ザ・ワールド!!
12月25日(金)08時02分
―小坂家・リビング―
「ん…」
浩平は薄く目を開けた。
何かの音が、耳に残っている。いや、それは続いている。
「雨、か…」
ドラマだったらこれが雪で、ホワイトクリスマスになっているのだろうが、気のき
かない現実は、しとしとと冷たい雨を降らせていた。
(…静かだな)
浩平は、もう一度目を閉じた。雨の音と、呼吸の音しか聞こえない。
目を開けて天井を見る。部屋の電気は消えている。
「……」
布団をかけなおす。エアコンがあるとはいえ、冬場に地べたで寝っ転がるのは身に
こたえた。
布団が固かった。というか、重かった。
「…もうびっくりしてやらないからな」
浩平は薄く笑って、思っていた事を口に出した。
上に乗っているのは布団ではなく人間だった。
「長森、人の上ですやすや寝息を立てるな」
言ってみたが、寝ている人間に聞こえる筈も無い。
昨日の出来事が、思い返された。
本当にあのまま寝てしまったらしい。
(やれやれ)
瑞佳は暖かかった。
髪を撫でた。少しウェーブのかかった髪は、やわらかかった。
「サンタが自分をプレゼントにしてどうするよ」
浩平は苦笑した。
「もらっちゃっていいのか?」
いや、それはシャレにならない。それより――
(布団でも持ってこないと、長森が風邪ひくな)
自分は瑞佳が上にいたからいいものの、瑞佳の背中は相当冷える筈だ。
でも、この状態は良かった。この場から一時でも離れるのはいやな気がした。なん
となく。
しかし、そんなもやもやした気持ちを振り払って、浩平は立ち上がる。
瑞佳をそっと横たえた。
立ち上がってから瑞佳を見ると、ミニスカートから下着が覗いていた。
浩平の目はしばらくそれに釘付けになったが、何とか目をそらした。
「…紳士、バンザイ」
電気の付いていない部屋を歩くと、何かを踏んづけた。
「うゆぅ…」
下から、恨めしそうな声がした。
「あ、椎名」
「う〜」
「起きたか?」
「う〜〜っ」
機嫌を損ねたようだ。
浩平は繭の横にしゃがんで言った。
「メリークリスマス、椎名」
はっと気付いたような顔で、繭の顔がほころんだ。
「めりーくりすます、こーへー」
言ってから、自分の腕を確かめた。
しっかりと、そこには腕時計がはめられていた。
それを見て繭が嬉しそうな顔をするのを見て、浩平も微笑んだ。
「お気に召した様で、何より」
浩平は繭の頭をくしゃっとすると、立ち上がってドアのほうに向かった。
自分の部屋から布団を取って来ると、瑞佳の上にかけてやった。
それからテーブルを見て、自分がケーキをまだ食べていない事に気付いた。
というか、誰も食べていない様だった。
(全員起きてから、クリスマス第二ラウンドだな)
そう思って笑ったときだった。
「みゅー!」
「お、なんだ椎名、まだ寝てていいのに。今日は学校無いぞ」
「知ってるもぅん」
「すごいな、物知りなんだな椎名は」
「う〜」
さすがにからかっているのだと気付いたのか、繭が不満そうな声を漏らした。
「おなかすいた」
「そうだな。でもケーキは長森が起きてからな」
「…うん」
「何か買いにいくか?」
「いく!」
「と、思ったが、菓子類は大量に買い込んだのがまだあるな」
「う〜…」
「お菓子じゃダメか?」
「…はんばーがー」
「仕方が無い、行くか。支度しろ椎名」
「うん♪」
12月25日(月)08時35分
―小坂家・リビング―
「ん…」
瑞佳が少し身体を動かした。
肩が毛布から出たが、無意識に毛布を掛けなおした。
窓でも開いているのか、顔に冷たい空気が当たったが、その寒さの分
布団が暖かく感じられた。
ゆっくり目を開けると、見慣れた、でも自分のものでは無い毛布が目に
映った。
(あ…)
この色は――浩平のベッドのだ。
毎日のように浩平から引っぺがしている掛け布団。
あれ?なんでわたしがこれに包まってるんだろ?
(浩平がかけてくれたのかな…?)
そこまで考えて、昨日の事を思い出そうとした。
確かケーキ切って、浩平が酔っちゃって、それから――…
考えようとしたが、それ以上は睡魔が許してくれなかった。ここ数日、
プレゼントの人形を作るためにちゃんと寝てなかったのが響いた。
再び眠りに落ちる前に、毛布を顔までかぶり、ぎゅっと抱きしめた。
(…浩平の匂いがする)
どことなく平和で、幸せな感じがした。
瑞佳は再び眠りについた。
12月25日(金)09時57分
―小坂家・リビング―
気持ちよく眠っていた瑞佳は、キッチンからの『うわあ!』だとか『みゅー!』
だとかの悲鳴じみた声によって起こされた。
ぼんやりと上半身を起こして、声のする方向に顔を向けた。
ドタバタとキッチンを右往左往する足が、4本見えた。
(…なにやってるんだろ)
しばらく様子を見ていようかな、と思った矢先、浩平がこちらに向かってきた。
「お、長森、起きてたのか」
「ううん、今起きたところ」
「そうか。何か飲むか?」
「ええと、うん」
喉がからからだった。
「ほい」
浩平からコップを受け取りつつ、聞いた。
「ね、朝から何やってるの?」
「お、よくぞ聞いてくれた。スペシャルな朝食を今作ってるんだ」
「スペシャルな…朝食?」
瑞佳は実に嫌な予感がした。
直感が言っている――これはロクな事が無い。
「すぐ持ってきてやるからな」
浩平がニヤッと笑ってキッチンに戻って行った。
「へいお待ち!」
「みゅー!」
並べられた『スペシャルな朝食』を見て、瑞佳はクラクラした。
案の定というか何というか…一応、それは『ハンバーガー』らしかった。
あくまで「らしい」であって、もはや元・ハンバーガーという呼称の方が
正しかった。何しろ、高さは20センチは優にある。おまけに傾いている。
瑞佳が呆気にとられているのを見て取って、浩平がコホンと咳払いを
してから言った。
「市販のハンバーガーに、レトルト食品のハンバーグ、エビフライ、軟骨の
から揚げ、魚肉ソーセージ、コンビーフなどをミックスした、NASAも採用した
宇宙食だ」
「…浩平」
「ん?」
とびっきりの笑顔を浩平に向かって投げかけた。
「バカでしょ?」
「うん、途中でオレもヤバイと思った」
浩平があっさりと認めたので、瑞佳はふき出した。
浩平も一緒に笑った。
12月26日(土)10時28分
―小坂家・リビング―
「じゃ、繭こっち持ってくれる?」
「うん」
「よいしょっと。はい取れたよ」
「みゅ〜!」
「あはは、取っとく?それ」
明けて26日。
瑞佳と繭は部屋の飾りつけの片付けをしていた。
派手にクリスマスの飾り付けをした分、結構な作業になった。
「はぁ、ここの主様はまだ起きてこないねぇ」
あるじさま、というのはもちろん浩平だ。
「休みだし、起こさないでおいて上げようと思ったら、いつまで寝てるんだか…」
「…起こす?」
「わたしが起こしてくるよ。繭は片付け続けてて」
「浩平〜、朝だよ〜」
「ん…」
「ほらぁ!早く起きないとお昼になっちゃうよ?」
「う……今、何時だ?」
「もう10時半だよ」
「昼までくらい寝かせてくれ…」
「どっかのサラリーマンみたいなこと言わないの!」
「おまえも、どっかの主婦みたいなこと言うな」
寝返りを打ってそっぽを向いた。
「ねぇ起きてよう!高い所の飾り付け、わたしじゃ届かないんだから!」
「うるせぇなぁ…わかったよ」
渋々、浩平が起き上がった。
「朝ごはん、一応出来てるから」
「ん、サンキュ」
結局、朝食も早々に、浩平も片付けに参戦する事になった。
「我ながら、見事にやったもんだ」
ツリーを見つめながら言う。七夕の提灯や短冊までついている。
ちなみに、頂上の星の横にいた彦星と織姫は、外した瞬間繭が持ち去った。
「サンタもケチだなぁ」
浩平はサンタクロースへのお願いに(短冊に書いて、だが)、キャッシュ
でのプレゼントを所望していたのだが、洗濯中の靴下を見ても、一銭たり
とも見出す事は出来無かった。
ついでに、繭のハンバーガーやら何やらの願い事も、結果は芳しくなかった。
やはり、短冊では願い事は聞いてくれないのであろうか?
(…あれ?)
ツリーの裏の方、見慣れない短冊があった。
この字は――
(長森のだな)
なんだよ、なんだかんだ言って自分も願い事書いてるじゃないか。
つい、何を書いてあるか見てしまった。
そこには、こう書いてあった。
『好きな人と両思いになれますように』
「……」
好きな人。
長森の好きな人とは誰の事だろうか?
まさか。
(いや)
見なかったことにした。
浩平はその内容よりも、他の事――長森が誰かを好きで、それが自分でないとした
ら、かなりのショックを受ける事――に驚いた。
視線をずらすと、瑞佳が見えた。
浩平の視線に気づいて、楽しそうに「なぁに?」という顔になった。
浩平も、「なんでもねーよ」、と目で言った。
(まだ、つづく)