「柏木編集長。今回の特集ですが、こんな感じで良いですか?」
名前を呼ばれ、柏木楓(かしわぎ かえで)はパソコンのモニターから目を離した。
部下の佐藤恵祐(さとう けいすけ)から、プリントされたA4の用紙を受け取る。
楓は掛けている眼鏡のツルを少し持ち上げた。
「内容的には、悪くないと思うのですが」
殿様にお伺いをたてるような声で、恵祐はおずおずと楓を見つめた。
楓は良いとも悪いとも言わず、ディスクの上に原稿を置き、デイスプレィの横に積んである煙草に指を
伸ばした。
箱のセロハンを剥き、トントンと箱のお尻を指で弾く。
「あ、どうぞ」
恵祐はポケットの中からジッポのライターを取り出すと、素早く火をつけた。
「ありがと」
メンソール煙草の香りが、スゥッと辺りに漂った。
「悪く無いと思う」
楓は吸い殻でいっぱいになったガラスの器に、煙草の灰を落とした。
恵祐は、ホッと安堵の息を漏らした。
「ただ、もう少し深みが欲しいかな」
「深み……ですか」
「佐藤クン。大筋はこのままでいいから、もう少し内容を掘り下げて。明日の午後1までには出来るでしょ」
「はい」
「お願いね」
恵祐は原稿を受け取りながら、窓の外に目がとまった。
「柏木さん、ホワイトクリスマスになりましたよ」
暗い夜空を白い綿のような雪が、フワフワと舞い降りていた。
「道理で寒いと思った」
楓はうんざりという表情を顔に浮かべた。
「柏木さん、雪は嫌いですか?」
「嫌い。寒いし」
「柏木さんの実家は北陸ですよね。今年もたくさん積もりそうですか?」
「さぁ……。私、上京してから10年以上、実家に一度も帰っていないから」
返答しながら、楓は腕時計に目をやった。
1から24まで数字が刻まれた文字盤の上、短針は21を指していた。
「みんな〜。今日くらいは早く帰って、好きな人と一緒にいなさい。聖夜を仕事で潰して、
愛想尽かされても知らないわよ」
その声に、だるそうな返事があちこちから上がった。
「は〜い。そんじゃ、お言葉に甘えて」
「俺は徹夜です。別に待ってる人もいないし……」
室内にいる半数くらいが帰宅の準備を始めた。
「佐藤クンは、まだ帰らないの? 待っている人がいるなら、遠慮無く帰りなさい」
「僕はまだ、仕事をしていきますよ」
恵祐は次ぎに続く言葉を呑み込んだ。
『僕の好きな人は、今、目の前にいますから』
ずっと、言えない言葉。
もしかしたら、このまま伝えないまま、終わるかもしれない言葉だった。
「編集長は、帰らないんですか?」
先月に入ったばかりのアルバイトの娘が、横から口を出してきた。
「え、私?」
煙草を持つ手が止まる。
「恋人とか、いないんですか?」
恵祐は一瞬息が止まるかと思った。ずっと聞きたいと思っていた言葉だったから。
何故か室内がシンと静まりかえる。編集部内全員が聞き耳を立てていた。
楓は煙草を深く吸い込むと、溜息をつくように煙を吐き出した。
「いるわよ」
その言葉に、室内がどっとざわめいた。
「どんな人なんですか? やっぱし今夜はデートとか?」
芸能界の恋人会見を聞くように、そのアルバイトの子は嬉々とした表情を浮かべた。
「その人はねぇ。今、他の人と幸せな家庭を築いているの」
「え……」
「だから私は、今夜も一人よ」
そう言うと、楓は寂しげに笑った。
どこからか、声が聞こえる。
「……ディフィル。……エディフェル……」
あぁ……。いつもの夢なのね。
楓は目の前に立つ男を見つめた。
侍風の男だった。
次郎衛門……、いや、耕一というべきか。
楓は男の正体を知っていた。
「エディフェル。一緒に行こう」
腕がスッと差し出される。
ずっと、子供の頃から変わらない夢。
そして現世では、もう決して実現することのない夢。
それでも楓は、幸せで胸の中がいっぱいになった。
愛しい人の顔を見ることが出来たから。
「夢の中くらい、私を抱いてください」
楓はその男のもとへ、足を一歩前に踏み出した。
ガッシャーン。
突然けたたましい音が室内に鳴り響く。
何だろうと思い、モニターから目を離した恵祐は、音の正体を知り飛び上がった。
「柏木さん!」
自分の席を蹴り、床に倒れている楓のもとへと走った。
「しっかりしてください」
恐る恐る体を揺する。
「ん………」
ゆっくりと、目蓋が開いていった。
恵祐は、ほっと胸を撫で下ろした。
他の者も心配そうに側まで駆けつけてきた。
「ごめん、寝ていた」
起きあがると同時に、楓の両目からスーっと雫が溢れ落ちた。
その涙を、恵祐は見逃さなかった。
「あ………」
楓はスカートのポケットからハンカチをとりだし、自分の頬に当てた。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫。ちょっと、夢を見ていただけ」
楓は身を起すと、椅子に再び座り直した。
どんな夢を見ていたのだろう。
気になったものの、恵祐にはそれを聞く勇気がなかった。
「みんな心配させて、ごめんね」
すまなそうな楓の笑顔が、何故か恵祐にはとても痛々しく感じた。
「柏木さん。昨日、何時間寝ました?」
「2時間くらいかな……。応接室のソファーで」
「確か、一昨日も同じような事言ってましたよね」
「一昨日だけじゃないわ。ここ4日間ほど、ずっとそうよ」
恵祐の問いに、楓がアハハと笑った。
「柏木さん。そのうち、過労死しますよ?」
「いいわよ。泣いてくれる人なんて、特にいないし」
とても悲しげな顔で、再び笑った。
恵祐の心に、何か不吉な影がよぎった。
「笑えないですよ、その冗談!」
そう叫びながら、恵祐は無意識に机を叩いていた。
「心配してくれるのは嬉しいけど、仕事だから」
楓は煙草を口にくわえた。
「それよりも佐藤クン、火を貸してくれない?」
恵祐は言葉を探しながら、ライターのある背広のポケットに指を突っ込んだ。
「楓ちゃん、今日は帰っていいよ」
不意に、恵祐の後ろから、男性の声が聞こえた。
振り向くと、眼鏡を掛け、アラブ人のような顎髭をした男が立っていた。
「部長」
「橋本さん」
二人の声が同時に上がる。
「楓ちゃん、いくら年末で忙しいとはいえ、体壊したら意味がないだろう?」
「でも、入稿まで時間が時間がありませんし」
「君が倒れたら、誰が君の代わりをするんだい?」
「それは………」
「ついでにいえば、私にも監督責任があるからね。それとも、上司からの命令という形にしたほうが
いいかな?」
部長である橋本の言葉に、楓はうなだれた。
もともと楓がこの会社に入社した時、編集のイロハを教えたが橋本だった。それ以来、楓にとって、
ずっと頭の上がらない存在だった。
「判りました。帰ります」
橋本は満足そうに頷くと、今度は恵祐の方を向いた。
「佐藤、確か楓ちゃんと帰る方向一緒だったな」
「はい。そうですけど」
「お前も今日は一緒に帰れ。コイツは帰ったと見せかけて、深夜にコッソリ帰ってくる事があるからな」
胸の内を読まれた楓は、深く溜息をつくと席を立ち上がった。
「どこに行くんだい?」
「トイレです」
つかつかと廊下に消えていく姿を見送ると、橋本は恵祐の肩を引き寄せた。
「佐藤、ヤッちゃえ、ヤッちゃえ」
「な、何をですか?」
「お前、楓ちゃんに気があるんだろう?」
図星を突かれて、恵祐は思わず顔から火が出た。
「酒でも飲ませて、ベッドに連れ込め。振られた恋人の事なんか忘れさせろ」
まるで、悪童のような笑みを浮かべながら、楽しそうに耳打ちをした。
「そ、その為に、俺を柏木さんに同行させるんですか?」
「二人が幸せになるため手助けをしているだけだ。まあキューピット役というヤツさ」
「僕には、悪魔の囁きにしか聞こえませんけど」
「そうだ。お前、これ持ってないだろう」
橋本は自分の財布からあるものを取り出すと、恵祐に手渡した。
避妊用のコンドームだった。
「まあ、がんばるんだな。結果報告ちゃんとしろよ」
そう言って恵祐の背中を叩くと、橋本は自分の部署へと戻っていった。
プシューッ!
電車の扉がゆっくりと閉まってゆく。
帰宅するサラリーマンを満載した車両は、滑り出すようにホームを離れた。
「佐藤クンは独り暮らし?」
楓は扉の窓から流れゆく車窓を眺めながら、恵祐に問いかけた。
「はい。大学に入学してから独りです」
「実家は遠いの?」
「いえ。都内ですが干渉されるのが嫌いで」
「兄弟は?」
「妹が一人います」
「そう……」
対向の電車が騒音をたてて通過していく。
クリスマスのためか、恵祐はネオンがいつもより明るく感じた。
「柏木さんは、兄弟います?」
「私、四姉妹の三番目だから」
「四姉妹ってすごいですね。子供の頃、喧嘩とかしました?」
楓の髪が左右に揺れた。
「喧嘩なんて、しないわ。みんな仲が良かったから」
「実家に帰らないのは、何か理由でもあるんですか?」
「辛くなるから」
小さな声で楓は呟いた。
「そこに居るのが辛くて、東京に逃げ出してきたの。仲が良くても、一緒に居たいかどうかは別よ」
電車が急速にスピードを落とし始めた。
「佐藤クン、こっちの扉開くわよ」
「奥に行きましょうか。扉付近は混みますし」
楓は小さく頷くと、減速で車両が揺れる中、二人で奥へと移動した。
プシューッ。
扉が開き、多くの人が電車を降りると、それ以上の人が乗り込んできた。
車両の中が鮨詰め状態になり、二人の体が自然と密着する。
大量のお客を乗せた電車は、再びゆっくりとホームを離れていった。
「佐藤クン」
「はい、なんでしょう」
「私が帰りたがらない理由、知りたい?」
「………仕事が忙しいからだと思っていましたけど」
突然、ゴトンと電車が揺れた。
「あっ」
楓はふらりと恵祐にもたれ掛かった。
「大丈夫ですか」
「うん。ありがとう」
恵祐はこのまま抱きしめてしまいたい衝動に駆られたが、流石に自制した。
「私、誰もいない部屋に帰るのが嫌なの」
「それで、いつも編集部に?」
おかっぱの頭が上下に揺れた。
「あそこにいれば、誰かが必ずいるから。昔は独りでいても苦にならなかったのにね」
クスリと楓は自嘲的に微笑むと、
「年を取ったのかな」
寂しそうに、そう呟いた。
恵祐のつり革を握る手に力が入る。
「……すみません……」
「どうして、謝るの?」
「僕、柏木さんの気持ち、全く理解していなくて……」
「いいのよ。心配させたのは私だから」
電車がゆっくりと減速していく。降りるべき駅が近づいていた。
「柏木さんが、自分の事話すなんて、珍しいですね」
「そうね」
揺れが収まり、扉の開く音がした。
二人は流されるように、車両を降りた。
「この駅ですよね、柏木さんの家は」
「そう。佐藤クンはココで乗り換え?」
「はい、乗り換えて2駅先です」
恵祐は目指すべく階段を見つめたまま、その場に留まった。
楓も改札口のある方向に目を向けただけで、足は止まったままだった。
二人の視線が、ふと絡み合う。
お互いの思惑交差するなか、先ほどまで乗っていた電車が、ゆっくりとホームから出て行った。
「柏木クン、時間空いてる?」
「空いてます。帰っても寝るだけですし」
「お酒でも、飲みにいかない」
「ご一緒しますよ。こんな日に、酒もケーキも口に入れず寝るのは嫌ですから」
フフっと楓は笑みを漏らした。
「佐藤クンって甘党なの?」
「ええ、お酒も甘い物も両方好きですよ」
「それじゃ、お酒とケーキを出してくれるお店、探さなくっちゃ」
二人は改札口へと、同時に足を踏み出した。
真っ暗な夜空から、白い天使を思わせるような雪が、はらはらと静かに舞い降りた。
「大丈夫ですか、柏木さん」
降り積もったバージンスノーを踏みつける度、キュッキュッと、くぐもった音が鳴った。
「佐藤クンって………お酒強いのねぇ」
「柏木さんが飲み過ぎただけですよ。カパカパとあれだけ飲んでいたら、誰だって潰れます」
恵祐は今にも倒れそうな楓に肩を貸しつつ、冬の八甲田山よろしく雪中を行進した。
「ごめん。世話かけて」
「いいですよ、普段迷惑かけているのは僕ですから」
「あ……」
楓の足がピタリと止まる。
「どうかしました?」
「眼鏡、落ちた」
白い雪の中、半ば埋もれた眼鏡に、立ったまま楓は腕を伸ばした。
「……取れない」
地面から30センチ程上を、指が幻を掴むように彷徨った。
「しゃがまないと、取るのは難しいと思いますけど」
苦笑しながら、恵祐は眼鏡を地面から取り上げた。
「住まいって、こっちでいいんですか?」
「角を曲がって、アーケードを越えたところ」
ふと前を見ると、商店街のアーケードらしき物が目に入った。
『酒でも飲ませて、ベッドに連れ込め。振られた恋人の事なんか忘れさせろ』
恵祐の脳裏に橋本の言葉が浮かぶ。直ぐさま頭を振って邪念を追い払った。
ようやく辿り着いた商店街は、すでにどの店もシャッターを下ろしていたが、少なくとも屋根の有る
ことに恵祐はホッとした。
「あそこで、ちょっと休ませてくれない」
楓の指差した先に、古びたプラスチックのベンチがポツンと置かれていた。
恵祐はベンチまで歩みよると、そっと割れ物を扱うように、楓を椅子の上に座らせた。
「ありがとう」
ふうっと楓は酒臭い息を吐き出した。
「まだ、ここから遠いんですか?」
「そんなに遠くない」
恵祐は頭とコートに降り積もった雪をはたき落とした。
「佐藤クン。ここからは自分で歩くから、もう帰っても良いわ」
「心配ですから、家まで送っていきますよ。ここで寝たら、風邪じゃすまないですよ」
「別にいいじゃない」
その呟くような声に、恵祐はドキッとした。
とても冷めた目で、そしてどこか座った目で、楓は白い地面をじっと見つめていた。
「雪の降る、クリスマスイブに凍死なんて、ロマンチックでいいじゃない」
道化的な乾いた笑いが、それに続いた。
恵祐の背中にゾクリとするものが走り抜けた。
編集部でも、よぎった不吉な予感。
恵祐はその正体をようやく知った。
楓の心に巣くっているもの。
死神の影を、恵祐は見た。
「やめてください!」
振り絞るよな声で、恵祐は叫んだ。
「そんな悲しい事を言うのは、お願いですから止めてください!!」
楓はポカンとした表情で、恵祐を見つめた。
「今日の佐藤クンは、やけに突っ掛かるのね」
その目には、明らかに不愉快という思いを含んでいた。
「それは……」
「それは?」
恵祐は拳を握りしめた。
「柏木さんの事が、好きだからです!」
「へ?」
楓は予期せぬ解答に、ポケットから取り出した煙草の箱を、思わず握りつぶした。
「柏木さんの事を、ずっと好きで、いつまでも側にいたくて……」
震える声と共に、恵祐の目から涙が一筋こぼれ落ちた。
「だから、死ぬとか、冗談でも言って欲しくないんです」
風で舞った雪が、アーケード中に吹き込んだ。
寒いはずなのに、楓は体全体が火照っていくのを感じた。
「本気、なの?」
「僕は本気です」
「私、もう30超えているのよ。佐藤クンより10歳近く年上なのよ?」
クシャクシャに変形した煙草の箱を楓は見つめた。
「歳なんて関係ないですよ」
「でも……」
「だって、僕は、柏木さんに初めて会った時、あぁ、この人だって………。微笑んだ顔がすごく優しそうで、
運命の出会いって、本当にあるんだって思いました」
「初めてって、佐藤クンが入社した時?」
「はい、あれからずっと……。だけど、僕は勇気がないから、意気地無しですから、嫌われるのが怖くて、
ずっと言えなくて。でも、こんなふうにお酒を飲んだ勢いで言うのは、やっぱり卑怯ですよね」
恵祐は胸に支えていたものを、すべて吐き出した。
「運命の出会い」
呟きながら、楓はゆっくりと顔を上げた。
「本当に私の事が好きなの?」
「はい。ずっと、この日を夢見ていました。長い間」
楓は眼鏡越しに、じっと恵祐の瞳を覗き込むように見つめた。
胸が痛くなるくらい、恵祐の胸が激しく鼓動する。
もう、後には引けなかった。運命の女神に身をゆだね、楓の唇から紡ぎ出される言葉をじっと待った。
「じゃぁ、キスして」
静かに、天使の囁くような優しい声が、うら寂しい商店街に舞い降りた。
恵祐はコートの上から、そっと両肩を掌で包み込んだ。
すっと、ごく自然に楓の目蓋が閉じていく。
情けないほど、恵祐は全身が震えた。
ファーストキス。
唇が重なり合う。
味は。
臭いは。
感触は。
恵祐には何もよく判らなかった。
ただ、ずっと恋焦がれていた、愛しい人と唇を重ねていると事実に、全身が歓喜に満ち、
頭の中が真っ白になっていた。
楓の掌が、ぞっと恵祐の胸を押した。
二人の唇が離れると、楓はゆっくりとベンチから立ち上がった。
「寒いから、帰りましょう」
楓は一歩足を踏み出そうとして、フラッとよろめいた。
急いで恵祐が両肩を掴む。
「佐藤クン、送ってくれる?」
「喜んで」
来たときと同じように、二人は肩を並べると、二人はベンチを後にした。
カチャ。
施錠の解放される音と同時にドアが開かれ、世帯主と介抱人が部屋の中になだれ込んだ。
「おじゃまします」
真っ暗な部屋がパッと蛍光灯により明るく照らされた。
「どうぞ。何もありませんし、用意もしておりませんが」
楓は恵祐に持たれながら黒のショートブーツを脱ぐと眼鏡を外し、そのまま窓際に置いてあるベッドに
倒れ込んだ。
すっきりしていると言うべきか、その部屋には必要最小限のものしかないように恵祐は思えた。
ワンルームの中に、ベッド、洋服ダンス、鏡、食器棚に本棚、冷蔵庫、テレビとビデオ、そして炬燵が
フローリングに敷かれた絨毯の上に鎮座していた。
整理整頓は行き届いているのか、それとも利用すること自体少ないせいか、部屋の中にはゴミ一つ
落ちていなかった。
「佐藤クン。暖房付けてくれる? リモコンはテレビのところ」
「はい」
恵祐はリモコンを操作しながら、ふと、テレビの上に置いてある小さな写真立てに目が止まった。
少し色あせた長方形の中に、4人の女性と、1人の男性が写っている。
みんな笑っていた。
写真の中央に、白いワンピースの楓らしき少女が微笑んでいた。眼鏡はかけていなかった。
『私、四姉妹の三番目だから』
楓の言葉を恵祐は思い出した。
そして、写真に写っている、背の高い1人の男。
父親には見えなかった。
誰なんだろう。
恵祐は、暫(しば)しその写真を注視した。
「ねぇ、何してるの?」
不満げな声が、ベッドから聞こえた。
「ええ、ちょっと…」
「もう、女性に恥を欠かせないの」
楓の頬に、ほんのり赤みが差していた。
「佐藤クン。クリスマスイブの夜に、若い男女がベッドのある部屋でする事といったら、
一つしかないでしょ」
「え……」
恵祐は思わず硬直した。次の瞬間、我が耳を疑った。
『若い男女がベッドのある部屋でする事』
言葉を反芻し、その意味に恵祐は赤面した。
一瞬喉から『本当に、良いんですか?』と言葉が出かかるも、呑み込んだ。そんな事を聞くのは
野暮以外の何者でもないと思ったから。
かといって『お願いします』というのも、何か激しく違うような気もする。
結局、恵祐は無言の黙って頷くと、ベッドに緊張しながら近づいた。
「電気、消して……」
恥ずかしさから、楓は顔をシーツに顔を埋めた。
「あ、はい……」
玄関の横についてあるスイッチが、なぜか恵祐には遠く感じた。
これから起きることを思うだけで、呼吸が不自然に早くなる
「柏木さん、灯り、消しますよ」
「………佐藤クン」
「は、はい。まだ、消さない方がいいですか?」
楓の頭が、左右に力なく揺れた。
「名字じゃなくて、楓って、呼んで……」
ぐっと恵祐の胸に熱いものが込み上げた。
「楓……さん、消しますよ」
頷く楓の口元に笑みが浮かんでいた。
パチ。
室内が一転して暗闇に包まれる。
そして、窓の外、カーテン越しに差し込む、薄暗い、青白い光りが、楓の体を幻想的に照らした。
ベッドの上に横たわる愛しい人のもとへ、恵祐は一歩、また一歩と足を踏み出した。
まるで、映画かテレビドラマのワンシーンを見ているようだった。
「服を脱がせて……」
甘く呟くその声に、まるでアルコールを摂取したような高揚感が恵祐の体を駆けめぐった。
ポツ。ポツ。ポツ。
茶色のコートを胸元から腰へと順序よく、外していく。
「楓さん、コートを脱がすので、起きていただけます」
頭が軽く縦に揺れた。
上半身がゆっくりと起きあがる。
「恵祐、で、良かったよね」
「はい」
恵祐は、楓が自分の名前を覚えていた事に、思わず感涙せずにはいられなかった。
コートがベッドの横に落ちる。
楓は恵祐に背を向けるように座り直すと、自分で前のボタンに指をかけた。
留め具の無くなった上着を、恵祐がスルスルと脱がしてゆく。
静かな室内に、布の擦れる音だけが奇妙に大きく聞こえた。
「ブラのホック、外し方判る?」
「多分」
初めて触るブラジャーのホックに、指が止めどなく震える
パツ。
肩紐が外され、きめ細やかな背中が恵祐の眼前に現れた。
その抜けるような白さに、思わず肩口から腰へと、スーッと指でなぞった。
「あっ!」
楓は、ビクンと体を硬直させると、力なくシーツの上に崩れた。
「ご、ごめんさい」
良いとも悪いとも言わず、楓は困惑の混じった表情を浮かべた。
「恵祐……クン。スカートもお願い。」
「あ、はい」
恵祐は生まれてこのかた、スカートに手を触れるのは初めてだった。
手が腰の辺りを右往左往する。
それに気づいたのか、楓は腰に手を当て留め具を外すと、恵祐がスカートを下ろしやすいように、
そっと腰を持ち上げた。
スカートに続きストッキングが脱がされ、淡いブルーのショーツに指が掛けられた。
楓の体が一瞬硬直する。
スルッ。
腰から太股、膝、足首へと貞操を包んでいた最後の布地が脱がされた。
そして、何もかも覆うものがない、産まれたままの肢体を、恵祐に晒した。
慎ましやかな胸、細い腰、薄い茂みを帯びた下腹部。
外界からの漏れる青白い光が、その陶磁器のような白さを、より一層引き立てていた。
「楓さん、とても、綺麗ですよ」
自然に心から溢れた想いを、恵祐は口にした。
楓は何も言わず、目に手を当てた。
涙が一筋こぼれ落ちた。
どうして泣いたのか、楓自身よく判らなかった。
恵祐は素早く自分の衣服を脱ぎ終えると、楓の上に自分の体を重ね、二人の上に毛布を被せた。
肌が触れあい、いやが上にも緊張が高まっていく。
今まで見てきたビデオや本の知識を、賢明に思い出した。
失敗だけは、何がなんでもしたくはなかった。
恵祐の掌が、楓の頬を優しく撫でた。
「けいすけ」
親しみを込めて、楓は名前を呼んだ。
返事の代わりに、唇が重なり合った。
楓の腕が、広い背中を包み込む。
唇が交わり、お互いを吸い合った。
舌が絡み合う度、お互いの体を強く抱きしめた。
チュパ。
唾液の粘りつく音が、静かな部屋に満ちていく。
求め合う想いが、より一層深くなっていくのを二人は感じた。
恵祐の指が、楓の乳房に触れた。
「小さくて、ごめんね」
子供が許しを乞うように、楓は呟いた。
恵祐は小刻みに首を横に振ると、ピンと勃起した乳首を口に含んだ。
「ん……」
甘い吐息が恵祐の頭にかかる。
乳房を遊んでいた指は、楓の体をなぞり、腰からヘソへ、更に茂みを掻き分け、割れ目へと沈み込んだ。
「あっ!」
楓がぴくんと弓なりに仰け反る。
しとど濡れたその部分は、分泌液によりヌルヌルとしていた。
知識では知っていたものの、触る度にあふれ出る粘液に、恵祐は息苦しくなる程興奮した。
もっと奥の方へ、楓の中へと恵祐は指を潜り込ませた。
「痛いっ!」
短く鋭い悲鳴が上がり、肩が激しく揺れた。
はっとして、恵祐は指を引き戻す。
気まずい空気の中、二人の呼吸音だけが部屋の中を支配した。
「言わないから……」
重い沈黙を破ったの楓だった。
「私、初めてだけど、責任取ってとか、言わないから」
顔を窓の方に向いたまま、とつとつと言った。
「だから、安心して、続きをして……」
恵祐は軽く楓の体を抱きしめると、耳元に口を近づけた。
「僕も、初めてなんです」
「え…」
「女の人とキスするのも、女の人の胸を触ったのも、今日が初めてです」
ゆっくりと、楓は恵祐の方に顔を向けた。
「だから、下手だったり、痛かったら、遠慮せず言ってください。努力しますから」
楓は微笑みながらコクリと頷いた。
それを見て、なんとなく、恵祐は気分的に少し楽になったような気がした。
軽く接吻した後、再び楓の性器に指を這わせた。
「ん……」
ギュッと、毛布の端を楓は握った。
恵祐は乳房に舌を這わせると、そのまま、へその辺りを舐め、股間へと顔を埋めた。
「止めてっ!」
突然の絶叫と共に、楓の手が、強引に恵祐の顔を、自分の股間から引き離した。
恵祐は何が起きたのか判らず、キョトンした顔で楓を見つめた。
「私、4日程、お風呂に入っていないの」
気まずさと、恥ずかしさの入り交じった表情を楓は浮かべた。
「だから、その、綺麗じゃないし、臭いとかするから、口でして欲しくないの」
臭い。
恵祐は今まで割れ目に埋めていた指を、鼻先に近づけた。
今まで嗅いだ事のない、アンモニアと発酵したチーズを混ぜたのような臭いがした。
次の瞬間、二人の視線が重なり合った。
「お願いだから……、お願いだから、臭いなんて嗅がないで」
その涙声に、恵祐はドキリとした。
「ご、ごめん」
まるで少女のように、楓は震えながら泣き出した。
「もうしないから、楓さん、もう泣かないで」
オロオロとしながら、恵祐は謝るほかなかった。
「今すぐ、拭くから」
枕元に置いてあるティッシュボックスを掴むと、直ぐさま中身を一枚取り出した
楓はヒックヒックと肩を震わせた。
不覚にも恵祐は、その姿がとても愛らしく見えた。
「ちゃんと、拭いた?」
「うん、ちゃんと拭いた」
恵祐は体をそっと抱きしめた。
「もう一度したら、私、怒るから」
「しない、しない」
楓はグズっと鼻をすすると、涙を指で拭った。
これからどうしよう。
恵祐は何をすべきか迷った。
もう、楓のクレバスに愛撫は出来ない。
しかし、アソコが既に充分濡れている事は確かだった。
「楓さん、そろそろ入れても大丈夫?」
「多分……」
恵祐は、脱ぎ捨てた上着を床から拾うと、橋本部長からもらったコンドームを取り出した。
まさか、本当に使うハメになるとは、正直思っていなかった。
ビニールを破き、中身を取り出すと、慎重に自分の男根にそれを巻き付けた。
その様子を、楓は何も言わず見守った。
「楓さん、いいですか?」
楓は頷くと両脚を広げ、恵祐を向かい入れた。
「いきます」
恵祐はゆっくりと、腰を楓のアソコにあてがった。
楓は目を閉じて、破瓜の痛みに備えた。
ヴァキナの周りを、固いものが押しつけられる。
恵祐の分身を受け入れられるよう、なるべく体の力を抜き、じっと待った。
10秒経過。
30秒経過。
1分経過。
5分経過…………。
楓はそっと、目を開けて様子を伺った。
「あれ……。あれ?」
何か起きたのだろうか?
楓は少し心配になった。
「楓さん、アソコってこの辺り」
性器に、何か固いものが押しつけられる。
「多分……」
経験が無いためか、お互いうまく説明出来なかった。
その間も、刻々と時間だけが虚しく経過していく。
焦れば焦るほど、泥沼化していった。
そして、更に5分ほど経過すると、
「楓さん、ごめん」
溜息と共に、恵祐はがっくりと項垂れた。
「どうしたの?」
楓は上半身を起した。
「アソコがちょっと……」
恵祐の言葉に、楓は首を傾げた。
「何かあったの?」
沈んだ恵祐の表情に、楓は本気で心配になった。
「その、アソコが立たなくなっちゃった……」
そう言うと、再び溜息をついた。
楓が恵祐の股間を覗くと、男根がお辞儀をしていた。
「もう、今日はダメなの?」
「まだダメと決まったわけじゃないけど」
「私に、出来ること、ある?」
恵祐は少し考えた後、素直に思った事を口にした。
「手で、少し触ってもらえます?」
「いいけど」
楓はスッと恵祐の股間に手を伸ばすと、軽くそれを握った。
「ん……」
ぴくんと、恵祐のアソコが反応した。
「これでいいの?」
「もう少し、強くして欲しい」
細い指が、ゆっくりと恵祐の男根をしごいた。
しかし、コンドームを被せているためか、うまく刺激が伝わらない。
「楓さん、ちょっと待って」
思い切って恵祐は男根を覆っているゴムを取り外した。
「もう一度、お願いします」
改まって頭を下げると、楓はクスリと笑いながら、直接ペニスを握った。
シュル、シュル。
ゆっくりと、竿が白い指により、リズミカルにしごかれた。
「んっ」
恵祐は次第に快感が増していくと同時に、海綿体に血が流れこんでいくのを感じた。
「楓さん、もう少し強く」
「こんな感じ?」
シュ、シュ、シュ。
楓さんは本当に初めてなんだろうか。
男根をしごかれながら、恵祐はそんな事を思った。それほど、楓の絶妙な手つきは恵祐の感じる壺を
的確に押さえていた。
楓は楓で、徐々に大きく固くなっていくペニスを、不思議な生き物を見るように、ドキドキと好奇心を
増大させていた。
「楓さん。もう、大丈夫。これ以上されると、出ちゃうから」
あわてて、楓は指を離した。
恵祐のそれは、充分過ぎるほど固く反り返っていた。
「恵祐クン。ゴムはまだあるの?」
恵祐は素直に首を横に振った。
「別に、そのまましてもいいよ。今日は多分、大丈夫な日だから」
「安全日ですか?」
コクリと楓は頷いた。
「続き出来そう?」
「はい」
再び、楓は横になると、両足を広げた。
「いきます」
恵祐は狙いを定めながら、ペニスをヴァギナにあてがった。
楓も恵祐の男根が自分の中へと入りやすいよう、指を添えた。
「イタッ」
ついに、恵祐の切っ先が、楓の入り口を探し当てた。
慎重に自分の息子を楓の中に押し入れていく。
「あっ……」
楓の顔が痛みに歪み、その指はシーツを強く握りしめた。
男根がズブブと割れ目に埋め込まれ、狭い肉壁が押し戻すように恵祐を容赦なく締め付けた。
「ふぁああああっ!」
楓の体をギュッと抱きしめる。
それと同時に、男根は膣内の最深部に到達した。
「楓さん!」
生まれて初めて味合うその甘美な刺激に、恵祐に全身が震えた。
「恵祐。ゆ、ゆっくり動いて」
「……はい」
腰を引くと、肉襞がペニスまとわりつき、腰を突くと、根本からギュッと握られたように圧迫された。
「楓さん、俺、もう……」
「恵祐」
楓の腕が恵祐の体を抱きしめた。それに呼応するように女陰も爆発寸前の男根をググっと包み込んだ。
「あっ!」
恵祐の中が強く弾け、熱い濁流が男根を駆け昇る。
ビクン、ビクン。
ペニスが激しく脈打ち、白濁の液体を、楓の子宮内へと注ぎ込んだ。
「はぁあああああっ!」
それと同時に、楓もあえぎ声を上げながら、恵祐にしがみつき、同時にヴァギナも、
ペニスが千切れるかと思うほど、精子を搾り取るように蠢動した。そのあまりの快感に、
恵祐は酔いしれた。
「恵祐、キスして」
二人は繋がったまま、長い間キスをした。
「自分だけ、先にイッてしまい、すみませんでした」
「いいのよ。私も気持ちが良かったから」
再び、二人は唇を重ねた。
この時間がすっと続くことを恵祐は願った。
そして、唇を離すと同時に、思い切って自分の思いを告白した。
「楓さん、僕と結婚してくれませんか?」
楓は、困ったなという顔で、恵祐を見つめた。
「私、料理作った事、ほとんどないわよ」
「かいません」
「子供、育てる自信ないし」
「二人でなら、なんとかなると思います」
「もしも、私が鬼だったらどうする?」
「鬼だろうが、宇宙人だろうが、気にしません!」
それを聞いて、楓はクスリと笑った。
「本当に私が鬼の子で、生まれてくる子供が鬼でも?」
「はい。もし、楓さんに殺されるなら……、それはそれで本望ですから」
楓は恵祐の頬を、軽く撫でた。
「本気なのね」
「はい」
「考えてあげるわ。でもその前に……もう一度、キスしてくれる」
恵祐は頷くと、唇を楓に近づけた。
さようなら、耕一さん。
唇を重ねながら、楓は心の中でそっと呟いた。
(終わり)