終わってる猫の板

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23終わってる猫 ◆mayu4JUh/w
お母さんの腕に抱かれた、白くて丸いものは、青い目を
まん丸にして私を見つめていた。
「お友達からもらったのよ。仲良くしてあげてね」
そう言って、お母さんはそれを私の腕に抱かせようとする。
私が手を伸ばそうかどうか迷っていると、その丸いものは、
ふっとしなやかな姿に戻って床に飛び降りると、ごろごろと
喉を鳴らしながら私の足にまとわりついてきた。
「あらあら、もう馴れちゃったみたいね」
お母さんは、うれしそうに、くすくす笑った。

「そういえば、この子の名前を決めないとね」
皿に入れられたミルクをすごい勢いで舐めている子猫を
見ながら、お母さんが思案顔になる。
「ミルクが好きみたいだから、『ミルク』なんてどう?」
お母さんはポンと手を合わせながらそう言うと、我ながら
いいアイディアだと言わんばかりの得意気な笑顔を作って、
「ねっ、ミルちゃん」と言いながら、その子の頭を撫でた。
そうして、子猫には、そのシンプルな名前が授けられた。

子猫はとても人懐っこかったが、なぜだか特に私の方に
寄ってくることが多かった。私はというと、その子のことを、
あんまり好きではないと思っていた。私の一人遊びの邪魔
ばっかりしていたからだ。
その子は、私が積み木で遊んでいるところにやってきては、
私が苦労して築いたお城を崩し、お人形で遊んでいるところ
にやってくるとお人形のきれいなストレートの髪を台無しにした。
その度に私は無言でその子を閉め出して遊びを再開するのだ
が、その子はいつの間にかまた部屋に入り込んできて、私の遊
びの邪魔を始めるのであった。
だから、私は頭にきて、絶対その子を構おうとはしなかったし、
それどころか、名前を呼んだことすらなかった。
24終わってる猫 ◆mayu4JUh/w :04/01/31 07:03 ID:Wu3r5Q3f
そんなことが繰り返されて数ヶ月がたった。

その日はいつまでたってもあの子が来なかった。おかげで
私は久しぶりに積み木のお城を完成させることができた。
完成したお城を前にして、私はなんだか物足りない気持ち
になっていた。
この部屋って、こんなに静かだったっけ?
私は無言で出来あがったばっかりのお城を崩すとお人形
遊びを始めた。
それでも、いっこうにあの子が来る気配はなかった。
私はなんだか胸騒ぎがして、いてもたってもいられなくなって
部屋を出て、家の中を見回してみた。
あの子の姿はどこにもなかった。
そして、何かに導かれるようにして玄関を出たとき、家の前の
道路に白いものが横たわっていることに気づいた。
「…………」
無言で駆け寄った。
「ミ……ル……?」
それは紛れもなく、ミルクだった。
「ミル……? ミル……。 ねえ、どうしたの、ミルク?」
いくら呼んでも、さすってみても、反応は全くなかった。
「ミル……ク……」
すでに冷め切った手触りは生命の終わりを告げていた。
私が初めて名前を呼んだとき、既にミルクの命は終わっていた。

それから先のことはよく憶えていない。
お母さんの話によると、お母さんが帰ってきたとき、私は救急箱の
中身が散乱した玄関の前で、外から見ると傷一つないミルクを抱き
かかえたまま泣いていたらしい。
その時の話が出る度にお母さんは、泣き叫ぶ私を宥めるのが大変
だったと苦笑し、私は口を尖らせて拗ねる。そして、二人ともしばし
沈黙した後、何事もなかったようにまた会話が始まるのだった。
25終わってる猫 ◆mayu4JUh/w :04/01/31 07:03 ID:Wu3r5Q3f
「浩平っ、ほら、起きて。もう、お昼だよ」
「んあ?」キョロキョロ
「はあっ……いい加減、授業中寝ないようにしなきゃだめだよ。
テスト期間、もうすぐなんだよ?」
「ん……」
「ほら、早くお弁当食べなきゃ」
「うあ!? もう昼休み入って30分も経ってるのかっ?」
「そうだよ。だから、早く食べよ?」
「って、瑞佳、お前、俺が起きるの待ってたのか?」
「当たり前だよ。お弁当、浩平の分も作ってきてるんだから、一人じゃ
食べられないもん。それに、そうじゃなくても、一人で食べるのは嫌だよ」
「だからって、お前……。だったら、七瀬とかと一緒に食べればいいだろ?
俺の分の弁当はメモでもくっつけて机の横にでも下げておいてくれりゃいいし」
「浩平は私と食べるのが嫌なの?」
「いや、そういうわけじゃ……いや……今は嫌かも……」
「……なんで?」
「周りを見ろよ。みんな、もう昼飯食べ終わってるんだぞ。こんな中で二人で
弁当なんか食べ始めてみろ。目立ってしょうがないぞ」
「…………」ガタッ
「お、おい、どこ、行くんだよ?」
「食堂で一人で食べてくる」
「な……おい、待てってば!」
26終わってる猫 ◆mayu4JUh/w :04/01/31 07:04 ID:Wu3r5Q3f
「瑞佳……」
「…………」
「その……昼間は悪かった」
「…………」
「でもさあ、いくらみんな、俺たちがつきあってること知ってるからっていって、
教室でべたべたするのもどうかと思ってさ」
「…………浩平は、べたべたしてるのって嫌?」
「え? そ、そりゃあ、嫌じゃないけど。でも、いつもべたべたしてる必要はないだろ?
べたべたするのは、その……みんながいないところでだってできるわけだし……」
「……私はね、大切な人とはいつも一緒にいたいんだよ。大切なものってね、いつ
急になくなっちゃうか分からないんだよ。だから……」
「…………」
「大切なものには素直でいたいんだよ。もう、あんな思いは繰り返したくない……」
「瑞佳……。ん、ほら」サッ
「え? なに、腕……?」
「今日だけは……その……べたべたしてやってもいいぞ」
「……」
「……あの、瑞佳さん? 腕でも組みましょうかって……」
「う、うんっ」ピトッ
「うわ、あんまりくっつくなよ」
「べたべたしてやってもいいって言ったのは浩平だよ?」
「そりゃそうだけど、くっつき過ぎだって。もう少し距離を ──」
「だーめっ」ギュッ
「うわっ、胸! 胸っ!」

あの時、失ってしまってから気づいた大切なあの子。
それでも、あの子が私に残してくれた何か。
それは、浩平と私を最初に結びつけたもの。
そして、浩平を想い続ける力をくれたもの。
27終わってる猫 ◆mayu4JUh/w :04/01/31 07:05 ID:Wu3r5Q3f
「……」ジー
「よっ、七瀬さん」
「あ、住井くん」
「あれ、見てたのか?」
「あれ、見てたんだ?」
「とんだバカップルだな」
「とんだバカップルね」
「お互い大変な奴を友達に持ったもんだな」
「全くね。……でも、ちょっとうらやましいかな」ボソ
「おお、七瀬さんもそう思うか。よかったら、俺と付き合わない?」
「お断りします」ニッコリ

それなのに、あのとき、大切な人を失いかけた私。

「もうっ、浩平のバカっ! 浩平、エッチだよっ!」
「お前が押し付けてきたんだろうが!」
「押し付けてないもん」
「いや、押し付けたよ。押し付けました!」
「押し付けてないもんっ!」

だけど、最後の最後、浩平の元に戻ることができた力。
それは、あの子がくれた心。
28終わってる猫 ◆mayu4JUh/w :04/01/31 07:05 ID:Wu3r5Q3f
「はいはい、その辺でやめときなさいよ」
「わ!? 七瀬さん!?」
「ったく、遠くから観さ…見守ってやろうと思ってたら、こんなところで痴話喧嘩
始めやがって。俺たちが止めなきゃどうなってたか」
「住井……」
「罰として、折原と瑞佳は私たちに甘いものを奢ること」
「さすが七瀬さん。いい提案だな」
「ええーっ?」
「待て! そんな理不尽な要求には答えられ ──」
「うう……わかったよ」
「そうこなくっちゃ」
「って、要求に屈するな! っていうか、なんで、ニコニコしてるんだよ、瑞佳っ!」
「だって……えへへ」

その心を味方に、私はこれからも浩平を想い続ける。