「遊園地へ行こう」
その突然のマスターの言葉に、私はどう答えればいいのかわからなかった。
『夢見る少女〜A promised song』
「−遊園地・・・ですか」
そういった娯楽施設というものは知識として知ってはいたが、まさか自分にそれが関係してくるとは
思ってもみませんでした。
正直、自分にそれが似合うとも思えなかったですし。
とりあえず、曖昧に拒否を示してはみたのだが、マスターは存外に乗り気で、早速パンフレットの
ようなものを取り出しては、熱心にそれを読みふけって検討しているようでした。
「メイドロボ同伴可のところって結構多いんだなぁ」
最近では、そういった娯楽施設でも、メイドロボを同伴することが珍しくはなくなってきている、らしい。
らしい、というのはあくまでもサテライト・サービスを経由した他の個体、他のセリオたちからの情報を
頼りにしたものであり、自ら進んでそういった事柄を調べたわけではないからです。
他のセリオからの情報では、「−マスターとの絆が深まりました(ポッ」などという理解不能な返答もあったのだが
私自身の見解からすれば、そういった娯楽施設が、我々メイドロボに何かしらの影響を与えるとは思えなかったのだ。
そんなこんなで、いつの間にやら、私達は週末の遊園地へと到着していた。
ざわめく人の群れ。所々メイドロボも混じっているようだ。
「ほら、セリオさん。何か乗りたい物のリクエストとかはあるのかな?」
なぜかうきうきと嬉しそうなマスターがそう言う。
しかし、私達メイドロボにとっては、「絶叫マシーン」と呼ばれる物の「スリル」を楽しむという事もできず、
乗り物といわれても、返答に困ってしまう。
周りを見渡せば、マスターと同じように嬉しそうな、家族連れ、恋人達の姿。
そんな中で、私たちはどのように映っているのでしょう。
楽しそうなマスターと、多少困惑気味のメイドロボ。どう考えても、この場には相応しくは無い、気がする。
とりあえず、その場の雰囲気にいたたまれなくなった私は、とりあえず目に付いた建物を指差したのだ。
「・・・ゲームセンター?」
何もこんなところに来てまで・・・そう無言で訴えている気がする。
困惑気味のメイドロボに、困惑気味のマスターが加わった。
「−えいっ、はいっ」
私が何をしているかといえば、「ぽかぽかプレーリードック」という、言ってみればもぐらたたきの亜種。
巣穴から飛び出してくるプレーリードックをハンマーで叩く。おなじみの風景。
誤解している方も多いと思いますが、私達メイドロボは、必ずしもこういったゲームが得意な訳ではありません。
もちろん、下手、という訳でもないのですが、やはり人間の反射神経などと比較すると一歩見劣りする所があります。
「75点。まあ、平均かな」
「−複雑です」
続いてプレイしたマスターは98点。
「この手の体を動かすゲームも好きなんだ」と多様照れた様子で語る。
そんなマスターを見て、なぜか私は回路の奥で、原因不明の何かがざわめくのを感じました。
それからしばらく、私達はそのゲームセンターでゲームを楽しみました。
対戦型格闘ゲームは、サテライト経由でダウンロードした必勝パターンを用いて4勝1敗で私の勝ち。
「あれだけやり込んでるのに、セリオに負けるなんて思わなかった・・・」
自称ゲーマーを自負するマスターは、ずいぶんと気落ちしていらっしゃったようですが、私としても先ほどの
「ぽかぽかプレーリードック」の仇を討つ、という意味不明な意気込みに囚われてしまっていたものですから。
・・・なんでしょう。私らしくも無い、いや、メイドロボらしくも無いこの無駄な行為。
そんな行為になぜか私は、ささやかな楽しみを感じてしまっていたのでした。
それから、今度は色々な物に乗ってみました。
ジェットコースター。マスターが乗り終わった後、多少腰砕けになっているのが微笑ましかった、
なんて言ったら、マスターはなんと仰るでしょうか。
ゴーカート。サーキット場になっているそれを私達二人はさしつさされつ猛烈なバトルを展開しました。
「−セナッ!」
「マンセルッ!」
マスターはへとへとになっていらっしゃいましたが、不思議と、楽しかったような気がします。
コーヒーカップ。中央についている「それ」が何なのか判らなかった私は、とりあえずそれを全力で
回してみる事にしました。
結果、マスターは再起不能(リタイア)。平身低頭謝る私に青い顔をしながらもマスターは許しの言葉をくれました。
ホラーハウス。私達ロボにとって「ゴースト」という存在はまったく理解不能なものなのですが、マスターが
是非にと言うので、とりあえず入ってみることにしました。
「せっかくだから、俺はこの赤い扉を選ぶぜ!」マスター、妙にノリノリ。
「うひゃあぁ!」予想通りトラップ幽霊に引っかかり情けない悲鳴を上げ、私にしがみ付いてくるマスター。
その姿が、妙にいとおしくて。不思議ですね。そういった感情はプログラミングされていないはずなのに。
最後に乗った観覧車。ただの箱状の乗り物が、ひたすらぐるぐると回るだけの何の面白みも無い乗り物。
それに乗ることに、マスターは異常なこだわりを見せました。
曰く、「あれに乗らないとすべてが終わらないんだ」との事。
ゆっくりと上昇してゆくゴンドラ。その中に、私たち二人だけ。静かな空間。静寂の時。
夕暮れに染まってゆく外を、マスターはじっと見つめていました。
「・・・セリオさん」
「−はい」
「今日は、楽しかった?」
「−良く、判りません」
「−判りませんが、『楽しい』という感情は少し、理解できたような気がします」
「そう、それならいいんだ。良かった、君を連れてきて。」
そういってこちらを向いて微笑むマスターの顔に、夕日が重なり。私はその顔から目線をそらせずに。
ゆっくりとその顔は近づいてきて。
そして、軽いキス。
「僕はセリオさんと一緒で、楽しかったなぁー!」
照れたようにあわてて離れて、また外の景色を眺めるマスター。
「−・・・マスター」
「うん?」
今度は、私からの不意打ちのキス。
ゴンドラが下に到着する。
「−さあ、帰りましょう。私たちの家へ。」
夕日が、私の顔の赤さを隠してくれていたのは、ちょうど良かったのかもしれません。
その日一日は、私の大事な思い出。メモリーの奥にしまわれた、大切な、思い出。