人で学校外部――中庭やプール――の様子を調べた。
結果、水が張ってあるプールはやはり消毒薬のにおいがしたこと、孤島であるにもかかわらずガスはプロパンを
使用していないことがわかった。他にもいくつか、使えそうなものが見つかった。
「はい、これ、橘さんには必需品でしょ」
 と月代に渡されたのは革製の手袋だった。空の車庫で見つけたものらしい。改めて自らの手の惨状をかえりみると
敬介には何も言い返せない。ほかにも納屋から懐中電灯と高枝切り用のはさみをせしめて校舎に入ったころには暗く
なりかけていた。そんなときに、あの不快な老人の声が流れてきたのだった。

「橘さん」
「…」
「やっぱり平気でいられないよ…きよみさん、あんなむごい殺されかたしていいような人じゃなかった」
 やはり目の当たりにした光景は現実なのだと、その淡々とした放送は告げていた。
「月代ちゃん…」
「ううん、分かってる、分かってるけど…でも…だから…」
「…」
「確かに憎い。それは変わりないよ。でもね」
 罪を償わせること――それが月代の決意だった。
「あたし、復讐は考えない。あの女を捕まえて、きよみさんに謝らせる」

162長い夜の始まり2:04/06/01 00:00 ID:237f10sj
 もし、あの場で撃たれたのが観鈴や晴子だったら自分は見境なく飛び出していただろう。そう敬介は思う。
同行者の制止も、死にゆくものの言葉にも耳を貸さず、復讐という言葉を盾に狂気に身を委ねていたかもしれない。
そのほうがはるかに楽なのだ、何も考えず、何も思わずにいたほうが。
 今回の放送では未だに合流を果たせない彼女らの名前は確かになかった。だが次の放送でその名がないと、
そしてそれを聞いた自分がそうならないとは敬介には断言できなかった。
 月代は違う。娘と同じ年かさのこの少女は、敬介の目の前で、より難しい道を選んでみせた。
 それは武器の威力とも、自分の持つ、人を殺せない甘さとも別のもの。
「もう――あたし決めたよ」
 強さを持つ眼に迷いはなかった。

 最上階の、屋上に通じる階段に最も近い音楽室を拠点にして、敬介たちはちょっとした作戦会議を開いた。
 学校にいるうちにやっておきたいことはたくさんある。しかし、例えば屋上から島の全景を見て森を通らずに
移動するルートを見つけるなど、明るくなってからでないとできないこともあった。放送直前に森のほうから
聞こえた、獣の吼え声。戦力が揃っていない段階では、あの「森の主」(偶然にも、二人がそう呼んだ白い獣は
元の世界でもそう呼ばれていた)との遭遇は避けたかった。

163長い夜の始まり3:04/06/01 00:00 ID:237f10sj
「これは…月代ちゃんが持っていてくれないかな」
 荷物整理を始めた敬介が差し出したのは青酸カリの小ビン。
「こうも手が切り傷だらけだと取り返しのつかないことになりかねない」
 手袋をつけてはいるが毒を触るのはなるべく控えたい、という理由に月代はしぶしぶながら了承した。
「対処法も調べといたほうがいいだろうね」
「…うん」
 短く答えた月代の目は曇っている。すでに一つの命を奪った毒物。あれからまだ一日しかたっていないのだ。
「となると図書室…かな」
 同じ階の逆のつきあたりにそれはあった。この音楽室の鍵を開けた手際をもう一度月代に期待するとしよう。
「橘さんがいくらがんばっても開かなかったからね」
「…ピッキングは特殊技能じゃないのかな」
「でもそれらしい道具もってて開けられないっていうのは…」
「いや、これは…」
 あの少年のことが頭をよぎった。やはりこういうことは得意だったのだろうか。

 手持ちの荷物のうち毒のビンと高枝バサミ、ここで調達したケースに入れたヴィオラ、ピッキング用の針金や
レンチ、そして注射器の類を月代が、ここで失敬したピアノ線を含めた残りを敬介が持つことになった。
化繊で作ったらしい下着は月代の万一のときの着替えになった。少し大きいが、さすがに敬介には小さすぎる。
164長い夜の始まり4:04/06/01 00:01 ID:237f10sj
 一通り持ち物を分け終えると、敬介と月代は校舎内を調べることにした。懐中電灯だけでは頼りないのだが
今電気をつけて人を呼び寄せる大博打に出るほどの余裕はこの二人にはない。殺人者を迎えうつのは、できれば
あの音楽室や屋上から様子がしっかりと見える昼間にしたかった。
「…こっちから動くのは朝になってから、ってこと?」
「そうだね、夜の間は打てる手を打って、後は休憩。どうだろう?」
「おなかも減ったしね。えーと、探すのは食料と…他には?」
「うーん、武器になりそうなものと…あとはカーテンかな」
 大きな布は使い道が多い。調べもの中の図書室などでの光の漏れを防ぐためにも、暗幕は役に立つだろう。
 別に全てを荷物にする必要はない。学校にいる間はせいぜいあるものを利用させてもらおうではないか。
「了解っ」
 復調した月代が元気に答える。彼らの夜はまだ始まったばかりだった。

【055 橘敬介 所持品:ヨーヨーもどき、釣り針、ピアノ線、太めの釣り糸、肥後ノ守、手品道具、ピン類他小物、
大判ハンカチ、メモと鉛筆、裁縫道具、クレジットカード、小銭入り長紐巾着、クッション、食料、腕に万国旗、
手袋着用】
【085 三井寺月代 所持品:ヴィオラ(ケース入り)、青酸カリ、筋弛緩剤と注射器一式(3セット)、スコップ、
高枝バサミ、懐中電灯、針金、小型レンチ、食料、手作り下着、初音のリボン】
【校内パトロール中、物資およびカーテン調達目的。夜八時ごろ】
165ネクタールを飲みたい?:04/06/01 00:32 ID:ijbi/kRE
「アーヒャヒャヒャヒャ」
突然松浦亮が狂ったように叫び出した。
銀色のギアを振り回して、しきりに「ええい、連邦軍はいい、ガン○ムを映せ!」と叫んでいる。
それを見た神岸あかりは、不可思議な殺意に駆られ、傍らにいた春原芽衣に向かって吶喊する。
「そうだ、くるくるだ。くるくるで行こう。総員クルクル吶喊だ!」
「ぐは、い、痛っ!?な、何を言ってるんですかあかりさんまで!!」
「ハァハァ、アム朗、これをつければガン○ムの性能は今の数倍に・・・」
「松浦さん、それはギアの玩具ですよ!」
「うぬぅぅ!!」
ぎゅおおおおお。爆音を立てて高速回転を開始したのはギアではないあかりである。
「松田さん!今行きます!!」
回転のエネルギーを得たあかりの胸元に十字の傷が表れる。黒い天使!!
「が、ガン○ムが・・・私のガン○ムがぁぁぁぁ!!」
そしてついに、亮の理性がドラム缶の彼方へと吹き飛んだ。ガンガン音を立てて唸る。
ギュル!ギュルギュル! ギュルルルルルルルルルルル!!
「な、なんですとー!?」
芽衣の目は既に点である。あらゆる意味で空間は円に支配されつつあった。
「いざ、仕らん。参られい!(レッツ・メイク・ラブ。カム・オン!)」
亮がギアを手裏剣のように構えて叫ぶ。それが合図となった。
<<<お父さんは幸せです。カズミ、ミノル、そしてお母さん。お元気で>>>
それは激しい意地のぶつかり合いであった。
ガラス窓は砕け、壁のポスターはビリビリ破け、仕舞いには芽衣のスカートがめくれた。
白のパンティーが見える。というか、少しズレて中身が露になったかもしれぬ。
「や、ヤプー如きが!家畜の分際で、程を知れ!」
激突の衝撃に、完全にプキー、プクーターと化した両者を眼前に置いて、
春原芽衣に潜在していたイース国の貴婦人の血が高らかな目覚めをあらわしていた・・・。

【松浦亮 人間としての全尊厳を失いプクーターとなる】
【神岸あかり 人間としての全尊厳を失いプキーとなる】
【春原芽衣 イース貴族:松浦亮と神岸あかりを蓄従させる】
【シュガー佐藤 生死不明】
【時刻 二日目午後7時過ぎ】
166READY LADY:04/06/01 02:08 ID:/R5GHGGP

定時放送が終わる。
重苦しい沈黙。

「……ある意味、幸せだったんだよね、この子はさ」

広瀬真希が、ぽつりと呟く。

「あんな放送、聴かなくて済んだんだからさ」

涙ぐんでいる渚を、俯いて地面を見つめるエルルゥを、そして傍らに横たわる
美坂香里の静かな顔を見ながら。

『30番、北川潤』

何もかもを忘れて涙に溺れることができるほど、親しかったわけではなかった。
それでも、あのバカ面と過ごした時間を思い出せば、こうして心の何処かが
じくじくと融け出していくような気にもなる。
167READY LADY:04/06/01 02:09 ID:/R5GHGGP

暮れゆく空を、ぼんやりと眺める。
今この時にも、この島のどこかでは殺し合いをしているのだろうか。
その流れ弾が、何もかもを砕いていくかもしれないのか。

「これからどうなっちゃうのかな、私たち」

言葉が自然とこぼれた。
どこか、諦めにも似た呟きだった。

よく見ればほら、その木の上から、あの路地の影から、狂気の殺人鬼が狙っているぞ。
鋭い武器も鋼の意志も、拠る大樹すら持たないお前たちを殺して殺して殺し尽くそうと、
いつだってぎらぎらとした眼で見張っているぞ。

それは楽しい妄想だった。
だから、

「―――ハッ」

とりあえず、笑い飛ばしておく。
いきなり声を上げた広瀬を、渚とエルルゥが驚いたように見ていた。
誤魔化すように苦笑し、話題を逸らした。

「……それにしても遅いわねぇ、エディさん。
 可憐なレディばっかり残して、何やってるのかしら。
 まったく、外人の風上にも置けないわね」
168READY LADY:04/06/01 02:10 ID:/R5GHGGP

「……これはこれは、可憐なLadyダ」

エディは軽口を叩いてみせる。
両手を上げながら。
相手は当然の如く無言。

「ソイツは、できれば下ろしてホシイもんだがネ」

眼前には、冷たく光る古式ゆかしい拳銃。

(確か日本の……ナンブってタイプか。オイオイ、戦前の骨董品カヨ)

時代錯誤なその銃を持つのは、鋭い眼光を持つ少女。

(しっかシ……俺っちは腐ってもNASTY BOYのナビだゼ?
 その気配をこうもヤスヤスと……このお嬢チャン、一体ナニモンだ?)

それとも、とエディは心中で溜息をつく。

(俺っちもすっかりヤキが回ったッテことかネ……)

少女の眼に狂気の翳はなく、と言って怯えの色もなく、ただ淡々と己の責務を果たす、
冷淡な光だけが見て取れた。

(ラインを踏み越えチマッタ、ってカンジは無いケドな……さて、どうしたモンか)
169READY LADY:04/06/01 02:11 ID:/R5GHGGP
【072 広瀬真希 『超』『魁』ライター 便座カバー 食料と水多めに所持】
【011 エルルゥ 乳鉢セット 薬草類 食料と水多めに所持】
【081 古河渚 食料と水多めに所持 [少し熱っぽい]】
【087 美坂香里 所持品ナシ [気絶中]】

【010 エディ 盗聴器 尖った木の枝数本 ワルサーPP/PPK(残弾4発)、出刃包丁、タオルケット×2、
   ビスケット1箱、ペットボトルのジュース×3、婦人用下着1セット、トートバッグ、果物ナイフ】
【094 宮路沙耶 南部十四年式(残弾9)】

【広瀬以下、四人は住宅街の側で休憩】
【時刻は18時過ぎ】
170READY LADY(後半部改訂):04/06/01 12:42 ID:/R5GHGGP

(……これはこれは、可憐なLadyダ)

エディは心中で呟く。
角の向こう、路地の彼方に少女が一人。
ひょろりと伸びた手足はか細く、血色もあまり良くない。
見ようによっては可憐な少女に見えなくはない。
血の滲んだザックを振り回しながらにやにや笑ったりしていなければ。

カレーだ黄身だひよこだのと、意味の判らない単語が切れ切れに聴こえてくる。
それだけならば腹を減らして苛立っているのかとも、相当無理をすれば思えなくは
なかったが、問題は彼女の大音量な独り言の中で、もっとも高い比率で現れるのが
神岸さん、と藤田くん、そして、殺す殺さなきゃ殺して殺せば殺そう。
どうもあの少女の頭の中は殺戮のオンパレードらしい。

(あリャア、どう見てもイッちまってラア)

放置するのは危険に過ぎる。
と言ってこの位置から銃撃して始末する、というのもできれば避けたかった。

(昼間の嬢ちゃんも、アンな感じだったしナ……)

頭をよぎるのは、郊外に置いてきた美坂香里のこと。
性根から歪んだ殺人鬼なら、待っている広瀬たちのためにも排除しなくてはならない。
だが、過ちに気付ける余地があるなら、悪夢から覚めることができるなら。

(参ったねドーモ……俺っち、ヒーロー役には向いてネェんだガネ……)
171READY LADY(後半部改訂):04/06/01 12:43 ID:/R5GHGGP

【072 広瀬真希 『超』『魁』ライター 便座カバー 食料と水多めに所持】
【011 エルルゥ 乳鉢セット 薬草類 食料と水多めに所持】
【081 古河渚 食料と水多めに所持 [少し熱っぽい]】
【087 美坂香里 所持品ナシ [気絶中]】

【010 エディ 盗聴器 尖った木の枝数本 ワルサーPP/PPK(残弾4発)、出刃包丁、タオルケット×2、
   ビスケット1箱、ペットボトルのジュース×3、婦人用下着1セット、トートバッグ、果物ナイフ】
【071 雛山理緒 枕大の石入りザック、黒うさぎの絵皿、水風船3コ】

【広瀬以下、四人は住宅街の側で休憩】
【時刻は18時過ぎ】
172名無しさんだよもん:04/06/01 12:44 ID:/R5GHGGP
沙耶の時間軸に矛盾が生じているため、168-169は170-171に差し替えでお願いします。
申し訳ありませんでした。
173眠れる女豹:04/06/01 15:35 ID:iWo1YdWP
 睡眠中の私の神経を刺激するような音は聞こえなかった。
外に張り出した罠が作動する事もなかった。
 目が覚めたとき、眠る時と変わった事は何一つなかった。
周りの気配も、自分の服装も、自分の体勢も。
窓から見える景色も何一つ変わらないように見えたが、
ただ一つ、空の色だけが全く違っていた。
「もう、日没が近いのね」
 何かしらの気配があれば、すぐにでも起きられるよう、
深く眠る事はなかったが、それでもこれだけの長い時間
無防備に睡眠を取っていた自分に軽い驚きを感じずには
いられなかった。
「まさか、日が暮れてしまうまで寝てしまうとはね」
 そんな自分が信じられないというように軽く首を捻る。
しかし次の瞬間には、今置かれている自分の状況を冷静に
考えられるくらいに落ち着きを取り戻していた。
174眠れる女豹:04/06/01 15:36 ID:iWo1YdWP
(もっとすぐに回復するものだと思っていたけれど、
思っていたよりもずっと体力を消耗していたって事ね)
 今だ無傷な部分を軽く動かすが、どうも反応が鈍い。
と言うよりも、これまで過ごしてきた時にはなかった
重さを感じる。
 そして傷ついた部分に神経を集中させ、軽く腕を
動かしてみる。
「ぐっ」
 傷を受けた時よりもほんの少しだけ腕を上げることが出来たが、
戦闘に耐えうる状態でないというのはすぐにわかった。傷を
受けた時よりも痛みは多少治まっているように思えたが、
それはただ、麗子の肉体が怪我の痛みに慣れたと言うだけの事で
しかなかった。
 試しに、鉄パイプを右手に持ち振り下ろしてみる。
 しかし、大して力を込めたわけでもないのに、左肩に痛みが走り
振り下ろした後にバランスを崩してしまう。
「このままでは戦闘なんてとても望めないわね」
 そう言って持っていた鉄パイプを部屋の隅に投げ捨てる。
他の者ならいざ知らず、今の麗子にとって鉄パイプは
武器になり得なかった。 
175眠れる女豹:04/06/01 15:36 ID:iWo1YdWP
「……」
 まともに動かせない自分の体に舌打ちをする。 
 自分が本来持っている回復力は望めないにしても、
ある程度は残されているものと思っていたが、どうやら
その認識を改めなければならない事になった。

(さて、これからどうしましょうか)
 本来ならば一眠りした後、すぐにでも狩りを再開しようと
考えていたが、その考えは自分を死に至らしめるだけである
事を嫌と言うほど認識させられた。
 少しでも早くこのゲームを終わらせると言う事と、このまま
狩りを再開してもいずれ自分が狩られると言う事の相反する
思考が繰り返し麗子の頭の中を駆け巡る。
 その時間がどれくらい経ったのかはわからない。ただ
全く無音であった麗子の世界に無粋な声が入りこんできた。
176眠れる女豹:04/06/01 15:37 ID:iWo1YdWP

――以上22名。残りは48名となる――。

 
 それは6時間ごとに鳴り響く放送であった。自分の思考を
中断させたその異音に、いかにも億劫そうに耳を傾ける。
 誰が死のうと全く関係がない。自分はただこのゲームに勝つだけ。
そんな麗子にとっては長々と続けられる名前の羅列は
何一つ意味を持たない。しかし、一向に終わる気配の見せない
放送に、麗子は次第に興味を見せ始める。そしてその言葉を
聞いた瞬間、麗子の思考は再開される。

(たった6時間の間に22人も死んでるの。私が動かなくても
これだけの人が死んでるの)
 
 これで方針は決まった。6時間の内に22人も死ぬような
状況であるならば、わざわざ手負いの自分が出て行く理由など
何一つなかった。あと6時間は静観が出来る。ここで死者の
ペースが減ってから動いても遅くはない。
177眠れる女豹
麗子がこの部屋に来た時と何一つ変わりない景色。変わったのは
空の色と動いている人の数。そして今また変わることなく休息を
取ろうとしている。

「もうちょっとだけ殺し合いしててね。すぐに私も参加するから」

 そういって目を閉じる。今まであれだけ寝ていたにもかかわらず、
すぐに意識は闇の中へと消えていった。


【005 石原麗子 あと6時間静観の構え
    所持品:ベレッタ(残弾7発)、アイスピックの針、鉄パイプは部屋の隅へ】