【観鈴】オレの娘の名前を考えてください【あゆ】

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333名無しさんだよもん
 その日は父兄参観であった。朝から生徒の親たちが教室の後ろに立って、
我が子の授業風景を眺めているのである。
 子供たちはというと、いつもと違う教室の雰囲気に緊張していて、
うしろから見ても一目瞭然なほどにしゃちほこばっていた。

「じゃあ、次は誰に読んでもらおうかな」
 国語の教科書を持った教師が、ぐるぐると通路を回る。
「そうね、観鈴ちゃん。読んで」
「は、はい」
 がたん、と起立する音が教室に響いた。


            ******


 授業参観のあったその夜。ある家庭にて。
 食事の最中、期せずして昼間の授業参観の話題になった。
「あの、なんていったっけ。観鈴ちゃんかな、頑張ってたね」
 そう言いながら、父親は新聞から目を離そうとしない。隣の母親は聞こえよがしにため息をついた。
334名無しさんだよもん:04/05/24 20:07 ID:wtJCV+3/
 新聞を読みながら食事なんて、朝食じゃあるまいしと言いたげだった。
 父親の発言に、子供が反応した。
「えー、そうかなー。観鈴ちゃんはなんにも出来ない子だよ?」
 ぴく、と父親の眉が動いた。新聞越しにちらりと我が子を窺う。
 子供は父親の微妙な変化など分かろう筈もなく、心底あきれたという調子で、
「観鈴ちゃんてば、ちょーとろくさいんだよ。みんな迷惑してるの。今日だってちゃんと読めなかったし。ずーっと黙っちゃうの」
 我が子の冷たい意見に、母親は何と言っていいのか分からず、曖昧な笑顔で相づちを打つだけだ。
「詠美」
 と、そのときだ。父親が新聞を畳みながら娘の名を呼んだ。
「観鈴ちゃんと友達になりなさい」
「えー」
 子供は露骨に顔をしかめる。父親は娘の反応に無頓着に、
「今度、うちに呼びなさい。付き合ってみると、いろいろわかることもあるだろ」
335名無しさんだよもん:04/05/24 20:08 ID:wtJCV+3/
「やだよ、そんなの」
「詠美ちゃん。パパの言うとおりにしてみたら。きっと楽しいわよ。ママね、日曜日にケーキ焼いてあげるから」
 孤立した子供は仕方なく、こっくりうなずく。
「約束だからな」
 父親の念押しに子供はぷぅとふくれた。そんな娘を優しくなだめながら、母親は、普段はぐうたらにみえる夫も、
言うべきときにはしっかり言う人なのだと心密かに見直した。


            ******


 ベランダで満月を見上げていると、懐かしさと共に笑みがこぼれてくる。

「なんだよ。やっと逢えたじゃないか。10年ぶりかよ? ずいぶん待たされたもんだ」

 最近は1本百円のものすら珍しくないたばこを取り出し、落とさないよう大事に火を点ける。
336名無しさんだよもん:04/05/24 20:09 ID:wtJCV+3/
 最近は1本百円のものすら珍しくないたばこを取り出し、落とさないよう大事に火を点ける。
 教師が最初に出席を取ったとき、観鈴、という名を聞いて、父親はひどく驚いた。
 それは、思い出の中の金髪の少女と同じ名前だったから。
 名前を呼ばれた"観鈴"はごく普通の女の子だったけれど、かつて涙を流した記憶を揺り覚ますには十分だった。
「ホント思いっきり泣いたよなぁ。ずーっと引きずったし。今にしたら馬鹿みたいだけどさ」
 ふぅーと煙を吹き上げ、手すりに頬杖を付く。
 あの作品は遠い昔のものだった。けれど、自分自身が三十路を超えて家族を持つようになると、
 あそこに描かれた物語に、共感めいたものを強く感じずにはいられないのだった。
 それは、親としての感情がそうさせるのかも知れなかった。
337名無しさんだよもん:04/05/24 20:10 ID:wtJCV+3/
 晴子も観鈴も、みんなほんとうに一生懸命だった。
 だからこそ悲しかった。その場に居て、手をさしのべてやれないことが悲しかった。

 気が付くと、手にしたたばこはずいぶんと短くなっていた。
 父親は慌てて最後に一吸いし、フィルター近くまで灰になったそれを、携帯灰皿に押し込んだ。
 うっすらと湿ったまぶたを指でそっと拭うと、父親はまた、優しい笑みを浮かべた。

「今度はいっぱい友達が出来るといいな。観鈴ちん」

 白い月が、静かに、煌々と輝きを放っていた。