みさお「むー。随分といろいろあったみたいだね。忙しかった人もそうでなかった人もまとめて乙!」
一弥 「いろいろ、で片付けていいのかな…なんだかわやくちゃだけど…」
みさお「ちっちっち(人差し指を左右に)
真に新しいものは決まって混沌の中から生まれるものなのだよ、かず君」
一弥 「そういう、ものなの?」
みさお「まあ何も生み出さない混沌も多いわけだが」
一弥 「駄目じゃないか! それ駄目じゃないかーっ!!」
みさお「全てに意味を求めちゃダメッ! …離れて見てるとそれなりに愉しいんだから。ね?」
一弥 「慈愛のこもった表情を、なげやりな言動が裏切ってるよ?」
みさお「局が閉鎖して、貴重な収入源を失ってしまったのでね。うふふふ…あたし今、りある貧乏♪」
一弥 「……ちょ、ちょっとくらいなら、ぼくの貯金くずして貸すけど…(心配そう)」
みさお「ありがとうかず君……でも、いいよ。そうやって借りたお金が雪だるま式に膨らんでいって、
終いには妙に陰惨かつ冷酷な雰囲気を漂わせるようになったかず君に身請けされて、湿っぽい
地下室で被虐に悶え泣くのは嫌だもの…あたし、どっちかと言えばS寄りの自分が好きだし……」
一弥 「めちゃくちゃ言わないでよっ! そんなこと、ぼくがみさおさんに……」
みさお「………(怯えたような表情で上目づかいをしながら)………しない?」
一弥 「う゛っ(なんかツボを突かれた)………………………………しないってば!」
みさお「えーと、かず君はお膳立てさえ整えば容易くビーストになる、と……(黒手帳にメモ)」
一弥 「その手帳一度見せてっ! 何がどんな風に書いてあるのか知りたいからっ!! (必死)」
みさお「ダメダメ。あたしの甘酸っぱくてほろ苦くて、時折アーモンド臭も混じった
青春のメモリーが綴ってあるんだから。誰かに見られたら死ねるよ?」
一弥 「ぜったい見てやる……見てから捨てちゃうんだから…ふふ…ふふふふ…(微妙に黒くなっている)」
みさお「ほっほーう? 大きく出たね……久しぶりにおしおきかなー? んふふふっ♪」
一弥 「こ、こわくないものっ! ここラジオ局じゃないんだから、倉庫なんかないしっ!!」
みさお「確かにねw じゃあ、二人で次なる倉庫を探しに行こう?
そう…あの地平線の向こうまで…(穏やかな声と、万力さながらに固く握られた手)」
一弥 「ぼく晩ご飯までに帰らないとーっ!! ああああぁぁ……ど、どこに向かうの……(涙目)」
みさお「拙者は流浪人…また、流れるでござるよケンイチ氏。ニンニン」
一弥 「混ざってるよっ! ……し、しーゆーねくすとーん……えぅ……」
〜その後の、はなし〜
本日何度目かの、強い風が吹き付ける。
とっさに首を竦めてやり過ごすことも出来ずに、前髪がばさばさと乱されていく。
…暦の上では春だけど、夕暮れ時に吹く風はやっぱり冷たい。
「随分と寒そうだね、かず君」
「少しだけ……みさおさんは寒くないの?」
「んー、ちょっと寒いけど。でもこの季節って好きだし。なんかこう…わくわくしない?」
「春だから?」
「…なんか煽られてるような…」
「煽ってない煽ってないっ」
そうやって河原沿いの道を二人で歩く、制服とコートに身を包んだ僕と私服のみさおさん。
傍からはどんな風に見えるんだろうか。姉弟? 兄妹? ……それとも
「しかしなんだね……その制服も板についてきたじゃない。ちょこっとだけ、大人びて見えるよ」
「ちょ、ちょこっとだけ? あの頃とは全然違うでしょっ!?」
「ラジオやってた頃? …まあ、背が伸びたのはいいことだよね。あたしを置き去りに、ね」
「そういう意味で言ったわけじゃ…」
左下方からじとっ、と恨めしげな視線。
あの頃クラス一のチビだった僕が、いつしかこうしてみさおさんに見上げられるようになって。
「あたしだってそれなりに変わったと思うんだけど。……くっそー…かず君、調子に乗るなよ…」
「…そんな理不尽な…」
一方のみさおさんは、というと。
少しだけ伸びた身長、少しだけ丸みを帯びた体、少しだけ短くした髪。
…少しずつしか変わっていないはずなのに、なんだかとても落ち着いて見えて。
「学校の方はどう? 楽しくやってる?」
「うん……まあそれなりに。みさおさんは?」
「楽しいよー♪ 学業にサークルに恋に大忙し」
「こ、恋っ!?」
「なんだよう。ちょっと言ってみただけなのに……ああそうさ、彼氏なんかいやしないさっ!」
思わず撫で下ろした胸をちくちくと刺すのは、もはや慣れっこになってしまった焦燥。
背が伸びただけじゃ、どうしても埋められない年月の開き。
「……………む? かず君どしたの?」
「あ………いや……やっぱり今日は寒いなあ、って……」
「いっそ走る? おあつらえ向きのランニングコースだし」
「遠慮します……」
いつものことだけど、みさおさんの言うことはどこまで本気か判らない。
ちら、と視線を廻らせると、何時の間にか僕を見ていたみさおさんと目が合った。
「な、なに? なにか僕、気に障るようなこと言った?」
「……………………12と16。これは変だね」
「じゅうに? じゅうろく? 変?」
「………15と19。……まだ、すこし変かな?」
「…………えっと……なにを言ってるの?」
本当に訳がわからない。
謎めいた微笑みを浮かべながら、歌うように呟くみさおさん。
暗号じみた言葉の意味を反芻するより先に、彼女の薄い唇が開く。
「20と24なら? 30と34は?
あーもう、めんどくさいな……90と94だったら…そんなに変じゃないよ」
「…………みさおさん……そ、それって……」
「……あのね、別に焦らなくていいから、さ」
最後は、風に消え入りそうな声。
鈍い僕はようやくその意味を理解する。
「…みさおさん………」
「………………………」
知らず、華奢な肩に手を伸ばす。
指先が触れる。
深呼吸一つ。
「みさおさん……!」
がばっ、と抱きしめたつもりの腕が虚空を走って、自分の身体を抱く。………あれっ? なんで?
間抜けな格好で顔を上げると、少し前方に馴染みのにやにや顔。
…ほんとに猫みたいだ。しかもチェシャ猫より捕獲困難な。
「天下の往来で何をするつもり?」
「ど、どうして逃げるのーっ!?
普通は、その、えっと、そっと目を閉じて僕に身を預けて……それで、そのっ……!」
「酔ってるのか貴様w」
くるっと反転して、なんだか楽しそうに先を行く細い背中。
照れ隠しにコートをぱんぱん、と払って後に続く僕。
夕闇が迫る川沿いの道に、淡い桃色の花が見える。
「あ……桜、もう咲いてるね」
「今年は早咲きだって言ってたから」
「そうだ…今度、お花見行こうよ」
「…お花見?」
「みんな誘ってさー。盛大に、こう……ぱーっと♪」
「うん…いいね。楽しそうだね」