目の前の美男子はそう言って苦笑して見せた。
「で、そのID13が、わざわざ、ボクみたいなフリーランスに何の用
かな」
「いきなりつれないね、けれどもっともだ。しかし君に教えられる
理由は3つだけだ。まずひとつは、今の私は合衆国軍人ではなく、
日本国政府の元で動いているということ」
「納得しきれないけど、とりあえずいいよ」
ボクはそう流した。クライアントの事情に深入りしてロクな目に
あったエージェントはいない。
「そして、君たちがあの事件の体験者であるってことだ。熊野灘沖
のタンカー事故……」
「あーっ!!」
今度は、ボクの方が思わず声を上げていた。
「あの時のFV-2!」
────ボクは半月ほど前、国内の商社の依頼で熊野灘沖を通過
するタンカーの調査をしていた。
既にそれ以前に、2隻の1万トン超級スーパー・タンカーがほぼ
同じ地点で消息を絶っていた。
まるで、煙の中に掻き消えたように。
しかし、現実とは時に虚構より奇なり、というべきか。ボクが乗
ったそのタンカーも、まさにそのとおりに消えた。
そう、乗っていたボクにすらそう見えたんだ!
夜明け前のガスが出てきたかと思うと、突然。船体はその奥へと
沈み込んでいった!
何か、爆発物が仕掛けられたような様子もなかった。
破壊された痕跡もなく、突如として沈んでいったんだ!
必死で飛び出したボクは、気が付いたらぽつねん、と海面に取り
残されていた。
そこに、撮影係としてエディが、AH-64アパッチで飛んでいた。
しかし、エディがボクを助けようとした時。
現れたのが、リフトファン式垂直離着陸戦闘機……本田技研FV-2
「雷電II」。IIとつくのは、もちろん、初代が制式機(三菱 海軍局
地戦闘機「雷電」)として存在するからだ。
────戦闘ヘリの「戦闘」とは、主に対地戦闘能力を示すもの。
本職の戦闘機とやりあうのは自殺行為に限りなく近い。しかも、ボ
クたちの使っているAH-64は、UnKnown(正体不明)もいいところだ。
エディは仕方なくその場を離脱して、結果、ボクは10km近い遠泳
をさせられて……
「Sorry、“NASTY BOY”がその場にいることは知っていたが、まさ
かこんなPritty Girlだとは知らなかったんだ、お詫びする。……
……357は感じやすいんだ」
「今回だけだからね」
涼しい表情のまま言うフォスに、ボクもまた済ましたまま、机の
下のパイソンのハンマーを下ろし大腿部のホルスターに戻す。
「おかげで、仕事の内容も大体わかったよ。でも、もう一つって言
うのは?」
ボクが最後の理由を聞き出そうとすると、フォスの視線が鋭くな
った。
「“鮫”がこの件に関して動いている。目的は不明」
「鮫!?」
フォスの言葉に、ボクとエディはそろって、息を飲んで目を円く
した。
ボクはランク付けで世界ナンバーワンのエージェント。当然、そ
れとしての能力は相当なものだと思っている。
だが。
ボクをも凌ぐエージェントは、本当はまだ片手に余るほどにはい
る。
彼らは、決してランキングの上位には出てこない。ランキングだ
けを基準にしているクライアントなら気にもかけない最下層───
─そこに、彼らは潜んでいる。
なぜ?
理由は簡単、ボクのように売れてしまうと、行動が漏れやすくな
ってしまい(確かに、それを消すのもエージェントには必須の技能
だが)、本当に大きなミッションの際に枷になるからだ。
だから、決してランキングの上位には出ず、どこの誰かは決して
明かさない、闇の存在……彼らこそが“エージェント”の本来の姿
をした者たち、だ……。
フォスの言う“鮫”……
正確なNickは“Pritty Joze”。
直訳すれば、“可愛い人食いザメ”。どこの誰がこんなNickを付
けたのか知らないが、悪趣味極まりない。
だが、ポッと出の彼女(彼かもしれないが)が、半年もしないう
ちにアンダーグラウンドの世界でその名が取り沙汰されるようにな
ったのは、それだけの実力がある証拠だ。
しかも、彼女のミッションは、アメリカ合衆国関係──それも、
ペンタゴンや、CIA、FBIといった、他のフリーランスにとっ
ては、絶対とまでは言わないものの比較的アンタッチャブルなミッ
ションが多い。しかし、それほどの共通性があるにもかかわらず、
彼女の背後関係は一切が不明だ。
それほどの凄腕、と言うか、得体の知れない“お化け”エージェ
ントが動いている……もちろん、クライアントの手がかりもなし。
他のフリーランス、いや国家組織としての諜報集団であっても、警
戒視して二の足を踏むのは当然だ。
けれど、ボクは────
「面白そうだね」
と、身を乗り出した。
「やれやれ……また“NASTY BOY”の悪い癖が始ったよ……」
隣でエディが、大仰に顔を覆う。
ボクは、姉さんの持ってきてくれたアイスコーヒーをストローで
吸いつつ、エディの方を見た。
「エディだって、“鮫”の正体知りたがってたじゃない、“NASTY
BOY”の商売敵だって」
「確かにそーは言ったヨ!? けれど、何もこんな大きなミッション
じゃなくたって……」
「エディ、ボクのNickは?」
ボクがにこりと笑って言うと、エディは肩をすくめながらため息
をついて、苦笑した。
「“NASTY BOY”……OK、付き合うよクミ」
「というわけで、さらに中身の話しようか、キツネさん」
ボクが少しおどけていうと、フォスはなぜか軽く苦笑した。
>>728-733 ちょっと中途半端&萌不足で申し訳ありません。
これから便座カバーとして第二の人生を歩んでまいります。
雷電でリフトファンVTOLというと、DXのタイトルデモでせうか?(w
ということは、そのうちプラズマレーザーがバリバリと……(別の意味でハァハァ
萌虚仮閣下! お久しぶりであります!煤レ( ゚д゚)
「あのさ、この役辞退していい?」
「今更無責任なこと言わないでくれますかねぇっ!」
芽衣ちゃんはぐっすりとベッドで眠っている。
なんか私は彼女を騙すのは気が引けてきた。
「ヘタレたバカが美人で優しい少女を恋人にする、人はそれを不可能と言う」
「変なナレーションするなよっ!」
こんな兄を持ってしまった彼女に同情してしまう。
兄がこんなくだらない事で嘘をついて実の妹を騙そうとは…。
「芽衣ちゃん、ごめんね……あなたの兄は最後だけは立派だったからね…」
「勝手に最後にしないでくれますかねぇっ!」
「もうアレね、二つに一つよ」
「なにがだよ?」
「嘘がバレてあんたは自殺、嘘を貫き通してあんたは他殺される」
「どっちも死ぬじゃないか! それに他殺ってなんだよっ!」
折角兄を心配して来てくれたのに、このヘタレバカときたら。
芽衣ちゃんが不憫でならない、可哀相に…。
「本当にこのまま彼女を騙し通すの?」
「ああ、そのつもりだけど?」
「あのね……芽衣ちゃんの気持ちを考えてあげたら?」
このバカ、本当に頭の中腐ってんじゃないの?
もうちょっと妹さんを大切にしてあげるべきだと思う。
「そう言われてもな…」
「大切な妹なんじゃないの? まぁ他人の家族だから知らないけど…」
ズキリと心が痛む。 春原が羨ましい、心配してくれる家族がいることが。
頭が少し重くなってくる。 いや、羨ましくなんて無い。
家族を心配するのは当たり前のこと、私にはそれがいないだけ。
「後悔はしないようにしなさいよ?」
「ああ、そうするよ…」
なんとも面倒くさい事になってきた、この私が春原のバカの為に苦労するなんて…。
「ついでにさ、前々から聞きたかったんだけど…」
「ん? なんだ?」
「あんたさ、岡崎朋也のこと心配してないの?」
こいつが彼のことをどう思っているのかが気になる。
私のように心配とかしているのだろうか、それともどうでもいいのだろうか。
「あいつならたぶん大丈夫だと思うけど?」
ほう、随分と素敵な友情をお持ちで。 たぶんときたもんだ。
「なんでそう思うの?」
「親友だからなっ!」
親指を立てて自信ありげに笑顔を向けてくる。
アホだ、とんでもないバカだ……さすが春原…。
男同士と女同士の友情の違いか、それともこいつが特殊なのか。
「あぁ……そう…」
「羨ましいか?」
ムカつく笑顔で言ってくる。 はっきり言ってどうでもいい。
呆れた、なんておめでたい頭なの、年中桜が満開なんじゃない?
「春原、一つ私がありがたい忠告をしてあげる」
「忠告?」
「ええ、人と人の絆はね、思っている以上に脆いのよ」
そう、人の心は移ろい易い。
大切だったものがいつしかゴミになり、必要だったものが不要になる。
それは必然、いつまでも変わらぬものなど無いのだから。
「変わらない友情なんて、無いってことよ…」
「ふっ、甘いな岡崎。 僕とあいつの友情は永遠さっ!」
アホだ、正真正銘のバカがいる。
「あぁ……そうですか…」
「羨ましいか?」
なんて素敵な友情を持っているのだろう、もう彼には何も言う事はない。
本当は春原のバカが羨ましかった、彼の親友である岡崎朋也が羨ましかった。
他人をそこまで信じられることができ、信じられている彼らが――――羨ましい。
さて、もう寝るとしよう。 ベッドを見ると芽衣ちゃんが寝ている、困った…。
彼女を起こさないように隣で寝るのはなかなか困難だ。
春原もそれに気づいたのか、提案してくる。
「一緒に寝ようぜっ」
「ほう……じゃ、次は地獄で起きるのね」
私は拳を握って必殺の一撃を放つ構えを取る。
「ま、待て、芽衣が起きるだろっ」
さっきまで騒いでたくせに、まあいいか。
芽衣ちゃんも疲れているだろうし、ゆっくりと休ませてあげたい。
「あんた外で寝れば?」
「ここ僕の部屋なんですけどねぇ…」
はぁ、仕方ない、我慢して寝るとしよう。
寝るために横になろうとすると、春原が話しかけてくる。
「なあ岡崎、膝枕してくれないか?」
「……なんで? というか意味不明なんだけど…」
「癒されたいんだ…」
いきなり何言ってんのこいつ? 遠まわしに私に寝るなと言いたいの?
「1分500円でいいならしてあげるけど?」
「金取るのかよっ!」
んー、膝枕くらいはいいかな、普段彼の部屋に泊まらせて貰ってるし。
それにベッドも占拠してるし、ちょっとぐらいは恩返ししておこう。
「はいはい、わかったわよ。 眠いから少しだけよ?」
「え? いいのか?」
座って準備して待っていると、春原が頭を乗せてくる。
何故かこのまま足を上げて関節技を極めたい衝動に駆られた。
「なんか、いい匂いがするな…」
無言で平手を彼の顔面に叩きつける。
「づっ! なにすんだよっ」
「ごめん、手が滑った」
ぶつぶつと文句を言いながら彼は目を閉じ、何も話さずに静かに時間が過ぎる。
しばらくすると、彼は寝息をたてはじめた。 少しだけと言ったのに、普通寝る?
近くにあったクッションを取り、彼の頭を移動させる。 疲れた、私も寝よう…。
「さ、恋人同士の熱い夜の時間だよっ」
芽衣弥が寝たのを確認して、春原が擦り寄って来る。
「夢を見るのは勝手だが、見るのはせめて寝てからにしてくれ」
近寄って来る彼女をシッシッと追っ払う。
「なんか酷い扱いですね…」
俯き加減に睨んでくる、それを無視してお茶をゆっくりと飲む。
うむ、なかなか優雅な時間だ、騒がしい春原がいなきゃもっと最高だ。
「岡崎って童貞?」
ぶぅーーーーっ!
「ぅわっ! 何すんですかぁっ!」
思わず飲んでいたお茶を吹きだす。
「……おまえって凄いこと普通に聞くのな」
「聞くは一時の恥、聞かぬは三時の恥って言うじゃん」
一生の恥だろう……アホだ。
こいつ絶対国語の成績良くないな、もしくは間違った知識を誰かに吹き込まれたか…。
岡崎朋美という名前がなんとなく浮かんだ。
「ねねっ、どうなの? 経験者?」
「さぁな、想像に任せる」
「んー……5、6人ぐらい? とっかえひっかえ?」
本当に想像するなよ、しかもとっかえひっかえかよ。
ちょっとショックを受けた、こいつの中で俺はそんな奴なのか…。
「そんなわけないだろ」
「そう? よかったー、ちょっと焦ったよ」
「おまえのさっきの発言に俺は傷ついた、新しいお茶を持ってこい」
「へ? あーっ! なに一人で飲み干してるんですか!?」
春原の買ってきたお茶は俺と芽衣弥がほとんど飲んだ。
こいつは喋ってばっかりいたので全く飲んでいない。
「夜中に叫ぶなよ、早くお茶持ってきてくれ」
「ありませんよっ! もう……酷すぎますよぉ…」
「無いなら買ってきてくれ」
「なんでそんなに偉そうなんですかぁっ!」
「おい」
「……なんですか?」
部屋の隅で体育座りをして不貞腐れている春原に声をかける。
ちょっとからかい過ぎたかもしれない。
「がんばれよ」
「なにを!? 謝罪の言葉とか無いんですかっ!」
「気にするなよ、でっかくいこうぜっ」
「もういいっす……これ以上は泣きそうです…」
どよーんとした負のオーラが彼女の背中から見える。
「ほら、喧嘩するほど仲が良いって言うだろ?」
「喧嘩というより一方的な暴力でしたよ…」
さらに彼女の負のオーラが増し、ゆらゆらと体を揺らしだした。
しょうがない奴だな、このままじゃ末代まで祟られそうだ。
「機嫌直せよ、悪かった」
「……本当に反省してる?」
「してるしてる、昨日食べた肉ジャガに誓う」
「よく分かんないけど、なら許してあげますよ」
「さてと、俺はもう寝る」
「え、もうちょっと遊ぼうよ」
「悪いな、お休み」
寝転がって寝る体勢に入る。 春原が俺の体を揺すって起こそうとするが無視した。
ひたすら無視を続けているとそのうち静かになる。 諦めたか…。
だが俺は春原を甘くみていた、彼女はゴソゴソと俺の後ろに寝転がる。
「おい、何のつもりだ…」
「ん、ちょっと親睦を深めようと」
放っておこう、なんか今日はやけに疲れたから眠い。
「ね、もしさ、向こうの世界にいる岡崎と私がこっちに来たら…」
こっちのことなどおかまい無しに喋りだす。
眠らせてくれよ……さっきの復讐か新手の嫌がらせのつもりか?
「4人の岡崎と春原。 皆で遊んだら、きっと楽しいよね?」
楽しいというより怖い、春原が2匹もいること自体が恐怖だ。
「皆で学校行って、授業サボってさ」
サボるのかよ、それ学校行く意味無いだろ。
こいつの普段の学校生活がなんとなく頭に浮かんできた。
「皆でお昼ご飯食べて、放課後も一緒に遊んで」
きついスケジュールだな、仲良し四人組かよ。
ありえないな、想像するだけで疲れた。
「男の私ってどんな人だろうね?」
おまえに負けないアホだよ、ついでにヘタレだ。
しかし男と女の春原コンビか……うわ、相手にしたくねぇ。
春原同士を混ぜるな危険。 そんな言葉が頭に浮かぶ。
「男の岡崎は……あ、目の前にいるか…」
眠たい、だが今こいつより先に寝ると何されるか分からん。
頼むから早く寝てくれ、俺は疲れてるんだ。
「帰って欲しくないな……できれば、ずっと…」
もぞもぞと近寄ってきて、背中に春原が抱きついてきた。
突然のことに思わず反応しそうになるが、ギリギリのところで止まる。
こいつに抗議はほとんど無意味、放置してれば静かになるはず。
春原の体温を背中に感じる、彼女の鼓動が伝わってくる。
「あれ…? 寝ちゃった? おっかざっきくーん?」
あくまで無反応を続ける俺に、耳元で呼びかけてくる。
それはどうでもいいが耳に息を吹きかけるのは止めてくれ、なんか背筋がぞくぞくする。
「エッチなことしちゃうよー?」
「やってみろ、簀巻きにして外に放り出す」
「やっぱ起きてるじゃん、会話してよっ」
おまえは元気かもしれんがこっちは疲れてるし眠いんだよ。
「さっさと離れろ」
「ん? あ、ごめんごめん、つい興奮しちゃって。 ドキドキした?」
ようやく春原が離れて聞いてくる。 つーか興奮ってなんだよ。
「さぁな、ただ次話しかけたらアイアンクローな」
「あはは、あれはちょっと勘弁かな」
それを最後に彼女は静かになる、やがて二人は眠りについた。
↑ いじくってたらメル欄間違えた、気にしないでくだせぇ
744 :
元380:04/07/16 05:31 ID:iN6CGklm
>737-742
お帰りなさいー。
もうそろそろ時間が取れたら…続きが書けたら…いいな。
恐らく裏春原はもう朋也に惚れているね。
そして積極的に誘っているのに朋也は・・・
ある意味今回は朋也の方がヘタレですねw
>>745 元々住む世界が違うのに(普通の世界と性別が反転してる平行世界)
別れが辛くなる関係になるわけにもいかんだろうに…
まさか…相思相愛になると帰れないという裏設定が…((('A`;)))マサカネ
>>745 朋也にその気が無いか、いずれ帰るから手を出さないようにしてるだけじゃ?
へたれ路線も捨てがたいがw
なるほどねえ
次スレよろ
∧||∧
( ⌒ ヽ
∪ ノ
∪∪
>>750 吊るなー!
ここで脱落されたら続きが気になってしょうがないじゃないか。
確かに萌えという点ではいささか不足だが、書き込みの濃ゆさは嫌いじゃない。
自信もって我が道を行くべし。
あとどうでもいい話だが、メール欄「s」が大文字と違うか?
なんか萌虚仮氏とか元380氏とか懐かしい顔ぶれが…。
機会があったらまた何か書いてもらえると嬉しいな。
次スレは490ぐらいでかまわんことない?
萌虚仮氏は自分のHPを何とかしろと小一(ry
いやあ、表に出せないものをいろいろと書き溜めていったら、
いつの間にか表の更新がすっかり止まってしまいまして。
別に何も書いてないってわけじゃござんせんです。
ちなみに
>>750氏のクミがえらくツボに嵌ったので、
なにか描いてみようかとボツ稿量産中です。
ボツラフでもキニシナイ!!でageでください。
でもスレはsage
「蝉枝、お帰り!」
「お帰りなさい!」
「ああ、月弥、夕貴。変わりは無かったか?」
「お客さんが来てるよ」
「客?」
「はい、杜若さん、っていう…」
蝉枝の表情が一瞬ぴしり、と凍りついた。
次の瞬間、蝉枝はダッシュでリビングに駆け込んでいった。
「お前は……潔司!?」
「潔司さん、お昼前からずっと蝉枝のことを待ってたんだよ」
だけど蝉枝は、僕の言葉を聞いていなかった。
「…何用だ」
「なんだと思います?」
潔司さんは、本当にうれしそうに微笑んでいた。
「早く言え」
「遊びに来たんです。別に深い意味なんかありません。
僕は蝉枝さんの顔が見られたら、それでいいんです」
「…………」
「……蝉枝?」
蝉枝はしばらく潔司さんと僕たちを交互に見比べていたけれど、
何も言わずにそのまま奥のソファーに腰掛けた。
「さ、月弥くんに夕貴くん。もうちょっと遊ぼうか」
「いいの?蝉枝とお話ししなくて」
「はい、いいんです。…今日は、ね」
それから日が暮れるまで、僕たち3人はゲームを続け、
蝉枝はそれをずっと後ろから眺めていた。
蝉枝の視線が、いつもより少し違っていたような気がした。
「今日はありがとう。楽しかったよ」
「僕たちも楽しかったです。ね、月弥」
「はい!また来てください!」
「あはは、それじゃまたね」
「「さようなら〜」」
「蝉枝さんも、またお逢いしましょう」
「…………」
蝉枝はまだ、黙ったままだった。
潔司さんは少し残念そうな顔をしたけれど、またすぐに普通に戻って
「…それでは、また」
と言って、そして帰っていった。
「ね、蝉枝」
夕貴がお風呂に入っている間に、僕は蝉枝に話し掛けた。
「どうした」
「ちょっと、お話しようよ」
僕は蝉枝を連れて、うちわ片手に庭に出た。
「僕、気付いちゃったんだよ」
「何に?」
「潔司さんって、蝉枝とどういう関係だったの?」
「奴は何と?」
「古い友人、だって」
「そうか…」
「でも、そんなのヘンだよ。蝉枝の友達だったら、もう50年も前の人なんでしょ?」
「あの男は、私が知っている男とまったく同じ貌をしている」
「その人は?」
「私が知っている杜若潔司は、50年前に死んだ」
「…それじゃ……」
「あの男は少なくとも、何らかの目的意識を持ってお前達に近付いている。
気を付けるよう、夕貴にも伝えておけ」
「うん…」
蝉枝の言葉に、言われるままにうなづいた。
でも僕は、その言葉がウソであって欲しいと願っていた。
本当に悪い人が、あんな風には笑えないはずだから。
そう、思っていた。
760 :
元380:04/07/18 23:52 ID:s1D+WeiH
…ということで>304-306の続きを書いてみたわけなんですが…
およそ2ヶ月のご無沙汰で申し訳ありませんでした。
これからもたまに現れるかも知れませんので、
その時はまたよろしくお願いします。
それでは久し振りに回線吊って首切ってきます。
テンプレはどうしようか?
762 :
るーつ:04/07/19 01:13 ID:kNH0/m67
Side [I]
「う、おっ」
ペニスの先端へ急激に与えられた刺激が、波紋となって茎を走り、陰嚢にズシンと響く。
最後のスパートで腰を振りたて、ひときわ奥へとペニスを送り込んだとき、急にそれは行われた。
勢いつけて子宮まで嵌め込んでいた先端が、締め上げられたのだ。子宮口で。
「な……なんだよ、コレ」
思わず呻く。だけど、気持ちよさに腰が引けない。
目がかすむような快感だった。頭がくらくらする。
細めて睫毛に遮られた視界の先で、いま俺をそんな状態に追い込んだ女が口元を歪ませた。
「かなり『キク』でしょ」
ニヤリといった口の端が形作る表情は、いっそ淫蕩でさえある。股間から駆け上がった快感とあわせて、脳みそがグラリと揺れた。
でも。
遅れてやってきた射精の感覚を、俺はいつの間にか冷め切った気持ちで感じていた。
体に刺激が与えられれば、どうしたって生理的反応は起こる。
それはちっとも爽快感なんか伴わない状態で、それどころか俺は、かえって不快感が胸に沸き起こるのを覚えていた。
「……どこで覚えたんだよ、こんなの」
「んっとね、半年前の仕事で会った韓国人キーセンのお姉さんにちょっと」
763 :
るーつ:04/07/19 01:14 ID:kNH0/m67
Side [K]
「んっとね、半年前の仕事で会った韓国人キーセンの『お姉さん』にちょっと」
またいじけてる。
本当に、いい加減にしてほしい。
うんざりを表すため息を、私は寸でのところで飲み込んだ。
だから、キーセンなんていう、皐ならきっと不快に思うだろう単語を出すのも半分は嫌がらせ。
だってほら、私の言葉を聞いたとたん、皐はますます不機嫌そうな顔になる。それを隠そうともしない。
――わかってたはずなのに。
初めて体を繋いだ晩、たしかに皐はこう言った。「俺は組与が処女じゃなくても、気にしない」
まあ、大嘘だろうなということは、わかってた。しょせん高校生で、でもだからこそ、私は皐が好きになったのだから。
でも、こちらの予想よりもう少しは大人だろう、という希望は裏切られた。もちろん、悪い意味で。
だからって、私は私を偽ろうとは思わない。私がエージェントの世界に飛び込んで6年、自分の命を削って積み上げた自分自身を、覆い隠してまで誰かの傍にいたいなんて思わない。私を私のままでいさせてくれないなら、べつに相手は皐でなくても構わないのだから。
764 :
るーつ:04/07/19 01:15 ID:kNH0/m67
たとえばさっきのキーセンの話。
キーセンであることも、お姉さんであることも本当だけれど、女性なら有ってはならない器官が股間に聳え立っていたということは口には出さなかった。
MtFでありながら、同時に異性愛者だというややこしい『彼女』に、貫かれながら教えられた性技だといえば、皐はどんな顔をするだろう?
残酷な空想が胸を満たす。
怒りに赤く染まるだろうか? 失望に表情をなくすだろうか? それとも青ざめる?
それは半年前、まだ皐と結ばれる以前の出来事ではあったけれど、この独占欲の塊のような少年がどれほど衝撃を受けるか考えると、ほんの少し胸がすく。
なんて酷いと、思わなくはないけれど。
苛ついた気分は、皐とオフで会うたび膨れ上がる。
愛情が衰えたわけじゃない。だけれど。
繋がった下半身をそのままに、少し背をのばして、私は皐の首ねっこにからみつく。
首筋の匂いを嗅ぐように顔をうずめて。
「お、おい?」
不機嫌から一転、あわてた皐の声が背中に振る。
むき出しの肌になにかが触れて、躊躇うようにさすったあと、それはすぐに離れていった。
――抱きしめてよ。
ため息の代わりにこみ上げたものが胸を焼く。なぜだか目じりが熱くなった。
最初から。無理だったのだろうか。
【ニセKanon10日目】
(祐サイド)
1月15日金曜日、早起きして真琴ちゃんと雪人と3人で、サンドイッチと鶏唐とサラ
ダを準備。そうしているうちに、澪ちゃんと美汐ちゃんがやってきた。
澪ちゃんはデザート美汐ちゃんはおにぎりの担当だったけど、みさき先輩と雪見先輩が
参加することになったから、とにかく量が必要なんだよね。それで急遽雪人が荷物持ちと
して参加することになったりしてるわけ。
「えっへん、雪人は荷物持ちとして特別に真琴達のお出かけに参加させてあげるんだから、
きりきり働くのよ」
「うるさい、お前は居候のくせに生意気なんだよ」
「なによー、家主は明子さんで雪人はただの不要親族じゃない」
「俺は不要品じゃねえ。それを言うなら扶養親族だ」
「あぅー」
うーん朝からこのさわぎは勘弁してほしいと思う。
『喧嘩するほど仲がいいの』
「確かにそうかもしれませんね」
あっなるほど、そう言う可能性もあるわね。それは気が付かなかったわ。
「言われてみるとそうかもね」
「そ、そんなわけないでしょう。真琴は雪人ごとき気にかけていないんだから」
「そうだ、こんな貧相な体型のガキなんか誰が相手にするか」
はっきりいって今の言葉でこの場の全員を敵にした雪人がぼこぼこにされたのは、まあ
言うまでもないわよね。と言っても非力なわたし達4人では引っ掻くくらいがせいぜいだ
けどね。
しかし雪人って学習能力0?だって認めたくはないけど、わたしたち4人の中で一番ス
タイルいいのはどう見ても真琴ちゃんだよ。その真琴ちゃんを貧相な体型って言うことは、
わたしたち他の3人は……。
まあこの騒動の影響も有ってか、真琴ちゃんが澪ちゃんとすぐに仲良くなれたのは良か
ったと思う。そんなひと騒動はあったけど準備が出来たからさあ出発、先輩達とは駅前で
待ち合わせなんだ。
駅前の曲がり角で祐君にばったりであった。祐君は栞ちゃんや歩君と一緒。祐君達は電
車に乗ってショッピングモールに行くんだって。
駅まで歩く間に聞いたんだけど、例のタキシードの北川君も一緒(栞ちゃんは嬉しそう
だけど、他の二人はちょっと嫌そうだ)なんだそうだ。まあ楽しんできてよね。
駅前には北川君とその妹さん?の他に男女各1名、もう一人寝坊助君が遅れて来るそう
だから男女各4人か、こういうのはダブルならぬ4組デート?
それに比べて、こっちは女6人に男の子は雪人だけ。よく考えてみたら雪人って両手両
足プラスアルファに花だね。
両先輩と合流、雪見先輩は大きなバスケットを持ち、みさき先輩はこれまた大きなリュ
ックを背負っている。多分中身は全部食べ物なんだろうな。ははは。
途中のコンビニで肉まんも購入、澪ちゃんは握りセットを買っていた。
『やっぱりお寿司が最高なの』
いやまあその程度はいいんだけどね。みさき先輩が店のカレーを全部購入したうえに、
温めまでお願いしようとして、雪見先輩に強制的に止められた。
「雪ちゃん、極悪だよ」
「うるさい、この食欲魔神、TPOを考えなさい」
なにかみさき先輩の今の台詞、昔よく聞いたような気がするんだけど気のせい?
ものみの丘に着いたら、先客が3人ほどいた。一人は里村さん、あとはリボンが素敵な
すごい美人のお嬢様風の人と長身のちょっと目つきが鋭い男の人のカップルだ。
『茜さんなの、澪のお菓子づくりのお師匠様なの』
「えっそうなの」
ふーん意外な繋がり、世間は狭いね。でも里村さんどことなく寂しそうだな。
ところでも今更ながらに気がついたけど、こんな大人数で狐さん観察ツアーなんか組ん
で狐が出てくるんだろうか?どうも警戒して出てこないような気が。
あれっ、でもカップルの周りに狐がたくさんいる。すごい、無邪気に遊んだりしていて、
全然警戒してないよ。あのひと達何者?
気が付いたら美汐ちゃんがふらふらと夢遊病みたいに二人の方に近づいていくよ。
「ああ狐さん、狐さんです。可愛すぎです、もうたまりません」
「あぅー、美汐どうしちゃったの?」
『また病気が出たの』
「あの子もあれがなければねえ」
うん同感かも。
「舞人狐さん可愛いねえ」
「可愛い、動物はいい」
「狐さんも素敵ですけどこの人達も素敵です」
美汐ちゃんいきなり馴染んじゃってる。違和感0?
「あははー、いつの間にか可愛いお嬢さんがご一緒さんですね」
「えっ、あっすいません。申し遅れましたけどわたしは天野美汐。狐さん大好きの16歳
でーす」
わーまただ。狐さんのところでいきなりテンションがあがるのがすごいよね。
「可愛いお名前ですね。佐祐理は倉田佐祐理18歳ですよ」
「川澄舞人、もうすぐ18」
あれっ、女性の方はすごく朗らかだけど、男性の方は人間相手だと無愛想だよ。どっち
にしても美汐ちゃんのトリップに動じないのは大物の証拠?
その後わたしたちもゆっくりと近づいて自己紹介。狐たちが逃げないのは不思議だなあ。
ところで、一群の狐の中にじっと真琴ちゃんを見つめているのが6匹くらいいる。成狐
が2匹と子狐が4匹、親子なのかな?
澪ちゃんはスケッチブックに狐の絵を描いている。とっても温かくて可愛い絵だね。澪ちゃんの優しい人柄が良く現れているよ。
真琴ちゃんはさっきの狐たちと戯れているんだけど、すごく自然でまるで群れの一員のようにも見えるね。
それと気が付いたら里村さんはいつの間にか姿を消していた。にぎやかなのは嫌いなの
だろうか。
いつの間にやらお食事タイム。なんとなく舞人さんと佐祐理さんも一緒に御弁当を囲ん
でいたりする。みんなで声をそろえていただきまーす。
「ちょっと作り過ぎちゃったので皆さんも遠慮無く食べてくださいね」
と言うお言葉なので、ご相伴させていただきます。それで佐祐理さんお手製の御弁当は
それはもう極上で、わたし達のものとは月とすっぽん。恥ずかしい、もっと修行しよう。
「あぅー、すごく美味しい。これはなんて言う料理なの?」
「真琴さんそれは春巻きって言うんですよ」
真琴ちゃんは肉まんだけでなく中華系は好きみたい。
「佐祐理先輩、このジャガイモのにっころがしの作り方を教えてください」
「はいいですよ天野さん。これはですね……」
美汐ちゃんはやっぱり和食党?
「とにかくなんでも美味しいよ。箸が止まらないんだよ」
「なに言ってんの、みさきはなに食べても一緒でしょう」
「心外だよ、そんなことはないんだよ。わたしだって味くらいわかるよ。こんな美味しい料理滅多に食べたことないよ」
「だったら作り主にに敬意を表して、ちゃんと味わって食べなさいよね」
佐祐理さんってすごい人だ、まるでずっと前から知り合いだったみたい。
「あははー、あんまり誉められると佐祐理照れちゃいますよ。佐祐理はちょっと頭の悪い
普通の女の子ですから」
「佐祐理謙遜は嫌み。佐祐理は学年主席」
うわー、お嬢様だってのはさっき雪見先輩から聞いたけど、美人でスタイル抜群で料理
も上手い上に性格も頭もいいなんてもう向かうところ敵なしだね。
しかし世の中には本当にパーフェクトな人がいるんだねえ。
「いやあ佐祐理さんの御弁当最高。さすがはお嬢様。やっぱスタイルのいい人は料理も上
手なんですねー。祐や澪も見習うんだぞ」
おいこら雪人、確かに佐祐理さんについてはそのとおりだけど、それはあきらかにセク
ハラ発言だって。人の胸を哀れみの視線でジロジロ見るのは失礼よ。
『ゆるせないの。折檻なの』
「同感」
その後急遽密かに制作された特製芥子サンド&わさび巻を食べた雪人が、口から火を吹
いて転げ回り、最後の止めに真琴ちゃんから手渡されたタバスコジュース(こんなことも
あろうかと思って準備していたらしい)で轟沈したりしたけど些細なことだよね。
「あれ失敗しちゃった。わたし達は料理下手だから仕方がないよね」
『スタイルが悪いから仕方がないの』
「うぞづげえ、わざどだろうが」
そんな感じで今日は新しいお友達が出来たりしてとっても楽しい一日でした。
「俺は楽しくねえー!」
追伸、雪人は佐祐理さんに看病してもらってデレデレしてたから、全会一致で帰りの荷
物は全部雪人に持たせました。
それとお風呂が真琴ちゃんの悪戯でみそ汁風呂になりました。みそ汁風呂ってお肌にい
いかも?でも匂いがきついからやっぱパスね。
(祐風サイド)
くそー、雪男のやつ今日も起きやしない。早くしないと歩と栞ちゃんが来ちゃうぞ。
「おーいこら、この三年寝雪男起きんかい。名前が雪男(ゆきおとこ)だからって冬眠す
るなー!」
「くー、ぼくちゃんと起きてるおー。準備もバッチリ、電車に楽々間に合うおー」
この馬鹿野郎様は、起きて支度してる夢を見てやがる。もういっそバケツ一杯の氷水で
もかけてやろうか。
「水浸しは後始末が大変だから駄目だおー。遅刻になるおー」
確かにそうだが、人の心の中に寝言で突っ込むな。
そんな阿呆なことをしているうちに、歩と栞ちゃんが到着してしまい、結局三人がかり
で越す羽目に。この二人はアンテナぐらいしか面識がないから、あたしと一緒に行かない
かって誘ってあったんだ。
しかし今朝の雪男はいつにもまして手強い、多分昨日興奮してなかなか寝付かなかった
せいだな。と言っても十時半には寝ていたけど、やつにしては十分深夜だよな。
「うぐぅ、このままじゃあ集合時間に間に合わないよ」
「下手をすると電車にも間に合わないぞ」
「こうなったら最終手段です、この薬を使いましょう」
ついに痺れを切らした栞ちゃんが懐から怪しげな薬を取り出す。本当なら止めるべきだ
ろうがこの際仕方がない、しかし栞ちゃんどこでそんなもの調達したんだ?
「ほーら雪男ちゃん大好きないちごですよー、お口あーん」
ちょっと恥ずかしいけど、作戦のために猫なで声を出してみる。
「あーん、いちご大好きだおー。ウングウンウ…………だ、だおー!!!!!!」
雪男は苦しげな悲鳴?をあげながら部屋中をごろごろと転がり回って、あっちこちに頭
や手足をぶつけたけど、その痛みすら感じない状態のようで、さすがに気の毒かも。
あたしは栞ちゃんを抱えて早々に室外に避難、逃げ遅れた歩は雪男に跳ね飛ばされてこ
けた上に下敷きになったりもしたが、どうにかかすり傷程度で避難に成功した。
「うぐぅ、酷い目にあったよ」
「祐風、酷いよなにするんだよ」
「いや悪かった、まさかあたしもあそこまでの威力があるとは思わなかったな。栞ちゃん
今のはなんだったのかな?」
さすがにあの威力にはびっくりだね。
「はい、眠り姫も三年寝太郎も一発で起きるスーパー覚醒薬です。覚醒剤でもヤクでもあ
りませんから、そこのとこよろしく。で効き目バッチリ、人体実験大成功ですぅ」
栞ちゃんって結構過激だ、それにそう得意げに言われても困るんだけどね。
「とまあ、そう言うわけで不幸な事故だ、起きないお前が悪いんだからあきらめろ」
すんだことをとやかくいってもしかたがないし、無事?雪男も起きたことだし前向きに
行こう。雪男はプンスカ怒ってるけどね。
「うー、納得いかないよー」
「ほら、ふくれてないで支度しろ。間に合わなくなるぞ」
これは本当なので、雪男は仕方なくうーうー言いながらも支度を始めた。
「ああ、この子達を走らせるわけにはいかないから、あたしは先に行くから」
数分後いつものようにジャムトーストを幸せそうにパクつく雪男にそう言い残して、あ
たし達3人は水瀬家を出た。
駅の近くまで行ったら祐達に会った。祐の周りはなぜだか女の子が多いな。一人だけ男
が混じっていたようだけど。何で顔がひっかき傷だらけなんだ。
ちなみに祐達はものみの丘が目的地だそうだ。あいつ元気かな?
「例の狐に会ったらよろしくいっといてくれ」
「うわー、祐君もあの子のこと覚えてたんだ」
「うぐぅ、あの狐さん?なつかしいよね」
「ふむ、あのおまぬけコン吉か」
うん、祐と歩はともかく、なんでこの男が狐のことをも知ってるんだ?まっ、どうでも
いいか。それとその直後、なぜかその男は真琴とか言う子に蹴りを入れられていた。
「なにか知らないけどむかつくのよー」
祐達と別れた後待ち合わせ時間の少し前に駅前に着いたら、あたし達と雪男以外の4人
はもう来て待っていた。それで、歩と栞ちゃんを紹介。
「このちっこいのが、元たい焼き食逃げ犯前科2犯の月宮歩、こう見えても17歳の男だ。
で女の子の方が謎の薬使い少女美坂栞ちゃん」
「うぐぅ、そんな紹介ないよー」
「そうです、酷すぎます。わたしはそんなに怪しくありません」
やっぱ、この二人はからかいがいがあるなあ。
「ねえ祐風、その子美坂君と同じ苗字だけどなにか関係有るの」
さすが好きな人のことには敏感だよな。潤佳がそう聞いてきた。
「さあ知らないな。単なる偶然だろ」
ポーカーフェイスでそう答える美坂だけど、一瞬顔を背けかけてたぞ。栞ちゃんは一瞬
だけ辛そうな表情を見せたし。兄妹の間になにがあったか知らないけど、このままでよい
のかよ。
「薫、それはどういう意味だ」
アンテナもとい北川が珍しく真剣な表情で美坂に詰め寄る。
「別に、言葉通りだ」
「ちょっと馬鹿兄貴、美坂君になにをするのよ」
「あのー、その、乱暴は、その、いけません」
「北川さん。この人の言うとおりですよ。落ち着いてください」
「うっ、まあ栞ちゃんがそう言うなら」
今日も場違いに白タキシード姿の北川も、栞ちゃんの言葉で平静になったようだ。
そんな風でちょっとばかり気まずかったりしたが、とりあえずみんな落ち着いたわけ。
それでそろそろ電車がくると言うのに雪男はまだ来ない。
「もう時間ないし雪男は置いていこう」
「しょうがないな」
「そうだね、水瀬君だからしょうがないよね」
あたしの冗談半分の提案にアンテナと潤佳の北川兄妹がすぐに賛成。あたしが言うのも
なんだけどおまえら本当に友達?
「駄目です!みんな冷たすぎます、水瀬君が可哀想です」
「じゃあしのぶだけ待ってあげればー」
おやこの口調だと……ああそうか潤佳はしのぶをからかっているわけね。納得。
「そ、そんな、二人っきりなんて、そんな、そんなー」
わー、もう全身真っ赤。茹で蛸みたい。
結局、雪男は本当に電車の時間ぎりぎりに駆け込んできた。
座席の配置は潤佳がしきって、潤佳の隣がしのぶ、その向かいが美坂と雪男、であたし
と栞ちゃんの向かいが歩とアンテナだ。
「くー、電車の揺れ具合が気持ちいいおー」
「わっ、ちょっと水瀬君寝ちゃ駄目よ」
席に着いたとたんに寝るとは、雪男のやつ本当にしょうがないなあ。まったく一日何時
間寝たら気が済むんだろう?
しのぶはちょっと不満そうだったけど、そのうち笑顔になった。どうも寝顔の観察が楽
しいらしい。まあたで食う虫も好きずき、本人が良ければそれでいいけど。
なお今日は栞ちゃんが一緒のせいかアンテナがわりとまともで、それなりに会話が弾む。
普通にしてればそれなりに見られるんだけどな。白タキシードは別として。
約1時間後、雪男は目的地目前になっても起きようとしないから最終手段だ。
「栞ちゃん、あの薬まだある?」
「はい、まだたくさんありますよ」
「わっ、わー!起きたよ。たった今起きたからあれは勘弁」
作戦成功。周りの人に迷惑だから本気で使う気はなかったけど、脅しだけで起きるとは
よっぽど嫌だったみたいだな。
目的地に着いたら潤佳との打ち合わせ通り、人混みに紛れて潤佳達と離れる。栞ちゃん
と歩は承知してるし、アンテナは勝手に付いてくるから無問題。って言うか本音はこいつ
もはぐれて欲しいんだけど。
あとは潤佳としのぶが自然に二人きっりになるよう努めるはず。まあ頑張ってくれ。
「どうもはぐれちゃったみたいだけどどうする?」
白々しいけど、一応そう言ってみる。
「わたしゲームセンターに行ってみたいです」
「ぼくは別にそれでかまわないよ」
「姫君方の仰せのままに」
アンテナがやけにキザったらしくそう答える。なんと言うか、ルパンダイブかキザキザ
君か行動が極端なんだよね。
まあそんなことはどうでもいいので、とりあえずアンテナの案内でゲームセンターへ、
よく考えたらあたし達4人の中でこの中の地理に多少なりとも通じているのはアンテナだ
けだった。
栞ちゃんの希望でモグラ叩きに挑戦、まずは歩だけど。
「うぐぅ、当たらないよ。うぐぅ、また失敗。うぐぅー!」
駄目だ、あたしも下手な方だけど、こんな下手なやつ見たことがない。
「うぐぅ、難しすぎるよー」
「いや、お前が下手すぎるだけだ」
「うぐぅ」
もはやうぐぅの音しかでない?
さて二番手はあたしだけど、結果がまあ標準よりやや低めってところ。歩にやたらに感
心されたけど、かえって恥ずかしいんだよな。
三番手は言い出しっぺの栞ちゃん。
「えぅー、どうして当たらないんですか。そんな変なところから出てくるモグラさんなん
か嫌いです。あっ、そんな動きをするなんて人類の敵です」
前言撤回、歩よりはるかに下手。この鈍さはもはや才能だ。
「えぅー、一回くらい当たってください」
しかし人類の敵って、たかがゲームで大げさな。それにえぅーってなんだ?
「ふっふふ、真打ち登場。このゲームマスター北川潤がお嬢様方の敵をとって差し上げま
しょう」
一々キザな格好つけをしなくていいから早くやれ。どうせ大したこと無いんだろうけど。
などと思っていたがお見それだった。こいつ上手すぎ。
流れるような無駄のない動き、あまりのすごさにあたし達3人はもちろん、周りの連中
もいつの間にか集まってきて、さらに人が増えて終わるころにはちょっとした人だかり。
まあ白タキシードと言う目立つ格好のせいもあるんだろうけど。
「北川さんすごいです天才です。師匠と呼ばせてください」
栞ちゃん、完全に心酔しちゃってるよ。
その後もやつはあらゆるゲームで高得点をたたき出した。うーむゲームマスターの自称
は伊達じゃないね。栞ちゃんはもちろんあたしも歩ももう感心してみていることしかでき
なかったよ。それにしても人間なにか一つくらいは取り柄があるもんだね。これからはち
ゃんと北川と呼んでやるよ。暴走してないときだけはな。
で気が付いたら1時半をかなりすぎている、そろそろ腹が減ってきたな。
「さて、もうゲームはいいだろう。昼飯なににする?」
「たい焼き」
「バニラアイス」
即答かよ。それにそれが昼飯のメニューか?まあ多分雪男もいちごサンデーとか言って
いそうだが。
『いくらぼくでも、昼ご飯には食べないおー。デザートだおー』
今変な空耳が聞こえたような。……気のせいだな。うん、そうに違いない。
結局軽食コーナーに向かう。あそこならたい焼きもアイスクリームも有るだろう。でと
りあえずは全員ハンバーガーをパク付く。
その後はいよいよお楽しみのデザートで、二人は宣言通りの好物を、あたしはたこ焼き、
北川はなにかコーナーの食品を片端から食っているけど、こいつの胃袋は底なしかよ。
その後は帰りの電車の時間まで適当にぶらつく、一応帰りの待ち合わせ場所だけは決め
てあるわけだ。本当は確信犯なんだけど。
まああたしも女の端くれだから商品を見て歩くだけでも結構楽しい。栞ちゃんはもちろ
ん歩もはしゃいでいるわけだが、どうも歩の様子を見ていると小学生としか思えなかった
りするんだよね。
それにしても、北川もこうして大人しくしてればいいやつんなんだけどな。時々頭のね
じが緩むのが最大の欠点だな。
その後集合の時に、しのぶはすっかり雪男と親密な関係になれたようで笑顔満開、一方
潤佳の方は今一歩予定通りにいかなかったようで、少々お冠だったのが対照的だった。
帰りの電車の中、雪男は当然としてみんな疲れているのか寝ちゃったよ。栞ちゃんと北
川、雪男としのぶは肩寄せあって仲良くお休み、歩はあたしの膝を枕に熟睡中。起きてる
のはあたしと潤佳、あとは美坂くらいだ。
なお北川の寝顔が意外に可愛いのを発見。ところでこいつらちゃんと起きてくれるんだ
ろうな。みんな雪男なみに起きなかったらどうしよう?
>777
原作だって終盤で話が急展開するまでは、ありふれた…というのも変だが、日常なんだし、良いんじゃないか?
現在499KB
テンプレ決める前にこの時が来たか……
このレスで容量超えたらスマン