「折原ー、具合はどう?」
「最悪……」
「うわ、ほんとに最悪っぽい顔してるわね」
「ああ、ほんとに…って、その包みは何だ?」
「へっ……? こっ、これはっ、なんでもないのっ」サッ
「隠すなよー」
「う……分かったわよ……。はい、お見舞い……」スッ
「へ? お見舞い? 」
「あ、ありがたく食べなさいよっ。手作りなんだからねっ」
「げ! クッキーかよ……」
「むっ? 『げ!』ってなによ、折原? あたしの作ったクッキー
がそんなに嫌なわけ?」
「いや、そうじゃないけど、乾き物はなあ……。ほら、喉が……」
「あ……!」
「むう……」
「ご、ごめん……。あの……持って帰るね」
「あ、いや、せっかく七瀬が作ってきてくれたんだし、食べるよ」
「えっ? そんな、無理しなくていいってば」
「いや、俺は食うぞ。せっかく七瀬が手間と暇と愛情をかけて
作ってくれたんだしな」
「なっ!? あ、あ、あ、あい…愛情って! んな訳っ……!」
「ないのか?」
「あう……。そ、そうだ、そんなに食べたいんなら、取っておいて、
風邪が治ってから食べてよ。ねっ?」
「いただきまーす」サクッ
「って、人の話を聞けーっ!」
「ふむ」サクッ
モソモソ
「……」
サクッ
モソモソモソモソ
「あの……折原……」
モソモソモソモソモソモソモソモソ、ピタッ
「うっ……」
「……折原?」
「ゴホッ ! ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホッ !」
「お、折原っ!? もうっ、だから無理するなっていったでしょっ?」
「ゴホッ……お前が…ゴホ…クッキーなんか作って来るからだろっ」
「うっ……あたしは、無理して食べるなって言ったでしょっ!?」
「うるさいっ! あんな顔してクッキー出されたら、食べないわけにゃ
いかんだろうが!」
「…………」ポッ
「…………と、とりあえず、水。水飲ませてくれ。冷蔵庫にペットボトル
入ってるから」
「あ……う、うん。ちょっと待っててね」
「持ってきたわよ。はいっ」
「……」
「……? 早く受け取ってよ」
「……」ジー
「……あ、ひょっとしてこれじゃなかった? でも、冷蔵庫に入ってた
ペットボトルはこれだけ ──」
「くちうつし……」ボソッ
「へ?」
「口移しで頼む」
「はあっ!?」
「だから、七瀬の口移しで飲ませてくれって言ってるんだ」
「な、な、な……っ! そ、そんなことできるかっ、どアホッ!」
「ゴホッ! ゴホ、ゴホッ! なあ、頼むよ……」
「う……。そんな顔されても、できないものはできないっ!」
「ゴホッ、そうか、七瀬は俺に口で触るのがそんなに嫌なのか」
「え? ちょっと、折原?」
「別に舌を入れろとか入れさせろって言ってるわけじゃなくて……」
「入れるかっ! 入れさせるかっ!」
「ただ、水を飲ませて欲しいだけなのに」
「む……そ、それは……」
「ゴホッ、ゴホッ」チラ
「うう……」
「ゴホッ、ゴホッ。ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホ、
ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホ、
ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホ、ゴホッ」
「だあーっ! 分かったわよっ! やればいいんでしょっ、やればっ!」
「うむ、それでこそ七瀬だ。さあ、そうと決まれば早く水を口に含んで!」
「……。あんたって人は……。言っとくけど、水を飲ませてあげるだけ
だからね? 変な気持ちなんてこれっぽっちもないからね?」
「おう、あくまでも純粋な医療行為ってやつだ」
「医療じゃないと思うけど……。とりあえず、きちんと座ってよ」
「おう。よっこいせ、っと。さあ、こっちは準備万端だぞ? さ、早くフタを
開けて」
「……」
パキッ スルスル
「さ、さ、含んで、含んで」
クピ クピ クピ クピ ゴクッ
「って、自分で飲んでどうするっ!」
「う、うるさいっ! 緊張して喉が渇いたのよっ!」
「緊張なんかしなくていいだろ? お前も言ってただろ? ただの看護
行為だぞ?」
「うー……」
クピ クピ クピ クピ クピ
「よし、口に含んだな。それじゃあ、ここに座って」ポンポン
「……」パフッ
「さあ」
「…………」ゴクッ
「おい!? だから、自分で飲んでどうする!?」
「うるさいっ! 目くらい、つぶんなさいよ、無神経っ!」
「何でだよ? ただの看護 ──」
「…………」ジー
「わ、分かったよ……」
パチッ
「これでいいか?」
「うん……」
…… クピ クピ クピ クピ
「……」
「……」
「…………」
「…………」
ドン、ドンッ!
「浩平ーっ、入るよー」
「ブーーーッ!」
「うぎゃーっ!?」
ガチャッ
「浩平? わっ!? 浩平っ、どうしたのっ? びしょ濡れだよ?」
「……」
「わっ? 七瀬さんも!? 胸のあたりがびしょびしょだよ?」
「……」
「ねえ、どうしたの、二人とも?」
「…………いや、なんでもないんだ」
「……???」
「なんでもないのよ……」